弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一、被申請人は申請人Aに対し金二五七、二九二円を、申請人Bに対し金二六三、
五八二円を、それぞれ仮に支払え。
二、申請費用は被申請人の負担とする。
       理   由
第一、当事者の求める裁判
一、申請人ら
主文第一項同旨の裁判。
二、被申請人
「申請人らの申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判。
第二、当裁判所の判断
一、疎明により一応認められる事実
疎明ならびに審尋の全趣旨によればつぎの事実が一応認められる。すなわち、
(一) 被申請人は肩書地に本社を置き、東京都、大阪市等に支社を設けてテレ
ビ・ラジオの民間放送を営む株式会社である。
 申請人両名はいずれも被申請人に雇用された従業員であり、昭和四一年一〇月一
日当時申請人Aは本社テレビ進行部に、同Bは本社報道部にそれぞれ所属してい
た。また、申請人両名は被申請人の従業員をもつて組織されている高知放送労働組
合(以下単に組合という。)の組合員であり、かつ、昭和四一年一〇月一日当時い
ずれも右組合の執行委員であつた。
(二) 被申請人は昭和四一年一〇月一日付をもつて、申請人Aに対しては大阪支
社営業部へ、同Bに対しては東京支社営業部へそれぞれ配置転換を命じたが、申請
人両名ならびに組合は、右配置転換命令は組合執行部の壊滅と組合の崩壊とを意図
したもので、不当労働行為に該当するものとしてこれを拒否した。しかし、当時組
合の財政逼迫などの事情もあつて、そのころ申請人両名は右配置転換命令に対し異
議をとどめつつも一応右の各新任地に赴いた。
(三) 昭和四二年に至り、組合は被申請人を相手どり高知県地方労働委員会(以
下、高知地労委と略称する。)に対し、申請人らに対する前記配置転換命令が不当
労働行為であるとしてその救済申立をなし、高知地労委は組合の右申立を容れて昭
和四四年二月二六日被申請人に対し、「被申請人は申請人両名に対する前記配置転
換命令を撤回し、申請人らを原職に復帰させなければならない。」との趣旨の救済
命令を発した。被申請人は右救済命令を不服として中央労働委員会(以下、中労委
と略称する。)に再審査を申立てたが、中労委は昭和四五年六月一日高知地労委の
右命令を支持して被申請人の再審査申立を棄却する旨の命令をなした。そこで、被
申請人は昭和四五年七月中労委を被告として東京地方裁判所に対し、中労委の右救
済命令の取消を求める行政訴訟を提起するとともに、右命令の執行停止の申立をな
したが、これらはいずれも同庁において審理中であるところ、中労委は昭和四五年
九月一〇日東京地方裁判所に対し緊急命令の申立をなし、同裁判所は同年一〇月七
日右申立に基づき、「被申請人は、前記行政事件の判決が確定するまで、中労委が
維持した前記高知地労委の命令に従い、申請人両名を昭和四一年一〇月一日当時の
原職(ただし、申請人Aについては原職と同種同等の職種)に復帰させなければな
らない。」旨の緊急命令を発した。
(四) 右緊急命令の送達を受けた被申請人は、昭和四五年一〇月一二日付をもつ
て申請人両名に対し「東京地裁から一〇月九日緊急命令の決定が送達された。会社
としてはこの命令に従わねばならないのですみやかに本社に帰られたい。」との文
言を記載した「通知」と題する書面を送付し、右書面はそのころ申請人両名に到達
した。
(五) 被申請人会社の就業規則第四四条には「従業員が転勤または出張を命ぜら
れたときは、別に定める旅費規定によつて旅費を支給する。」とあり、右の条項に
基づき定められた旅費規定には、被申請人がその従業員に転勤を命じた場合には赴
任旅費・赴任手当・荷物輸送費等(以下、一括して赴任旅費等という。)を支給す
る旨定められている。そこで、被申請人から前記「通知」を受けた申請人両名は被
申請人に対し、おのおのの現勤務地から本社へ復帰するについて右旅費規定に基づ
く赴任旅費等の支給を要求したが、これに対し被申請人は、緊急命令に従つて申請
人らを本社へ帰すのは正規の人事異動ではなく、旅費規定に基づく赴任旅費等を支
給することはできないが、ただ異動に必要な旅費の実費を無利息で貸付ける用意が
あるとして拒否的態度に終始しているのである。しかして、仮に申請人らの本社復
帰に右旅費規定が適用されるものとすれば、申請人らが支給を受けるべき赴任旅費
等は、申請人Aについては金二五七、二九二円、同Bについては金二六三、五八二
円となるのである。
二、被保全権利について
 そこで、果して申請人両名が被申請人から右旅費規定に基づく正規の赴任旅費等
の支給を受くべき権利を有するか否かについて検討するに、なるほど被申請人が主
張するとおり、前記緊急命令は、被申請人に対しこれに従うべき公法上の義務を課
するのみで、それ自体の効力として被申請人と申請人らとの間の私法上の法律関係
に何らの変動をも生ぜしめるものではないが、しかし、被申請人が右の義務を履行
するため申請人両名に送付した前記「通知」と題する書面の文言をみれば、被申請
人は前記緊急命令の決定を送達されたため該命令に従わざるを得ない旨被申請人の
立場を宣明し、申請人らに対し、すみやかに本社に帰られたいとの被申請人の意思
を表示しているのであるから、被申請人は申請人らに対しそれぞれの勤務地から本
社への復帰を命ずる旨の私法上の意思表示をなしたものというべく、これにより申
請人らは現実に本社へ復帰すべき義務を負うに至つたものというべきである。従つ
て、右は前掲就業規則第四四条にいう「従業員が転勤を命ぜられたとき」に該当す
るか、あるいは少くともこれと同視すべき場合であつて、右「従業員が転勤を命ぜ
られたとき」に準じ処遇さるべきものというべきである。
 果してそうであるならば、申請人両名は被申請人に対し、赴任旅費等として、申
請人Aについては金二五七、二九二円の、同Bについては金二六三、五八二円の各
支給を受ける権利を有するものということができる。
三、保全の必要性について
 申請人両名に本社へ復帰すべき義務が生じたことは既に認定したところから明ら
かであるところ、申請人らは賃金をもつて生計を維持している労働者であつてとり
たてて挙げるほどの資産もなく、本社復帰に伴う経費を一時的であるにせよ自己負
担することは極めて困難であることがうかがわれるのみならず、被申請人が前記
「通知」と題する書面を申請人らに送付し、すみやかに本社に帰られたいと求めな
がら、具体的に何らの配慮もせず措置も講じないため、申請人らは本社復帰の意思
があるにもかかわらず直ちに去就を決し兼ね荏苒空しく日を過す外なき状態に追い
こまれ、後日これがため不測の不利益を蒙るおそれも全くなしとしないのであるか
ら、本案訴訟の確定を待つていては申請人らは回復し難い損害を蒙るおそれがある
というべく、従つて、右本案訴訟確定に至るまで、被申請人に対し仮に右赴任旅費
等の全額の支払を命ずる必要があるものというべきである。被申請人主張のよう
に、たとえ被申請人において申請人らに対し必要旅費の実費を無利息で貸付ける用
意があるとしても、右の必要性は阻却されるものではない。
四、結論
 よつて、本件仮処分申請はいずれも理由があると認められるので、保証を立てさ
せないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適
用して主文のとおり決定する。
(裁判官 安藝保壽 井筒宏成 鳥越健治)

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