弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1埼玉県公安委員会が平成23年9月28日付けで原告に対してした運転免
許取消処分を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,埼玉県公安委員会から平成23年9月28日付けで運転免許取
消処分(以下「本件処分」という。)を受けた原告が,本件処分の基礎とさ
れた同年4月22日発生の交通事故(以下「本件事故」という。)に係る救
護義務違反は存在しない等と主張して,本件処分の取消しを求めた事案で
ある。
2法令等の定め
(1)運転免許(以下「免許」という。)を受けた者が自動車等の運転に関し,
道路交通法(以下「道交法」という。)117条の違反行為をしたときは,
公安委員会は,その者の免許を取り消すことができる(同法103条2
項4号)。
そして,同法117条1項は,車両等の運転者が,当該車両等の交通
による人の死傷があった場合において,同法72条1項前段の規定に違
反したときは,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するとし,
同項前段は,交通事故があったときは,当該交通事故に係る車両等の運
転者その他の乗務員は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護
し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない
と規定する。
なお,交通事故とは,車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊
をいう(同法67条2項)。
(2)公安委員会は,道交法103条2項各号のいずれかに該当することを
理由として同項により免許を取り消したときは,政令で定める基準に従
い,3年以上10年を超えない範囲内で当該処分を受けた者が免許を受
けることができない期間を指定する(同法103条8項)。
そして,道路交通法施行令(以下「道交法令」という。)38条7項1
号トは,救護義務違反を含む特定違反行為をしたことを理由として免許
を取り消し,前歴がなく,当該特定違反行為に係る累積点数が40点か
ら44点の点数に該当する場合,道交法103条8項の政令で定める基
準として,4年とする。
(3)救護義務違反の基礎点数は35点である(道交法令別表第2の2の表,
備考2の126)。
無保険運行は,自動車損害賠償保障法5条に違反する行為であり,そ
の基礎点数は6点である(道交法令別表第2の1の表,備考2の17)。
3前提事実(争いのない事実のほかは,かっこ内に認定に用いた証拠等を
示す。)
(1)当事者
ア原告は,平成3年1月25日,普通自動二輪車の免許を取得し,そ
の後,第一種大型・中型免許を取得し,平成21年12月4日にこれ
らの免許の更新処分を受けた者である。
なお,原告には,平成23年9月28日当時,過去3年以内に道交
法上の行政処分歴がなかった。
イ被告は,埼玉県公安委員会が所属する普通地方公共団体である。
(2)本件事故の発生
ア本件事故が発生した場所は,東西に伸びる国道298号線の側道に
設けられた川口市a番地のb先(乙3,6)歩道上であり,原告の勤
務先である株式会社A(以下「本件資材置き場」という。)の出入口が
接している場所である。
同歩道は,アスファルト舗装された幅員3.5メートルの直線道路
であり,草加市方面(東側)から本件資材置き場の出入口前(本件事
故の発生場所)を経由して蕨市方面(西側)に向かって緩やかに下っ
ている(乙3)。
イ原告は,平成23年4月22日午後5時20分頃(乙2),全長2.
065メートル(乙17)の第2種原動機付き自転車(以下「原告車
両」という。)に乗り,国道298号線の側道に出るため,本件資材置
き場出入口から出て,本件事故発生場所である前記歩道上で,歩道を
横切る状態で南方向を向いて側道に垂直に停車していた。
他方,埼玉県立B高校(以下「B高校」という。)に通っていたC(以
下「C」という。)は,自宅に帰るため,前記歩道上を東から西に向か
って自転車で下っていたところ,前記歩道上に停止していた原告車両
の後輪に衝突した。
ウ本件事故により,Cが原告車両を越えて反対側(西側)に転倒し,
加療約1週間を要する右肩打撲の傷害を負ったほか,自転車の前かご
が取れ,前輪の泥除け部分が曲損した。(甲8の1,2,乙2ないし6,
22)。
また,原告も原告車両ごと転倒して少量の出血をしたほか,原告車
両の左側面がやや破損した。(甲5,6,乙7,10,18,原告本人,
弁論の全趣旨)
(3)本件事故に関する刑事事件の経緯
ア原告車両は,平成23年4月22日時点で,自動車損害賠償責任保
険(以下「自賠責」という。)の契約期限を徒過していたため,自賠責
については無保険であった。
川口簡易裁判所は,原告に対し,平成23年11月2日,自動車損
害賠償保障法違反(無保険運行)の罪により罰金20万円に処する旨
の略式命令をした。(甲1)
イ救護義務違反については,原告において,Cに傷害を負わせた認識
やCの自転車を損壊させた認識が希薄であることを理由に,不起訴と
された。(甲2)
(4)本件処分の経緯
ア埼玉県公安委員会は,平成23年9月28日,原告の意見聴取を行
った。
イ埼玉県公安委員会は,本件事故における原告の行為について審査し
た結果,同日付けで,原告に対し,免許を取り消す処分(本件処分)
をするとともに,同日から2年間を免許を受けることができない期間
として指定する処分を行った。同処分に係る処分事由は次のとおりで
ある。
(ア)平成23年4月22日無保険運行(点数6点)
(イ)平成23年4月22日救護義務違反(点数35点)
(5)本訴の提起
原告は,平成23年10月19日,本件処分を取り消すとの決定を求
める異議申立てをした。これに対して,埼玉県公安委員会は,平成24
年3月21日,異議申立てを棄却する決定(本件裁決)をした。
そこで,原告は,平成24年7月5日に本件訴訟を提起した。(当裁判
所に顕著な事実)
4争点
(1)救護義務違反の有無
(2)比例原則違反又は平等原則違反の有無
5争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(救護義務違反の有無)について
(被告の主張)
ア「交通事故」とは,「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」
をいい(道交法67条2項),「交通による」とは,車両等の交通に起
因した事故のことで,発生した交通事故が運転者の故意,過失による
ものであることは要しない。
もっとも,原告は,右方向から来る車の存否に気を取られて,左方
向から接近するCに対して警笛を吹鳴する等して危険を知らせること
なく,漫然と,しかも十分な通行余地を残さない状態で,原告車両を
歩道に停車させて通行を遮り,本件事故に至ったものであるから,原
告には,本件事故に関して過失があることは明らかである。
イ最高裁判所昭和45年4月10日第二小法廷判決・最高裁判所刑事
判例集24巻4号132頁(以下「最判昭和45年4月10日」とい
う。)によれば,運転者の判断で負傷が軽微であるから救護の必要はな
いとすることは許されず,十分に被害者の受傷の有無程度を確かめた
上で,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した
場合にのみ救護義務を免除するとし,負傷が軽微であることについて
は,運転者の判断に委ねず,客観的に明らかであることを必要として
いる。
同判例によれば,負傷者による一方的過失による交通事故の場合で
も,運転者の救護義務が著しく軽減されることはない。
ウ原告が衝突による衝撃が大きかったことを認めていることや,原告
車両,C運転の自転車の損壊状況,Cが原告車両を越えて転倒したこ
と,原告自身も負傷したことからすれば,原告は,Cが負傷している
ことを認識し,少なくとも容易に認識し得たといえる。
また,原告はCに対して「ばかやろう。おまえ,Bの生徒か。」と怒
鳴りつけ,Cが学校へ携帯電話で連絡をしていると「そういうことは
いいから,とりあえず今回は示談でいいから。」と言って走り去ってお
り,被害者に「大丈夫か。」と確認する等の措置すら講じていない。
仮に,原告がCに対して「大丈夫か。」と声を掛け,Cが「大丈夫。」
と答えたことをもって,Cに怪我がないと判断していたとしても,原
告が十分にCの受傷の有無を確かめたとはいうことはできない。
エしたがって,原告には救護義務違反が認められる。
(原告の主張)
ア道交法72条の規定によれば,過失の有無程度を問わず救護義務違
反が発生するが,加害者か被害者かにより求められる「必要な措置」
の程度は異なる。
イ原告は同法17条1項但書及び2項を遵守し,安全に歩道内に進行
し,歩行者の通行の妨げにならない十分なスペースを空けた上で,側
道脇で安全確認のために完全に停車したのであるから,原告は本件事
故に関して無過失である。そして,Cはそこへ一方的に衝突してきた
のであるから,本件事故は,Cの過失によるものである。
最判昭和45年4月10日は,加害者の被害者に対する救護義務の
問題であるところ,本件はCの一方的な過失による事故であり原告は
加害者ではないのであるから,事案が異なる。よって,本件は,同判
例の射程外である。
ウ原告が,衝突直後にCに「大丈夫か。」と声を掛けたのに対して,C
は「大丈夫。」と答えたが,原告は念のために,学校に対して連絡を入
れるよう指示した。また,原告は,Cが学校関係者に連絡した際にC
の側にいたが,Cは,怪我や痛みについて申告していなかった。
そのため,原告はCが怪我をしていないものと考え,自分がとるべ
き救護措置及び危険防止措置を果たしたと判断して,その場を離れた
のである。
そうであれば,原告はCの負傷を認識しておらず,また,認識し得
なかったといえるし,原告は十分にCの受傷の有無程度を確かめたと
いえる。
エしたがって,原告に救護義務違反は認められない。
(2)争点(2)(比例原則違反又は平等原則違反の有無)について
(被告の主張)
救護等の義務は,負傷の結果が「車両等の交通」により生じたものと
認められる限り,原因行為についての故意過失の有無を問わず課せられ
るのであって,被害者であるCとの関係において平等原則又は比例原則
を容れる余地はない。
(原告の主張)
仮に救護義務違反があるとしても,Cの一方的過失により生じた本件
事故の被害者である原告が欠格期間2年の免許取消処分とされることは
不当な処分である。
原告は,本件処分により,杖を使用して生活する母親の病院への送迎
等をすることができず,タクシーを使用せざるを得なくなり,経済的負
担が増え,さらに,勤務先でも,原告が運転できないことにより作業員
を増員せざるを得なくなり,人件費の負担が増え,これらのことにより
原告が受けた精神的損害も決して小さいものではない。
他方で,加害者のCは,運転していたのが軽車両に過ぎないため一切
の不利益を受けず,今後免許の取得が可能であるにもかかわらず,被害
者である原告が当該処分を受けることは,比例原則及び平等原則に反す
る不当な取扱いである。
第3裁判所の判断
1認定事実
(1)証拠(甲5,6,8の1,2,甲16,乙3,4,6,10,11,
18,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故の経緯及び事故
態様に関し,以下の事実を認めることができる。
ア原告は,平成23年4月22日午後5時頃,原告車両を運転して,
本件資材置き場出口で一旦停車し,本件資材置き場の出口左右に設置
されたカーブミラーから,左右両方から進行する自転車利用者や歩行
者がいないかを確認した。
その後,自分で目視が可能な位置まで少し前に進め,左右から進行
する自転車利用者や歩行者がいないことを再度確認した。
原告は,目視による確認の後,歩道上に進行し,車道との境目に原
告車両の前輪が来るまで進行し,車体が歩道を横切る状態で完全に停
止し,右方向から来る自動車の有無を確認した。このとき,原告が停
車した後方には,自転車が通行することのできる歩道上のスペースが
あった。
イ他方,Cは,B高校から自宅に帰るため,歩道上を草加市方面から
蕨市方面に向かって自転車で走行していた。
Cは,自転車の速度を特段落とすことなく東から西へ向かって下り
坂を走行し,また,本件事故の約16.9メートル手前から,自分の
着用していた服の汚れが気になり,前を見ない状態で自転車を走らせ
ていた。そして,Cが本件事故の約3.3メートル手前で視線を前方
に向き直したところ,原告車両が止まっていることに気付いて,ブレ
ーキを掛けようとしたが間に合わず,止まっていた原告車両の後輪に
衝突した(本件事故)。
ウ本件事故により,Cは,原告車両を越えて反対側(西側)に転倒し,
また,原告も,原告車両ごと転倒した。そして,それぞれ,前記第2
の3(2)ウのとおりの損害を被った。
原告は,転倒直後,Cに対して,「ばかやろう。おまえ,Bの生徒か。」
と怒鳴ったが,これに続けて「大丈夫か。」という声かけを行った。
Cは,原告の問いかけに対し「大丈夫。」と答え,その後,原告の勧
めもあって,原告の面前で学校に連絡の電話をかけ,「よそ見をして運
転していたらぶつかりました。」と事故の報告をした。
原告は,Cの電話でのやり取りを聞き,「示談でいいから。」とCに
告げて,その場を立ち去った。
(2)以上の認定に関する当事者の主張等については,以下のとおりである。
ア原告の安全確認について
被告は,原告が,右方向から来る車の存否に気を取られて,漫然と,
しかも十分な通行余地を残さない状態で,原告車両を歩道に停車させ
て通行を遮ったと主張する。
しかしながら,原告の陳述書(甲5)及び原告本人尋問による原告
の安全確認行動に関する部分は自然かつ具体的であり,これを採用す
ることができる。また,車体幅(2.065メートル)と歩道の幅員
(3.5メートル)との比較(前記第2の3(2)ア)及びCの自転車が
原告車両の後部に衝突したこと(同イ)を踏まえるときは,原告は歩
道に少なくとも70センチメートル程度の通行余地を確保して停車し
ていたということができる。
さらに,証拠(甲5,原告本人)によれば,原告が側道に出るため
に歩道上で停車していた時間は,原告の感覚ではおよそ3秒から10
秒程度であると認められるから,原告が安全確認をしている時に,必
ずしも坂の途中にいるCに気付くことができたとまではいえない。
したがって,原告が本件資材置き場を出てから本件事故が発生する
までの間の態様は前記(1)アのとおり認定できるのであって,これに反
する被告の前記主張は採用できない。
イ本件事故後の原告及びCの行動について
Cの供述調書(乙4)や原告の警察官面前調書(乙10,11)に
は,①本件事故後に,原告がCに対して「大丈夫か。」と確認したこと,
②原告の勧めに従いCが学校へ電話をかけたこと,③Cが学校への電
話で「よそ見をして運転していたらぶつかりました。」と事故の報告を
していたこと等の記載がない。
しかしながら,原告は,検察官面前調書(甲6,乙18),陳述書(甲
5),原告本人尋問を通じて,前記①ないし③の事実等があった旨を一
貫して供述している。そして,前記①ないし③の事実等は,自らの前
方不注意で原告車両に衝突し動揺していた高校生に対する社会人の対
応として,いずれも自然であるから,かかる事実等に関する前記証拠
部分(甲5,6,乙18,原告本人)は採用することができる。なお,
前記①の事実は,原告がCに対して「ばかやろう。おまえ,Bの生徒
か。」と怒鳴った事実(乙4)と矛盾するとはいえない。
そして,Cの供述調書(乙4)や原告の警察官面前調書(乙10,
11)にしても,前記①ないし③の事実等がなかったと積極的に否定
する記載があるわけではない。特に,原告の警察官面前調書について
は,警察官面前調書の作成時,仕事後の疲労感で少しでも早く終わら
せたいとの一心で,十分に調書の内容を確認しなかったと原告が本人
尋問で述べているところであるが,これもあながち不合理ともいえな
い。
したがって,前記①ないし③の事実等を認定することができる。
ウCの自転車の前かごが取れた点について
Cの自転車の前かごについて,写真撮影報告書(乙22)には「前
かごは本件事故により脱落したため,事故後に処分し,現在は存在し
ていない。」とする平成25年5月10日当時のCの供述があり,本件
事故当時に作成された実況見分調書(乙3)にもCの自転車の前かご
が取れて下に落ちている状態が写った写真がある。
前記実況見分調書(乙3)には,破損の状況は「前部等小破」との
み記載されており,前かごの脱落を具体的に指摘しておらず,Cの供
述調書(乙4)にも,自転車の前輪の泥よけ部分が大きく曲がってし
まったという記載があるが,前かごの脱落に言及した記載はないもの
の,上記の各証拠(乙3,22)に照らすと,Cの自転車の前かごが
本件事故により取れたという事実が認められる。
2争点に対する判断
(1)争点(1)(救護義務違反の有無)について
ア救護義務の有無
(ア)道交法72条前段所定の救護義務が生じるのは,「交通事故」があ
った場合であり,「交通事故」とは,車両等の交通による人の死傷又
は物の損壊のことをいう(同法67条2項)。
そして,発生した「交通事故」が運転者の故意,過失に起因して
いる必要はなく,自己の運転する車両等が交通事故に関与したもの
であれば,それが,交通によるものである限り,明らかに歩行者等
の一方的過失によるものであっても,また,事故の時点において車
両等が停止していたとしても,「交通事故」に該当し,車両等の運転
者は救護義務を負うことになると解される。
(イ)本件事故は,Cの自転車が,歩道上に停止していた原告車両に衝
突して発生したのであるから(前記第2の3(2)イ),本件事故は交
通によるものといえ,かつ,原告車両は本件事故に関与していると
いえる。
また,Cは,本件事故により加療約1週間を要する右肩打撲の傷
害を負った上,Cの自転車は,前かごが取れ,前輪の泥除け部分が
曲損している。そして,原告自身も本件事故により少量の出血をし,
原告車両の左側面も破損している(前記第2の3(2)ウ)。そうする
と,本件事故は,車両等の交通による人の死傷又は物の損壊である
といえ,同条の「交通事故」に該当する。
したがって,原告には救護義務があったといえる。
イ救護義務違反の有無
(ア)車両等の運転者が,いわゆる人身事故を発生させたときは,直ち
に車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全
く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害
者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,少なくと
も被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置を講ずべ
きであり,この措置をとらずに,運転者自身の判断で,負傷は軽微
であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときは許
されない。受傷の有無,程度は,専門医によっても一見して直ちに
判断できるものではなく,これを運転者の判断に委ねることは立法
趣旨にもとるからである。最判昭和45年4月10日は,この理を
明らかにしたものと解される。
そして,運転者が加害者であっても,被害者であっても,受傷の
有無,程度は判断が困難な事項であるという経験則は等しく妥当す
るといえるし,そもそも交通事故において運転者が被害者であるか
加害者であるかは事故当時に一見して明らかであるとは限らず,事
故に関与した者には少なからず自己防御の本能が働いて事故状況や
結果につき自己に有利な解釈をすることは否定できないから,運転
者が交通事故に関与している限り,上記の救護義務についての解釈
(最判昭和45年4月10日の趣旨)は妥当するというべきである。
これに反する原告の主張は採用できない。
(イ)これを本件事故について検討してみるに,原告が,本件事故後にC
に対して取った措置は,「大丈夫か。」という声かけと,Cの電話内容
を聞いていたことである(前記第3の1(1)ウ)が,かような措置で
は,十分にCの受傷の有無や程度を確かめたとはいえない。
また,Cは,本件事故により加療約1週間を要する右肩打撲の傷
害を負った上,Cの自転車は,前かごが取れ,前輪の泥除け部分が
曲損しており,原告自身も本件事故により少量の出血をしている(前
記第2の3(2)ウ,前記1(2)ウ)。そうであれば,Cが負傷をしてい
ないことが明らかであったとはいえないため,原告は速やかに医師
の診療を受けさせる等の措置を講ずるべきであったといえる。それ
にもかかわらず,原告は,かかる措置を怠り,自らの判断で,Cに
負傷はないか,あるとしても軽微であるから救護の必要はないとし
てその場を立ち去ったといわざるを得ない。
したがって,原告は,本件事故に関し,救護義務違反をしたと認
められる。
(2)争点(2)(比例原則違反又は平等原則違反の有無)について
ア免許の取消しの処分は,道路交通法上危険のある運転者を一定期間
道路交通の場から排除して,道路における危険を防止し,その他交通
の安全と円滑を図り,及び道路の交通に起因する障害の防止に資する
ことを目的(道交法1条)として行われるものである。そして,同法
103条2項は,同項各号で,危険運転致死傷,酒酔い運転,救護義
務違反等,特に道路交通法上の悪質性及び危険性が高いと評価できる
行為を類型的に規定して,免許を取り消すことができることができる
と定めており,同条8項は,公安委員会が免許の取消しの処分を行う
場合には,欠格期間を道交法令に従って指定すると規定する。
そして,同法103条2項及び8項は,同条2項各号の基準に従っ
て免許の取消しの処分を行う権限及び道交法令の基準に従って欠格期
間の指定をする権限を,公安委員会に付与しているのであるから,公
安委員会が上記権限を行使して免許の取消しの処分を行うか否かの判
断は,原則として同項各号の基準に従って,また,免許の取消しの処
分を行う場合に欠格期間をどのように定めるかの判断は,原則として
道交法令の基準に従って行うべきである。
もっとも,免許の取消処分は,将来における道路交通の危険を防止
するという行政目的のために行われる処分であるが,自動車の運転を
一定期間禁止し,再度免許取得手続をさせるという重大な制約を運転
者に課すものであるから,違反行為の態様,違反行為を行うに至る経
緯,動機,違反者の違反の認識の有無,程度等の個別具体的な事情に
よっては,道交法及び道交法令の基準通りの処分を行うことが被処分
者の道路交通上の危険性の度合いに照らして著しく重きに失すると認
められる場合(比例原則違反)には,裁量権の逸脱又は濫用として違
法になることもあり得ると解される。
イ本件においては,前記(1)で判断したとおり原告に救護義務が認めら
れるところ,原告がCに対して積極的に取った措置は「大丈夫か。」と
いう声かけ及び学校への連絡の勧めのみである(前記第3の1(1)ウ,
(2)イ)。
しかしながら,本件事故は,原告が自転車が通過するには十分なス
ペース(少なくとも70センチメートル)を開けた(前記1(1)ア,(2)
ア)上で停止していたところに,Cが明らかな脇見運転をして原告車
両に衝突して生じたものである(前記1(1)イ)。しかも,Cは坂の上
から減速をせずに自転車で走行し,原告車両の3.3メートル手前で
初めて前方を確認して原告車両に気がついた(前記1(1)イ)というの
であるから,原告車両が全長約2メートルの第2種原動機付自転車で
あることも考慮するときは,本件事故直前にCの自転車の衝突を回避
する措置を講じることを原告に求めることは無理を強いるものである。
そうであれば,本件事故は,Cの全面的過失によるものというべきで
ある。
そして,証拠(甲5,18,原告本人)によれば,本件事故後,C
は普通に歩くことができ,どこか痛がっているということもなく,原
告からの「大丈夫か。」との問いかけに対しても「大丈夫。」と答えた
ため,原告としては,Cが受傷していないと考えたことが認められる。
なお,客観的にも,Cの受傷は,加療約1週間を要する右肩打撲にと
どまる(前記第2の3(2)ウ)。
加えて,証拠(甲5,原告本人)によれば,原告は本件処分により,
事実上,母親の病院への送迎等のためタクシーを使用せざるを得なく
なり経済的な負担が増え,また,勤務先でも原告の代わりの運転手を
雇うこととなり人件費の負担が増えたことが認められるところ,これ
らに伴い原告は精神的苦痛を受けたとしても無理からぬものがあり,
原告が受けた損害の程度は決して小さいとはいえない。
ウところで,前記(1)ア(ア)のとおり,救護義務発生の要件はかなり広
いことから,その違反経緯及び態様には様々なものがあり得るところ,
法が免許取消しとなる対象を危険運転致死傷や酒酔い運転といった3
年以上の欠格期間を伴ってもやむを得ないような悪質かつ危険な違反
行為に限っていることからすると,特段の事情があって,悪質かつ危
険とまでいえないごく軽微な救護義務違反である場合には,例外的に
免許取消処分をしないことも許容していると解される。そして,本件
事故における原告の救護義務違反については,上記イで認定したとこ
ろに照らすと,その前提となる本件事故の責任はCのみにあって原告
の道路交通上の危険性は著しく小さく,また,違反の態様においても
危険運転致傷や酒酔い運転と同程度の悪質性を認めることは到底でき
ないのであって,本件では,前記の特段の事情があるといえる。
このような事情がある本件事故において,しかも,一方的な被害者
である原告に対して,その軽微な救護義務違反を捉えて免許を取り消
すことには,誰しも強い違和感を覚えるであろう。原告に対しては,
将来における道路交通の危険を防止すべく免許を取り消して救護義務
の重要性を自覚させる必要性はなかったというべきであり,かつ,原
告は無保険運転については刑事罰を受けているのである。他方,前記
イのとおり,本件処分を受けることによって原告の受ける不利益の程
度は決して小さくない。
以上の事情を勘案すると,原告に対する本件処分は,道路交通上の
危険性の度合いに照らして著しく重きに失するというべきであって,
本件のような限定的事案においては,裁量権の濫用(比例原則違反)
として違法になると解される。なお,本件処分において欠格期間を2
年に軽減しているけれども,これは,本件において免許を取り消す場
合には欠格期間を4年とする道交法及び道交法令の予定するところで
はないから,このことをもって本件処分を適法とすることはできない。
エしてみると,本件処分はこれを取り消すべきである。
第4結論
以上の次第であり,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文
のとおり判決する。
さいたま地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官原啓一郎
裁判官鈴木拓児
裁判官今西由佳子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛