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判決言渡平成19年7月12日
平成19年(行ケ)第10043号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年6月21日
判決
原告株式会社アコルデ
訴訟代理人弁護士山崎理恵子
訴訟代理人弁理士新井信昭
同永岡儀雄
被告株式会社クレモナ
訴訟代理人弁護士田中雅敏
訴訟代理人弁理士有吉修一朗
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2006-89052号事件について平成18年12月22日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,被告が有する後記商標登録について,原告が商標法46条1項3号
(その商標登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商標登
録出願に対してされたとき)に基づき無効審判請求をしたところ,特許庁が請
求不成立の審決をしたので,原告がその取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
・特許庁における手続の経緯
ア・特許庁に対し,「東京都渋谷区千駄ヶ谷(以下省略)」所在の「株式
会社クレモナ」(以下「渋谷クレモナ」という。)から,弁理士Aを代
理人として,平成14年10月7日付けで,下記商標(以下「本件商
標」という。)について商標登録出願(商願2002-84950号)
がなされた(甲3の2)。

a商標b指定商品
第11類
「電球類及び照明用器具」
・その後特許庁から,平成14年10月9日付けで,平成14年10月
7日に提出された商願2002-84950号の商標登録出願につき,
識別番号を501284284号,住所又は居所を「東京都渋谷区千駄
ヶ谷(以下省略)」,氏名又は名称を「株式会社クレモナ」とする認定
・付加情報が発せられた(甲3の3・4)。
・そして,平成14年11月25日付けで,代理人A弁理士名で特許庁
に対し,識別番号501284284,旧住所又は旧居所「東京都渋谷
区千駄ヶ谷(以下省略)」,新住所又は新居所「東京都中央区銀座3丁
目(以下省略)」,氏名又は名称「株式会社クレモナ」とする旨の住所
変更届(甲4の1)が提出された(以下「本件住所変更手続」とい
う。)。なお,上記住所変更届には,平成14年11月22日付けで,
「東京都中央区銀座3丁目(以下省略)」株式会社クレモナ(代表取締
役B)から弁理士Aを代理人に選任する旨の委任状(甲4の2)が添付
されている。
・特許庁は,上記商標登録出願について,平成15年5月7日に商標登
録出願人を株式会社クレモナ,代理人をAとした登録査定(甲3の5)
をした上,平成15年6月20日に,出願年月日平成14年10月7
日,出願番号2002-84950号,査定年月日平成15年5月7
日,指定商品第11類「電球類及び照明用器具」,権利者「東京都中央
区銀座3丁目(以下省略)」株式会社クレモナとして,設定登録をした
(登録第4684210号。以下「本件商標登録」といい,その商標権
を「本件商標権」という。)。
・本件商標権は,その後「福岡県鞍手郡小竹町(以下省略)」株式会社
クレモナ(被告。以下「九州クレモナ」という。)に譲渡され,平成1
8年3月27日その旨の登録がされた(甲2)。
イこれに対し,原告は,本件商標登録につき被告を被請求人として平成1
8年4月21日付けで無効審判請求をしたので,特許庁は,同請求を無効
2006-89052号事件として審理した上,平成18年12月22
日,「本件審判の請求は,成り立たない」旨の審決(以下「本件審決」と
いうことがある。)を行い,その謄本は平成19年1月10日原告に送達
された。
・審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件商
標登録は,渋谷クレモナが商標登録出願をし,同社に対して登録査定がされ
たものであるから,商標法(以下「法」という。)46条1項3号が規定す
る「その商標登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商
標登録出願に対してされたとき」に当たらない,というものである。
・審決の取消事由
しかしながら,審決の判断には,次のとおり誤りがあるから,審決は違法
として取り消されるべきである。
ア取消事由1(審決における商標権者不特定)
本件無効審判請求においては,法46条1項3号が規定する「その商標
登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商標登録出願
に対してされたとき」に当たるかどうかが争われているから,商標登録を
受けた者の特定は,本件審決の基礎となる不可欠な事項である。商標登録
を受けた者,すなわち商標権者を特定しない限り,法46条1項3号の構
成要件該当性を判断できないからである。
しかし,本件審決は,本件商標登録を受けた者が何者であるかを特定し
ていないから,この商標権者不特定は,審決の結論に影響を与えるもので
あり,この点のみをもってしても審決は違法である。
イ取消事由2(法46条1項3号該当性の判断の誤り)
・本件商標登録出願をしたのは,渋谷クレモナであるが,本件商標登録
を受けた者,すなわち,設定登録時の本件商標権者は,「東京都中央区
銀座三丁目(以下省略)」所在の「株式会社クレモナ」(以下「銀座ク
レモナ」という。)である。このことは,本件商標登録原簿に記載され
た権利者が,渋谷クレモナではなく銀座クレモナであること(甲2)か
ら明らかである。したがって,本件商標登録は,法46条1項3号が規
定する「その商標登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しな
い者の商標登録出願に対してされたとき」に該当する。同号に当たるこ
とを認めない審決の判断は違法である。
すなわち,法46条1項3号が設けられたのは,誤って無権利者に登
録がされたときにそのままにしておくのは,物権的権利である商標権の
帰属を不明確にして社会的混乱を招くとともに,いたずらに第三者の商
標選択の余地を狭めるので,登録時の瑕疵を後発的に是正するためであ
る。その趣旨に照らせば,その適用は厳格に行われるべきである。厳格
に行われたとしても,商標は先願主義の下で再出願が可能であるし(法
8条),除斥期間も設けられている(法47条)から,旧権利者にとっ
て格別に酷ということにはならない。
商標権発生という,当事者間にとどまることなく広く一般に影響を及
ぼす行政処分について,そこに瑕疵がある場合の瑕疵の治癒は,所定の
手続を介してのみ行われるべきものである。この点,登録と実体関係の
錯誤による不一致を是正する手続として更正登録があり,更正登録には
職権によるもの(商標登録令10条で準用する特許登録令40条,41
条)と,申請によるもの(商標登録令10条で準用する特許登録令21
条)とがある。しかし,本件商標登録における渋谷クレモナと銀座クレ
モナとの不一致は,商標権者が提出した虚偽の住所変更届に基づく登録
の結果であるから,その点に特許庁の過失は存在しないし,また,原告
という利害関係者が存在している。したがって,特許庁は職権によって
更正することはできない。申請による更正は,更正前後の主体の同一性
が必要であるから,これによっても更正することはできない。さらに,
下記ア・のとおり,行政処分に対して意思主義を徹底することは許され
ないから,錯誤の主張も認められない。よって,本件商標権を無効にす
る以外に,不一致を更正する手段は存在しない。
・被告は,本件無効審判請求事件の答弁書(甲16)において,「…被
請求人ら(判決注被告及び銀座クレモナ)としては,この時点におい
ても,なお銀3クレモナ(判決注銀座クレモナ。以下同じ)が正当な
商標権者であると信じていたからこそ,このような警告書を送付したも
のであることは明らかであって,あくまで被請求人らの認識としては,
銀3クレモナに権利が適法に承継されていたとの主観を有していたこと
の何より明白な証左となるものである。」と主張している(8頁下9行
~5行)。また,被告は,本訴の被告第1準備書面5頁下11行以下に
おいて,この答弁書の主張と同じ主張をしている。さらに,被告は,同
準備書面5頁8行~10行では,「被告は,『登録査定を受けた者』も
『商標登録を受けた者』も,いずれも銀座クレモナであって」と主張し
ている。このように,被告は,商標権者が銀座クレモナであるとの主張
を繰り返しているのであるから,この主張に拘束されるべきであり,本
訴において,「商標登録を受けた者」が「渋谷クレモナ」であると主張
することは,禁反言の原則に反し,許されるべきではない。
ウ被告の主張に対する反論
・本件無効審判請求は濫用的な請求であって認められるべきではない旨
の主張に対し
本件住所変更手続において提出された住所変更届(甲4の1)の日付
(平成14年11月25日)及び添付された委任状(甲4の2)の日付
(平成14年11月22日)は,銀座クレモナの設立日(平成14年1
2月2日)よりも前である。したがって,銀座クレモナは,未成立の架
空会社であって,商標登録出願により生じた権利の承継すらできない状
態であった。商標の特殊性に鑑みて,商標法は,いわゆる権利能力なき
社団の手続能力を厳しく制限している(法77条2項で準用する特許法
6条)。設立さえもしていない架空の法人に商標登録を受ける権利を承
継させることは,権利帰属関係の明確化の趣旨に反することになるから
許されるべきものではない。まして,実質的に出願人としての地位を譲
り受けるなどという,帰属関係の明確化と逆行する行為は存在し得な
い。
被告は,本件住所変更手続について「当事者の勘違いから,錯誤によ
り,住所変更手続が選択されてしまったにすぎない」旨を主張する。し
かし,商標登録の効果は,単に当事者にとどまることなく広く一般に影
響を及ぼすものであるから,私法分野におけるように意思主義を徹底す
ることは許されない。商標登録は,商標登録原簿に商標権その他商標に
関する権利の発生及び変動等を記載又は記録する一連の行政行為の総称
である。所定の手続を経ていったん行政行為である行政処分(すなわ
ち,商標登録)が発効した後は,手続を行った者はその行政処分に拘束
されるのであるから,その手続の錯誤の主張は認められるべきものでは
ない。仮に,錯誤の主張が認められる場合があるとしても,会社住所を
転々と変更し,さらに,名称までも変更するほど会社実務に明るい渋谷
クレモナ及び銀座クレモナの代表者が,商標登録出願により生じた権利
を,住所変更届の提出によって全く別の法人に承継させることができる
と考えていたということは,信じられる話ではない。経営者であれば,
別法人が所有する財産を譲り受けるに当たって何らかの対価が生じるこ
とは理解しているはずであり,その観点からも住所変更届と名義変更届
の意味合いが全く異なることは言い逃れのできないほど自明である。未
設立架空会社である銀座クレモナという法人を装ってまで本件商標登録
出願により生じた権利を偽装承継させた事実からして,住所変更の提出
は意図的に行われたといわざるを得ない。名義変更届という合法的手続
を行わずに住所変更届という非合法の手続を行い,偽装承継の事実が明
るみに出た途端に住所変更届が勘違いや錯誤で提出されたという言い訳
が聞き入れられるとするなら,名義変更届の提出を効力発生要件とした
法13条2項で準用する特許法34条4項の趣旨が没却される。
・原告に本件無効審判請求の請求人適格がない旨の主張に対し
原告は被告から,平成17年11月21日付けの警告書(甲9。以下
「本件警告書」という。)の送付を受けている。本件警告書には,原告
の標章の使用が本件商標権を侵害しているとの指摘があり,標章の使用
差止が請求されている。本件警告書を受領してから今日に至るまで紛争
は解決していない。したがって,原告は本件無効審判の請求人適格を有
している。
2請求原因に対する認否
請求原因・,・の各事実は認めるが,・は争う。
3被告の反論
・取消事由1に対し
審決は「本願の登録査定は,登録出願人である渋谷クレモナに対してされ
たものというべき」と認定している(10頁25行~26行)。
本件商標登録出願に対する登録査定以降,商標登録されるまでの間,登録
料納付書の提出を除き,何らの書類も提出されておらず,具体的には,・名
義変更届や・錯誤により名義変更届を提出すべきであるところに提出された
住所変更届等の書類が全く提出されていないことに鑑みると,審決では「登
録査定を受けた者」と「商標登録を受けた者」とが同一人の渋谷クレモナで
あるとの認定をしていると考えられ,そうとしたならば,審決は形式的には
ともかくとして,実質的に「商標登録を受けた者」の特定を行っていると把
握するのが自然である。
また,審決には,「登録査定を受けた者」と「商標登録を受けた者」が一
致しないと疑うべき何らの事実も認定されていないから,形式的に「商標登
録を受けた者」が明示されていないとしても,実質的には「商標登録を受け
た者」が渋谷クレモナであると認定されている。
したがって,審決では,実質的には「商標登録を受けた者」についての特
定がされている。
・取消事由2に対し
ア審決においては,本件商標権者として本件商標登録原簿に記載されてい
る「株式会社クレモナ」は,住所は銀座に移転された形式になっているも
のの,住所変更届では権利帰属主体は移転しないのであるから,これは
「渋谷クレモナ」を意味しているものに他ならないと判断されている。し
たがって,審決は,本件商標登録原簿に記載された商標権者は,登録査定
を受けた渋谷クレモナと同一の法人であり,ただ,その渋谷クレモナの住
所が,「銀座」と記載されているのみであると判断している。
以上のとおり,本件商標登録原簿に商標権者として記載された権利者は
銀座クレモナであるという事実そのものが存在しないから,法46条1項
3号が規定する「その商標登録がその商標登録出願により生じた権利を承
継しない者の商標登録出願に対してされたとき」に当たるということはな
い。
イ本件商標登録原簿上に,渋谷クレモナの住所として,誤って銀座の住所
が記載されていたとして,表示更正により真の権利者である渋谷クレモナ
の住所に是正することは,何ら主体(真の権利者)の同一性を損なってお
らず,当然に認められるべきものである。したがって,審決で商標登録査
定を受けた者として特定されている渋谷クレモナの登記簿上の住所と,本
件商標登録原簿に記載された「株式会社クレモナ」の住所とが不一致であ
ったとしても,本件商標登録原簿に記載の登録名義人の住所の表示更正を
行えば十分であり,そのことをもって審決が違法であるということはでき
ない。
・仮に,取消事由1,2が認められるとしても,本件無効審判請求は,次の
とおり認められないから,審決の結論に影響がない。
ア本件無効審判請求は濫用的な請求であって認められるべきではないこ
と。
・本件商標登録出願について本件住所変更手続がされた趣旨は,出願人
としての地位を譲渡するというものであり,商号名が同一であったこと
から,単に住所変更の手続でその登録を行うことができるものと誤信
し,錯誤により,本件住所変更手続を行ったものである。
本件住所変更手続がされた平成14年11月25日時点において,出
願人としての地位に関する完全な処分権を有していた渋谷クレモナの代
表取締役はBであるが(甲8),実質的な権利譲受人である銀座クレモ
ナもまた,その設立から清算に至るまで,同社の権利に関する完全な処
分権を有する代表取締役及び清算人は,いずれもBである。このように
同一人が完全な代表権を有する2社の間においては,出願人としての地
位を譲渡し,その旨の承継手続を特許庁に行うことについて,いささか
の障害も存在しない。それにもかかわらず,本件住所変更手続がされた
のは,当事者の手続的なミスにすぎない。
・銀座クレモナの登記簿上の設立日は,本件住所変更手続がされた日の
後の平成14年12月2日であるが,会社というものは,登記とともに
突然無から有が発生するものではなく,設立登記前であっても,なお独
自の権利主体としての実体を有しているのが通常であるから,このよう
な設立前の会社についても,いわゆる権利能力なき社団として,その権
利義務の帰属主体性を承認することができる。したがって,いわゆる
「設立中の会社」である銀座クレモナが,実質的に出願人としての地位
を譲り受けることは,法的には,全く問題がない行為である。
・被告及び銀座クレモナの代理人は,原告に本件警告書(甲9)を送付
したが,被告及び銀座クレモナは,銀座クレモナから被告に権利移転手
続中であったことから,連名で本件警告書を出したものであって,被告
及び銀座クレモナとしては,この時点においても,なお銀座クレモナが
正当な権利者であると信じていたからこそ,このような警告書を送付し
たものである。原告は,本件警告書に対する回答として,反論書(乙
6)を送付したが,その中では,銀座クレモナないし被告の本件商標権
についての帰属に関する反論は全くなく,かえって,銀座クレモナのこ
とを「旧クレモナ」と呼ぶと断った上で,「当社は,平成16年2月
に,旧クレモナの代表取締役である田中氏の了承の下,本件商品を中核
とする同社の省エネ事業部を独立させて発足した」などと主張し,銀座
クレモナから本件商標権の使用許諾を受けていたと主張している。これ
は,原告自身が「銀座クレモナが本件商標権の正当な権利者であるこ
と」を承認していたことを意味している。
・それにもかかわらず,原告は,本件無効審判請求をしたのであるか
ら,原告の本件無効審判請求は,濫用的請求であって,商標権の財産的
価値を保護し,商標秩序とこれに伴う公正な取引秩序を維持しようとす
る商標法の趣旨を,根底から踏みにじる悪質な行為である。
・これに対し,本件においては,銀座クレモナが本件商標権を有するこ
とが本件商標登録原簿によって公示され,被告もこの公示を信頼して本
件商標権の譲渡を受け,それに基づいて自らの商品開発,販売を行って
いる。このように,外観に従った権利関係が構築されている以上,それ
に基づいて形成された権利関係もまた,商標権に対する信頼の確保及び
商標権の財産的価値の完遂(譲渡性の確保)という観点から,十分に保
護されるべきである。
・したがって,本件無効審判請求は認められるべきではない。
イ原告に本件無効審判請求の請求人適格がないこと。
・無効審判請求は,民事訴訟の原則に従い,「利益なければ,訴権な
し」との原則が適用されるべきであり,また,登録異議の申立てや不使
用による登録取消しの審判請求と異なり「何人も」の文言を欠いている
ために,無効審判の請求人適格については,商標登録を無効とすること
に何らかの利害関係があることが必要であると解される。
・本件商標登録出願の出願人は,渋谷クレモナである。渋谷クレモナ
は,本件商標登録を法46条1項3号を理由として無効にすることに利
害関係を有しており,無効審判請求の請求人適格を有するが,同社が無
効審判を請求して無効審決を得た後に本件商標と同一の商標につき改め
て商標登録出願を行ったとしても,本件無効審判請求の請求人である原
告の代表者は,本件商標と類似する商標について既に出願(商願200
6-23544号)を行っている(乙3)から,渋谷クレモナが改めて
した上記商標登録出願は,上記商願2006-23544号の存在を理
由として拒絶されて,渋谷クレモナが権利者になることができない結果
を招くことになる。このことが不当であることは明らかである。
したがって,商標登録を法46条1項3号を理由として無効にするこ
とを求める無効審判請求は,本来保護すべき出願人としての地位を有す
る者の判断により審判請求を行うか否かを決定させるべきであり,同号
を理由とする無効審判請求の請求人適格は本来保護すべき出願人として
の地位を有する者のみにあるというべきである。
よって,法46条1項3号を理由とする本件無効審判請求について
は,原告は請求人適格を有しない。
第4当裁判所の判断
1請求原因・(特許庁における手続の経緯),・(審決の内容)の各事実は,
当事者間に争いがない。
2本件における基礎的事実関係
前記争いがない請求原因・の事実(特許庁における手続の経緯)に,証拠
(甲1,2,3の1~5,4の1・2,5~8)及び弁論の全趣旨を総合する
と,次の事実を認めることができる。
・本件に登場する各法人の詳細
本件手続に登場する各法人(審決書にいう「渋谷クレモナ」,「銀座クレ
モナ」,「九州クレモナ」)の詳細は,次のとおりである。
ア渋谷クレモナ
・渋谷クレモナは,昭和62年12月16日に設立された株式会社で,
商号は「株式会社クレモナ」であった。登記簿上の本店所在地は,平成
12年9月22日以前は「東京都中央区銀座6丁目(以下省略)」であ
ったところ,平成12年9月22日(登記は平成12年10月2日)に
「東京都渋谷区千駄ヶ谷(以下省略)」に移転し,次いで,平成12年
10月20日(登記は平成12年10月30日[甲7]及び平成12年
11月6日[甲6])に「東京都中央区銀座6丁目(以下省略)」に移
転し,更に平成13年1月21日(登記は平成13年2月6日)に「東
京都渋谷区千駄ヶ谷(以下省略)」に移転した(甲6,7)。
・渋谷クレモナは,平成15年1月11日に「株式会社クレモナ」から
「株式会社クレモナジャパン」に商号を変更し,平成15年1月14日
その旨の登記がなされた(甲8)。
・Bは平成12年9月18日に渋谷クレモナの代表取締役に就任し,以
後代表取締役を務めていた(甲6~8)。
イ銀座クレモナ
銀座クレモナは,平成14年12月2日に設立された株式会社で,商号
は「株式会社クレモナ」である。設立当初から登記簿上の本店所在地は
「東京都中央区銀座3丁目(以下省略)」であり,Bが代表取締役を務め
ていたが,平成16年3月31日に株主総会の決議により解散し,Bが代
表清算人に就任した(甲1)。
ウ九州クレモナ
九州クレモナは,平成16年6月1日に設立された株式会社で,商号は
「株式会社クレモナ」であり,登記簿上の本店所在地は「福岡県鞍手郡小
竹町(以下省略)」で,代表取締役はBが務めている(甲14)。本件訴
訟は被告でもある。
・本件商標登録出願との関係
ア渋谷クレモナは,平成14年10月7日,本件商標登録出願をした(甲
3の2)。その商標登録願には,出願人の名称として「株式会社クレモ
ナ」と記載され,その住所として「東京都渋谷区千駄ヶ谷(以下省略)」
と記載されていた(甲3の2)。
イ上記出願を受けた特許庁担当官は,住所又は居所に相違があると認識し
た上,出願代理人Aに対し,商標登録出願人の識別番号は「501284
284」,住所又は居所は「東京都渋谷区千駄ヶ谷(以下省略)」,氏名
又は名称は「株式会社クレモナ」とする認定・付加情報(甲3の3)と通
知書(甲3の4)を発した。なお,上記通知書には,「住所(居所)又は
氏名(名称)を変更したのであれば,その旨を届け出なければなりませ
ん」と記載されている。
ウそして,渋谷クレモナは,平成14年11月25日付けで特許庁に対
し,「株式会社クレモナ」名で,住所を「東京都渋谷区千駄ヶ谷(以下省
略)」から「東京都中央区銀座3丁目(以下省略)」に変更する旨の住所
変更届をした(甲4の1)。
エ本件商標登録出願については,平成15年5月7日に特許庁審査官Cか
ら,商標登録出願人「株式会社クレモナ」,代理人「A」として登録査定
がされ(甲3の5),平成15年6月20日に設定登録がされた。本件商
標登録原簿(甲2)及び本件商標公報(甲5)には,権利者の名称として
「株式会社クレモナ」と記載され,権利者の住所として「東京都中央区銀
座3丁目(以下省略)」と記載されている。
3取消事由1(審決における商標権者不特定)について
審決は,「…本願についての登録査定は,渋谷クレモナに対してなされたも
のといわなければならず,この間,登録出願人名義変更届等の権利を承継する
ような手続きは何らなされていないものであるから,商標法第46条第1項第
3号でいう『権利を承継しない者の商標登録出願に対して(その商標登録)が
なされた』との構成要件を欠くものといわなければならない。」と認定判断し
ている(10頁3行~7行)。
審決の上記認定判断においては,本件商標登録出願についての登録査定が渋
谷クレモナに対してされたと認定されているのみで,商標登録を受けた者につ
いては明示的に認定がされていない。しかし,上記認定判断においては,「本
願についての登録査定は,渋谷クレモナに対してなされた」,「登録出願人名
義変更届等の権利を承継するような手続きは何らなされていない」との認定に
続いて,「商標法第46条第1項第3号でいう『権利を承継しない者の商標登
録出願に対して(その商標登録)がなされた』との構成要件を欠くもの」とい
う判断がされているから,これらの認定判断からすると,審決は,本件商標登
録を受けた者は渋谷クレモナであると認定していることは明らかであって,こ
の点が不特定であるということはできない。
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
4取消事由2(法46条1項3号該当性の判断の誤り)の有無
・法46条1項3号該当性について
ア前記2認定の事実に基づき,本件商標登録を受けた者について判断す
る。
・商標登録出願により生じた権利の承継は,相続その他の一般承継の場
合を除き,特許庁長官に届け出なければ,その効力を生じない(法13
条2項で準用する特許法34条4項)のであり,商標法施行規則9条に
は,その届け出(名義人変更届)の様式等が定められている。しかると
ころ,本件商標登録出願については,前記のとおり商標登録出願により
生じた権利承継の特許庁長官への届け出がされた事実は認められない
し,相続その他の一般承継が存した事実も認められない。
本件住所変更手続は,出願人である渋谷クレモナの住所を変更する手
続であることは明らかであって,これをもって,商標登録出願により生
じた権利の承継の特許庁長官への届け出ということができない。
・本件商標登録原簿(甲2)及び本件商標公報(甲5)には,権利者の
名称として「株式会社クレモナ」と記載され,権利者の住所として「東
京都中央区銀座3丁目(以下省略)」と記載されているところ,本件商
標登録がされた時点(平成15年6月20日)では,渋谷クレモナの名
称は「株式会社クレモナジャパン」であって「株式会社クレモナ」では
なく(平成15年1月11日に商号変更がされ,平成15年1月14日
に変更登記),また,上記の権利者の住所として記載されている住所
は,銀座クレモナの住所であって,渋谷クレモナの住所ではない。しか
し,本件商標登録原簿(甲2)及び本件商標公報にこのような名称及び
住所の記載がされたのは,「株式会社クレモナ」から「株式会社クレモ
ナジャパン」への名称変更届が出されず,平成14年11月25日付け
でなされた本件住所変更手続において渋谷クレモナから住所を「東京都
渋谷区千駄ヶ谷(以下省略)」から「東京都中央区銀座3丁目(以下省
略)」に変更する旨の住所変更届が出されたため,特許庁において商標
登録願に記載された名称と住所変更届に記載された住所をそのまま権利
者の名称と住所として記載したためであると解される。そうすると,こ
の本件商標登録原簿及び本件商標公報記載の名称及び住所は渋谷クレモ
ナの名称及び住所として記載されたものということができるのであっ
て,このことに,上記・のとおり本件商標登録出願により生じた権利の
承継を示す事実が何ら存しないことを併せ考えると,本件商標登録を受
けた者は,渋谷クレモナであって,本件商標登録原簿及び本件商標公報
の名称及び住所の記載が誤っていると認めるのが相当である。
・したがって,本件商標登録は,法46条1項3号が規定する「その商
標登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商標登録
出願に対してされたとき」に該当しないというべきである。
イ原告は,法46条1項3号が設けられたのは,誤って無権利者に登録が
されたときにそのままにしておくのは,物権的権利である商標権の帰属を
不明確にして社会的混乱を招くとともに,いたずらに第三者の商標選択の
余地を狭めるので,登録時の瑕疵を後発的に是正するためであるから,そ
の適用は厳格に行われるべきであると主張する。しかし,法46条1項3
号が設けられた趣旨が原告が主張するようなものであるとしても,上記の
とおり,本件においては,商標登録の出願人と商標登録を受けた者に不一
致はないのであるから,同号に該当しないとすることが,同号が設けられ
た趣旨に反するということはない。
また,原告は,本件においては,更正登録によって不一致を是正するこ
とはできないと主張する。しかし,本件商標登録原簿の権利者の記載は,
上記のとおり名称と住所の記載が誤っているのみであるから,登録名義人
の表示更正登録(商標登録令10条で準用する特許登録令21条)によっ
て誤りを是正することができるというべきである。
・被告が「『商標登録を受けた者』が『渋谷クレモナ』であると主張するこ
とは,禁反言の原則に反し,許されるべきではない。」との原告の主張につ
いて
ア証拠(甲9~12,乙6,7)によると,次の事実が認められる。
・株式会社クレモナ代理人(田中雅敏)は,平成17年11月21日付
けで,原告に対し,原告は本件商標権を侵害する行為をしている旨の警
告書(本件警告書。甲9)を送付した。
・これに対し,原告代理人は,平成17年12月8日付けで,本件警告
書を送付した株式会社クレモナの本店所在地及び代表者名について尋ね
た(甲12)ので,株式会社クレモナ代理人(田中雅敏)は,平成17
年12月22日付けで,・銀座クレモナと被告の双方から委任を受けて
いる,・本件商標権は銀座クレモナが有しているが,被告に譲渡してお
り,現在移転登録手続中である旨の返答をした(甲11)。
・そこで,原告代理人は,平成18年1月30日付けで,株式会社クレ
モナ代理人に対し,原告は過去に本件商標を使用していたことがある
が,銀座クレモナの代表取締役であるBから許諾を受けて使用していた
旨通知した(乙6)。
・これに対し,株式会社クレモナ代理人(田中雅敏)は,平成18年2
月8日付けで,原告代理人に対し,本件商標権の使用許諾をしたことは
ない旨通知した(甲10)。
イ本件無効審判請求の答弁書(甲16)において,被告は,本件警告書の
送付について,「…被請求人ら(判決注被告及び銀座クレモナ)として
は,この時点においても,なお銀3クレモナ(判決注銀座クレモナ。以
下同じ)が正当な商標権者であると信じていたからこそ,このような警告
書を送付したものであることは明らかであって,あくまで被請求人らの認
識としては,銀3クレモナに権利が適法に承継されていたとの主観を有し
ていたことの何より明白な証左となるものである。」と主張している(8
頁下9行~5行)。
また,被告は,本訴の被告第1準備書面8頁1行~5行において,答弁
書の上記主張と同じ主張を行っている。さらに,被告は,同準備書面5頁
8行~10行では,「被告は,『登録査定を受けた者』も『商標登録を受
けた者』も,いずれも銀座クレモナであって,何ら原告の主張するような
商標権の無効原因は存在しないと考えている。」と主張している。
ウ上記アの本件警告書の送付に始まる一連の交渉において,被告は,銀座
クレモナが本件商標権者である旨の主張を行っていたものと認められる。
しかし,過去の一時期に,被告が,銀座クレモナが本件商標権者である
旨の主張を行っていたからといって,そのことから直ちに,本訴におい
て,本件商標登録を受けた者は渋谷クレモナであると主張することが許さ
れないというものではない。
エ上記イの本件無効審判請求の答弁書(甲16)における被告の主張は,
本件無効審判請求は濫用的な請求であって認められるべきではない旨の主
張(本訴の前記第3の3・の主張と同じ主張)の中でされたものであっ
て,本件警告書を送付したときの被告及び銀座クレモナの認識を説明した
にすぎない。
また,被告は,本訴においては,原告の取消事由の主張を争い,審決に
は取消事由が存しないと主張しているのであるから,第1次的には,本件
商標登録を受けた者は渋谷クレモナであると主張している。上記イの本訴
における被告の主張は,取消事由に対する反論が認められないときに備え
てなされている主張にすぎない。
これらのことからすると,上記イの本件無効審判請求の答弁書(甲1
6)における被告の主張や本訴における被告の主張から,本訴において,
本件商標登録を受けた者は渋谷クレモナであると主張することが許されな
いということはできない。
オしたがって,被告が「『商標登録を受けた者』が『渋谷クレモナ』であ
ると主張することは,禁反言の原則に反し,許されるべきではない。」と
の原告の主張を採用することはできない。
・よって,本件商標登録は,法46条1項3号が規定する「その商標登録が
その商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商標登録出願に対して
されたとき」に該当しないという審決の判断に誤りはないから,原告主張の
取消事由2は理由がない。
5結語
以上のとおり,原告主張に係る取消事由はいずれも理由がないから,その余
の点について判断するまでもなく,原告の請求を棄却することとして,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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