弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     上告人A1、同A2に対する被上告人の控訴を棄却する。
     右上告人両名の原審における新訴請求およびその余の上告人らの本訴請
求につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
     原審および当審における訴訟費用のうち、第二項に関する部分は、被上
告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人上田誠吉、同大野正男、同東城守一、同松本善明、同中田直人の上告
理由第四点ないし第九点について。
 一、本件における重要な争点の一つは、昭和三一年三月五日、被上告人日本電信
電話公社(以下、公社という。)所属の海底線布設船D丸の発航が予定された当時、
その目的地である日韓間海底線第二ケーブル第三区間の朝鮮海峡において、D丸な
いしその乗組員が被撃その他の危害を被るおそれが客観的に存在したか否かの点に
あり、論旨も、この点に関する原判決の判断に対する非難にその重点をおいている
ということができる。よつて、以下、まず、この点について検討することとする。
 (一) およそ、危険なりや否やは、ひろく事実に関する判断に属するものという
ことができるが、もとより、たんなる事実の生起または存在についての判断たるに
とどまらず、そこに法的な評価を含む判断であることが明らかである。本件におい
て、原審は、D丸の出航当時、前記朝鮮海峡に客観的な危険が存在したものとは認
められないとするのであるが、その判断の基礎となる原審の確定事実には、次のよ
うな事実関係が包含されているのである。
 1 戦後、わが国と韓国との間には、ながく、正規の国交関係が成立せず、また、
正規の通商航海条約の締結もなく推移したが、本件D丸の出航の後に至るまで、韓
国政府のわが国に対する態度は決して友好的とはいえず、この間、いわゆる李ライ
ンの設定が宣言され(これが、たんに韓国の漁業資源の確保を目的とするだけでな
く、その国防上の利益のために設定・利用されたものであることは、被上告人の当
審において認めるところである。)、本件紛争の前年である昭和三〇年一一月一七
日には、韓国連合参謀本部から前記李ラインに関する撃沈声明なるものが発せられ
た(これが「撃沈声明」と呼ばれるのは、文字どおり、その内容に由来するもので、
同声明は「われわれは、日本船舶がたとえ日本の軍艦の保護のもとにでも、平和線
を引続き侵犯した場合、自由陣営を守るためやむをえず発砲するであろうし、必要
によつてはこれを撃沈するであろう」とするものである。)。当時すでに、いわゆ
る李ライン内において操業するわが国漁船の拿捕、乗組員の抑留等が繰り返され、
これに対し、D丸の定繋港たる長崎その他、九州北部を中心として、その対策が叫
ばれていた折から、右撃沈声明がわが国関係者に与えた衝撃は大きく、政治問題化
さえするに至つた。
 2 昭和三一年三月の本件D丸の出航は、かような情勢のもとに要請されたもの
であるが、修理を要する海底線の故障箇所は、いわゆる李ライン内の奥深く、第二
ケーブル第三区間に位する、韓国領F島より約五・四浬の地点であつて、その出航
に関する被上告人公社とその職員によつて組織されるG組合の本社支部(当時の支
部長は上告人A1、副支部長は同A2、書記長は一審原告の亡Jであつた。)との
間の団体交渉においても、まず、李ラインを越えるD丸の安全保障のための措置が
とりあげられた結果、被上告人は、D丸の本件就航について、外務省および米極東
陸軍司令部に対し、海底線の修理に必要な安全措置方を依頼し、これにより、外務
省は在日韓国代表部を経て韓国政府に申入れをし、また、米海軍艦艇による護衛を
受けることとなつた。
  かくしてD丸は、昭和三一年三月六日の本件出航当時、現実に、米海軍艦艇に
よる護衛を受けていたのであるが、その海底線修理工事中、これに乗船して見学し
ようとする韓国電通関係者を乗せた韓国警備艇が接近したととろ、このことはかね
て予定されていたものであつたにもかかわらず、事情を知らなかつたD丸乗組員ら
の間に、恐怖感を抱かしめた。
 3 海底線の修理に出動する布設船に米海軍艦艇による護衛がついたのは、これ
が初めてではなく、本件修理工事と共通する第三区間の工事を中心として、朝鮮動
乱終結(昭和二八年七月二七日の休戦協定成立)後から本件に至る間の先例をとつ
てみても、(イ)昭和二九年一月のI丸の出航、(ロ)同年四月のD丸の出航、(
ハ)同三〇年五月のD丸の出航の、合計三回の出航のいずれについても、護衛の措
置が講ぜられ、また、危険海面手当、壮行会費が支給されており、別に超過勤務手
当が、(イ)五〇時間分、(ロ)四〇時間分、(ハ)三〇時間分と、漸減しながら
ではあるが、支給されたもので、しかも、出航は、これらの労働条件について労使
間の団体交渉が妥結した後になされている。
 4 以上のような措置がとられたことの背景をなすものとして、次のような、海
底線布設船について具体的に発生した危険の事例がある。
  (イ) 本件以前の朝鮮動乱中のことであるが、D丸は、昭和二五年八月a沖
で海底線の修理工事中、国籍不明機による低空からの機銃掃射を受け、また、翌二
六年、海底線修理作業のため釜山付近のb沖に停泊中、D丸内火艇乗組員が小銃に
よる狙撃を受けた。
  (ロ) 本件より約二年後の昭和三三年四月二八日、D丸は、韓国cより約五
浬の海上を航行中、在韓米軍内部の連絡不十分から、高射砲の射撃演習に遭遇し、
不発弾が航行中の同船付近海面に二、三発落下した。この突発事故のため、D丸は
船内に混乱を生じ、当日の工事を中止してd港に帰航した。
 (二) 原審は、以上のような諸事実を認定しながら、本件当時、布設船の朝鮮海
峡への出航に伴つて生ずべき「危険」の評価については、他の海域における場合に
比して、気分的に好ましくないと感ずるか、または相対的・主観的にある程度の危
険として感ずるのが自然であろうとするにとどまり、上告人ら主張のように、D丸
乗組員の労働契約上の義務の履行としての出航を阻み、この義務の強制が許されな
いとする程度の危険が存したものとはいえない、とするのである。
  しかしながら、現実に米海軍艦艇による護衛が付されたこと自体、この危険が
たんなる想像上のものでないことを端的に物語るものといわなければならず、また、
前述のように、従前、朝鮮海峡への出航につき、危険海面手当、壮行会費、超過勤
務手当等の支給に関する団体交渉が妥結して後に、布設船の出航が行なわれたとい
うのも、動乱終結後においてなお、この危険が具体的なものとして当事者間に意識
されていたからにほかならない、というべきであり(労使双方において客観的危険
性の解消を知りつつ、あえて不要の支出をしたものとするのは相当でない。)、右
危険を評価するにあたつて、前記李ラインの一方的設定および撃沈声明等により醸
成された、わが国と韓国との間の当時における異常な緊迫状態を度外視することは、
許されないといわなければならない。
  本件D丸の出航についても、米海軍艦艇の護衛が付されることによる安全措置
が講ぜられたにせよ、これが必ずしも十全といいえないことは、前記((一)4のロ)
実弾射撃演習との遭遇の例によつても知られうるところであり、かような危険は、
労使の双方がいかに万全の配慮をしたとしても、なお避け難い軍事上のものであつ
て、海底線布設船たるD丸乗組員のほんらい予想すべき海上作業に伴う危険の類い
ではなく、また、その危険の度合いが必ずしも大でないとしても、なお、労働契約
の当事者たるD丸乗組員において、その意に反して義務の強制を余儀なくされるも
のとは断じ難いところである。
 (三) なお、原判決は、当時わが国と韓国との間の暫定海運協定に基づいて、一
般商船が李ラインを越えて安全裡に両国間を往復したことを挙げて、漁船でなくま
た船型もこれと異なるD丸が被撃その他の危害を被るおそれはなかつたとするので
あるが、一般商船は定期航路を往復するものであるのに対し、海底線布設船はおお
むね航路外の故障箇所付近における航行・停泊を余儀なくされるものであることが
明らかで、しかも、前記李ラインの設定およびこれに関する撃沈声明等が必ずしも
漁船のみを対象とするものでないことは、原判決からも窺われるところであるから、
一般商船の安全の例をもつて、海底線布設船をこれと同列に論ずることはできない。
  また、原判決の確定するところによれば、本件出航前の団体交渉において、上
告人A1(支部長)、同A2(副支部長)および亡J(書記長)ら組合(G組合の
本社支部)側は、出航の条件として護衛等の措置のみでは足らず、危険手当のほか、
日当、食卓料、支度料を含む外国旅費規定の適用を要求し、これを対象として数回
にわたり団体交渉を行なつた後、被上告人公社側が、三月二日夜、裁量規定をかな
り活用した最終案を呈示したのに対し、組合側は、本件修理現場への航行は外国旅
行にあたることを強調して右最終案を拒絶したものであり、同月四日付けをもつて、
右本社支部(支部長上告人A1)よりD丸分会あてに発せられた闘争連絡(第六号)
も、上位組合たるG組合本部が、右本社支部の方針に反対して、同月六日付けをも
つて同支部に対し、前記D丸分会に対する闘争連絡の撤回を指令するに至つたため
に、組合側は、それ以上、右主張を固執することなく、D丸は、出航予定時より二
五時間余を遅れたのみで出航したというのである。
 二、前叙のような経緯のもとに、組合側と公社側との間の団体交渉は未だ妥結を
みるに至らず、しかも、右説示のように、本件航海および海底線修理作業が必ずし
も危険なきを保し難いと判断されるべき当時の事情のもとにおいて、被上告人公社
がD丸乗組員に対し本件出航を強制する業務命令を発することは、公社としてはや
むをえない事情があつたとしても、組合側に対しては、十分の説得力をもつ措置と
はいい難く、右説示のような事情のもとに上告人A1、同A2および亡Jのした前
記行為をもつて直ちに公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)一七条に違
反するものと断ずることは、いささか酷に失するものといわなければならず、かり
に、右違反があるとしても、その違法性の度合いは、きわめて軽微であつたという
べきである。
  ところで、公労法一八条は、同法一七条の規定に違反する行為をした職員は、
「解雇されるものとする。」と規定している。しかし、同条の趣旨とするところは、
右の違反行為をした職員は、当然にその地位を失うとか、一律に必ず解雇されるべ
きであるというのではなく、例えば日本電信電話公社法三一条、三三条等の定める
職員の身分保障に関する規定にかかわらず、解雇することができるというにあり、
解雇するかどうか、その他どのような措置をするかは、職員のした違反行為の態様・
程度に応じ、公社の合理的な裁量に委ねる趣旨と解するのが相当である。そして、
職員の労働基本権を保障した憲法の根本精神に照らし、また、職員の身分を保障し
ている右公社法の趣旨にかんがみると、職員に対する不利益処分は、必要な限度を
超えない合理的な範囲にとどめなければならないものと解すべきである。
 三、いま、本件についてみるに、上告人A1、同A2および亡Jのした前記行為
は、D丸の出航を予定時刻より二五時間余遅延せしめはしたが、D丸は、けつきよ
く出航し、予定の修理工事を終えて帰着したのであつて、出航の遅延によつて公社
に対し何らかの実害を与えたことは原審の確定しないところである。ことに、前叙
のように、出航にあたり、組合側が公社側と団体交渉をすることは、法律上も許容
されているところであり、本件航海に至るまで、交渉が妥結しなければ出航しない
旨の合意ないし慣行が成立していたとはいえないにしても、交渉が妥結してから出
航するのが例であつたという事実に徴すれば、前示のような事情のもとに、上告人
らがD丸の本件出航を一時阻害したというだけの理由によつてされた本件解雇は、
妥当性・合理性を欠き、被上告人に認められた合理的な裁量権の範囲を著しく逸脱
したものとして、無効と解すべきであり、これを有効とした原審の判断は、公労法
一八条の解釈・適用を誤つたものというほかはなく、原判決は、その余の点につき
判断するまでもなく、破棄を免れない。
 以上の次第で、上告人らの本訴請求中、上告人A1、同A2が被上告人との間の
雇用関係の存続の確認を求める部分は正当で、被上告人の右上告人両名に対する控
訴は棄却すべく、また、上告人らが被上告人に対して金員の支払を求める請求につ
いては、なお審理の必要があるので、これを原審に差し戻すこととし、民訴法四〇
八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、四〇七条に従い、裁判官全員の一致
で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    松   本   正   雄

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