弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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口頭弁論終結日 平成13年7月19日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,5000万円及びこれに対する平成9年1月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告の履行補助者であるC医師の診療上の過失により両側大
腿骨頭壊死になったとして,被告に対し,診療契約上の債務不履行に基づく損害賠
償として,1億3854万8872円の内金5000万円の支払を請求する事案で
ある。
2 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠と弁論の全趣旨により容易に認めら
れる事実)
(1) 当事者
 被告は,東邦大学医学部付属D病院(以下「被告D病院」という。)及び同E病
院(以下「被告E病院」という。)を開設する学校法人であり,C医師は被告D病
院第F内科に所属する医師である(乙12)。
(2) 原告に対する診療の経過
ア 原告は,平成3年11月頃から,食欲不振,全身倦怠感,関節炎及びレイノー
現象の症状が出始めた。
イ そこで,原告は,平成5年1月28日,被告C病院第G内科で受診し,同年2
月10日及び同月16日も受診した(乙10,12)。
 原告は,同月18日,被告D病院第F内科に転院し,同月22日から同年3月2
日まで精査目的で同病院に,同日から同月8日まで肝生検目的で被告E病院に,同
日から同年5月26日まで被告D病院にそれぞれ入院した(乙7の1,8,9,1
1,12)。被告D病院入院中は,第F内科所属のH医師が,C医師に連絡,相談
しつつ,原告の診療を担当した(乙8,9)。
 原告は,同年6月1日以降平成8年11月5日まで被告D病院に通院し,C医師
の診療を受けた(乙7の1,12)。
ウ 原告は,平成5年1月28日から平成8年10月31日まで別表記載の年月日
に血液生化学検査を受け,原告のGOT(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミ
ナーゼ),GPT(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ),ALP(アル
カリフォスファターゼ),LDH(乳酸デヒドロゲナーゼ)及びγ-GTP(γ-
グルタミルトランスペプチダーゼ)の各検査値は別表のとおり推移した(乙7の
2,8ないし12)。
エ C医師は,平成5年3月18日から平成8年10月24日まで,別表のとお
り,原告に対し,ステロイド剤(以下,単に「ステロイド」という。)であるプレ
ドニソロン又はリンデロンを処方した(乙7の1,9,12)。
オ C医師は,平成8年6月11日から同年10月24日まで,別表のとおり,原
告に対し,前記エのステロイドの処方と併用して,ウルソデオキシコール酸(以下
「ウルソ」という。)を処方した(乙7の1,12)。
(3) 本件における結果の発生
 原告は,平成8年11月頃,大腿骨頭壊死を発症した(甲1,5,16,乙7の
1。以下,この発症の結果を「本件結果」という。)。
3 争点
(1) C医師の過失(診療上の注意義務違反)の有無
(原告の主張)
 C医師は,原告を原発性胆汁性肝硬変(欧文では「primarybiliary
cirrihosis」。以下「PBC」という。)と診断し,基本的にウルソを第一選択と
する治療を行うべき注意義務があったにもかかわらず,平成5年2月末頃,これを
自己免疫性肝炎(欧文では「autoimmunehepatitis」。以下「AIH」という。)
と誤診し,大腿骨頭壊死等種々の副作用が知られているステロイドを平成5年3月
18日から平成8年10月24日までの長期にわたり漫然と継続投与した過失があ
る。
 仮にC医師が,平成5年当時,原告の症例(以下,原告が当時り患していた症例
を「本件症例」という。)についてAIHとPBCの混合型であると診断し,ステ
ロイドによる治療を開始したとしても,ステロイドには強力な抗炎症作用があり上
記のような種々の副作用が知られているから,C医師は,その毒性の発現を最小限
にする効果的な最少量でステロイドによる治療を行うとともに,常にウルソの使用
を考慮する義務があった。本件症例においては,トランスアミナーゼの値が落ち着
いた平成5年8月,遅くとも平成6年中には,ステロイドの効果がないことが明ら
かとなっているのであるから,C医師は,その時点で,ステロイドによる治療を中
止し,ウルソによる治療に変更すべきであった。少なくとも,C医師は,ステロイ
ドが緩解しないと認識した時点でAIHでないのではないかと疑い,診断を再検討
し,PBCの診断に重要なAMAなどの再検査をするべき義務があった。
(被告の主張)
 C医師は,原告の臨床症状及び各検査結果から,本件症例について,PBCの病
態も併せ持っているが,臨床的にAIHが前面に出ており,AIHとPBCの混合
型であると診断したものであり,かつ,これは適切な診断であった。
 上記症例にはステロイドの適応がある上,実際に原告の肝機能検査値はステロイ
ドの投与により改善していることから,本件症例にステロイドが効果を示したこと
は明らかである。
 そして,C医師は,ただ漫然とステロイドの投与を続けていたわけではなく,ス
テロイドの減量を常に心掛けていたことはその投薬状況から明らかである。
 C医師は平成5年8月,遅くとも平成6年中にはステロイドを中止すべきであっ
たという原告の主張は,医学的な根拠を欠く誤った主張である。
(2) 損害額
(原告の主張)
 原告は,本件結果の発生により,以下の損害(合計1億3854万8872円)
を被った。
ア 休業損害        1399万7664円
 原告は家事従事者であるが,平成6年10月から本件結果のため歩行困難とな
り,平成8年11月頃までに症状固定となった。これを両下肢の用を全廃したもの
とみて,後遺障害1級での症状固定として100パーセントの労働能力喪失が認め
られる。原告は大学卒であるから,平成7年賃金センサス女子労働者大卒46歳
(45歳ないし49歳)の平均年収648万0400円を基準として計算すると,
上記26か月(2.16年を乗ずる。)間の休業損害は上記のとおりとなる。
イ 後遺症による逸失利益  8308万5856円
 原告は,前記アのとおり後遺障害1級に該当し,100パーセントの労働能力喪
失が認められるから,46歳から67歳までの21年間の逸失利益は,年収を64
8万0400円とみてライプニッツ方式(ライプニッツ係数12.8211を乗ず
る。)で計算すると,上記のとおりとなる。
ウ 入通院慰謝料       287万円
 原告は既に入院3か月,通院4年にわたっており,今後も通院が終わることはな
いが,これまでの入通院分だけでも,それに対する慰謝料は287万円を下らな
い。
エ 後遺症慰謝料      2600万円
 原告が両下肢の用を全廃させられたことに対し,その慰謝料は2600万円を下
らない。
オ 弁護士費用       1259万5352円
 原告は,原告訴訟代理人に対し,弁護士費用として,前記アないしエの合計1億
2595万3520円の10パーセントに当たる上記金額を支払う旨約した。
(被告の主張)
 原告の主張を争う。
第3 争点に対する判断
1 前記前提事実,証拠(甲1の1ないし1の3,2ないし5,6の1ないし6の
4,7,9ないし12,14ないし16,乙1,2,5,6,7の1,7の2,
9,10,12,14ないし16,18ないし26,証人C,証人I)及び弁論の
全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) AIH,PBC及びその混合型について
ア AIHについて
(ア) AIH(前述のとおり,欧文では「autoimmunehepatitis」)は,中年以降
の女性に好発し,慢性に経過する肝炎であり,本来病原微生物を標的とするリンパ
球が何らかの原因によって機能異常を来してビリルビンを産生する肝細胞を標的と
して破壊することによって生じる自己免疫性肝疾患であり,ときに肝硬変に至る疾
患である。全身倦怠感,食欲不振を初発症状とし,ときには発熱,関節痛を伴うこ
とがある。
 AIHは,ルポイド肝炎の延長上にある概念である。B型,C型肝炎ウイルスが
発見され,それまで慢性肝炎として同じ疾患の範疇にくくられていた一部AIHが
分離し,ルポイド肝炎と合して,今日的なAIHの概念が1990年代に入って確
立された。
 AIHにおいては,無治療群の予後は極めて不良で,海外のある病院での研究に
よれば,4年追跡で死亡率56パーセント,5年生存率40パーセントという結果
が得られたこともあり,我が国の厚生省の難治性肝炎調査研究班のAIH症例31
4例の追跡調査においても10年間に30例の死亡が確認されている。AIHは,
ウイルス性の慢性活動性肝炎に比して肝硬変への進展も早く,予後が不良であると
される。
(イ) AIHの主要所見としては,血中自己抗体特に抗核抗体(欧文で
は「antinuclearantibody」。以下「ANA」という。)が陽性であること,血清
中のγ-グロブリン値又はIgG値の上昇,持続性又は反復性の血清トランスアミ
ナーゼ値の異常等が挙げられる。
 なお,AIHにおいても,まま胆管病変が合併することがある。
(ウ) トランスアミナーゼとは,肝臓に含まれる酵素であり,その主なものとして
GOT(別名アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ。この別名は欧文では「A
ST」と略記される。)とGPT(別名アラニンアミノトランスフェラーゼ。この
別名は欧文では「ALT」と略記される。)が挙げられる。GOTの正常値は12
ないし35IU/L,GPTの正常値は6ないし31IU/Lであり,これらが正常値
を超えて上昇することは,肝機能の異常を示すものである。トランスアミナーゼ値
が上昇した状態を放置しておくと,肝機能の異常が進み,肝硬変から更に肝不全等
致命的な病状に至るリスクがある。
(エ) AIHの治療法としては,原則としてプレドニソロン等のステロイドを投与
する。その際,プレドニソロンの初期投与量は,充分量(1日30ないし40ミリ
グラム以上)とし,トランスアミナーゼ値の改善を効果の指標として,減量,維持
量を決定する。最初のステロイド投与量が多い場合には,1か月ごとに投与量を減
少し,維持量である1日10ミリグラムまで減量するが,これに6ないし8か月は
必要である。また,症状の出現がなくても,ときどきトランスアミナーゼ値が上昇
する場合には,正常値が得られていたときの投与量に戻す必要もある。一般に,A
IHにはステロイドが著効するといわれているが,一方で,短期間の治療では肝組
織像の改善が芳しくなく,ステロイド離脱後に再燃して肝硬変に移行しやすいこと
から,少なくとも数年間は維持量を投与することが望ましいという文献もある。
 AIHの治療は,年齢の問題,免疫抑制剤による副反応の問題と,期待される治
療効果とのバランスで考慮すべきであるとされ,免疫抑制療法により疾患活動性は
低下し,生存を延長でき,治療による5年生存率はおおむね85パーセント前後と
される。海外のある病院においてAIHの10年間の長期にわたるプレドニソロン
による治療成績において,治療開始から5年間の生存率に飛躍的向上をもたらした
との報告がされた例がある。
 ところで,近年,AIHの治療法としてウルソも有効であるとの報告がされてい
る。すなわち,平成5年の美馬聰昭ら北海道勤医協中央病院肝臓内科による研究で
は,AIHの治療において,プレドニソロンの投与に併行してウルソの投与を開始
したところトランスアミナーゼ値が正常化した症例が報告され,AIHにおいてウ
ルソがプレドニソロンを補強するものと考えられたと報告された。また,平成7年
の中村公英ら旭川医科大学による研究では,AIHの治療においてウルソの投与に
よりトランスアミナーゼ値が著明に低下し正常化した症例が報告され,ウルソはA
IHの有用な治療薬となり得ることが示唆されたと報告された。もっとも,ウルソ
によるAIHの治療は副作用の少ない治療法として軽症例を中心に適用を広げてい
るが,肝細胞壊死を反映する指標の完全な正常化が得られない場合にはプレドニソ
ロンを中心とした免疫抑制療法を行うべきだといわれている。
イ PBCについて
(ア) PBC(前述のとおり,欧文では「primarybiliarycirrhosis」)は,中年
以降の女性に好発し,皮膚掻痒感で初発することが多い肝疾患であり,リンパ球が
ビリルビンの排泄管である胆管の上皮細胞を標的として破壊することによって生じ
る自己免疫性肝疾患である。臨床的に症状が全く見られない後記の無症候性と,掻
痒感,黄疸等を伴う症候性とに分けられる。
(イ) PBCの主要所見としては,抗ミトコンドリア抗体(欧文で
は,「antimitochondrialantibody」。以下「AMA」という。)が高頻度に陽性
で高力価を示すこと,血清中のIgMの上昇,血清中のALP等胆道系酵素の異
常,肝組織において中等大小葉間胆管ないし隔壁胆管に慢性非化膿性破壊性胆管炎
(CNSDC)又は胆管消失が見られることなどが挙げられる。
 PBCにおいては,血清中のトランスアミナーゼ値は,GOTもGPTも初期で
はほとんど上昇しない。
(ウ) PBCの治療法としては,原則としてウルソを投与する。PBCに対するウ
ルソの有効性については昭和62年に初めて報告されたが,現在では,ウルソがP
BCに対して最も広く用いられている治療薬であり,第1選択薬として確立されて
いる。
 ところで,従来,PBCに対してはステロイドは禁忌だとされていたが,近年,
PBCに対してもプレドニソロンなどのステロイドを投与することで,疲労感,皮
膚掻痒感の改善,ALP値等の低下が見られることがわかった。ただし,PBCに
対するステロイド療法は,CNSDCが顕著な段階に行い,胆管破壊の抑制を図る
べきであるとされている。
 もっとも,平成12年に発行された「自己免疫性肝疾患」(沖田極外編集)にお
いても,上記の第1選択薬であるウルソも含めて原因療法とは考え難く,内科的治
療で生命予後を確実に改善することが確認されている薬剤はないとされている。
(エ) PBCには,皮膚掻痒感,黄疸等の肝障害に基づく自覚症状を欠く場合があ
り,それは無症候性PBCと呼ばれるが,無症候性のまま数年以上経過することが
ある。無症候性PBCの予後は,症候性PBCに比べ,明らかに良好であるとされ
ており,無症候性PBCは症候性PBCと病態の本質が異なる可能性が強調されて
いる。
ウ AIHとPBCの混合型について
(ア) AIHとPBCの混合型(欧文では「PBCmixedtype」又は「PBC-AIH
overlapsyndrome」)は,AIHとPBCのそれぞれに特徴的な所見を併せ持つ自
己免疫性肝疾患をいう。
 ただし,AIHとPBCの混合型は,稀な症例であり,その外延については,専
門家の間でも意見の一致をみていない。
(イ) 混合型の所見については,①臨床所見としては,掻痒感,黄色腫及び黄疸が
いずれも見られない,②生化学所見としては,ALP及びγ-GTPが中等度から
高度上昇,トランスアミナーゼ値が上昇,TC(総コレステロール)及びTB(総
ビリルビン)が正常あるいは軽度上昇,γ-グロブリン,IgG及びIgMがとも
に上昇,③血液学的所見としては,ANA,AMA,M2抗体及びM4抗体がいず
れも陽性,④組織学的所見としては,門脈域リンパ球の浸潤,CNSDC,胆管増
生,肉芽腫,ピースミール壊死(piecemealnecrosis)等が見られるとされてい
る。
(ウ) 混合型の治療法としては,ステロイド,免疫抑制剤,ウルソ等を単独又は併
行で投与する。
 ステロイド療法の有効性については,とりわけ混合型の初期に対してプレドニソ
ロン療法の適応があり,トランスアミナーゼ値等の肝機能検査所見及び自覚症状に
著明な改善作用が見られるとされ,ステロイドが混合型の治療に有効であることが
承認されている。
 混合型の治療においてウルソがコルチコステロイドと併用するなどして使用され
た症例については,外国では平成8年以前に報告があったが,国内では,平成11
年の文献があるほか,それ以前にウルソの混合型に対する有効性を述べた文献があ
ったかは定かでない。
(2) ステロイド及びウルソについて
ア ステロイドについて
(ア) ステロイドは,炎症反応,免疫異常を抑制することにより病態や症状を改善
するために使用される,強力な抗炎症作用及び免疫抑制作用を持つ薬である。
 ステロイドには,プレドニソロン,リンデロン等があるが,リンデロン1ミリグ
ラムは,プレドニソロン約8ミリグラムに相当するとされる。
(イ) 一般的に,AIHのような自己免疫性肝疾患においてトランスアミナーゼ値
の上昇に対応するには,ステロイドが効果的であるとされており,ステロイドは,
AIHの治療において第1選択薬として用いられるほか,AIHとPBCの混合型
の治療においても用いられる(前記(1)ア(エ),ウ(ウ)参照)。
 さらに,ステロイドは,PBCの治療においても用いられることがある(前記(1)
イ(ウ)参照)。
(ウ) ステロイドの投与期間は,AIHの治療においては,2年から数年となるこ
とがある。混合型におけるステロイド投与期間については,混合型が稀な症例であ
るため,それほど明確にされてはいないが,症例によっては2,3年を超える長期
にわたりステロイドを使わざるを得ない場合もあり得る。いずれにせよ,ステロイ
ドの投与期間が長期になっても,トランスアミナーゼ値の上昇があれば,ステロイ
ド投与をせざるを得ないとされる。
(エ) ステロイドには非常に多くの副作用がある。ステロイドは免疫反応を抑制す
るため,非常に感染に弱くなるということが大きな副作用として挙げられるし,白
内障,緑内障,精神障害といった副作用があるほか,非常に重大な副作用として大
腿骨頭壊死がある。そして,長期にわたるステロイド治療の最も悲惨な副作用とし
て骨粗鬆症がある。
 ステロイドの毒性には容量依存性があり,ステロイドの投与量と大腿骨頭壊死の
発症可能性との間には相関関係が認められる。
 ただし,平成8年9月に発行された「自己免疫性肝疾患」(大久保昭行外編)に
おいても,現在のところこれらの副作用がどの患者に起こるかを予測することはで
きないとされている。
 ステロイドによる大腿骨頭壊死の発生機序は不明であり,投与開始後数週間で発
生した事例も報告されており,投与量を減らす以外の対処方法は見当たらないとさ
れる。
(オ) C医師も,本件症例の治療当時,ステロイドが大腿骨頭壊死等の副作用を持
つことを認識し,原告のトランスアミナーゼ値が減少した際には,ステロイドの投
与量を減少させていた。
イ ウルソについて
(ア) ウルソは,クマの胆汁中に多量に含まれている胆汁酸であり,かつては胆石
の治療として用いられてきた。
(イ) ウルソは,昭和62年にPBCに有効であることが報告され,現在では,P
BCに対する第1選択薬として確立されている(前記(1)イ(ウ)参照)。
 また,ウルソは,AIHとPBCの混合型の治療において,コルチコステロイド
と併用されるなどして使用されることがあるほか,近年,AIHの治療法としても
有効であるとの報告がされている(前記(1)ア(エ),ウ(ウ)参照)。
 なお,C医師は,平成7年頃に文献として出たウルソのAIHに対する有効性を
示すいくつかの研究報告を平成8年3月頃に読み,ウルソがAIHに有効であるこ
とを知った。
(ウ) ウルソは,副作用の少ない安全な薬である。
(3) 大腿骨頭壊死について
 大腿骨頭壊死は,大腿骨近位骨端部の虚血性壊死である。
 その病因は単一でなく様々であり,大腿骨頸部骨折,外傷性股関節脱臼,アルコ
ール多飲者,ステロイド長期服用者,腎移植,SLE(全身性エリセマトーデ
ス),潜函病その他の疾病に付随して大腿骨頭壊死が見られる。
 ステロイドによる大腿骨頭壊死は,急激に発症増悪する場合がある。
(4) 本件症例の検査及び所見
ア 本件症例の所見
 本件症例の臨床所見としては,倦怠感,レイノー現象等があったが,掻痒感,黄
疸はいずれも認められなかった。なお,原告に黄色腫があったことを示唆する証拠
は全くなく,黄色腫もなかったと推認される。
 生化学所見としては,平成5年1月28日の検査において,GOT(正常値12
ないし35IU/L)が96IU/L,GPT(正常値6ないし31IU/L)が145
IU/L,ALP(正常値65ないし216IU/L)が543IU/L,LDH(正常
値216ないし383IU/L)が368IU/L,γ-GTP(正常値5ないし33
IU/L)が184IU/L,TC(総コレステロール。正常値120ないし230
mg/dl)が192mg/dl,TB(総ビリルビン。正常値0.1ないし1.0mg/
dl)が0.4mg/dl,γ-グロブリン(正常値10.7ないし21.2%)が3
0.2%,IgG(正常値703ないし1540mg/dl)が2758mg/dl,Ig
M(正常値60ないし219mg/dl)が208mg/dlであった。
 血液学的所見としては,同年1月28日の検査において,ANA(正常値40倍
未満)が1280倍で陽性,同年3月18日の検査において,AMA(正常値20
倍未満)が80倍で陽性であった。
 組織学的所見としては,同年3月の肝生検を伴う病理検査において,門脈域のリ
ンパ球主体の炎症細胞浸潤とピースミール壊死,グリソン鞘のプラズマ細胞の目立
つ炎症細胞浸潤とピースミール壊死,胆管上皮の変性,小葉間胆管の破壊等が見ら
れた。
イ AMAの検査
 被告は,本件症例について,AMAの検査を平成5年3月2日と平成8年4月2
日の2回しか行わなかった。
 原告のAMAは,平成5年3月2日の検査においては,80倍で陽性,平成8年
4月2日の検査においては,320倍で陽性であった。
(5) C医師らによる診断
ア J医師は,平成5年5月26日,原告が被告D病院を退院する際の最終診断名
として,診療録に「自己免疫性肝炎」と記載し,同年6月29日,原告の「入院証
明書(診断書)」において,「入院の原因となった傷病名」の爛に「自己免疫性肝
炎」と記載した。
イ C医師は,平成5年10月21日,眼科宛の「依頼表」に「Autoimmune
hepatitis(AIH)のPt(患者)です。」と記載した。
ウ C医師は,平成6年2月22日及び平成7年2月21日,東京都衛生局宛の
「難病治療患者診断書」(64個又は65個列挙された診断名の中から,該当する
診断名の番号に印を付けた上,それが確診である場合には当該診断名の「確実」の
欄に印を付け,疑診である場合には当該診断名の「疑い」の爛に印を付ける形にな
っている。)において,それぞれ,「慢性肝炎」の欄の番号にマル印を付けた上,
その「確実」の欄にマル印を付けたが,「原発性胆汁性肝硬変」の欄の番号やその
「確実」欄及び「疑い」欄には何も印を付けなかった。
エ C医師は,平成7年8月29日,慶応病院宛の「紹介状・診療情報提供書」
に,「肝生検等にて,autoimunohepatitis(AIH)と診断」と記載した。
オ C医師は,平成8年1月23日,「難病治療患者診断書」に,前記ウと同様の
記入をした。
カ C医師は,平成8年11月,整形外科宛の「依頼表」に前記イと同様の記載を
した。
(6) C医師による治療
ア ステロイドの単独投与
(ア) C医師は,平成5年3月18日,原告に対し,プレドニソロン1日30ミリ
グラムの投与を開始し,同月31日から投与量を1日40ミリグラムに増量した。
 この投与により,原告のALP値は急速に改善し,同年4月30日には211
IU/Lとなり,正常化した。なお,原告のALP値は,この時期から平成6年9月
頃まで,ほぼ正常値を維持して推移している。
 一方で,原告のトランスアミナーゼ値は,平成5年1月28日にはGOTが96
IU/L,GPTが145IU/L,同年3月18日にはGOTが64IU/L,GPT
が96IU/Lであったところ,ステロイド投与開始約1か月後の同年4月19日に
はGOTが54IU/Lとなったが,GPTは223IU/Lとなり,なおも高値が遍
延した。
 そこで,C医師は,同年4月20日,ステロイドをリンデロン1日5ミリグラム
に変更し,リンデロンの投与を減量を図りつつ続けたところ,トランスアミナーゼ
値も徐々に改善し,同年8月31日にはGOTが26IU/L,GPTが42IU/L
となった。
(イ) その後,C医師は,リンデロンを減量して経過を見ていたが,平成6年2月
22日,トランスアミナーゼ値がGOT(直前の同年2月8日の30IU/Lから)
60IU/L,GPT(同年2月8日の57IU/Lから)142IU/Lと上昇した。
この頃,リンデロンが1日交替で1.5ミリグラムと1.25ミリグラムずつ投与
されていた。
 そこで,C医師は,同年3月8日,ステロイドをプレドニソロン1日11ミリグ
ラムに変更したところ,同月22日にはGOTが27IU/L,GPTが40IU/L
となった。
(ウ) その後,C医師は,プレドニソロンを減量して経過を見ていたが,平成6年
9月27日,トランスアミナーゼ値がGOT(直前の同年9月13日の48IU/L
から)110IU/L,GPT(同年9月13日の56IU/Lから)129IU/Lと
上昇した。
 そこで,C医師は,同年10月11日,当時1日5ミリグラムとしていたプレド
ニソロンを1日10ミリグラムに増量するとともに,強力ミノファーゲンCの静注
も開始したところ,約1か月後の同年11月8日にはGOTが35IU/L,GPT
が70IU/Lとなった。
(エ) その後,C医師は,平成6年12月13日,プレドニソロンを1日9ミリグ
ラムに減量したが,同月20日,GPTが(直前の同月13日の78IU/Lから)
105IU/Lと上昇したので,同月27日,プレドニソロンを1日10ミリグラム
に増量したところ,約1か月後の平成7年1月24日にはGOTが26IU/L,G
PTが38IU/Lとなった。
(オ) その後,C医師は,プレドニソロンを減量して経過を見ていたが,平成7年
11月28日,トランスアミナーゼ値がASTすなわちGOT(直前の同月14日
の57IU/Lから)79IU/L,ALTすなわちGPT(同月14日の90IU/L
から)137IU/Lと上昇したので,当時1日6ミリグラムとしていたプレドニソ
ロンを1日8ミリグラムに増量したところ,同年12月12日にはGOTが42
IU/L,GPTが77IU/Lとなった。
イ ステロイドとウルソの併行投与
 C医師は,平成8年3月頃,ウルソのAIHに対する有効性を示す研究報告を読
んだこと(前記(2)イ(イ)参照),同年4月2日,原告のAMAが検査の結果320
倍であったことから,ウルソによりAIHの病態を改善するとともにPBCの病態
も改善しようと考え,同年6月11日,原告に対し,ウルソの投与をステロイドの
投与と併行して開始した。
 このウルソの併行投与により,原告のトランスアミナーゼ値及びALP値が改善
し,同年9月3日にはGOTが22IU/L,GPTが25IU/L,ALPが229
IU/Lとなった。
(7) 慈恵医大病院における診療
 原告は,平成8年6月頃から,C医師に誤診されたとの疑いを持つようになり,
同年10月22日,倦怠感を訴えて,東京慈恵会医科大学付属病院(以下「慈恵医
大病院」という。)第一内科で受診し,被告E病院においてAIHとPBCである
と診断されていると告げた。
 同内科担当医師のKは,原告に対し,PBCに対してウルソを,AIHに対して
ステロイドをそれぞれ投与して治療を開始した。そして,K医師は,原告に対する
ステロイドの投与量を徐々に減量していき,平成9年4月8日からは,ステロイド
の投与を完全に打ち切り,以後,ウルソを単独で投与するようになった。
 K医師の治療により,原告のトランスアミナーゼ値は全般には改善,正常化し,
同年5月にはGOTが37IU/L,GPTが40IU/L,同年9月にはGOTが2
4IU/L,GPTが23IU/L,平成10年1月にはGOTが25IU/L,GPT
が20IU/L,同年6月にはGOTが23IU/L,GPTが19IU/Lとなった。
 ただし,本件症例に係る原告の疾患は未だ完治はしておらず,原告は,現在にお
いても1か月に一度程度の割合で慈恵医大病院に通院し,K医師のウルソによる治
療を受けている。
(8) 本件結果の発生
ア 原告は,平成8年10月9日,大腿部にねじれるような痛みを感じた。
イ 原告は,平成8年10月24日の受診時,C医師に対し,前記アの右股関節部
の疼痛出現を訴え,C医師は,それを受けて股関節部MRI検査を施行したとこ
ろ,無菌性骨壊死症の像が認められたため,同年11月5日,整形外科に診察依頼
をした。
 被告D病院整形外科の医師は,同月7日,原告を右大腿骨頭壊死と診断した。
ウ 慈恵医大病院整形外科の医師作成の平成9年3月28日付診断書には,原告の
病名について「右大腿骨頭無腐性壊死」と記載された上,「ステロイド剤投与歴が
あり,その経過から,本症の発症にはステロイド剤の投与が原因となったことが疑
われる。」との記載がある。
2 C医師の過失(診療上の注意義務違反)の有無(争点(1))について
(1) 前記前提事実(2)エ,前記1(2)ア(エ),(3),(8)に認定の事実を総合すれば,
本件結果は,C医師による平成5年3月18日から平成8年10月24日までの期
間にわたるステロイドの継続投与が原因となって発生したことが明らかである。
 そこで,本件結果を発生させたステロイドの継続投与が診療上の注意義務違反に
当たるかが問題となる。言い換えれば,平成8年10月24日より前の特定の時期
(原告の主張によれば,平成5年8月,遅くとも平成6年中)にステロイドの投与
を打ち切るべき注意義務(以下「ステロイド打切義務」という。)がC医師に生じ
たか否かが,本件においてC医師の過失を決定する上で第一義的に重要な問題であ
る。
 そして,上記のステロイド打切義務を肯定するには,そこに本件結果を回避し得
る可能性が認められることを要するのはもちろんのことであるが,本件において
は,ステロイドには治療上の効果が認められたのであるから,その効果とその副作
用のおそれとを総合的に考慮して,医師がステロイド投与を継続したことが医療水
準からみて相当性を欠いたかどうかという点を吟味し,これが肯定されることを要
すると解すべきである。
 以下,これらの点に留意して,C医師のステロイド打切義務の肯否につき検討す
る。
(2) 前記前提事実(2)ウ,前記1の(1)アの(イ)ないし(エ),(2)アの(ア)ないし
(オ),(4)ア,(7)に認定の事実によれば,本件症例においては,正常値が40倍未
満であるべきANAが1280倍という高値であったこと,γ-グロブリン,Ig
G及びトランスアミナーゼについても正常値より相当高い検査値が得られたこと,
それらの所見から本件症例にはAIHの病態が存するといえること,トランスアミ
ナーゼの高値は,平成5年3月以前から平成8年10月頃まで頻繁に見られたこ
と,一般に,トランスアミナーゼ値が高い状態を放置しておけば,肝機能の異常が
進み,肝硬変等の重篤な病状に至る具体的かつ重大なリスクがあること,現に,本
件症例については,平成8年10月頃はもちろん現在に至っても,原告は完治して
おらず,なお治療の必要性が失われていないこと,一般的に,AIHのような自己
免疫性肝疾患においてトランスアミナーゼの高値に対応するには,ステロイドが効
果的であり,ステロイドの対症療法としての薬効は,相当顕著であるとされている
こと,ステロイドには,多くの副作用があることが知られているが他方で,どのよ
うな場合に副作用が生じるかは予測不能であり,AIHの治療においては
,短期間の治療ではステロイド離脱後に再燃して肝硬変に移行しやすいことから,
少なくとも数年間は維持量を投与することが望ましいとする見解もあることが明ら
かである。また,前記1(6)アに認定の事実に着目しつつ,トランスアミナーゼ値と
ステロイド処方量の推移(前記前提事実(2)ウ,エ,別表)を観察すると,C医師の
ステロイド投与により原告のトランスアミナーゼ値が低下したこと,C医師がトラ
ンスアミナーゼ値の上昇に対応してステロイドを増量すると,トランスアミナーゼ
値が下がるという関係があったことが認められ,これらの点からすれば,本件症例
にステロイドが効いていたことが認められる。
 そうすると,確かにステロイドの投与には大腿骨頭壊死等の副作用が生じるリス
クがあるものの,一方で,本件症例においてトランスアミナーゼの高値を放置して
おけば肝硬変等の重症に移行する具体的で重大なリスクがある以上,対症療法とし
て薬効が期待されるステロイドの投与によりトランスアミナーゼ値の改善を図る必
要性が継続する限り,ステロイドの投与がある程度長期にわたったとしても,それ
自体直ちに不相当とすることはできないというべきであり,かつ,本件では平成8
年10月頃までステロイドの投与によりトランスアミナーゼ値の改善を図る必要性
が継続していたと認めるべきであるから,C医師のステロイド継続投与は不相当で
はなかったというべきである。
(3)ア これに対し,原告は,C医師としては,トランスアミナーゼ値が落ち着いた
時期である平成5年8月,遅くとも平成6年中にステロイドの投与を打ち切るべき
であった旨主張し,証人Iも同旨の意見を述べる(甲13,証人I)。
 しかしながら,トランスアミナーゼ値が落ち着いた(一定値以下になった)から
といって,直ちにステロイドを打ち切るべきであったとまではいえない。なぜなら
ば,そこで直ちにステロイドを打ち切ると,トランスアミナーゼ値の上昇が再燃す
る具体的なおそれが否定できず,現にたびたびステロイドを減量するとトランスア
ミナーゼ値の上昇が再燃した経過があったことに照らせば,すぐにはステロイドを
打ち切らず徐々に減量するという対処の仕方を維持することにも一定の合理性が認
められるからである。
イ また,証人Iは,ウルソはPBCの治療薬として確立されているばかりでな
く,トランスアミナーゼ値の上昇に対しても効果があるので,治療薬としてウルソ
をまず選択し,それで効果が十分でなければステロイドを一時的に使用するという
選択も考えられた旨,あるいは,ステロイドで治療を開始しても,常にウルソの使
用を考え,途中でウルソに切り替える試みがされてもよかった旨の意見を述べる
(甲12)。
 確かに,副作用の少ないウルソがトランスアミナーゼ値を正常化させる効果を持
つことが判明したのであるから(前記1(1)ア(エ)等参照),C医師としては,その
時点でステロイドの投与を打ち切り,ウルソの投与に切り替える選択肢があったの
ではないかという疑問もあり得る。
 しかしながら,前記認定事実,殊に前記1の(1)のア及びウ,(2)のア及び
イ,(3),(6)のイ,(7),(8)のア及びイの各事実によれば,AIH又はAIHとP
BCの混合型の治療にウルソが投与される場面では,何らかの形でステロイドと併
用することが予定されており,ステロイドとの併用を排除してウルソを単独で投与
することがトランスアミナーゼ値の上昇というAIHの病態に対する対症療法とし
て確立されていたとまではいえないこと,本件症例には現にステロイドが効いてい
たとみられること,後記認定説示のとおり,本件症例はAIHとPBCの混合型で
あると判断されること,C医師がウルソのAIH(トランスアミナーゼ値の上昇)
に対する有効性を知ったのは平成8年3月頃のことであること,原告は平成8年1
0月頃大腿骨頭壊死の自覚症状を呈したのであるが,C医師はそれよりかなり前の
同年6月11日からウルソの併行投与を行ったこと,K医師の治療においても,ス
テロイド投与の有効性が認められ,減量されつつも,平成9年4月に至るまではス
テロイドが投与され続けていたことが明らかであり,これらの諸点に照らせば,C
医師がステロイドの投与を打ち切りウルソのみの投与に切り替えなかったこ
とをとらえて,不相当であるとまでいうことはできない。
ウ さらに,証人Iは,本件の3年数か月というステロイドの単独投与期間はあま
りにも長すぎた旨の意見を述べる(甲12)。
 しかしながら,前記1の(1)ア(ア)及び(エ),(2)ア(ウ)に認定の事実によれば,
AIHを放置することは極めて危険であり,AIHの治療においてステロイドの投
与期間が2年から数年となることがあり得ること,混合型の治療においてもステロ
イドの投与期間が2,3年を超える長期となることがあり得ること,ステロイドの
投与期間が長期になっても,トランスアミナーゼ値の上昇があればステロイド投与
をせざるを得ないことが明らかにされている(なお,これらの事実は,証人I自身
が,その証人尋問において証言している。)。したがって,ステロイドの投与期間
が3年数か月にわたったこと自体を直ちに不相当とすることはできないし,本件症
例において頻繁にトランスアミナーゼ値の上昇が認められる以上は,ステロイドの
投与期間が長くなっても,ステロイドを打ち切るべきであったということはできな
い。
(4) 以上,(2),(3)に検討したところによれば,C医師がステロイド投与を打ち切
らなかったことが不相当であったということはできず,同医師にステロイド打切義
務があったことを肯定することはできない。
 したがって,平成5年3月18日から平成8年10月24日までの期間にわたる
C医師のステロイド継続投与は,診療上の注意義務違反に当たらない。
 なお,原告は,ステロイドには強力な抗炎症作用があり種々の副作用が知られて
いるのであるから,C医師は,その毒性の発現を最小限にする効果的な最少量でス
テロイドによる治療を行うべき義務があったとも主張するが,この点については,
前記前提事実(2)エ,前記1(6)アに認定の事実及び証拠(証人C)によれば,C医
師は,ステロイドの処方量をその必要性に応じて適宜減量していることが認められ
るから,上記の点での注意義務違反は認められない。
(5) ところで,原告は,本件症例はPBCであったのであり,その第一選択はウル
ソであるから,C医師は原告をPBCと診断した上,基本的にウルソによる治療を
行うべき注意義務があった旨主張し,K医師及び証人Iも同旨の意見を述べる(甲
8,12,13,証人I)。
 しかしながら,前記1(1)ア(イ),(4)アに認定の事実と乙第26号証によれば,
本件症例において,原告には,皮膚の掻痒感,黄色腫,黄疸なく,ANA陽性かつ
高値,IgG高値,トランスアミナーゼ高値等の所見がそろっており,単純なPB
Cというだけで原告の症例を説明することは難しく,AIHの病態を持つことは明
らかであり,むしろ前記1(1)ウ,(3)に認定の事実と甲第9号証,乙第26号証に
照らせば,本件症例は,その臨床所見,生化学所見,血液学的所見,組織学的所見
から,客観的にはほぼAIHとPBCの混合型であると判断されるべきものといい
得る。したがって,原告の上記主張は,その前提において失当である。
 また,本件症例に「AIHとPBCの混合型」という診断名を付するのが適当か
はしばらく措くとしても,結局のところ,前述のとおり,本件においては,トラン
スアミナーゼの上昇を初めとするAIHの病態があり,それに対しステロイドによ
り対処したことに必要性及び相当性が認められることは否めないのであるから,い
ずれにしても,C医師がウルソでなくステロイドを用いたことに過失があるという
ことはできない。
(6) また,原告は,C医師が本件症例をAIHと誤診した旨主張する。
 確かに,前記1(7)の事実を除けば,前記1(5)イないしカの事実が認められる一
方,C医師が本件症例について混合型と診断した旨記載された診療録等の客観的証
拠が全くないことからすれば,C医師は原告の診療中に本件症例をAIHとPBC
の混合型(同医師は,乙第12,第13号証及び証人尋問においてそのように診断
したと供述する。)と診断していたのではなく,単なるAIHと誤診していた時期
がある疑いが持たれる。
 しかしながら,その誤診という過誤がない場合を想定してみても,それだけで
は,ステロイドの打切を伴わない限り,本件結果は回避できないといわざるを得な
い(つまり,正しい診断をしても,ステロイドを打ち切らなければ本件結果は発生
するし,誤った診断をしても,ステロイドを打ち切れば本件結果は発生しな
い。)。この点で,原告主張の誤診の事実それ自体は,本件結果発生との因果関係
を欠き,原告主張の損害との関係では独立の過失として評価することができない。
 さらに,原告は,C医師が仮にAIHと当初診断したとしても,ステロイドが緩
解しないと認識した時点で,PBCの診断に重要なAMAなどの再検査を行う義務
があった旨主張し,前記認定のとおり,C医師は,平成5年3月2日にAMAの検
査を行って以降,平成8年4月2日に至るまで同検査を一切行わなかったことが明
らかにされている(前記1(4)イ参照)。
 しかしながら,上記のAMAの検査不足という点も,誤診の過誤の問題と同様
に,本件結果の回避義務には直接結び付かず,本件における独立の過失を構成しな
いと解するほかない。
 そして,前述のとおり,トランスアミナーゼ値の上昇が見られ,肝硬変等の具体
的リスクがある以上は,誤診,AMAの検査不足の有無にかかわらず,ステロイド
打切義務は否定されるのであるから,本件損害との関係でC医師の過失を根拠付け
ることができない。
(7) 以上によれば,本件において,C医師に診療上の注意義務違反を認めることは
できない。
3 結論
 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから
これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第16部
裁判長裁判官    成  田  喜  達
   裁判官    髙  宮  健  二
   裁判官    笹  本  哲  朗

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