弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、不当利得返還請求についての第一審判決に対する控訴を棄却
した部分を破棄する。
     右破棄にかかる部分について本件を広島高等裁判所に差し戻す。
     本件その余の上告を棄却する。
     前項につき上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人木村信一の上告理由第一点について。
 論旨は、被上告会社は自動車旅客運送業を主たる目的として設立された会社であ
るところ、その営業については陸運局の認可を必要とし、その認可は他より営業権
(車輌付)を譲り受ける以外は殆ど不可能であり、被上告会社設立については本件
営業権並びに車輛の譲受けが必須欠くべからざる前提条件であつて、その譲渡契約
がなければ被上告会社の設立はあり得なかつたものであるから、右契約は被上告会
社の設立に関する行為であるというにある。
 しかしながら、上告人主張の右契約は、成立後の被上告会社の開業準備のための
行為であり、いわゆる財産引受にあたるものと認めるべきもので、被上告会社の設
立自体に必要な行為と解することはできない。したがつて、商法一六八条一項六号
所定の事項を被上告会社の原始定款に記載し、その他法定の手続を経た場合でなけ
れば、右譲渡契約は成立後の被上告会社に対し効力を生じないものと解すべきであ
る。これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決(その引用する一審判決を含
む。以下同じ。)に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難
するに帰し、採ることができない。
 同第二点について。
 財産引受は、現物出資に関する規定の潜脱行為として利用される弊があるので、
商法は、現物出資と同様、これを原始定款に記載し、かつ、厳重な法定の手続を経
ることを要するものとし、かかる法定の要件を充たした場合にのみその効力を生ず
るものとしたのである。右の法意に徴すれば、成立後の会社が追認したからといつ
て、法定の要件を欠く無効な財産引受が有効となるものと解することはできない。
この点に関する原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、
独自の見解に立つて原判決を非難するに帰し、採ることができない。
 同第三点について。
 原判決は、上告人主張の本件自動車譲渡(売買)契約は、原始定款に記載のない
財産引受にあたる旨判断し、さらに、上告人主張の本件自動車譲渡契約は、昭和二
九年二月一一日開催の被上告会社発起人総会における、上告人が経営したDタクシ
ーの営業およびその全車輌その他の設備一切の譲渡を受ける旨の全会一致の決議に
基づいて、上告人が譲渡人として一方の当事者となると同時に、被上告会社代表者
名義をもつて他の一方の当事者として契約した契約書を作成してなされたものであ
るとの事実を確定し、そして、右事実が認められるから、右契約は定款に記載のな
い財産引受として、被上告会社に対してはその効力を生じないが、右の如き決議を
した発起人団体との間に有効に成立したものと解すべきであり、上告人は、右発起
人団体に対し譲渡代金請求権を有し、したがつて、上告人を含む発起人全員は連帯
して上告人に対し譲渡代金債務を負担するものであり、また、上告人は本件自動車
の所有権を右契約に基づいて失うものである旨判示する(なお、原判決にいう発起
人団体とは、いわゆる発起人組合を意味するのか、それと異なる趣旨か明確でない)。
 いわゆる財産引受は、発起人が設立中の会社のために、会社の成立を条件として
特定の財産提供者(発起人でも差支えない。)から一定の財産を譲り受ける契約を
指称するものであつて、それは、設立中の会社の名において締結されるものであり、
会社の成立を条件として契約上の権利義務が直接会社に帰属することを内容とする
契約である。したがつて、当事者間に特約の存する場合、民法一一七条の類推適用
により発起人が履行の責に任ずべき場合等の特別の事情の認められないかぎり、原
始定款の記載等の法定の要件を充たさないため成立後の会社に対し効力を有しない
財産引受に基づき、発起人、あるいは、発起人組合が、当然に、財産引受の契約上
の権利(例えば本件自動車譲渡契約による自動車所有権)を取得し、義務(例えば
右契約による代金債務)を負うにいたることはないものと解するのが相当である。
また、原判決確定の前記事実関係をもつて、右の特別の事情にあたるものと認める
こともできない。却つて、右事実関係及び甲第一号証の二(営業譲渡契約書)によ
れば、本件自動車譲渡契約は、設立中の被上告会社の名においてなされ、被上告会
社の成立を条件として、被上告会社が、自動車の所有権を取得し、上告人に対し代
金債務を負う旨の自動車売買契約であり、「上告人は甲第一号証の二の契約を被上
告会社に対し有効なりと信じ締結したのであつて、発起人に対する契約上の効果意
思は全然なかつた」旨の論旨の主張を肯認できる事情が窮われる。
 また、法定の要件を充たさないため、成立後の会社に対し効力を有しない財産引
受に基づき、例えばそれを有効と誤信したため、右財産引受の履行として、相手方
から相手方の財貨が成立後の会社に対し交付され、会社が使用収益処分により利得
した場合、不当利得返還の問題を生ずる余地があると解すべきである。
 以上の次第で、本件自動車譲渡契約に基づき、上告人は、発起人団体に対し譲渡
代金債権を有するから、不当利得の要件である損失がないことを理由として、上告
人の不当利得返還請求を排斥すべきものとする原判決の判断は、財産引受について
の法律の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるものといわなけ
ればならない。この点に関する論旨は理由がある。
 そこで、原判決中、不当利得返還請求についての第一審判決に対する控訴を棄却
した部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため右部分を原審に差し戻すこととし、
その余の部分につき本件上告を棄却すべきものとし、民訴法四〇七条一項、三九六
条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致により、主文のとおり判
決する。
 裁判官五鬼上堅磐は退官につき評議に関与しない。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎

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