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平成15年(行ケ)第105号 特許取消決定取消請求事件(平成16年10月2
5日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   株式会社デンソー
       訴訟代理人弁理士   碓 氷 裕 彦
同          加 藤 大 登
同  伊 藤 高 順
       被      告   特許庁長官 小川 洋
       指定代理人      岡 田 孝 博 
       同大 元 修 二
同高 木   進
       同          北 川 清 伸
       同          林   栄 二
       同大 橋 信 彦      
       同          伊 藤 三 男
          主           文
      特許庁が異議2002-70779号事件について平成15年2月4
日にした決定を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「内燃機関用スパークプラグ」とする特許第3211820
号発明(平成11年12月3日特許出願,優先権主張平成10年12月4日及び平
成11年9月22日〔以下「本件優先日」という。〕,平成13年7月19日設定
登録。以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
 本件特許につき,平成14年3月25日,特許異議の申立てがされ,異議2
002-70779号事件として特許庁に係属した。原告は,同年11月12日,
本件特許出願の願書に添付した明細書の訂正請求をしたが,特許庁は,平成15年
2月4日,「訂正を認める。特許第3211820号の請求項1ないし4に係る特
許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。
 2 平成14年11月12日付け訂正請求書に添付した訂正明細書(以下「本件
訂正明細書」という。)の特許請求の範囲に記載の発明(以下の各請求項に記載の
各発明を順に「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)の要旨
  【請求項1】 基部と該基部の径よりも小なる径小部よりなる中心電極と,
   前記中心電極の周囲を覆い,該中心電極を保持する絶縁碍子と,
   前記絶縁碍子を保持する取付金具と,
    一端が前記取付金具に固定されるとともに,他端が前記中心電極の先端面
とにより,第1放電ギャップを形成する第1接地電極と,
    一端が前記取付金具に固定されるとともに,他端が前記中心電極の側面と
により,第2放電ギャップを形成する第2接地電極とからなり,
    前記第2接地電極の先端面が前記絶縁碍子の先端部外径よりも大きい径の
外側に位置しており,前記第1放電ギャップをA,前記絶縁碍子と前記第2接地電
極との最短距離をB,前記取付金具の端面から前記絶縁碍子の端面までの軸方向距
離をC,前記絶縁碍子の端面から前記中心電極の端面までの軸方向距離をH,前記
取付金具の端面から前記第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離をL1,前記
絶縁碍子の端面と前記第2接地電極の端面の前記取付金具側角部との絶縁碍子の端
面より突出した場合を+とした時の軸方向距離をFとした時,
    0.7mm≦A≦1.3mm
    0.3mm≦B≦A-0.1mm
    1.0mm≦C≦4.0mm
    0.5mm≦H≦3.0mm
    1.0mm≦L1≦C+0.5mm
    -1.0mm≦F≦+0.5mm
   であるとともに,最も前記絶縁碍子の端面に近い絶縁碍子内に内在する前記
中心電極の前記径小部の起点が前記絶縁碍子の端面よりも0.1~0.8mmだけ
内側に有し,さらに前記絶縁碍子の先端部における径方向厚さをDとした時,B+
D≧Aであることを特徴とする内燃機関用スパークプラグ。
  【請求項2】 前記絶縁碍子の先端近傍は,前記絶縁碍子の基部よりも径小で
あるとともに,略同一径を有する細径部を有し,該細径部の起点から前記第2接地
電極の端面までの最短軸方向長さEは,
    E≧B+0.1mm
   であることを特徴とする請求項1記載の内燃機関用スパークプラグ。
  【請求項3】 前記第1放電ギャップを形成する前記第1接地電極及び前記中
心電極の少なくとも一方には,貴金属部材を有することを特徴とする請求項1乃至
2のいずれか1項記載の内燃機関用スパークプラグ。
  【請求項4】 前記貴金属部材は,PtやIrの貴金属またはPtやIrを主
成分とする合金であることを特徴とする請求項3記載の内燃機関用スパークプラ
グ。
 3 決定の理由
 (1) 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1ないし4は,特開平
9-199260号公報(甲4,以下「引用刊行物」という。)の段落【006
2】,【0063】の記載,図7及び【図面の簡単な説明】中の【符号の説明】に
基づいて認められる発明(以下「引用図7発明」という。)に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1ないし4の特許は,特
許法29条2項の規定に違反してされたものであり,特許法113条2号に該当
し,取り消されるべきであるとした。
 (2) なお,決定は,上記(1)の判断に当たり,本件発明1と引用図7発明とを対
比し,次の相違点(a-1),(a-2),(b)及び(c)(決定謄本7頁最終
段落~8頁第4段落,以下,総称して「相違点」ということがある。)を認定して
いる。
  〔相違点(a-1)〕 前者においては,第1放電ギャップをA,絶縁碍子と
第2接地電極との最短距離をB,取付金具の端面から絶縁碍子の端面までの軸方向
距離をC,絶縁碍子の端面から中心電極の端面までの軸方向距離をHとした時,
     0.7mm≦A≦1.3mm 
     0.3mm≦B≦A-0.1mm
     1.0mm≦C≦4.0mm
     0.5mm≦H≦3.0mm
   であるのに対し,後者においては,これらの寸法が明らかでない点
  〔相違点(a-2)〕 前者においては,取付金具の端面から第2接地電極の
端面までの軸方向の最短距離をL1,絶縁碍子の端面と第2接地電極の端面の取付
金具側角部との絶縁碍子の端面より突出した場合を+とした時の軸方向距離をFと
した時
     1.0mm≦L1≦C+0.5mm (以下「L1条件」という。)
     -1.0mm≦F≦+0.5mm  (以下「F条件」という。)
   であるのに対し,後者においては,これらの寸法が明らかでない点
  〔相違点(b)〕 前者においては,最も前記絶縁碍子の端面に近い絶縁碍子
内に内在する中心電極の径小部の起点が絶縁碍子の端面よりも0.1~0.8mm
だけ内側に有しているのに対し,後者においては,径小部の起点が,絶縁碍子の端
面に近い絶縁碍子内に内在しているかどうか不明であり,そのため,該起点が,絶
縁碍子の端面よりも0.1~0.8mmだけ内側に有しているかどうかも不明であ
る点。
  〔相違点(c)〕 前者においては,絶縁碍子の先端部における径方向厚さを
Dとした時,B+D≧Aとなるように設定しているのに対し,後者においては,か
かる設定とされているかどうか明確ではない点。
(本件発明2ないし4については,上記相違点に加えて,他の相違点が認定さ
れているが,争点となっていないので,摘記を省略する。)
第3 原告主張の決定取消事由
   決定は,本件発明1と引用図7発明との相違点についての判断を誤り(取消
事由1ないし3),本件発明2ないし4についても,同じ誤りをした(取消事由
4)ものであるから,違法として,取り消されるべきである。
 1 取消事由1(前提の誤りに基づく相違点の判断の誤り)
 (1) 決定は,「(引用刊行物の)図1~2,図4~8,図13~18に記載さ
れたものは,いずれも,中心電極,接地電極及び平行接地電極を有するスパークプ
ラグの実施例であるか,または,このスパークプラグに適用可能なものと解するこ
とができる」(決定謄本9頁最終段落)とし,この前提に基づいて相違点を検討し
て,相違点に係る構成を当業者が容易に想到し得たものと判断したが,上記の前提
が誤っているから,相違点についての判断も,当然,誤りである。
 (2) 決定が,上記前提を採った論拠は,「(引用刊行物の)請求項5に記載さ
れているものは,『・・・中心電極と・・・接地電極と・・・平行接地電極とを有
し』たものであり,上記請求項6~11の記載は上記請求項5の記載を引用してい
るから,上記請求項6~11に記載されているものは,その態様として,上記請求
項5に記載されているものと同様の,中心電極,接地電極及び平行接地電極を有す
るものを含んでいる」(決定謄本9頁下から第2段落)ということであるが,引用
刊行物の請求項6~11が請求項5を引用しているということからは,「引用刊行
物の図1~2,図4~8,図13~18に記載されたものは,いずれも,中心電
極,接地電極及び平行接地電極をを有するスパークプラグの実施例であるか,また
は,このスパークプラグに適用可能なものである」という帰結(決定が採用した上
記前提)は,論理的に導き出すことができない。
 (3) 決定が採用した上記前提は,以下のとおり,技術的にも誤りである。
    例えば,相違点(a-2)(注,F条件に関連する相違点)に関する判断
において,決定がF条件を設定することに当業者が格別の創意を要したとはいえな
いとする判断(決定謄本11頁第2段落)の根拠として挙げた図18のスパークプ
ラグ(スパークプラグM,第12実施例)は,平行接地電極を有しない構成のもの
であり,中心電極と接地電極との間でメインギャップ(主に放電を行うギャップ)
を形成しているから,その寸法は,引用図7発明のように,接地電極と平行接地電
極とを有し,メインギャップは中心電極と平行接地電極との間で形成し,中心電極
と接地電極との間ではサブギャップを形成している構造のものに適用可能なもので
はない。すなわち,図18のスパークプラグと図7のスパークプラグ(引用図7発
明)とでは,中心電極と接地電極との間で形成されるギャップの機能が全く異なる
のであり,ギャップの機能の違いから,両者のスパークプラグの接地電極の設計寸
法は,おのずと異なったものとなるのである。好適な火花放電を得るためには,ス
パークプラグの特性を勘案しながら,二つのギャップを総合的に設計しなければな
らず,それぞれのギャップを個別に設計することなどあり得ない。したがって,ス
パークプラグの設計に従事する当業者が,図18から導かれる接地電極と絶縁碍子
の端面との寸法関係を,図7のスパークプラグに適用しようなどと考えることはあ
り得ない。
 (4) 被告は,引用刊行物に開示された発明の特徴は「中心電極の先端部形状と
碍子先端面との位置関係」にあるのであって,その余の構成はいかなる構成であっ
ても適宜選択し得る旨の主張をするが,これは,決定が依拠した論理とは異なる論
理に基づく主張である。また,その主張は,「中心電極の先端部形状と碍子先端面
との位置関係」が同じ先行例に開示されているにもかかわらず,引用刊行物に記載
された発明につき特許査定がされていることとも矛盾するものであって,失当であ
る。
 (5) また,被告は,メインギャップとサブギャップの機能差について何ら言及
することなく,沿面放電を行う接地電極は互いに置換可能である旨主張する。しか
し,スパークプラグは,沿面放電することを主目的とするものではなく,主たる機
能は燃焼室内の混合気体を着火させることであり,沿面放電はあくまでも補助的機
能にすぎないから,被告の主張は,スパークプラグ本来の機能を無視したものであ
り,失当である。
    引用図7発明に図18の接地電極を組み合わせた場合,後者の接地電極は
メインギャップを構成するものであるから,その組み合わせたものは,中心電極と
平行接地電極との間及び中心電極と接地電極との間の両方でメインギャップを構成
することになり,どのメインギャップで放電するかは特定されず,放電位置が定ま
らないスパークプラグとなる。これは,通常は気中放電を行い汚損時にはカーボン
を消失させることで火花放電位置を適切に切り替えるという本件発明1の技術的思
想とは相反するものである。
 2 取消事由2(相違点(a-2)の判断の誤り)
(1) 決定は,相違点(a-2)について,本件発明1における「L1条件は,
F条件を含むものであるから,結局,上記相違点(a-2)は,本件発明1におい
ては,・・・-1.0mm≦F≦+0.5mmである(L1条件及びF条件を満た
す条件であり,F条件に他ならない。)のに対し,後者(注,引用図7発明)にお
いては,これらの寸法が明らかでない点というものである」(決定謄本10頁下か
ら第2段落)とした上,「上記刊行物(注,引用刊行物)には,絶縁碍子の端面と
第2接地電極の端面の取付金具側角部との絶縁碍子の端面より突出した場合を+と
した時の軸方向距離Fについて,その寸法が明記されているわけではないが,【図
2】に示された実施例に関して,・・・突出縁12が,セミ沿面放電の沿面スパー
クギャップG2を形成することが記載され(段落【0049】参照),また,【図
2】に示されたものと同様の構造である【図8】に示されたものにおいて,この突
出縁12は,絶縁碍子の端面から「-」方向1.5mm(碍子先端長に等しい。)
に位置することが記載されている(段落【0066】参照)ことからすると,上記
絶縁碍子の端面と第2接地電極の端面の取付金具側角部との・・・軸方向距離Fに
ついては,-1.5mmの値をとり得ることは当業者ならば容易に理解できること
であり,また,【図18】において,碍子先端長Pⅰ(上記刊行物に例示されてい
る多くの実施例において,取付金具の端面から絶縁碍子の端面までの軸方向距離C
(碍子先端長Pi)は1.5mmに設定されており,【図18】に示されているも
のにおいても,取付金具の端面から絶縁碍子の端面までの軸方向距離Cは1.5m
mにされ得ることは明らかである。)と取付金具の端面から第2接地電極の端面ま
での軸方向の最短距離との差が,わずかなものとすることが図示されていることか
らすると,・・・値Fとして,-1.5mm~わずかの負の値をとり得ることは当
業者ならば容易に理解できることである。そうであれば,この理解に基づき,上記
とり得るとした値と近接する値の範囲内で好適範囲を選択することは,当業者なら
ば,実験等によって適宜行いうることというべきであり,上記F条件『-1.0m
m≦F≦0.5mm』を設定することに,当業者が格別の創意を要したとはいえな
い」(同10頁最終段落~11頁第2段落)と判断した。 しかし,以下に述べる
とおり,この判断は誤りである。
 (2) まず,決定は,図18について,「碍子先端長Pi・・・と取付金具の端
面から第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離との差が,わずかなものとする
ことが図示されている」(決定謄本11頁第1段落)というが,図18には,いず
れの寸法についても何ら開示されていない。決定は,単なる模式図である図面の見
た目だけを根拠に「わずか」と認定しており,根拠がない。
    仮に,百歩譲って,図面の見た目から判断するとしても,「碍子先端長P
iと取付金具の端面から第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離との差」が
「わずか」であるとの認定は,図18及びその説明から一義的に導き出すことがで
きるものではない。すなわち,引用刊行物(甲4)には,「径変部39の始点39
1を,先端面22(碍子先端面)から0mm~1.0mm,好ましくは,0.1m
m~0.6mm奥部に引っ込ませている」(段落【0084】)として,図18の
L寸法として1.0mmをとり得ることが明らかにされている。一方,図18に
は,「碍子先端長Piと取付金具の端面から第2接地電極の端面までの軸方向の最
短距離との差」がL寸法よりも大であることが示されているから,同図からは,碍
子先端長Piと取付金具の端面から第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離と
の差が,1.0mmよりも大の値をとり得ることが推認される。そして,碍子先端
長Piと取付金具の端面から第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離との差が
1.0mmであるとするならば,本件発明1のF条件である「-1.0mm≦F≦
+0.5mm」とは異なる数値範囲が図18に記載されていることになる。
    また,決定は,図18に関して,「(上記刊行物に例示されている多くの
実施例において,取付金具の端面から絶縁碍子の端面までの軸方向距離C(碍子先
端長Pi)は1.5mmに設定されており,【図18】に示されているものにおい
ても,取付金具の端面から絶縁碍子の端面までの軸方向距離Cは1.5mmにされ
得ることは明らかである。)」(決定謄本11頁第1段落)とも認定しているが,
この点も誤りである。なぜならば,引用刊行物において,取付金具の端面から絶縁
碍子の端面までの軸方向距離C(碍子先端長Pi)が1.5mmに設定されている
のは,図8,図13,図14及び図15の実施例(いずれも平行接地電極を有する
構成)のみであり,図18の実施例(平行接地電極を有しない構成)においては,
取付金具の端面から絶縁碍子の端面までの軸方向距離Cは,何ら,特定されていな
いからである。平行接地電極を有しない図18のものに,平行接地電極を有する構
成である図8,図13,図14及び図15の実施例における碍子先端長Piが適用
可能であることを示唆する記載はどこにもなく,適用する必然性もない。
 (3) 被告は,「L値が0.1mm~0.2mm程度の場合には,F値が-1.
0mm~+0.5mmの範囲外となることはありえない」と主張するが,この主張
は,L値について恣意的に都合のよい数値範囲を選択した場合に本件発明1のF条
件が導かれるというものであって,不当である。そもそも引用刊行物の図18及び
同図に関する説明において,F値に着目した記載はなく,F値の大きさを意識して
図18が記載されたとは考えられない。このような引用刊行物の出願人が意識して
いるはずのない事項を図18から導き出すことは,引用刊行物に記載された事項を
超えて不当に広く引用刊行物の記載を解釈するものであるから,誤りである。  
  
 (4) さらに,図18に示されたものは,本件発明1のF条件による作用効果を
全く奏しないものである。
    本件発明1のF条件は,「F>+0.5mm以上の場合,実質的に第2放
電ギャップBが大きくなりすぎることにより,第2接地電極6及び7等への確実な
火花放電が行われにくくなり,絶縁碍子3の付け根部奥への火花放電が発生しやす
くなり,燃焼室内における着火性が低下する。さらに,-1.0mm>Fの場合に
は,第2放電ギャップBにおける飛火位置が下方となりすぎるため,第1放電ギャ
ップAにおける火花放電との位置ずれが大きくなることにより,着火性低下又は着
火安定性が劣ってしまう」(本件明細書〔甲2〕の段落【0075】~【007
6】参照)ということを見いだして設定されたものである。
    これに対し,図18に示されたものは,平行接地電極を有しておらず,通
常時とカーボン汚損時とで火花放電位置が異なるものではないから,本件発明1の
F条件による上記の作用効果を奏さない。したがって,仮に,F条件に相当する寸
法がたまたま図18に示されていたとしても,当業者が本件発明1のF条件の作用
効果を得るために図18の接地電極を引用図7発明に適用することはあり得ない。
 3 取消事由3(相違点(c)の判断の誤り)
 (1) 決定は,相違点(c)について,引用刊行物に,「図7は,・・・図6に
示す様に,複数の接地電極40を配して形成した沿面スパークギャップG2と,中
心電極3の先端と対設する気中放電間隙G1を形成する平行接地電極4Aを併設し
たスパークプラグである。」(段落【0062】),「そして,このスパークプラ
グは,通常時は一般の気中放電型のスパークプラグとして機能し,汚損時には沿面
スパークギャップG2により付着した導電性物質を確実に焼却できる。又,このス
パークプラグは,図1および図2に示したスパークプラグよりも沿面スパークギャ
ップG2の全てが燃焼室内に突出した位置にある為,汚損時においても着火性も向
上させることができる。」(段落【0063】)との記載があることを指摘した
上,「引用図7発明と,【図2】に示されたものとは,沿面スパークギャップG2
の位置において異なるものの,他の寸法条件については格別の差異はないと解する
ことができるところ,【図2】には,沿面スパークギャップG2の径方向幅(本件
発明1におけるB+Dの距離にほぼ等しい。)を気中放電間隙G1(本件発明1に
おけるAに相当する。)の距離よりも大きくすることが示されていることからし
て,引用図7発明においてB+D≧Aとすることは,当業者ならば適宜設定し得る
範囲のものというべきである(なお,通常は,第1放電ギャップにおいて放電を生
ずるようにするために,B+D≧Aとすることは,当業者ならば普通に配慮するこ
とである。)」(決定謄本12頁第1段落)としたが,誤りである。
 (2) そもそも,引用刊行物には,本件発明1のB+D≧Aの構成は,具体的に
示されていない。
    引用刊行物の図2のスパークプラグは,取付金具の端面に電極(平行接地
電極4)を設けている構成であるのに対し,図7のスパークプラグは,取付金具の
端面から突出した位置に電極(平行接地電極4A)を設けている点で相違する。ス
パークプラグの構成が異なる以上,図2に記載されたG1とG2の関係が図7に示
される引用図7発明の構成にそのまま適用し得るとは限らず,図7の構成において
図2に記載されたG1とG2の関係が成立しているとは断定できない。また,特許
図面が単なる模式図であることを考えるならば,図2に記載されたG1及びG2が
具体的に何mmであるかを特定することはできず,沿面スパークギャップG2の径
方向幅を気中放電間隙G1の距離よりも大きくしているとは到底特定し得ない。
    また,決定の「(なお,通常は,第1放電ギャップにおいて放電を生ずる
ようにするために,B十D≧Aとすることは,当業者ならば普通に配慮することで
ある。)」との認定には,その技術的根拠が何ら示されていない。
(3) 相違点(c)に係る本件発明1の「B+D≧A」という構成は,本件発明
1の他の構成要件とあいまって,初めて火花放電位置を適切に切り替えるという格
別な作用効果を奏するものであるから,仮に,引用刊行物の引用図7発明とは別の
発明について「B+D≧A」の構成が開示されていたとしても,本件発明1が引用
図7発明から容易に想到し得るということはできない。
4 取消事由4(本件発明2ないし4についての容易想到性の判断の誤り)
   上記1ないし3のとおり,本件発明1と引用図7発明との相違点に係る構成
が当業者に容易想到とした決定の判断は誤りであるから,本件発明1についてと同
様の理由により,本件発明1に従属する本件発明2ないし4が容易想到であるとし
た決定の判断も,誤りである。
第4 被告の反論
 1 取消事由1(前提の誤りに基づく相違点の判断の誤り)について
 (1) 引用刊行物(甲4)に開示された発明は,中心電極の先端部形状と碍子先
端面との位置関係に特徴を有するものであって,中心電極の先端面と平行接地電極
との位置関係や,あるいは碍子先端面と接地電極との位置関係は,沿面放電を行う
のであれば,何ら影響や制限を受けるものではなく,適宜選択し得るものである。
したがって,これら種々のタイプのスパークプラグの間において,上記特徴点を維
持する範囲内であれば,同じ機能を持つ共通の部材を置換することは可能であり,
ある実施例の部材を,他の実施例の対応する同じ機能を持つ部材に置き換えようと
することは,当業者ならば容易に想到し得る程度のことである。決定が,「図1~
2,図4~8,図13~18に記載されたものは,いずれも,中心電極,接地電極
及び平行接地電極を有するスパークプラグの実施例であるか,または,このスパー
クプラグに適用可能なものと解することができる」と認定していることに誤りはな
い。
 (2) 引用刊行物の図7に示される「接地電極40」と図18に示される「接地
電極40」とは,ともに汚損時には接地電極40が沿面放電を行うものであり,汚
損時に中央電極3との間で沿面放電することにより付着した導電性物質を確実に焼
却できるという同じ作用効果を奏する。
    また,第5実施例について説明した「図6に示す様に,複数の接地電極4
0を配して形成した沿面スパークギャップ」(引用刊行物の段落【0062】)と
の記載は,図6に示された第4実施例(セミ沿面放電型スパークプラグ)の「接地
電極40」と同じものを第5実施例(注,第7図)の「接地電極40」として設け
ることが可能であることを意味している。一方,図18に示された第12実施例
は,図6に示された第4実施例と同じく「セミ沿面放電型スパークプラグ」であ
る。そうすると,図7の「接地電極40」に図18の「接地電極40」を適用し
て,図18の接地電極の寸法をそのまま中心電極,接地電極及び平行接地電極を有
するスパークプラグの接地電極の寸法とすることに何ら問題はない。
 2 取消事由2(相違点(a-2)の判断の誤り)について
 (1) 原告は,決定が,引用刊行物の図18について,碍子先端長Piと取付金
具の端面から第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離との差がわずかであると
した認定には根拠がなく,図18からF値を読み取ることはできないと主張する。
   しかし,本件発明1では,「最も前記絶縁碍子の端面に近い絶縁碍子内に
内在する前記中心電極の前記径小部の起点が前記絶縁碍子の端面よりも0.1~
0.8mmだけ内側に有し」であるのに対し,引用刊行物の図18に示される実施
例においては,「径変部39の始点391を,先端面22(碍子先端面)から0m
m~1.0mm,好ましくは,0.1mm~0.6mm奥部に引っ込ませている」
(段落【0084】)とされているから,この点はほぼ同一である。また,本件発
明1では,「取付金具の端面から前記絶縁碍子の端面までの軸方向距離Cが1.0
mm~4.0mmである」のに対し,引用刊行物の図18のものについては,「碍
子先端面22から突出させる部分の電極先端の長さPcを1.2mm以上にする」
(段落【0069】)ことが明記されている。そして,特許図面を正確な設計図面
に比することはできないとしても,図18は,引用刊行物において,第12実施例
として各部位の寸法関係を視覚的に示す図面として存在しているのであるから,同
図面から寸法間の相対的な関係を読み取ることは可能であり,図18に示される実
施例においては,L<F≪Pc<Piであると認められる。この意味で,Pi値と
比較してL値は「わずか」であり,F値はL値の2倍程度であることが図面から読
み取れるから,図18のものにおいて,L値が0.1mm~0.2mm程度の場合
には,F値が-1.0mm~+0.5mmの範囲外となることはあり得ない。
 (2) 被告の上記主張は,引用刊行物を不当に広く解釈するものではない。
   平行接地電極と接地電極とが併設され,通常時は一般の気中放電型のスパ
ークプラグとして機能し,汚損時には沿面スパークギャップG2により付着した導
電性物質を確実に焼却できるスパークプラグにおいて,その接地電極の高さ位置を
考慮することは,特開昭60-81784号公報(乙1,以下「乙1文献」とい
う。),あるいは特開平10-189212号公報(乙2,以下「乙2文献」とい
う。)により,本件優先日前に周知である。
   乙1文献には,「本発明は補助接地電極の位置,補助スパークギャップ値
及びその電極巾の寸法関係を配慮することにより耐汚損性の効果を高めると共に着
火性の向上ならびに耐熱性の劣化を防止したスパークプラグの提供を目的とするも
のである」(2頁右上欄第3段落)と記載され,また,乙2文献には「【請求項1
0】請求項1乃至請求項9において,前記セミ沿面火花放電接地電極の発火部の先
端と,前記絶縁碍子の前端部の先端との軸方向距離Aは,前記セミ沿面火花放電接
地電極の厚さをTとすると,前記主体金具の先端から遠ざかる方向を+として,-
1.5mm≦A≦T+0.5mmであり」と記載されていることからみて,引用図
7発明を実施するに際して,「接地電極の高さ」は,必然的に着目され考慮される
事項である。そして,この接地電極の高さが,理論的に求められるのではなく,実
験により経験的に求められるものであることは,当業者にとって,自明の事項に属
する。
 3 取消事由3(相違点(c)の判断の誤り)について
   引用刊行物には,「このスパークプラグは,通常時は一般の気中放電型のス
パークプラグとして機能し,汚損時には沿面スパークギャップG2により付着した
導電性物質を確実に焼却できる」と記載されている。気中放電間隙G1>沿面スパ
ークギャップG2であると,気中放電電圧が大きくなり,通常時に気中放電が起こ
りにくくなるという事実は,本件優先日前に当業者によく知られていたことであ
り,引用図7発明においても「気中放電間隙G1」が「沿面スパークギャップG
2」よりも小さく設定されていることは明らかである。すなわち,「気中放電間隙
G1」>「沿面スパークギャップG2」であるならば,気中放電電圧が大きくな
り,通常時に気中放電が起こりにくくなるからである。そうすると,相違点(c)
のB+D≧Aも,図7あるいは図18には明示されていないが,引用刊行物に実質
的に記載されているということができる。
4 取消事由4(本件発明2ないし4についての容易想到性の判断の誤り)につ
いて
   決定の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 引用刊行物の記載及び引用図7発明について
 (1) 引用刊行物の記載
    引用刊行物(甲4)には,同刊行物に開示する発明の目的として,「本発
明の目的は,絶縁碍子の先端面にカーボン等の未燃焼生成物が付着したとき,絶縁
碍子の先端面に沿った沿面放電が得られる位置に火花放電を発生させることがで
き,自己清浄能力を最大限に増強できる内燃機関のスパークプラグの提供にある」
(段落【0011】)と記載され,上記目的を達成する構成として,請求項1ない
し11の構成を採用したことが記載されている(段落【0012】【課題を解決す
るための手段】)。
    引用刊行物の請求項1ないし11は,いずれも,①筒状の主体金具,②碍
子先端が金具先端面から突出するように主体金具内に固定される軸孔付の絶縁碍
子,③電極先端が碍子先端面から突出するように軸孔内に固定される中心電極,④
中心電極の先端部は,軸孔内に位置する電極基部と,電極基部より径小の電極先部
と,電極基部から電極先部に至る径変部とを有し,軸孔直径と径変部始点の直径と
の差は1mm以下であり,かつ,径変部始点が碍子先端面より0mm~1mm奥部
に位置する,という構成において共通する。 また,各請求項は,中心電極以外の
電極の構成,配置及び放電ギャップに関して,それぞれ固有の構成を有しており,
①請求項1は,スパークプラグが,金具先端面に突設された接地電極(その先端面
が中心電極先端側面と対向するように配置されている)を有し,接地電極の先端面
と中心電極先端側面との間で碍子先端面に沿ってセミ沿面放電間隙を形成している
ことを,②請求項2は,金具先端面に突設された接地電極(その先端面が中心電極
先端側面と対向するように配置されている)を有し,接地電極の先端面と中心電極
先端側面との間に気中放電間隙を形成していることを,③請求項3は,金具先端面
に突設された接地電極(その先端面が中心電極先端側面と対向するように配置され
ている)を有し,接地電極の先端面と中心電極先端側面との間に気中放電間隙を形
成していること,及び主体金具の先端に内方に延出する突出部を周設していること
を,④請求項4は,内側面が中心電極先端面と対向するように屈曲して金具先端面
に突設される平行接地電極を有し,平行接地電極の先端面と中心電極先端側面との
間に気中放電間隙を形成していること,及び主体金具の先端に内方に延出する突出
部を周設していることを,⑤請求項5は,請求項1ないし3と同様の金具先端面に
突設された接地電極(その先端面が中心電極先端側面と対向するように配置されて
いる。)と,内側面が中心電極先端面と対向するように屈曲して金具先端面に突設
される平行接地電極とを有し,接地電極の先端面と中心電極先端側面との間で碍子
先端面に沿ってセミ沿面放電間隙を形成し,平行接地電極の内側面と中心電極先端
面との間に気中放電間隙を形成していることを,それぞれ規定しているものであ
る。なお,請求項6~11は従属項であり,そのうち,請求項6ないし10は,そ
れぞれ先行する全請求項を引用して,径変部始点の位置(請求項6),電極先部の
外径(請求項7),中心電極又は接地電極等の発火部となる部分の材質(請求項
8,9),軸孔開口部の内壁縁部の形状(請求項10)などを特定し,請求項11
は,接地電極を有し,平行接地電極を有しないタイプのものについて,接地電極を
三極以上と特定している。 
    引用刊行物中,【発明の実施の形態】と題する段落【0041】から始ま
る発明の詳細な説明には,同刊行物の発明に係る「自己清浄能力を最大限に増強で
きる内燃機関のスパークプラグ」(段落【0011】)が種々の実施例に基づいて
説明されており,実施例と図面との関係につき,図1,2は第1実施例,図4は第
2実施例,図5は第3実施例,図6は第4実施例,図7は第5実施例であり,第6
実施例は図8のスパークプラグDに,第7実施例は図13のスパークプラグEに,
第8実施例は図14のスパークプラグFに,第9実施例は図15のスパークプラグ
Hに,第10実施例は図16のスパークプラグJに,第11実施例は図17のスパ
ークプラグKに,第12実施例は図18のスパークプラグMにそれぞれ示されると
の説明がされている(段落【0041】,【0055】,【0059】,【006
2】,【0064】,【0071】~【0074】,【0078】,【008
2】)。
 (2) 引用図7発明
    ところで,決定が,本件発明1と対比した引用図7発明は,引用刊行物に
第5実施例(図7)として記載されているものであるところ,引用図7発明の認定
及び本件発明1と引用図7発明とが決定の認定どおりの一致点を有することに争い
はない。
    すなわち,引用図7発明は,「①基部と該基部の径よりも小なる径小部よ
りなる中心電極と,②前記中心電極の周囲を覆い,該中心電極を保持する絶縁碍子
と,③前記絶縁碍子を保持する取付金具と,④一端が前記取付金具に固定されると
ともに,他端が前記中心電極の先端面とにより,第1放電ギャップ(気中スパーク
ギャップ)を形成する第1接地電極(平行接地電極4A)と,⑤一端が前記取付金
具に固定されるとともに,他端が前記中心電極の側面とにより,第2放電ギャップ
(沿面スパークギャップ)を形成する第2接地電極(接地電極40)とからなり,
⑥前記第2接地電極の先端面が前記絶縁碍子の先端部外径よりも大きい径の外側に
位置している内燃機関用スパークプラグ」(審決謄本7頁第4段落,①ないし⑥の
符号及び括弧書き記載を付加)である点で,本件発明1と一致する。
 2 上記1の認定を踏まえて,原告主張の取消事由2(相違点(a-2)の判断
の誤り)について検討する。
 (1) 相違点(a-2)に関する決定の判断の要点
    決定は,相違点(a-2)について,引用図7発明において,F(注,絶
縁碍子の端面と第2接地電極の端面の取付金具側角部との絶縁碍子の端面より突出
した場合を+とした時の軸方向距離)につき,F条件「-1.0mm≦F≦0.5
mm」を設定することに当業者が格別の創意を要したはいえないとした判断の根拠
として,引用刊行物の図8に示された実施例(第6実施例)及び図18に示された
実施例(第12実施例)を挙げている。そして,①図8に示された実施例につい
て,引用刊行物の段落【0066】に,Fを-1.5とすることが記載されている
ことを指摘し(注,同段落には,図8に示される実施例について,碍子先端長Pi
を1.5mmとするとの記載があり,図8を参照すると,碍子先端長Piは,絶縁
碍子の端面から主体金具1に形成した突出縁12までの距離(「-」方向)である
から,碍子先端長Piが1.5mmとされていることは,Fが-1.5であること
に相当する。),さらに,②図18において,碍子先端長Piと取付金具の端面か
ら第2接地電極の端面までの軸方向の最短距離との差がわずかなものとすることが
図示されていると指摘した上,③Fとして「-1.5mm~わずかの負」の値をと
り得ることは当業者であれば容易に理解できることであるとし(①~③につき,決
定謄本11頁第1段落),④「そうであれば,この理解に基づき,上記とり得ると
した値と近接する値の範囲内で好適範囲を選択することは,当業者ならば,実験等
によって適宜行いうることというべきであり,上記F条件『-1.0mm≦F≦
0.5mm』を設定することに,当業者が格別の創意を要したとはいえない」(同
第2段落)と判断した。
(2) ところで,決定が,Fが「-1.5」の値をとり得ることの根拠として挙
げた図8の実施例は,平行接地電極4の中心電極側側面42と中心電極先端面30
との間でスパークギャップGを構成し,主体金具1の先端面11の内壁に形成した
突出縁12と絶縁碍子2との間を補助ギャップGsとするタイプのスパークプラグ
であり(引用刊行物の段落【0064】),図8と同様に平行接地電極4と突出縁
12とを有する図2の実施例についての説明(同段落【0047】~【004
9】)に徴すると,通常時には,スパークギャップGで気中放電を行い,絶縁碍子
2の先端面及びその近傍にカーボン等の導電性物質が付着した場合には,補助ギャ
ップGsでセミ沿面放電を行うものであると解される。
   他方,Fが「わずかの負」の値をとり得ることの根拠として決定が指摘し
た図18の実施例は,複数の接地電極40と中心電極先端側側面381との間で,
碍子先端面22に沿って沿面放電を行うタイプのスパークプラグであって(引用刊
行物の段落【0082】),図8のものとは異なり,平行接地電極を有しておら
ず,通常時とカーボン汚損時とで火花放電位置が異なるものではない。
    さらに,引用図7発明との対比でみると,引用図7発明は,中心電極,複
数の接地電極及び平行接地電極の三つの電極を有するタイプのスパークプラグであ
り,通常時は,中心電極の先端面3とこれに対設する平行接地電極4Aの先端面と
の間に構成される気中放電間隙G1との間で放電し,汚損時には,「複数の接地電
極40を配して形成した沿面スパークギャップG2」で放電を行い,この沿面スパ
ークギャップG2での放電により,付着した導電性物質を焼却するものとされてい
る(引用刊行物の段落【0062】~【0063】,なお,図7にはG2の符号が
ないが,図1~図4には突出縁12と中心電極の径変部始点35との間を指してG
2の符号が付されている。)のに対し,図8に示される実施例は,上記のとおりの
構成から成り,「複数の接地電極」を有していない。また,図18に示される実施
例は,引用図7発明と異なり,平行接地電極を有しておらず,電極は,中心電極と
その周囲に配設された複数の接地電極だけから成る構成である。
 (3) 上記(2)によれば,図8に示される実施例,図18に示される実施例及び引
用図7発明は,互いに電極の構成を異にし,各間隙(ギャップ)の機能も異なるも
のであるから,そのことに伴って,当然,本件発明1のF条件(絶縁碍子の端面と
第2接地電極の端面の取付金具側角部との絶縁碍子の端面より突出した場合を+と
した時の軸方向距離が-1.0mm~+0.5mm)に相当する部材相互の寸法及
び配置関係の技術的意義も互いに異なるものと考えられる。
    そうすると,決定が,Fの下限値については,図8に示される実施例を参
照してFにつき-1.5mmの値をとり得る値とし,上限値については,図18に
示される実施例を参照して,Fにつき「わずかの負」の値をとり得る値とし,両者
を併せた「-1.5mm~わずかの負」の範囲について,「値Fとして,-1.5
mm~わずかの負の値をとり得ることは当業者ならば容易に理解できることであ
る」とした点は,失当というほかはなく(意義の異なる数値を併せても本件発明1
におけるF条件と同等の条件を設定したことにはならない。),これに基づく「そ
うであれば,この理解に基づき,上記とり得るとした値と近接する値の範囲内で好
適範囲を選択することは,当業者ならば実験等によって適宜行いうることというべ
きであり,上記F条件『-1.0mm≦F≦0.5mm』を設定することに,当業
者が格別の創意を要したとはいえない」との判断も,その前提を欠くといわざるを
得ない。
 (4) これに対し,被告は,乙1文献には,「本発明は補助接地電極の位置,補
助スパークギャップ値及びその電極巾の寸法関係を配慮することにより耐汚損性の
効果を高めると共に着火性の向上ならびに耐熱性の劣化を防止したスパークプラグ
の提供を目的とするものである」(2頁右上欄第3段落)と記載されているよう
に,平行接地電極と接地電極とが併設され,通常時は一般の気中放電型のスパーク
プラグとして機能し,汚損時には沿面スパークギャップG2により付着した導電性
物資を確実に焼却できるスパークプラグにおいて,その接地電極の高さを考慮する
ことは,本件優先日前に周知であり,また,乙2文献には「・・・前記セミ沿面火
花放電接地電極の発火部の先端と,前記絶縁碍子の前端部の先端との軸方向距離A
は,前記セミ沿面火花放電接地電極の厚さをTとすると,前記主体金具の先端から
遠ざかる方向を+として,-1.5mm≦A≦T+0.5mmであり」(請求項1
0)と記載されていることからみて,引用図7発明を実施するに際して,「接地電
極の高さ」は,必然的に着目され考慮される事項であるとし,この接地電極の高さ
が,理論的に求められるのではなく,実験により経験的に求められるものであるこ
とは,当業者にとって,自明の事項に属するから,本件発明のF条件は,引用刊行
物の第5実施例である図7についての記載から,当業者が容易に想到し得ることに
すぎないと主張する。
    しかしながら,これは,本件発明1のF条件は,被告が周知技術と主張す
る技術ないし引用刊行物とは別個の刊行物の記載に基づいて,実験等により経験的
に求めることができるという主張にほかならず,その当否は別論として,決定とは
異なる理由により相違点(a-2)の容易想到性を基礎付けようとするものである
から,採用することができない。
  (5) 以上のとおり,決定が示した理由によっては,相違点(a-2)に係る構
成を当業者が容易に想到し得たものということはできない。したがって,原告の取
消事由2の主張は,理由がある。
 3 取消事由4(本件発明2ないし4についての容易想到性の判断の誤り)につ
いて
  上記2のとおり,本件発明1と引用図7発明との相違点(a-2)に係る構
成は,当業者が容易に想到し得たものとはいえないから,請求項1を引用している
本件発明2~4も,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易に想到し得たも
のとはいえない。したがって,原告の取消事由4の主張は理由がある。
 4 結論
   以上のとおり,原告主張の取消事由2及び4は理由があり,この誤りが決定
の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点について判断するまで
もなく,決定は違法として取消しを免れない。
   よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決す
る。
      
東京高等裁判所知的財産第2部
          裁判長裁判官   篠  原  勝  美
             裁判官   古  城  春  実
             裁判官   岡  本     岳

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