弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中520日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 法定の除外事由がないのに,平成13年9月12日午後10時ころ,神戸市
a区bc丁目d番地のe所在の当時の自宅において,フェニルメチルアミノプロパ
ンの塩類を含有する覚せい剤約0.03グラムを水に溶かして自己の身体に注射
し,もって,覚せい剤を使用した 
第2 父Aが所有する前記自宅家屋(軽量鉄骨造スレート葺2階建,床面積合計1
54.62平方メートル)に同人及び母Bと共に居住していたものであるが,日
頃,両親に対し,自分を理解してくれず見下す態度をとっているなどとして不満を
抱いていたところ,同月13日午前10時30分ころ,前記Aと口論となり,同人
に対し,「家に火をつけたろか。」などと申し向けた際,同人が「やるんやった
ら,やってみんかい,そんなことしたらお前が困るだけやで。」などと言い返して
そのまま外出し,被告人を無視したとして激高し,その腹いせに前記自宅家屋に放
火しようと決意し,同日午前10時50分ころ,同家屋1階食堂において,ライタ
ーで点火した新聞紙をじゅうたんの上に置いて火を放ち,その火を前記食堂の天
井,床等に燃え移らせ,よ
って,前記両親が現に住居に使用している前記家屋を全焼させて焼損した
ものである。
(証拠の標目)―括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号―
省略
(弁護人の主張に対する判断)
第1 弁護人は,判示第2の事実について,被告人はその犯行(以下「本件犯行」
という。)当時覚せい剤使用の影響により心神喪失の状態にあったから無罪である
旨主張し,被告人も,公判廷において,本件犯行当時は覚せい剤の影響で放火する
ことが悪いことであるとは思えなかったなどと,前記弁護人の主張に沿う供述をす
るところ,前掲関係各証拠により認められる被告人の本件犯行時及び犯行前後の合
目的的言動等に照らすと,被告人は,本件犯行当時,自己の行為の是非を弁識しそ
れに従って行動する能力に著しく影響を及ぼすような精神的状態にはなく,心神喪
失ないしは心神耗弱の状態にはなかったものと優に認められるのであるが,その理
由について以下補足して説明を加える。
第2 判断
 1 前掲被告人の捜査段階における各供述調書によれば,被告人の本件犯行時及
び本件犯行前後の自らの行動や心情等についての供述は,概ね安定した内容の,具
体的かつ詳細な供述である上,客観的証拠ともよく符合しており,被告人の本件犯
行時及びその前後の記憶は比較的正確で良く保たれていると認められるから,被告
人の本件犯行当時の意識は清明であったと認められる。そして,後記のとおり,被
告人の本件犯行当時の行動は放火という目的に向けられた合理的行動であると認め
られるから,被告人に本件犯行当時周囲の状況を認識,判断するについての格別の
障害はなかったものと認められる。
 2 次に動機についてみても,本件犯行に至る経緯に照らし,十分に了解可能で
あって,特に異常な点は認められない。
 すなわち,前掲関係各証拠によれば,被告人は,中学3年生の頃から,それ
まで厳格に被告人を教育してきた消防士である父A及び母Bに対し反発を強めたこ
と,被告人が平成12年3月ころに両親に対し覚せい剤を使用していることを告白
して以降は,両親が自分を信頼せず,ことあるごとに覚せい剤を使用しているので
はないかと疑うとして,被告人は,その供述によれば,「両親から仕返しをされて
いる」ように感じていたこと,平成13年7月22日,被告人は覚せい剤を使用し
ていると疑ったAと親子げんかになり警察官を呼ぶ事態となったが,その後,被告
人と両親との間の関係は,ほとんど口をきかなくなるほど悪化していたこと,被告
人は,判示第1の覚せい剤使用の約10時間30分後である本件犯行当日午前8時
30分ころ自室を出
て自宅1階に下り,その場にいたBに対し,「人が言ってることをちゃんと聞いと
んかい,何無視して歯を磨いとんじゃ。」などと因縁をつけたが,Bは相手にせず
外出したこと,被告人は,同日午前10時30分ころ,夜勤から帰宅したAに対し
ても,「お前の長男やめさせてもらう。」などと申し向けたが相手にされなかった
ため,「こんな家めぐぞ,お前の家に火をつけたろか。」などと言ったところ,A
が,「やるんやったらやってみんかい,そんなことしたらお前が困るだけやで。」
などと言い返して,結局,Aも被告人の相手をすることなく外出してしまったこ
と,概略以上の経緯のもと,被告人は,Aの前記発言が真意でないことは十分に分
かっていながら,同人らへの反発から同人らを困らせる等両親への腹いせに本件犯
行に及んだものと認め
られるところ,このような動機は本件犯行に至る経緯に照らすと本件犯行の動機と
して十分に了解可能であり,不自然であるとはいえない。
3 前記のとおり,被告人は本件犯行の約13時間前に判示第1の覚せい剤使用
に及んでいるところ,被告人の供述によれば,被告人は本件犯行の前々日である平
成13年9月11日夜から翌12日夜にかけて,覚せい剤約0.15グラムを,
3,4回に分けて自室で注射使用し,その際,ドアの鍵が動いたり,ベランダに警
察官が立っているなどの幻覚を見たり,母親が呼んでいるような幻聴を体験したと
いうのであるが,22歳ころ初めて覚せい剤を使用して以後覚せい剤を頻繁に使用
した時期もあり,被告人は,覚せい剤を使用すると,興奮して態度が豹変したり,
訳のわからないことを言って家のガラスを割ったり,感情が高ぶって不満を爆発さ
せ,両親に対し暴力をふるうこと等があったとはいうものの,本件犯行の約1年前
からは自己の意思で覚
せい剤の使用を中止し,運送会社に勤務するなどしながら通常人と変わらない生活
を送り,この間両親の勧めにより平成12年9月から合計4回医療機関に通院した
が,この間医師に幻覚,幻聴を訴えてはいないのであって,覚せい剤使用を断絶し
たことによる禁断症状があったものとも認められない。
 そして,被告人の体験したという幻覚,幻聴は,そもそも本件犯行の約12
時間以上前の覚せい剤使用時のもので本件犯行当時存在していたものではない上,
被告人の供述によっても,本件犯行動機と直接関係するものではないこと,被告人
は覚せい剤使用の影響により本件犯行当時放火についてその違法性を感じることが
なかった旨供述するが,関係証拠によれば,被告人がAに馬鹿にされないためには
自宅に放火しないといけないとか,ぼや程度でいい等と,本件犯行の違法性や危険
性を前提とした認識に立った上でこれを決意したことが認められること,被告人は
放火行為の際も主体的に行動しており,そこに強い立腹や興奮はあっても,それ以
前の被告人に比して人格の同一性を疑わせる様な言動は窺えないこと,両親に疑わ
れたり信用されてい
ない等と思っていたという被告人の不満自体については,長年にわたる被告人と両
親との間の親子関係の不正常さに原因するもので,妄想を疑うべき事情はなく,犯
行動機と放火との間に幻覚,幻聴に支配されたり,その影響を強く受けたものであ
ると窺わせるような飛躍は認められないこと,被告人は,現場に臨場した警察官に
対し,「親父に腹が立ったから火をつけたったんや。」,「親父がつけえ言うたか
らつけたんや。」などと述べ,同警察官から「火つけたんやから,もうしゃーない
ぞ。パクるで。」などと本件犯行により逮捕する旨告げられると「しゃあないな
あ。」と発言をした上逮捕に応じたこと等,前認定の犯行に至る経緯や関係人の供
述により認められる本件犯行時及びその前後における被告人の言動に照らすと,被
告人の本件犯行当時の
精神状態ないし行動は,被告人の日常の人格や行動様式と対比して,十分に了解可
能であり,覚せい剤使用の影響による著しく異常な行動であるとは到底認めがた
い。
 4 弁護人は,その他,被告人は本件犯行前後にBに電話をかけ犯行を予告した
り,「よう燃えとるわ。」などと異常に冷ややかな口調で電話したこと,被告人が
犯行後前記自宅家屋のベランダに出て,家屋が燃えているのに,その場に駆けつけ
たAに対し,「お前が火をつけと言うたから火をつけたんじゃ。」などと大声で何
度も怒鳴ったり,同人と口論などしてなかなか避難しようとしなかったこと等被告
人には異常な言動が見られる旨主張するが,Bへの電話の際の口調が冷ややかであ
って異常であったとするのは受け手であるBの感覚に過ぎないものであるが,その
点はともかくも,被告人と両親の関係等本件犯行に至る経緯に照らすと,被告人が
本件犯行直後,Bに対し冷徹と感じさせる口調や態度をとったとしても異とするに
足りず,被告人が当
時異常な行動をしていたことを疑わせるものではない。また,被告人のベランダで
の言動については,その内容が犯行動機との合理的関係を示すものであった上,被
告人は,結局,その後避難しているのであるから,本件犯行の動機も併せ考えれ
ば,本件犯行により興奮した被告人が駆けつけたAを見て同人に怒鳴るなどしたと
しても,これもまた,異とするに足りず,異常な行動とはいえない。
5 以上の検討によれば,被告人が覚せい剤使用による幻覚,幻聴に影響されて
放火行為に及んだということはできず,被告人は放火の意味を十分に認識して本件
犯行に及んだというべきであり,むろん,覚せい剤使用の影響により是非を弁別し
これに従って行動する能力が通常より劣っていた可能性は否定できないものの,か
かる能力を欠いたり,かかる能力が著しく減退した状態になかったものと認めるに
十分である。弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条に,判
示第2の所為は刑法108条にそれぞれ該当するところ,判示第2の罪について所
定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47
条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重を
した刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数
中520日をその刑に算入し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用
して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が覚せい剤を使用した覚せい剤取締法違反の事案(判示第1)及
び実父所有の自宅(以下,「本件家屋」という。)に放火して全焼させた現住建造
物等放火の事案(判示第2)である。
 覚せい剤使用の点についてみると,被告人は,22歳ころから覚せい剤を使用し
はじめ,その後一時使用を中止していたものであるが,仕事や両親との関係が上手
くいかないなどとして,気晴らしのため安易に覚せい剤を再び使用したもので,そ
の犯行動機に酌量すべき点はなく,購入した覚せい剤を3,4回に分けて連続して
使用した挙げ句の犯行であること,幻聴,幻覚を体験するなど,覚せい剤に対する
親和性,依存性が認められることなど,犯情もよくない。
 次に,現住建造物等放火の点についてみると,被告人は,長年にわたる不正常な
親子関係を背景に,両親に対して鬱屈した不満を抱き,父親に馬鹿にされたくない
などとして自宅に放火するに及んだもので,短絡的で自己中心的な犯行動機に酌量
の余地はないし,犯行態様は,ライターで点火した新聞紙をじゅうたんの上に置い
て火を放ったもので,燃え上がらせるためにサラダ油を火に注ぐなど執拗な面も認
められることや,本件家屋が住宅密集地に所在したことをも考慮すると,地域社会
に与えた不安感は甚大であって,危険かつ悪質な犯行といわざるを得ず,その結果
も,本件家屋が全焼しただけではなく,近隣の家屋にも相当の財産的被害を発生さ
せるなど重大である。
 被告人は,このような重大な犯罪を犯しながら,当公判廷においてもなお,自立
できないことの苛立ちを両親にぶつけ,両親への不満や批判を口にして止まず,本
件各犯行の背景には両親の被告人に対する不適切な態度があったとして両親の責任
を口にするなど,遺憾ながら,本件犯行を直視して,自己を真摯に省みる態度に欠
けているといわざるを得ない。また,両親との関係は未だ改善されておらず,その
見込みも立たない状態にあり,他に適切な監督者もいない。
 そうすると,被告人の刑事責任は重大であって,被告人がこれまでにも覚せい剤
をやめるべく医療機関に通院し,その後しばらくは覚せい剤を使用していなかった
こと,当公判廷において覚せい剤をやめる旨誓約していること,放火については計
画的犯行とはいえないこと,被告人が放火後直ちに母親に電話したことにより,結
果として速やかな消防措置がとられ,類焼が最小限に止まったこと,本件家屋の所
有者である被告人の父親が厳罰を望んでいないこと,父親が近隣の住宅の財産的被
害についてはその損害を弁償し,示談が成立したこと,前科がないこと,被告人な
りの反省悔悟の情など,被告人のために斟酌すべき事情を十分に考慮しても,被告
人は主文掲記の刑を免れないというべきである。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成15年7月25日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官  杉 森 研 二
   裁判官橋 本   一
   裁判官沖   敦 子

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