弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人秋本正実の上告理由第三点について。
 論旨は、原判決が、甲第二号証を、審判手続に提出されていなかつたことを理由
として、その成立を否定したのを違法というが、その趣旨は、原判決が原審におい
て同号証を引用主張して審決の取消の理由とすることは許されない旨を判示したの
を、失当とするにあるものと認められる。
 おもうに、実用新案登録無効審判の審決に対して提起する実用新案法四七条の訴
は、行政処分としての審決を違法として取消を求める訴にほかならない。もつとも、
登録無効審判は、法が登録無効事由として掲げる特定の法条違反の有無についての
争いを判定するのであるから、その審決の取消訴訟においても、係争の法条違反と
は別個の登録無効事由を主張して争い得ない制約の存することは考えられる。しか
し、係争の登録無効事由の存否についての審決の認定判断が、訴訟の結果判明した
ところによつて維持しがたいと認められるときは、その審決は違法のものとして取
り消さるべく、このことは、一般の行政処分の取消訴訟において、処分要件を欠く
ことの判明した処分が違法として取り消されるのと異なるところはない。これを、
とくに審判において顕出された事項で審決において認定判断されたものについての
過誤のみが、右審決の取消の原因となるものと解すべき理由はないのである。され
ば、右の訴訟においては、その特定の登録無効事由の存否についての争点に関し、
攻撃防禦の方法として、審判に提出されなかつた新たな主張立証を許されないもの
ではなく、原判示のように、その審理の範囲を、審決が結論の基礎とした特定事項
の判断またはその判断の過程に違法があるか否かの点に限定するのは、相当でない
(最高裁判所昭和三三年(オ)第五六七号、同三五年一二月二〇日第三小法廷判決、
民集一四巻一四号三一〇三頁参照)。
 これを本件についてみるに、原審決は、被上告人の本件実用新案の考案要旨中と
くに重要な構成要件に相当するものは、上告人提出の甲第一号証および同第三号証
(いずれも訴訟における書証番号による。)の実用新案公報にも記載されておらず、
かつ、これらに記載されているものを単に寄せ集めても容易に得られるものではな
く、これら公知刊行物の記載によつても、これを旧実用新案法一条の考案を構成し
ないものとすることはできない旨を判断して、上告人の請求を成り立たないとし、
上告人は、原審において、前記書証のほか新たに公知刊行物と認め得べき甲第二号
証明細書を提出し、本件実用新案は、これら刊行物に容易に実施し得べき程度に記
載されたものまたはこれに類似するもの、あるいは甲第一号証、同第三号証の記載
から、または甲第一号証、同第二号証の記載から、当業者が容易に推考実施し得べ
き程度のもので、旧実用新案法一条の登録要件を具備しない旨を主張したことは明
らかである。このように本件においては、旧実用新案法一六条一項一号所定の登録
無効事由としての同法一条違反の有無が審判手続以来争われているのであるから、
原審に至つてこの点につき攻撃防禦の方法として新たな主張立証を追加することの
妨げないことは、前叙のとおりといわなければならない。してみれば、上告人が甲
第二号証を引用主張して審決の取消の理由とすることは許されないものとした原判
示は、肯認しがたく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
 されば、上告理由中その他の点に関する判断を省略し、事件についてさらに審理
をつくさせるために、民訴法四〇七条一項により、原判決を破棄し本件を原審に差
し戻すこととし、裁判官松田二郎の反対意見を除き裁判官全員の一致で主文のとお
り判決する。
 裁判官松田二郎の反対意見は次のとおりである。
 その理由は二点に帰する。
 (一)(1) 旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)三条は「本法ニ於テ実用新
案ノ新規ト称スルハ実用新案カ左ノ各号ノ一ニ該当スルコトナキヲ謂フ」とし、そ
の一号は「登録出願前国内ニ於テ公然知ラレ若ハ公然用ヰラレタルモノ又ハ之ニ類
似スルモノ」と規定し、その二号は「登録出願前国内二頒布セラレタル刊行物ニ容
易ニ実施スルコトヲ得へキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ又ハ之ニ類似スルモノ」
と規定している。そして、もし実用新案登録がこの規定に違反してなされたときは、
新規性を欠くものとして、同法一六条、二二条により、これを無効にすることにつ
いて審判を請求することができたのであるが、前記二号に違反する実用新案登録の
無効審判の請求は、同号にいう「刊行物」を特定してなすべきものであつたと解さ
れる。もし、同号の刊行物の意義を特定しないで広く一般の刊行物と解するときは、
同号による無効審判と一号による無効審判との区別が明らかでなくなるであろう。
そればかりでなく、実用新案登録無効の請求が一旦創設された実用新案に関する権
利の剥奪を目的とするものであるからには、その審判手続において、特定の刊行物
に記載されたものと対比して具体的にその新規性の有無を決定することを要すると
考えられるのである。すなわち、前記法条二号の刊行物を根拠とする無効事由は刊
行物の記載ごとに個別化され、それぞれ別個独立のものと解される。
 (2) 右のごとく特許庁は前記二号違反を根拠として実用新案登録の無効なるか
否かを具体的に特定の刊行物の記載との関係において審判すべきものであるが、問
題となるのは、その審決に不服であるとして東京高等裁判所に提起した訴訟におけ
る審理の範囲である。この場合二つの考え方があり得る。一はその審理の範囲は審
決の対象に限られるべきものとし、他はかかる対象に限られないとするものである。
しかし、およそ特許庁における審判手続は専門的・技術的分野において学識経験あ
る者をして審査せしめるものである以上、その審決取消の訴訟においては、通常の
訴訟の控訴審におけるごとく新たな請求原因の主張を許すべきでないと解される。
もし、これを許すときは、特許庁という特殊の機関を設けた趣旨が没却されるばか
りでなく、特許等の無体財産権についての専門的・技術的素養について必ずしも十
分ならざる裁判官の負担を徒に増大せしめるからである。このように考えるとき、
当事者はその訴訟において新たに他の刊行物を根拠とする登録無効の主張をなすべ
きでなく、裁判所はかかる主張について審理し得ないのは当然というべきであろう。
 今本件についてみるに、原審の確定したところによれば、被上告会社は昭和三〇
年一二月一三日登録出願、昭和三三年六月一二日登録にかかる第四七八、〇五三号
実用新案「合成樹脂製造花」(以下本件実用新案という)の権利者であるが、上告
会社は昭和三四年八月一日特許庁に対し本件実用新案が昭和一四年実用新案出願公
告第七一七一号公報(以下甲公報という)並びに昭和二六年実用新案出願公告第九
五八四号公報(以下乙公報という)に容易に実施することを得べき程度において記
載されたもの又はこれに類似するものに該当するとしてその登録無効を請求したと
ころ、特許庁は昭和三五年一〇月一四日その請求は成り立たない旨の審決をしたの
で、上告会社は被上告会社を被告として、その審決取消の訴訟を東京高等裁判所に
提起したというのである。そうだとしたならば、前段で述べたところによつて明ら
かであるように、裁判所は本件実用新案登録の無効なるか否かを右甲公報及び乙公
報の記載との関係においてのみ判断すべきは当然であるというべく、従つて東京高
等裁判所が同法廷で上告会社のした新しい争点の主張すなわち、本件実用新案登録
が仏国特許第一、〇九二、七一八号明細書(これは本件実用新案の出願前たる昭和
三〇年八月一日特許庁資料館に受入れられ、爾来一般の閲覧に供されていたものと
される)の関係においても無効であるとの主張を排斥したのは正当である。けだし、
その事実は訴訟において新たに主張されたものであり、審判手続においては全く審
理の対象となつていなかつたものであるからである。
 しかるに、この点に関し多数意見はいう。「特定の登録無効事由の存否について
の争点に関し攻撃防禦の方法として審判に提出されなかつた新たな主張立証を許さ
れないものではなく……その審理の範囲を審決が結論の基礎とした特定事項の判断
またはその判断の過程に違法があるか否かの点に限定するのは相当でない」と。そ
してこの見地に立脚して原判決を破棄すべしと主張する。しかし、多数意見を仔細
に検討するにそのいう「特定の登録無効事由」の意味するところは必ずしも明らか
でなく、漠然たるを免れないが、本件の事案に即してみるとき、多数意見は、前記
法条の同号の無効事由たる限り、たとえその根拠とする刊行物を異にしても、それ
を一括して「特定の登録無効事由」と考えているものと解する外はない。私は到底
そのような見解に賛成し得ない。そして、もし多数意見の見解に従うならば、東京
高等裁判所における訴訟において当該実用新案の登録出願前に頒布されていた他の
刊行物を根拠として登録無効の主張を新たになし得たのにかかわらず、これを行わ
ないで敗訴した者は、爾後一切の刊行物を根拠とする登録無効の主張をもはやこれ
をなし得なくなるのであろう。その不当なことはいわずして明らかであろう。
 (3) なお、多数意見は、昭和三五年一二月二〇日言渡の当裁判所第三小法廷の
判決(昭和三三年(オ)第五六七号、民集一四巻一四号三一〇三頁)をその根拠と
して援用している。しかし、この判決は、「審判における争点について審判に際し
主張しなかつた新たな事実を主張することができる」というのであつて、すなわち
新たな事実の主張の許容されるのは「審判における争点」についてであり、本件に
ついていえば審判における争点は甲公報及び乙公報上の刊行物との関係についてだ
けである。要するに、多数意見は、審判における「争点以外の点」について新たな
主張を許容するものであつて、換言すれば、一見前記の判例を踏襲するごとくであ
つて、しかも実質上この判例の許容する範囲を遙かに超えたものであると思われる。
 (二) 既に右(一)で一言したごとく、特許庁の審判は専門的・技術的分野におけ
る学識経験者によつてなされる特殊の手続である。このことからその審決による事
実認定をば裁判所が重んずべきことは当然であると考えられる。問題となるのは、
いかなる程度において裁判所がこれを重んずべきかである。思うに審決に対する取
消の訴訟において、裁判所は審決における法適用の適否のみならず、その事実認定
についても判断するものである以上、裁判所は単に形式上から見て審決の事実認定
を支持するに足る証拠の存在することを以て甘んずべきではないというべきである。
しかし、審決の理由で示された証拠と事実認定とを照合して審決の事実認定をもつ
て合理的基礎たり得る証拠に基づくものと認め、審決の心証形式について疑問を懐
かない限り、裁判所は審決の認定を肯定すべきであると考える。そしてこのような
場合、裁判所は新たな証拠調をする必要はないのである。
 しかるに、この点に関し、多数意見は、訴訟において審判手続に提出しなかつた
新たな証拠を提出し得るものと主張し、そのいうところは東京高等裁判所が新たな
立証を許さないのは違法であるとさえいうがごとくである。私はこの点についても
多数意見に対し疑なきを得ない。
 今叙上の点に立つて本件を見るに、上告人が原審の訴訟において新たに提出しよ
うとした証拠が審判手続で審理の対象となつていない刊行物――訴訟において新た
な刊行物を根拠とする主張の許すべからざることは既に述べたとおりである――に
ついてのものであつたならば、原審がその提出を許さなかつたのは固より正当であ
る。また、もし、その証拠が甲公報及び乙公報の刊行物に基づく主張にも関すると
ころがあつたとしても、原判決によれば、原審は審理の結果、審決の事実認定――
甲公報及び乙公報を根拠とする無効審判についてのもの――をば審決の基礎となつ
ていた証拠と照合した上、これを是認したものと認むることができる。要するに、
原審は審決の事実認定についての心証形成を是認しているものといえるのである。
そうだとすれば、原審が上告人の申請した新たな証拠を採用せず、これを取調べな
かつたことは何等違法ではないのである。
要するに、原判決には多数意見の主張するごとき違法を見ないのである。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
裁判官岩田誠は病気につき署名押印することができない
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎

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