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       主   文
原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
 主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要及び争点
一 本件は、控訴人に雇傭されている被控訴人が、控訴人から自宅で病気(バセド
ウ病)を治療すべき旨の命令(以下「本件自宅治療命令」という。)を受け、控訴
人に対し労務の提供をしなかった平成三年一〇月一日から同四年二月五日までの期
間(但し、年次有給休暇の対象となった日を除く。以下「本件不就労期間」とい
う。)のうち、同三年一〇月一一日から同四年二月五日までの期間の次の賃金及び
同三年の冬期一時金の合計一八四万四七九七円(以下「本件賃金等」という。)及
びこれに対する各括弧内に記載の弁済期の翌日から完済に至るまで年五分の遅延損
害金の支払を求めている事案である。
1 賃金
(一) 平成三年一〇月一一日から同年一一月一〇日までの賃金
 四二万三三〇六円(同年一一月二一日)
(二) 平成三年一一月一一日から同年一二月一〇日までの賃金
 四二万三三〇六円(同年一二月二一日)
(三) 平成三年一二月一一日から平成四年一月一〇日までの賃金
 四二万三三〇六円(平成四年一月二一日)
(四) 平成四年一月一一日から同年二月五日までの賃金
 四二万一二九五円(同年二月二一日)
2 冬期一時金 一五万三五八四円(平成三年一二月一七日)
二 本訴請求の判断の前提となる事実関係のうち、次の各事実は、いずれも当事者
間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨から認められるものである。
1 当事者に関する事実
(一) 控訴人は、土木建築の設計・施工・請負等を目的とする株式会社で、肩書
地に本店(本社)を、大阪市、福岡市及び札幌市にそれぞれ支店を置き、その従業
員は約一三〇名である。
(二) 被控訴人は、昭和四五年三月二三日、控訴人に雇傭され、以来、本社の工
事部に配属され、建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものである
が、昭和六三年四月五日以降、控訴人の従業員をもって組織された建築一般全日自
労片山組分会(結成当初の名称は片山組労働組合。以下「訴外組合」という。)の
執行委員長の立場にある。
2 本件自宅治療命令をめぐる事実
(一) 控訴人は、平成三年八月一九日、被控訴人に対し、同月二〇日から当時控
訴人が東京都府中市<以下略>に建設中の都営住宅の工事現場(以下「本件工事現
場」という。)において現場監督業務に従事すべき旨の業務命令(以下「本件勤務
命令」という。)を発した。これに対し、被控訴人は控訴人に対して、バセドウ病
(以下「本件疾病」という。)に罹患しているため現場作業に従事することができ
ない旨を申し出たが、同月二〇日から本件工事現場の勤務に就いた。
(二) 控訴人は、被控訴人に診断書の提出を求め、同年九月九日、被控訴人の主
治医であったAの作成に係る同月七日付けの診断書(乙第八号証の一。以下「本件
診断書」という。)が提出された後、更にその病状を補足して説明する書面の提出
を求めたところ、同月二〇日、被控訴人が自らその病状を記載した回議箋(乙第九
号証。以下「本件回議箋」という。)が提出されたため、同月三〇日付けの指示書
(乙第一〇号証)をもって、被控訴人に対し、翌一〇月一日から当分の間自宅で本
件疾病を治療すべき旨の本件自宅治療命令を発した。
(三) 本件自宅治療命令は、控訴人が平成四年二月五日に被控訴人に対して本件
工事現場の勤務に従事すべき旨の業務命令(以下「本件復職命令」という。)を発
するまで継続し、平成三年一〇月一日から平成四年二月五日までの期間、被控訴人
が労務に服することはなかった。
3 本件賃金等に関する事実
(一) 賃金
 控訴人は、本件不就労期間中被控訴人を欠勤扱いとし、平成三年一一月分から同
四年一月分まで賃金を支給せず、同年二月分については二〇一一円(同月六日から
同月一〇日までの分)を支給したのみである。
 控訴人においては、賃金は、前月一一日から当月一〇日までの分を当月二一日
(但し、銀行の非営業日に該当するときは順次繰り上げた日)に支給することにな
っていた。そして、控訴人が被控訴人に対し、平成三年一〇月までの直近三か月に
支払った賃金額は同年八月分が四二万八四二七円、同年九月分が四二万七〇二三
円、同年一〇月分が四一万四四六八円で、平均賃金額は四二万三三〇六円であるか
ら、右の欠勤扱いによって支給されなかった賃金は前記一1の(一)ないし(四)
の合計一六九万一二一三円となる。
(二) 冬期一時金
 控訴人においては、従業員に対し、毎年七月に夏期一時金を、一二月に冬期一時
金をそれぞれ支給することとしている。これら一時金は、基本給にその考課対象期
間中の出勤率(所定就労日数から欠勤日数を控除した日数を所定就労日数で除した
数値)を乗じ、これに各期について控訴人が決定する支給月数(基準月数)を乗じ
た金額(基準支給額)に、考課対象期間の考課による成績査定分を一〇〇〇円単位
で加減し、最終的には原則として五〇〇〇円単位となるように決定することとされ
ている。このうち、冬期一時金の考課対象期間は支給年の五月一一日から一一月一
〇日までとされている。そして、控訴人は、平成三年の冬期一時金を同年一二月一
七日に支給したが、被控訴人に対する冬期一時金の基準支給額は五九万三一五二円
であった。
 右の基準支給額は、前記の欠勤扱いによって本件不就労期間を含む冬期一時金の
考課対象期間中の被控訴人の出勤率を一四一分の一一二として計算したものであっ
て、右の欠勤扱いがされなければ、右期間中の被控訴人の出勤率は一となるから、
これによる冬期一時金の基準支給額は七四万六七三六円となるので、被控訴人は、
本来、控訴人から平成三年の冬期一時金として右の基準支給額との差額分である前
記一2の一五万三五八四円の支給を受けることができた。
三 本件における争点は、被控訴人が、本件不就労期間中控訴人から本件自宅治療
命令を受けて控訴人の業務に従事していなかったにもかかわらず、控訴人に対し、
本件賃金等の支払を求めることができるのか否かであるが、この点に関する当事者
双方の主張は、概略、次のとおりである。
1 被控訴人の主張
(一) 被控訴人は、本件疾病により本件工事現場における現場作業を完全に行う
ことは困難であったが、現場監督業務は、現場作業と事務作業とからなるところ、
少なくとも事務作業を行うことは可能であったし、本件勤務命令を受ける前に従事
していた本社の工事本部工務監理部(以下「工務監理部」という。)における事務
作業は可能であった。
(二) 控訴人は、被控訴人が右の労務を提供することが可能であったにもかかわ
らず、本件自宅治療命令を発し、その後、本件復職命令を発するまでの期間、被控
訴人が業務に従事することを拒絶したものであって、本件自宅治療命令は、その必
要がなかったものであるから、本件不就労期間中被控訴人が控訴人の労務に服しな
かったとしても、控訴人に対する報酬請求権を失うものではない。
(三) また、控訴人が、被控訴人に対して右のとおりに不必要な本件自宅治療命
令を発したのは、訴外組合の結成当初からの執行委員長であった被控訴人の組合活
動を嫌悪し、被控訴人が本件疾病に罹患していることを奇貨として、被控訴人の就
労を拒絶して職場から排除し、賃金等の支払を拒絶するという不利益を与えること
により、他の従業員に対する見せしめとし、訴外組合の弱体化を狙ったものでもあ
って、本件自宅治療命令は不当労働行為にも該当する無効なものであるから、被控
訴人が控訴人の業務に従事していないとしても、控訴人に対する報酬請求権を失う
ものではない。
2 控訴人の主張
 本件自宅治療命令は、被控訴人が提出したその主治医の作成に係る本件診断書、
控訴人自身の作成に係る本件回議箋などから、被控訴人が本件工事現場における現
場監督業務に従事することはできないと判断して発せられたものである。被控訴人
の申し出た病状によれば、労務者の健康管理に配慮すべき使用者としても当然の措
置であって、被控訴人主張のように不必要な措置でも、不当労働行為に該当するも
のでもない。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 前提となる事実関係
1 当事者に関する事実及び本件自宅治療命令に関する事実は、前記「事案の概要
及び争点」の項の二に記載したとおりである。
2 右各事実並びにいずれも成立の真正について当事者間に争いのない乙第二、第
六及び第七号証、同第八号証の一及び二、同第九及び第一〇号証、同第四八号証、
原審における証人Bの証言(第一、二回)、原審及び当審における証人Cの各証言
及び被控訴人の各本人尋問の結果、当審における証人Dの証言と弁論の全趣旨とを
総合すれば(右の各証言及び被控訴人本人尋問の結果中、次の認定に反する部分を
除く。)、本件自宅治療命令をめぐる事実関係として、更に次の各事実を認定する
ことができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 被控訴人は、控訴人に雇傭されてから現在に至るまで工事部に配属され、
現場監督業務に従事してきた。
 被控訴人は、平成二年夏、当時控訴人が建設中の名倉堂ビルの建築工事現場にお
いて現場監督業務に従事していた際、体調に異変を感じ、慶応義塾大学病院におい
て受診したところ、本件疾病に罹患している旨の診断を受け、以後、同病院に通院
して治療を受けていたが、控訴人に対して本件疾病に罹患している旨の申出をする
ことなく、右の現場監督業務を続けていた。
 被控訴人は、右の現場監督業務を終えた平成三年二月から、次の現場監督業務が
生ずるまでの間の臨時的、一時的業務として、工務監理部において図面の作成など
の事務作業に従事していたところ、同年八月一九日、控訴人の本社工事本部長であ
るCから本件勤務命令を受けた。
(二) 被控訴人は、本件勤務命令を受けた際、C本部長に対し、本件疾病に罹患
しているので、現場作業はできない旨の申出をし、翌二〇日、本件工事現場に赴任
した際にも、現場責任者である工事課長のDに対し、本件疾病に罹患しているた
め、現場作業に従事することができず、残業も午後五時から午後六時までの一時間
に限られ、日曜及び休日の勤務は不可能である旨の申出をし、更にその後、被控訴
人を執行委員長とする訴外組合も、控訴人との団体交渉において、本件勤務命令の
当否を問題にし、同年九月五日付けの質問書では、被控訴人の労務につき、①現場
作業には従事できない、②就業時間は午前八時から午後五時まで、残業は午後六時
までとする、③日曜、祭日、隔週土曜を休日とするとの三条件を控訴人が認めるか
否かの回答を求めた。
(三) 控訴人は、被控訴人の病状に関する診断書の提出がないことから、訴外組
合の質問に対しては、「病気のことは知らない。就業条件は会社就業規則のとおり
とする。」との回答をするにとどまったが、同月九日、被控訴人から本件診断書が
提出されたところ、これによれば、被控訴人は、「現在、内服薬にて治療中であ
り、今後厳重な経過観察を要する。」というのであった。
 しかし、控訴人は、本件診断書の記載では、被控訴人の病状が必ずしも判然とし
ないため、被控訴人に対し、更にその病状を補足して説明する旨の書面の提出を求
め、同月二〇日、控訴人から自らその病状を記載した本件回議箋が提出されたが、
これによると、被控訴人は、本件疾病の治療中で、「疲労が激しく、心臓動悸、発
汗、不眠、下痢等を伴い、抑制剤の副作用による貧血等も症状として発生していま
す。今だ暫く治療を要すると思われます。」というのであり、訴外組合が前記の質
問書によって控訴人に対して回答を求めた被控訴人の労務に関する三条件を認める
ことが不可欠であるというのであった。
 そこで、控訴人は、被控訴人が本件勤務命令に係る本件工事現場の現場監督業務
に従事することは不可能であり、また、被控訴人の健康面・安全面でも問題を生ず
ると判断して、本件自宅治療命令を発した。
(四) 被控訴人ないし訴外組合は、本件自宅治療命令が発せられた後も、右の要
求を続け、特に被控訴人が本件疾病にもかかわらず現場監督業務のうちの事務作業
あるいは工務監理部における事務作業を行うことができる根拠として、被控訴人の
主治医である前記A医師の作成に係る平成三年一〇月一二日付けの診断書(乙第八
号証の二)を提出した。これによれば、被控訴人は「現在経口剤にて治療中であ
り、甲状腺機能はほぼ正常に保たれている。中から重労働は控え、デスクワーク程
度の労働が適切と考えられる。」というのであった。
 控訴人は、前記診断書にも、被控訴人が現場監督業務に従事しうる旨の記載がな
いことから、自宅治療命令を持続していた。
 その後、被控訴人から控訴人に対して賃金の仮払いを求める仮処分が申請された
が、右仮処分事件における審尋の過程において、A医師に意見を求めることにな
り、平成四年一月、同医師から被控訴人の病状に関する意見を聴取したところ、同
医師の意見では、本件診断書に記載された「今後厳重な経過観察を要する」との記
載は、医師の患者に対する一般的な指示を記載した程度のものであること、被控訴
人が本件回議箋に記載した病状は本件疾病が発症した平成二年当時の病状を記載し
たものではないかということのほか、平成四年一月時点では、被控訴人の症状は仕
事に支障がなく、スポーツも正常人と同様に行いうる状態であることなどが明らか
になったため、控訴人は、同年二月五日、被控訴人に対し、本件工事現場で現場監
督業務に従事すべき旨の本件復職命令を発した。
 これに対し、被控訴人は、本件復職命令が発せられた後には、事務作業程度の労
務の提供しかできないとして、控訴人に対し本件復職命令につき異議を申し出ると
いうこともなく、本件工事現場における現場監督としてその業務に従事することに
なった。
3 以上に認定した事実関係に照らすと、被控訴人は、本件勤務命令を受けた際、
控訴人に対し、本件疾病を理由として、現場監督業務のうち事務作業又は工務監理
部の事務作業に係る労務の提供をすることができるが、その余の業務に係る労務の
提供を拒否する旨の意思を表示したものというべきであり、これに対し、控訴人は
被控訴人に対し、本件自宅治療命令を発することにより、右労務の受領を拒否した
ものというべきである。なお、本件自宅治療命令のうち、被控訴人に対して本件疾
病の治療を命じた部分が業務命令として有効であるか否かは、右の判断を左右する
ものではない。
二 本訴請求に対する判断
1 ところで、労働者が、その故意若しくは過失に基づくことなく、また、使用者
との雇傭契約に基づいて従事していた業務に起因することなく罹患した病気(以下
「私病」という。)のため、右雇傭契約に基づいて使用者に対して提供すべき労務
の全部又は一部の履行が不能となった場合、当該雇傭契約又は労働協約等におい
て、当該労働者が使用者に対し、賃金の全部又は一部を請求することができる等の
定めがあるときは格別、そうでない限り、労務の全部の提供ができず履行不能とな
ったときには、労働者は使用者に対し、賃金債権を取得する余地はないと解すべき
であり(民法五三六条一項)、労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労
務の提供ができないときには、右可能な部分の労務のみの提供は、労働者の雇傭契
約上の債務の本旨に従った履行の提供とはいえないのであるから、原則として、使
用者は右労務の受領を拒否し、賃金支払債務を免れうるものというべきであるが、
提供不能な労務の部分が右契約上提供すべき労務の全部と対比して量的にも質的に
も僅かなものであるか、又は、使用者が、当該労働者の配置されている部署におけ
る他の労働者の担当労務と調整するなどして、当該労働者において提供可能な労務
のみに従事させることが容易にできる事情があるなど、継続的契約関係にある使用
者と労働者との間に適用されるべき信義則に照らし、使用者が当該可能な労務の提
供を受領するのが相当であるといえるときには、使用者は当該労働者の提供可能な
労務の受領をすべきであり、使用者がこれを拒否したため、当該労働者が労務の提
供をすることができず、その履行が不能となったとしても、右労働者は履行したと
すれば雇傭契約に基づき取得しうべき賃金債権等を喪失するものではないと解する
のが相当である(民法五三六条二項)。そして、労働者が、使用者に対し、私病を
理由として、労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労務の提供ができな
い旨の申出をし、債務の一部の履行拒絶の意思を明らかにしたときには、使用者に
おいて、右労務の提供を受領すべきかどうかの判断にあたっては、当該私病の性
質・程度、当該労働者の担当する労務の内容等に照らし、右労働者の申出に疑念を
もつのが相当といえる事情のない限り、使用者としての立場から格別の医学的調査
を経ることを要するものではないというべきである。
 また、使用者が、私病に罹患した労働者の提供する労務を当該雇傭契約上の債務
の本旨に従ったものではないとして、その受領を適法に拒絶した場合においては、
その後、右労働者が、当該私病が治癒又は軽快し、右債務の本旨に従った労務の提
供ができる状況になったことを使用者に明らかにし、その受領を催告しない限り、
右雇傭契約に基づく賃金債権等を取得する余地はないというべきであり、使用者に
おいて、自ら進んで、当該労働者の私病につき医学的調査をして、就労することが
できるような状況になったかどうか等を検討し、かかる状況になったときには、就
労を命じるべきであるとの義務を信義則上も負うとはいえないものと解すべきであ
る。
2 以下、右のような見地に立って、本件について検討することとする。
(一) 弁論の全趣旨によると、被控訴人の本件疾病は、その故意若しくは過失に
基づくものではなく、かつまた、控訴人の下で従事してきた現場監督業務に起因し
て罹患したものではなく、私病であると認められる。
(二) 控訴人と被控訴人との雇傭契約又は控訴人と訴外組合との労働協約等にお
いて、控訴人に雇傭されている労働者が、私病に罹患したため控訴人に対して提供
すべき労務の全部又は一部の履行をすることが不能となった場合に、控訴人に対
し、賃金債権を取得する等の定めがあることについては、当事者の主張・立証しな
いところである。
(三) 被控訴人は、本件不就労期間中、控訴人に対して労務を提供することが可
能であった旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、その労務の内容は、後記認定の
本件工事現場における現場監督業務のすべてではなく、そのうちの事務作業又は本
件勤務命令を受ける直前に従事していた工務監理部における事務作業であることが
明らかである。そして、前記認定の事実関係に照らすと、本件不就労期間中、控訴
人は、本件疾病に罹患していたため、現場監督業務のうち中ないしは重労働を含む
現場作業に係る労務の提供は不可能であり、現場監督業務のうち事務作業に係る労
務の提供のみが可能であったものというべきである。
(四) そこで、現場監督業務のうち、被控訴人において履行が不能であった現場
作業の占める量的・質的な程度、控訴人が、信義則上、被控訴人を事務作業に従事
させるのが相当といえる事情があったかどうか等につき、検討することとする。
 いずれも成立の真正について当事者間に争いのない乙第三九号証、同第四〇号証
の一ないし一七、同第四一号証の一ないし一九、同第四二号証の一ないし八三、同
第四八号証、同第五〇号証、いずれも当審における証人Dの証言により成立の真正
を認めることができる同第五七号証、同第五八号証、同第五九号証の一、二及び同
第六〇号証ないし六二号証、前掲原審及び当審における証人Cの各証言並びに当審
における証人Dの証言によると、以下の各事実を認めることができ、この認定を覆
すに足る証拠はない。
(1) 本件工事現場において控訴人が施工していた都営住宅(七階建、室数五六
戸の共同住宅、二階部分までが鉄骨鉄筋コンクリート造、三階以上が鉄筋コンクリ
ート造の仕様)建築工事は平成三年二月に着工し同四年九月竣工予定で進められた
ものであるが、被控訴人が本件勤務命令により本件工事現場において就労した平成
三年八月二〇日から同年九月末までにおいて施工された工事は、鉄骨の建方工事、
地中梁築造のためのコンクリート工事、鉄筋工事、型枠工事及び埋戻工事等であ
り、本件不就労期間中に施工予定ないしは実施された工事は、一階以上の躯体工事
(型枠組立・解体工事、鉄筋工事、鉄骨工事、配筋組立・圧接、コンクリート打設
工事等)であった。
(2) 現場監督業務は、①現場作業と②事務作業とに大別され、①現場作業は、
右工事が設計どおりに適切に施工され、予定どおり工事が進行するよう下請け業者
等を指揮監督することを主要な内容とする現場管理及び現場巡視と工事現場におけ
る安全管理とからなり、また、②事務作業は対外交渉、予算管理、右工事に応じて
生じる図面の作成及び各種報告書の作成、作業内容の打合せ・確認、工事段取り、
職人・材料手配等からなるが、そのうち対外交渉及び予算管理は、本件工事現場に
おいては、現場責任者であるD課長が主として担当し、その余の現場監督者(本件
不就労期間中は二名)の担当する事務作業は前記事項のその余の作業であり、現場
監督業務としては付随的なものであって、しかも右事務作業も現場作業と照合して
行う必要があるものが多く、単に事務所のみですることの出来る作業は補足的なも
ので限られたものであり、また、工事が進行するにつれ事務作業は徐々に減少する
ものであって、本件不就労期間当時、本件工事現場における現場監督業務のうち事
務作業の占める割合は、D課長以外の現場監督者においては全作業内容の二割を下
回る程度に過ぎず、また、単に事務所のみですることの出来る補足的作業は全作業
内容の一割に達しない程度であった。
(3) 右認定の事実関係によれば、本件不就労期間中、本件工事現場において、
D課長以外の現場監督者の担当する現場監督業務の主要な内容は質、量とも現場作
業がほとんどであり、事務作業は補足的なものに過ぎず、また、現場作業に従事す
ることなく遂行できる事務作業は量的にも僅かなのであるから、被控訴人が現場作
業に従事することなく遂行可能な補足的事務作業に係る労務を提供することが可能
であったとしても、控訴人において、他の現場監督者の担当する右補足的事務作業
を被控訴人に集中し担当させても、量的には僅かなものであり、信義則上被控訴人
に集中して担当させる措置をとって被控訴人に担当させることが相当であったとは
いえないものというべきである。
(4) 被控訴人は、本件勤務命令前に従事していた工務監理部における事務作業
をも斟酌すべきである旨主張するが、前記認定のとおり、工務監理部における事務
作業は臨時的、一時的なものであり、恒常的に存在するものではないのであって、
本件不就労期間中に右事務作業が具体的に存在したことについては、これを認める
に足る証拠はないから、右事務作業を斟酌することはできないものというべきであ
る。
(五) そして、前示の事実関係に照らすと、控訴人が、被控訴人に対し、本件自
宅治療命令を発することにより、被控訴人からの事務作業に係る労務の提供の受領
を拒否するにあたって、被控訴人の本件回議箋による本件疾病についての被控訴人
自身の自覚症状、可能な労務の内容等の説明及び本件診断書につき疑念をもつべき
事情があったとはいえないから、使用者としての立場に基づき、改めて医学的調査
をすべきであったとはいえない。
(六) また、本件自宅治療命令後本件復職命令までの間に、被控訴人が、控訴人
に対し、本件疾病が治癒又は軽快し、控訴人との雇傭契約上の債務の本旨に従った
労務の提供ができるような状況になったことを明らかにし、その受領を催告したと
の事実は、当事者の主張・立証しないところである。
3 被控訴人は、本件自宅治療命令が訴外組合の執行委員長である被控訴人に対し
て就労の機会を奪い、不利益を与え、訴外組合の活動を妨害するための不当労働行
為であるとも主張する。
 しかしながら、控訴人が、被控訴人の本件工事現場における現場監督業務の一部
である事務作業に係る労務のみの提供を受領しなかったことにつき、信義則上これ
を受領するのが相当というべき事由がなく、本件不就労期間中被控訴人の控訴人に
対する債務の履行が不能となったのであるから、被控訴人は控訴人に対し、本件不
就労期間に係る本訴請求の賃金債権及び冬期一時金債権を取得しないことは前示の
とおりであるところ、被控訴人の不当労働行為に係る右の主張は、右各債権の発生
要件又は消滅障害事由のいずれにも該当しないことが明らかであるから、主張自体
失当というべきである。のみならず、控訴人が、被控訴人に対し、本件自宅治療命
令を発し、被控訴人が提供可能であるとした事務作業に係る労務のみの受領をしな
かったのが、被控訴人の右主張のような事由に基づいてされたことは、本件全証拠
をもってしても認めるに足りないから、右主張はこの点からも理由がないものとい
うべきである。
三 以上説示のとおり、本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきもので
あり、したがって、原判決中控訴人敗訴の部分は相当ではないから、これを取り消
し、右部分に係る被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民
事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田保幸 伊藤紘基 滝澤孝臣)

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