弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 被告は,原告aに対し,3897万9642円及びこれに対する平成12年5
月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告bに対し,1948万9821円及びこれに対する平成12年5
月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告cに対し,1948万9821円及びこれに対する平成12年5
月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告の負担
とする。
6 この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告a(以下「a」という。)に対し,5246万6054円及びこ
れに対する平成11年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2 被告は,原告b(以下「b」という。)に対し,2556万8527円及びこ
れに対する平成11年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3 被告は,原告c(以下「c」という。)に対し,2556万8527円及びこ
れに対する平成11年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
第2 事案の概要
 本件は,被告が開設する病院のd医師(以下「d」という。)が亡e(以下
「e」という。)を診察した際,必要な検査を怠って急性心筋梗塞を見逃し,適切
な治療措置を講じなかったことによりeが死亡したとして,eの相続人である原告
らが,被告に対し,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償の支払を求める事案で
ある。
1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
aは,eの妻であり,b及びcはeの子であり,原告らがeの相続人のすべてであ
る(甲B4の1,2)。
被告は,f整形外科病院(以下「被告病院」という。)を開設しており,dは,被
告の代表者であるとともに被告病院の院長でもある(乙A4)。被告病院は,平成
11年4月1日から平成12年3月31日までの間,東京都により,指定診療科目
を整形外科単科とした二次救急医療機関として指定がなされていた(乙B5の
1)。
(2) eが死亡するに至った経緯
ア eの年齢,職業
eは,昭和21年9月4日生まれで,平成11年9月30日死亡した。eは,死亡
当時,製版業を営む有限会社g(以下「g」という。)の代表者を務めていた(b
本人)。
イ 被告病院での治療
(ア) eは,平成11年9月29日午後3時前に,取引先である東京都豊島区h所
在の株式会社i(以下「i」という。)の事務所において,打ち合わせ中に嘔吐
し,左肩部の激痛を訴えた(甲B6,b本人)。
eは,平成11年9月29日午後3時30分ころ,救急車により被告病院へと搬送
され,被告病院との間で,eの症状の診断,治療についての診療契約(以下「本件
診療契約」という。)が締結された。
(イ) dは,搬送されてきたeについて,頚椎と左肩のX線検査を行った後,eに
痛み止め等の注射をし,飲み薬と座薬を処方した。
eは,診察後,薬を受け取り,乗用車で帰宅した。
ウ eの死亡(甲A3(枝番を含む。以下同じく枝番がある書証については枝番を
含む。))
eは,平成11年9月30日午前0時ころ,「うっ」という唸り声を上げて目を開
き,意識を失ったため,救急車が呼ばれ,j病院に搬送された。そして,緊急手術
が行われたが,eは,同日午前1時46分死亡した。
(3) eの解剖結果(甲A3)
eについては,平成11年9月30日,k医務院において,l医師執刀による行政
解剖が行われた。その結果,eの死因は,急性心筋梗塞(前壁中隔)による心破裂
であるとされた。
2 争点
 (1) 本件診療契約に基づく被告の義務違反の有無及び義務違反についての過失の
有無
(原告らの主張)
ア eは,平成11年9月29日午後3時ころ,激しい肩部痛・胸部痛・背部痛や
悪寒を訴え,大量の発汗,嘔吐,呼吸困難などの症状を示したため,救急車で被告
病院に搬送された。そして,eの前記各症状は被告病院においても続いており,d
は,救急隊からの情報や実際にeを診察したことにより,eが激しい肩部痛・胸部
痛・背部痛を訴えるとともに,前記各症状を示していることを認識していた。
イ そのような状況においては,dは,医師として,eの前記各症状が心筋梗塞に
起因するものではないかと疑うべきであった。しかし,dは,心電図検査すら行わ
ず,X線検査のみにより,漫然とeを肩関節周囲炎と診断した。そして,dは,痛
み止め等の投薬等をしただけで診療を終え,eを帰宅させた。その後,dによる診
察を受けてからわずか半日後の同月30日午前1時46分,eは,心筋梗塞により
死亡した。
ウ 上記の経過からすると,本件診療契約について,被告の履行補助者であるd
は,eの訴えや症状から,心筋梗塞等の内臓疾患を疑い,心電図検査等を行う義務
があったにもかかわらず,医師として当然疑うべき心筋梗塞を見過ごし,eに対
し,他の病院へ移送する等の適切な医療処置を施さなかったのであるから,被告に
は,本件診療契約の債務不履行責任がある。
(被告の反論)
ア eが被告病院へ搬送される前の救急隊からの連絡は,肩を痛がり,嘔吐した患
者がいるが,被告病院に搬送してもよいかというものであって,その時点で,eに
大量の発汗,胸部痛,背部痛,悪寒,呼吸困難等の症状は認められなかった。
もしそれらの症状のいくつかがあったとすれば,経験豊かな救急隊が午後3時とい
う,どの病院も診療活動を行っている時間帯に,わざわざ近くの内科病院に行か
ず,被告病院を選択するはずがない。eは,肩関節周囲炎で通院加療中であり,そ
の痛みが潜在的に存在したため,胸部痛も,背部痛も肩の痛みと感じそのように救
急隊に訴えたと思われる。また,呼吸困難があれば,救急車内で酸素吸入を行うは
ずであるが,eは,酸素マスクをつけることなく被告病院に到着した。
イ eが被告病院の外来に到着すると同時に,dは,待合室に出ていってeを問診
し,肩の痛みであることを確認した。dは,肩の痛みが強く突発的であることよ
り,石灰沈着性肩関節周囲炎をまず疑うとともに,頚椎椎間板ヘルニアの可能性も
考え,肩関節と頚椎のX線検査の指示を出した。X線写真ができあがると同時に,
eは,歩いて診察室に入り診察を受けた。
dは,肩関節に関節周囲炎特有の拘縮がみられる一方,X線写真の所見では肩関節
に石灰沈着がみられなかったことから,石灰沈着性肩関節周囲炎の可能性は除去
し,単純な肩関節周囲炎との判断を一応下した。
さらに,頚椎椎間板ヘルニアの可能性もあったので,dは,e及び付添人に対し,
頚椎椎間板ヘルニアの可能性もあるが,それを確定するにはMRI検査が必要であ
ること,MRI検査は台の上で30分くらい静かにしていなくてはならないので今
は無理かもしれないことを告げた。また,dは,eらに対し,頚椎椎間板ヘルニア
の急性期には肩から切り落として欲しいと訴える位の激しい痛みがあることもあ
り,そのようなときは首からチューブを入れて麻酔する持続硬膜外ブロックが有効
であるが,その治療には入院が必要であることなども告げたが,eらからは何の返
事もなかった。
肩関節周囲炎や頚椎椎間板ヘルニアは,保存療法が原則であり,痛みが強い場合は
入院加療が必要になるが,一般的には通院加療が行われる。本件においても入院を
勧めたが,同意を得られない以上,強制的に入院させる必然性までは認められなか
った。そこで,dは,eに対し,関節注射,三角巾固定,投薬等の肩関節周囲炎に
対する治療を行って,eを帰宅させた。
ウ eは,dに対し,肩の痛みを訴えたのみであり,心筋梗塞を疑わせる訴えや大
量の発汗などの症状はなかった。そして,dは,eの訴えに応じて適切な診察及び
治療を行ったものであり,dひいては被告には過失はない。
 (2) 損害
(原告らの主張)
ア eの死亡による損害
(ア) 診察費            7万0340円
(イ) 逸失利益        5820万3768円
eが死亡する前年である平成10年のeの年収は840万円であり,eは死亡時満
53歳であった。そこで,生活費控除率を30パーセントとして計算すると,eの
逸失利益は,840万円×(1-0.3)×9.8986(就労可能年数14年に
見合うライプニッツ係数)=5820万3768円となる。
(ウ) 慰謝料         2600万円
イ aの損害
(ア) 葬儀費用         132万9000円
(イ) a固有の慰謝料   400万円
eは,死亡時まだ53歳であり,夫を失い生活の基盤を失ったaの精神的損害を慰
謝するための相当額は400万円である
ウ bの損害
b固有の慰謝料   200万円
bはeの子であり,父親を失ったbの精神的損害を慰謝するための相当額は200
万円である。
エ cの損害
c固有の慰謝料   200万円
cはeの子であり,父親を失ったcの精神的損害を慰謝するための相当額は200
万円である。
オ 相続関係
eの損害額は合計で8427万4108円であり,これをaが4213万7054
円,b及びcが各2106万8527円ずつ相続した。
カ 弁護士費用       1000万円
原告らは,原告ら訴訟代理人に対し,本件訴訟に関する弁護士費用として,日本弁
護士連合会報酬基準に基づき,合計1000万円を支払う旨約し,aが500万
円,b及びcが各250万円の割合で負担することとした。
キ よって,原告らは,被告に対し,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償とし
て,aが5246万6054円,b及びcが各2556万8527円,並びに各金
員に対するeの死亡日である平成11年9月30日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の反論)
原告らの主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
(1) 前記前提事実,証拠(甲A3,B2,B6,B9,乙A1からA4まで,B1
からB4まで,鑑定の結果,b本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実が認められる。
ア eの既往症
eは,糖尿病・高血圧の既往症があり,投薬等の治療を行っていた。また,本件の
1か月前ころから,左肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)により,近所の接骨院で治
療していたが,理学療法のみであり,あまり通院していなかった。
イ 被告病院での治療までの経過
(ア) eは,平成11年9月27日朝,起床後にうっという唸り声を上げ,胸が締
め付けられるような症状があったが,病院等には行かなかった。
(イ) eは,平成11年9月29日,普段どおり出勤したが,iで打ち合わせ中の
同日午後3時前に,気分が悪くなり,1回嘔吐するとともに,左肩の激痛を訴えた
ため,救急車が呼ばれた。
そして,同日午後3時10分ころ,救急車が到着し,その救急車には,知らせを受
けて駆けつけたbも同乗した。
(ウ) eは,救急隊に対し,1か月位前から左肩の痛みがあり,会社近くの接骨院
で五十肩と言われていたこと,仕事中に急に肩の痛みが激しくなったことなどを伝
えた。
救急隊は,eの観察結果(意識が清明で,呼吸が毎分24回,脈拍が毎分72回で
あった。)及びeの申告に基づき,救急現場から最も近い整形外科である被告病院
に搬送することとした。
そして,救急隊は,被告病院に対し,eの観察結果及びeの申告内容を伝え,受け
入れ可能との回答を得た上で,eを被告病院に搬送した。
被告病院に搬送された時の,eの状態は,意識が清明で,呼吸が毎分18回,脈拍
が毎分63回であって,酸素マスクはつけていなかった。
ウ 被告病院での治療
(ア) eは,同日午後3時30分ころ,ストレッチャーに横たわったまま,bに付
き添われて,被告病院に到着した。
dは,待合室に出ていって,eの肩を触診し,左肩から左上肢にかけての激痛か
ら,石灰沈着性肩関節周囲炎の他に,頚椎椎間板ヘルニアの可能性も考え,肩と頚
椎のX線検査の指示を出した。
そして,eは,X線検査を受け,座った状態で診察の順番を待っていた。
(イ) X線写真ができあがると,eは歩いて診察室に入り,bも立ち会って,dに
よる診察を受けた。
診察の際,eの意識は,はっきりしており,dの問診に対し,1か月位前から五十
肩で診察を受けていたことなどについて,eが自ら答えた。
診察の結果,dは,eには,左肩を中心として,左肩から左上肢に放散する激痛が
あり,発汗の症状もあることを確認した。また,dは,救急隊の通報により,eが
嘔吐したことも知っていた。
(ウ) dは,肩関節に中程度の関節拘縮がみられることなどから,eに肩関節周囲
炎(いわゆる五十肩)があることは確かであると判断した。
しかし,X線写真の所見では,左肩関節に石灰の沈着が見られなかったことから,
肩関節周囲炎の中でも,突発的な激痛を生じることがある石灰沈着性肩関節周囲炎
ではないと判断した。
その上で,dは,突発的に肩の激痛が生じる疾患で,石灰沈着性肩関節周囲炎以外
に可能性があるものとして,頚椎椎間板ヘルニアの可能性を考えた。
しかし,X線写真の所見,スパーリングテスト(椎間孔圧迫テスト。頚椎を患側に
屈曲させ,患側の肩や腕に疼痛が増強・出現するかを観察するテスト)によって
も,頚椎椎間板ヘルニアであると断定できず,神経学的にも異常がないことから,
カルテには,頚椎椎間板ヘルニアより広い診断名として,頚椎椎間板症と記載し
た。
(エ) dは,eに対し,肩関節周囲炎の治療として,ハリソン(関節の動きを改善
する薬)・プロカイン(局所麻酔剤)・ケナコルト(関節の炎症をとる薬)を左肩
に関節注射し,左肩を三角巾で固定した。
また,dは,飲み薬として,ロキソマリン(痛み止め薬)・ニコラーゼ(炎症をと
る薬)・AM散(胃薬)を,座薬として,ボルタレン(痛み止め薬)を処方した。
(オ) 診察が終わるとき,bが,dに対し,もう帰ってよいのか確認したところ,
dは,痛むようなら来週来院するようにと指示した。
エ 被告病院での治療後の状況
(ア) eは,乗用車に乗り,iの社員が届けてくれた眼鏡をgで受け取ってから,
帰宅した。その間,eは,乗用車の後部座席でぐったりしており,眼鏡も同乗して
いたgの社員に取りに行ってもらった。
(イ) eの左肩の痛みの状況は,被告病院での治療の前後でほとんど変わらず,帰
宅して飲み薬を服用した後も,痛みを訴え続け,アイスノンで背部を冷やすなどし
ていた。
同日午後7時ころ,aが帰宅したが,eは,胸から肩にかけて発熱しており,あま
りの激痛に,aに対し,「肩を切り落として欲しい。」と述べるなどしていた。
(ウ) そのうち,同日午後10時ころ,eは,いつもかく大きないびきをかいて眠
り始めた。
そして,翌日午前0時ころ,eは,「うっ」という唸り声を上げて,目を開き意識
を失ったため,救急車でj病院に搬送されたが,同日午前1時46分死亡した。
オ 急性心筋梗塞について(甲B2,B9,鑑定の結果)
(ア) 急性心筋梗塞の症状
前胸部にかきむしられるような激しい痛み,又は締め付けられるような痛みが安静
時や軽労作時に突然出現する。また,背部や心窩部に痛みを訴えることもある。下
壁梗塞では,悪心・嘔吐が主症状のことがあり,老人や糖尿病患者では,呼吸困難
で発症することがある。
冷汗,顔面蒼白,四肢冷感,悪心,嘔吐などのショック症状を伴うことが多く,精
神的に不安状態に陥ることが多い。また,左心機能低下による呼吸困難などの心不
全症状も伴う。
(イ) 急性心筋梗塞の診断
大部分の急性心筋梗塞は自覚症状,心電図所見(不整脈,ST上昇等),血液検査
結果(心筋逸脱酵素上昇等)から容易に診断される。以上の所見がすべてそろって
いなくても2つあれば,心筋梗塞と考えてよい。中には,診断の判定に困ることが
あり,疑いが強い場合には集中治療室に収容することが望ましい。
(ウ) 急性心筋梗塞の治療
a 急性心筋梗塞又はその疑いがある場合には,集中治療室に収容する。移送の前
に,血管確保,酸素吸入,鎮痛剤・鎮静剤投与等を行う。不整脈,心不全,ショッ
クを伴っていれば,これに対する基本的治療を行った後,呼吸状態,血圧,脈拍な
どのバイタルサインが比較的安定したところで移送を開始する。
b 急性心筋梗塞に対しては,集中治療室において,血栓溶解薬や経皮的冠動脈形
成術等による再灌流療法などが行われる。
カ 頚椎椎間板ヘルニアについて(乙B2からB4まで,被告代表者)
(ア) 頚椎椎間板ヘルニアの症状
頚椎椎間板ヘルニアは,小外傷又は不良姿勢の後などに,頚・肩・腕に急性の激痛
が生じさせることが多い。また,頚部の運動に伴う上肢への放散痛,しびれ感を伴
う。
(イ) 頚椎椎間板ヘルニアの診断
頚椎椎間板ヘルニアは,自覚症状の観察やスパーリングテストなどに加えて,X線
検査,MRI検査,CT検査,脊髄造影(ミエログラフィー)などにより診断され
る。また,X線写真では正常像であっても,MRI検査により頚椎椎間板ヘルニア
が発見される場合がある。
(ウ) 頚椎椎間板ヘルニアの治療
頚椎椎間板ヘルニアについては,保存的療法が基本であり,その他に,硬膜外ブロ
ック療法や手術的療法も存在する。
キ eの急性心筋梗塞の発症時期及び死亡に至る経過(甲A3,B9,鑑定の結
果)
(ア) eの剖検所見,事実経過に照らすと,eは,平成11年9月29日午後3時
前に肩部痛が生じた時点で,急性心筋梗塞を発症していた蓋然性が極めて高い。2
日前の同月27日朝の胸部痛は,心筋梗塞発症前の不安定狭心症であったと考えら
れる。   
(イ) eは,平成11年9月29日午後3時前,急性心筋梗塞を発症した後,冠動
脈閉塞による心筋壊死が進行し,心内圧による負担に耐えられなくなり,翌日午前
0時ころ,心破裂を起こして,死に至ったと推認される。
2 判断
(1) 争点(1)(本件診療契約に基づく被告の義務違反の有無及び義務違反について
の過失の有無)について
前記前提事実,同認定事実,証拠(各認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨
に基づき,上記争点について検討する。
ア 前記認定事実によれば,dは,少なくとも,eは突発的な左肩から左上肢へか
けての強い放散痛を訴え,発汗・嘔吐の症状を示していたことを認識していたこと
が認められる。
なお,原告らは,eは肩部のみでなく胸部・背部の痛みも訴えており,呼吸困難や
大量の発汗などの症状を示していたと主張し,それに副うbの陳述書(甲B6)及
び供述(b本人)が存在する。しかし,前記認定事実及び証拠(乙A3,A4,b
本人,被告代表者)によれば,eが救急車で搬送された時点において,eの意識は
清明で,呼吸・脈拍も正常な範囲であったこと,救急隊は,eの観察結果及び申告
内容から判断して,eを内科ではなく整形外科に搬送したこと,dがeを診察した
ときも,eの意識は清明で,dの問診に対し自ら答えていたこと,bは,dの関心
がeの左肩に限られていることを認識しながら,あえて胸部や背部の痛みを訴えた
りはしていないことなどが認められることからすれば,eが明確に胸部・背部の痛
みを訴え,呼吸困難の症状を示していたとまでは認められない。
また,dは,eから,肩関節周囲炎で治療中であることは告げられたが,急性心筋
梗塞にとってハイリスクである糖尿病・高血圧の既往症や本件の2日前である平成
11年9月27日朝に胸が締め付けられるような症状があったことを告げられてい
ないことも認められる(前記認定事実,乙A4,被告代表者)。
そして,eが示していた嘔吐・発汗という症状は,急性心筋梗塞に特有な症状では
なく,激痛が生じた場合などに一般的に見られる症状である(乙A4,被告代表
者)。また,eが示した肩から上肢にかけての突発的な放散痛という症状は,急性
心筋梗塞のみでなく,頚椎椎間板ヘルニアにも合致する症状である(前記認定事
実)。したがって,dが認識し得た前記アのeの症状や告知内容に照らすと,eに
ついて,まず第一に急性心筋梗塞を疑うような状況であったとまではいえない。
イ しかし,dは,eの症状に該当する整形外科の病気としては,石灰沈着性肩関
節周囲炎と頚椎椎間板ヘルニア以外には考えられないところ(被告代表者),石灰
沈着性肩関節周囲炎はX線検査の結果否定され,頚椎椎間板ヘルニアについても,
X線検査及びスパーリングテストでは頚椎椎間板ヘルニアであることを窺わせるよ
うな結果は出ず,したがって,頚椎椎間板症という病名を付することしかできなか
った(前記認定事実)にもかかわらず,その治療によっても症状の消失しないeを
そのまま帰宅させたものである(前記前提事実及び認定事実,b本人)。
一般に,診療契約上,医師は常に確定的な診断をすべきものであるとまではいえな
いが,本件において,eは,突発的な激痛を発症して被告病院に救急車で搬入され
たものであり,eを症状の消失しないまま帰宅させるのであれば,被告としては,
生命に関わるような重大な疾患ではないと断定できるだけの十分な検査をしたうえ
で,確実な診断を下すべき本件診療契約上の義務を負っていたものというべきであ
る。
そして,急性心筋梗塞の患者が肩部痛と感じて整形外科を受診することはまれでは
なく,さらに,eの示していた左肩から左上肢に放散する激痛という症状は,急性
心筋梗塞に比較的典型的な症状である(甲B9,鑑定の結果)ことから考えると,
整形外科医であるd(本件診療契約の被告の履行補助者)としても,同医師の実施
した検査結果からは,eの症状に該当する整形外科の病気であるとの診断がつかな
い以上,整形外科の病気以外の病気,すなわち,急性心筋梗塞の可能性も疑ってみ
るべきであり,被告病院において少なくとも心電図検査は可能であった(被告代表
者)のであるから,心電図検査を実施すべきであったというべきである。
また,dがX線検査及びスパーリングテストの結果にもかかわらず,なお頚椎椎間
板ヘルニアの可能性が高いと判断したのであれば,dの検査の結果からは頚椎椎間
板ヘルニアであることを窺わせるものは何もないのであるから,その診断に必要な
MRI検査を実施すべきであり,被告病院にはMRI検査に必要な装置がなければ
(被告代表者),同装置を備えた他の病院にeのMRI検査を依頼すべきであった
というべきである(eが被告病院に搬入されたときの状態では,約30分間の静止
が必要なMRI検査は困難であったとしても,その後のeの行動から考えて,痛み
止め等の治療によってMRI検査を受けられる状態にはなったものと推認され
る。)。
dがeについて心電図検査を実施していれば,急性心筋梗塞であることが判明した
ものと推認されるし,MRI検査を依頼しても,頚椎椎間板ヘルニアの診断がつか
なければ,やはり急性心筋梗塞を疑って心電図検査を実施し,急性心筋梗塞である
ことが判明したものと推認され(前記認定事実,甲B9,被告代表者),dがeに
ついて,急性心筋梗塞と診断し,eを集中治療室のある病院に移送していれば,適
切な治療を施すことができ,eは,8割から9割の確率で死を免れた可能性がある
と認められる(前記認定事実,甲B9,鑑定の結果)。
したがって,dがeについて,十分な検査をせず,確実な診断を下すことなくeを
帰宅させたことは,被告として本件診療契約上の義務を履行しなかったもの,すな
わち債務不履行に該当するものというべきであり,d(履行補助者)ひいては被告
の過失を否定することはできない。
また,前記のとおり,eは,被告の債務不履行がなければ,死を免れた可能性が極
めて高く,eが意識を喪失したのは,dの診察の約8時間後であることを考慮する
と,被告の債務不履行とeの死亡との間には相当因果関係が認められるので,被告
は,eの死亡の結果について,損害賠償義務を負うものというべきである。
なお,eは,dによる診察の際,肩関節周囲炎で治療中であることは告げたが,急
性心筋梗塞にとってハイリスクである糖尿病・高血圧の既往症や本件の2日前の朝
に胸が締め付けられるような症状があったことを告げていないことは前記のとおり
であるが,eが自分の症状と心臓疾患との関連性に気付き,自主的にそのような既
往症の告知をすることを期待することはできず,このことは,慰謝料の算定の際に
考慮される事情とはなることはあっても,過失相殺の対象となる過失とまでは認め
られない。
(2) 争点(2)(損害)について
ア eの死亡による損害
(ア) 診察費(甲C1)      7万0340円
(イ) 逸失利益       4988万8944円
eが死亡する前年である平成10年のeの年収は840万円であり(甲C2),e
は,死亡時満53歳であった(前記認定事実)。生活費控除率は40パーセントが
相当と認められるので,これを前提に計算すると,eの逸失利益は,840万円×
(1-0.4)×9.8986(就労可能年数14年に見合うライプニッツ係数)
=4988万8944円となる。
(ウ) 慰謝料        2200万円
本件事案の性質,eの年齢・家族環境等を考慮すれば,死亡による慰謝料は,22
00万円とするのが相当である。
(エ) 弁護士費用
弁護士費用は,eの死亡と相当因果関係のある損害が,本件訴訟提起によって顕在
化したものとして,eの死亡による損害と同視でき,原告らの主張も,e自身の損
害として請求する趣旨を含むと解することができる。
そして,本件事案の内容,本判決による認容額等の諸般の事情に照らせば,弁護士
費用は,600万円が相当である。
(オ) 合計損害額      7795万9284円
イ 相続関係
aは,eの死亡により,eの損害賠償請求権を3897万9642円,b及びcは
いずれも1948万9821円ずつ相続した。
ウ 固有の慰謝料及び葬儀費用
本件診療契約の当事者でない原告らが,被告の債務不履行により固有の慰謝料請求
権を取得すると解することはできず,同様に,aが出捐した葬儀費用について,同
原告が固有の損害賠償請求権を取得すると解することもできないので,原告らのこ
れらの請求は認められない。
エ 遅延損害金について
本件診療契約の債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であるか
ら,被告の原告らに対する損害賠償債務は,本件訴状の送達日の翌日である平成1
2年5月26日から履行遅滞に陥ったものと認められる。
3 結論
よって,原告らの各請求は,aにつき3897万9642円,b及びcにつき各1
948万9821円,並びに各金員に対する平成12年5月26日から各支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるか
らこれを認容し,その余は理由がないからいずれも棄却し,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事30部
      裁判長裁判官 福田 剛久
         裁判官 新谷 晋司
         裁判官 馬場 俊宏

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弁護士 求人 採用
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激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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