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令和2年3月19日宣告
号道路交通法違反,電子計算機使用詐欺被告事件
判決
主文
被告人を懲役1年2月に処する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
本件公訴事実中,電子計算機使用詐欺の点については,被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,公安委員会の運転免許を受けないで,
第1平成29年8月17日午前零時25分頃,三重県x市ab丁目c番d号付近道路
において,普通貨物自動車を運転した
第2同年9月13日午後11時13分頃,同市e町d番g号付近道路において,前記
自動車を運転した
ものである。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
第1本件公訴事実の要旨
本件公訴事実(平成30年9月27日付け訴因変更請求書による変更後のもの)は,
判示第1の事実(公訴事実第1)及び判示第2の事実(公訴事実第3)のほか,「被告
人は,平成29年8月30日午後10時頃,名古屋市h区(住所省略)A社B1駅から
150円区間有効の乗車券を使用して同駅に入場して,同駅でA1線B7行き急行列車
に乗車し,A社B7駅でA2線B9行き普通列車に乗り換え,三重県y市(住所省略)
A社B8駅に到着した際,同日午後11時42分頃,必要な精算手続きを行わないまま,
A社B8駅がC社D8駅と共同利用しているC社D8駅の改札口に設置してある旅客
の乗車事実に関する事務処理に使用する電子計算機である自動改札機に対し,A社B6
駅からA社B8駅までの間の有効な定期券又はC社D9駅からC社D8駅までの間の
有効な定期券を投入し,自己がA社B6駅からA社B8駅までの間又はC社D9駅から
C社D8駅までの間から乗車してA社B8駅で下車するとの虚偽の情報を読み取らせ
て同自動改札機を開扉させることにより同改札口を通過して出場し,よって,A社B1
駅からA社B8駅までの正規運賃との差額790円の支払を免れ,もって虚偽の電磁的
記録を人の事務処理の用に供して財産上不法の利益を得た」(公訴事実第2)というも
のである。
第2争点等
1弁護人の主張
⑴公訴棄却について
弁護人は,本件公訴提起について,プライバシー権(憲法13条),思想,良心の自
由(憲法19条),集会,結社,言論の自由(憲法21条1項),私的領域に侵入され
ることのない権利(憲法35条)を侵害する違法な行政警察活動及び捜査(要旨,①捜
査機関は,甲団体の政治的弾圧又は情報収集を目的として,犯罪の発生とは無関係に,
遅くとも平成8年頃から長期間にわたって,多人数により,必要性,緊急性,相当性の
いずれも欠いているにもかかわらず,甲関係者の居宅や活動状況の監視,思想内容の調
査等を継続して行い,前記各権利を侵害した。②捜査機関は,前記目的のため,本件を
口実に,甲事務所とされる場所,甲関係者の身体や居宅等を対象とする広範な捜索を行
い,被疑事実との関連性も差押えの必要性もない甲の組織資料等を多数押収し,プライ
バシー権を侵害した。)の体裁を整えるための事後処理の一環としてなされたものにす
ぎず,同違法な捜査によって得られたとする軽微な犯罪事実をもって公判請求すること
は,起訴裁量を大きく逸脱し公訴権を濫用する違法な公訴提起であるから,公訴棄却さ
れるべきであると主張する。
⑵証拠排除について
弁護人は,前記⑴記載の捜査は全て違法な強制処分に該当し,行政警察活動ないし任
意捜査としても許容される余地はないから,同捜査によって得られた罪体に関する証拠
は全て違法収集証拠として排除されるべきであり,本件各公訴事実を立証する証拠は存
在しないから,被告人は無罪であると主張する。
⑶電子計算機使用詐欺罪の成否について
弁護人は,公訴事実第2につき,①いわゆるキセル乗車については,特別法としての
鉄道営業法29条で規制がなされている以上,電子計算機使用詐欺罪の適用は排除され
ている,②被告人がA社B1駅において150円の乗車券を購入した旨の証人乙1の供
述は信用できないから,公訴事実第2の証明はされていない,③被告人がC社D8駅の
自動改札機に定期券を投入した行為は「虚偽の電磁的記録」を供用したとはいえず,同
罪の構成要件に当たらないなどとして,無罪であると主張する。
2当裁判所の結論
当裁判所は,本件公訴提起に違法はなく,また,取調べ済みの各検察官請求証拠につ
いても排除すべき違法はないから,後記第3及び第6の1記載の各事実が認められ,被
告人が各無免許運転に及んだ事実(判示第1及び第2)及び被告人がA社B1駅からA
社B8駅までの正規運賃の一部の支払を免れた事実(以下「運賃免脱行為」ともいう。)
が認定できると判断したが,同運賃免脱行為については,被告人が「虚偽の電磁的記録」
を供用したとはいえず,電子計算機使用詐欺罪の構成要件には該当しないから,無罪で
あると判断した。以下,補足して説明する。
第3認定事実
1被告人について
⑴愛知県警察は,平成29年当時,被告人について,三重県に在住する甲関係者で
あると把握していた。
⑵被告人は,平成28年10月14日,運転免許取消処分を受け,平成29年8月
17日及び同年9月13日当時,運転免許を有していなかった。
2視察の実施状況等
⑴視察実施に至る経緯
愛知県警察本部警備部公安第三課(以下「公安第三課」という。)所属の事件係担当
課長補佐乙2警部(所属,役職及び階級はいずれも当時のものである。以下同じ。)は,
平成29年6月(以下,月又は月日のみを示すときは,同年の日付である。),指名手
配中の甲関係者がそれまで警察が把握していなかった活動拠点において検挙されたこ
とを契機として,愛知県内における甲の活動拠点及び甲関係者の居宅として把握してい
た居室のある「丙ビル」(名古屋市i区所在。以下「丙ビル」という。)を視察し,甲
関係者の集合や離散の状況を確認するとともに,未把握の甲活動拠点の探索を図ること
とした(以下の愛知県警察が実施した本件に関する行政警察活動及び捜査は,いずれも
乙2警部が直接の指揮を担当したものである。)。なお,公安第三課は,従前から,甲
関係者が月に1回から2回程度丙ビルに集合していることを把握しており,不定期に丙
ビルを視察することがあった。
⑵7月26日の視察
ア丙ビルの視察等
乙2警部は,従前把握していた甲関係者の丙ビルへの集合の頻度を勘案し,7月26
日に丙ビルの視察を実施することとし,事前に丙ビルの所在地を管轄する愛知県E警察
署(以下「E警察署」という。)の警備課長乙3に対し,視察実施に当たっての協力を
要請した。
同日午後6時30分頃,乙2警部指揮の下,公安第三課所属の乙1,E警察署所属の
乙4及び他の1名以上の警察官が丙ビルの出入口を目視で確認できる公道上にそれぞ
れ配置し,丙ビルの視察を開始した。同視察において,警察官が丙ビル内に立ち入るこ
と,丙ビルの室内を見ること及び録画機材を使用することはなかった。
同日の視察の実施中,乙2警部は,愛知県警察本部において,各警察官から視察の状
況の報告を受け,指示を出すなどした。また,公安第三課所属の事件係係長乙5は,同
所において,乙2警部の補助に当たった。
イ被告人の追尾等
被告人は,前記ア記載の乙1らによる視察開始後(7月26日午後6時30分頃
以降),丙ビル内に入り,同日午後11時頃丙ビルを出た後,C社D0駅構内の券売機
において170円の乗車券を購入し,同駅の自動改札機を通過した。乙1は,丙ビルを
出た被告人を追尾し,被告人の同行動を確認した。
被告人の同行動について報告を受けた乙2警部は,時間帯や被告人の当時の住居地
(三重県y市),過去に甲関係者による不正乗車事案を把握していたことなどを踏まえ
て,被告人が警察が把握していない甲の活動拠点に向かう,あるいはキセル乗車を行う
可能性があると考え,乙1に対し,被告人の行動確認を継続するように指示した。
被告人は,C社D0駅の自動改札機を通過して列車に乗車し,C社D1駅におい
て列車を乗り換えた後,C社D4駅で下車した。同駅で下車するまでの間,被告人が運
賃の精算をすることはなかった。
同下車後,被告人は,運賃の精算をすることも乗車券を取り出すこともないまま同駅
の改札を通過して出場し,徒歩でA社B4駅に移動して,同所に駐車してあった自動車
(軽四貨物自動車,三重480■▲▲▲▲。以下「被告人車両」という。)に乗り込ん
で運転を開始した。
乙1は,被告人と同じ列車に乗車するなどして被告人を追尾して行動を確認し,被告
人がキセル乗車をしたと判断した。追尾に当たって,録画機材は用いられなかった。
被告人が自動車の運転を開始した旨の報告を受けた乙2警部は,被告人の運転免許の
有無等について愛知県警察本部に照会し,無免許である旨の回答を得た。
3捜査の実施状況等
⑴共同捜査の申出
乙2警部は,7月26日に実施した視察の報告を踏まえて,被告人に無免許運転及び
キセル乗車の疑いがあると考え,これらを立件することとし,8月1日又は同月2日頃,
被告人の当時の住居地を管轄する三重県警察に対し,犯罪捜査共助規則に基づく共同捜
査を申し出た。三重県警察は,これを了承し,三重県内における被告人の自動車の運転
状況等の捜査を担当することとした。
⑵8月16日から同月17日にかけての丙ビルの視察,被告人の追尾等(公訴事実
第1[無免許運転]の関係)
ア丙ビルの視察,被告人の追尾等
公安第三課所属の乙6及び乙1等の警察官は,8月16日午後6時頃,丙ビルの出入
口を目視で確認できる公道上にそれぞれ配置し,丙ビルの視察を開始した。そのほか,
複数名の警察官が,丙ビルに出入りする者の識別のために配置した。同視察に当たって
は,ビデオカメラ等の録画機材が用意された。
被告人は,同日午後8時頃丙ビル内に入り,同日午後11時頃丙ビルを出た後,C社
D0駅において170円の乗車券を購入した。被告人は,同駅の自動改札機を通過した
後,C社D1駅で列車を乗り継ぎ,C社D4駅で下車した後,同月17日午前0時17
分頃,同駅の改札を通過して出場し,A社B4駅の方向に歩いて行った。
乙6は,被告人と同じ列車に乗車するなどして被告人を追尾して被告人の同行動を確
認し,被告人がA社B4駅に向かって歩いて行った旨を乙5に連絡した後,追尾を打ち
切った。
イA社B4駅における被告人の追尾等
乙5並びに愛知県警察本部警備部公安第二課所属の乙7,乙8及び乙9は,被告人が
無免許運転をした場合には,その状況をビデオカメラで撮影すること等を目的として,
8月16日午後6時頃,A社B4駅のロータリーに配置した。なお,乙5らは,被告人
の容貌及び被告人車両の車種,ナンバー等について,事前に確認して把握していた。
被告人は,同日午後7時25分頃,被告人車両を運転してA社B4駅のロータリー内
に進入し,停車場に駐車して下車した後,同駅券売機を経て自動改札機に向かった。乙
5は,被告人の同行動や被告人車両のナンバー等を確認し,それらをビデオカメラで撮
影するなどした。
被告人は,8月17日午前零時25分頃,再び同所に現れ,駐車してあった被告人車
両に乗り込んで運転を開始し,三重県x市ab丁目c番d号付近道路を走行した。同駅
付近に配置していた乙5らは,被告人を追尾していた乙6の報告を受け,被告人が被告
人車両に乗り込んで走り去る様子をビデオカメラで撮影した(同運転行為に係る乙5の
視認状況に疑問はなく,乙5の供述は信用できる。)。
ウ三重県y市内における被告人の追尾等
被告人は,その後も運転を継続し,8月17日午前2時頃,三重県y市内の交差点で
停車した後,約4.8キロメートルにわたって被告人車両を運転した。同交差点付近で
待機していた三重県警察本部警備企画課所属の乙10は,同区間にわたって被告人車両
を追尾した。
⑶8月30日の丙ビルの視察,被告人の追尾等(公訴事実第2[電子計算機使用詐
欺]の関係)
ア丙ビルの視察,被告人の追尾等
乙6及び乙1等の警察官は,8月30日午後6時頃,丙ビルの出入口を目視で確認で
きる公道上にそれぞれ配置し,丙ビルの視察を開始した。
被告人は,同日午後7時30分頃丙ビル内に入り,同日午後9時45分頃丙ビルを出
た後,F社G0駅で列車に乗車し,F社G1駅で下車した。その後,被告人は,A社B
1駅(名古屋市i区(住所省略)所在)まで移動すると,同日午後10時頃,同駅改札
付近の自動券売機で乗車券を購入し,同駅自動改札機に乗車券を投入して入場した。被
告人は,A1線B7駅行き急行列車に乗車した後,A社B7駅において,A2線B9駅
行き普通列車に乗り換え,A社B8駅(三重県y市(住所省略)所在)で下車し,同日
午後11時42分頃,同駅がC社D8駅と共同利用するC社D8駅が管理する自動改札
機(以下「C社D8駅の自動改札機」ともいう。)に,定期券程度の大きさのカード様
のものを投入して通過し,同自動改札機から排出された同カード様のものを受け取って
出場した。出場するまでの間,被告人が新たに乗車券を購入したり,あるいは運賃の精
算手続きをすることはなかった。
乙1は,被告人と同じ列車に乗るなどして,被告人がC社D8駅の自動改札機から出
場するまで追尾し,被告人が同駅近くの自宅に帰宅するのを確認して追尾を打ち切っ
た。
イA社B4駅における警察官の配置等
乙5,乙7,公安第三課所属の乙11及び乙9は,被告人が無免許運転をした場合に
は,その状況をビデオカメラで撮影すること等を目的として,8月30日,A社B4駅
に配置していたが,同駅に被告人は現れなかった。
⑷9月13日から同月14日にかけての丙ビルの視察,被告人の追尾等(公訴事実
第3[無免許運転]の関係)
ア丙ビルの視察,被告人の追尾等
乙6,乙4等の警察官は,9月13日午後9時頃までに,丙ビルの出入口を目視で確
認できる公道上に順次配置し,視察を開始した。
被告人は,同日午後8時頃丙ビル内に入り,同日午後9時50分頃丙ビルを出た後,
F社G0駅から列車を乗り継ぎ,A社B1駅及びA社B3駅を経由して,A社B5駅で
下車し,同日午後11時頃,同駅の自動改札機を通過して出場した。
乙6は,被告人と同じ列車に乗るなどして被告人の同移動を追尾した。
イA社B5駅付近における被告人の追尾等
乙5,乙7,乙9及び乙11は,被告人が無免許運転をした場合には,その状況をビ
デオカメラで撮影すること等を目的として,9月13日午後6時頃,A社B4駅に配置
した。同人らは,同日午後8時30分頃,乙2警部の指示を受けて,被告人車両の検索
を開始し,A社B5駅付近のコンビニエンスストアの駐車場に駐車してある被告人車両
を発見し,その南方の高架下に配置して待機した。
被告人は,同日午後11時13分頃,同駐車場に現れ,被告人車両に乗り込んで運転
を開始し,三重県x市e町d番g号付近道路を走行した。前記高架下で待機していた乙
11は,被告人が被告人車両に乗り込んで走り去る様子をビデオカメラで撮影した(同
運転行為に係る乙11の視認状況に疑問はなく,乙11の供述は信用できる。)。
ウ三重県y市内における被告人の追尾等
被告人は,その後も運転を継続し,9月14日午前0時45分頃,三重県y市内の交
差点に停車した後,約4.8キロメートルにわたって走行した。同交差点付近で待機し
ていた乙10は,同区間にわたって被告人車両を追尾した。
⑸捜索及び差押え
ア乙3は,10月23日付け各捜索差押許可状請求書及び差押許可状請求書(犯罪
事実は,いずれも,要旨,「被疑者は,甲団体丁委員会の活動家であるが,その組織的
な活動のため,①8月17日午前零時25分頃,三重県x市内の道路において,普通貨
物自動車を無免許運転した(道路交通法違反),②9月13日午後11時13分頃,同
市内の道路において,普通貨物自動車を無免許運転した(道路交通法違反),③運賃の
支払を免れようと企て,8月30日,A社B1駅から150円区間有効の乗車券を使用
して,同駅に入場し,A1線B7行き急行列車に乗車し,B7駅でA2線B9行き普通
列車に乗り換え,A社B8駅に到着し,同日午後11時42分頃,C社D8駅の改札口
に設置してある自動改札機に対し,虚偽の電磁的記録であるA社B6駅からA社B8駅
までを有効区間とする定期券を投入して同自動改札機を通過して出場し,正規運賃との
差額670円相当の財産上不法の利益を得た(電子計算機使用詐欺)」というものであ
る。)により,名古屋簡易裁判所裁判官から別紙1の1及び1の2の内容の捜索差押許
可状7通及び差押許可状1通の発付を受け,10月25日,各許可状に基づいて捜索差
押え及び差押えをそれぞれ実施し,別紙2各押収品目録交付書記載の物件を差し押さえ
た。
イ愛知県警察所属の警察官は,10月25日,前記ア記載の犯罪事実と同旨の被疑
事実により被告人を通常逮捕し,その逮捕の現場において,被告人の身体及び携行品を
捜索し,定期券2枚(いずれも有効期間を8月21日から1か月とし,A社B6駅から
A社B8駅までを有効区間とするもの[以下「A社定期券」という。]及びC社D9駅
からC社D8駅までを有効区間とするもの[以下「C社定期券」という。])を含む別
紙3押収品目録交付書記載の物件を差し押さえた。
ウ前記各捜索において発見された定期券は,A社定期券,C社定期券及び他の1枚
の定期券(有効期間を4月7日から1か月とし,有効区間をC社D9駅からC社D8駅
までとするもの)の合計3枚のみであった。
第4公訴棄却及び証拠排除の主張について
1公訴棄却の主張について
⑴行政警察活動としての視察,追尾等について
乙2警部が述べる7月当時の状況,愛知県警察が把握していた甲に係る情報等を前提
とした場合,警察が公共の安全と秩序の維持を責務とすることに照らし(警察法2条1
項),愛知県警察において,一定の行政警察活動を実施する必要があると判断したこと
自体に不合理はない。
そして,前記第3の2⑵記載のとおり,7月26日に実施された視察活動は,公道上
において,丙ビルの出入口やその周辺等を視察し,出入りする甲関係者と把握していた
者の容貌の識別,特定を行い,あるいは,三重県y市在住でありながら,C社D0駅で
170円の乗車券を購入して列車に乗車した被告人について,駅や列車内等の公の場所
において,一定の距離を保って追尾したにすぎず,視察や追尾においてビデオカメラ等
による撮影は行われていない上,日を連続して行われたものでもない。
以上によれば,7月26日の丙ビルの視察,被告人の追尾等は,行政警察活動として
許容される相当な範囲にとどまるものであり,強制処分には該当せず,違法はない。
⑵捜査としての視察,追尾等について
前記⑴記載のとおり,7月26日に実施された行政警察活動としての視察,追尾等に
違法はない。そして,同追尾等により,被告人につき,前記第3の2⑵イ記載の事実
を把握したのであるから,愛知県警察において,被告人に無免許運転及びキセル乗車の
疑いがあると判断したことに不合理はなく,必要かつ相当な範囲で任意捜査をすること
が許容される(刑訴法197条1項本文)。
そして,視察や追尾等が行われた各日(8月16日から同月17日にかけて,同月3
0日,9月13日から同月14日にかけて)は,いずれも,愛知県警察において,被告
人が丙ビルを訪れる可能性があると把握していたのであるから,丙ビルへの往復のため
に被告人が無免許運転やキセル乗車に及ぶ可能性があるとして,視察や追尾等が必要で
あると判断したことに不合理はない。
以上を前提に,前記各日の視察,追尾等について,それぞれ検討する。
ア8月16日から同月17日にかけての丙ビルの視察,被告人の追尾等について
(公訴事実第1[無免許運転]の関係)
視察,追尾等の態様は,前記第3の3⑵で認定したとおりである。丙ビルの視察は,
公道上から同ビル出入口を視察するにとどまっており,丙ビル内への立入りや室内の状
況の確認まではされていない。丙ビルを出た後の被告人の追尾も,駅や列車内などの公
の場所において,一定の距離を保ってされたものである。
また,被告人車両の撮影,追尾(前記第3の3⑵イ及びウ)は,被告人の運転行為や
その前後の行動を証拠化するためにされたものであるところ,いずれも駅や公道上にお
いてされたものにすぎず,長時間にわたるものでもない。
また,愛知県警察は,被告人の運転行為前後の行動を証拠化するため,被告人の行動
を記録した防犯カメラ映像の解析,精査を行っているところ,同解析,精査の対象とさ
れた防犯カメラは,愛知県警察による捜査とは無関係に駅構内に設置されたものであ
り,記録された映像の内容も,駅構内における被告人の行動を記録したものにすぎない。
以上によれば,8月16日から同月17日にかけて行われた丙ビルの視察,被告人の
追尾,ビデオカメラによる撮影及び防犯カメラ映像の解析,精査は,いずれも任意捜査
として許容される相当な範囲を逸脱したものとはいえず,違法はない。
イ8月30日の丙ビルの視察,被告人の追尾等について(公訴事実第2[電子計算
機使用詐欺]の関係)
視察,追尾等の態様は,前記第3の3⑶で認定したとおりである。丙ビルの視察は,
公道上から同ビル出入口を視察するにとどまっており,丙ビル内への立入りや室内の状
況の確認まではされていない。丙ビルを出た後の被告人の追尾も,駅や列車内などの公
の場所において,一定の距離を保ってされたものである。
また,愛知県警察は,被告人のキセル乗車を疑わせる行為(前記第3の3⑶ア)につ
き,前後の足取りを含めて証拠化するため,各駅における被告人の行動を記録した防犯
カメラ映像の解析,精査を行っているところ,同解析,精査の対象とされた防犯カメラ
は,愛知県警察による捜査とは無関係に駅に設置されたものであり,記録された映像の
内容も,各駅における被告人の行動を記録したものにすぎない。
以上によれば,8月30日に行われた丙ビルの視察,被告人の追尾及び防犯カメラ映
像の解析,精査は,いずれも任意捜査として許容される相当な範囲を逸脱したものとは
いえず,違法はない。
ウ9月13日から同月14日にかけての丙ビルの視察,被告人の追尾等について
(公訴事実第3[無免許運転]の関係)
視察,追尾等の態様は,前記第3の3⑷で認定したとおりである。丙ビルの視察は,
公道上から同ビル出入口を視察するにとどまっており,丙ビル内への立入りや室内の状
況の確認まではされていない。丙ビルを出た後の被告人の追尾も,駅や列車内などの公
の場所において,一定の距離を保ってされたものである。
また,被告人車両の撮影,追尾(前記第3の3⑷イ及びウ)は,被告人の運転行為や
その前後の行動を証拠化するためにされたものであるところ,被告人車両が駐車された
コンビニエンスストアの駐車場や公道上においてされたものにすぎず,長時間にわたる
ものでもない。
また,愛知県警察は,被告人の運転行為前の行動を証拠化するため,被告人の行動を
記録した防犯カメラ映像の解析,精査を行っているところ,同解析,精査の対象とされ
た防犯カメラは,愛知県警察による捜査とは無関係に駅やコンビニエンスストアに設置
されたものであり,記録された映像の内容も,駅やコンビニエンスストアにおける被告
人の行動,コンビニエンスストア周辺における被告人車両の運転状況を記録したものに
すぎない。
以上によれば,9月13日から同月14日にかけて行われた丙ビルの視察,被告人の
追尾,ビデオカメラによる撮影及び防犯カメラ映像の解析,精査は,いずれも任意捜査
として許容される相当な範囲を逸脱したものとはいえず,違法はない。
⑶捜索及び差押えについて
前記第3の3⑸記載の捜索及び差押えについては,愛知県警察が捜査段階において想
定していた被疑事実の内容(同⑸記載の犯罪事実の要旨参照),予想される証拠関係に
照らして,愛知県警察が一定の範囲で捜索及び差押えを実施する必要があると判断した
こと自体に不合理はない。
そして,同被疑事実に基づき実施された捜索及び差押えのうち,逮捕の現場で実施さ
れたもの以外のものは,いずれも,乙3が名古屋簡易裁判所裁判官に対してその許可状
を請求し,同裁判官が発付した各許可状に基づいて,各許可状において差し押さえるべ
き物として掲げられたものの範囲内で実施されたものと認められる(同⑸ア,別紙1の
1,同1の2及び同2参照)。捜査機関に令状主義を潜脱する意図があったとは認めら
れず,検察官の起訴裁量の逸脱・濫用を基礎付けるべき違法はない。
また,逮捕の現場で実施された捜索差押えについてみても,差し押さえられた物は,
いずれも,前記各許可状により差し押さえるべき物として認められたものの範囲に含ま
れるものであり(同⑸イ,別紙3参照),少なくとも捜索差押え当時の判断として同被
疑事実との関連性を否定することはできないから,検察官の起訴裁量の逸脱・濫用を基
礎付けるべき違法はない。
⑴その他の弁護人の主張について
その他,弁護人は,7月25日以前のものを含めて,警察が甲関係者の行動の監視や
思想内容の調査等を行ってきたことの違法を主張するが,それらは,本件に直接関係す
る行政警察活動及び捜査に違法がある場合に,捜査機関の主観的意図を推認させるもの
にすぎず,前記のとおり,本件に直接関係する行政警察活動及び捜査に違法がない以上,
前提を欠くものである。
⑸結論
以上のとおり,本件に直接関係する行政警察活動及び捜査につき,検察官の起訴裁量
の逸脱・濫用を基礎付けるべき違法はない。
また,本件の罪質や被告人が無免許運転による罰金前科2犯(平成28年及び平成2
9年のもの)を有すること等を考慮すれば,本件が事案軽微で起訴価値が乏しいとは到
底いえない。
本件公訴提起に起訴裁量を逸脱・濫用した違法はなく,公訴棄却を求める弁護人の主
張は理由がない。
2証拠排除の主張について
前記1記載のとおり,本件に直接関係する行政警察活動及び捜査に違法はなく,同捜
査によって得られた証拠について排除すべき理由はない。
第5道路交通法違反(無免許運転)の成否について(公訴事実第1及び第3の関係)
前記第3の1⑵,3⑵イ及び⑷ウ記載の各事実によれば,被告人が,無免許で,①8
月17日午前零時25分頃,三重県x市ab丁目c番d号付近道路で被告人車両を運転
した事実及び②9月13日午後11時13分頃,同市e町d番g号付近道路で被告人車
両を運転した事実がそれぞれ認められるから,判示第1及び第2の各無免許運転の事実
を認定した。
第6電子計算機使用詐欺罪の成否について(公訴事実第2の関係)
1被告人による運賃免脱行為の有無
⑴前記第3の3⑶ア記載のとおり,関係各証拠によれば,被告人が,8月30日,
丙ビルを出た後,①同日午後10時頃,A社B1駅改札付近の自動券売機において乗車
券を購入し,同駅の自動改札機に乗車券を投入して入場したこと,②A1線B7駅行き
急行列車に乗車し,A社B7駅において,A2線B9駅行き普通列車に乗り換えた後,
A社B8駅において下車したこと,③同日午後11時42分頃,同駅から出場する際,
C社D8駅の自動改札機(同駅がA社B8駅と共同使用するもの)に定期券程度の大き
さのカード様のものを投入して通過し,同自動改札機から排出された同カード様のもの
を受け取り,出場したこと,④A社B1駅に入場してからA社B8駅で出場するまでの
間,運賃の精算手続きや他の乗車券の購入をしていないことがそれぞれ認められる。
⑵そこで,被告人がA社B1駅において購入した乗車券の金額を検討するに,被告
人の8月30日の行動を記録した同駅の防犯カメラ映像や同駅の自動券売機を撮影し
た写真,同防犯カメラ映像を解析した乙6及び乙11の各供述によれば,同自動券売機
の画面の向かって左下の部分には「切符を買う」とのボタンが表示されており,同ボタ
ンを押すと乗車券の金額が表示される画面に移動し,同移動後の画面の向かって左上の
部分には,(最低額である)「150円」の乗車券を購入するためのボタンが表示され
ること,被告人は,同日午後10時頃,同自動券売機の画面の向かって左下の部分を押
した後,左上の部分を押して乗車券を購入したことがそれぞれ認められる。
また,同日被告人を追尾した乙1は,被告人がA社B1駅で購入した乗車券について,
「被告人が乗車券を購入した直後の画面を確認したところ,自動券売機の画面に,購入
金額150円,投入金額200円,釣銭50円との表示があった。」と具体的に供述し
ているところ,同供述は,前記各証拠により認められる被告人の自動券売機利用時の行
動とよく整合している。加えて,乙1は,同日の追尾を始めるまでに,被告人のキセル
乗車の疑いを把握していたのであるから(前記第3の,同自動券売機の画面
の確認は意識的になされたものと認められ,乙1の供述の信用性に疑問はない。
弁護人は,被告人がA社B1駅で乗車券を購入する様子を記録した防犯カメラ映像に
乙1が映っていないことを指摘して,被告人が150円の乗車券を購入した旨の乙1の
供述は信用できないと主張するが,乙1は,乗車券を購入する被告人を目撃した際,数
メートルから十メートル程度の距離を保っていた旨述べながらも,距離については感覚
により特定したにすぎないとしており,場面によって,乙1が防犯カメラ映像に映し出
されないことは十分あり得るから,弁護人の指摘は乙1の供述の信用性を左右しない。
そして,被告人が同乗車券購入直後にA社B1駅の自動改札機から入場する際に使用
した乗車券については,乙11の供述及び同入場時の被告人の行動を映した防犯カメラ
映像の写真によれば,直前に購入した150円の乗車券であると合理的に推認でき,こ
れを否定すべき事情は見当たらない。
⑶被告人が前記⑴③の出場の際に使用した定期券程度の大きさのカード様のもの
については,その形状に加えて,被告人がこれを使用してC社D8駅の自動改札機を通
過して出場した事実に照らして,定期券であったと合理的に推認できる。そして,被告
人の身体,住居,被告人車両等に対する捜索において発見された定期券のうち,8月3
0日当時有効であったものは,A社定期券及びC社定期券のみであるから(前記第3の
3⑸。),被告人が同日当時所持していた有効な定期券は,A社定期券及びC社定期券
のみであったと合理的に推認でき,これを否定すべき事情は見当たらない。
そして,そのいずれを使用しても,同日にC社D8駅の自動改札機を通過することが
できたのであるから(後記2⑴イ),被告人が前記⑴③の出場の際に使用した定期券は,
A社定期券又はC社定期券のいずれかであったと認められる。
⑷以上によれば,被告人が,8月30日午後10時頃,A社B1駅で150円の乗
車券を使用して同駅に入場し,その後,前記⑴記載の乗り継ぎを経て,A社B8駅にお
いて下車した後,同日午後11時42分頃,C社D8駅の自動改札機にA社定期券又は
C社定期券のいずれかを投入して同自動改札機を通過し,出場した事実が認められる。
そして,A社の社員である証人戊1の供述によれば,A社B1駅からA社B8駅まで
乗車する場合(乗車料金1260円),A社B1駅から150円の乗車券で乗車できる
のはA社B2駅までであり,A社定期券(有効区間はA社B6駅からA社B8駅まで)
を併用しても,別途必要となるA社B1駅からA社B6駅までの運賃(940円)に7
90円不足することが認められる。
そうすると,前記出場時,被告人は,不足する運賃790円について精算する必要が
あったと認められるが,その精算をすることなく,A社定期券又はC社定期券を使用し
てC社D8駅の自動改札機を通過して出場したのであるから,正規運賃との差額790
円の支払を免れた(運賃免脱行為を行った)と認められる。
そこで,同運賃免脱行為につき,電子計算機使用詐欺罪が成立するか否かを検討する。
2電子計算機使用詐欺罪の成否
⑴認定事実
アA社の自動改札機のシステムについて
システムH
A社の一部の自動改札機には,正当な運賃を収受するとともに,磁気定期券と乗車券
を併用したキセル乗車を防止するため,「システムH」と称するシステムが導入されて
いる(以下,同システムが導入された自動改札機を「システムH導入改札機」といい,
同システムが導入されていない自動改札機を「システムH未導入改札機」という。)。
システムH導入改札機は,A社の名古屋統括部管内の駅(A社B10駅以東)につい
ては,A社B1駅からA社B7駅までの間の駅(一部を除く。)等に設置されているが,
8月30日当時,A社B8駅には設置されていなかった。
システムH導入改札機における入出場等
磁気定期券を使用してシステムH導入改札機から入場する場合,投入された磁気定期
券が有効期間内であるか否か,磁気定期券の有効区間内に入場駅が含まれるか否かが入
場の許否の判定の対象となる。これらが正当であれば,システムH導入改札機からの入
場が可能となり,その際,投入した磁気定期券に入場情報(旅客の入場駅及び入場時刻。
以下同じ)が記録される。
磁気定期券を使用してシステムH導入改札機から出場する場合,投入された磁気定期
券が有効期間内であるか否か,磁気定期券の有効区間内に出場駅が含まれるか否かに加
えて,磁気定期券に正当な入場情報が記録されているか否かが出場の許否の判定の対象
となる。すなわち,磁気定期券が有効期間内で,有効区間内に出場駅が含まれており,
かつ,正当な入場情報が記録されていれば,システムH導入改札機から出場することが
できるが(その際,入場情報は消去され,出場に係る情報が記録される。),入場情報
が記録されていない場合や,記録されていてもそれが正当なものでない場合には,シス
テムH導入改札機から出場することはできない(ただし,磁気定期券の有効区間内にシ
ステムH未導入改札機が設置された駅が含まれる場合は,後記のとおり,システムH未
導入改札機に入場情報を記録する機能がないことから,同駅から入場する旅客の便宜の
ため,入場情報が記録されていない磁気定期券であっても,例外的にシステムH導入改
札機から出場することができる。)。
システムH未導入改札機における入出場等
磁気定期券を使用してシステムH未導入改札機から入場する場合,投入された磁気定
期券が有効期間内であるか否か,磁気定期券の有効区間内に入場駅が含まれるか否かが
入場の許否の判定の対象となり,これらが正当であれば,システムH未導入改札機から
の入場が可能となる。この場合,投入した磁気定期券に入場情報は記録されない。磁気
定期券を使用してシステムH未導入改札機から出場する場合,投入された磁気定期券が
有効期間内であるか否か,磁気定期券の有効区間内に出場駅が含まれるか否かが出場の
許否の判定の対象となり,これらが正当であれば,有効な磁気定期券と判定され,出場
が可能となる。
このように,システムH未導入改札機の出場の許否の判定において,入場情報が用い
られることはなく,その具体的な内容が読み取られることもないため,投入した磁気定
期券に入場情報が記録されていなくても,同磁気定期券が有効期間内であり,かつ,同
磁気定期券の有効区間内に出場駅が含まれている限り,出場することができる。
なお,入場時に,システムH導入改札機に磁気定期券を投入して同磁気定期券に入場
情報が記録されていた場合には,システムH未導入改札機に同磁気定期券を投入して出
場する際に,同システムH未導入改札機において入場情報が消去される。これは,次回
の入場に支障を生じさせないために,入場情報を機械的に消去するものであり,出場の
許否の判定において同入場情報が用いられることはない。
イA社B8駅及びC社D8駅が管理する自動改札機のシステムについて
A社B8駅及びC社D8駅はいわゆる共同利用駅であり,乗車券売場は各別に設けら
れているが,A社とC社が同一の改札口を共同で利用している(以下,両駅を区別しな
い場合,単に「B8D8駅」という。)。そのため,A社B8駅が管理する自動改札機
については,C社の乗車券(定期券を含む。)が使用できる旨設定されており,C社D
8駅が管理する自動改札機については,A社の乗車券(定期券を含む。)が使用できる
旨設定されている。
8月30日当時,A社B8駅が管理する自動改札機は,システムH未導入改札機であ
り,出場の許否の判定において入場情報が用いられることはなく,その具体的な内容が
読み取られることもなかったため,磁気定期券の有効期間と有効区間が正当であれば,
入場情報が記録されていなくても,そのまま出場することが可能であった。
また,同日当時,C社D8駅が管理する自動改札機は,旅客の利便性や周辺に無人駅
が多いこと等を考慮して,A社B8駅が管理する自動改札機と同様の設定がされてお
り,出場の許否の判定において入場情報は用いられていなかった。したがって,A社又
はC社の磁気定期券を使用してC社D8駅が管理する自動改札機から出場する場合,投
入された磁気定期券が有効期間内であり,かつ,磁気定期券の有効区間内にB8D8駅
が含まれている限り,入場情報が記録されていなくても,そのまま同自動改札機を通過
して出場することが可能であった。
⑵検討
アまず,弁護人は,キセル乗車につき,特別法である鉄道営業法29条により規制
されているから,刑法246条の2後段(電子計算機使用詐欺罪)の適用は排除されて
いる旨主張するが,両法条は構成要件を全く異にするものであり,特別法と一般法の関
係にあるとはいえず,同主張は採用できない。
そして,同条後段にいう「財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録」とは,
電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的
に照らし,その内容が真実に反する情報をいうものと解するのが相当であり(同条前段
の「虚偽の情報」の意義について判示した東京高裁平成5年6月
29日判決参照),電磁的記録それ自体が不正に作出又は改変されたものに限られると
する弁護人の主張も採用できない(なお,同条前段の電子計算機使用詐欺について判示
した最高裁平成18年2月14日第一小法廷決定・刑集60巻2号165頁参照)。
イその上で検討すると,前記1記載のとおり,被告人は,A社B1駅において,1
50円の乗車券を自動改札機(システムH導入改札機)に投入して入場したが,A社B
8駅で下車した後,電子計算機であるC社D8駅の自動改札機を通過して出場する際,
同自動改札機に対し,電磁的記録であるA社定期券(A社B6駅からA社B8駅までを
有効区間とするもの)又はC社定期券(C社D9駅からC社D8駅までを有効区間とす
るもの)のいずれかを投入し,その改札事務処理の用に供したと認められる。
ここで,被告人が投入したA社定期券又はC社定期券に記録された各有効区間内に
は,実際に被告人が入場した駅(A社B1駅)は含まれておらず,この点を捉えて,被
告人が投入したA社定期券又はC社定期券に真実に反する情報が含まれていたといえ
るかどうかが問題となる。
しかし,前記⑴イ記載の事実によれば,8月30日当時,C社D8駅の自動改札機に
よる磁気定期券の改札事務処理(具体的には,磁気定期券を投入した旅客の出場の許否
の判定)の対象となっていたのは,①投入された磁気定期券が有効期間内であるか否か,
②磁気定期券の有効区間内に出場駅であるB8D8駅が含まれるか否かの2点のみで
あり,入場情報(磁気定期券を投入した旅客の入場駅及び入場時刻)は,その対象とな
っていなかったとみるほかない。
したがって,8月30日当時,実際に被告人が入場した駅に係る情報は,C社D8駅
の自動改札機を使用する事務処理システムにおいて予定されている改札事務処理の対
象にはなっていなかったというほかなく,いずれも同日当時有効であり(前記①),か
つ,有効区間内に出場駅であるB8D8駅が含まれていた(前記②)A社定期券及びC
社定期券につき,真実に反する情報が含まれていたとは認められない。
⑶検察官の主張について
アこれに対し,検察官は,①乗車駅と下車駅との間で正当な乗車がされたか否かや
未払い運賃の有無を確認して出場の可否を判断することは,自動改札システムにおいて
予定されている事務処理の目的である,②磁気定期券を下車駅の自動改札機に投入した
場合,同自動改札機は,同磁気定期券の券面に記載された区間内から乗車したことを前
提として出場の可否を判断すると主張して,被告人がA社定期券又はC社定期券をC社
D8駅の自動改札機に投入した行為は,真実は,被告人がA社B1駅から乗車したにも
かかわらず,「A社B6駅からA社B8駅までの間又はC社D9駅からC社D8駅まで
の間の駅から乗車した」という真実に反する情報を同自動改札機に読み取らせる行為に
他ならず,虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供したことは明らかであると主張す
る。
しかしながら,前記①の主張については,C社D8駅の自動改札機を使用する事務処
理システムにおいて,入場情報が改札事務処理の対象となっておらず,したがって,乗
車駅において正当な乗車がされたか否かや未払い運賃の有無を確認して出場の可否を
判断することが,同事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的とはいえ
ないことは,前記⑵イで説示したとおりである。前記②の主張についても,C社D8駅
の自動改札機において入場情報を出場の許否の判定に用いない以上,検察官の主張は前
提を欠くものである。
この点,検察官は,A社の社員である証人戊2の供述を援用して,全ての自動改札機
において有効適切な区間の乗車券による有効適切な乗車か否かを判断することが事務
処理の目的に含まれている旨主張するが,同証人は,C社D8駅の自動改札機と設定を
同じくするA社B8駅の自動改札機につき,「入場情報は出場の許否の判定に使わない」
旨繰り返し述べている上,検察官から「実際には定期区間内の駅から入場していないの
に,定期券を使用して出場するという乗車方法は,有効適切な乗車券による有効適切な
乗車か否かを判断する,そういう自動改札機の目的機能を阻害する行為になるのか。」
と問われたのに対し,「お客さまの申告によってどこから乗ったというのが判明します
ので,機械的には券面区間内の駅から乗ったということしか確認しておりませんので,
それが判断材料になるというのは,ちょっと言いすぎになると思う。」とも述べており,
同証人の供述全体を通してみると,入場情報がB8D8駅の自動改札機における事務処
理の対象に含まれていない旨供述していることは明らかである。なお,同証人は,検察
官の「今,最後に言った例につきましても,これは定期区間内で乗ってるということを
前提としてるという理解でよろしいですか。」との質問に対し,これを肯定する回答を
しているが,同回答は,同証人の供述全体を通してみれば,B8D8駅の自動改札機に
おける具体的な事務処理の内容に言及したものではなく,一般論として,A社において,
旅客が定期券を適切に使用することを前提としている旨述べたにすぎないと解され
る。)。
結局のところ,検察官は,C社D8駅の自動改札機における個別具体的な事務処理の
内容を捨象し,自動改札システムの一般的抽象的な目的を論拠として(前記①),C社
D8駅の自動改札機が読み取りの対象としておらず,かつ,同自動改札機における出場
の許否の判定に用いられることのない(すなわち,財産権の得喪,変更に係るものでは
ない)入場情報を事務処理の対象として措定し(前記②),A社定期券又はC社定期券
が「財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録」に該当すると主張する趣旨で
あると解される。
しかし,このような個別具体的な事務処理の内容を捨象した解釈は,刑法246条の
2後段の「財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録」の外縁をおよそ不明確
にし,処罰の範囲を不当に拡大するおそれがあるものというほかなく,採用し得ない。
そもそも,電子計算機使用詐欺罪が新設された趣旨は,電子計算機がいわば人に代わっ
て自動的に各種の財産権の得喪,変更の事務を処理している場面において,虚偽の電磁
的記録を人の事務処理の用に供すること等により財産上不法の利益を得る行為を,詐欺
利得罪に匹敵するものとして新たに処罰の対象とすることにあり,電子計算機の不正利
用による不法利得行為一般ではなく,財産権の得喪,変更の事務が電磁的記録に基づい
て自動的に処理される場面における不法利得行為に処罰の対象を限定していること,ま
た,刑法246条の2が「財産権の得喪若しくは変更に係る」との文言を用いた趣旨(単
に「関する」ではなく「係る」との文言が用いられた趣旨)は,電磁的記録の作出,供
用と事実上の財産権の得喪,変更の効果の間の直接的あるいは必然的な連関を表現する
ためであることなどに照らせば(米澤慶治編「刑法等一部改正法の解説」[昭和63年
9月20日発行,立花書房]113,115,118頁参照),電子計算機による事務
処理において読み取りの対象とされておらず,財産権の得喪,変更の効果との間に何ら
の連関(因果関係)を有しない情報について,これを電子計算機による事務処理の対象
とみることは許されないというべきである。
イまた,検察官は,回数券(下車駅を含む一定の有効区間が定められたもの)の有
効区間外の駅から乗車券を使用して入場した後,下車駅において入場情報が記録されて
いない同回数券を自動改札機に投入して出場したキセル乗車の事案について,電子計算
機使用詐欺罪の成立を認めた裁判例(東京高裁平成2年10月3
0日判決)を援用し,本件についても同罪の成立が認められると主張する。
しかし,同裁判例が是認する原審(東京地裁平成2第3121号同24年6
月25日判決)は,①下車駅に設置された自動改札機は,通常,投入された回数券の入
場情報を読み取り,有効区間内の駅の自動改札機においてエンコードされた入場情報を
出場の許否の判定対象としていること,②例外的に,回数券の有効区間内に自動改札機
未設置駅がある場合に限り,同駅から乗車した旅客の利便性等を考慮し,入場情報がな
くとも出場を許しているにすぎないこと,③その場合,投入された回数券に入場情報の
エンコードがないことが,有効区間内の自動改札機未設置駅における入場情報に代わる
ものとして扱われており,この点では,下車駅の自動改札機が入場情報又はこれに代わ
る情報を問題にしているといえること等を前提に,回数券の有効区間外の駅から入場し
た旅客が入場情報のエンコードがない同回数券を下車駅の自動改札機に投入した行為
につき,実質的には,下車駅の自動改札機に対し,同回数券の有効区間内の自動改札機
未設置駅から入場したとの入場情報を読み取らせる行為と評価できるとして,電子計算
機使用詐欺罪の成立を認めたものである。
これに対し,C社D8駅の自動改札機は,前記⑴イ記載のとおり,8月30日当時,
出場の許否の判定において入場情報をおよそ問題としていなかったのであるから,本件
と前記裁判例が事案を異にしていることは明らかであり,検察官の主張は採用すること
ができない。
3結論
以上によれば,前記1記載の被告人の運賃免脱行為については,被告人がC社D8駅
の自動改札機に対して「財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録」を供用し
たとはいえず,刑法246条の2後段の構成要件に該当しないから,刑訴法336条に
より,公訴事実第2につき被告人に対して無罪の言渡しをする。
(法令の適用)(略)
(量刑の理由)
被告人は,平成28年9月に無免許運転(免許効力停止中の運転)により罰金刑に処
せられ,同年10月に免許取消処分を受けたにもかかわらず,平成29年4月にも無免
許運転により罰金刑に処せられ,さらに,同年中に再び判示第1及び第2の各無免許運
転に及んだのであるから,無免許運転に対する常習性は否定し難く,交通法規に対する
規範意識の薄さは顕著である。
他方で,前記各罰金前科以外にはみるべき前科がないこと,無免許運転について公判
請求に至ったのは今回が初めてであることなどを考慮すると,被告人に対しては,主文
の刑を定めた上で,その執行を猶予するのが相当である。
(求刑懲役2年)
令和2年3月23日
名古屋地方裁判所刑事第6部
裁判長裁判官田邊三保子
裁判官岩田澄江
裁判官小山大輔
別紙1の1,1の2,2,3省略

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