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平成25年1月30日判決言渡
平成24年(ネ)第10030号特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地
裁平成20年(ワ)第33536号)
口頭弁論終結日平成24年10月25日
判決
控訴人メディキット株式会社
控訴人東郷メディキット株式会社
両名訴訟代理人弁護士田中成志
同平出貴和
同板井典子
同山田徹
同森修一郎
同補佐人弁理士豊岡静男
同櫻井義宏
同高松俊雄
被控訴人フェイズ・メディカル・
インコーポレーテッド
訴訟代理人弁護士片山英二
同本多広和
同弁理士日野真美
補佐人弁理士黒川恵
同杉山共永
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,発明の名称を「安全後退用針を備えたカニューレ挿入装置」とする
特許(出願日:昭和63年4月28日。登録日:平成9年5月9日。特許第264
7132号。平成20年4月28日存続期間満了。以下「本件特許1」といい,そ
の特許権を「本件特許権1」,訂正2010-390017号審決により訂正され
た特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件訂正発明1」という。)の特許権者
であったAから本件特許権1に基づく権利の全てを譲り受け,かつ,発明の名称
を「医療器具を挿入しその後保護する安全装置」とする特許(出願日:平成6年1
1月15日。登録日:平成8年12月5日。以下「本件特許2」といい,その特許
権を「本件特許権2」といい,その特許請求の範囲請求項1,3,5,7,8記載
の発明を「本件発明2-1」,「本件発明2-3」,「本件発明2-5」,「本件
発明2-7」,「本件発明2-8」といい,本件訂正発明1と併せて「本件各発明」
という。なお,本件特許2の請求項2,4,6記載の発明は,請求原因として主張
されていない。)の特許権者である被控訴人(1審原告)が,控訴人ら(1審被告
ら)の製造,販売等していた原判決別紙物件目録記載の医療器具(以下「被告製品」
という。)は上記各特許権を侵害するとして,本件特許権2に基づき,特許法10
0条1項により被告製品の製造,販売等の差止めを求めるとともに,本件特許権1
及び本件特許権2を侵害した不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して特
許法102条3項による損害7億4280万円及び弁護士費用7428万円の合計
8億1708万円並びにこれに対する平成20年11月26(訴状送達の日の翌日)
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案で
ある。
2原審の東京地裁は,平成24年2月7日,①被告製品は本件各発明の技術的
範囲に属する,②本件特許2の請求項1,3,5は,いずれも進歩性の欠如により
特許無効審判により無効とされるべきものであるが,本件特許1の請求項1及び本
件特許2の請求項7,8は,いずれも特許無効審判により無効とされるべきもので
はない,③控訴人らは,平成19年5月1日から平成22年9月23日までの間,
共同して被告製品を製造し,販売し,輸出していたから,平成19年5月1日から
本件特許権1の存続期間満了日である平成20年4月28日までの間は本件訂正発
明1に係る本件特許権1及び本件発明2-7,2-8に係る本件特許権2を侵害し,
平成20年4月29日から平成22年9月23日までの間は本件発明2-7,2-
8に係る本件特許権2を侵害したものであり,上記各特許権の侵害により生じた損
害について,連帯して損害賠償責任を負うとして,被控訴人の控訴人らに対する請
求を,損害合計1億1668万7911円(損害元本として特許法102条3項に
よる損害9995万3966円及び弁護士費用999万5396円の合計1億09
94万9362円並びに平成22年9月23日までの確定遅延損害金合計673万
8549円の合計)及びうち1億0994万9362円に対する平成22年9月2
4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限
度で認容し,その余を棄却した。
そこで,控訴人らは,これを不服として本件控訴を提起した。
第3当事者の主張
1前提事実,争点及び当事の主張は,次に付加するほか,原判決「事実及び理
由」欄の第2の1及び2(原判決2頁8行目から66頁8行目まで)記載のとおり
であるから,これを引用する(略称は,本判決で注記したもののほか,原判決のも
のを用いる。)。
2当審における控訴人らの主張
(1)本件訂正発明1に係る特許の無効理由
ア本件訂正発明1の容易想到性
本件訂正発明1は,乙9の1記載の発明(以下「乙9の1発明」という。)に,
乙9の2~6,9の10,9の13~15,9の16~18,9の20~25,9
の29,9の30,9の35~40,9の42,9の49に記載の周知技術に基づ
いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項
の規定により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号の規
定により無効とされるべきである。
すなわち,本件において各証拠から認定される周知技術は,技術分野を問わず「ラ
ッチを用いてバネ(付勢手段)の力に抗して一時的に止めている「尖って危険な先
端部」を,手動でボタン等をごく短い距離だけ押し込んでラッチを外すことにより,
その一時的に止めている「尖って危険な先端部」をバネの力により筒や管に収納す
る技術」である。そして,本件訂正発明1のように,使用時に,針の先端を突出し
たままで使用し,使用後,ラッチを押し込み,バネの力により,針を中空なハンド
ル内に収納するような構成は,乙9の1発明に上記周知技術を適用すれば,容易に
想到できたものである。
イ本件訂正発明1に係る無効理由を時機に後れた攻撃防御方法として却下した
誤り
控訴人らの原審第24準備書面は,従前の控訴人らの主張を本件特許1に係る審
決取消訴訟である知財高裁平成21年(行ケ)第10381号同22年11月30
日判決の判示に照らして整理したものにすぎず,時機に後れた攻撃防御方法とはい
えないものであり,その内容に照らし,訴訟の完結を遅延させることとなるもので
もない。
また,控訴人らの原審第28準備書面は,従前の控訴人らの主張をまとめるとと
もに,乙32の1,2として,日本を代表する漫画家である手塚治虫の作品「ビッ
グX」(以下「ビッグX」という。)において,シャープペンシル型の注射器(使
用後に針を筒の中に引きこむ注射器)が重要アイテムとして使用されており,使用
時にのみ針を突出するシャープペンシル型の注射器が国民に広く知られていること
を補足したものである。当該証拠は,約30年前に刊行された漫画であり,調査に
期間が掛かるのはやむを得ず,時機に後れた攻撃防御方法とはいえない上,その内
容に照らし,訴訟の完結を遅延させることとなるものでもなく,当該主張がその時
期になされたことにつき,控訴人らに故意も重過失もない。
したがって,これらの攻撃防御方法を却下した原判決は誤りであり,上記各準備
書面及び証拠をも踏まえて,本件訂正発明1について審理がなされる必要がある。
(2)本件発明2-7,2-8に係る特許の無効理由
ア本件発明2-7,2-8の容易想到性
(ア)505号明細書を主引用例とする無効理由
本件発明2-7,2-8は,いずれも乙43(米国特許第5135505号明細
書(以下「505号明細書」という。))に記載された発明(以下「505号発明」
という。)及び乙11の2等に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受ける
ことができないものであり,同法123条1項2号の規定により無効とされるべき
である。
a本件発明2-7について
(a)505号発明
505号明細書には,
「カニューレ119を患者の中に挿入しその後で患者内にあった装置部分との接触
から人々を保護するに当たって使用される保護カテーテル装置であって,
前記患者に突き刺し前記カニューレ119を前記患者内の定位置に案内し運ぶた
めの針103であって,少なくとも1つの鋭い端を備えた軸を有する針103と,
前記人々の指が届かないように前記針103の少なくとも鋭い端を封包するよう
になされたバレル部材105と,
前記鋭い端がバレル部材105から突出した状態で前記軸をバレル部材105に
固着するためのエルボ113aおよびエルボ113bと,
前記エルボ113aおよびエルボ113bによる固着を解除し且つ前記人々の指
が届かないように前記針の鋭い端をバレル部材内へ実質的に永久的に後退させるた
めのハンドル109とから成り,前記ハンドル109は針103の軸よりも実質的
に短い振幅の単純な一体運動により手動で作動可能であり,
前記針103の中からの血液を収容すると共に,前記後退の際および後退の後に
も,針103と固定されており,血液を包囲し続ける溜め117とを更に備える
ことを特徴とする保護カテーテル装置。」
の発明(505号発明)が記載されている。
(b)周知技術
乙11の2等によれば,「機械設計において,衝撃の効果を軽減するため,また
は急速に動く物体を,それが所定の距離を動いた後に急速に減速するために,緩衝
器がしばしば必要であること」は,あらゆる技術分野において共通する周知の課題
及び周知技術であったと認められる(以下,この周知技術を「エネルギー吸収手段
の周知技術」という。)。
乙16の6及び乙24の7によれば,「カテーテルを挿入する医療器具において,
針基(ハブ)内部にフラッシュバックを設けること」及び「カテーテルを体内に挿
入するための挿入針を使用後に後退させる方式のカテーテルにおいて,挿入針の中
からの血液を収容保持するフラッシュバック室を針のハブ内部に設け,フラッシュ
バック室のプラグとして,空気は透過するが,血液は透過しない多孔質の材料とす
ること」が周知技術であったと認められる(以下,この周知技術を「フラッシュバ
ック室の周知技術」という。)。
(c)本件発明2-7と505号発明との対比
フラッシュバック室の周知技術及び技術常識に照らせば,505号発明の「溜め
117」は,針基にフラッシュ血液が流入するように設けられたフラッシュバック
室に相当することが理解でき,この周知技術のフラッシュバック室は「後退によっ
て生ずる力に抗して」「血液を確実に保持する」との技術的意義を充足するもので
あるから,505号発明の「溜め117」は,本件発明2-7の「前記後退によっ
て生ずる力に抗して,前記針が後退する間に及び該後退の後に,前記血液を確実に
保持するための収容/保持手段」に相当する。
したがって,本件発明2-7と505号発明とを対比すると,
「カニューレの如き医療器具を患者の体内へ挿入し且つその後患者の体内にあった
該装置の部分に人が接触しないように保護するための安全装置において,
患者を穿刺し,前記医療器具を患者の体内の適所へ案内して搬送する中空針であ
って,少なくとも1つの鋭利な端部を有する軸を具備する中空針と,
人の指が届かないように,少なくとも前記針の鋭利な端部を包囲するようになさ
れた中空のハンドルと,
前記鋭利な端部を前記ハンドルから突出させた状態で前記軸を前記ハンドルに固
定する固定手段と,
前記固定手段を解除し,前記針の鋭利な端部を人の指が届かないように前記ハン
ドルの中へ実質的に永続的に後退させる解除/後退手段であって,前記針の軸より
も実質的に短い距離だけ簡単且つ単一の動作によって手操作で作動可能な解除/後
退手段と,
前記中空針の中からの血液を収容する共に,前記後退によって生ずる力に抗して,
前記針が後退する間に及び該後退の後に,前記血液を確実に保持するための収容/
保持手段とを更に備える
ことを特徴とする安全装置。」
である点で一致し,
本件発明2-7は,「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸収
手段」を有するのに対し,505号発明はこのような「エネルギ吸収手段」を備え
ていない点で相違する。
(d)相違点の容易想到性
505号発明も乙11の2も,医療関係者が針を患者に穿刺する操作を行うもの
であり,使用後の針が後退手段により自動的に後退し,ハンドル内に収まる機構で
ある点で共通する。そして,505号発明は,針が患者の体内にある間にラッチ操
作をした場合,患者の組織が傷ついたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引し
たりするという危険性のあることを前提とし,乙11の2に記載された周知技術と
同様に,後退手段を用いた患者からの急速な針の引抜きにより,患者の組織が傷つ
いたり,不随意に注射器内に患者の血液を吸引したりするのを防止することを解決
課題としていると解するのが自然である。
以上によれば,505号発明においても,患者を保護するという解決課題を実現
するため,乙11の2に記載された弾性制動手段を用いることによって,針の後退
速度を減少させるとの構成を適用することが困難であるという理由はない。
したがって,505号発明において,乙11の2に記載されたエネルギー吸収手
段の周知技術を適用して,相違点の構成とすることは,当業者が容易に想到できた
ことである。
b本件発明2-8について
(a)本件発明2-8と505号発明との対比
本件発明2-8と505号発明とを対比すると,
「カニューレの如き医療器具を患者の体内へ挿入し且つその後患者の体内にあった
該装置の部分に人が接触しないように保護するための安全装置において,
患者を穿刺し,前記医療器具を患者の体内の適所へ案内して搬送する中空針であ
って,少なくとも1つの鋭利な端部を有する軸を具備する中空針と,
人の指が届かないように,少なくとも前記針の鋭利な端部を包囲するようになさ
れた中空のハンドルと,
前記鋭利な端部を前記ハンドルから突出させた状態で前記軸を前記ハンドルに固
定する固定手段と,
前記固定手段を解除し,前記針の鋭利な端部を人の指が届かないように前記ハン
ドルの中へ実質的に永続的に後退させる解除/後退手段であって,前記針の軸より
も実質的に短い距離だけ簡単且つ単一の動作によって手操作で作動可能な解除/後
退手段と,
前記中空針の中からの血液を収容すると共に,前記後退によって生ずる力に抗し
て,前記針が後退する間に及び該後退の後に,前記血液を確実に保持するための収
容/保持手段と
前記収容/保持手段が,前記針と共に運動するように固定された室を備え,前記
後退によって生ずる力から前記室の内部を隔離するための隔離手段を更に備える
を備えることを特徴とする安全装置。」
である点で一致し,
本件発明2-8では,「前記後退のエネルギの一部を吸収するためのエネルギ吸
収手段」を有するのに対し,505号発明はこのような「エネルギ吸収手段」を備
えていない点で相違する。
(b)相違点の容易想到性
上記相違点が当業者に容易想到であることは,上記a(d)のとおりである。
(イ)乙11の1を主引用例とする無効理由
本件発明2-7,2-8は,いずれも乙11の1に記載された発明(以下「乙1
1の1発明」という。)及び505号明細書並びに後記相違点①に係る周知技術(乙
11の2等)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法12
3条1項2号の規定により無効とされるべきである。
a乙11の1発明
乙11の1には,
「カニューレを患者の中に挿入しその後で患者内にあった装置部分との接触から人
々を保護するに当たって使用される安全装置であって,
前記患者に突き刺し前記カニューレを前記患者内の定位置に案内し運ぶための針
であって,少なくとも1つの鋭い端を備えた軸を有する針と,
前記人々の指が届かないように前記針の少なくとも鋭い端を封包するようにされ
た中空ハンドルと,
前記鋭い端がハンドルから突出した状態で前記軸をハンドルに固着するための手
段と,
前記固着手段を解除し且つ前記人々の指が届かないように前記針の鋭い端をハン
ドル内へ実質的に永久的に後退させるための手段とから成り,前記解除および後退
手段は針の軸よりも実質的に短い振幅の単純な一体運動により手動で作動可能であ

針を把持するキャリヤブロックの大きな端とハンドルの内側孔とは流体密封して
おり,針を把持するキャリヤブロックの後面はデルリン製であり,完全に後退した
ときにハンドルの内側ストッパ部分に着座する
安全装置。」
の発明(乙11の1発明)が記載されている。
b(a)本件発明2-7と乙11の1発明との対比
本件発明2-7と乙11の1発明とを対比すると,
本件発明2-7は,「①中空針が後退するエネルギの一部を吸収するためのエネ
ルギ吸収手段があるとともに,②中空針の中からの血液を収容するとともに,中空
針の後退によって生ずる力に抗して,中空針が後退する間と中空針が後退した後に,
血液を確実に保持するための収容/保持手段」があるのに対し,乙11-1発明①
では,これらがない点で相違する。
(b)本件発明2-8と乙11の1発明との対比
本件発明2-8と乙11の1発明とを対比すると,
本件発明2-8では,「①中空針が後退するエネルギの一部を吸収するためのエ
ネルギ吸収手段があるとともに,②中空針の中からの血液を収容するとともに,中
空針の後退によって生ずる力に抗して,中空針が後退する間と中空針が後退した後
に,血液を確実に保持するための収容/保持手段が,中空針の後退によって生じる
力から中空針と共に運動するように固定された室の内部を隔離するための隔離手
段」を備えるのに対し,乙11-1発明は,これらがない点で相違する。
c相違点の容易想到性
(a)上記相違点①が乙11の2,12,13,14及び乙16の9との組合せに
より当業者に容易想到であることは当事者間に争いがない(本件発明2-1,2-
3,2-5に係る特許は既に無効とされた。)。
(b)505号明細書において,「前記針103の中からの血液を収容すると共に,
前記後退の際および後退の後にも,針103と固定されており,血液を包囲し続け
る溜め117とを更に備える」の「溜め117」は,針103と固定されており,
針103の後退に際しては針103と共に運動することから血液と針との間に相対
的な運動を生じないものであるから,「前記後退によって生ずる力に抗して,前記
針が後退する間に及び該後退の後に,前記血液を確実に保持するための収容/保持
手段」に該当する。
乙11の1発明と505号明細書は,課題の共通性(同一性),構成の同一性(技
術分野の同一性)があり,かつ,505号明細書には,「4,747,8315
/1988Kulli」(1頁左欄)として,乙11の1に対応する米国特許明細書が
参照されるものであることが明記されており,両者の構成を組み合わせる可能性に
ついて明示的に示唆がある。したがって,フラッシュバック室の存在しない乙11
の1発明において,使用後に,ばねの力を用いて針を装置内に引き込むカニューレ
挿入装置として構成を全く同じくする505号明細書の「膜108d」を有する「溜
め117」を採用することは,当業者が容易に成し得たものである。また,血液の
流入を確認し,血液を保持するフラッシュバック室は,通常のカニューレ挿入装置
において広く周知であったのであり(乙16の6~9等,乙9の37,38等),
特に乙11号の1や505号明細書のような,ばねの力により針を引き込む型のカ
ニューレ挿入装置についても,505号明細書に「膜108d」を有する「溜め1
17」が明示されている以上,乙11の1において「膜108d」を有する「溜め
117」の構成を採用しない理由はない。
そして,乙11の1発明において,「膜108d」を有する「溜め117」を採
用すれば,「前記後退によって生ずる力に抗して,前記針が後退する間に及び該後
退の後に,前記血液を確実に保持するための収容/保持手段」(本件発明2-7と
の相違点②),「前記収容/保持手段が,前記針と共に運動するように固定された
室を備え,前記後退によって生ずる力から前記室の内部を隔離するための隔離手
段」(本件発明2-8との相違点②)を備えるものであり,当業者は容易に本件発
明2-7及び本件発明2-8に想到するものである。
イ本件発明2-7,2-8に係る無効理由を時機に後れた攻撃防御方法として
却下した誤り
原審は,平成23年9月1日第2回口頭弁論期日において,控訴人らの平成23
年5月9日付け第25準備書面,平成23年8月30日付け第28準備書
面「二」(3頁~4頁)及び乙11の26,乙17の1,2,乙18,乙19の1
~6,乙21~23,乙24の1~7(判決注:乙24の1は,505号明細書で
あり,当審において乙43として提出されている。)をいずれも時機に後れた攻撃
防御方法として却下し,平成23年8月4日付け第27準備書面中の米国特許第5
135505号を主引例とする無効主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下し
た。
しかし,これらの攻撃防御方法を却下したことは,いずれも誤りである。控訴人
らの原審第25準備書面は,505号明細書を主引用例とする無効主張であるが,
505号明細書は,本件発明2-7,2-8とほとんど同じ構成の発明が記載され
たものであり,わずかに存在する相違点についても,いずれも本件発明2-1,2
-3,2-5に係る特許が無効とされたのと全く同じ理由で容易想到であることが
明らかであり,同証拠及び主張の提出は,その内容に照らし訴訟の完結を遅延させ
ることとなるものでもない。また,当該主張立証がその時期になされたことにつき,
控訴人らに故意も重過失もあったとはいえない。日本国外の米国特許明細書である
505号明細書の提出がこの時期に至ったことは,控訴人らにおいて真にやむを得
ないものであった。
これに対して,無効2011-800061号事件(以下「無効61号事件」と
いう。)において,被控訴人は,当初,訂正請求が可能な時期において訂正請求を
意図的に行わず,原審における原告の主張(本件特許2の請求項8を訂正すること
を前提とした主張)と明らかに矛盾する対応をしており,控訴人らとしては苦慮し
ていた。このことから,特許庁より,口頭審理前に,被控訴人に対して,職権によ
る無効理由通知がなされ,これに対して,被控訴人は,原審口頭弁論終結後の平成
23年11月4日付けで訂正請求を行ったものである。被控訴人の上記訂正にかか
る遅延がなければ,上記無効審判事件の手続がより早く進行したことは確実であり,
控訴人らの被った不利益は図り知れない。
以上の経緯に鑑みれば,控訴人らの上記主張立証は,時機に後れた攻撃防御方法
ではなく,その内容に照らし訴訟の完結を遅延させることとなるものでもなく,ま
た,当該主張立証がその時期になされたことにつき控訴人らに故意も重過失もない。
控訴人らの平成23年8月4日付け第27準備書面中の505号明細書を主引例と
する無効主張も,第25準備書面を補足したものであり,訴訟の完結を遅延させる
こととなるものでもなく,また,当該主張立証がその時期になされたことにつき,
控訴人らに故意も重過失もない。
(3)特許法改正による控訴人らの不利益
平成23年法律第63号(以下「改正法」という。)により改正された特許法1
04条の4の規定によれば,侵害訴訟の判決が確定した場合には,その後に特許を
無効とする審決が確定して特許が無効となっても,当該事由を再審の訴えにおいて
主張することができないものとされたが,同条は,改正法の施行日(平成24年4
月1日)以降に提起された再審の訴えについて適用するものとしている(改正法附
則2条15項)。
特許法104条の4の規定の趣旨は,被告には侵害訴訟の審理の場において原告
特許の有効性を争う機会が保証されていることから,侵害訴訟の判決確定後に,無
効審判手続において特許を無効とする審決が確定した事実を再審の訴えにおいて主
張することは許されないとしたものである(紛争の蒸し返し防止)。上記改正法の
趣旨からすれば,特許法104条の4は,侵害訴訟において十分な主張立証がなさ
れることを前提にした規定である。改正法成立前の時点であれば,侵害訴訟の判決
確定後であっても,無効審判請求により特許を無効にすることによって,再審請求
を行うことが可能であったのであるから,期限を設定して,その期限後の無効主張
を一律に却下するという運用は可能であったのかもしれない。しかし,特許法10
4条の4は,侵害訴訟において攻撃防御を尽くす十分な機会と権能が与えられてい
ることを前提に再審の制限を行っているであるから,原審のように一律に攻撃防御
方法を却下するような運用は避けるべきである。
本件のように,改正法の公布,施行時をまたいで係属していた事件について,控
訴人らの無効主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下すると,改正法の施行に
伴い,控訴人らは予想外の著しい不利益を被ることになり,反面,被控訴人は改正
法を奇貨として不当な利益を享受することになる。すなわち,改正法施行前に提起
され審理されていた特許権侵害訴訟においては,判決確定後にも,被告は,特許を
無効とする審決が確定した場合,再審の訴えにより確定判決を覆すことができるこ
とを前提として原審は訴訟指揮を行っていたのであるから,当該訴訟を改正法の適
用対象とすることは,改正法施行前に提起された訴訟の被告に対して,不意打ちに
当たる不利益を強いるものである。
したがって,本件訴訟においては,裁判所は,控訴人らに対して特許の有効性を
争う機会を十分に与えるべきである。
(4)被告製品が本件発明2-7,2-8の技術的範囲に属しないこと
ア仮に,本件発明2-7,2-8にかかる特許が有効であるとすれば,被告製
品は,「収容/保持手段」を有さず,本件発明2-7,2-8の技術的範囲に属し
ないものであり,原判決は誤りである。
イ原判決は,「針基からフラッシュバック室に通じる穴が針基の後部上面の位
置にあることが認められる」としつつ,「証拠(甲16・25の各1・2)によれ
ば,針基とフラッシュバック室は,中空針の後退の際に生じる血液と中空針との相
対的な運動による影響を受けることを阻止して,中空針が後退する間と中空針が後
退した後に,血液を外管から外へ漏出させないことが認められ,この認定を覆すに
足りる証拠はない。このため,被告製品は,2-7-bの構成を有する」(68頁
14行目以下)と認定したが,この事実認定は誤りである。
まず,中空針及び針基の後退により,フラッシュバック室の血液と中空針とが,
相対的に運動するものであることは一見して明らかである。そして,その結果,「針
基からフラッシュバック室に通じる穴」から「フラッシュバック室」に流入した血
液は,内管の開口部であるフラッシュバック室の穴を通じて,外管の内部に入らざ
るを得ない(内管の開口部であるフラッシュバック室の穴がなくなるということは
ない。)。したがって,被告製品は,2-7-bの構成を認定できるものではない。
ウさらに,原判決は,「被告製品のフラッシュバック室は,血液がその内部か
ら排出されないことを推認することができ,血液を確実に保持するための収容/保
持手段」ともいえるから,構成要件2-7-Bの「前記血液を確実に保持するため
の収容/保持手段」に当たるというべきである」(原判決78頁7行目以下)と認
定した。
しかし,被控訴人自身,「本件発明2-7が,使用後に中空針を後退させると,
血液が針の先端やハンドルの前方の開口部から漏出するといった課題を解決するも
のであったことから,血液は中空のハンドルの中に保持されれば足りる」(原判決
76頁12行目以下)と主張しているのであり,「針基からフラッシュバック室に
通じる穴」から「フラッシュバック室」に流入した血液は,内管の開口部であるフ
ラッシュバック室の穴を通じて,外管の内部に入らざるを得ないことは前提とされ
ているのであるから,原判決の上記認定は証拠に基づくものではなく,推認の理由
自体も不合理であり,弁論主義にも反するものである。
エまた,原判決は,「被告製品は,中空針の後退後も,血液を外管から外へ漏
出させない。これらの事実を総合すれば,被告製品の針基は,中空針の後退の際に
生じる力による影響を受けても,空気が穴から針基の内部へ急速には入らず,血液
が針基の内部から排出されないことを推認することができる。このため,被告製品
は,針基が,中空針の後退の際に生じる力による影響を受けても,血液を針基の内
部から排出させない隔離手段を有するものといえるから,2-8-bの構成も有す
る」(69頁5行目以下)と認定した。
しかし,「針基からフラッシュバック室に通じる穴」から「フラッシュバック室」
に流入した血液は,内管の開口部であるフラッシュバック室の穴を通じて,外管の
内部に入らざるを得ないことは前述のとおりであるから,「確実に保持するための
収容/保持手段」自体があるとはいえないとともに,原判決は,「血液を針基の内
部から排出させない隔離手段」が具体的に被告製品のいかなる部材を指すのかさえ
認定しておらず,誤っている。
オ505号明細書には,「血液を収容/保持する」「溜め」が明確に記載され
ている。505号発明の構成は,被告製品のように針基の開口部の穴や内管の開口
部であるフラッシュバック室の穴が存在するようなものではなく,「溜め」の後端
にフィルタを有するものとして,「確実に」「保持するための収容/保持手段」を
有する構成である。もし,被控訴人の主張として,505号発明の構成は,「確実
に」「保持するための収容/保持手段」を有するものではないというのであれば,
被告製品にも,「確実に」「保持するための収容/保持手段」があるはずがない。
カ被控訴人の主張の不整合
(ア)被控訴人は,甲25の1を提出して,被告製品は「針基と中空針が内管の後
端に向かって後退する間及び後退した後,少なくとも10分の間,対象製品に一旦
収容された液体が外部に漏出することはなかった」と主張する。
しかし,甲25の1の被控訴人の実験では模擬血液が充満したチューブに,0.2mL
の模擬血液を追加することでチューブ内を陽圧にする方法では,初期圧こそ60mmHg
であったとしても,0.2mLのフラッシュバック(チューブ外漏出)の後は内圧はなく
なって,圧力が掛かっていないのと同じものとなってしまい,被告製品は血液を漏
らさない,血液を確実に保持するものであるとの立証がなかったことが明らかであ
る。被告製品は,血液を確実に保持するための「収容/保持手段」を有しないもの
である。
(イ)被控訴人は,「確実に保持する」とは,「血液を収容できるよう中空になっ
ており,血液の収容された内部は取り囲まれている」構造をいうと主張してきた。
しかし,505号明細書の「溜め117」も乙16の6~9のフラッシュバック
室も,いずれも「血液を収容できるよう中空になっており,血液の収容された内部
は取り囲まれている」構造を有している。もし,被控訴人の主張のとおり,505
号明細書の「溜め117」も乙16の6~9のフラッシュバック室も,いずれも,
血液を「確実に保持する」「収容/保持手段」ではないというのであれば,被告製
品も,505号明細書やその他の従来のフラッシュバック室と同様に密閉されてい
るわけではない。むしろ,505号明細書の装置などは空気は通すが血液は通さな
い膜を有しているのに対し,被告製品は小さな孔を有する点で相違している。両者
とも密封されているのではなく,小さな孔で周囲と連通しているので,505号明
細書の装置などが血液を確実に保持できないのであれば,被告製品はなおさら保持
できないから,被告製品の針基やフラッシュバック室は,血液を「確実に保持す
る」「収容/保持手段」ではない。
(ウ)本件明細書2によれば,本体にフラッシュバック室を設置した実施例におい
ては,可撓性の管163や破壊可能なダクト363などの影響を受けないための特
別の部材を設けており,被告製品とは全く異なる。
被告製品の針基は,中空針から流入した血液が通ってフラッシュバック室に流入
しているのであり,血液を収容するものではない。血液の中空針からフラッシュバ
ック室への通り道において,血液を一部を留めているとしても,確実に保持するも
のでもない。針基を流れている血液は,針の方に逆流したり,また,針基が後退し
た後は針基の横のフラッシュバック室に流れ込む開孔から内管の内部(そして針基
の横を通って外部)に血液が流出してしまう。
被告製品のフラッシュバック室は,「後退によって生ずる力」を受けるものでは
ないし,「後退によって生ずる力」に抗してもいない。被告製品のフラッシュバッ
ク室は,本体に存在するものであり,針が本体に入り込む時に何らの力も受けない。
3控訴人の主張に対する被控訴人の反論
控訴人の当審における主張は,以下に述べるとおり,いずれも失当であり,本件
控訴は棄却されるべきである。
(1)本件追加無効主張は時機に後れた攻撃防御方法であること
ア控訴人らは,控訴理由として,概要,①本件特許1に関する無効主張,②本
件発明2-7,2-8に係る特許に関する無効主張,③非侵害の主張を行い,①,
②の無効主張について,原審が時機に後れた攻撃防御方法として却下したことが誤
りである旨を主張する。
しかしながら,①の無効主張は,控訴人らの原審第24準備書面及び同第28準
備書面に記載されたものであり,②の無効主張の一部は,同第25準備書面及び同
第27準備書面に記載されたものであり(以下,総称して「原審追加無効主張」と
いう。),また,②の無効主張のうち乙11の1を主引用例とする無効主張(以下「控
訴審追加無効主張」といい,「原審追加無効主張」と併せて「本件追加無効主張」
という。)は控訴審に至って初めて主張されたものであるが,本件追加無効主張は,
いずれも時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであり,控訴審において
審理の対象とされるべきでない。
イ控訴人らは,本件訴訟の提起から約3か月後である平成21年2月6日に,
本件特許1及び本件発明2-1,2-3,2-5に係る特許について最初の無効主
張を行い,後に請求原因として追加された本件発明2-7,2-8については,追
加から約3か月後である同年9月18日に最初の無効主張を行った。その後,被控
訴人は,同年11月20日に本件発明2-8について,平成22年3月19日に本
件特許1について,訂正に基づく主張をした。同年2月5日の第8回弁論準備手続
期日では,受命裁判官が,無効事由の追加は原則として認めないと述べ,同年3月
29日の第9回弁論準備手続期日では,受命裁判官が,次の期日までに提出される
書面が,侵害論及び無効論に関する最後の書面となることを説明し,両当事者はこ
れに同意した。そして,同年5月24日の第10回弁論準備手続期日までに,両当
事者は主張立証を尽くすべく,侵害論及び無効論について集中的に準備を行い,多
数の準備書面を提出した。第10回弁論準備手続期日において,侵害論及び無効論
については次回弁論準備手続期日(技術説明会)が最後の機会となることについて
確認がなされ,両当事者とも同意し,同年6月14日の第11回弁論準備手続期日
において技術説明会が行われ,以後,侵害論及び無効論について主張立証の追加は
認めないことが確認された(以下,平成22年6月14日を「本件主張期限」とい
う。)。
ウ本件追加無効主張は,いずれも本件主張期限の6か月以上後である平成22
年12月15日から平成23年8月30日にかけてなされた無効主張,あるいは控
訴審に至って初めてなされた無効主張であり,いずれも時機に後れた攻撃防御方法
として却下されるべきことは明らかである。また,特許権侵害訴訟がビジネスに関
連した経済訴訟であり,迅速な紛争解決が特に重視されている訴訟類型であること
や,原審裁判所が複数回の弁論準備手続期日にわたり,当事者から進行についての
意見を聴取し,審理方針を確認した上で進行したことを考慮すれば,本件主張期限
後の新たな主張立証を許すべきでないことは明らかである。
エ控訴人らは,無効61号事件において被控訴人が原審口頭弁論終結後の平成
23年11月4日付けで訂正請求を行ったことにより,不利益を被ったと主張する。
しかしながら,上記訂正請求は,無効2009-800190号事件(以下「無
効190号事件」という。)において平成21年12月24日にした訂正請求と同
一の内容である。被控訴人が無効61号事件において同一内容の訂正請求を行わな
ければならなかった理由は次のとおりである。すなわち,被控訴人が,無効190
号事件において,本件特許2の請求項8の記載不備を是正する訂正請求をしたとこ
ろ,この訂正が認められるとともに請求不成立の審決が出され,この審決は知財高
裁平成22年(行ケ)第10295号事件によっても維持された。同判決に対し,
控訴人が上告受理申立てをしたことから,特許庁において無効61号事件の手続を
進めるに当たり,「訂正を認める」部分も含め,無効190号事件の審決は確定し
ていなかった。他方,無効61号事件では,審判請求書において上記訂正を前提と
した主張がされていたため,上記訂正の確定を待たなければ,進行することができ
ない状況になっていた。そこで,被控訴人は,無効61号事件において,審判官か
ら,無効理由通知を出すので,これに応答する形で,上記訂正と全く同じ内容の訂
正請求をされたいとの連絡を受け,平成23年11月4日付け訂正請求を行ったも
のである。
このように,被控訴人が平成23年11月4日付け訂正請求を行ったのは,無効
190号事件の審決確定前に提起された無効61号事件の審理を迅速に進めるため
であって,被控訴人の独自の利益のためにしたものではない。また,上記訂正内容
は,いずれも軽微なものである上,本件主張期限の約7か月前である平成21年1
1月20日には,被控訴人は,訂正内容について主張を行ったのであり,控訴人に
は十分な反論の機会が与えられていたものである。控訴人らの主張は,事実を歪曲
するものであり,極めて不当である。
(2)「特許法改正による控訴人らの不利益」の主張に対し
特許法104条の4の規定の趣旨は,控訴人の説明するとおり,被告には,侵害
訴訟の審理の場において特許の有効性を争う機会が保障されていることから,侵害
訴訟の判決確定後に,無効審判手続において特許を無効とする審決が確定した事実
を再審の訴えにおいて主張することは,紛争の蒸し返しであり許されないというも
のである。この点,本件主張期限は,訴訟提起(平成20年11月19日)の約1
年半後,被控訴人が本件発明2-7,2-8の侵害を請求原因に追加した時(平成
21年6月12日)から約1年後に相当する。したがって,この1年ないし1年半
の間に,控訴人は十分に無効論を主張立証する機会を与えられてきたのであり,実
際に多数の無効理由を主張してきた。本件において控訴人の再審の訴えにおける主
張を制限したとしても,何ら同法の趣旨に反することはない。
(3)被告製品が本件発明2-7,2-8の技術的範囲に属しないとの主張に対し
ア控訴人らは,505号明細書の「溜め117」が血液を確実に保持する「収
容/保持手段」ではないというのであれば,控訴人製品も同様である旨主張する。
しかし,505号明細書には,「溜め117」が「針の中からの血液を収容保持
すると共に,前記後退の際および後退の後にも,」「血液を包囲し続ける」ことを
示す記載は何ら見当たらない。505号明細書の「溜め117」は,その後壁部の
開口108cが膜108dによりシールされており,この膜108dにより,溜め
117の内部の空気がそこから出ることができると同時に,溜め117の内部の液
体が膜を通過するのが防止されることが記載されている。しかし,カテーテル本体
107がコイルバネ142により引っ込み位置へ動かされる際に,溜め117はピ
ストンのような役割を果たすため,バレル部材105内で空気が急速に圧縮され,
開口108c及び膜108dを通して溜め117にその空気圧が加わることによ
り,バレル部材105内の空気が膜108dを通じて急速に溜め117内に流入し,
その結果,溜めの内部の液体(血液等)が針を通じて前方へ漏洩することが考えら
れるが,505号明細書には,このような溜め内部の液体の前方への漏洩を防止す
るような構成については何ら記載がない。
本件発明2-7は,「エネルギ吸収手段」を備える「請求項1の安全装置」を前
提としており,「前記後退によって生ずる力に抗して,前記針が後退する間に及び
該後退の後に」における「後退」は,いずれも本件発明2-1の「エネルギ吸収手
段」によってエネルギの一部が吸収された「後退」を意味している。このように,
本件発明2-7は,エネルギ吸収手段によって「収容/保持手段」が後退する際の
エネルギを低減することができ,もって「収容/保持手段」に収容された血液が針
から漏れることを抑え,血液を確実に保持することができる。他方,エネルギ吸収
手段を備えない505号明細書には,カテーテル本体ないしは溜めが後退する際の
エネルギの低減によって溜め内部の血液が針から漏洩することを抑え,血液を確実
に保持するという点に関する記載が全くない。
これに対し,被告製品については,針基に穴が開いていることや中空針と共に後
退した後は針基が内管に密着固定していないことを前提としつつ,中空針の後退の
際に生じる力による影響を受けても,空気が穴から針基の内部へ急速には入らず,
血液が針基の内部から排出されないものである。また,被告製品がエネルギ吸収手
段を有することは,争いがない。それゆえに,原判決は,被告製品が血液が漏出,
排出しない構成を有すると判断したのである。
イ控訴人は,乙16の6~9のフラッシュバック室についても,血液を収容で
きるよう中空になっており,血液の収容された内部は取り囲まれている構造である
とし,かかるフラッシュバック室が血液を確実に保持する「収容/保持手段」では
ないというのであれば,控訴人製品も同様である旨主張する。
しかし,乙16の6~9記載の技術は,いずれも中空針の後退により生じる圧縮
力を前提としておらず,かかる圧縮力を阻止するものではないので,「収容/保持
手段」が中空針の後退によって生ずる力に抗するものではない。すなわち,乙16
の6~9については,中空針の後退により圧縮力が生じて血液がフラッシュ漏洩す
るという課題や前提を欠く技術であるから,乙11の1との組合せの対象ではなく,
中空であるとか取り囲まれている構造であるといったことを根拠に被告製品の非侵
害を論じる控訴人の主張は,論旨不明である。
第4当裁判所の判断
1当裁判所も,①被告製品は本件各発明の技術的範囲に属し,②本件特許1の
請求項1及び本件特許2の請求項7,8は,いずれも特許無効審判による無効とさ
れるべきものではなく,③控訴人らは,本件特許権1,2の侵害によりに生じた損
害について,原判決が認容した限度において連帯して損害賠償責任を負うと判断す
る。その理由は,次に訂正,付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3の
1ないし9(原判決66頁10行目から191頁1行目まで)記載のとおりである
から,これを引用する。
2原判決83頁14行冒頭から16行末尾までを,「別紙物件説明書2(2)のと
おり,被告製品の「針基の壁に取り囲まれて画成された空間」は,中空針と共に運
動するように固定された室である。したがって,被告製品の上記空間は,構成要件
2-8-Bの「前記室」に当たると認められる。」と訂正する。
3控訴人の当審における主張に対する判断
(1)本件追加無効主張について
ア控訴人らは,控訴理由として,①本件特許1に関する無効主張(前記第3の
2(1)ア:乙9の1(特開昭62-72367号公報)を主引用例とする容易想到),
②本件発明2-7,2-8に係る特許に関する無効主張(前記第3の2(2)ア(ア)
:505号明細書を主引用例とする容易想到,同(イ):乙11の1(特開平3-1
5481号公報)を主引用例とし505明細書記載の技術を組み合わせることによ
り容易想到)を主張するところ,被控訴人は,①の無効主張及び②の505号明細
書を主引用例とする無効主張(原審追加無効主張)は,いずれも本件主張期限の後
に提出され,原審裁判所に時機に後れた攻撃防御方法として却下された主張であ
り,②の乙11の1及び505号明細書に基づく無効主張(控訴審追加無効主張)
は,控訴審に至って初めてされた主張であり,いずれも時機に後れた攻撃防御方法
として却下されるべきで,控訴審において審理の対象とされるべきではないと主張
するので,まず,この点について検討する。
イ原審追加無効主張について
(ア)本件訴訟の原審における審理及び関連する特許無効審判の経過の概要は,以
下のとおりである(各項末尾に証拠を掲記するもの以外は,記録上明らかな事実で
ある。)。
平成20年11月19日:被控訴人は,被告製品が本件特許権1(訂正2010
-390017号審決による訂正前の請求項1に係るもの)及び本件特許権2(本
件発明2-1,2-3,2-5に係るもの)を侵害するとして,本件訴訟を提起し
た。
同年12月26日(第1回口頭弁論期日,第1回弁論準備手続期日):第1回口
頭弁論期日において,被控訴人は訴状を陳述し,被控訴人らは答弁書を陳述した。
その後,第1回弁論準備手続期日において,受命裁判官は,控訴人らに対し,無効
論の主張を準備するよう指示した。
平成21年1月21日:控訴人らは,本件特許1について,乙9-1~6に基づ
く容易想到などを理由として無効審判請求(無効2009-800013号,以
下「無効13号事件」という。)をし,本件特許2の請求項1~5について,乙1
1の1~11に基づく容易想到を理由として,無効審判請求(無効2009-80
0012号,以下「無効12号事件」という。)をした。(乙8,10)
同年2月16日(第2回弁論準備手続期日):控訴人らは,同月6日付け第1準
備書面により,本件特許権1に対する無効理由(サポート要件(平成2年法律第3
0号による改正前の特許法36条4項1号)違反,乙9の1,2を主引用例とする
容易想到)及び本件特許権2に対する無効理由(本件発明2-1,2-3,2-5
について,乙11の1に基づく新規性の欠如,乙11の1を主引用例とし乙11の
2記載の技術及び周知技術から容易想到)を主張した。
同年6月25日(第4回弁論準備手続期日):被控訴人は,同月12日付け準備
書面(4)により,本件発明2-7,2-8を請求原因として追加した。
同年9月3日:控訴人らは,本件特許2の請求項7,8について,平成6年法律
第116号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条5項2号違
反及び乙11の1~5,乙16の6~9等に基づく容易想到を理由として無効審判
請求(無効190号事件)をした。(乙15)
同月30日(第6回弁論準備手続期日):控訴人らは,同月18日付け第8準備
書面により,本件特許2に対する無効理由(本件発明2-8について旧特許法36
条5項2号違反及び本件発明2-7,2-8について乙11の1を主引用例とする
容易想到)を主張した。
同年10月21日:無効13号事件について請求不成立とする審決がされ
た。(甲22)
同年11月27日(第7回弁論準備手続期日):被控訴人は,同月20日付け準
備書面(11)により,本件発明2-8について,訂正の対抗主張をした。
同年12月24日:無効190号事件において,被控訴人は,本件特許2の請求
項8について,上記対抗主張と同内容の訂正請求をした。(甲26)
平成22年1月25日:無効12号事件について請求不成立とする審決がされ
た。(甲28)
同年2月5日(第8回弁論準備手続期日):控訴人らは,平成21年11月27
日付け第9準備書面により,本件特許1の請求項1について無効理由(乙9の19
に基づく特許法29条の2違反)を追加した。受命裁判官は,本件各特許について
無効理由の追加は原則として認めないとした。
同月22日:被控訴人は,本件特許1の請求項1を訂正する訂正審判請求(訂正
2010-390017号)をした。(甲29)
同年3月29日(第9回弁論準備手続期日):被控訴人は,同月19日付け準備
書面(15)により,上記訂正に基づく対抗主張をした。
同年4月12日:控訴人らは,本件特許1について,乙9の19に基づく特許法
29条の2違反を理由として無効審判請求(無効2010-800064号,以
下「無効64号事件」という。)をした。(甲44)
同年6月1日:訂正2010-390017号事件について,訂正を認める審決
がされた。(甲30)
同月14日(第11回弁論準備手続期日):当事者双方により技術説明が実施さ
れた。裁判所は,控訴人らの同日付け第20準備書面記載の主張(本件特許1の請
求項1に係る発明について乙17の1に基づく新規性欠如)及び乙17の1,2の
申出を時機に後れた攻撃防御方法として却下し,以後,侵害論についての主張立証
の追加を認めないとした。
同年7月21日(第12回弁論準備手続期日):受命裁判官は,心証開示をし,
被控訴人に対し損害論の主張を促した。
同年8月3日:無効190号事件について,訂正を認め,請求不成立とする審決
がされた。(甲31)
同月24日:控訴人らは,本件特許2の請求項1,3,5について,乙19の1
~6に基づく容易想到を理由として無効審判請求(無効2010-800147
号,以下「無効147号事件」という。)をした。(乙18)
同月30日(第13回弁論準備手続期日):被控訴人は,同年7月29日付け及
び同年8月4日付け各訴えの追加的変更申立書(侵害期間の延長等により損害額を
拡張するもの)を陳述した。
同年10月27日:無効64号事件について,請求不成立とする審決がされ
た。(甲44)
同年11月30日:控訴人らが提起した無効13号事件の不成立審決の取消しを
求める審決取消訴訟(当庁平成21年(行ケ)第10381号事件)について,請
求棄却の判決がされた。
同年12月14日:控訴人らは,本件特許1の請求項1について,乙9の1等に
基づく容易想到を理由として無効審判請求(無効2010-800230号,以
下「無効230号事件」という。)をした。(乙21)
同月15日:控訴人らは,同日付け第24準備書面(本件訂正発明1について乙
9の1を主引用例として乙9の2~6等の周知技術から容易想到との無効主張)を
提出した。
同月28日:控訴人らが提起した無効12号事件の不成立審決の取消しを求める
審決取消訴訟(当庁平成22年(行ケ)第10070号事件)について,審決を取
り消す判決がされた。(乙22)
平成23年4月15日:控訴人らは,本件特許2の請求項8について旧特許法3
6条5項2号違反,請求項7,8について505号明細書等に基づく容易想到を理
由として無効審判請求(無効61号事件)をした。(乙23)
同年5月1日:控訴人らが無効190号事件の不成立審決の取消しを求める審決
取消訴訟(当庁平成22年(行ケ)第10295号事件)について,請求棄却の判
決がされた。
同月9日:控訴人らは,同日付け第25準備書面(本件発明2-7,2-8につ
いて505号明細書を主引用例として乙11の2,3等から容易想到との無効主
張)と提出した。
同年6月24日(第17回弁論準備手続期日):被控訴人は,被告製品及びその
半製品の廃棄請求に係る訴えを取り下げ,控訴人らは,訴えの取下げに同意した。
控訴人らは,同日付け第26準備書面を陳述した。受命裁判官は弁論準備手続を終
結した。
同月27日:無効147号事件について,本件特許2の請求項1,3,5に係る
発明についての特許を無効とする審決がされた。(乙25)
同年8月4日:控訴人らは,同日付け第27準備書面を提出し,505号明細書
を主引例とする無効主張をした。
同月30日:控訴人らは,同日付け第28準備書面(その「二」(3頁~4頁)
は,本件訂正発明1の無効理由の補充として,「ビッグX」(乙32の1,2)に
おいて,シャープペンシル型の注射器が重要アイテムとして使用されており,使用
時にのみ針を突出するシャープペンシル型の注射器が国民に広く知られていたと
主張するもの)を提出した。
同年9月1日(第2回口頭弁論期日):控訴人らは,平成22年12月15日付
け第24準備書面,平成23年5月9日付け第25準備書面,同年8月4日付け第
27準備書面及び同月30日付け第28準備書面を陳述した。裁判所は,控訴人ら
の上記第24準備書面,第25準備書面,第28準備書面の「二」(3頁~4頁),
及び乙11の26,乙17の1,2,乙18,乙19の1~6,乙21~23,乙
24の1~7,乙32の1,2,並びに上記第27準備書面中の505号明細書を
主引用例とする無効主張を,時機に後れた攻撃防御方法として却下し,弁論を終結
した。
同年11月4日:被控訴人は,無効61号事件において,無効190号事件にお
ける平成21年12月24日付け訂正請求と同内容の訂正請求をした。
平成24年2月7日(第3回口頭弁論期日):原審判決言渡し。
(イ)以上のように,原審の受命裁判官は,第1回弁論準備手続期日において控訴
人らに対し無効論の準備をするように指示し,控訴人らは,本件訴訟の提起(平成
20年11月19日,同月25日訴状送達)から2か月以上後の平成21年2月6
日付け第1準備書面により,本件特許1及び本件特許2の請求項1,3,5につい
て最初の無効主張を行い,同年6月12日付け準備書面(4)により請求原因に追
加された本件特許2の請求項7,8については,追加から約3か月後である同年9
月18日付け第8準備書面により最初の無効主張を行っている。そして,平成22
年2月5日の第8回弁論準備手続期日において,受命裁判官は,本件各特許につい
て無効理由の追加は原則として認めないとし,同年6月14日(本件主張期限)の
第11回弁論準備手続期日におい当事者双方により技術説明が実施され,原審裁判
所は,以後,侵害論についての主張立証の追加は認めないとしたものである。
上記原審の審理経過によれば,原審裁判所が侵害論についての主張立証の追加は
認めないとした平成22年6月14日(本件主張期限)は,本件訴訟の提起から1
年6か月以上後で,本件特許2の請求項7,8が請求原因に追加されてから約1年
を経過し,しかも,受命裁判官が無効理由の追加は原則として認めないとした第8
回弁論準備手続期日からも4か月以上を経過しているのであるから,侵害論の主張
を制限する期間として短すぎるとは認められない。
控訴人らは,505号明細書を主引用例とする無効主張は,本件発明2-7,2
-8とほとんど同じ構成の発明が記載されたものであること等を理由に,その主張
立証は訴訟の完結を遅延させることとなるものではないと主張する。しかしなが
ら,同無効主張を審理するためには,505号明細書に記載された技術事項及びこ
れに基づく容易想到性の論理付け等について被控訴人に反論反証の機会を与えな
ければならず,そのためには相当の期間を要するものと認められ,訴訟の完結を遅
延させることは明らかである。
また,控訴人らは,505号明細書は米国特許明細書であるから,提出が後れた
ことはやむを得ないものであった旨主張する。しかしながら,本件主張期限(平成
22年6月14日)は本件訴訟の提起から1年6か月以上後である上,505号明
細書を主引用例とする無効主張が記載された第25準備書面の提出及び505号
明細書の証拠申出がされたのは,更にその10か月以上後の平成23年5月9日で
あって,米国特許明細書であることを考慮しても,その提出がこの時期に至ったこ
とにやむを得ない事情があったと認めることはできず,控訴人らの主張は理由がな
い。
控訴人らは,無効61号事件において被控訴人が訂正請求を遅延させたために不
利益を被った旨主張する。しかしながら,無効61号事件における訂正請求の内容
は,無効190号事件における平成21年12月24日付け訂正請求と同一であ
り,被控訴人は,同訂正を内容とする訂正の対抗主張を,同年11月20日付け準
備書面(11)によりしていたのであるから,本件訴訟において,無効61号事件
における平成23年11月4日付け訂正請求が控訴人らに不利益を与えたという
ことはできない。
原審追加無効主張(平成22年12月15日付け第24準備書面,平成23年5
月9日付け第25準備書面,同年8月4日付け第27準備書面及び同月30日付け
第28準備書面による主張)及びこれらに係る上記各証拠は,いずれも本件主張期
限から6か月以上も経過した後に提出されたもので,提出が当該時期となったこと
にやむを得ない事情は認められないから,控訴人らは,少なくとも重大な過失によ
りこれらの主張立証を時機に後れて提出したものというべきであり,かつ,これに
より訴訟の完結を遅延させるものと認められる。したがって,原審追加無効主張を
時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下した原審裁判所の判断に,誤りはな
い。
(ウ)当審においても,原審追加無効主張は,上述したのと同様の理由により少な
くとも重大な過失により時機に後れて提出されたものというほかなく,かつ,これ
により訴訟の完結を遅延させるものであることも明らかである。
控訴人らは,本件のように改正法の公布,施行時をまたいで係属していた事件に
ついて,無効主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下すると,控訴人らは予想
外の著しい不利益を被ることになるなどと主張する。しかしながら,上記イに認定
した原審の審理経過によれば,控訴人らには無効主張を提出する十分な期間があっ
たというべきであるから,控訴人らの主張を採用することはできない。
よって,当審において提出された控訴人らの原審追加無効主張は,民事訴訟法1
57条1項によりこれを却下する。
(2)控訴審追加無効主張について
控訴審追加無効主張は,控訴人らの平成24年4月2日付け控訴理由書により追
加された無効主張であり,本件主張期限から1年9か月以上経過した後に提出され
たものであるところ,上記審理経過に照らして,同主張が後れて提出されたことに
ついてやむを得ない事情があるとは認められない。したがって,控訴審追加無効主
張は,少なくとも重大な過失により時機に後れて提出されたものというほかなく,
かつ,これにより訴訟の完結を遅延させるものであることも明らかである。控訴人
らは縷々主張するが,採用の限りではない。
よって,控訴人らの控訴審追加無効主張は,民事訴訟法157条1項によりこれ
を却下する。
(3)被告製品が本件発明2-7,2-8の技術的範囲に属しないとの主張につい

ア構成要件2-7-Bの充足性
控訴人らは,被告製品は,「針基からフラッシュバック室に通じる穴」から「フ
ラッシュバック室」に流入した血液は,内管の開口部であるフラッシュバック室の
穴を通じて,外管の内部に入らざるを得ないから,被告製品の針基及びフラッシュ
バック室は,血液を「確実に保持するための収容/保持手段」とはいえず,本件特
許発明2-7の構成要件2-7-Bを充足しないと主張する。
しかしながら,被告製品において,「フラッシュバック室」に流入した血液が内
管の開口部であるフラッシュバック室の穴を通じて外管の内部に入るとの事実を
認める証拠はない。
上記認定(引用に係る原判決68頁14行~17行)のとおり,証拠(甲16の
1,2,甲25の1,2)によれば,被告製品について実施した実験の結果,被告
製品の針基とフラッシュバック室は,中空針の後退の際に生じる血液と中空針との
相対的な運動による影響を受けることを阻止して,中空針が後退する間と中空針が
後退した後に,血液を外管から外へ漏出させないことが認められる。したがって,
被告製品は,本件発明2-7の構成要件2-7-Bを充足するものと認められ,控
訴人らの上記主張は理由がない。
イ構成要件2-8-Bの充足性
控訴人らは,原判決は「血液を針基の内部から排出させない隔離手段」が具体的
に被告製品のいかなる部材を指すのかさえ認定していないから,被告製品が本件発
明2-8の構成要件2-8-Bを充足するとした認定は誤りであると主張する。
上記「隔離手段」は,「前記収容/保持手段が,前記後退によって生ずる力から
前記室の内部を隔離するための」ものであるところ,「前記後退によって生ずる力」
とは,前記認定(引用に係る原判決81頁12行~末行)のとおり,中空針の後退
により生ずる圧縮力を意味するものと認められる。そして,原判決別紙物件説明書
2(2)によれば,被告製品において,針基の壁に取り囲まれて画成された空間は,
その後部上面の穴を介して,針の後退前には内管の孔と連通し,針の後退途中及び
後退後は針基と内管との間の隙間の空間に面していることが明らかであり,針の後
退途中及び後退後に面する針基と内管との間の隙間の空間は,内管が後端部に近づ
くほど内径が大きくなっているため,当該隙間の空間は,後部の内管内の空間と前
部の大気に開放された部分と連通可能な流路となっており,圧縮力が後部の内管内
で発生した時には,内管と針基との間の隙間の空間がある以上,かかる流路を通し
て圧縮力が大気中に逃れることとなる。
そうすると,被告製品においては,「前記室の内部」に相当する上記「針基の壁
に取り囲まれて画成された空間」を除いた,フラッシュバック室,針基及び上記連
通可能な流路が,「前記後退によって生ずる力から前記室の内部を隔離するための
隔離手段」に該当すると認められる。したがって,被告製品は,本件発明2-8の
構成要件2-8-Bを充足するものと認められ,控訴人らの上記主張は理由がな
い。
4結論
以上のとおり,控訴人らの控訴理由はいずれも理由がなく,原判決は相当である
から,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝田俊文
裁判官
岡本岳
裁判官
武宮英子

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