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平成17年(行ケ)第10623号特許取消決定取消請求事件(平成18年4月
13日口頭弁論終結)
判決
原告東京応化工業株式会社
代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士阿形明
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人秋月美紀子
同唐木以知良
同山田由木
同大場義則
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が異議2003-73033号事件について平成17年6月20日に
した決定を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実
1特許庁における手続の経緯
()原告は,発明の名称を「化学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂及びそれを1
用いたレジストパターン形成用溶液」とする特許第3416876号発明
(平成7年10月30日にした出願〔特願平7-305113号,以下,
「原出願」といい,「親出願」ともいう。〕の一部につき分割出願〔特願2
000-91921号,以下「子出願」という。〕し,さらに,平成13年
5月7日にその一部を分割出願〔特願2001-136724号,以下,
「本件出願」といい,「孫出願」ともいう。〕した上,平成15年4月11
日,特許第3416876号として設定登録〔以下,この特許を「本件特
許」という。〕されたもの)の特許権者である。
()本件特許について特許異議の申立てがされ,異議2003-73033号2
事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成17年3月15日付けで,
本件出願の願書に添付した明細書の訂正請求をした。特許庁は,上記事件を
審理した結果,同年6月20日,「訂正を認める。特許3416876号の
請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は同年7月
11日に原告に送達された。
2上記訂正後の明細書(甲11,以下「本件明細書」という。)による特許請
求の範囲の請求項1及び2に記載された発明の要旨
【請求項1】一般式
【化1】
(式中,Rは水素原子又はメチル基,R及びRはメチル基又はエチル基123
である)で表わされる構成単位10~60モル%と,式
【化2】
で表わされる構成単位90~40モル%で構成され,かつ重量平均分子量8,
000~25,000,分子量分布(Mw/Mn)1.5以下を有するポリ
(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレーザーのための化
学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂。
【請求項2】請求項1記載のKrFエキシマレーザーのためのポジ型レ
ジスト用基材樹脂を含有する化学増幅型ポジ型レジスト組成物をプロピレン
グリコールモノメチルエーテルアセテートを含む溶剤に溶解してなるレジス
トパターン形成用溶液。
(以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」,同2に記載された発
明を「本件発明2」といい,両者を併せて「本件各発明」という。また,請
求項1記載の化学式である【化1】,【化2】について,化学式及びその説
明部分を併せ,それぞれ,単に「本件発明1の【化1】」,「本件発明1の
【化2】」と表記することがある。)
3決定の理由
()決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,①本件出願は,特許法44条1
1項(注,平成14年法律第24号による改正前の特許法44条1項の趣旨
であると解される。以下「特許法旧44条1項」という。)に規定する特許
出願であるとは認められないから,その出願日は,現実の出願日である平成
13年5月7日であるとした上で,②本件発明1は,現実の出願日前の刊
行物である特開平8-253528号(甲1,以下「引用例1」という。)
に記載された発明(以下「引用発明1」という。),特開平5-24968
2号公報(甲3,以下「引用例3」という。)に記載された発明(以下「引
用発明3」という。)及び特開平6-194842号公報(甲4,以下「引
用例4」という。)に記載された発明(以下「引用発明4」という。)に基
づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明2も,
本件発明1と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたもの
であるとし,さらに,③本件出願が適法な分割出願であるか否かにかかわ
らず,本件発明1は,原出願の出願日前の刊行物である引用例3に記載され
た発明,及び,特開平6-287163号公報(甲5,以下「甲5公報」と
いう。),株式会社サイエンスフォーラム平成6年11月10日発行「UL
SIリソグラフィ技術の革新」(甲8,以下「甲8文献」という。),
CharacteristicsofaMonodispersePHS-BasedPositiveResistMDPRinKrF「()
ExcimerLaserLithographyJapaneseJournalofAppliedPhysicsVol.31」,
()(甲9,以下「甲9文献」という。)等に記載された当該分野におけ1992
る周知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,
本件発明2も,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易に発明をする
ことができたものであるとし,本件各発明に係る特許は,いずれも特許法2
9条2項の規定に違反してされたものであって,取り消されるべきものであ
るとした。
()決定が認定した,本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,それ2
ぞれ次のとおりである(決定謄本21頁最終段落~22頁第1段落)。
ア一致点
一般式【化1】
(式中,Rは水素原子又はメチル基)で表わされる構成単位10~61
0モル%と,式【化2】
で表わされる構成単位90~40モル%で構成され,かつ重量平均分子量
8,000~25,000,分子量分布(Mw/Mn)1.5以下を有す
るポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体からなるKrFエキシマレーザーの
ためのポジ型レジスト用基材樹脂。
イ相違点
(ア)相違点a
本件発明1では,「化学増幅型」であるとしているのに対して,刊行
物1(注,引用例1)には,ポジ型レジストが「化学増幅型」であるこ
とは明記されていない点。
(イ)相違点b
一般式【化1】におけるR及びRについて,本件発明1では,メチ23
ル基又はエチル基としているのに対して,刊行物1に記載された発明
(注,引用発明1)では,「それぞれ互いに独立してメチル,エチル,
n-プロピル,イソプロピル,n-ブチル,イソブチル,tert-ブ
チルまたはシクロヘキシルであるか,またはRおよびRはこれらの基12
が結合している酸素または炭素原子と一緒にテトラヒドロフラニルまた
はテトラヒドロピラニル環を形成する」としているだけで,メチル基又
はエチル基に限定するものではない点。
()決定が認定した,本件発明1と引用例3に記載された発明との一致点及び3
相違点は,それぞれ次のとおりである(決定謄本24頁最終段落~25頁第
1段落)。
ア一致点
一般式【化1】
(式中,Rは水素原子又はメチル基,R及びRはメチル基又はエチル123
基である)で表わされる構成単位10~60モル%と,式【化2】
で表わされる構成単位90~40%で構成され,かつ重量平均分子量8,
000~25,000を有するポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体から
なるKrFエキシマレーザーのための化学増幅型ポジ型レジスト用基材
樹脂)
イ相違点(相違点c)
分子量分布(Mw/Mn)について,本件発明1では,1.5以下と
規定するのに対して,刊行物3(注,引用例3)に記載された発明では,
最小でも「1.8」である点。
第3原告主張の決定取消事由
決定は,分割出願の適法性についての判断を誤り(取消事由1),相違点b
についての判断を誤り(取消事由2),相違点cについての判断を誤り(取消
事由3),その結果,本件各発明が進歩性を欠くとの誤った結論を導いたもの
であって,違法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(分割出願の適法性についての判断の誤り)
()決定は,「原明細書には,本件発明のポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体1
のみを樹脂成分(基材樹脂)として用いることについては,何ら記載されて
おらず,また,自明であるとすることもできないから,本件発明1及び本館
発明2(注,「本件発明2」の誤記と認める。)は,原明細書に記載された
発明であるとすることはできない。したがって,本件に係る特許出願は,特
許法第44条第1項に規定する特許出願であるとは認められず,その出願日
は,現実の出願日である平成13年5月7日である。」(決定謄本10頁最
終段落~11頁第2段落)としたが,誤りである。
()原出願の願書に最初に添付した明細書(甲2参照,以下「原明細書」とい2
う。)の特許請求の範囲の請求項1には,「(A)酸の作用によりアルカリ
水溶液に対する溶解性が増大する樹脂成分,(B)放射線の照射により酸を
発生する化合物,及び(C)有機カルボン酸化合物を含有するポジ型レジス
ト組成物において,(A)成分が(a)水酸基の10~60モル%が一般式
化1【化1】
(式中,Rは水素原子又はメチル基であり,Rはメチル基又はエチル基で12
あり,Rは炭素数1~4の低級アルキル基である。)で表わされる残基で3
w置換された重量平均分子量8,000~25,000,分子量分布(M
/M)1.5以下のポリヒドロキシスチレンと(b)水酸基の10~60n
モル%がtert-ブトキシカルボニルオキシ基で置換された重量平均分子
量8,000~25,000,分子量分布(M/M)1.5以下のポリwn
ヒドロキシスチレンとの混合物であることを特徴とするポジ型レジスト組成
物」に係る発明が記載されており(以下,上記(A)の(a)成分を単に
「(a)成分」,(b)成分を単に「(b)成分」ということがある。),
また,発明の詳細な説明には,「(a)成分」の例として,水酸基の一部が,
1‐エトキシエトキシ基で置換されたポリヒドロキシスチレンの製造例が示
され(製造例2,比較製造例),また,上記一般式の基の具体例として,1
‐メトキシエトキシ基,1‐エトキシエトキシ基,1‐メトキシ‐1‐メチ
ルエトキシ基,1‐エトキシ‐1‐メチルエトキシ基,1‐メトキシ‐n‐
プロポキシ基,1‐エトキシ‐n‐プロポキシ基など(段落【0014】)
が記載されており,これらは,本件発明1の【化1】において,Rが水素1
原子又はメチル基,R及びRがメチル基又はエチル基に相当する基である。23
一方,アルコキシアルキルオキシ基のような酸解離性置換基により,水酸
基の一部が置換されたポリヒドロキシスチレンが,KrFエキシマレーザー
光等に対し,高い透過性を有し,露光により酸を発生する化合物と組み合わ
せて化学増幅型ポジ型レジスト材料として用い得ることは,例えば,引用例
3及び引用例4等に記載されているように,本件出願前,当業者に周知の事
実である。
したがって,原明細書には,本件発明1の【化1】で表わされる構成単位
10~60モル%と,本件発明1の【化2】で表わされる構成単位90~4
0モル%で構成され,かつ,重量平均分子量8,000~25,000,分
子量分布1.5以下を有するポリヒドロキシスチレン誘導体が,化学増幅型
ポジ型レジスト用基材樹脂の混合成分の1つとして明確に記載されていると
いうことができ,また,このようなポリヒドロキシスチレン誘導体がKrF
エキシマレーザーのための化学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂として用い
得ることも当業者間によく知られていたといえるので,本件出願は,原明細
書に記載された2以上の発明を包含する特許出願の一部を新たに特許出願と
したものに該当する。
(3)決定は,「これらの記載(注,原明細書の記載)から明らかなように,原
明細書に記載された上記(a)成分は,本件発明のポリ(ヒドロキシスチレ
ン)誘導体に相当するものである。しかしながら,原明細書には,樹脂成分
(基材樹脂)として,(a)成分と(b)成分の混合物を用いることが記載
されているだけで,(a)成分からなる樹脂成分,すなわち(a)成分のみ
を樹脂成分(基材樹脂)として用いることについては,何ら記載されておら
ず,示唆する記載もない。」(決定謄本10頁第2段落)と説示する。
しかし,当業者において,化学増幅型ポジ型レジストの樹脂成分として,
2種のポリヒドロキシスチレンである(a)成分と(b)成分とを混合して
用いるという発想は,突然生ずるものではなく,まず,(a)成分又は
(b)成分をそれぞれ個別に樹脂成分として用いるとの発想を生じ,次いで,
それぞれを用いてレジスト組成物を調製して効果を確認し,その後,それら
を混合して用いることが発想されるはずである。したがって,原明細書の実
施例1ないし3には,製造例1で得られた(b)成分のポリヒドロキシスチ
レン誘導体と製造例2で得られた(a)成分のポリヒドロキシスチレン誘導
体を用いることが記載されているところ,同記載においては,製造例2で得
られた(a)成分を単独で個別に樹脂成分として用いた場合も潜在的に示さ
れているとみるのが相当である。
(4)上記の点について,原告が,審判段階で,当業者であれば,(b)成分の
ポリヒドロキシスチレン誘導体と(a)成分のポリヒドロキシスチレン誘導
体を用いるとの記載から,各成分を単独で用いる基材樹脂を想到することは
極めて容易であるから,原明細書に,本件各発明が示唆されていると主張し
たのに対し,決定は,「分割出願の発明が,特許法第44条第1項の『二以
上の発明を包含する特許出願の一部』であるためには,分割出願の発明にお
いて特定する技術的事項のすべてが,もとの出願の当初明細書(原明細書)
の発明の詳細な説明に記載されていなければならないものであるところ,・
・・原明細書の記載からでは,樹脂成分として(a)成分のみを単独で使用
した場合についても,(a)成分と(b)成分と混合して用いた場合に匹敵
する作用効果を有することを示す根拠は全く見いだせず」(決定謄本10頁
下から第2段落)として,本件出願が,分割出願としての要件を備えない理
由を述べているが,樹脂成分として(a)成分のみを単独で使用した場合に
ついて,(a)成分と(b)成分と混合して用いた場合に匹敵する作用効果
を示す根拠が原明細書に記載されているか否かは,特許法36条4項の要件
を備えているか否か,換言すれば,明細書の記載要件に係るもので,特許法
旧44条1項の分割要件とは全く別異の問題である。
本件各発明に関しては,審査の段階において,平成14年3月26日付け
及び同年7月30日付けの2回の拒絶理由通知がされ,かつ,同年9月12
日に面接審査が行われているが,いずれの機会においても,本件出願が分割
要件を備えていないとの指摘はされておらず,これらの事実は,当時の審査
基準において,本件出願について,分割出願とすることについて,疑義を生
じる余地がなかったことを示す。
()したがって,本件出願は,特許法旧44条1項にいう,2以上の発明を包5
含する特許出願の一部を1又は2以上の新たな特許出願としたものに該当す
ることは明らかであり,特許法44条2項により,本件出願の出願日は,原
出願の出願日である平成7年10月30日とみなされるべきである。決定は,
本件出願は,特許法旧44条1項にいう出願とは認められず,その出願日を
現実の出願日である平成13年5月7日であるとして,平成7年10月30
日後に公開された引用例1に基づき,本件各発明の進歩性を否定したのであ
るから,上記誤りは,決定の結論に影響を及ぼすものであることが明らかで
ある。
2取消事由2(相違点bについての判断の誤り)
()決定は,相違点bについて,「刊行物3(注,引用例3)及び刊行物41
(注,引用例4)には,いずれも刊行物1(注,引用例1)と同様なKrF
用のポジ型レジストに関する発明が記載されており,刊行物3に記載された
製造例1ないし製造例6,及び刊行物4の製造例1ないし製造例6で合成さ
れているヒドロキシスチレン誘導体は,本件発明におけるR及びRがに相23
当する基が,メチル基またはエチル基であるヒドロキシスチレン誘導体に相
当するものである。してみれば,当業者であれば,刊行物1に記載された発
明において例示されている置換基において,メチル基又はエチル基を特定す
ることに困難性があるとすることはできない。」(決定謄本22頁下から第
2段落~最終段落)としたが,誤りである。
()引用例3及び引用例4には,引用例1に記載されているフェノール樹脂と2
同じ構成単位からなる重合体を用いたレジスト材料が記載されているが,こ
れらの重合体は,重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比で
ある分子量分布(Mw/Mn)が,1.8以上である。他方,引用例1にお
いて,請求項1には,この分子量分布について1.03~1.80の範囲の
ものとの記載はあるが,実施例でレジスト調製に用いられているのは,分子
量分布が1.18又は1.16と非常に狭いものである。
このように,引用例3及び引用例4のフェノール樹脂と引用例1のフェノ
ール樹脂とは,分子量分布が違うから異質な樹脂であって,引用例3及び引
用例4に,引用例1と同様の発明が記載されているとはいえないから,引用
発明1に,引用発明3及び引用発明4を適用することには,阻害要因がある。
()本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物をプロ3
ピレングリコールモノメチルエーテルアセテートに溶解した溶液であるので,
本件発明1が,その出願前に国内又は外国において頒布された刊行物に記載
された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものでない以
上,本件発明2もこれらの刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易
に発明することができたものではない。
3取消事由3(相違点cについての判断の誤り)
()決定は,「これらの刊行物(注,甲5公報,甲8文献及び甲9文献)の記1
載は,いずれも,一部の水酸基の水素原子がt-ブトキシカルボニル基で置
換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂に関するものであるが,ポリヒド
ロキシスチレン誘導体をベース樹脂としたKrFエキシマレーザーのための
化学増幅型ポジレジストである点では,本件発明1と共通するものであるか
ら,当業者であれば,刊行物3(注,引用例3)に記載された発明において,
レジスト用基材樹脂(重合体)として,分子量分布(Mw/Mn)が1.5
以下である,単分散のものを用いることに格別な創意を要するものとは認め
られない。」(決定謄本26頁第2段落~第3段落)と説示したが,誤りで
ある。
()決定が引用した刊行物である甲5公報,甲8文献及び甲9文献(以下,2
「甲5公報等」ということがある。)には,KrFエキシマレーザーのため
の化学増幅型ポジ型レジストに対し,普遍的に適用し得るルールとして,換
言すれば,ポリヒドロキシスチレンの水酸基の一部を置換している酸解離性
置換基の種類に関係しない共通のルールとして,分子量分布が1.5以下で
あることが望ましいと記載されているものではない。化学増幅型ポジ型レジ
スト中で樹脂成分として用いる,水酸基の一部が酸解離性置換基で保護され
たポリヒドロキシスチレン樹脂が,単分散であるか,多分散であるか,換言
すれば,同樹脂の分子量分布を狭くするか,広くするかによって発生する,
レジストの物性に対する影響は,酸解離性置換基の種類に依存する。
このことは,平成17年3月15日付け特許異議意見書添付の原告が提出
した実験成績報告書(甲12,以下「甲12報告書」という。)において,
酸解離性置換基がエトキシエチルオキシ基の場合は,単分散(Mw/Mn=
1.5)と多分散(Mw/Mn=2.2)の場合では,シリコンウェーハ及
びチタンナイトライドのいずれの基板に対しても,単分散の場合が優れた感
度,限界解像度を示しているのに対し,酸解離性置換基がtert-ブチル
オキシカルボニル基の場合,単分散のものを用いると,上記いずれの基板に
対しても感度,限界解像度が劣り,基板依存性が大きいという結果が示され
ていること,平成16年5月25日付け提出の実験成績報告書(甲13,以
下「甲13報告書」という。)において,酸解離性置換基としてエトキシエ
チル基,シクロヘキシルオキシエチル基及びベンジルオキシエチル基を用い
た場合は,単分散のものが多分散のものに比べ,優れた物性及びプロファイ
ルのものが得られるのに対し,酸解離性置換基としてテトラヒドロピラニル
基,tert-ブチルオキシカルボニル基及びtert-ブトキシカルボニ
ルメチル基を用いた場合は,単分散のものについて,多分散のものより優れ
る良好な結果が得られていないことに照らしても,明らかである。
そして,甲5公報等に記載されている,一部の水酸基の水素原子がter
t-ブトキシカルボニル基で置換されたポリヒドロキシスチレン樹脂の場合
は,上記実験報告書(甲12報告書及び甲13報告書)から明らかなように,
単分散のものを用いても,多分散のものを用いた場合に比べ,何らレジスト
物性の向上が認められない。
したがって,本件発明1の保護基とは異なり,一部の水酸基の水素原子が
tert-ブトキシカルボニル基で置換されたポリヒドロキシスチレン樹脂
に係る甲5公報等の記載を参考にして,相違点cに係る本件発明1の構成に
想到することは,当業者であっても,決して,容易に行い得るとはいえない。
()また,決定は,基材樹脂の分子量分布を1.5以下としたことによる効果3
について,甲5公報等に「精度の高いパターンを形成させるという観点から
分子量分布は単分散であることが好ましい」などと記載されていることを理
由に,「本件発明1の効果である,エトキシエチルオキシのようなアルコキ
シアルキルオキシ基を酸解離性保護基とするポリヒドロキシスチレン誘導体
を用いた場合に,その分子量分布を1.5以下としたことによる効果につい
ては,これらの刊行物の記載に基づいて,当業者が当然に確認する程度のも
のであって,予測し得ない格別な効果とまではいえないものである。」(決
定謄本28頁下から第2段落)とするが,誤りである。
上記実験結果から明らかなように,甲5公報等に記載されている,水酸基
の一部がtert-ブトキシカルボニル基で保護されたポリヒドロキシスチ
レン樹脂は,分子量分布を狭くしたからといって,パターンの断面形状が改
善されていないのであるから,これらのむしろ否定的な事実が知られている
状況下において,エトキシエチル基のようなアルコキシアルキルオキシ基を
酸解離性保護基とするポリヒドロキシスチレン誘導体について,その分子量
分布が1.5以下のものを用いることにより,良好な断面形状が得られたこ
とは,予測し得ない格別な効果というべきである。
()本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物をプロ4
ピレングリコールモノメチルエーテルアセテートに溶解した溶液であるので,
本件発明1が,その出願前に国内又は外国において頒布された刊行物に記載
された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものでない以
上,本件発明2もこれらの刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易
に発明することができたものではない。
第4被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(分割出願の適法性についての判断の誤り)について
()本件発明1は,KrFエキシマレーザーのための化学増幅型ポジ型レジス1
ト組成物における基材樹脂として,「本件発明1の【化1】で表される構成
単位10~60モル%と本件発明1の【化2】で表される構成単位90~4
0モル%とで構成され,かつ重量平均分子量8,000~25,000,分
子量分布1.5以下を有するポリヒドロキシスチレン誘導体」(以下「本件
発明1のポリヒドロキシスチレン誘導体」という。)を単独で用いる場合を
包含するものであることは明らかである。
一方,原明細書には,従来の技術につき,「上記化学増幅型レジストとし
ては,例えばポリヒドロキシスチレンの水酸基をtert-ブトキシカルボ
ニルオキシ基で置換した樹脂成分とオニウム塩などの酸発生剤を組み合わせ
たレジスト組成物が米国特許4,491,628号明細書に提案されてい
る。」(段落【0004】)との記載があり,そのような従来のレジスト組
成物に問題があることから(段落【0005】~【0008】),原明細書
記載の発明は,同明細書の【化1】で示される,「アルコキシアルキルオキ
シ基」で部分的に置換されたポリヒドロキシスチレン誘導体である(a)成
分と,「tert-ブトキシカルボニルオキシ基」で部分的に置換されたポ
リヒドロキシスチレン誘導体である(b)成分(原明細書において従来から
公知の樹脂成分として記載されたもの)との混合物を用いることを必須の構
成要件としたものである。
()そうすると,原明細書記載の発明においては,(a)成分,すなわち,本2
件発明1のポリヒドロキシスチレン誘導体を単独で用いることについては,
何ら認識されていないとするのが相当であり,本件発明1のポリヒドロキシ
スチレン誘導体のみで,KrFエキシマレーザーのための化学増幅型ポジ型
レジスト組成物における基材樹脂として使用し得ることは,原明細書に記載
されていないばかりでなく,原明細書の記載から自明であるとすることもで
きない。したがって,本件出願は,特許法旧44条1項に規定する適法な分
割出願であるとは認められないから,その出願日を現実の出願日である平成
13年5月7日であるとした決定に誤りはない。
()原告は,(a)成分と(b)成分を混合して用いるという発想は,突然生3
ずるものではなく,まず,(a)成分又は(b)成分をそれぞれ個別に樹脂
成分として用いるとの発想を生じ,次段階としてそれらを混合して用いるこ
とが発想されるはずであるから,原明細書には,(a)成分を単独で樹脂成
分として用いた場合についても,潜在的に示されているとみるのが相当であ
る旨主張する。しかし,原明細書には,従来技術として,基材樹脂が(b)
成分のみからなるものを記載するとともに,従来技術における欠点を解決す
る目的で,公知の(b)成分に加えて,さらに(a)成分を混合したものを
用いることが記載されているにすぎないから,原明細書に,(a)成分のみ
を単独で用いた場合も潜在的に示されているとすることは,到底できない。
また,仮に,(a)成分と(b)成分を混合して用いるという発想以前に,
(a)成分を単独で樹脂成分として用いるとの発想が生じていたとしても,
特許権者に(a)成分を単独で用いる点に特許性(新規性又は進歩性)があ
るとの認識がなかったことは,原明細書の記載(段落【0009】)から明
らかである。
()原告は,樹脂成分として(a)成分のみを単独で使用した場合について,4
(a)成分と(b)成分と混合して用いた場合に匹敵する作用効果を示す根
拠が原明細書に記載されているか否かは,明細書の記載要件に関するもので,
特許法旧44条1項の分割要件とは,全く別異の問題である旨主張する。し
かし,決定における「・・・原明細書の記載からでは,樹脂成分として
(a)成分のみを単独で使用した場合についても,(a)成分と(B)成分
と混合して用いた場合に匹敵する作用効果を有することを示す根拠は全く見
いだせず」(決定謄本10頁下から第2段落)との記載は,(a)成分のみ
を単独で用いた場合については,原明細書に記載がないばかりでなく,原明
細書の記載から自明でもないことを明らかにすることを目的として記載した
ものである。
なお,原告は,審査の段階において,分割要件を備えていないとの指摘が
されていなかったとも主張するが,同事実と,本件出願が分割出願の要件を
満たしているか否かとは,全く関係のないことである。
2取消事由2(相違点bについての判断の誤り)について
()決定は,引用発明1において例示されている置換基の中から,メチル基又1
はエチル基を特定することに困難性があるとすることはできないとしている
のであり,引用発明1に,引用発明3及び引用発明4を組み合わせることが
容易であると説示するものではないから,その組合せの阻害要因をいう原告
の主張は失当というほかはない。
引用発明1は,本件発明1と同様,分子量分布が1.5以下のポリヒドロ
キシスチレン誘導体を基材樹脂とするものであり,ポリヒドロキシスチレン
12誘導体を示す本件発明1の【化1】のR及びRについて,「RおよびR
23
(注,本件発明1の【化1】のR及びRに相当する。)が,それぞれ互い
23
に独立してメチル,エチル,n-プロピル,イソプロピル,n-ブチル,イ
ソブチル,tert-ブチルまたはシクロヘキシルである」(請求項5,段
落【0015】等参照)としており,本件発明1の【化1】のR及びRと
23
して,メチル基,エチル基についても選択し得るものとして記載されている
のである。しかし,本件発明1のように置換基をメチル基又はエチル基に限
定するものではなく,また,置換基をメチル基又はエチル基とした具体的な
実施例は記載されていないことから,決定では,分子量分布が1.8以上で
あるものの,レジスト材料用のポリヒドロキシスチレン誘導体の「構成単
位」として,本件発明1の【化1】のR及びRをメチル基,エチル基に特
23
定したものが,引用例3又は引用例4のように公知であることを示し,選択
し得るものとして記載された置換基の中から,メチル基又はエチル基を特定
することは,容易になし得ると判断したものであり,決定の判断に誤りはな
い。
また,引用例3及び引用例4には,置換基をメチル基又はエチル基とした
ものが,分子量分布が,1.5以下では採用できないとする記載もない。
()本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物をプロ2
ピレングリコールモノメチルエーテルアセテートに溶解した溶液であるが,
引用例1には,特に好ましい溶媒の例として「酢酸メトキシプロピルであ
る」(段落【0029】)と記載され,さらに,応用実施例1では,溶媒と
して,「1-メトキシ-2-プロピルアセテート」を用いたことが記載され
ており,これは,本件発明2の「プロピレングリコールモノメチルエーテル
アセテート」に相当するものであるから,本件発明2と引用例1に記載され
た発明との相違点は,本件発明1の場合と同じである。
したがって,本件発明1について述べたのと同じ理由により,本件発明2
が,引用例1に記載された発明及び引用発明3,引用発明4に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものであるとする決定の判断に誤りはな
い。
3取消事由3(相違点cについての判断の誤り)について
()甲5公報等には,保護基がtert-ブトキシカルボニル基であるポリヒ1
ドロキシスチレン誘導体をベース樹脂とした化学増幅型ポジ型レジストにつ
いて,分子量分布が,1.5以下と狭いことが望ましいことが示されている。
また,上記保護基が,tert-ブトキシカルボニル基以外の基であるポジ
型レジストにおいても,分子量分布を1.5以下にすることは,特開平6-
273935号公報(乙1,以下「乙1公報」という。),特開平6-27
3934号公報(乙2,以下「乙2公報」という。),特開平6-2360
37号公報(乙3,以下「乙3公報」という。)及び特開平2-16143
6号公報(乙4,以下「乙4公報」という。)の記載のとおり,原出願の出
願日前に周知技術であった。そして,引用例3に記載された発明は,これら
の刊行物記載のものと同様に,ポリヒドロキシスチレン誘導体をベース樹脂
とした化学増幅型ポジ型レジストであるから,引用例3に記載された発明に
おいても,分子量分布を1.5以下とすることに困難性はない。
()原告は,化学増幅型ポジ型レジスト中で樹脂成分として用いる,水酸基の2
一部が酸解離性置換基で保護されたポリヒドロキシスチレン樹脂の分子量分
布を狭くするか,広くするかによって発生する,レジストの物性に対する影
響は,酸解離性置換基の種類に依存すると主張し,その根拠として,甲12
報告書及び甲13報告書を提出しているが,これらの原告の主張は,本件明
細書の記載に基づかないものである。
本件明細書の参考例,実施例の記載によれば,分子量分布による影響につ
いては,従来技術として認識している「tert-ブトキシカルボニルオキ
シ基」で置換したポリヒドロキシスチレンと,1-エトキシエトキシ基のよ
うに本件発明1の【化1】で示される置換基で置換したポリヒドロキシスチ
レンとを,明らかに同一視している。また,分子量分布を1.5以下にした
ことが,化学増幅型ポジ型レジストにおいてどのように物性の向上に寄与す
るかは,ポリヒドロキシスチレンにおける保護基の種類により差違があると
しても,同レジストにおいては,置換基の種類によらず,基材樹脂の分子量
分布が1.5以下と狭い方が好ましいことは,引用例1,乙1公報,乙2公
報,乙3公報及び乙4公報等に記載されているとおり,原出願の出願日前に
既に周知である。
()原告は,本件発明1には,予測し得ない格別な効果がある旨主張するが,3
本件明細書の記載によれば,分子量分布による影響については,従来技術と
して認識している「tert-ブトキシカルボニルオキシ基」で置換したポ
リヒドロキシスチレンと,1-エトキシエトキシ基のような本件発明1の
【化1】で示される置換基で置換したポリヒドロキシスチレンとを,明らか
に同一視しており,また,本件明細書の参考例の記載等に照らしても原告の
上記主張は,本件明細書の記載に基づかないというほかない。
また,原告主張の,エトキシエチル基のようなアルコキシアルキルオキシ
基を酸解離性保護基とするポリヒドロキシスチレン誘導体について,分子量
分布が1.5以下のものを用いることにより良好な断面形状が得られるとい
う効果については,引用例3の段落【0003】,【0135】,【図2】
ないし【図4】等の記載から,当業者が容易に予期し得る効果にすぎない。
()本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物をプロ4
ピレングリコールモノメチルエーテルアセテートに溶解した溶液であるが,
引用例3の実施例には,溶媒として本件発明2と同じものを用いることが記
載されているから,本件発明2と引用例3に記載された発明との相違点は,
本件発明1と同じである。
したがって,本件発明1について述べたのと同じ理由により,本件発明2
が,引用例3に記載された発明及び甲5公報,甲8文献,甲9文献等に記載
された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもので
あるとする決定の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(分割出願の適法性についての判断の誤り)について
()決定は,「原明細書には,本件発明のポリ(ヒドロキシスチレン)誘導体1
のみを樹脂成分(基材樹脂)として用いることについては,何ら記載されて
おらず,また,自明であるとすることもできないから,本件発明1及び本館
発明2(注,本件発明2)は,原明細書に記載された発明であるとすること
はできない。したがって,本件に係る特許出願は,特許法第44条第1項に
規定する特許出願であるとは認められず,その出願日は,現実の出願日であ
る平成13年5月7日である。」(決定謄本10頁最終段落~11頁第2段
落)としたのに対し,原告は,本件出願は,原明細書に記載された2以上の
発明を包含する特許出願の一部を新たに特許出願としたものに該当し,特許
法44条2項により,本件出願の出願日は,原出願の出願日である平成7年
10月30日とみなされるべきであるから,決定は分割出願の適法性につい
ての判断を誤った旨主張する。
本件出願は,上記第2の1()のとおり,平成7年10月30日にした原1
出願(親出願)の一部につき分割出願(子出願)し,さらに,平成13年5
月7日にその一部を分割出願(孫出願)したものである。そうすると,本件
出願の出願日が,原告主張のように,原出願の上記出願日まで遡及するため
には,①子出願が親出願に対し分割の要件を満たし,②孫出願が子出願に対
し分割の要件を満たし,かつ,③孫出願(本件出願)に係る本件各発明が親
出願(原出願)の願書に最初に添付した明細書(原明細書)又は図面に記載
した事項の範囲内のものであるか,同明細書等に記載した事項から自明な事
項であることを要するというべきである。そこで,以下,上記③の要件につ
いて,検討する。
()本件各発明に関連する事項として,原明細書(甲2参照)には,以下の記2
載がある。
ア「従来,ICやLSIなどの半導体素子は,ホトレジスト組成物を用い
たホトリソグラフイー,エッチング,不純物拡散及び配線形成などの工程
を数回繰り返し製造されている。・・・しかしながら,近年,半導体素子
の微細化が益々高まり,今日ではクオーターミクロン(0.25μm以
下)の超微細パターンを用いた超LSIの量産がはじまろうとしている。
このようなクオーターミクロンの超微細パターンを得るには,従来のアル
カリ可溶性ノボラック樹脂とキノンジアジド基含有化合物を基本成分とし
たポジ型ホトレジストでは困難なことから,より短波長の遠紫外線(20
0~300nm),KrF,ArFなどのエキシマレーザー,電子線及び
X線を利用したレジストの開発が要望されている。かかるレジストとして
高解像性が達成される上に,放射線の照射により発生した酸の触媒反応,
連鎖反応が利用でき量子収率が1以上で,しかも高感度が達成できる化学
増幅型レジストが注目され,盛んに開発が行われている。
上記化学増幅型レジストとしては,例えばポリヒドロキシスチレンの水
酸基をtert-ブトキシカルボニルオキシ基で置換した樹脂成分とオニ
ウム塩などの酸発生剤を組み合わせたレジスト組成物が米国特許4,49
1,628号明細書に提案されている。」(段落【0002】【従来の技
術】~【0004】)
イ「しかしながら,上記レジスト組成物は,解像度,焦点深度幅特性にお
いて十分なものでない上に,露光後一定時間放置した後,現像した場合,
化学増幅型レジストに特有の露光により発生した酸の失活に起因するパタ
ーン形状劣化の問題(以下引置き安定性という),すなわちレジストパタ
ーン上部が庇状に連なってしまうブリッジングの問題がある。・・・
こうした現状に鑑み,本発明者等は,鋭意研究を重ねた結果,酸の作用
によりアルカリ水溶液に対する溶解性が増大する樹脂成分として,異なる
2種の置換基を特定の割合でそれぞれ置換し,かつ特定の分子量と特定の
分子量分布(M/M)を有するポリヒドロキシスチレンの混合物及びwn
放射線の照射により酸を発生する化合物を使用し,さらに有機カルボン酸
化合物を配合することで,高感度,高解像性で,耐熱性,引置き経時安定
性,焦点深度幅特性及びレジスト溶液の保存安定性に優れるとともに,基
板依存性がなくプロファイル形状の優れたレジストパターンを形成できる
紫外線,遠紫外線,KrF,ArFなどのエキシマレーザー,X線,及び
電子線などの放射線に感応する化学増幅型のポジ型レジスト組成物が得ら
れることを見出し,本発明を完成したものである。」(段落【0005】
【発明が解決しようとする課題】~【0009】)
ウ「上記目的を達成する本発明は,(A)酸の作用によりアルカリ水溶液
に対する溶解性が増大する樹脂成分,(B)放射線の照射により酸を発生
する化合物,及び(C)有機カルボン酸化合物を含むポジ型レジスト組成
物において,(A)成分が(a)水酸基の10~60モル%が一般式化2
【化2】
(式中,Rは水素原子又はメチル基であり,Rはメチル基又はエチル基12
であり,Rは炭素数1~4の低級アルキル基である。)で表わされる残3
基で置換された重量平均分子量8,000~25,000,分子量分布
(M/M)1.5以下のポリヒドロキシスチレンと(b)水酸基の1wn
0~60モル%がtert-ブトキシカルボニルオキシ基で置換された重
量平均分子量8,000~25,000,分子量分布(M/M)1.wn
5以下のポリヒドロキシスチレンとの混合物であることを特徴とするポジ
型レジスト組成物に係る。」(段落【0012】【課題を解決するための
手段】~【0013】)
エ「上記(A)樹脂成分の混合割合は,(a)成分が30~90重量%,
(b)成分が10~70重量%,好ましくは(a)成分が50~80重量
%,(b)成分が20~50重量%の範囲がよい。」(段落【001
4】)
オ実施例1ないし3には,製造例1(段落【0070】)で得られた
(b)成分のポリヒドロキシスチレン3gと,製造例2(段落【007
1】)で得られた(a)成分のポリヒドロキシスチレン3gとを用いたこ
とが示されている。
()以上によれば,原明細書には,化学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂につ3
いて,従来技術として,ポリヒドロキシスチレンの水酸基をtert-ブト
キシカルボニルオキシ基で置換した樹脂成分が知られていたところ(上記
()ア),そのような樹脂を用いることによる問題を克服するため,「樹脂2
成分として,異なる2種の置換基を特定の割合でそれぞれ置換」したものを
用いることとした(上記()イ)こと,また,その異なる2種の置換基とそ2
の割合として,上記()ウに記載された,(A)樹脂の(a)成分と(b)成分を2
それぞれ特定の割合で用いることとしたこと(上記()エ),実施例1ない2
し3において,製造例1で製造された(b)成分及び製造例2で製造された
(a)成分をともに用いたことが記載されている(上記()オ)。2
このように,原明細書には,当該樹脂について,(a)成分及び(b)成分を
双方ともに使用することが記載され,(a)成分単独及び(b)成分単独を使用
することが明示的に記載されてないだけでなく,従来技術で使用されていた
(b)成分に対し,(a)成分を加えることが述べられているのであって,従来,
用いられていなかった(a)成分について単独で用いることは何ら示唆されて
いないし,原明細書の記載を子細に検討しても,(a)成分を単独で使用する
ことが原明細書に記載した事項から自明な事項であるとはいえない。
本件各発明は,上記第2の2の発明の要旨のとおり,化学増幅型ポジ型レ
ジスト用基材樹脂につき,(a)成分を単独で使用するものを含むものである
から,原明細書には,化学増幅型ポジ型レジスト用基材樹脂について,(b)
成分を使用せず,(a)成分を単独で使用するものを含むものであるという本
件各発明の技術的事項は,記載されていないし,原明細書の記載からそれら
の技術的事項が自明な事項であるともいえないことが明らかである。
()原告は,当業者において,化学増幅型ポジ型レジストの樹脂成分として,4
2種のポリヒドロキシスチレンである(a)成分と(b)成分とを混合して用い
るという発想は,突然生ずるものではなく,まず,(a)成分又は(b)成分を
それぞれ個別に樹脂成分として用いるとの発想を生じ,次いで,それぞれを
用いてレジスト組成物を調製して効果を確認し,次段階としてそれらを混合
して用いることが発想されるはずであり,実施例1ないし3で用いている樹
脂成分について,それぞれ,製造例2で得られた(a)成分のポリヒドロキ
シスチレン誘導体を単独で樹脂成分として用いた場合も潜在的に示されてい
るとみるのが相当であると主張する。
しかし,原告の主張する上記過程は,原明細書のいずれにも記載されてい
ないのであって,上記()のとおり,従来技術の問題点を挙げて,(a)成分3
を加えた発明に至ったとの原明細書の記載に照らせば,原明細書に,(a)成
分単独で使用できることが潜在的に記載されているとは,到底,いうことが
できない。また,原明細書の実施例についても,いずれも(a)成分だけでな
く,(b)成分も使用しているのであって,(a)成分単独で使用できることは,
示唆されていないのであるから,原告の主張は,採用の限りではない。
()原告は,決定の「分割出願の発明が,特許法第44条第1項の『二以上の5
発明を包含する特許出願の一部』であるためには,分割出願の発明において
特定する技術的事項のすべてが,もとの出願の当初明細書(原明細書)の発
明の詳細な説明に記載されていなければならないものであるところ,・・・
原明細書の記載からでは,樹脂成分として(a)成分のみを単独で使用した
場合についても,(a)成分と(b)成分と混合して用いた場合に匹敵する
作用効果を有することを示す根拠は全く見いだせず」(決定謄本10頁下か
ら第2段落)との判断は,特許法36条4項の明細書の記載要件に係るもの
で,特許法旧44条1項の分割要件とは全く別の問題であると主張する。
しかし,本件においては,樹脂成分として(a)成分のみを使用することが
原明細書に記載されているか否かが問題となっているところ,決定は,この
点について検討するに当たって,(a)成分を単独で使用した場合の効果につ
いて触れたにすぎず,原告の指摘は,決定を正解しないものといわざるを得
ない。
なお,原告は,本件各発明について,審査の段階において,本件出願が分
割要件を備えていないとの指摘はされていないことを根拠に,当時の審査基
準において,本件出願について,分割出願とすることについて,疑義を生じ
る余地がなかった旨主張する。しかし,特許法44条2項は,出願人のする
分割出願が適法なものであれば,新たな特許出願にもとの特許出願の時に出
願したとする効果を認めようとするものであるから,出願人がその効果を享
受しようとするのであれば,自らの責任において適法な分割出願をすべきで
あって,審査の過程で指摘を受けなかったことと,客観的に分割要件を備え
ていることとは別問題であり,原告の指摘する点は,本件出願が分割出願の
要件を満たさないとの上記判断を左右するものではない。
()以上によれば,本件出願は,特許法旧44条1項に規定する分割出願の要6
件を満たしているとは認められず,その出願日は,現実の出願日である平成
13年5月7日とされるから,これと同旨の決定の判断に誤りはなく,原告
の取消事由1の主張は,理由がない。
2取消事由2(相違点bについての判断の誤り)について
()本件発明1と引用発明1とが,「一般式【化1】(注,式省略)における1
R及びRについて,本件発明1では,メチル基又はエチル基としているの23
に対して,刊行物1に記載された発明(注,引用発明1)では,『それぞれ
互いに独立してメチル,エチル,n-プロピル,イソプロピル,n-ブチル,
1イソブチル,tert-ブチルまたはシクロヘキシルであるか,またはR
23
およびR(注,R及びRは,本件発明1の【化1】におけるR及びR212
に相当する。)はこれらの基が結合している酸素または炭素原子と一緒にテ
トラヒドロフラニルまたはテトラヒドロピラニル環を形成する』としている
だけで,メチル基又はエチル基に限定するものではない点において相違す
る」(相違点b)ことは,当事者間に争いがない。
原告は,相違点bについて,決定のした,「刊行物3(注,引用例3)及
び刊行物4(注,引用例4)には,いずれも刊行物1と同様なKrF用のポ
ジ型レジストに関する発明が記載されており,刊行物3に記載された製造例
1ないし製造例6,及び刊行物4の製造例1ないし製造例6で合成されてい
るヒドロキシスチレン誘導体は,本件発明におけるR及びRがに相当する23
基が,メチル基またはエチル基であるヒドロキシスチレン誘導体に相当する
ものである。してみれば,当業者であれば,刊行物1に記載された発明にお
いて例示されている置換基において,メチル基又はエチル基を特定すること
に困難性があるとすることはできない。」(決定謄本22頁下から第2段落
~最終段落)との判断の誤りを主張するので,以下,検討する。
()まず,上記引用例の記載内容についてみると,以下のとおりである。2
ア引用例1(甲1)には,KrFエキシマレーザーのためのポジ型レジス
トに関する発明が記載され(段落【0001】,【0039】等),そこ
で,用いられるヒドロキシスチレン誘導体が,式Ⅰ
の保護基によって,フェノールヒドロキシル基の10~90パーセントが
置換されているフェノール樹脂であること(【請求項1】)及び好ましい
フェノール樹脂が式Ⅱ及びⅢ
の構造反復単位を含むものであることが記載され(【請求項2】),本件
発明の【化1】のR及びRに相当する基である上記式ⅢのR及びRに23
12
ついて,「それぞれ互いに独立してメチル,エチル,n-プロピル,イソ
プロピル,n-ブチル,イソブチル,tert-ブチルまたはシクロヘキ
シルであるか,またはRおよびRはこれらの基が結合している酸素また12
は炭素原子と一緒にテトラヒドロフラニルまたはテトラヒドロピラニル環
を形成する」(【0015】)と記載されている。
イ引用例3(甲3)には,KrFエキシマレーザーのためのポジ型レジス
トに関する発明が記載され(段落【0001】,【0009】等),そこ
で,用いられるヒドロキシスチレン誘導体に関する式が,
であることが記載され(段落【0029】),製造例1ないし6には,本
件発明1の【化1】のR及びRに相当する基が,メチル基又はエチル基23
であることが開示されている(段落【0074】~【0081】)。
ウ引用例4(甲4)には,KrFエキシマレーザーのためのポジ型レジス
トに関する発明が記載され(段落【0007】,【0068】),そこで
用いられるヒドロキシスチレン誘導体に関する式が,
で示されるモノマー単位を含んでなることが記載され(段落【002
6】),製造例1ないし6には,本件発明1の【化1】のR及びRに相23
当する基であるR及びRが,メチル基又はエチル基であることが開示さ24
れている(段落【0079】~【0092】)。
()上記()によれば,引用例3及び引用例4には,引用発明1の樹脂と用途32
及び樹脂の構成単位が同じ樹脂について,本件発明1の【化1】のR及び2
Rに相当する基が,メチル基又はエチル基であることが開示されており,3
これに照らせば,引用例1においては,当該基につき,「それぞれ互いに独
立してメチル,エチル,n-プロピル,イソプロピル,n-ブチル,イソブ
チル,tert-ブチルまたはシクロヘキシルであるか,またはRおよび1
Rはこれらの基が結合している酸素または炭素原子と一緒にテトラヒドロ2
フラニルまたはテトラヒドロピラニル環を形成する」としているだけで,メ
チル基又はエチル基に限定するものではないとされていても,当業者は,当
該基につき,メチル基又はエチル基と特定することは格別困難ではないとい
うことができる。
()原告は,引用例3及び引用例4のフェノール樹脂と引用例1のフェノール4
樹脂とは,分子量分布が違うから異質な樹脂であって,引用例3及び引用例
4に,引用例1と同様の発明が記載されているとはいえないから,引用発明
1に,引用発明3及び引用発明4を適用することには,阻害要因があると主
張する。
しかし,上記()のとおり,引用発明3及び引用発明4の樹脂と引用発明3
1の樹脂とは,樹脂の用途及び構成単位が共通しているところ,分子量分布
は,樹脂の構造とは直接関係がないから,一般的に分子量分布の差異をもっ
て直ちに阻害要因とはなり得ないところであり,その他,当該材料の分子量
分布が異なることによって,当業者が相違点bに係る構成に想到することが
どのような理由により阻害されるかについては,原告の主張によっても不明
であるというほかなく,原告の主張は採用できない。
()原告は,本件発明2につき,本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型5
ポジ型レジスト組成物を溶解した溶液であるので,本件発明1が,当業者が
容易に発明することができたものでない以上,本件発明2も当業者が容易に
発明することができたものではないと主張する。
しかし,本件発明1は,引用発明1,引用発明3及び引用発明4に基づい
て,当業者が容易に発明することができたものであるから,原告の主張は,
前提を欠く。
なお,本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物
をプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートに溶解した溶液であ
るところ,プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートの使用は引
用例1にも記載されており(段落【0029】,【0050】及び【005
1】),引用例1に記載された発明と本件発明2との相違点及びその容易想
到性の判断については,本件発明1について述べたところと同様である。
()したがって,相違点bに係る本件各発明の構成につき容易想到性を肯定し6
た決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は,採用することがで
きない。
3取消事由3(相違点cについての判断の誤り)について
()原告の取消事由1及び2は以上のとおり失当であるから,その余の点につ1
いて判断するまでもなく,本件各発明に係る特許を取り消すべきものした決
定の結論に誤りはないこととなる。もっとも,決定は,本件出願が適法な分
割出願に当たり,その出願日が原出願の出願日である平成7年10月30日
まで遡及すると仮定した場合でも,原出願の出願日前の刊行物である引用例
3に記載された発明及び甲5公報等に記載された周知事項に基づいて本件各
発明の容易想到性が肯定される旨説示し,原告は,本件発明1と引用例3に
記載された発明との相違点cについての判断の誤り(取消事由3)を主張す
るので,念のため,取消事由3についても,検討する。
本件発明1と引用例3に記載された発明とが,「分子量分布(Mw/M
n)について,本件発明1では,1.5以下と規定するのに対して,刊行物
3(注,引用例3)に記載された発明では,最小でも『1.8』である点」
(相違点c)において相違することは当事者間に争いがないところ,原告は,
相違点cについて,決定のした,「これらの刊行物(注,甲5公報,甲8文
献及び甲9文献)の記載は,いずれも,一部の水酸基の水素原子がt-ブト
キシカルボニル基で置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂に関するも
のであるが,ポリヒドロキシスチレン誘導体をベース樹脂としたKrFエキ
シマレーザーのための化学増幅型ポジレジストである点では,本件発明1と
共通するものであるから,当業者であれば,刊行物3(注,引用例3)に記
載された発明において,レジスト用基材樹脂(重合体)として,分子量分布
(Mw/Mn)が1.5以下である,単分散のものを用いることに格別な創
意を要するものとは認められない。」(決定謄本26頁第2段落~第3段
落)との判断の誤りを主張する。
()まず,上記甲5公報等の記載内容について検討すると,以下のとおりであ2
る。
ア甲5公報には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項3】一部の水酸基の水素原子がt-ブトキシカルボニル基
で置換されたポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂(a),溶解阻害剤
(b)及び酸発生剤(c)をそれぞれ重量百分率で0.55≦a,0.
07≦b≦0.40,0.005≦c≦0.15並びにa+b+c=1
となるように含有すると共に,アルカリ水溶液で現像することが可能な,
高エネルギー線に感応するポジ型レジスト材料であって,前記溶解阻害
剤(b)が請求項1に記載された第三級ブチルエステル誘導体であるこ
とを特徴とするポジ型レジスト材料。
【請求項4】ポリ(ヒドロキシスチレン)が,リビング重合反応によ
り得られる単分散性ポリ(ヒドロキシスチレン)である,請求項3に記
載のポジ型レジスト材料。」(【特許請求の範囲】)
(イ)「ポリ(ヒドロキシスチレン)樹脂の重量平均分子量は,耐熱性のレ
ジスト膜を得るという観点から,1万以上であることが好ましく,又精
度の高いパタンを形成させるという観点から分子量分布は単分散性であ
ることが好ましい。ラジカル重合で得られるような,分子量分布の広い
ポリ(ヒドロキシスチレン)系樹脂を用いた場合には,レジスト材料中
に,アルカリ水溶液に溶解し難い大きい分子量のものまで含まれること
となるため,これがパタン形成後の裾ひきの原因となる。従って,リビ
ング重合によって得られるような単分散性のポリ(ヒドロキシスチレ
ン)樹脂を使用することが好ましい。」(段落【0034】)
(ウ)「尚,単分散性とは分子量分布がMw/Mn=1.05~1.50で
あることを意味する。」(段落【0037】)
イ甲8文献には,「ノボラック樹脂はKrFリソグラフィには光吸収が大
きく使用できないので,それにはポリヒドロキシスチレン(PHS)をベ
ースにした材料が別に開発されている」(310頁左欄10行目~13行
目)及び「NTTはイオン重合で得られる狭分散PHSを用い,部分的に
tBOC化したレジストを検討し,解像性が改善されることを報告してい
る。」(311頁右欄8行目~11行目)との記載がある。
ウ甲9文献には,「新しい単分散のPHSをベース樹脂とした化学増幅型
ポジレジスト(MDPR)が開発された。MDPRは,部分的にtBOC
で保護されたPHS,溶解抑止剤,及び光酸発生剤から構成されている。
ほぼ単分散のPHSを使用することにより,微細パターンを得ることがで
きる。」(4320頁左欄3行目~7行目)との記載があり,また,実験
において,分子量分布が1.29のものを使用(4316頁右欄26行目
~29行目)するとともに,比較のため,分子量分布が1.76のものを
用いたこと(4318頁右欄7行目~11行目)が記載されている。
エ乙1公報の請求項2,乙2公報の請求項2,乙3公報の請求項2及び乙
4公報の実施例1のベース樹脂の合成例には,酸解離性保護基で置換され
たポリヒドロキシスチレン誘導体をベース樹脂としたKrFエキシマレー
ザー用化学増幅型ポジ型レジストにおいて,置換された基として,ter
t-ブトキシカルボニル基以外の基の例が示され,当該ベース樹脂の分子
量分布が,狭い方が好ましいことが記載されている。
()上記()によれば,原出願の出願日前に,レジスト用基材樹脂として用い32
られる,水酸基の一部が保護されたポリヒドロキシスチレン誘導体において,
当該樹脂の分子量分布が狭い方が好ましいことが知られていたということが
でき,甲5公報等は,いずれも,一部の水酸基の水素原子がtert-ブト
キシカルボニル基で置換されたポリヒドロキシスチレン樹脂に関するもので
あるが,レジスト用基材樹脂として用いられる,水酸基の一部が保護された
ポリヒドロキシスチレン誘導体である点では本件発明1と共通し,また,上
記()エ掲記の文献に基づけば,置換された基として,tert-ブトキシ2
カルボニル基以外の基についても,当該樹脂の分子量分布が狭い方が好まし
いことが知られていたといえる。
したがって,原出願の出願日前,ポリヒドロキシスチレン誘導体からなる
化学増幅型ポジ型レジストにおいて,基材樹脂となるポリヒドロキシスチレ
ン樹脂の分子量分布が1.5以下であることが望ましいことは,周知技術で
あったものと認められる。
以上によれば,引用例3に記載された発明に接した当業者は,相違点cに
係る本件発明1の構成である,レジスト用基材樹脂(重合体)として,分子
量分布が1.5以下である単分散のものを用いることに容易に想到すること
ができるというべきである。
()原告は,化学増幅型ポジ型レジスト中で樹脂成分として用いる,水酸基の4
一部が酸解離性置換基で保護されたポリヒドロキシスチレン樹脂の分子量分
布を狭くするか,広くするかによって発生する,レジストの物性に対する影
響は,酸解離性置換基の種類に依存すると主張するとともに,甲5公報等に
記載されている,一部の水酸基の水素原子がtert-ブトキシカルボニル
基で置換されたポリヒドロキシスチレン樹脂の場合は,実験報告書(甲12
報告書及び甲13報告書)から明らかなように,単分散のものを用いても,
多分散のものを用いた場合に比べ,何らレジスト物性の向上が認められない
と主張する。
しかし,本件出願の出願日が原出願の出願日まで遡及すると仮定した場合
でも,原出願時において,当業者が容易に相違点cに係る本件発明1の構成
に想到できたことは上記()のとおりであり,その当時,当業者間において,3
一部の水酸基の水素原子がtert-ブトキシカルボニル基で保護されたポ
リヒドロキシスチレン樹脂の場合,単分散のものを用いても,多分散のもの
を用いた場合に比べて何らレジスト物性の向上は認められないと考えられて
いたわけではないし,原出願の出願日後に作成された実験報告書(甲12報
告書は実験日を平成17年3月4日とし,甲13報告書は,実験日を平成1
6年4月6日とするもの)の記載は,上記判断を左右するものではないから,
原告の上記主張は採用できない。
()さらに,原告は,エトキシエチル基のようなアルコキシアルキルオキシ基5
を酸解離性保護基とするポリヒドロキシスチレン誘導体について,その分子
量分布が1.5以下のものを用いることにより,良好な断面形状が得られた
ことは,予測し得ない格別な効果というべきであると主張する。
しかし,本件明細書(甲11)には,樹脂の分子量分布を1.5以下にし
たことの効果について,「さらに,耐熱性を高めるためには,重量平均分子
量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比で表される分子量分布(Mw/M
n)が1.5以下であることが必要である。」(段落【0013】)との記
載はあるが,原告主張のような,樹脂の分子量分布と断面形状の関係を直接
的に述べた部分はない。かえって,実験例によれば,参考例4(段落【00
68】)は,分子量分布が1.5である1-エトキシエトキシ基で置換され
たポリヒドロキシスチレン誘導体を使用したものであり,参考例5(段落
【0071】)は,分子量分布が4.0である1-エトキシエトキシ基で置
換されたポリヒドロキシスチレン誘導体を使用したものであって,参考例4
と5の違いは,樹脂の分子量分布の違いであるところ,レジストパターンの
断面形状に関しては,いずれの例についても,「形成されたレジストパター
ン断面は,定在波の影響はなく矩形に近い良好なものであり,0.21μm
のラインアンドスペースパターンが形成された。」と記載されており(段落
【0069】,【0072】),分子量分布とレジストパターンの断面形状
とを関連付けたものではないから,樹脂の分子量分布の違いが断面形状の違
いをもたらすとの原告の主張は,本件明細書の上記記載にも基づかないもの
といわざるを得ない。
したがって,原告の上記主張も,採用することはできない。
()原告は,本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成6
物を溶解した溶液であるので,本件発明1が,当業者が容易に発明すること
ができたものでない以上,本件発明2も当業者が容易に発明することができ
たものではないと主張する。
しかし,本件発明1は,引用例3に記載された発明及び甲5公報等に記載
された周知技術により,当業者が容易に発明することができたものであるか
ら,原告の主張は,前提を欠く。
なお,本件発明2は,本件発明1を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物
をプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートに溶解した溶液であ
るところ,プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートの使用は引
用例3にも記載されており(実施例23,26),引用例3に記載された発
明と本件発明2との相違点及びその容易想到性の判断については,本件発明
1について述べたところと同様である。
()したがって,相違点cに係る本件各発明の構成につき容易想到性を肯定し7
た決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張も,採用の限りではな
い。
4以上のとおり,原告の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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