弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1大阪府知事が,原告A,承継前原告B及び原告Dに対し,平成23年3月
22日付けでした各一般疾病医療費支給申請却下処分をいずれも取り消す。
2原告らの被告大阪府に対するその余の請求及び被告国に対する請求をい
ずれも棄却する。
3訴訟費用は,原告らに生じた費用の5分の3及び被告大阪府に生じた費
用の4分の3を被告大阪府の負担とし,原告ら及び被告大阪府に生じたそ
の余の費用並びに被告国に生じた費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1主文第1項同旨
2被告らは,各原告に対し,それぞれ各自110万円及びこれらに対する平成
23年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,広島市に投下された原子爆弾により被爆し,原子爆弾被爆者に対す
る援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)に基づく被爆者健康手
帳の交付を受けた被爆者である原告A,承継前原告B及びE(以下「本件被爆
者ら」という。)が,大韓民国(以下「韓国」という。)に居住し,韓国の医
療機関(病院,診療所及び薬局をいう。以下同じ。)で医療を受けて現実に負
担した医療費について,原告A,承継前原告B及び原告D(以下「本件申請者
ら」という。)が大阪府知事に対し被爆者援護法18条の一般疾病医療費の支
給を申請したところ(以下「本件各申請」という。),大阪府知事によって本
件各申請を却下された(以下「本件各却下処分」という。)ことから,原告ら
が,①被告大阪府に対し,本件各却下処分の各取消しを求めるとともに,②被
告らに対し,本件各却下処分が違法である(被告大阪府関係),在外被爆者
(被爆者であって国内に居住地及び現在地を有しないものをいう。被爆者援護
法の改正に係る平成20年法律第78号附則(以下「平成20年改正附則」と
いう。)2条1項参照。以下同じ。)に対して一般疾病医療費の支給を認めて
こなかったこと及び本件各却下処分に先立ち被告大阪府に在外被爆者からの一
般疾病医療費支給申請は却下が相当である旨回答したことが違法である(被告
国関係)などとして,国家賠償法に基づき各110万円及びこれらに対する本
件各却下処分の日である平成23年3月22日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
2関係法令の定め等
(1)被爆者援護法等の定め
ア被爆者の定義等
被爆者援護法1条は,同法における「被爆者」を,原子爆弾が投下され
た際当時の広島市若しくは長崎市等にいた者(1号),原子爆弾が投下さ
れた時から起算して政令で定める期間内に広島市若しくは長崎市等のうち
で政令で定める区域内にいた者(2号),前2号に掲げる者のほか,原子
爆弾が投下された際若しくはその後において,身体に原子爆弾の放射能の
影響を受けるような事情の下にあった者(3号)又は前3号に掲げる者が
当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者(4号)
のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものを
いうと定めている。そして,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,
その居住地(居住地を有しないときはその現在地)の都道府県知事(国内
に居住地及び現在地を有しないものは,その者が同法1条各号に規定する
事由のいずれかに該当したとする当時現に所在していた場所を管轄する都
道府県知事)に申請しなければならず,都道府県知事は,所要の審査の上,
申請者が同条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者
健康手帳を交付するものとされている(同法2条)。
イ一般疾病医療費支給制度の概要
被告国は,被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,
都道府県並びに広島市及び長崎市と連携を図りながら,被爆者に対する援
護を総合的に実施するものとされている(被爆者援護法6条)。被爆者に
対する援護としては健康管理,医療の給付ないし医療費の支給,手当等の
支給,福祉事業の実施が定められている(同法第3章)。
このうち一般疾病医療費の支給についてみると,厚生労働大臣は,被爆
者が,負傷又は疾病(被爆者援護法10条1項に規定する医療の給付を受
けることができる負傷又は疾病,遺伝性疾病,先天性疾病及び厚生労働大
臣の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,被爆者一般疾病医療
機関から医療を受け,又は緊急その他やむを得ない理由により被爆者一般
疾病医療機関以外の者から医療を受けたときは,その者に対し,当該医療
に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給することができる
とされている(同法18条1項本文)。ただし,その者が,当該負傷若し
くは疾病につき,健康保険法,国民健康保険法等の規定により医療に関す
る給付を受け,又は受けることができたときなどにおいては,当該医療に
要した費用の額から当該医療に関する給付の額を控除した額の限度におい
て支給するものとされる(同項ただし書)。支給医療費の額は,原則とし
て健康保険の診療方針及び診療報酬の例により算定される(被爆者援護法
18条2項,17条2項,14条)。そして,被爆者が被爆者一般疾病医
療機関から医療を受けた場合においては,厚生労働大臣は,一般疾病医療
費として当該被爆者に支給すべき額の限度において,その者が当該医療に
関し当該医療機関に支払うべき費用を,当該被爆者に代わり,当該医療機
関に支払うことができる(同法18条3項)。厚生労働大臣は,この支払
をなすべき額を決定するに当たっては,社会保険診療報酬支払基金法に定
める審査委員会などの医療に関する審査機関の意見を聴かなければならな
いものとされている(被爆者援護法20条1項)。
被爆者一般疾病医療機関とは,都道府県知事がその開設者の同意を得て,
被爆者援護法18条3項の規定による直接払を受けることができる医療機
関として指定するものであり(同法19条1項),都道府県知事は被爆者
一般疾病医療機関に同法18条3項の規定による直接払を受けるについて
著しく不適当であると認められる理由があるときはその指定を取り消すこ
とができるとされている(同法19条3項)。また,厚生労働大臣は,同
法18条3項の規定による直接払のため必要がある場合には,被爆者一般
疾病医療機関の管理者に対して必要な報告を求め,又はその管理者の同意
を得て,実地に診療録その他の帳簿書類を検査することができるほか,一
般疾病医療費を支給するについて必要があるときは,当該医療を行った者
又はその使用者に対し,その行った医療に関し,報告若しくは診療録等の
提示を命じ,又は質問することができる(同法21条,16条,17条3
項)。
被爆者は,被爆者一般疾病医療機関から医療を受けようとするときは,
緊急その他やむを得ない理由がある場合を除き,当該被爆者一般疾病医療
機関に被爆者健康手帳を提出しなければならない(原子爆弾被爆者に対す
る援護に関する法律施行規則(以下「被爆者援護法施行規則」という。)
23条)。また,同施行規則26条は,被爆者援護法18条1項に規定す
る一般疾病医療費の支給を受けようとする被爆者は,医療を受けた後,速
やかに,当該医療に要した費用の額を証する書類及び当該医療の内容を記
載した書類を添えて,一般疾病医療費支給申請書を,その者の居住地の都
道府県知事に提出しなければならない旨を定めている。
ウ一般疾病医療費の支給に関する事務
被爆者援護法18条1項に規定する一般疾病医療費の支給に関する事務
は,都道府県知事が行うものとされている(同法51条,原子爆弾被爆者
に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行令」とい
う。)22条1項)。
(2)平成20年改正附則2条の定め
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の一部を改正する法律(平成2
0年法律第78号,同年12月15日施行)による被爆者援護法の改正附則
(平成20年改正附則)2条1項は「政府は,この法律の施行後速やかに,
在外被爆者(被爆者であって国内に居住地及び現在地を有しないものをいう。
以下同じ。)に対して行う医療に要する費用の支給について,国内に居住す
る被爆者の状況及びその者の居住地における医療の実情等を踏まえて検討を
行い,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」と定めている。
また同条2項は「政府は,この法律の施行の状況等を踏まえ,在外被爆者に
係るこの法律による改正後の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律第1
1条の認定の申請の在り方について検討を行い,その結果に基づいて必要な
措置を講ずるものとする。」と定めている。
3前提事実(争いのない事実のほか,証拠等(枝番号の存するものは,特記な
き限り,全枝番号を含む。以下同じ。)により認定することのできる事実等)
(1)当事者等
本件被爆者らは,いずれも広島市に投下された原爆によって被爆し,その
後,被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者である(弁論の全趣旨)。
Eは2010年(平成22年)7月21日に死亡し,同人を同人の子であ
る原告Dほか5名が相続した(甲10)。
承継前原告Bは2011年(平成23年)7月10日に死亡し,本件に係
る同人の被告らに対する請求権を同人の子である原告Cが相続した(甲14,
15)。
(2)韓国で医療を受けたこと
本件被爆者らは,本件各申請に係る医療を,いずれも居住地である韓国の
医療機関で受けた(甲1ないし3,弁論の全趣旨)。
(3)本件各却下処分に至る経緯
本件申請者らは,平成23年1月28日付けで,大阪府知事に対し,一般
疾病医療費の支給を申請した(本件各申請)。
被告大阪府(健康医療部保健医療室長)は,同年2月24日付けで,被告
国(厚生労働省健康局総務課長)に対し,被爆者援護法等の解釈及び在外被
爆者からの一般疾病医療費支給申請に対する取扱いについて照会したところ,
被告国(厚生労働省健康局総務課原子爆弾被爆者援護対策室)は,同月28
日付けで,被告大阪府(健康医療部保健医療室)に対し,却下処分が相当で
あるなどとの回答をした(乙1,2)。
これを受けた大阪府知事は,同年3月22日,本件申請者らに対し,本件
各申請をいずれも却下する旨の処分(本件各却下処分)をし,その頃,その
旨を通知した。
(4)本訴提起等
本件申請者らは,平成23年6月1日,本訴を提起した。
承継前原告Bの死亡に伴い,平成24年2月24日,同人の訴訟上の地位
を原告Cが承継した。
(当裁判所に顕著な事実)
4争点
(1)本件各却下処分の違法性
具体的には,本件被爆者らが韓国の医療機関で受けた医療について,被爆
者援護法18条1項の規定が適用されるか否かが問題となる。
(2)国家賠償請求の当否
ア在外被爆者に一般疾病医療費を支給する措置を講じなかったことが国家
賠償法上違法か(被告国関係)。
イ大阪府知事が本件各却下処分をしたことが国家賠償法上違法か(被告大
阪府関係)。
ウ本件各却下処分に先立ち,被告国が被告大阪府に対し,在外被爆者から
の一般疾病医療費支給申請が却下相当であると回答したことが,国家賠償
法上違法か(被告国関係)。
エ故意・過失
オ損害
5当事者の主張
(1)本件各却下処分の違法性
(原告らの主張)
被爆者援護法18条1項は,被爆者が,負傷又は疾病につき,被爆者一般
疾病医療機関から医療を受け,又は緊急その他やむを得ない理由により被爆
者一般疾病医療機関以外の者から医療を受けたときは,その者に対し,一般
疾病医療費を支給することができる旨を定めているところ,韓国在住の本件
被爆者らが韓国において被爆者一般疾病医療機関以外の医療機関から医療を
受けたことについて緊急その他やむを得ない理由があったといえるから,こ
の医療に要した費用について一般疾病医療費が支給されるべきである。それ
にもかかわらずなされた本件各却下処分はいずれも違法である。なお,被告
らは一般疾病医療費の支給の適正性の担保,立法者意思等を根拠として,在
外被爆者が一般疾病医療費の支給を受けることはできない旨を主張するが,
失当である。以下詳述する。
ア被爆者援護法18条1項の解釈と本件被爆者らに対するあてはめ
被爆者援護法18条1項はもとより,同法第3章第3節「医療」の条項
を検討してみても,居住地や現在地が日本国内にあるか否か,日本の社会
保険各法(同法18条1項の「社会保険各法」をいう。以下同じ。)に加
入しているか否か,医療を受ける医療機関が日本国内か国外かによって,
取扱いを異にする規定を何ら置いていない。かかる条文の文言に照らせば,
在外被爆者が日本国外の医療機関で医療を受けた場合に一般疾病医療費の
支給対象にならないとはおよそ考えられない。
そして,日本国外の医療機関は被爆者一般疾病医療機関として指定され
ていないことや,本件被爆者らの年齢及び健康状態に照らすと,韓国に居
住する本件被爆者らが被爆者一般疾病医療機関ではなく,韓国内の医療機
関で医療を受けたことについて緊急その他やむを得ない理由があったとい
うべきである。
イ適正性の担保に係る被告らの主張に対する反論
(ア)被告らは,①一般疾病医療費の支給制度は,公費をもって運営さ
れる公的法律制度であることから,その支給に対する適正性が制度的に
担保されている限りにおいて支給されることを予定しているものであっ
て,一般疾病医療費の支給制度は,その支給に対する適正性を担保する
ための制度的仕組みがおよそ存在しない場合には,一般疾病医療費を支
給することを想定していない,②海外の医療機関から医療を受けた場合
には一般疾病医療費の支給に対する適正性を担保する制度的仕組みがな
いから原則として一般疾病医療費を支給することはできず,例外的に,
我が国の医療保険制度による医療の給付を受け得る被保険者等の立場に
あれば,国民健康保険法等による海外療養費の支給を前提とし,当該保
険者等の審査を経た後に行われる一般疾病医療費の審査の過程で,その
支給の適正性を担保することができるから,一般疾病医療費の支給の対
象となる旨主張する。
(イ)しかし,被告らの主張は,結局,支給の適正性の担保を理由に,
一般疾病医療費の支給対象を,日本の健康保険制度の被保険者が受けた
医療又は日本国内の医療機関における医療に限るというものであるが,
かかる理由での限定をするのであれば,被爆者援護法自体にその旨明記
されているはずであるにもかかわらず,かかる明文の規定は存在しない。
むしろ,原爆症に係る認定疾病医療費については同法14条によって,
一般疾病医療費については同法18条2項,17条2項,14条によっ
て,支給額が決定されることになるのであって,支給の適正性は,健康
保険法や国民健康保険法といった他の法律によって担保されているので
はなく,被爆者援護法そのものによって担保されているというべきであ
る。したがって,支給の適正性を担保するための制度的仕組みがない場
合には,同法が一般疾病医療費を支給することを予定していないという
ことはできない。
(ウ)「国民健康保険法の改正に伴う海外における療養等に係る原子爆
弾被爆者に対する援護に関する法律による医療費支給事務の取扱等につ
いて」(平成12年12月28日健医企発第34号各都道府県,広島市,
長崎市原子爆弾被爆者援護担当部(局)長あて厚生省(当時,以下同
じ。)保健医療局企画課長通知。甲11。以下「平成12年通知」とい
う。)は,被爆者が海外旅行等の一時的な出国をしている間に,緊急そ
の他やむを得ない理由により海外において療養等を受けた場合の費用が
支給される旨を定め,具体的には,被爆者援護法17条の規定による認
定疾病医療費については,都道府県知事が,医療保険制度における各保
険者の行う審査と同様の手続をもって,医療に要した費用の額を証する
書類及び当該医療の内容を記載した書類を審査すること,同法18条1
項の規定による一般疾病医療費については,保険者等の審査を経た後に
おいて,都道府県知事が保険給付が認められた額と医療の内容を個別に
確認することなどが定められている。
在外被爆者が日本国外の医療機関から医療を受けた場合については,
認定疾病医療費であるか一般疾病医療費であるかを問わず,都道府県知
事が医療保険制度における各保険者の行う審査と同様の手続をもって,
医療に要した費用の額を証する書類及び当該医療の内容を記載した書類
を審査することによって,支給に対する適正性を担保することができる
といえる。したがって,適正性の担保の観点から,被爆者援護法18条
1項の適用を,日本の健康保険制度の被保険者が受けた医療又は日本国
内の医療機関における医療に限定することはできない。
(エ)なお,被告らは,生活保護受給者等の無保険者が海外で医療を受
けた場合には一般疾病医療費の支給対象にならないと主張するが,それ
は,本件被爆者らのような日本国外に居住する被爆者に対する不合理な
差別を正当化するために,日本国内に居住する生活保護受給者等の無保
険者にまで不合理な差別を拡大するものであり,到底許されない。
ウ立法者意思等に係る被告らの主張に対する反論
(ア)被告らは,①「政府は,この法律の施行後速やかに,在外被爆者
(被爆者であって国内に居住地及び現在地を有しないものをいう。以下
同じ。)に対して行う医療に要する費用の支給について,国内に居住す
る被爆者の状況及びその者の居住地における医療の実情等を踏まえて検
討を行い,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」とする
平成20年改正附則2条1項を引用して,在外被爆者に対しては被爆者
援護法18条1項の適用を否定するのが立法者意思である,②平成20
年法律第78号による被爆者援護法の改正(以下「平成20年改正」と
いう)後も,予算措置による在外被爆者に対する医療費助成を目的とす
る保健医療助成事業が続けられてきたことは,上記解釈と整合するなど
と主張する。
(イ)しかし,法律の解釈は,まず第一に法文の合理的解釈によるべき
ものであり,立法者意思も,第一次的には当該法文に表れたところによ
って探求されなければならない。仮に明文規定を置かず,解釈に委ねた
というのであるならば,それは立法過程における不備ともいうべきもの
であり,そこに立法者意思としてとらえるべき積極的意味合いをもたせ
るのは相当ではない。
平成20年改正当時,在外被爆者に対しては被爆者援護法18条1項
の適用を否定するのが立法者の意思であれば,在外被爆者の権利制限に
ついては明確に明文で示すべきであったのであって,かかる明文規定を
置かなかった以上,平成20年改正附則2条1項をもって,在外被爆者
に対して被爆者援護法18条1項の適用を否定するのが明確な立法者意
思として存在していたという積極的な意味合いを見出すことはできない。
なお,平成20年改正附則2条2項は,政府は,国外からの原爆症認
定申請について検討を行い,その結果に基づいて必要な措置を講ずるも
のとする旨定め,この点については法改正を要することなく,平成22
年政令第29号による改正をもって,国外からの原爆症認定申請が可能
とされた。そうである以上,平成20年改正附則2条1項をもって,在
外被爆者に対する医療費の支給が不可能であるというのが立法者意思で
あるということはできない。
そもそも,被告らの現在の主張は,社会保険各法の被保険者等であれ
ば日本国外の医療機関における医療も被爆者一般疾病医療費の支給対象
となるというのであるから,平成20年改正附則2条1項の規定から読
み取れるという被告らの主張する立法者意思とは矛盾した主張となって
いる。
(ウ)保健医療助成事業において,被爆者援護法18条1項後段の「緊
急その他やむを得ない理由」に該当するような場合にも医療費助成をし
ていることは,政府の法解釈に基づいて行政の立場からそのような取扱
いがなされてきたという以上の意味合いはなく,平成20年改正附則の
解釈にも,被爆者援護法18条の解釈にも影響を与えない。
エ平成14年大阪高裁判決について
被告らは,大阪高等裁判所平成14年12月5日判決(同裁判所平成1
3年(行コ)第58号,同年(行コ)第103号。判例タイムズ1111号1
94頁。以下「平成14年大阪高裁判決」という。)も,在外被爆者に対
して一般疾病医療費の支給を予定していない旨を判示したと主張する。し
かし,被告らは,現在,在外被爆者であれば一律に一般疾病医療費の支給
の対象とはならないとは主張していないのであって,平成14年大阪高裁
判決は被告らの主張の根拠とはならない。
この点を措くとしても,平成14年大阪高裁判決が「被爆者援護法第3
章第3節の医療給付中,同法10条の医療の給付については,厚生大臣
(現厚生労働大臣)がその指定した医療機関に委託して,診察(同条2項1
号),薬剤又は治療材料の支給(同項2号),医学的処置,手術及びその他
の治療並びに施術(同項3号),居宅における療養上の管理及びその療養に
伴う世話その他の看護(同項4号),病院又は診療所への入院及びその療養
に伴う世話その他の看護(同項5号),移送(同項6号)を給付する,ことと
されている。同法18条の一般疾病医療費についても,都道府県知事によ
り指定された被爆者一般疾病医療機関において医療を受けた場合に,厚生
大臣がその費用の支給を行う,こととされている。これらの各給付につい
ては,日本に居住も現在もしない者に対する給付は予定されていない。そ
れは,給付の前提として,指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関の指
定及び監督の問題があり,国家主権に由来する対他国家不干渉義務に反す
るおそれがあること,また,わが国以外ではその実施が事実上困難である
ことによるものと解される。」と判示し,日本に居住も現在もしない者に
対する給付が予定されていないと説示したのは,被爆者一般疾病医療機関
において受けた医療に係る一般疾病医療費のみであって,やむを得ない理
由により被爆者一般疾病医療機関以外の者から受けた医療に係る一般疾病
医療費について給付が予定されていないとまで説示したものではない。
かえって,平成14年大阪高裁判決は,被爆者援護法17条,18条は,
指定医療機関以外の者から医療を受けた場合,あるいは,被爆者一般疾病
医療機関以外の者から医療を受けた場合にも,医療費の支給や一般疾病医
療費の支給がなされることを定めた規定が存在するが,要件として緊急そ
の他やむを得ない理由を必要とするものであり,これをもって,日本に居
住も現在もしない被爆者に医療給付が行われるべきであるとの根拠となる
ものではないと判示していることに照らせば,平成14年大阪高裁判決は,
要件として緊急その他やむを得ない理由を必要とする一般疾病医療費の支
給については,居住も現在もしない被爆者に対して行われ得ることを前提
としていると解される。
オ被告らの主張の変遷について
本件各却下処分は,①被爆者援護法施行規則26条が一般疾病医療費の
支給の申請について,居住地の都道府県知事を申請先として定めているこ
と,②被爆者援護法に在外被爆者に対して医療の給付及び医療費の支給を
認める規定は設けられていないこと,③医療提供体制などの事情が異なる
国々の在外被爆者に対して,国内に居住地を有する被爆者と同様に医療の
給付及び医療費の支給に係る規定を適用することは困難であることを理由
としていた。また,被告らは,本件訴訟の当初,在外被爆者が,我が国の
医療保険を始めとする医療制度を前提としない医療を受ける場合について
は,同法の適用がない(被告ら第1準備書面32頁)と主張していた。
その後,被告らは,被爆者援護法は,国内に居住地及び現在地を有しな
いために,我が国の医療保険制度の仕組みの中での医療を受けず,我が国
の主権の及ばない国外の医療機関で医療を受けることが常態である在外被
爆者が,国外の医療機関で受けた医療の費用を,同法18条の一般疾病医
療費として支給することを予定していない(被告ら第2準備書面5頁)と
「常態」という用語を用いた主張をするようになったが,原告らから「常
態」について同法上の根拠及びその語義について説明を求められた後,か
かる「常態」という用語を用いた主張をやめ,一般疾病医療費の支給制度
は我が国の医療提供体制を前提とした医療給付を補完する制度として構築
されたものとして理解すべきである(被告ら第3準備書面6頁)と,「医
療提供体制」という用語を根幹に置いた主張をするようになった。
さらに,被告らは,原告らから,日本国内に居住する被爆者が国外の医
療機関で医療を受けた場合にも一般疾病医療費の支給対象になる旨の平成
12年通知を指摘され,また,無保険者たる被爆者が国外の医療機関で医
療を受けた場合にも一般疾病医療費の支給対象になるかとの裁判所からの
釈明や,国外に居住する被保険者たる被爆者が国外の医療機関で医療を受
けた場合にも一般疾病医療費の支給対象になるかとの原告らからの求釈明
を受けたことから,被爆者が海外の医療機関から医療を受けた場合は,一
般疾病医療費の支給制度はおよそ適用はないというものではなく,その場
合であっても,一般疾病医療費の支給の適正性を担保する制度的仕組みが
講じられているのであれば,一般疾病医療費の支給対象となり得ると解す
ることはできる,本件被爆者らについては,海外の医療機関において医療
を受けた場合,一般疾病医療費の支給の適正性を担保する制度的仕組みが
存在しない以上,結局,「緊急その他やむを得ない理由」があるか否かに
かかわらず,そもそも一般疾病医療費の支給対象にならない(被告ら第5
準備書面12頁)として,国外に居住する被爆者であっても日本の医療保
険制度の被保険者の地位を有する場合には一般疾病医療費の支給対象とな
り得る旨を認め,被爆者についてその居住地及び現在地が日本国外にある
ことのみをもって一般疾病医療費の支給対象とはならないとの立場を明ら
かにするに至った。
このように,被告らは,本件訴訟を通じて,被爆者援護法18条1項の
一般疾病医療費に関する規定が誰に適用されるかという主張の根幹部分を
も変遷させているのであって,その点だけをとってみても,被告らの主張
する解釈は合理性を欠くといえる。
(被告らの主張)
被爆者援護法18条に基づく一般疾病医療費の支給制度は,公費をもって
運営される公的法律制度であり,その支給に対する適正性の担保が求められ
るところ,法律上,その支給に対する適正性を担保する様々な仕組みが規定
されている。そうすると,同条に基づく一般疾病医療費の支給は,その支給
に対する適正性が制度的に担保されている限りにおいて予定されているもの
といえ,そのような制度的仕組みが存在しない場合に,同条に基づく一般疾
病医療費が支給される余地はない。これを本件についてみると,本件被爆者
らが韓国の医療機関において負担した医療費については,一般疾病医療費の
支給の適正性を担保する制度的な仕組みが存在していないから,同条に基づ
く一般疾病医療費が支給される余地はない。
このことは,平成20年改正附則2条1項において,「在外被爆者(被爆
者であって国内に居住地及び現在地を有しないものをいう。以下同じ。)に
対して行う医療に要する費用の支給について,国内に居住する被爆者の状況
及びその者の居住地における医療の実情等を踏まえて検討を行い,その結果
に基づいて必要な措置を講ずるものとする」として,在外被爆者に対する一
般疾病医療費等については,被爆者援護法による援護の適用外とした立法者
意思にも合致しているほか,一般疾病医療費の支給に代えて,保健医療助成
事業に係る支給額の上限額の引上げを含む,各種の予算措置による在外被爆
者に対する援護施策の拡充が図られていることとも整合する。
したがって,本件被爆者らが韓国の医療機関で受けた医療について,被爆
者援護法18条1項を適用せず,本件申請者らの申請を却下した本件各却下
処分はいずれも適法である。
以下,詳述する。
ア被爆者援護法は,一般疾病医療費の支給制度について,その支給に対す
る適正性が制度的に担保されている限りにおいて援護を実施することを予
定していること
(ア)被爆者援護法は,第3章「援護」において,第2節に「健康管
理」(7条ないし9条),第3節に「医療」(10条ないし23条の
2),第4節に「手当等の支給」(24条ないし35条),第5節に
「福祉事業」(37条ないし39条)の規定を設けているところ,これ
ら各援護の実施については,国家主権による制限のほか,立法技術上の
困難性や実施上の困難性などの観点からいかなる制限が生じるのか,個
別的・具体的な考慮が必要となるのであり,同法1条の「被爆者」であ
るからといって,同法第3章の全ての援護が実施されるわけではない
(平成14年大阪高裁判決も同旨)。
(イ)そこで,まず,被爆者援護法18条1項本文を見ると「被爆者が
…被爆者一般疾病医療機関以外の者から…医療を受けた」と規定してお
り,法文上には特段の限定はない。
次に,同項の一般疾病医療費の支給制度に係る同法全体の仕組みを見
ると同項本文は,一般疾病医療費を支給する場合として,都道府県知事
によって指定される被爆者一般疾病医療機関(18条1項,19条1
項)から医療を受けた場合と,被爆者一般疾病医療機関以外の者から医
療を受けた場合とに分けた上で,後者の場合については「緊急その他や
むを得ない理由により」という限定を付している。このような規定の仕
方に照らすと,同法は,一般疾病医療費の支給について,被爆者が被爆
者一般疾病医療機関から医療を受けた場合を原則としているものといえ
る。
そして,被爆者援護法は,この被爆者一般疾病医療機関について,都
道府県知事による被爆者一般疾病医療機関の指定及び取消しの規定(1
9条1項,3項),18条3項の医療機関に対する支払のため必要があ
る場合における被爆者一般疾病医療機関に対する厚生労働大臣の調査権
限(管理者に対する必要な報告の求め,診療録その他の帳簿書類の検
査)及びこれらを正当な理由がなく拒んだ場合の診療報酬の支払の一時
差止めの規定(21条前段,16条),一般疾病医療費を支給するにつ
いて必要がある場合における当該医療を行った者又は使用者に対する厚
生労働大臣の調査権限(報告,診療録若しくは帳簿書類その他の物件の
提示,質問。21条後段,17条3項)及び正当な理由がなくこれに従
わなかった場合等における過料の制裁の規定(54条)を併せて設けて
いる。また,同法は,例外的といえる被爆者一般疾病医療機関以外の者
から医療を受けた場合に関しても,同様に,一般疾病医療費を支給する
について必要がある場合における当該医療を行った者又は使用者に対す
る厚生労働大臣の調査権限(報告,診療録若しくは帳簿書類その他の物
件の提示,質問。21条後段,17条3項)及び正当な理由がなくこれ
に従わなかった場合等における過料の制裁の規定(54条)を併せて設
けている。
このような一般疾病医療費の支給制度に関する被爆者援護法全体の条
文の仕組み(都道府県知事によって指定される被爆者一般疾病医療機関
から医療を受けた場合を原則としていることに加え,原則例外を問わず
支給に対する適正性を担保するための各規定(都道府県知事による被爆
者一般疾病医療機関の指定の取消規定,厚生労働大臣による診療報酬支
払の一時差止め又は過料の制裁という間接的な強制力を背景にした各種
調査権限の規定)が設けられていること)に照らすと,同法は,一般疾
病医療費の支給制度については,基本的に,我が国の主権の及ぶ日本国
内の医療機関による医療を想定しているといえる。また,一般疾病医療
費の支給制度が公費をもって運営される公的法律制度であることから,
提供される医療内容やそれに対する費用の額などの適正性が確保される
ことを制度上要求しているというべきである。
したがって,一般疾病医療費の支給については,提供される医療の内
容と金額の適正性を担保するための手段を伴っていることという被爆者
援護法の要請に反しない場合に限り,すなわち,我が国の医療提供体制
の枠組みの中で支給の適正性を担保するための制度的仕組みがある場合
に限り,同法18条1項による援護を実施することを予定していると解
することができる。
イ海外の医療機関による医療に対する一般疾病医療費の支給の可否
(ア)前記アによれば,我が国の主権の及ばない海外の医療機関に対し
ては,当然のことながら,被爆者一般疾病医療機関の指定制度を押し及
ぼすことはできず,海外の医療機関における医療費について,仮に一般
疾病医療費の支給をするとしても,被爆者援護法に規定された各種措置
により適正性の担保を図ることはできない。
また,諸外国は,それぞれの国家主権の作用として,それぞれ独自の
医療保険制度等の諸制度を設けているところ,外国で要した医療費のう
ち,当該国での医療保険制度による保険給付から差し引いた自己負担額
を一般疾病医療費として請求できる制度とするためには,全ての外国の
医療保険制度の法令等を踏まえた法改正が必要となるが,そのような改
正は事実上困難である。
この点については,平成14年大阪高裁判決も,一般疾病医療費の支
給について,「日本に居住も現在もしない者に対する給付は予定されて
いない。それは,給付の前提として,指定医療機関及び被爆者一般疾病
医療機関の指定及び監督の問題があり,国家主権に由来する対他国家不
干渉義務に反するおそれがあること,また,わが国以外ではその実施が
事実上困難であることによる」と判示しているとおりである。
したがって,被爆者が海外の医療機関から医療を受けた場合は,基本
的には,被爆者援護法が規定するような一般疾病医療費の支給の適正性
を担保する制度的仕組みが存在しない以上,一般疾病医療費が支給され
ることはない。
もっとも,被爆者が,海外の医療機関から医療を受けた場合であって
も,海外旅行等の一時的な出国をしている間に,緊急その他やむを得な
い理由により海外の医療機関から医療を受けた場合であり,かつ,その
被爆者が,我が国の医療保険制度による医療の給付を受け得る被保険者
等の立場にあるのであれば,国民健康保険法等による海外療養費の支給
を前提とし,当該保険者等の審査を経た後に行われる一般疾病医療費の
審査の過程で,その支給の適正性を担保することができるから,このよ
うな場合について,支給の対象とすることは被爆者援護法の許容すると
ころと解される(平成12年通知)。
(イ)前記(ア)の解釈は,平成20年改正附則2条1項に表れた立法
者意思にも合致する。
すなわち,国会は,平成14年大阪高裁判決を受けて,国外からの被
爆者健康手帳の交付申請を可能とする改正を内容とする平成20年法律
第78号を制定する際,併せて,在外被爆者が海外の医療機関で受けた
医療に要する費用の支給等の在り方を検討した結果,「在外被爆者(被
爆者であって国内に居住地及び現在地を有しないものをいう。以下同
じ。)に対して行う医療に要する費用の支給について,国内に居住する
被爆者の状況及びその者の居住地における医療の実情等を踏まえて検討
を行い,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」という平
成20年改正附則2条1項を制定し,在外被爆者に対して一般疾病医療
費を支給する旨の法改正をすることなく,飽くまで検討課題とするにと
どめた。
このような平成20年改正附則2条1項に照らせば,立法者が一般疾
病医療費の支給に代替する援護措置については,法律上支給を許容する
規定が存在しないことを前提として,今後も,立法措置ではなく,予算
措置の枠内で行うとの認識であることを明らかにしたことは明らかであ
る。そして実際にも,平成20年改正附則2条1項を踏まえ,保健医療
助成事業に係る支給額の上限額の引上げを含む各種の予算措置による援
護施策の拡充をしつつも,国会は,在外被爆者に対する医療に係る援護
については,被爆者援護法の一般疾病医療費としてではなく,予算措置
として予算の承認をしているところであって,かかる経緯も上記解釈と
整合する。
ウ小括
本件被爆者らが韓国の医療機関で受けた医療は,我が国の医療提供体制
を前提としないものであり,当該医療について,一般疾病医療費を支給す
るに当たって何らその支給の適正性を担保する制度的仕組みが講じられて
いない以上,本件被爆者らが韓国の医療機関で受けた医療につき負担した
医療費について,被爆者援護法18条1項を適用して一般疾病医療費を支
給することはできない。
(2)国家賠償請求の当否
ア在外被爆者に一般疾病医療費を支給する措置を講じなかったことが国家
賠償法上違法か(被告国関係)。
(原告らの主張)
被告国の担当者は,少なくとも以下の各時点において,在外被爆者に一
般疾病医療費を支給しないという解釈が原子爆弾被爆者の医療等に関する
法律(以下「原爆医療法」という。)ないし被爆者援護法上許されないこ
とを認識し,あるいは認識することができた。それにもかかわらず,被告
国の担当者が従前の解釈を改めず,在外被爆者に一般疾病医療費を支給し
ないという取扱いを継続してきたことは,国家賠償法上違法である。
(ア)昭和55年12月10日
厚生省公衆衛生局長は,昭和49年7月22日付けで,各都道府県知
事並びに広島市長及び長崎市長あての「原子爆弾被爆者の医療等に関す
る法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正
する法律等の施行について」と題する通達(同年衛発第402号。以下
「402号通達」という。)を発出し,原子爆弾被爆者に対する特別措
置に関する法律(以下「原爆特別措置法」という。)に基づく健康管理
手当の受給権は,当該被爆者が我が国の領域を越えて居住地を移した場
合には失権の取扱いとなるものと定めた。
昭和49年7月22日に402号通達が発出された段階において,被
告国の担当者がその職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていれば,
被爆者の居住地が日本国内にあるかどうかによって,原爆医療法及び原
爆特別措置法(これらを併せて,以下「原爆二法」という。)上の被爆
者の権利に差別を設けることが違法であることは,当然に認識すること
ができた(最高裁判所平成17年(受)第1977号同19年11月1日
第一小法廷判決・民集61巻8号2733頁(以下「平成19年最判」
という。)参照)。
そして,健康保険法等の一部を改正する法律(昭和55年法律第10
8号,同年12月10日公布)によって,海外の医療機関において療養
を受けた場合の費用についても,健康保険法44条に基づく療養費を支
給することとされたのであるから,被告国の担当者は,同日時点で,在
外被爆者に対し,原爆医療法における医療費を支給しないとの取扱いが
違法であることを認識することができた。
(イ)平成12年12月28日
被爆者の居住地が日本国内にあるかどうかによって,原爆二法及び被
爆者援護法(これらを併せて,以下「原爆三法」という。)上の被爆者
の権利に差別を設けることが違法であることを,被告国の担当者が当然
に認識することができたことは前記(ア)のとおりである。
そして,被告国の担当者は,平成12年12月28日に,日本国内に
居住する被爆者が海外の医療機関の医療を受けた場合に一般疾病医療費
を支給し,他方,在外被爆者が海外の医療機関の医療を受けた場合には
一般疾病医療費の支給を認めないとする平成12年通知を発出している
ところ,この時点で,被爆者の居住地によって支給の有無を異にするこ
とが違法であることを認識することができた。
(ウ)平成15年3月1日
被告国の担当者は,平成15年3月1日,402号通達の失権取扱い
を廃止し,我が国において健康管理手当の支給認定を受けた者が出国し
た場合及び我が国において同手当の支給申請をした者が出国した後にそ
の支給認定を受けた場合であっても,当該者に対して手当を支給する扱
いとする旨の同日付け健発第0301002号各都道府県知事,広島市
長,長崎市長あて厚生労働省健康局長通知(乙7)を発出した。この際
にも,被告国の担当者は,被爆者の居住地によって一般疾病医療費支給
の関係で差別をすることが違法であることを容易に認識することができ,
かつ,かかる差別を解消することもできた。
(エ)平成20年6月11日
被爆者援護法の一部を改正する平成20年法律第78号は同年6月1
1日に成立した。その附則たる平成20年改正附則2条1項は,「政府
は,この法律の施行後速やかに,在外被爆者(被爆者であって国内に居
住地及び現在地を有しないものをいう。以下同じ。)に対して行う医療
に要する費用の支給について,国内に居住する被爆者の状況及びその者
の居住地における医療の実情等を踏まえて検討を行い,その結果に基づ
いて必要な措置を講ずるものとする。」とされており,被告国の担当者
は,直ちに,必要な措置として在外被爆者に対して医療に要する費用を
支給するための措置を講じるべきであり,そのためには法改正も必要で
はなかった。すなわち,被告国の担当者は,同年6月11日の時点で,
被爆者の居住地によって支給の有無を異にすることが違法であることを
認識することができた。
(被告国の主張)
争う。
イ大阪府知事が本件各却下処分をしたことが国家賠償法上違法か(被告大
阪府関係)。
(原告らの主張)
大阪府知事は,被爆者援護法の解釈として,本件申請者らの本件各申請
を却下できないことを認識し,あるいは,容易に認識できたにもかかわら
ず,本件各却下処分を行ったものであり,本件各却下処分は国家賠償法上
も違法である。
(被告大阪府の主張)
本件各却下処分はいずれも適法であって,被告大阪府に職務上の法的義
務違反は認められない。また,大阪府知事は,その判断に際し,厚生労働
省に対して被爆者援護法の解釈及び本件申請者らの本件各申請の取扱いに
ついて照会を行い,本件について一般疾病医療費の支給に係る規定を適用
することは困難である旨の同省からの回答を踏まえて本件各却下処分をし
たものであるから,職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本
件各却下処分をしたものではない。したがって,本件各却下処分はいずれ
も国家賠償法上違法ではない。
ウ本件各却下処分に先立ち,被告国が被告大阪府に対し,在外被爆者から
の一般疾病医療費支給申請が却下相当であると回答したことが,国家賠償
法上違法か(被告国関係)。
(原告らの主張)
被告国の担当者は,被爆者援護法の解釈として,本件申請者らの本件各
申請を却下できないことを認識し,あるいは,容易に認識できたにもかか
わらず,本件申請者らを含む在外被爆者からの一般疾病医療費支給申請を
却下すべきである旨を回答したのであって,かかる回答は,国家賠償法上
違法である。
(被告国の主張)
本件各却下処分は適法であって,大阪府知事に対して在外被爆者からの
一般疾病医療費支給申請を却下すべきである旨回答した被告国の担当者に
も職務上の法的義務違反は認められないから,かかる回答は国家賠償法上
違法ではない。
エ故意・過失
(原告らの主張)
被爆者に対する援護施策において,被爆者の居住地又は現在地の国内外
の別により差別的な取扱いをすることに法律上の根拠がないことを被告ら
が十分認識していたことは疑いがないところであり,それにもかかわらず
かかる差別的な取扱いを継続し,もって上記各違法行為に及んだことにつ
いて,被告らの担当者には故意があり,しからずとも過失は優に認められ
る。
(被告らの主張)
否認する。
オ損害
(原告らの主張)
(ア)原告Aの損害
原告Aは,在外被爆者に一般疾病医療費を支給しないという被告国の
違法行為により,日本に居住する被爆者とは異なり医療費の一部を自己
負担しなければならず経済的に大きな負担を強いられ,日本に居住する
被爆者との関係で差別的な取扱いを被り,精神的苦痛を受けた。また,
同原告は,一般疾病医療費支給申請を違法に却下されたことによって精
神的苦痛を被った。これらの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は10
0万円を下らない。
そして,同原告が本訴を提起するに当たり負担した弁護士費用のうち
10万円は,上記各違法行為と相当因果関係のある損害に当たる。
したがって,上記各違法行為と相当因果関係のある同原告の損害額は
110万円である。
(イ)Bの損害
原告Cの被相続人である承継前原告Bは,在外被爆者に一般疾病医療
費を支給しないという被告国の違法行為により,日本に居住する被爆者
とは異なり医療費の一部を自己負担しなければならず経済的に大きな負
担を強いられ,日本に居住する被爆者との関係で差別的な取扱いを被り,
精神的苦痛を受けた。また,同人は,一般疾病医療費支給申請を違法に
却下されたことによって精神的苦痛を被った。これらの精神的苦痛を慰
謝するための慰謝料は100万円を下らない。
そして,同人が本訴を提起するに当たり負担した弁護士費用のうち1
0万円は,上記各違法行為と相当因果関係のある損害に当たる。
したがって,上記各違法行為と相当因果関係のある同人の損害額は1
10万円である。
同人の死亡後,同人の被告らに対する国家賠償請求権は,原告Cが単
独で相続した。
(ウ)E及び原告Dの損害
Eは,在外被爆者に一般疾病医療費を支給しないという被告国の違法
行為により,日本に居住する被爆者とは異なり医療費の一部を自己負担
しなければならず経済的に大きな負担を強いられ,日本に居住する被爆
者との関係で差別的な取扱いを被り,精神的苦痛を受けた。
同人の死亡後,同人の被告国に対する国家賠償請求権の6分の1を原
告Dが相続した。
また,同原告は,一般疾病医療費支給申請を違法に却下されたことに
よって精神的苦痛を被った。
上記相続に係る慰謝料と上記却下処分に係る慰謝料は合算すると10
0万円を下らない。
そして,同原告が本訴を提起するに当たり負担した弁護士費用のうち
10万円は,上記各違法行為と相当因果関係のある損害に当たる。
したがって,上記各違法行為と相当因果関係のある同原告の損害額は
110万円である。
(被告らの主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1関係法令の沿革等
当事者間に争いのない事実のほか各項掲記の証拠等によれば,関係法令
の沿革等は以下のとおりと認められる。
(1)被爆者援護法制定までの沿革
ア原爆医療法
(ア)原爆医療法の制定
原爆医療法(昭和32年法律第41号)は,昭和32年に,「広
島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれてい
る健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び
医療を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目
的」として制定された(同法1条)。
原爆医療法2条は,同法による医療等の給付の対象となる「被爆
者」を,原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区
域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者等であっ
て,被爆者健康手帳の交付を受けたものと定義していた。同法には,
その適用対象者を日本国籍を有する者に限定する旨のいわゆる国籍
条項はなく,「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その
居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下同
じ。)の都道府県知事(その居住地が広島市又は長崎市であるとき
は,当該市の長とする。以下同じ。)に申請しなければならない」
と定められていた(同法3条1項)。
原爆医療法制定当初の被爆者に対する援護施策の内容は,①原子
爆弾の傷害作用に起因して負傷し又は疾病にかかり,現に医療を要
する状態にある被爆者で厚生大臣の認定を受けた者に対し,認定に
係る疾病についての医療の給付を,厚生大臣の指定する医療機関
(指定医療機関)に委託して行い(同法8条,7条),緊急その他
やむを得ない理由により,指定医療機関以外の者から医療を受けた
場合において,必要があると認めるときは医療の給付に代えて医療
費を支給する(同法14条)とともに,②都道府県知事において,
被爆者に対して健康診断及びこれに基づく指導を行う(同法4条,
6条)というものであった。
(イ)一般疾病医療費等の支給規定の新設
原爆医療法は,昭和35年法律第136号による改正により,原
子爆弾の放射線を多量に浴びた被爆者で政令で定めるもの(具体的
には,被爆者のうち爆心地から2キロメートルの区域内において被
爆した者等(昭和35年政令第224号による改正後の原子爆弾被
爆者の医療等に関する法律施行令6条)。以下「特別被爆者」とい
う。)に対して,被爆者一般疾病医療機関から医療を受けたとき又
は緊急その他やむを得ない理由により被爆者一般疾病医療機関以外
の医療機関から医療を受けたときは,当該医療に要した費用の額を
限度として(ただし,健康保険法等による医療に関する給付として
行われたときは,当該医療に要した費用の額から当該医療に関する
給付の額を控除した額を限度として),一般疾病医療費を支給でき
ることとされた(昭和35年法律第136号による改正後の原爆医
療法14条の2第1項)。そして,厚生大臣は,特別被爆者が被爆
者一般疾病医療機関から医療を受けた場合においては,当該被爆者
に一般疾病医療費として支給すべき額の限度において,その者が当
該医療に関し当該医療機関に支払うべき費用(健康保険法等に定め
る一部負担金分)を,当該被爆者に代わり当該医療機関に支払うこ
とができるとされた(上記改正後の原爆医療法14条の2第3項)。
これにより,特別被爆者は,一般疾病に対する医療に要した医療
費のうち健康保険法等に定める一部負担金についても被告国から支
給される一般疾病医療費によって塡補し得るようになり,自己負担
なしで医療を受けることができることとなった。
上記改正に先立ち厚生省公衆衛生局が作成した「原子爆弾被爆者
の医療等に関する法律の一部を改正する法律案逐条解説」(乙1
4)には,上記改正後の原爆医療法14条の2第3項及び第4項は,
現金給付を建前としている一般疾病医療費の支給を,受給者の便宜
を考慮して,現物給付の形に切り替えるための規定であること,被
爆者一般疾病医療機関は,現物給付的な取扱いをするために設けた
ものであって,その性格は,医療を担当させるためのいわゆる指定
医療機関とは異なり,被告国からの一般疾病医療費の支払を受ける
ことのできる医療機関として指定を受けたものであることなどが記
載されている。
なお,上記改正によって,併せて,被爆者に対する医療の給付を
受けている期間における医療手当の支給規定も設けられた(上記改
正後の原爆医療法14条の8)。
(ウ)特別被爆者制度の廃止
原爆医療法は,さらに,昭和49年法律第86号による改正によ
り,被爆者手帳を取得した被爆者について一般疾病の医療費の自己
負担分を被告国が支給することとして,特別被爆者の制度を廃止し
た。
イ原爆特別措置法の制定等
他方,昭和43年には,「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾
の被爆者であつて,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の
状態にあるものに対し,特別手当の支給等の措置を講ずることにより,
その福祉を図ることを目的」として,原爆特別措置法(同年法律第5
3号)が制定された(同法1条)。
そして,原爆特別措置法は,原爆医療法による医療の給付等を補完
すべく,新たに,①同法8条1項の認定を受けた者に支給される特別
手当,②健康管理手当,③介護手当を創設するとともに,昭和35年
の改正により同法14条の8において設けられた医療手当を原爆特別
措置法に編入した。なお,同法にも,その適用対象者を日本国籍を有
する者に限定する旨のいわゆる国籍条項はなかった。
その後,原爆特別措置法は,数次の改正を経て,被爆者援護法に引
き継がれる時点では,①医療特別手当(2条),②特別手当(3条),
③原子爆弾小頭症手当(4条の2),④健康管理手当(5条),⑤保
健手当(5条の2),⑥介護手当(8条)の各手当及び⑦葬祭料(9
条の2)の支給の規定が設けられていた。
ウ被爆者援護法の制定
平成6年には,原爆二法を一本化した被爆者援護法が制定され,原
爆二法の規定を引き継ぐとともに,併せて,①特別葬祭給付金を創設
し,②各種の手当に設けられていた所得制限を撤廃した。
(2)国外居住被爆者と原爆二法及び被爆者援護法の適用等
ア402号通達の発出までの経緯
原爆医療法制定の際の国会審議において,同法が国外居住被爆者(日本
国外に居住する被爆者をいう。以下同じ。)にも適用されるか否かという
問題については特段の質疑は行われなかった。日本国内の被爆者に対して
は同法に基づく援護措置が講じられる一方で,国外居住被爆者に対しては
ほとんど援護措置が講じられなかったが,これは,被告国の担当者が,同
法は,日本国内の地域社会の構成員の福祉の向上を図ることを目的とする
社会保障法であるから,被爆者が日本国内に居住関係を有することが適用
の前提条件となっており,例えば,一時的に日本を訪れたにすぎない国外
居住被爆者については適用されないとの解釈に基づき,同法を運用してい
たことによるものであった。
また,原爆特別措置法制定の際の国会審議においても,厚生大臣は,同
法は,我が国の施政権が及んでいない地域(当時の沖縄)に在住する被爆
者には適用されない趣旨の答弁をした。
このような状況の下で,福岡地方裁判所は,昭和49年3月30日,原
爆医療法は一般の社会保障法とは類を異にする特異の立法であり,被爆者
個々人の救済を第一義とする同法の立法目的と,居住関係の存在を同法の
適用要件としたものと解し得る規定がないことから,被爆者でさえあれ
ば,たとえその者が外国人であっても,その者が日本国内に現在すること
によって同法の適用を受け得るものと解するのが相当であり,不法入国し
た者についても,その者が被爆者である限り,同法が適用されることとな
る旨判示して,被爆者健康手帳交付申請却下処分を取り消す旨の判決を言
い渡した(同裁判所昭和47年(行ウ)第33号)。
上記判決後の昭和49年7月25日,厚生省公衆衛生局長は,それまで
の法解釈を変更し,我が国に入国した国外居住被爆者に対する原爆医療法
の適用については,日本における在留期間,その滞在目的等から総合的に
判断することとし,治療目的で適法に入国し1か月以上滞在している者に
対しては,日本国内に居住関係を有するものとして,被爆者健康手帳を交
付しても差し支えないとする解釈を採用することを明らかにするに至った
(同年衛発第416号東京都知事あて厚生省公衆衛生局長回答)。
他方,厚生省公衆衛生局長は,昭和49年法律第86号による原爆二
法の一部改正の際,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子
爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の
施行について」と題する通達(同年7月22日衛発第402号各都道
府県知事並びに広島市長及び長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達
(402号通達))を発出し,原爆特別措置法はなお日本国内に居住関
係を有する被爆者に対してのみ適用されるものであるから,被爆者が我が
国の領域を越えて居住地を移した場合には,当該被爆者には同法は適用さ
れず,同法に基づく健康管理手当等の受給権は失権の取扱いとなるものと
定めるに至った(以下,この取扱いを「失権取扱い」という。)。これに
より,国外居住被爆者は,来日して被爆者健康手帳の交付を受け,健康管
理手当等の支給認定を受けたとしても,出国すると同時に,被爆者たる地
位を失うこととなり,健康管理手当等の受給権は失権したものと取り扱わ
れて,その支給が打ち切られることになった。
イ402号通達に従った取扱いの継続
最高裁判所は,前記アの福岡地方裁判所判決に係る上告審判決にお
いて,昭和53年3月30日,原爆医療法は,いわゆる社会保障法と
しての性格のほか,特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった被
告国が自らの責任によりその救済を図るという一面をも有するという
点では実質的に国家補償的配慮を制度の根底に有し,被爆者の置かれ
ている特別の健康状態に着目してこれを救済するという人道的目的の
立法であり,同法3条1項には我が国に居住地を有しない被爆者をも
適用対象者として予定した規定があることなどから考えると,被爆者
であって我が国に現在する者である限りは,その現在する理由等のい
かんを問わず,広く同法の適用を認めて救済を図ることが,同法の国
家補償の趣旨にも適合するものというべきであり,同法は不法入国し
た被爆者についても適用されると判示して,福岡県知事の上告を棄却
する旨の判決を言い渡した(最高裁判所昭和50年(行ツ)第98号同
53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁)。
これを受けて,厚生省公衆衛生局長は,昭和53年4月4日,我が
国に現在する者である限り,その現在する理由等のいかんを問わず,
原爆医療法を適用し,被爆者健康手帳を交付することとした(同年衛
発第288号各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あて厚生省
公衆衛生局長通知)。しかし,402号通達の失権取扱いの定めは,
その後も維持され,平成7年7月1日に被爆者援護法が施行された後
も,厚生事務次官が同年5月15日付けで発出した「原子爆弾被爆者
に対する援護に関する法律の施行について」と題する通知(同年発健
医第158号各都道府県知事並びに広島市長及び長崎市長あて厚生事
務次官通知)に基づき,402号通達に従った失権取扱いが継続され
た。
ウ平成12年通知発出までの経緯
健康保険法等の一部を改正する法律(昭和55年法律第108号)
の施行に先立ち,「健康保険法等の一部を改正する法律の施行につい
て」と題する通知(昭和56年2月25日保発第7号,庁保発第3号
各都道府県知事あて厚生省保険局長・社会保険庁医療保険部長連名通
知)が発せられ,同通知では,健康保険法等の被保険者又は被扶養者
が,海外の病院等において療養等を受けた場合の費用については,健
康保険法44条に基づき療養費の支給が行われることが明らかにされ
た(甲13)。もっとも,健康保険法等の一部を改正する法律(昭和
55年法律第108号)は,療養費の支給の根拠条文である健康保険
法44条につき「「緊急其ノ他已ムヲ得ザル場合ニ於テ」を削り,
「其ノ必要アリト」を「已ムヲ得ザルモノト」に改める。」と改正す
るにとどまり,海外の病院等において療養等を受けた場合の費用を同
条の療養費の支給対象とするために同法が改正された形跡はない。
また,健康保険法等の一部を改正する法律(平成12年法律第14
0号)が同年12月6日に公布されたこと等を受けて,「健康保険法
等の一部を改正する法律等の施行について」と題する通知(同月13
日保発第222号都道府県知事あて厚生省保険局長通知。甲12)が
発せられた。同通知は,上記改正法等の趣旨及び内容を通知すること
を目的とするものであるが,その第2のⅣの3において,従来,国民
健康保険においては,被保険者が「日本国外にあるとき」について,
療養の給付等を行わないこととされていたが,海外渡航が一般化して
いること及び健康保険等において海外渡航中の疾病等について保険適
用していることに鑑み,被保険者が海外の病院等において療養等を受
けた場合の費用について,国民健康保険法54条の規定に基づく療養
費の支給対象に加えたことを説明している。もっとも,平成12年法
律第140号は,療養費の支給の根拠条文である国民健康保険法54
条を改正しておらず,海外の病院等において療養等を受けた場合の費
用について同条の療養費の支給対象とするために同法が改正された形
跡はない。
そして,国民健康保険の被保険者等が海外において療養等を受けた
場合の費用について,国民健康保険法54条の規定に基づく療養費の
支給対象とされたことを受け,厚生省保健医療局企画課長は,平成1
2年通知(甲11)をもって,①被爆者が海外旅行等の一時的な出国
をしている間に,緊急その他やむを得ない理由により海外において療
養等を受けた場合の費用については,被爆者援護法施行規則22条又
は26条の規定による医療費の支給申請が可能であること,②被爆者
援護法17条に基づく原爆症認定疾病に係る医療費については,当該
医療に要した費用の額を証する書類及び海外において療養を受けた病
院等が発行する診療等の内容を明らかにした証拠書類等に基づき都道
府県知事が審査し,その費用の算定は,同条2項の規定により健康保
険等の診療報酬の例によって行うものであること,③同法18条に基
づく一般疾病医療費の支給については,保険者等において健康保険等
の例による費用等を審査し,保険給付の額等を判断した後,都道府県
知事は,当該医療に要した費用の額を証する書類及び当該医療の内容
を記載した書類を審査し,当該保険給付が認められた額と医療の内容
を個別に確認して,当該保険者等が健康保険等の例により算定した海
外における療養等に要する費用の額から当該保険給付の額等を控除し
た額を支給額とすること,④同法による給付の対象となるのは,日本
国内に居住又は現在する被爆者であることから,都道府県知事は,海
外における療養等に係る医療費の審査に当たっては,当該療養等を受
けた日を確認し,当該療養等が日本国内に居住関係を有する間のもの
であるか等を確認することなどを通知した。
エ402号通達の失権取扱いの定めを廃止するに至った経緯
韓国に居住する被爆者が,治療のために来日し,大阪府知事から被
爆者健康手帳の交付を受けた上,健康管理手当の支給認定を受け,同
手当の支給を受けていたところ,日本から出国したことにより,同手
当を打ち切られたため,被告国に対して自己が被爆者援護法上の「被
爆者」たる地位にあることの確認を求めるとともに,被告大阪府に対
して支給打切り後の健康管理手当の支払を求めることなどを内容とす
る訴訟において,大阪高等裁判所は,平成14年12月5日,上記各
請求を認容した原審判決を維持し,控訴を棄却する旨の判決を言い渡
した(平成14年大阪高裁判決)。被告らは,平成14年大阪高裁判
決に対して上告等をしなかった。
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令の一部を改正する
政令(平成15年政令第14号)及び原子爆弾被爆者に対する援護に
関する法律施行規則の一部を改正する省令(同年厚生労働省令第16
号)が施行されたのを受け,同年3月1日,「原子爆弾被爆者に対す
る援護に関する法律施行令の一部を改正する政令等の施行について」
と題する通知(同日健発第0301002号各都道府県知事並びに広島
市長及び長崎市長あて厚生労働省健康局長通知。乙7)を発出して,4
02号通達の失権取扱いの定めを廃止し,日本において健康管理手当
等の支給認定を受けた被爆者が出国した場合及び日本において健康管
理手当等の支給申請をした被爆者が出国した後に手当の支給認定を受
けた場合であっても,当該被爆者に対して手当を支給することとする
旨取扱いを改めるに至った。もっとも,上記通知は,被爆者が国内に
居住地又は現在地を有する場合には,居住地変更の届出の時期にかか
わらず,被爆者援護法に基づく医療の給付を受けることができる旨を
通知するにとどまり,在外被爆者が国外の医療機関で受けた医療につ
いては特段の通知をせず,従来の取扱いを継続することとされた。
オ在外被爆者による国外から各種手当の申請を認める旨の被爆者援護
法施行令等の改正
被爆者援護法施行令及び被爆者援護法施行規則の改正(平成17年
政令第356号,同年厚生労働省令第168号)により,同年11月
30日から,被爆者健康手帳の交付を受けた在外被爆者は,介護手当
以外の各種手当(医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,健
康管理手当,保健手当)及び葬祭料の支給申請を,国外から最寄りの
在外公館経由で行うことが可能となった(被爆者援護法施行令19条,
被爆者援護法施行規則29条3項,44条2項,48条2項,52条
3項,56条3項,71条2項)。
カ平成20年改正
平成20年法律第78号による被爆者援護法の改正(平成20年改
正)によって,「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者であって,
国内に居住地及び現在地を有しないものは,前項の規定にかかわらず,
政令で定めるところにより,その者が前条各号に規定する事由のいず
れかに該当したとする当時現に所在していた場所を管轄する都道府県
知事に申請することができる。」とする被爆者援護法2条2項が新設
されるとともに,平成20年政令第381号による被爆者援護法施行
令の改正により,在外被爆者が被爆者健康手帳の交付を申請する場合
及び都道府県知事が被爆者健康手帳を交付する場合には,いずれも在
外公館を経由して行うものとする規定(同施行令1条の2)が新設さ
れた。
キ平成22年の被爆者援護法施行令の改正
平成22年政令第29号による被爆者援護法施行令の改正によって,
在外被爆者が原爆症認定申請をする場合には在外公館を経由して行う
などの規定が整備されるに至り,在外被爆者が日本に渡航することな
く,原爆症認定の申請を行うことが可能となった(同施行令8条2項,
3項)。
(3)被爆者援護法の枠外で在外被爆者に対し講じられてきた援護措置

ア平成13年度までに実施された援護措置
(ア)被告国は,韓国に居住する被爆者については,昭和56年か
ら昭和61年にかけて渡日治療を実施し,349名の被爆者がこれ
により治療を受けた。また,被告国は,平成元年度及び平成2年度
に治療費,健康診断費等として各4200万円を,平成3年度から
平成4年度にかけて,治療費,健康診断費,施設整備等として合計
40億円を拠出した。(乙5の4)
(イ)被告国は,昭和52年以降隔年で,広島県医師会,放射線影
響研究所,広島県,広島市と合同で,アメリカ合衆国及びカナダに
居住する被爆者を対象として,在北米被爆者健康診断事業を実施し,
平成13年度には399名の被爆者が健康診断を受診した(乙5の
4)。
(ウ)被告国は,昭和60年及び昭和61年以降隔年で,広島県,
長崎県と合同で,ブラジル,アルゼンチン,パラグアイ,ボリビア,
ペルーに居住する被爆者を対象として,在南米被爆者健康診断事業
を実施し,平成12年度には80名の被爆者が健康診断を受診した
(乙5の4)。
(エ)なお,在外被爆者の人数については,現地団体等の調査によ
れば,韓国2204人,朝鮮民主主義人民共和国928人,ブラジ
ル153人,アルゼンチン13人,パラグアイ4人,ボリビア7人,
ペルー3人(以上平成12年時点),アメリカ合衆国1076人
(平成11年時点),カナダ23人(平成7年時点)とされている
(乙5の4)。
イ「在外被爆者に関する検討会」における検討結果とそれを受けた施

大阪地方裁判所は,平成13年6月1日,来日して被爆者健康手帳
の交付を受けた上,健康管理手当の支給認定を受け,同手当の支給を
受けていたが,帰国後同手当の支給が打ち切られた韓国に居住する被
爆者による同手当の支払請求等を認容する旨の判決を言い渡した(同
裁判所平成10年(行ウ)第60号。平成14年大阪高裁判決の原判
決)。この判決を機に厚生労働大臣の指示に基づき開催された「在外
被爆者に関する検討会」は,平成13年12月10日,在外被爆者に
対する援護に関して,①法律上の根拠となり得る考え方,②具体的に
行うべき施策,③国,県市,民間団体等の果たすべき役割分担等を内
容とする報告書をとりまとめた。これを受けて,被告国は,平成14
年度予算以降,広島県,長崎県,広島市及び長崎市が在外被爆者の健
康保持のために行う事業に対して補助金を支給するという形をとって,
在外被爆者への援護措置を講ずることとなった。そして,平成16年
度以降,一般疾病医療費の支給に代わる援護施策として,在外被爆者
に対する在外被爆者保健医療助成事業を実施するに至った。(乙5,
弁論の全趣旨)
ウ平成24年度における在外被爆者支援事業の概要
被告国は,平成24年度在外被爆者支援事業実施要綱を定め,同年
4月1日以降,都道府県,広島市及び長崎市に委託して,在外被爆者
の健康の保持及び増進を図ることを目的として,在外被爆者であって
渡日して被爆者健康手帳の交付を受けようとする者及び被爆者健康手
帳の交付を受けている者に対して,手帳交付渡日支援事業,渡日治療
支援事業,保健医療助成事業などの事業を実施した。
このうち保健医療助成事業は,在外被爆者等であって,居住国の医
療機関において必要な医療を受けたときの医療費について助成を希望
する者のうち,①ブラジル,アルゼンチン,パラグアイ,ボリビア又
はペルーに居住している者については広島県,②韓国に居住している
者については長崎県,③アメリカ合衆国,カナダ又はメキシコに居住
している者については広島市,④その他の国に居住している者につい
ては長崎市が,保健医療助成費を支給することが適当であるとあらか
じめ認めた者に対し,保健医療助成費を支給する事業である。保健医
療助成費の支給額は,対象者が居住国の医療機関において医療を受け
たときに支払った自己負担の年間の合計額であるが,その上限は年間
17万6000円(ただし対象者が年間に4日間以上入院した場合に
は年間18万7000円)とされている。
(乙22,弁論の全趣旨)
2争点(1)(本件各却下処分の違法性)について
(1)被爆者援護法の趣旨等
まず,被爆者援護法の前身たる原爆医療法の趣旨を検討するに,同法
は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすること
を中心とするものであって,いわゆる社会保障法としての性格を持つと
ともに,原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例を見ない特異か
つ深刻なものであり,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よ
りも不安定な状態に置かれているという特殊の戦争被害について戦争遂
行主体であった被告国が自らの責任によりその救済を図るという一面を
も有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底
にあるといえることに照らすと,同法は社会保障と国家補償の性格を兼
ね備えたものということができる(最高裁判所昭和50年(行ツ)第9
8号同53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁参
照)。そして,被爆者援護法はかかる原爆医療法を引き継ぐものとして
制定されたことに加えて,その前文で「国の責任において,原子爆弾の
投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは
異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者
に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせ
て,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法
律を制定する。」と規定しているところも踏まえれば,被爆者援護法も
社会保障と国家補償の性格を併有する特殊な立法と解される。
また,被爆者援護法のような給付行政に関する立法については,必ず
しも日本国内においてのみ効力を有するもの(いわゆる属地主義)と解
すべき必然性はなく,むしろ,給付を受ける側の人的側面に着目するも
のとして,いわゆる属人主義を採用することも十分に考えられる。現に
本件で問題となっている同法18条の規定を含む同法の第3章にはその
支給対象から在外被爆者を除外する明文の規定はなく,実際にも同章で
定められている被爆者に対する援護措置のうち医療特別手当,特別手当,
原子爆弾小頭症手当,健康管理手当,保健手当,葬祭料などについては,
日本国内に居住地も現在地も有しない在外被爆者にも適用されるものと
して解釈,運用されている(前記関係法令の沿革等(2)オ)。
以上のような被爆者援護法の趣旨や性格に鑑みれば,同法の第3章
「援護」の規定が在外被爆者にも適用があるか否かについては,当該規
定を在外被爆者に適用することはおよそ予定されていないものと限定解
釈するのが合理的であると認められる場合でない限りは,当該規定は在
外被爆者にも適用されるものと解するのが相当である。
(2)支給の適正性の担保を理由とする限定解釈の当否について
被告らは,被爆者援護法18条に基づく一般疾病医療費の支給は,その
支給に対する適正性が制度的に担保されている限りにおいて予定されている
ものといえ,そのような制度的仕組みが存在しない場合に,同条に基づく一
般疾病医療費が支給される余地はない旨を主張する。
確かに,被爆者援護法18条に基づく一般疾病医療費の財源は全て公費に
よって賄われており,その支給に対する適正性をどのように担保するかは重
要であることはいうまでもなく,同法も,一般疾病医療費を被爆者一般疾病
医療機関に支払うために必要がある場合は,厚生労働大臣が管理者に対して
必要な報告を求め,又は診療録その他の帳簿書類の検査をすることができ
(同法21条,16条),被爆者一般疾病医療機関以外の医療機関について
も,厚生労働大臣ないし都道府県知事は,一般疾病医療費を支給するため必
要があるときには,当該医療を行った者又はこれを使用する者に対し,その
行った医療に関し,報告若しくは診療録若しくは帳簿書類その他の物件の提
示を命じ,又は当該職員をして質問させることができる(同法21条,17
条3項,51条,被爆者援護法施行令22条)旨を定めている。
しかしながら,被爆者援護法は,適正性の制度的な担保が働かない場合に
は,被爆者に対し一般疾病医療費を支払わない旨を明文の規定をもって定め
てはいない。実際,平成12年通知は,日本国内に居住する被爆者が海外旅
行等の一時的な出国をしている間に,緊急その他やむを得ない理由により海
外において療養等を受けた場合の費用については,一般疾病医療費の支給対
象となる旨の解釈を明らかにしているが,国外の医療機関に対して被爆者援
護法上の権限を行使して,報告を求めたり,診療録等の検査を行ったり,診
療録等の提示を命じたり,質問をすることは,対他国家不干渉義務との関係
で許されないと解されるところであるから,同法に定められた適正性の制度
的な担保が働かない場合においても,一般疾病医療費は支払われているとい
える。
また,国外の医療機関で受けた医療について支払われるべき一般疾病医療
費の額は,被爆者援護法18条1項,2項,17条2項,14条1項により,
我が国の健康保険の診療方針及び診療報酬の例により算定された額と,現に
要した費用の額とのより低い額によるものとされているのであって,その支
払額が不相当に高額になるということも見込まれない。なお,被告らは,外
国で要した医療費のうち,当該国での医療保険制度による保険給付から差し
引いた自己負担額を一般疾病医療費として請求できる制度とするためには,
全ての外国の医療保険制度の法令等を踏まえた法改正が必要となるところ,
そのような法改正は事実上困難である旨を主張するが,一般疾病医療費制度
は医療保険制度によっては賄えない自己負担に係る部分について,そのよう
な自己負担なしに医療を受けることができることを目的としている制度であ
ることに着目すれば,現行の被爆者援護法18条の規定のもとでも一般疾病
医療費の支給額は在外被爆者が負担した自己負担額を限度とする旨の解釈を
採ることも十分可能であり(現に,本件申請者らは,韓国の医療保険制度に
おける自己負担額を明らかにして,その限度で本件各申請をしている(甲1
ないし3)。),具体的な運用についての細目は規則等によって整備する必
要があるとしても,必ずしも被告らがいうような全ての外国の医療保険制度
の法令等を踏まえた法改正を要するものとまではいうことができず,被告ら
の主張は採ることができない。
そうすると,適正性を担保する手段の不存在を理由として,被爆者援護法
18条は在外被爆者に適用することはおよそ予定していないとの限定解釈を
すべきとする被告らの主張を容れることはできない。
(3)立法者意思について
被告らは,社会保険各法の被保険者等の地位にない在外被爆者が国外
の医療機関で受けた医療が一般疾病医療費の支給対象とはならないとい
う被爆者援護法18条に係る解釈は,平成20年改正附則2条1項に表
れた立法者意思にも合致する旨を主張する。
しかし,法律の解釈は第一次的にはその文言に表れたことに着目して
行うべきであり,立法者意思も飽くまでその参考にとどまるものであっ
て,立法者意思を参酌することが許されるとしてもそれは立法者意思と
して明確なものである必要がある。まず,原爆三法が在外被爆者に適用
されない旨の国会答弁がなされた事実(乙6参照)だけでは,必ずしも
それが立法者の意思そのものとは言い切れないし,かえって被爆者援護
法の立法当時から,既に国外に居住する被爆者に対する対応が問題とさ
れており,しかもそれが法文の規定上明らかなものとなっていたとはい
えない状況下において,あえて,一般疾病医療費の支給対象となるのは
国内に居住地又は現在地を有する被爆者に限る旨の規定が設けられなか
ったことに徴するならば,被爆者援護法は一般疾病医療費の支給対象か
ら在外被爆者を排除する趣旨ではないと解することも十分可能であると
いえる。
また,被告らの指摘する「政府は,この法律の施行後速やかに,在外被
爆者(被爆者であって国内に居住地及び現在地を有しないものをいう。以下
同じ。)に対して行う医療に要する費用の支給について,国内に居住する被
爆者の状況及びその者の居住地における医療の実情等を踏まえて検討を行い,
その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」と定める平成20
年改正附則2条1項は,在外被爆者に対し被爆者援護法17条1項の医
療費の支給及び同法18条1項の一般疾病医療費の支給を行うために必
要な措置を講ずることを政府に求めていると解する余地もある。したが
って,被告らの指摘する平成20年改正附則2条1項の立法者意思とし
て,一般疾病医療費の支給対象から在外被爆者を排除する明確な意思が
表れているものということはできないところであって,被告らが主張す
る立法者意思をもって原爆医療法に一般疾病医療費制度を導入し,被爆
者援護法を制定したときの同法の立法者意思と同一であるといえるかど
うかという問題点を措いても,被爆者援護法18条に基づく一般疾病医
療費の支給対象から在外被爆者を排除することが,同法の立法者意思で
あったと断ずることはできず,この点に関する被告らの主張は採り得な
い。
なお,被告らは,各種の予算措置による在外被爆者に対する援護施策
の拡充が図られていることをも指摘するが,このことが被爆者援護法1
8条1項に関する立法者意思を明確に表しているものともいい難い。
(4)平成14年大阪高裁判決について
被告らは,平成14年大阪高裁判決が,一般疾病医療費について,在外
被爆者に対する給付は予定されていない旨判示している旨を指摘している。
しかしながら,上記判決は,我が国に現在している間に被爆者健康手帳の交
付を受け,健康管理手当の支給決定を受けた被爆者が,国外に移動したこと
を理由に健康管理手当の支給を停止されたことの当否が問題となった事
案に係るものであることに鑑みれば,上記判決の存在をもって上述した
被爆者援護法の解釈を左右するものとはいえない。
(5)小括
以上検討したとおり,被爆者援護法は原子爆弾の投下の結果として生
じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害で
あることから,戦争の遂行主体であった被告国が自らの責任においてそ
の救済を図るという国家補償の性格をも有するものであって,同法18
条に基づく一般疾病医療費の支給も,その一環としての被爆者に対する
医療の援護の一つであることに鑑みれば,同規定を在外被爆者に適用す
ることがおよそ予定されていないと限定解釈することが合理的であると
は認められず,また,同法の立法者意思としても同法18条に基づく一
般疾病医療費の支給対象から在外被爆者を排除することが明らかであっ
たともいえない以上,同条は,社会保険各法に加入していない在外被爆
者が国外の医療機関で医療を受けた場合を一般疾病医療費の支給対象か
ら除外するものではないと解するのが相当である。
そして,国外の医療機関は被爆者一般疾病医療機関として指定されて
いないことに加えて,一般に迅速に治療を受けられない場合には負傷や
疾病が悪化するおそれがあるため,居住国の医療機関で治療を受けずに
あえて時間と費用をかけて我が国の被爆者一般疾病医療機関での医療を
受けるのでなければ一般疾病医療費の対象とすべきではないと評価する
ことが社会通念上相当な場合はごく限られていると考えられることに照
らすと,在外被爆者がその居住国の医療機関で医療を受けた場合は,日
本に渡航して被爆者一般疾病医療機関での医療を受けることが容易であ
り,かつ,当該居住国の医療機関での医療を受けずに日本で医療を受け
る方が合理的であるなどの特段の事情がない限り,被爆者援護法18条
1項にいう「緊急その他やむを得ない理由により被爆者一般疾病医療機
関以外の者からこれらの医療を受けたとき」に当たるものと解するのが
相当である。
そうであるところ,本件各申請は,韓国に居住し,現在する本件被爆
者らが韓国の医療機関で受けた医療に係るものであって,上記特段の事
情は見受けられないから,本件各申請に係る医療はいずれも被爆者援護
法18条1項にいう「緊急その他やむを得ない理由により被爆者一般疾
病医療機関以外の者からこれらの医療を受けたとき」に当たるものと認
めるのが相当である。
したがって,本件各申請を却下した大阪府知事による本件各却下処分
はいずれも違法であって,取消しを免れない。
3争点(2)(国家賠償請求の当否)について
(1)争点(2)ア(在外被爆者に一般疾病医療費を支給する措置を講じ
なかったことが国家賠償法上違法か(被告国関係)。)について
ア前記2のとおり,社会保険各法の被保険者等ではない在外被爆者が
その居住国の医療機関で医療を受けた場合も特段の事情がない限り,
一般疾病医療費の支給対象となると解すべきであるから,このような
場合に当該在外被爆者が一般疾病医療費の支給対象とならないとする
見解は被爆者援護法の解釈を誤るものである。もっとも,そのことか
ら直ちに,社会保険各法の被保険者等ではない在外被爆者が居住国の
医療機関で医療を受けた場合も一般疾病医療費の支給対象とはならな
いと解釈し,これに従った取扱いを継続した被告国の担当者の行為に
国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価することはできず,被
告国の担当者が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然
と上記行為をしたと認められるような事情がある場合に限り,同項に
いう違法があったと評価すべきものと解するのが相当である(最高裁
判所昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判
決・民集39巻7号1512頁,最高裁判所平成元年(オ)第930号,
第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号28
63頁)。
かかる観点から以下検討する。
イ特別被爆者に対する一般疾病医療費制度を創設した昭和35年の原爆
医療法改正に先立ち,厚生省公衆衛生局が作成した「原子爆弾被爆者の
医療等に関する法律の一部を改正する法律案逐条解説」(乙14)は,
被爆者一般疾病医療機関を指定する制度を設けた上で,改正後の原爆
医療法14条の2第3項及び第4項の規定を設けることによって,一
般疾病医療費を現物給付的な取扱いにするものと解釈していた。この
ような考え方からすれば,一般疾病医療費制度は基本的には被爆者一
般疾病医療機関の存在を前提として構築されたとみることにも相応の
根拠があるといえる。
また,原爆医療法は,厚生大臣が,被爆者一般疾病医療機関に対し
て,必要な報告を求め,診療録その他の帳簿書類を検査することがで
きるなどの監督権限を定めているところ(被爆者援護法による廃止前
の原爆医療法14条の5,13条),かかる監督権限は我が国の主権
の行使そのものであるから,対他国家不干渉義務との関係において,
国外の医療機関を被爆者一般疾病医療機関に指定することはできない
との解釈は特段問題とされてこなかった。
そうすると,原爆医療法に一般疾病医療費制度を導入したときに,
被告国の担当者において,在外被爆者が国外の医療機関で受けた医療
について一般疾病医療費の支給対象とはならないという解釈を採用し,
この解釈に沿った運用を開始したことが,職務上通常尽くすべき注意
義務を尽くさなかったものとはいい難い。
ウ次に,402号通達の発出の時点で,被告国の担当者は,昭和49
年3月30日の福岡地方裁判所判決を受け,被告国の採ってきた原爆二
法が国外居住被爆者にはおよそ適用されないなどとする解釈及び運用が,
原爆二法の客観的な解釈として正当なものといえるか否かを改めて検討す
る必要に迫られることとなった(平成19年最判参照)。しかし,この時
点において,在外被爆者が国外の医療機関で受けた医療につき一般疾病医
療費の支給対象とならないという解釈が不合理である旨の指摘があったと
はうかがえず,被告国の担当者において,上記解釈を変更しなかったこと
が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったものとはいい難い。
なお,原告らは,平成19年最判を引用して,昭和49年7月22日
に402号通達が発出された段階において,被告国の担当者がその職務上
通常尽くすべき注意義務を尽くしていれば,被爆者の居住地が日本国内に
あるかどうかによって,原爆二法上の被爆者の権利に差別を設けることが
違法であることは,当然に認識することができた旨を主張する。しかし,
平成19年最判は,飽くまでも被爆者健康手帳の交付を受け,健康管
理手当の支給認定を受けた被爆者が国外に居住地を移した場合におい
ては,原爆特別措置法は適用されず,同法に基づく健康管理手当等の
受給権は失権の取扱いとなる旨定めた402号通達の発出等が国家賠
償法上違法である旨を判示したにとどまるから,原告らの主張は採る
を得ない。
エ原告らは,昭和55年に,海外の医療機関において療養を受けた場
合の費用も健康保険法44条に基づく療養費の支給対象となったこと
を指摘し,同時点で被告国の担当者が一般疾病医療費の解釈を変更し
なかったことが国家賠償法上違法である旨を主張する。しかし,健康
保険法と原爆医療法とは趣旨目的を異にする別個の法律であるから,
健康保険法の療養費の運用が変更されたことが,原爆医療法の一般疾
病医療費の支給に関する解釈を変更するかどうか見直すべき契機にな
るものとはいえず,原告らの主張は失当である。
オ原告らは,被告国の担当者は,平成12年12月28日に,日本国内
に居住する被爆者が海外の医療機関の医療を受けた場合に一般疾病医療費
を支給し,他方,在外被爆者が海外の医療機関の医療を受けた場合には一
般疾病医療費の支給を認めないとする平成12年通知を発出しているとこ
ろ,この時点で,被爆者の居住地によって支給の有無を異にすることが違
法であることは認識することができた旨を主張する。しかし,平成12年
通知は,飽くまでも日本国内に居住する被爆者が一時的に海外に旅行に行
ったときにやむを得ない理由により受けた医療をも一般疾病医療費等の支
給対象とする旨を定めて,被爆者に対する援護施策をより拡充する旨を定
めたものであることに鑑みると,その際に,被告国の担当者において,在
外被爆者が日本国外で受けた医療をも一般疾病医療費の支給対象としなか
ったことをもって,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかった
ものとはいい難い。
カ原告らは,平成15年3月1日に402号通達の失権取扱いを廃止し
た際に,被告国の担当者は,被爆者の居住地によって一般疾病医療費支給
の関係で差別をすることが違法であることは容易に認識することができ,
かつ,かかる差別を解消することもできた旨を主張する。しかし,402
号通達はいったん生じた健康管理手当受給権について特段の明文の規定も
なく失権すると定めたものであり,平成19年最判でもその発出自体が国
家賠償法上違法である旨判断されたものであって,かかる402号通達の
廃止の際に被告国の担当者が一般疾病医療費の支給についても見直さなか
ったことをもって,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったも
のとはいい難い。
なお,これに先立ち言い渡された平成14年大阪高裁判決は,その理由
中で在外被爆者が日本国外で受けた医療につき一般疾病医療費を支給する
ことはできない旨説示している(原告らは,同判決は在外被爆者に対し一
般疾病医療費を支給し得る旨判示したと理解すべき旨を主張するが,同主
張は採るを得ない。)ことからも,上記時点において被告国の担当者が一
般疾病医療費の支給について上記見直しをしなかったことをもって,職務
上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったものとはいえない。
キ原告らは,被告国の担当者は,平成20年改正附則2条1項によっ
て直ちに必要な措置として在外被爆者に対して医療に要する費用を支
給するための措置を講じるべきであり,そのためには法改正も必要では
なかったのであるから,平成20年6月11日の時点で,被爆者の居住地
によって支給の有無を異にすることが違法であることは認識することがで
きた旨を主張する。しかし,同時点で,被告国は,予算措置として,在
外被爆者に対する保健医療助成事業を実施していたことを踏まえると,
かかる保健医療助成事業に関する措置をもって,平成20年改正附則
2条1項にいう在外被爆者に対して行う医療に要する費用の支給につ
いての必要な措置に当たるものとも解し得る(実際にも,衆議院法制
局の職員が平成21年3月時点でかかる見解を明らかにしている(乙
26)。)。そうすると,平成20年改正附則2条1項の存在から,
被告国の担当者が従前の解釈を改めて,在外被爆者が日本国外で受け
た医療につき一般疾病医療費の支給対象とする措置を講じなかったこ
とをもって,その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったも
のとはいい難い。
ク小括
以上によれば,被告国の担当者において在外被爆者が日本国外で受
けた医療につき一般疾病医療費の支給対象とする措置を講じなかった
ことが国家賠償法上違法であるとはいえない。
(2)争点(2)イ(大阪府知事が本件各却下処分をしたことが国家賠償
法上違法か(被告大阪府関係)。)及び争点(2)ウ(本件各却下処分に
先立ち,被告国が被告大阪府に対し,在外被爆者からの一般疾病医療費支給
申請が却下相当であると回答したことが,国家賠償法上違法か(被告国関
係)。)について
前記(1)で説示したところに照らせば,大阪府知事が本件各却下処
分をしたことや,被告国の担当者が被告大阪府の担当者に対して在外被
爆者からの一般疾病医療費支給申請が却下相当であると回答したことが,
いずれも国家賠償法上違法であるとはいえない。
(3)小括
したがって,その余の点を論ずるまでもなく,原告らの被告らに対す
る各国家賠償請求には理由がない。
4よって,原告らの被告大阪府に対する本件各却下処分の取消請求はいず
れも理由があるからこれらを認容し,原告らの被告大阪府に対するその余
の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却す
ることとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法65
条1項本文,64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官田中健治
裁判官尾河吉久
裁判官木村朱子

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