弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成13年3月9日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負
担とする。
4この判決は,1項に限り仮に執行することができる。ただし,被告が300
万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求
(1)被告は,原告に対し,2億3795万7904円及びこれに対する平成1
3年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(附帯請求
の始期は,訴状送達の日の翌日である。。)
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,胎児であった原告が被告病院においてIUGR(intrauterinegrowth
retardation子宮内発育遅延)と診断され,同病院において経膣分べんによる出
産後,精神遅滞,運動発達遅滞及び協調運動障害等の後遺症(以下,原告に発症し
た後遺症を「精神発達遅滞等」という)が生じたことにつき,被告病院の医師に。
IUGR児である原告の分べん前及び分べん時の管理義務に違反した過失があり,
又は高度医療機関に転送すべき義務があったのにこれを怠った過失があるとして,
被告に対し主位的に上記精神発達遅滞等の後遺障害を残したことによる損害につい
て,2億3795万7904円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成1
3年3月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
を,予備的に,上記後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことによる
損害について,慰謝料3000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平
成13年3月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
払を,診療契約上の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき請求す
る事案である。
1前提となる事実(証拠の引用のないものは当事者間に争いがない)。
(1)被告は,病院及び老人保健施設を経営する医療法人社団であり,肩書地に
おいて乙総合病院(以下「被告病院」という)を開設し運営している。。
),(「」。)(()。(2原告は甲野太郎以下太郎というと甲野花子昭和略生まれ
以下「花子」という)の長男として,平成6年5月4日,被告病院で出生した。。
(3)平成5年8月22日,花子は,実家の近くにある被告病院で初めて診察を
受け,分べん予定日は平成6年4月9日と告げられた。その際,切迫流産のおそれ
があるとして,入院,加療を受けた。
その後は,特に問題もなく推移し,当初は1か月に1回,平成6年2月に2回,
同年3月には4回の割合で,被告病院にて定期的に診察を受けた。
平成6年3月16日の診察の際,花子は原告の発育が遅れているとの指摘を受け
た。
花子は,平成6年4月に数回診察を受けたが,予定日を過ぎても出産の兆候がな
かったため,心配となり,診察した医師に質問したところ,同医師は「大丈夫心配
ない「予定日に生まれる方が少ないのだから」などと述べた。。」。
同じころ,花子に対して,子供が生まれやすくなるようにとマイリス(妊娠末期
子宮頸管熟化不全における熟化促進剤)が数回にわたり注射されたが,それでも生
まれてくる様子がなかった。
(4)平成6年5月2日午後11時ころ,いったん陣痛が始まったので,花子は
翌3日午前0時10分ころから被告病院に入院したが,微弱陣痛ということで,同
日午後4時ころ退院して帰宅した。
翌4日午前2時ころから再び陣痛が始まり,被告病院に再入院した。この間,花
子は破水し,早期破水であるといわれた。
同日午前8時10分ころには,花子のもとへD助産師が来て,胎児の心音が落ち
ているという趣旨のことを述べ,花子に対して酸素吸入を行った。そのころ,子宮
口がほぼ全開大となり,A医師(以下「A医師」という)により花子に対して陣。
痛促進剤が打たれたが,分べんは余り進行しなかった。
同日午前9時ころ,担当医師がA医師から,非常勤で花子とは初対面のC医師に
交代し,その後C医師が内診を行った。
(5)花子は前記D助産師から「もっと力を入れて」など言われながら,同日。
午前11時19分に,原告を出産したが,原告は泣き声を上げることもなく,全体
が紫色で,手足もぐったりとしていた。
(6)原告に対して,出生後あらかじめ待機していた小児科のG医師によって,
救急そ生術がされたが,アプガースコアは1分値1点,5分値4点という新生児仮
死状態であり,アプガースコア10点となるまでに出生後59分を要し,原告には
神経症状である落陽が認められた。
(7)原告は,直後に救急車で丙医大病院(以下「医大病院」という)のNI。
CU(新生児集中治療室)に搬送された。
2争点
(1)診療契約の主体
(2)分べん以前の管理義務違反
(3)分べん時以前の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係
(4)分べん時の管理義務違反
(5)分べん時の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係
(6)高度医療機関への転送義務違反
(7)高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係
(8)損害額
(9)重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害
3争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(診療契約の契約主体)について
(原告の主張)
本件に関し,原告は契約当事者又は第三者のためにする契約の第三者であり,い
ずれにしても契約責任を追及する権利を有するものである。
すなわち,原告の両親である太郎と花子は,平成5年8月22日,被告との間に
おいて,花子が原告を出産するに際し,当時の医療水準において必要とされる最善
の注意をもって適切な診療を行う旨の診療契約を締結した。同契約は,原告を受益
者とする第三者のためにする契約であり,原告は出産とともに法定代理人である両
,,親によって代理され診療を受けることにより受益の意思表示をしたものであって
被告に対し債務不履行責任を問うことができる。
(被告の主張)
争う。被告は,平成5年8月22日,花子との間で,分べん管理を行うことを内
容とする診療契約を締結したのであり,契約当事者でない原告が診療契約に基づく
債務不履行責任を追求できる根拠が明らかでない。また,診療契約当時,原告は胎
児であり権利能力を有していないのであるから,受益者たる地位を有しない。
(2)争点(2(分べん以前の管理義務違反)について)
(原告の主張)
ア妊娠週数及び分べん予定日は,IUGRを早期に診断し,適切な管理を行う
ために,妊娠初期において正確に診断されるべきものであるところ,A医師らは,
当初から妊娠週数,分べん日の診断を誤っただけでなく,その誤りを妊娠初期の段
階で修正することを怠り,また,IUGRを早期に診断すべきでありながら,IU
GRを疑いつつも,IUGRの確定診断をせず,その結果IUGRに対応した胎児
の適切な管理を行わなければならないという医師としての基本的な注意義務に違反
したものである。
,,,イIUGRにはそれ自体を治療する決定的な治療方法はなく胎盤機能検査
胎児ウエルビーイング(健康な状態,well-being,頭部発育の評価による胎児べ)
ん出の時機及び方法の検討が最重視される。胎児がウエルビーイングであるかどう
かは,妊婦尿中エストリオール(E3)測定や,ノンストレステスト(NST,)
コントラクションストレステスト(CST)などのほかに胎児心拍数モニタリング
(FHR)あるいは胎児バイオフィジカルプロフィールスコア(BPS,羊水量)
の測定などを度々行い,それらの検査結果を総合して,いつ分べんするかというタ
ーミネイションの時機を決めることが必要不可欠であるとされる。また,NST,
CST,胎児心拍数モニタリング所見で,胎児仮死が発見されればterm(在胎月齢
が満37週以上満42週以下)以前にべん出の方針を決定するか,それらの所見が
なければ38週までもたせてべん出すべきで,IUGRの胎児は,40週までべん
出をもたせず帝王切開を行った方が良いという考え方が一般的である。
,,,ウ本件においては出産予定日を過ぎIUGRであることが明白に認められ
頭部発育障害も発生し,尿中エストリオール値の異常低値が出現するなどの異常兆
候が顕著にあったものであり,妊娠38週前後から,遅くとも40週までの間に,
CST等により,胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な時機に分べんを選
択すべきであった。また,べん出方法も,分べん誘発を試み,それができないとき
には,帝王切開を選択し,実行すべきであった。それにもかかわらず,被告は,I
UGRの胎児を42週3日まで,漫然と胎内に放置し,そのために原告を慢性的な
低酸素,低栄養状態にさらし,頭部の発育を阻害し原告に精神発達遅滞等の後遺症
を負わせたという過失がある。
(被告の主張)
ア平成5年9月28日における出産予定日及び推定妊娠週数12週3日との診
断を事後的に補正したからといって,エコーによる妊娠週数の診断には1週間程度
の誤差があるのであるから,当時の診断に誤りがあったとはいえない。本件におい
ては,妊娠39週5日に当たる4月7日になっても,頸管の熟化が不良で児頭下降
が見られないなど,分べん予定日間近の所見とはいえないような状態にあったこと
,,,,から上記の誤差を考慮して補正したものであり妊娠週数分べん予定日の把握
外来管理につき過失はない。
被告の主張は,IUGRの発症と妊娠週数の補正とは関連がないと主張している
のであって,原告はこれを診断上の過誤の問題とすり替えて論じている。妊娠週数
が正確に診断されるべきことは被告も同様に理解している。平成5年9月28日に
超音波断層写真による胎児頭殿長(CRL)は3.9㎝であり,11週2日が相当
であった。確かに,超音波断層写真を重視すべき見解もあるが,超音波断層写真に
よっても1週間程度の誤差はあり得るのである。正確な在胎週数は,超音波断層写
真による胎児頭殿長(妊娠1週間程度,児頭大横径(妊娠20週前後)の測定値)
と最終月経から算出した妊娠週数を比較して算出補正される性質のものである。平
,,成5年9月28日に妊娠週数12週3日と診断したことが直ちに誤りとはいえず
その後の経過を考慮して,平成6年4月7日に補正を行ったことも不適切な管理で
はない。被告病院の医師はIUGRを常に念頭において経過観察を行っていたので
あって「IUGRの問題は解決したとする誤りを犯している」などの非難は妥当,
しない。
,,,イ被告病院においては平成6年3月25日同年4月16日胎盤機能検査を
同月7日,21日にノンストレステスト(NST)をそれぞれ実施しているが,異
常所見は認められなかった。
IUGRの胎児であることのみを以て帝王切開を選択することにはならない。一
見,帝王切開は経膣分べんに比し児への侵襲は小さいと思われるかもしれないが,
呼吸窮迫症候群(RDS)の発症率は有意に高く,安易な帝王切開は見直される傾
向にある。しかも,母体にとっては開腹手術であり,術後合併症などのリスクは高
い。
ウ原告は,15年以上前の文献をもとに,べん出を40週までもたせるべきで
はないと主張するが,これは必ずしも一般的な見解ではない。児の推定体重が15
00g以上で,NSTの検査結果が反応型(reactive)の場合には,経膣分べんを
,。,行うのが基本的でありこの場合は陣痛の発来を待つことになる原告に対しては
5月3日,約5時間に及ぶモニタリングを行い反応型であることが確認されていた
のであり,その後も帝王切開を施行しなければならないような重篤な胎児仮死の徴
候は存在しなかったのであるから,帝王切開を施行しなかったとしても不適切な医
療行為とはいえない。
(3)争点(3)(分べん時以前の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関
係)について
(原告の主張)
本件において,脳の機能が不可逆的に障害される頭部発育停滞が生じる以前の3
7週から39週6日(E3異常低値)まで,良好な生命予後,神経学的予後を両立
しうる適切な分べん時機があったと考えられる。したがって,頭部の発育障害を注
意深く観察した上で,適切な分べん時機の検討がされていれば,当然この時期に分
べん誘発若しくは帝王切開にて胎児をべん出し,環境の悪化した子宮内から整備さ
れたNICUへ児をゆだねられたものであり,慢性的な低酸素,低栄養状態による
胎児脳への悪影響は避けられた。
(被告の主張)
原告は,38週の時点で帝王切開をしなかったことを問題とするが,原告に発症
した精神発達遅滞等の原因を,周産期の低酸素状態に求めることができない以上,
仮にこの時点で帝王切開によるべん出を試みたとしても,同様の症状が発症した可
能性は極めて高い。
IUGRの原因については,①母胎因子,②胎盤因子,③胎児因子等が考えられ
るが,シンメトリック(symmetric−対称性)なIUGR(頭部及び全身の発育が不
良なIUGR)の場合には,③胎児因子が最も疑われる。そして,IUGRに対す
る治療法がいまだ発見されていないため,IUGRにおいては発育が停止した時点
でべん出を試みる手技が望ましいとされるが,この方法は,べん出前に発生したI
UGRの原因を除去,治療するものではなく,分べんに伴う低酸素状態等の二次的
危険を回避する目的の手段に過ぎない。
原告に発生した精神発達遅滞等の原因は不明であるが,原告がIUGRの胎児で
あったこと,同児に心房中隔欠損症(ASD,心室中隔欠損症(VSD)等の心)
奇形が認められたこと等に照らせば,心奇形のため循環動態に異常を来し,精神発
達遅滞等に至ったと考えるのが合理的である。
そもそも,帝王切開等の早期べん出により回避することができるのは周産期の低
酸素状態であり,それ以前の低栄養状態ではない。本件において,IUGRそのも
のが精神発達遅滞の危険を内在しており(IUGRの胎児の場合,何らかの原因が
あって胎内での発達が遅延しているのであり,出生後においても同様の機序により
成長が遅れることは当然に予想される,周産期の低酸素状態と精神遅滞とが関。)
連性を有しないことは前述のとおりであり,IUGRの胎児は発育が止まったと判
断する時点において帝王切開によりべん出するべきであるとしても,本件結果は回
避することができなかった。
本件において,周産期の低酸素状態と原告に生じた精神発達遅滞等に関連性がな
い以上,同人の精神発達遅滞等は,IUGRにより既に発生していたものと考える
が合理的である。したがって,厳重な管理をしたとしても結果は同様であったとい
える。
(4)争点(4)(分べん時の管理義務違反)について
(原告の主張)
アIUGRの胎児は,ストレスに対する予備能が低く,分べん時に容易に急性
胎児仮死に陥るので,注意深いウエルビーイングの評価のもと,ストレスを与えな
いべん出方法で分べんするのが基本原則である。
そのために,帝王切開が選択されることが多くなるが,経膣分べんを行うにして
も,分べん中の急性胎児仮死は必発と考えて,人工羊水投与の対策や分べん中にい
()。つでも帝王切開が可能なように準備ダブルセットアップをしておく必要がある
イまた,妊娠42週(294日)になっても分べんに至らない妊娠を過期妊娠
というが本件はこれに当たる。過期妊娠は胎盤機能不全の結果,胎児低酸素症の危
険があるものや,分べん状態不良による難産の可能性があるので,厳重な妊娠管理
が必要とされており,重症の遷延性徐脈や遅発一過性徐脈が生じたときは,子宮胎
盤循環不全による胎児仮死を疑い直ちに帝王切開をすべき義務があるのに,本件で
はそれもされていない。
すなわち,本件においては,平成6年5月3日午後0時50分の時点において,
変動一過性徐脈の所見が認められたが,子宮収縮を伴わないこのような早い時期で
,,の変動一過性徐脈はたとえ軽度であっても正常例では考えられないものであって
胎児仮死を警戒すべき所見である。
また,翌4日午前8時10分ころ,胎児の心拍数が60bpm以下に達し,約10
分間持続する遷延徐脈が出現し,続いて子宮収縮の度に変動一過性徐脈が頻回認め
られ,しかも,それは子宮収縮間欠期に頻脈を伴って発生しており,非典型的波形
の遅発一過性徐脈として評価すべきものであった。
ウこのように,同日午前8時半から9時の間には,変動一過性及び遅発一過性
,,徐脈が頻発しているがこれは胎児予備能の限界を示すものであるにもかかわらず
同日午前9時より子宮収縮剤の投与が開始されている。これは,胎児の急性仮死を
さらに悪化させる処置である。すなわち,仮死徴候がある場合,子宮収縮剤の投与
は,胎児の急性仮死をさらに悪化させる処置で禁忌とされているものであり,それ
自体医療過誤といわざるを得ない。
エしたがって,午前8時10分の遷延徐脈後も変動一過性徐脈が一向に改善さ
れていないのであるから,分べん第2期に入る以前で午前9時00分くらいまでに
子宮緊縮の低減をはかり,帝王切開にこの時点で移行すべきであった。
(被告の主張)
ア被告病院は,いつでも帝王切開を施行することが可能な病院であり,分べん
中に異常があった場合に,直ちに帝王切開に移行できる準備を整えて経膣分べんを
監視すべきであるというのであれば,被告病院は常にダブルセットアップ体制で分
べんに臨んでいる。
イ原告の指摘する平成6年5月3日午後0時50分における変動一過性徐脈
は,胎児仮死を疑う徴候ではない。同日の午前11時から午後4時までの5時間に
わたって胎児心拍数をモニタリングした結果である分べん監視記録によれば,前述
の午後0時50分以外に徐脈は見られない。しかも,その後は頻繁に一過性頻脈が
確認されているが,これは胎動に一致して出現するものであり,胎児が健全で元気
なこと(ウエルビーイング)を意味する。
午後0時50分の所見が胎児心拍数を意味するものか不鮮明なところもあるが,
,,仮にこれが胎児の心拍数であるとしても最下限は60bpmを下回るものではなく
軽度変動一過性徐脈と評価されるものであり,この所見のみで病的意義を認めるこ
とはできない。被告は,その後も3時間以上,モニタリングを継続しているが,胎
児仮死を疑わせるような徴候は皆無であり,異常がないと判断した。
ウ分べん監視記録によれば,5月4日午前8時10分ころ,約10分間にわた
って胎児心拍数が60bpmから80bpmになっているが,これは酸素投与,体位変換
により速やかに回復できている。その後の変動一過性徐脈は,児頭が下りてきて骨
盤内に進入したために起きたものであり,児頭が圧迫され一時的に胎児心拍数が低
下したものであって,胎児仮死の所見とはいえない。
確かに,午前10時40分ころ,分娩室に移した後,変動一過性徐脈とも遅発一
過性徐脈ともとれる徐脈が出現しており,胎児仮死の徴候が疑われないでもない。
しかし,仮に,この時点において胎児仮死と判断したとして,帝王切開の準備をし
ているよりも,経膣分べんによった方が早期べん出が可能である。事実,午前11
時25分にはべん出を終えている。そして,帝王切開による場合には,下降してき
た児頭を膣から手を入れて押し上げる必要があり,児に大きなストレスを与えかね
ず,また,帝王切開のリスク(母体術後死亡,術後合併症)を考えれば,被告病院
の選択は不適切であるとはいえない。
(5)争点(5)(分べん時の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)
について
(原告の主張)
ア原告の精神発達遅滞等は,被告の被用者であり,診療契約の履行補助者であ
る担当医師らの医療過誤に基づくものである。
イ原告が,本件分べんによって精神発達遅滞等にり患したことは,①分べん時
に酸素欠乏症(低酸素状態にあった)があったこと,②それによって分べん時に重
篤な仮死状態で生まれたこと,そして蘇生したこと,③低酸素虚血性脳症,落陽等
がみられること,④MRI等で脳の萎縮がみられること,⑤先天代謝異常,症候群
障害,染色体異常がないこと等から明らかである。すなわち,被告は,子宮収縮剤
を用いた稚拙な経膣分べんを強行したものであり,これによって,原告を重篤な急
性胎児仮死に至らしめ,重症新生児仮死,胎便吸引症候群(MAS)及びそれらに
続発する呼吸障害,脳実質内出血の状態に陥らせた。分べん時,低酸素状態におか
れると胎児は胎便を排出し,さらにあえぎ呼吸することにより,大量の排便で汚染
された羊水を吸引してMASとなるが,そのこと自体,分べん時に急性胎児仮死が
。,,存在した証拠であるまた新生児仮死に続発する脳実質内出血は予後不良であり
発育遅滞の原因となる。すなわち,これらは原告の神経学的予後に不可逆的な悪影
響を与えたものであり,結果として,原告を精神発達遅滞等という重篤な後遺障害
に至らしめたものである。
ウ被告は,精神発達遅滞等が分べん時の低酸素症によって起こる場合には,必
ず脳性麻痺もみられると主張するが,分べん時の低酸素症による発達遅滞で,脳性
麻痺を伴わないものも存在しており,被告の主張は当たらない。分べん中の急性低
酸素症と児の後遺症という問題は未だ統一した見解がないのが現状であり,精神発
達遅滞等の発症と周産期要因が否定されているわけではなく,妊娠後期,分べん時
の適切な管理と処置が重要であることにかわりはない。
(被告の主張)
ア「AllorNone」の法則によれば,仮死状態で出生した児は「死,
」「」,「」,亡するか脳性麻痺を発症するかあるいは正常かのいずれかであるから
「,,」。死亡もせず脳性麻痺も発症せず正常でもない場合というのは考えられない
仮に周産期の低酸素状態(asphyxia)を原因とする精神発達遅滞(MR:mental
retardation)であれば,常に脳性麻痺(CP)を併発しなければならない。
原告の精神発達遅滞等は,脳性麻痺を伴っておらず,周産期の低酸素状態とは無
関係に発症したものであることは明白である。
イ本件においては,分べんの20分ほど前から胎児性仮死の徴候が胎児にうか
がわれ,新生児仮死に陥っているが,6分後には自発呼吸が認められるほどに回復
しており,低酸素状況下にさらされた時間は極めて短時間である。上述のとおり,
周産期の低酸素状態を原因とする精神発達遅滞は必ず脳性麻痺を伴うのであって,
これを伴わない原告の精神発達遅滞等は,周産期の低酸素状態を原因とするもので
はない。
ウ鑑定意見書を作成したE医師も本症例には脳性麻痺が存在しないので,精神
発達遅滞等はIUGRによるものとしている。なお,原告は,アプガースコア1点
(),,,心拍のみの状態でべん出されているが待機していた小児科医師により吸引
アンビューバッグによる酸素投与の措置が実施され,4分後には発声があり(アプ
ガースコア4点,6分後には自発呼吸が確認されている(アプガースコア5点。))
エまた,脳神経欠損が周産期の低酸素状態を原因とするものであったとされる
のは,以下ⅠからⅣの条件をすべて満たした場合に限られる(アメリカ産婦人科学
)。,,。会の基準本件の場合少なくともⅡⅣを満たしていないことは明らかである
(.)。Ⅰ代謝性又は呼吸代謝混合性の深刻なアシドーシスの存在pH<700
Ⅱ生後5分以上にわたってアプガースコアが「0∼3」と極めて低いこと。
Ⅲ新生児期に神経学的な後遺症を示していること。
Ⅳ同時にいくつかの臓器系にみられる機能障害(心臓血管系,消化器系,造血
機能,肺機能,腎機能など。)
このことは,原告に脳性麻痺が発症していないという客観的事実とも合致し,同
人の低酸素状態が極めて短時間であったことを意味するものであり,原告に胎児性
仮死,新生児仮死が存在したとしても,これにより精神発達遅滞等を生じたとする
ことは否定される。
(6)争点(6(高度医療機関への転送義務違反)について)
(原告の主張)
外来管理時より,本件出産がハイリスク妊娠であることは産科医であれば容易に
判断できたものであるにもかかわらず,被告の担当医らは,自施設での管理,処置
の技術的限界の判断を誤り,より高度医療機関への適切な転院,紹介をする義務を
怠ったものである。すなわち,本件では胎児のウエルビーイングの診断検査はNS
Tが2回されたのみであり,同検査は手技が簡単で非侵襲的であるため胎児がIU
GRと診断されたら少なくとも1週に1回は実施されるべき検査であることは一般
の産科診療では常識的な事項になっている。また,NST以外のAFI測定,臍帯
血管の血流診断,BPSという胎児の総合評価方法,臍帯血のガス分析などは一切
実施されていないが,これらの検査の多くは妊婦の診療を行っている施設の全てで
実施することが可能というわけではなく,周産期センター的施設でなくては実施が
可能ではないのであって,花子の診療を行った被告病院においても実施不可能であ
ったと考えられる。
そこで,被告病院としては,母体搬送(高度医療機関への転送)という手段を執
るべきであったのであり,神奈川県のように母体搬送システムが整備されている地
域にあっては,上記に述べた諸検査が不可能であるのであればNSTのチェックの
みで漫然と妊娠経過をみているのではなく,本症例のIUGR胎児管理により高度
な対応が可能な周産期センター的施設の基幹病院に本件診療を依頼し,転送すべき
であった。そして,本件では,平成6年3月16日にIUGRと診断しているので
あるから,転院する時間的余裕は十分あったのであり,専門医による適切な管理と
処置によって後遺障害は回避できた。
(被告の主張)
IUGRであるからといって,それのみで高度医療機関へ紹介する注意義務は存
。,,,,在しないしかも被告病院は帝王切開に必要な設備人員が整った病院であり
必要な状況下に至れば帝王切開による胎児のべん出も可能な病院であって,本件に
おいては,モニタリング上,帝王切開を行わなければならないような所見は認めら
れなかった。
また,E医師のいうようにバックアップテストを実施する施設が存在していたと
しても,母体搬送はIUGRに対する治療方法ではないのであるから,当該施設に
,。おいていかなる治療がいつの時点で実施されるかが問題とされなければならない
本件においては母体搬送時期が問題となるのではない。
(7)争点(7)(高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果
関係)について
(原告の主張)
被告がIUGRの胎児を妊娠中の花子を,適時に適切な医療機関へ転送すべき義
務を怠ったためにIUGRの胎児管理による高度な対応が可能な高度医療機関周,(
産期センター的施設の基幹病院)において,適切な胎児管理,検査,診療等の医療
行為を受けることができなかったことにより,原告は次のとおり重大な後遺症を残
すに至った。
,,,原告は精神発達遅滞等により立ったり歩いたりすることはどうにかできるが
足の運びがうまくいかずよく転ぶ。階段の上り下りは困難である。道路を一人で歩
くことはできない,常に手をつなぐか,体をつかまえておかなければならず,有意
語はなく言語理解も困難である。精神,運動両面にわたって発達が遅れていて,6
歳8か月時の発達指数は精神発達が15,運動発達が25で1歳8か月相当という
状況であり,1歳8か月から現在に至るまで,戊地域療育センターや養護学校等に
通って機能向上を目指してリハビリを行っているが,改善するのは困難であるとい
われている。原告は,現在身体障害者等級1級と認定されており,食事や入浴,排
せつに至るまで,日常生活全般にわたって常時介助を要する状態にある。
(被告の主張)
否認する。
IUGRの胎児であるというだけでは帝王切開の産科的適応はなく,分べん監視
装置により胎児心拍の異状が確認された時点で帝王切開に踏み切ることになる。本
件においては,べん出前日,当日に長時間にわたって胎児心拍のモニタリングが実
施されているが,胎児性仮死を疑う徐脈はべん出直前まで認められていない。した
がって,仮にE医師のいうような高度医療機関に花子を転送しバックアップテスト
を実施していたとしても,本件と同様の経過をたどったものと推定される。
(8)争点(8)(損害額)について
(原告の主張)
ア後遺症による遺失利益金1億0830万1864円
賃金センサス平成10年版男子労働者平均賃金年額569万6800円を基準
に,就労の終期(67歳)までの年数に対応する新ホフマン係数19.011に後
遺障害等級第1級に対応する労働能力喪失割合100パーセントを乗じた数額
569万6800円×19.011×100/100=1億0830万1864円
イ慰謝料金3000万円
精神発達遅滞等により後遺障害等級第1級の障害を残し,生涯話すことも一人で
生活することも,働くこともできない生活を余儀なくされた原告の後遺障害慰謝料
として,金3000万円が相当である。
ウ付添い費用金7865万6040円
原告は,生涯付添い介助が必要であり,付添い費として1日あたり6000円で
計算し,過去6年分の1314万円及び将来分(平均余命71年,新ホフマン係数
29.916で計算)の,6551万6040円の合計金7865万6040円が
付添い費用として相当である。
過去分の計算6000円×365日×6年=1314万円
将来分の計算6000円×365日×29.916=6551万6040円
エ弁護士費用金2100万円
オ合計2億3795万7904円
(被告の主張)
争う。
(9)争点(9)(重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害)について
(原告の主張)
ア予備的請求原因として主張している転送義務が履行されていたならば原告に
重大な障害が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたことに対する損害は,慰
謝料3000万円である。
イ本件では被告病院の診療ミスによる原告の後遺症の発症は明らかであるが,
仮に因果関係が不確かである場合でも,被告病院が損害賠償責任を負うことに変わ
りはない。すなわち,最高裁平成16年1月15日第一小法廷判決(裁判集民事第
213号229頁)によれば,医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失
がある場合において,その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されな
いが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存して
いた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は患者が上記可能性を侵
害されたことによってこうむった損害を賠償すべき不法行為又は債務不履行責任を
負うものと解すべきであるとされる。
そして,本件において,被告病院はIUGRの胎児に対する十分な検査,管理能
力を有しなかったのであるから,より高度の医療機関への転送をし,原告が同医療
機関において適切な胎児管理,検査,診療等の医療行為を受け,至適分べん時機に
適切な方法でべん出する機会を与えるべきであったのにこれを怠り,後遺症を生じ
させたものである。
したがって,被告は原告がこうむった損害を賠償すべき債務不履行責任がある。
ウ本件を考えるに当たっては,患者の診療に当たった医師が,過失により患者
を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に
違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明され
なくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検
査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかっ
た相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師が上記可能性を侵害したこ
とによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うと解した最高裁平成15年
11月11日第三小法廷判決・民集57巻10号1466頁が参考となる。
(被告の主張)
ア原告には,胎生初期の異常(IUGR)があったほか,平成8年2月1日よ
り「てんかん発作」が頻発しており,小児期にり患した身体疾患の影響も強く示唆
されている(ウエスト症候群類似の疾患。また,精神発達遅滞等が観察されはじ)
めた生後9か月ころには「全体的に1児(原告)との接触機会が少ないのでは」と
の母子関係についての問題が指摘され,原告の精神発達遅滞等に母親の関与の薄さ
という環境因子の影響も強く疑われるところである。したがって,原告の精神発達
遅滞等の原因をIUGRのみに求めることはできない(乙15。)
イ仮に,原告の精神発達遅滞等がIUGRによるものであると仮定したとして
,,,も本件では頭部及び全身状態の発育が共に不良な対称性IUGRであったこと
先天性の心奇形が存在したこと等から,IUGRの原因としては,胎生期の器官形
成期に原因があったことが考えられ(乙15,早期の胎児べん出に至っても,後)
。,遺症が全く存在しない症例になって生存したと断定することはできないそもそも
IUGRは,それ自体,出生後の児の短期,長期予後を左右する病態であり,特に
対称性IUGRの場合には出生後の脳障害の頻度が非常に高くなる。
そして,IUGRに対する治療法は存在しないのであって,本件のような対称性
IUGRに対し早期べん出を行いNICUにて管理したとしても,予後の改善が図
れるかどうかはいまだ研究課題である。しかし,早期べん出によって予後の改善が
図れるのは,子宮内環境の悪化に起因するものに限られ,原告のように,精神発達
遅滞等に脳性麻痺を伴っていないような場合には,その精神発達遅滞が子宮内環境
の悪化による影響を受けたことによるものであることは否定的に考えられており,
仮に早期に児をべん出したとしても,精神発達遅滞等の発生を回避することは不可
能であった。
したがって,原告が,対称性IUGRであったことにかんがみれば,同人の予後
は極めて不良であったといえ,原告が主張するように,精神発達遅滞等の後遺症の
程度が軽減された可能性は十分にあったということはできない。
ウ原告の引用する最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決は,重度後遺
症の場合にも「相当程度の可能性」が法的に保護に値するものであることを認めた
ものであるが,原告らの主張する妊娠,分べん管理を実施したとしても「患者に重
大な障害が残らなかった相当程度の可能性」が証明されない本件において,被告に
対し損害賠償義務を課すことはできない。
第3医学的知見及び診療経過についての事実関係に係る当裁判所の認定
証拠(甲1∼3,5∼7,10∼13,15,17∼23,25∼30,乙1∼
7,9∼15,16の1,16の2,17の1,17の2,18∼21,証人A,
証人C,証人D,原告法定代理人甲野花子,原告法定代理人甲野太郎)及び前提と
なる事実によれば,以下の事実が認められる。
1IUGRについて
(1)定義
IUGR(子宮内発育遅延)とは,子宮内で胎児の発育が何らかの原因により障
害され妊娠週数相当の発育ができなかった状態をいう。IUGRというのは,胎児
の発育遅延の状態を示す症候群の名称である。厳密には,出生体重が妊娠週数に比
して小さく,胎児子宮内発育曲線の10パーセンタイル以下の出生体重をもつ児と
定義される。
IUGRは全妊娠の8から10%,周産期死亡例の18%,胎児死亡例の31%
に認められ,ハイリスク妊娠例には高率に合併すると報告されている(甲22。)
(2)IUGRの病因
IUGRの病因は多岐にわたるが,主に胎児そのものの成長ポテンシャルが低下
するもの(胎児要因)と母体を含めた子宮内環境の悪化に伴うもの(母体,胎盤要
因)とに分けることができる。前者は,胎児の染色体異常,先天性形態異常,心血
管系奇形や妊娠早期の胎内感染,代謝異常が考えられる。後者には,妊娠中毒症,
糖尿病,SLEなどの自己免疫性疾患に代表される母体微小血管障害に起因するほ
か,低栄養状態,喫煙,飲酒,抗けいれん剤なども原因となる。胎盤要因には,胎
盤梗塞,臍帯及び卵膜辺縁付着,前置胎盤,胎盤血管腫などが原因となる(甲17
参考資料7,22。)
(3)病態生理
ア臨床的にIUGRは,その身体的特徴により対称性(symmetric)IUGR
と非対称性(asymmetric)IUGRに分類される。対称性IUGRは,頭部及び躯
幹の発育がともに障害されたタイプ(TypeⅠと呼ばれる)で,その発育障害は妊。
娠20週以前の妊娠早期に始まることが多い。非対称性IUGRは,IUGRの8
0%をしめるタイプ(TypeⅡと呼ばれる)で,頭部の発育はある程度正常に保た。
れているが,躯幹の発育が障害されているもので,臨床的に妊娠28週以降にその
発育障害が出現することが多い。躯幹の発育が障害されているのに,頭囲の発育が
保たれている機序としては,低酸素症に胎児が陥るとノルエピネフリンやバソプレ
シンなどの血管収縮作用を有するストレスホルモンを分泌し,腸管や筋肉の血管を
収縮し,重要臓器である脳,心臓,副腎,胎盤へ血流を優先的に送ろうとする血流
再分配作用が働くためと考えられている(甲22。)
イこれらの病態生理は,前述のIUGRの病因と以下のような相関関係が見い
だされる。すなわち,子宮内で胎児の発育を抑制する因子として胎児自身に基づく
要因(内的因子)として,前述のように染色体異常,先天性奇形などが挙げられる
が,この内的抑制因子は,妊娠中極めて早期から作用するので,胎児の細胞数も著
しく減少し,身体の中でも頭部発育が抑制され,小頭傾向を示し,対称性IUGR
となりやすい。このような対称性IUGRは,先天奇形が高頻度に発生し,生命及
び発達予後は極めて不良である。これに対し,母体疾患と胎盤の機能不全を主とす
る外的発育抑制因子は,作用時期が妊娠後半で,胎児の細胞増殖が終了するころで
あるので発育抑制は重篤なものには至らず,身体はやややせるが,頭部の発育は順
調で身体に比して頭部が大きい非対称性IUGRとなり,発達予後は比較的良好で
ある。しかし,これらTypeⅠ及びTypeⅡの中間型ともいうべきグループは母体及び
胎児因子が相互に関連し,外的抑制因子でありながら,作用時期が早期のため対称
性IUGRの型となる(甲21。)
(4)IUGRの診断
IUGRの診断には,まず妊娠週数を正確に決定しておくことが重要であり,何
らかの方法で排卵日が特定されていることが望ましいが,特定できない例に対して
は超音波検査で妊娠8週から12週の胎児頭殿長(CRL)などを元に妊娠週数の
確定を行う(甲22,23,25。IUGRの診断は胎児体重と妊娠週数により)
,()()判定されるので超音波断層法により児頭大横径BPDや推定体重EFBW
の計測を行い,これを妊娠週別にみた胎児発育曲線に経時的にプロットし,体重が
10パーセンタイルの曲線より下であればIUGRと診断する(甲23。)
(5)IUGR児の分べん前管理
ア前述のようにIUGRの胎児は胎児自身が先天異常の症例であったり,大き
な奇形部分を持っていたり,母体に高血圧があったり,胎盤や臍帯などに異常があ
るために発症する状態なので,妊娠中又は分べん中に多くの合併症を発生しやすく
なり,IUGRの症例を妊娠した母体はハイリスク妊娠に入ることになる。その結
果IUGRの症例は妊娠中の胎児死亡,胎児仮死,出生時の新生児仮死,胎便吸引
症候群,感染症の発生率が高く,長期的予後も精神発達遅滞(MR)を残し,障害
児となる可能性が高い。すなわち,このような障害を残した症例の約40%はIU
GRとされており,この予後の改善,又はIUGRだと妊娠中に診断された胎児が
障害児にならないようにどうすべきかが重要であり,そのためIUGRの胎児には
正常な胎児を妊娠している妊婦の胎児管理とは別に特殊なハイリスクの厳重な胎児
管理が必要となる。
イ他方で,妊娠中に,IUGRの胎児の発育を良好にして,発育を促進させ成
熟児にする治療法がないかという点について,従来から多くの研究や治験が実施さ
れてきた。例えば,マルトース母体投与法,ソルコセリル投与法,微量酸素吸入療
法など多数の方法が考案され世界中で実施されたが,いずれも効果は認められず,
悪化した子宮内環境の改善によるIUGRの胎児の妊娠中の治療は,現時点では不
可能であるとされている。
ウそうなると,IUGRの胎児は悪化した子宮内の環境改善が望めない以上,
栄養状態の悪化及び低酸素状態が劣悪化しないうちにある程度のところでべん出を
計画することとなるが,この胎児の健康状態(胎児ウエルビーイング)を把握する方
法としては数多くの手技が考案され,これらを用いてより適切なIUGRの胎児べ
ん出時機を決定する妊娠中の胎児診断が重要となっている(甲17。)
2精神発達遅滞(精神遅滞)について
(1)定義
ア精神発達遅滞とは,種々の原因により精神発育が恒久的に遅滞し,このため
知的能力が劣り,自己の身辺の事柄の処理及び社会生活への適応が著しく困難であ
るもの(昭和28年の文部省次官通達,又は一般的知的機能が有意に平均よりも)
低く,同時に適応行動における障害を伴う状態で,それが発達期に現れるものをい
う(米国精神薄弱協会1973年)と定義される。後者の定義によれば,①有意
(),,平均より2標準偏差以上に低い知的機能②年齢に応じた適応行動の発達不全
③18歳未満の発症が診断基準となる。したがって,低IQ(知能指数)であるこ
とだけで精神発達遅滞の診断が下されるのではなく,知的機能と適応行動との両者
に障害があると確認されたものだけが,精神発達遅滞として分類される。
イ精神発達遅滞の程度は,軽度から最重度までの4段階に分類されるが,その
程度は個人差,個人内差,年齢,教育及び養育環境により,対人関係,集団適応等
により異なる。
精神発達遅滞の発生率は報告者により0.86から5.6%までと幅広く,通常
人口50人に約1人(出生100に対し2から3人)の高率に上っている(甲6,
7。)
(2)原因
精神発達遅滞は一つの疾患単位ではなく状態像であり,その原因も脳性麻痺と同
様に,出生前,周産期,出生後障害の多岐にわたっている。精神発達遅滞の原因と
しては以下のようなものが挙げられる(甲7。)
ア原因不明:約30∼40%
イ遺伝的要因(約5%:先天性代謝異常単一遺伝子異常(結節性硬化症,))
染色体変位(転座型ダウン症候群。)
ウ胎生初期の異常(約30%:染色体異常(例;21トリソミー型ダウン症)
候群,毒物や感染症による出生前の障害(アルコール,風疹,サイトメガロウィ)
ルス等。)
(),,,エ妊娠及び周産期の問題約10%:胎生期の栄養不良未熟児低酸素症
外傷。
オ小児期にり患した身体疾患(約5%:感染症,外傷,重金属中毒)
カ環境の影響と精神障害(約15∼20%:養育の欠如,社会的,言語的,)
その他刺激欠如及び重度の精神病の合併。
(3)症状
精神発達遅滞に伴う症状は,知的発達障害を主に,行動障害,精神症状,性格上
の問題,身体症状として身体諸器官の形態的及び機能的問題,運動機能,てんかん
発作等,言語の問題,学習上の困難性等が認められる(甲7。)
(4)脳性麻痺(CP)との関係
ア脳性麻痺とは,受胎から新生児期(生後4週間以内)までの間に生じた,脳
の非進行性病変に基づく,永続的なしかし変化し得る運動及び姿勢の異常であり,
その症状は満2歳までに発現する,非進行性疾患や一過性運動障害,又は将来正常
化するだろうと思われる運動発達遅延は除外される(厚生省脳性麻痺研究班昭和
43年乙15。)
「」。イ脳性麻痺児においてはいわゆるAllorNoneの現象がみられる
すなわち,児は,死亡するか,脳性麻痺を発生するか,あるいは正常かのいずれか
となる。
,,脳性麻痺と精神発達遅滞とは別の疾患であるが一部重複しているところもあり
以下のような関係が認められる。
①脳性麻痺児の約50%は正常な知能指数を示すが,約25%は高度な精神発達
遅滞である,②高度な精神発達遅滞児のうち約10から15%までは脳性麻痺を併
,()。,発し周産期の低酸素状態asphyxiaがその原因として推定されるしたがって
もし精神発達遅滞が低酸素状態によって起きる場合には,脳性麻痺も同時にみられ
。。る③脳性麻痺を併発しない精神発達遅滞は分べん中の低酸素状態との関連はない
(乙1,2)
3本件分べんに至る経過(認定に供した証拠は,認定事実の末尾に摘示するほ
かは,乙3ないし5に基づく)。
(1)ア原告の母である花子は,昭和(略)生まれであり,平成5年当時32歳
であった。非妊娠時の身長は154㎝,体重は48.5㎏であった。
イ平成5年8月22日午後1時15分,花子は被告病院の産婦人科を受診した
ところ,妊娠7週1日と診断されたが,切迫流産のおそれがあり安静が必要であっ
たので,同病院に同年9月12日まで入院した。花子は,同病院の医師に最終月経
,。日を同年7月3日と申告し分べん予定日は平成6年4月9日であると診断された
,()ウ平成5年9月12日の退院に際しての診断では胎児の胎児頭殿長CRL
18㎜,8週5日相当,胎児心音ありで,外来フォローアップが必要であるとされ
た。
(2)その後は,特に問題もなく推移し,当初は1か月に1回,平成6年2月に
2回,同3月には4回の割合で,被告病院にて定期的に診察を受けた。
平成5年9月28日から平成6年4月30日までの診察,検査内容は以下に付け
加えるもののほかは別表1記載のとおりであり,同期間内における頸管熟成度を確
認するビショップ(Bishop)スコアの結果は別表2のとおりである。なお,ビショ
,「」「」「」「」「」ップスコアとは頸管開大度展退度児頭の下降度硬さ子宮口の位置
の5項目により頸管熟成度を評価するもので,9点以上が熟化と評価される。
ア平成5年9月28日,花子は被告病院でA医師の診察を受けたところ,妊娠
12週3日,異常所見なし,CRL(胎児頭殿長)39㎜,妊娠11週2日相当,
胎児心拍あり,性器出血なしとの診断であった。
イ同年10月27日,胎児のCRLは93㎜であった。
ウ同年11月29日,花子は貧血の疑いがあると診断された。A医師は,CB
C(全血液計測)を行い,同人に対して補中益気湯を3包/3×14TDの割合で
処方した。
エ同年12月27日,太郎が風しんにり患したため,花子についても風しんが
疑われた。なお,花子に対する風疹赤血球凝縮阻止抗体検査の結果は,64倍との
数値が出た。
オ平成6年1月25日,B医師は花子に対しブドウ糖負荷試験(GTT)を実
施した。花子の血算は12.4g/であり,クラミジア反応は陰性であった。BŒ
医師は,花子の尿から糖が検出されたことから,糖尿病を疑った。後日,糖尿病自
体にはり患しておらず問題のないことが判明した(甲15。)
カ同年2月22日,花子の体重が60.7㎏に増加したため,被告病院のB医
師らは同人の体重増加に注意した。
キ同年3月11日,A医師は,花子の胎児の推定体重が妊娠週数に比して軽い
ことから,妊娠週数の違いであるか又は胎児がIUGRではないかと疑った。この
点につき,同医師は同月16日の診断の際に確認し,花子の胎児がIUGRである
と確定診断をするに至った(A尋問調書18頁。しかし,同医師は,花子に対し)
て胎児の発育が遅れているとの指摘をしたにとどまった(花子尋問調書22頁。)
ク同月25日,花子の血算は12.9g/,また,HPL(ヒト胎盤性ラクŒ
トゲン)及び尿中E(尿中エストリオール)の胎盤機能検査を実施し,その結果3
はそれぞれ4.9μg/,10μg/であった。同病院のH医師は,内診によ‹‹
り児頭に触れ,その時にはまだ骨盤の中に児頭が入っていない状態を確認し,さら
に,ザイツ法(児頭骨盤不均衡判定方法)により児頭骨盤不均衡の所見が認められ
たため,必要なら次回診察でグットマン検査(児頭骨盤不均衡を測定する際に用い
るX線骨盤計測)を行うように指示したが,その後必要ないと判断され同検査は行
われなかった(A尋問調書23ないし24頁。)
ケ同年4月7日,B医師は,花子に対してノンストレステスト(NST)を実
施したところ,反応型(reactivepattern)の所見を示した。同日,同医師はマイ
リス200及び5%ブドウ糖(GLO)20を花子に投与した。この診断の際‹‹
に,頸管熟化や児頭の下降がみられなかったため記録の再検討がされ,上記NST
の結果が反応型であったことから週数の補正をして様子を見ることとし,推定妊娠
週数が39週5日から38週4日に,同年4月9日の出産予定日が,同月17日に
補正された(A尋問調書2頁。)
コ同月11日,被告病院の医師は,マイリス200及び5%ブドウ糖(GL‹
O)20を花子に投与した‹
サ同月16日,ヒト胎盤性ラクトゲン及び尿中エストリオールの胎盤機能検査
を実施し,その結果はそれぞれ5.5μg/,5μg/であった。‹‹
シ同月21日,B医師は花子に対し,NSTを実施したところ,反応型の所見
を示した。同日,同医師はマイリス200及び5%ブドウ糖(GLO)20を‹‹
花子に投与した。
ス同月30日,A医師は,内診の際に,花子に対して卵膜剥離の処置を行い,
頸管を広がりやすくし,陣痛の発来が容易になるような処置を行った(A尋問調書
4頁)
(3)上記(2)に認定したように,花子は,平成6年4月に数回の診察を被告病院
で受けたが,予定日を過ぎても出産の兆候がなかったため,心配となり,診察した
B医師に質問したところ,同医師は「大丈夫心配ない「予定日に生まれる方が。」
少ないのだから」などと述べた(甲11。。)
また,前記認定のとおり,花子に対して,子供が生まれやすくなるようにとマイ
リス(妊娠末期子宮頸管熟化不全における熟化促進剤)が数回にわたり注射された
が,それでも出産の兆候が生じなかった。
4分べん中の経過(認定に供した証拠は,認定事実の末尾に摘示するほかは,
乙3ないし5に基づく)。
(1)ア平成6年5月2日午後7時ころ,花子には不規則に陣痛があり,その後
10分間欠,5分間欠の陣痛が始まり,同日午後11時50ころ,同人は被告病院
に5分間隔の陣痛が発来した旨電話で連絡し,花子の母親が運転する車で被告病院
に到着した。花子は,翌3日午前0時10分ころから被告病院に独歩して入院し,
分べん準備室に入り,その後花子に対し浣腸が行われた。この時点において,子宮
口は,2㎝開大していた。同日から翌4日までのビショップスコアの数値は別表3
のとおりである。
イ同月3日午前1時ころ,胎児心拍数モニターを装着したところ,反応型(re
activepattern)の所見を示した。
ウ同日午前9時15分ころ,花子に対しプロスタグランジンE1錠が挿入され
た。
エ同日午前11時ころ,CTG(胎児心拍陣痛計(図)による,モニタリン)
グが開始された。
オ同日午後0時40分,A医師は,内診を行い花子の子宮口が4㎝に開大した
ことを確認し,花子に対しマイリス600㎎を静脈注射した。
カ同日午後0時50分ころ,CTGによるモニタリングにより,心拍心音が一
。,時的に80bpm以下に変動する変動一過性徐脈が確認されたその時点において
花子に陣痛は認められなかった。
キ同日午後1時30分ころ,CTGによるモニタリングより一過性頻脈が認め
られ,反応型(reactivepattern)の所見を示した。同日午後2時30分,花子は
不規則な陣痛があると訴えたが,分娩監視装置上,ほとんどはりは認められなかっ
た。
ク同日午後4時,約5時間に及ぶモニタリングにより,反応型(reactivepat
tern)であることが確認されたので,CTGによるモニタリングを終了した。A医
師は内診を行った上,CTG上異常所見がみられず,陣痛の増強もなかったので微
弱陣痛と判断して,花子をいったん帰宅させた。
(2)ア同月4日午前2時ころ,再び約5分おきに陣痛が始まったので,花子は
太郎の運転する車で被告病院に到着し再入院した。なお,この時点における花子の
妊娠週数は42週3日であり,いわゆる過産期となっていた。
イ入院後の同日午前2時20分ころ,花子に対しCTGによるモニタリングが
開始され,内診により,陣痛は不規則かつやや弱めであること,花子の子宮口が4
㎝に開大していることが確認された。この時点から同日午前7時10分までのビシ
ョップスコアは前記別表3のとおりであり,その間に花子は破水し,早期破水であ
ると診断された。
同日午前3時40分の内診でも,花子の子宮口が4㎝に開大していることが確認
され,陣痛は微弱,不規則であり様子を見る必要があるとされた。
ウ同日午前8時10分ころ,花子の子宮口がほぼ全開大(8㎝)となったが,
CTGによるモニタリングにより約10分間にわたって胎児心拍数が60から80
bpmまでに低下する遅発性徐脈が認められた。
そのころ,D助産師が花子のもとへ来て,胎児の心音が落ちているという趣旨の
ことを述べ,花子に対して体位変換,酸素5ℓ投与を行ったところ,胎児心拍数は
速やかに120bpmから160bpmに回復した。D助産師は,A医師に対してドクタ
ーコールを行い,同医師は花子の内診を行った。
エ同日午前8時30分ころ,CTGによるモニタリングにより変動一過性徐脈
が認められた。
オ同日午前8時50分,D助産師は,上記午前8時10分に徐脈が認められた
こと及び当日が休日であったためあらかじめ小児科医を優先的に確保しておいた方
がよいと判断し,小児科のG医師にドクターコールを行った(D尋問調書6頁。)
カその後も,何度か遅発性徐脈の所見が認められたが,いずれも100bpm以
上,かつ5分以内のものでありアクセレレーションも認められた。
キ同日午前9時ころ,花子の子宮口は全開大(10㎝)となり,A医師は内診
を行ったが,羊水流出はほとんどなく,かつ混濁は認められなかった。
,,,クA医師は花子の体位を側臥位へと体位変換させ同日午前9時10分ころ
子宮口が全開大であったことから分べんを早めるためアトニン(分べん誘発剤)5
単位をブドウ糖500に希釈し毎分25滴にて花子に点滴した。‹
(3)ア同日午前9時20分ころ,担当医師がA医師から,非常勤で花子とは初
対面のC医師に交替した。A医師は,引継ぎに際し,胎児がIUGRであり小さめ
であること,午前8時10分の時点で心拍が一度落ちているが酸素を投与したこと
で回復していること,遅発性徐脈は時々みられるがもうすぐ正常に戻ると思われる
こと,子宮口が全開大となっているからこのまま経膣分べんでいいのではないかと
判断されること,子宮口は全開大であるが陣痛が弱かったことからアトニンを使う
,(,,つもりであることその用量等を申し送ったA尋問調書25頁C尋問調書2頁
14頁。)
イその後,C医師が内診を行ったが,C医師は花子に対して,子宮口は全開に
は開いていないこと,胎児が降りてこないことを述べた(花子尋問調書15頁,C
尋問調書17頁。)
,,,ウ同日午前9時45分D助産師はC医師にドクターコールを行い同50分
C医師は,花子が過換気(過呼吸)となっていたため,同人に対する酸素投与を中
止した。過換気とは,心因性,身体的ストレスによる情動反応により,呼吸性アル
カローシスに至るものであり,酸素投与を中止して,二酸化炭素濃度の上昇を図る
必要があり,上記処置により花子の状態も落ち着き,酸素投与中止後の胎児の状態
も安定していた。さらに,同医師は,D助産師に指示し,フルマリン1gと生理食
塩水100を注入した。‹
エ同日午前10時ころ,花子に怒責感が軽度に出現したので,同10時40分
ころ同人を分べん室に移し怒責をかけた。D助産師は,花子のそばにあって,モニ
ターを確認しながら「もっと力を入れて「もっといきんで」等といきみ方を,。」。
指導した。
,,,,,なおD助産師は同10時ころC医師に対しアトニンの増量の指示を仰ぎ
同医師は,アトニンの投与を毎分30滴に増量し,さらに同10時40分ころ,ア
トニンの投与を毎分35滴に増量した。
そのころ,陣痛の発作が短く,花子は怒責がうまくできない状態であった。
オ同日午前11時00分,CTGによるモニタリングにより変動一過性徐脈と
も遅発一過性徐脈ともとれる徐脈の出現が認められた。この徐脈の最下限はいずれ
,。,も110bpm以上のものでありその後すぐに130∼140bpmに回復したまた
胎児に産瘤が軽度に認められた。
D助産師は直ちにドクターコールを行い,C医師の診断を仰いだところ,同医師
は,徐脈は認められるものの,児頭の下降も進んでいたことから,帝王切開による
よりは,経膣分べんによりべん出を急ぐべきであると判断して,経膣分べんを継続
した。
(4)ア同日午前11時05分,胎児の産瘤はやや増強し,C医師は,アトニン
の投与を毎分40滴に増量したところ,同15分に花子の怒責は強くなり,同19
分に,花子は経膣分べんにて原告を分べんした。
イ原告の出生時の体重は2126gで,泣き声を上げることがなく,全体が暗
紫色で,手足もぐったりとしていて,全身チアノーゼの症状を呈しており,心音微
弱,自発呼吸がない状態であった。
ウ原告に対し,出生後,あらかじめ待機していた小児科のG医師によって,吸
引,アンビューバックによる酸素投与等の救急そ生術がされたが,アプガースコア
は1分値1点,5分値4点という新生児仮死状態であり,アプガースコア10点と
なるまでに出生後59分を要した。
エすなわち,同日午前11時23分,アプガースコア4点(弱く発声あり,)
同25分アプガースコア5点(自発呼吸確認,同34分アプガースコア6点(筋)
緊張下肢にあり,同50分アプガースコア7点(チアノーゼ改善,同日午後0))
時00分アプガースコア8点,同19分アプガースコア10点という経過をたどっ
た。
(5)原告には,陥没呼吸及び神経症状である落陽現象が継続し,児の活動が弱
いため,同日午後0時30分に被告病院を救急車で出発して,同日午後0時50分
に医大病院のNICUに搬送された(乙6,乙A17。)
同日,G医師は,太郎及び花子に対し,児が小さく出生時の状況があまり良くな
く,出生前に早期破水しており感染症の可能性が考えられることから,大学病院で
管理をした方がよいだろうと病状を説明した(甲12。)
(6)分べん児における花子の出血量は,分べん第2期1時間値52,2時間‹
値20で,分べん第3期80の総計152であった。胎盤は,重量は500‹‹‹
g,形状は円形で,質は脆弱であり,暗赤色で,石灰沈着(++,白色梗塞(+)
+)が認められた。また,前羊水の量は少から中程度であり,悪臭及び混濁は認め
られなかったが,後羊水の量は中程度で泥状の混濁があった(++)が,固形物が
引けたということはなく(D尋問調書11頁,悪臭もなかった。臍帯巻絡は認め)
られなかった。
5分べん後の経過(認定に供した証拠は,認定事実の末尾に摘示するほかは,
乙16ないし19に基づく)。
(1)搬送後の病状
原告は搬送先の医大病院のNICUにて治療を受け,平成6年6月19日退院し
た。
同病院に搬送した当時の原告の状態は,以下のとおりである。筋緊張及び活動性
が弱く,皮膚の色はややチアノーゼを呈しており,多呼吸であるが陥没呼吸や呻吟
は認められなかった。肺音は清明であり,心雑音は認められなかった。また,落陽
現象も頻回にみられた。胸部レントゲン写真は斑状陰影(全肺野)を呈していた。
なお,出生時原告の陰嚢には表皮剥離が認められた(乙5。)
医大病院の医師は,上記所見及び入院中の経過等から,原告の疾患につき,①新
生児仮死,②胎便吸引症候群,③高ビリルビン血症,④心房中隔欠損症,⑤心室中
隔欠損症,⑥MRSA感染症,⑦低出生体重児(IUGR,⑧脳出血との診断を)
行った(乙17の2−4頁。)
平成8年3月13日,医大病院は,原告の上記期間中の病名を低酸素性虚血性脳
症と診断した(甲28。)
(2)医大病院における各疾病に対する治療及び経過
ア新生児仮死
原告は,医大病院への前記搬送後,搬送用クベースに入室したが,顔色やや不良
で,多呼吸であり,酸素の吸引が弱く,ゼクレートが多量であった。SpO値802
台からさらに70台に下降したため,原告に対して酸素吸入を開始したところ,S
pOは90台へと回復した。前述のように,原告には,けいれんはなかったが著明2
に落陽現象が認められ,レントゲン写真上,肺野がかなりの程度に胎便により汚染
されており,吸引を頻回に行ったが,胎便吸引症候群の所見が認められた。
検査データでは,CK,LDH,GOTの値が高値であり,仮死徴候にあったこ
とを裏付ける所見が認められた(乙16−53頁。)
2日後まで呼吸状態が不安定であり,ゼクレートも多量であったが徐々に落ち着
き,4日後には酸素化もよく酸素吸入も中止となった。入院時よりCRP値が高か
,,()。ったが抗生剤を投与後陽性になることなく4日目に終了した乙16−53頁
また,原告に対しては,禁乳,輸液療法を開始し,入院時の低血糖35とやや低
値であるため75%base(3mg/kg/min)に変更したところ,血糖は正常域まで回復
した。
上記のとおり,原告には入院時より落陽現象が認められたので,頭部エコーを施
行したが,はっきりとした出血部位は確認されなかったが,その後も落陽現象が持
続してみられたため,平成6年5月10日,頭部CTを施行した結果,左後頭部に
出血巣が確認された。
同月24日,経過観察のために原告に頭部CTを施行したところ,前回の出血部
位はほぼ吸引されて小さくなっており,落陽現象はかなり少なくなっていたが,依
然として散見された。なお,けいれん等は全くみられなかった。
同月30日,原告の左右の前頭部に一致してスパイクが認められ,原告は月齢に
比して活動性が弱かった。
同年6月13日のMRIでは,原告の左後側頭領域に血腫が認められた。
退院当時,原告の状態は安定していたものの,原告の新生児仮死が重篤なもので
あったことから,今後成長,発達に影響が現れる可能性も大きく,外来にて神経学
的チェックなど,退院後も経過観察が必要であるとされた。
イ胎便吸引症候群
妊娠42週3日の過産期における出産であり,分べん時に羊水混濁が認められた
ことに加えて,原告の鼻こうより便が多量に吸引され,胸部のレントゲンにおいて
も斑状陰影が認められたことから,原告は胎便吸引症候群と診断された。
胎便吸引症候群とは,通常胎児は子宮内では胎便を排泄しないが,高度の低酸素
状態にさらされると羊水中に胎便を排泄すると同時に,あえぎ呼吸が出現すること
により,胎便で汚染された羊水を気道内に吸飲することによって起きる呼吸障害の
ことである。
原告には,多呼吸が認められたため酸素30%が投与され,さらに,化学性肺炎
,(),()。に対しアンピシリンAB−PCゲンタマイシンGMの投与が行われた
同年5月5日におけるレントゲン撮影では,原告の肺野はほぼ清明なことが確認
され,多呼吸も徐々に消失したので,同月8日に酸素投与は中止された。CRP値
も最高3.3まで上昇したが,同月8日には陰性となったため原告に対する抗生剤
の投与は中止された。
ウ高ビリルビン血症
同年5月5日(生後1日,原告の黄疸が総ビリルビン値8と増強したため,同)
日より光線療法が開始された。翌日総ビリルビン値7.3に下降していたため,光
線照射は中止された。
エ心房中隔欠損症(ASD,心室中隔欠損症(VSD))
同年5月7日より,原告に心雑音が出現した。レントゲン上は,正常範囲内であ
,,()。ったが心電図では陽性T波が出現し右心室肥大RVHの所見が認められた
その後,原告の心雑音は増強し,聴診では同人の胸骨左縁ⅡからⅢ肋間に収縮期駆
出性雑音を聴取した。
同月10日に,原告に対し,心エコーを施行したところ,エコーにてASD(2
次口欠損タイプ,VSD(膜欠損)が確認された。原告の尿量も少なかったため)
イノバン(ドパミン)及びドブトレックス(ドブタミン)を各2γずつ投与して様
子を見ることとしたが,原告の体重増加及び尿量が少ないため,ラシックス,アル
ダクトンを使用したところ改善傾向になった。
同月13日,シゴシンの投与を0.01㎎/㎏/day割合にて開始し,イノバン
(ドパミン)及びドブトレックス(ドブタミン)の投与を次第に減少していった。
.,同月16日の原告の血中濃度は121と比較的良好で有効域にあると認められ
ジギタリゼーションにて,経過を見ることとされた。
なおこれらの疾患は,投薬の後8か月して自然治癒した。
オMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染
,,,同月13日原告に38度の発熱が認められ何らかの感染症が考えられたので
咽頭血液培養が施行された。医師らは,この時期の疾病で一番考えられるものとし
て,MRSA感染をメインに考え,硫酸アルベカシンの投与を行った。翌日,原告
は37から38℃の発熱が続いていたが,CRP値も徐々に低下し,5月18日に
は陰性化した。咽頭培養によりMRSA感染が検出された。
(3)退院後の措置
退院時の原告の体重は3070g,身長50㎝,頭囲35㎝,胸囲32.5㎝と
なっており(乙16−54頁,原告のほ乳力は良好で,泣き声及び自発運動はい)
ずれも良好であった。
同年6月19日の退院後,原告は医大病院の心臓外来にて,シゴシン及び利尿剤
P.O.の投薬を受けながら,経過観察されることとなった。
(4)退院後の経過
ア原告は元来溢乳しやすかったが,同年7月11日,ほ乳後噴水状の嘔吐がみ
られたので,同月14日,医大病院に再度入院した。入院後の検査により,幽門部
にオリーブの実大の腫瘤が触知されたことから,肥厚性幽門狭窄症と診断され,肥
厚した幽門部の横断像の輪状筋が5㎜以上,縦断像で約20㎜であり,腹部レント
ゲン撮影にて胃拡張,小腸ガスの減少が認められた。入院後,輸液管理を行い,原
告の状態を整えた後,同月20日,原告に対し,ラムステット幽門筋切開術が施行
された。翌21日,腹部レントゲン撮影にて胃拡張のないことを確認した後,原告
に対して授乳を再開し,経過が順調であったことから,同年7月27日に,同人を
退院させた(乙18−3頁。)
なお,同月18日の医師から両親に対する病状説明に際して,落陽現象,体が硬
いなどの所見があるので神経学的異常を否定できないとの指摘がされ,必要に応じ
て脳波検査,MRIを行っていく旨の説明がされた(同20頁。同月11日に行)
われた脳波検査の所見は,1−2C/S(サイクル/秒)の遅い波に,5−6C/Sの
低振幅な波が重畳しており,わずかにスピンドルと思われる早い活動が認められる
が,ハンプ及びスパイク(棘波)は認められず,全体としては正常であるとされた
(乙16の2−66頁。)
イ同年11月16日,医大病院おいて,原告に対し,X線診断が行われ,同診
断の結果,以下のような事実が認められた。
原告は扁平頭蓋であり,脳室系は軽度拡大しているが,脳実質では明らかな局所
の異常は認められなかった。脳白質のT1強調画像において高信号として観察され
る髄鞘化はほぼ満足できるものである。しかしながら,原告の脳梁は少し薄いもの
。,,であることが認められる全体としての原告の脳の印象は軽度に薄い脳梁であり
大脳容積は頭蓋より小さく,頭蓋と脳の不具合又は脳実質の軽度発達遅延であると
された(乙16の2−78頁。)
ウ平成7年1月25日,医大病院において,原告の粗大運動の1,2か月の遅
れが指摘され,発達評価の経過観察が指示された(乙16の1−80頁)。
エ同年2月6日,原告は,医大病院リハビリテーション部において,リハビリ
を開始した。その際,花子からは,原告は,むせやすく眠りが浅く寝付きが悪いこ
と,あお向けより腹ばいを好むこと等の症状が訴えられた。
診察中のリハビリでは,原告は,高這いは可能であるが坐位の姿勢を完全にはと
ることができず,花子からはできている旨の報告があった物の持ち替えもできなか
った。しかし,仰臥位となったときに,寝返り後直接高這いまでは行うことができ
た。原告の深部腱反射の反応は体全体において(±)であり,パラシュート(乳幼
児を,立体懸垂位又は腹臥位懸垂から,急激に頭部を前下方に倒したときにみられ
。)(),(),()。る四肢の保護伸展反応も前方±側方−後方−との反応であった
診断の結果,原告には,運動発達に2か月程度の遅れがあり,また腹筋等体幹前
屈筋力低下がみられ,坐位の保持が不完全であることが指摘された。また,原告の
下肢には筋緊張の軽度亢進が認められるので,花子に対し,下肢ストレッチ,坐位
での引起しを訓練するように指導がされた。さらに,原告の認知が遅れている可能
性が大きいため経過観察に付された。
オ同月13日,医大病院リハビリテーション部を受診したところ,原告の坐位
バランスは向上し腹筋訓練も上昇したが,同病院の医師より,両親の原告に対する
話しかけが少ないので,話しかけを多くするようにとの指導がされた。
カ同年3月11日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その
際花子は,同部の医師に対して,原告の様子について,言葉はまだはっきりとせず
「アー,アー「マー,マー」などとしか発せず,高い視線を好む様子がある旨述」
べている。
,(,,,,,,同日津守式乳幼児精神発達質問紙運動探索操作社会生活習慣理解
言語の五つの領域について発達輪郭をみる検査であり,母親から子供の日常生活,
活動を観察した結果を問い評点化するので,特定の検査条件を要しない。以下「津
守式検査」という)を実施したところ,運動10−35,探索操作7−27,社。
会8−19,食事7−12,言語1−1であった。
診察中のリハビリでの原告の様子は,以下のとおりである。すなわち,仰臥位か
らおもちゃを持ち替えることができ,かつ肩を下制して頭を屈曲させることもでき
た。また,頸を左右に回転させることも可能であった。坐位時間は向上し足を触っ
ていることが多くなったが,腹臥位では三点指示及び四つんばいは可能であるもの
の,四つんばいの耐久性は低下した。ハイハイは2∼3歩で崩れるが,つかまり立
ちは可能となった。立位にて原告の興味を引くものを左右へと誘導し体幹を回転さ
せることもできるようになっており,また声をかけても平気であった。足把握は
(±)から(+)へと向上した。
診断の結果は,以下のとおりである。すなわち,原告の坐位時間及びバランスは
向上しており,動作から考慮すると腹筋等,体幹筋の固持収縮は向上していること
が認められ,また原告本人も高い視線を好むという興味が出現している。徐々に立
位での動作が多くなってきたが,まだ立位バランスが不安定で,つかまっている状
態が多かった。訓練としては,立位での耐久性の向上,体幹回転の頻度を多くする
こと,また四つんばいハイハイ等を加える指導が行われた。
また,この当時原告は生後10か月となっているが,母子関係をみてみると花子
に2児めが生まれてくることもあり,花子と原告との接触機会が少なくなっている
ことが予想されるため,早期に療育施設等へ結びつけて,ほかの母親たちとの交流
を深めることも大切かと思われるとの指摘がされた。
キ同年4月22日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その
際,花子は,同部の医師に対して,原告の様子について,午前中ずっと寝ていて夜
になると指しゃぶりばかりしていること,呼んでも振り向いたりせず原告の反応が
鈍い旨述べ,原告の祖母も,花子の遊ばせ方が下手で原告に何もやらせない旨を述
べた。
診療中のリハビリでは,原告はつかまり立ちから,つたい歩きは(±)であった
が,その際左右への移動ができるようになってきており,積み木打ちもできるよう
になった。
同日の診断では,原告の運動機能面は徐々に向上してきていることが認められる
が,花子との接触関係が少ないこともあり,今後1か月の母子関係について確認す
る必要があることが指摘された。
ク同月26日,原告に対して精神発達検査(検査方法:乳幼児簡易テスト遠城
),,..式が行われ同検査の結果原告は満年齢115月に対して精神年齢8月で2
5月の遅れが認められ,精神発達指数(DQ)は70であった。
同検査における総合所見は以下のとおりである。すなわち,原告は,呼んでも余
り反応がなく,コミュニケーションをとろうとしない。よく笑うが,マイナスの表
情は余り見せず,例えばぶつける,物をとられるなどの痛みへの反応がない。親指
と人差し指で積み木を扱うことがいまひとつ習得できず,中指が入ってしまう。右
,,から左へ物を持ち替えることはできるものの物を握ったり扱ったりする興味より
指先に触れ,手のひらの感触を楽しむ段階である。つかまり立ちはできるが,足が
しっかり床に着かず,つま先立ちになってしまうことが多い。余り立ち上がらない
が,かと言って,はうことも好きでない様子である。座ったままで,手の届く範囲
の物を触れて満足しているところがある。おもちゃは音の出る物にとても興味を示
し,母のことは「マーマー」と言って探すようである。
ケ同年5月17日,医大病院において,原告に対し,X線診断が行われ,同診
断の結果以下のような事実が認められた。
原告の脳室系の大きさは正常であり,脳白質の髄鞘の変化はT1イメージでは満
足すべきものがあった。T2イメージでも脳鞘の変化が脳白質において認められ,
これも満足すべき所見であった。頭蓋の前後径は小さく,偏平頭蓋が疑われるもの
の,全体の印象としては,原告の脳白質の髄鞘はほぼ満足すべきものであり,脳M
RIはほぼ正常であった。
コ同年5月27日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その
際,花子は同部の医師に対し,原告の様子について,呼びかけに反応するようにな
,,,り少し歩くそぶりを見せるようになったこと夜も眠るし昼寝も十分にすること
いつも口を開けて舌を出していること等を述べた。
診察中のリハビリでは以下の事実が認められた。原告の関節可動領域は正常範囲
内であり,坐位から立位への変更及びつかまり立ちは可能で手での支持も可能であ
った。また,立位での体幹回転も片手による支持のみで可能であり,坐位から半膝
立ち様の動作も(+)であった。歩行面は,歩行補助玩具を利用して,少し押すこ
とも可能であるが,その動きについていけず,飽きやすい面がうかがわれた。階段
の昇降については,自力ではって昇り後ろから降りることが可能であった。筋緊張
は正常であり,頭囲は46㎝に成長した。言語面においては「パパ,ママ」のほか
後はうなっているような感じであり,食事面はスプーンを使用して花子が食べさせ
れば,全量摂取は可能であったことが認められた。
同日の診断では,歩くための条件がそろってきて,近いうちには歩行が可能であ
ると見込まれ,母子の接触する機会も増えてきたこと,食事等は原告と花子が一緒
になり練習するという意味でも摂取する様に説明がされ,立位の機会を多く与える
ようにとの指導がされた。
サ同年6月24日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その
際,花子は,同部の医師に対して,原告の活動性が向上してきたこと,原告が自分
の足を持ち上げて足で遊ぶようになったことなどを述べた。
診察中のリハビリでは,仰臥位でのボトムリフティングは(+)であり,坐位で
のパラシュートでは後方(±)であった。可動領域は正常範囲内であり,筋緊張も
正常であったことが認められた。
津守式検査では,運動42.5,理解7,操作35,社会23,食事16.5と
の検査結果が認められ,遅れてはいるものの徐々に運動発達機能は向上しているこ
とが認められた。
シ同年11月15日,医大病院において,原告に対して精神発達検査が行われ
た。同検査によれば,原告は満1歳6か月の実年齢に対して,精神年齢は8か月と
遅れが認められ,精神発達指数(DQ)は44であった。同検査においては,総合
としては,原告は運動面を除いて退行したように思われるとして,以下のような所
見が述べられた。
すなわち,原告の行動を観察すると,運動面では,坐位から立ち上がり2,3歩
自立歩行ができること,片手におもちゃを持って立ち上がる又は落としたおもちゃ
を立ったままで拾い上げることができ,おもちゃを両手に同時に持つことはできな
いが片手から他方へ持ち替えることができること,立位で頭に布をかぶせるとバラ
ンスを崩すことなく取り払えること,おもちゃは目的的に使わず口に入れてなめて
しまう段階であること,興味がはっきりとせず手探りで触れたものを手にしたり扱
ったりすること等が認められた。社会性については,視線が合わず,偶然のように
目が合うとしばらくじっと見つめるが心的冷たさを自閉症児のように感じないこ
と,人のことや周りの人の動きに関心,反応を示さないこと,眠くなると母のとこ
ろへとりあえずは行くが母と他人の区別はない様子であること,花子が二人目を身
ごもったときに,花子自身の体がきつくほとんど放っておいた状態であったため,
そのころより視線が合わなくなってしまっただけでなく両目を閉じたりすることが
。,,,()多くなったことが認められる言語面ではパパママという単語喃語なんご
が全く消失しアウアウと言うだけとなっており,怒ったり自分の意に添わないとき
は手をバタバタさせて声を出して表現すること,音に対して興味,反応を示さず,
そのことは特に人の声や低音域の場合に顕著であることが認められる。その他,原
告には表情がほとんどなく,ぶつけたところを触れるが痛みに対して泣かず,あき
らめが早いこと等が認められた。
ス同年11月25日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。そ
の際,花子は,同部の医師に対して,原告が10歩くらい歩き出したこと,原告の
情緒が不安定な気がすること,座っていても後方へ倒れてしまうこと等を述べた。
診察中のリハビリでは,原告の歩行には上肢緊張が増強し,尖側傾向がみられた
が(尖足はアキレス腱の拘縮により足関節が底屈位を示す変形で,他動的な背屈が
できない状態である,歩行自体は5,6歩可能となっていた。。)
津守式検査では,運動15か月,理解11か月,探索操作15か月,社会12か
月,食事11∼12か月であり,若干の遅れが認められた。
セ同月29日,医大病院耳鼻科において,原告に対し簡易聴力検査(ABR)
が行われ,同検査の結果右域値40db,同潜時延長,左域値20db,同潜時正常で
あると認められ,聴力的には言語発育は問題ないと考えられたが,聴力に左右差が
あり,今後とも定期的な検査が必要であり,1年後にもABRの再検査を要すると
された(乙16−101頁。)
ソ平成8年1月25日におけるリハビリでは,原告の状態について以下の事実
が認められた。
運動面では,立ち上がり,歩行ともスムーズであること,歩行時にややワイドベ
ースとなるが,上肢は低緊張であるか,片手にものを持ったり両手でものを持って
しゃぶりながら歩行が可能であった。
精神面では,遊びは電話のおもちゃ等に関心を示すが,ゴムのユラユラする部分
をひっぱったりする感覚的な遊びであり,そうしたユラユラするような視覚的刺激
に対しても笑顔がみられる。体をぐるぐる回されたり「高い高い」等に対しても,
笑顔を大いにし,喃語(なんご)のバリエーションも増加した。
,,上肢操作については床に座り込んで床に落ちたものを自分の正面で見るときに
両肘伸展位で突っ張る感じの範囲であることが認められ,体幹前屈での範囲のパタ
ーンは観察されていない。指先の動きは良好である。
社会性については,花子によれば,原告は抱きしめられると抱きつき返してくる
ということであった。リハビリでは,アイコンタクトは1秒くらい可能であり,自
分から視線を外してしまうこと,呼んでも振り向いたりするといった反応は認めら
れないが,花子が「おいで」というと,やや抱きつくように両手を広げ歩み寄るこ
とが認められた。また,嫌なことや行動を制止されると,怒って表情をしかめ,八
つ当たりするようになるなど,表情が増えてきていることが認められた。
全体としては,ややバランスが低下しているが運動的には順調であるものの,精
神面,社会性の発達に問題がある。もっとも,わずかずつであるが情緒的発達が観
察されているといった状態であった。
タ同月26日,原告に対して,医大病院において,津守式検査が行われた。同
検査の結果は,原告の実年齢満1歳8か月であるのに対し,運動15か月,探索操
作15か月,社会性12か月,食事11か月,理解言語11か月であり,運動発達
についてはやや遅れがあるものの順調であり,社会性,精神面が主として問題とな
るとされた。
,,,チ同年2月1日午後6時ころ原告は食事中に眼球が上転した状態で固定し
両手を屈曲させ,両下肢はつっぱったままの状態となり,その状態が2,3分間に
わたって継続した。顔面はチアノーゼの症状を呈しており,呼吸が止まったように
見受けられたので,医大病院の救急センターに搬送された。その結果,てんかん発
作として原告は経過観察されることとなった(乙19−5頁。)
ツ平成13年8月17日,原告に対し,医大病院の小児科において脳波検査が
行われた。脳波の所見は,中等から高振幅が緩やかに認められ,速波が混入してい
おり,右側に優位な棘徐波があると認められ,判定としては異常があると認められ
た。
テ同年10月1日,原告は再度てんかん発作を起こした。
6原告の現在までの状況
,,,,ア平成14年3月6日戊地域療育センターにおいて原告は運動発達遅滞
協調運動障害,精神遅滞と診断された(甲10。)
同診断の詳細は,以下のとおりである。すなわち,精神発達評価については,平
成13年1月12日,新版K式発達検査によれば発達指数はDQ15であると認め
られ,平成12年10月30日における診察では,有意語はなく,言語理解も困難
であり,日常生活動作では全面的に促し又は介助が必要な状態であった。
運動発達評価については,前記平成13年1月12日における発達検査では,姿
勢,運動の領域で発達指数25(6歳8か月当時で1歳8か月相当)であり,前記
平成12年10月30日の診察では,独歩は可能であるものの,階段昇降にはつか
まるところが必要な状態であった。
イ脳波の所見は,平成9年10月7日の検査では右半球にスパイク(スパイク
電位:神経細胞,筋線維などの興奮性細胞において,脱分極がある一定値(臨界膜
電位)を超えると,膜電位は細胞内が負の状態(静止膜電位)から急に正の値に達
し,再び静止時の電位に戻る。このような膜電位の変化を活動電位とよぶが,その
うち急激な部分はスパイク電位とよばれ,その後の比較的ゆっくり変化する後電位
と区別される)が頻発しており異常が認められ,平成10年6月17日の検査で。
は両側半球に異常波が認められ,平成11年6月21日の検査では右半球にスパイ
クが散見され異常が認められたが,平成12年6月8日の検査では脳波は正常であ
った。
ウ平成8年12月26日,原告は市より総合判定で障害の程度A1との認定を
受けた(甲18。)
エなお,先天代謝異常の検査の結果,原告の先天代謝異常は否定されている。
染色体異常についても,原告の染色体を分析すると46,XY型であり,染色体の
異常及び特異な外表的奇形は認められず,症候群とは考え難いとされた(甲26,
27,乙19−6頁,乙20。)
第4争点に対する当裁判所の判断
1争点(1)(診療契約の主体)について
被告は,平成5年8月22日,花子との間で,分べん管理を行うことを内容とす
る診療契約を締結したのであり,契約当事者でない原告が診療契約に基づく債務不
履行責任を追求できる根拠が明らかでなく,かつ,診療契約当時,原告は胎児であ
り権利能力を有していないのであるから,受益者たる地位を有しない旨主張し,債
務不履行責任の根拠を否定する。
,(,),,しかしながら上記第3の認定事実及び証拠甲11乙3によれば花子は
平成5年8月22日,被告病院において同病院の医師から診察を受け,切迫流産の
,,,おそれがあるということで入院して治療を受けたがその際妊娠7週1日であり
分べん日予定日は平成6年4月9日であると告げられたことが認められる。
これにより,花子と被告との間においては,原告の出生を条件として,同人の安
全な分べんの確保等を内容とする準委任契約(第三者のためにする契約)が成立し
た(第三者である原告の意思表示は,原告の出生の時点で同人の法定代理人親権者
である花子及び太郎により黙示的にされたというべきである)ものと認められる。
から,原告は被告に対して債務不履行責任を追及することが可能な契約当事者であ
るというべきである。
2争点(2)(分べん以前の管理義務違反)について
(1)妊娠週数の訂正について
原告は,妊娠週数及び分べん予定日は,IUGRを早期に診断し,適切な管理を
行うためには,妊娠初期において正確に診断されるべきものであるところ,A医師
らは,当初から妊娠週数,分べん日の診断を誤っただけでなく,その誤りを妊娠初
,,,期の段階で修正することを怠りまたIUGRを早期に診断すべきでありながら
IUGRを疑いつつ,IUGRの確定診断をせず,その結果IUGRに対応した胎
児の適切な管理を行わなければならないという,医師としての基本的な注意義務に
違反したものであると主張している。
確かに,正しい妊娠週数の診断が必要とされるのは,一般的に,妊娠週数の診断
の誤りにより間違った分べん予定日が算出され,その結果,過期妊娠と診断される
危険が増大するからであるが(甲1,前記第3,1(4)(5)に認定のとおり,IU)
GRの診断にも妊娠週数の正確な評価が前提となり,IUGRの胎児の分べん管理
においても適切な妊娠週数の把握は重要である。
しかしながら,証拠(乙3,証人A)によれば,妊娠週数の診断に際しては,最
終月経の日付や月経周期も念頭に置く必要があるが,それ自体不確定要素があるの
みならず,超音波断層法による妊娠週数の診断には画像の鮮明さの度合いにより1
週間程度の誤差が生じざるを得ないこと(A尋問調書16頁)及び被告病院では,
妊娠35週6日に当たる平成6年3月11日になっても,上記妊娠週数と対比する
と胎児の推定体重が小さめであったことから,A医師は妊娠週数の違いかIUGR
を疑ったところ,その後妊娠週数39週5日に当たる同年4月7日において,B医
師がノンストレステストを実施した結果,リアクティブで問題なかったことから,
妊娠週数に違いがあるとして,上記の誤差を考慮して補正していることが認められ
る(A尋問調書1頁以下。)
また,最終月経日を特定できない場合であっても,超音波検査で妊娠8週から1
2週の胎児頭殿長(CRL)などをもとに妊娠週数の確定を行うことが必要である
(甲1)ところ,被告病院においても平成5年9月12日(CRL18㎜,及び)
同年10月27日(CRL93㎜)の2回にわたり,CRLの検査が行われている
ことは前記第3,3(1)(2)に認定したとおりである。そうすると,上記のとおり,
CRL検査によっても1週間程度の誤差はあり得るとされ,正確な在胎週数は,C
RLの測定値と最終月経から算出した妊娠週数を総合的に比較考慮して算出される
性質のものであるから,被告病院において,同年9月28日に12週3日と診断し
たことが直ちに重大な誤りとはいえず,その後の経過を考慮して,平成6年4月7
日に補正を行ったことについて,分べん以前の管理義務違反があるとまではいえな
い。
したがって,A医師らの妊娠週数,分べん予定日の診断につき医師としての基本
的注意義務に違反した過失があるとの原告の主張は採用することができない。。
(2)尿中エストリオールが低値であったことによる帝王切開施行の要否
原告は,尿中エストリオール値の異常低値が出現するなどの異常兆候が顕著にあ
ったものであり,妊娠38週前後から遅くとも40週までの間に,CST等により
胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な分べん時機を選択すべきであったと
主張している。
これを裏付けるものとして,胎児−胎盤機能検査法として尿中エストリオール値
が最も胎児の生育能力(viability)を反映しているものであって,尿中エストリ
オール値が5μg/以下の場合は胎児胎盤機能不全であり,胎児仮死若しくは近‹
く胎児仮死に陥る危険性が大きいと判断でき,NST,CST検査とあわせて診断
し,急速分べんなどの産科的処置が必要となるとする医学的見解がある(甲2。)
そして,前記第3,3(2)サの認定事実によれば,平成6年4月16日の尿検査
の結果によれば,花子の尿中エストリオールの値は5μg/と低値であったこと‹
が認められる。
しかしながら,上記医学的見解自体が,尿中エストリオール検査法も胎児の予後
を診断する上でそれ自体絶対的価値を有するものではないとしており,NST,C
ST検査とあわせて診断する必要があるとしているのであり(甲2,さらに,証)
拠(乙9,証人A,証人C)によれば,尿中エストリオールはIUGRの場合は低
値を示すことが多いが,NSTで反応型の所見があれば問題は少ないと考えられる
とする医学的見解もあり,最近では尿中エストリオールの値よりもNSTの検査結
果を重視する方向になっている医療機関も存する(A尋問調書6頁,C尋問調書1
4頁)ことが認められる。
本件においては,前記第3,3に認定のとおり,尿中エストリオールの値が5μ
g/と低値を示した後の4月21日に行われたNSTの検査結果は反応型の所見‹
を示していることに加えて,上記の医学的見解を総合しても,尿中エストリオール
の値が5μg/以下の低値である場合には,それだけで直ちに帝王切開などの急‹
速分べんなどの産科的措置をとるべきであるとの医学的知見が一般に確立していた
ものとすることもできない。
したがって,尿中エストリオールが低値を示していた事実があったとしても,そ
れだけでは被告病院において,花子に対し,帝王切開を施行しなかったことにつき
分べん前の管理義務を怠った過失があると認めることはできない。
(3)分べん時以前のIUGR管理についての過失の有無
ア原告は,IUGRには,それ自体を治療する決定的な治療方法はなく,胎盤
機能検査,胎児ウエルビーイング,頭部発育の評価による胎児べん出の時機及び方
法の検討が最重視されるべきであり,胎児がウエルビーイング(健康)であるかど
,,(),うかは前述の妊婦尿中エストリオール測定の他にノンストレステストNST
コントラクションストレステスト(CST)などのほかに胎児心拍数モニタリング
(FHR)あるいは胎児バイオフィジカルプロフィールスコア(BPS,羊水量)
の測定などを度々行い,それらの検査結果を総合して,いつ分べんするかという胎
児べん出の時機を決めることが必要不可欠であり,被告病院はこれらIUGR児の
分べん管理に必要な検査を実施しなかった過失が認められる旨主張している。
イ証拠(甲3,5,17,20,22,25,29)によれば以下の事実が認
められる。
IUGRは,子宮内で胎児の発育が何らかの原因により障害され妊娠週数相当の
発育ができなくなっているものであるが,悪化した子宮内環境自体の改善によるI
UGRの胎児の妊娠中の治療は現時点では不可能であるとされており,IUGRの
胎児は悪化した子宮内の環境改善が望めない以上,栄養状態の悪化及び低酸素状態
。,が劣悪化しないうちにある程度のところでべん出を計画することとなるすなわち
妊娠中におけるIUGRの胎児管理の中で胎児が健康であるか否かを評価すること
は,妊娠をいつまで継続させるか,あるいはいつ児のべん出に踏み切るべきかを決
定する上で極めて重要な要因であり,この胎児の健康状態(ウエルビーイング)を把
握する方法としては数多くの手技が考案され,これらを用いてより適切なIUGR
の胎児べん出時機を決定する妊娠中の胎児診断をすることが必要となる。
ここで胎児ウエルビーイングを測定する第1次的な手技は,胎児心拍数モニタリ
ングである。胎児心拍数モニタリングの代表的なものにNSTがある。NSTとい
う検査は,手技が簡単で母体に対して非侵襲的なものであるため日常の診断では多
用される。そのため胎児がIUGRであると診断された場合には,少なくとも1週
。,に1回は実施されるべき検査であるとされているNSTが反応型の所見を示せば
胎児ウエルビーイングの評価方法として有用であるが,妊娠35週未満の症例がN
STが非反応型(nonereactive)の所見を示したとき,児が未熟であるための所
見であることもあるので,その胎児が病的であると診断することは容易ではないと
いう欠点もある。すなわち,NSTによる胎児心拍モニタリングは,IUGR胎児
のウエルビーイングの評価につき,高度の胎児仮死の診断には有効であるが,軽度
のそれや潜在的なものの診断には必ずしも有効でない。このように,NSTは胎児
の状態が悪化してきたことを診断する能力は十分ではなく,IUGRの症例の場合
にはNSTだけで胎児の一般状態が悪化しているとの診断はできず,確実な診断を
するためにはバックアップテストといわれるほかの検査法との併用が必要である
(甲3,17。)
バックアップテストとは,IUGRなどの胎児の一般状態の悪化,べん出時機の
決定,低酸素状態の診断のために,NSTによる検査を多角的に補佐する検査手技
,,,のことであり第1に用いられるのは①羊水量及び羊水の性状のチェックであり
その他に②胎児血流計測(パルスドプラー,③BPS,④臍帯血ガス分析などが)
ある。
①羊水量及び羊水の性状のチェックとは,超音波断層法(エコー)により妊娠子
宮を4等分して各部分の羊水腔の最長径を測り合計したAFIを求める方法であ
る。この方法は,胎児は元気がなくなったり低酸素状態になると尿量が減少してく
るので羊水量が減少してくるという理論に基づくものであり,手技が簡単なため広
く普及しており,AFIが5以下となったら胎児べん出を考えるという結論で,一
般の診療所(開業医)レベルでも行われている。
②胎児血流計測(パルスドプラー)とは,パルスドプラーという超音波の血流計
を用いて臍帯動脈などの血流スピードを計測し,血流の中断や一時的な逆流があれ
ば胎児をべん出した方がいい時機であると診断する技術である。この手技は,臍帯
動脈血流波形は,正常妊娠では妊娠週数の進行に伴って収縮期血流速度に対する拡
張期のそれが相対的に増加する現象,換言すると胎盤の血管抵抗が減少することが
知られているが,IUGRでは,胎盤の血管抵抗の増加から拡張末期血流の減少,
途絶,逆流が認められるようになり,その途絶,逆流は,胎児の状態の悪化を示す
という考えが基礎にある。
③BPS(Biophysicalprofilescoring)とは,1980年代に米国のマニン
グらが提唱した胎児ウエルビーイングの評価方法である。NSTの所見と,超音波
断層法による呼吸様運動,胎動,筋緊張,羊水量を30分以上計測し,それら多方
,,面からの所見を組み合わせてスコアリングし胎児の状態を把握する検査法であり
8点以上が正常であり6点以下ならべん出するのがよいとする手技である。この方
法は,IUGRのべん出時機決定や一般状態の診断に最も優れているとされるが,
診断するのにかなりの技術と時間がかかることで,一般の施設では実行することが
かなり困難である。
④臍帯血ガス分析とは,カラードプラーという特殊な超音波装置で臍帯静脈を写
し出し,それを細かい針で穿刺して,ごく少量の胎児血を採取しガス分析を行い,
胎児血中の酸素濃度や炭酸ガスの濃度,PHなどを測定し,胎児が低酸素状態にな
っているかどうかを診断し,べん出時機を決める手技のことである。ただし,この
手技はかなりの熟練が必要で高等テクニックであり,一般的ではないとされる。
本件当時,ルーチンの妊娠中の胎児ウエルビーイングの評価方法として,胎児心
拍数モニタリング,胎児血流計測(胎児循環動態の計測,羊水量と羊水の性状の)
チェック,胎児血診断,胎児のバイオフィジカルプロフィールなどが代表的なもの
としてあげられており,上記バックアップテストのうち,NSTやAFI測定法の
ような簡単な検査は広く一般の診療所(開業医)レベルでも行われているが,②③
④の検査の多くは妊婦の診療を行っている施設の全てで実施することが可能ではな
く,その実行は当時においては周産期センターとか大学病院レベルの医療施設でな
くては実施が可能ではなく(甲3,17,19,25,29,花子の診断を行,)
っていた被告病院においても実施が可能ではなかったと考えられる。
ウ上記イの認定事実によれば,IUGR児の適切な分べん前管理には,胎児の
ウエルビーイングの状態を把握することが必要であり,この胎児ウエルビーイング
を判断するには,一般的にはNSTが検査の主体となるが,IUGRの場合にはN
STの検査だけで胎児の一般状態が悪化しているとは確実に診断できず,その確実
な評価をするためにはバックアップテストといわれる検査が必要であること,バッ
クアップテストとして①羊水量及び羊水の性状のチェック②胎児血流計測(パルス
ドプラー,③BPS,④臍帯血ガス分析などの検査法があるが,上記②③④の実)
行は一般産科の医療施設では実施が可能ではなく,周産期センター又は大学病院レ
ベルの医療施設でなくては実施が可能でなかったことが認められるから,これらの
バックアップテスト検査義務が,本件当時一般の医療施設における医療水準を形成
していたものとみることはできない。
エ前記第3の認定事実に証拠(乙3)を総合すると,被告病院においては,胎
児をIUGRであると確定診断した平成6年3月16日以降,同年4月7日及び同
月21日の2回にわたり花子に対してNSTを実施していたが,上記のバックアッ
プテストはいずれも実施されていなかったことが認められる。
しかしながら,前記イ,ウで認定したとおり,これらのバックアップテストは妊
婦の診察を行っている施設のすべてで実施することが可能であるというわけではな
く,血流診断,BPS,臍帯血ガス分析などは周産期センター又は大学病院レベル
の医療施設でなければ実施が可能でなく,これらのバックアップテストを実施する
ことは被告病院では可能ではなかったと考えられるのであり,これらのバックアッ
プテストの検査義務が,本件当時の一般の医療機関における医療水準として確立さ
れていなかったことからすると,被告病院の医師としては,上記バックアップテス
トを自ら実施する義務はなかったものといえる。
したがって,被告病院の医師に分べん管理に必要な上記検査をしなかった過失が
あるとする原告の主張は採用することができない。
(4)40週以前の帝王切開の要否
,,,,ア原告は妊娠38週前後から遅くとも40週までの間にCST等により
胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な分べん時機を選択すべきであったの
であり,べん出方法も,分べん誘発を試み,それができないときには,帝王切開を
選択し,実行すべきであった旨主張している。
これを裏付けるものとして,妊娠中の管理と分べんのタイミングについての基本
方針としては,母体合併症のないIUGRでは満期(term)でのべん出を試み,合
併症例では,NST,CSTの胎児心拍数モニタリング所見で胎児仮死が発見され
れば満期以前にべん出する方針により,それらの所見がなければ,38週までもた
せてべん出すべきであるが,IUGRの胎児は40週までもたせず帝王切開を行っ
た方がよいとする医学的見解がある(甲4。しかし,他方で,証拠(乙10,1)
1,12)によれば,IUGRの胎児の分べんに際し,経膣分べんか帝王切開かと
いう選択を行うのは難しい問題であるが,胎児の体重を考慮して分べん様式が決定
されるべきであること,胎児の体重が501∼1500gの骨盤位では帝王切開の
方が予後はよく,1501∼2501gでは帝王切開と経膣分べんのとの間に胎児
仮死等の発生につき有意差はないとの報告があること,IUGR児の分べん計画を
立てるに当たっては,妊娠週数,連続して記録された胎児心拍数モニター,胎児胎
盤機能,児の成熟度,子宮頸管の熟化傾向を基本として考慮すべきであること,3
2週以上又は児体重1500g以上で児は成熟していると考えられるから経膣分べ
ん(試験分べん)を試みるべきであり,経膣での試験分べんを行わずに予定帝王切
開術の適応とするものとしては,重症のIUGRで児体重1000g未満のもの,
体重1500g未満の骨盤位が挙げられること,IUGRだからといって直ちに帝
王切開を施行しようとする考え方は妥当ではなく,妊娠32週以上を経過している
場合は一応,経膣分べんを試みるべきであること,以上のとおりとする医学的見解
のあることが認められる。
イ上記認定のとおり,IUGRである場合には妊娠40週までもたせずに帝王
切開を行うべきであるとする医学的見解に対しては,他方で反対の医学的見解も存
在していたものであり,これらの事情にかんがみると,IUGRの胎児は,38週
までもたせてべん出すべきであるが,40週までもたせないで帝王切開を行った方
がよいとする医学的見解が,本件当時の当該臨床医学の実践における医療水準とし
て確立されたものであると認定することは困難である。
したがって,本件において,被告病院の医師が,妊娠40週以前に帝王切開の施
行を選択しなかったからといって,その分べん前の管理に過失があったとすること
はできない。
もっとも,上記の妊娠32週を経過している場合には一応経膣分べんを試みるべ
きであるとの医学的見解によっても,いかなる時期においても母体や胎児に緊急事
態が切迫しているときは,当然緊急帝王切開を施行することには異論がなく,児体
重1500g未満の骨盤位ならば最初から帝王切開術の適応があると考えるのが一
応無難であるとされている(乙11。)
しかしながら,前記第3に認定したとおり,本件においては2回のNST検査結
果は共に反応型の所見を示していたこと,胎児がIUGRであると確定診断された
平成6年3月16日(妊娠36週4日)の時点で胎児の体重は2141gであると
推測されていたこと,実際に出生時の体重も2126gと1500gを超えていた
ことなどからすれば,上記医学的見解に照らしても,本件において,被告病院の医
師には,分べん方法として当然に帝王切開術を選択して施行しなければならない義
務があったと認めることはできない。
したがって,本件において,妊娠週数40週までの間に,帝王切開を選択して実
行すべきであった旨の原告の主張は採用することができない。
3争点(4)(分べん時の管理義務違反)について
(1)ダブルセットアップについて
ア原告は,IUGRの胎児のべん出を経膣分べんにて行うにしても,分べん中
の急性胎児仮死は必発と考えて,人工羊水投与の対策や分べん中にいつでも帝王切
開が可能なように準備(ダブルセットアップ)をしておく必要があり,被告はこれ
を怠った過失があると主張する。
イ証拠(甲13,17,29)によれば,IUGRは,子宮内環境の悪化のた
めに発症している発育遅延なので,分べん中には,低酸素状態,すなわち胎児性仮
死の状態になりやすいのであって,胎児に負担をかけないために,IUGRである
,,,場合には帝王切開の適応となることが多いことまたIUGRの胎児の場合には
分べん中に緊急な帝王切開が必要となる低酸素状態による胎児仮死が発生しやすい
のであるから,IUGRの胎児の経膣分べんを実施する場合には,帝王切開術施行
の決定から30分以内に児をべん出できるように準備するいわゆるダブルセットア
ップで実施する必要があるとする医学的見解が認められる。
他方で,被告病院では,帝王切開を決定してから施行までに1時間以内を要する
態勢であったことが認められる(証人A,証人C。)
しかし,前記第3,4の認定事実によれば,花子の分べんの際に,平成6年5月
4日午前11時00分,変動一過性徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐脈の出現
が認められたこと,D助産師は直ちに,C医師の診断を仰いだところ,同医師は徐
脈は認められるものの,児頭の下降も進んでいたことから帝王切開によるよりは,
,,経膣分べんによりべん出を急ぐべきであると判断して経膣分べんを継続したこと
その結果,同日午前11時15分に,花子の怒責は強くなり,同日午前11時19
分に花子は原告をべん出したことが認められるのであり,上記分べんの経過に照ら
せば,上記徐脈の出現した午前11時00分から19分経過後には経膣分べんにて
原告がべん出されているのであるから,本件において,被告病院の医師には,帝王
切開が必要な場合に,30分以内に施行できるように,ダブルセットアップを準備
しておくべき義務があったと認めることはできない。
したがって,被告病院の医師がダブルセットアップをすることを怠った過失があ
るとの原告の主張を採用することはできない。
(2)分べん第2期に入る以前の平成6年5月4日午前9時00分ころまでに子
宮緊縮の低減をはかり,帝王切開にこの時点で移行すべきであったかについて
ア原告は,同日午前8時10分ころ胎児の心拍数が60bpm以下に達し,約1
0分間持続する遷延徐脈が出現し,続いて子宮収縮のたびに変動一過性徐脈が頻回
認められ,しかも,それは子宮収縮間欠期に頻脈を伴って発生しており,非典型的
波形の遅発一過性徐脈として評価すべきものであるところ,このように,同日午前
8時半から9時の間には,変動一過性及び遅発一過性徐脈が頻発しているが,これ
は胎児予備能の限界を示すものであり,分べん第2期に入る以前の同日午前9時0
0分ころまでに子宮緊縮の低減をはかり,帝王切開にこの時点で移行すべきであっ
たと主張している。
イ証拠(甲17参考資料2)によれば,胎児仮死とは,胎児胎盤系における呼
,(,,,吸循環不全を主徴とする症候群のことでありなお胎児胎盤系における呼吸
循環不全が予測される状態を潜在胎児仮死という,胎児死亡,新生児仮死,新。)
生児死亡,新生児り患病の原因となる可能性がある。妊娠中毒症,母体合併症によ
る母体及び子宮内循環の悪化,また胎児や臍帯の異常や胎盤機能低下などがその原
因となること,分べん中における胎児仮死の診断は,胎児心拍陣痛図(CTG)が
広く用いられていること,実際の胎児仮死の診断に現在まで使用されてきた定義に
よれば,①持続的な高度徐脈(心拍基線100bpm以下,②15分以上持続する)
遅発一過性徐脈,③高度変動一過性徐脈(60bpm以下,60秒持続,④心拍基)
線細変動の消失(遅発一過性徐脈を伴うときにはさらに重篤である)等の所見が認
められれば,胎児仮死と診断すべきこと,なお,CTG解読には個人差があるが,
基線細変動が消失し,さらに遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈,遷延一過性徐脈な
どが繰り返し出現する状態であれば,胎児がアシドーシスであることに異論はない
とされることが認められる。
ウ前記第3,4(1)で認定した事実によれば,平成6年5月3日の午後0時5
0分の時点において,花子には心拍心音が2分程継続して80bpm以下に変動する
変動一過性徐脈が確認されている。
,(,,),,しかし証拠乙412証人Aによれば分べん監視装置における数値は
母体音を拾ったものである可能性もあること,これが変動一過性徐脈であるとして
もモニターの前後でバイアビリティー(変動)があり,アクセレレーションも認め
られることから,1回数値が落ちたからといって,これのみで胎児性仮死と診断す
る必要はないこと,同日午前11時から午後4時までの5時間にわたる分べん監視
記録の結果によれば,午後0時50分以外に徐脈は見られず,反応型であることが
確認されていることが認められる。したがって,上記の午後0時50分の時点にお
ける心拍の低下を胎児性仮死の徴候であるととらえ,直ちに被告病院としては,帝
王切開術に移行すべき義務があったと認めることはできない。
エまた,前記第3,4(2)に認定した事実によれば,同月4日午前8時10分
の時点において,胎児心拍数が60から80bpmまでに低下している事実が認めら
れる。
しかし,前記第3,4の事実に証拠(乙12,13,14,証人A,証人C,証
人D)を総合すると,上記心拍数の低下はこれにより直ちに胎児仮死を疑うという
ものではなく,それを念頭におきつつ,この徐脈に対する処置としては,第一次的
措置として体位変換を行って酸素の投与を行うのが一般的であること,これにより
回復しない場合には児頭の位置に応じて吸引分娩,帝王切開,急速遂べんを検討す
ることになること,D助産師は,徐脈出現直後,花子に対し直ちに体位変換と酸素
5ℓの投与を行ったところ,胎児心拍数は速やかに120bpmから160bpmに回復
,,,していることD助産師は上記経過をA医師に報告しA医師により内診が行われ
,,,上記措置により心拍数が回復したことから経膣分べんの継続が決定されたこと
以上の事実を認めることができる。
上記認定事実によれば,徐脈が発生した場合には第一次的措置として体位変換と
酸素投与をするのが一般的であり,体位変換及び酸素投与の結果児の状態が回復し
ていることからすると,被告病院の医師には,上記の時点において直ちに帝王切開
術に移行すべき義務があったと認めることはできない。
したがって,平成6年5月4日午前9時00分ころまでに,帝王切開術に移行す
べきであったとの原告の主張は採用することができない。
(3)子宮収縮剤の投与について
原告は,平成6年5月4日午前9時ころからの子宮収縮剤の投与は,仮死徴候が
ある場合に胎児の急性仮死をさらに悪化させる処置であり禁忌とされているから,
それ自体医療過誤であると主張する。
甲13によれば,子宮収縮剤の投与に当たっては,児頭骨盤不均衡及び胎児性仮
死を伴うものについては投与禁忌とされ,胎児性仮死の疑いのあるものについては
慎重投与が必要であるとされていることが認められる。前記第3,3(2)の認定の
とおり,花子は平成6年3月25日の診察の際に,ザイツ法により児頭胎盤不均衡
の所見が認められたため,グットマン検査が指示されたが,その後必要がないと判
断されて,同検査は行われなかったのであり,児頭骨盤不均衡が解消されていたと
認められること,子宮収縮剤を投与した時点において胎児性仮死と判断できる所見
は認められていなかったこと,花子は同日午前11時19分原告を経膣分べんによ
りべん出していることからすれば,本件分べん中における子宮収縮剤の投与が医療
過誤であるとはいえず,この点について被告病院の医師又は助産師に過失があると
認めるに足りる証拠はない。
したがって,子宮収縮剤の投与がそれ自体医療過誤であるとする原告の主張は採
用することができない。
4以上によれば,本件においては,分べん時以前及び分べん時のいずれにおい
ても被告病院の医師又は助産師に過失が認められないことから,争点(3)(分べん
時以前の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)及び同(5)(分べん
時の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)について判断するまでも
,。なく上記過失を前提とする原告の損害賠償請求には理由がないというべきである
5争点(6)(高度医療機関への転送義務違反)について
(1)原告は,本件外来管理時より,本件出産がハイリスク妊娠であることは産
科医であれば容易に判断できたものであるにもかかわらず,被告の担当医らは,自
施設での管理,処置の技術的限界の判断を誤り,より高度の医療機関への適切な転
院,紹介又は転送をする義務を怠ったものである旨主張している。
(2)前記第4,2(3)の認定事実によれば,IUGR児の分べん前管理において
は胎児がウエルビーイングであるか否かを常時監視する必要があるが,そのために
はNST検査のみならず,これを補佐するバックアップテストを実施する必要があ
ること,そして,これらのバックアップテストは妊婦の診察を行っている施設のす
べてで実施することが可能であるというわけではなく,血流診断,BPS,臍帯血
ガス分析などは周産期センター又は大学病院レベルの施設でなければ実施が可能で
なく,これらのバックアップテストを実施することは被告病院では不可能であった
ことが認められる。
(3)証拠(甲17−参考資料4,5)によれば,以下のとおり認めることがで
きる。
昭和60年,神奈川県において,産科救急医療システム(以下「産科救急システ
ム」という)が発足した。産科救急システムは,神奈川県救急医療問題調査会の。
一部門として設置された新生児並びに産科小委員会からなる周産期緊急部会が作成
した神奈川県産科救急医療対策実施要項に基づいて運営されている。
産科救急システムの目的は,母体及び胎児の生命の安全を守ることであり,その
対象は,県内の分べん施設等で管理している産科救急患者である。神奈川県では,
,,,行政区分だけでなく病院分布や交通網等も考慮して県内に6つの地域を設定し
各地域の基幹病院と協力病院とは,互いに協力して産科救急システムの運営を年中
無休で行っている。
昭和60年6月に発足した産科救急部門において昭和62年9月までの2年3か
月間に取り扱った患者数は2198人に達し,このうち診療所からの依頼が81%
を占め,依頼施設から収容施設へ直接搬送された患者が99%であった。
適応疾患別では,母体側の適応としては,早産,前期破水,妊娠中毒症の順に多
く,胎児側の適応としては,CPD,胎児仮死,胎盤早剥,骨盤位の順に多く,I
UGRも16症例が認められた。
例えば,神奈川県(略)に所在する丁大学病院においても,産科救急システムに
基づき,一日数件ずつ母体の搬送を受け入れており,その適応疾患はIUGR,妊
娠中毒症が多いものであった。
他方で,被告病院は神奈川県内に所在し,前記産科救急システムを利用できる地
理的な条件を有しており,そのことから産科救急システムの利用は可能であった。
(4)そして,E医師の意見書(甲17,19)によれば,
ア本件においては,IUGRであるとの診断は行われているが,胎児ウエルビ
ーイングの診断検査はノンストレステストが2回しか実施されておらず,加えて羊
水量測定(AFI,臍帯血管の血流診断,BPS,臍帯血のガス分析などのバッ)
クアップテストは一切行われていないこと
イこれらのバックアップテストは,今日の日本においては,周産期センター的
施設でなくては実施は不可能であり,被告病院においても不可能であったと考えら
れること,しかしながら,これらのバックアップテストはIUGRの胎児の胎児ウ
エルビーイングを診断するために不可欠の検査手技であることは,今日の周産期医
学が広く認めているところであること,また,IUGRの症例の分べんに当たって
は緊急時に30分以内に帝王切開術を施行できる態勢にあることが必要であるこ
と,
ウしたがって,それができない一般の施設では,母体搬送という手段が応用さ
れるべきであること,すなわち,ノンストレステストやAFI測定のような簡単な
検査以外のチェック体制が不可能な施設や緊急時に1時間も帝王切開の準備に時間
を要する施設では,IUGRと診断された症例については,これらの検査や施術の
可能なより上位の周産期センター的施設へ診療を依頼したり,検査を実施してもら
う必要があること,殊に,神奈川県においては,産科救急システムが非常に整備さ
れているのであり,被告病院も神奈川県に所在するのであるから,バックアップテ
ストの自らの実施が不可能であるならば,本件のようにノンストレステストのチェ
ックのみで漫然と妊娠経過をみているだけでなく,本症例のIUGR胎児管理によ
り高度な対応が可能な周産期センター的施設の基幹病院に本件の診療を依頼する
か,あるいは検査だけでも依頼して本件の診療を行うなどして,IUGRの胎児の
ウエルビーイングの状態を今一歩詳しく判定すべきであったこと,以上のとおりで
ある。
(5)医師は診療契約に基づき又はその業務の内容に照らし,当該診療につき最
善の注意義務を尽くすことが求められるところ,患者の疾患につき,自己の診療施
設においてこれを診療する人的,物的態勢が整っていないか不十分であり,他方,
患者の疾患に対してより適切な診断又は治療方法が存在し,患者の疾患が当該診断
及び治療法の適応状況にあり,かつ,必要とされる診療行為が当時の医療水準上是
認され,適切な転医先が存在するなどの場合には,漫然と自己のできる治療,検査
を実施しているだけでは足りず,医師としての業務又は診療契約に基づいて,その
症例に応じた適切な規模,施設,設備,技術レベルを備えているより高度の医療機
関に患者を転送し,より適切な医療を受けさせるべき注意義務があるというべきで
ある。
上記(2)ないし(4)の認定事実によれば,IUGRはハイリスク妊娠であり,この
ようなリスクを避けて児に後遺症が残らないように適切な分べん管理をすべき義務
があるが,被告病院ではノンストレステストの外のバックアップテストを実施する
ことが不可能であり,緊急時に1時間も帝王切開の準備に時間を要する態勢にあっ
たこと,これらの検査手技や緊急時に30分以内に帝王切開施行することは周産期
センター又は大学病院レベルの医療機関においては実施が可能であり医療水準とし
て確立していたこと,被告病院が所在する神奈川県においては当時においても緊急
時以外にも母体搬送を受け入れる産科緊急システムが確立されていて,被告病院に
おいても同システムの利用が可能であり,かつ,同システムによればバックアップ
テスト等の実施が可能な被告病院より上位の周産期センター又は大学病院レベルの
医療機関に搬送されるがい然性が高く,かつ,その搬送も容易であったのであるか
ら,被告病院の医師は,IUGRを管理する適切な人的,物的態勢を備えている周
産期センター又は大学病院などのより高度の医療機関に花子を転送し,より適切な
医療を受けさせるべき義務があったいうべきである。
そして,前記第3,3(2)に認定のとおり,被告病院のA医師は,分べん前の平
成6年3月11日の時点で原告がIUGRの胎児であることを疑い,同月16日に
IUGRであると確定診断したのであり,花子の転送を妨げる事情も本件全証拠か
らはうかがわれないことからすれば,被告病院の医師としては,IUGRと確定診
断後,本件分べん前に花子を速やかに周産期センター又は大学病院レベルの高度の
医療機関に転送しより適切な医療を受けさせるべき注意義務があったのにもかかわ
らず,これを怠った過失があると認められる。
6争点(7)(高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果
関係)及び争点(9)重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害)につい

(1)ア原告は,被告が転送義務を怠り,IUGRの胎児管理により高度な対応
(),が可能な高度医療機関周産期センター又は大学病院レベルの医療機関において
適切な胎児管理,検査,診療等の医療行為を受けることができなかったことにより
重大な後遺症を残すに至った旨主張する。
イ前記第3,5及び6の認定事実に証拠(甲10,甲11,乙15,乙16∼
20)を総合すれば,以下のとおり認められる。
原告は,出生直後から落陽などの神経学的異常が認められ,かつ医大病院を退院
後も神経学的異常の有無について経過観察が必要であるとされたが,生後9か月目
より認知の遅れが指摘されはじめ,11.5か月では発達指数(DQ)70と軽度
の遅れが認められ,さらに1歳6か月の時点ではDQ44と低下したことにより精
神発達面では退行が指摘されている。言語面でも1歳でパパ,ママなどの単語が出
ていたが,1歳6か月で消失している。平成14年3月6日の時点において,原告
は運動発達遅滞,協調障害及び精神遅滞と診断され,平成13年1月12日におけ
る新版K式発達検査によれば,精神発達評価の発達指数はDQ15であり,運動面
は姿勢,運動の領域で発達指数25であるとされ,6歳8か月の時点で1歳8か月
相当であると認められた。平成12年10月30日の診察においても,原告には有
意語はなく,言語理解も困難であり,日常生活では全面的に促し又は介助が必要で
あり,立ったり歩いたりすることはどうにかできるが,オムツを着けたままで,食
物を自分で食べたり,自分で考えて何かをすることは,全くできない状態である。
また,平成8年2月1日,原告は,無熱性,全身性のけいれん発作を起こし,て
んかんと診断されており,脳波の所見も,平成9年10月7日異常(右半球にスパ
イク頻発,平成10年6月17日異常(両側半球に異常波あり,平成11年6))
月21日異常(右半球にスパイク散見,平成12年6月8日正常との所見を示し)
ている。
なお,原告には,先天代謝異常及び染色体異常は認められなかった。
ウ次に,原告の精神発達遅滞等の原因を検討すると,表皮剥離の所見が認めら
れることから妊娠当時花子の胎盤機能は低下していたことが認められる(甲17−
11頁。さらには,原告が,出生後,胎便吸引症候群にり患しているとされたこ)
とは前記第3,5で認定したとおりであり,これらの所見によれば,妊娠当時,花
子の胎盤の機能は低下していたこと及び原告は子宮内において高度の低酸素状態に
さらされた事実を認めることができる。
しかしながら,原告の精神発達遅滞等は脳性麻痺を伴わないものであると認定で
きるところ(甲10,19,乙1,乙15,前記第3,2(4)の認定のとおり,)
脳性麻痺と精神発達遅滞との関係については,両者はそもそも別の疾患であるが一
部は重複しており,①脳性麻痺児の50%は正常な知能指数を示すが,25%は高
度な精神発達遅滞であること,②高度な精神発達遅滞のうち10%から15%は脳
性麻痺を併発し,周産期の低酸素状態がその原因と推定されることから,もし精神
発達遅滞が分べん中の低酸素状態によって起きている場合には,脳性麻痺も同時に
みられること,③脳性麻痺を併発しない精神発達遅滞は分べん中の低酸素状態と関
連はないことが認められる。
そして,前記のとおり原告の精神発達遅滞等は,脳性麻痺を併発しないものであ
ることからすると,原告においては,周産期における低酸素状態と精神発達遅滞等
との間には関連性がないというべきである。
エ上記アないしウの認定事実に,E医師の意見書(甲17,19)を総合する
と,
(ア)本件では,平成6年3月11日,妊娠35週6日の時点の推定体重(EF
BW)が2093gである結果は,妊娠週数に対してIUGRであると診断できる
数字なので,この日が最終的に明らかにIUGRであると考えられた日時であると
してよいこと,しかし,それ以前の同年2月9日の妊娠31週4日,2月22日の
妊娠33週3日での診察記録のEFBW胎児推定体重値もIUGRを疑う十分なも
のであること,
(イ)原告には,脳性麻痺が存在しないので,原告の後遺症として存在する精神
発達遅滞等は,IUGRによるものと考えられるが,原告の精神発達遅滞等は,第
1級の程度であると認められることからすると,その発生要因が胎児時代のIUG
Rの程度が著しかった,つまり胎児発育遅滞の状態が重症であったと考えられるこ
と,
(ウ)胎児発育遅滞の状態があまり悪化しないうちに胎児をべん出させて,NI
CUのような特殊な高度医療施設で保育しようという診療方針が,一般論として通
,,,用しており一つの実際的な方法として胎児の発育が停止したと考えられる時点
あるいは胎児の血流に異常が出現した時点を見つけて,その時点での胎児べん出が
試みられていること,
(エ)そのため,胎児のウェルビーイングを診断する手技として,NSTという
手技が第一選択として実施されるが,IUGRのような異常な症例では具合が悪く
なった初期を発見することが困難なため,ほかの診断方法をバックアップテストと
して併用して,より早期に胎児の弱りかけた状態を診断する方法が,本件当時でも
周産期センターとか大学病院では多く実施されていたこと,しかし,原告について
は,NST以外の方法が実施されていないので,原告の弱りかけた時期の診断がさ
れていないので,いつの時点でのべん出が適切であったかを確定することはできな
いこと,
(オ)原告について,IUGRと診断された時点でそれが可能な高度の医療機関
への診察依頼,母体搬送が求められるべきであったが,原告にはIUGRが以前か
ら存在しているので,そのようなべん出時機を決定し,早期の胎児べん出に至って
も,後遺症の精神発達遅滞等の全く存在しない症例となって生存していたと断定す
ることはできないこと,以上のとおり認められる。
オ上記認定事実によれば,原告についてIUGRと診断された平成6年3月1
6日に高度の医療機関に転送されており,その結果適切なべん出時期を決定し,早
期の胎児べん出に至ったとしても,後遺症の精神発達遅滞等が残存しなかったと断
定することはできないというべきであるから,原告を高度医療機関に転送していた
としても,本件における当該重大な後遺症が残らなかったことを高度のがい然性を
もって推認することはできず,被告の高度医療機関への転送義務違反と原告の後遺
症との間に因果関係を認めることはできない。
(2)ア原告は予備的に,転送義務が履行されていたならば原告に重大な障害が
残らなかった相当程度の可能性を侵害されたことによる損害を主張している。
医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合には,その医療行
為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われてい
たならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在
が証明される場合には,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによってこう
むった損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成1
2年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照。患者の診療に)
当たった医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務の違反があり,本件
のように重大な後遺症が患者に残った場合においても,同様に解すべきである。す
なわち,患者の診療に当たった医師が,過失により患者を適時に適切な医療機関へ
転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に違反した行為と患者の上記
重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医
療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受
けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在
が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った
損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解され(最高裁平成15年11月11
日第三小法廷判決・民集57巻10号1466頁参照,このことは診療契約上の)
債務不履行責任の場合にも妥当すると解される(最高裁平成16年1月15日第一
小法廷判決・裁判集民事213号229頁参照。)
そこで,被告病院の医師が花子を,高度の医療機関に転送した場合において,原
告に精神発達遅滞等の後遺症が生じなかった相当程度の可能性の有無について検討
する。
イ証拠(甲8,19,甲21ないし23)によれば以下の事実が認められる。
(ア)昭和59年10月から昭和62年3月までに東京女子医科大学母子総合医
療センターで管理し生後1年以上追跡したIUGRの胎児について,出生時正常頭
囲群と出生時小頭囲群との神経学的後障害(脳性麻痺,てんかん及び精神運動発達
遅滞)の有無,程度につき62例を対象に比較検討がされた。同検討の結果,神経
学的後障害が生じた症例は全部で9例であり,そのうち小頭囲群が8例,正常頭囲
群が1例と,両者の間に有意差が認められた。さらに,小頭囲群の中でも,出生後
の頭囲増大7㎝未満群(7例)において神経学的後障害は6例(85.7%)と高
率に認められ,7㎝以上群の2例(8.0%)との間に有意差が認められた。
妊娠中期から新生児,乳幼児期にかけては脳の著しい発達が認められるところ,
このような急激な脳の発達を支える栄養は,胎児期では経胎盤的に,新生児期以降
では経口的に供給されるグルコースであり,これはエネルギー源であるほかに,脳
のアミノ酸や脂質の重要な基質となる。したがって,この時期に十分な栄養が供給
されることが重要となる。また,胎児期の血液循環は胎盤からの血液が下大静脈か
ら卵円孔を通じて左心房に短絡され,頭部の血流が優先されるようになっているた
め,胎児が全体的に身体の発育を障害されているような状況になっても,比較的短
,,期であれば頭部の発育は保たれるが酸素や栄養が供給されない期間が長くなると
頭部の発育まで障害されることとなる。したがって,小頭囲群の方が,正常頭囲群
よりもその子宮内環境が不良であった可能性が高く,子宮内での発育抑制を受けた
ために神経学的予後が不良であったと推測される。それ故,胎内の頭部発育,そし
て,出生時の頭囲は予後にかかわる重要な要因として広く認識されるようになり,
とくに超音波が進んだ現在においては胎内でのBPD(児頭大横径)の順調な増加
は非常に重視される。これにより,綿密な周産期管理にもかかわらず胎内での頭部
発育増加が低下してきた場合,症例によっては胎児の予備力のあるうちに積極的な
分べんにより,悪化した子宮内環境から解き放ち,新生児医療の手に委ねることも
児の予後向上にとって必要であるといえる(甲8。)
(イ)平成9年から平成13年までに鹿児島市立病院周産期医療センター新生児
科へ入院となった在胎週数が27週以上のIUGR症例339例を,出生前の周産
期管理方法から次の2群に分類しその予後を比較したところによると,頭囲発育監
視群(163例。上記センターでの管理開始時点において,胎児頭囲発育が胎児頭
囲発育曲線の10パーセンタイル以上にあり,その後頭囲発育を少なくとも2週間
以上,院内において評価でき,頭囲の発育が2週間以上停止した場合は,胎児心拍
,,数モニタリング所見等に異常を認めなくても積極的にべん出する方針を採った群
すなわちIUGRであるが出生時に頭囲が小さくならないようにべん出のタイミン
グを厳密に決定できた群)と非監視群(176例。上記339例中,頭囲発育監視
群に分類できない症例)とでは,出生時頭囲が10パーセンタイル未満の児数を両
群間で比較すると,頭囲発育監視群では163例中10例の6.1%,非監視群で
は176例中47例の26.7%と,有意(p<0.01)に頭囲発育監視群の方が
頭囲発育障害例が少なかった。死亡率の点については,非監視群の死亡率は176
例中7例の4.0%,頭囲発育監視群0%で有意に監視群の死亡率が少なかった。
また,脳性麻痺,てんかんと診断されたものを神経学的異常例として,その発症
率を両群間で比較したところ,頭囲発育監視群では115例中1例の0.9%に神
経学的異常が認められ,一方で非監視群では149例中16例の10.7%に神経
学的異常が認められ,強い有意差(p=0.00089)をもって頭囲発育監視群
の神経学的予後が良好であったことが認められる。このことから,頭囲発育を重視
した上記センターのIUGR管理方針は,頭囲の発育が原因と考えられる神経学的
異常例の発生を減少させるのに寄与していると考えられた(甲22。)
(ウ「IUGRとその予後(稲森美香外3名共著の医学文献,甲23)は,上)」
記鹿児島市立病院周産期医療センターの検査報告等のデータを引用した上,IUG
Rの胎児は,出生前より頭囲発育を厳重に監督し,児べん出のタイミングを的確に
見定めること,また出生後の頭囲発育の注意深い観察を行うことが重要であるとし
て,IUGRと診断されたら高度医療機関での厳重な管理が必要であり,胎児心拍
数モニタリングやBPS等によるウエルビーイングの評価とともに,頭囲の発育の
厳重な観察と,適切な時機に胎外治療に移行させることが神経学的予後の改善につ
ながるとしている(甲23。)
(エ)また,東京女子医科大学母子総合医療センターにおいては,IUGRの胎
児に関し,妊娠出産を同病院で管理した群と同病院に分べん管理を目的に母体搬送
された群とで予後不良(死亡+後障害発症)例を比較してみると,院内管理群にお
いては72例中1例(1.3パーセント,同病院に母体搬送された群は21例中)
7例と予後不良発生率に有意差が認められた。また,母体搬送群において,同病院
到着から分べんまでの時間が12時間未満と12時間以上とで,予後不良例の発生
を比較すると有意に12時間未満群が高率であったとし,IUGRの予後に適切な
周産期管理が非常に重要であること,特に緊急で母体搬送する場合でも,ある程度
の余裕ある的確な判断が,児の予後に直結するとしている(甲21。)
ウ上記イの認定事実にE医師の意見書(甲19,30)を総合すれば,本件の
原告である胎児のIUGRは,いわゆるTypeⅠの対称性IUGRであり,その発
症原因については,先天異常のためではないことは生後の画像診断で明らかになっ
ていること,すなわち,生後の画像診断では,脳の先天異常,各種感染症,先天性
代謝異常など今日実施可能なものはすべて検査し,いずれも否定されていること,
この症例では,TypeⅠのIUGRではあるものの,先天異常児ではないので,胎
児管理,分べん管理状態の良い状態で出生していたら,予後は一般的に良好である
とされること,したがって,本件において適切な時機に高度医療機関に転送してい
れば,少なくとも精神発達遅滞等の程度が軽減された可能性はあったこと,以上の
とおり認められる。
そうすると,本件において,被告病院の医師が平成6年3月16日に胎児をIU
GRであると確定診断した後,速やかに花子を周産期センター又は大学病院レベル
の高度医療機関に転送した場合には,高度の医療機関がバックアップテスト等を行
いつつ胎児の頭囲の発育状況を厳重に観察しながら,適切な時機に児のべん出を図
り胎外治療に移行することにより,原告の精神発達遅滞等が軽減された相当程度の
可能性が認められるというべきである。
エこれに対し,被告は,本件における重大な後遺症が残らなかった相当程度の
可能性を否認し,その論拠として本件児におけるIUGRがその精神発達遅滞等に
()。どの程度関与しているか不明であるとするF医師の意見書乙15を挙げている
F医師の意見書の内容は,精神発達遅滞の原因は不明とされることも多く,原告
の精神発達遅滞等の原因を確定することは困難であるが,可能性としては胎生初期
の異常(IUGR,小児期にり患した身体疾患,環境等の影響が考えられる。な)
お,原告の精神発達遅滞等は脳性麻痺を伴わないものであることにかんがみれば,
周産期の問題(asphyxia)により精神発達遅滞等を発症したと理解することは困難で
あるとし,一般に,IUGRの原因としては,母胎因子,胎盤因子,胎児因子が考
えられるが,本件では,頭部及び全身の発育が共に不良な対称性IUGRであった
こと,先天性の心奇形が存在したことが確認されており,胎生期の器官形成期に原
因があったと考えられるとしている。そして,原告におけるIUGRが,その精神
発達遅滞等にどの程度関与しているか不明であるといわざるを得ないとしている。
しかしながら,F医師の意見書がIUGRが原告の精神発達遅滞等にどの程度関
与しているか不明であるとすること及び原告のIUGRの原因を胎生期の器官形成
,,,期に原因があるとすることは甲1930と対比して採用することができないし
同意見書の内容自体が被告病院の医師が花子を高度医療機関に転送した場合に,原
告に後遺症が残らなかった相当程度の可能性を否定するものではないから,被告の
上記主張を採用することはできない。
7争点(8)(損害額)について
(1)上記6(1)に判断したとおり,原告の主張する被告の高度医療機関への転送
義務違反と原告の精神発達遅滞等との間には因果関係が認められないから,原告が
争点(8)において主張する損害額はいずれも認定することができない。
(2)被告は,前記認定の高度医療機関への転送義務違反の過失により,原告に
対し,重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことに対する精神
的慰謝料を賠償すべき義務があるところ,その慰謝料額としては,本件認定事実に
おいて現れた諸般の事情を斟酌すると500万円が相当である。
そして,本件において上記転送義務違反の過失と相当因果関係がある弁護士費用
の損害としては50万円を認めるのが相当である。
8以上によれば,被告は,原告に対し,本件診療契約の債務不履行又は不法行
為による損害賠償として,550万円を支払う義務があるというべきである。
第5結論
したがって,本訴請求は,550万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であ
ることが記録上明らかな平成13年3月9日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余
の請求についてはこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条,同法64条
本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,仮執行の免脱の宣言につき同条
3項を適用して,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官三木勇次
裁判官本多知成
裁判官小西圭一
別表1
音月日週日EFBWBPDFTAFLEGA児心
(推定体重)(大横径)躯幹横断面積(大腿骨長)(推定在胎月齢)()
10月27日16週4日31㎜8.417㎜15週2日あり−‡
11月29日21週2日407g52㎜2032㎜21週1日あり‡
12月27日25週2日820g63㎜3146㎜25週2日あり‡
1月25日29週3日1528g75㎜4169㎜31週6日あり‡
2月9日31週4日1495g75㎜4857㎜30週1日あり‡
2月22日33週3日1676g80㎜4861㎜31週4日あり‡
3月11日35週6日2093g83㎜6461㎜33週3日あり‡
3月16日36週4日2141g84㎜6561㎜33週4日あり‡
3月25日37週6日2093g87㎜67−34週6日あり‡
3月30日38週4日2285g86㎜6367㎜35週0日あり‡
4月7日39週5日2493g90㎜6470㎜36週6日あり‡
4月16日39週6日2648g87㎜7569㎜36週6日あり‡
4月21日40週4日2588g90㎜6672㎜35週5日あり‡
4月30日41週6日2627g88㎜7468㎜36週5日あり‡
別表2
月日開大度展退下降度硬度子宮口位置合計
3月30日0点0㎝大0点30%0点(−3)1点中1点(中央)2点()()()
4月7日0点0㎝大1点40%0点(−3)1点中1点(中央)3点()()()
4月16日0点(0㎝)0点30%0点(−3)0点硬0点(後)0点()()
4月21日0点(0㎝)1点45%0点(−3)1点中1点(中央)3点()()
4月30日2点(3㎝)1点50%0∼1点−2∼−31点中1点(中央)5∼6点()()()
別表3
日時開大度展退下降度硬度子宮口位置合計
5/30:101点2㎝大1点(50%)1点(−2)1点(中)1点(中央)5点()
同日12:402点4㎝大2点(60%)1点(−2)0点(硬)1点(中央)6点()
同日16:001点2㎝大1点(50%)1点(−2)0点(硬)1点(中央)4点()
5/42:202点4㎝大2点(70%)1点(−2)0点(硬)1点(中央)6点()
同日3:302点4㎝大2点(70%)1点(−2)0点(硬)1点(中央)6点()
同日7:103点5㎝大3点(80%)1∼2点0点(硬)1点(中央)8∼()
−2−19点(,)

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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
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答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

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司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
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詳細は、面談の上、決定させてください。

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◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
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