弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原審判を取消す。
     熊本縣天草郡富津村役場備付に係る本籍同村大字ab番地Aの除籍中長
男Bに関する事項の記載を消除し且つ同所同番地Bの戸籍全部を消除して右Aの戸
籍を回復することを許可する。
         理    由
 本件抗告理由は、申立人は大正十五年十一月八日に北米合衆国で出生したもので
あるが当時法定の期間内に出生の届出に添えて国籍法第二十条の二第一項の国籍留
保の届出をしてなかつたので当然日本の国籍を喪失したにもかかわらず申立人の父
が昭和七年四月十一日に北米合衆国から申立人の出生届を富津村長宛に郵送提出し
たため誤つて受理されこれによつてなされた記載につき訂正を求めたところ、原審
は申立人は昭和十四年八月二十四日にAの死亡によつて家督相続人となつており申
立人の日本国籍の存否はその身分関係上重大な実質的効果を生ずるものであるから
訴訟手続によつて確定判決を以てその戸籍訂正を求めるは格別戸籍法第百十三条第
百十四条に該当するものとして訂正の許可を求めるについてはその理由がないもの
と認める趣旨で却下の審判をなされたものであるが
 第一、 抗告人の父Aが抗告人を北米合衆国の国籍を取得さすべく日本領事館に
出生届を提出すべきを誤つて富津村長へ直接途付したことが根木的に誤りを来した
もので当時外国で出生した者は国籍の有無にかかわらず必ず領事館を経由すべきこ
とは法規上明記されていたので、これを経由せず直送されたのを受理されたことは
根本的に無効である。
 第二、 勅令指定国出生者が出生により日本国籍を保有するか否かは国籍法施行
規則第二条第一項の期間内に又は第二項により届出をなすことを得るに至つた時か
ら所定期間内に出生の届出に添えて国籍留保の届出をしたか否かにより決定せらる
べきもので、すなわち国籍留保の届出がその出生届と同時になされた場合のみに限
り初めて戸籍の記載をなすべきものである。然るに本件については国籍留保の届出
なく単に出生届のみ送付されたので当時村長としてはかかる国籍留保の届出なきも
のは受理ができないにもかかわらず誤つてこれを受理して戸籍に記載したものであ
ることは一件記録上明らかであつて右戸籍記載は明らかに無効である。すなわちそ
の戸籍記載は日本国籍を保有する者としての国籍の実体と合致しないことは明確で
ある。かかる事実の明確な存否につき今更身分関係上重大な実質的効果を生ずると
の原審の解釈は明らかに法の見解を誤つたものである。
 第三、 昭和十四年八月二十四日に申立人が家督相続をしたことにより一見抗告
人において国籍留保屈を是認したかのように見られるが当時抗告人は未成年であり
抗告人の不知の間に何人かにより届出でられたもので抗告人は右事実は知らない。
 以上の理由により抗告人の戸籍訂正許可の申立を却下した原審判を取消し抗告人
の申立通りの裁判を求めるため本件抗告に及んだというのである。
 よつて案ずるに
 <要旨>国籍法第二十条の二第一項同法施行規則第二条第一項大正十一三年勅令第
二百六十二号国籍法第二十條の二第一項の規定により外国を指定するの件に
よれば、大正十三年十二月一日以後に北米合衆国において出生した日本人は戸籍法
所定の出生の届出期間内に出生届に添えて日本国籍留保の届出をしないときはその
出生の時に遡つて日本の国籍を失う旨規定せられており、換言すれば改正国籍法施
行後に北米合衆国で生れた者については所定期間内に国籍留保の届出がその出生届
出と同時になされた場合に限り初めて日本国籍保有者として戸籍の記載をなすべき
ものであつて、単なる出生届出のみによつて戸籍の記載をすることは法律上許され
ないものであることが明らかである。
 然るに本件についてこれを見ると、記録中のA屈出に係る抗告人の出生届謄本、
Aの除籍謄本、抗告人の戸籍謄本、富津村長C作成に係る証明書及び原審における
抗告人審問の結果を総合すれば抗告人は大正十五年十一月八日に北米合衆国ワシン
トン州c市d街e番において出生したものであるが父Aは当時法定の期間内に抗告
人の出生届及び国籍留保の届を関係日本領事館に対して提出することなく、昭和七
年四月十一日に本籍地である富津村長に対し単なる出生届のみを送付して抗告人の
出生の届出をしたのであるから同村長においては前段設示の理由により右届書の受
理を拒み戸籍に記載すべきものではなかつたのにかかわらず誤つてこれを受理しA
の戸籍に長男たる抗告人の前記出生に関する事項を記載したものであること、これ
がため抗告人はAの法定の推定家督相続人たる地位を取得したものとして昭和十四
年八月二十四日にAの死亡によりその家督相続をした旨母Dが抗告人の親権者とし
て届出でた結果Aの戸籍は抹消されて除籍となり抗告人の戸籍の編製を見るに至つ
たことを認めることができる。
 然しながら右抗告人の出生に関する戸籍の記載は冒頭設示の理由により法律上許
されないものであるから無効である。従つて有戸籍の記載に基き抗告人はAの家督
相続人たる地位を取得するいわれはないから前記の家督相続の届出も無効であり、
これに基くAの戸籍の抹消並びに抗告人の戸籍の編製も亦無効であるといわなけれ
ばならない。されば抗告人は戸籍法第百十三条第百十五条により家庭裁判所の許可
を得て戸籍の訂正を申請することができるのであるからその許可を求める本件申立
はこれを認容すべきである。
 原審は、抗告人は既に家督相続をしている者でありその日本国籍の存否は身分関
係上重大な効果を生ずるものであるから確定判決をもつて戸籍の訂正を求めるべき
場合に当るとの見解を示しているが、日本国憲法の施行に伴う民法応急措置法施行
前であれば本件の如き戸籍訂正は戸主の地位の変動を招来するものでおるから正に
身分関係上重大な効果を伴うものであるけれども同法施行後は家及び戸主がなくな
つたのであるから右の配慮は不必要でありその他に身分関係上重大な影響があると
は思われない。本件が日本国籍の存否を前提とする点で一見重要なるが如く見える
けれども、とのことは出生届の受理を決する際に既に戸籍吏の調査すべき事項であ
つて、本件は戸籍吏がその調査を誤り受理すべからざるものを誤つて受理したに過
ぎないものであるから戸籍法第百十三条の場合に該当するものと解するを相当とす
る。
 よつて原審がこれを排斥したのは不当であつて本件抗告は理由があるから家事審
判法第七条非訟事件乎続法第二十五条民事訴訟法第四百十四条第三百八十六条を適
用して主文の通り決定する。
 (裁判長判事 小野謙次郎 判事 桑原國朝 判事 森田直記)

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