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裁判例


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○ 主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
○ 事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二
審共被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求
めた。
当事者双方の主張と立証は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるから、こ
れを引用する。
第一 控訴代理人の主張
一 事実関係の主張
被控訴人が広島市で被爆した事実は疑わしく、原判決が安易に被爆事実を認定した
のは事実誤認である。
(一) 原審における証拠関係によれば、被控訴人の父Aは昭和一七、八年頃大阪
から広島に移転し、被控訴人を含むその家族は昭和一八、九年頃広島に移転したも
のと認められるが、他方、被控訴人一家は、昭和二〇年三月大阪空襲で罹災してい
るので、以上の事実からすれば、被控訴人の父は昭和一九年頃、その勤務していた
Fが閉鎖となつて再び大阪に移転したものと考えられる。それ故、被控訴人が広島
で被爆したというためには、昭和二〇年三月大阪空襲で罹災した後、同年八月六日
までに再度広島に移転していなければならない筈である。然るに、この移転を認め
るに足りる証拠は全く存しない。
甲第二、第三号証は、一見被控訴人の被爆事実を認めるに足りる証拠であるかの如
くであるが、該書証の供述者は何れも老齢であり、その内容、供述時期等からして
正確な記憶に基づくものとは認めがたく、信憑性に乏しいし、原審証人Bのの証言
も二十数年以前の事実で、時期的正確性は疑わしい。
(二) 被控訴人が、被爆当時とそれ以後の状況について述べるところも、客観的
事実と矛盾する。すなわち、被控訴人が被爆したという広島市<以下略>に、爆心
地から約二・二粁離れた比較的被害の少い地域であり、同地所在の広島専売局の建
物は全壊してはいないし、被控訴人が被爆後<地名略>の自宅に歩いて帰つたとい
うのも、当時の一般的避難状況とは全く逆方向で、爆心地に向つて行動しているの
である。また、八月六日当日は、爆心地付近は一日中燃え続けていたのに、被控訴
人が火災を全く見ていないというのも不自然であり、何よりも避難者で混乱を極め
る爆心地に向つて歩いたというのは、特殊任務を帯びた者であれば兎も角、真実の
被爆者ならできないことである。
以上の点からして、被控訴人の被爆事実は認めることができない。
二 法律上の主張
原爆医療法は、その立法目的、趣旨からして、社会保障法たる本質を有し、従つ
て、日本国内に居住関係をもたない外国人には適用されない。
(一) 社会保障制度審議会の勧告によれば、社会保障制度とは「疾病、負傷等困
窮の原因に対し保険的方法又は直接の公の負担において経済保障の途を講じ、生活
困窮に陥つた者に対しては、国家扶助によつて最低限度の生活を保障すると共に、
公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もつてすべての国民が文化的社会の成員たる
に値する生活を営むことができるようにすることをいう」とされており、これが最
も一般的見解である。そして、その具体化の方法として、(1)困窮の原因に対す
る保険的方法または直接公の負担による経済保障と(2)困窮に陥つた者に対する
国家扶助による最低限度の生活保障とがあり、前者は事前的な、より積極的防貧施
策的性格を有するのに反し、後者は事後的救貧施策的性格を有する。
(二) また、社会保障制度は、被保障者が何らかの拠出(保険料)をするもの
と、無拠出(全額公費負担)のものとに分類できるが、前者には「狭義の社会保
険」があり、後者には「公費負担による経済保障」と「国家扶助」とがある。そし
て、何れの場合も、一定の被保障者集団が制度の前提として存在する。ところで、
無拠出制の社会保障制度は、その費用を国家の一般財源(租税収入)に依存し、国
家社会の構成員に負担せしめている。従つて、一口に無拠出制といつても、保険料
を租税におきかえたものと観念でき、被保障者の範囲には限界があり、最大限国民
および当該国家社会の構成員と目される外国人から成るものとしなければならな
い。以上のとおり、社会保障制度、とくに無拠出制のそれは、扶助の原理=社会連
帯の観念を基準とし、給付に要する費用は国家の一般財源に依存し、究極的には国
家の構成員の総体が租税という形で負担することになるのであるから、社会連帯の
観念をいれる余地がなく、当該社会の構成員でない(居住関係を有しない)外国人
にはそもそも適用されないものである。
(三) 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下原爆医療法という)および原
子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下原爆特別措置法という。そして
以上の二法律を「原爆二法」という)は、ともに(1)疾病という困窮の原因に対
する保障であること(2)全額公費負担であること(3)給付内容が定型化され
て、被保障者の生活程度如何にかかわりなく、同一的な給付がなされること(もつ
とも、一定額以上の所得税負担能力ある者については各種手当の支給が制限され
る。原爆特別措置法三条、六条、八条および九条二項)(4)最低限度の生活を確
保するための制限ではなく、より積極的な、事前的、防貧的性格を有するものであ
ること等の特質を有し、何れもいわゆる社会保障法であるというべく、前示公費負
担による経済保障制度に該当する。
(四) 原判決は、原爆医療法を公費医療制度に含ましめ、それがいわゆる社会保
障法たる一面を有するとしながら、外国人被爆者に対しても権利主体としての法的
地位を与えた点に着目し、「社会保障法とも類を異にする特殊の立法」であるとし
ている。
然し、社会保障法であつても、その適用対象を日本国民に限定しない立法例は少く
ないし、外国人を適用の対象とするか否かは専ら国家財政上の見地からする立法政
策の問題である。従つて、外国人を適用対象とするからといつて、社会保障法でな
いとか、特殊なものであるとかいうことはできない。
(五) 被控訴人は、原爆医療法が国家賠償法ないし国家補償法としての性格を有
する旨主張するが、原爆二法は何れも被爆者を対象とする社会保障法であることは
前示のとおりであり、原爆特別措置法は、特別手当その他各種手当につぎ、一定額
以上の所得税負担能力ある者に対して支給を制限する旨の規定を置いているのであ
るから、同法が国家補償法でないことは明らかである。
(六) 原爆二法が社会保障である以上、社会保障制度の本質に由来する限界を内
包するのは当然である。これを同法の適用対象者の範囲についてみれば、原爆医療
法三条所定の被爆者健康手帳の受交付権利者は、日本国内に居住関係を有する原子
爆弾の被爆者でなければならないことは当然の前提であり、外国人をとくに除外は
してないけれども、同法の適用を受ける外国人は日本国内に居住関係を有する者に
限られるものと解すべきである。その意味で、同法三条の現在地は、特定の都道府
県に居住地を有しない者の存在することを考慮してとくに規定されたもので、広く
日本国内という観点からすれば、居住関係を有していることが前提となつているも
のである。
(七) 被控訴人は、不法入国者として退去強制を予定されている者である。しか
も、不法入国後、何らかの期間日本国内に在留したというのではなく、陸上に足跡
を印する前にすでに逮捕されているのである。
従つて、被控訴人のその後の日本国内における滞在は、不法入国による受刑と退去
強制の手続のみを目的とするものであり、居住関係を設定させないことを目的とす
る手続のための滞在である。
かかる滞在をもつて、原爆二法の適用の要件たる居住関係があると言えないことは
明らかである。
(八) なお、被控訴人の主張事実中、二(A)(四)の訴外Hに関する部分の事
実関係は認める。
第二 被控訴人の主張
一 事実関係の主張
被控人が広島で被爆した事実は、原審で取調べられた証拠上明白であり、疑いの余
地はない。
(一) 原審証人Bは、昭和二〇年八月二八日除隊帰宅後、被控訴人と同じ隣組に
属し、隣組長をしていた父Cに代つてその世話をした関係上、被控訴人にも度々会
つており、甲第二号証は、同証人がCの供述を代筆したもので、被控訴人一家の引
揚時期を除けば被控訴人の供述と符号する。
(二) 甲第一一号証の二は、被控訴人の妹Dが、昭和一八年四月一日以降昭和二
〇年三月二六日までの間、広島市立G小学校に在学した事実を示しており、被控訴
人が被爆した事実を推認させる有力な証拠である。
(三) 控訴人は、被控訴人が原審で昭和二〇年三月大阪空襲により家を焼かれた
と述べたことを根拠に被爆事実を争つているが、すでに三〇年以前の記憶に混乱が
あり、前示E証言と対比して記憶違いであることは明らかで、事実認定の資料とな
りえない。
(四) また、控訴人は広島原爆戦災誌を提出し、これと被控訴人の洪述する被爆
場所ないし帰宅径路等と対比して、被爆事実を争うけれども、戦災誌の如きものの
記載は、被災状況の概括的記述としては兎も角、個別的事実の正確性の資料として
は必ずしも適切でなく、甲第一〇号証にも明らかなとおり、被控訴人は帰宅の正確
の道順は記憶しないというのであつて、不自然なことではない。
(五) 被控訴人の被爆事実は明瞭であるのに、控訴人が本訴においてこれを争う
のは、被控訴人に対し一般に被爆者手帳を交付する際の基準以上の立証を要求する
ものであり、昭和三二年五月一四日厚生省発衛二六七号厚生次官通知の趣旨に反す
るものである。
二 法律上の主張
(A) 原爆医療法の法的性格
(一) 控訴人は、同法は「疾病等困窮の原因に対する公の負担による経済保障制
度」として、いわゆる社会保障法の一部をなす旨主張する。なるほど、同法の給付
は疾病にかかるものではあるけれども、疾病一般ではなく、原爆被爆者に限定され
た疾病が給付の対象とされるのである。控訴人の主張する一般の社会保障法は、困
窮の原因一般に対する経済的保障を与えるものであるが、疾病等の更にその原因を
特定して区別するものではなく、この原因如何によつて区別しないことがいわゆる
社会保障法の本質的特徴をなすものである。その意味で、原爆医療法を社会保障法
と解することはできない。
(二) 原爆による被害は、戦争という明白な国家の行為によつてもたらされたも
のであり、被控訴人の疾病も、日本国家の戦争遂行行為によつて生じたものであ
る。国家の行為によつて生じた国民の損害については、公務員の故意過失を論ぜ
ず、その結果のみに着目して救済する法律が国家補償法であるが、原爆医療法はこ
の種の国家補償法である(今村成和、国家補償法一三一頁、下山瑛二・国家補償法
四三四頁、東京地方裁判所昭和三八年一二月七日判決参照)。控訴人は、原爆特別
措置法において、一定額以上の所得税負担能力ある者に対して支給を制限する旨の
規定があることを根拠に、原爆医療法が国家補法であることを否定するが、被控訴
人が問題とするのは原爆医療法であり、原爆特別措置法ではない。更に、支給に関
する一定の制限規定を設けることは、例えば戦争災害補償法に属する引揚者給付金
等支給法にもみられるように、一定範囲内における立法政策の問題であつて、かか
ることがあるからといつて当該法律の性格が変ることはない。
(三) 原爆医療法の立法趣旨は、その沿革に徴しても明らかである。すなわち、
右法律が法律案として提案される前年の昭和三一年一二月一二日の衆議院本会議
は、全会一致で、「原爆障害者の治療に関する決議」をし、「人道上の見地」から
被爆者の現状は「憂慮に耐えない」として、「すみやかに必要な健康管理と医療に
ついて適切な措置を講じ、障害者の治療に遺憾なきを期せられたい」とした。この
ことは、同決議案の趣旨説明に更に明瞭であり、ここには控訴人の主張する如き
「地域社会の福祉」或いは「社会全体の福祉」という如き観念はみられない。
(四) 訴外Hは、ソウルに居住する朝鮮人被爆者であり、日本の医師の招きで治
療目的のために昭和四九年六月一八日来日し、同年七月二二日東京都知事に被爆者
健康手帳の交付申請をしたところ、厚生省は手帳の交付を認め、七月二五日都知事
から交付がなされた。同人は治療を続けて、同年八月一七日帰国した。同人は妻子
と共にソウルに居住し、ケロイド治療の目的で入国したので、もとより日本に居住
する意思はない。手帳交付を受けたのは、日本医師の下で一ケ月の入院治療を受け
ていた時点である。従つて、同人に控訴人主張の如き居住関係があるとは到底いえ
ない。手帳交付は社会連帯に由来し、窮極的には租税負担につながる居住関係が必
要であるとする控訴人の主張は、厚生省当局自身の否定するところである。
(五) 控訴人はまた、いわゆる社会保障法の被保障者の範囲に一定の限界がある
ことを前提に、一般の社会保障法では外国に居住する外国人は被保障者に含まれな
いというのである。そして、そう解しなければ被保障者の範囲が無限に拡大されて
実質的に不当であるというのである。然し、一般の社会保障法が、不特定多数の疾
病者、身体障害者を対象とするのに、原爆医療法は「被爆」という給付原因を特定
し、「被爆者」という特定集団のみを対象としている点で、他の社会保障法と全く
性格の異る法律であること前述のとおりであり、対象者が拡大されるということは
ない。また、控訴人は、原爆医療法の給付が長期的観点から行われるのを根拠に、
居住関係の必要性を主張するか、短期間の滞在でも効果的給付を受けうることは原
審証人河村虎太郎の証言に明らかであり、前述Hの例が示す如く、二三日間の滞在
でも効果があつたのである。被控訴人の日本滞在は四年以上に及んでおり、手帳交
付を拒否する理由はない。
(B) 仮定的主張
仮に、外国人が原爆医療法の適用を受ける場合に、日本に居住関係を有することが
必要であるとしても、被控訴人の滞在はその要件を充すものである。控訴人の主張
する「居住関係」の実質的内容は不明確であるが、原爆医療法の立証趣旨に即して
考えれば、同法の給付を受けることがきる状態をいうものと解される。被控訴人の
在留期間が同法の定める給付を受けるに十分であることは明らかであり、福岡東病
院、広島日赤病院で相当期間治療を受けたことからすれば、その滞在状態も右給付
を受け得るものであつたことも明白である。現在、被控訴人は退去強制令書の執行
を受け、大村収容所に収容されてはいるが、若し被爆者手帳の交付を受けていれ
ば、仮放免等の措置を得て健康診断、治療等の給付を受けることも可能であり、現
在も給付を受け得る状態にあるから、控訴人の主張する居住関係を有するものとい
うべきである。
第三 当審における証拠(省略)
○ 理由
当裁判所も被控訴人の本訴請求を認容した原判決の判断を相当と認める。そして、
その理由は、大綱において原判決理由説示と同一であるからこれをここに引用す
る。以下、当審で争点とされた事項及び本訴請求の問題点と考えられる事項につい
て、当裁判所の見解を示すこととする。
一 被控訴人の被爆事実の存否について。
(一) 控訴人は、被控訴人が原審で昭和二〇年三月、大阪空襲で罹災したと供述
していること、被爆後、一般の避難者の群とは逆に、爆心地の方向に向つて徒歩で
帰宅し、その間、火災を見なかつたというのは不自然であること等を主たる理由に
被控訴人の被爆事実を争うのである。たしかに、被控訴人一家が昭和二〇年三月の
大阪空襲で罹災したのが事実なら、同年八月六日、広島で被爆したというために
は、大阪罹災後、一家は再度大阪から広島に移転していなければならぬ筈であり、
このことを認めるに足りる証拠は存しない。また、被控訴人が広島市<以下略>の
専売局敷地内の倉庫で被爆し、電車の線路添いに爆心地付近を通つて<地名略>の
自宅まで徒歩で帰宅し、その間火災を見なかつたというのは不自然であること等を
主たる理由に、被控訴人の被爆事実を争うのである。
たしかに、被控訴人一家が昭和二〇年三月の大阪空襲で罹災したのが事実なら、同
年八月六日、広島で被爆したというためには、大阪罹災後、一家は再度大阪から広
島に移転していなければならぬ筈であり、このことを認めるに足りる証拠は存しな
い。また、被控訴人が広島市<以下略>の専売局敷地内の倉庫で被爆し、電車の線
路添いに爆心地付近を通つて<地名略>の自宅まで徒歩で帰宅し、その間火災を見
なかつたというのも、乙第四三ないし五九号証によつて窺われる被爆後の同市内の
状況に照して、不自然な感があることは否定できない。これらの点は何れも控訴代
理人の指摘するとおりである。その他、被控訴人の受傷の部位(原審の供述によれ
ば、左足、右手首、首左側、背中左とあり、甲第一〇号証では右手首、左首後部、
右腕上膊、右大腿部とあるのに、甲第一号証の被爆者健康手帳申請書には右脚、左
腕、左手首の傷と記載されている)、乙第三二、三八、三九号証にみられる妹Dの
供述と被控訴人のそれとのくい違い等、疑問の余地が全くない訳ではない。然し、
原審が被控訴人の被爆事実を認定した証拠に、当審証人Iの証言により成立の認め
られる甲第三号証を総合すれば、原審認定のとおり、被控訴人の被爆事実を認める
ことができるのであり、とくに甲第一一号証の二によれば、被控訴人の妹Dは、広
島市立G小学校に昭和一八年四月一日入学し、昭和二〇年三月二六日卒業して、そ
の後三菱機械工員として就業したものであり、当時、被控訴人一家は広島市<以下
略>に居住していたことが明認できるのであつて、右書証は、被控訴人の被爆事実
を推認させる有力な証拠である。また、甲第二、三号証によれば、Jは昭和二〇年
八月六日の被爆当日に、Cはその翌日に、それぞれれ被控訴人の自宅で被控訴人に
会つているというのであるから、前示被控訴人が大阪空襲で罹災したというのは、
何かの記憶の混乱による思い違いによるものというほかはなく、その他、控訴代理
人が疑問点として指摘する点も、未だ被控訴人被爆の事実を動かすに足りるもので
はない。
二 外国人被爆者に原爆医療法を運用するにつき居住関係は必要か。
控訴代理人は、原爆二法は社会保障法としての本質を有し、社会保障法は当該社会
の構成員の福祉の増進をはかることを目的とする立法であるから、その適用は、日
本社会の構成員として、わが国に居住関係を有する原子爆弾の被爆者に限られ、日
本国内に現存するが、居住関係を有しない外国人には適用されない旨主張し、被控
訴代理人は原爆二法、とくに原爆医療法は、被爆という原因に基づく疾病に対する
医療等の給付をなすものであるから、性質上、その適用には控訴代理人の主張する
如き居住関係を必要とせず、明文上もこれを規定したものはないと主張し、この点
が本件訴訟における最大の争点である。これに対する当裁判所の見解は次のとおり
である。
(一) 原爆二法、とくに原爆特別措置法が社会保障法としての一面を有すること
は否定できない。成立に争いない乙第一号証によれば、原爆特別措置法の提案され
た第五八国会衆議院社会労働委員会における担当大臣の説明によれば、「本法律案
は軍人軍属に対する施策と異つて、現存している被爆者が今なおおかれている特別
の事情にかんがみ、社会保障の一環としてお願いした」とあり、政府委員の説明
も、被爆者に対しては「生活援護より福祉対策で処理したい。被爆により健康が損
われ、貧困に陥ることに対する間接的な福祉対策が本措置法である。」とし、同法
九条の介護手当の支給に要する費用の十分の八を国が負担する点(同法一〇条)に
つき「介護手当は、負担率の十分の八が国費で、残りが地方負担である。そもそも
の発想が、地域社会の福祉という趣旨からで、地方公共団体の自主的な仕事の中に
一部なじむ性格があるという判断で、地方の一部負担を設けた。」と説明し、第六
一国会衆議院社会労働委員会における政府委員会の説明でも、「法の建前が地域社
会の福祉の維持と増進を目的とする社会保障立法であるから、居住が前提要件であ
り、この点から言えば属人主義でなく属地主義である。
従つて、一時的に日本を訪れた外国人には適用にならない」とあり(乙第二号
証)、以上の点からすれば、立案者が同法を社会保障法として性格づけていたこと
は明らかである。そして、原爆医療法は、その第一条の立法目的にも明らかなよう
に、被爆者の健康管理面、医療面に限つての給付を全額国庫の負担で行うことによ
り、被爆者の健康の保持及び向上を目的としているが、原爆特別措置法はこれを特
別手当等の給付にまで拡大強化し、生活面の施策を講じて、その福祉を図つたもの
で、両者相まつて被爆者の福祉の向上を目的としていることは明らかであり、両者
がその性格を異にするものとは認められない。それ故、原爆二法が純然たる社会保
障法であるとすれば、控訴人の主張する如く、その適用には居住関係の存在が必要
であるとする所論は十分に首肯しうる見解であるといわなければならない。
然し、この点については、原子爆弾による被爆は、戦争という全く個人の責任に帰
することのできない国家の行為によつて生じたものであり、しかも、その被爆者
は、原爆特有の放射能、熱線、爆風等の傷害作用により、一般戦災者の場合と比較
して、肉体的にも精神的にも社会生活の面でも、より一層悲惨かつ不安定の状態に
おかれた点に顕著な特異性があり、原爆二法は、かかる意味での戦争犠牲者の救済
を目的としたものと考えられる一面があるので、これを純然たる社会保障法として
性格づけてしまうことにはなお問題が残るものといわなければならない。
現に、同国会における斉藤国務大臣の答弁中にも、「原爆被害は国家補償と社会保
障の中間にあるようなものではないか。昨年の特別措置法は社会保障又は福祉政策
として立案されたが、各党派の意見をきいて社会保障にすべきではなく、国家補償
にすべきだとなれば、それに従いたい。」とある(乙第二号証)のは這般の消息を
示すものであろう。それ故、原爆二法、とりわけ原爆医療法の法的性格は、更にそ
の立法の沿革、立法目的等に立入つて検討しなければならない。
(二) 昭和三一年一二月二日の衆議院本会議は、自民党、日本社会党の共同提案
にかかる「原爆障害者の治療に関する決議案」を全会一致で採択したが、その内容
は、「原爆は、わが国医学史にかつて経験せざる特異な障害を残し、十年後の今
日、なお多数の要治療者をかぞえるほか、これによる死者も相継ぎ、障害者は極め
て不安な生活を送つており、人道上の見地から考えてもまことに憂慮にたえな
い・・・・。よつて、すみやかにこれらに対する必要な健康管理と医療につき適切
な措置を講じ、もつて障害者の治療について遺憾なきを期せられたい。」というの
であり、原爆医療法が右決議を受けて立案されたことは明らかである。そして、同
法案の提案理由として、第二六国会の衆議院社会労働委員会における厚生大臣の説
明によれば「原子爆弾の被害者は、十余年を経過した今日、なお多数の要治療者を
数えるほか、一見健康とみえる人においても突然発病し死亡する等、これらの被爆
者の健康状態は今日においても、なお医師の綿密な観察指導を必要とする現状であ
り、これが当時予測もできなかつた原子爆弾に基くものであることを考えるとき、
国としてもこれらの被爆者対し適切な健康診断及び指導を行い、また、不幸発病さ
れた方に対しては、国において医療を行い、その健康の保持向上をはかることが緊
急必要事である。」というのであつて、これらの点からすれば、原爆被爆者のおか
れた特殊事情、とりわけその危険不安な健康状態に対し、人道上の見地から医学的
解明を行い、必要な健康管理と医療等の措置を講ずるのが国の責務であることを明
らかにしたものということができ、一般市民の戦争犠牲者の中から、とくに原爆被
爆者のみを対象としてかかる立法をしたということ自体の裡に、同法が通常の社会
保障立法と異る特異性を有することを看取できるのである。なお、その後、第四六
国会の衆参両院本会議において「原子爆弾被爆者援護強化に関する決議」が採択さ
れたほか、第五一、第五五国会における戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部改正
の際の衆参両院の社会労働委員会の附帯決議では被爆地で防空等の業務に従事中に
障害をこうむつた者に対する具体的な援護措置の要請がなされたりして、原爆特別
措置法の制定に至るのである。そして、以上の点を考慮してか、被控訴代理人の主
張する如く、原爆医療法を国家補償法の中に数える学説及び裁判例も存在するので
ある。
原判決は、原爆医療法が外国人被爆者に対して適用されたことを一つの根拠とし
て、「他のいわゆる社会保障法とも類を異にする特異の立法」としているのである
が、その判文の趣旨とするところを全体にわたつて検討すれば、ただに外国人にも
適用があることのみを理由として同法の特異性を認定しているのではなく、同法一
条の立法目的にみられる被爆者の健康保持及び向上の必要性を根拠に立論している
のであつて、結論的に右に述べたところと異るものではない。そうであるとすれ
ば、原爆医療法は一面社会保障法の性格をもちなからも、他面、被爆者に対する国
家補償法的性格をも併有する一種特別の立法というべく、この点、同法を純然たる
社会保障法として性格つける控訴人の所論は採用しがたい。そして、原爆医療法の
法文中に、同法の適用を日本社会に居住関係を有する構成員にかぎる趣旨の規定が
ないことは原判決の判示するとおりであるから、控訴人のこの点の主張は結局にお
いてその理由がない。
(三) 行政の実際についてみるに、訴外Hはソウルに居住する朝鮮人被爆者であ
り、日本人医師の招きで治療目的のために昭和四九年六月一八日来日し、同年七月
二二日東京都知事に被爆者健康手帳の交付申請をしたところ、厚生省は手帳の交付
を認めて七月二五日都知事から手帳交付がなされた。同人は治療を続けて同年八月
一七日帰国した。以上の事実は当事者間に争いがない。そして、成立に争いない乙
第六〇号証によれば、厚生省は、外国人被爆者に対する従前の手帳交付の基準を改
め、治療目的で入国した者で、滞在が一月以上に及ぶ者には被爆者健康手帳を交付
するとの方針を定めたかの如く窺われ、前示Hの事案は、かかる新基準に即して行
われたものと認められる(なお、乙第二号証によれば、従前の入国許可の実務は、
在外外国人被爆者には原爆医療法の適用がないことを前提に、入国許可はしていな
いが、自費治療の場合は個々的に検討するというにあつたものの如くである)。然
し、前示Hは専ら治療目的のために入国し、手帳交付を受けて以後二三日間在留し
て帰国したのであるから、同人が控訴代理人の主張する如き「日本社会の構成員と
して居住関係を有する者」にあたるとは認めがたいというべきであり、行政の実務
が、今なお控訴代理人の主張に即して運用されているかどうか疑わしいとしなけれ
ばならない。
(四) 当裁判所は以上のとおり判断するのであるが、仮に、控訴人主張の如き居
住関係の存在が被爆者健康手帳交付の要件であるとしても、本件における以下の事
実関係からすれば、原判決の結論は支持さるべきものと考える。
すなわち、成立に争いない甲第一、八、乙第一五、一七、二六ないし二八号証によ
れば、被控訴人は昭和四五年一二月三日、佐賀県鎮西町<以下略>に不法入国して
逮捕され、昭和四六年一月一六日福岡入国管理事務所主任審査官から外国人退去強
制令書の発付を受け、同月三〇日佐賀地方裁判所唐津支部で懲役一〇月の判決を受
け、福岡高等裁判所に控訴したが、同年六月七日控訴棄却となり、同月二五日福岡
刑務所に収監された。その後、同年八月一二日肺結核のため刑の執行停止となつて
福岡東病院に入院し、同年九月三日同病院で前記退去強制令書の執行を受け、即日
仮放免許可となつた。そして、同病院に入院中の同年一〇月五日、控訴人に対して
本件被爆者健康手帳の交付申請をなし、昭和四七年七月一四日申請却下となつた。
本訴は、被控訴人がこの却下処分の違法性を主張して同年一〇月二日提起したもの
である。その後、被控訴人は昭和四八年一月二六日広島日赤病院に転入院し、二月
九日生活保護決定を受け、五月二日同病院を退院して広島刑務所で残刑を服役し、
八月二四日刑の執行を終了、翌二五日大村収容所に収容されて現在に到つているこ
とが認められる。以上の事実からも明らかなとおり、被控訴人の本件手帳交付申請
と控訴人による却下処分とは、何れも被控訴人が仮放免の許可を受けて福岡東病院
に入院中になされたものである。そして、被控訴人の場合の仮放免の許可は、もと
より病気による刑の執行停止を受けたことによるものではあるけれども、兎も角、
その間は、仮に放免されて本邦内に居住することが承認された状態にあつたのであ
るから、原爆医療法の適用上は正規の居住関係に準じた関係にあるものと解するを
相当とする。そうであるとすれば、控訴人は被控訴人の前示の如き法的状態に着目
して、被控訴人の本件申請を許容すべきであつたにも拘らず、これを却下したのは
違法たるを免れないというべきである。そして、行政処分における違法性判断の基
準時は、当該処分時であると解すべきであるから、控訴人のなした本件却下処分は
この点からも取消さるべきものと考えられる。
四 以上のとおりであるとすれば、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないか
らこれを棄却することとし、民訴法三八四条、八九条、九五条を適用して主文のと
おり判決する。
(裁判官 亀川 清 美山和義 安部 剛)

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