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平成20年3月3日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成18年(ワ)第6162号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成19年12月25日
判決
原告株式会社日本スペリア社
訴訟代理人弁護士白波瀬文夫
訴訟代理人弁理士濱田俊明
被告ソルダーコート株式会社
訴訟代理人弁護士櫻林正己
同森隆行
訴訟代理人弁理士東口倫昭
同進藤素子
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告は,無鉛はんだ合金(製品番号LLS227α)を製造し,販売し,輸
出し又は販売の申出をしてはならない。
2被告は,その占有する前項の物件を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,5500万円及びこれに対する平成18年6月28日
(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
4訴訟費用は被告の負担とする。
5仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,後記特許権を有する原告が,被告が製造販売等する製品番号LLS
227αの無鉛はんだ合金は後記特許権に係る特許発明(請求項1及び4)の
技術的範囲に属するから,それを製造販売等する行為は同特許権を侵害すると
,,,
主張して被告に対し①同特許権に基づきその製造販売等の差止め及び廃棄
②同特許権侵害の不法行為に基づき原告が被った5500万円の損害賠償及び
これに対する平成18年6月28日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
1前提事実(争いがないか後掲証拠により明らかに認められる)

(1)原告は,発明の名称を「無鉛はんだ合金」とする特許第3152945
号の特許権の特許権者である(以下,この特許権を「本件特許権」といい,
同特許権に係る特許を「本件特許,同特許権に係る請求項1の特許発明を

「本件発明1,請求項4の特許発明を「本件発明4,両特許発明を併せ
」」
て「本件発明」という。また,本件発明の特許出願の願書に添付された明細
書を「本件明細書」という。


(2)本件特許に関する手続経過は次のとおりである(甲3,27。

優先日(特願平10−100141号)平成10年3月26日
優先日(特願平10−324482号)平成10年10月28日
優先日(特願平10−324483号)平成10年10月28日
出願日(特願平11−548053)平成11年3月15日
設定登録(特許第3152945号)平成13年1月26日
異議決定(異議2001−72269号,一部取消)
平成15年2月18日
出訴(東京高裁平成15年(行ケ)第112号,審決取消訴訟)
平成15年3月27日
訂正審判請求(訂正2004−39071号)平成16年4月9日
審決(訂正2004−39071号,訂正認容)平成16年6月10日
東京高裁判決(平成15年(行ケ)第112号,取消決定取消)
平成16年7月26日
異議決定(異議2001−72269号,特許維持)
平成16年9月17日
無効審判請求(請求人東京半田錫工業協同組合無効2004−8027
5号)平成16年12月24日
審決(無効2004−80275号,不成立)平成17年11月22日
出訴(知財高裁平成17年(行ケ)第10860号,審決取消訴訟)
平成17年12月28日
無効審判請求(請求人被告無効2006−80224号)
平成18年10月30日
知財高裁判決(平成17年(行ケ)10860号,請求棄却)
平成19年1月30日
審決(無効2006−80224号,不成立)平成19年7月31日
出訴(知財高裁平成19年(行ケ)第10307号)
(3)本件発明の請求項1及び4の特許請求の範囲(訂正後のもの)は次のと
おりであり,各構成要件は次のとおり分説される。
【請求項1】
ACu0.3∼0.7重量%,Ni0.04∼0.1重量%,残
部Snからなる,
B金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上したことを特徴と
する
C無鉛はんだ合金。
【請求項4】
請求項1に対して,
DさらにGe0.001∼1重量%を加えた
無鉛はんだ合金。
(以下,錫を「Sn,銅を「Cu,ニッケルを「Ni,ゲルマニウム
」」」
を「Ge,銀を「Ag,鉛を「Pb」と化学記号で表記する)
」」。
(4)被告は,製品番号LLS227αの無鉛はんだ合金(以下「被告製品」
という)を日本国内で製造し,日本国外向けに輸出,販売している(日本

国内において販売しているか否かについては争いがある。


被告製品は,Snのほか,構成要件Aに定める範囲のCu及びNiを含有
し,構成要件Cを充足し,構成要件Dに定める範囲のGeを含有する。
2争点
(1)被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。
ア構成要件Aの「残部Snからなる」を充足するか。
イ構成要件Bを充足するか。
(2)本件特許(請求項1及び4)は,特許無効審判において無効とされるべ
きものか(特許法104条の3の抗弁)
ア特許法29条2項(進歩性要件)違反
イ特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下
同じ。実施可能要件)違反
ウ特許法36条6項1号(平成14年法律第24号による改正前のもの。
以下同じ。サポート要件)違反
エ特許法36条6項2号(平成14年法律第24号による改正前のもの。
以下同じ。明確性要件)違反
(3)損害額
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)ア(構成要件Aの「残部Snからなる」の充足性)について
【原告の主張】
被告製品の合金組成は,別紙「ソルダーコートLLS227α分析結果」の
。,,,,,
とおりであるそれによれば被告製品は前提事実記載のSnCuNi
Ge以外の金属として,Ag(銀)を0.084重量%,Sb(アンチモン)
.,().,().
を0013重量%Biビスマスを0016重量%Fe鉄を0
006重量%,As(砒素)を0.001重量%含んでいるが,JIS(日本
工業規格)のはんだ規格における不可避不純物のレベルを超えるものではない
ので,いずれも不純物である。したがって,被告製品は,構成要件Aの「残部
Snからなる」を充足する。
被告は,Agを融点低下,流動性向上,ヌレ性向上のために意図的に添加し
ていると主張するが,被告が主張するAg添加による流動性向上の点は,争点
(1)イに関する原告の主張におけるラゴーン法による実験結果に照らして誤り
であり,また融点低下やヌレ性向上の点は,被告製品に含まれるAgのレベル
では,実用上意味のある効果を奏するか疑問である。
被告製品は,本件発明の要求する成分元素をすべて備え,かつNi添加の効
果としての流動性を向上させ,争点(1)イに関する原告の主張のとおり本件発
明の作用効果を維持している以上(被告物件のAgが不可避不純物である場

合は本件特許発明の構成要件を充足することは明白であるが)Agを意図的に
添加している場合もいわゆる「附加」に該当し,やはり本件発明の構成要件A
を充足するものである。
【被告の主張】
本件発明は,Snを母材とした上で,どのような添加金属をどれだけ添加す
るかという技術内容の発明である。
しかるところ,本件発明の構成要件A及びDから読みとれることは,いずれ
もSn母材の中に,本件発明1ではCuとNiを,本件発明4では更にGeを
所定重量%添加した合金にかかる発明であって,それ以外の金属成分を添加す
る技術思想は開示されていない。
本件明細書(訂正後のもの)の記載を見ても「本発明では(中略)Cu
,,
0.3∼0.7重量%に,Ni0.04∼0.1重量%,残部Snの3元はん
だを構成した「本発明における錫銅ニッケル3元はんだ」とされ,実施例



及び表1の実施例は,すべて「Cu,Ni,Snのみからなる3元はんだ,

ないし「これにGeを添加した」はんだのみである。

本件発明において上記の例外は「不可避不純物」だけである。この不可避

不純物は,意識的に添加したものではなく,原料に含まれ,あるいは,製造工
程で不可避的に混入されるなどして「除外しようとしても除外できない「不

可避の」不純物をいうものであることがその語義から明らかである。
はんだ合金においては,ある成分組成の合金と,これに更に別の金属成分を
加えた合金とにおいて,その化学的性質が同一のメカニズムのものかどうか予
測困難なのが一般である。したがって,本件発明は,上記の金属組成による発
明として特許査定を受けたのであるから,Ag等の明細書に記載のない金属を
意図的に含有させた合金を意図しないものであり,構成要件Aは「不可避不

純物」を除き文字どおり「母材であるSnに,Cu0.3∼0.7重量%,N
..」。
i004∼01重量%のみを添加したものという意味であると解される
しかるところ,被告製品には,はんだの融点を低下させ,あるいは,はんだ
のヌレをよくするためAgを0.084重量%意図的に含有させている。これ

「」。,「」
は不可避不純物ではないしたがって被告製品は残部Snからなる
との構成要件Aを充足せず,ひいては構成要件Dを充足しない。
原告は,上記含有量のAgが不可避不純物であると主張し,JIS規格にお
いて,Ag添加量が0.1%以下は「不純物」として認められていることを

指摘する。しかし,JIS規格は,工業的見地から,はんだの成分表示をする
際に,許容される不純物量,換言すれば,それ以下の含有量であれば,表示を
しなくてかまわない許容量を規定しているにすぎず,本件発明の技術的な目的
,,。
とは無関係で本件発明の構成要件の解釈判断基準となるべきものではない
また,原告の指摘するJIS規格は,平成18年3月25日に改訂されたもの
で,それ以前のJIS規格では,Sn−Cu合金におけるAg含有の許容量は
0.05%以下であった。原告の主張によれば,本件発明は,その出願・審査
・登録時における「不可避不純物量」と,平成18年3月25日以降のそれと
が,上記JIS規格の改訂に伴い異なるものとなったことになるが,このよう
なことはあり得ない。
2争点(1)イ(構成要件Bの充足性)について
【原告の主張】
(1)被告製品は本件発明の構成要件A,C及びDを充足するところ,そのよ
うなはんだ合金をはんだ付けに用いる場合には「金属間化合物の発生を抑

制し,流動性が向上」するので,被告製品は構成要件Bを充足する。
(2)溶融はんだにはぬれ性と流動性の双方が求められるが,溶融はんだの流
動性にはPbが寄与しており,従来のはんだ合金はPbを多量に含むもので
あったことから,溶融はんだの流動性の良否そのものは大きな問題とはなら
。,,「」
なかったしかし鉛フリーはんだにおいてはPbに頼っていた流動性
を別の組成によって達成しなければならないという新たな課題が生じること
になった。さらに,ICチップなどの電子部品が小型化されてリード間ピッ
チが狭くなってきたことから,はんだ付け作業時において溶融状態のはんだ
の流動性が悪いと,溶融はんだからプリント基板が離脱するときのはんだの
切れが鈍くなり,つのが生じたり,ブリッジなどの接合不良が生じることに
なる。このように,現在のはんだ合金に求められるのは,ぬれの良さはもち
ろんであるが,はんだ付け時にプリント基板から溶融はんだが適切に切れて
くれること,即ち流動性の良さという,ぬれ性とは別個の課題を解決する必
要がある。
このような溶融はんだの「流動性」が必要な場面は,プリント基板に電子
部品をはんだ付けして実装するときであるから,本件発明はそれを前提にし
。,.
て理解する必要があるこの観点からすると本件発明におけるCu濃度0
3∼0.7重量%は共晶点よりも亜共晶側における状態であるが,このCu
濃度条件にあっても,通常のはんだ付け操業時において溶融はんだ中にCu
6Sn5金属間化合物が発生することが不可避である。すなわち,通常のフ
ローはんだ付けにおいては,基板は次々とはんだ付け工程に投入される。こ
の場合,プリント基板は約100℃までプリヒート(予熱)されて投入され
て,約250∼255℃の溶融はんだに接触することになる。すると,溶融
はんだは急激に温度降下し,プリント基板の場所によっては196∼220
℃まで冷却されてしまい,固相線温度である227℃以下まで下がることに
なる。そうすると,Cuの添加量が0.3∼0.7重量%のいかなる範囲に
おいても,絶えず連続的な温度降下が生じることにより,固体Snのみなら
ず,大量のCu6Sn5金属間化合物が生成される。このように「金属間

化合物の発生を抑制し,流動性が向上したこと」という構成要件Bは,はん
だ付け時に実現するものである。
このような本件発明の実体に照らすと「流動性が向上した」という構成

要件を実証するための方法としてはラゴーン法によるのが本件発明がは
,,「
んだ付けをするために用いられる合金」であることを正確に捉えることがで
きるものであり,噴流試験法よりも適切であるというべきである。
(3)そして,社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の鉛フリーはん
だの標準化検討プロジェクトによる研究報告(甲15)によれば,11種の
組成の鉛フリーはんだを試料として,はんだの流動性をラゴーン法により測
定したところ,Ni添加によりはんだの流動性が大きく改善したことが示さ
れている。
また,ラゴーン法による鉛フリーはんだ流動性実験(甲16)では,Sn
.,
−07%CuはんだにNiを添加することによりはんだの流動性は向上し
とりわけNiを400∼800ppm(0.04∼0.08%)添加した範囲
で流動性の向上が顕著であった。またそこでは,Niの添加量の相違によっ
て流動長さが変わったことを明白に示しているが,これはNiの添加量の相
違によって,Snと並んで固相を構成するCu6Sn5の発生の状況あるい
はメカニズムが異なり,流動性の向上に寄与したことを論理的に示している
ものである。
(),。.
他の同様の実験甲17でも同様の結果となっているまたSn−0
7%Cu-Agはんだ(ただしAg添加量が1%に及ぶ場合は除く)におい
てもNi添加により流動性が向上するとの結果が示されている。さらに,同
実験では,被告製品についても実験したが,それによれば,被告製品におけ
る流動性のレベルは,これとNiの添加量が近いSn−0.7%Cu−0.
08%Niとほぼ同一であり,流動性の減少要因であるAg含有量が0.0
84%と微量であるため,比較的高水準の流動性を保っている。これは,N
i添加による流動性向上効果が発揮されているものである。
さらに豪州クイーンズランド大学のY1博士ほか「凝固中のSn−Cu−
Ag−Niはんだ合金の最大流動性長」と題する論文(甲30)では,ラゴ
ーン法によって,Sn−0.7Cuに対してNiの添加量を増やす一方,そ
れらに対してAgの添加量を増やしていくと,Agの添加量を増やすにつれ
て流動長が短くなっていくこと,すなわちSn−Cu−Ni組成に対してA
gを添加するとラゴーン法による流動長は短くなるという事実が示されてい
る。
このように被告製品は,Agが存在することによって,Agを含まないS
n-Cu-Niより流動性は低いものの,Sn-Cuより流動性は向上してい
。「」,,
る本件発明において流動性が向上したのは本件明細書の記載からも
Niを添加しないSn-Cuと比べてNiを添加したSn-Cu-Niの流動
性が向上したことを意味するものであるから,被告製品は構成要件Bの「金
属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上」を充足する。
(4)被告の主張に対する反論
被告は,噴流試験法による実験結果(乙2)により,被告製品では流動性
の向上がないと主張するが,以下のとおり失当である。
ア現在のところ液体状の溶融はんだの(粘度の逆数としての)流動性を直
接的に測定できる手法は確立されていないし,現実としても液体の粘度を
直接測定することは一般に困難である。そこで,従来から提唱され,現時
点ではんだの流動性を測定する代表的かつ最も的確と考えられる手法が,
「ラゴーン法(甲13及び14)である。はんだの流動性測定手法とし

てのラゴーン法は1950∼1960年代に開発されたものであるが,特
に,Sn−Pb二元系での実験が学術的に有名であり,これにより従来か
ら利用されていたSn−37Pb共晶点で流動性が最もよくなることが確
認されたという経緯がある。このように,ラゴーン法は,はんだ材料とし
て従来から利用されていたSn−37Pbを試料として流動性を確認した
ものであり,本件発明1の流動性確認の手法としては適切なものである。
「流動性」を学術的に測定する方法としては,現在のところスパイラル
法かラゴーン法しか存在していないから「流動性が向上した」という構

成は,学術的にはそのいずれかで証明されれば十分である。原告は,前提
事実記載の無効審判(無効2004-80275号)において,被告が主
張するのと同様の噴流試験法による実験報告(甲2に添付の資料1,2)
を提出したが,ラゴーン法の方がより正確かつ客観的な流動性確認を行う
ことができる。
被告は,本件発明における「流動性」の意義について「はんだ槽内に

おける溶融はんだの流動性」ととらえるべきであり,ラゴーン法が測定対
象とする「鋳造性としての流動性」ではないと主張する。しかし,鋳造で
あれ,はんだ槽内における溶融はんだであれ,結局のところ,はんだが溶
融状態においてどのような物性を発現するかという基本的事実は全く同じ
である。しかも,ラゴーン法自体が,その開発当時にはんだ合金として極
めて広く用いられていたSn−Pb合金の流動性を測定したことに起因す
るものであったのである。この点において,被告のラゴーン法に関する理
解は誤っている。
イ被告は,原告がラゴーン法によるべきであると主張することが出願経過
禁反言に反すると主張する。
しかしながら「はんだ槽における噴流高さの測定」と「ラゴーン法に

よる測定」とで測定結果に齟齬が生じる道理はなく,出願経過禁反言に違
反するものではない。つまり,原告は前者の試験よりも正確を期するため
に後者の試験を行ったものであり,先行する試験方法よりも正確精緻な試
験方法を採用して,その結果を確認する手法を否定する根拠はない。
ウ被告実験乙2同様の方法で行われた争点(2)イに関する被告実験乙
(。〔
〕,。
),
18についても同様であるのでここでまとめて触れるについては
次の疑問がある。
(ア)Ni添加により流動性が低下し,Ag添加により流動性が向上する
,(,,)
という被告の実験結果はラゴーン法による実験甲151617
において,鉛フリーはんだにNiを添加した場合に流動性が顕著に増加
し,Agを添加した場合は流動性が低下するという結果と相反するもの
であり,少なくとも流動性を正しく測定できているとは言い難い。
「」
(イ)被告実験において使用された自動はんだ付装置LG-350SS
は,噴流が左右にスイングすることを特徴とするものであり,噴流のピ
-ク位置が変動するのであるから,噴流高さを目視で正しく測定するこ
とは困難である。
(ウ)被告実験では,はんだ槽内のはんだを十分に溶融させずに実験を開
始しているので,実験開始1時間後よりさらに溶融状態が良好になった
2時間後の方が噴流高さは高くなるか,少なくとも同一であると想定す
るのが自然であるところ,2時間後の方が噴流高さが低くなっているも
のがあり,測定結果を信頼できない。
(エ)被告実験結果において,Sn-Cu-Agの0時間後及び1時間後の
噴流高さの最大値と最小値に2㎜の差があるが,これは他の場合がすべ
て1㎜以内の差にとどまっているのに比して不自然であり,実験結果が
不正確であることの現れである。
(オ)被告の実験では,Sn-CuとSn-Cu-Niはエージング時間に
対して同じ挙動をしているが,その理由は説明できない。また,Sn-
Cu-NiはSn-Cu-Agよりも早く安定しているが,Agははんだ
の融点を下げる作用を有しているのであるから,Agが添加されたはん
だのほうが融点は低く,安定するのも早いはずである。さらに,Sn-
CuとSn-Cu-Agが同じ挙動をすることも説明がつかない。
エ被告は,ラゴーン法による再現実験(乙26)によれば,Niの添加に
よる流動性の向上は確認されなかったと主張する。
しかし,その実験は,原告が指摘する実験(甲16)とは異なった装置
を用い,時間条件や温度条件を独自に解釈して設定したもので,甲16の
再現試験ということはできない。したがって,初めから乙26の結果こそ
が正しく甲16の結果は正しくないという前提に立つ被告の主張は,根拠
がない。
【被告の主張】
(1)本件特許権の設定登録時点では,特許請求の範囲の請求項1は「Cu

0.1∼2重量%,Ni0.002∼1重量%,残部Snからなることを特
徴とる無鉛はんだ合金」というものであったが,これに対しては,同請求

項1の範囲内にある組成を有する先願発明(特開平11−277290号公
報記載の発明)の存在を理由として,特許法29条の2を根拠に取消決定が
なされた。
そこで原告は,平成16年4月9日,請求項1について「金属間化合物の
発生を抑制し流動性が向上した」という構成要件Bを加えることを主な内容
とする訂正審判を請求し,請求項1は現在と同一内容となった。
原告の出願経過における主張によれば,本件発明の「流動性の向上」にお
ける「流動性」とは「溶融状態のはんだについてのもの」であり「液相
,,
線を越えた状態が一定時間続いて『平衡状態』になった状態では,金属間化
合物もすべて溶融して流動性を阻害することはない」が,本件発明における
「流動性」は,このような平衡状態におけるものではなく,溶融はんだに,
はんだを追加投入する際に生じる「非平衡状態,すなわち,温度分布に偏

りが生じて液相線よりも低い温度となったり,投入された固体はんだの中に
。,
存在する金属間化合物が溶融するまでの状態をいうとされたさらに原告は
この金属間化合物の量については,実際のはんだを使用する温度(液相線が
230度前後にあるため,それから約20度ほど高い250度前後)におい
て,溶融はんだ槽における噴流はんだの高さを測定することにより確認する
ことができると主張し,実際にその実験を噴流試験法によって行い実験結果
を証拠提出して(乙22の12,先願との相違を強調主張した。

そして,特許庁もこれを認めて,訂正審判請求における独立特許要件の存
在,異議申立における特許要件の存在,無効審判における無効事由の不存在
を,それぞれ認めたものである。
このような出願経過に加え,金属間化合物は半溶融状態及び固相状態にお
いて存在するとの技術常識を参照すれば,構成要件Bは,基本的にフロー式
のはんだ付けにおいて,はんだ槽内で流動化している溶融はんだについて,
これが完全に溶融している状態ではなく,半溶融状態における金属間化合物
の生成を抑制し,それによって,はんだの流動性の向上を意図したものであ
る。このことは,本件明細書において「このような金属間化合物は融点が

高く,合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し,はんだとしての性
能を低下させる」とあるところからも,また,訂正審判請求書における原

告の主張内容からも明らかである。
そして上記原告の訂正審判手続における主張からすると,この「流動性」
の大小は,例えばフロー式はんだ槽で,噴流ノズルの流動はんだの高さを測
定することにより測定する(噴流試験法)ことが可能である。
原告は,本件発明は,プリント基板のはんだ付け時において,溶融はんだ
に急激な温度効果が生じ,固相線を下回ったときの金属間化合物の問題を解
決するものであると主張する。しかし,本件発明による金属組成である亜共
晶組成では,液相線温度を下回ったときに初晶として発生するのは「Sn単
体」であり,また固相線温度を下回るときには「Sn単体とSnCu金属間
化合物からなる共晶粒」が発生するが,これは原告が主張するようにSnC
()。,
u金属間化合物そのものSnCu金属間化合物の単体ではない同時に
共晶粒中の金属間化合物の量は合金に含まれるCu,Ni量により状態図か
ら一義的に決まるので,その量を抑制することはできない。また,原告が主
,,,
張するようなメカニズムで亜共晶組成でも一瞬固相線以下の温度となり
上記共晶粒が生じている可能性はなくはないが,仮にこのような現象が生じ
たとしても,この共晶粒は,それこそミクロン単位のもので(そうでなけれ
ば,固体になってしまい溶融はんだでなくなってしまう,これに比較して

槽内の高温の溶融はんだの量は圧倒的に多くエネルギー量が格段に違うた
め,瞬時に溶融してしまうから,原告が主張するように大量のCu6Sn5
金属間化合物が継続的に(しかも金属間化合物単体で)存在しているなどと
いうことはありえない。
,()
(2)被告は原告が訂正審判手続において主張した測定方法乙22の12
を一部変更して被告製品の「流動性」を測定した(乙2。

すなわち,原告の上記実験は,初めにSnを溶融しておいて,そこにCu
を添加し,更にNiを添加して溶融させ,その経過の中で,Cu添加の時点
で噴流の高さを測定してSn−Cu合金の「流動性」を測定し,Ni添加の
時点で,同様に噴流高さを測定してSn−Cu−Ni合金の「流動性」を測
定している。しかし,この方法によると,Niの融点が1455度と高いた
め,250℃のはんだ槽内でSn−Ni母合金が完全に溶けるためには(つ
まり請求項1及び4に係る発明の組成範囲内の組成を達成するのに,半日

,(),
以上の時間がかかるがこのように半日以上も加熱熱エージングすれば
,,
溶融はんだ中の金属間化合物が溶解し溶融はんだの流動性が向上する結果
当該調製方法により得られたSn−Cu−Ni溶融はんだ,あるいはSn−
Cu−Ni−Ge溶融はんだを用いて噴流高さが高くなっても,それがNi
による効果なのか,熱エージングによる効果なのか,判別できなくなってし
まう。また,実際のはんだの使用の現場では,当然ながら,まずSnを溶融
し,その後Cuを添加し,更にNiを添加するなどという「溶融はんだ」の
製造法はとられず,Sn−Cu−Ni合金そのもののインゴット(塊)を溶
融させて使用する。
そこで被告は,Sn−Cu合金,Sn−Cu−Ni合金,Sn−Ag−C
u合金,Sn−Ag−Cu−Ni合金のインゴットをそれぞれ製造,用意し
ておき,平衡状態(液相線を20度程度上回った250度の状態を1時間な
いし2時間維持する)に至るまでの「非平衡状態」における,溶融はんだの
流動性を原告と同じ手法で測定した(乙2。

そして,被告の実験結果によれば,被告製品は,Ni添加により,流動性
が向上していない同時に金属間化合物の発生を抑制しているから流
。,
「」「
動性が向上する」とする原告の主張によれば,被告製品は,金属間化合物の
発生を抑制していないことになる(なお,はんだ槽内で溶融状態にあるはん
だについて,金属間化合物がどれだけ存在しているかを直接測定することは
技術的に不可能である。したがって,被告製品は,構成要件Bを充足しな

い。
(3)原告は「流動性」の大小の測定はラゴーン法によるべきであると主張

するが,全く不相当である。
アラゴーン法は,合金が急速に冷却されていく中,その固化までの時間に
どれだけの距離を,溶融金属が真空によって吸引されたかを測定し,これ
によって冷却までの間にどれだけ溶融性が維持されているかを見ることに
より,当該金属の「流動性」を測定しようというものである。そこで測定
されている「流動性」は,もともと鋳造技術において鋳型にどれだけ金属
が行き渡るかという意味でのものであり,その結果「冷却固化する過程の
中で,どれだけの時間,当該金属の流動性がある状態が継続するか」とい
うものでしかない。つまり,ラゴーン法は「鋳造性」についての測定方法
である「流動性」という言葉は同じでも,はんだ槽の中で溶融はんだが

「」,
循環している状態における当該はんだの流動性とは全く相違しており
適切でない。
イ原告は,出願経過において,Ni添加による「金属間化合物の発生の抑
制」とそれによる「溶融状態のはんだの流動性」の向上が,本件発明の特
,,
「」
徴であると再三主張しその裏付けとして溶融状態のはんだの流動性
を測定するためには,はんだ槽における噴流高さの測定により実証するの
が相当であるとして,自ら実験して証拠提出し,それが認められて特許権
が維持され,無効審判請求も排斥されている。
,「」「」
したがって本件において流動性の意義をはんだ槽におけるそれ
ではなく「鋳造性としての流動性」にすり替えた上で,後者の測定方法

であるラゴーン法によって立証しようとするのは,出願経過禁反言の原則
に反する。
ウラゴーン法においてはガラス管温度液面からL字部分までの高さ水
,,(
頭圧,溶融保持時間などにより,測定結果に影響が生じる。ところが原

(,),,
告による測定甲1617ではこれらの点の測定条件が不明であり
これらの要因による影響を受けた可能性がある。
そこで被告は,これらの要因を抑えたラゴーン法による実験(乙26)
を念のために行った。それによれば,Sn−0.7Cu−0.05Niの
場合が流動長さが最も悪く,Sn−0.7Cuの場合が最も良い結果とな
。,..,..
ったまたSn−07Cu−008AgはSn−07Cu−0
08Ag−0.05Niよりも流動長さは良い結果であったが,どちらも
Agを含まないSn−0.7CuとSn−0.7Cu−0.05Niの間
の値であった。これらは乙第2号証の噴流槽での流動性実験の結果とほぼ
同様であった。
なお被告は,銅食われによりはんだ槽中のCu濃度が上昇して過共晶状
態となった下でのラゴーン法よる流動性実験を行った(乙34)が,それ
によっても流動性の向上は認められなかった。
,()
(4)原告は本件発明ではNiの添加によって金属間化合物Cu6Sn5
の生成が抑制されており,被告製品でも同様であると主張する。
しかし,Ni添加によりCu6Sn5金属間化合物の生成が抑制されてい
ることを科学的に確認する方法は現存しない。なお,本件明細書には,Cu
とNiが互いにあらゆる割合で解け合う全固溶の関係にあるため,Niには
CuのSnに対する反応を抑制する作用があるとの趣旨の記載があるが,こ
のような事実は学術的には何ら証明がなされていない。文献としても,特許
公開公報(特開平7−116887,乙第6号証の2)の【0020】欄に
記載がある程度で,それ以外の文献は見あたらない。Ni添加により,Cu
6Sn5金属間化合物中の一部のCuがNiに置換されたとしても,Niの
添加量は0.04重量%∼0.1重量%と微量であるため,ごく一部のCu
がNiに置換されるだけと考えられる。すなわち,Cuと比べて原子半径が
やや小さいNiが化合物中に置換固溶したとき,その結晶格子の大きさに多
少の変化はあっても,Cu6Sn5の組成比を持つ限り結晶構造(六方晶,
NiAs型)は原則的に変化しない。よって,Cu6Sn5金属間化合物が
ファセット組織(形態)からノンファセット組織(形態)に変化する程の,
Cu6Sn5(固体)/Sn(液体)間の界面エネルギーに変化が生じるか
不明であると共に,上記添加量からすれば,少なくとも結晶構造が変わらな
い限り,またたとえ変わったとしても特定の組成比を持つ化合物となる限り
は,このような変化は生じていないと考えられる。
3争点(2)ア(進歩性要件違反)について
【被告の主張】
(1)特許要件を具備すべき基準日について
本件発明に係る特許出願は,前提事実記載の3つの特許出願を基礎出願と
して優先権主張がされているが,本件発明1の構成要件AのNi含有量の下
限値(0.04重量%)と構成要件Cについては,それら基礎出願の明細書
中に記載がない。このように,本件発明1及び4の特許出願は,特許法41
条2項の要件を充足しないので,それらに係る本件特許の特許要件の判断基
準日は,前提事実記載のいずれの優先日でもなく,本件発明の特許出願日で
ある平成11年3月15日である。
(2)本件発明1について
本件発明の特許出願日前においては,①Sn−Cu合金が公知技術として
存在しており(乙6の1,②Snベースの合金において,Cu濃度が一定

以上,特に0.3重量%程度以上存在する場合には,Sn−Cu金属間化合
物が発生し,はんだの流動性の低下の問題が具体的に発生することは当業者
において周知であり(乙6の4,乙8,乙9,③上記Sn−Cu合金にN

iを添加することにより,Sn−Cu金属間化合物の発生を抑制でき,上記
流動性の低下を防ぐことができることは本件特許出願前に開示されていた
(乙6の2及び3)のであるから,公知のSn−Cu合金に,Niを添加し
て,Sn−Cu金属間化合物の発生を抑制し,流動性を向上させるはんだを
構成することは,前記公知文献記載の発明を組み合わせることによって,当
業者が容易になし得たことは明らかである。
そして,Cu含有量の0.7%は,Sn−Cu合金の共晶点であり,共晶
点を超えてCuを含有させることは,融点の上昇を招き好ましくないことは
当業者の出願前周知事項であり,Sn−Cu金属間化合物の晶出の問題はC
uの含有量が0.3%程度を越えると具体的に生じてくることは当業者にお
いて公知であったから,Cuの上限値を0.7%とし,下限値を0.3%と
するのは当業者における単なる設計事項にすぎない。また,Cuの含有量
(0.3ないし0.7%)が決まれば,Niについては,大まかな含有量の
当たりをつけた上で,当業者において,適宜,実験を行うことにより,請求
項1のNi含有量0.04ないし0.1%を限界値とすることは,当業者に
おいて容易になしえたことは明らかである。
以上から,本件発明1は,乙6号証の1に,乙6号証の2,乙6号証の3
及び周知事項である乙6号証の4の各記載事項を組み合わせることにより,
当業者において容易に推考できたものであり,進歩性を欠如している。
(3)本件発明4について
上記本件発明1についての主張に加え,Geを少量(例えば,0.001
∼1重量%)添加することにより,合金溶解時の酸化物生成を抑えることが
できるとか,結晶を微細化することができるとか,結晶の粗大化を抑制する
ことができるという本件発明4の作用効果が得られることは,いずれも本件
(,,)

発明の特許出願日前に公知であった乙13の1及び2乙14乙15
したがって,本件発明4は,本件発明1に上記公知技術を適用することによ
り,当業者において容易に推考できたものであり,同項記載の発明は進歩性
を欠如している。
【原告の主張】
(1)本件発明が特許要件を具備すべき基準日についての被告の主張は争う。
(2)乙第6号証の1記載の発明は,99.3Sn−0.7CuというSn-C
uの共晶合金に係るものであるのに対し,本件発明は,Sn-Cu-Niとい
う三元合金を実現したものである。被告は,合金組成が異なる先行技術を提
示して進歩性欠如を主張しているが,そもそも合金は,その基本組成が異な
り,かつ各添加元素が有効に働くものであれば,組成が異なるという点だけ
でも技術的には別異の合金である。したがって,乙第6号証の1の発明は,
本件発明の公知引用例たり得ない。
また,乙第6号証の2記載の発明は,基本組成としてはSn-Pb合金で
ある。本件発明は,無鉛はんだ合金に係るものであり,鉛を含有しないはん
だを開発したものであるから,乙第6号証の2は,乙第6号証の1と同様そ
もそも基本的な合金組成が異なり,進歩性否定のための引用例とはなり得な
い。また,乙第6号証の2では,Cuの含有を耐疲労性の観点から否定的に
位置づけていることからも,引用例とすることはできない。
乙第6号証の3記載の発明は,平成13年4月10日に国内公表された公
表特許公報であるから,本件発明の現実の出願日である平成11年3月15
日よりも更に後に公表された文献であるから,本件発明の進歩性を否定する
引用例たり得ない。また,乙第6号証の3記載の発明は,基本組成としてS
n-Ag-Cuの三元からなるもので,その組成範囲もSn−4.7%Ag-
1.7%Cuを中心としたもので,本件発明の合金組成とは基本的に異なる
ものである。一般に合金は,その組成が異なるだけで,固体状態のみならず
溶融状態における振舞いも全く異なるものであり,加えて組成範囲まで異な
れば作用も大きく異なるものであるから,この点でも本件発明の進歩性を否
定する引用例たり得ない。
以上より,被告が指摘する引用例によって本件発明の進歩性の欠如を基礎
づけることはできないが,本件発明の各構成元素の添加量についても,Cu
については,被告が指摘する融点上昇の観点からは共晶点よりも融点の高い
0.3%まで含有を認めることは好ましくないし,銅汚染の観点からは0.
7%まで含有を認めることは避けるべきであるはずである。また,Niにつ
いても,大まかな含有量の当りをつけるという主張は化学,あるいは組成物
の発明の基本的姿勢を完全に無視するものである。
(3)以上より,本件発明に進歩性の欠如はない。
4争点(2)イ(実施可能要件違反)について
【原告の主張】
「..,..,
はんだの組成をCu03∼07重量%Ni004∼01重量%
残部Snからなる」としたものを,例えばフローはんだ合金として通常の溶融
温度域で用いた場合には,必然的に「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が
向上した」という事実を再現することができる。したがって,本件発明は実施
可能であり,その結果を測定する方法が開示されていないからといって,実施
不能ということにはならない。
被告は,本件発明の構成要件Aの組成からるはんだ合金は「金属間化合

物の発生を抑制し,流動性が向上した」との性質を有しないと主張するが,争
点(1)イに関する原告の主張のとおり,ラゴーン法の実験により,この点は確
認されている。なお,さらにラゴーン法を用いた実験結果(甲28)として,
Sn−0.7Cu−0.06Niの溶融はんだが非常に良好な流動性を示すこ
とが発表されている。さらに,Sn−0.7Cuに対して0.04∼0.1%
のNiを添加した場合の良好な流動性が確保される点も明らかにされている。
【被告の主張】
(1)本件発明は構成要件Bを要件としているにもかかわらず,本件明細書に
は「金属間化合物の発生が抑制されたか否かを測定する方法」も「流動
,,
性が向上したか否かを測定する方法」も,いずれも開示されていない。
そこで被告は,原告が訂正審判手続中に行った実験方法(噴流試験法,甲
2号証添付資料1,2)を参考にして,請求項1及び4(構成要件A及びD
の)組成を有するはんだ合金の流動性が向上するか否かの実験を行った(乙
18。その結果,0時間(エージング無し,1時間エージング後,2時
))
間エージング後のいずれにおいても,Sn−Cu無鉛はんだ合金よりも,請
求項1及び4に係る無鉛はんだ合金の方が,かえって噴流高さが低い,すな
わち流動性が低かった。
このように,本件明細書には,いかなる方法で流動性の向上,金属間化合
物の生成の抑制を測定するかが記載されておらず,客観的にもその測定方法
が見あたらなかったのであるし,また構成要件Aに規定する金属組成の合金
を再現しても,流動性の向上,金属間化合物の生成の抑制は達成できないの
で,実施することが不能で,実施可能要件を満たしていない。
なお,原告が主張するラゴーン法による測定が不相当であることは,争点
(1)イに関する被告の主張のとおりである。
(2)仮に本件発明が「銅食われ」により共晶点を超えてCuが存在する過共
晶状態下であることを前提にするものであるとした場合,過共晶領域では,
Niを添加するとより共晶点から離れるため,ラゴーン法による溶融金属の
流動性が低下すると考えられ,被告が行った実験(乙34)のみならず,原
告提出のラゴーン法による流動性実験(甲16)にさえ,そのことをうかが
わせる実験結果がある。この点でも本件発明は実施可能要件を満たしていな
い。
5争点(2)ウ(サポート要件違反)について
【原告の主張】
本件発明1においては,その解決課題が,銅食われ現象が生じ,その結果銅
の濃度が上昇して,SnとCuの不溶解性の金属間化合物が形成され,はんだ
浴中に析出したり,ざらざらした泥状となってはんだ浴底に溜ったりして,は
んだの流動性を阻害することにあることは本件明細書の記載内容及び証拠から
明らかであり,本件発明1の組成において,Niの添加により「金属間化合物
の生成が抑制され,流動性が向上した」ことについても本件明細書及び証拠か
ら明らかである。
このように,本件発明は,明細書の記載要件の1つとしてのサポート要件を
充足するものであり,本件特許に関する前提事実記載の知的財産高等裁判所平
成19年1月30日判決においてもそのように判断された。
【被告の主張】
(1)本件発明において「金属間化合物の発生を抑制し流動性が向上した」

という要件は,特許請求の範囲に記載された要件であると共に,本件発明の
課題そのものである。しかるに,本件明細書には「金属間化合物の発生を

抑制し,流動性が向上した」ことについて,これを裏付ける実施例の記載は
ない。そのため,本件発明は,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の
詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当
該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえない。
また「金属間化合物の発生が抑制されたかどうか」についてはこれを測

定する方法はなく,また,流動性が向上した点も直接測定する方法は確立さ
れておらず,現実としても液体の粘度を直接測定することは一般に困難であ
る。この点について原告は,出願後の本訴にいたって提出した実験方法であ
る「ラゴーン法」による実験結果を指摘するが,それが不十分であることは
争点(1)イに関する被告の主張のとおりである。したがって,明細書中に記
載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解
決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
したがって,本件発明はサポート要件を欠いている。
,,「」
(2)原告は本件発明の課題ははんだ付け作業に伴って生じる銅食われ
現象下における金属間化合物(Cu6Sn5)の生成を,所定の金属組成を
採用することにより抑制し,それに伴いはんだの流動性を向上させる点にあ
ると主張する。
しかし,そのような点が本件発明の課題であることは,本件明細書から読
みとることはできない。また,原告は,平成12年11月14日付け拒絶理
由通知に対する意見書を始め,出願経過において「銅食われが生じていな

い状態でもCu6Sn5金属間化合物が生成される」と主張しているのであ
り,上記主張は出願経過中の主張と異なる。さらに「銅食われ」によるC

u濃度上昇の環境下を前提にすると,Cu濃度は作業量,作業時間に比例し
て,刻々と上昇していくのであるから,本件発明においてCu濃度を限定し
た実験的な根拠はないことになる。しかも本件明細書には,このような銅食
われ現象によりCu濃度が上昇していく中,Cuの添加量を変化させて流動
性の向上の有無を検証した実施例は痕跡すら認められない。このように本件
発明の課題を「銅食われ」を前提とするものとしてとらえると,本件発明は
この点でもサポート要件を欠いていることになる。
6争点(2)エ(明確性要件違反)について
【原告の主張】
本件発明はそれぞれの請求項1,4に記載したとおり外延は極めて明確であ
る。
【被告の主張】
本件発明1及び4によると,金属間化合物の発生を「何と比較して」抑制で
きたのか,流動性が「何と比較して」向上したのか,が不明であり,金属間化
合物の発生がどの程度減少すれば「抑制された」といえるのか,流動性がどう
なれば「向上した」といえるのかも不明である。したがって,本件発明1及び
4は,外延が不明確であり,明確性要件(36条6項2号)に違反している。
7争点(3)(損害額)について
【原告の主張】
被告による被告製品の製造販売等の行為により,原告は5000万円を超え
る逸失利益の損害を受けた。
また,原告が弁護士及び弁理士に本件訴訟を委任するに要する費用のうち,
少なくとも弁護士及び弁理士費用各250万円,合計500万円については,
被告による本件特許権侵害行為と相当因果関係がある。
【被告の主張】
争う。
第4当裁判所の判断
1本件明細書の記載について
証拠(甲2及び3)によれば,本件明細書(訂正後のもの)には次の記載の
あることが認められる。
(1)背景技術
「本発明では無鉛でかつ錫を基材としたはんだ合金を開発し,工業的に入
手しやすい材料で,従来の錫鉛共晶はんだにも劣ることがなく,強度が高く
安定したはんだ継手を構成することができる,金属間化合物の発生を抑制し
流動性が向上したはんだ合金を開示することを目的としたものである」

(2)発明の開示
「本発明では,上記目的を達成するためのはんだ合金として,Cu0.3
∼0.7重量%に,Ni0.04∼0.1重量%,残部Snの3元はんだを
構成した。この成分中,Snは融点が約232℃であり,接合母材に対する
ヌレを得るために必須の金属である。ところが,Snのみでは鉛含有はんだ
のように比重の大きい鉛を含まないので,溶融時には軽くふわふわした状態
,。,
になってしまい噴流はんだ付けに適した流動性を得ることができない又
結晶組織が柔らかく機械的強度が十分に得られない。従って,Cuを加えて
合金自体を強化する。CuをSnに約0.7%加えると,融点がSn単独よ
りも約5℃低い約227℃の共晶合金となる。又,はんだ付け中にリード線
などで通常用いられる母材であるCuの表面からCuが溶出するという銅食
われを抑制する機能も果たす。…
Cuの添加量としては,0.3∼0.7重量%が最適であり,これ以上C
uを添加すればはんだ合金の融点が再び上昇する。…
本発明において重要な構成は,Snを主としてこれに少量のCuを加える
だけでなく,Niを0.04∼0.1重量%添加したことである。NiはS
nとCuが反応してできるCu6Sn5あるいはCu3Snのような金属間
。,
化合物の発生を抑制する作用を行うこのような金属間化合物は融点が高く
合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し,はんだとしての性能を低
下させる。そのためにはんだ付け作業時にはんだパターン間に残留すると,
導体同士をショートさせるいわゆるブリッジとなることや,溶融はんだと離
れるときに,突起状のツノを残すことになる。そこで,これを回避するため
にNiを添加したが,Ni自身もSnと反応して化合物を発生させるが,C
uとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,Niは
Sn−Cu金属間化合物の発生に相互作用をする。本発明では,SnにCu
を加えることによってはんだ接合材としての特性を期待するものであるか
ら,合金中にSn−Cu金属間化合物が大量に形成されることは好ましくな
いものということができる。そこで,Cuと全固溶の関係にあるNiを採用
し,CuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものである。
,。,
ただしSnに融点の高いNiを添加すると液相温度が上昇する従って
通常のはんだ付けの許容温度を考慮して添加量の上限を0.1重量%に規定
した。また,Niの添加量を減らしていった場合,0.04重量%以上であ
ればはんだ流動性の向上が確認でき,またはんだ接合性,およびはんだ継手
としての強度などが確保されることが判明した。従って,本発明ではNiの
添加量として下限を0.04重量%に規定した。
ところで,上記説明ではSn−Cu合金に対してNiを添加するという手
順を基本として説明したが,逆にSn−Ni合金に対してCuを添加すると
いう手順も成立する。SnにNiを単独で徐々に添加した場合には融点の上
昇と共に,Sn−Ni化合物の発生によって溶解時に流動性が低下するが,
Cuを投入することによって粘性はあるものの流動性が改善され,さらさら
の状態になる。これら何れの手順から見ても,CuとNiが相互作用を発揮
した結果,はんだ合金として好ましい状態に達することがわかる。即ち,S
n−Cu母合金に対してNiを添加する場合であっても,Sn−Ni母合金
に対してCuを添加する場合であっても,何れも同様のはんだ合金とするこ
とが可能である。
なお,CuとNi両者の含有比については,適正範囲が問題になるが,図
1に示したようにNiは0.04∼0.1重量%,Cuは0.3∼0.7重
量%の範囲で示された部分は全てはんだ継手として好ましい結果を示す。即
ち,上述したように母合金をSn−Cu合金と考えた場合には,X軸に示さ
れたCuの含有量が0.3∼0.7重量%の範囲で一定の値に固定されるこ
とになるが,その場合にはNiを0.04∼0.1重量%の範囲で添加量を
変えた場合でも好ましい結果を示す。一方,母合金をSn−Ni合金と考え
た場合にはY軸に示されたNiの含有量が0.04∼0.1重量%の範囲で
,..
一定の値に固定されることになるがその場合であってもCuを03∼0
7重量%の範囲で添加量を変えた場合でも好ましい結果を示す。なお,これ
らの値については,Niの作用を低下させてしまう元素以外の不可避不純物
が混入している場合でも同様であることはいうまでもない」

(3)発明を実施するための最良の形態
ア発明者が本発明の無鉛はんだ合金の最適配分の1つであると考える,C
u0.6%,Ni0.1%,残部Snの合金のサンプルについて,溶融温
度測定,比重測定,室温25℃雰囲気における引張試験,JIS−Z31
97による広がり試験,ヌレ性試験,接合強度試験,電気抵抗試験,クリ
ープ強度試験,ヒートショック試験,マイグレーション試験,食われ試験
をした結果が記載されている。
イまた,Cuが0.5%又は0.6%,Niが0.05%又は0.1%,
Geが0.1又は0.3%の範囲のものに残部Snを組み合わせた成分組
成のサンプル1,2,4,8及び9と,Cuの組成が0.5%又は0.7
%で残部Snの組成のサンプルA及びBについて,融点(固相点及び液相
点,強度及び伸び率を測定した結果が記載されている(表1。
))
ウ「この実験例からも明らかなように,発明の範囲外である比較例と比べ
ても,全てのサンプルが強度的に満足いくものである。なお,従来の錫鉛
共晶はんだ合金は,ほぼ同じ条件で測定した強度は約4∼5Kgf/mm
2であり,これと比較すると全サンプルともに強度は低い数値を示した。
しかし,本発明のはんだ合金の用途は上述したように主に,はんだ継手で
接合する対象物としては比較的軽量の電子部品をプリント基板に実装する
ことを想定しているものであり,この用途に用いる限りにおいては強度的
にも満足できる範囲である。
伸びについては,Niの添加によって合金自体が良好な伸びを示したも
のと考えられる。
ところで,融点を2つの温度で示しているが,低いほうが固相温度であ
り,高いほうが液相温度を示す。一般的にこれらの温度差が小さいほうが
はんだ付け後のはんだ固化中における部品の移動がなく,安定していると
いう点については,従来の錫鉛系はんだの場合と同様である。しかし何れ
が優れているかという点については一般的に決定できるものではなく,は
んだ付け製品の用途などに応じて適宜適正な温度差を有するはんだ合金を
採用すればよい。
はんだ付けにおいて重要な性質であるヌレ性については,活性力の弱い
RMAタイプのフラックスによっても銅板に対するヌレが良好である。従
って,このフラックスを採用することによってヌレの良好性を確保するこ
とができる。
なお,本発明における錫銅ニッケル3元はんだについては,先ずSn−
Niの母合金を予め設け,Sn−Cuの溶解はんだ中に前記母合金を混合
して均一に拡散して無鉛はんだ合金を得るという逐次的な手段を用いるこ
とがある。上述したように,Niは融点が高いので,Sn−Cu中に純N
iを投入した場合には溶解しにくいうえに均一に拡散させることが困難で
ある。そこで,本発明の合金を調整する際には,予めSnにNiが十分に
混ざり合うように比較的高温で溶解して母合金を作製し,この母合金を,
溶解したSn−Cu浴中に投入する。このようにすると比較的低温でNi
がSn中に拡散した無鉛はんだ合金を得ることができる。
上述したように予めSn−Ni母合金を作ることは,他の好ましくない
金属の混入を避けることにもつながっている。本発明では,NiがCuと
全固溶し,かつCuとSnの合金によるブリッジの発生などを抑制できる
ことに着目しているが,Ni独自の効果を阻害する金属が合金中に存在す
ることは好ましくない。言い換えると,Cu以外の金属でNiと容易に相
互作用する金属の添加については,本発明の意図するところではない」

(4)産業上の利用可能性
「本発明の無鉛はんだは,従来の錫鉛共晶はんだと比較すると融点が高く
なるためにヌレ開始は遅れるものの,ヌレ始めると各種の表面処理に適応し
て界面の合金層を急速かつ確実に形成することができる。また,クリープ強
度が非常に強く,大型重量部品や発熱性部品の取り付けにも十分適合するこ
とが可能である。しかも,従来のはんだ合金では根本的な問題とされていた
,。
銅食われが減少するのでリード線の耐久性が飛躍的に向上することになる
さらに,その物性から電気特性,熱伝導性が高いので,電子部品の高速動
作性や放熱性に優れており,音響特性も向上させることができる。
また,組成中にビスマスや亜鉛,インジウムを含んでいないため,電子部
品の電極材などから混入してくる鉛を含んだメッキ層,またはSn−Agは
んだ,Sn−BiはんだあるいはSn−Cuはんだなどの他の無鉛メッキな
どに対しても異常な反応を引き起こすことがない。これは,従来の錫鉛はん
だから本発明品への切り換え時におけるはんだ槽の継続利用や鉛リード線な
どに対しても異常なく適合できることをも意味するものである」

2争点(1)ア(構成要件Aの「残部Snからなる」の充足性)について
(1)後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
,,,,
ア不可避不純物とはおおむね金属製品において原料中に存在したり
,,
製造工程において不可避的に混入するもので本来は不要なものであるが
微量であり,金属製品の特性に影響を及ぼさないため,許容されている不
純物ということができる(弁論の全趣旨。

はんだ合金に関する不可避不純物については,JISにおいて次のとお
り定められている。
(ア)平成11年制定のJIS−Z3282(乙3)
A級(電気,電子部品などの一般的用途を目的としたもの)の化学成
分として,Sn−Cu系のはんだにおいては,Sn99%Cu1%及び
Sn97%Cu3%の場合に,Agは0.05%以下。
(イ)(ア)を改正した平成18年制定のJIS−Z3282(甲6)
Sn−Cu系の鉛フリーはんだにおいては,Sn97%Cu3%及び
Sn99.3%Cu0.7%の場合に,Agは0.10%以下。
イ被告製品は,別紙「ソルダーコートLLS227α分析結果」のとおり
の成分組成を有しており,Agを0.084%含有している(甲5。

,「..,
(2)本件発明の無鉛はんだ合金はその組成をCu03∼07重量%
Ni0.04∼0.1重量%,残部Snからなる(構成要件A)というも

,,。
のであり文言上はこれら以外の金属成分を含有しない構成とされている
また,前記本件明細書の記載からすると,本件発明は,構成要件A所定の
「Cu0.3∼0.7重量%,Ni0.04∼0.1重量%,残部Snから
なる」組成の無鉛はんだ合金が,構成要件B所定の「金属間化合物の発生を
抑制し,流動性が向上した」との性質を有することを見出した点にその技術
的意義を有するものであると認められるが,一般に合金は,その成分組成が
異なれば,その特性が大きく異なることが通常のことである(甲27の19
頁。上記のように本件発明の成分組成が厳密に限定されているのは,この

ためであると考えられる。
これらの点からすると,本件発明は構成要件Aに記載される以外の成分組
成を含むことを基本的に許容するものではなく,例外的にそれが許容される
としても,せいぜい,そのようなものとして本件明細書において言及されて
いる不可避不純物か,又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えない
ことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るもの
に限られると解するのが相当である。
,.,
しかるところ被告製品は前記のとおりAgを0084%含有しており
これは,本件発明の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格において,S
n−Cu系のはんだ合金において定められた許容不純物としての範囲(0.
05%)を上回るものであるから,不可避不純物ということはできない。そ
して,特許出願ないし優先日の後にJIS規格が変更されたとしても,それ
はその時の技術常識や事情等に基づいて変更されたものと推認されるから,
平成18年制定のJIS−Z3282においてSn−Cu系の鉛フリーはん
だについてAgは0.10%以下と定められたとことをもって,Agを0.
084%程度含有しても合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願
時ないし優先日当時の技術常識に照らして容易に予見し得たと認めることは
できないし,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告製品は,構成要件Aの「残部Snからなる」の要件を充
足しない。
(3)原告の主張の検討
ア原告は,甲第6号証のJIS規格においては,被告製品に含有されるA
gは,不可避的不純物の範囲内にあると主張する。
確かにはんだ合金について,不可避不純物として許容される成分含有量
がどの程度のものであるのかについては,他にその点に関する技術常識を
示す証拠もないから,我が国で広く普及しているJIS規格における許容
不純物の基準が,当業者における技術常識を示すものと認めることができ
る。
しかし,原告が指摘する甲第6号証のJIS規格は,前記のとおり,本
件発明の特許出願時ないし優先日の後に改正されて制定されたものであ
る。特許権者は,発明の公開の代償として,存続期間中の当該発明に対す
る独占権を与えられるのであるが,その特許要件の存否は,先願主義の観
点から,特許出願時ないし優先日を基準として判断される(特許法29条
等。そのため,明細書における「発明の詳細な説明は,通商産業省令で

定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を
有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しな
ければならない(本件発明の優先日〔特許出願時でも同じ〕時点の特


許法36条4項)とされ,また,これを受けた同時点の特許法施行規則2
4条の2も「特許法第36条第4項の通商産業省令で定めるところによ

る記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発
明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意
義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならな
い」としている。このことからすると,発明の独占権の範囲を画する技

術的範囲の解釈に当たっても,当該発明の特許出願時ないし優先日当時の
技術常識に基づいて判断すべきものであり,本件においても,本件明細書
がいう「不可避不純物」の解釈についても同様である。そして,本件発明
の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格が定める許容不純物の基準に
基づくと,被告製品に含まれるAgが不可避不純物と認められないことは
先に述べたとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
イ原告は,被告製品においても,本件発明の要求する成分元素をすべて備
え,かつNi添加による流動性の向上という本件発明の作用効果を奏して
,,「」
いるから被告製品程度のAgを添加している場合にはいわゆる附加
に該当すると主張する。
しかし,一般に合金は,その成分組成が異なれば,その特性が大きく異
なることが通常のことであり,そのために発明の構成中で合金の組成が厳
格に特定されていることからすると,発明の構成に含まれない成分を含有
している場合にも発明の作用効果を奏しているということから,直ちに付
加ないし利用関係を構成するということはできない。なぜなら,上記のよ
うな合金の性質からすると,発明の構成中にない成分を添加した場合にも
合金の性質が維持されるのか否かは予測できないのが通常であるから,単
にある成分を添加しても発明の作用効果を奏することが特許出願後に確認
されただけで付加ないし利用関係を構成するとしたならば,特許出願時に
おいては作用効果を奏するか否かが不明であり,したがって,その時点で
はそのような作用効果を奏するものとして開示されていなかった組成の合
金についても独占権を認めることになり,発明の公開の代償として当該発
明に対する独占権を与えるという特許制度の趣旨に反することになるから
である。そして,この観点からすると,前記のとおり本件発明は構成要件
Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではな
く,例外的にそれが許容されるとしても,せいぜい,そのようなものとし
て本件明細書において言及されている不可避不純物か,又はそれと同様に
合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術
常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当であ
る。前記1(3)末尾の本件明細書の記載もこの解釈を左右するものではな
い(なお,本件明細書の同箇所では,Ni独自の効果を阻害する金属が合
金中に存在することは好ましくないとされているが,原告が指摘するラゴ
ーン法による実験結果(甲17)によれば,Sn−0.7%Cu系合金に
おけるAgの添加は,単独で添加した場合でもNiと共に混合添加した場
合でも流動性の低下をもたらすとされているのであるから,仮にこの実験
結果を採用するとすれば,このように流動性を低下させる被告製品におけ
るAgの添加をもって,なおさら単なる付加であるということはできな
い。


したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4)以上より,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない。
3争点(2)ウ(サポート要件違反)について
(1)特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項1号が定めるいわゆる明細
書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細
な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細
な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発
明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記
載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解
決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
ある(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年11月1
1日特別部判決参照。

本件発明1は,前提事実記載のとおり,構成要件Aにおいて「Cu0.

3∼0.7重量%,Ni0.04∼0.1重量%,残部Snからなる」と成
分組成を数値限定して特定し,構成要件Bにおいて「金属間化合物の発生

を抑制し,流動性が向上したことを特徴とする」と合金の有する性質を特定
している。そして,証拠(甲24及び26)によれば,前提事実記載の知的
財産高等裁判所平成19年1月30日判決(最高裁判所同年6月22日上告
不受理決定により確定)において,本件発明1は「金属間化合物の発生を抑
制し,流動性が向上した」ものである点において,先願である特開平11−
277290号公報記載の発明(以下「先願発明」という)と同一である

ということができないから同一の発明ではないとされていることが認められ
るが,そうだとすると「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」
ことは,本件発明1と先願発明を区別する根拠となる構成要件であるという
ことになる。またこの点に関し,原告は「金属間化合物の発生を抑制し,

流動性が向上した」との発明特定事項について,本件発明1はいわゆる選択
発明であって,上位概念で示された発明の効果とは異質な効果,または同質
であるが際だって優れて効果を有し,これらが技術水準から当業者が予測で
きたものではないときは進歩性を有するとされていることから先願発明との
相違が認められたものであると主張するが,そうだとすると「金属間化合物
の発生を抑制し,流動性が向上した」ことは,先願発明に対する本件発明1
の進歩性を基礎付けるものとして構成要件となっているものということがで
きる。いずれにしても、本件発明の構成要件Aで数値限定された具体的な各
成分量の下において,先願発明とは異なり「金属間化合物の発生を抑制し,
流動性が向上した」ことは、先願発明と区別して本件発明1を特定するため
に必須の事項である。
ところで、一般に合金の成分組成を特定しただけでは,それがどのような
性質を有しているかを予測することは困難であることからすると,このよう
な発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合す
るためには,発明の詳細な説明は,当該成分組成のはんだ合金が当該性質を
有することが,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解
できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該成
分組成であれば当該性質を有すると当業者において認識できる程度に,具体
例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。
(2)そこで,本件明細書の記載が,特許請求の範囲の請求項1の記載との関
係で,明細書のサポート要件に適合するか否かについて検討する。
ア前記1で認定したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発
明においては,Snを主としてこれに少量のCuを加えるだけでなく,N
,,
iを所定量添加することによりSn−Cu金属間化合物の発生を抑制し
合金溶融時の溶湯の流動性が阻害されることを回避したとの趣旨が記載さ
れている(前記1(2)。しかし,その成分組成を採用することにより得

られる合金の性質を確認した具体例としては,①Cu0.6%,Ni0.
1%,残部Snの合金のサンプルについての,溶融温度,比重,室温25
,,,
℃雰囲気における引張強度JIS−Z3197による広がり率ヌレ性
接合強度,電気抵抗,クリープ強度,ヒートショック耐久性,マイグレー
ション及び銅食われ度,②その他,Snに加え,Cu,Ni及びGeを種
々組み合わせた成分組成の5つのサンプルについての,融点(固相点及び
液相点,強度及び伸び率が記載されているにすぎず,これらの試験はい

ずれも本件発明1の構成要件Aの成分組成を充足するはんだ合金が,構成
要件B所定の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」という
性質を有することを確認したものではなく,その他に流動性が向上したこ
とを確認した実施例の開示はない(本件において,流動性が向上したこと
の意味及びそれを確認するために採るべき試験方法には当事者間に争いが
,。
あるがそのいずれの意味及び方法によるものも本件明細書に記載がない
なお,本件において流動性を確認するための試験方法が争点になっている
原因には,このように実施例の記載が全く存しないこともあると思われ
る。そうすると,本件明細書においては,本件発明1の成分組成であ


れば構成要件Bの性質を有すると当業者において認識できる程度に,具体
例を開示して記載されているとはいえない。
イ次に,本件明細書においては,Niを添加することがSn−Cu金属間
化合物の発生を抑制する原理として,CuとNiが互いにあらゆる割合で
溶け合う全固溶の関係にあるため,NiがSn−Cu金属間化合物の発生
に相互作用をするということが記載されている(前記1(2)及び(3)ウ。

しかし,上記のような理論が技術常識として本件発明の特許出願時に一般
的に承認されていたことを示す証拠は存しない。
この点について,本件発明の特許出願前に公開された特開平7−116
887号公開特許公報(乙6の2)には,次の記載がある。
【0020】また,はんだ付けがディップ法の場合,主にSn−Pb共
晶はんだが用いられるが,はんだ付け作業によりプリント基板のパッ
ドであるCuがはんだ中へ溶解するため,通常Cuが0.2∼0.3
。.
重量%程度含有した状態で使用されるSn−Pb系合金にCuが0
2∼0.3重量%含まれると,Cuを含有していない初期のはんだに
比較し,耐疲労性が低下する。これは,はんだ中の過剰なCuがSn
と金属間化合物を生成するためである。しかるに,Niを添加した合
金では,Cuが0.2∼0.3重量%程度含有しても,その耐疲労性
は低下することなくNiの効果を保持している。これは,Cu−Ni
二元系状態図から分かるように,Cu−Ni系は全固溶型であるため
液体状態でも固体状態でも溶け合い,金属間化合物を生成しない。こ
のため,はんだ中の過剰なCuはNiと相溶し,はんだ中に分散する
ものと推察される。
しかしこの記載は,Sn−Pb系合金についてのものであって,本件発
明のようなSn−Cu系合金について述べるものではない。
また,名古屋工業大学材料工学科名誉教授Y2の平成19年5月28日
付意見書(乙37)においては,CuとNiが全固溶の関係にあることか
ら,Niを添加することにより,Sn−Cu金属間化合物中のCuとNi
が置換することは予測可能であるが,その場合であっても,Cu6Sn5
の化学構造式が(CuNi)6Sn5に変わるだけであって,Sn−
1−xx
Cu金属間化合物の基本的な性質に変化はなく,また発生したSn−Cu
金属間化合物の量が変わるわけではないこと,またCuとNiが全固溶の
関係にあることからすると,Sn−Cu合金にNiを添加しても,Niの
Snに対する挙動はCuのSnに対する挙動と同じであり,NiによりS
nとCuの結合反応が抑制されるとは考え難いとされている。
さらに,クイーンズランド大学工学部上級研究員・大阪大学工学部工学
研究科招聘助教授のY3の2006年6月6日付報告書(甲16)におい
ては,ラゴーン法による実験において,Sn−Cu合金にNiを添加した
場合に流動性が向上する結果となったことのメカニズムとして,Niを添
加することによって凝固時に金属間化合物であるCu6Sn5中に選択的
にNiが取り込まれ,Cu6Sn5固液界面エネルギー状態に変化を来た
し,Cu6Sn5の晶出ないし発生が抑制されると考察しているが,それ
「」,,
は実験結果に対する個人的見解として示されているにとどまりまた
同人の2007年4月30日付「意見書(乙35)では,Niの添加に

より流動性が向上したメカニズムは,まだ明らかになっていないとされて
いる。
このように,本件発明の特許出願時ないし優先日当時において,Sn−
Cu合金にNiを添加したときに,CuとNiが全固溶の関係にあること
からSn−Cu金属間化合物の生成が抑制されるということが技術常識と
して一般的に承認されていなかったことからすると,本件明細書において
そのような理論が一般的に記載されたのみでは,本件発明1の成分組成で
あれば構成要件Bの性質を有すると,具体例の開示が全くなくとも当業者
に理解できる程度に明細書に記載されているとはいえない。
ウまた,仮に本件明細書における上記イの記載から,Sn−Cu系合金に
おいてNiを添加することにより金属間化合物の発生が抑制され,流動性
が向上すると当業者が認識できたとしても,それは一般的なNi添加の効
果について認識することができたというにすぎず,本件発明の構成要件A
で数値限定された具体的な各成分量の下において,実際にそのような性質
を合金が有するのかという点については,実施例による確認が記載されて
,。
いない以上なお当業者が認識できる程度に記載されているとはいえない
エ以上の点について,原告は,前提事実記載の訂正審判手続において噴流
試験法による流動性試験の結果を提出し(乙23の1添付資料,また前

提事実記載の無効審判手続においても噴流試験法による流動性試験の結果
を提出し(乙24の23,更に本件においてもラゴーン法による流動性

試験の結果を提出している(甲16,17及び28。

しかしながら,上記のとおり特許請求の範囲の記載が明細書のサポート
要件に適合するためには,発明の詳細な説明に,特許出願時の技術常識を
参酌してみて,所定の成分組成のはんだ合金が所定の性質を有すると当業
者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要すると
解するのは,当該成分組成を有する合金が当該性質を有することが単なる
憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなけ
ればならないという趣旨を含むものである。そうであれば,発明の詳細な
説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体
例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌してもそのように認
識することができないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳
細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート
要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許
制度の趣旨に反し許されないというべきである。
したがって,上記原告提出に係る上記実験結果は,本件特許がサポート
要件に違反するとの上記認定判断を左右するものではない。
(3)以上からすると,本件発明1の特許請求の範囲の記載が,明細書のサポ
ート要件に適合するということはできず,そうである以上,本件発明4につ
いても同様のことが妥当する。したがって,本件発明1及び4に係る本件特
許は,特許法36条6項1号に違反してされたものであり,特許無効審判に
おいて無効とされるべきものである。
なお,証拠(甲24)によれば,前記知的財産高等裁判所平成19年1月
30日判決において,本件発明1についての特許は,特許法36条6項1号
に違反するものでないと判断されていることが認められる。しかし,同証拠
,,
「『』

によれば上記判断は本件発明1にいう金属間化合物の発生を抑制し
『流動性が向上した』との発明特定事項の具体的内容が不明であり,また両
特性の因果関係が不明であるから,特許法36条4項,6項に違反する」

との同事件原告(無効審判請求人)の無効理由の主張に対して「本件発明

1の『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』の意味は明らかで
あって,当業者は,本件発明1を実施することができるから,本件発明1に
,,。

ついての特許は特許法第36条6項1号2号に違反するものではない
と判断されたものであって,本件の争点(2)ウにおいて被告が主張する上記
無効理由と,同一の事実及び同一の証拠に基づくものとはいえないから,本
件において,被告が主張する上記無効理由に基づいて,本件特許が特許無効
審判において無効とされるべきものであると判断することが妨げられるわけ
ではない。
4まとめ
以上によれば,原告の本件請求は,その余について判断するまでもなく理由
がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田知司
裁判官高松宏之
裁判官村上誠子

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