弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所金沢支部に差し戻す。
         理    由
 上告代理人堀江喜熊の上告理由について。
 本訴における上告人の請求原因は、これを要約すれば、「上告人は、被上告会社
が振出人として署名し、金額一二万円、満期昭和四二年七月四日、支払地および振
出地福井市、支払場所D銀行E支店、振出日昭和四二年六月四日、受取人および第
一裏書人Fと記載された本件約束手形の所持人であつて、満期の翌日である同年七
月五日右手形を支払場所に呈示して支払を求めたところ、これを拒絶された。しか
して、上告人は、同四一年一〇月一三日、被上告会社、被上告人Bおよび訴外Fと
の間で、被上告会社が振り出しまたは裏書をし上告人が取得した手形につき、被上
告会社において手形上の債務を履行しないときは、被上告会社は手形金と履行遅滞
後完済に至るまで日歩九銭の割合による遅延損害金とを支払い、被上告人Bおよび
訴外Fはこれを連帯して保証する旨の手形取引契約を締結したが、本件手形は右契
約に基づいて振り出されたものである。そこで、被上告会社に対しては本件手形の
振出人として、また被上告人Bに対してはその連帯保証人として、各自本件手形金
一二万円および満期の翌日である昭和四二年七月五日以降完済に至るまで約定の日
歩九銭の割合による遅延損害金の支払を求める」というのである。これに対し、被
上告人らは、「本件手形は、被上告会社において振り出したものではなく、被上告
会社の代表取締役である被上告人Bが、昭和四二年六月中旬ごろ、手形要件につき
振出地および受取人欄を除くほか上告人の前記主張のとおり記載したうえ福井市内
を携行しているうち、これを紛失したため、被上告会社において、同年七月二五日、
福井簡易裁判所に対し公示催告および除権判決の申立をしたところ、同四三年三月
一五日除権判決の言渡があり、同判決は確定したので、被上告人らには上告人に対
する本件手形金の支払義務はない。なお、右手形は、訴外Gが被上告人Bの着衣の
ポケツトから盗取し、これを訴外Fまたは上告人に交付し割引を受けたものである
ことが判明した」旨を主張したところ、原審は、本件手形について被上告人ら主張
のとおり除権判決が確定した事実のみを確定したうえ、上告人は本件手形の所持人
とは認められないから、その所持人であることを前提とする上告人の本訴請求は理
由がない、としてこれを排斥したのである。
 しかしながら、原判決の右見解はたやすく是認することができない。その理由は、
つぎのとおりである。
 手形の流通証券としての特質にかんがみれば、流通におく意思をもつて約束手形
に振出人としての署名をした者は、たまたま紛失または盗難のため、右手形が自己
の意思によらないで流通におかれた場合でも、連続した裏書のある右手形の所持人
に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立
証しないかぎり、振出人としての手形上の責任を免れえないものと解すべきことは、
当裁判所の判例とするところである(昭和四一年(オ)第五六八号同四六年一一月
一六日第三小法廷判決参照)。そして、このように約束手形に振出人として署名し
たが、みずからこれを流通におく前に盗取されまたは紛失した者に対して公示催告
および除権判決の申立権が認められるのは、除権判決により喪失した手形を無効に
して、除権判決の確定後その無効になつた手形を悪意または重大な過失なくして取
得した者が右の振出署名者に対して手形上の責任を追求する場合に、除権判決の存
在をもつてこれに対抗し、その支払を拒絶することができるようにするためであつ
て、除権判決が確定したからといつて、その確定前に喪失手形を悪意または重大な
過失なくして取得し、その振出署名者に対して振出人としての責任を追及しえた者
の実質的権利までも消滅させようとするものではないと解するのが相当である。け
だし、約束手形に振出人として署名をした者は、その手形の債務者となるにとどま
り、手形上の権利を取得するものではなく、したがつて、かかる者による公示催告
および除権判決の申立は、自己の権利行使の資格を回復するためのものではなくし
て、もつぱらみずから負担するにいたる危険のある手形債務につき免責を得ること
を目的とするのであつて、適法に振り出された手形の所持人がその手形を喪失して
公示催告の申立をした場合のように、除権判決の確定前に当該手形の善意取得者が
現われて、除権判決により権利行使の資格を回復した手形喪失者との間に、権利行
使の資格の競合状態を生ずるおそれはないから、除権判決前の権利取得者の権利を
否定する必要はないからである。もつとも、この場合においても、除権判決の確定
によつて手形が無効に帰する事実は、公示催告申立人の盗難または紛失に関する主
張の真否にかかわらず、否定することができないから、当該手形について実質的権
利を有していた者も、除権判決確定後は無効な手形を所持するにとどまり、手形上
の権利を行使するについて形式的資格を失うこととなるのを免れないが、元来、手
形上の権利の行使に際して手形の所持とその呈示が必要とされるのは、手形の流通
証券たる性質上、手形債務者をして債権者の確知を容易ならしめるとともに、手形
を受け戻すことにより二重払いの危険を免れさせようとするにあるから、振出署名
者の申立にかかる除権判決によつて当該手形が無効となつたことが明らかである場
合には、無効に帰した手形を所持する実質的権利者は、除権判決前にすでに手形上
の権利を取得し、除権判決の当時手形の適法な所持人であつたことを主張、立証す
ることにより、その権利を行使することができるものと解するのが相当である。
 いま、本件についてこれをみるに、被上告会社の代表者は、被上告人ら主張のよ
うな記載をした本件手形を携行中紛失したというのであるが、手形用紙に一定の手
形要件を記入してこれに振出人として署名をした者は、特段の事情のないかぎり、
流通におく意思で手形を作成したものと解すべきであるから、上告人が除権判決前
にすでに本件手形を取得していたことが訴訟の経過に照らして明らかな本件におい
ては、上告人が裏書の連続した本件手形の所持人であるならば、被上告会社は、悪
意または重大な過失により上告人が本件手形を取得したことを主張、立証しないか
ぎり、手形上の責任を免れえなかつたものであり、また、もし被上告人ら主張の盗
難または紛失の事実が認められず、被上告会社の意思に基づいて本件手形が流通に
おかれたものであるとするならば、被上告会社は、もともと、上告人が無権利者で
あることを積極的に主張・立証しないかぎり、手形上の責任を免れえなかつたので
あるから、かかる主張・立証のなされない以上、上告人が本件手形の実質的権利者
であることは当然といわなければならない。しかも、上告人は、原審において、本
件手形金については実質的権利を行使してその支払を求めるものであつて、被上告
会社の得た除権判決により本件手形の無効となつたことが本訴請求の当否に影響を
及ぼすものでない旨を主張していることは、原判決の摘示するところにより明らか
である。
 しかるに、原審は、上告人の本訴請求は有効な約束手形の所持人であることを前
提にするものであるとし、本件手形が除権判決の確定により無効に帰したことのみ
を理由として、上告人の請求を排斥しているのであつて、叙上の点に照らすと、原
判決には手形法および除権判決の効力に関する法令の解釈適用を誤つた違法がある
というべきであるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。
 よつて、民訴法四〇七条に則り、上告人の本訴請求の当否につきさらに審理を尽
させるため、本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり
判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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