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裁判例


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       主   文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 本件は,被控訴人の平成10年分及び平成11年分の所得税の申告について,
控訴人が,被控訴人に生じたストック・オプション(会社が,自社又は子会社等の
従業員,役員等(以下「従業員等」という。)に付与する自社株式を一定の期間内
にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することのできる権利。株式時価が同
価額よりも高額であれば,購入価額との差は,購入者にとって利益となる。)の権
利行使益(株式時価と権利行使価格との差額分の経済的利益。以下「本件権利行使
益」という。)が所得税法第34条第1項所定の「一時所得」ではなく,同法第2
8条第1項所定の「給与所得」に当たるとしてそれぞれ更正処分(以下「本件各更
正処分」という。)をし,かつ平成11年分の所得税申告について過少申告加算税
賦課決定処分(以下「平成11年分賦課決定処分」という。)をしたことから,被
控訴人が,本件権利行使益はいずれも一時所得であり,これらの処分は違法である
旨主張して,本件各更正処分のうち,一時所得として算定した金額等を超える部分
及び平成11年分賦課決定処分(異議決定後のもの)の取消しを求めた事案であ
る。原審は,被控訴人の請求を認容したため,控訴人は,その判断を不服として控
訴した。
2 法令の定め等,前提となる事実,控訴人による本件各更正処分等の適法性の根
拠,当事者双方の主張及び争点は,当審における当事者の主張として,3のとおり
加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし5に
記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決35頁10行目の後に
改行の上,「(4) 本件各更正処分が,二重所得法の理論により違法になるか否
か。」を,その次に更に改行の上その行の末尾に「(争点4)」をそれぞれ挿入す
る。)。
3 当審における当事者双方の主張
(1) 控訴人
ア ストック・オプションの付与会社は,その権利行使益を従業員等に報酬として
与える趣旨でこれを付与しているのであり,同行使益は,付与会社の実質的な負担
においてなされる給付である。すなわち,ストック・オプションを付与された従業
員等は,当該株式の価額が値上がりした場合,当該ストック・オプションを行使し
て,時価より低額の権利行使価格で株式を購入して株式の時価と権利行使価格との
差額分の経済的利益(権利行使益)を受けることができ,取得した株式を売却すれ
ば,現金を獲得することもできる。ストック・オプション制度は,付与会社やその
子会社等(以下「会社等」ともいう。)の成長発展・利益の維持と有能な従業員等
の誘因・確保及び精勤意欲の向上を図ることやその勤務を継続させることなどを目
的とするものであり,付与された従業員等全体の貢献が,会社等の利益・業績の向
上に結び付くことを前提にした制度である。
 この目的を達成するために,付与されるのは原則として従業員等のみであり,ス
トック・オプション付与契約において,一定期間の勤務が義務づけられ,権利行使
期間,権利行使価格等も定められ,付与されるストック・オプションの譲渡が原則
として禁止され(これを行使することが可能なのは,付与される従業員等又はその
相続人に限られている。),退職等によって,雇用契約等が消滅した場合等には,
ストック・オプションが消滅したり,行使期間が制限されるのが通常である。
 本件においても,インテルのストック・オプション・プラン(本件プラン)で
は,主要な従業員等に対し,インテルのための精勤意欲を向上させ,インテルとの
雇用関係継続希望を高揚させる目的を達成するために,上記のような条件が設定さ
れているのであって,本件プランでは,従業員等と勤務先会社における勤務が密接
不可分的に結びつけられている。
イ 本件の場合,付与会社である米国インテル社と被付与者である被控訴人との間
には直接の雇用関係はない。しかし,給与所得に関する所得税法第28条の文言
は,給与の付与者と被付与者との間に直接的な雇用関係等を要求しておらず,給与
所得に該当するか否かは,従業員等の地位に基づき,空間的・時間的支配を受ける
ことの対価として給付されたものか否かという実質的側面から判断されるべきであ
る。これを従業員等の側からみれば,権利行使益は,従業員等として「働いたから
こそ得た利益」にほかならないのであって,勤務先会社から受けたか,その親会社
から受けたかの違いは本質的な要素ではない。
ウ ストック・オプションによる権利行使益は,株式の価格変動が偶発的であるこ
とから不確定であることは事実であるけれども,偶発的な要素によって収入金額の
多寡が決まることのみに目を奪われてはならない。ストック・オプション制度の本
質は,あくまでも労務の対価としての給与というべきである。
エ 租税法規に適合する課税処分について,信義則の法理の適用により違法なもの
として取り消すことができるのは,租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関
係において,租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にし
てもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義
に反するといえるような特別の事情が存することが必要と解される。本件の場合,
税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したとはいえない(そ
もそも権利行使益が一時所得ではなく給与所得として課税されるならば,権利を行
使しなかったといえる関係にあるかは疑問である。)。なお,被控訴人の平成11
年分の権利行使益の確定申告(平成12年2月29日申告)は,権利行使益が給与
所得に該当するとの平成11年12月24日付けの更正処分(平成10年分更正処
分)がされた後になされたものである。
(2) 被控訴人
ア ストック・オプションの権利行使益は,株価変動の偶然性や投資判断によるも
のであるから,給与所得には該当せず,一時所得になるというべきである。本件で
問題になっている海外親会社のストック・オプションの付与は,当該親会社の任意
の意思で一方的に決定付与されるものであって,その付与の翌年以降に再度のスト
ック・オプションが付与される保証はどこにもない臨時的な給付である。また,外
資系企業では,従業員等が簡単に解雇又は解任されるのであり,そうなれば行使可
能となっていないストック・オプションはすべて失われることになる。このよう
に,ストック・オプションの権利行使益は,様々な一時的・偶発的事情を基礎とし
て生ずる所得であり,一時所得に該当するというべきである。
イ 仮に,本件権利行使益が給与所得に該当するとしても,被控訴人になされた本
件各更正処分は,信義則に反してなされた違法な処分であり,取り消されるべきで
ある。その理由は次のとおりである。
(ア) 昭和59年ころ,海外親会社から付与されたストック・オプションに係る
課税について,当時の国税庁直税部審理課のA課長補佐は,ストック・オプション
の権利行使益が「一時所得」に当たると回答した。また,昭和60年5月6日付け
週刊税務通信1881号において,当時の国税庁審理室補佐Bは,同様の見解を明
らかにし,昭和60年版以降平成9年版まで東京国税局職員が執筆した「回答事例
による所得税質疑応答集」においても,繰り返し「一時所得」であるとの説明がな
された。
 ところが,平成11年の中ごろから,突如として「給与所得」として過去に遡る
処分が行われるようになった。この際,多くのケースにおいて過少申告加算税及び
延滞税をも賦課するようになった。この見解の変更に際し,国税庁は,「当局の見
解は以前から給与所得として一貫している」旨強弁するなどしていた。しかし,そ
の後課税庁は,過少申告加算税と延滞税の取消しを決定した。
 このように,国税庁は,海外親会社から日本子会社の従業員等に付与されるスト
ック・オプションに係る課税関係について,昭和59年ころに初めて見解を明らか
にして以来,立法による本来的解決をする機会を有していたにもかかわらず,法律
改正などは一切なく,通達すら作成しようとしなかった。通達への記載がなされた
のは,平成14年6月になってからである。それも所得税基本通達23~25共-
6に「(注)(1)及び(2)の取扱いは,発行法人が外国法人である場合におい
ても同様であることに留意する。」の一文だけであった。
(イ) 租税法律関係に信義則が適用されるためには,① 租税官庁が納税者に対
して信頼の対象となる公的見解を表示したこと,② 納税者がその表示を信頼しそ
の信頼に基づいて行動したこと,③ 後に,その表示に反する課税処分が行われ,
そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであること,④ 納税
者が同表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことについて,納税者の責めに
帰すべき事由がないことが要件になるべきところ,本件ではいずれの要件も満たし
ている。すなわち,① 前記(ア)のとおり,当時の国税庁直税部審理課長補佐の
回答や週刊税務通信の国税庁審理室補佐の見解,東京国税局職員の執筆した回答事
例による所得税質疑応答集は,個々の税務職員の私的見解にとどまるものではな
く,公的見解の表示に当たること,② 被控訴人は,このような過去の取扱いを知
った上で一時所得として確定申告したものであること,③ その後,前記表示に反
する給与所得と解する課税処分が行われ,そのために被控訴人が不利益を受けるこ
とになったこと,④ 被控訴人は,前記の国税当局の当時の見解を信じて,一時所
得として確定申告したのであって,この行動について,被控訴人の責めに帰すべき
事情がないことが明らかである。本件については,前記信義則適用要件をすべて満
たしているというべきであり,租税法規の適用における納税者間の平等,公平とい
う要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて被控訴人の信頼を
保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存している。
ウ 仮に,本件ストック・オプションの権利行使益が一時所得であるという見解が
認められないとしても,次のとおり,二重所得法の理論から本件課税処分は違法で
ある。
(ア) 二重所得法の理論とは,課税の対象となる所得の中に,性質の異なる複数
の所得が含まれていることを認め,そのそれぞれの性質に応じて課税する方法であ
る。二重所得法の理論は,所得の実態に合致した課税方法であり,納税者にとって
課税上過酷な結果を避けられるし,裁判所にとって事件の処理が容易になるという
利点がある。
(イ) ストック・オプションは,株式の購入選択権,すなわちあらかじめ定めら
れた一定の価額で株式を購入することのできる権利であるが,被付与者の権利行使
益は,ストック・オプション付与時の権利そのものと株価の高騰と権利者の投資判
断によって取得できた運用益からなる。そして,就労を動機や誘因として支給され
た給与所得としての性質を有するストック・オプションの権利自体の部分と被付与
者の投資判断によって取得できたという運用益の部分すなわち一時所得としての性
質を有する部分があり,その権利行使益には,複数の所得が混在しているというべ
きである。
(ウ) 権利行使益が複数の所得を包含することから,それを一つの所得区分によ
り,しかも納税者に酷な所得区分で課税することが許されてはならない。本件権利
行使益は,給与所得と一時所得の両方の性質を有するのであって,まさに二重所得
法の理論が適用されるべき場面である。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被控訴人の請求をいずれも棄却すべきであると考える。その理由
は,次のとおりである。
2 本件権利行使益について(争点1)
(1) 所得税法第28条第1項は,「給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費及
び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう」と定めており,給与所
得とは,支給の際の名称のいかんにかかわらず,雇用契約又はこれに類する原因に
基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受け取る給
付である。給与所得に該当するか否かは,給与支給者との関係において,何らかの
空間的,時間的な拘束を受け,継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり,
その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないという
べきである。
(2) 前提となる事実及び弁論の全趣旨を総合すると,① 本件ストック・オプ
ションは,米国インテル社が,同社のストック・オプション制度(以下「本件オプ
ション制度」という。)に基づき,被控訴人に付与したものであること,② 本件
オプション制度によるストック・オプション(以下「インテルのオプション」とい
う。)は,米国インテル社及びその子会社等(インテル)の利益を増大させること
や重要社員の維持を目的とした制度であり,インテルの業務遂行において成功を収
めることに,その判断,関心,能力及び特別な努力を通じて広範な責任を持つイン
テルの主要な従業員及び社外取締役に対してのみ付与されること,③ インテルの
オプション購入価額は,取締役会のメンバーで取締役会から指名されたストック・
オプション委員会により設定されるものとし,付与日における株式の公正市場価額
の100パーセント以上であってはならないこと,④ インテルのオプションは,
遺言又は相続及び遺産分割によってのみ譲渡可能であり,被付与者本人の存命中は
被付与者である従業員等によってのみ行使可能であること,⑤ インテルのオプシ
ョンの権利行使期間は,付与日から10年間であるが,その被付与者である従業員
等は,付与日から最低1年間インテルの社員の地位又は社外取締役の職務にとどま
ることに同意することとされており,被付与者である社外取締役が死亡,就労不能
により業務を終了した場合には,権利行使に制限が付されること,⑥ 被控訴人
は,平成4年7月16日から平成11年4月30日まで米国インテル社の100パ
ーセント子会社(正確には,米国インテル社の100パーセント子会社である米国
インテルインターナショナル社の100パーセント子会社。以下,単に「米国イン
テル社の子会社」という。)である日本インテル社の取締役を務め,うち平成5年
9月9日から平成11年4月30日までは同社の代表取締役を務めていたが,日本
インテル社に在職中に,米国インテル社との間でストック・オプション付与契約を
締結し,同社からオプション制度に基づき同社の株式に係るストック・オプション
の付与を受けたこと,以上の事実が明らかである。
(3) このような米国インテル社の本件オプション制度の内容にかんがみると,
同制度は,同社を基幹会社とするインテルグループの従業員等として優れた労務や
意思決定能力を提供している者に報奨を与え,これによって同グループ企業におけ
る就労の継続と一層の職務の精励への動機付けを図り,これによって同グループ企
業全体の業績向上ないし同社の株価の上昇を図ることを目的とするものであること
が認められる。すなわち,インテルのオプションの被付与者である従業員等が権利
行使益を取得するためには,同グループ企業に対して労務や高度の意思決定能力を
提供することが当然の前提として要求されており,その従業員等は,同グループ企
業に対して労務や高度の意思決定能力を提供しているからこそ,インテルのオプシ
ョンの付与を受けられるという関係にある。そして,付与会社である米国インテル
社による本件オプションの付与は,その権利行使益を従業員等に得させる目的であ
ることは明らかである。
 このような権利行使益と従業員等の労務の提供との関係に着目すれば,本件スト
ック・オプションの権利行使益は,勤務会社と職務への精励及びその継続に対して
付与されるものであると認めるのが相当である。
 他面からみれば,本件ストック・オプションの権利行使益は,従業員等としての
地位から離れてたまたま付与されたものから生じたものではなく,前記のように労
務の対価として付与された本件ストック・オプションから生じたものであるから,
これを「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その
他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(所得税法第34条
第1項)という一時所得に該当するとは認められないことになる。
 なお,租税特別措置法第29条の2は,商法上のストック・オプションのうち,
いわゆる税制適格型のものについて,権利行使による株式の取得に係る経済的利益
(権利行使益)に対する所得税を課さないこととして,課税の繰り延べを認めてい
るが,同条が租税特別措置法第2章「所得税の特例」,第3節「給与所得及び退職
所得」の中に置かれていることに照らすと,同条は,ストック・オプションの権利
行使益が給与所得として課税される性質のものであることを前提にしてその特例を
定めたものと解することができる。
(4) 被控訴人は,「ストック・オプションの権利行使益は,株価変動の偶然性
や投資判断によるものであること,直接の雇用契約の当事者ではない海外親会社の
ストック・オプションの付与であること,その付与自体当該親会社の任意の意思で
一方的に決定付与されるもので,例えば翌年以降に付与される保証はないこと,解
雇されれば行使可能となっていないストック・オプションの権利行使益はすべて失
うことなど様々な一時的・偶発的事情として生ずる所得であるから,一時所得に該
当する」旨主張する。
ア 確かに,ストックオプションの権利行使益が,株価変動の偶然性や投資判断な
どによる偶発的要素により左右される性質を有することを否定することはできな
い。しかしながら,このことは,当該ストック・オプション付与契約において当然
に予定されていたことにすぎない。また,前記のとおり付与会社のストック・オプ
ション委員会が設定するその購入価額は株式の公正市場価額の100パーセント以
上ではないこと,被付与者である従業員等が市場動向を見ながらストック・オプシ
ョンの権利行使益の取得時期を選択できるものであること,従業員等である被付与
者の職務の精励により付与会社の業績が上がるという関係を全く否定することはで
きないことなどの事情にかんがみると,偶発的要素があるとしても限定的というこ
ともできる。
イ 本件ストック・オプションの付与会社は,直接の雇用関係を有しない親会社で
ある米国インテル社である。しかしながら,被控訴人は,米国インテル社の100
パーセント子会社である日本インテル社の取締役ないしは代表取締役であった者で
あり,日本インテル社の利益・業績の向上が米国インテル社の業績に一定の影響を
与え得る立場にあるということができる。すなわち,本件ストック・オプションの
付与によって,被控訴人の精勤意欲の向上やその勤務を継続させることを目的ない
し動機付けとすることができる。そして,給与所得に関する所得税法第28条の文
言が給与の付与者と被付与者との間に直接的な雇用契約を要求していない上,被控
訴人は,インテルグループの従業員等として同グループの空間的・時間的支配を受
けるものであることも明らかであり,その「働いた対価としての利益」として本件
権利行使益を得ることができるというべきである。
 なお,前記租税特別措置法第29条の2が,付与会社がその発行株式の100分
の50を超える数の株式を直接又は間接に保有する関係のある法人の取締役又は使
用人等に付与されたストック・オプションについても,非課税特例の対象にしてい
ることに照らすと,同条は,付与会社と被付与者との間に直接の雇用関係がある場
合に限らず,子会社の従業員等に付与されたストック・オプションに係る権利行使
益についても給与所得に該当することを前提にしているものと解することができ
る。
ウ また,本件ストック・オプションが親会社である米国インテル社の任意の意思
で一方的に付与されたものであるとしても,その付与は,前記のとおり,インテル
グループの一員である日本インテル社の利益・業績の向上のために取締役ないし代
表取締役である被控訴人の職務の精励の対価というべきであり,いわば臨時給とも
いえるものであるから,上記事情があるからといって,その給与性が否定されるわ
けではない。また,被控訴人が解雇された場合,行使可能となっていないストッ
ク・オプションの権利行使益をすべて失うことになるおそれがあるとしても,それ
は,ストック・オプションの被付与者に職務精励を動機付けるものであって,付与
会社の目的の一つになり得る事情といえる。
エ 以上のとおり,被控訴人の前記主張は,いずれも権利行使益が一時所得となる
ことを基礎付けるものとはいえない。
(5) 以上によれば,本件権利行使益は,いずれも所得税法第28条第1項所定
の給与所得に該当するというべきである。
3 理由附記の不備について(争点2)
(1) 被控訴人は,「本件各更正処分について,理由附記の要請を除外する通則
法及び所得税法の規定は,憲法第31条及び第32条に反しており,また,理由附
記を欠く本件各更正処分は,いずれも違法である」旨主張する。
(2) 本件各更正処分の更正通知書に更正の理由の附記がないことについては,
当事者間に争いがない。
 ところで,所得税法は,居住者の提出した青色申告書に係る年分の総所得金額等
の更正処分については,更正通知書にその更正の理由を附記すべきものと定めてい
る(同法第155条第2項)が,それ以外の更正処分については,理由の附記を要
求する規定を置いていない。行政処分に理由附記を要求する法の趣旨は,処分庁の
判断の慎重と公正・妥当を担保してそのし意を抑制するとともに,処分理由を相手
方に知らせることによって不服申立ての便宜を図ることにある。しかして,所得税
更正処分については,更正通知書にその更正に係る年分の総所得金額等の所得別の
内訳が附記されるほか,不服申立手続等において処分庁から処分の理由が明らかに
されることが予定されており(国税通則法第84条第4項,第6項,第93条第2
項),処分庁のし意的課税の抑制と納税者に対する処分理由の開示が一定の範囲で
制度的に担保されているのであり,これに所得税課税事務の円滑な遂行の要請を考
慮すれば,所得税法が上記のように青色申告に係る一定の更正処分以外について更
正通知書に理由附記を要求していないことについて,一応の合理性があるといえ
る。そうだとすると,本件各更正処分について理由附記の要請を除外する国税通則
法及び所得税法の規定が憲法第31条や第32条に違反しているとはいえないし,
本件各更正処分が違法であるともいえない。被控訴人の前記主張は採用しない。
4 信義則違反について(争点3)
(1) 被控訴人は,「本件権利行使益が給与所得に該当するとしても,被控訴人
になされた本件各更正処分は,信義則に反してなされた違法な処分であり,取り消
されるべきである」旨主張するので検討する。
(2)ア 租税法定主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては,課税要件
が充足されている限り,課税官庁には租税減免の裁量はなく,法律で定められたと
おりの税額を徴収しなければならないという合法性の原則があるから,法の一般条
項である信義則の法理の適用に慎重でなければならず,同法理に反するとして租税
法規に適合する課税処分を取り消すためには,租税法規の適用における納税者間の
平等,公平という要請を犠牲にしてもなお,当該課税処分に係る課税を免れしめて
納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存するこ
とを要すると解すべきである。そして,このような特別の事情が存するかどうかの
判断に当たっては,少なくとも,税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的
見解を表示したことにより,納税者がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動
したところ,後にその表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的
不利益を受けることになったものであるかどうか,また,納税者がその表示を信頼
し,その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がない
かどうかという点を考慮しなければならない。
イ これを本件についてみると,証拠(甲1,2,12,13,16,17,2
6,37,50,乙14の1~9,乙18,53,55~57)及び弁論の全趣旨
を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 平成9年以前の課税実務では,ストック・オプションの権利行使益につい
て,一時所得として課税する例が多かった。
(イ) 東京国税局直税部長監修,同国税局所得税課長編の昭和60年版所得税質
疑応答集(乙14の1)には,ストック・オプションを与えられた場合の課税は,
現実に権利を行使した本年分の一時所得として課税される旨の記載がある。そして
平成6年版までの所得税質疑応答集にも同様の記載がある。ところが,平成10年
版所得税質疑応答集(乙14の9)には,海外親会社から付与されたストック・オ
プションの行使に係る課税関係は,株式の市場価額と権利行使価格との差額が給与
所得として課税される旨の記載になっている。
(ウ) 昭和60年5月6日付け週刊税務通信(甲16,乙18)には,国税庁審
理室補佐の回答として,株式購入選択権が与えられた場合の課税関係について,株
式の時価と選択権の行使価額との差額は,原則として一時所得として課税されるこ
とになるものと考える旨の記載がある。
(エ) 国税庁が,平成14年より前に解釈通達のような形で,一般的・抽象的に
「米国法人の日本子会社に勤務する者に対して付与されたストック・オプション行
使利益は一時所得である」旨を表示したことはない。
(オ) なお,控訴人は,平成11年12月24日,被控訴人の平成10年分の所
得税について,ストック・オプションの権利行使益は一時所得ではなく給与所得で
あるとして更正処分をしており,同処分は,同月25日,被控訴人に通知されてい
る。しかし,被控訴人は,平成12年2月29日に,ストック・オプションの権利
行使益を一時所得として平成11年分の所得税確定申告を行った。
ウ 上記認定事実にかんがみると,確かに,昭和60年から平成6年ごろまでは,
課税官庁の職員が,ストック・オプションの権利行使益について一時所得との見解
を公表したものであり,この見解は,課税実務者が一応の協議の上で公表したもの
と推認され,全くの私的見解とはいえない。しかしながら,これが課税官庁の解釈
通達や税務署長その他責任ある立場にある者の正式の見解の表示のような公的見解
であるということもできない。その後,課税官庁の認識は,ストック・オプション
の権利行使益について,一時所得であるとする見解から,平成10年には給与所得
とすることに統一されたものであって,本件において,前記「特別の事情」の要件
の一つである「税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したこ
と」には該当しないというべきである。
(3) そうすると,その余の点について検討するまでもなく,被控訴人に対する
本件各更正処分について,いずれも前記「特別の事情」は存在せず,被控訴人の信
義則違反の主張は理由がないというべきである。
5 二重所得法の理論について(争点4)
(1) 被控訴人は,「ストック・オプションの権利行使益には,就労の動機や誘
因として支給された給与所得としての性質を有する部分と被付与者の投資判断によ
って取得できた一時的・偶発的な性質を有する部分を有しており,給与所得と一時
所得との複数の所得が混在しているから,二重所得法の理論が適用されるべきであ
る」旨主張する。
(2) しかしながら,インテルのオプション制度の趣旨にかんがみると,本件権
利行使益の一時的・偶発的な側面は,その給与に内在する要素であって,そのこと
から直ちに本件権利行使益について一時所得が混在しているということはできな
い。また,租税法律主義の原則からしても,租税の性質は一義的に定まる必要があ
るというべきであって,二重所得法の理論は,立法論的観点からはともかく,これ
を解釈論に持ち込むことには無理があるといわざるを得ない。そうすると,被控訴
人の上記主張は理由がない。
6 まとめ
(1) そうすると,本件各更正処分はいずれも適法というべきである。
 なお,被控訴人は,平成11年分の所得税につき,納付すべき税額を過少に記載
して同年分の確定申告書を控訴人に提出しているところ,前記4(2)イ及びウの
説示にかんがみると,納付すべき税額を過少に申告していたことについて国税通則
法第65条第4項所定の「正当な理由」は認められないというべきである。よっ
て,本件11年分賦課決定処分も適法というべきである。
(2) 以上によれば,原判決は不当であるから,これを取り消して,被控訴人の
請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法第7
条,民事訴訟法第67条第2項,第61条を適用して主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第五民事部
裁判長裁判官 根本眞
裁判官 持本健司
裁判官 小宮山茂樹

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