弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主         文
 1 被告株式会社Aは,原告に対し,55万円及びこれに対する平成12年7月
28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告の被告株式会社Aに対するその余の請求及び被告社団法人Bに対する請
求を棄却する。
 3 訴訟費用は,原告と被告株式会社Aとの間においては,原告に生じた費用の
10分の1を被告株式会社Aの負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告社
団法人Bとの間においては,全部原告の負担とする。
 4 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
            事 実 及 び 理 由
第1 請求
   被告らは,原告に対し,連帯して550万円及びこれに対する平成12年7
月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,原告からの変更申請がないのに,被告らが,過失により,原告の使
用していたドメイン名(インターネットに接続されているコンピュータ・システム
に割り当てられる名前)のネームサーバ等の情報について変更処理を行ったため,
原告のホームページへのアクセスや電子メールによる通信が不可能な状態になった
として,原告が,被告株式会社A及び被告社団法人Bに対し,不法行為に基づく損
害賠償金の連帯支払を求めた事案である。
 1 争いのない事実並びに証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によって認定できる前
提事実
  (1)原告は,コンピュータによるインターネットへの接続サービス,インター
ネットを利用した各種情報サービス等を目的とする有限会社であり,広島県内を中
心に「C」という名称のプロバイダとして活動している。具体的には,インターネ
ット上に,「C」というホームページを開設,管理するとともに,自らサーバ取扱
い不可能な法人のために代理サーバ業務を行ったり,法人・個人会員がインターネ
ットに接続するためのサービスを提供するなどしている。
  (2)被告株式会社Aは,各種情報処理端末機器,情報処理装置等による情報通
信を目的とした,電気通信事業法に定める第二種電気通信事業等を目的とする株式
会社である。
  (3)被告社団法人Bは,インターネットの円滑な運営を支えることを目的とし
て設立された社団法人であり,インターネットのIPアドレス(インターネットに
接続されているコンピュータを識別するため,各コンピュータに割り振られる32
ビットの整数〔本件当時の規格であるIPv4によるもの。〕で表現されるインタ
ーネット上の住所)の割当て等の管理,インターネットに関わる調査研究等を行っ
ている。なお,被告社団法人Bは,インターネット上の名称である属性型(組織種
別型)・地域型JPドメイン名(以下「JPドメイン名」という。)の登録管理等
の業務を行ってきたが,平成14年4月1日をもって,当該業務は被告社団法人B
から株式会社Dに移管されており,現在,被告社団法人BはJPドメイン名の登録
管理業務を行っていない。
  (4)平成11年9月22日,被告社団法人Bは,被告株式会社Aとの間で,ド
メイン名登録申請等の取次に関する業務委託契約を締結した。被告株式会社Aは被
告社団法人Bの会員であった。
  (5)アプロバイダとは,インターネット上のホームページや電子メールを使う
際に,利用者のパソコンをインターネットに接続することを行う接続業者のことで
ある。
   イ ドメインとは,「インターネット上の住所表示・会社名等」といわれ,
実際の住所や会社名と同じようなもので,世界中に一つしか存在しない自己の識別
手段である。
   ウ プロバイダになるためには,被告社団法人Bの会員である指定事業者を
通じて,あるいは,登録申請者が直接,被告社団法人Bに対して,ドメイン名登録
申請手続を行い,被告社団法人Bの審査を経て,ドメイン名を付与されることが不
可欠である。なお,その際の審査においては,先願主義,1組織1ドメインの原
則,ドメイン名譲渡禁止の原則などが存在している。
  (6)ア被告株式会社Aは,平成12年7月26日午後2時,同被告が提供する
ホスティング・サービス(ドメイン名取得サービス)の顧客から,「E」に関する
ドメイン名設定依頼を受けた。依頼内容としては,「E」のネームサーバを被告株
式会社Aにて利用するというものであった。
   イ 同月27日午後3時59分ころ,被告株式会社Aから被告社団法人Bに
対し,「E」に関するドメイン情報の変更申請がなされた(以下「本件変更申請」
という。)
   ウ 同日午後4時12分ころ,被告社団法人Bが本件変更申請を処理した。
   エ 同月28日午前5時ころ,被告社団法人Bがプライマリーネームサーバ
の情報を更新した。更新されたドメイン情報は,ネームサーバ,使用IPネットワ
ーク,通知アドレスなどの情報であった(以下「本件情報更新」という。)。
  (7)上記(6)により,
   ア 原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な
状態に陥った。
   イ 原告をプロバイダとして利用していた原告の会員の電子メールによる通
信及びホームページのアクセスが不可能となった。また,ネームサーバの情報が更
新された結果,原告及び原告の会員が開設していたホームページへのアクセスが技
術的に不可能な状態となった。
 1 争点
  (1)被告らの過失の存否について(争点1)
  (原告の主張)
   ア 被告株式会社Aの過失
    (ア)被告株式会社Aは,ドメインの登録,変更等に関する申請手続を行う
ことを業の一部とする業者であるところ,ドメイン名の申請手続において,先願主
義,1組織1ドメインの原則などを十分に熟知し,既に登録済みの同名のドメイン
が存在しないかどうか調査する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,原
告と同名のドメイン名について,ネームサーバの情報等の登録情報の変更申請を行
った。よって,本件変更申請に関して被告株式会社Aには過失が存する。
    (イ)被告株式会社Aは,自己の過失は軽過失である旨主張するが,あり得
ないようなミスあるいは信じられないような基本的なミスであることは明らかであ
る。また,被告株式会社Aは,最終準備書面において,信頼の原則の適用や免責の
主張を新たに展開しているが,従前,過失を認め,損害論を争点としてきた被告株
式会社Aが,口頭弁論終結直前に責任を否認する主張を追加することは時機に後れ
た攻撃防御方法として却下されるべきである。
   イ 被告社団法人Bの過失
    (ア)ドメイン名は,先願主義,1組織1ドメインの原則などによって,ひ
とたび登録されれば,排他的,独占的に,かつ自由にそれを用いることができる地
位を付与される。それゆえ,ドメイン名は財産的価値の高い法的保護の対象となっ
ている。
      原告は,被告社団法人Bによって当該ドメイン名を付与され,そのド
メイン名でプロバイダとして営業を行っていたものであり,当該ドメイン名を独占
的かつ排他的に保有し,他からの侵害を受けない権利やそれを利用して営業活動を
行う自由は法的保護に値する権利・自由である。
    (イ)それゆえ,被告らのみならず,何人も,原告のかかる権利を不当に侵
害してはならない義務や営業活動の自由を侵してはならない義務を負うのは当然で
ある。さらに,被告らについては,かかる一般的義務に加えて,ドメイン名の登録
申請に携わる専門業者として,あるいは,登録申請に対する審査・決定権を独占し
ていた者として,より高度な注意義務が課されることは当然である。
    (ウ)被告社団法人Bには以下のような注意義務違反が存する。
     a 充分な事前審査を行う義務
       被告社団法人Bは,新規の登録申請に対しては自らが慎重に審査
し,本件のような事件は未然に防止できたと言うが,ドメイン名変更がもたらす効
果に鑑みれば,新規登録申請であれ,変更申請であれ,少なくとも既存のドメイン
名保有者が不測の損害を被らない程度の事前審査を行うべき義務を負っていたとい
うべきである。
       具体的には,変更される会社の代表者の印鑑登録証明書等の添付書
類の提出を求めるなどの方法による事前審査を充分に行うべきであった。
     b 手続の厳格性を不当に緩和しない義務
       被告社団法人Bは,本来なすべき事前審査を自らの定める規則やガ
イドによって,「ただし,事務局は,変更届出事項によりその一部の添付書類の提
出を免除することができる」という形で緩和した。その理由として,被告社団法人
Bが挙げているのは,多数のインターネットユーザーの利便性と迅速な対応であ
る。
       しかし,大量かつ迅速に処理する必要があるから,本来厳格な手続
が要求される審査をおろそかにしてよい,という法的根拠はない。また,迅速な対
応を実現するために,被告社団法人Bが採った代替措置は「組織自体に直接関係す
る事項については代表者の印鑑登録証明書等を要求し人的な確認手続を経ることと
し,他方,その他のネームサーバ等に関する事項については,電子メールでの変更
申請を認めて代表者の印鑑証明書等の添付書類を不要とする」というものである
が,ネームサーバの変更がもたらす影響の重大性に照らせば,かかる区別自体合理
性がない。
       少なくとも本件変更申請に関しては,手続の厳格性を綾和すべきで
はなく,本来の厳格な審査を行うべきであったといえる。
     c 充分な代替措置を講ずる義務
       被告社団法人Bは,前述のように手続の厳格性を緩和した代替措置
として,ネームサーバ登録情報の変更前日に,ネームサーバが変更登録される旨の
予告メールを発信していた。しかし,この予告メールは代表者の印鑑登録証明書等
の添付資料徴求に代わる審査とは到底いえないようなものである。すなわち,翌朝
午前5時に登録変更する旨を前日の夕方午後4時12分に予告しても,変更される
側の意見や問い合わせに答える時間的余裕が全くない。現に,本件でも,予告メー
ルに気付いて深夜問い合わせの返信メールを送った原告に対して,被告社団法人B
は,「深夜における業務を強いる結果となり,いわば不可能を強制するものであ
る」と主張している。このことは,被告社団法人Bの講じた代替措置がまさに不可
能を強いる不十分なものであったことを自白するものといえる。
       被告社団法人Bに代わり,現在,ドメイン名の登録手続を行ってい
る株式会社Dでは,同様の変更予告メールにおいて,返答期限を1週間と明示し,
メールで返答する場合には「承認」か「不承認」かを回答させ,さらに,返答メー
ルがなかった場合には,当該変更を「不承認」とみなすシステムが採用されている
と聞知しているが,少なくとも,被告社団法人Bも,代替措置として予告メールを
採用するのであれば,この程度の充分かつ慎重な手続によるべきであったといえ
る。
     d 原告からの返信メールに適切に対応する義務
       被告社団法人Bは,前述のような不十分な代替措置を「自ら」採用
したのであり,それに伴う対応義務も自らが課したものというべきである。すなわ
ち,前日の夕刻に予告メールを送信して翌朝5時に登録変更するという(日程的
に)無謀なシステムを採用した以上,原告が返信したメールに適切に対応すべきで
あった。被告社団法人Bは,それが深夜であり,かつ,登録変更の直前であったこ
とを理由に,不可能を強いるもの,と主張するが,そのような不可能とも思える状
態に自らを追い込み,深夜業務を前提として適切な対応をなすべき高度の義務を作
出したのは,他でもない被告社団法人B自身であり,前記主張は失当である。
     e 社員に対する管理監督義務
       被告社団法人Bと被告株式会社Aとの関係は,自らの事業遂行のた
めに社員を管理監督下に置き,その事業を拡大してきた点で,あたかも使用者と被
用者の関係に類似している。そうであれば,被告社団法人Bは,社員の違法行為に
よって他者に損害を被らせることのないよう管理監督すべき義務を負っていた(使
用者責任の法理)というべきである。
  (被告株式会社Aの主張)
   ア 被告株式会社Aに過失が存する点は認める。
   イ ただし,被告株式会社Aの過失は軽過失であり,許された危険の法理あ
るいは信頼の原則により違法性阻却され,被告株式会社Aが原告に対して損害賠償
支払義務を負うことはない。すなわち,インターネットはその本質としてそもそも
不完全なコミュニケーション基盤であり,利用者はその場において最善の努力を講
じておれば免責される。原告自身,ダイヤルアップ型接続サービス及び専用線IP
接続サービスについて免責規定を設けているのであるから,そのことを認識してい
るものである。
     また,被告株式会社Aはその顧客あるいはその他の利用者の最善の努力
を信頼して行動してよいものである。被告株式会社Aの過失は軽度なものに過ぎ
ず,インターネットの利用において生じた原告の損害については責任を負わないと
いうべきである。
   ウ 原告の主張イ(イ)は否認する。
   エ 原告の主張イ(ウ)eは否認する。被告株式会社Aは独立の事業体であ
り,被告社団法人Bから管理監督を受けているものではない。
  (被告社団法人Bの主張)
   ア 原告の主張イ(ア)は全体として争う。ドメイン名の登録により保証され
るのは,ドメイン名の一意性,すなわちJPドメイン名空間においては同一のドメ
イン名は2つ以上存在しない(登録されない)ということのみである。ドメイン名
登録者と被告社団法人Bとの関係は,「ドメイン名登録等に関する規則」その他被
告社団法人Bが定める細則等によって規律されるものであるが,被告社団法人Bは
ドメイン名登録者に対してドメイン名の一意性以外に格別の保証はしていない。
     また,そもそもドメイン名は,インターネット上での識別子に過ぎず,
所有権などの物権が有する意味での排他性や独占性を有するものでもない。
   イ 原告の主張イ(イ)は全体として争う。被告社団法人Bはドメイン名登録
者に対してドメイン名の一意性以外に格別の保証をしておらず,より高度な注意義
務が課されるものではない。
     なお,JPドメイン名の登録申請について審査・承認権限を有していた
ことは認めるが,ドメイン名は被告社団法人Bが管理していたJPドメイン名のほ
かに,「.COM」,「.ORG」,「.NET」など多数のドメイン名が存在し
ており,これらについては被告社団法人B以外の組織が登録の審査・承認権限等を
有している。そして,原告がJPドメイン名以外のドメイン名を自由に選択して利
用することは当然可能である。
   ウ 原告の主張イ(ウ)aについて
     本件で問題になっているのは,ドメイン名に関する登録情報の変更申請
(つまり,記載事項変更届出)についてであるが,すべての変更手続において印鑑
登録証明書等を徴収することは事実上不可能である。
   エ 原告の主張イ(ウ)bについて
    (ア)インターネットユーザーからのドメイン情報の変更申請がなされた場
合,その申請内容が早期に実現されることは,とりもなおさず,インターネットユ
ーザーの利便性にかなうものである。そこで,被告社団法人Bは,インターネット
ユーザーの利便性を考慮しながら,ドメイン情報の変更内容に応じて適切な手続を
採用していたものである。
    (イ)すなわち,ドメイン情報その他登録情報の変更申請のすべてについて
代表者の印鑑登録証明書等を要求し,被告社団法人Bにおける人的な確認手続を経
ることを要するとすれば,公益法人の少人数の職員で当時1か月約3万3000件
を超えるドメイン情報の変更申請に迅速に対応することは到底困難であり,多数の
インターネットユーザーの利便性が害されることは明らかであった。そこで,ドメ
イン情報のうち,ドメイン名のほか,組織名,代表者など当該ドメイン名を登録す
る組織自体に直接関係する事項については,各種変更の基礎となる重要な事項であ
るので,利便性よりも手続の厳格性を重視し,客観的な資料に基づいて担当者がそ
の内容を確認するという厳格な手続,具体的には,その変更申請にあたり代表者の
印鑑登録証明書等を要求し,人的な確認手続を経ることとした。他方,その他の技
術連絡担当者,ネームサーバ,使用IPネットワーク,通知アドレスに関する事項
については,インターネットユーザーの利便性を考慮し,迅速な対応を実現するた
めに,電子メールでの変更申請を認めて代表者の印鑑登録証明書等の添付書類を不
要としたものである。
    (ウ)このように,被告社団法人Bの上記手続は,当時のインターネットを
めぐる環境下において,手続の厳格性と多数のインターネットユーザーの利便性と
の調和を図った合理的な手続であり,多くのインターネットユーザーの理解のもと
適正に運営されてきたものであって,被告社団法人Bがネームサーバの変更申請に
ついて添付書類を免除する扱いとしていたことは法的に何ら非難されるものではな
い。
    (エ)ドメイン名の登録情報の変更は,一般に当該ドメイン名の登録者が直
接(またはドメイン登録者が契約する指定事業者を通じて)行うものと考えられ,
特に指定事業者が登録者に無断で勝手に登録変更申請をすることは,被告社団法人
Bと指定事業者との間の業務委託契約に違反する行為であるとともに,指定事業者
によってそのような勝手な変更申請がなされる蓋然性は極めて低いものといえる。
実際にも,本件で問題になっている変更申請は,未だ被告社団法人Bが経験してい
ない極めて例外的なケースである。
    (オ)したがって,このような極めて例外的なケースを前提として代表者の
印鑑登録証明書等添付書類の提出による事前審査手続を定めることは,手続の遅滞
(またこれを解消すべく人的体制を整備するとすれば利用料の値上げ)を招くこと
になり,多数のインターネットユーザーの利便性を無視した極めて不合理な手続で
ある。
    (カ)以上のとおり,被告社団法人Bによるドメイン情報の変更手続はその
内容において合理的であるとともに,ネームサーバ情報の変更手続において電子メ
ールによる変更申請を採用し,代表者の印鑑登録証明書を要求しない措置も被告社
団法人Bの注意義務違反とならない。
   オ 原告の主張イ(ウ)cについて
    (ア)第1段落の事実については全体として争う。上記エのとおり,被告社
団法人Bのネームサーバ情報の変更手続は合理的なものであり,この手続に従った
被告社団法人Bによる本件変更処理に注意義務違反はない。したがって,代表者の
印鑑登録証明書等に代わる措置を講ずる義務もない。
    (イ)第2段落の事実のうち,株式会社Dにおける属性型(組織種別型)J
Pドメイン名に関するネームサーバ情報の変更手続について,株式会社Dが変更に
ついて期間を置いているのは,指定事業者を変更する場合に関するものであり(株
式会社Dに移管後は,被告社団法人Bのときとは異なり,指定事業者は1社でなけ
ればならないとされたので,指定事業者を特定する特別の手続が新設された。),
ネームサーバの変更については,被告社団法人Bのときと同じく期間を置かずに翌
日の午前5時に変更するという運用となっている。
   カ 原告の主張イ(ウ)dについて
    (ア)被告社団法人Bは,ネームサーバの登録情報について本件当時1日1
回午前5時ころ,機械により自動的に登録内容の変更を行っていたところ,被告社
団法人Bは,本件情報更新を行った日の前日である平成12年7月27日午後4時
12分(原告の営業時間内である。)に,翌日の早朝にドメイン「E」のネームサ
ーバが変更登録される旨の予告メールを原告あてに発信している。これに対し,原
告から被告社団法人Bあてに注意喚起の目的で発信されたとされるメールは同月2
8日午前3時7分ころというまさに深夜に発信されたものである。このことからす
れば,仮に被告社団法人Bに対して,同日午前5時に自動的に行われるネームサー
バ情報の変更前に,原告の当該メールの内容を確認して「E」に関するネームサー
バ情報の変更を中止しなければならないとすれば,それは被告社団法人Bに深夜に
おける業務を強いる結果となり,いわば不可能を強制するものである。したがっ
て,被告社団法人Bが原告の当該返信メールを確認することなく午前5時にネーム
サーバの登録情報を変更したからといって,被告社団法人Bに過失(注意義務違
反)が存在するものではない。
    (イ)また,被告社団法人Bは,原告代表者から同日午前10時30分ころ
問い合わせの連絡を受け,直ちに調査後,同日午後0時15分ころには変更前の登
録内容に戻しており,可能な範囲で速やかに対応しており,この点でも落ち度はな
い。
   キ 原告の主張イ(ウ)eについて
     被告社団法人Bと被告株式会社Aとは全く別個独立の法人であり,被告
株式会社Aが被告社団法人Bの会員であるとしても,その間に実質的な指揮命令関
係が成立するはずがない。
   ク 本件は,被告株式会社Aの通常では全く起こり得ないミスに基づく申請
に起因しており,被告社団法人Bは,指定事業者である被告株式会社Aがそのよう
な通常あり得ないミスを起こすことはないと信頼してその後の手続を進めており,
その信頼には合理的な理由があることから,被告社団法人Bには過失はない。
  (2)原告の損害額について(争点2)
  (原告の主張)
   ア 上記前提事実(7)のとおり,上記前提事実(6)の本件変更申請の処理によ
り,原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に
陥った。また,原告をプロバイダとして利用していた原告の会員の電子メールによ
る通信及びホームページのアクセスが不可能となり,ネームサーバの情報が更新さ
れた結果,原告及び原告の会員が開設していたホームページへのアクセスが技術的
に不可能な状態となった。
   イ このため,本件直後から,原告に対して多くの会員から,問い合わせや
苦情が殺到し,原告は数日間にわたって会員への謝罪や復旧のための措置に追われ
た。
   ウ また,本件による信用の低下から,原告の会員4名が退会した。
   エ さらに,一度インターネットトラブルを生じたことは,原告の信用を著
しく失墜させ,「小規模だが安心」を売り物にしていた原告の営業活動に多大な支
障を来した。
   オ 被告らの不法行為によって,原告が被った損害額は,復旧に伴い要した
人件費,お詫びの粗品代,退会者4名の逸失利益などにとどまらず,原告のプロバ
イダとしての信用,名声を著しく失墜させ,その回復は原告の不眠不休の懸命の対
応によっても不可能であった。
   カ 本件は極めて基本的な手続ミスが原因であり,重大な過失に基づくもの
であるから,この点は,損害額算定にあたって,増額要素として考慮されるべきで
ある。
   キ 原告の信用毀損による損害は,少なくとも500万円を下らない。
   ク 原告は,本件訴訟を提起するために弁護士に依頼せざるを得なかったの
であるから,少なくとも上記キの損害額の1割に相当する50万円が本件損害とし
て加えられるべきである。
   ケ 原告は,本件訴訟における損害を信用毀損による無形の損害に限定して
いる。仮に,損害額について具体的な立証が困難であるとしても,本件では損害が
発生したこと自体は明らかであるから,裁判所が民事訴訟法248条によって相当
な損害額を認定すべきである。
  (被告株式会社Aの主張)
   ア 口頭弁論終結時点で原告に損害が発生しているとの点は否認する。
   イ(ア)平成12年7月28日午前10時,被告株式会社AはF株式会社か
ら,「E」が誤登録されたとの連絡を受けた。
    (イ)同日午前11時20分,被告株式会社Aは原告代表者に対して,電話
連絡し,事実の経緯の説明を行い,早急な復旧を約束した。この際原告代表者から
社長印付きで経緯を報告する文書を提出するよう要求された。
    (ウ)同日午後0時ころ,被告株式会社A社内での対応により,従前の
「E」を利用可能とする暫定措置の設定を行い,従前の「E」が利用可能となっ
た。
    (エ)同日午後0時3分,被告社団法人Bにおける「E」のデータ設定が回
復した。
   ウ 原告ドメイン名の誤登録については,被告株式会社Aは自らの落ち度を
素直に認めるとともに,7月28日の翌営業日の平成12年7月31日には,役職
者2名が東京から広島の原告本社まで社長の謝罪文を持って謝罪に出向いている。
また,同年8月1日から同月31日までの間は被告株式会社Aのホームページのト
ップページにおいて,「C会員関係様へのお詫び」の欄を設け,ここからリンクを
貼り,被告株式会社Aの社長名にて「『登録ネームサーバの誤変更』のお詫び」を
インターネット上に公表してきた。
   エ これまで被告株式会社Aは原告との交渉において,原告の名誉・信用回
復のためにできる限りのことは行ってきており,原告の名誉・信用は現時点におい
て,既に100パーセント回復している。
   オ 原告は本件訴訟前の平成12年7月28日付け通告書において,全国紙
3紙をはじめ5紙において,謝罪文の掲載を求めてきたほか,同年8月21日消印
の封筒に同封された書面において,名誉権侵害による損害300万円を含む損害額
837万7000円を被告株式会社Aに請求してきたが,いずれも法的根拠を見出
し難い請求である。
  (被告社団法人Bの主張)
    否認する。原告は信用毀損による損害を主張するが,信用毀損にあたる具
体的事実を何ら明らかにしようとしない。
  (3)免責条項について(争点3)
  (被告社団法人Bの主張)
   ア 原告は,F株式会社との間で,JPドメイン名取得代行・維持管理サー
ビス契約を締結し,本件JPドメイン名を取得した。そもそもJPドメイン名を利
用しているユーザーは,インターネット等で公開されている被告社団法人Bが定め
る「ドメイン名登録等に関する規則」の内容を確認した上で,JPドメイン名の登
録を申請しているのが通常であり,逆にいえば,JPドメイン名の登録が認められ
るためには被告社団法人Bの定める規則等を遵守することが条件とされる。また,
ドメイン名登録申請等の取次に関する規則には,指定事業者の登録希望者に対する
被告社団法人Bの定める規則等の内容を説明する義務が定められ,ドメイン名登録
希望者は,指定事業者を通じても,登録するに際し,被告社団法人Bが定める規則
等を遵守しなければならないことを認識させられることになる。原告からJPドメ
イン名取得代行を頼まれたF株式会社も,ドメイン名登録申請等の取次に関する規
則に定められた上記説明義務に従い,規約等によって原告に対し被告社団法人Bの
定める規則等を遵守するように説明しているのである。さらに,F株式会社の上記
サービスの規約によると,当該サービスの利用契約者は,株式会社D(同団体に業
務が移管される前は被告社団法人B)の定める規則等に従うことに同意したものと
みなされる旨規定されているので,当然,原告も被告社団法人Bの定める「ドメイ
ン名登録等に関する規則」に従うことに同意したとみなされることになる。
   イ そして,上記「ドメイン名登録等に関する規則」には,ドメイン名登録
者との間で「ドメイン名登録原簿,またはドメインネームサーバの運用について」
いかなる責任も負担しない旨の免責規定が定められており,本件のネームサーバ情
報の変更もドメインネームサーバの運用に関する事項であるから,上記免責規定の
適用があることは明らかである。
   ウ このような免責規定が存在するのは,以下のような合理的な理由による
ものである。
     まず,ドメインネームサーバの運用には宿命的な不確実性が伴い,イン
ターネットが100パーセント確実につながることを保障することはできず,何ら
かの理由でつながらないというトラブルがどうしても発生してしまう。また,ドメ
インネームサーバの設定についての変更申請等をメールで迅速に行えるようにする
などユーザーの利便性を図る運用をしていることから,そのメールによる変更申請
自体にミスがある場合なども,やはり一時的につながらないというトラブルが不可
避的に発生してしまう。他方,一度ドメインネームサーバのトラブルによりインタ
ーネットがつながらないという事態が発生した場合,それに起困する損害は巨額と
なる可能性もある(例えば,一瞬の不通によって何十億円の商取引が不意に帰する
場合もあり得る。)。このような不可避的に発生してしまう事態から生じる損害を
すべて公益法人である被告社団法人Bが負担しなればならないということになる
と,被告社団法人Bは財政的に破綻することは火を見るよりも明らかであり,被告
社団法人BがJPドメイン名の管理運用すること自体が不可能となって,JPドメ
イン名を利用する何百万というユーザーがインターネットを利用することができな
くなるという最悪の事態が発生する。このような最悪の事態を回避するために,ド
メインネームサーバにトラブルが発生した場合,被告社団法人Bとして可及的速や
かに復旧するための適正な対応はするが,そのトラブルに起因する損害については
賠償責任を免責することにし,各ユーザーにはそれに同意してもらうことを条件に
JPドメイン名を登録,利用してもらうことにしたものである。
   エ したがって,仮に,被告社団法人Bに過失があったとしても,合理的な
理由により定められた上記免責規定が適用され,被告社団法人Bが原告に対し損害
賠償責任を負担することはない。
   オ さらに,原告のインターネットサービス約款においても,原告は免責規
定を定めており,原告自身はこの約款で顧客から請求を受けないにもかかわらず,
原告が上記「ドメイン名登録等に関する規則」の免責条項を無視して被告社団法人
Bに対して損害賠償請求をすることは信義則に反し許されない。
  (原告の主張)
    否認し,争う。
第1 争点に対する当裁判所の判断
 1 前記前提事実及び証拠(甲4,5,7,乙2,4ないし7,12,13,1
7,丙10,15ないし17,19,21,22〔枝番を含む。〕,証人G,証人
H,原告代表者)を総合すると,以下の事実が認められる。
  (1)平成9年9月9日,原告は,被告社団法人Bからドメイン名「E」の割当
てを受けた。インターネットユーザーは,ドメイン名の割当てを受けただけでは,
インターネットに接続して実際にそのドメイン名を利用することはできず,被告社
団法人Bの会員を通じて,当該ドメイン名を被告社団法人Bの会員の接続ドメイン
名リストに加え,そのリストを被告社団法人Bに登録すること(接続承認)によっ
て,被告社団法人Bがネームサーバを設定することにより,当該ドメイン名をイン
ターネット上で利用することが可能となる。本件変更申請が行われた当時は,JP
ドメイン名では接続承認をできるのは指定事業者(被告社団法人Bの会員の中で,
さらに被告社団法人Bとの間でJPドメイン名の登録管理業務を行うための契約を
締結した者)だけに限られていた。原告は,指定事業者であるF株式会社を通じて
接続承認を受けることにより,インターネット上でドメイン名「E」を利用するこ
とが可能となった。
  (2)ア平成12年7月26日午後2時ころ,被告株式会社Aは,同被告が提供
するホスティング・サービスの顧客(以下「甲」という。)から,「E」に関する
ドメイン名設定依頼を受けた。依頼内容としては,「E」のネームサーバを被告株
式会社Aにて利用するというものであった。
   イ ネームサーバ情報の変更申請の依頼を受けた指定事業者としては,自己
の顧客となるドメイン名登録者がどのような組織であって,以前どの指定事業者を
通じて接続承認を受けていたのかを確認する必要があるところ,被告社団法人Bが
管理し,公開しているデータベースで検索を行うことにより(WHOIS検索),
そのような情報を容易に取得することが可能であったのであり,ドメイン名登録者
でない者から当該ドメイン名の接続承認を求められたとしても,指定事業者がその
依頼を受け付け,手続を進めるという事態は通常考えられないことであった。
   ウ 被告株式会社Aの担当者は,甲からの上記アの依頼を受けた際,WHO
IS検索を行ったが,甲が神奈川県に在住している者であることなどを認識したの
であるから,原告とは同一性がないこと(当該ドメイン名登録者でない者からの接
続承認申請及びネームサーバ情報の変更申請であること)に気付くべきであったの
に,これに気付かず,被告社団法人Bに対する接続承認及びネームサーバ情報の変
更の手続を進めてしまった。
  (3)ア平成12年7月27日午後3時56分ころ,被告株式会社Aから被告社
団法人Bに対し,「E」のドメイン名を自己の接続ドメイン名リストに追加する旨
接続承認の申請が行われ,同日午後3時59分ころ,被告株式会社Aから被告社団
法人Bに対し,本件変更申請が行われた。
   イ 指定事業者からのネームサーバ情報の変更申請を受け付けた被告社団法
人Bとしては,申請が当該ドメイン名について接続承認をしている指定事業者から
のものであること及び申請書の内容に記述的な表記上のミスがないことを確認した
上で手続を進めることとされていた。
   ウ 被告社団法人Bは,上記アの接続承認の申請につき,同日午後4時8分
ころまでに被告社団法人Bのデータベースにその旨登録し,上記アの本件変更申請
については,被告株式会社Aが「E」を接続承認していること及び変更申請の内容
に記載漏れ等の不備がないことを確認して,同日午後4時12分,翌日午前5時に
自動的に行われるネームサーバ情報変更の機械処理にまわした。機械処理にまわさ
れると,自動的にネームサーバの変更登録が明早朝に行われる旨の予告メールが発
信されるシステムとなっているところ,被告社団法人Bから原告に対して,明早朝
にネームサーバへの登録作業が行われる旨の予告メールが発信された(甲4)。
  (4)ア平成12年7月28日午前0時ころ,原告代表者は上記(3)ウの予告メー
ルを確認し,同日午前3時7分ころ,被告社団法人Bに対し,原告が本件変更申請
を行っていないのでネームサーバ情報の変更が行われては困ること,このような依
頼が行われた経緯について調査を求める旨の電子メールを発信した(甲5)。
   イ 同日午前5時ころ,本件変更申請の内容に従い,被告社団法人Bの管理
するネームサーバにおいて,自動的にドメイン情報(ネームサーバ情報)が更新さ
れた。更新されたドメイン情報としては,変更前のネームサーバである「I」及び
「J」が「K」及「L」に変更され,変更前の使用IPネットワーク(IPアドレ
ス)である「M」,「N」及び「O」が「P」に変更され,通知アドレスとして
「Q」及び「R」が追加された。このネームサーバ及びIPアドレスの更新によ
り,原告のホームページへのアクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に
陥り,原告をプロバイダとして利用していた原告の会員の電子メールによる通信及
びホームページのアクセスが不可能となり,原告の会員が開設していたホームペー
ジへのアクセスも技術的に不可能な状態となった。
   ウ 同日午前9時ころ,原告代表者は被告社団法人Bに対し,上記アの原告
から被告社団法人Bあての電子メールを見たか否か,本件変更申請に関する問い合
わせの電話をした。また,原告代表者はF株式会社に対しても本件変更申請に関し
て調査してほしい旨の電話をかけた。
   エ 被告社団法人Bが原告代表者からの電話を受けた後,調査を行った結
果,被告株式会社Aからの接続承認及び本件変更申請は当該ドメイン名登録者であ
る原告の依頼に基づかずに行われたことが判明した。そこで,被告社団法人Bとし
ては,通常毎日1回午前5時に行われているネームサーバ情報の更新を待つことな
く,臨時にネームサーバ情報を元に戻すこととし,同日午前10時28分ころ,被
告社団法人Bはネームサーバの情報を元へ戻す作業を開始した(丙15の3の
1)。
   オ 被告社団法人BあるいはF株式会社からの連絡で被告株式会社Aは本件
情報更新が誤って行われたことを知った。被告株式会社Aは本件の事実確認を行っ
た上,同日正午ころ,暫定的に,被告株式会社Aが管理しているネームサーバ(K
及びL)において,原告の本来のIPアドレスを示すように情報を書き換えた。こ
の時点で,原告をプロバイダとして利用している者以外の一般のインターネットユ
ーザーが原告のホームページを閲覧したり,原告をプロバイダとして利用している
者に対して電子メールを送信することが可能となった。
   カ 同日午後0時7分,被告社団法人Bの管理するネームサーバにおいて,
変更されたドメイン情報を「I」及び「J」に復旧する手続を行い,同日午後0時
15分ころまでには,被告社団法人Bにおいて,ネームサーバ情報を元に戻す作業
が完了し,その旨原告代表者に対して連絡した。
  (5)原告は,平成12年7月28日ころから同年8月24日ころまでにかけ
て,Cのホームページのトップページにおいて,平成12年7月28日午前9時過
ぎころからC関係のホームページの閲覧とメール送受ができなくなったこと,その
ような事態は被告株式会社Aのユーザーから「S」のドメイン登録依頼があり,同
一ドメインのチェックをしないまま受理をし,被告社団法人Bにおいても同様にチ
ェックをしないまま受理し,被告社団法人Bのデータベースを変更したことが原因
であることなどのお知らせを表示した。
  (6)平成12年7月29日昼ころには,原告の会員である有限会社Tにおい
て,インターネットを通じて取引先の大手旅行社と接続することが可能となった。
  (7)平成12年7月31日,被告株式会社Aの社員である証人Hが上司ととも
に,被告株式会社A代表取締役社長名義のお詫びの文書(乙4)を持参して,原告
方に謝罪に行った。その後,同年8月13日ころ,原告から被告株式会社Aに対し
てインターネット専用線サービスの問い合わせなどがあったが,その際に本件に関
する損害賠償の話はほとんど出されなかった。
  (8)被告株式会社Aは,平成12年8月1日から同月31日までにかけて,ホ
ームページのトップページにおいて,「C会員関係様へのお詫び」の欄を設け,そ
の欄から,平成12年7月28日にC関係のホームページの閲覧とメール送受がで
きなくなったこと,そのような事態は被告株式会社Aのユーザーから「S」のドメ
イン登録依頼があり,同一ドメインのチェックが不十分なまま受理をし,被告社団
法人Bに対してネームサーバの設定依頼を行ったことにより生じたものであるこ
と,原告やCの会員関係者に対して深くお詫びする旨を内容とする被告株式会社A
代表取締役社長名義の「『登録ネームサーバの誤変更』のお詫び」と題するウェブ
ページにリンクを貼り,被告株式会社Aのホームページのトップページにアクセス
して閲覧した人が,容易に「『登録ネームサーバの誤変更』のお詫び」と題するウ
ェブページを閲覧できるような態勢をとった。
 2 以上の事実関係を前提に,争点について検討する。
  (1)争点1について
   ア 被告株式会社Aの過失の存否について
    (ア)前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件変更申請手続におい
て,当該ドメイン名の登録者からの変更申請であるか否かを調査し,当該ドメイン
名登録者以外の者からの申請であった場合には変更申請手続を進めるべきではなか
ったにもかかわらず,当該ドメイン名登録者以外の者からの変更申請を受け付け,
手続を進め,本件情報更新を行うに至らせた点で被告株式会社Aに過失があること
は明らかであって,被告株式会社Aが原告に対する損害賠償債務を免れることはで
きない。
    (イ)この点,被告株式会社Aは,インターネットはそもそも不完全なコミ
ュニケーションの基盤を提供することが前提となっており,インターネット利用者
はインターネットが不完全な基盤であることを前提に利用するものであるから,原
告はリスクを負担する前提でインターネット接続事業を営んでいる,また,前記前
提事実(7)のような状態は発生してから3時間経過後には復旧しており,被告らは,
その場において十分最善の努力を講じているのであるから,たとえ被告株式会社A
に軽過失が存在したとしても,インターネットの世界においては法的責任をもたら
すものではないなどと主張するが,独自の見解であって,当裁判所の採用するとこ
ろではない。
    (ウ)また,被告株式会社Aは,本件には信頼の原則が適用されるので,顧
客(甲)の行為を信頼して行動した被告株式会社Aは不法行為責任を負わない旨,
あるいは,原告自身がダイヤルアップ型接続サービス及び専用線IP接続サービス
について免責規定を設けていることから,本件においては被告株式会社Aも免責が
なされるべきである旨主張するが,これも独自の見解であって,当裁判所の採用す
るところではない。
    (エ)なお,インターネットの利用において,何らかの理由で,特定のホー
ムページへのアクセスや電子メールによる通信が不可能となったり,送信したはず
の電子メールが相手方に届かない事態が生じることがあることは当裁判所にも顕著
であるが,そのような場合には,損害賠償責任を負わせるに足りるプロバイダ等の
関係者の過失行為を特定することが困難な場合が多いのであって,被告株式会社A
に過失があることが明らかな本件をそのような場合と同列に論じることはできな
い。
   イ 被告社団法人Bの過失の存否について
    (ア)上記1(3)イ及びウのとおり,ネームサーバ情報の変更申請手続におい
て,被告社団法人Bは,申請が当該ドメイン名について接続承認をしている指定事
業者からのものであることを確認した上,依頼された内容そのものに不備がない限
りは依頼内容をそのまま設定することとしていた。これは,当該ドメイン名がその
指定事業者の顧客のものであることを宣言することが接続承認であり,接続承認し
ていない指定事業者からの変更申請手続を受け付ける必要がなかったことによるも
のである。また,JPドメイン空間においては,トップレベルドメインと呼ばれる
「.JP」の第1階層及びセカンドレベルドメインと呼ばれる「.NE.JP」や
「.CO.JP」などの第2階層の情報が登録されているネームサーバは被告社団
法人Bが管理していたが,サードレベルドメインと呼ばれる第3階層(本件におい
ては,「E」)の情報が登録されているネームサーバは,ドメイン名登録者本人や
指定事業者が管理するという階層構造がとられており,サードレベルの個別ドメイ
ン名の情報を収集し,自己のネームサーバに登録するのは指定事業者の責任である
とされていたことによるものである。証拠(丙21)によれば,本件当時,ネーム
サーバ情報の変更申請は,一般に,ドメイン名登録者がサービスの提供を受ける指
定事業者を変更する場合に行われており,ドメイン名登録者は,まず新しい指定事
業者に当該ドメイン名を接続承認してもらい,その後ネームサーバを変更し,最後
に元の指定事業者から接続承認の解除が行われるという手続が取られていたので,
本件変更申請において,原告が利用していた指定事業者であるF株式会社からでは
なく,被告株式会社Aから接続承認がなされていることは通常の手続の場合と同様
であり,被告社団法人Bとしては不自然な申請であると疑う余地がなかったことが
認められることも考慮すると,本件変更申請手続における被告社団法人Bの対応に
不合理な点は認められず,被告社団法人Bの過失を裏付けるに足りる事情は認め難
い。
    (イ)aこの点原告は,被告社団法人Bにおいて,変更される会社の代表者
の印鑑登録証明書等の添付書類の提出を求めるなど十分な事前審査を行うべきであ
った,あるいは,本件変更申請に関しては手続の厳格性を緩和すべきではなく,本
来の厳格な手続,すなわち印鑑登録証明書等の添付書類の提出を求めるべきであっ
た旨主張する。しかしながら,証拠(丙21)によれば,本件当時,被告社団法人
BはJPドメイン名の登録管理業務を行う日本で唯一の団体であったところ,日本
におけるインターネットユーザーが急激に増加している時期であり,JPドメイン
名の登録件数も,平成11年7月には約8万件であったものが,平成12年7月の
時点では約19万件と倍増していた状況にあったこと,被告社団法人Bが処理すべ
き各種の申請は一日当たり約3000件から3500件に上っていたこと,被告社
団法人Bの職員・スタッフは約100名であったこと,申請の順序に従って各種申
請の処理を行う必要があり,複数人が同時並行的に各種申請を処理することが処理
業務の性質上不可能であったことが認められ,限られた人員で,迅速に各種申請に
対応する必要があったこと及び本件申請は新規登録ではなくネームサーバ情報の変
更申請であることに照らせば,ドメイン名,組織名,代表者などドメイン名登録者
の組織自体に直接関係する事項については代表者の印鑑登録証明書等を要求して慎
重な確認を行う一方で,ネームサーバ,使用IPネットワーク,通知アドレス等に
関する事項については,インターネットユーザーの利便性を考慮して迅速な対応を
実現するために,電子メールでの変更申請を認めて代表者の印鑑登録証明書等の添
付書類を不要とした被告社団法人Bの規則(ドメイン名登録等に関する規則,丙
3)に不合理な点は認められず,この点の原告の主張は採用できない。
     b また,原告は,平成12年7月27日午後4時12分に被告社団法
人Bが原告あてに発信した予告メールにつき(上記1(3)ウ),変更される側の意見
や問い合わせに答える時間的余裕が全くなく,印鑑登録証明書等の添付資料徴求に
代わる審査とはいえない旨主張する。しかしながら,そもそも予告メールが手続の
厳格性を緩和した代替措置として行われてきたことを認めるに足りる証拠はなく,
上記aのとおり,被告社団法人Bの規則に不合理な点は認められないのであるか
ら,原告の主張は前提を欠くものである。なお,原告は,現在被告社団法人Bに代
わってドメイン名の登録手続を行っている株式会社Dでは,返答期限を1週間と明
示しているなど,慎重な手続を履践している旨主張するが,弁論の全趣旨によれ
ば,ドメイン名の登録手続が株式会社Dに移管された後は,本件当時と異なり,イ
ンターネットユーザーが利用する指定事業者は1社でなければならず,指定事業者
を特定する手続が必要となり,変更について期間を置いているのは指定事業者を変
更する場合に関するものであること,ネームサーバ情報の変更については,本件当
時と同様,変更申請の翌日午前5時に変更する運用となっているなどの事情が認め
られ,この点の原告の主張は採用できない。
     c さらに,原告は,被告社団法人Bが原告からの返信メール(上記
1(4)ア)に適切に対応すべきであった旨主張するが,同メールを原告が発信したの
は平成12年7月28日午前3時7分であること,被告社団法人Bが予告メールを
発信したのが前日の午後4時12分であり,証拠(丙21,証人G)によれば,午
後8時ころまでに原告からの連絡があった場合には被告社団法人Bが適切に対応で
きたと認められること,当該返信メールに対応すべきであるとすると,被告社団法
人Bに対して深夜における業務を強制することになることに照らし,この点の原告
の主張は採用できない。
     d なお,原告は,被告社団法人Bと被告株式会社Aとの関係は使用者
と被用者の関係に類似しており,使用者責任の法理が適用されるべきである旨主張
するが,被告社団法人Bと被告株式会社Aは全く別個独立の法人であって,両者に
使用者と被用者に類似する関係は認められないから,この点の原告の主張も採用の
余地はない。
    (ウ)その他,本件全証拠によっても,被告社団法人Bの過失を基礎付ける
に足りる事情は認められない。
    (エ)よって,争点3について判断するまでもなく,原告の被告社団法人B
に対する損害賠償請求は認められない。
  (2)争点2について
    証拠(甲6,7,原告代表者)によれば,被告株式会社Aの過失に基づい
て生じた前記前提事実(7)の事態によって,原告の信用が毀損されたことが認められ
るところ,上記1(4)エないしカ,(5)ないし(8)の認定事実に照らせば,前記前提事
実(7)の状態については,早期に回復措置が講じられていると認められること,被告
株式会社Aにおいて,原告に対する相当程度の謝罪を行っていると認められるこ
と,原告自身においても,ホームページでの掲示により,原告のホームページへの
アクセス及び電子メールによる通信が不可能な状態に陥ったことなどの事態が原告
の責任で生じたものではないことを原告の会員を含むインターネットユーザーに対
して表明していること,証拠(原告代表者)によれば,原告の会員においても,原
告代表者の説明によって,本件の責任が原告にないことについて一応の理解を得て
いると認められること,本件当時,原告の会員数が800名程度であったこと,原
告は,本件により退会者4名を生じた旨主張するが的確な立証がないことなど,本
件における諸事情を総合的に考慮すると,被告株式会社Aが,本件によって信用を
毀損された原告に対して賠償すべき損害額としては50万円が相当であり,弁護士
費用5万円と合わせ,被告株式会社Aは原告に対して55万円を支払う義務がある
と認めるのが相当である。
 3 結論
   以上の次第で,原告の請求は,被告株式会社Aに対し55万円及びこれに対
する遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し,原告の被告株式会
社Aに対するその余の請求及び被告社団法人Bに対する請求は理由がないから棄却
する。
   広島地方裁判所民事第2部
          裁判官  長  瀨  敬  昭

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