弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人内藤秀太、同今野佐内の提出にかかる各控訴趣意書記
載のとおりであるから、これをここに引用する。両弁護人の所論を綜合するに論旨
は、原判決は被告人に対し窃盗、私文書偽造、同行使、詐欺の罪責を認定している
が、右は全く事実無根のことである。原判決はその証拠として、(一)警視庁科学
検査所長作成の昭和三九年四月一三日付ポリグラフ検査結果回答についてと題する
書面(A作成の検査回答書添付のもの)、(二)警視庁科学検査所長作成の昭和三
九年四月一四日付鑑定結果回答についてと題する書面(A作成のポリグラフ検査結
果報告についてと題する書面添付のもの)、(三)証人Aの原審第八回公判廷にお
ける供述、(四)被告人の司法警察員郵政監察官に対する昭和三九年二月一四日付
供述調書、(五)原審第二回公判調書中証人B、(六)同C、(七)同Dの各供述
記載、(八)原審第三回公判調書中証人Eの供述記載、(九)証人Cの原審第一四
回公判廷における供述、(一〇)証人Dの原審第一八回公判廷における供述、(一
一)証人Eの原審第一一回公判廷における供述、(一二)証人Fの原審第一二回公
判廷における供述を引用し、これと(一三)押収にかかる定額郵便貯金証書一枚、
(原裁判所昭和四〇年押第一二一号の一)、(一四)同定額郵便貯金預入申込書一
枚(同号の二)、(一五)回米穀類購入通帳一冊(同号の三)、(一六)同定額郵
便貯金預入申込書一枚(同号の四)、及び(一七)同警視庁科学検査所長作成の鑑
定結果回答についてと題する書面(G作成の鑑定書添付)とを綜合して右事実を認
定しているが、右(一)乃至(三)の各証拠は、いずれも被告人及び関係人Cに対
するポリグラフ検査の経過及び結果並びにこれに関する検査者の供述を内容とする
ものであり、ポリグラフ検査結果の確実性は未だ科学的に承認されていないから、
これらはすべて刑事裁判の本質に照らし、証拠能力を有しないものであつて、原判
決がこれを、右各ポリグラフ検査の際の質問応答を録音した録音テープの取調をす
ることもしないで、直ちに証拠としたのは、採証の法則を誤つたものであり、
(四)の証拠(被告人の自白調書)は、司法警察員郵政監察官Eの強制乃至誘導に
よつてなされた任意性のない虚偽の供述を録取したものであつて、これを採用した
のは、強制による自白を証拠とすることを禁止する憲法第三八条第二項に違反し、
且つ採証の法則を誤つたものであり、以上いずれも判決に影響を及ぼすことの明ら
かな訴訟手続上の法令違反を犯したものである。そればかりでなく、(五)乃至
(三)の各証拠(被害関係者又は捜査係官の各供述)はいずれも信憑性乃至証明力
のないものであつて、原判決がこれを採用し、右(一)乃至(四)の証拠その他と
綜合して、被告人の罪責を認定したのは、虚無の証拠により事実を認定したにほか
ならず判決理由におけるくいちがいの違法を犯すとともに、よつて判決に影響を及
ぼすことの明らかな事実誤認を犯したものであるというに帰する。
 しかしながら、所論(五)乃至(八)の原審各公判調書中、証人B、同C、同D
及び同Eの各供述記載並びに(九)乃至(三)の証人C、同D、同E及び同Fの原
審公判廷における各供述は、当該各供述内容自体を検討し、各供述内容を相互に対
比し、且つ、これを前掲(一三)乃至(一六)の各証拠物及び(一七)のG作成の
鑑定書に照らして、その信憑性乃至証明力を疑うべき何等の形跡をも認め難く、ま
た右(八)、(二)及び(三)の証拠(原審第三回公判調書中、証人Eの供述記
載、証人Eの原審第一一回公判廷における供述及び証人Fの原審第一二回公判廷に
おける供述)に徴して、所論(四)の被告人の司法警察員郵政監察官に対する昭和
三九年二月一四日付供述調書記載の被告人の本件自白の任意性及び信憑性を認める
に足り、これに、前掲(五)乃至(七)、(九)、(一〇)、(一三)乃至(一
七)の各証拠をその裏付けとして綜合すれば、所論(一)乃至(三)のポリグラフ
検査の経過及び結果に関する各証拠をまつまでもなく、被告人の所為にかかる原判
示窃盗、私文書偽造、同行使、詐欺の各事実を優に肯認することができる。所論
は、原判決が右各ポリグラフ検査の経過及び結果に関する証拠を罪証に供したこと
を非難するので考察するに、ポリグラフ検査は、ポリグラフ(同時記録器)を使用
し、検査者の発する質問に反応して被検者の示す呼吸波運動、皮膚電気反射及び心
脈波を同時に記録し、その結果を検討して被検者の有罪意識の有無乃至供述の真偽
を判定する一種の心理検査若しくは心理鑑定であり、ポリグラフ検査回答書は、ポ
リグラフ検査を実施した者が、その検査の経過及び結果を記載して作成する書面で
あつて、刑事訴訟法第三二一条第四項所定の書面(鑑定の経過及び結果を記載した
書面で鑑定人の作成したもの)に類似する性質のものであるが、ポリグラフ検査結
果の確実性は、未だ科学的に承認ざれたものということはできず、その正確性に対
する(第三者の)判定もまた困難であるから、軽々にこれに証拠能力を認めるのは
相当でないと同時に、わが国における刑事裁判が陪審制によつていないこと、ポリ
グラフ器械の規格化及び検査技術の統一と向上に伴い、ポリグラフ検査結果がその
検定確率の上昇を示しつつあることなどにかんがみ<要旨>ると、一概にこれが証拠
能力を否定することも相当でない。そして、これを本件について見るに、原判決が
拠に引用している所論(一)のA作成の検査回答書及び同(二)のA作成
のポリグラフ検査結果報告についてと題する書面は、それぞれ検査者Aの実施した
被検者H(被告人)及び関係者Cに対するポリグラフ検査の経過及び結果を右検査
者が記載して作成した報告文書であるが、これらは、いずれも原審において検察官
が、刑事訴訟法第三二一条第四項所定の書面としてその取調を請求し、被告人側に
おいて、これを証拠とすることに同意したものであり、且つ所論(三)の証拠すな
わち、原審証人Aの供述に徴し、各書面はいずれも検査者が自ら実施した各ポリグ
ラフ検査の経過及び結果を忠実に記載して作成したものであること、検査者は検査
に必要な技術と経験とを有する適格者であつたこと、各検査に使用された器具の性
能及び操作技術から見て、その検査結果は信頼性あるものであることが窺われ、こ
れによつて各書面が作成されたときの情況に徴し、所論各ポリグラフ検査施行状況
の録音テープの取調をなすまでもなく、これを証拠とするに妨げがないものと認め
られるので、同法第三二六条第一項所定の書面として証拠能力があり、しかもその
内容において前掲被告人の自白及び証人Cの各供述の信憑性を裏付け、前掲(四)
乃至(一七)の証拠と相いまつて、原判示事実を肯定するに足りるから、原判決
が、これらポリグラフ検査の経過及び結果に関する各証拠を事実認定の資料に供し
たのは毫も違法ではない。そして、被告人の司法警察員郵政監察官に対する爾余の
各供述調書、検察官に対する各供述調書及び原審公判廷における各供述中、原判示
認定に副わない部分は、すべて措信し難く、証人Iの原審公判廷における供述及び
当審事実取調の結果に徴しても、右認定を左右することはできない。されば、原判
示事実認定は正当であつて、所論の如き憲法違反、訴訟手続の法令違反、理由のく
いちがい乃至事実の誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。
 よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用
は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人にこれを負担させることとし
て、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 飯田一郎 判事 遠藤吉彦 判事 吉川由己夫)

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