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平成24年1月30日判決言渡
平成23年(行ケ)第10190号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年12月20日
判決
原告メルクコマンデイトゲゼル
シャフトアウフアクチエン
訴訟代理人弁護士辻居幸一
水沼淳
弁理士苫米地正啓
被告株式会社ミスターマックス
訴訟代理人弁護士井手慶祐
松尾宗太郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定
める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が無効2010-890055号事件について平成23年2月7日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,
①本件商標と引用商標の類否(商標法4条1項11号),②本件商標が原告の業務に
係る商品又は役務と混同を生ずるおそれの有無(同項15号),③本件商標は原告の
著明な略称を含むか(同項8号),である。(以下,「11号」,「15号」,「8号」と
いうときは商標法4条1項における号を指す。)
1本件商標及び手続の経緯
(1)被告は,本件商標権者である。
【本件商標】
・登録第5281405号
・指定役務
第35類に属する商標登録原簿に記載のとおりの役務
・出願日平成19年6月28日
・登録日平成21年11月20日
(2)原告は,平成22年7月14日,本件商標の登録無効審判を請求した。
特許庁は,同請求を無効2010-890055号事件として審理した上,平成
23年2月7日,請求を不成立とする旨の審決をし,その謄本は平成23年2月1
7日原告に送達された(出訴期間90日付加)。
(3)原告が11号該当について主張した引用商標は,次のとおりである。
【引用商標1】(商標登録第496397号)
・指定商品
第1類:化学品,薬剤及び医療補助品
平成20年7月16日に第1類,第2類,第3類,第5類,第10類,第
16類及び第30類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品を指定商
品とする書換登録
・出願日昭和30年5月31日
・登録日昭和32年2月14日
・商標権者原告
【引用商標2】(商標登録第1010985号)
・指定商品
第3類:染料,顔料,塗料,印刷インキ,くつずみ,つや出し剤
平成16年3月10日に第2類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商
品を指定商品とする書換登録
・出願日昭和45年10月16日
・登録日昭和48年5月1日
・商標権者原告
【引用商標3】(商標登録第1010986号)
・指定商品
第3類:染料,顔料,塗料,印刷インキ,くつずみ,つや出し剤
平成16年3月3日に第2類に属する商標登録原簿に記載のとおりの商品
を指定商品とする書換登録
・出願日昭和45年10月16日
・登録日昭和48年5月1日
・商標権者原告
【引用商標4】(商標登録第2231159号)
・指定商品
第10類:理化学機械器具,光学機械器具,写真機械器具,映画機械器具,
測定機械器具,医療機械器具,これらの部品および附属品,写真材料
平成22年4月14日に第1類,第5類,第9類及び第10類に属する商
標登録原簿に記載のとおりの商品を指定商品とする書換登録
・出願日昭和54年10月12日
・登録日平成2年5月31日
・商標権者原告
【引用商標5】(商標登録第2261356号)
・指定商品
第10類:理化学機械器具,光学機械器具,写真機械器具,映画機械器具,
測定機械器具,医療機械器具,これらの部品および附属品,写真材料
・出願日昭和54年11月7日
・登録日平成2年9月21日
・商標権者原告
【引用商標6】(商標登録第4053496号)
・指定商品
第5類:循環器官用薬剤,消化器官用薬剤,その他の薬剤
・出願日平成7年7月21日
・登録日平成9年9月5日
・商標権者メルク・カー・ゲー・アー・アー
【引用商標7】(国際登録第279186号)
・指定商品
第3類に属する国際登録に基づく商標権に係る商標登録原簿に記載のとお

・国際商標登録出願日2001年(平成13年)9月21日(事後指定)
・登録日平成14年5月24日
・商標権者原告
【引用商標8】(国際登録第547719号)
・指定商品
第10類に属する国際登録に基づく商標権に係る商標登録原簿に記載のと
おり
・国際商標登録出願日2001年(平成13年)8月24日(事後指定)
・登録日平成14年5月24日
・商標権者原告
【引用商標9】(国際登録第734040号)
・指定商品
第5類,第16類,第42類に属する国際登録に基づく商標権に係る商標
登録原簿に記載のとおり
・国際商標登録出願日2000年(平成12年)4月17日(1999年〔平
成11年〕12月15日の優先権〔ドイツ〕を主張)
・登録日平成13年6月29日
・商標権者MerckKGaA
・平成22年11月16日存続期間満了による抹消登録
【引用商標10】(国際登録第770038号)
・指定商品
第1類,第2類,第3類,第5類,第10類,第16類,第29類,第3
0類,第35類,第42類:国際登録に基づく商標権に係る商標登録原簿
に記載のとおり
・国際商標登録出願日2001年(平成13年)10月12日(2001年
〔平成13年〕5月17日の優先権〔ドイツ〕を主張)
・登録日平成15年11月28日
・商標権者MerckKGaA
【引用商標11】(国際登録第770114号)
・指定商品
第1類,第2類,第3類,第5類,第9類,第10類,第16類,第29
類,第30類,第35類,第42類に属する国際登録に基づく商標権に係
る商標登録原簿に記載のとおり
・国際商標登録出願日2001年(平成13年)10月12日(2001年
〔平成13年〕5月17日の優先権〔ドイツ〕を主張)
・登録日平成16年3月19日
・商標権者MerckKGaA
【引用商標12】(国際登録第770115号)
・指定商品
第1類,第2類,第3類,第5類,第10類,第16類,第29類,第3
0類,第35類,第42類:国際登録に基づく商標権に係る商標登録原簿
に記載のとおり
・国際商標登録出願日2001年(平成13年)10月12日(2001年
〔平成13年〕5月17日の優先権〔ドイツ〕を主張)
・登録日平成16年3月19日
・商標権者MerckKGaA
【引用商標13】(国際登録第770116号)
・指定商品
第1類,第2類,第3類,第5類,第9類,第10類,第16類,第29
類,第30類,第35類,第42類:国際登録に基づく商標権に係る商標
登録原簿に記載のとおり
・国際商標登録出願日2001年(平成13年)10月12日(2001年
5月17日〔平成13年〕の優先権〔ドイツ〕を主張)
・登録日平成16年3月19日
・商標権者MerckKGaA
(4)原告は,15号該当について,「Merck」及び「メルク」の商標(請求人商
標)が,原告及びそのグループ企業の略称並びにそれらの商品又は営業を示すもの
として,我が国の医薬,試薬,化学製品,液晶・顔料等の工業製品,栄養補助食品
などの分野において,周知・著名であり,本件商標に接した我が国の需要者は,周
知著名な請求人商標を想起し,又は,原告及びそのグループ企業を連想するべきで
ある,と主張した。
(5)原告は,8号該当について,本件商標は,他人の名称の著名な略称を含む
商標であって,かつ,原告が被告に対して「メルク」を含む本件商標の登録ないし
使用について承諾した事実はない,と主張した。
(6)原告は7号該当(公序良俗違反)も主張したが,本件訴訟では取消事由と
していない。
2審決の理由の要点(7号該当性判断は省略)
(1)本件商標より生ずる「メルクス」の称呼と引用商標より生ずる「メルク」
の称呼とを比較すると,両称呼は,「メルク」の音を同じくし,末尾において「ス」
の音の有無の差異を有するものである。該差異音「ス」は,末尾に位置するもので
あるとしても,短い音構成よりなる両称呼全体に及ぼす影響は,決して小さいもの
とはいえない。してみれば,両称呼は,これらをそれぞれ一連に称呼するときは,
「ス」の音の有無の差異により,称呼全体の語調,語感が相違したものとなるから,
互いに聞き誤るおそれはない。したがって,本件商標と引用商標は,称呼上類似す
る商標ということはできない。
本件商標と引用商標は,いずれも特定の観念を想起させない造語よりなるものと
理解されるものであるから,観念上比較することはできない。
両商標は,外観上明らかに相違するものであり,これらを時と所を異にして隔離
的に観察した場合においても,互いに紛れるおそれはない。
本件商標と引用商標は,称呼,観念及び外観のいずれの点においても,相紛れる
おそれのない非類似の商標というべきものである。したがって,本件商標は,11
号に該当しない。
(2)請求人商標は,請求人及びそのグループ会社の略称を表示するものとして,
また,請求人(原告)及びそのグループ会社の業務に係る商品「医薬品,化学製品」
等を表示する商標として,本件商標の登録出願前より,我が国の液晶の需要者たる
パソコン・携帯電話・テレビ等の製造業者,顔料の需要者たる印刷インキ・塗料・
化粧品等の製造業者,医薬品製造業者及び医薬品関連事業に従業する者などの間に
は,広く認識されていたものと認めることができるが,その周知性は,本件商標の
登録出願日の時点において,一般の消費者の間に広く認識されていたものと認める
ことができない。
本件商標は,被告の営業に係るショッピングセンターを表示する商標として,ま
た,主として同ショッピングセンターでの商品の小売において提供される役務を表
示する商標として使用されており,その指定役務の主たる需要者は一般の消費者で
ある。
そうすると,本件商標が使用される役務と請求人商標が使用される商品とは,そ
の需要者を異にするばかりでなく,用途,質・品質等においても大きく異なるもの
であって,社会通念に照らし,およそ同一の事業者によって提供又は生産される役
務・商品とは考えにくいものである。
請求人商標は,原告及びそのグループ会社の略称を表示するものとして,また,
原告及びそのグループ会社の業務に係る商品「医薬品,化学製品」等を表示する商
標として,本件商標の登録出願前より,我が国の液晶の需要者たるパソコン・携帯
電話・テレビ等の製造業者,顔料の需要者たる印刷インキ・塗料・化粧品等の製造
業者,医薬品製造業者及び医薬品関連事業に従業する者などの間には,広く認識さ
れていたものと認めることができるとしても,その周知性は,本件商標の登録出願
日の時点において,一般の消費者の間に広く認識されていたものと認めることがで
きない上に,本件商標と請求人商標とは,商標において相違するものである。さら
に,本件商標が使用される役務と請求人商標が使用される商品は,需要者,事業者,
用途等においても大きく相違するものである。そうすると,本件商標に接する需要
者は,請求人商標を想起又は連想することはないというべきである。
してみれば,本件商標は,これをその指定役務について使用しても,該役務が請
求人及びそのグループ会社又はこれらと営業上何らかの関係を有する者の業務に係
る役務であるかのように,役務の出所について混同を生ずるおそれがある商標とい
うことはできない。
したがって,本件商標は,15号に該当しない。
(3)本件商標は,その構成中,同書・同大・等間隔で表された「メルクス」の
文字部分は,上段の「MERX」の文字部分の読みを特定したものと理解されるも
のである。
さらに,請求人商標は,原告及びそのグループ会社の略称を表示するものとして,
本件商標の登録出願時に,我が国の需要者の間に広く認識されていたとまで認める
ことはできない。
してみると,本件商標に接する需要者は,「メルクス」の文字中の「メルク」の
文字部分のみに格別印象づけられるものではないから,本件商標より「メルク」の
文字部分のみを抽出して観察すべきものではない。
したがって,本件商標は,他人の著名な略称を含む商標ということはできないか
ら,8号に該当しない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(商標の類否の認定判断の誤り)
(1)末尾音「ス」に関する認定判断の誤り
審決が認定するとおり,本件商標からは「メルクス」の称呼が,引用商標からは
「メルク」の称呼がそれぞれ生じ,両者は末尾の「ス」の音の有無においてのみ相
違するところ,審決は,本件商標から生ずる称呼「メルクス」の末尾音「ス」につ
いて,「前音の『ク』も,『ス』と同様に,上下の歯を軽く閉じ,舌端を下の歯の裏
に接して,上下の歯の間から発する音であって,いずれの音も口を大きく開けて発
音するものではないが,同程度の大きさで『クス』と発音され,比較的明瞭に鋭く
響く音として聴取され・・・末尾に位置するものであるとしても,短い音構成より
なる両称呼全体に及ぼす影響は,決して小さいものとはいえない」(14頁29行~
37行)と認定した。
しかし,「ク」の属するカ行は,無声軟口蓋破裂音に分類され,当該破裂音とは
「閉鎖によって一旦止められた呼気が,その閉鎖を破って急に放出されるときに発
する瞬間的な音」をいい(甲312),当該発声方法の性質上,カ行の音は強く明瞭
に発音される。これに対し,「ス」の属するサ行は,無声歯茎摩擦音に分類され,当
該摩擦音とは「調音器官のどこか著しく狭められた箇所を,呼気が圧迫されながら
そのすき間を通るとき,摩擦によって生ずる持続的な音」をいい(甲312),小さ
な隙間から無理をして音を出そうとする性質上,響きが弱くなるものである。
「ク」と「ス」の音は,その強弱にはっきりした差が認められるものであって,
これらが同程度の大きさで発音されるという審決の認定は明白な誤りである。「メル
クス」を称呼した場合には,弱音「ス」は,前音の「ク」が強く響くものであるた
めに,一層聴取しづらくなるものである。
審決には称呼の類否に関する認定について明らかな誤りがあり,「メルクス」と
「メルク」とは称呼上相紛らわしく類似するものというべきである。
(2)外観の類否に関する認定判断の誤り
審決は,「両商標は,外観上明らかに相違するものであり,これらを時と所を異
にして離隔的に観察した場合においても,互いに相紛れるおそれはないものである」
(15頁12行~13行)と認定した。
しかし,本件商標は,「MERX」の文字部分の下部にカタカナ文字「メルクス」
を配した構成であるところ,当該「MERX」と「メルクス」は,構成される文字
の種類・色彩が異なり,さらに背景色も二分されていることから,常に一体に把握
されるものではなく,視覚上それぞれが分離・独立して認識され得るものである。
よって,わが国の需要者が本件商標に接した場合には,第一に,母国語であって,
何ら躊躇なく識別・理解できるカタカナ文字「メルクス」に目を遣り注意を向ける
のが自然である。そして,本件商標は,その外観構成中に周知・著名商標「メルク」
をそのまま含んでいるものであるから,引用商標と外観上類似するものといわなけ
ればならない。
(3)小括
本件商標は,引用商標と称呼上及び外観上において類似する。この点についての
判断を誤った審決は違法であるから取り消されるべきである。
2取消事由2(周知性の認定判断の誤り)
(1)周知性に関する認定手法の誤り
審決は,「請求人商標は,上記認定のとおり,本件商標の登録出願時において,わ
が国の主として化学製品,医薬品等の専門分野の需要者の間に広く知られていたも
のであるとしても・・・請求人及びそのグループ会社の取扱いに係る商品を表示す
るものとして,あるいは,請求人及びそのグループ会社の略称を表わすものとして,
本件商標の登録出願時に,広く一般の消費者の間に浸透していたものとまで認める
ことはできない」(17頁31行~18頁8行)と認定し,原告商標が少なくとも原
告の業務に係る商品の需要者においては周知であることは認めているものの,一方
で原告商標が一般の消費者に知られていないと認定し,そのことを混同のおそれを
否定する根拠としている。しかしながら,審決の認定手法は誤りである。
すなわち,本件商標が15号に該当するというためには,原告の業務に係る商品
の需要者,例えば原告の商品を普段から購入し,原告商標を熟知している医師・薬
剤師等が,本件商標の付された「薬剤の小売又は卸売において行われる顧客に対す
る便益の提供」に接した場合に,当該役務が原告又は原告と経済的もしくは組織的
に何らかの関係があるかのごとく誤信してしまうおそれがあれば十分であるから,
原告商標は少なくとも原告の業務に係る商品の需要者,例えば前記したような医
師・薬剤師等に周知であれば足りるのであって,「一般の消費者」にとって周知であ
ることは要しないというべきである。
(2)一般の消費者における周知性・著名性に関する認定判断の誤り
審決は,「請求人及びそのグループ会社の業務に係る商品中,本件商標の登録出願
前において,わが国の一般の消費者を対象としたビタミン剤,風邪治療薬,インフ
ルエンザ治療薬などの市販の医薬品の販売に関する具体的な証拠はほとんどな
く・・・市販の医薬品の販売に関する具体的な証拠はほとんどない・・・一般の消
費者を対象とした商品に請求人商標を表示して販売されたと認めるに足りる証拠は
見出せない」(17頁33行~19頁2行)として,原告商標が一般の消費者におい
て周知・著名ではないと認定した。
しかし,市販用医薬品・サプリメントを含むコンシューマー・ヘルスケア商品を
世界中(日本を含む)で販売しており,2009年(平成21年)には原告全体と
して,コンシューマー・ヘルスケア事業部が1億2300万ユーロもの売上げを上
げており,わが国において,当該市販用医薬品・サプリメントに原告商標を付して
販売し,その広告・宣伝の中でも原告商標を使用している。例えば,原告は,一般
の消費者向けに栄養機能食品「BION3」を日本を含む世界30カ国で販売して
いるところ,2007年,原告は「BION3」の独占販売権を佐藤製薬に与え,
以来佐藤製薬は継続して大々的な販売・広告活動をおこなっている。また,原告は,
一般の消費者向けに,市販用サプリメント「セビオン」を,1961年(昭和50
年)から2003年(平成15年)までの間,日本理化学薬品株式会社を輸入元と
して,ドイツから日本に輸出し,販売をおこなってきし,市販用医薬品についても,
佐藤製薬を介して,鼻炎用の医薬品「ナシビン」を販売しており,いずれの商品の
パッケージにも原告商標「Merck」が表示されている。
加えて,医療用医薬品を最終的に購入・服用するのは一般の患者であり,インフ
ォームドコンセントの概念が普及し,実践されている今日において,一般の患者が
医療法医薬品の出所・名称・効能・副作用などに関する詳細な情報について,医師
や薬剤師から説明を受けた上で医薬品を購入することが少なくないことからすれば,
医療用医薬品の需用者には「一般の消費者」が含まれるというべきである。
(3)小括
以上のとおり,15号の適用に際しては,請求人商標は少なくとも原告の業務に
係る商品の需要者において周知であれば足りる。また,請求人商標は,「一般の消費
者」においても周知である。よって,本件商標は15号に該当し,また,本件商標
は原告の著名な略称を含むものであるから,8号に該当する。
3取消事由3(混同のおそれの認定判断の誤り)
(1)取引の実情に関する認定判断の誤り
審決は,被告の取引の実情について,「・・・本件商標権者は,・・・平成7年1
月までに,ディスカウトストア『MrMAX』を九州地方を中心に,山口県,関東
地方に24店舗を展開し,そのうち,平成7年1月に開店した本城店(福岡県),綾
羅木店(山口県),松橋店(熊本県)は,『ハイパーモールメルクス』,『HYPE
RMALLMERX』と称する,いわゆるショッピングセンターであり,ディ
スカウトストア『MrMAX』のほかに,スーパーマーケットや様々な専門店,飲
食店等が複合した大型商業施設であることなどを認めることができる(なお,本件
商標権者のホームページ(・・・)によれば,ディスカウトストア『MrMAX』
は,九州地方に29店舗,中国地方に8店舗,関東地方に8店舗,それぞれ展開し
ていることが認められる。)。そうすると,本件商標は,本件商標権者の営業に係る
ショッピングセンターを表示する商標として,また,主として同ショッピングセン
ターでの商品の小売において提供される役務を表示する商標として使用されるとい
うことができる。」(18頁16行~34行)として,被告がいわゆる総合小売の役
務を提供していることを認定している。総合小売とは,衣食住にわたる商品を一括
して一事業所(=店舗)で取り扱うことを特徴とするものであり,百貨店や総合ス
ーパーに代表されるものである。他方,本件商標の指定役務のうち,総合小売に対
応するのは,「衣料品・飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小
売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の供与」である。
これに対し,特定小売とは,特定の商品を販売する専門的な小売を指すものであ
り,特定小売の役務の指定に当たっては,販売する取扱商品を明示しなければなら
ない。本件商標の指定役務のうち,特定小売に対応するのは,「衣料品・飲食料品及
び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われ
る顧客に対する便益の供与」を除く全ての役務である。
審決は,本件商標の指定役務として列記された極めて多数の特定小売に対応する
指定役務についての取引の実情については,全く判断することなく,被告が現在行
っている総合小売の役務についての取引の実情についてのみ認定したものである。
商標登録の可否(商標法4条1項各号の該当性を含む)は,願書の記載に基づい
て審理・判断されるのが大原則であり,15号についても同様である。なぜなら,
商標権の範囲は,願書の記載に基づいて定められるものであるから,願書に記載さ
れた指定商品・指定役務を無視して,商標登録の可否を判断してはならないからで
ある。したがって,15号の該当性については,「願書の記載」と「他人の業務」と
を,「取引の実情」を考慮しながら比較・判断することになるが,「取引の実情」と
は,通常は,願書に記載されている指定商品・指定役務全般についての一般的・恒
常的な「取引の実情」,及び,「他人の業務」(本件では原告の業務)に関する「取引
の実情」を指すのである。また,出願人(本件では被告)が現に商標を使用してい
る一部の指定商品・指定役務についての取引の実情をもって,出願人が商標を使用
していない他の指定商品・指定役務について判断することは許されないと解すべき
である。
被告は,被告が現在のところ本件商標をショッピングセンターについて使用して
いるという事実を繰り返し主張するが,11号及び15号の判断においては失当で
ある。同号の該当性については,本件商標に係る指定役務全般についての一般的・
恒常的な取引の実情に照らしながら,本件商標が特定小売等の指定役務について使
用された場合の出所混同の蓋然性について検討すべきであり,この場合には,原告
の業務との間で混同が生じるおそれは非常に高い。
また,本件商標と同一の商標(横長の長方形を,上段は山吹色に下段は茶色とい
うように上下二色でわけ,上段部分に茶色で「MERX」の文字抜きをし,下段の
部分に白色で「メルクス」の文字抜きをしているロゴ態様の商標)が,実際に使用
されているという事実はない。つまり,被告は,本件商標と異なる商標を使用して,
ショッピングセンターを営業している。審決は,本件商標とは関係のない被告の取
引の実情を勘案し,本件商標が15号に該当しないと判断したのであり,この点か
らも,審決の認定は誤りである。
さらに,特定小売等役務とは,薬局店・靴専門店・衣料販売店・青果店のような
専門小売店,あるいは,製薬会社・医薬化学品卸売業者・靴製造・卸売業者・衣料
製造・卸売業者のような製造・卸売業者が提供するような役務を指すところ,被告
が本件商標をそのような特定小売等役務について使用しているという事実は認めら
れない。
したがって,被告が本件商標をショッピングセンターについて使用しているとし
ても,本件商標は「総合小売等役務」について使用されているだけで,「特定小売等
役務」については一切使用されていない。よって,被告の取引の実情を考慮するこ
とが許されるとしても,本件商標の指定役務中,せいぜい「総合小売等役務」につ
いてのみであり,被告がそもそも本件商標を使用していない「特定小売等役務」に
ついてまで被告の取引の実情を考慮することはできない。
(2)本件商標に係る指定役務の需要者に関する認定判断の誤り
前記のとおり,審決は,本件商標がショッピングセンターを表示する商標として
使用されていること,それ故本件商標の指定役務の主たる需要者が一般の消費者で
あることを認定している。
しかし,例えば,本件商標に係る指定役務「薬剤の小売又は卸売において行われ
る顧客に対する便益の提供」は,そもそも調剤薬局店・ドラッグストアなどの医薬
品専門小売店や,病院等の医療機関に医薬品を卸売する医薬品卸売業者・医薬品商
社・製薬会社などの専門業者が提供する役務に相当するものである。よって,本件
商標の願書に記載されている「薬剤の小売又は卸売において行われる顧客に対する
便益の提供」の需要者には,一般の消費者のみならず,医師・薬剤師等の医療従事
者・医療専門家も当然ながら含まれており,当該役務の需要者と原告の業務に係る
商品の需要者とが共通性を有していることは明白である。
また,被告が現在は調剤薬局店等を営んでいないとしても,本件商標が「薬剤の
小売又は卸売において行われる顧客に対する便益の提供」,「化学品の小売又は卸売
において行われる顧客に対する便益の提供」を指定して登録されている限りにおい
ては,被告は,本件商標を調剤薬局店や医薬化学品卸売業者が提供する小売等役務
について将来的に使用する可能性があり,そのような使用も本件商標の使用である。
被告がこのような役務について本件商標を使用した場合には,原告の業務に係る商
品と混同を生ずるおそれがある。
したがって,被告が,本件商標をショッピングセンターにおいて小売等役務につ
いて使用しているという事実のみをもって,本件商標の願書に記載されている指定
役務すべての主たる需要者が一般の消費者であってそれ故混同が生じないとする審
決の認定は誤りである。本件商標が,その指定役務中,原告の業務に係る商品中,
例えば,「薬剤」「医療補助品」「(試薬・液晶を含む)化学品」「顔料」「(サプリメン
トを含む)加工食品」等と類似する特定小売等役務について使用された場合には,
混同を生ずるおそれがある。
(3)被告の実際の業務と本件商標に係る指定役務との関係
審決が認定するとおり,被告が「ハイパーモールメルクス」及び「HYPER
MALLMERX」の名称の下で展開している業務はいわゆるショッピングセン
ターであり,例えば,ハイパーモールメルクス新習志野においては,衣食住に関す
る商品を幅広く扱っている。
被告が,本件商標をその指定役務中いわゆる総合小売等役務について使用してい
ることは明らかであり,他方,本件商標の指定役務が,特定小売等役務を含んでい
ることも明らかである。
したがって,原告の業務に係る商品の需要者と本件商標に係る特定小売等役務の
需要者は共通性を有しているのであり,本件商標が,その指定に係る特定小売等役
務について使用された場合には,原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあ
ることは明白である。本件商標は,原告の業務に係る商品,例えば,「薬剤」「医療
補助品」「(試薬・液晶を含む)化学品」「顔料」「(サプリメントを含む)加工食品」
等と類似する特定小売等役務について使用された場合には,商標の類似性及び原告
商標の周知・著名性を考慮すれば,混同を生ずるおそれがあるものであるから,1
5号に該当する。
第4被告の主張
1取消事由1に対し
(1)審決認定のとおり(14頁25行~27行),本件商標より生ずる「メル
クス」の称呼及び引用商標より生ずる「メルク」の称呼は,「メルク」の音を同じく
し,末尾において「ス」の音の有無の差異を有する。
そして,差異音「ス」(su)の子音(s)は,舌端を前硬口蓋に寄せて発する無
声摩擦子音であって,構音上,例えば,破裂音(p.b.t.d.k.g)等の音に比し
た場合,響きの弱い音として聴取されるものとしても,該子音は,摩擦音のなかで
もその響きが長くなる傾向が強いという構音特性を有するから,母音(u)を帯有
して発せられる「ス」の音はその発音自体が明瞭であり,これを含め全体として発
せられる「メ」,「ル」,「ク」,「ス」の各音も明瞭に発音されるものであるといえる。
このように「ス」の音は,末尾にあっても明瞭に発音聴取されるものであること,
「ス」の音の有無の差異は,本件商標と引用商標のように4音対3音といった比較
的短い構成音からなる称呼に与える影響は大きいことからすれば,両称呼をそれぞ
れ一連に称呼するときは,全体の語調・語感が異なるものとなり,互いに紛れるこ
とがないと解される。
(2)原告は,審決において,「メルク」がわが国の一般的な需要者に対して広く
認識されていたと認定されたかのように主張した上,「メルク」が周知・著名商標で
あることを前提として,需要者が,本件商標(メルクス)の「メルク」に注意を向
けるなどと主張する。
しかしながら,原告商標(「Merck」及び「メルク」)は,「我が国の液晶の需
要者たるパソコン・携帯電話・テレビ等の製造業者,顔料の需要者たる印刷インキ・
塗料・化粧品等の製造業者,医薬品製造業者及び医薬品関連事業に従業する者など」
の間で認識されているに止まり(審決17頁17行~30行),むしろ「広く一般の
消費者に間に浸透していたものとまで認めることはできない」(審決18頁4行~8
行)ものである。
したがって,「メルク」が周知・著名商標であることを前提とした原告の主張は
失当である。
(3)原告は,審決が「両商標は,外観上明らかに相違するものであり,これら
を時と所を異にして離隔的に観察した場合においても,互いに紛れるおそれはない
ものである」(15頁11行~13行)とした認定を誤りであるとし,その理由とし
て本件商標が外観構成中に周知・著名商標「メルク」をそのまま含むことを主張し
ている。
しかし,「メルク」は「需要者の間に広く認識された商標」であるとは認められ
ないから,原告の上記主張には理由がない。
2取消事由2に対し
(1)「周知性に関する認定手法の誤り」につき
原告は,15号の適用にあたっては,原告商標は原告の業務に係る商品の需要者
において周知であれば足りる旨を主張する。
しかし,「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の
程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人
の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品
等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商
品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判
断されるべきである(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6
号1848頁)。
これを本件商標及び引用商標についてみると,引用商標は「本件商標の登録出願
時に,広く一般の消費者の間に浸透していたものとまで認めることができない」(審
決18頁4行~8行)ものであることなどから,本件商標の指定役務の主たる需要
者である一般の消費者(審決18頁34行~35行)において普通に払われる注意
力を基準として判断しても,本件商標が引用商標に係る商品と混同を生ずるおそれ
がないことは明らかである。
そうすると,審決が,請求人商標の「周知性は,本件商標の登録出願日の時点に
おいて,一般の消費者の間に広く認識されていたものと認めることができない上に,
本件商標と請求人商標とは,商標において相違するものである。さらに,本件商標
が使用される役務と請求人商標が使用される商品は,需要者,事業者,用途等にお
いても大きく相違するものである。そうすると,本件商標に接する需要者は,請求
人商標を想起又は連想することはない」(19頁13行~19行)と認定したことに
誤りはない。
(2)「一般の消費者における周知・著名性に関する認定判断の誤り」につき
原告は,原告商標が一般の消費者においても周知・著名である根拠として,一般
消費者向けの栄養機能食品であるとする「BION3」などを挙げる。しかし,「製
品情報」(甲189)や中吊り広告等(甲321の1等)には,「メルク」及び「M
ERCK」より大きく,佐藤製薬株式会社を示す「sato」と表示されている。
また,「BION3」の箱の正面及び容器のラベルにも,同社を示す「sato」及
び「サトウ製薬」が表示されている(甲318の4枚目等)。かかる表示に加え,同
社が日本企業であるのに対し,原告が外国法人であることからすれば,「BION3」
に接した一般消費者は,上記資料から,「sato」及び「サトウ製薬」という商標
を認識するものであり,原告商標を認識するものとは考え難く,原告商標が一般消
費者において周知・著名であることを裏付けるものではない。
(3)「医療用医薬品の需要者には『一般の消費者』が含まれること」につき
原告は,審決が「請求人の業務に係る商品は・・・本件商標の登録出願までに,
我が国において,一般の消費者を対象とした商品の販売は極めて少なく,専門家を
対象とした商品が多いといえる」(18頁36行~19頁2行)と認定している点に
ついて,「あたかも医療用医薬品の需要者には一般の消費者が含まれないかの如き認
定を行っているが,誤りである」と主張する。
しかし,審決は,原告の業務に係る商品について,①医療機関に従事する専門家,
医薬品・化学薬品等の製造をする企業のための試薬,②電気機械器具等の製造をす
る企業のための液晶材料,③化粧品,塗料等の製造をする企業のための顔料などと
いった,専門家を対象とした商品が多い旨を認定したものであり,医療用医薬品に
ついては何ら認定していない。したがって,原告の前記主張は,誤解に基づくもの
であり,失当である。
なお,医師の処方を要する医療用医薬品については,一般の消費者である患者は,
医師の処方に従った医薬品を機械的に受け取るのみであり,医薬品メーカーがどこ
であるかについては全く関心を有していないのであるから,その需要者には一般の
消費者は含まれないものである。
3取消事由3に対し
(1)「取引の実情に関する認定判断の誤り」につき
原告は,15号の該当性の判断は,被告が本件商標を実際にどのように使用して
いるかという実情を考慮するのではなく,原則として本件商標の願書の記載に基づ
いて,本件商標が願書記載の指定役務に使用された場合に,原告の業務に係る商品
と混同が生ずるおそれがあるかどうかを評価して行うべきである旨を主張する。
しかし,前記のとおり,法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」の有無につ
いては,取引の実情などに照らして判断されるべきものである。
(2)「本件商標に係る指定役務の需要者に関する認定判断の誤り」につき
15号の「混同を生ずるおそれ」の有無を判断するにあたっては,願書の記載に
とらわれることなく,取引の実情を充分に考慮することが求められている。したが
って,審決が,原告及び被告の各取引の実情に基づき,本件商標の指定役務の主た
る需要者と原告の業務に係る商品の需要者を認定した上で,両者に共通性がないと
認定したことに誤りはない。
(3)「被告の実際の業務と本件商標に係る指定役務との関係」につき
原告は,本件商標の指定役務に特定小売等役務が含まれていることから,原告の
業務に係る商品の需要者と本件商標に係る特定小売等役務の需要者は共通している
とし,本件商標が上記特定小売等役務について使用された場合には,原告の業務に
係る商品と混同を生ずるおそれがある旨を主張する。
原告の上記主張については,本件商標の指定役務に特定小売等役務が含まれてい
ることから,何故原告の業務に係る商品の需要者と本件商標に係る特定小売等役務
の需要者が共通することになるのかは判然としないものであるが,この点はおいて
も,被告の取引の実情を考慮することなく,本件商標が上記特定小売等役務につい
て使用された場合には,原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるとする
点において失当である。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(商標の類否の認定判断の誤り)について
(1)本件商標
本件商標は,横長長方形の全体の面積のうち,上から約4分の3を橙色地で表し,
残余の下部約4分の1をれんが色地で表してなり,上部の橙色地の部分の中央に,
同じ書体・同じ大きさ・等間隔で横書きにした「MERX」の欧文字をれんが色で
大きく表し,さらに,下部のれんが色地の部分の中央に,同じ書体・同じ大きさ・
等間隔で横書きにした「メルクス」の片仮名文字を白色でやや小さく表した構成よ
りなるものである。
被告の会社概要パンフレット(乙1)によれば,被告は,本件商標中の「MER
X」の文字部分を,ギリシャ神話のオリンポス12神中の商業と情報の神である「マ
ーキュリー」の略称として説明していることが認められるが,「MERX」の語が日
本において親しまれている外国語とはいえないことからすると,本件商標に接した
需要者が,直ちに「ギリシャ神話に登場する商業と情報の神『マーキュリー』の略」
を意味する語と理解することは困難である。本件商標からは,特定の観念は想起さ
れないというべきである。
このように,「MERX」が我が国においては馴染みのない外国語(ラテン語)で
あり,需要者が上段の「MERX」の文字部分の読み方をそれだけで正確に把握で
きるものではない。そうだとしても,「ME」を「メ」,「X」を「クス」とそれぞれ
発音する可能性のあることは,我が国における欧文字による外国語表記への理解度
からすれば比較的容易に看て取れるから,本件商標中の「メルクス」の文字部分は,
上段の「MERX」の文字部分の読みを表したものであることも容易に看取しうる
ものである。
(2)引用商標
引用商標は,「Merck」,「MERCK」の欧文字又は「メルク」片仮名文字
より成るもの並びに「MERCK」の欧文字と図形等から構成されるものである。
引用商標は,それぞれの構成文字に相応していずれも「メルク」の称呼を生ずる。
原告関連会社の会社案内(甲3の1~5,4の1~3)によれば,引用商標の「M
erck」,「MERCK」又は「メルク」は,原告の創業者であるドイツ人一族の
姓から採られたものと認められるが,我が国において,「Merck」,「MERCK」
又は「メルク」が馴染みのあるドイツ語とはいえず,直ちにドイツにおける姓の一
つとは想起されず,他の言語としての意味も持たないことに照らすと,特定の観念
は想起されない。
(3)外観の比較
引用商標1,2,4,6~13の構成中の「Merck」,「MERCK」の欧文
字部分と本件商標中の「MERX」の欧文字部分は,「MER」又は「Mer」の部
分の綴りは共通するものの,上記各文字部部分を一語として全体的に見た場合,綴
りが異なることは明らかであって,これは我が国の需要者においても容易に看取す
ることができるものである。
引用商標3,5と本件商標中の片仮名文字「メルクス」の部分は,「メルク」の
部分が共通し,本件商標は,その構成中に物理的には引用商標3,5の「メルク」
を包含するものである。
しかし,本件商標の片仮名文字部分「メルクス」と引用商標3,5の「メルク」
は,4文字ないし3文字の比較的少ない文字数から成るものであり,「ス」文字の有
無が外観全体に与える影響は大きいこと,片仮名文字部分「メルクス」は同じ書体・
同じ大きさ・等間隔で横書きされていることに照らすと,本件商標の片仮名文字部
分「メルクス」は需要者に一体として看取されると見るのが相当であり,上段に「M
ERX」の欧文字部分が存在し,この欧文字部分から「メルク」を独立して看取す
ることはできないことも相まって(前記のとおり,引用商標1,2,4,6~13
の構成中の「Merck」,「MERCK」の欧文字部分と本件商標中の「MERX」
の欧文字部分は,綴りが明らかに異なり,共通する「MER」又は「Mer」の部
分の綴りから「メルク」を看取することはできない。),「メルク」の文字部分が独立
して看取されるものではない。このことは,原告がドイツに本拠を置く世界的な薬
品及び化学品企業であり,「メルク」が原告及びそのグループ企業並びにそれらの商
品又は営業を示すものとして日本国内においても周知・著名であることを前提とし
ても,左右されるものではない。
(4)称呼の比較
本件商標より生ずる「メルクス」の称呼と引用商標より生ずる「メルク」の称呼
とを比較すると,両称呼は,「メルク」の音を同じくし,末尾において「ス」の音の
有無の差異を有する。
そして,差異音「ス」(su)の子音(s)は,舌端を前硬口蓋に寄せて発する無
声摩擦子音であって,構音上,例えば,破裂音(p.b.t.d.k.g)等の音に比し
た場合,響きの弱い音として聴取されるものとしても,「ス」の音の有無の差異は,
本件商標と引用商標のように4音対3音といった比較的短い構成音からなる称呼に
与える影響は大きいこと,そして何よりも,日本語の「ス」は「U」の母音を伴う
もので,通常「S+U」と発音され,これが「メ」「ル」「ク」「ス」の4音のみから
成り観念を持たない単語において,各音を一つ一つ明確に発音する可能性が高い音
の一つとなっていることからすれば,両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは,全
体の語調・語感が異なるものとなる。また,両商標のアルファベット文字部分につ
いてみても,末尾が「クス」と発音される本件商標と末尾が「ク」と発音される引
用商標とでは,「X」と「CK」の文字の相違があり,アルファベット発音に慣れて
きている日本人にとってこの文字の違いによる発音の相違は一般化しているという
べきである。
よって,本件商標の片仮名及びアルファベット文字の双方をみても,本件商標は,
引用商標と互いに紛れるおそれは少ないと認めるべきである。
(5)観念の比較
本件商標及び引用商標は,いずれも特定の観念を想起させないものと理解される
から,観念上比較することはできない。
(6)小括
そうすると,本件商標と引用商標は,外観,称呼及び観念のいずれの点において
も相紛れることのない非類似の商標というべきであるとして,本件商標は11号に
該当しないとした審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(周知性の認定判断の誤り),取消事由3(混同のおそれの認定判
断の誤り)について
(1)証拠(甲3~248,枝番を含む。)によれば,原告及びその関連会社は,
本件商標が出願された平成19年(2007年)6月の時点において,ドイツに本
拠を置き,世界約63か国において,約3万5000人の従業員を有する世界的規
模の医薬品及び化学製品を製造,販売するグループ企業であり,「MERCK」,「メ
ルク」の文字より成る商標は,原告及びそのグループ企業並びにその商品又は営業
を示すものとして,日本国内においても,医薬品及び化学製品の需要者の間で広く
認識されていた(周知・著名であった)ことが認められる。
そして,本件商標の指定役務に「薬剤及び医療補助品の小売又は卸売の業務にお
いて行われる顧客に対する便益の提供」,「化学品・・・の小売又は卸売の業務にお
いて行われる顧客に対する便益の提供」が含まれており,これらの役務と医薬品・
化学製品の製造,販売には重複ないし関連する部分があることに照らすと,本件商
標が「衣料品・飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は
卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(いわゆる総合小売)のみな
らず,上記の指定役務(医薬品や化学製品の特定小売又は卸売における便益の提供)
に使用された場合に,原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるかどうか
も評価して行うべきことになる。
そうすると,審決が,本件商標が被告の営業に係るショッピングセンター及びそ
こでの商品の小売(総合小売)において提供される役務を表示する商標として使用
されているという取引の実情を前提に,総合小売において提供される役務の需要者
(一般消費者)の間では原告の商標が周知・著名でないことを理由として混同のお
それを否定したものであるのならば,薬剤,医療補助品及び化学品の小売又は卸売
の需要者を対象とした混同のおそれを検討していない点でその判断手法には誤りが
あることになる。
(2)しかし,前記のとおり,本件商標と原告及びそのグループ企業が商標権者
である引用商標は類似しない商標である。すなわち,引用商標3,5と本件商標中
の片仮名文字「メルクス」の部分は,「メルク」の部分が共通するものではあっても,
両者は4文字(4音),3文字(3音)という短い文字数・音から成るものであり,
「ス」文字及び音の有無が外観及び証拠全体に与える影響は大きく,両商標は全体
の語調・語感が異なるものであって,需要者は商標そのものをもって,両者を区別
することができるというべきであって,他に両商標間に誤認混同を生じる事由は認
められない。
そうすると,本件商標が「医薬品や化学製品の特定小売又は卸売における便益の
提供」,「衣料品・飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又
は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(いわゆる総合小売)の他,
「薬剤及び医療補助品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の
提供」,「化学品・・・の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の
提供」等,本件商標の指定役務として登録されているもののうち原告の業務と重複
ないし関連するに使用された場合に,本件商標から原告又はそのグループ企業が想
起されることはないと解するのが相当である。本件商標は,原告又は原告と何らか
の関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように,その出所について
混同を生ずるおそれは認められないというべきであり,このことは,原告商標が医
薬品や化学製品の需要者のみならず,一般消費者の間において周知・著名であった
としても左右されるものではない。
よって,本件商標は15号に該当しないとした審決はその結論において誤りはな
い。
(3)本件商標は,その構成中に引用商標3,5の「メルク」の文字を包含する
ものである。
しかし,8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は
その他人の承諾を得ているものを除き商標登録を受けることができないと規定した
趣旨は,人の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護すること,すなわち,
人(法人等の団体を含む)は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われる
ことがない利益を保護することにあるところ(最高裁平成17年7月22日第二小
法廷判決・裁判集民事217号595頁),問題となる商標に他人の略称等が存在す
ると客観的に把握できず,当該他人を想起,連想できないのであれば,他人の人格
的利益が毀損されるおそれはない。そうすると,他人の氏名や略称等を「含む」商
標に該当するかどうかを判断するに当たっては,単に物理的に「含む」状態をもっ
て足りるとするのではなく,その部分が他人の略称等として客観的に把握され,当
該他人を想起・連想させるものであることを要する。
かかる見地から見るに,本件商標の片仮名文字部分「メルクス」は需要者に一体
として看取されると見るのが相当であり,「メルク」を独立して看取することはでき
ないことは前記のとおりである。そうすると,「メルク」,「MERCK」,「Merc
k」が原告の名称の略称として,医薬品や化学製品の需要者のみならず,一般消費
者の間において周知・著名であるとしても(その点において審決の認定には誤りが
ある),本件商標はそれを含む商標ではないとして8号に該当しないとした審決はそ
の結論において誤りはない。
第6結論
以上より,原告の請求は理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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