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平成16年(ネ)第2747号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁
判所平成14年(ワ)第17983号)
口頭弁論終結日 平成16年9月30日
    判決
  控訴人  シロウマサイエンス株式会社
  控訴人       X
控訴人ら訴訟代理人弁護士 渡 邊   敏
同    森   利 明
同訴訟代理人弁理士    平 山 洲 光
同    中 野 圭 二
同補佐人弁理士  菊 池 武 胤
  被控訴人     天龍化学工業株式会社
代表者代表取締役     吉 田 仁 昭
訴訟代理人弁護士     中 本   勝
同    藤 本 卓 司
同    緒 方 賢 史
補佐人弁理士   石 井 曉 夫
同    西   博 幸
同    東 野   正
     主文
 本件各控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人らの負担とする。
    事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中,控訴人らの金員支払請求を棄却した部分を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人らに対し,2370万円及びこれに対する平成14年
9月8日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 被控訴人
主文同旨
第2 事案の概要
 本件は,プラスチック製インジェクション容器の製法についての特許権を有
する控訴人X及び同特許権について専用実施権を有する控訴人シロウマサイエンス
株式会社が,プラスチック製インジェクション容器(以下「被控訴人製品」とい
う。)を製造,販売している被控訴人に対し,その容器の製造方法(以下「被控訴
人製法」という。)が上記特許権を侵害するとして,損害賠償を求めたところ,原
判決が請求を棄却したため,控訴人らが,これを不服として,控訴を提起した事案
である。
 なお,控訴人らは,原審において,上記損害賠償のほかに,製品の製造,販
売等の差止め及び製造設備の除去等を請求し,これらの請求も棄却されたが,これ
については不服を申し立てていない。
 当事者の主張は,次のとおり,当審における主張を付加するほか,原判決の
「事実及び理由」の「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する
(以下,当裁判所も,「本件特許権」,「本件発明」,「本件明細書」の略称を,
原判決の用法に従って用いる。)。
1 当審における控訴人らの主張の要点
(1)原判決は,本件発明は,同一内径及び同一外径の容器筒体のみを対象とす
るものであり,容器筒体の内径が全く同一であるインジェクション容器を対象とし
て,中子を抜く際に生じる課題を解決したものであるから,本件発明の「中子」は
「その径がすべての箇所において同一であり,勾配が全くないものを指すと解する
のが相当である」と判断した。
 しかし,本件明細書の特許請求の範囲は,容器筒体が同一内径及び同一外
径であると限定しているものではない。しかも,特許請求の範囲には,容器筒体の
寸法について,「直径に対して肉厚の薄い大径の」という限定があるのであるか
ら,その記載のみから容器筒体の形状は明白であって,発明の詳細な説明を参酌す
る必要はなく,これを参酌すべきでもない(最高裁平成3年3月8日判決,民集4
5巻3号123頁)。
 また,本件出願当時,同一内径の容器筒体は存在しておらず,そのような
存在しない従来技術を前提に,本件発明の課題を認定することはできない。
 したがって,本件発明の容器筒体の内径が全く同一であることを前提に,
本件発明の中子が勾配の全くないものを指すとすることはできない。
(2)本件発明の「抜き勾配」とは,原判決の述べるとおり,「抜き抵抗の減少
を図る目的で設けられた勾配」又は「抜き抵抗の減少をもたらす効果を有する勾
配」を意味するが,この抜き勾配については,次のような文献の記載がある。
ア 「射出成形第8版」(㈱プラスチックス・エージ・1986年7月10
日発行。甲8号証の1)には,「原則的には,1~2°の抜き勾配が適当である
が,抜き勾配がとりにくい場合でも最小0.5°が目安となる。」と記載され,
「材料の抜き勾配」の表には,高密度ポリエチレンは精密級で1/2°(0.5
°),標準級は3/4°(0.75°),粗級は1と1/2°(1.5°)である
との記載がある。
イ 「プラスチック成形金型設計マニュアル集大成」(日刊工業新聞社・2
002年8月27日発行。甲8号証の2)には,一般的な抜き勾配の目安として
「原則的に1~2°,抜き勾配のとりにくいところでも,0.5°以上,浅い成形
品で0.25°以上」と記載され,「材料による抜き勾配」の表には,高密度ポリ
エチレン精密級では1/2°(0.5°),標準級は3/4°(0.75°),粗
級は1と1/2°(1.5°)であるとの記載がある。
ウ 「射出成形用金型第2版」(日刊工業新聞社・昭和59年8月29日発
行,甲8号証の4)には,「この抜き勾配は樹脂の種類や成形品の形状によって異
なるが,一般的には,収縮率の小さい樹脂(ABS,PS,PC)には,1~2°
(1/60~1/30),収縮率の大きい樹脂(pA,ナイロン)などは1/2~
1°(1/120~1/60)を使用する。なお,1/2°は実用上最小勾配であ
る。ただし,25.4mm程度なら抜き勾配はなくても抜ける。」との記載があ
る。
 以上の各記載によれば,本件において技術上採用し得る最小抜き勾配は,
0.5度である。
 ところが,原判決が認定する被控訴人製法の中子の勾配は,0.055度
ないし0.054度というものであって,技術上採用し得る上記の最小抜き勾配を
はるかに下回るものであり,抜き勾配といえるものではなく,本件発明の「抜き勾
配のない中子」に相当するものである。
(3)溶融プラスチックの射出成形加工では,固化時に収縮することは技術常識
であるところ,射出成形品には収縮率の差異が存在し,本件発明によって容器筒体
を成形するためには,予め収縮の影響を考慮した金型寸法の設定が必要になる。し
たがって,原判決が認定したような何ら勾配のない中子を使用すると,同一内径の
容器筒体を製造できないことになるのである。本件発明のように,「容器筒体1に
中蓋を挿入して押圧すればインジェクション口部3からシリコン等の内容物を円滑
に注出することが出来る」ような内径の筒体製品を成形するには,筒体各部の成形
収縮率差を考慮し中子の金型は勾配の全く存在しないものを使用せず,ゲートから
近い部分の金型寸法は小さく,ゲートから遠い部分の金型寸法について大きく設計
した中子を使用することは,少なくとも被控訴人製品製造当時の技術常識であっ
た。
 被控訴人製法の中子の勾配は,上記収縮率の差を考慮して,筒体製品内径
をほぼ同一にするための補正値であって,抜き勾配ではない。
(4)容器筒体が同一内径・同一外径の場合と,被控訴人製法のように約0.0
5度の勾配がある場合,すなわち略同一内径・略同一外径の場合とでは,作用効果
の点で何ら差異がない。被控訴人製法が抜き勾配のない中子かどうかについては争
いがあるが,絞り板部に引張力が集中して加わらないので,インジェクション口部
が取れたり,筒部に割れや変形が生じることがない点では同じである。したがっ
て,本件発明の効果と被控訴人製法の効果は何ら差異がないのであるから,本件発
明と被控訴人製法が同一の構成であることが推認される。
2 当審における被控訴人の主張の要点
(1)本件明細書の特許請求の範囲の「直径に対して肉厚の薄い大径」なる文言
のみによっては,インジェクション容器の形態が特定されているとは言い難く,イ
ンジェクション容器の構成を一義的に理解できないから,発明の詳細な説明を参酌
して特許請求の範囲の意義を解釈することは当然であり,本件発明の対象が「同一
外径及び同一内径」の容器筒体を有するインジェクション容器の製法にあることは
明らかである。また,控訴人らは,本件出願当時,容器筒体を同一内径とする技術
はなかったと主張するが,本件明細書には,従来,インジェクション容器の容器筒
体は同一外径及び同一内径であったと記載されている。
(2)抜き勾配の角度が0.5度より小さければ,ないに等しいなどという意味
を窺わせるような記載は本件明細書のどこにも見当たらない。また,控訴人らが引
用する文献に記載されている抜き勾配は,突き出しピンを用いて型抜きする成形方
法に関するものであって,本件における容器の製法にそのまま適用できるものでは
ない。
(3)控訴人らは,同一内径の容器筒体とするには,成形収縮率の違いを補正す
るために中子に勾配をつける必要がある旨主張するが,射出成形法において,ゲー
トから遠い部分ほど成形収縮率が大きいというのは,あくまでも一般論であって,
製品の仕上がりには樹脂の種類,溶融温度など多くの条件が複雑に絡み合ってお
り,その一般論が常に妥当するとは限らない。現に,被控訴人製法では,ゲートか
ら遠い容器筒体の端部の成形収縮率が小さくなる傾向を呈しており,控訴人らの主
張のようにはなっていないのである。被控訴人製法の中子の勾配が筒体製品内径を
ほぼ同一にするための補正値であるとの控訴人らの主張は理由がない。
(4)本件発明においては,把持用凹部を外型材で支持することにより,抜き勾
配の全くない中子を抜くものであるのに対し,被控訴人製法は,容器筒体の端部を
一体式外型材の支持体で支持することと,中子に抜き勾配を設けることとによっ
て,中子をスムースに抜くものであり,両者は中子の構成と容器筒体の支持方法と
が本質的に相違している。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの損害賠償請求は理由がないと判断する。その理由
は,以下のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の
判断」と同一であるから,これを引用する。
(1) 控訴人らが引用する文献(甲8号証の1,2,4)に,前記第2の1(2)
アないしウの記載があることは,控訴人らの主張するとおりである。
 しかし,それらの文献は,「抜き勾配の値は①材料の特性(成形収縮率,
剛性及び潤滑性),②成形品の形状・構造(型開き方向の成形品の高さ,成形品の
肉厚),③金型の構造(エジェクトの方法),④金型の製作(成形品の抜き方向の
金型キャビティ面の仕上げの程度),⑤成形条件(型内樹脂圧),などを考慮して
決めることが好ましい」(甲8号証の1)などとして,いずれも「原則的には」
(甲8号証の1),「一応の目安として」(甲8号証の2),「一般には」(甲8
号証の4)と記載した上で,抜き勾配の値を摘示しているものである。また,乙3
8号証(三谷景造著「射出成形金型}シグマ出版・1997年6月15日発行)に
は,「成形品の用途を考慮して外観上,成形品の側面に垂直性,または平行性が要
求されることが多い。できる限り小さい抜き勾配を適用するが・・・。小さい抜き
勾配は,成形品の突出し時に離型手段について配慮が必要になる。」とも記載され
ている(29~30頁)。
 これらの記載からすると,控訴人ら引用の文献において示されている抜き
勾配の値は,あくまでも一般的な目安としての数値であり,具体的に採用される抜
き勾配の値は,成形条件等や他の離型手段など様々な条件をも考慮して決められる
ものであって,本件出願当時,抜き勾配は少なくとも0.5度以上の勾配でなけれ
ばならないとか,0.5度未満ではおよそ抜き勾配としての機能がなく,抜き勾配
とはいわないとする技術常識があったとは認められない。
(2) 本件明細書の特許請求の範囲には,「抜き勾配のない中子」と記載されて
いるだけで,「抜き勾配」の意義について特に規定されておらず,発明の詳細な説
明においても,その「抜き勾配」が一定の角度以上の勾配のことを指すとか,「抜
き勾配のない中子」が一定の角度より小さい勾配を持った中子を含んでいることを
意味するような記載も示唆もないのである。
 むしろ,発明の詳細な説明には,前記引用に係る原判決認定のとおり,「本
発明に係るインジェクション容器のように,同一内径及び同一外径で細長くて肉厚
の薄い容器筒体」と記載されていることからすれば,本件発明の「抜き勾配のない
中子」は,製造誤差による場合を除き,勾配が全くない中子のことを意味している
ものと解するのが自然であり,合理的である。
 したがって,本件発明の「抜き勾配のない中子」を,0.5度未満など一
定の角度以下の勾配を持つ中子をも含むものとして理解することはできないという
べきである。
(3) 被控訴人製法の中子の先端が基端よりも直径で約0.4ミリメートル小径
となっていることは当事者間に争いがなく,この中子に設けられた勾配は,前記引
用に係る原判決認定のとおり,0.055度ないし0.054度という僅かなもの
であるとはいえ,それは中子の縦断面の等脚台形における両脚部分の片方の勾配角
度であって,その勾配は中子の円周面全部について存在するものである。このよう
な勾配がある以上,その程度が僅かであるからといって,抜き抵抗を減少させる効
果がないとはいえないし,本件証拠上,被控訴人製法の中子の勾配が抜き勾配とし
ての機能や効果を持たないと認めるべき根拠は見当たらない。したがって,被控訴
人製法の中子は,「抜き抵抗の減少をもたらす効果を有する勾配」を設けた中子で
あり,本件発明の「抜き勾配のない中子」に当たらないというべきである。
(4)ア 控訴人らは,特許請求の範囲において容器筒体を同一内径及び同一外径
のものとは限定しておらず,また,その記載のみから容器筒体の形状は明白である
から,発明の詳細な説明を参酌すべきでないと主張する。
 本件発明が「同一内径及び同一外径の容器筒体」を構成要件とするもの
でないことは控訴人ら主張のとおりであるが,本件発明が,「同一内径及び同一外
径の容器筒体」の一端部に絞り板部を介して小径のインジェクション口部を設けた
プラスチック製インジェクション容器の製法において,中子の抜き取りの際に生じ
る問題の解決を目的としたものであることは,前記引用に係る原判決認定の本件明
細書の記載から明らかである。そして,特許請求の範囲の記載からは,本件におい
て争われている「抜き勾配のない中子」の意義は必ずしも一義的に明らかとはいえ
ないのであるから,その意味内容を明確にするために,本件明細書の発明の詳細な
説明の記載等を参酌し,その意味内容を確定することができることは当然であり,
これを参酌できないとする理由はない。
 なお,控訴人らは,本件出願当時,同一内径の容器筒体という従来技術
は存在しなかったとも主張するが,本件明細書の記載を否定する主張であって,採
用の限りでない。
イ 控訴人らは,被控訴人製法の中子の勾配は,技術上採用し得る角度のも
のでなく,抜き勾配とはいえない旨主張するが,その理由がないことは,既に述べ
たとおりである。
 また,控訴人らは,成形収縮率の差異を考慮すれば,勾配のない中子で
は同一内径の容器筒体を製造できないことになるなどとして,被控訴人製法の中子
の勾配はそのための補正値であると主張する。
 しかし,本件明細書には,成形収縮率の差異を考慮して中子に勾配を設
けることについて,何らの記載も示唆もない。また,本件出願の親出願に係る実用
新案(実願昭58-169132)は,「同一内径及び同一外径の容器筒体
の・・・プラスチック製インジェクション容器」を実用新案登録請求の範囲とする
ものであるが,その明細書には,成形収縮率の差異を考慮して中子に勾配を設ける
ことについては全く記載されていない(乙15号証の3,乙58号証)ことに照ら
すと,一般論として射出成形品に収縮率の差異が存在するとしても,そのことから
直ちに中子に勾配を設けなければ技術上成り立たないとまでいえるか疑問である
し,また,被控訴人製法の中子に設けられた勾配が抜き勾配の機能を有しない,成
形収縮率を考慮した補正のためのものに過ぎないと認めるに足りる証拠もないので
あって,控訴人らの主張は,採用することができない。
ウ控訴人らは,本件発明の効果と被控訴人製法の効果とは何ら差異がないか
ら,本件発明と被控訴人製法が同一の構成であることが推認されると主張する。
 控訴人らの主張の趣旨は定かでないが,仮に被控訴人製法の効果が本件
発明の効果と差異がないとしても,前記のとおり,被控訴人製法は,少なくとも本
件発明の構成である「抜き勾配のない中子」という部分を備えていないのであり,
被控訴人製法が本件発明と同一であるとすることはできない。
2 以上によれば,被控訴人製法が本件特許権を侵害しないとして控訴人らの損
害賠償請求を棄却した原判決は相当であり,控訴人らの控訴はいずれも理由がな
い。
 よって,本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第3部
     裁判長裁判官   佐  藤  久  夫
裁判官  設  樂  隆  一
裁判官  若  林  辰  繁

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