弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を横浜地方裁判所に差戻す。
         理    由
 検事宮本彦仙の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記
載のとおりである。これに対し当裁判所は次のように判断する。なお弁護人渡辺逹
也の答弁の要旨は原判決は相当であつて控訴は理由ないものであるというにある。
 検事の控訴趣意について
 よつて、記録を調査するに、本件差戻前の第一審判決は、昭和二十六年六月二十
五日東京高等裁判所において破棄され、該事件は原審に差戻されたものである。そ
して該判決における破棄の理由は、原審判決挙示の証拠だけでは、本件領置物件で
あつて鑑定人が原審鑑定したモルヒネ二包が被告人方で現に押収されたもの、即ち
本件公訴にかかる麻薬と同一であると断定するには足りないのであるに拘らず原審
はこの事実を確認するに必要た証拠で、必ずしも取調不能と断ぜられない点につい
て、十分に審理を尽していないから原判決は審理不尽に基く理由不備の判決である
という趣旨に帰する。しかるに、記録に徴すると、差戻後の原審はその第一回公判
において単に差戻前の第一審裁判所が取調べた証拠その他の公判調書について証拠
調をなし被告人に対し本件薬品の入手経路その他若干の尋問をしたのみで、右控訴
審判決が指示した事項については新たな証拠調等適当な審理をしないで結審した
上、被告人を無罪と断じたものであることが明らかである。尤も、右公判調書の記
載によると原審立合検察官亦裁判官から立証を促されたのに対し、他に立証なしと
述べて何等新た左証拠調の請求を申立てなかつたことが認められるのであるが、も
とより検察官は公訴を提起しこれを維持して法令の正当なる適用を請求する責務を
有するものであり、特にその訴訟手続の中に多く当事者主義を採用しておる現行法
の下においては真実発見のためには徒らに裁判所の職権行使に委ねることなく、苟
くも公訴の維持に必要とする証拠調の請求は勿論その他必要な事項の調査をも請求
しなければならないのであるに拘らす、右原審立会の検察官は右公判において何等
新たな証拠乃至事実の取調を請求しなかつたことはその職務執行につき甚だ怠慢で
あるとの譏を免かれないところではあるが窮極において事実を発見して事案の真相
を明らかにしなければならない事実審たる裁判所としては検察官の請求がないから
という理由で、未だその訴訟が判決をするに<要旨>熟しないにも拘らず、直ちに審
理を終結するが如きは、その措置において妥当を欠くものというべく、特に本 旨>件におけるようにその上級審たる東京高等裁判所が、わざわざ原判決には審理不
尽に基く理由不備ありとし、その審理を尽さねばならない要点につき相当詳細に説
示して差戻したものであるから、その趣旨とするところに従い、仮令立会検察官が
たまたま他に立証なしと述べたからといつて、裁判所は、かかる検察官の意見に禍
いせられることなく刑事訴訟法第一条所定の趣旨に則り自ら進んで適当な証拠調を
実施して、事案の真相を明らかにし以て個人の基本的人権の保障を全うしつつ正義
及び公共の福祉の維持に務むべきであつたものといわなければならない。要するに
原審が事茲に出でないで車取く結審して判決を言渡したことは審理不尽に基く理由
不備もしくは事実誤認を敢えてした違法があり、この違法は明らかに判決に影響を
及ぼすものと認められるから論旨は理由がある。よつて刑事訴訟法第三百九十七条
に則り原判決を破棄すべく、なお本件は同法第四百条本文に則りこれを原裁判所に
差戻すべきものとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 小中公毅 判事 鈴木勇 判事 河原徳治)

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