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裁判例


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○ 主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
○ 事実
控訴人は、「一原判決を取消す。二被控訴人の訴えを却下する(本案前の申立)。
被控訴人の請求を棄却する(本案の申立)。三訴訟費用は第一、二審とも被控訴人
の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用
は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に附加するほか原判決事実摘示と同一であ
るから、これを引用する。
一 控訴人の主張
別紙昭和五七年一一月一八日付控訴人準備書面(一)記載のとおり。
二 被控訴人の主張
別紙昭和五八年一月一一日付準備書面記載のとおり。
三 証拠(省略)
○ 理由
第一 被控訴人の本件帰化許可申請に対する法務大臣の不許可決定は、行政事件訴
訟法三条二項にいう「処分」にあたらず、取消訴訟の対象にならないとする控訴人
の本案前の主張に対する当裁判所の判断は、原判決のそれと同一であるから、この
点に関する原判決の理由説示をすべて引用する。控訴人の主張は採用できない。
第二 被控訴人の昭和五四年五月七日付帰化許可申請に対し、控訴人が昭和五五年
四月二日、「A(B)との身分生活関係が考慮された」との理由により、帰化を不
許可とする決定をしたことは、当事者間に争いがない。控訴人の主張によれば、右
不許可理由の骨子は、被控訴人はその親権に服する未成年の子Aと同時に帰化申請
すべきもので、それを困難とする特段の事情もないのに、被控訴人のみに対し帰化
を許可することは相当でないというにある。これに対し、被控訴人は、本件不許可
決定は違法であるとして、その取消を求めるものであるから、以下これについて判
断する。
一 被控訴人とAとの身分生活関係
1 (1)被控訴人は昭和六年五月九日広島県芦品郡<地名略>において、日本国
籍を有する父Cと母D間の二女として出生し、同月二一日父Cの出生届出によりそ
の戸籍に入籍したこと、(2)昭和二三年二月、被控訴人が台湾人であるEと結婚
生活に入り、同年八月二五日広島市長に婚姻の届出をなし、これによつて台湾籍に
移籍したものとして除籍されたこと、(3)右両名は、昭和四三年七月二五日、右
市長に協議離婚届を提出したこと、(4)昭和四三年八月二七日、被控訴人がAを
出産したこと、(5)被控訴人に対し、昭和四七年(中華民国六一年)九月二八日
付をもつて、中華民国内政部長名で国籍喪失許可証が発行されていること、以上の
各事実は当事者間に争いがない。
いずれも成立に争いのない甲第六、第七号証、乙第二号証の一ないし四、原審証人
Fの証言によつて成立の認められる甲第八号証の一並びに右証人Fの証言、原審に
おける被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、(6)被控訴人と
Eとは、昭和三四年一〇月頃事実上離婚し、以来別居し全く夫婦関係はないが、前
記のとおり昭和四三年七月二五日に至つてはじめて協議離婚の届出をしたこと、
(7)他方、被控訴人はEと事実上離婚した直後頃、日本人Fと事実上結婚し、同
棲生活をはじめ、引続き現在まで内縁関係にあるが、その間、前記のとおり昭和四
三年八月二七日長女Aを出産したので、Fとの間の子として出生届をしようとした
が受理されなかつたため、同女は出生届未了のまま、被控訴人及びFと同居して、
両名の養育、監護を受けて今日に至つていることが認められる。
2 右によれば、被控訴人は、昭和二三年八月二五日、台湾八Eとの婚姻の届出に
より内地戸籍から除籍され、台湾人としての法的地位をもつに至つていた人であ
り、昭和二七年八月五日、日本国と中華民国との間の平和条約の発効により日本の
国籍を喪失したことになる(最高裁昭和三七年一二月五日大法廷判決、刑集一六巻
一二号一六六一頁参照)。また、Aの身分については、被控訴人とEとの離婚届出
が昭和四三年七月二五日、Aの出生が同年八月二七日であるから、同女は被控訴人
とEとの間の嫡出子と推定され(法例一七条、二〇条、中華民国民法一〇六一条な
いし一〇六三条)、出生時に中華民国国籍を取得したことになる(中華民国国籍法
一条一号)。しかし真実は、同女は被控訴人とF間に出生したものであるから、後
日、同女とE間の親子関係不存在の裁判が得られれば、同女は被控訴人(中国人)
の非嫡出子と」で、中国国籍を取得したものと認められる(同法一条三号)。そう
して、Aに対し親権を行使し、その監護にあたるべき者は、被控訴人のみであると
解せられる。
二 帰化実務の運用
控訴人は、帰化申請者がその親権に服する未成年の子を有する場合、親子同時に帰
化の申請をさせるのが実務上の取扱であり、また、帰化申請についての調査の段階
で、表見上の身分関係が真実のそれと合致しないことが判明したときは、原則とし
てその身分関係が整序されるまで、帰化を許可しない方針であると主張する。原審
証人Gの証言によれば帰化実務の運用上、左のごとき取扱がなされていることが認
められる。
1 旧国籍法一五条は、親の帰化の効力を子にも及ぼしていた(親子国籍同一主
義)が、現行国籍法は、親の国籍変更に伴つて、当然に子の国籍に変動が生ずるこ
とを認めていない(親子国籍独立主義)。
しかし、諸外国には、親の帰化の効果を、未成年もしくは一定の低年齢の子に及ぼ
す立法も、多数見受けられる(成立に争いのない乙第三、第四号証)。現行国籍法
も、日本国民の子である外国人については、その帰化条件を緩和している(六条二
号)。このことは、親子の国籍が異なることによつて生ずるおそれがある種々の弊
害、例えば、在留資格、忠誠義務もしくは兵役義務の問題、社会保障の受給権の有
無、教育を受ける権利義務等について、親子間の身分生活関係が錯綜する不便、不
利益を考慮すると、親子の国籍を同一にして同一の国内法規に服させるのが、むし
ろ望ましいものであることを示すものといえる。そうであるとすれば、現行国籍法
が親子国籍独立主義をとつていることにかかわらず、帰化申請者に未成年の子があ
るときは、親の帰化申請と同時に未成年の子についても帰化申請をさせ、双方の帰
化を同時に許可する取扱をすることは、十分の合理性を有するものといわねばなら
ない。してみれば、控訴人の主張する帰化実務における親子同時申請の取扱は、法
務大臣の正当な裁量権の行使に基づくものであつて、何ら違法ということはできな
い。
2 また、法務大臣が帰化申請の許否判断をするにあたつては、申請者の真実の身
分関係に基づき帰化条件の有無を決すべきことは、事柄の性質上当然であり、帰化
を許可された者について新戸籍を編成するにあたり、戸籍に真実の身分関係を表示
させる必要からも、帰化許可の前提として、申請者の身分関係の整序を求めること
は、肯認されて然るべき要求といわねばならない。従つて、帰化申請者の表見上の
身分関係が真実のそれと合致しないときは、その身分関係が整序されるまで、原則
として帰化を許可しないとする帰化実務上の方針は、これまた法務大臣の正当な裁
量の範囲に属するものというべきである。
三 叙上の帰化実務の運用に照らせば、未だ出生届もなされていないが、現実に被
控訴人の親権に服し、その監護養育を受けている未成年の子(A)を有する被控訴
人からの本件帰化許可申請に対し、「Aとの身分生活関係」が考慮され、その結
果、本件不許可決定がなされたことは、まことにやむをえないことといわねばなら
ない。ただし、Aが被控訴人とF間の子であり、後日Fによつて認知されても(後
述のとおり、その前提として、Eとの間に親子関係が存在しないことを確定する裁
判を必要とする。)、それによつて日本国籍を取得することはなく、出生時に母が
日本国民であつたものでもないから、被控訴人が帰化して日本国籍を取得した後に
出生届を提出しても、Aが日本国籍を取得することはない(国籍法二条三号)。従
つて、Aが日本国籍を取得するには、帰化の許可を得るほかないのである。ところ
で、Aについては、未だ出生届がされていないうえに、同女は被控訴人とEとの間
の嫡出子との推定を受けるものであるが、真実は被控訴人とFとの間の子であると
いうのであるから、帰化申請にあたつては、まず身分関係の整序を行う必要があ
る。しかし、右整序には、さほど時間を要するものとは考えられない。すなわち、
出生届に先立ち、AとEとの間で父子関係不存在確認の裁判を得れば、その謄本と
ともに被控訴人の非嫡出子として出生届をすることが可能と考えられる。そうし
て、前顕甲第八号証の一及び弁論の全趣旨によれば、Eはその後日本に帰化し、現
在広島市に居住していること、Aの身分関係については関係者に争いがないことが
認められる本件においては、右父子関係不存在確認の裁判は、訴訟によるまでもな
く、家庭裁判所における家事審判法二三条による合意に相当する審判を受けること
によつて、容易にその目的を達することができるものと思料される。
しかるに、被控訴人は、本件帰化申請をした昭和五四年五月七日から今日まで、前
記のような父子関係不存在の裁判を得るべき手続を何もしておらず、Aについて帰
化の同時申請をしないのは、被控訴人が帰化許可になればAについて日本国籍者と
して出生届が可能であるとの誤つた見解に基づくものと推察され、同時申請が客観
的に不可能または極めて困難な事情にあるものとは認め難い。
以上のとおりであれば、親子同時申請の原則的取扱を例外的に停止または解除すべ
き特段の事情があるとは到底認め難く、右原則に基づいてなされた本件不許可決定
には、裁量権の逸脱、濫用の違法は存しない。
四 ひるがえつて考えるに、被控訴人が日本人の子として日本に生れ、以来今日ま
で日本に居住する者であることは、被控訴人の主張するとおりである。しかしなが
ら、元来、旧国籍法は、日本人女子が外国人の妻となり、夫の国籍を取得したとき
は、日本の国籍を失うものとしていた(一八条)。そうして、敗戦後、すでに降伏
文書の調印により、台湾は中国に返還されることが約束され、台湾人は日本国民と
は異つた取扱いを受けるに至つていたのである。このような情況のもとで、被控訴
人は台湾人と婚姻し、その後、日華平和条約の発効にともなつて日本国籍を喪失す
るに至り、後に事実上離婚したが、正式に離婚届を提出しないまま、事実上再婚し
たため、その後出生した子の身分関係を複雑化した(このこと自体は、前夫が日本
人であつても生ずる問題である)のである。事実は以上のとおりであり、このよう
に見てくると、本件は、元日本人であつた者の帰化事件として、格別特殊な事例で
はない。親権の及ぶ未成年の子を残して親権者だけの帰化を許可することは相当で
ないとした法務大臣の裁量を非難することはできない。
その他に本件不許可決定を違法とする事由は認められない。
第三 結論
よつて、控訴人のなした本件不許可決定が違法であるとして、その取消を求める被
控訴人の本訴請求は、失当であつて棄却を免れないから、これを認容した原判決を
取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴詮費用の負担につき行訴法七条、
民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 熊佐義里 土屋重雄 大西浅雄)
(別紙)
昭和五七年一一月一八日付 控訴人準備書面(一)
控訴人は、本件控訴の理由を次のとおり明らかにする。
一 本案前の主張
1 原判決は、「帰化の許可は法務大臣の自由裁量に属するというべく、帰化申請
者に国籍付与請求権というような権利が存するものでない」(一三丁表)としなが
らも、法務大臣は、申請者に対し許否いずれかの応答をすべきであり、申請者は
「その応答が適法になされることにつき権利若しくは法律上の利益を有する」(一
三丁表)として不許可決定の処分性を肯定している。
帰化申請者に国籍付与請求権がないこと、したがつて帰化許可請求権がないことは
原判決指摘のとおりというべきであるが、それにもかかわらず申請者が適法な応答
(処分)がなされることにつき権利又は法律上の利益を有するとするのは、ひつき
よう、申請者個人になんら法律上保護されるべき利益がないにもかかわらず訴えの
利益を肯定するものであり、背理という外はない。
帰化の許可に関する法務大臣の裁量権が適正に行使され、社会通念や条理に反して
はならないことはいうまでもないが、裁量権の行使が適正であるべきことは、ひと
り帰化の許否に限らず、あらゆる裁量行為についでいいうることである。換言すれ
ば、行政権の主体たる内閣及びこれを分任する各省大臣は、行政権の行使を適正に
行うべき政治的責務を主権者たる国民に対して負担しているのであり、単にこのこ
とのみを理由に、行政権の行使に関し行政訴訟によりこれを争う法律上の権利又は
利益は生じないというべきである。
帰化の法律的性質については、これを公法上の契約とみる説(平賀「国籍法」下巻
二四九ページ)と相手方の同意を要する単独行為とみる説(山田(三)「国際私
法」一七〇ページ)があるが、いずれの説によつても、帰化は、従来の国籍に伴う
あらゆる権利、義務を消滅させ、許可の対象者に参政権、国内在留権を付与し、日
本国の主権者たる地位を与えるのみでなく、日本国の属人的統治権に服せしめ、納
税の義務(憲法三〇条)、保護する子女に普通教育を受けさせる義務(憲法二六条
二項)、憲法を尊重し擁護する義務(憲法一二条、九九条)を始め法律上の種々の
義務を新たに負わせるという重大な結果を伴うものであるから、帰化の許可は、そ
の対象者の同意を要すると考えられているのである。現行国籍法の帰化の申請は、
この帰化の許可に関する事前の同意を確認し、法務大臣が自由裁量により国籍を付
与すべきか否かを判断する端緒となるものであり、かつ、これに尽きるというべき
である。以下、この点につき詳述する。
2 国籍法に規定された帰化条件(同法四条ないし七条)は、その文言からも明ら
かなように、法務大臣が帰化を許可する場合の最低の条件を定めたものにすぎない
のであつて、原判決の指摘するとおり、これらの条件を備えた外国人に、当然に帰
化の請求権を与え、この者に対して法務大臣に帰化を許可すべき義務を負わせる趣
旨ではないのである。それゆえ、帰化を申請した外国人は、法定の帰化条件を備え
たからといつて、国籍付与請求権ないし帰化許可請求権を有することにはならない
し、法務大臣は、法定の帰化条件を備えた者について、帰化の許否を自由に決し得
るものというべきである。
憲法、国籍法は、何人に対しても国籍を自由に処分する権利を保障していない。国
籍は、帰化の許可の場合を除き、出生の事実により当然に付与され、当該個人は自
己の意思により国籍の付与を拒絶することはできない(国籍法二条)。また、日本
で出生した日本国民の子であつても、国籍法二条の所定の要件を満たさないもの
は、日本の国籍を取得しないし、日本国民を両親とする嫡出子であつても一定の手
続を行わなければ、遡つて国籍を失う場合もある(同法九条)。他方、自己の志望
により外国の国籍を取得した者は当然に日本の国籍を喪失し、自己の志望により日
本の国籍を保持することは許されていない(同法八条)。憲法二二条は、国籍離脱
の自由を保障しているが、これは無国籍となる自由を保障したものではなく、日本
の国籍の離脱には、外国の国籍を併有することとの重大な制限が課せられているの
である(国籍法一〇条)。
これらの規定は、いずれも、国籍は国家の主権者の範囲を確定し、国家の属人的統
治権の範囲を限定する高度の政治的事項であつて、これを個人の権利と観念するこ
とはできず、まして、国籍付与請求権ないし帰化許可請求権を想定する余地のない
ことを如実に示しているものである。
このような解釈は、また、国籍法以外の実定法の規定によつても支持されるもので
ある。行政不服審査法四条一項一〇号は、「外国人の出入国又は帰化に関する処
分」に対しては、不服があつても審査請求又は異議申立てをすることができない旨
定めている。これは、外国人の出入国及び帰化を許可するかどうかは、元来国家が
自由にこれを決し得るものであるから、国民の権利利益の救済を目的とする同法の
対象とすることが妥当でない、との理由によるものである(田中真次=加藤泰守・
行政不服審査法解説六一ページ、昭和三七年八月二七日参議院内閣委員会における
野木政府委員発言など)。行政上の不服申立の一般法としての行政不服審査法が特
に明文をもつて帰化に関する処分を不服申立ての対象から除外した趣旨は、行政事
件訴訟法の解釈においても考慮されるべきである。
3 さて、帰化不許可決定が行政事件訴訟法三条二項の「処分」に該当するために
は、同決定が権利又は法律上の利益を侵害するものでなければならない、と考えら
れるので、この点から検討する。
わが国籍法が外国人に対し国籍付与請求権を付与したものと解すべきでないことは
前記のとおり明らかである。そうだとすれば、帰化申請をした外国人が帰化不許可
決定を受けたことにより、いかなる権利又は法律上の利益の侵害があつたことにな
るのであろうか。帰化申請者に対し国籍付与請求権が付与されていない以上、帰化
が許可されなくても、従来の申請者の権利、義務及び法的利益に変更はないのであ
るから、行政事件訴訟により保護されるべき法的な利益の侵害はないというべきで
ある。
このような帰化許可の性質に共通したものとして、例えば、公務員の任命行為をあ
げることができる。公務員の任命にあたつては、法定の資格要件を備えた者であつ
ても、その者を任用するかどうかは任命権者の自由裁量に属するものと考えられる
ので、任用されなかつたことにつき取消訴訟を提起することは許されないこととさ
れている(鵜飼信或・公務員法〔新版〕一〇二ページ(五)、なお、地方公務員の
採用内定の取消しにつき最高裁昭和五七年五月二七日第一小法廷判決・判例時報一
〇四六号二三ページ)。
4 以上のとおり、帰化不許可決定は、現行の法制度上、行政事件訴訟法三条二項
にいう「処分」には該当しないものというべきである。近時、行政庁の違法な行為
から私人の権利ないし利益を保護するという見地から「公権力の行使に当たる行
為」の範囲は、一般に広く解釈される傾向にあるといつてよいが、帰化に関する処
分に関しては、前記の特質に照らし、安易な拡張解釈はされるべきではない。
ところが、原判決は、帰化申請者が国籍付与請求権を有するものではなく帰化の許
否は法務大臣の自由裁量に属することを認めながら、その理由中において、法務大
臣は「帰化申請に対して許否いずれかの応答をなすべく、申請者はその応答を求め
ることができると解され、そうであれば、申請者としては、進んでその応答が適法
になされることにつき権利もしくは法律上の利益を有するということができる。」
(一二丁裏、一三丁表)と判示している。原判決は、帰化不許可処分の処分性の判
断につき、東京高等裁判所昭和四七年八月九日判決(行裁集二三巻八・九号六五八
ページ)に従つたものであるが、右高裁判決は、次の理由により、帰化不許可処分
の処分性の解釈について説得力ある実質的な理由を示していないものといわざるを
得ない。
前記東京高裁判決は、国籍法三条以下及び同法施行規則一条により、帰化しようと
する者は帰化申請権(行政庁に申請できる権利)を有するから、法務大臣はこれに
対してなんらかの応答をしなければならず、いわゆる応答義務がある、としたう
え、更に、申請者が受ける応答は適法のものでなければならないから、申請者は
「処分が適法になされることに権利ないし法律上の利益」を有し、その救済のた
め、相当期間内に処分がなされない場合は「不作為の違法確認の訴え」(行訴法三
条五項)を、なされた処分が違法な場合は「処分の取消しの訴え」(同法三条二
項)をそれぞれ提起することが許されるとして、結局、帰化申請権を根拠として帰
化処分の処分性を肯定しているのである。
なるほど、国籍法一一条及び同法施行規則一条は、帰化の「申請」なる用語を使用
しているが、同条は、その規定の体裁から明らかなとおり、帰化の許可を申請すべ
き者を特定し、その添付書類を定めたものにすぎず、帰化の申請は、帰化の許可の
事前確認の手続であり、法務大臣の職権の発動を促す趣旨のみを有するとの控訴人
の主張に合致こそすれ、適法な処分を要求する法律上の権利の根拠となり得ない。
このことは、また、帰化の不許可に関し、法務大臣に対しその応答義務を課し、あ
るいはT許可事由の告知を義務付けた規定がないことからも明らかである。法務大
臣が申請後相当期間内になんらの処分もせずこれを放置するようなことは適正な行
政の見地から相当でないし、また、不許可処分には公定力がなく再申請を妨げない
ので、申請者に対し、その理由を告知し、再申請の便宜を図ることは、行政の運営
上妥当であるから、行政実務上、大臣が申請に対しなんら応答しないことはあり得
ない。本件においても、原告に対し、不許可の旨及びその理由が告知されている
が、これは、適正な行政の運営の要請の反射的利益というべく、これをもつて、申
請者個人に適法な応答を要求すべき権利又は法律上の利益があるとするのは論理の
逆転である。
また、仮に百歩譲り、申請者に申請権があり、「不作為の違法確認の訴え」による
救済が認められる場合もあり得るとしでも、前記東京高裁判決が、処分の適法性に
ついてまで言及し、申請者が適法な処分を受ける法的な利益を有する、としたこと
は不当である。同刊決にいう一処分が適法になされることにつき権利ないし法律上
の利益」との言辞は不明確きわまりない説示である。申請者の有する申請権から論
理的に帰する結果は、申請者に対応する応答義務を根拠とする「不作為の違法確認
の訴え」の提起が許されることのみであつて、「処分の取消しの訴え」の提起まで
もが許されることではないはずである。国に対し、なんらかの処分をせよと求める
こととその処分自体が適法であるべく求めることとは、全く別の次元に属すること
というべく、単なる手続上の申請権のようなものからは、処分自体の適法性を法的
に追求する権利は派生してこないものというべきである。帰化申請者が自己の受け
た処分の適法性を争い得るかどうかは、前記のとおり、権利利益の侵害の有無及び
訴訟法的な観点から決定されるべきことといわざるを得ず、申請者が申請権を有し
ていることから導かれるものではないのである。同判決は、行政庁に対する帰化処
分申請権に不当にも過大な利益内容を盛り込んだものであり、論理の飛躍をおかし
ているものであつて、到底承服することはできないものである。
このように、同判決は、帰化申請者につき不明確な利益概念を肯定することによ
り、これを帰化不許可処分の処分性の理由づけに用いたものであり、結局、処分性
についてはなんら実質的な理由を示していないのである。このような判決は、到底
先例たり得ないものといわなければならず、これに従つた原判決もまた正当な判例
の確立によつて取り消されるべきものである。
ちなみに、申請に対する拒否行為が抗告訴訟の対象となる処分に当たるかどうか
は、それが申請人の法的な地位に影響を及ぼすかどうかによつて決まると考えられ
るが、この点に関し、処分性を否定した裁判例として、公共職業安定所から失業者
就労事業に紹介された者に対する事業主体の雇入れの拒否について、公共職業安定
所から失業者就労事業に紹介されたからといつて、事業主体に対して右事業に就労
し得べき具体的権利ないし法律上の地位を取得するものではない、としたもの(福
岡地裁昭和四四年六月二〇日判決、行裁集二〇巻五・六号七五六ページ)、自動車
損害賠償法七二条に基づく損害てん補請求に対し運輸大臣のした保障事業から損害
のてん補はしない旨の裁決について、これは単なる支払拒絶の意思表示にすぎず保
障請求権に何ら変動が生ずるものでないとしたもの(大阪地裁昭和四八年一〇月二
日判決・判例時報七四七号五五ページ)、通商産業大臣のした企業合理化促進法三
条及び同法施行規則四条に基づく工業化試験補助金を交付しない旨の決定につき、
右法条は主務大臣に対し、試験研究者に補助金を交付することができる等の権限を
付与したにとどまり、試験研究者に補助金交付申請権を認めたものではないとした
もの(東京高裁昭和四九年五月二三日判決・東高時報二五巻五号民九一ページ)な
どがある。いずれも侵害される権利利益の内容を厳密に確定していることが注目さ
れる。
5 原判決は、帰化の不許可の決定が行政事件訴訟法三条二項の処分として処分の
取消しの訴えの対象となり、法務大臣の「裁量権の行使が社会通念に照らして著し
く妥当を欠く場合は、裁量権の逸脱またはその濫用として違法となり得る」(一三
丁表)と判示しているが、裁判所が、具体的に、いかなる基準、いかなる方法で帰
化不許可決定を裁量権の行使として「著しく妥当を欠く」と判断するのかを明らか
にしていない。
帰化の不許可決定に際し、法務大臣がその理由を申請者に告知すべき旨を定めた規
定はなく、したがつて法務大臣は理由を告知すべき法的義務はない。また、一般
に、自由裁量行為の裁量権の逸脱、濫用を理由とする処分の取消訴訟においては、
その逸脱、濫用の主張、立証責任は原告にあると解すべきであるから(最高裁昭和
四二年四月七日判決・民集二一巻三号五七二ページ参照)、帰化不許可決定の取消
訴訟においても、法務大臣は不許可決定の理由を明らかにすべき義務はない。
現行帰化実務上、不許可決定に際しては、前述のとおり申請者の再申請の便宜を考
慮して、原則としてその主要な理由の概要を告知しており、本件においてもこの実
務の慣行に従つているが、これを行うか否かは法務大臣の自由であり、また、告知
された理由が、不許可決定の正確な理由のすべてであるとする制度的保障はない。
不許可の決定が、国際情勢、外交関係等を理由とする場合には、事柄の性質上、理
由の開示を相当としない場合もある。したがつて、不許可決定が裁量権の逸脱又は
濫用に該当するか否かを、不許可の理由が「社会通念に反し著しく妥当を欠く」か
否かを基準として、判断することは不可能であるというべきである。
そうすると、原判決のいわんとするとこらは、当該帰化不許可決定に関するあらゆ
る事情を考慮して、判決時に不許可決定自体が「社会通念に照らして著しく妥当を
欠く」か否かを判断する権限を裁判所が有し、そのように判断する場合には、帰化
を許可すべきことを命じ得る一行政事件訴訟法三条一一項)ということに帰着せざ
るを得ない。
しかし、右のような見解は、憲法の定める三権分立の原理に明らかに抵触する。次
項に述べるとおり、帰化の許否に関し、法務大臣は広範な裁量権を有し、その決定
に際し、考慮すべき事情には、高度の政治的判断を要する事項もある。例えば、外
国人に対する帰化の許可は、当該の者に日本に自由に出入国し、無期限に在留する
権利を付与する効果を有するから、法務大臣は、外国人の出入国の許可、永住の許
可に際し考慮すべき事情は、帰化の許否に際してもすべて考慮すべきこととなる。
したかつで、帰化の許否に関し、法務大臣は、「その者の帰化が日本国の利益に合
致するか否か」(出入国及び難民認定法二二条二項)、「法務大臣において申請者
が日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認める相当の理由があ
るかどうか」(同法五条一項、一四条)、「申請者の属する国が日本人を同一の要
件で帰化を許可するかどうか」(同条二項)等を考慮しなければならない。原判決
によればこのような事項をも法務大臣に代わり裁判所が判断する権限と責任を有し
ていることになり、三権分立の原理から到底承服することはできない。
二 本案についての主張
1 仮に、帰化不許可決定が行政事件訴訟法三条二項にいう「処分」に当たるとし
ても、本件帰化不許可決定は、法務大臣の裁量権の範囲内にあり違法でないから、
被控訴人の請求は棄却されるべきである。
2 そこで、法務大臣の裁量権の範囲について考察することとする。前記のとお
り、法務大臣は帰化の許否を決するについて、法定の条件を具備した申請者につき
帰化の許可を義務づけられるわけではない。法務大臣は、その者についてなお様々
な事情を考慮し、許可することが相当でないと判断したときは帰化を許可しないも
のとすることができるのである。これが法務大臣が帰化の許否につき自由裁量権を
有することの具体的な意味である。そして、法務大臣は、帰化の許否を決定するに
あたつては、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定
などの国益の保護の見地に立つて、帰化申請者の申請事由の当否のみならず、志該
外国人の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、
国際礼譲など諸般の事情をしんしやくしなければ、とうてい適切、的確な判断をな
し得ないものなのである(出入国管理及び難民認定法五条、二二条、二四条、最高
裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・判例時報九〇三号三ページ、判例タイムズ三
六八号一九六ページ参照。なお、外国人の出入国、在留について法務大臣に付与さ
れている裁量権の範囲と、帰化の許否について法務大臣に付与されている裁量権の
範囲とを比較考察すると、後者のほうがいつそう広い裁量権を付与されていると解
される。なぜなら、帰化の許可は、外国人に対し、出入国及び国内在留の権利を付
与するのみでなく、主権者たる国家の構成員とする行為であるのに対し、出入国、
在留の許否は、外国人の日本国における一時的な出入国、滞在の許否を決するにす
ぎず、帰化の許否の決定のほうが国家の利益につき、より密接かつ重大な契機をは
らんでいると考えられるからである。したがつて、外国人の出入国及び在留の許可
に関して法務大臣が考慮すべき事項は、帰化の許可に関しすべて考慮すべきことと
なる。)。
また、大帰化(国籍法七条)については、法務大臣は、国籍法四条所定の帰化条件
を全く考慮することなく帰化を許可することができるのであつて、このことは帰化
の許否に関する法務大臣の自由裁量の範囲が極めて広いものであることを示してい
る。したがつて、帰化の許否の判断は、事柄の性質上、法務大臣の裁量にゆだねる
のでなくては本来なし得ないものなのである。特に前記のような国益の保護の判断
については、国内はもとより国際的にも広汎な情報を収集しその分析の上に立つ
て、そのときどきに応じた的確な判断をすることが必要であり、また時には高度な
政治的な判断を要求される場合もあり得ること等にかんがみれば、帰化の許否の判
断における法務大臣の裁量の幅はきわめて広いものと解するのが相当である。
前記考察によつて明らかなとおり、法務大臣の裁量権が広範であり、帰化許否の判
断にあたつて考慮される事項もほとんど無制約的であることを考慮すると、法務大
臣の裁量権の範囲を画定することは、現実には、極めて困難であるといわざるを得
ないことになるであろう。もしそうであるならば、法務大臣の裁量権の範囲を問題
とし、その逸脱を指摘することは、観念的な空論となることになるであろう。もつ
とも、法務大臣の右裁量権の行使も、恣意が許されないことは当然であるが、法務
大臣の裁量権の範囲がきわめて広いと解されることの反面として、裁量権の逸脱・
濫用とされる場合は、一般の行政処分と比較して、極めて限定されてくることは明
白である。
3 本件帰化不許可決定に関し、その違法事由として被控訴人の主張するところ
は、被控訴人が日本人の子である元日本人であること、日本に出生以来住所を有す
ること、無国籍であることに尽きる(原判決四丁表)。しかし、右主張は、被控訴
人が日本人の子又は元日本人として帰化の最低条件を備えているとの主張に外なら
ず(国籍法六条二号、四号、四条五号参照)、したがつて、被控訴人の主張は、帰
化の最低条件が満たされている場合には、法務大臣は帰化を許可すべき義務がある
こと、換言すれば、帰化の許否の決定は、自由裁量行為ではなく羈束裁量行為であ
るとの主張に帰着せざるを得ない。しかし、法務大臣の行う帰化の許可決定が自由
裁量に属することは、本準備書面において詳述し、原判決も正当に説示するとおり
であつて、被控訴人の主張は、その余の点を判断するまでもなく、失当であること
は明白である。それにもかかわらず、なぜ、原判決が、法務大臣が「Aとの身分生
活関係を考慮した」ことの適否について判断を加えたかを理解することは極めて困
難である。原判決は、「(被控訴人は、)出生から今日まで日本に住所を有し善良
な市民として生活し、」「(国籍)法四条の帰化条件を具備している者ということ
ができる」(二〇丁表)、「(法務大臣が)親子同時申請をなし得ない特段の事情
がないとして本件申請を不許可とすることはやや酷にすぎ、むしろ・・・・・・本
件申請を許可すべきものと判断される」(二一丁裏)等と説示しているが、これら
から推測すると、原判決は、帰化の不許可決定の取消訴訟においては、裁判所は帰
化の最低条件の有無及び帰化の許可を相当とすべきか否かについて、法務大臣と
「同一の立場に立つて独自に要件を認定した上、処分すべきかどうかの判断を行
い、その結果と当該処分とを比較してその適否を審査」すべきものとの見解に立つ
ものと思われる。しかし、このような見解は、結局法務大臣の裁量権を否定し、三
権分立の原理を否定するに他ならず、到底容認することはできない(最高裁事務総
局編、続々行政事件訴訟十年史、五四ページ参照)、なお、原判決は、「(被控訴
人に関し)素行の不良や国籍法四条六号所定の事実を窺わせる証拠はない」とし
(二〇丁表)、帰化の最低条件が具備されていないことについて控訴人に立証責任
があるかの如く述べているがこれが誤りであることは多言を要しない。
4 広島法務局長は、本件不許可決定の理由として、「Aとの身分生活関係が考慮
された」ことを被控訴人に通知し、控訴人はその具体的意味を原審において説明し
たが、これは、右の点については特に公開を相当としない事情がなく、控訴人が許
可を相当としない事情を解消し、帰化の再申請を行う便宜を考慮するとともに、特
に被控訴人及びその訴訟代理人が被控訴人の帰化によりAが当然日本国籍を取得し
うるとの国籍法、戸籍法の誤解に基づき本件訴訟が提起されたこと(原審における
原告準備書面、特に昭和五五年八月一二日付けのもの二、(二)参照)にかんが
み、その誤解を解き、無用の訴訟の継続を終わらせる見地から行つたものであり、
この点につき裁判所の審査権が及ぶこと、又は、法務大臣が帰化の不許可決定に際
し、その者慮したすべての事情を明らかにすべき義務があること若しくは本件訴訟
においてその主張立証責任があることを承認するものではない。親とその親権に服
する未成年の子が国籍が異なる状態を人為的に創出することは、著しく妥当を欠く
こと及びAの父子関係の整序を要することについては、控訴人は原審において詳細
に説明したので、ここでこれを援用するが、原判決の結論にかんがみ、次の諸点を
更に指摘する。
(一) Aは、Eの嫡出子であれば、出生当時同人と中国人たる被控訴人の子であ
り、また、被控訴人主張の如く出生当時同人とFの認知されていない子であるとす
れば、中国人たる被控訴人の父性の確定しない非嫡出子であつていずれの場合にお
いても、出生により日本国籍を取得することはない国籍法二条一号、三号参照)。
したがつて、Aが日本国籍を取得するには帰化の許可を得る他はなく、被控訴人の
みが帰化の許可を得る場合には、人為的に親とその親権に服する子の国籍が異なる
状態が現出される。
(二) 外国人の日本の国籍の取得の効果がその者の未成年の子に及び日本の国籍
の喪失の効果がその子に及ぶとした旧国籍法の諸規定(一五条、二一条等)が廃止
されたのは、関係者の意思を無視して後天的な国籍の変更を強制すべきでないとの
考慮に基づくものにすぎない。現行国籍法は、日本国民の子である外国人について
は、その帰化条件を緩和しているが(六条二項)、これは親子が同国籍であるべき
要請に基づくものである。
(三) 親子が国籍を異にする場合には、それぞれの祖国に対する忠誠義務と親子
の情誼とが相反する事態を生じ、人倫に反する結果が生じうる。
(四) 諸外国の法制をみると、親の国籍の得喪の効果はその子、特に未成年の子
に当然に及ぶものとするものが大勢を占めており、親子が国籍を異にする状態を人
為的に現出されることが著しく妥当を欠くことは国際的な通念である。
(五) Aが被控訴人とともに帰化の申請をする場合においでも、事前にAの父子
関係の整序が必要である。Aが帰化の許可を得た場合、その告示の日から一〇日以
内に帰化届をし、その届書には父の氏名及び本籍又は国籍を記載しなければならな
いが(戸籍法一〇二条、その懈怠につき同法一二〇条)、原判決の指摘するとおり
(一六丁裏)AはEの嫡出子と推定されるから、あらかじめ同人との間の親子関係
が判決又は審判により否定されていない限り、帰化届書にはEを父と記載せざるを
得ない。しかし、被控訴人の主張によれば、AとEとの間には父子関係がなく、A
はFの子であるというのであるから、右の帰化届は、人の身分関係を公証する戸籍
簿に虚偽の記載を求める届となる(刑法一五七条参照)。
Aがこのような進退両難の状態に置かれることとなるのは、被控訴人の主張によれ
ば、同人がEとの間の婚姻を解消しないままFとの間にAを懐胎したことに起因す
るのであるから、被控訴人がAの親権者として父子関係の整序の手続をとるべき道
義上の義務があることは、社会通念上も明らかである。
以上のとおり、本件帰化不許可決定において、法務大臣が「Aとの身分生活関係を
考慮」したことは、社会通念に合致し、国際的通念にも合致するものであり、極め
て合理的であり、これをも、裁量権の濫用、逸脱のそしりを受けるいわれのないこ
とは、あまりにも明白である。
5 原判決は、右の点を是認しながら、「本件においては、その取扱を例外的に停
止または解除すべき特段の事情があるというべく、この点を十分に考慮することな
く」被控訴人の帰化申請を不許可としたことが合理的な裁量の範囲を超えることと
なる、とする(二二丁表)。
しかし、原判決が特段の事情として指摘する事項は、すべて法律の誤解と事実の誤
認に基づくものである。
(一) 原判決は、特段の事情として、被控訴人が「無国籍」であることをあげて
いる。
控訴人は、原審において、被控訴人に関し「中華民国内政部長名の国籍喪失許可
証」が発行されたことは認めたが、被控訴人の「無国籍」は、帰化申請のための一
時的なものである旨主張したところ、その趣旨は国籍法四条五号との関係において
は、被控訴人がその条件を備えているものと扱つて差し支えないとの趣旨である。
これに対し、原判決は、なんら法律上の具体的根拠を示さず、被控訴人が真の無国
籍であると認定したようである。思うに、ある特定の個人が自国の国籍を有するか
否かを決定することが、当該国家の専権に属することは、確立した国際法の原則で
ある(国籍法の抵触についてのある種の問題に関する条約一条参照)。また、無国
籍となる場合には、国籍の離脱を許すべきでないことも国籍に関する国際通念であ
る(無国籍の削減に関する条約七条、国籍法一〇条参照)。しかるところ、台湾は
中華人民共和国の領土の不可分の一体であり、中華人民共和国政府は中国の唯一の
合法政府である(一九七二年九月二九日の日本国政府と中華人民共和国政府の共同
声明、日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約参照)。したがつて、被控訴
人が右共同声明署名の前日たる「中華民国六一年九月二八日付けの中華民国内政部
長名義の国籍喪失許可証を有することにより、被控訴人が従来の中国の国籍を喪失
したか否かは、専ら中華人民共和国政府の判断すべき事項であり、「その国民とし
て諸権利を享有することができない」(一九丁表)か否かも、専ら同国政府の決定
すべき事項である。
被控訴人が右国籍喪失許可証を取得したのは、本件帰化申請の約七年前であり、か
つ、被控訴人の主張及び原判決によれば、同人の意思に基づき右許可証が下付され
たものである。自らの意思により右許可証を取得したことをもつて、原判決が「特
段の事情」に該当するとしたことは、極めて妥当を欠くというべきである。
なお、我が国の現行法規上、日本国民と外国人との間に異なる法的地位を定めたも
のは多数あるが、外国人とは通例日本の国籍を有しない者をいうのであつて(出入
国管理及び難民認定法二条二号)、外国の国籍を有する外国人といずれの国籍をも
有しない外国人との間に法的地位の差異を定めた法律はない。
また、原判決は、「特段の事情」として外国人が国内法上「諸般の制限を受けるこ
と」(一九丁表)を挙げているが、理解の範囲を超える。すべでの外国人は等しく
国内法上の制限を受けるのであるから、原判決の論法をもつてすれば、すべての外
国人は、帰化を許可すべき「特段の事情」があることとなる。
(二) 次に、原判決は、Aの身分整序に相応の期間を要することを帰化を許可す
べき「特段の事情」としているが、原審においても主張したとおり、被控訴人の主
張が真実であれば本件については、家事審判法二三条による合意に相当する審判を
受けることもできるから、比較的短期間に子の身分整序を終えることができるはず
である。また前述のとおり、Aの父子関係について整序の必要が生じたのは、被控
訴人自らの行為の結果であるから、同人は速やかにその手続を執る道義上の義務が
あるというべきであるにもかかわらず、これを行わないのは、原判決も指摘すると
おり(二〇丁表)、被控訴人及びその訴訟代理人が戸籍法、国籍法に関し独自の見
解を有するからである。このような事情をもつて、帰化を許可すべき「特段の事
情」と言えないことは明らかである。
(三) 原判決は、帰化を許可すべき「特段の事情」として、被控訴人が帰化の最
低条件を具備していることを強調するが(一九丁裏から二〇丁表)、先に述べたと
おり、これは帰化許可が羈束裁量行為であるというに等しく、到底「特段の事情」
ということはできない。
(別紙)
昭和五八年一月一一日付 被控訴人準備書面
右当事者間の昭和五七年(行コ)第八号帰化許可申請却下処分取消請求事件につき
被控訴人の口頭弁論を次の通り準備します。

控訴人の昭和五七年一一月一八日付控訴理由書記載の主張に対し、次の通り応答す
る。
便宜上重要事項別に述べる。
第一 国籍取得の法的意義
国籍取得は特定国家の公法上の権利義務の主体となり得る地位、資格、能力の取得
を意味するもので「現時における世界機構の下では個人の権利も義務もいずれかの
国家の法的保障のもとに実現されるところが極めて大きいという現実からするなら
ば、人は必らずいずれかの国籍をもつべきであるということが基本的人権の一つと
さるべきである。一九四八年一二月一〇日の世界人権宣言の第一五条は「すべて人
は一つの国籍を有する権利がある。」と規定しているのは人権保障のための基本的
要請によるものである。」(法学全集第五九巻国籍法一一、一二頁)
被控訴人は後記事情のため現在無国籍にあるもので、如何なる国家の公法上の保護
も受けていないものので本件帰化申請は右基本的人権の要請に基づくものである。
第二 被控訴人の法的地位
被控訴人は本来日本人として日本国籍を有したものであるが、昭和二三年二月三日
中華民国人Eと婚姻したため日本国籍を喪失、名目上中華民国国籍を取得したこと
となつているが、右E戸籍に編入されていないのであるから右国籍の取得があつた
ものと見做すことはできない。にも拘らず、昭和三四年一〇月一五日右Eと事実上
の離婚をするや、右Eが被控訴人の日本国籍への復帰を容易ならしめるため、甲第
七号証発行のため奔走し、右交付があつたため無国籍となつたが国籍復帰の規定と
手続を欠く日本法のため復帰はならず無国籍の侭放置されるに至つた。
「婚姻した日本人の女子が、夫の本国の法律に従つて、当然にもしくは帰化によつ
て夫の本国の国籍を取得し、その結果日本の国籍を喪失したような場合、夫の死後
または離婚後、日本に居住し、実質的に夫の本国となにも関係をもたないようなと
き、その女子をして帰化によつて日本の国籍を取得せしめることは極めて妥当であ
るといわなければならぬ。」(前掲法学全集国籍法四二頁)とある通り、本件帰化
は近代法理論が当然に要請するところである。
第三 被控訴人の日本国籍取得要件
国籍法上の血統主義から言つても、生地主義から言つても、被控訴人が日本人とし
て公法上の権利義務の主体として国法の保護を受けるべき地位にあることは一点の
疑は無い。
この事理は国民総体の理性と心情の是認する要請であると断定しても過言ではな
い。日本人を両親として、日本国土に生まれ、日本学制に依る教育を受け、日本国
土から一日と雖ども離れたことは無い本来的日本人が日本人としての公法上の資格
を認められない・・・・・と云うが如き法務大臣の裁量行為なるものは専政国家の
専政権力よりももつと劣悪で最悪のものである。
第四 国籍法と法務大臣の権限
日本国憲法前文は「ここに主権が国民に存することを宣言し」第三章国民の権利及
び義務の冒頭第一〇条に「国民たる要件は法律でこれを定める」と規定し、国籍法
に国籍取得の要件が法定されていることは衆知の通りである。
右は国籍取得の要件を内外に宣言したもので法治国家の本質上右要件を充足する場
合は国籍を取得し得るものと解釈するのは当然の仕儀である。
控訴人は右要件を充足していても帰化を許可するか否かは自由に裁量出来る旨を強
調し、法は単なる参考資料に過ぎぬ旨を放言するが行政機関の恣意が法に優越する
かの如き解釈が法の下の行政を定めた法治国家の法理念と法解釈上許されぬことは
当然である。
本件帰化申請が国籍法上の要件を総べて充足し、血統上本来の日本人であることに
一点の疑問は無いし、生地主義から言つても終始、日本国土において健全な市民生
活を送つて来たもので国民的常識と国民的心情の等しく是認する日本人であり、日
本人であるべき存在であるのに拘らず帰化を拒否するからには万人が肯定し得る規
範と事実と理由を明示し、立証する責任が控訴人にこそ存在するものである。「長
女Aとの身分生活関係が考慮された。」と称するが、控訴人の帰化の障害となる
「身分生活関係」とは一体如何なるものかの具体的説明も証明も無いし、後述する
通り長女Aの法上の処遇については親として心魂を砕いて善処しているもので、帰
化申請者でも無い第三者の私法上の処遇について法務大臣が容喙する権限は無い。
况んや帰化不許可の理由とされる謂れは無い。
先来所述の通り本件帰化申請を拒否する行為は社会的通念と条理に反するもので著
しく裁量権行使の範囲を超え、濫用し、前第一項及び第三項記載の被控訴人の基本
的人権を害する違法な行為で取消さるべきである。
第五 帰化中、請の法的意義と不許可の処分性
帰化申請行為は公法上の権利、義務の主体となり得る地位の取得を求める法上の意
思表示である。控訴人は単なる「事前の帰化同意行為に過ぎぬ」旨を強調するが、
この様な法解釈は法的意識の自然の事理に反するばかりか、人間存在の法的意義を
無視し、国家権力を神格化し、人間存在をその受恵の対象とし、主体的な意思と行
動の主体としての人間存在を否定するもので不当である。
帰化不許可は右申請の内容である公法上の権利及び義務の主体となり得る地位、資
格、能力の取得を拒否する行為で申請者の基本的人権と基本的な法的利益を毀損す
るもので法的処分性を有するものである。
控訴人は右行為が申請者の地位や利益を何等害することは無い・・・・・・と放言
するが、仮りに地位を替えて考えて見れば日本人として認められぬ控訴人に法務大
臣の地位が成立する筈は無いであろう。
帰化申請の法的意義は先述の通りであるが何れの解釈を執ろうと申請行為を執らぬ
当事者について帰化要件の具備如何を調査審議することは不可能であるばかりか不
当であつて、第三者の帰化申請が同時に行われていないことを理由として帰化申請
を不許可とするのは国籍法の成文の規定を無視するもので違法である。国籍法は他
の申請無き第三者(それが親子であろうと友人知己を問わず)の同時申請を要件と
するものでは無い。
第六 民法第七七二条と長女Aの処遇
被控訴人と訴外Eとの夫婦生活は昭和三四年一〇月一五日限り解消し生活面の接触
は無い。
長女Aが同人との嫡出の子で無いことは明白であつて、右事実を証明する資料も存
在するのであるから民法第七七二条の父性の推定に関する法的推定を破ることは右
事実と証拠によつて可能である。嫡出でない実子としての戸籍上の届出と登録を可
能にするために被控訴人の帰化許可と戸籍の編製が前提として必要であることは云
う迄も無い。
右長女が前記訴外者の戸籍に編入されることは関係当事者が心魂をこめて拒否する
ところで、右方途を選択し、選択に立つ爾後の手続を執ることは出来ない。
右Aの法的な処遇について異なる見解が存在するとするも控訴人から指示される理
由は無いし、况んやその身分や生活関係の安定のため被控訴人の帰化拒否が必要で
あるとの考慮が背理であることは勿論のこと、親子の人権を無視するものである。
(原裁判等の表示)
○ 主文
被告が昭和五五年四月二日付でなした、原告の帰化許可申請に対する不許可処分を
取消す。
訴設費用は被告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴詮費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五四年五月七日、被告に対し、日本国籍取得のため帰化許可の申
請をしたが、被告は昭和五五年四月二日、「A(B)との身分生活関係が考慮され
た。」ことを理由に、帰化を不許可とする決定(以下、本件不許可決定という。)
をした。
2 しかし、被告の本件不許可決定は、以下の理由により違法であつて取消される
べきものである。
(一) 原告は、昭和六年五月九日、広島県芦品郡<地名略>においで、日本人で
あるCと同Dとの間の二女として出生し、本来日本国籍を有した者である。
(二) そして、出生以来日本の国土を離れたことは一度もなく、日本において高
等小学校(当時)までの教育を受け、善良な市民生活を送つて来た。
(三) 昭和二三年二月、原告は、台湾人である訴外Eと結婚生活に入り、同年八
月二五日婚姻の届出をしたが、これによつて台湾籍に移籍したものとされ、かつ、
その後平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失し)たものとして取扱われるに至つた
(原告としては、婚姻屈をしたのみで台湾の戸籍に入籍した事実はないのであるか
ら、右の取扱いは誤りと考える)。しかし、Eとは昭和三四年一〇月一五日に離別
し、以後夫婦関係はなく、同四三年七月二五日に至つて離婚の届出をした。
(四) 一方、原告は昭和三四年一〇月一六日、訴外Fと事実上結婚し、以来、広
島県双三郡<地名略>において内縁の夫婦生活を続けている。その間、昭和四三年
八月二七日にはFとの間に長女Aが出生したが、原告は日本国籍を有しない者とし
て取扱われたため、Aの出生届を提出することができなかつた。
(五) 昭和四八年九月二八日、原告は中華民国政府から同国国籍の喪失を許可さ
れてその旨の証書の交付を受け、これによつて、無国籍となつた(前述のとおり、
原告の中華民国国籍取得、日本国籍喪失には疑義があるが、行政上の取扱いとして
かかる結果となつたことは否定し得ない)。
(六) 以上のように、原告は日本人の父母の間に出生し、日本国の教育を受けて
成人し、日本国土を離れたことは一回もなく、ただ一時的に台湾人と婚姻の届出を
したために日本国籍を喪失し、さらに無国籍となつた者である。したがつて、原告
の帰化申請は実質的には国籍回復の申請ともいうべきものであるし、原告の基本的
人権確保のため、現在の無国籍の状態を速やかに解消して日本国籍を取得する必要
がある。また、原告には国籍法四条所定の帰化条件に欠けるところはない。被告
は、前記のとおり、原告とAとの身分生活関係を理由に本件不許可決定をしたもの
であるが、その具体的な意味・内容は不明であるし、現行国籍法上、帰化申請者と
その直系卑属との身分関係や生活関係を帰化の条件とする明文の規定は全く存在し
ない。
3 結局、被告のした本件不許可決定は、帰化に関する法令に違反し、または被告
の裁量権を逸脱もしくは濫用したものであつて違法であるから、その取消を求め
る。
二 被告の本案前の主張
国籍法四条は、所定の条件を具備した外国人でなければ帰化の許可をすることがで
きないと定めているが、逆に、法定の条件を具備する者が当然に帰化を許可される
というものではない。本来、帰化の申請は、専ら申請者である当該外国人が、法務
大臣から日本国籍を付与されるについて事前に同意承諾を表明する行為であるに過
ぎず、国籍付与請求権の行使ではない(かかる請求権は存在しない)。したがつ
て、帰化申請に対する不許可決定は、申請人の権利義務に何ら影響を及ぼすもので
はなく、単なる事実上の措置にすぎないから、行政事件訴訟法三条二項にいう「処
分」にあたらない。よつて、本件訴えは不適法なものとしで却下さるべきである。
三 本案前の主張に対する原告の反論
1 原告のような無国籍者が日本国の国籍を取得できるか否かは、日本人として公
法上の権利義務の主体となり得る地位を認められるか否かという法的な死活の問題
であり、個々、特定の公的権利義務に関する処分とは比較にならない重大な意味を
有する。そのような問題にかかわる行政庁の処置が、行政事件訴訟法上の処分にあ
たることは当然と言わなければならない。
2 また、被告は帰化の許否は自由裁量であつて申請者には帰化請求権がない故に
処分性がないと主張するけれども、憲法二二条二項の国籍離脱の自由は、他面にお
いて国籍取得の自由を保障していると解すべく、かつ、国籍法は帰化の要件を明文
をもつで規定しているのであるから、被告としては帰化申請者が右要件を充足して
いる限り、原則として許可を義務づけられていると言うべきである。
特に、原告の経歴や現在置かれている立場は既に述べたとおりであり、このような
原告に日本国籍を回復させることは、条理上もまた国民全体の倫理観念からも当然
の処置であつて、これを不許可とする裁量の余地はない。
四 請求原因に対する被告の認容
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実は認める。
同(二)は不知。
同(三)のうち、原告とEがその主張の日に婚姻及び離婚の各届出をしたことは認
めるが、原告の日本国籍喪失を誤りとする見解は争う。右婚姻届出により、原告は
台湾の戸籍に入籍され、その後日本国との平和条約の発効によつて日本の国籍を喪
失したものである。
同(四)のうち、昭和四三年八月二七日に原告の子Aが出生したことは認め、その
余は不知。
同(五)のうち、中華民国内政部長名で原告に対する国籍喪失許可証が発行された
ことは認める。
同(六)の主張は争う。
3 請求原因3の主張は争う。
五 被告の本案の主張
1 原告にはその親権に服し現実にその監護を受けでいる未成年の子A(中華民国
籍)があり、原告と同時に右Aの帰化申請をすることができないような特段の事情
はなく、他方、原告のみ早急に帰化を許可されなければならない事情もない。本件
不許可決定は、このような状況下にAを放置したまま、原告の帰化申請に許可を与
えることは相当でないという考慮に基くものであり、「Aとの身分生活関係が考慮
された。」というのは右の趣旨にほかならない。
以下、この点につきさらに詳述する。
(一) 被告はその裁量権に基づき、親とその親権に服する未成年の子の帰化申請
は原則として同時になされるべきものとして帰化実務の運用をしている。もとよ
り、現行の国籍法は親子国籍独立主義を採用しているが、右は親の国籍変動に伴つ
て当然に子の国籍変動が生じるとする主義(親子国籍同一主義)を採用しなかつた
ことを意味するにとどまる。親権に服する未成年の子の帰化申請を親権者の帰化申
請と同時に行うことができない特段の事情がある場合を除いて、かかる特段の事情
がないにもかかわらず、親権者が現実にその監護下にある未成年の子を放置したま
ま帰化申請した場合、未成年の子と親権者の国籍が異なることによつて生ずる種々
の弊害(在留資格や国家への忠誠義務等の問題で、不一致や対立を生ずることも考
えられる)を考慮して、当該親権者の帰化を許可しないという運用を行うことは、
親子国籍独立主義に何ら反するものではない。
(二) 原告は、昭和二三年八月二五日台湾人Eと婚姻の届出をしたことにより、
Eの本籍地である台湾の戸籍に移籍した(共通法三条)ところ、昭和二七年四月二
八日日本国との平和条約の発効によつて日本国籍を喪失したものである。そして、
昭和四三年七月二五日、原告とEは協議離婚の届出をしたが、Aの出生は同年八月
二七日であるから、同人が原告とFとの間の子であるとしても、法律上、原告とE
との間の嫡出子と推定され(法例一七条、同二〇条、中華民国民法一〇六一条ない
し一〇六三条)、出生時に中華民国国籍を取得Lたものとして処遇され(中華民国
国籍法一条一号)、Aが日本国籍を取得するには、帰化以外に方法はない。この
点、原告は、自己の帰化が許可されれば、帰化後の戸籍にAを入籍させることがで
き、同女に対するFの認知、原告とFとの婚姻届出により、夫婦・親子が同一戸籍
に在籍する状態が実現するとの見解をとるもののようであるが、日本国籍を有しな
いAは、帰化しないかぎり日本の戸籍に入籍することはあり得ないのであるから、
原告の右見解はあたらず、この意味でも原告のみの帰化に固執する実益はない。
(三) 被告は帰化の実務において、帰化申請者の身分関係の整序をも考慮の対象
としている。すなわち、帰化によつて新たに戸籍を編成することとなるが、戸籍が
真実の身分関係を表示するものであるべき要請から、帰化申請についての調査の段
階で、表見上の身分関係が真実のそれと合致しないことが判明したときは、原則と
してその身分関係が整序されるまで、帰化を許可しない方針である。
前述のとおり、Aは原告とEとの嫡出子の推定を受け、出生届もこれにそつてなさ
れるべきものであるが、原告の主張するように、真実は原告とFとの間の子である
ならば、帰化申請にあたつてその整序を行う必要がある。しかし、この点は、出生
の届出に先立ち、Eとの間で親子関係不存在確認の判決または審判を得て、その裁
判書の謄本とともに原告の非嫡出子として出生届出をすれば、その届出は受理され
るであろう。そして、右のような裁判を得ることは、原告の主張を前提とするかぎ
り、さして困難ではなく、長期間を要するとも思われない。この意味でも、
原告単独の帰化を先行させる必要性は乏しいと言わなければならない。
2 被告としては、原告が日本人として出生、生育し、日本国籍を有していたこ
と、現在無国籍であること、日本人と内縁関係にあること等をも十分に考慮した
が、それ以上に、Aについて帰化申請をすることができない特段の事情が認められ
ない本件にあつては、親権の及ぶ未成年の子を残して親権者だけの帰化を許可する
ことは相当でないと判断した結果、本件不許可決定をしたものである。したがつ
て、本件不許可決定には被告の裁量権の逸脱やその濫用はなく、原告の主張は失当
である。
六 被告の本案の主張に対する原告の反論
1 国籍法に定める帰化条件は専ら帰化申請者自身に関するものであり、親が未成
年の子と同時に帰化申請をすべき旨を定めた規定は全くないし、このような実務の
運用がなされているとすれば、右は親子国籍独立主義を採用した国籍法の基本理念
に違反するものである。
2 原告の帰化が許可されれば、原告の戸籍が編成され、Aの出生届を提出するこ
とにより、嫡出でない子として戸籍上登載されることとなるであろう。そこで、実
父であるFの認知を経て、原告とFとの婚姻届を提出すれば、民法による準正の効
果が生じ、これによつて原告ら親子・夫婦ははじめて法的に正常な地位を得ること
ができる。このように、原告の帰化は、単に原告のみの問題ではなく、運命を共に
するAやFの法的救済の前提をなす重大な事柄であり、速やかに許可さるべきもの
である。
3 仮に親子同時申請を要求する被告の取扱が是認される場合があるとしても、被
告はこれに先立ちAの身分関係の整序が必要というのであるから本件において、A
の帰化申請をする前に、EとAとの親子関係不存在確認の裁判を得る必要があり、
そのためには諸般の手続と相当の期間を要することは勿論である。原告は生来日本
人であるのに、かつて台湾人Eと婚姻した一事により、現在無国籍という悲惨な境
遇にある者であり、一日も早い救済が必要であつて、その帰化申請を独自に許可さ
るべき特段の事情を有する。
第三 証拠関係(省略)
○ 理由
第一 本案前の主張に対する判断
一 国籍法四条は、その一号ないし六号の条件を具備しないかぎり、法務大臣は当
該外国人に対に帰化を許可することができない旨を定めているところ、その文理と
帰化の意義・性質を併せ考えると、同条は法務大臣が帰化の許可をするについての
最少限の基準を示したに止まり、同条の帰化条件を具備する者が当然に帰化の許可
を得ることができるとか、その条件を具備する者に対し法務大臣が必ず許可を与え
なければならないことまでを規定したものではないと解せられる。すなわち、帰化
の許否は法務大臣(被告)の自由裁量に属するというべく、帰化申請者に国籍付与
請求権というような権利が存するものでないことは、被告の指摘するとおりであ
る。
しかしながら、このことから直ちに、被告主張のように、帰化申請が専ら被告から
日本国籍を付与されるについての事前の同意承諾たる性質のみを有すると結論する
ことには疑問がある。国籍法三条以下の諸規定及び同法施行規則一条の規定を総合
して考えると、被告としては、帰化の申請に対し、申請者が同法に定める帰化条件
を具備しているかどうかを添付の証明書類によつて調査したうえ、これを許可する
場合、その旨を申請者に通知すべきことはもとより、不許可とする場合において
も、そのまま放置するのではなく、同様その旨を通知すべきものと解するのが相当
である(本件においても、経由機関たる広島法務局長は、書面をもつて原告に対
し、帰化を許可しないことと決定された旨及びその理由を通知したことが弁論の全
趣旨から認められる)。すなわち、被告は帰化申請に対して許否いずれかの応答を
なすべく、申請者はその応答を求めることができると解され、そうであれば、申請
者としては、進んでその応答が適法になされることにつき権利もしくは法律上の利
益を有するということができる。
そして、帰化の許否が被告の自由裁量に属するといつても、その裁量権の行使が社
会通念や条理に照らして著しく妥当を欠く場合は、裁量権の逸脱またはその濫用と
して違法となり得るであろう。かかる違法な許否の決定を受けた帰化申請者は、前
記法律上の利益を享受するため、行政事件訴訟法三条二項によつてその取消を求め
ることができるというべく、この意味で、帰化申請に対する被告の許否の決定は、
右法条にいう処分にあたると解するのが相当である(東京高裁昭和四七年八月九日
判決行集二三巻八・九号六五八頁参照)。
よつて、被告の本案前の主張は採用することができない。
第二 本案の主張に対する判断
一 原告がその主張の日に、被告に対し帰化許可の申請をしたが、被告がこれに対
し、「A(B)との身分生活関係が考慮された。」ことを理由に本件不許可決定を
したことは、当事者間に争いがない。そして、右不許可理由の詳細は、事実第二の
五1に掲記のとおりであり、その骨子は、原告はその親権に服する未成年の子Aと
同時に帰化申請をすべきもので、それを困難とするような特段の事情もないのに、
原告のみに対し帰化を許可することは相当でないというにある。
そこで、先ず、原告とAとの「身分生活関係」について検討する。
1 原告が、昭和六年五月九日広島県芦品郡<地名略>において、日本国籍を有す
る父Cと母Dの間の二女として出生したものであることは、当事者間に争いがな
い。そして、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は同月二一日、父Cから
の出生届出により、その戸籍に入籍したことが認められる。
2 右甲第二号証、成立に争いのない甲第三ないし第七号証、第八号証の二、乙第
一号証、第二号証の一ないし四、証人Fの証言によつて真正に成立したものと認め
られる甲第八号証の一並びに右Fの証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を
総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和一一年一月五日母Dを失い、昭和一三年四月広島県芦品郡<
地名略>内の小学校に入学したが、同一七年二月六日父Cとも死別し、翌一八年五
月、兄に伴われて大阪市内に移り、同市北区内の小学校に転入し、翌一九年三月に
は高等小学校に進んだが、戦時疎開のため同校を退学して広島に引揚げた。
(二) 原告は、父Cの死亡によりその家督相続人Hの、さらに同人の死亡により
その家督相続人Iの戸籍に入つた。
(三) その後昭和二三年一月二〇日、原告は広島市<地名略>で台湾人Eと結婚
式を挙げ、同年二月三日証人二名の署名捺印のある婚姻届を提出し、Eの本籍であ
る台湾省<地名略>に新戸籍が編製されることとなつたため、Iの戸籍から除籍さ
れた。
もつとも、原告が現実に右新戸籍に登載されたかどうか、これを確知する資料はな
いけれども、右のとおり台湾人との婚姻により内地戸籍から除籍された以上、原告
は台湾人としての法的地位を持つに至つたというべく、したがつて、昭和二七年四
月二八日、日本国との平和条約の発効により、日本国籍を喪失したと解される(最
高裁昭和三六年四月五日、
同昭和三七年一二月五日各大法廷判決参照)。
(四) 原告とEは、昭和三四年一〇月頃事実上離婚し、以来同居したことはな
く、夫婦関係も全くない。もつとも、両名は昭和四三年七月二五日に至つてはじめ
て協議離婚の届出をした。
(五) ところで、原告はEと離別した直後頃、日本人Fと事実上結婚し、広鳥県
双三郡<地名略>で同棲生活をはじめ、現在に至るまで内縁関係を続けている。昭
和四三年八月二七日、原告とFとの間に長女Aが出生したので、原告はAをFとの
間の子として出生届をしようとしたが、戸籍事務官はこれを受理しなかつた。その
ため、Aの出生届は未了のままであるが、同女は出生以来原告及びFと同居して、
両名の養育・監護を受けている。
(六) 原告は昭和四八年九月二八日、中華民国政府(内政部部長)から中華民国
国籍の喪失を許可され、その旨の証書の下付を受けた。右は原告の日本国籍取得の
希望に沿う措置とみられ(中華民国国籍法一一条)、これによつて、原告は無国籍
となつた。
(七) Aの身分については、原告とEとの離婚の届出が昭和四三年七月二五日、
Aの出生が同年八月二七日であるから、同女は原告とEとの間の嫡出子と推定され
(法例一七条、同二〇条、中華民国民法一〇六一条ないし一〇六三条)、出生時に
中華民国国籍を取得したことになる(中華民国国籍法一条一号)。
以上のとおり認められる。そして、右認定事実と同国民法一〇八九条、一〇五一条
但書によれば、Aに対し親権を行使しその監護にあたるべき者は原告のみと解せら
れる。
二 被告は、このように、帰化申請者がその親権に服する未成年の子を有する場
合、親子同時に帰化の申請をさせるのが実務上の取扱であると主張し、証人Gの証
言によればその事実が認められる。
右取扱について、原告は、国籍法の採用する親子国籍独立主義に反し違法であると
主張するので、先ず一般的な問題として考察するに、旧出籍法一五条は親の帰化の
効力を子にも及ぼしていた(親子国籍同一主義)が、現行国籍法は、国籍立法にお
ける個人主義を徹底させて、当然には帰化した者以外の者に帰化の影響を認めてい
ない(親子国籍独立主義)。しかし、親子の国籍が異なることによつて、例えば在
留資格忠誠義務若しくは兵役義務の問題、社会保障の受給権の有無など親子間の身
分生活関係が錯綜して幣害が生ずるおそれがあることを考慮すると、未成年の子の
利益保護の見地から、親権や監護権の行使を十分ならしめるため、親子の国籍を同
一にして同一の国内法規に服させるのが妥当であることも否定できない。そして、
その方法として、親権者の帰化申請と未成年者のそれとを同時にさせ、双方の帰化
を同時に許可する取扱をすることは、合理性を有すると考えられ、かつ、右取扱
は、親の帰化によつて当然に子の国籍に変動を生ずるとの構成をとるものではない
から、親子国籍独立主義に反するとの批判はあたらないというべきである。
このように、帰化実務において親子共同申請の取扱をすることは、一般的には被告
の裁量権の範囲に属するというべく、右取扱一般を違法とすることはできない。
三 しかしながら、本件においては、被告の裁量権行使の適否を判断するにあた
り、なお考慮すべき点が少ない。
1 被告は、Aが帰化申請をするにあたつては、先ずその身分関係の整序をする必
要があると主張し、その方法として、AとE間の父子関係不存在確認の裁判(判決
または審判)を得たうえ、原告の非嫡出子として出生届をすべき旨を指摘するとこ
ろ、表見的な身分関係と真実のそれとの一致を要求する以上、右の指摘は正当と考
えられる。およそ帰化の許否判断にあたつて、被告としては申請者の真実の身分関
係に基づき帰化条件の有無を判断することが必要かつ相当であるとし、帰化を許可
された者について新戸籍を編成するにあたり、戸籍に真実の身分関係を反映させる
必要からも、かかる整序の要求は肯認すべきものと解せられる。
そして、本件において、前記のような父子関係不存在確認の裁判を得るためには、
原告がEとの共同生活や交渉の不存在等、外観上明白な事実により、Eの子の懐胎
が不可能であることが明らかな事情を主張立証する必要があり(中華民国民法一〇
六三条による婚生推定の効力も、条理上、このような場合にまでは及ばないものと
解する)、そのためには相応の期間を要することが予想される。すなわち、原告
は、かなりの期間と有効適切な訴訟活動を経てはじめて、Aとの同時帰化申請が可
能となる。
2 一方、原告は中華民国国籍喪失の許可を受けたことにより、現在無国籍であ
る。我国の国内法上、日本国籍の存在を要件として種々の公法上、私法上の法律効
果が付与されていることから、反面、日本国籍を有しない者は、出入国・在留の制
限、参政権・公職の制限、財産権の制限、職業・事業活動の制限、社会保障の受給
の制限など諸般の制約を受けることとなる。しかも、原告は無国籍者であるから、
日本以外のいずれの国においても、その国民として有する諸権利を享有することが
できない。前記のとおり、原告の中華民国国籍喪失は、日本国籍取得のため原告の
志望に基づいて許可されたものとみられるけれども、現に無国籍であることは原告
の基本的人権にかかわる無視できない事実であり、被告としては帰化申請に対し、
原告が帰化条件を具備している以上、できる限りすみやかに帰化の許可をすべきも
のと考えられる。
3 前記認定事実のとおり、原告は日本人の父母の間に生まれ、ごく平均的な日本
人として成長したが、終戦後平和条約発効前に台湾籍を有するEと婚姻したことか
ら、その発効によつて日本国籍喪失の効果を受けざるを得なくなつた者であり、出
生から今日まで日本に住所を有し善良な市民として生活し(素行の不良や国籍法四
条六号所定の事実の存在を窺わせる証拠はない)、昭和三四年、事実上Eと別れて
以来、日本人Fと内縁関係を続け、Aを養育していることを考慮すれば、原告は同
法四条の帰化条件を具備しでいる者ということができる。
4 なお、本件の審理を通じて、原告自身Aの日本国籍取得を強く望んでいるが、
その手続に関してやや独自の見解を有し、母である原告のみの帰化が許可されるこ
とにより右が実現するものと期待していることが窺われる。すなわち、原告(また
はその代理人)の見解によれば、原告が帰化を許可されることにより、帰化後の戸
籍にAを入籍することができ、Fが同女を自己の子として認知し、さらに原告とF
が婚姻の届出をすることによつて準正の効果を生じ、右三名の身分関係は戸籍上も
正しく表示されることとなるというもののようである。また、原告及びFは、Aに
つき帰化の手続を要するとした場合、その前提として一旦同女を他人であるEの戸
籍に入籍する必要があると考え、右は感情の上で耐えられないことと主張するよう
にも窺われる。しかし、右前段についでは、被告の本案の主張1(二)のとおり、
Aの帰化による国籍取得がないかぎり日本の戸籍に入籍し得ないとの指摘が正しい
と考えられるし、後段についても、右1(三)にいうように、Eとの父子関係不存
在確記の裁判を得て、その謄本とともに原告の非嫡出子として出生届をすることが
可能と解される。したがつて、原告のみの帰化に固執し、またはAの帰化手続を回
避する必要も実益もないと言つて差支ない。しかしながら、このようなAの帰化の
必要性とその前提手続については、本件の審理を通じ既に原告においても理解して
いるところと推察される。現に原告代理人は、一方ではAについても帰化申請手続
をとる(とらざるを得ない)ことを言明しているのであり、原告がAの母としてそ
の日本国籍取得を強く希望していることからみて、右は早い時期に実行されるもの
と推測される。そうだとすれば、先んじて原告に帰化の許可を与えるとしても、被
告の危惧するような、親子の国籍の違いを生ずることによる弊害は比較的短期間で
解消することとなるであろう。この見地に立つときは、少くとも本件に関するかぎ
り、親子同時申請をなし得ない特段の事情がないとして本件申請を不許可とするこ
とはやや酷に過ぎ、むしろ子の帰化許可申請が確実にかつ早期になされるであろう
との予測に立つて、本件申請を許可すべきものと判断される(弁論の全趣旨によれ
ば、本件不許可決定前、原告代理人と帰化申請の経由庁である広島法務局との間で
かなりの折衝が行われたことが窺われるから、被告としても右のような予測は可能
であつたとみられる)。
四 以上の諸点を総合すると、帰化実務上、一般に親子同時申請の取扱が被告の正
当な裁量の範囲に属すると言い得るとしても、本件においては、その取扱を例外的
に停止または解除すべき特段の事情があるというべく、この点を十分に考慮するこ
となく、原則的取扱に反する故をもつて原告の帰化申請を不許可とした被告の処分
は、その合理的な裁量の範囲を超えたものとして違法の評価を免れず、これを取消
すべきものと判断される。
よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行
政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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