弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人熊谷誠同吉弘基彦の上告趣意第一点及び第二点について。
 しかし原審第四回公判調書によれば「裁判長は被告人に対し被告事件を告げた上
右事件につき陳述すべきことがあるか、どうかを問うたところ、被告人はAにケー
ブル線四五屯を無償で譲渡した事実は相違ありませんと答えた」と記載されている
のであつて右被告人の供述と原判決挙示の他の証拡とを綜合すると原判示の如く被
告人が擅に本件物件を無償譲渡して横領した事実を認定できるのであるから、原判
決には所論のような理由齟齬の違法があるとはいえない。論旨はいずれも理由がな
い。
 同第三点について。
 しかし本件のケーブル線、鉄屑が有価物であつたことは原判決の認定したところ
でありこれを無価物であると主張するのは事実認定の非難に帰する、そして横領罪
における被害物件の判示としてはその物件の何たるかを明かにすれば十分なのであ
つてその物件の概略の価格を示しまたは証拠によつてこれを認めた理由を示すこと
を要するものではないから論旨は採るを得ない。
 同第四点について。
 しかし原判示は被告人が本件物件を不法領得の意思をもつて無償譲渡しその間正
規の手続をとらず地方商工局長の承認を得なかつたことをもつて横領なりと断じて
いる趣旨で手続違背の点のみをもつて横領罪なりと認定しているものではない。論
旨は無価値な物は申請の手続を要せず又申請すれば当然許可となるものであるから
その手続を省略したものに過ぎないものであると主張するがそれは本件物件が無価
値であることを前提とするものであるから論旨は採用できない。
 同第五点について。
 (一)本件物件が無価物であるとの主張は業務上横領罪を規定した刑法二五三条
の「他人ノ物」に該当しないということであるから犯罪の構成要件を欠ぐという主
張に帰し旧刑訴三六〇条二項に定めた犯罪の成立を阻却すべき事由に該当しない、
従つて原判決にはこの点に関する判断違脱の違法はない。
 (二)期待可能性がないとの主張が仮りに旧刑訴三六〇条二項の主張に該当する
としてもこれに対する判断の判示方法は必ずしも常にその主張事実を掲げてこれに
対する直接の判断を示す方法を採ることを要するものではない、そして本件の場合
原判示によれば所論主張に対し否定の判断を与えているものと認められる、従つて
この点に関する論旨は採用できない。
 (三)しかし所論の緊急搬出作業に関する主張は本件犯行の情状として述べられ
たもので緊急避難の主張があつたものと認めることはできない従つてこの点につい
ては原判決に判断遺脱の違法があるとはいえない。
 同第六点について。
 しかし原判決は被告人の自白の外に証人Aの供述記載を補強証拠としているので
ある、そして右Aの供述記載は被告人の自白にかかる事実の真実性を補強し得るも
のであるから原判決は被告人の自白を唯一の証拠として罪を断じた違法なく論旨引
用の大法廷判決は本件に適切でない。
 よつて刑訴施行法二条旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見である。
 検察官 松本武裕関与
  昭和二六年八月一七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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