弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人船内正一の上告理由について。
 思うに、本人のための商行為の代理については、代理人が本人のためにすること
を示さなくても、その行為は本人に対して効力を生ずるが、相手方において、代理
人が本人のためにすることを知らなかつたときは、相手方と代理人との間にも本人
相手方間におけると同一の法律関係が生じ、相手方が、その選択に従い、本人との
法律関係を否定し、代理人との法律関係を主張したときは、本人は、もはや相手方
に対し右本人相手方間の法律関係を主張することができないことは、当裁判所の判
例(昭和四一年(オ)第一〇号同四三年四月二四日大法廷判決・民集二二巻四号一
〇四三頁)とするところである。このようにして相手方がその選択により本人また
は代理人のいずれかに対して債務を負担することを主張することができる場合にお
いて、本人が相手方に対し右債務の履行を求める訴を提起し、その訴訟の係属中に
相手方が債権者として代理人を選択したときは、本人の請求は、右訴訟が係属して
いる間代理人の債権につき催告に準じた時効中断の効力を及ぼすものと解するのが
相当である。その理由は、つぎのとおりである。
 右の場合相手方の選択以前には本人の債権と代理人の債権が併存していると解さ
れるが、両者は別個独立の債権というより、後者が選択されれば前者はその主張が
できなくなるという関係において単に権利の帰属者の点においてのみ択一的な債権
として併存しているにすぎず、債権の実体は単一であるとみることができる。もと
より、代理人の債権が選択された場合には、本人の請求は最終的には排斥を免れな
いから、これが裁判上の請求として確定的中断の効力を生ずるとみる余地はない。
しかし、本人の請求が排斥されるといつても、本人は訴提起当時には相手方に対し
有効に債権を有していたのに、訴訟中に行なわれた相手方の選択の結果相手方に対
してその主張をすることができなくなるためにすぎないのであつて、債権の実体そ
のものが消滅するためではないのである。そして、右選択により代理人においてそ
の債権を主張すべきことに確定するに至るが、本人の提起した訴訟が係属している
以上相手方の選択以前はもとよりとして選択後もその効果についての確定的判断が
されるまでは、代理人にあえて権利主張をすべきことを求めることは相当でなく、
相手方としてもその間適法な権利行使を受けていると同視しうる地位にあるという
ことができるから、本人の請求をもつて無権利者による請求として代理人の債権に
ついての消滅時効の中断に関しなんの効果も認めないのは事の実体にそぐわないと
いうべく、むしろ、右訴訟が係属している間継続的にされているとみうる本人の権
利主張に着目し、かつ、相手方に対する本人および代理人の債権の実質的単一性な
いし相関的性格にかんがみるときは、本人の請求は、その提起した訴訟が係属して
いる限り代理人の債権について暫定的中断事由たる催告に準じた時効中断の効力を
及ぼすものと解するのが相当であり、したがつて、代理人は、右訴訟係属が終了し
た時から六か月を経過する以前に訴を提起することにより、代理人の債権について
の消滅時効を確定的に中断することができるというべきである。もしこれを反対に
解した場合、相手方は訴訟が係属しているにもかかわらず時効完成まで選択しない
でおいて完成後に自己に有利な選択をして債務を免れることができるという、不合
理が生ずるのである。
 本件についてみるに、原判決によれば、(1)インドネシア民法上の組合D(以下
「訴外組合」という。)の労務出資組合員E(以下「E」という。)は、昭和二九
年四月一七日ごろ訴外組合のためにすることを示さなかつたが、訴外組合の目的事
業に属する輸出入業の事務所とするため、上告人との間で本件賃貸借契約を締結し、
上告人に敷金八一万二〇〇〇円を差し入れたものであつて、右は訴外組合のための
商行為である、(2)右賃貸借は昭和三一年三月末に終了し、上告人はその時までの
未払賃料を控除した残金六〇万円の敷金返還債務を負うに至つた、(3)しかし、上
告人は、契約の本人が訴外組合であることを知らなかつたところ、上告人は、昭和
三一年一二月一五日商法五〇四条但書にもとづき本人たる訴外組合との法律関係を
否定しEとの法律関係を主張して後者を選択したから、以後は、Eが貸借人であつ
て、同人が前記敷金返還請求権を有するに至り、訴外組合が貸借人であることを主
張することができなくなつた、(4)被上告人Bは、訴外組合およびEの債権者であ
るが、昭和三一年九月一五日訴外組合に適法に代位し、Eの代理行為により訴外組
合が貸借人になつた旨主張して、上告人に対し訴外組合に帰属すべき右敷金の返還
を訴求したものであるところ、その訴訟係属中である昭和三六年一二月二三日に至
りEに適法に代位し、かりに右敷金返還請求権が訴外組合に帰属しないのであれば
Eに帰属すると主張して、上告人に対し右敷金返還を求めるとの請求を予備的に追
加した、というのであつて、右認定判断は、その挙示する証拠関係、その適法に確
定した事実関係および記録に照らして首肯するに足り、右認定判断の過程に所論の
違法はない。
 してみると、代理人たるEの有する右敷金返還請求権についての消滅時効は、被
上告人Bが訴外組合に代位してした前記訴訟によりその中断の効力が生じていると
いうことができるから、これと同旨の原審判断は相当というべく、原判決に所論の
違法はない。なお、所論は、上告人は相手方たる上告人の選択時を時効の起算点と
する消滅時効を主張する趣旨であるともいうが、記録に徴しても上告人が原審にお
いて右の主張をしたものとは認められず、また、原審がこの点について審理してい
ないことをもつて所論の違法があると認めることはできない。所論引用の判例は本
件に適切でなく、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己

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