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平成29年1月17日判決言渡
平成28年(行ウ)第85号第47回(平成27年度)社会保険労務士試験合格
基準取消請求事件
主文
1本件訴えのうち,第47回社会保険労務士試験について原告を合格とする旨
の処分の義務付けを求める部分を却下する。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
(1)処分行政庁が原告に対してした第47回社会保険労務士試験について,
原告を不合格とする旨の処分を取り消す。
(2)処分行政庁は,第47回社会保険労務士試験について原告を合格とする
旨の処分をせよ。
2請求の趣旨に対する答弁
(1)主位的答弁
本件訴えをいずれも却下する。
(2)予備的答弁
主文同旨
第2事案の概要
本件は,平成27年8月23日に実施された第47回社会保険労務士試験
(以下,社会保険労務士を「社労士」といい,社会保険労務士試験を「社労士
試験」といい,第47回社労士試験を「本件試験」という。)を受けた原告が,
本件試験に係る合格基準(以下「本件合格基準」という。)が適正に決定され
なかった結果,本件試験において不合格処分(以下「本件不合格処分」という。)
を受けたとして,処分行政庁の属する被告に対し,本件不合格処分の取消し及
び原告を本件試験において合格処分とすることの義務付けを求める事案であ
る。
1関係法令の定め
関係法令の定めは,別紙2「関係法令の定め」に記載のとおりである(なお,
同別紙中で定義した略称等は,以下の本文においても同様に用いるものとす
る。)。
2前提事実(証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア原告は,平成27年8月23日,本件試験を受けたところ,不合格とな
り,同年11月6日頃,その通知を受けた者である。
イ処分行政庁は,社労士試験を実施する行政機関である。
(2)社労士試験について
ア試験概要
社労士試験は,社労士になるのに必要な知識及び能力を有するかどうか
を判定することを目的とし(法9条),毎年1回以上,処分行政庁が行う(法
10条)。
社労士試験は,「労働基準法及び労働安全衛生法」,「労働者災害補償保
険法」,「雇用保険法」,「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」,「健康
保険法」,「厚生年金保険法」,「国民年金法」,「労務管理その他の労働及び
社会保険に関する一般常識」の8科目についてそれぞれ選択式試験及び択
一式試験が出題される(法9条)。選択式試験は,文章の空欄を埋めるのに
最も適切な語句を選択させるもので,1問につき5点が配点され,合計4
0点が満点になる。択一式試験は,選択肢の中から適切なものを1つ選択
させるもので,1問につき1点が配点され,科目ごとに6問ないし10問
が出題され,合計70点が満点になる。
イ試験事務
(ア)社労士試験は,上記アのとおり,処分行政庁が行うが,平成12年
以降,社労士試験の実施に関する事務のうち合格の決定に関する事務を
除くものは,全国社会保険労務士会連合会(以下「連合会」という。)が
行っている(法10条の2)。また,社労士試験の試験問題の作成及び採
点は,社労士試験委員が行わなければならず(法25条の41第1項),
連合会が社労士試験委員を選任している(同条2項)。
(イ)社労士試験は,解答をマークシート方式で行うものとされ,連合会
は,外部の会社に委託してコンピューターにより受験者総数と各人ごと
の解答を集計したデータを算出した上,科目ごとの得点状況を取りまと
めた得点状況表を処分行政庁に送付する。
(ウ)法は,社労士試験の具体的な合格判定基準を規定しておらず,処分
行政庁の裁量に委ねられているところ,各年度の試験問題には難易度の
差が生じ得ることに鑑み,処分行政庁は,「社会保険労務士試験合否判
定委員会要領」に基づいて,当該年度に実施された社労士試験の採点結
果を踏まえ,適正な合格基準を決定し,その基準に基づき合格者を決定
するために,厚生労働省内に審議官及び課長から構成される社会保険労
務士試験合否判定委員会(以下「委員会」という。)を設け,社労士に必
要な知識及び能力の基準を検討させ,試験の年度にかかわらず,社労士
試験の合格者の知識及び能力を一定に保つための基準を検討させている
(甲2の6)。
委員会は,上記(イ)のとおり送付された得点状況表に基づき,事務局
と各委員が事前に協議の上,持ち回り決裁(下位者が原案を起案し,順
次,上位者の指示を踏まえた修正を経て,決裁を得る決裁方法)で後記
ウの合格基準の決定を行う(乙9)。
(エ)処分行政庁は,連合会に対し,上記(ウ)の合格基準の決定内容を連
絡し,連合会は,コンピューターに合格基準のデータを入力し,全受験
者の解答データと合格基準のデータを照合し,合否判定を行ったデータ
を作成する。処分行政庁は,これを基に合格者の決定を行う。
ウ合格基準
委員会は,毎年,社労士試験の合格基準について,内部準則である「社
会保険労務士試験の合格基準の考え方について」を策定し(以下,このよ
うに策定された内部準則を「『考え方』」といい,本件試験に係るものを「『本
件考え方』」という。),平成12年度から,出題形式,過去の合格基準の動
向及び他の試験の現状を考慮し,合格基準点を,選択式試験については,
総得点40点中28点以上,科目別5点中3点以上,択一式試験について
は,総得点70点中49点以上,科目別10点中4点以上としている。そ
の上で,各年度ごとの試験問題の難易度に差があることから,試験の水準
を一定に保つため,各年度において,合格基準点について,総得点及び各
科目の平均点及び得点分布等の試験結果を総合的に勘案して補正を行うも
のとされる(甲2ないし10の各2,乙4)。
(3)「本件考え方」の策定
処分行政庁(委員会)は,本件試験の合格基準点について,次のとおり「本
件考え方」を定めた。
ア総得点については,選択式試験及び択一式試験それぞれについて,前年
度の平均点との差を小数第1位まで算出し,四捨五入して換算した点数に
応じて前年度の合格基準点を補正する(「本件考え方」2(1)①)。この補正
の結果,四捨五入によって切り捨てられ,又は繰り入れされた小数点第1
位以下の端数については,平成13年度以降累計し,累計数が±1点以上
となった場合は,合格基準点に反映されるものとする(同②本文)。ただし,
これにより平成12年以降の平均合格率との乖離が反映前より大きくなっ
た場合は,この限りでない(同ただし書き)。なお,科目別最低点の補正に
より各科目の最低点引下げを2科目以上行ったことにより,例年の合格率
と比べおおむね10%を目安として高くなるときは,合格基準点を1点足
し上げる(同③)。
イ科目別最低点は,選択式は3点,択一式は4点とし,合格基準点以上の
受験者が占める割合が50%に満たない場合,合格基準点を引き下げるが
(「本件考え方」2(2)本文),引下げ補正をした結果,合格基準点以上の受
験者の占める割合が70%以上となる場合(同ただし書きⅰ),又は合格基
準点が,選択式試験においては0点,択一式試験においては2点以下とな
る場合には(同ただし書きⅱ),原則として引下げは行わない(同ただし書
き柱書き)。
(4)本件合格基準の策定
処分行政庁(委員会)は,「本件考え方」に基づき,持ち回り決裁により,
本件合格基準を次のとおり決定した(甲2の1ないし8,乙4,6ないし1
1)。
なお,選択式試験又は択一式試験の各総得点又は科目別得点のいずれかが
合格基準点に達しない場合は,不合格となる。
ア総得点について
総得点の合格基準点は,本件試験については,前年度の平均点との差を
小数第1位まで算出し,それを四捨五入し換算した点数に応じて前年度の
合格基準点を上下するものとされたところ(「本件考え方」2(1)①),選
択式試験については,平均点が前年度の平成26年度においては23.1
点,本件試験においては18.6点であったため,その差である-4.5
点を四捨五入した-5点を同年度の合格基準点26点から補正し,本件試
験の合格基準点を21点とし,択一式試験については,平均点が前年度の
同年度においては31.6点,本件試験においては31.3点であったと
ころ,その差である-0.3点は四捨五入すると0点であるため,同年度
の合格基準点と同様,本件試験の合格基準点を45点とした。
また,過去の調整により四捨五入によって切り捨て又は繰り入れられた
小数点第1位以下の端数の累計数が1点以上となった場合には合格基準に
反映させるところ(同②),本件試験では累計が選択式試験につき+0.
3,択一式試験につき-0.2点であり,いずれも累計数は1点未満であ
ったため,補正は行わなかった。
なお,総得点は,合格基準が固まった後に,科目別の調整において2以
上の科目で合格基準点を引き下げた場合で,合格率がおおむね10%を目
安として高くなる場合には,試験の難易度を考慮して合格基準点を1点足
し上げることとしているが(同③),本件試験ではこの補正は行わなかっ
た。
イ科目別最低点について
(ア)選択式試験の科目別最低点の補正について,次のとおり決定し,合
格基準点を,補正を行わない科目について3点,補正を行った科目につ
いて2点とした。
a「労働基準法及び労働安全衛生法」,「雇用保険法」は,得点3点
以上の受験者の占める割合がそれぞれ73.0%,59.0%と50%
以上であったため,合格基準点の補正は行わない(「本件考え方」2
(2)本文)。
b「労働者災害補償保険法」(以下「本件科目」という。),「国民
年金法」については,得点3点以上の受験者の占める割合がそれぞれ
37.1%,43.2%と50%に満たないので1点引下げ補正の対
象となるところ(「本件考え方」2(2)本文),これらの科目について
合格基準点を2点に引下げ補正した場合,得点2点以上の受験者の占
める割合がそれぞれ71.8%,71.5%と70%以上を占めるこ
ととなるため,合格基準点の引下げ補正を行わない(同ただし書きⅰ)。
c「労務管理その他の労働に関する一般常識」,「社会保険に関する
一般常識」,「健康保険法」,「厚生年金保険法」については,得点
3点以上の受験者の占める割合がそれぞれ17.7%,42.0%,
32.1%,43.5%と50%に満たないため,合格基準点を1点
引き下げる補正の対象となり(「本件考え方」2(2)本文),かつ,合
格基準点を2点以上に引き下げた場合でも,得点2点以上の受験者の
占める割合がそれぞれ52.8%,69.6%,59.6%,69.
0%と70%以上とならないため,引下げ補正により合格基準点は2
点とした(同ただし書きⅰ)。
(イ)択一式については,得点4点以上の受験者の占める割合が,「労働基
準法及び労働安全衛生法」については,79.9%,「労働者災害補償保険
法(労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)を
含む。)」については,70.1%,「雇用保険法(同)」については,75.
4%,「労務管理その他の労働及び社会保険に関する一般常識」については,
67.6%,「健康保険法」については,52.4%,「厚生年金保険法」
については,61.7%,「国民年金法」については,64.3%と全ての
科目について得点4点以上の受験者の占める割合が50%以上となってい
るので,合格基準点の補正は行わない(「本件考え方」2(2)本文)。
(ウ)なお,上記(3)アのとおり,2科目以上について合格基準点を引き下げ,
合格率がおおむね10%を超えた場合には,必要に応じて合格基準点の再
調整を行うこととされるが(「本件考え方」2(1)③),本件試験では,合
格率は2.6%にとどまっているため,再調整は行われなかった。
(5)原告の試験結果
原告は,本件試験のうち,選択式試験において,「社会保険に関する一般常
識」及び「国民年金法」について各5点,「労働基準法及び労働安全衛生法」
について4点,「雇用保険法」,「健康保険法」及び「厚生年金保険法」につい
て各3点,「労務管理その他の労働に関する一般常識」及び本件科目について
各2点,総得点27点,択一式試験において,「労働基準法及び労働安全衛生
法」及び「国民年金法」について各8点,「労働者災害補償保険法(徴収法を
含む。)」及び「雇用保険法(同)」について各7点,「厚生年金保険法」につ
いて6点,「労務管理その他の労働及び社会保険に関する一般常識」について
5点,「健康保険法」について4点,総得点45点を取得したが,本件科目の
得点が上記(4)のとおり決定された合格基準点3点に満たず,本件不合格処分
を受けた。
(6)本訴提起
原告は,平成28年2月24日,本件訴えの提起をした(顕著な事実)。
3争点
(1)本件訴訟は法律上の争訟といえるか。
(2)本件不合格処分は適法か。
(3)合格処分の義務付けの訴えが許されるか。
4争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(本件訴訟は法律上の争訟といえるか。)について
(原告の主張)
社労士試験の合格基準の策定に際しては,処分行政庁に一定の裁量権があ
るが,処分行政庁は,本件試験の合格基準の策定に際し,過去の社労士試験
において行った補正を適正に行っておらず,裁量権の公正な行使の確保,平
等原則,信頼性保護等を著しく欠くものである。
また,①委員会が試験水準の維持のために合格基準点の補正を行う際には,
個々の受験生の合否は不明であるにもかかわらず,合格基準点の補正を行っ
ているなど,本件合格基準の策定に際し,適切に合格基準点の補正の手続が
行われておらず,②科目別得点状況表というそれのみでは補正基準の適用の
必要性の有無,内容を決定することができない資料に基づいて得点調整の要
否を判断している。また,③本件合格基準の策定過程において,委員会事務
局と委員会委員との間で事前協議と持ち回り決裁が行われ,上記持ち回り決
裁の資料には,既に「第47回(平成27年度)社会保険労務士試験の合格
基準について」と題する書面が添付されているところ,同書面には連合会が
合格基準と受験者の解答データを照合した結果得られる合格率及び合格者数
の情報が記載されているから,上記持ち回り決裁の前に既に本件合格基準は
決定されており,試験水準の維持が考慮されていない。
さらに,本件合格基準は,社会的な情勢の変化や政治的意図という社労士
となるのに必要な知識及び能力の有無とは関係のない事柄が考慮されて本件
試験の合格率を大幅に低下させるために何らかの配慮が行われたものであり,
処分行政庁がした本件合格基準の策定には,裁量権の濫用がある。
このように,本件試験には手続に瑕疵があり,本件合格基準の策定に際し
て,社労士となるのに必要な知識及び能力の有無とは関係のない事柄が考慮
されたものであるところ,原告は,本件不合格処分を受けたものであるから,
法3条に規定される法的地位を違法に侵害されたものであり,また,本件訴
訟は,法令の適用により終局的に解決することができるものといえる。した
がって,本件訴訟は,法律上の争訟に当たる。
(被告の主張)
本件訴訟は,本件合格基準そのものの違法を主張しているものであるが,
社労士試験の合格基準は,社労士試験における合否の判断基準そのものであ
るところ,合否の判断基準をどのような方法でどのように設定するかは,学
問又は技術上の知識や能力,意見等の優劣,当否の判断を内容とする行為で
あり,社労士という国家資格について,どの程度の知識や能力を有する者に
その資格を認めるかという判断であって,その方法が法令で定められている
ようなものではなく,その判断は,性質上,処分行政庁の最終判断に委ねら
れるべきである。
また,本件合格基準の策定に際し,手続上の瑕疵はなく,また,処分行政
庁は,社労士となるのに必要な知識及び能力の有無とは関係のない事柄を考
慮していない。
したがって,本件訴訟は,裁判所が本件合格基準の当否等を審査し,具体
的に法令を適用して紛争を解決できる法律上の争訟には当たらない。
(2)争点(2)(本件不合格処分は適法か。)について
(被告の主張)
社労士は,労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成,提出手続の代行,
並びに労働及び社会保険に関する事項についての相談・指導等の業務を行う
社会的に重要な役割を担う士業であって,その業務に関する法令及び実務に
精通していなければならず,社労士試験は,このような法が定める各種業務
を遂行するのに必要な知識及び能力を有するかどうかを判定するための試験
である(法9条)。そして,処分行政庁は,「社会保険労務士となるのに必
要な知識及び能力」を有するかどうかを判定するための合格基準については,
原則的な合格基準点を定め,他方で,試験の性質上,各年度ごとの試験問題
に難易度の差が生じることは避けられないことから,試験の水準を一定に保
つため,各年度において,総得点及び各科目の平均点及び得点分布等の試験
結果を総合的に勘案して補正を行うこととしている。
また,法及び社会保険労務士法施行規則は,社労士試験の合格基準の決定
手続について何ら定めを置いていないから,いかなる手続により合格基準を
決定するかは,処分行政庁の専門的かつ技術的な裁量に委ねられているもの
と解される。処分行政庁は,社労士試験の合格基準及び合格者を決定するた
めに委員会を設置し,委員会において合格基準及び合格者を決定していると
ころ,本件試験においては,委員会は,持ち回り決議の方法によって,本件
合格基準を決定しており,その決定過程に何ら法律上の瑕疵は存在しない。
このように,本件合格基準は,当該年度の受験生の試験の結果を踏まえ,
「社会保険労務士となるのに必要な知識及び能力」を有するかどうかを適切
に判定するために,試験の水準を一定に保つという観点から,適正な手続を
経て適法に決定され,前提事実(5)のとおり本件不合格処分がされたものであ
って,本件不合格処分は,適法である。
なお,ある年度においてどのような補正を行うかは,試験水準を一定に保
つという観点から,当該年度の総得点,各科目の平均点及び得点分布等の試
験の結果を総合的に勘案して決せられるものであり,ある年度に設定された
補正基準が別の年度においても当然に妥当するものではないから,過去の社
労士試験に係る「考え方」によれば本件科目の合格基準点を補正すべきであ
るとしても,本件試験においてそのような補正をすべきとはいえない。
(原告の主張)
上記(1)(原告の主張)のとおり,処分行政庁は,本件試験において恣意的
で不合理な裁量権の行使をしており,①個々の受験生の合否は不明であるに
もかかわらず,合格基準点の補正を行っており,②科目別得点状況表という
それのみでは補正基準の適用の必要性の有無,内容を決定することができな
い資料に基づいて得点調整の要否を判断しており,③本件合格基準の策定過
程において,委員会事務局と委員会委員との間で事前協議と持ち回り決裁が
行われ,持ち回り決裁の前に既に本件合格基準は決定されているなど,委員
会の機能や本件合格基準の設定過程が極めて不透明であり,考慮された事実
に対する評価が明白に合理性を欠き,また,社会的な情勢の変化や政治的意
図という考慮されるべきではない事項が考慮されているから,合否判定の判
断過程に看過し難い過誤,欠落が存する。
そして,処分行政庁は,本件試験において本件科目について合格基準点の
補正を行わなかったが,平成18年,平成20年,平成22年,平成23年
及び平成25年の「考え方」における合格基準点を3点から2点に補正する
要件を満たしていること等から,本件科目の合格基準点を2点とし,原告を
合格処分とすべきである。
(3)争点(3)(合格処分の義務付けの訴えが許されるか。)について
(原告の主張)
原告は,処分行政庁が本件試験において,本件科目の合格基準点を2点に
補正すべきところ,これをしなかったため,本件不合格処分を受けたから,
本件不合格処分はこれを取り消すべきである上,処分行政庁に対し,本件試
験において原告を合格処分とすることの義務付けをすべきである。
(被告の主張)
本件訴えのうち,合格処分の義務付けを求める部分は,申請型の義務付け
の訴えであり,併合提起された本件不合格処分の取消請求が認容されること
が訴訟要件(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)であるところ,上記(2)
(被告の主張)のとおり,本件不合格処分は適法であって,取り消されるべ
きものには当たらないから,上記訴訟要件を欠き,不適法である。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件訴訟は法律上の争訟といえるか。)について
行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判
することのできる対象は,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」,すなわ
ち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,
かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。
かかる観点から国家試験の合否に係る処分の効力に関する訴訟をみると,当該
訴訟は,当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する訴訟であ
るとしても,その本質的な争点が法律の適用によって解決するに適さない学問
又は技術上の知識,能力,意見等の優劣,当否に関するものであり,その争点
に係る判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には,当該訴
訟は,「法律上の争訟」に当たらないというべきである(最高裁昭和41年2
月8日第三小法廷判決・民集20巻2号196頁,最高裁昭和56年4月7日
第三小法廷判決・民集35巻3号443頁,最高裁平成元年9月8日第二小法
廷判決・民集43巻8号889頁参照)。
しかるに,本件訴訟は,国家試験である社労士試験の合否に係る処分の効力
に関するものであって当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に
関するものであるところ,原告は本件合格基準の策定過程に違法がある旨,社
会的な情勢の変化や政治的意図という社労士となるのに必要な知識及び能力
の有無とは関係のない事柄が考慮された旨を主張するものであるから,上記の
学問又は技術上の知識,能力,意見等の優劣,当否を本質的な争点とし,その
争点に係る判断がその帰趨を左右する必要不可欠のものであるとはいえない。
したがって,本件訴訟は,法律上の争訟に当たるというべきである。
2争点(2)(本件不合格処分は適法か。)について
(1)法及び社会保険労務士法施行規則は,社労士試験の合格基準の決定手続
について何ら定めを置いていないから,いかなる手続によりいかなる合格基
準を決定するかは,処分行政庁の広範で専門的かつ技術的な裁量に委ねられ
ているものと解される。
これを本件合格基準についてみるに,前提事実(2)アのとおり,社労士試験
は,社労士になるのに必要な知識及び能力を有するかどうかを判定すること
を目的とする試験であるところ,前提事実(3),(4)のとおり,本件合格基準
は,処分行政庁が策定した「本件考え方」に基づいて策定されており,「本件
考え方」においては,本件試験の受験者の得点分布と前年度までの社労士試
験の平均点及び合格基準点を基礎に,本件試験の合格基準点を機械的に算出
し,なお科目別最低点の補正により各科目の最低点引下げを2科目以上行っ
たことにより,例年の合格率と比べおおむね10%を目安として高くなると
きは,合格基準点を1点足し上げるものとされていることが認められる。
以上によれば,本件合格基準の内容につき特段不合理な点はうかがわれな
いのであって,その策定に際し,処分行政庁が裁量権を濫用,逸脱したもの
とはいえず,本件合格基準は適法に策定されたものというべきである。
そして,原告に対する本件不合格処分は,このように適法に策定された本
件合格基準に前提事実(5)のとおり認められる原告の試験結果を当てはめた
ものであるから,本件不合格処分が適法であることは明らかである。
(2)アこれに対し,原告は,本件合格基準の策定過程に違法があり,本件試
験の手続に瑕疵がある旨,社会的な情勢の変化や政治的意図という社労士
となるのに必要な知識及び能力の有無とは関係のない事柄が考慮された
旨,平成27年度以前の社労士試験の合格基準に照らし,本件合格基準の
うち,本件科目の合格基準点を1点下げるべきである旨を主張する。
イしかし,上記(1)で判示したとおり,社労士試験において合格基準点を何
点とするかは,処分行政庁の広範で専門的かつ技術的な裁量に委ねられて
いるところ,「本件考え方」には本件試験以前に実施された社労士試験に係
る「考え方」が本件試験に適用されるとの記載はなく,かつ,これを定め
るかどうかや,本件合格基準のうち,本件科目の合格基準点を1点下げる
かどうかもまた,処分行政庁の広範で専門的かつ技術的な裁量に委ねられ
ているものと解される。
また,本件全証拠をもってしても,本件合格基準の策定に際し,社会的
な情勢の変化や政治的意図という社労士となるのに必要な知識及び能力の
有無とは関係のない事柄が考慮されたとは認められない。
したがって,これらの点に関する原告の上記主張は採用することができ
ない。
ウそして,原告が主張する本件合格基準の策定過程の違法は,そもそも主
張自体失当というべきである。
すなわち,原告は,本件合格基準の策定過程の違法事由として,具体的
には,①個々の受験生の合否は不明であるにもかかわらず,試験水準の維
持のために合格基準点の補正を行っている旨,②科目別得点状況表という
それのみでは補正基準の適用の必要性の有無,内容を決定することができ
ない資料に基づいて得点調整の要否を判断している旨,③持ち回り決裁の
前に既に本件合格基準が決定されている旨等を主張するが,原告の上記主
張は,以下検討するとおり,いずれも本件合格基準の策定過程を正解しな
いものにすぎず,採用することができない。
まず,合格基準は,受験生の得点分布に従って合格基準点を補正するな
どして決定される個々の受験生の合否を決めるための基準であるから,合
格基準を策定した後に個々の受験生の合否が決まるのは当然であり,合格
基準の補正を行う段階で,個々の受験生の合否は不明であることもまた当
然であって,個々の受験生の合否が決定する前に合格基準点の補正を行う
ことが誤りであるかのような原告の上記①の主張は,失当である。
また,前提事実(2)イ(イ)のとおり,得点状況表は,全受験者の科目ごと
の得点状況を取りまとめた表であるところ,前提事実(4)のとおり,本件合
格基準は,この表において明らかにされる得点分布と平成26年度までの
社労士試験の平均点及び合格基準点を「本件考え方」に当てはめることに
より,合格基準点の補正を経た本件合格基準がおおむね完成することは明
らかであり(ただし,科目別最低点の補正により各科目の最低点引下げを
2科目以上行ったことにより,例年の合格率と比べおおむね10%を目安
として高くなるときは,合格基準点を1点足し上げるとの「本件考え方」
2(1)③(前提事実(3)ア)の適用の有無を除くが,この規定の適用は,試
験実施機関である処分行政庁の裁量に委ねられるべきものであることは明
らかである。),得点状況表に基づいて得点調整の要否を判断することが
誤りであるかのような原告の上記②の主張は採用することができない。
さらに,前提事実(4)のとおり,委員会は,本件合格基準の策定に際し,
持ち回り決裁を行っているところ,前提事実(2)イ(ウ)及び証拠(乙9)に
よれば,この持ち回り決裁は,委員会事務局が作成した本件合格基準の案
文等を添付した書面を順次上位者に交付して決裁を得るものであって,持
ち回り決裁を経て初めて本件合格基準が決定され,それ以前に本件合格基
準が決定されているものではない。したがって,原告の上記③の主張は,
決裁制度を正解しないもので,採用することができない。
エその他原告が縷々主張するところをもってしても,前記判断を左右しな
い。
3争点(3)(合格処分の義務付けの訴えが許されるか。)について
本件訴えのうち,本件試験について原告を合格とする旨の処分の義務付けを
求める部分は,行政事件訴訟法3条6項2号所定のいわゆる申請型の処分の義
務付けの訴えであると解されるところ,同訴えは,法令に基づく申請を却下し
又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において,当該処分又は裁決が取
り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在であるときに限り,提起
することができるとされている(同法37条の3第1項2号)。
しかるに,前記2のとおり,本件不合格処分は適法であるから,本件訴えの
うち,本件試験について原告を合格とする旨の処分の義務付けを求める部分
は,同法37条の3第1項2号の要件を欠き,不適法である。
第4結論
よって,本件訴えのうち,本件試験について原告を合格とする旨の処分の義
務付けを求める部分は不適法であるから却下し,原告のその余の請求は理由が
ないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官林俊之
裁判官梶浦義嗣
裁判官高橋心平
(別紙2)
関係法令の定め
社会保険労務士法(以下「法」という。)
13条(資格)
(1)1項
次の各号の一に該当する者であつて,労働社会保険諸法令に関する厚生労
働省令で定める事務に従事した期間が通算して2年以上になるもの又は厚生
労働大臣がこれと同等以上の経験を有すると認めるものは,社会保険労務士
となる資格を有する。
一社会保険労務士試験に合格した者
二第11条の規定による社会保険労務士試験の免除科目が第9条に掲げる
試験科目の全部に及ぶ者
(2)2項
弁護士となる資格を有する者は,前項の規定にかかわらず,社会保険労務
士となる資格を有する。
29条(社会保険労務士試験)
社会保険労務士試験は,社会保険労務士となるのに必要な知識及び能力を有
するかどうかを判定することを目的とし,次に掲げる科目について行う。
(1)1号
労働基準法及び労働安全衛生法
(2)2号
労働者災害補償保険法
(3)3号
雇用保険法
(4)3号の2
労働保険の保険料の徴収等に関する法律
(5)4号
健康保険法
(6)5号
厚生年金保険法
(7)6号
国民年金法
(8)7号
労務管理その他の労働及び社会保険に関する一般常識
310条(試験の実施)
(1)1項
社会保険労務士試験は,毎年1回以上,厚生労働大臣が行なう。
(2)2項
厚生労働大臣は,社会保険労務士試験をつかさどらせるため,労働及び社
会保険に関し学識経験を有する者のうちから社会保険労務士試験委員を任命
するものとする。ただし,次条第1項の規定により全国社会保険労務士会連
合会に同項の試験事務を行わせることとした場合は,この限りでない。
410条の2
(1)1項
厚生労働大臣は,全国社会保険労務士会連合会(以下「連合会」という。)
に社会保険労務士試験の実施に関する事務(合格の決定に関する事務を除く。
以下「試験事務」という。)を行わせることができる。
(2)2項
厚生労働大臣は,前項の規定により連合会に試験事務を行わせる〔中略〕
場合には,厚生労働大臣は,試験事務を行わないものとする。
525条の41(試験委員)
(1)1項
連合会は,試験事務を行う場合において,社会保険労務士試験の問題の作
成及び採点を社会保険労務士試験委員(以下「試験委員」という。)に行わせ
なければならない。
(2)2項
連合会は,試験委員を選任しようとするときは,厚生労働省令で定める要
件を備える者のうちから選任しなければならない。
(3)3,4項
〔略〕
以上

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