弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     本件を那覇地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人水野幹男、同竹内浩史、同佐久間信司、同田原裕之、同中谷雄二、同
松本篤周、同市川博久、同松葉謙三、同大森康子、同片岡義貴、同釜井英法、同川
人博、同岡村親宜、同上柳敏郎、同玉木一成、同大森秀昭、同安部井上、同高畑拓
の上告理由第一点について
 一 上告人は、昭和五一年八月二六日に業務上被った負傷について、被上告人に
対し、昭和六二年六月一日以降の期間に係る療養補償給付及び休業補償給付の請求
をしたところ、被上告人から平成二年七月五日付けで給付をしない旨の決定(以下
「本件処分」という。)を受け、これを不服として、同月一六日、沖縄労働者災害
補償保険審査官に審査請求をしたが、その決定がされない間の平成三年一月二五
日、本件処分の取消しを求める本件訴えを提起したものである。
 本件処分のような保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険
審査官に対して審査請求をし、その決定に不服のある者は、労働保険審査会に対し
て再審査請求をすることができるものとされ(労働者災害補償保険法三五条一
項)、また、保険給付に関する決定の取消しの訴えは、再審査請求に対する労働保
険審査会の裁決を経た後でなければ提起することができないものとされている(同
法三七条)。すなわち、保険給付に関する決定に対する不服については、二段階の
審査請求手続が定められるとともに、処分の取消しの訴えと審査請求との関係につ
いて行政事件訴訟法(以下「法」という。)の採る自由選択主義の原則(法八条一
項本文)の例外である裁決前置主義(同項ただし書)、それも再審査請求に対する
裁決の前置主義が採られているのである。しかし、法は、裁決前置主義が採られて
いる場合であっても、その例外の一つとして、「審査請求があった日から三箇月を
経過しても裁決がないとき」は、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起する
ことができるものとしている(同条二項一号)(なお、法に「審査請求」というの
は、法三条三項により、審査請求、異議申立てその他の不服申立てをいうものとさ
れている。)。本件においては、本件訴えが法八条二項一号の要件を満たしている
かどうかが、本案前の争点となっている。
 原審は、労働者災害補償保険法が二段階の審査請求手続を定めた趣旨によれば、
本件処分の取消しの訴えについては、法八条二項一号の「審査請求」は労働保険審
査会に対する再審査請求を指すものと解すべきであるから、本件は同号の規定する
場合に当たらず、本件訴えは不適法であるとして、これと同一の理由により本件訴
えを却下した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。
 二 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 1 法八条二項一号は、裁決前置主義が採られている場合であっても、裁決庁の
裁決が遅延することによって国民の司法救済が遅れるという事態を回避するため
に、裁決前置主義を緩和すべき一場合を定めるものである。行政処分について、二
段階の審査請求手続が定められ、かつ、第二段階の審査請求に対する裁決の前置主
義が採られている場合に、仮に法八条二頃一号の「審査請求」が第二段階の審査請
求だけを指すものであるとすれば、第一段階の審査請求に対する裁決が遅延すると
きには、行政処分の取消しを求める者は、同号の適用によって司法救済を受けるこ
とができず、第一段階の審査請求に対する裁決について不作為の違法確認の訴えを
経なければ、処分の取消しの訴えを適法に提起し得ないこととなる。このような事
態は、国民の司法救済の道を不当に閉ざすものであるといわなければならない。右
の場合には、法律に特段の定めがない限り(国税通則法一一五条一項一号、七五条
五項参照)、法八条二項一号の「審査請求」は、第一段階の審査請求と第二段階の
審査請求のいずれをも指し、そのいずれに対する裁決が遅延するときにも、同号が
適用され、裁決前置主義が緩和されるものと解すべきである。
 2 労働者災害補償保険法は、前記のとおり、保険給付に関する決定に対する不
服について、二段階の審査請求手続を定め、かつ、取消しの訴えにつき第二段階の
審査請求に対する裁決の前置を定めている。その趣旨は、多数に上る保険給付に関
する決定に対する不服事案を迅速かつ公正に処理すべき要請にこたえるため、専門
的知識を有する特別の審査機関を設けた上、裁判所の判断を求める前に、簡易迅速
な処理を図る第一段階の審査請求と慎重な審査を行い併せて行政庁の判断の統一を
図る第二段階の再審査請求とを必ず経由させることによって、行政と司法の機能の
調和を保ちながら、保険給付に関する国民の権利救済を実効性のあるものとしよう
とするところにあると解せられるから、再審査請求に対する裁決を経ないで取消し
の訴えが提起されることは、本来同法の所期するところではないといえる。
 しかし、そうであるからといって、これらの定めから、保険給付に関する決定に
ついて、法八条二項一号の「審査請求」を第二段階の審査請求に限定するとの趣旨
を読み取ることはできないのみならず、労働者災害補償保険法は、審査請求に対す
る決定が遅延した場合に決定を経ないで再審査請求をすることを許容するなど、そ
の遅延に対する救済措置の定めを置いていないのであって、それにもかかわらず、
第一段階の審査請求についての法八条二項一号の不適用を定めたものと解するなら
ば、国民の司法救済の道を不当に閉ざす結果を招くことは明らかであるから、その
ような解釈は採り得ないといわなければならない。
 3 したがって、保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険
審査官に対して審査請求をした日から三箇月を経過しても決定(法八条二項一号の
「裁決」に当たる。)がないときは、審査請求に対する決定及び再審査請求の手続
を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができるものというべきである。
 三 そうすると、原判決には法八条二項一号の解釈適用を誤った違法があり、右
違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の
論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件訴えを
却下した第一審判決を取り消して、本件を第一審に差し戻すべきである。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条
に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    三   好       達
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    高   橋   久   子
            裁判官    遠   藤   光   男

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