弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人八島喜久夫の上告理由一について。
 宅地に転用するための農地の売買においては、農地法五条所定の県知事の許可が
あつたときに、はじめて、売主から買主への所有権移転の効果を生ずるから、該所
有権移転の登記をなすべき売主の義務は、右許可があつたときに発生するものと解
すべきで、したがつて、民法五三三条の規定の趣旨に照らして、契約に定められた
売買代金の支払期限が到来しても、特別の事情のない限り、一般に県知事の許可が
ない間は、買主の代金債務と履行上けん連関係に立つ所有権移転登記義務が発生し
ないため、買主においては所有権移転登記手続のできるまで代金債務の履行を拒絶
することができると解すべきであるが、しかし、一方県知事あるいは登記所に対す
る転用のための許可申請、所有権移転登記の申請については、法律上双方申請主義
がとられている(農地法五条、農地法施行規則六条、二条二項、不動産登記法二六
条)ので、当事者双方は売買契約に基づきその手続の完成に協力すべき義務があり、
売主がこの義務を履行するため債務の本旨に従つた弁済の準備行為をしたにも拘ら
ず、買主がその義務を履行しないときには、売主は、買主の県知事に対する許可申
請手続の懈怠により、契約をした目的を達し得ないから、これを理由として、民法
五四一条により契約を解除することができると解すべきである。
 ところで、原審が確定したところによれば、上告人は昭和三三年二月七日被上告
人先代Dから、本件土地を代金五〇万円で買い受け、内金四五、〇〇〇円を支払い、
残代金の支払期限を昭和三三年五月三一日と約定したが、代金支払前に右土地の所
有権移転登記をうけ、これを利用して売買残代金の金策を得るため、被上告人先代
Dから、手続一切を任されて、契約締結と同時に、登記手続およびその前提たる農
地法五条所定の許可申請手続(売買契約当時本件土地は畑であつた。)に必要な書
類の交付を受けたのに、上告人は右代金支払期限の同年五月三一日までに特段の事
情もないのに何らこれらの手続をせず(同日までに県知事に対する前記許可申請の
なされなかつたことは原判決からうかがわれる。)、履行期を徒過し、自ら招いた
知事の許可のないことおよび登記手続の未了を理由として、売買残代金を支払わな
かつたので、右Dの相続人である被上告人Bは上告人に昭和三三年六月二〇日頃残
代金の支払を催告したうえ、その不払を理由に同年七月一八日契約解除の意思表示
をしたというのである。このような場合においては、契約解除の前提となつた残代
金支払の催告の意思表示のなかには、県知事に対する許可申請等をなすべき催告の
意思表示をも包含すると解すべきであり、したがつて、右契約解除の意思表示は、
右手続をしないことを理由とする契約解除の意思表示をも含むと解すべきである。
そうすれば、前記説示に照らし、本件売買契約は、昭和三三年七月一八日有効に解
除されたというべきである。原判決の判断は、契約解除を有効とすることにおいて、
結局正当というべきである。
 論旨は、また、Dが昭和三三年五月三日死亡し、被上告人Bが相続をしたのであ
るから、あらためて自己の名義で相続登記をしたうえ、所有権移転登記手続に必要
な書類を上告人に交付するのでなければ、上告人が代金支払期限を徒過したからと
いつて、履行遅滞におちいらず、被上告人Bは、右代金不払を理由に本件売買契約
を解除することはできないという。よつて考えるに、本件売買契約に基づく所有権
移転登記がすまないうち、昭和三三年五月三日Dが死亡し、相続により、被上告人
Bが所有権移転登記義務を承継したことは、原審が当事者間に争ない事実として確
定したところである(もつとも、同被上告人の登記義務の内容は、所論のごとく、
同被上告人が相続登記をしたうえで「同被上告人から上告人への移転登記」をする
ことではなく、単純に、「Dから上告人への移転登記」をすることである。)。し
かしながら、前記のように、Dは本件売買契約の本旨に従つた許可申請および登記
申請義務をつくしたのであり、その後現実に登記が完了しないうちに死亡したため、
その相続人である被上告人Bを許可および登記申請人とするように前記書類を改め
なければならなくなつたとしても、それは、まずもつて、許可および登記手続を一
任され、関係書類の交付まで受けた上告人の方から被上告人Bに対し請求すべき筋
合のものであり、上告人がこの措置に出なかつたため、右書類の改訂がなされなか
つたからといつて、さきにDがした履行の提供が適法性を失い、被上告人Bが改め
て自己を申請人とする書類を交付しなければ、本旨に従つた履行の提供がなく、し
たがつて、上告人が代金支払期限を徒過しても履行遅滞にならず、解除はその要件
を欠くと考えなければならない理はない。よつて、上告人の論旨は、いずれにして
も、採用できない。
 同二について。
 原審の証拠関係に徴すれば、Dや被上告人らの側において、上告人の主張するよ
うな手段を用いて、県知事の許可や登記手続を遅延阻止させたことを確認し難い旨
の原審の判断および被上告人Bが、昭和三三年六月二〇日頃、上告人に対し、代金
の支払を催告した旨の原審の認定は、いずれも、是認できないものではなく、論旨
は、ひつきよう、証拠の取捨判断および事実の認定に関する原審の専権行使を非難
するにすぎないものであつて、採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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