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平成24年(う)第784号犯人隠避被告事件
平成25年9月25日大阪高等裁判所第3刑事部判決
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
理由
被告人大坪弘道(以下「被告人大坪」という。)の本件控訴の趣意は,弁護人福
田健次ほか8人共同作成の平成24年10月31日付け控訴趣意書(以下「大坪A
趣意書」という。)及び平成25年5月10日付け控訴趣意書(以下「大坪A趣意
補充書」という。)並びに弁護人郷原信郎ほか2人共同作成の平成24年10月3
1日付け控訴趣意書(以下「大坪B趣意書」という。)及び平成25年3月27日
付け控訴趣意補充書(以下「大坪B趣意補充書」という。)に,被告人佐賀元明(以
下「被告人佐賀」という。)の本件控訴の趣意は,弁護人秋田真志ほか6人共同作
成の平成24年10月31日付け控訴趣意書(以下「佐賀趣意書」という。),同
年12月27日付け控訴趣意補充書(1)(以下「佐賀趣意補充書⑴」という。)及び
平成25年5月10日付け控訴趣意補充書(2)(以下「佐賀趣意補充書(2)」という。)
に,これらに対する答弁は,検察官中村孝ほか1人共同作成の答弁書に,当審にお
ける事実取調べの結果に基づく弁論の要旨は,被告人大坪の弁護人福田健次ほか1
0人共同作成の弁論要旨(以下「大坪弁論要旨」という。),被告人佐賀の弁護人秋
田真志ほか6人共同作成の弁論要旨(以下「佐賀弁論要旨」という。)及び検察官
中村孝ほか1人共同作成の弁論要旨にそれぞれ記載されたとおりであるから,これ
らを引用する。
第1本件控訴趣意等について
1原判決の犯罪事実の認定等
原判決は,本件公訴事実に即して,「罪となるべき事実」の項において,
まず,被告人両名の間で犯人隠避罪の共謀が成立した経緯として,
(1)被告人大坪は,平成20年10月1日から平成22年4月4日までの間,大
阪地方検察庁(以下「大阪地検」という。)検事として,自ら捜査を行うべき職務
に従事するとともに,同庁特別捜査部(以下「特捜部」という。)部長(以下「特
捜部長」という。)として,同部所属の検察官らを指揮して捜査を行う職務に従事
していたもの,被告人佐賀は,平成21年4月1日から平成22年3月31日まで
の間,同庁検事として,自ら捜査を行うべき職務に従事するとともに,特捜部副部
長として,特捜部長の命を受けて同部所属の検察官らを指揮して捜査を行う職務に
従事していたものであるが,被告人佐賀は,平成22年1月30日午後11時過ぎ
頃,大阪市福島区福島1丁目1番60号所在の大阪中之島合同庁舎(以下「合同庁
舎」という。)16階にある特捜部副部長室(以下「副部長室」という。)の隣に
ある予備調室(以下「副部長隣室」という。)で,東京拘置所内の取調室にいた同
部所属検事E(以下「E」という。)から,電話で,大阪地方裁判所(以下「大阪
地裁」という。)に係属中であるF(以下「F」という。)及びG(以下「G」と
いう。)らに対する各虚偽有印公文書作成等被告事件(以下,両事件を「H事件」
と総称し,Gに対する事件を「G事件」という。)の証拠であるフロッピーディスク
(以下「本件フロッピーディスク」という。)に記録された文書データ(以下「本
件データ」という。)を変造した(以下,Eによる上記証拠変造行為を「本件改ざ
ん」という。)との告白を受け(以下「E告白電話」という。),Eが罰金以上の
刑に当たる証拠隠滅の罪を犯した者であることを知るに至り,同年2月1日午前9
時40分過ぎ頃,合同庁舎16階にある特捜部長室(以下「部長室」という。)で,
被告人大坪にその旨報告し,ここにおいて,被告人大坪も,Eが罰金以上の刑に当
たる証拠隠滅の罪を犯した者であることを知るに至った
(2)被告人大坪は,同日午後1時半頃から同日午後3時頃までの間に,被告人佐
賀と話し合った結果を踏まえて,同日午後4時頃,副部長室を訪れ,被告人佐賀に
対し,本件改ざんについて過誤で説明が付けられないかEに尋ねるようにとの指示
をし,これを受けて,被告人佐賀は,同日午後4時20分頃,副部長室で,東京拘
置所内の取調室にいたEと電話で話をし,Eから,本件フロッピーディスクを還付
していること,本件改ざん前の文書データの内容を記載した特捜部I事務官作成の
平成21年6月29日付け捜査報告書(以下「I報告書」という。)が存在するので,
本件改ざんについて過誤で説明が付けられる旨聴取したことから,平成22年2月
2日午前9時20分頃,部長室で,被告人大坪にその旨伝え,ここにおいて,被告
人大坪は,Eによる本件改ざんを,本件データの改変があった可能性があるが,そ
うだとしても,それは故意によるものではなかったと事実をすり替えるなどし,も
って証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させようと決意し,その旨被告人佐賀に告げ,
被告人佐賀も直ちにこれに同調し,もって,被告人両名は,犯人隠避の共謀を遂げ

との事実を認定し,
次いで,被告人両名による犯人隠避の実行行為の内容として,
被告人両名は,前記経緯で共謀を遂げた上
(1)平成22年2月2日午後零時頃(以下,平成22年の出来事については年の
表記を省略する。),副部長室で,被告人大坪の指示を受けた被告人佐賀において,
東京拘置所内の取調室にいたEに対し,電話で,本件改ざんは過誤によるものとし
て説明することになったから,どのような説明が付けられるのか,もう一度説明す
るよう指示してその内容を聞き取るとともに,同月8日午前中,副部長室で,被告
人大坪の指示を受けた被告人佐賀において,Eに対し,何か聞かれたときに本件デ
ータの改変が過誤だと説明できるような書面を作成しておくよう指示し,同月10
日,副部長室及び部長室で,被告人佐賀の前記指示に基づきEが作成し,被告人佐
賀及び被告人大坪に順次提出した「本件フロッピーディスクのデータ検証作業中,
本件データが過誤によって改変された可能性はあるが,本件フロッピーディスクが
還付されていて改変の有無は確定できない」旨の上申書案(以下「本件上申書」と
いう。)につき,被告人佐賀において,その内容を了承してその写しを受領し,被
告人大坪において,Eに対し,その内容を基本的に了承するとともに,疑問点を指
摘の上,より合理的な説明内容とするよう指示して,これを受領せずにEに差し戻
すなどし,本件データが過誤によって改変された可能性はあるが,改変の有無を確
定できず,改変されていたとしても過誤にすぎない旨事実をすり替えて,自ら又は
同部所属の検察官らを指揮して捜査を行わず,
(2)同月2日午後5時頃,合同庁舎21階にある大阪地検次席検事室で,被告人
両名において,当時の同庁次席検事J(以下「J」という。)に対し,「Eが本件
フロッピーディスクのデータに工作が加えられていないか検証している際,データ
が過誤により書き換わった可能性があるが,本件フロッピーディスクは還付されて
いるため,確認できない,K検事(以下「K」という。)がそれを伝え聞いて,改
ざんだと騒ぎ立てているが,その様子は告訴狂と同じだ。」などと虚偽の報告をし,
同月3日午前11時頃,合同庁舎21階にある大阪地検検事正室で,当時の同庁検
事正L(以下「L」という。)に対し,その詳しさの程度は別として,おおむね,
Jに対する報告と同様に虚偽の報告をし,よって,L及びJをして,捜査は不要と
誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を行わないようにさせ,
もって罰金以上の刑に当たる証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させた
との事実を認定し,「法令の適用」の項において,被告人両名の判示各所為はいず
れも包括して刑法60条,103条にそれぞれ該当すると説示して,被告人両名に
ついて犯人隠避罪の成立を認めたものである。
2本件控訴趣意
被告人両名に共通の本件控訴の趣意は,被告人両名による犯人隠避罪の共謀及び
実行行為を認定した原判決の前記事実認定を論難する事実誤認の主張であり,被告
人大坪固有の控訴趣意は,上記認定に基づき被告人両名について犯人隠避罪が成立
するとした原判決の判断を論難する法令適用の誤りの主張である。
なお,被告人大坪の本件控訴趣意は,理由不備,訴訟手続の法令違反についても
主張するものであるが,前者は,原判決が,被告人大坪につき,共謀成立時点まで
に罪となるべき事実の前提となるべき職務義務が生じていたこと及びその前提状況
について認定判示しないまま犯人隠避罪の成立を認めたとして,原判決の法令適用
を論難するものであって,実質は法令適用の誤りの主張である。また,後者は,本
件改ざんに関する被告人大坪の認識の程度,あるいは,1月30日のEから被告人
佐賀への電話の内容,被告人大坪への伝達時期・方法,被告人大坪の対処やその意
図・方針等については争点化すべきであったのに争点化しないまま事実認定したこ
とを論難するものであるところ,原審における争点整理は,各当事者が関与した公
判前整理手続において各当事者の了解の下に行われた上,所論指摘の点については
原審においても主張・立証が尽くされており,訴訟手続の法令違反の主張として理
由のないことが明らかであって,結局,これらの点に関する原判決の事実認定に対
する論難に尽きるといえるから,実質は事実誤認の主張と解されるのである。
そこでまず,被告人両名の事実誤認(上記の実質は事実誤認の主張も含む。)の
論旨について判断し,次いで,被告人大坪の法令適用の誤りの論旨(上記の実質は
法令適用の誤りの主張も含む。)に加え,当審における原判決の法令適用に関する
釈明手続及び事実の取調べの経緯に鑑みて,当審における被告人両名の法令適用の
誤りに関する弁論要旨についても,順次判断を示すこととする。
第2被告人両名の事実誤認の控訴趣意に対する判断
論旨は,要するに,原判決は,「争点に対する判断」の項において,①被告人佐
賀は,1月30日夜,Eから電話で本件改ざんの告白を受け,その結果,被告人佐
賀において本件改ざんがあったことを認識した事実,②被告人佐賀は,2月1日,
被告人大坪に,Eから本件改ざんの告白があったことを伝え,その結果,被告人大
坪において本件改ざんがあったことを認識した事実,さらに,③被告人両名は,2
月2日,共に本件改ざんを隠蔽する決意をした事実をそれぞれ認定し,これらに基
づいて「罪となるべき事実」の項に摘示した事実を認定し,被告人両名について犯
人隠避罪の成立を認めたが,証拠上,上記①ないし③の各事実,そして罪となるべ
き事実を認定することはできず,被告人両名は共に無罪であるから,原判決には判
決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
1原判決の事実認定
そこでまず,原判決の事実認定についてみるに,原判決は,「争点に対する判断」
の項の記載内容等に照らし,以下のような判断に基づき,前記①ないし③の各事実,
そして前記罪となるべき事実を認定したことが明らかである。すなわち,
(1)前提事実の認定及び争点の設定
まず,争点に関する事実認定の前提事実として,関係各証拠によって認められ,
各当事者の間にもおおむね争いのない事実(以下「前提事実」という。)を認定し
(「争点に対する判断」第1。原判決5頁以下),そこから認定することができる,
Eが本件改ざんを行ったこと,被告人両名が本件改ざんについて自ら又は部下検察
官らを指揮して捜査を行わなかったこと,被告人両名がL及びJに対して本件デー
タに関する報告をしたが,本件改ざんがあったことに言及することがなかったこと
といった事実を前提に,各当事者の主張を踏まえることにより,本件の事実認定上
の具体的争点を前記①ないし③の事実の存否であると設定した(同第2。原判決2
3頁以下)。
(2)前記①の事実(E告白電話による被告人佐賀の本件改ざんの認識取得)の存
否について
E及びMと被告人佐賀が対立する供述をしていることを踏まえて,E及びMの各
供述の信用性を検討する中で,H事件の公判主任を担当した公判部のN検事(以下
「N」という。)の供述について,その立場及び供述態度並びにK供述との整合性
から,被告人両名の原審弁護人らの主張を踏まえても信用できるとした上,E及び
Mの各供述の信用性についても,N供述との内容面での整合性並びにNの認識との
整合性を認め,また,Eの取調べ時間やMの退庁時間等の客観証拠との整合性及び
内容自体の合理性も認めて,被告人両名の原審弁護人らの主張を排斥し,両名の各
供述の信用性を認めた(「争点に対する判断」第3の3,4。原判決31頁以下,4
0頁以下)。
他方,これに反する被告人佐賀の供述の信用性については,Nが供述する,1月
30日夜に副部長隣室でMの携帯電話にかかった電話(以下「N見聞電話」という。
)での被告人佐賀の会話内容やその際の涙,その後の被告人佐賀の態度と整合しな
いだけではなく,上記電話がEと共に東京地方検察庁に応援派遣されていた特捜部
所属のO検事(以下「O」という。)からの電話(以下「O電話」という。)であ
ったとする被告人佐賀の供述は,O,K及びNの各供述に,原判決別紙「Kら通信
履歴一覧表」にある携帯電話による通話や電子メールのやり取りの状況から総合し
て認められるO電話の時間とも整合しないことを理由として,被告人佐賀の供述は
信用できないとした(同第3の5。原判決44頁以下)。
その上で,E及びMの各供述に前提事実及びN供述その他の関係各証拠を総合し
て,Eは,1月30日午後11時過ぎ頃,Mの携帯電話を通じて被告人佐賀と会話
を交わしたが(N見聞電話),その際,被告人佐賀に対し,本件フロッピーディス
クに記録された文書に関する最終更新日時のデータについて,「6月1日」を「6
月8日」に変えたことを告白するとともに,その結果,検事を辞めなければならな
くなったことを申し出たこと,そして,この時点では,GのFに対する公的証明書
の作成指示,すなわち,公的証明書の虚偽作成に関する共謀が平成16年6月8日
から同月10日頃までの間であったとする趣旨の関係者の供述内容と食い違うとい
うプロパティ(属性情報)問題が顕在化し,特捜部でもその対応のために会議が開
かれ,被告人佐賀もこれに出席して,G事件における検察官主張によれば,Fが作
成した公的証明書の最終更新日時は同月4日以降あるいは同月8日以降となるべき
であるのに,本件フロッピーディスクのデータでは,それが同月1日になっている
状況を認識していたから,被告人佐賀は,上記Eの電話での告白を聞いて,Eが本
件フロッピーディスクのデータを改ざんしたこと,すなわち,本件改ざんを認識し
たと推認するのが相当であり,これに反する被告人佐賀の供述は信用できないと判
断して,前記①の事実があったと認定し(同第3の6。原判決49頁),この点に
関する被告人両名の原審弁護人らのその他の主張も排斥している(同第3の7。原
判決50頁以下)。
(3)前記②の事実(被告人佐賀からのE告白電話の報告による被告人大坪の本件
改ざんの認識取得)の存否について
前提事実に加え,関係各証拠から,2月1日午前9時40分過ぎ頃の部長室での
出来事及び同日の被告人大坪の心情について認定した上(「争点に対する判断」第
4の1。原判決54頁以下),これらの事実から,被告人大坪は,2月1日午前9
時40分過ぎ頃,被告人佐賀から,1月30日にEから電話で本件改ざんの告白を
受けた旨の報告を受け,ここにおいて,被告人大坪も,本件改ざんの事実を認識す
るに至ったこと,すなわち,前記②の事実があったと認めるのが相当であるとし,
その理由として,被告人佐賀は,その立場やEからの告白内容の重大性に照らし,
2月1日朝一番にEから告白を受けた事実を被告人大坪に報告したと考えるのが合
理的であること,被告人大坪が被告人佐賀の報告を受けて激高したことを自然に理
解できること,被告人大坪が述べる当日の心情ともよく整合することを指摘する(同
第4の2。原判決56頁以下)。
他方,前記②の事実を否定する被告人両名の各供述は,1月30日にEから本件
改ざんの告白を受けた被告人佐賀が,最も重要な報告事項であるべき告白を受けた
事実を被告人大坪に隠さず報告したものと考えるのが自然であることに照らして,
信用できないとした。そして,Nが,2月1日午前中に被告人大坪と話した際に,
被告人両名に対し不信感を持ったというのに,Eの告白について指摘していないこ
とや,被告人大坪が「Eが大阪に戻ってきてから,もっとよく話を聞こう」などと
言ったことを根拠として,1月30日に,被告人佐賀はEから本件改ざんの告白を
受けておらず,被告人大坪も本件改ざんについては知らなかったとする被告人両名
の原審弁護人らの主張も排斥している(同第4の3。原判決57頁以下)。
(4)前記③の事実(被告人両名による本件改ざん隠蔽の決意)の存否について
ア2月1日から同月2日までの状況について
(ア)2月1日E佐賀間電話について
2月1日午後4時20分頃,被告人佐賀が被告人大坪の指示に従ってEに電話を
した2月1日E佐賀間電話に関して,Eは,被告人佐賀から,「この件は過誤とい
うことで説明を付けられないのか。」などと言われて,被告人佐賀が本件改ざんの
事実を被告人大坪に報告した上で,被告人両名において,過誤で説明が付く話であ
れば,何とかその説明で自分を守ろうとしてくれていると思い,I報告書があり,
改ざんしたフロッピーディスクを持ち主であるFに還付しているという,故意の改
ざんではないことを根拠づける二つの事実(以下「本件過誤説明根拠」という。)
を考え,「それは,説明付けられますけど。」と答えたほか,本件フロッピーディ
スクのコピーを見ていて,確認検証をしているときに,間違えて本件フロッピーデ
ィスクの現物のデータを変えた可能性があるという虚偽の過誤説明(以下「本件虚
偽過誤説明」という。)を考え,被告人佐賀に伝えたところ,被告人佐賀は,「分
かった,それで行こう,それが真実だ,真実は一つだ。」と言い,また,被告人佐
賀の質問に答えて,I報告書の認識や取扱い,本件改ざんの具体的方法を説明した
旨供述したと摘示した(「争点に対する判断」第5の1(1)。原判決60頁以下)。
このE供述の信用性について,1月30日のN見聞電話において,Eが既に被告
人佐賀に本件改ざんを告白し,被告人大坪も,2月1日午前9時40分過ぎ頃に被
告人佐賀からその旨の報告を受けて本件改ざんを認識したことを前提とすると,被
告人両名の原審弁護人らの主張を踏まえても,不自然・不合理と思われるところは
なく,また,被告人佐賀が2月1日E佐賀間電話でのやり取りなどを本件当時作成
した罫線入りのメモ用紙(以下「罫紙メモ」といい,罫紙メモに,被告人佐賀が執
務に使用していた「執務記録」と題するノート(以下「佐賀執務記録」という。)
及び手帳も合わせて「佐賀執務記録等」という。)に記載した内容は,Eが供述す
る被告人佐賀とのやり取りと整合しており,さらに,E供述に被告人両名の原審弁
護人ら主張のような変遷があるとしても,当初記憶に混乱のあったEの記憶が喚起
されていったものとして不自然ではなく,信用できるとした(同第5の1(2)。原判
決61頁以下)。
そして,このE供述に関係各証拠を総合すると,Eは,2月1日E佐賀間電話に
おいて,被告人佐賀との間で,その供述するような内容の会話を交わしたと認めら
れると認定した(同第5の1(3)。原判決65頁以下)。
(イ)次席検事への報告前の2月2日の状況について
次席検事への報告前の2月2日の状況に関するMの供述の信用性については,1
月30日のN見聞電話において,Eが被告人佐賀に本件改ざんを告白し,2月1日
午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀が被告人大坪にその旨報告して,被告人大坪も
その事実を認識し,2月1日E佐賀間電話において,Eが,被告人佐賀の問い掛け
に応じて,本件虚偽過誤説明を伝え,翌2日午前9時20分頃,被告人佐賀が被告
人大坪に同電話の報告をした状況の下で,被告人大坪が,本件虚偽過誤説明で大阪
地検の当時の検事正及び次席検事(以下,検事正及び次席検事を併せて「上層部」
ということがある。)への報告を乗り切ることができると考えたとしても不自然で
はなく,また,妻に「Eのけんなんとか切り抜けれそうだ」との内容の電子メール
を送った被告人大坪の心境や2月2日E佐賀間電話の存在は,被告人佐賀の報告を
聞いて落ち着きを取り戻し,「ミステイクで行く。」ということを決断して,Mに対
し,「E君に連絡を取って,佐賀君に連絡をするように言ってくれ。」,「僕の指示
に従え。」などの指示を発したというMの供述する被告人大坪の言動と整合してお
り,その供述内容は合理的であるし,また,2月2日午後零時頃にEが被告人佐賀
に電話をかけた2月2日E佐賀間電話の前後の状況に関するE供述も,上記事実経
過に照らし,不合理・不自然な点はなく,M及びEの各供述は整合していて,相互
に補強し合うとした上,M供述には内容の不合理さや不自然な変遷があり,E供述
とEが記載していた手帳の記載内容との不整合もあるとする被告人両名の原審弁護
人らの主張を全て排斥して,M及びEの各供述はいずれも信用できるとした(「争
点に対する判断」第5の2(1),(2)。原判決66頁以下,74頁以下)。
そして,M及びEの各供述に前提事実及び関係各証拠を総合すると,次席検事へ
の報告前の2月2日の状況として,以下の事実が認められ,これに反する被告人両
名の各供述は,被告人両名共にEによる本件改ざんについて認識を共有していたこ
とに照らし,不自然で信用できないと判断した(同第5の2(3)。原判決76頁以下)。
a被告人大坪は,2月2日登庁後,被告人佐賀と二人だけで話し合い,その後,
Mも交えて話し合ったが,その際,Mに対し,2月1日に狼狽していたのとは異な
り,非常に落ち着いた様子で,「今回の件はE君のミステイクということで行くか
ら。」などと指示し,Mは,これを聞いて,被告人大坪が,本件改ざんを過誤にす
り替えるとの考えの下で,このような指示をしていることを察知したが,被告人大
坪から,「君は僕に改ざん行為を言わなかった・・・責任がある,Kにも話した責
任があるんだ,だから,僕の指示に従え。」などと言われたことやEに対する負い
目を感じていたことなども相まって,被告人大坪の指示に従うことにした。
bそこで,Mは,同日午前中に,被告人大坪の指示のとおり,Eに電話をして,
「今回の件はミステイクということで行くという・・・方針が出ました。」などと
伝えるとともに,被告人佐賀に電話をするよう伝えた。
cEは,これを聞いて,被告人大坪が本件改ざんのもみ消しを決意したと察知
するとともに,被告人大坪やその意を受けてEに電話をしてきた被告人佐賀の差し
出す助け船に乗ろうと考え,2月2日午後零時頃から,被告人佐賀に電話をし(2
月2日E佐賀間電話),改めて本件虚偽過誤説明等を話した。
dその後,Eは,Mに対し,本件過誤説明根拠や本件虚偽過誤説明を一通り教
えるとともに,Fに本件フロッピーディスクが還付されているため,過誤があった
か確認できず,したがって,過誤の可能性のある事案ということで説明できるので
はないかなどと説明(以下「本件過誤未確定根拠」という。)したほか,本件改ざ
んの際,ページの入れ替え等も行ったこと(以下「本件付加的改ざん情報」という。)
を伝え,Mから,「それで大丈夫ですか。」などと聞かれたが,本格的な捜査の対
象となるなどすれば別だが,大阪地検上層部への報告であれば,本件虚偽過誤説明
でも乗り切れると考え,Mに対し,「取りあえずそれで報告しといて。」などと答
えた。Mは,Eとの電話の状況を,被告人佐賀,次いで被告人大坪に報告したが,
その際,本件付加的改ざん情報を伝えることはなかった。
e被告人佐賀は,同日午後1時頃,部長室に行き,被告人大坪に対し,2月2
日E佐賀間電話の内容を報告し,Jへの報告方法について議論したが,途中からM
も加わった。
イ被告人両名の本件改ざん隠蔽の決意について
(ア)被告人両名の本件改ざん隠蔽の決意の認定
以上のとおり認定した各事実及びそこで検討した証拠評価並びに関係各証拠によ
って,被告人両名が以下のような経緯で本件改ざん隠蔽の決意をしたと認定した。
a被告人両名の本件改ざんの認識(「争点に対する判断」第6の1(1)。原判決
78頁以下)
前記のとおり,被告人佐賀は,1月30日午後11時過ぎ頃,N見聞電話におい
て,Eから本件改ざんの告白を受けてその存在を認識し,被告人大坪は,2月1日
午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀からEから本件改ざんの告白を受けた旨の報告
を受けてその存在を認識した。
b2月1日午前9時50分頃までの被告人両名の行動(同第6の1(2)。原判決
79頁以下)
2月1日,副部長室で,N,M,K及び特捜部所属のP検事(以下「P」という。)
がいる場で,被告人佐賀が,「僕の方から説明,報告をしておくので,一旦みんな
戻ってくれ,ただし,部外者には口外しないでくれ。」などと言ったことに,この
発言が被告人大坪への報告を終えた直後になされたものであること,被告人大坪と
被告人佐賀との関係を併せ考えると,被告人佐賀は,被告人大坪の指示を受けて,
同日午前9時50分頃,副部長室にいたN,M,K及びPに対し,本件改ざんにつ
いては,口外しないように申し向けたことが認められるが,検察官が主張するよう
に,この時点では,被告人両名において,本件改ざんの隠蔽を決意したとまでは認
めるに足りないと判断した。
c2月2日E佐賀間電話までの被告人両名の行動に対する評価(同第6の1
(3)。原判決80頁以下)
被告人佐賀は,被告人大坪の指示を受けて,2月1日E佐賀間電話において,E
に対し,「この件は過誤ということで説明を付けられないのか。」と尋ねたことに
加え,被告人両名が2月1日E佐賀間電話の前に同日午後1時30分頃から午後3
時頃まで部長室で協議していることからすれば,被告人両名は,その協議の中で,
本件改ざんをEの過誤による改変にすり替えることが可能かどうかを検討し,その
判断のために必要な情報をEから聴取すべく,被告人大坪が被告人佐賀に,Eから
の事情聴取を指示したと認められるものの,この時点では,Eからの聴取内容いか
んで,被告人両名において,本件改ざんを過誤による改変にすり替えることが困難
と考える場合も想定されるところであり,被告人大坪が本件改ざんをありのまま大
阪地検上層部に報告して,自らも辞職することも想定していたことも認められるか
ら,この時点で,被告人大坪において,本件改ざんを過誤による改変にすり替える
決意をするに至っていたとは,なお認めるに足りないとし,被告人佐賀においても,
被告人佐賀と被告人大坪の関係から考えて,被告人大坪が本件改ざんを過誤による
改変にすり替える決意をするに至っていないのに,本件改ざんを過誤による改変に
すり替える決意をするに至ったとは認め難いとした。
そして,被告人大坪は,2月2日午前9時20分頃,被告人佐賀から2月1日E
佐賀間電話の報告を受け,その後,Mと話し合った際,「今回の件はE君のミステ
イクということで行くから。」,「だから,僕の指示に従え。」などと言っている
ほか,その様子は,2月1日と打って変わって落ち着いた様子であること,同月2
日午前10時51分に妻へ送信した電子メールの内容からすれば,被告人佐賀から
2月1日E佐賀間電話の報告を受け,本件過誤説明根拠の存在と本件虚偽過誤説明
の内容を聞いて,それに沿った報告を大阪地検上層部にすることで,本件改ざんを
隠蔽できる成算ができたことから,本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤に
よる改変にすり替えて隠蔽することを決意するとともに,そのことで気分も落ち着
き,上記のような指示をMにし,妻に電子メールを送信するなどしたと認められる
とし,また,被告人佐賀も,被告人大坪がMに対し,「ミステイクということで行
くから。」と指示したことにつき何ら異を唱えていないばかりか,被告人大坪の指
示に従って,2月2日E佐賀間電話をしている上,MにもEに電話をするように指示
していることからすれば,被告人大坪と意思を共有して行動していると認めること
ができ,これに,前記①及び②の事実を併せ考えれば,被告人佐賀も,2月2日午
前9時20分頃,部長室で被告人大坪と話し合った結果,自らも本件改ざんを本件
虚偽過誤説明によって過誤による改変にすり替えて隠蔽することに加担することを
決意し,被告人大坪とその意思を共有したと認められるのであり,前記③の事実も
認められるとした。
なお,このような認定替えについて,検察官は,被告人両名の共謀成立の状況と
して,2月2日に被告人両名の共謀の内容が具体化した旨主張しているところから,
上記認定は,この時点を捉えて被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意し,その意思
を共有したと認定するもので,このような認定をしても,被告人らの防御上,何ら問
題とはならないと判示している。
(イ)佐賀執務記録等の記載との整合性について(「争点に対する判断」第6の2。
原判決82頁以下)
佐賀執務記録等の記載については,これを個々に検討した結果として,被告人佐
賀は,これを自ら聞き取った事実のほか,それを基に自らの考えを整理したこと,
あるいは,自らの所感を,第三者に見せることを予定せずに,ほぼそのまま記載し
たものであり,基本的に信用性の高い証拠と評価できるところ,その記載内容を見
ても,被告人両名において,本件改ざんを認識していたことと整合して理解できる
のであって,これらによって,前記(2),(3)並びに(4)のア及びイ(ア)の認定は補強
されこそすれ,それが揺らぐことはないと判断した。
なお,佐賀執務記録等の記載について,被告人佐賀が本件改ざんを認識していた
ことを表す記載であれば,被告人佐賀が,それを自ら最高検察庁(以下「最高検」
という。)の調査の際に持参し,その聴取に応じることは考えられない旨の被告人
佐賀の原審弁護人らの主張については,被告人佐賀は,佐賀執務記録等の各記載に
ついて,自らの主張に沿った解釈を供述していることからすれば,被告人佐賀にお
いて,佐賀執務記録等を持参した上で,最高検の調査に対し,その記載を基に自ら
の主張を展開しようと考えたとしても不自然ではなく,また,被告人佐賀は,十数
年前から佐賀執務記録を記載していることから,被告人佐賀において,佐賀執務記
録の一部を殊更に隠すことは,かえって,最高検に不信感を抱かせることにもなり
かねず,自ら佐賀執務記録を最高検に持参して,積極的に申し開きをしようと考え
たとしても不自然ではないとして,これを排斥している。
(ウ)被告人両名の原審弁護人らの主張について(「争点に対する判断」第6の
3。原判決92頁以下)
前記③の事実の認定について,被告人両名がEの本件改ざんを隠蔽する決意をし
たと考えるには不自然な点があるとする被告人両名の原審弁護人らの主張につい
て,被告人両名には,本件犯行を行う動機があり,また,本件改ざんが発覚する危
険性を検討して,被告人両名は,本件過誤説明根拠に基づき本件虚偽過誤説明によ
り,Eが本件改ざんを行ったことを,過誤による改変にすり替えて大阪地検上層部
に報告すれば,その了承を得られるとの成算ができ,大阪地検上層部の了承を得る
ことで,NやKの動きを封じることができ,G公判の状況からしても,G事件の弁
護人らやFの弁護人らから,本件改ざんが発覚する可能性は低いと見込んで,本件
犯行により本件改ざんを隠蔽することに成算があると考えた上で,本件犯行に至っ
たものと認められるとして,被告人両名の原審弁護人らの主張を全て排斥した。
a動機について
Eの上司であり,また,特捜部という検察庁の重要部門を預かる身でもある被告
人大坪において,Eを守るとともに,自らの職を守り,何よりも,特捜部が最高検
決裁まで経た上で,その威信をかけて立件したG事件への悪影響を避け,それによ
って,自らが預かる特捜部,ひいては,検察組織全体を防衛しようとして,本件改
ざんの隠蔽を決意し,また,同じくEの上司であり,また,特捜部の副部長として
被告人大坪を補佐する立場にある被告人佐賀において,上司である被告人大坪が,
本件改ざんの隠蔽を決意した以上,それに足並みをそろえて補佐するため,また,
自身の問題としても,上司としてEを守るとともに,自らの職も守り,更には,特
捜部,ひいては検察組織全体を防衛するために,本件改ざんの隠蔽に加担すること
を決意したとしても,不自然な点はないとした上,これに反する被告人佐賀の供述
は信用できず,佐賀執務記録等に記載されたG公判等の進行状況からすれば,G事
件の弁護人らから本件フロッピーディスクの検証等が請求される可能性は低い状況
下で,本件改ざんを隠蔽することで,G公判への深刻な悪影響を避けたいと被告人
両名が考えたとしても,不自然ではないと判示している。
また,Eのために被告人両名が職を賭けるとは考え難い旨の被告人両名の原審弁
護人らの主張についても,被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意した動機は,Eを
守ることだけではなく,むしろ,本件改ざんが発覚することにより,特捜部,ひい
ては検察組織の信頼が揺らぐことを避けたいとの思いが第一にあったと考えられる
上,被告人両名においては,本件改ざんが発覚すれば,自らも辞職を余儀なくされ
るであろうことを認識しており,いずれにしても職を失う状況に立たされていた状
況下において,本件改ざんをうまく隠蔽できる方策が見付かれば,それに賭けてみ
たいと考えたとしても,不自然ではなく,被告人両名は,2月1日E佐賀間電話で
Eが話した本件過誤説明根拠及び本件虚偽過誤説明の内容から,Eが本件改ざんを
行った事実を,本件データを過誤で改変した可能性のある話にすり替えて大阪地検
上層部へ報告することで,本件改ざんを隠蔽できるとの成算の下に,本件改ざんの
隠蔽を決意したのであって,被告人両名の原審弁護人らが主張するように,闇雲に
自らの職を賭けたものではないとして,被告人両名の原審弁護人らの主張を排斥し
た(同第6の3(1)。原判決92頁以下)。
b本件改ざんが発覚する危険性の認識について
被告人両名は,G公判でもプロパティ問題に対する反論は可能として,特捜部と
しては攻めの姿勢を保つ方針であり,G公判の状況分析の結果,G事件の弁護人ら
があえて本件フロッピーディスクを証拠請求し,更にその解析をするとは考え難い
状況にあると分析した上,本件改ざんを隠蔽しても,H事件の弁護人らに本件改ざ
んが発覚する可能性は低いとして,G公判への深刻な悪影響を招くことを避けるた
めに本件改ざんを隠蔽することを考えたとしても,不自然ではないし,佐賀執務記
録等の中の記載からも,被告人両名は,危険性は認識しつつも,G事件の弁護人ら
が,本件フロッピーディスクの解析をするなどの動きには出ないと考えたと認める
のが合理的であるとして,前記(ア)の認定と十分整合的に理解できるとし,また,
検察庁内部からの発覚についても,Nは,被告人両名の態度に一定の不信感を持っ
ているが,その求めることは本件改ざんの大阪地検上層部への報告にあり,N自ら
直接外部に公表するような行動に出ることは考え難い状況にあり,Mも,被告人大
坪から,自らの指示に従うよう命じられて了承し,現に,被告人大坪の指示に従っ
て行動しており,本件改ざんを公表することは考えられず,さらに,PやOも,特
に発覚の危険を感じさせるような行動はなかったほか,Kも,第一に求めるものは,
大阪地検上層部への報告にあると考えられるから,被告人両名において,大阪地検
上層部に対し本件虚偽過誤説明に基づく報告をし,その了承を得る一方,大阪地検
上層部には既に報告済みであることを伝えることで,NやKに対しても,これ以上
本件改ざんについて言い立てないようにできるのであり,検察庁内部から本件改ざ
んが発覚する危険は低いと考えたとしても,不自然ではないと判示している(同第
6の3(2)。原判決95頁以下)。
c大阪地検上層部への報告の位置付け
被告人両名は,本件過誤説明根拠に基づき本件虚偽過誤説明により,Eが本件改
ざんを行ったことを,過誤による改変にすり替えて大阪地検上層部に報告すれば,
その了承を得られるとの成算ができ,また,大阪地検上層部の了承を得ることで,
NやKの動きを封じることができ,また,G公判の状況からして,G事件の弁護人
らやFの弁護人らから,本件改ざんが発覚する可能性は低いと見込んだことから,
本件改ざんの隠蔽を決意したと考えるのが合理的であるとして,被告人両名にとっ
て,大阪地検上層部への報告の成否は,本件改ざんの隠蔽の成否を左右する最も重
要なこととして位置付けられていたと認定した(同第6の3(3)ア。原判決99頁)。
この点,被告人大坪の原審弁護人らは,被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決
意したのであれば,(あ)E及びMと本件虚偽説明が完全なものになるよう話を詰め
るほか,G事件の弁護人ら外部の者や大阪地検内部の者から発覚することがないよ
うに十分留意するはずであるが,そのような形跡が一切うかがえないのは不自然で
ある,(い)妻に前記のような電子メールを送信し,知人らに不要不急の電話をかけ
るはずがない旨主張したのに対し,(あ)については,被告人両名は,大阪地検上層
部に対し本件虚偽過誤説明をして,その了承を得られれば,本件改ざんが発覚する
おそれは少ないと見込んだと考えるのが合理的であるところ,被告人両名は,2月
2日夕方に次席検事への報告をし,同月3日に検事正への報告を終えているが,そ
の内容は,本件過誤説明根拠に基づき,本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤
説明を行ったほか,Kは伝聞情報を基にEの改ざんを推測し,G事件の結論とプロ
パティ問題を分けることができず,「公表」,「調査・検討」などと言っているだ
けで,告訴狂と同じヒステリー状態であるなどと説明し,それを受けて,L及びJ
のいずれも,Kの態度に驚くとともに,本件データに関する問題については,取り
立てて書面にする必要もないということで了承したことにより,大阪地検上層部に
対する本件改ざんの隠蔽が成功したことになるから,それ以後,被告人両名が,E
やMを交えて,本件虚偽過誤説明の内容を更に詰める作業をしなかったとしても,
不自然ではないとし,(い)については,被告人両名は,2月2日朝の話し合いによ
り,被告人佐賀の2月1日E佐賀間電話の内容を踏まえて,本件過誤説明根拠があ
ることから,本件虚偽過誤説明により大阪地検上層部への報告を乗り切ることがで
き,また,G公判の進行状況やNらの求めていることからすれば,G事件の弁護人
らや検察庁内部から本件改ざんが発覚するおそれは少なく,大阪地検上層部への報
告を無事乗り切ることができれば,本件改ざんを隠蔽できるとの成算を得たといえ
るから,被告人大坪が,2月2日朝の被告人佐賀との話し合いの直後に,被告人大
坪の原審弁護人ら指摘のような安堵したことを示す行動に出ても,不自然な点はな
いとして,いずれの主張も排斥した(同第6の3(3)イ,エ。原判決99頁以下,1
02頁以下)。
そして,検事正への報告後の2月4日の罫紙メモの「リーク・最高検等-調査
指示-最悪」との記載は,被告人両名において,本件虚偽過誤説明により本件改ざ
んを過誤による改変にすり替えて隠蔽する手法は,大阪地検上層部に報告する限り
においては,成功する成算があるが,最高検の調査の対象になれば,そのような手
法は通らず,本件改ざんが露見する危険性が高いことを認識した上で,最高検に対
しては,同罫紙メモに記載されているように,「厳秘」という方針で対処すること
を考えていたことを裏付けているとし,これに反する被告人両名の各供述は,被告
人両名がEの本件虚偽過誤説明を真実だと考えていたのであれば,最高検の調査を
恐れる必要はなく,最高検に対して「厳秘」とする必要もないから不合理であるな
どとして,信用できないとした(同第6の3(3)ウ。原判決101頁以下)。
また,被告人両名がいずれも本件改ざんに関する動きについてその後任者に引き
継いでいないことも,大阪地検上層部への報告を終えたことで,本件改ざんが発覚
するおそれは低くなったと考え,危機感が薄れるとともに,そのような引継ぎをす
ることで,後任者が関心を持って調査をし,その結果,本件改ざんの隠蔽が発覚す
ることを恐れたためと考えるのが自然であり,前記(ア)の事実と整合していると判
示している(同第6の3(3)オ。原判決103頁)。
(5)EとMが謀略をしたとの被告人両名の原審弁護人らの主張について
被告人両名の原審弁護人らは,Eから本件改ざんの告白を受けたMが,Fから
Eの想定するような供述を得られなかったため,Eに本件改ざんをさせたとの自責
の念から,それを口外しなかったものの,本件プロパティ問題の顕在化とともに,
本件改ざんが発覚する不安を抑えられず,KやOに告白し,それが,Kを通じてN
や被告人佐賀の知るところとなったため,Eに対する強い負い目を持ち,その頃,
その旨Eと相談する中で,Eと共謀して,被告人両名には,本件虚偽過誤説明を報
告して本件改ざんを隠蔽することにし,2月1日E佐賀間電話及び2月2日E佐賀
間電話で,本件虚偽過誤説明に従った報告をし,被告人両名にこれを信用させたが,
9月19日になって,本件改ざん疑惑の情報がマスコミ関係者からLに伝えられた
ことが契機となって,Eは自己の証拠隠滅の,Mは自己の犯人隠避の,各刑責を減
じる情状事実として,1月30日にあったN見聞電話の相手をOからEにすり替え
ることで,被告人両名において本件改ざんを認識した上,EやMを巻き込む形で,
本件改ざんの隠蔽を図ったとの虚偽の話を作り出すことにし(以下「弁護人ら主張
謀略話」という。),その旨の虚偽の供述をするに至った旨主張するのに対し,こ
の主張を排斥して,以下のように判断している。
ア被告人両名の原審弁護人らの主張によれば,E及びMが弁護人ら主張謀略話
を考えついたのは,LがEから事情を聴取することになって,当時のQ特捜部長を
介してEに連絡した9月19日の夜から,Eが逮捕される9月21日午後8時45
分頃までの間ということになり,この間に,MとEにおいて,約8か月前の出来事
である1月30日にOと被告人佐賀が電話で話し合ったこと,それを副部長隣室で
同席していたNが見聞し,電話の相手をEと勘違いしている様子であったことを唐
突かつ鮮明に思い出し,その時間帯が,EのいわゆるR事件関係者の取調時間と矛
盾しないことを分析した上で,弁護人ら主張謀略話を考えつき,これを主張するこ
とで,自己の刑責を免れようと決意して,Eの逮捕が差し迫り,検察庁部内でも調
査が始まった中で,EとMが電話や立ち話を通じて弁護人ら主張謀略話を詰めたこ
とになるが,Eが逮捕されるまでの限られた時間の中で,最高検の捜査に耐え得る
ような弁護人ら主張謀略話を考えつくことは極めて困難であるし,被告人両名はも
とより,N,K及びOという,EやMの影響の及ばない第三者がどのような供述を
するかの予想もつかず,弁護人ら主張謀略話を主張するに当たっては,これらの者
が自己の供述と矛盾する供述をするかもしれない危険性も十分にありながら,E及
びMが,そのような危険性を顧みることなく,あえて弁護人ら主張謀略話によろう
と決意したというのは,極めて不自然であるほか,Eにおいて,被告人佐賀との間
で,2月1日E佐賀間電話及び2月2日E佐賀間電話をしているところ,弁護人ら
主張謀略話を企図するに当たって,E及びMにおいて,ありもしない1月30日の
Eと被告人佐賀間の電話をねつ造するよりも,2月1日E佐賀間電話,あるいは,
2月2日E佐賀間電話で,本件改ざんを告白したとする方が,はるかに容易で,被
告人両名はもとより,NやOら第三者の供述と矛盾する危険性も少ないのに,なぜ,
そのような方法を選ばなかったかについても,説明に窮することになる(「争点に
対する判断」第7の1。原判決104頁以下)。
イ被告人両名の原審弁護人らの主張によれば,E及びMは,少なくとも9月1
9日までは,被告人両名に本件虚偽過誤説明をすることで,自己の刑責を免れよう
と考え,それは成功裏に進んでいたのであるから,9月20日の段階において本件
改ざん疑惑がマスコミ関係者の知るところとなり,Eによる本件改ざん疑惑が露見
することが免れない情勢となっても,Mにおいては,被告人両名同様に,Eの本件
虚偽過誤説明を真実のものと信用した旨述べる方が,弁護人ら主張謀略話によるよ
りも,はるかに他の者の供述と矛盾する危険性が少ないと思われ,被告人両名の原
審弁護人らの主張を前提としたMの行動としても自然であるのに,そのような行動
を取らずに,他の者の供述と矛盾する危険性の高い弁護人ら主張謀略話によること
を決意したと考えるのは,ますます不自然というべきである(同第7の2。原判決
105頁以下)。
ウ被告人両名の原審弁護人らは,弁護人ら主張謀略話によることで,E及びM
は,それぞれの刑責を減じる情状事実を得ることとなり,それが自らを守り,ある
いは,互いに思慕し合うEないしMを守ることになることが,弁護人ら主張謀略話
によることを決意した動機である旨主張するが,弁護人ら主張謀略話によってE及
びMが得るものはせいぜい有利な情状事実というにすぎないし,さして重要な情状
事実ともいい難いのに,E及びMにおいて,自らにとって得るものが少なく,かつ,
本件虚偽過誤説明に比べてそれが虚偽であると露見する可能性がはるかに高くなる
弁護人ら主張謀略話を,E及びMとの間で,特段の確執もなく,むしろ,仕事を共
にし,その実力を高く評価してくれた被告人両名を陥れるばかりか,被告人両名が
自己の供述と相反する供述をすることが当然予想されるのもいとわず,更には,自
らも偽証罪に問われる危険を冒すことも顧みずに,採用することにしたと考えるの
は,困難である(同第7の3。原判決106頁)。
エ被告人両名の原審弁護人らの主張によれば,E及びMにおいてNらがどのよ
うな供述をするか予測もつかない中で短時間のうちに詰めた弁護人ら主張謀略話
が,その後の捜査の過程で,偶然にも,EやMの影響の及ばないK,O及びNがこ
の謀略話に沿った供述をしたばかりか,EやMの知り得ない佐賀執務記録等の内容
でも,この謀略話に沿った記載がなされていたことになるが,このような偶然が重
なること自体考え難いし,E及びMがそのような偶然を予見し,あるいは期待した
ということも考えられない。また,被告人両名の原審弁護人ら主張のように,E及
びMが,自らの弁護人らを通じ,あるいは,捜査官の顔色を見て通謀することによ
り,証拠に沿った虚偽供述を,互いに整合する形で,かつ,捜査機関の目をくらま
すほど精緻に行っていくことも,また極めて困難というべきである(同第7の4。原
判決106頁以下)。
(6)犯人隠避罪の成立
ア不作為による犯人隠避行為
以上の事実認定を前提として,被告人佐賀は,1月30日N見聞電話において,
Eから直接本件改ざんの告白を受け,被告人大坪は,2月1日午前9時40分過ぎ
頃,被告人佐賀からN見聞電話の報告を受けたことで,いずれもEが本件改ざんを
行い,証拠隠滅罪の犯人であることを知ったところ,被告人両名は,いずれも検事
として自らEに対する捜査を行う権限を有し,また,被告人大坪にあっては特捜部
長として,特捜部所属の検察官らを指揮してEに対する捜査を行い,被告人佐賀に
あっては特捜部副部長として,特捜部長である被告人大坪の命を受けて特捜部所属
の検察官らを指揮してEに対する捜査を行う権限を有していたから,これらを行使
して,Eに対して捜査を行うべき職責を有しており,また,それを容易に行い得る
状況にあったのに,被告人両名は,NやKの態度からして,被告人両名が本件改ざ
んに関して何らかの報告を大阪地検上層部に行うことは避けられない状況にはある
が,本件改ざんを本件虚偽過誤説明にすり替えた報告をすれば,本件過誤説明根拠
もあることから,大阪地検上層部から了承を得られる見込みが大きく,それによっ
て,NやKの動きも沈静化させることができ,さらに,G公判の状況からすれば,
G事件の弁護人らやFの弁護人らの動きから本件改ざんが発覚する可能性も低いと
考えるに至り,その上で,前記(4)イ(ウ)a記載の動機から,本件改ざんを本件虚偽
過誤説明にすり替えることにし,その旨大阪地検上層部に報告するとともに,Eに
対しては証拠隠滅罪の犯人として捜査を行わないことを決意したものであって,こ
こにおいて,被告人両名は,犯人隠避の共謀を遂げた上,被告人両名は,その共謀
に基づき,自らあるいは部下検察官を指揮して,Eに対する証拠隠滅罪の捜査をす
る権限と職責があったにもかかわらず,それを行わず,他方で,その間,NやKが
本件改ざんを行ったとの疑惑を有している状況において,以下のような行為を行う
中で,本件改ざんの本件虚偽過誤説明へのすり替えを確たるものにし,特捜部内あ
るいはG公判を担当するNに対し,上記捜査を行わないことに対する不信感を助長
せず,むしろ,その沈静化を図っていたものであって,このような被告人両名の不
作為は,犯人隠避罪にいう隠避行為に当たるというべきであると結論付けた(「争
点に対する判断」第8の1。原判決107頁以下)。
(ア)被告人大坪が被告人佐賀に指示をして,2月2日E佐賀間電話をし,そこ
で,Eに対し,Eの件は過誤で行くことに決定した,そこで,どのような説明が付
けられるのか,もう一度説明してほしいなどと指示して,本件過誤説明根拠や本件
虚偽過誤説明を少し膨らませた話を聞き取った。
(イ)2月8日,Eが,L及びJらに帰阪の挨拶をした後,被告人両名に報告に
行ったが,その際,被告人大坪から指示を受けた被告人佐賀は,Eに対し,何か聞
かれたときに本件データの改変が過誤だと説明できるような書面を作成しておくよ
うに指示した。
(ウ)被告人佐賀の上記指示を受けて,Eは,本件上申書を作成して被告人両名
に順次提出したが,その際,被告人大坪は,Eに対し,本件上申書に関し,Eが公
判請求後に本件フロッピーディスクの検証作業を行ったとする記載について,「こ
れだと何で君がこんなことをやったのか,後で記者連中にものすごい突っ込まれる
ぞ。」などと指摘し,より合理的な説明内容とするよう指示して,本件上申書をE
に差し戻した。
イ作為による犯人隠避行為
被告人両名は,2月2日夕方次席検事への報告を行い,2月3日午前11時頃,
検事正への報告を行ったが,その中で,被告人両名は,その詳しさの程度は別とし
て,L及びJに対し,本件改ざんのあったことを報告せずに,本件過誤説明根拠に
基づき,本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行った。その結果,L及
びJは,Eによる本件改ざんを認識することなく,したがって,Eが証拠隠滅罪の
犯人であることを認識しなかったため,大阪地検の検事正あるいは次席検事として,
捜査はもちろん,調査の必要性もないとの判断に至ったものであるから,被告人両
名の次席検事への報告及び検事正への報告が,犯人隠避罪の隠避行為に当たること
は明らかであると判示した(「争点に対する判断」第8の2。原判決109頁以下)。
2原判決の事実認定の当否
そこで,原審記録を調査し当審における事実取調べの結果も併せて検討するに,
原判決が以上摘示してきた判断に基づき,前記①ないし③の各事実,そして前記罪
となるべき事実を認定したことは,事実認定の結果及びその理由付け並びに被告人
両名の原審弁護人らの主張に対する判断を含め,全て正当なものとして是認するこ
とができるのであり(なお,法令適用の当否については,第3において判断を示す
こととする。),原判決には所論のいう事実誤認はない。
以下,付言するに,被告人両名の事実誤認に関する所論のうち,第一審において
主張されたものは,原判決が既に判断を示しているところ,原判決のこの判断は,
当審における所論を踏まえて検討しても,おおむね首肯できるところから,以下に
おいては,当審において新たに主張させた所論を中心に,必要な範囲で判断を示す
こととする。
(1)前提事実の認定及び争点設定について
原裁判所は,まず,関係各証拠から認められて,各当事者間にもおおむね争いの
ない前提事実を前提に,各当事者の主張を踏まえて,本件の事実認定上の具体的な
争点を前記①ないし③の事実の存否であると設定しているところ(原判決23頁以
下),この前提事実の認定に誤りはなく,事実認定上の争点の設定は適切というこ
とができる。
なお,原裁判所の争点の設定に関し,被告人大坪の弁護人らは,(あ)被告人大坪
がEの故意の改ざんであることをどの程度に認識していたのか,認識があったとし
て,どの程度確定的な認識であったか,また,(い)Eと佐賀との間の電話の内容が
どのようなものであり,それによって,被告人佐賀がEによる本件改ざんについて
どのように認識したのか,(う)Eから本件改ざんに関する告白を受けたことを被告
人佐賀が被告人大坪に報告したのか,報告をしたとすれば,いつ,いかなる内容の
報告を行ったのかについても,事実認定上の争点とすべきであった旨主張する(大
坪B趣意書9頁~14頁,大坪B趣意補充書5頁)。
しかし,所論指摘のいずれの点も,原裁判所が設定した事実認定上の争点を解明
する上でおのずから明らかになる事実であり,原判決も,前記1(2)において,1月
30日のE告白電話(N見聞電話)でのEの告白内容とともに,これを受けて被告
人佐賀がEによる故意による改ざんであると確定的に認識したことを認定し,前記
1(3)において,被告人佐賀がEの上記告白内容を被告人大坪に報告したことを認定
し,さらに,前記1(4)イ(ア)において,被告人両名が本件改ざんの隠蔽を決意した
ことを認定していることから,被告人大坪がEの故意による本件改ざんを確定的に
認識したことを含めて,その全てを認定していることは明らかである。しかも,原
審においては,各当事者が関与した公判前整理手続において各当事者の了解の下に
争点整理が行われた上,上記(あ)(い)(う)の各事実の存否ないし内容についても,
各当事者間における主張・立証が尽くされたものと認められるから,これらの点を
明示的な争点としなかった原裁判所の措置が不当とはいえず,上記主張は失当であ
る。
(2)事実認定上の争点及び罪となるべき事実に関する原判決の認定について
前記1のとおりの原判決の事実認定は,個々の争点について合理的な根拠を示し
つつ丁寧な認定判断を行っており,所論に鑑み検討しても,原判決が行った証拠の
信用性評価や証拠の総合判断について,論理則,経験則等に照らして不合理な点を
見出すことはできない。
そして,以下にみるとおり,少し異なった角度から関係各証拠を検討してみても,
前記1で摘示したような原判決による証拠の信用性評価や証拠の総合判断,そして
それらに基づく事実認定は,全て是認することができる。
アE及びMの各供述の信用性
原判決は,E及びMの各供述の信用性を認め,これらの供述を中心に,客観証拠
や関係者らの各供述を総合することにより事実認定をしているところ,原判決がE
及びMの各供述の信用性を認めた証拠評価は,合理的な根拠に基づくものとして十
分首肯することができる。
(ア)E及びMの各供述内容の自然さや合理性
aまず,E及びMの各供述は,それぞれの立場から自ら体験した事実及び得ら
れた認識等について述べたものとして内容的によく合致しており,相互に信用性を
補強する関係にあるだけでなく,内容としても,前提事実を踏まえた場合に,E及
びM並びに被告人両名を含む関係者らの立場や関係,置かれた状況や事態の推移,
そこからうかがわれる心理状態等のいずれの観点に照らしても,合理的で自然な流
れに沿うものであり,特に不自然・不合理な点は認められない。
b所論について
被告人両名の弁護人らは,E告白電話に関して,(あ)特捜部長との関係からは,
被告人佐賀が特捜部副部長として独自の行動をとる理由も必要性もなく,(い)被告
人佐賀は,H事件の捜査の状況や経過を把握しておらず,被告人大坪を差し置いて
事情を聴く立場にもなかったし,(う)実際に事情聴取するとなると,本件改ざんの
動機や態様,本件フロッピーディスクの還付等について詳細に聴取し,被告人大坪
に直ちに報告しているはずなのに,そのような形跡もなく,さらに,(え)EはR事
件の捜査のために東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)に応援派遣中であ
ったところ,派遣庁は応援検事の行動に口出ししないのが不文律であり,特にR事
件では一層の秘密保持が求められたことからも,被告人佐賀は,副部長として,部
長の了解を得ることなく,応援派遣中のEから事実確認をすることは,あり得ない
旨主張する(大坪弁論要旨3頁以下,佐賀弁論要旨6頁以下)。
しかし,被告人佐賀が,Eに電話をかけさせて本件改ざんの告白を受けたのは,
土曜日である1月30日に,被告人佐賀がKに呼び出されて,K及びMから,Eが
本件データを改ざんした疑いのあることを聞かされ,Kからは,上司への報告を強
く求められた状況の下であった。しかも,Kらから聞かされた内容は,自らの直属
の部下であり,社会的に注目されるH事件の捜査主任検事であったEが当該事件の
証拠を変造したというものであって,重大な職務犯罪で,かつ,検察庁全体の信用
を失墜させかねない重大な不祥事でもあった。そのため,被告人佐賀は,被告人大
坪に対しその第一報を入れる前提として,直属の部下で過去にも共に仕事をしたこ
とのあるEから,取り急ぎ本件改ざんの有無について確認しようとしたものと考え
られる。そうすると,この電話は,公式の事実調査ではなかったから,検察庁内に
おける報告や決裁のルールに必ずしもこだわる必要はなかったのであり,しかも,
Eが素直に本件改ざんを告白したことから,詳細な事実関係の確認までは要しなか
ったともいえる。さらに,被告人佐賀が,Eには,当日の取調べが終了後に電話を
かけさせているように,応援派遣先の東京地検にもそれなりの配慮をしていること
からすると,被告人佐賀が特捜部副部長の立場においてEに電話をかけさせるのは
自然なことであり,所論指摘の諸事情を考慮しても,これがあり得ないこととはい
えない。ちなみに,被告人佐賀は,本件データの改変問題に関して,被告人大坪の
指示に基づくとはいえ,2月1日及び同月2日にも応援派遣中のEに電話をかけ,
又はかけさせているのである。
したがって,上記主張は理由がない。
(イ)E及びMの各供述の他の証拠との整合性
aN,K及びOの各供述はいずれも,その内容の自然さや合理性,相互の合致,
虚偽の供述をする必要がない立場等に照らし十分信用できるところ,E及びMの各
供述は,N,K及びOの各供述だけではなく,以上5人の間の携帯電話による通話
や電子メールの通信履歴(原判決別紙「Kら通信履歴一覧表」参照),Eの東京拘置
所における取調時刻やMの退庁時刻等に関する客観証拠とも整合しており,佐賀執
務記録等の記載内容とも矛盾なく理解できるものであり,被告人大坪が妻への話や
妻子に宛てた電子メールの内容からうかがわれる同被告人の心境の変化をもたらし
た背景事情としても自然なものであって,これらの関係者らの供述や客観証拠によ
って裏付けられている。
bN供述に関する所論について
(a)被告人佐賀の弁護人らは,N供述の信用性を争い,責任を問われるおそれ
のあったNは保身のために最高検に迎合した供述に終始しており,供述内容にも,
不自然な変遷があるほか,曖昧な記憶のごまかしや断定できないことの断定がみら
れるなどと主張するが(佐賀趣意書19頁以下,66頁以下,107頁以下,佐賀
趣意補充書(2)8頁以下等),Nは,関係各証拠から,Kには上司への報告を指示し,
被告人両名にも大阪地検上層部への報告を進言するなど,検察官として適切な対応
をしていたと認められるから,責任を問われるおそれはなく,原判決も指摘するよ
うに,その供述態度は真摯なもので,所論を踏まえても,供述内容は一貫している
といえるのであり,保身のために最高検に迎合した供述をしたとは認められない。
(b)被告人佐賀の弁護人らは,NはN見聞電話においてEが本件改ざんを告白
したとの確信を有していたとはいえないから,この点に関してN供述がE及びMの
各供述の信用性を裏付けるとはいえない旨主張する(佐賀趣意書29頁以下,12
4頁以下,佐賀趣意補充書⑵13頁以下等)。
しかし,N供述によれば,Nは,Kから,Eの本件改ざん疑惑に関する被告人佐
賀とのやり取りを聞き,被告人佐賀の態度に疑念を覚え,副部長隣室に赴いたので
あり(原審第2回公判6頁以下),N見聞電話の際も,被告人佐賀の発言内容や態
度を注視していたところ,被告人佐賀が,電話の途中で電話の相手に,「そんなこと
ができるんか。」,「結局どうなっとるっちゅうことや。」などと尋ね,電話を終えた
後,がっくりとうなだれて涙を流したことから,Nが「認めたんですよね。」と尋
ねると,被告人佐賀が首を縦に振り,「認めた。」などと答えた,というのである
から(原審第2回公判9頁以下),そのような状況を通じて,Nにおいて,EがN
見聞電話で本件改ざんを告白したと確信したことは明らかであるし,所論指摘のN
の言動や態度がその確信の存在に疑問を生じさせるものとはいえない。
(c)したがって,N供述の信用性に関する主張はいずれも理由がない。
c佐賀執務記録等に関する所論について
被告人佐賀の弁護人らは,原判決別紙「佐賀執務記録等一覧表」中のA・罫紙メ
モ①の記載は,M供述によれば,Eからの電話を待っている場面で作成されたとい
うのであり,MやNの説明が几帳面に記載されているのに,Eからの説明が記載さ
れていないし,「E事実確認東京→帰阪」などというEが帰阪後に事実確認す
る旨の記載は,Eの電話を待っていたことと矛盾するなどとして,佐賀執務記録に
E告白電話に関する記載のないことは,E告白電話などなかったことを裏付けてお
り,その記載内容はE告白電話の存在と矛盾する旨主張する(佐賀趣意書22頁以
下,93頁以下,佐賀趣意補充書⑵82頁以下)。
しかし,被告人佐賀は,E告白電話と同様に被告人大坪に報告すべきO電話につ
いても記載していないし,E告白電話があったとしても,Eが帰阪した後に,なお
必要な事実確認をすることも十分に想定されたことは,原判決が説示するとおりで
ある(原判決50頁以下)。さらに,1月30日の時点では,被告人大坪に報告す
る前であったため,本件改ざん問題に対する特捜部としての対処方針が固まってい
なかっただけではなく,被告人佐賀には,一方で何とかEをかばえないかとの思い
がある反面,他方でEをかばおうとすれば違法行為に及ばざるを得なくなるかもし
れないとの懸念ないし後ろめたさもあったことから,Eから告白を受けた本件改ざ
んという犯罪行為をそのまま記録化することを控えたとも考えられるのである。し
たがって,上記主張も理由がない。
イ被告人両名の各供述の信用性
他方,原判決は,E及びMの各供述等に抵触する被告人両名の各供述の信用性を
否定して排斥しているところ,この証拠評価も,以下にみる理由によって是認する
ことができる。すなわち,
(ア)まず,被告人両名の各供述は,証拠上明らかな事実に照らしても,その信
用性には根本的な疑問を免れない。
a前提事実に加えて,被告人両名の事件当時の認識内容に関し,両名の供述と
他の関係者らの供述との間でおおむね矛盾のないものとして,以下の事実を認める
ことができる。
(a)1月27日のG事件公判で,同事件の弁護人らがプロパティ問題を指摘し
て,この問題が顕在化し,特捜部でも,被告人大坪を中心に,プロパティ問題への
対応が協議され,その際,被告人両名も,改変される前の本件データの内容を記載
したI報告書が作成されて,既に同事件の弁護人らに開示されているが,Fが作成
したとされる内容虚偽の公的証明書のデータの最終更新日時については,平成16
年6月1日とするI報告書の記載と同事件における検察官の主張とが矛盾を来して
いることを認識するに至った。そして,Mからは,検察官の主張を前提とした場合,
G事件に係る虚偽公文書が作成された日は同月4日以降と想定されるなどと説明を
受け,Pからは,正確には同月8日以降となるはずであるとの指摘を受けた(原審
第11回公判39頁~52頁,第15回公判16頁~21頁,159頁~163頁)。
(b)1月30日,被告人佐賀は,Kから呼び出されて登庁し,午後5時ころか
ら,K及びMの話を聞いたが,その際,Mからは,Eが,私物のパソコンに入れた
特殊なソフトで,本件データの更新日時を書き換えておいたと話したことを聞き,
また,Kからは,東京でもOがEから確認を取った,副部長はこの件をもみ消すつ
もりかなどと言われ,検事正,次席検事への報告やGを起訴した経緯の調査を要求
されたほか,Gは無実であり,仮にこの件を隠すようであれば,自分が辞職して公
表するなどと訴えられたことから,Kと口論になった。その後,被告人佐賀は,副
部長隣室で,Mと缶ビールを飲みながら話をした際,同室を訪れたNからも,Eは
改ざんしていると思う,この件は公判部長に報告したいと言われ,自分も部長を通
じて次席,検事正に報告しようと思うと答えた(原審第11回公判57頁~93頁
等)。
(c)2月1日午前9時15分頃,被告人佐賀が登庁すると,Nが待っていたこ
とから,被告人佐賀は,このNの行動について,Eの改ざんの件を被告人大坪に報
告するのであれば同席させてほしいとの趣旨であろうと理解した(原審第11回公
判140頁以下)。
(d)同日午前9時40分以降,被告人両名は,Mらも加わるなどして断続的に
話し合いを行ったが,その場で,被告人佐賀が被告人大坪に上記(b)(c)の各事実
経過を報告して,これらの事実が被告人両名の共通の認識となった。その結果,被
告人大坪は,Eの本件改ざんの責任を取って自らも検察官を辞職せざるを得なくな
るかもしれないとの心境に陥り,また,被告人佐賀も,辞職は覚悟の上でこれに対
処しなければならないと認識していた(原審第11回公判140頁~153頁,第
12回公判10頁~16頁,22頁,第15回公判23頁~49頁等)。
bところが,被告人両名は,前提事実に加え,上記aで認定した事実経過及び
認識のあったことはおおむね認めながらも,次のように,当時は,Eの本件虚偽過
誤説明を信じており,Eが故意に本件データを改ざんしたとの認識はなかった旨供
述している。すなわち,
(a)被告人佐賀は,1月30日夜,Eと電話で話したことはなく,したがって,
被告人佐賀は,この時点で,本件改ざんがあったことは認識していなかった(原審
第11回公判2頁,129頁~140頁等)。
(b)被告人佐賀は,2月1日,自己の認識に従って,被告人大坪に対し,M,
K及びNらの間で,不確定な情報として,Eが改ざんをしたとの話がある旨報告し
たものであり,したがって,被告人大坪も,この時点で,被告人佐賀同様に,本件
改ざんがあったことを認識してはいなかった(原審第11回公判143頁以下,第
15回公判24頁~30頁等)。
(c)被告人佐賀は,被告人大坪の指示を受けて,同日,Eに電話で確認したと
ころ,Eから,過誤で本件データを改変した可能性がある旨の報告を受けたので,
同月2日,被告人大坪にその旨報告し,ここにおいて,被告人両名は,Eが過誤で
本件データを改変した可能性があるとの認識を共通にして,以後,9月21日にE
が逮捕される直前まで,その共通認識に従って行動していた(原審第12回公判2
3頁~60頁等,第15回公判38頁~40頁,49頁~57頁等)。
cしかしながら,被告人両名の上記各供述は,前記aの認定事実に照らして,
その信用性に重大な疑問があるというべきである。すなわち,
(a)まず,本件フロッピーディスクに記録された本件データは,H事件におい
てFが内容虚偽の公的証明書を作成した事実を明らかにする客観証拠であり,とり
わけ公的証明書のデータの作成時期や更新時期は,関係者が供述するところの,G
がFに公的証明書の作成を指示したとされる時期,すなわち,本件虚偽有印公文書
作成に関する共謀成立時期との整合性の有無を確認し,上記関係者の供述の信用性
を検討する上で非常に重要な客観的データというべきであるから,同事件の帰趨も
決しかねないという意味において,同事件における最重要の客観証拠ということが
できる。
また,被告人両名は,その述べるところによっても,主任検事としてH事件の捜
査を指揮していたEが,本件データを改変したかもしれないことは認識していたと
ころ,これが故意による改ざんであれば,部下である現職検察官による重大な職務
犯罪となり,しかも,上記のとおりH事件の帰趨をも決しかねない最重要の客観証
拠について,捜査主任検事がその内容を故意に改変したものとして,同事件におけ
る検察官の立証計画に重大な欠陥のあることをうかがわせることにもなる事態であ
った。また仮に,過失による改変にとどまるにしても,捜査主任検事が最重要の客
観証拠であるデータに手を加えて改変するという極めて重大な事務過誤を犯したこ
ととなって,同事件の立証を基礎付けている客観証拠の内容の真実性,更には同事
件における捜査全般の適正さにも重大な疑問を生じさせかねない事態となるのであ
る。加えて,同事件が中央官庁であるHの現職の局長による重大な職務犯罪を摘発
したという社会的にも注目を浴びている事件であったことにも照らせば,故意又は
過失のいずれの場合であっても,E個人にとどまらず検察庁全体に対する信頼を大
きく傷付け,刑事司法の威信をも損なうおそれのある重大な不祥事になることは必
定というべきである。したがって,いずれにしても,Eの直属の上司である被告人
両名としては,Eによる職務犯罪ないし事務過誤の詳細を早急に明らかにして,検
察庁ないし刑事司法の自浄作用を迅速に機能させることにより,検察庁に対する信
頼や刑事司法の威信をできるだけ保持するとともに,同事件に関する公正な公判審
理を早期に進行させるためにも,その全容の解明が急務であった。そして,その手
段としては,E本人のほかMら事情を知る関係者に対する事情聴取や報告書の提出
指示,Eがデータの改変に使用したパソコン及び本件データのコピーを記録するメ
モリーの確保及び調査,F側に還付された本件フロッピーディスクの調査への弁護
人らの協力要請などがあり得たのである。
さらに,被告人両名の供述するところによっても,被告人両名は,1月27日に
プロパティ問題の存在を知り,同月30日には,被告人佐賀が,特捜部所属のMか
ら,Eが,私物のパソコンに入れている特殊なソフトで本件データの更新日時を書
き換えておいたと言った旨聞かされ,また,同じく特捜部所属のKからは,検事正
や次席検事への報告,Gを起訴した経緯の調査を要求され,Gは無実であり,この
件を隠すようであれば,自分が辞職して公表するなどと言われ,副部長はこの件を
もみ消すつもりかなどと迫られたほか,H事件の公判に主任検事として立会してい
る公判部所属のNからも,Eは改ざんしていると思う,この件は公判部長に報告し
たいと言われ,部長を通じて次席検事や検事正に報告しようと思うと答えていると
ころ,このような事実経過は,被告人佐賀から被告人大坪にも報告されて,被告人
大坪は,責任を取って辞職せざるを得なくなるかもしれないとの心境に陥り,被告
人佐賀も,辞職覚悟で対処しなければならないとの認識を抱いた,というのである。
このような状況において,被告人両名は,特捜部の部長又は副部長として,本件
データのH事件における証拠としての重要性を十分に認識しており,その改変がも
たらす前記のような重大な悪影響も当然に理解していたと考えられるところ,部下
のMから,Eが本件データを改ざんしたと話すのを聞いた旨の報告を受け,同じく
部下のKや同事件の公判主任検事であるNからは,本件改ざんの検事正や次席検事
への報告等を強く求められたのであるから,Eによる本件改ざん疑惑について,そ
の全容解明に向けた組織的な対処が急務であって,早急に上記のような調査活動に
着手すべきことも,十分に理解していたと考えられる。
(b)ところが,被告人両名は,その供述するところによっても,2月1日及び
同月2日の二度にわたり,被告人佐賀が東京に派遣されているEから電話で事情を
聴取しただけで,Eの本件虚偽過誤説明を信じたとして,Mには対応策の検討に参
加させるにとどめ,同月2日,次席検事のJに対し,Eから聴取した本件虚偽過誤
説明が真実であることを前提に,Eが過失により本件データを改変したかもしれな
い,Kは確たる情報もなく改ざんと騒いでいるにすぎないなどと報告し,その内容
を書面化せず口頭報告にとどめることでJの了承を得,また,同月3日には,検事
正のLに対しても,同旨の報告をして,同様の了承を得ており,その後は,同月5
日に帰阪したEを叱責し,同月10日には,Eから,被告人佐賀の指示により作成
された本件虚偽過誤説明に関する本件上申書をそれぞれ受け取り,被告人佐賀がE
をして本件データの改変に関する状況を実演させたのみで,それ以上の調査活動等
は全く行わないまま,本件データの改変問題について,本件上申書を保存するなど
して記録化しておくことも,被告人両名が4月時点で転出した際に後任者に引き継
ぐこともしなかった,というのである。
このようにEの本件虚偽過誤説明を信じてしまった理由について,被告人両名は,
改変される前の本件データの内容を記載したI報告書が存在して,弁護側にも開示
されており,また,本件データを記録した本件フロッピーディスクもF側に還付さ
れているから,Eが意図的に改変したものでないことを裏付ける客観的根拠があっ
た旨主張する。しかし,I報告書は,MがFを取り調べる際に使用するいわゆる示
し取りのため立会事務官に作成させた捜査報告書にすぎず,捜査主任検事であるE
がその存在について十分に認識していなくても不自然ではない。他方,本件データ
は,前記のようにH事件における最重要の客観証拠であり,その内容の書き換えが
可能な形態で記録されている本件フロッピーディスクを被疑者に還付するなどとい
うことは,通常はあり得ないことであるのに,EがMの「還付不可」という意見を
覆してこのような重要証拠をあえて還付していることからすると,Eが不用意に還
付したというのではなく,むしろ,Eが供述するように,その証拠開示を回避しよ
うとしたか,あるいは,検察官の主張に沿った内容の証拠を被疑者側に送り込もう
とするなど,Eにおける何らかの積極的な意図や目的があったことをうかがわせる
事情というべきである。したがって,被告人両名の指摘する上記各事情は,Eの本
件虚偽過誤説明を信ずる理由としては根拠薄弱というほかない。
(c)そうすると,被告人両名は,Eによる本件データの改変の可能性を知り,
故意による改ざんの可能性も認識し,現に改ざんであると主張する部下の検察官も
いるという状況の下で,本件データの改変について,十分な裏付けもないまま,E
の本件虚偽過誤説明を信じたとして,Eからの電話による事情聴取や本件上申書の
提出以外にはさしたる調査等を行わず,記録化も後任者への引継ぎもしないまま放
置し続けたものであり,その行動はいかにも不可解なものというほかはない。すな
わち,被告人両名の各供述の信用性には,被告人両名が認めざるを得ない事実関係
に照らしても,根本的な疑問があるというべきである。
(イ)以上検討してきたところにとどまらず,被告人両名の各供述の信用性には,
E及びMの各供述以外の関係証拠との対比においても,被告人両名が自認する事実
関係に照らしても,重大な疑問が残るというべきである。
a前記①の事実(E告白電話による被告人佐賀の本件改ざんの認識取得)を否
認する被告人両名の各供述の信用性について
(a)被告人佐賀は,1月30日のN見聞電話について,OからのO電話であっ
た旨供述して,前記①の事実を否認しているところ(原審第11回公判2頁,97
頁~119頁,第13回公判136頁~147頁等),N見聞電話において,Eが
被告人佐賀に本件改ざんを告白したことは,N供述からも認定できる(原審第2回
公判9頁~13頁等)のに対して,被告人佐賀の供述は,N供述にある被告人佐賀
の発言内容や態度等に沿わないだけでなく,原判決が説示するとおり,O,K及び
Nの各供述に,E及びMも加えた5人の携帯電話による通話や電子メールのやり取
りの状況から認められるO電話の時刻とも整合しないものであって(原判決47頁
以下),信用性に欠けるというべきである。
(b)所論について
i被告人佐賀の弁護人らは,被告人佐賀作成に係る,2月1日E佐賀間電話が
される前の状況に関する執務記録2010年(平成22年)版(原審検甲76号証
)中の平成23年2月21日(月)から同月27日(日)までの欄(反訳は原審検
甲101号証,弁書2号証3頁。なお,原判決別紙佐賀執務記録等一覧表C・執務
記録トピック欄②はその一部)における記載中,Kからの「D(特捜部長)への報
告が今日になるとは遅すぎる」との指摘に対し,「上記2①②(Eが不在で,改ざ
んしたとされるデータも手元にないこと)に照らし何を報告できるのか!」との記
載,Kからの「SD(特捜部副部長)は逃げようとしている」との指摘に対し,被
告人佐賀が「部・部員を守るのは当然のこと伝聞で判断するな」と言ったとの記
載,さらに,「KのEが辞職に追い込まれてもやむなし~との考えには意外としか
言い様がない」との記載について,被告人佐賀がEから本件改ざんの告白を受けて
いなかったことを示すものであって,被告人佐賀の供述の信用性を裏付けている旨
主張する(佐賀趣意書89頁以下,佐賀趣意補充書(2)77頁以下)。
しかし,Kが,本件改ざんの情報を得て,Eが辞職に追い込まれてもやむを得な
いほどの重大な犯罪行為であると認識し,すぐに被告人佐賀に報告したというのに,
被告人佐賀が早急にその情報を被告人大坪に報告しなかったことを責めるのは当然
のことであって,これに対し,被告人佐賀が上記執務記録にあるような対応をして
感想を持つことは,その後の被告人佐賀の一連の言動からもうかがわれるとおり,
Eを守り組織を守ろうとする思いから出たものと理解することができる。したがっ
て,執務記録中の上記記載は,被告人佐賀がEの告白を受けていなかったことを示
すものとはいえないから,上記主張は理由がない。
ii被告人佐賀の弁護人らは,E告白電話をNから聞いてOに伝えたとするK供
述について,Kが同電話を認識したはずの1月31日午前零時頃以後,Oに対して
同電話について一切伝えた形跡がなく,同日午前3時21分のOのKに対する電子
メールによると,同電話に関する情報がKからOにはもたらされていなかったこと
を示しているから,上記K供述は信用できず,これらの事情は,K自身がその情報
に接していなかったことを示すものであって,E告白電話がなかったことの証左で
もある旨主張する(佐賀趣意書32頁以下,270頁以下)。
しかし,Kは,1月30日深夜,NからE告白電話について知らされたが,その
頃,Oから,これからEと飲む旨の電子メール(1月31日午前0時14分)を受
け取ったため,あえて自分からOに言う必要はないと判断して伝えなかったところ,
午前3時21分にOから弁護人ら指摘の上記電子メールを受け取って,OがEから
は聞かされなかったことが分かったので,午前3時46分の電話でE告白電話につ
いてOに伝えたと供述している(原審第3回公判21頁~25頁)。そして,Kの
この供述は,上記各電子メール前後の状況に照らして,自然で合理的なものといえ
るから,その信用性に疑問の余地はなく,したがって,上記主張も理由がない。
iii被告人佐賀の弁護人らは,原判決が,O電話があったのはせいぜい1月30
日午後7時30分頃から同日午後8時過ぎであるのに対し,N見聞電話があったの
は早くても同日午後9時ないし10時以降であることを理由に,N見聞電話をO電
話と考えるのは時間的な経緯からも困難であると判断したことについて,O電話の
時期に関するOの供述は断定的なものではないし,Oが午後8時8分にKとMに送
信した「今晩,Eの都合がつけば今日のことをEに伝えようと思う」との電子メー
ルにおける「今日のこと」とは,改ざん疑惑が被告人佐賀に伝わったことであり,
Oは,Eと話そうと思った理由として,被告人佐賀と電話で話したことを挙げてい
ないから,上記電子メールが被告人佐賀との電話の後のものであった必然性はなく,
しかも,Kは,午後8時19分,Oに対し,被告人佐賀への報告の事実をEに伝え
ることに反対する電子メールを送信しているのであり,Oがその電子メールを受け
たからこそ,Mに報告状況を確認するために電話したと考えられることからすると,
O電話は早くても午後8時19分以後でなければならない旨主張する(佐賀趣意書
146頁以下,佐賀趣意補充書⑴3頁及び別紙2,佐賀趣意補充書⑵16頁以下)。
しかし,被告人佐賀と電話で話をしたのがKの電話を終えた直後頃と思うとする
O供述(原審検甲42号証)の信用性に疑問の余地はなく,Kの上記電話は午後7
時24分にかけられたものと認められる(原審検甲106号証)。しかも,Oが,
本件改ざんの上司への報告を自分たちで行うのかE本人に任せるのかについて,K
らと意見を交換していた状況下で,Kが被告人佐賀に報告したことを知って,Mに
も報告状況を確認するために電話をすることは自然なことであり,Oも,O電話の
際,Mから被告人佐賀に替わった記憶はないが,Mに報告状況を確認するために電
話したことは当然あり得ると供述している(原審検甲42号証)。また,Oは,E
の希望に反して,本件改ざんの件が被告人佐賀に報告されて,Eを裏切ったような
気になって,Eと会うことにしたというのであるから(同上),Eと会う理由とし
て,自分が被告人佐賀と話したことを特に指摘していなくても不自然ではない。さ
らに,Oは,被告人佐賀と電話をした時期について,Kとの上記電話の直後頃と供
述するだけで,その後の電子メールとの時期的な関係や電子メールが契機となって
電話したなどとは供述していないのである。したがって,上記主張も理由がない。
b前記②の事実(被告人佐賀からのE告白電話の報告による被告人大坪の本件
改ざんの認識取得)を否認する被告人両名の各供述の信用性について
(a)被告人両名は,前記①の事実がなかったことを前提に,前記②の事実を否
認するところ(原審第11回公判129頁~132頁,143頁~144頁,第1
5回公判2頁~6頁等),原判決が説示するとおり,被告人佐賀は,1月30日の
E告白電話において,Eから本件改ざんの告白を受けたと認められる以上,特捜部
の副部長として,特捜部長である被告人大坪に対して,同部に関わる重要事項であ
るEによる本件改ざんの告白の事実を隠すことなく報告したものと合理的に推認す
ることができる(原判決56頁以下)。
i付言すれば,前記のような本件改ざんの問題の重大性や深刻さからすると,被
告人佐賀として,本件改ざんの問題が同被告人限りで対処できる事柄でなかったこ
とは明らかであるし,このような検察組織全体にとっての重大事項を上司に報告す
ることなく抱え込めば,自ら窮地に陥らざるを得ないことは,組織人として当然に
理解していたと考えられるところ,被告人佐賀自身も,1月30日にEから本件改
ざんの告白を受けていたのであれば,被告人大坪に報告しなければならないという
ことを認めているのである(原審第11回公判131頁)。したがって,前記のと
おり,前記①の事実が明確に認められる以上,被告人佐賀がその事実を被告人大坪
に報告したことは明らかであって,これに反する被告人佐賀の供述はその前提を欠
くというほかない。
ii被告人大坪の供述についてみても,上記のとおり,被告人大坪は被告人佐賀
からEによる本件改ざんについて報告を受けたと認められる以上,これまた前提を
欠くものである。のみならず,被告人大坪は,その供述するところによっても,2
月1日午前9時40分過ぎころ以降に,被告人佐賀から,1月30日に,Mから本
件改ざんの話を聞いたというKやNから,Eによる故意の改ざんであることを前提
に,上司への報告等を強く求められたなどとの報告を受け,深刻に受けとめて,2
月2日未明には,自らも責任をとって辞職せざるを得なくなるかもしれないという
心境に陥ったというのに(原審第15回公判23頁以下,44頁以下),同日,被
告人佐賀から,前日からの2度の電話によるEに対する事情聴取の結果報告を受け
たのみで,Eの本件虚偽過誤説明について特段の裏付けを取ることもなく鵜呑みに
して,同日夕刻には,次席検事に対し,故意による改ざんの可能性はなく,KがE
による改ざんと騒いでいるのは根拠に乏しいものとして批判し,Eの過誤により本
件データが改変された可能性があるにとどまるとの報告を行い,翌日午前には,検
事正にも同旨の報告をして,その後は,Eに本件上申書を提出させた以外には,本
件データの改変問題について,何らの調査等も行うことなく,本件上申書を保存す
るなど記録化することも,後任者に引き継ぐこともしなかったというのである(原
審第15回公判49頁以下,63頁以下,74頁以下,80頁以下,84頁以下)。
このような被告人大坪の本件改ざん疑惑に対する対応状況は,同被告人自身も認め
る事態の深刻さと対比すると,特捜部長という要職にある者としては,検察組織や
H事件の公判審理に対する重大な悪影響への配慮を欠き,組織人としての慎重さや
注意深さにも欠けた短絡的かつ独善的なものといわざるを得ないのであって,その
供述自体,あまりにも不自然,不合理というべきである。
そうすると,前記②の事実を否認する被告人両名の各供述はそのいずれについて
も信用することが困難である。
(b)所論について
i被告人大坪の弁護人らは,仮にE告白電話があったとしても,この電話の内容
を被告人佐賀が被告人大坪に報告したことを直接裏付ける証拠はなく,原判決の認
定する事情からは,被告人佐賀が同電話を被告人大坪に報告したとは合理的に推認
できないのであり,むしろ,(あ)被告人佐賀が一時は独断で本件フロッピーディス
クを回収しようとし,(い)K供述によっても,被告人佐賀が被告人大坪への報告を
嫌がっており,(う)飲酒の影響により,被告人佐賀の記憶が減退し変容している可
能性もあるほか,被告人佐賀は,(え)1月30日の出来事について,被告人大坪に
は2月1日まで報告しておらず,(お)被告人大坪からは応援派遣中のEに連絡を取
らないよう指示を受けていたという事情からすると,被告人佐賀は,E告白電話を
被告人大坪に報告していない合理的な疑いが残る旨主張する(大坪B趣意書18頁
以下)。
しかし,前記第2の1(3)で摘示したように,原判決が,被告人佐賀は,その立場
やEからの告白内容の重大性に照らし,2月1日朝一番にEから告白を受けた事実
を被告人大坪に報告したと考えるのが合理的であること,被告人大坪が被告人佐賀
の報告を受けて激高したことを自然に理解できること,被告人大坪が述べる当日の
心情ともよく整合することを理由として,前記②の事実,すなわち,2月1日午前
9時40分過ぎ頃,被告人大坪が被告人佐賀からE告白電話の報告を受けて,本件
改ざんの事実を認識するに至ったとの事実を推認しているところ,この推認は,所
論に鑑み検討しても,十分な根拠に基づく合理的なものと認められる。
そして,所論指摘の(あ)の点は,Fの弁護人が知り合いであったとして,被告人
佐賀がその場での思い付きをNらの面前で口にしたにすぎないものと考えられるの
であり,現に被告人佐賀は本件フロッピーディスクを回収しようとする行動には及
んでいない。また,同(い)(う)(え)の点は,当日の1月30日は土曜日であり,被
告人佐賀も,私的な会合への出席が予定される中で,Kに呼び出されて登庁し,E
の本件改ざんについてKやM,Nらとやり取りを続けた挙げ句,同会合への出席も
キャンセルせざるを得なくなった状況において,Kとやり取りをした午後5時頃か
ら午後7時頃までの時点では,本件改ざんに関する裏付けがなかったために,Kか
ら即時上司への報告を求められても,被告人大坪に報告するだけの確実な情報がな
かったともいえる。また,E告白電話を終えた後についてみても,既に午後11時
を大幅に過ぎており,被告人佐賀自身が飲酒していたこともあって,すぐの報告を
控えて,翌31日の日曜日に,同電話の内容やK,N及びMとのやり取りを思い出
しながら,自分なりに分析検討を加えた上,2月1日月曜日の朝一番に,被告人大
坪に対してE告白電話を含む1月30日の出来事をまとめて報告したものとも考え
られる。さらに,上記(お)の点も,E告白電話の内容の重大性に照らすと,被告人
大坪に対する報告をためらわせるに足りるものではないから,所論指摘の諸事情は
いずれも原判決の上記推認を妨げるものとはいえない。
そうすると,被告人佐賀の被告人大坪に対するE告白電話の報告の事実を否認す
る被告人両名の各供述の信用性を否定して,前記事情から上記報告の事実が推認で
きるとした原判決の判断は合理的なものとして是認できるのであり,これを争う上
記主張は理由がない。
ii被告人大坪の弁護人らは,被告人佐賀がEによる本件改ざんについて被告人
大坪に報告したのであれば,被告人佐賀は,被告人大坪に対しては終始従属的な役
割を果たし,被告人大坪の指示に忠実に従っていただけであるから,上記報告の点
を含めて,検察官の主張事実に沿う供述をすれば,逮捕されることはなく,刑事処
分も起訴猶予か略式命令程度の相当軽いものにとどまり,法曹資格を失うこともな
かったのに,被告人佐賀が,Eによる本件改ざんを被告人大坪に報告したことを一
貫して否定していることは,被告人佐賀から被告人大坪への本件改ざんに関する報
告がなかったことの証左である旨主張する(大坪B趣意書26頁,大坪B趣意補充
書21頁以下,大坪弁論要旨9頁以下)。
しかし,被告人佐賀は,その供述する事実経過に照らしても,最初に,Eから直
接本件改ざんの告白を受け,以後,被告人大坪と緊密に連携を取り,その指示に従
いながらも,2度にわたり電話でEから事情聴取を行い,帰阪後のEを叱責したほ
か,収集した情報を整理し,自らの考えも加えて,随時,被告人大坪に報告を上げ
て対応策の協議を重ねており,また,1月30日に本件改ざんの事実を知って以降
は,何とかしてEを救いたい,そのためできるだけ事を荒立てたくないとの思いを
にじませる言動に終始していたといえるのであり,このような被告人佐賀の担った
実働部隊としての役割や被告人大坪との間の緊密な連携状況,被告人佐賀の心情か
らうかがわれる犯人隠避に向けた積極的な姿勢も考慮すると,被告人佐賀は,本件
犯人隠避事件において,被告人大坪と車の両輪ともいえるほどの重要な役割を果た
したと評価することができる。したがって,上記主張も採用できない。
c前記③の事実(被告人両名による本件改ざん隠蔽の決意)を否認する被告人
両名の各供述の信用性について
被告人両名は,前記①及び②の各事実がなかったことを前提に,前記③の事実を
否認するところ(原審第13回公判16頁~24頁,第15回公判5頁等),その
前提を欠くことは,以上みてきたところからも明らかである。
のみならず,前記(ア)で指摘したところの,被告人両名の各供述の信用性に対す
る根本的な疑問は,前記③の事実が存在することによって初めて全て解消されるこ
とになるのである。すなわち,1月30日,被告人佐賀がEから本件データの意図
的な改ざん行為として本件改ざんの告白を受けて,2月1日,これを被告人大坪に
報告したことにより,本件改ざんの事実が被告人両名共通の認識となったことから,
この時点において,被告人両名にとっては,この問題を正面から受けとめて,問題
状況を直ちにありのまま上司である次席検事や検事正に報告し,上司ないし上級庁
の指揮を受けながら,組織を挙げて裏付けのための調査ないし捜査を慎重かつ迅速
に進めるという方針で行くのか,自らの保身ないし特捜部や大阪地検ないし検察庁
全体の組織防衛のために,あるいはH事件の公判審理における検察官の立場の悪化
を防止するために,もみ消し工作を図る方針を採るのか,重大な選択を迫られるこ
とになった。そのことに伴う苦渋の心境は,2月2日未明の被告人大坪の電子メー
ルの内容等からもうかがわれるところである。そして,前記のような2月2日以降
の被告人両名の一連の行動は,被告人両名が,前記③の事実のとおり,後者を選択
することにより必死にもみ消し工作を図ったものと考えることによって,Eによる
本件改ざんの問題について,上司には,故意による改ざんの可能性を全面的に否定
して,上司や上級庁からの動きを封じるとともに,特捜部内の検察官らや公判部に
は,上司への報告を済ませたとしてその動きを封じて,調査等による事案の解明も
記録化も後任者への引継ぎもしないまま,過誤によるデータの改変の可能性の問題
に強いて矮小化しようとしたものと理解できるのであり,本件改ざんのもみ消しの
目的に沿った合理的かつ合目的的な行動として得心できるのである。
そうすると,前記③の事実を否認する被告人両名の各供述を信用することも困難
というほかない。
(ウ)以上のとおり,被告人両名の各供述のうち,前記①ないし③の各事実を否
認する部分は,信用できないというべきである。
ウ原判決の事実認定の当否
(ア)以上のとおり,原判決が証拠評価したとおり,E及びMの各供述は全般的
に信用できるのに対し,前記①ないし③の各事実を否認する被告人両名の各供述は
信用できないところ,信用できるE及びMの各供述を中心とする関係各証拠に基づ
き前記①ないし③の各事実,そして罪となるべき事実を認定した原判決の事実認定
は,証拠の総合評価を含む関係各証拠に基づく事実認定,認定した事実に基づく推
認過程のいずれについても,十分な合理性を有するものと認められる。
(イ)所論について
a故意による改ざんの過失による改変へのすり替えについて
被告人大坪の弁護人らは,仮に1月30日のN見聞電話で,被告人佐賀がEから
本件改ざんの告白を受けていたとしても,これについて被告人大坪が2月1日に被
告人佐賀から報告を受けた内容は抽象的なものであったのに対し,2月2日の本件
虚偽過誤説明は具体的かつ詳細なものであったから,2月2日の詳細な本件虚偽過
誤説明をそのまま上司に報告したとしても,直ちに故意による改ざんを過失による
改変にすり替えたことにはならないし,被告人大坪がEに対して直接又は被告人佐
賀を介してでも,故意から過失に供述を変えるように働きかけた証拠もない旨主張
する(大坪B趣意補充書25頁以下)。
しかし,被告人大坪は,2月1日朝,被告人佐賀から1月30日のE告白電話に
関する報告を受けて,犯人であるE本人からの告白として,故意による改ざんであ
ったと確信したことが優に推認できる。また,信用できるE供述によれば,Eは,
2月1日E佐賀間電話において,被告人佐賀から「Eの件を部長に上げた。部長も
大変驚いておられる。Eの件を次席・検事正に上げることになった。E,この件は
過誤ということで説明を付けられないのか。」などと言われたので,被告人佐賀が,
本件改ざんの事実を被告人大坪に報告した上で,被告人両名が,過誤で説明が付く
話であれば,何とかその説明で私を守ろうとしてくれているのだと思ったというの
であり(原審第8回公判23頁~25頁),しかも,被告人大坪の供述によっても,
同電話が被告人大坪の指示に基づいてなされたと認められることからすると(原審
第15回公判38頁~39頁),被告人佐賀が上記のようにEに本件虚偽過誤説明
を促す発言をしたこともまた,被告人大坪の指示に基づくことが推認できるのであ
る。そうすると,所論のいうように,被告人佐賀の被告人大坪への2月1日の報告
が抽象的なものにとどまり,これを具体化した報告が2月2日になされたという経
過ではなく,被告人大坪は故意による改ざんであるとの確信を抱きながら,被告人
佐賀を通じてEに本件虚偽過誤説明を促したと認められるのであり,上記主張は失
当である。
b次席検事及び検事正への報告について
(a)報告の内容ないし姿勢について
被告人両名の弁護人らは,J次席検事及びL検事正に対する報告において,被告
人両名は,それぞれ供述するとおり,KやNらが,Eがフロッピーディスクのデー
タを改ざんしたと言って騒いでいること,その騒ぎの発端となった経緯に加えて,
被告人佐賀がEから聴取した内容は,フロッピーディスクを検証中に誤ってデータ
が変わった可能性があること,データが変わっている可能性はあるが,フロッピー
ディスクをF側に還付しているので,中身は確認できないこと,正しいデータが添
付された捜査報告書が公判に提出されていることから,特捜部としては,現時点で
はEが故意に改ざんしたと認めるのは困難であると判断していることなどについて
詳細に説明しており,これに反するL及びJの各供述は,報告を受けた時点で何ら
の指示や対応をしなかった責任を免れるために,被告人両名の報告内容を過少にし
ようとする意図が働いたものであり,信用できない旨主張する(大坪A趣意書49
頁~51頁,大坪B趣意書50頁~56頁,佐賀趣意書280頁~289頁)。
しかし,被告人両名の各供述とM,L及びJの各供述は,上記報告時間について,
被告人両名の二,三十分に対し,L及びJのせいぜい数分という食い違いはあるも
のの,内容の骨子は共通していることから,原判決は,証拠として,被告人両名の
各供述とM,L及びJの各供述を併記し,原判決別紙「佐賀執務記録等一覧表」中
のC・執務記録トピック欄③も加えて,「その詳しさの程度は別として」と断った
上,「Eが本件フロッピーディスクのデータに工作が加えられていないか検証して
いる際,データが過誤により書き換わった可能性があるが,本件フロッピーディス
クは還付されているため,確認できない,Kがそれを伝え聞いて,改ざんだと騒ぎ
立てているが,その様子は告訴狂と同じだ。」などと,本件過誤説明根拠に基づき,
本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行ったほか,Kは伝聞情報を基に
Eの改ざんを推測し,G事件の結論とプロパティ問題を分けることができず,「公
表」,「調査・検討」などと言っているだけで,告訴狂と同じヒステリー状態である
などと説明し,それを受けて,L及びJのいずれも,説明のあったKの態度に驚く
とともに,説明のあった本件データに関する問題については,取り立てて書面にす
る必要もないということで了承したと認定しており(原判決100頁),十分な裏
付けのある認定ということができる。
むしろ問題は,上記報告の際の被告人両名の姿勢であるところ,被告人両名は,
前認定のように,その時点で,Eの本件改ざんについての告白を受けて,故意によ
る改ざんであることを明確に認識していたのに,L及びJに対しては,そのことを
秘匿し,Eの考案した本件虚偽過誤説明を使って,過誤によりデータが書き換わっ
た可能性があるにすぎないと強いて矮小化させて報告するとともに,Kらの動きに
ついては,正当な問題提起を告訴狂呼ばわりして貶めているのであり,Mが供述す
るように(原審第5回公判21頁~25頁),被告人両名において,L及びJには
できるだけ問題意識を持たれないようにしようとする意図の下に報告に臨んだこと
は明らかである。
この点,被告人大坪の弁護人らは,Jに対する報告前に被告人両名に対し次席検
事には本当のことを言ったほうがいいと進言したが,被告人大坪に一蹴されたなど
とするMの供述について,Mは,自らも重大な責任を問われかねない立場から,被
告人両名と一線を画することにより自らの責任を回避しようとしたものであって,
信用できない旨主張する(大坪B趣意書55頁~56頁)。しかし,Mが本件改ざ
んの隠蔽に積極的に協力すれば,その責任は飛躍的に重くなるのであり,このよう
な進言をする動機はあると考えられるのに対し,Mが進言をしたと供述したからと
いって,本件改ざんの秘匿や犯人隠避への協力の責任を免れるわけではないから,
Mがあえて虚偽の供述をしたとも考え難いのであり,M供述の信用性を争う上記主
張は採用できない。
(b)次席検事及び検事正への働きかけについて
被告人両名の弁護人らは,原判決は,被告人両名の報告の結果,L及びJは,調
査の必要もないと判断したと認定しているが,L及びJはいずれも,被告人両名の
報告を受けて,本件改ざん疑惑に関する問題点をよく理解していたか,少なくとも
Mらから事情聴取するなどして問題点を正しく把握することができたのに,Fの弁
護人らに本件フロッピーディスクの提出を求めることに伴うリスクを考慮して逡巡
した結果,提出の指示をしなかったものと解されるのであるから,被告人両名が,
L及びJに対する報告によって,同人らに対し,捜査の必要がないと判断させたこ
とはないし,また,被告人大坪が,同報告において,Eの説明が信用できるとして,
それ以上の調査をせず,上級庁にも正式の報告もしないとの方針に了承を得ること
を目標としていたとしても,そのことから,重要な事項について事実に反する報告
をしたことになるわけでもないなどと主張する(大坪B趣意書50頁~56頁,佐
賀趣意書286頁~289頁)。
しかし,L及びJの各供述によれば,被告人両名から報告を受けて,L及びJは,
過誤により証拠物のフロッピーデータ改変の可能性が生じたことは理解したもの
の,Lは,検察側の主張が破綻しているとH事件の弁護人らが主張しているのであ
るから,Eが改ざんするようなことはあるはずがないなどと説明され,そのとおり
だと思った旨(原審第3回公判4頁),また,Jは,Kにおいて,Eが証拠品のフ
ロッピーディスクに不正なことをしたと騒いでいるが,それは事実とは違うという
報告であったことは明確に覚えている旨(原審検甲48号証),それぞれ供述して
いる。さらに,被告人大坪は,原審での被告人質問において,次席検事や検事正へ
の報告は,Eの本件改ざん疑惑に直面し,また,当時のG公判の不利な情勢にも鑑
みて,管理責任を問われる特捜部幹部として,疑惑問題を地検上層部とも情報共有
化するとの危機管理の一環として,Eの説明内容,Eの行為は過失であるとする特
捜部の判断,本件フロッピーディスクはG公判が進行中であることから返還を求め
ることは相当でないとの意見等を報告し,次席検事及び検事正からは,特捜部とし
ての判断と対応方針について了承を得て,それ以上に本件フロッピーディスクのデ
ータなどの調査や,大阪高検への報告を指示されることもなかったことを供述して
いる(原審第15回公判65頁~79頁)。さらに,被告人佐賀も,故意による改
ざんの可能性が残るという趣旨で報告したとは述べていないところからしても,故
意による改ざんであることを殊更に否定しようとする趣旨の報告であったことは明
らかである。
もちろん,L及びJは,被告人両名の報告が,Eの行為により過誤による改変の
可能性が生じたとの内容にとどまったとしても,大阪地検の最高幹部として,重大
事件における最重要の証拠であるデータに手を加えたという重大な不祥事との認識
を持って,被告人両名に対し,真相の解明を急ぐなど迅速な対応を指示するととも
に,上級庁にも直ちに報告すべきであったとはいえる。しかし,そうだからといっ
て,被告人両名において,Eによる本件改ざんの事実を明確に認識しながら,過誤
による改変の可能性にとどまったと報告したことが,明らかな虚偽内容の報告であ
ったことに変わりはない。しかも,前認定のように,被告人両名が,L及びJにお
いてできるだけ正しい問題意識を持たせないようにしようとする意図の下に報告に
臨み,そのために,上記の虚偽報告をするとともに,Kが十分な根拠もないまま改
ざんがあったと騒いでいると批判するなどしたことから,L及びJは,被告人両名
の報告によって,十分な問題意識を持ち得ないまま,当面は,更なる調査や捜査を
したり,上級庁に報告するまでの必要はないものと考えて,被告人両名の報告を了
承したと認められるのである。
(c)まとめ
そうすると,被告人両名の報告の結果,L及びJは,Eによる本件改ざんの事実,
すなわち,Eが証拠隠滅罪の犯人であることを認識しなかったために,大阪地検の
検事正あるいは次席検事として,捜査はもちろん,調査の必要性もないとの判断に
至ったとする原判決の認定は,是認できるのであり,これを論難する前記各主張は
全て理由がない。
c被告人大坪の高検刑事部長への報告について
被告人大坪の弁護人らは,改ざん疑惑については,被告人大坪が,大阪高検のS
刑事部長に報告しているが,本件改ざんを隠蔽するには,大阪地検上層部の了承が
あれば足り,高検の刑事部長まで了承を得る必要はない上,高検刑事部長に報告す
ることで,更なる調査や捜査が指示され,最高検にまで伝わる可能性さえ生じて,
組織防衛の目的が達せられないのであり,隠蔽を図った者の行為としては考えられ
ないから,被告人大坪が本件改ざんを隠蔽したとする原判決の認定とは相いれない
旨主張する(大坪A趣意書26頁以下)。
しかし,被告人大坪は,大阪高検刑事部長への報告の趣旨について,仮にF側か
ら本件フロッピーディスクのデータ改変が公表された場合に,大阪高検が知らなか
ったというのでは組織上まずいと思ったから報告した,報告内容は,特捜部と公判
部との間に不協和音があって,Eが改ざんした疑いが生じ,調査したところEは,
取扱上のミスで変わった可能性があると言っており,そのことを含めて,検事正及
び次席検事に報告して了解を取り,検事正らからは特段の指示はなかった,万一の
こともあるので,刑事部長の耳にも入れておく,というものであったと供述してい
る(原審第15回公判79頁~80頁)。この供述からすると,本件改ざんの隠蔽
を図るにしても,I報告書が開示され,本件フロッピーディスクが還付されている
ことから,本件データの改変問題がF側から公表されて表沙汰となることも考えら
れるのであり,その場合に備えて,大阪高検に対しても,大阪地検では,この問題
について,改ざんではなく過誤によるデータ改変の可能性にすぎず,特段の対応を
要しないとすることで意思統一が図られていることを一応報告しておき,問題の拡
大を防止するために先手を打ったとも考えられるのである。したがって,大阪高検
刑事部長への報告は,本件改ざんの隠蔽とは矛盾しないから,上記主張も採用でき
ない。
d本件上申書について
(a)被告人大坪の弁護人らは,本件上申書には,Eが本件データのページの順
序を入れ替えた点が記載されていないところ,これを書き落としたとするE供述は,
このような重要な事項を書き落とすとは考えられないことから,信用できない,し
たがって,Eは,意図的にこの事実を被告人両名に秘匿し続けたものであり,その
目的は,被告人両名に本件改ざんの事実を秘匿することにあったとしか考えられな
いのであって,この事実から,被告人大坪は本件改ざんを知らなかったことが推認
される旨主張する(大坪A趣意書33頁以下)。
しかし,本件改ざんで重要なのは,本件データの最終更新日時を検察官の主張に
沿うものに書き換えることであり,ページの順序を入れ替えることは,文書の性格
に応じてデータの配置を整序する意味しかないから,この点を重要視せず上申書案
に記載するのを忘れていたとするE供述(原審第8回公判67頁,第9回公判10
4頁,105頁)は信用できるのであり,Eが殊更にページの順序の入替えを秘匿
していたとも認められないから,上記主張は前提を欠くものである。
(b)被告人大坪の弁護人らは,原判決は,被告人大坪がEの提出した本件上申
書についてより合理的な説明内容となるよう指示して差し戻したと認定している
が,Eが本件上申書の練り直しも再提出もしていないことは,そのような指示のな
かったことを示しているから,原判決の上記認定は誤りである旨主張する(大坪A
趣意書27頁以下)。
しかし,Eは,上申書案を修正,再提出しなかった理由について,動機が説明不
足という指摘については,修正しようとしたものの,よい考えが浮かばなかったた
め,取りあえず,検事正及び次席検事に対する報告は終了しているので,将来,調
査などが行われることになった際に書けばいいと思って,備忘のためにページのレ
イアウトの1ページと2ページを入れ替えたことを書き加えただけで,また問題に
なったときに検討し,その際,被告人大坪の知恵を借りればよいと思っていた,被
告人大坪からも,寝た子を起こさないという感じで催促等がなかったので,再提出
もしなかったと述べている(原審第8回公判67頁,第10回公判79頁以下)。
また,被告人大坪からEに本件上申書の再提出を求めた形跡もないが,これは,被
告人大坪としても,Eに指摘した本件上申書に対する疑問点について,うまい説明
方法が思い浮かばず,Eからも再提出がない状況において,合理的な説明を欠く上
申書を再提出させても,かえって犯人隠避の謀議の証拠を残すことになりかねない
との思いから,あえて催促をしなかったとも考えられるのである。したがって,E
が本件上申書の再提出をしていないことは,原判決が認定するような被告人大坪の
指示や本件上申書の差戻しを否定することにはならないから,上記主張は失当であ
る。
(c)被告人大坪の弁護人らは,被告人両名が,本件上申書の内容を詰めていな
いことに加え,被告人大坪が再提出を求めず,被告人佐賀がこれを廃棄するなどし
ていることは,本件改ざんの隠蔽工作をしていなかったことを推認させる旨主張す
る(大坪A趣意書29頁,34頁以下)。
しかし,前記(b)で説示したように,被告人大坪は,Eが作成した本件上申書に
は,十分に合理的な説明がなされていないと考え,Eに再検討を指示したものであ
るが,合理的な説明を付けることが困難であることは,被告人大坪自身も認識して
おり,そのため,Eに再提出を促さなかったとも考えられるし,被告人佐賀におい
ても,被告人大坪が納得する説明が付されていない本件上申書を保存しておくこと
はむしろ危険という思いもあって,廃棄しようとしたことがうかがわれるのであり,
弁護人ら指摘の事情が被告人両名による本件改ざんの隠蔽工作を否定するものとは
いえないから,上記主張も採用できない。
e本件改ざん隠蔽の成算について
(a)被告人両名の弁護人らは,原判決が,被告人両名において,本件犯行によ
り本件改ざんを隠蔽することに成算があるものと考えて本件犯行に及んだと認定し
ているところ,(あ)本件改ざんは,I報告書の開示及び本件フロッピーディスクの
還付を受けたH事件の弁護人らやK,Nらの動きから発覚するおそれがあるだけで
なく,LやJが被告人両名の説明に納得せず自ら調査するなどして発覚するおそれ
もあり,原判決自身,被告人大坪は最高検の調査があれば本件改ざんが露見する危
険性が高いと認識していたと認定していることからも,また,(い)被告人両名は,
本件改ざんが発覚した場合も監督責任は問われることになるが,これと比較して,
本件改ざんの隠蔽が発覚した場合の不利益は極めて重大であり,隠蔽することに成
算があるというだけで,隠蔽を実行に移すとは考え難いことからも,原判決の上記
認定は経験則に反する旨主張する(大坪A趣意書40頁以下,大坪A趣意補充書1
6頁以下,佐賀趣意書274頁以下)。
しかし,(あ)の点は,本件改ざんが発覚するおそれは,所論が指摘し原判決も説
示するように,決して低くなかったとはいえ,本件改ざんの隠蔽については,被告
人両名とE及びMとの間の隠蔽工作について,そのうちの誰かが裏切って漏らさな
い限りは,確証が得られにくく,被告人両名においてその発覚のおそれが低いと考
えることも,十分あり得ると考えられる。しかも,被告人両名としては,検事正及
び次席検事に対する報告において,事実に反して,故意の改ざんではなく過誤によ
る改変であるということをいかに強調したとしても,L又はJから,改ざんの可能
性を指摘され再調査を指示されれば,これに従えばよいだけであって,自らの検察
官としての姿勢や組織人としての見識に消極評価を受けることはあっても,刑事責
任を含むそれ以上の責任まで問われることにはならないし,L及びJがその報告を
鵜呑みにしてくれれば,上司からのお墨付きを得たことになって,本件改ざんに関
する大阪地検の内部からの発覚を封じることが容易になるともいえる。したがって,
本件改ざんの隠蔽に関する成算は,必ずしも十分なものであるまでの必要はなく,
被告人両名としては,後記のような本件改ざんの隠蔽の動機や思いから,上司に対
する報告の成り行きに賭けてみようとするだけの成算があれば足りるといえるので
あり,被告人両名にはその成算があったと認められるのである。
また,(い)の点について,被告人両名は,所論指摘のように,本件改ざんの隠蔽
に伴う重い刑事責任ないし検察官の公正であるべき立場や法秩序を守るべき重い社
会的責任を考えて当然に思いとどまるべきであったことはいうまでもない。しかし,
被告人両名は,原判決も指摘するように,G事件の立件に至る経緯,同事件の公判
の推移,Eによる本件改ざん,その隠蔽に至る経緯からも看取されるとおり,特捜
部の威信や組織防衛を過度に重要視し,立件する以上は中央省庁の局長のような大
物を逮捕して事件を大きくしたい,特捜部が逮捕した以上は,何としても起訴し,
起訴した以上は有罪を得なければならないとする風潮を背景として,特捜部の威信
をかけたG事件の公判遂行への悪影響を避けるとともに,特捜部や検察組織全体を
守りたいとの思いから冷静な判断を失って,本件改ざんの隠避を決断するに至った
とみるほかはないのである。
したがって,原判決の本件改ざん隠蔽の成算に関する認定が経験則に違反すると
の主張はいずれも理由がない。
(b)被告人両名の弁護人らは,被告人両名において,大阪地検上層部への報告
を終えた後には,EやMとの結束を図り,本件改ざんの隠蔽が発覚しないようにす
る事後工作を何もしていないし,自らの異動時にも,最高検によるH事件の捜査の
在り方に対する調査等の際にも,何らの対策もとっていないのであり,このことは,
被告人両名において,故意による改ざんがあったとは認識しておらず,実際に隠蔽
を図ったこともなかったことを示している旨主張する(大坪A趣意書51頁以下,
佐賀趣意書274頁以下)。
しかし,前記のとおり,被告人両名による本件改ざんの隠蔽工作は,検事正及び
次席検事に報告してその了承を取り付けた以上,M又はEが漏らさなければ,発覚
する危険性は低かったものと考えられるし,被告人両名が事後に積極的な隠蔽工作
を行えば,むしろ,本件改ざんの隠蔽を露見させるおそれを高めかねないともいえ
る。したがって,被告人両名において,検事正及び次席検事への報告後,特段の隠
蔽工作を行わなかったからといって,被告人両名が本件改ざん自体を認識していな
い,あるいは本件改ざんの隠蔽を図っていないとの疑いを生じさせることにはなら
ないから,上記主張も理由がない。
(3)まとめ
以上検討してきたところから明らかなとおり,所論に鑑み検討しても,原判決の
事実認定に論理則,経験則等に違反する不合理な点は認められないのであり,被告
人両名の事実誤認をいう論旨は全て理由がない。
第3被告人両名の法令適用の誤りの主張に対する判断
原判決の法令適用の当否に関する被告人大坪の控訴趣意及び被告人両名の当審に
おける事実取調べの結果に基づく弁論は,要するに,原判決は,罪となるべき事実
として,被告人両名は,犯人隠避の共謀を遂げた上,①本件データが過誤によって
改変された可能性はあるが,改変の有無を確定できず,改変されていたとしても過
誤にすぎない旨事実をすり替えて,自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査
を行わず,②大阪地検次席検事及び検事正に対し,「Eが本件フロッピーディスク
のデータに工作が加えられていないか検証している際,データが過誤により書き換
わった可能性があるが,本件フロッピーディスクは還付されているため,確認でき
ない,Kがそれを伝え聞いて,改ざんだと騒ぎ立てているが,その様子は告訴狂と
同じだ。」などと虚偽の報告をし,L及びJをして,捜査は不要と誤信させて自ら
又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を行わないようにさせたとの事実を認定
し,以上の事実は,証拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させた行為に当たるとして,
犯人隠避罪の成立を認めたことを論難し,本件において犯人隠避罪は成立しない旨
主張するものである。
そこで,所論に鑑み,原判決が認定した事実に当審における事実取調べの結果を
併せて検討しても,以下に判示するとおり,その罪となるべき事実に基づき被告人
両名について犯人隠避罪の成立を認めて刑法103条を適用した原判決の法令適用
に誤りがあるとはいえない。すなわち,
1本件における犯人隠避行為について
刑法103条にいう「罪を犯した者を隠避させた」とは,蔵匿以外の方法により
捜査機関による犯人の発見逮捕を免れさせるべき一切の行為をいうものと解すべき
ところ(大審院昭和5年9月18日判決・刑集9巻10号668頁参照),本件は,
所論も指摘するとおり,隠避の対象となる犯人が現職の検察官であり,犯人の実行
した犯罪も,検察官がその職務行為に関連して証拠物であるフロッピーディスクの
データを故意に変造した証拠隠滅であり,その犯人を隠避する行為も,犯人の上司
である検察庁幹部で現職の検察官でもある被告人両名による職務行為を通じて行わ
れたとされる点に特徴がある。
ところで,被告人両名は,検察官として,その所属する大阪地検に対応する大阪
地裁の管轄区域内において自ら捜査権限を有するとともに(刑訴法191条1項,
検察庁法4条,5条,6条1項),大阪地検の特捜部長又は特捜部副部長として,
検事正及び次席検事の指揮監督の下に(検察庁法9条2項,本件当時の検察庁事務
章程2条2項),特捜部所属の検察官らを指揮して同部の所管に属する直受事件等
の捜査を行う権限を有していた(本件当時の検察庁事務章程5条1項・2項,6条
3項,別表第1・第2,本件当時の大阪地方検察庁執務規程4条,10条2項)。
また,大阪地検は,全体として統一的な指揮命令系統に基づく一体の組織であり,
その上級庁である大阪高検及び最高検の指揮監督の下にあった(検察庁法7条,8
条)。そして,Eが行った証拠隠滅行為は,現職の検察官が主任検事として捜査を
担当した事件の証拠を変造したものであり,重大な職務犯罪であるにとどまらず,
検察庁の信用を失墜させるべき重大な不祥事でもあるから,Eに対する証拠隠滅の
嫌疑が生じた場合に,その直属の上司で,大阪地検の中間管理職でもある被告人両
名としては,被告人大坪が当審でも供述するとおり,その上司である大阪地検の検
事正及び次席検事,更には上級庁である大阪高検や最高検の了解を得ることなく部
下の検察官を指揮するなどして独自に捜査を行い,あるいは逆に,上司や上級庁の
指揮に従うことなく捜査を行わないようなことは考え難いところである。さらに,
検察庁は捜査機関であり,個々の検察官が捜査権限を有していることから,被告人
両名以外の検察官がEに対する証拠隠滅の嫌疑を抱き,大阪地検の検事正や次席検
事,更には大阪高検や最高検も知るところとなった場合には,被告人両名の意向に
かかわりなく,最高検ないし大阪高検の指揮の下,その捜査が開始されて,時を経
ずしてEが逮捕されるに至ることは不可避であったというべきである。
そうすると,本件のように,捜査機関である検察庁内において,検察庁の幹部が,
部下である検察官による職務犯罪を覚知した場合において,当該犯人の発見逮捕を
免れさせるべき行為をした,すなわち,犯人を隠避させたといえるためには,上級
庁を含む検察組織全体として犯人逮捕に至るべき捜査に着手させない状況を作出す
ることを要すると解するのが相当である。けだし,上記場合において,検察庁幹部
が検察組織全体として捜査に着手させない状況を作出すれば,刑事司法作用が現実
的に阻害されたといえるからである(最高裁昭和24年8月9日第三小法廷判決・
刑集3巻9号1440頁,同平成元年5月1日第一小法廷決定・刑集43巻5号4
05頁参照)。
そして,本件では,Eによる証拠隠滅の犯行について,被告人両名が覚知したの
みならず,その部下であるM,K,Oら,更には公判部所属のNも知るところとな
り,被告人両名はNやKから上司への報告を強く求められる状況にあった。さらに,
H事件の弁護人らに対しI報告書が開示されており,本件フロッピーディスクもF
側に還付されていて,本件データの改変疑惑が外部からも漏れるおそれがあったの
である。このような状況の下で,被告人両名において,上級庁を含む検察組織全体
として捜査に着手させない状況を作出したといえるためには,上司や上級庁に対し
ては,Eの証拠隠滅に関する嫌疑を抱かせないための工作を行うとともに,大阪地
検の内部及び部下の検察官らに対しては,当該嫌疑に関する情報を管理し,捜査に
向けた動きを封じる工作を行うことが必要であったというべきである。
2原判決の犯人隠避罪の認定判断の当否について
以上の観点から,原判決による犯人隠避罪の認定判断,すなわち,犯人隠避行為
の認定及び犯人隠避罪成立の判断の当否について検討するに,原判決は,罪となる
べき事実として,被告人両名による犯人隠避行為について,前記のとおり,第1に,
本件公訴事実1に対応させて,被告人両名が,Eに指示をして本件データが過誤に
より改変された可能性がある旨の本件上申書を作成提出させるなどして,「本件デ
ータが過誤によって改変された可能性はあるが,改変の有無を確定できず,改変さ
れていたとしても過誤にすぎない旨事実をすり替えて,自ら又は同部所属の検察官
らを指揮して捜査を行わ」なかったとの行為を認定し,第2に,本件公訴事実2に
対応させて,被告人両名が,L検事正及びJ次席検事に対し,それぞれ本件データ
が過誤により改変された可能性がある,K検事がそれを伝え聞いて,改ざんだと騒
ぎ立てているが,その様子は告訴狂と同じだ,などと虚偽の報告をして,「L及び
Jをして,捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査を
行わないようにさせ」たとの行為を認定した上,「もって罰金以上の刑に当たる証
拠隠滅罪の犯人であるEを隠避させた」と判示して,これらが犯人隠避行為に該当
する旨判断し,法令の適用では,これらの行為について,「いずれも包括して刑法
60条,103条にそれぞれ該当する」として,成立する犯人隠避罪は包括一罪の
関係にある旨判断している。
以上の原判決による認定判断は,第1の行為と第2の行為との関係についてどの
ように位置付けているのかを必ずしも明らかにするものではない。しかし,原判決
は,「争点に対する判断」中の「第8犯人隠避罪の成立」の項において,まず,
第1の行為に関しては,被告人両名は,自らあるいは部下検察官を指揮して,Eに
対する証拠隠滅罪の捜査をする権限と職責があったにもかかわらず,それを行わず,
他方で,その間,G公判の主任検事を務める公判部のNや特捜部のKが本件改ざん
を行ったとの疑惑を有している状況において,Eに指示をして本件データが過誤に
より改変された可能性がある旨の本件上申書を作成提出させるなどの行為を行う中
で,本件改ざんを過誤として説明する本件虚偽過誤説明へのすり替えを確たるもの
にし,特捜部内あるいはNに対し,上記捜査を行わないことに対する不信感を助長
せず,むしろ,その沈静化を図っていたものであって,このような被告人両名の不
作為は,犯人隠避罪にいう隠避行為に当たるというべきである旨判示し(原判決1
08頁),また,第2の行為に関しては,被告人両名は,次席検事への報告及び検
事正への報告の中で,その詳しさの程度は別として,L及びJに対し,本件改ざん
のあったことを報告することなく,本件フロッピーディスクを還付しており,本件
改ざん前の文書データの内容を記載したI報告書が存在するという本件過誤説明根
拠に基づき,本件フロッピーディスクが還付されているため過誤の有無が確定でき
ないという本件過誤未確定根拠を交えた本件虚偽過誤説明を行った結果,L及びJ
は,Eによる本件改ざんを認識することなく,したがって,Eが証拠隠滅罪の犯人
であることを認識しなかったため,大阪地検の検事正あるいは次席検事として,捜
査はもちろん,調査の必要性もないとの判断に至ったとして,被告人両名の次席検
事への報告及び検事正への報告も,犯人隠避罪の隠避行為に当たることは明らかで
ある旨判示している(原判決109頁以下)。それと同時に,原判決は,被告人両
名においては,本件の共謀成立の過程において,検事正らに本件改ざんを本件虚偽
過誤説明にすり替えた報告をすれば,本件過誤説明根拠もあることから,大阪地検
上層部から了承を得られる見込みが大きく,それによって,NやKの動きも封じる,
ないし沈静化させることができると考えたとも認定している(原判決108頁)。
以上の原判決の判示内容も勘案すると,原判決は,第1の行為において,被告人
両名が,自らあるいは部下検察官を指揮してEに対する証拠隠滅罪の捜査をする権
限を行使せず,その職責を果たさなかったにとどまらず,本件虚偽過誤説明へのす
り替えを確たるものにして,特捜部内やNにおける上記捜査を行わないことに対す
る不信感の沈静化を図っていた行為,すなわち,特捜部内や公判部との関係で,E
に対する嫌疑に関する情報を管理して,捜査に向けた動きを封じる工作を行ったこ
とも重要な柱としており,また,第2の行為においては,次席検事及び検事正に本
件虚偽過誤説明を行うことによって,両名にも,捜査や調査の必要性がないとの判
断に至らせた,すなわち,上司らに対しても,Eに対する嫌疑を抱かせない工作を
行ったことを指摘している。さらに,原判決が強調する本件虚偽過誤説明へのすり
替え行為は,第1の行為の重要な柱であるとともに,第2の行為の前提ともされて
いるほか,第2の行為により,特捜部内やNにおける上記捜査を行わないことに対
する不信感の沈静化を図り,捜査に向けた動きを封じることにも資するとされてい
ることからすると,原判決においても,第1の行為と第2の行為は不可分一体の関
係にあり,両者がそろうことによって犯人隠避行為を構成するものと解したことが
うかがわれるのである。ちなみに,検察官は,当審における当裁判所からの求釈明
に対し,本件公訴事実1の行為と2の行為は,いずれも犯人隠避罪における隠避行
為に該当するが,相互に密接に関連する不可分一体のものである旨釈明していると
ころである。
以上みてきたとおり,原判決が被告人両名の犯人隠避行為として認定するところ
は,罪となるべき事実及び法令の適用をみる限り,第1の行為と第2の行為をそれ
ぞれ独立した隠避行為であるかのようにとらえて,両者を包括一罪と判示している
点において疑問があるといわざるを得ない。しかし,前にみたとおり,原判決も,
その余の判示内容をも勘案すれば,上記各行為を不可分一体の犯人隠避行為とした
趣旨と解されるのであり,包括一罪の概念が多義的であることにも照らせば,上記
の疑問は,措辞の適切さを欠くことに基づくものと解されるのであり,違法とまで
はいえず,犯人隠避罪の構成要件行為としても欠けるところはないといえる。結局,
原判決に法令適用の誤りはない。
3所論について
(1)被告人大坪の弁護人らは,同被告人は,共謀が成立したとされる2月2日の
時点において,H事件の捜査及び終局処分について一定の裁量権を有する特捜部長
として,同事件の進行中の公判審理への悪影響を始めとして,諸々の要素を考慮せ
ざるを得ない立場にあったのであり,当面は検察部内でもその公表を避けて,公判
審理が一段落したしかるべき時期に調査に着手し,上司に報告等をして処分を決す
るという方途をとることも,一般的な検察官の職務行為として許容される余地があ
ったから,被告人大坪が直ちに捜査ないし調査権限を行使しなかったとしても,検
察官としての裁量権の逸脱又は濫用には当たらないのであり,まして,検察官の職
務を逸脱し,その一般的な職務行為と質的に異なるものとはいえない旨主張する(大
坪B趣意書56頁以下,大坪B趣意補充書3頁以下等)。
確かに,一般論としては,検察官は,捜査の着手時期を決めるに当たって,当該
事件の嫌疑の程度や証拠の収集状況,他の事件の捜査や公判への影響等についても
勘案する必要があるから,ある程度広い裁量権が認められるべきことは,所論指摘
のとおりである。しかし,本件で問題とされたのは,社会的にも注目されるH事件
という重大事件の帰趨をも決しかねない最重要の証拠物である本件フロッピーディ
スクのデータについて,現職の検察官で,当該事件の捜査主任検事でもあったEが,
故意に改ざんを加えて証拠を隠滅したという,前代未聞の重大な職務犯罪であって,
公判審理の進行や裁判の結果にも多大な影響を与えることはもとより,検察庁全体
の信用を失墜させるほどの深刻な不祥事でもあったのである。そのため,当該職務
犯罪の舞台である特捜部限り,あるいはその監督責任のある大阪地検限りで対処で
きるような事柄であり得るはずがなく,所論が指摘し被告人大坪が述べるような様
々な思惑によって捜査ないしその前提となる調査の時期を遅らせるような裁量を働
かせる余地などあり得ないというべきである。
そして,被告人大坪は,Eの直属の上司である特捜部長であったから,Eによる
証拠隠滅罪の明確な嫌疑をつかんだ以上,得られた情報を直ちに正確に上司に報告
すべきはもとより,それと併行して,Eに対する捜査の着手時期やその嫌疑を公表
しH事件の公判審理に正しく反映させる時期等を見極めるために,その嫌疑の有無
及び程度に関して,できるだけ早期に数多くの幅広い確度の高い情報が得られるよ
う,上司や上級庁の了解を得ながら,慎重かつ迅速に捜査の前提となる調査を進め,
必要に応じ捜査にも着手する職務上の義務があったというべきである。さらに,被
告人大坪は,当裁判所が是認した原判決の認定のとおり(原判決81頁~82頁,
108頁~110頁),所論指摘のような裁量を働かせるという意図によるのでは
なく,本件改ざんを隠蔽する意図の下に,本件改ざんに関する調査ないし捜査を行
わなかったものである。そうすると,被告人大坪がその権限を行使することなく上
記のような調査ないし捜査を行わなかったことは,その職務義務に明らかに背馳す
るだけでなく,部下による職務犯罪を積極的に隠蔽し,検察庁をして,犯人である
Eの逮捕に至るべき捜査に着手させないことにより,刑事司法作用を積極的に阻害
するものとして,検察官の職務権限を逸脱する職務犯罪というべきであるから,上
記主張は失当である。
なお,被告人大坪の弁護人らは,原判決が,「量刑の理由」中の,「被告人両名
の本件犯行に至った経緯・動機への評価」の項において,目的からすると正当とさ
れる余地があると認めた上で,「法令の枠内を超えて」行ったことを根拠に被告人
両名を非難するが,「法令」がいかなる内容であるのかを示さない論理矛盾を犯し
ているとも主張する(大坪B趣意書7頁以下)。しかし,原判決は,組織防衛や部
下の身を思うなどという,その目的だけから見れば一見正当と思われる行為であっ
ても,法令を遵守する中で行われるべきであるとして,本件のような犯人隠避とい
う職務犯罪が許されないことを説示するものであるから,原判決のいう「法令」と
は,犯人隠避罪を定めた刑法103条,さらに,検察官の職務として「検察官は,
刑事について,公訴を行い,裁判所に法の正当な適用を請求」することと規定した
検察庁法4条を意味するものと解されるから,上記主張も失当である。
(2)被告人両名の弁護人らは,原判決が,罪となるべき事実2(1)において,被
告人両名が「自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査を行わ」なかったこと
を,犯人隠避行為として判示したことについて,特捜部の検察官であるEが特捜部
の捜査に関して証拠を隠滅した疑いが生じたのであるから,当該証拠隠滅の捜査は,
特捜部の判断を超えた検察庁全体の意思決定に係る問題であったし,特捜部長又は
特捜部副部長であった被告人両名は,Eの直属の上司として監督責任を問われる立
場にあり,特捜部が独自に捜査を行えば中立性,公正さが疑われる状況にもあった
から,被告人両名が,上司に報告してその了承を得ることなく,その独自の判断で
自らEに対する捜査権限を行使することはあり得ないのであり,被告人両名に捜査
権限を行使すべき義務はなかった旨主張する(大坪B趣意書36頁以下,佐賀弁論
要旨3頁~10頁)。
そして確かに,前判示のとおり,Eによる証拠隠滅は,特捜部限り,あるいは大
阪地検限りで対処できるような事柄ではないから,特捜部が独自の判断でEによる
証拠隠滅事件の捜査に着手できないことは,所論指摘のとおりである。しかし,そ
れは,あくまで特捜部限り,被告人両名限りの独自の判断により捜査に着手できな
いだけのことであり,被告人両名の捜査権限あるいは捜査義務自体が否定されるい
われはない。しかも,被告人両名は,証拠隠滅罪の犯人であるEの直属の上司であ
り,かつ,Eが証拠隠滅を行ったH事件における捜査を担当した特捜部の責任者で
あったから,Eの身近におり,同事件の捜査の経緯や捜査主任検事であったEの動
静,特捜部内の実情を最もよく知る者として,Eによる証拠隠滅事件についての捜
査ないしその前提となるべき調査を行うことが容易な立場にあったともいえる。も
ちろん,所論指摘のとおり,特捜部は証拠隠滅事件の舞台であり,被告人両名はそ
の監督責任を問われる立場にあったから,被告人両名がその捜査を主導しあるいは
独自に行うことは,手続の中立性,公正さに疑念を生じさせるものであって相当で
はない。しかし,被告人両名としても,上司ないし上級庁の了解を得ることが前提
ではあるものの,特捜部の検察官や検察事務官から事情聴取を行い報告書を提出さ
せるなど,Eに対する捜査の前提となるべき調査を進め,また,必要に応じて,E
から私物パソコンやUSBメモリー,執務記録等を提出させて領置するなど,対外
的にも疑念を生じさせない範囲の証拠保全的な捜査を行うことはなし得たはずであ
るし,被告人両名がEの上司として捜査指揮ないし人事管理上の重い責任を負って
いることも考慮すれば,当然になすべきであったともいえる。
この点,原判決の罪となるべき事実2(1)における事実摘示は,あたかも,被告人
両名に対し,上司ないし上級庁の了解を前提としない無限定の捜査義務を課したか
のように誤解を与えかねないものであり,措辞適切さを欠くといわざるを得ない。
しかし,前判示のように,原判決も,罪となるべき事実2(1)に摘示する,被告人両
名が自ら又は特捜部所属の検察官らを指揮して捜査を行わなかった行為と,同(2)
に摘示する,被告人両名が大阪地検の次席検事及び検事正に虚偽の報告をし,検事
正らをして,捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁所属の検察官らを指揮して捜査
を行わせないようにさせた行為とは,不可分一体の犯人隠避行為であるとして,罪
となるべき事実を構成しようとしたものと解されるから,原判決もまた,上司ない
し上級庁の了解の有無とは無関係に,被告人両名に捜査義務を課したものではなく,
あくまでも上司ないし上級庁に報告をし,その了解を得た上で,捜査又はその前提
として調査を行う義務を課したものと理解できるのである。
なお,被告人大坪の弁護人らは,捜査と調査とを峻別して,被告人両名は,内部
調査としての事実確認及び上司への報告はすべきであったが,特捜部の独自の判断
によっては捜査に着手することができないとも主張する(大坪B趣意書37頁)。
しかし,内部調査としての事実確認といっても,Eによる本件改ざんの有無及び状
況を明らかにするための情報ないし証拠の収集作業に尽きるのであり,検察庁とし
て捜査に着手する方針が固まれば,内部調査において収集した情報や証拠がその捜
査の前提となるものであるし,その調査の目的も,自らが捜査機関である検察庁に
おいては,刑事処分を含んだEに対する処分の要否ないしその程度を見極めること
が主眼になるものと考えられる。したがって,内部調査とはいっても,いずれ捜査
につながるという意味で,捜査とは連続性を有するものであり,被告人両名が内部
調査の義務を負うということは,捜査機関としての捜査義務を負うことを意味する
ものと解される。さらに,被告人両名としては,前判示のように,対外的にも疑惑
を生じさせない範囲にとどまるとはいえ,上司ないし上級庁の了解を得ながら,E
から証拠書類や証拠物を提出させて領置するなど証拠保全的な捜査も行うべきであ
ったといえるのである。
また,被告人佐賀の弁護人らは,特捜部副部長である被告人佐賀には,捜査を立
件する権限がないとも主張するが(佐賀弁論要旨4頁),上記の内部調査であれば,
捜査立件するまでもなく行うことは可能であるし,副部長として特捜部長に対して
特捜部としての捜査立件を進言することも当然できたはずであるから,被告人佐賀
に独自の捜査立件の権限がないからといって,その捜査義務が否定されるいわれは
ない。
結局,被告人両名の捜査義務を争う弁護人らの主張は全て失当である。
(3)被告人大坪の弁護人らは,原判決は,共謀成立時期として認定した2月2日
午前9時20分頃において,被告人大坪としては,直ちに,「自ら又は特捜部所属
の検察官らを指揮して捜査を行わ」ねばならず,また,直ちに事実を報告して,検
事正及び次席検事らをして,「自ら又は大阪地検所属の検察官らを指揮して捜査を
行わ」せなければならない義務があったこと,あるいは,そのような状況にあった
ことを認定判示しなければならないのに,これらを認定判示しないまま,犯人隠避
罪の成立を認めており,違法である旨主張する(大坪B趣意書7頁以下,大坪B趣
意補充書3頁以下)。
しかし,原判決は,前記のとおり,上記共謀の成立時期までに,被告人佐賀は,
1月30日午後11時過ぎ頃,Eから本件改ざんの告白を受けてその存在を認識し,
被告人大坪は,2月1日午前9時40分過ぎ頃,被告人佐賀から,Eから本件改ざ
んの告白を受けた旨の報告を受けてその存在を認識したことを認定した上,これら
を前提として,被告人両名のその後の行動も踏まえて,被告人大坪は,2月2日午
前9時20分頃,被告人佐賀と2人で話し合った際に,被告人佐賀から2月1日E
佐賀間電話の報告を受けて,本件過誤説明根拠の存在と本件虚偽過誤説明の内容を
聞き,それに沿った報告を大阪地検上層部にすることで,本件改ざんを隠蔽できる
成算ができたことから,本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤による改変に
すり替えて隠蔽することを決意したと認められるとし,また,被告人佐賀も,被告
人大坪がMに対し,「ミステイクということで行くから。」と指示したことについ
て何ら異を唱えることなく,被告人大坪と意思を共有して行動しているところから,
上記話し合いの結果,自らも本件改ざんを本件虚偽過誤説明によって過誤による改
変にすり替えて隠蔽することに加担することを決意し,被告人大坪とその意思を共
有したと認められる旨認定している。
このように,被告人両名は,2月2日午前9時20分頃の共謀成立時期までに,
E本人から,直接又は間接に本件改ざんに関する告白を受けて,Eによる証拠隠滅
行為を明確に認識したのであるから,被告人両名としては,前判示のとおり,Eか
ら本件改ざんの告白を受けた事実を,直ちに正確に上司に報告すべきはもとより,
Eに対する捜査の着手時期やその嫌疑を公表してH事件の公判審理に正しく反映さ
せる時期等を見極めるために,その嫌疑の有無及び程度に関して,できるだけ早期
に数多くの幅広い確度の高い情報が得られるよう,上司ないし上級庁の了解を得な
がら,慎重かつ迅速に捜査の前提となる調査を進め,必要に応じて,証拠保全的な
捜査にも着手する職務上の義務があったことは明らかである。そして,原判決は,
被告人両名において,共謀成立時期までに,Eによる証拠隠滅行為を明確に認識し
た旨認定しているのであるから,原判決の認定判示に欠けるところはなく,その認
定した事実を前提として犯人隠避罪の成立を認めた原判決の法令適用にも誤りはな
いから,上記主張も理由がない。
4まとめ
以上のとおり,原判決の法令適用の誤りをいう被告人大坪の論旨及び被告人佐賀
の主張は全て理由がない。
第4結論
よって,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとして,主文
のとおり判決する。
(裁判長裁判官中谷雄二郎裁判官五十嵐常之裁判官柴山智)

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