弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を木更津簡易裁判所に移送する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、末尾添附の被告人両名の弁護人木戸喜代一作成名義の控訴趣
意書と題する書面記載のとおりでおるが、これに対し当裁判所は左のとおり判断す
る。
 論旨第五点について。
 原審が原判示事実認定の証拠に採用している所論答申書が、公判期日における供
述に代えて提出された被告人以外の者の作成にかかる供述書であつて、刑事訴訟法
第三百二十条所定の所謂伝聞証拠に属するものであることは洵に明らかである。而
して、同法第三百二十一条の規定するところによれば、被告人以外の者の作成した
供述書で供述者の署名若しくは押印あるものについては、所謂伝聞証拠排斥原則の
例外として、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるた
め公判準備又は公判期日において供述することかできず且つその供述が犯罪事実の
存否の証明に欠くことができないものである場合の外は、それが同法第三百二十六
条に所謂検察官又は被告人において証拠とすることに同意した書面である場合は別
として原則としてこれを証拠とすることのできない旨の定めをしている。尤も同法
第三百二十三条第三号には右条件に副わないため元来証拠能力のない供述書と雖も
特に信用すべき情況の下に作成された書面であればこれを証拠とすることができる
趣旨の規定が為されている。然し乍ら、茲に所謂「特に信用すべき情況の下に」と
は元来は伝聞証拠であり乍らその証拠能力の認められている同法第一号及び第二号
に所謂戸籍謄本、公正証書謄本その他公務員(外国の公務員を含む)がその職務上
証明することができる事実についてその公務員の作成した書面又は商業帳簿、航海
日誌その他業務の通常過程において作成された書画に準じて、その証拠価値(すな
わち書面の内容たる事実の主張に対する信憑力)を合理的に保証するに足る特別の
事情の存する場合を指称し、斯かる事情なき限り斯かる書面を証拠とすることを得
ないものと解するを相当とする。蓋し、若し、斯く解しないときは、伝聞証拠なる
ものは兎角事の真相を誤まり伝え易いものであるとの人類の長年に亘る実証的経験
から、反対尋問による充分な吟味の機会を与えられない供述は、これを証拠とする
ことのできないという所謂伝聞証拠排斥の原則を定めた前示刑事訴訟法第三百二十
条及び特にこれが例外として被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を
録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものにつき一定の厳格な条件を附
してその証拠能力を認めた同法第三百二十一条の規定の趣旨を沒却し、これら一連
の規定は殆んど空文に帰するに等しいものとなるからである。今これを所論答申書
について見るのに、被告人及び原審弁護人は原審においてこれを証拠とすることに
つき同意した事実は必ずしも明白でなく、さればとそ原審は、特にこれを刑事訴訟
法第三百二十三条第三号に所謂特に信用すべき情況の下に作成された書面であると
して証拠調を履践し、原判示事実認定の資料に供しているわけであるが、それかと
いつて、原審がその特に信用すべき情況の下に作成されたとしている特別の情況が
果して那辺にあるのか、必ずしも明白でない。或いはその供述者が会社の支店長で
あると共に作成者が当該支店の庶務係であること及びその記載に株式会社AB支店
が昭和二十五年六月一日から十一月末日までに東京都内で八回に亘つて被告人等に
対しネオアゴチンを販売した事実を同社の売掛帳に基ずいて記入したものであると
あることから特に信用すべき状況の下に作成されたものと判断したのではないかと
も思料されるが、その供述者が会社の支店長であつて、その作成者が当該支店の庶
務係であるからといつて、必ずしもにわかに、その内容たる事実の主張を特に信用
すべき状況の下に作成された書面であるとするを得ないのみならず、記録によれ
ば、原審検察官は、原審公判廷において、一見右売掛帳と目される右会社の販売帳
簿を東京地方検察庁から取寄せた上証拠として提出する趣旨の陳述をしてこれが取
寄せのため公判期日の続行を求め乍ら、(原審第四回公判調書の記載参照)次回公
判期日において如何なる事実によつてか、販売帳簿の取寄を取止めた旨を陳述し
て、右販売帳簿の写乃至は摘要書とも言うべき所論答申書の証拠調を請求している
のである。元来、一次的な証拠能力を有する文書の写乃至は摘要書と雖もその写又
は摘要書の成立に争なく且つその原本の正当な事由による毀滅乃至は喪失等原本を
証拠として提出することのできない合理的な特別の事実の認め得るものの存する限
りこれを証拠として提出することのできないわけのものではないけれども、本件記
録を通じ、少くとも右販売帳簿を提出することのできなかつた合理的な特別の事情
は、ついにこれを認め得るものの存するあるを見ない。果して然らば、既にその成
立についてすら争のないことのない所論答申書に「この表は当社の売掛帳に依つて
記入したものである」との供述記載があるからといつて、直ちにもつて刑事訴訟法
第三百二十三条第三号に所謂特に信用すベき情況の下に作成されたものとは謂い難
い。すなわ<要旨>ち、原審は、須く少くともその供述者と目されるC(同人が死
亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公
判期日において供述することのできない事情は記録上とれを認めることができな
い。)の該答申書の成立、右売掛帳の存否乃至はその売掛帳を提出することのでき
ない事情等についての被告人側に充分な反対尋問の機会を与えられた証言を得て該
答申書を特に信用すべき情況の下に作成された書面として認めることの可否を決定
すべかりしを相当とする。これを要するに、原審は以上説示するところに照らし、
究極において刑事訴訟法第三百二十条の規定に違背し元来証拠能力なき書面(すな
わち所論答申書)を原判示事実認定の証拠とした違法あるに帰し、且つ、この違法
ある限り原判決挙示の証拠中右答申書の謄本を除く爾余の証拠のみをもつてしては
原判示事実はこれを認め難いものがあるから、その違法が原判決に影響を及ぼすべ
きことも亦洵に明らかであつて、結局原判決には刑事訴訟法第三百七十八条第四号
に所謂判決に理由を附せざるの過誤を冐した事に帰し、到底その破棄を免がれな
い。論旨は究極において理由がある。
 よつて、本件控訴の趣意は右の点において理由がないから、爾余の論点について
の説明を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄し、同法第四百条
本文後段の規定に従い本件を木更津簡易裁判所に移送することとして主文のとおり
判決する。
 (裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 河原徳治)

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