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平成17年(行ケ)第10462号審決取消請求事件(平成18年4月18日口頭
弁論終結)
判決
原告太平洋セメント株式会社
代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士衡田直行
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人多喜鉄雄
同板橋一隆
同柳和子
同大場義則
同広野知子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003-357号事件について平成17年3月28日にした
審決を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年5月29日,発明の名称を「水硬性組成物」とする発明
について特許出願(特願2001-161282号,以下「本件出願」とい
う。)をしたが,平成14年12月5日に拒絶の査定を受けたので,平成15
年1月7日,拒絶査定不服の審判請求をした。特許庁は,同請求を不服200
3-357号事件として審理した結果,平成17年3月28日,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月12日,原告
に送達された。
2平成17年2月10日付けの手続補正書によって補正された明細書(以下
「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本
願発明」という。)の要旨
()ブレーン比表面積2,500~5,000cm/gのセメント粒子1012
0重量部と,
()BET比表面積5~25m/gの微粒子10~40重量部と,22
()ブレーン比表面積3,000~30,000cm/gで,かつ上記セメ32
ントよりも大きなブレーン比表面積を有する無機粒子20~55重量部と,
()85%重量累積粒径が2mm以下で,かつ75μm以下の粒子の含有量が4
1.5重量%以下である骨材と,
()有機繊維及び/又は炭素繊維と,5
()ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤と,6
()水と7
を含有する水硬性組成物であって,
上記骨材の配合量が,上記セメント粒子と上記微粒子と上記無機粒子の合計
量100重量部に対して,30~130重量部であり,
上記水の量が,上記セメント粒子と上記微粒子と上記無機粒子の合計量10
0重量部に対して12~25重量部であり,
「JISR5201(セメントの物理試験方法)11.フロー試験」に
記載される方法において15回の落下運動を行なわないで測定したフロー値が
240mm以上であることを特徴とする水硬性組成物
3審決の理由
()審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明が,特開平3-1311
556号公報(甲6,以下「引用例1」という。),特開平11-1305
08号公報(甲7,以下「引用例2」という。),特開平2-102152
号公報(甲8,以下「引用例3」という。),特公昭59-18338号公
報(甲9,以下「引用例4」という。),酒井悦郎及び大門正機著「コンク
リート用化学混和剤の変遷」(甲10〔平成11年日本コンクリート工学協
会「コンクリート工学37巻6号」4頁~7頁〕,以下「引用例5」とい
う。),特公平6-17255号公報(甲11,以下「引用例6」とい
う。),JISA5308:1998「レディーミクストコンクリート」
(甲12,以下「引用例7」という。),JISA1103:1997
「骨材の微粒分量試験方法」(甲13,以下「引用例8」という。),特開
平11-35359号公報(甲14,以下「引用例9」という。),特開2
001-58863号公報(甲15,以下「引用例10」という。),特表
平9-500352号公報(甲16,以下「引用例11」という。)に記載
された各発明(以下,順に「引用発明1」~「引用発明11」という。)及
び周知・慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと
認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができな
いとした。
()審決が本願発明と引用発明1とを対比して認定した一致点及び相違点は,2
それぞれ次のとおりである(審決謄本11頁最終段落~12頁第2段落)。
(一致点)
「(1)ブレーン比表面積2,500~5,000cm/gのセメント粒子2
100重量部と,(2)BET比表面積5~25m/gの微粒子10~402
重量部と,(3)ブレーン比表面積3,000~30,000cm/gで,2
かつ上記セメント粒子よりも大きなブレーン比表面積を有する無機粒子20
~55重量部と,(4)骨材と,(6)減水剤と,(7)水とを含有する水硬性組
成物であって,上記水の量が,上記セメント粒子と上記微粒子と上記無機粒
子の合計量100重量部に対して12~25重量部である,水硬性組成物」
である点
(相違点)
「【相違点1】該水硬性組成物が,本願発明では『有機繊維及び/又は炭素
繊維』を含有するのに対して,引用例1の発明ではそのことが示されない点
【相違点2】該減水剤が,本願発明では,『ポリカルボン酸系の高性能減水
剤又は高性能AE減水剤』であるのに対して,引用例1の発明ではそのこと
が示されない点
【相違点3】該骨材が,本願発明では,『85%重量累積粒径が2mm以下
で,かつ75μm以下の粒子の含有量が1.5重量%以下である』というの
に対して,引用例1の発明ではそのことが示されない点
【相違点4】該骨剤の配合量が,本件発明(注,「本願発明」の誤記と認め
る。)では,『上記セメント粒子と上記微粒子と上記無機粒子の合計量10
0重量部に対して,30~130重量部』であるのに対して,引用例1の発
明ではそのことが明示されない点
【相違点5】該水硬性組成物が,本願発明では,『「JISR5201
(セメントの物理試験方法)11.フロー試験」に記載される方法において
15回の落下運動を行なわないで測定したフロー値が240mm以上であ
る』とするのに対して,引用例1の発明ではそのことが示されない点」
()審決が本願発明と引用発明1の実施例4記載の具体的構成(以下「引用発3
明1b」という。)とを対比して認定した一致点及び相違点は,それぞれ次
のとおりである(審決謄本17頁最終段落~18頁第2段落)
(一致点)
「(1)ブレーン比表面積2,500~5,000cm/gのセメント粒子2
100重量部と,(2)微粒子10~40重量部と,(3)ブレーン比表面積3,
000~30,000cm/gで,かつ上記セメントよりも大きなブレー2
ン比表面積を有する無機粒子20~55重量部と,(4)骨材と,(6)減水剤
と,(7)水とを含有する水硬性組成物であって,上記水の量が,上記セメン
ト粒子と上記微粒子と上記無機粒子の合計量100重量部に対して12~2
5重量部である,水硬性組成物」である点
(相違点)
「【相違点イ】該水硬性組成物が,本願発明では『有機繊維及び/又は炭素
繊維』を含有するのに対して,引用例1の発明b(注,引用発明1b)では
そのことが示されない点
【相違点ロ】微粒子の表面積が,本願発明では,『BET比表面積5~25
m/g』で有るのに対し,引用例1の発明bでは,ブレーン法による比表2
面積が10000cm/gと示されるものの,BET法による比表面積の2
表示が明示されない点
【相違点ハ】該減水剤が,本願発明では,『ポリカルボン酸系の高性能減水
剤又は高性能AE減水剤』であるのに対して,引用例1の発明bではそのこ
とが示されない点
【相違点ニ】該骨材が,本願発明では,『85%重量累積粒径が2mm以下
で,かつ75μm以下の粒子の含有量が1.5重量%以下である』というの
に対して,引用例1の発明bではそのことが示されない点
【相違点ホ】該骨剤の配合量が,本件発明(注,「本願発明」の誤記と認め
る。)では,『上記セメント粒子と上記微粒子と上記無機粒子の合計量10
0重量部に対して,30~130重量部』であるのに対して,引用例1の発
明bではそのことが明示されない点
【相違点ヘ】該水硬性組成物が,本願発明では,『「JISR5201
(セメントの物理試験方法)11.フロー試験」に記載される方法において
15回の落下運動を行なわないで測定したフロー値が240mm以上であ
る』とするのに対して,引用例1の発明bではそのことが示されない点」
第3原告主張の審決取消事由
審決は,①本願発明と引用発明1との対比において,相違点2及び3につい
ての判断を誤り(取消事由1及び2),相違点5についての判断を誤るととも
に顕著な作用効果を看過し(取消事由3),②また,本願発明と引用発明1b
との対比において,相違点ハ,ニ,ヘについての判断を誤り(取消事由4),
その結果,本願発明が引用発明1~引用発明11及び周知・慣用技術に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導き出したもので,
違法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)
審決は,相違点2について,「引用例1の発明(注,引用発明1)において,
その減水剤として,より一層優れた性能を示すポリカルボン酸系の高性能減水
剤又は高性能AE減水剤を採択することは当然のことであり,そのことに,何
らの困難性も伴うものではない。」(審決謄本13頁第3段落)と判断するが,
誤りである。
本願発明は,セメント,微粒子,及び無機粒子の3成分と,ポリカルボン酸
系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組み合わせて用いることによって,
水量が小さくても大きなフロー値(優れた流動性)を得るものであるが,本件
出願当時,そのような優れた効果を奏することを,当業者において,引用例1
~11から予測できるようなものではなかった。したがって,引用発明1にポ
リカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組み合わせることにつ
いての動機付けがあるとはいえない。
2取消事由2(相違点3についての判断の誤り)
()相違点3に係る本願発明の「75μm以下の粒子の含有量が1.5重量%1
以下」の数値限定について
ア審決は,相違点3に係る本願発明の「75μm以下の粒子の含有量が1.
5重量%以下」の数値限定について,「セメントと混合される砂に関し,
その粒径が下限領域に属する微粒分については,引用例7(注,甲12)
・・・によれば『骨材の微粒分量試験方法で失われる量%:3.0以下』
とされ,かつ,その骨材の微粒分量試験方法で失われるものは,引用例8
(注,甲13)・・・によれば『骨材に含まれている粒子のうち,網ふる
い75μmを通過するもの』であるとされていることから,砂の微粒分は,
その粒径が75μm以下のものであって,その量を,砂の3%以下とすべ
きことが示されているといえる・・・から,本願出願前には『セメントと
混合される砂につき,その粒径が75μm以下の微粒分は,砂の3重量%
以下とする』ことが当業者の技術常識となっている」(審決謄本14頁下
から第2段落)と認定した。
イしかし,引用例7(甲12)の「3.砕石及び砕砂」には,「b)砕砂
舗装版及びコンクリートの表面がすりへり作用を受けるものについては,
骨材の微粒分量試験で失われる量の限度は5.0%とする。」と記載され
ており,75μm以下の粒子(骨材の微粒分)含有量が「5.0重量%以
下」の数値範囲に定められることもあるから,「セメントと混合される砂
に関し,その粒径が下限領域に属する微粒分については,引用例7(注,
甲12)の前記摘示(G-2)によれば『骨材の微粒分量試験方法で失わ
れる量%:3.0以下』とされ」(審決謄本14頁下から第2段落)ると
はいえず,したがって,「砂の微粒分は,その粒径が75μm以下のもの
であって,その量を,砂の3%以下とすべきことが示されているといえ
る」(同),「本願出願前には『セメントと混合される砂につき,その粒
径が75μm以下の微粒分は,砂の3重量%以下とする』ことが当業者の
技術常識となっているといえることになる」(同)との認定を導くことは
できない。
ウ甲19(平成17年6月14日付け原告従業員A作成の実験報告書,以
下「甲19実験報告書」という。)及び甲20(同日付け同人作成の実験
報告書,以下「甲20実験報告書」という。)において,水/結合材比が
小さい場合,すなわち,本願発明に該当する場合には,甲19実験報告書
の図A(第2頁)に示すように,砂の75μm以下の粒子の含有量が1.
5重量%を超えると,フロー値が急激に低下するのに対し,水/結合材比
が大きい場合,すなわち,本願発明に該当しない場合には,甲20実験報
告書の図B(第2頁)に示すように,砂の75μm以下の粒子の含有量を
0.3重量%から2.6重量%まで変化させても,フロー値があまり変化
しないことが示されている。
このように,本願発明において,75μm以下の粒子(骨材の微粒分)
の含有量を1.5重量%以下に定めることによって,当該微粒分の含有量
が2~3重量%である場合と比べて,顕著に大きなフロー値を奏すること
は,引用例1~11から当業者が予測することのできない優れた効果であ
って,数値限定の技術的意義を認めるべきである。
また,甲20実験報告書の図Bは,水/結合材比が30%の場合におけ
る,75μm以下の微粒分の含有量とフロー値の関係を示すグラフである
ところ,75μm以下の粒子の含有量を3重量%程度から1.5重量%以
下に減少させても,フロー値がほとんど変化していない。ちなみに,水/
結合材比が30%の場合とは,実際の土木・建築現場で用いられる高強度
コンクリートの水/結合材比の典型的な例である。このように,75μm
以下の粒子の含有量を減少させたからといって,フロー値(流動性)が増
大するとは限らないから,75μm以下の粒子の含有量をわざわざ2~3
重量%から1.5重量%以下に減少させるという動機付けが存在するとは
いえない。
エ被告は,甲19及び甲20各実験報告書の記載から,水セメント比のい
かんにかかわらず,水硬性組成物において,75μm以下の粒子(骨材の
微粒分)の含有量を3.0重量%以下に低減すれば,その低減度合いに応
じて,その水硬性組成物の流動性(フロー値)が高まることが分かるにす
ぎない旨主張する。
しかし,甲25(甲19実験報告書の追加実験報告書)によると,甲1
9実験報告書の実験における減水剤の配合量の条件を同じにすると,本願
発明のフロー値と本願発明でない場合のフロー値の差は,甲19実験報告
書の図Aに示すよりも更に拡大することが分かる。このことは,図A中の
グラフの傾きが更に大きく変化する,すなわち,75μm以下の粒子の含
有量が1.5重量%を超えるとフロー値が更に急激に低下することを意味
するものである。したがって,図Aに示す試験結果は,75μm以下の粒
子の含有率を1.5重量%以下に規定することによる本願発明のフロー値
の増大効果を裏付けるものということができる。
オ被告は,甲19実験報告書の図A及び甲20実験報告書の図Bによると,
水セメント比の相違によってフロー値の改善程度が異なり,水セメント比
が大きいと傾きが小さいといえるが,乙1(昭和63年7月30日丸善株
式会社発行,社団法人日本セラミック協会「セラミックス辞典」,以下
「乙1文献」という。)の水硬性組成物のコンシステンシーの記載を根拠
に,水硬性組成物の水セメント比が高いものは水セメント比が低いものに
比べて流動性が相対的に高いことからすると,当業者にとって自明のこと
として予測される範囲内のことである旨主張する。
しかし,乙1文献には,単位水量が大きいほど,コンシステンシー(柔
らかさの程度)が大きいという一般論が記載されているにすぎないのであ
って,被告の上記主張は論理の飛躍があり,失当である。
()相違点3に係る本願発明の「85%重量累積粒径が2mm以下で,かつ72
5μm以下の粒子の含有量が1.5重量%以下」の数値限定について
審決は,「セメントの物理試験において用いられる(セメントと混合され
る)砂として,『85%重量累積粒径が2mm以下で,かつ75μm以下の
粒子の含有量が1.5重量%以下』であるものは,例えば,日本工業規格の
・・・『100重量%が目開き2.00mmの網ふるいを通過し,かつ,1
±1重量%が目開き80μmの網ふるいを通過する標準砂』旨,及び,・・
・『粒度範囲が,2.0~0.08mmの標準砂』旨の記載からみて明らか
なように,当業者間における周知のものである」(審決謄本16頁第3段
落)などとした上,「引用例1の発明において,その砂に,当業者間におい
て周知の当該標準砂のグレードのものを採用して,本願発明のように骨材が
『85%重量累積粒径が2mm以下で,かつ75μm以下の粒子の含有量が
1.5重量%以下である』とすることは当業者が困難なく適宜なし得るもの
である。」(同第5段落)と判断したが,誤りである。
日本工業規格「セメントの物理試験方法」JISR5201-1997
(甲21,以下「甲21文献」という。)に用いられる標準砂は,セメント
の物性を評価するための試験用の砂であって,一般的な砂の粒度ではない。
実際の土木・建築工事用の砂としては,75μm以下の微粒分の含有量が2
~3重量%程度のものも多く用いられているのであり,このような実情の下
で,試験用の砂に要求される粒度をあえて採用するためには,その動機付け
が必要であるところ,甲21文献には,75μm以下の微粒分の含有量をゼ
ロとする理由が全く記載されていないから,このような試験用の砂を,本願
発明のような低水比のモルタルに適用されるべきものではない。
3取消事由3(相違点5についての判断の誤り及び顕著な作用効果の看過)
()審決は,相違点5について,「水硬性組成物の分野において,水を加えた1
水硬性組成物(セメント組成物)の流動性を示すフロー値を大きくすること
は,周知の課題に過ぎない・・・ものであり,したがって,引用例1の発明
において,減水剤成分及び骨材の粒度等を調整することにより,本願発明の
如く,『「JISR5201(セメントの物理試験方法)11.フロー
試験」に記載される方法において15回の落下運動を行なわないで測定した
フロー値が240mm以上である』とする程度のことは,当業者が当然なし
得ることに過ぎない。」(審決謄本16頁最終段落)と判断するが,誤りで
ある。
本願発明は,セメント,微粒子,及び無機粒子の3成分と,ポリカルボン
酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組み合わせて用いることによっ
て,特に,ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤の使用に
加えて,「75μm以下の粒子の含有量が1.5重量%以下」等の条件を満
たす骨材を用いることによって,「15回の落下運動を行なわないで測定し
たフロー値が240mm以上」(以下「0打ちフロー値」ということがあ
る。)に向上するという優れた効果,すなわち,水量が小さくても大きなフ
ロー値(優れた流動性)を得ることができるものである。引用例1に記載の
数値(15回の落下運動を行なって測定したフロー値が208mm以下の数
値,0打ちフロー値ではより低い値となる。)と比較すると,本願発明の値
(0打ちフロー値で240mm以上の数値)との差は,小さく見積もっても
32mm以上という大きなものである。
このような優れた効果を奏することは,ポリカルボン酸系の高性能減水剤
又は高性能AE減水剤の性能を考慮したとしても,本件出願当時,引用例1
~11から,当業者が容易に予測し得たものとはいえない。
被告は,「自己充填性」について,実際上,「自己充填性」はフロー値に
主として依存するものであって,このフロー値が高まるにつれその「自己充
填性」も高まるものであり,自己充填性の物性とフロー値の物性とは同義と
はいえないとしても,そのフレッシュコンクリートやモルタルのフロー値を
みれば,その自己充填性の程度が無理なく把握できるものであって,このよ
うに両物性は相互に関連している旨主張する。
しかし,一般的に,流動性(フロー値)が大きくなるほど,材料分離抵抗
性が低下するのであり,それゆえ,フロー値を大きくしていけば,必然的に
「自己充填性」が得られるとはいえない。「自己充填性」は,水硬性組成物
の打設の作業性の良否を,「自己充填性の有無」として判断するためのもの
であり,連続的な数値で表されるフロー値(単なる流動性の良否)とは異な
る評価基準を有するのである。
また,「自己充填性」の評価基準として「平坦性」があり,「自己充填確
認実験」を行うと,フロー値が高く流動性に優れた材料であっても,平坦性
の良否が分かれ,流動性が高くなると,材料分離を生じる可能性があるから,
「流動性が高まれば自ずと自己充填性に至るものであり」とする認識は適当
でない。なお,甲23(平成10年7月20日社団法人土木学会発行「高流
動コンクリート施工指針」,以下「甲23文献」という。)の「自己充てん
性」の定義によれば,「自己充填性」とは,打込み時に振動締固め作業を行
わなくても自重のみで型枠等の隅々まで均質に充てんすることを意味するか
ら,流動後のモルタルの上面が平坦になることを示すことは明らかである。
()審決は,「引用例1の発明において上記相違点1~5に係る特定事項を採2
用することにより,格別予想し難い効果を奏したものであるということはで
きない。」(審決謄本17頁第1段落),「請求人(注,原告)の主張する
自己充填性は流動性が高まれば自ずとその実現に至るものであるから,結果
的に,本願発明の水硬性組成物において自己充填性が得られたとしても,そ
れが,技術的にみて,従来技術に比べ質的に異なるとまでいえるものではな
い。」(同19頁下から第3段落)と判断するが,誤りである。
本願発明において,0打ちフロー値が240mm以上である場合に「自己
充填性」が得られることは,引用例1~11に記載されていない新たな知見
である。ここに「自己充填性」とは,水硬性組成物の打設の作業性の良否を,
「自己充填性の有無」として判断するためのものであり,連続的な数値で表
されるフロー値(単なる流動性の良否)とは異なる評価基準を有するもので
ある。
例えば,原告の平成17年2月10日付け意見書(甲18,以下「甲18
意見書」という。)添付の「自己充填性確認実験」において,0打ちフロー
値が248mmである場合には,無振動かつ無加圧の条件下で流動後に平坦
性を示す(自己充填性を有する)のに対し,0打ちフロー値が216mmで
ある場合には,自己充填性を得ることはできないことが記載されている。そ
うすると,0打ちフロー値として,248mmの数値と216mmの数値を
比較すると,両者ともに優れた流動性を示すものとされるが,自己充填性と
いう評価基準で評価すると,正反対の評価となり,良否が分かれることにな
るのである。
したがって,審決の上記判断は誤りであり,取り消されるべきである。
4取消事由4(本願発明と引用発明1bと相違点ハ,ニ,ヘについての判断の
誤り)
審決は,「相違点ハ~ヘに関する特定事項ついては,・・・相違点1~4で
説示したとおりであり,引用例1のその他の記載,引用例2~5,7~11の
記載及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到できるものである。」(審
決謄本19頁第3段落)と判断したが,相違点ハ,ニ,ヘについての判断は,
相違点2,3,5についての判断と同様であるところ,相違点2,3,5につ
いての判断が誤っていることは取消事由1ないし3に係る原告の主張において
述べたとおりであり,審決の上記判断は誤りであるから,取り消されるべきで
ある。
第4被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について
原告は,本件出願当時,本願発明の奏する優れた効果を,当業者において,
引用例1~11から予測できるようなものではなかったから,引用発明1にポ
リカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組み合わせることにつ
いての動機付けがあるとはいえない旨主張する。
しかし,引用例1(甲6)には,セメントA(本願発明のセメント粒子に相
当),シリカヒュームB(本願発明の微粒子に相当),粉体C(本願発明の無
機粒子に相当)を用い,これにナフタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物
塩等の高性能減水剤と混合粉体重量の13~20%の水を添加・混練した水硬
性組成物は,流動性が高いことが示されるところ,引用発明2,4,5,9~
11によれば,ポリカルボン酸系の高性能減水剤及び高性能AE減水剤が,ナ
フタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物塩等の高性能減水剤より一層優れ
た減水性能,すなわち,一層優れた流動化能ないしは高変形能を保有するもの
として周知であることが開示されている。したがって,流動性が高いとされる
引用発明1の水硬性組成物において,その高性能減水剤として一層優れた流動
化能を有する「ポリカルボン酸系の高性能減水剤及び高性能AE減水剤」を選
択すれば,その水硬性組成物は,添加水量が少ないという条件下においても,
より優れた流動化性を示すことになることを,当業者であれば,格別の困難も
なく予測できるものである。
2取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
()相違点3に係る本願発明の「75μm以下の粒子の含有量が1.5重量%1
以下」の数値限定について
ア原告は,引用例7(甲12)の記載によれば,砕砂で「舗装版及びコン
クリートの表面がすりへり作用を受けるもの」について,75μm以下の
微粒分の含有量が「5.0重量%以下」の数値範囲に定められることもあ
るから,本願出願前に「セメントと混合される砂につき,その粒径が75
μm以下の微粒分は,砂の3重量%以下とする」ことが当業者の技術常識
となっていたとはいえない旨主張する。
しかし,本件明細書(甲2)に,骨材につき,「本発明で使用する骨材
としては,川砂,陸砂,海砂,砕砂,珪砂等又はこれらの混合物を使用す
ることができる。」(段落【0016】)と記載されているように,本願
発明は,その骨材として,砕砂以外に通常の砂を採択する態様を含むもの
である。そして,審決は,本願発明において,その骨材として通常の砂を
用いる態様について述べるものであるから,原告の上記主張は,前提にお
いて失当である。
なお,仮に,「砕砂」について,舗装版及びコンクリートの表面がすり
へり作用を受けるものについては,骨材の微粒分量試験で失われる量の限
度が「5.0%」であったとしても,本件出願当時,「セメントと混合さ
れる砂につき,該砂の微粒分である粒径が75μm以下の成分は,硬化前
のコンクリートの流動性を劣化させる等,コンクリートの品質低下を来
す」(審決謄本14頁最終段落~15頁第1段落)ということが技術常識
となっていたのであるから,「砕砂」の75μm以下の粒子の含有量につ
いて,通常の砂の場合と同様に,必要に応じてその性能を確認しつつ,1.
5重量%以下とすることは,当業者が困難なく適宜実施できるものである。
イ原告は,甲19及び甲20各実験報告書を根拠に,本願発明において,
75μm以下の粒子(骨材の微粒分)の含有量を1.5重量%以下に定め
ることによって,当該微粒分の含有量が2~3重量%である場合と比べて,
顕著に大きなフロー値を奏することは,引用例1~11から当業者が予測
することのできない優れた効果であって,数値限定の技術的意義を認める
べきである旨主張する。
しかし,甲19実験報告書に記載される骨材中の75μm以下の粒子の
含有量とフロー値の関係をみると,減水剤の配合量条件が変動しているか
ら,試験条件が一定しないところの試験の結果を基に,線の傾き,ないし
は,フロー値を比較しても意味がない。図Aに記載される線からは,せい
ぜい,微粒分2.6重量%から0.3重量%にかけて着実にフロー値が向
上していることが読み取れるにすぎない。一方,甲20実験報告書の図B
をみると,微粒分が2.6重量%から0.3重量%までの骨材を用いたモ
ルタルは,これまた,その微粒分の減量に応じてフロー値が着実に増大し
ていることが示されている。そうすると,甲19及び20実験報告書の記
載から,水セメント比のいかんにかかわらず,水硬性組成物において,7
5μm以下の粒子(骨材の微粒分)の含有量を3.0重量%以下に低減す
れば,その低減度合いに応じて,それだけ,その水硬性組成物の流動性
(フロー値)が高まることが分かるにすぎない。
なお,甲19実験報告書の図A及び甲20実験報告書の図Bによると,
水セメント比の相違によってフロー値の改善程度が異なり,水セメント比
が大きいと傾きが小さいといえるが,乙1文献に,「コンシステンシー」
の用語の意義として「まだ固まらないコンクリートにおける,主として水
量の多少による軟らかさの程度。一般に,コンシステンシーは単位水量が
大きいほど・・・大きい。」(153頁左欄第2段落)と記載されている
ように,水硬性組成物の水セメント比が高いものは水セメント比が低いも
のに比べて流動性が相対的に高いことからすると,当業者にとって自明の
こととして予測される範囲内のことというべきである。
()相違点3に係る本願発明の「85%重量累積粒径が2mm以下で,かつ72
5μm以下の粒子の含有量が1.5重量%以下」の数値限定について
原告は,甲21文献に用いられる標準砂は,セメントの物性を評価するた
めの試験用の砂であって,一般的な砂の粒度ではないから,試験用の砂に要
求される粒度をあえて採用するためには,その動機付けが必要であるところ,
甲21文献には,75μm以下の微粒分の含有量をゼロとする理由が全く記
載されていないから,このような試験用の砂を,本願発明のような低水比の
モルタルに適用されるべきでない旨主張する。
しかし,日本工業規格の標準砂は,セメントの物性を評価するためのもの
であるから,むしろセメントに混合するに適した典型的な骨材(細骨材)で
あるということができるのみならず,当業者にとって最も良く知られた骨材
(細骨材)であるということもできる。そして,その規格において,モルタ
ルの配合に際して,水セメント比が50%(原告は,水セメント比65%と
しているが誤りである。)の条件が採用されるとしても,それ以外の水セメ
ント比で標準砂を用いることができないとする理由もなく,当然のこととし
て,引用発明1(必要に応じて引用発明2)のような50%未満の低い水セ
メント比のモルタルにも適用可能である。
当該標準砂は,その粒度範囲(粒度分布)が2.0mm~0.08mmで
あって,0.075mm以下の微量分がゼロであるから(甲21,13頁
「10.2標準砂」),高流動性であって高強度を示す引用例1発明の水
硬性組成物において,その流動性等を高めるために上記標準砂を用いること
は,当業者において,適宜し得ることである。
3取消事由3(相違点5についての判断の誤り及び顕著な作用効果の看過)に
ついて
()原告は,本願発明は,セメント,微粒子,及び無機粒子の3成分と,ポリ1
カルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組み合わせて用いるこ
とによって,水量が小さくても大きなフロー値(優れた流動性)を得るとい
う,顕著に優れた効果を奏する旨主張する。
しかし,セメントと混合される砂につき,引用例8(甲13)には,網ふ
るい75μmを通過する成分(骨材の微粒子)には粘土,シルトなどの泥分
が含まれ,それが多いコンクリートにおいては,同一のスランプを得るため
の水量が多くなり,その結果として,コンクリートの品質低下をきたす旨の
記載(3頁第4段落)があるところ,このように,網ふるい75μmを通過
する成分(骨材の微粒子)はコンクリートの品質を低下させることが開示さ
れ,かつ,この場合,硬化前のコンクリートの軟らかさを示すスランプが水
量を多くしなければ同一のものが得られないことからすれば,「セメントと
混合される砂につき,該砂の微粒分である粒径が75μm以下の成分は,硬
化前のコンクリートの流動性を劣化させる等,コンクリートの品質低下を来
す」(審決謄本14頁最終段落~15頁第1段落)ということができ,この
ことは,本件出願当時,当業者の技術常識となっていたことである。これに
より,水硬性組成物において,砂(骨材)の75μm以下の微粒分の含有量を
低減すれば,それだけ,その水硬性組成物の流動性(フロー値)が高まるこ
とは自明のことである。
()原告がいう自己充填性の意味するところは必ずしも明りょうではないが,2
流動性が高いフレッシュコンクリートは,通常,「自己充填性」を具備する
ことが示されている。そして,フロー値はフレッシュコンクリートやモルタ
ルの流動性の典型的な指標となっており,本件明細書でも採用していること
からすると,実際上は,「自己充填性」はフロー値に主として依存するもの
であって,このフロー値が高まるにつれその「自己充填性」も高まるもので
あるといえる。したがって,「自己充填性」の物性とフロー値の物性とは同
義とはいえないとしても,そのフレッシュコンクリートやモルタルのフロー
値をみれば,その自己充填性の程度が無理なく把握できるものであって,こ
のように両物性は相互に関連しているものである。
()原告は,水硬性組成物が自己充填性であるという場合には,0打ちフロー3
値の外に,これとは評価基準が異なるところの平坦性を測定ないしは具体的
に確認する必要があるとの趣旨の主張をする。
しかし,本件明細書には,当該「流動後のモルタルの上面の平坦性」で規
定される自己充填性に関する何らの記載もなく,このことは,甲18意見書
の「自己充填性確認実験」に記載されるところの「モルタルの流動停止まで
の時間」等で規定される自己充填性に関しても同じである。そうすると,そ
の平坦性の結果が明細書に記載される発明が奏する効果として自明のもので
あるということはできない。したがって,上記「自己充填性確認実験」にお
ける「流動後のモルタルの上面の平坦性」の試験結果も,本件明細書の記載
に基づくものではない。
仮に,本願発明の流動性の効果として甲18意見書の「自己充填性確認実
験」の試験結果が採用されるものであるとしても,水硬性組成物のフロー値
が高くなれば,流動性が高くなり,これにより,モルタルの上面がそれだけ
平坦化されるに至ることは当然のことであり,その結果は予測される範囲内
のものである。
4取消事由4(本願発明と引用発明1bと相違点ハ,ニ,ヘについての判断の
誤り)について
相違点ハ,ニ,ヘについての判断は,相違点2,3,5についての判断と同
様,誤りがないから,原告主張の取消事由4は,理由がない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について
()相違点2は,減水剤としての「ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性1
能AE減水剤」の開示の有無であるところ,引用発明1(甲6)において,
「高性能減水剤」として「水セメント比を大幅に低下させて高強度コンクリ
ートを得るために用いられる界面活性剤で,硬練りコンクリートの流動化剤
としても用いられる,セメント混和剤であって,例えばナフタレンスルホン
酸ホルムアルデヒド縮合物塩,ナフタレンスルホン酸変性リグニン縮合物,
高縮合トリアジン系化合物,スルホン化メラミン縮合物等」(2頁左下欄最
終段落)が開示されていることは,当事者間に争いがない。
上記事実によれば,引用発明1の「高性能減水剤」は,「水セメント比を
大幅に低下させて高強度コンクリートを得るために用いられる界面活性剤」
であり,「ナフタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物塩,ナフタレンス
ルホン酸変性リグニン縮合物,高縮合トリアジン系化合物,スルホン化メラ
ミン縮合物等」は例示であって,例示された高性能減水剤に限定されるもの
でないことは明らかである。
()一方,引用例5(甲10)には,「ほぼ同じ頃(注,1970年頃),重2
合分散剤として使用されていたナフタレンスルホン酸塩ホルムアルデヒド縮
合物の重合度を高くすることにより,優れた性能を有するセメント系分散剤
が我が国で開発された。当初,その減水性能を活かし,高強度コンクリート
に利用されたが,我が国では1975年頃から流動化剤として利用され始め
た。また,1980年中頃から高性能AE減水剤の開発が始まり,多くの高
分子が分散剤として利用され,1995年にJISA6204に高性能
AE減水剤が新たに加えられた。」(6頁右欄第1段落),引用例4(甲
9)には,「用いた分散剤は参考例1~6で得た共重合体(1)~(6)並びに
比較の為のグルコン酸塩及びナフタレンスルホン酸・ホルマリン縮合物塩で
ある。・・・・第2表に示した結果から明らかな如く,本発明(注,引用発
明4,ポリアルキレングリコールモノ(メタ)アクリル酸エステル系単量体
イ〔注,ポリカルボン酸系〕を主成分の一つとするセメント分散剤)のセメ
ント分散剤は公知のセメント分散剤であるグルコン酸塩やナフタレンスルホ
ン酸・ホルマリン縮合物塩に比較して,セメントに対する分散効果が優れて
おり,極めて少量の添加によって流動性の高いモルタルを提供しうることが
わかる。」(5頁10欄下から第3段落~6頁12欄),引用例5(甲1
0)には,「最近では減水性とスランプ保持性能を有するポリカルボン酸塩
系と総称されるポリエチレンオキシドをグラウト鎖とする櫛形高分子が多く
利用されている。このようなポリカルボン酸塩系では,図-3のように従来
のナフタレン系高性能AE減水剤より,より低添加率で優れた減水性を示
す。」(7頁右欄第1段落),引用例9(甲14)には,「本発明で用いる
セメント分散剤としては,1)(メタ)アクリル酸系水溶性ビニル共重合体,
・・・,2)ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物,・・・,なかでもメ
タクリル酸又はその塩と,メトキシポリエトキシエチルメタクリレートと,
メタリルスルホン酸塩とを共重合して得られるメタクリル酸系水溶性ビニル
共重合体が好ましい。」(段落【0009】~【0010】),引用例10
(甲15)には,「高性能AE減水剤は,ナフタレン系,メラミン系,ポリ
カルボン酸系及びアミノスルホン酸系高分子を主成分とするものが知られて
いる。その中でも,側鎖にポリオキシアルキレンを有するポリカルボン酸系
高分子を主成分とする高性能AE減水剤は,減水性能の高さと,スランプ保
持性に優れていることから,近年急速に普及してきている。」(段落【00
03】)との各記載がある。
上記各記載によれば,ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減
水剤は,同種の高性能減水剤の中でも,より優れた減水性能を有するものと
されているものであり,かつ,そのことが本件出願当時に周知であったもの
と認められる。
そうすると,引用発明1において,その高性能減水剤として,同種のもの
より優れた減水性能と流動性能を有する「ポリカルボン酸系の高性能減水剤
又は高性能AE減水剤」を適用することは,当業者が適宜し得る設計事項に
すぎないものというべきである。
()原告は,本願発明は,その構成により,水量が小さくても大きなフロー値3
(優れた流動性)を得るものであるが,本件出願当時,そのような優れた効
果を奏することは,当業者において,引用例1~11から予測できるような
ものではなかったから,引用発明1にポリカルボン酸系の高性能減水剤又は
高性能AE減水剤を組み合わせることについての動機付けがない旨主張する。
しかし,引用例1(甲6)には,「本発明の方法は,セメント粒子よりも
小さい粒子でセメントの粒子間を充填し,その間隙をシリカヒュームと水で
埋めようとするものである。この方法によると,前記のペーストと同じ水量
とするならば,本発明によるペーストの流動性は向上し,また,前記のペー
ストと同じ流動性とするならば,より少ない水量で混練が可能となり,硬化
体の強度は向上する。」(3頁左上欄第2~第3段落)との記載があり,同
記載によれば,できるだけ少ない水量で,より優れた流動性,すなわち高い
フロー値を得ようとするものということができる。そして,上記()のとお2
り,少なくとも,ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を
適用することによって,同種の高性能減水剤の中で,より優れた減水性能を
有するということが本件出願当時に周知であったのであるから,当業者にお
いて,ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組み合わせ
て用いてみようとの動機付けがないといえないことは,明らかである。
()したがって,原告の上記主張は失当であり,原告主張の取消事由1は採用4
することができない。
2取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
()相違点3に係る本願発明の「75μm以下の粒子の含有量が1.5重量%1
以下」の数値限定について
ア引用例7(甲12)の「6.砂利及び砂」には,「c)砂利及び砂の品
質は,附属書1表2による。」(14頁最終段落)との記載があり,附属
書1表2「砂利及び砂の品質」(15頁)の「骨材の微粒分量試験方法で
失われる量%」の項には,「砂」のそれが「3.0以下」であると記載さ
れている。また,引用例8(甲13)には,「1.適用範囲この規格は,
骨材に含まれている粒子のうち,網ふるい75μmを通過するものの量を
決める試験方法について規定する。」(1頁第1段落),「本試験の本来
の目的は,骨材中に存在する粘土,シルトなどの泥分を水洗いによって求
めることである。泥分が多いコンクリートは,同一のスランプを得るため
の水量が多くなり,その結果として,品質低下を来すからである。・・・。
すなわち,この規格の実質的な試験目的は,コンクリートに有害な泥分を
含む,網ふるい0.075mmを通過する骨材中の微粒分量を決めること
である。」(3頁第4段落)との記載がある。
上記記載によれば,骨材中の微粒分である粒径が75μm以下の成分は,
硬化前のコンクリートの流動性を劣化させる等,コンクリートの品質低下
を来すこと,及び,骨材中の粒径が75μm以下の微粒分は,品質低下を
避けるために,その量を3重量%以下とすべきことが開示されているもの
と認められる。
そうすると,水硬性組成物において,骨材中の75μm以下の粒子の含
有量を低減すれば,フロー値が上昇し,流動性が高まることが,上記事実
から当然に導かれるから,骨材中の75μm以下の微粒分の含有量を3重
量%よりも低減し,1.5重量%以下に定めることは,当業者が適宜し得
る設計事項であり,骨材の75μm以下の微粒分の含有量を1.5重量%
以下に定めることによってフロー値が向上することも,当業者が容易に予
測し得る範囲内の事柄である。
イこの点について,原告は,引用例7(甲12)の記載によれば,砕砂で
「舗装版及びコンクリートの表面がすりへり作用を受けるもの」について,
75μm以下の微粒分の含有量が「5.0重量%以下」の数値範囲に定め
られることもあるから,本件出願前に「セメントと混合される砂につき,
その粒径が75μm以下の微粒分は,砂の3重量%以下とする」ことが当
業者の技術常識となっていたとはいえない旨主張する。
確かに,審決が「セメントと混合される砂につき,その粒径が75μm
以下の微粒分は,砂の3重量%以下とする」という場合,一般的にみると,
「砂」から「砕砂」を除外していないから,「砕砂」も含むものとして
「砂の3重量%」と認定したのは不正確であったということができる。
しかし,引用例7(甲12)に関する審決の記載をみると,審決は,通
常の砂を中心とした態様について検討しているのであり,容易想到性の議
論としては,それで十分であり,特殊な場合について検討するまでもない
ことである。したがって,原告の上記主張は,採用の限りでない。
なお,仮に,骨材が「砕砂」で,その粒径が75μm以下の微粒分が,
砂の「5.0重量%」以下であったとしても,セメントと混合される砂に
つき,骨材の微粒分である粒径が75μm以下の成分が,硬化前のコンク
リートの流動性を劣化させる等,コンクリートの品質低下を来すという点
では,「3重量%」の場合と変わるわけではないから,「砕砂」の75μ
m以下の粒子の含有量について,通常の砂の場合と同様に,流動性を高め
るために,骨材の75μm以下の粒子の含有量を適宜低減し,1.5重量
%以下とすることに格別の困難があるとはいえない。
ウ原告は,甲19及び甲20各実験報告書を根拠に,本願発明において,
砂(骨材)の75μm以下の微粒分の含有量を1.5重量%以下に定める
ことによって,該微粒分の含有量が2~3重量%である場合と比べて,顕
著に大きなフロー値を奏することは,引用例1~11から当業者が予測す
ることのできない優れた効果であって,数値限定の技術的意義を認めるべ
きである旨主張する。
甲19実験報告書によると,同報告書における水硬性組成物の水/結合
材比は13%程度であり,本願発明のそれの数値範囲「12~25」%に
含まれること,同報告書の図Aに示される骨材中の75μm以下の粒子の
含有量とフロー値の関係のグラフは,当該粒子が0.3重量%付近から1.
5重量%付近に至るまでは,比較的緩やかにフロー値が下降しているのに
対し,1.5重量%付近から2.6重量%付近に至るまでは,急激にフロ
ー値が下降していること,すなわち,原告が主張するように,骨材中の7
5μm以下の粒子の含有量が1.5重量%を超えるとフロー値が急激に低
下することが認められる。
一方,甲20実験報告書によると,同報告書における水硬性組成物の水
/結合材比は30%程度であり,本願発明のそれの数値範囲「12~2
5」%の範囲外のものであること,同報告書の図Bに示される骨材中の7
5μm以下の粒子の含有量とフロー値の関係のグラフは,当該粒子が0.
3重量%付近から2.6重量%付近に至るまで,緩やかにフロー値が下降
していることが認められる。
そうすると,図A,図Bに記載されるグラフからは,微粒分0.3重量
%から2.6重量%にかけて一貫してフロー値が下降しているものと理解
することができ,フロー値下降の傾向という点では,図A,図Bに格別の
差があるとはいい難い。
なお,上記のとおり,甲19実験報告書の図Aでは,微粒分が0.3重
量%付近から1.5重量%付近までに至るグラフの傾きが比較的緩やかで
あるのに対し,1.5重量%付近から2.6重量%に至るグラフでは急激
にフロー値が下降している点で,甲20実験報告書の図Bと相違している。
しかし,甲19実験報告書と甲20実験報告書のフロー値を,75μm
以下の粒子の含有量が最大の2.6重量%の場合について比較すると,水
/結合材比の小さい甲19実験報告書では,「213mm」,水/結合材
比の大きい甲20実験報告書では,「267mm」を示しており,甲20
実験報告書の上記フロー値は,本願発明の要旨が規定する「240mm以
上」を大きく超える良好な数値を示しているのであって,甲20実験報告
書の組成物は,添加水量が多いことによって,元来,高いフロー値を有し
ていたものとみることができる。
そうすると,甲19実験報告書のフロー値は,甲20実験報告書のそれ
と比べて全般的に低い数値となっているのみならず,微粒分が2.6重量
%付近では著しく劣っていたものであり,微粒分が1.5重量%付近から
2.6重量%付近に至るフロー値の急激な下降がみられ,いいかえれば,
微粒分が1.5重量%付近から2.6重量%付近に至るまででフロー値が
向上しているからといって,そのフロー値の向上に格別の意味を見いだし
得ない。
したがって,甲19実験報告書におけるフロー値の増加を,引用発明1
~5,7~11から当業者が予測することのできない優れた効果であると
する原告の上記主張は,採用することができない。
エ原告は,甲20実験報告書の図Bは,水/結合材比が30%の場合にお
ける,75μm以下の微粒分の含有量とフロー値の関係を示すグラフであ
るところ,75μm以下の粒子の含有量を3重量%程度から1.5重量%
以下に減少させても,フロー値がほとんど変化していないとし,75μm
以下の粒子の含有量を減少させたからといって,フロー値(流動性)が増
大するとは限らないから,75μm以下の粒子の含有量をわざわざ2~3
重量%から1.5重量%以下に減少させるという動機付けが存在するとは
いえない旨主張する。
しかし,上記のとおり,甲20実験報告書の図Bに示される骨材中の7
5μm以下の粒子の含有量とフロー値の関係のグラフは,当該粒子が2.
6重量%付近から0.3重量%付近に至るまで,緩やかにフロー値が上昇
しているのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠いているもので
あって,失当である。
()相違点3に係る本願発明の「85%重量累積粒径が2mm以下で,かつ72
5μm以下の粒子の含有量が1.5重量%以下」の数値限定について
ア引用例7(甲12)には,水硬性組成物の典型的な用途であるレディー
ミックストコンクリートの分野において,セメントと混合される砂に関し,
「6.砂利及び砂砂利及び砂は,次に規定するものとする。a)砂利及
び砂は,清浄,強硬かつ耐火性,耐久性をもち,ごみ,土及び有機不純物
などを有害量含んでいてはならない。b)砂利及び砂の粒度は,大小粒が
適度に混合しているもので,その粒度の標準は附属書1表1による。」と
の記載,及び,附属書1表1には,砂の標準粒度,ふるいを通るものの質
量百分率%について,ふるいの呼び寸法10mm(網ふるい9.5mm)
で100質量百分率%,同5mm(網ふるい4.75mm)で90~10
0質量百分率%,同2.5mm(網ふるい2.36mm)で80~100
質量百分率%,同1.2mm(網ふるい1.18mm)で50~90質量
百分率%,同0.6mm(網ふるい600μm)で25~65質量百分率
%,同0.3mm(網ふるい300μm)で10~35質量百分率%,同
0.15mm(網ふるい150μm)で2~10質量百分率%との記載
(14頁23行目~下から2行目)がある。
上記記載によれば,ふるいの呼び寸法1.2mm(網ふるい1.18m
m)を通過する粒子の質量百分率が50~90%であるから,通過する粒
子の質量百分率が85~90%となるふるいは,呼び寸法1.2mm(網
ふるい1.18mm)に包含されるものであり,したがって,引用例7に
は,セメントと混合される砂として「85%重量累積粒径が2mm以下」
のものが開示されていることが明らかである。
そして,骨材中の微粒分である粒径が75μm以下の成分は,硬化前の
コンクリートの流動性を劣化させる等,コンクリートの品質低下を来すこ
とは,上記()ア判示のとおりであり,また,引用発明1が,できるだけ1
少ない水量で,より優れた流動性,すなわち高いフロー値を得ようとする
ものであることは,上記1()判示のとおりであるから,「引用例1の発3
明において,その砂として,当業者によく知られた上記『85%重量累積
粒径が2mm以下』のものを用いてみること,そして,その際に,水硬性
組成物の流動性及び強度が優れたものを得るために,その砂の75μm以
下の微粒分の含有量を,上記3重量%以下の範囲内において必要に応じて
その性能を確認しつつ,1.5重量%以下とすることは当業者が困難なく
適宜実施できるものである。」(審決謄本16頁第2段落)とした審決の
判断に誤りはない。
イ審決が上記判断とは別に,選択的に,「Ⅴ.判断」,「Ⅴ-1.対比・
判断Ⅰ」,【相違点3及び4について】の()の「その-2」において,4
日本工業規格に係る甲21文献に用いられる標準砂を引用発明1に適用す
ることの容易想到性について判断をしているところ,この点に関して,原
告は,甲21文献に用いられる標準砂は,セメントの物性を評価するため
の試験用の砂であって,一般的な砂の粒度ではないから,試験用の砂に要
求される粒度をあえて採用するためには,その動機付けが必要であるとこ
ろ,甲21文献には,75μm以下の微粒分の含有量をゼロとする理由が
全く記載されていないから,このような試験用の砂を,本願発明のような
低水比のモルタルに適用されるべきでない旨主張する。
しかし,上記アに判示したとおり審決の判断に誤りはないのであるから,
審決の選択的な判断の当否を論ずるまでもない。
()以上によれば,原告主張の取消事由2も採用することができない。3
3取消事由3(相違点5についての判断の誤り及び顕著な作用効果の看過)に
ついて
()原告は,相違点5について,本願発明は,セメント,微粒子,及び無機粒1
子の3成分と,ポリカルボン酸系の高性能減水剤又は高性能AE減水剤を組
み合わせて用いることによって,15回の落下運動を行なわないで測定した
フロー値,すなわち,0打ちフロー値が240mm以上に向上するという,
顕著に優れた効果を奏する旨主張する。
しかし,上記2()アのとおり,骨材中の微粒分である粒径が75μm以1
下の成分は,硬化前のコンクリートの流動性を劣化させる等,コンクリート
の品質低下を来すものであるから,水硬性組成物において,骨材の75μm
以下の微粒分の含有量を低減すれば,それだけ,その水硬性組成物の流動性
(フロー値)が高まることが当然に予想されるのである。
また,フロー値の大きさをみると,乙2(社団法人日本コンクリート工学
協会編「コンクリート便覧(第二版)」〔平成8年7月10日2刷発行〕,
以下「乙2文献」という。)に,250~264mmが記載(47頁,表-
1.12)され,引用例9(甲14)に,練り混ぜ直後のフロー値として,
314~320mmが記載(7頁,表6)されるように,「240mm以
上」という数値範囲は,水硬性組成物の通常のフロー値と比べて格別に大き
いものではない。これらの値は,15回の落下運動を行った場合のフロー値
であるから,0打ちフロー値で測定すれば,その数値は減少するが,そうで
あっても,その減少幅は,16~30mm程度(原告の主張では20mm程
度)であって,予想外の顕著な効果といえるものではない。
したがって,「引用例1の発明において上記相違点1~5に係る特定事項
を採用することにより,格別予想し難い効果を奏したものであるということ
はできない。」(審決謄本17頁第1段落)とした審決の判断に誤りはない。
()原告は,本願発明において,0打ちフロー値が240mm以上である場合2
に自己充填性が得られる,すなわち,「『JISR5201(セメント
の物理試験方法)11.フロー試験』に記載される方法において15回の落
下運動を行なわないで測定したフロー値が240mm以上であること」によ
り「自己充填性」という本願発明に格別の効果を奏する旨主張する。
そこで,本件明細書の発明の詳細な説明についてみると,次のとおりの記
載がある。
ア「このように構成した水硬性組成物(注,本願発明の水硬性組成物)は,
硬化前には,自己充填性(優れた流動性及び材料分離抵抗性)を有し,施
工牲に優れるとともに,硬化後には,130MPaを超える圧縮強度と1
0KJ/m以上の破壊エネルギーを有する等,機械的特性(圧縮強度,2
曲げ強度,破壊エネルギー等)に優れる。」(段落【0008】)
イ「硬化前のモルタルのフロー値は,好ましくは230mm以上,より好
ましくは240mm以上である。なお,本明細書中において,フロー値と
は,「JISR5201(セメントの物理試験方法)11.フロー試
験」に記載される方法において,15回の落下運動を行なわないで測定し
た値である。また,前記フロー試験において,フロー値が200mmに達
する時間は,好ましくは10.5秒以内,より好ましくは10.0秒以内
である。当該時間は,作業性と粘性を評価する尺度として用いられる。」
(段落【0022】)
ウ「表2に示すように,本発明の水硬性組成物(実施例1~20)では,
自己充填性(良好なフロー値及び200mm到達時間)と,優れた機械的
特性(圧縮強度,曲げ強度,破壊エネルギー)を得ている。これに対し,
微粒子を配合しない水硬性組成物(比較例1)では,フロー値等が劣り,
自己充填性が得られず,しかも,圧縮強度,曲げ強度,破壊エネルギーが
劣る。無機粒子の配合量が本発明で規定する範囲を超える水硬性組成物
(比較例2)では,フロー値等が劣り,自己充填性が得られない。珪砂
(骨材)の配合量が本発明で規定する範囲を超える水硬性組成物(比較例
3)では,フロー値等が劣り,自己充填性が得られず,しかも,曲げ強度
や破壊エネルギーが劣る。珪砂(骨材)の粒度が本発明で規定する範囲外
である水硬性組成物(比較例4)では,フロー値等が劣り,自己充填性が
得られない。無機粒子と有機繊維を配合しない水硬性組成物(比較例5)
では,フロー値等が劣り,自己充填性が得られず,しかも,曲げ強度や破
壊エネルギーが劣る。無機粒子を配合しない水硬性組成物(比較例6)で
は,フロー値等が劣り,自己充填性が得られない。」(段落【003
0】)
エ「【発明の効果】本発明の水硬性組成物は,硬化前には,自己充填性
(優れた流動性及び材料分離抵抗性)を有し,施工性に優れるとともに,
硬化後には,130MPa以上の圧縮強度と10KJ/m以上の破壊エ2
ネルギーを有する等,機械的特性(圧縮強度,曲げ強度,破壊エネルギー
等)に優れる。」(段落【0031】)
オ表2には,実施例1~20では,フロー値が245mm~268mm,
200mm到達時間が8.6秒~9.8秒となっているのに対し,比較例
では,フロー値が120mm~213mm,200mm到達時間が15.
5秒(比較例2),13.0秒(比較例4)となっている。
上記記載によれば,本願発明の水硬性組成物(実施例1~20)において
は,フロー値が245mm~268mmとなっているのに対し,微粒子を配
合しない水硬性組成物(比較例1),無機粒子の配合量が本発明で規定する
範囲を超える水硬性組成物(比較例2),珪砂(骨材)の配合量が本発明で
規定する範囲を超える水硬性組成物(比較例3),珪砂(骨材)の粒度が本
発明で規定する範囲外である水硬性組成物(比較例4),無機粒子と有機繊
維を配合しない水硬性組成物(比較例5),無機粒子を配合しない水硬性組
成物(比較例6)においては,フロー値が120mm~213mmとなって
いるというのであるから,本願発明の構成であれば,常にフロー値が245
mm~268mmとなり,フロー値が240mm未満になるのは,本願発明
の上記構成の一部を欠く場合(比較例1~6)のみということになる。
そうすると,フロー値が240mm以上となるのは,本願発明の上記構成
から必然的に生じる効果であるというほかなく,本願発明にいう「『JIS
R5201(セメントの物理試験方法)11.フロー試験』に記載され
る方法において15回の落下運動を行なわないで測定したフロー値が240
mm以上であること」は,本願発明の構成による効果を特許請求の範囲に記
載したにすぎないものというべきであり,本願発明において,0打ちフロー
値が240mm以上である場合に自己充填性が得られるとする原告の主張は,
前提において誤りというほかない。
()また,本件明細書の発明の詳細な説明には,「また,現場打ちで建築物等3
を構築する場合や,プレキャスト部材を製造する場合においては,水硬性組
成物(コンクリート等)の打設時間の短縮化や,打設後のコンクリート等に
加える振動の所要時間の短縮化等の観点から,流動性及び材料分離抵抗性に
優れる水硬性組成物(いわゆる自己充填性を有する水硬性組成物)を用いる
ことが有利である。」(段落【0004】),「例えば,130MPa以上
の圧縮強度と10KJ/m以上の破壊エネルギーを発現させようとした場2
合には,水/結合材比を0.20以下と極端に小さくし,かつ有機繊維のよ
うな補強材を配合する必要があるため,流動性が小さくなり,自己充填性が
得られない。一方,自己充填性を確保しようとすると,水/結合材比及び減
水剤の量が大きくなり」(段落【0005】),「無機粒子のブレーン表面
積が3,000cm/g未満であると,セメント粒子とのブレーン比表面2
積の差が小さくなり,自己充填性を確保することが困難になる等の欠点があ
り・・・」(段落【0014】)の記載があり,そのほか,上記()のとお2
り,段落【0008】には「このように構成した水硬性組成物は,硬化前に
は,自己充填性(優れた流動性及び材料分離抵抗性)を有し,施工性に優れ
る」,段落【0030】には「表2に示すように,本発明の水硬性組成物
(実施例1~20)では,自己充填性(良好なフロー値及び200mm到達
時間)と,優れた機械的特性(圧縮強度,曲げ強度,破壊エネルギー)を得
ている。これに対し,微粒子を配合しない水硬性組成物(比較例1)では,
フロー値等が劣り,自己充填性が得られず」,段落【0031】には「本発
明の水硬性組成物は,硬化前には,自己充填性(優れた流動性及び材料分離
抵抗性)を有し」との記載もある。
上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明においては,「流動性
及び材料分離抵抗性に優れる水硬性組成物」を「自己充填性を有する水硬性
組成物」としているが,一方で,自己充填性が「良好なフロー値及び200
mm到達時間」であるともしている。「フロー値」と「自己充填性」とが相
互に関連するものであることは明らかであるところ,良好な「フロー値」は
優れた流動性と同義といえるが,優れた流動性が直ちに「自己充填性」とい
うことはできない。
()原告は,一般的に,流動性(フロー値)が大きくなるほど,材料分離抵抗4
性が低下するのであり,それゆえ,フロー値を大きくしていけば,必然的に
「自己充填性」が得られるとはいえず,「自己充填性」は,水硬性組成物の
打設の作業性の良否を,「自己充填性の有無」として判断するためのもので
あり,連続的な数値で表されるフロー値(単なる流動性の良否)とは異なる
評価基準を有すると主張する。
しかし,上記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明においては,「流
動性及び材料分離抵抗性に優れる水硬性組成物」を「自己充填性を有する水
硬性組成物」としているのみであって,本件明細書を精査しても,「流動
性」と「材料分離抵抗性」との関係についての記載を見いだすことはできな
い。
そこで,本件出願当時における一般的な技術常識についてみると,乙2文
献には,「フレッシュコンクリートは,大きさと比重の異なる構成材料から
なる複合材料であって,それ故に材料分離の危険に常にさらされている。変
形量が大きくなると,分離の危険度も高まり,高変形性と高分離抵抗性とは,
一般に,トレードオフの関係にある。」(乙2の3の448頁右欄第2段
落)との記載がある。しかし,一方で,「このようなときには,シリカフュ
ームなどの微粉末混和材(DSP系材料・・・)と高性能AE減水剤を併用
することによって流動性を改善でき,単位水量を増加することなしに施工性
の良好な高強度コンクリートを製造することができる。・・・さらにDSP
系材料を低水結合材比コンクリートに用いると,高流動化しても高い材料分
離抵抗性も同時に確保できる。高強度コンクリート用混和材には,前述した
シリカフュームのほかに・・・がある。」(乙2の2の441頁左欄第2,
第3段落)との記載がある。したがって,流動性と材料分離抵抗性とは必ず
しも両立しないというわけではない。
そうすると,フロー値を大きくしていけば,必然的に「自己充填性」が得
られるとはいえないとし,このことから,「自己充填性」が連続的な数値で
表されるフロー値(単なる流動性の良否)とは異なる評価基準を有すること
に結びつける原告の主張は,採用することができない。
以上の事実に,上記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明において,
自己充填性が「良好なフロー値及び200mm到達時間」であるともしてい
ることを併せ考えると,本願発明においては,フロー値,200mm到達時
間の向上が,自己充填性の向上につながるとすることが誤りとはいえない。
また,原告は,「自己充填性」の評価基準として「平坦性」があるから,
「流動性が高まれば自ずと自己充填性に至るものであり」とする認識は適当
でない旨主張するが,原告のいう「平坦性」は,本件明細書に何ら記載も示
唆もない事項であるから,これを根拠に「自己充填性」を論ずることはでき
ない。
さらに,原告は,甲23文献の「自己充てん性」の定義を根拠に,「自己
充填性」とは,振動締固め作業を行わなくても自重のみで型枠の隅々まで均
質に充てんすることを意味するから,流動後のモルタルの上面が平坦になる
ことを示すことは明らかであるとも主張する。
しかし,甲23文献における「自己充てん性」の定義がそうであっても,
本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「自己充填性」を有する組成物
としては,上記のとおり,自己充填性を「良好なフロー値及び200mm到
達時間」という指標で評価しているのであるから,原告の上記主張は,失当
というほかない。
()したがって,原告主張の取消事由3も採用することができない。5
4取消事由4(本願発明と引用発明1bと相違点ハ,ニ,ヘについての判断の
誤り)について
本願発明と引用発明1bの相違点ハ,ニ,ヘは,本願発明と引用発明1の相
違点2,3,5と同じであるところ,上記取消事由1ないし3において判示し
たとおり,相違点2,3,5についての審決の判断に誤りがないから,相違点
ハ,ニ,ヘについての判断の誤りをいう,原告主張の取消事由4も理由がない
ことに帰する。
5結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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