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平成15年(行ケ)第579号 審決取消請求事件
平成16年10月14日 口頭弁論終結
            判       決
    原      告  ソニー株式会社
      訴訟代理人弁理士  土 屋   勝
      被      告  特許庁長官 小川 洋
      指定代理人     川 上 美 秀
   同 片 岡 栄 一
   同 高 橋 泰 史
   同 涌 井 幸 一
   同 宮 下 正 之
          主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成11年審判第20343号事件について平成15年11月13
日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,発明の名称を「光ディスクシステム」とする発明につき,平成2年
1月31日,特許出願し(以下「本件出願」という。請求項の数は1である。),
平成11年11月30日,拒絶査定を受け,同年12月29日,これに対する不服
の審判を請求した。特許庁は,この請求を平成11年審判第20343号事件とし
て審理し,その結果,平成12年11月13日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をした。
  原告は,同審決の取消を求めて,東京高等裁判所に審決取消訴訟(東京高等
裁判所平成13年(行ケ)第12号)を提起した。東京高等裁判所は,平成15年
1月30日,同審決を取消すとの判決をしたため,特許庁は,これをさらに審理
し,その結果,平成15年11月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同年11月26日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲【請求項1】(平成15年5月23日付けの手続補正書(以
下「本件補正書」という。)による補正後のもの。別紙図面A参照)
「A 記録及び/再生のためのレーザビームが照射される記録層と,この記録
層を覆うように設けられているとともに上記レーザビームが透過する透光性カバー
とを備えている光ディスクと,
B 上記レーザビームを上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対
物レンズとを具備する光ディスクシステムにおいて,
C 上記対物レンズの開口数をNA,上記透光性カバーの厚さをt,上記透
光性カバーの屈折率をNとしたときに,コマ収差W31が,
 W31=(t/2)・[(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
]・sin3
α    (θ:スキュー,sinα=NA)
を満足するとともに,上記式にNA=0.50及びt=1.2mmを代入
して得た値よりも大きくならないように構成され,
D 上記透光性カバーの厚さが0.6~0.44mmであり,
E 上記対物レンズの開口数NAが0.55~0.70である
F ことを特徴とする光ディスクシステム。」(以下「本願発明」という。
なお,コマ収差W31の式は,審決と同様に,分数表示を含む式を1行で表記する際
の計算順序に誤解を生じないように,「t/2」に()を付し,「(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
」に[]を付した。また,AないしFは,本判決に
おいて,便宜上,付したものであり,以下,「構成A」,「構成B」などとい
う。)
3 審決の理由
 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭57-2
7451号公報(以下,審決と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明
(別紙図面B参照)と認められるから,特許法29条1項3号の規定に該当し,特
許を受けることができない,とするものである。
 審決は,上記結論を導くに当たり,本願発明と刊行物1記載の発明との一致
点を次のとおり認定した。
一致点
「記録及び/又は再生のためのレーザービームが照射される記録層と,この記
録層を覆うように設けられているとともに上記レーザービームが透過する透光性カ
バーとを備えている光ディスクと,上記レーザービームを上記透光性カバーを介し
て上記記録層に集束する対物レンズとを具備する光ディスクシステムにおいて,上
記透光性カバーの厚さが0.5mmであり,上記対物レンズの開口数が0.65で
あることを特徴とする光ディスクシステム。」(以下「一致点A」という。)
 審決は,その上で,本願発明の構成Cについて検討し,刊行物1記載の発明
も構成Cを備えているとして,これも一致点と認めた(以下「一致点B」とい
う。)。
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決は,一致点A及びBの認定判断を誤ったことにより,本願発明が刊行物
1に記載されている発明であると誤って判断し(取消事由1,2),また,審判に
おける審理に手続違背があったものであり(取消事由3),これらの誤りがそれぞ
れ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点Aの認定判断の誤り)
(1)本願発明の透光性カバー
 本件出願の願書に添付した明細書及び図面(本件補正書による補正後のも
の。以下「本願明細書」という。)には,その第5図に示されている従来の片面光
磁気記録媒体50の透明基体51(透光性カバー)がポリカーボネートであること
のみが例示され,また,同第5図に示されている従来の光磁気ディスクシステムで
は,透明基体51の厚さt1が一定(1.2mm)に設定されていることが記載さ
れている(甲2号証4頁2~9行参照)。また,同第5図に示されている従来の光
磁気ディスクシステムでは,対物レンズ59の開口数が0.50~0.53に設定
されていたことも記載されている(甲2号証3頁5~6行参照)。さらに,本願明
細書には,その第1表において,コマ収差W31の式を用いて従来の技術と本願発明
とを対物レンズの開口数NAと透光性カバーの厚さtとを変えて比較した際に,そ
の従来の技術の例として,対物レンズの開口数NA=0.50及び透光性カバーの
厚さt=1.2mmが用いられている(甲第2号証12頁6~10行,下から4~
1行参照)。したがって,本願明細書の特許請求の範囲(請求項1)における「透
光性カバー」は,少なくとも本件補正書により請求項1に構成Cが追加補正された
段階では,ポリカーボネートであることを当然の前提としていると解すべきであ
る。
(2)刊行物1記載の発明の円板
 刊行物1においては,「ソーダガラス,コーニングマイクロシート等のガ
ラス円板,或はアクリル,ポリカーボネート等樹脂製の円板(1)」(甲7号証2
頁左上欄16~18行)との記載,及び,「例えば,集光レンズ(6)としてN.
A.0.65の顕微鏡用対物レンズを用いた場合には,円板(1)の厚みを0.5
mmとしても何ら支障はなかった。前記円板(1)(5)の厚み,材質等は,本発
明の要旨を逸脱しない範囲内で自由に選ぶことが可能であり,例えば円板(1)と
して0.3~0.5mmのコーニングマイクロシートを使用した場合には,磁気光
学記憶円板の強度を保つため,円板(5)として1~3mmのアクリル板を使用す
れば良い。」(同2頁左下欄1~9行)と記載されている。
 これらの記載からすれば,刊行物1記載の発明においては,円板(1)の
材質は,第一義的には,樹脂ではなくガラスを想定しており,上記「0.5mm」
の厚みの円板(1)の材質は,コーニングマイクロシートなどのガラスであり,樹
脂製の円板の厚みの具体例としては,「1~3mm」のものが記載されているだけ
と解すべきである。
 したがって,刊行物1における「集光レンズ(6)としてN.A.0.6
5の顕微鏡用対物レンズを用いた場合には,円板(1)の厚みを0.5mmとして
も何ら支障はなかった。」との上記記載だけを単純に取り上げて,刊行物1に,
「ガラス円板,或はアクリル,ポリカーボネート等樹脂製の透明な円板(1)の片
面に・・・を配置し,・・・集光レンズ(6)としてN.A.0.65のものを用
いた場合に円板(1)の厚みを0.5mmとしても何ら支障がない磁気光学記憶シ
ステム」(審決書3頁2段)の発明が記載されていると認定判断した審決は誤りで
ある。
(3)一致点Aの認定判断の誤り
 本願発明においては,「透光性カバー」がポリカーボネートであることを
当然の前提として,本願発明の効果を奏するのに最適な透光性カバーの厚みの範囲
(0.6~0.44mm)及び対物レンズの開口数の範囲(0.55~0.70)
を選定し,これに請求項1のコマ収差に関する構成Cとを組み合わせているのであ
る。
 また,刊行物1記載の発明において「集光レンズ(6)としてN.A.
0.65のものを用いた場合に円板(1)の厚みを0.5mmとして」も何ら支障
がなかったのは,円板(1)としてガラス円板を想定した場合であることは上記の
とおりである。
 審決は,一致点Aの認定判断において,本願発明における「透光性カバ
ー」がポリカーボネートであることを当然の前提とすべきであり,また,刊行物1
記載の発明における厚み0.5mmの円板(1)をガラスに限定して解すべきであ
るにもかかわらず,これらの相違点を看過して一致点Aを認定しているのであり,
その一致点Aの認定が誤りであることは明らかである。
 また,本願発明は,対物レンズの開口数の好適範囲0.55~0.70と
組み合わせるのに好適な透光性カバーの厚み範囲0.6~0.44mmを見出した
ものであるから,本願発明のこれら二つの好適範囲の組み合わせは,刊行物1に記
載された二つの数値を含んでいるとしても,刊行物1に記載された二つの数値と一
致するものではない。
2 取消事由2(一致点Bの認定判断の誤り)
 審決は,一致点Bについて,次のとおり認定判断した。
「(イ)まず,コマ収差W31の式について検討する。
 「上記対物レンズの開口数をNA,上記透光性カバーの厚さをt,上記透
光性カバーの屈折率をNとしたときに,コマ収差W31が,
 W31=(t/2)・[(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
]・sin3
α   (θ:スキュー,sinα=NA) を満足する」点に関しては,光
ディスクを用いる記録,再生システムにおいて周知である。一例として,当審の拒
絶理由にも引用された「応用光エレクトロニクスハンドブック」同編集委員会編,
株式会社昭晃堂1989年4月10日初版発行,第419~446頁(以下,「図
書1」という。)(判決注・以下,本判決においても「図書1」という。)を挙げ
ることができ,その図書1の第439頁1行目の(6.2.4)式は,本願発明で
特定するコマ収差W31の式そのものであり,本願発明と同様に光ディスクの記録,
再生システムに関する刊行物1記載の発明も,そのコマ収差の式を満足しているこ
とは当然である。」(審決書4頁3段)
「(ロ)次に,コマ収差W31が,上記式にNA=0.50及びt=1.2m
mを代入して得た値よりも大きくならないように構成されているかの点について検
討する。
(i)本願発明おけるコマ収差の計算
・・・そして,「W31=(t/2)・[(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2

sin2
θ)5/2
]・sin3
α」は,式中で数値が特定されないNとθを含む項「(N2

1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
」を1/k,sinα=NAとして書き換える
と,W31=(t/2)・(1/k)・NA3
 即ち,2k・W31=t・NA3
 とな
り,第1表の数値を用いて計算すると,NA=0.50且つt=1.2mmの2
k・W31(=t・NA3
)は0.15となり,他の4つのケースであるNA=0.
55且つt=0.9mm,NA=0.6且つt=0.69mm,NA=0.65且
つt=0.55mm,NA=0.70且つt=0.44mmいずれの場合も0.1
5となり,同一の値となる。前記4つのケースについては「コマ収差W31の値と等
価になる」との記載を併せ勘案すれば,上記1/kは実質的に概ね定数であると解
するのが相当といえる。」(同4頁末段~5頁3段)
「(ii)刊行物1記載の発明におけるコマ収差の計算
 刊行物1記載の発明において「何ら支障はなかった」とされ,本願発明と
一致するとされたN.A.0.65(即ちNA=0.65)且つ円板(1)の厚み
0.5mm(即ちt=0.5mm)の場合について,2k・W31(=t・NA3

を計算すると0.137となり,対比する場合であるNA=0.50及びt=1.
2mmを代入して計算される2k・W31(=t・NA3
)の0.15の数値よりも
小さい。そして,上記(i)の判断を準拠すれば経時要素があるとしても(例えば
刊行物1記載の発明の発明時点でも),いずれの光ディスクシステムにおいても1
/kは概ね定数と想定できる(大きく変化しない)ものであるから,即ちスキュー
(θ)も透光性基体の屈折率(N)も大きく変化しないと理解するのが相当である
ことを勘案して,刊行物1記載の発明のコマ収差W31を算出すれば「式にNA=
0.50及びt=1.2mmを代入して得た値よりも大きくならないように構成さ
れ」ていると認められる。
 なお,1/kが刊行物1記載の発明と本願発明とで異なる場合であって
も,少なくともそれぞれの発明の中で採用する1/kは同じであるのだから,この
ことでも,前記コマ収差W31に関する上記判断は左右されない。」(同6頁2段~
3段)
しかし,審決の一致点Bの上記認定判断は誤りである。
(1)コマ収差W31の式の周知性
 図書1にコマ収差W31の式が記載されているとしても,このことからにわ
かにコマ収差W31の式が光ディスクを用いる記録,再生システムにおいて周知であ
ると認定することはできない。
  刊行物1には,磁気光学記憶システムの円板(1)の材質と厚みの条件と
の関連性が不明瞭にしか記載されていない。そして,刊行物1においては,コマ収
差W31については何も考慮されておらず,刊行物1に記載されている数値を図書1
のコマ収差W31の式に代入してコマ収差W31を求めることには,技術的意味は何
ら存在しない。
(2)刊行物1記載の発明におけるコマ収差の計算
 本願明細書において,従来技術として記載されている,NA=0.5及び
t=1.2mmの透光性カバーは,ポリカーボネートを用いたものであり,本願発
明においてNA=0.55~0.70及びt=0.6~0.44mmとして用いら
れる透光性カバーも,従来の技術のものと同様に,ポリカーボネートを用いること
を前提としている。
 これに対し,刊行物1記載の発明においては,透明な円板(1),(5)
の材質は,ガラスあるいは樹脂のいずれでもよく,特に,0.5mmの厚みの円板
(1)の場合にはガラスが用いられることが想定されていることは上記のとおりで
ある。
 本願発明のコマ収差W31の式のスキューθが生じる主たる原因は,ディス
ク自体の反り(skew)であることが知られている。ディスクの反りは,ディスク基
板の材質,特にその材料の持つ物理的特性(特に,ヤング率=縦弾性係数)に大き
く関係する。ポリカーボネート樹脂のヤング率が23,000kg/cm2
であるの
に対し,ガラスのヤング率が750,000kg/cm2
であること(「機能材料 
1989年4月号」〔株式会社シーエムシー1989年3月5日発行〕(甲第10
号証)の表2(第16頁))からすれば,本願発明において透光性カバーの材質と
して用いられることが前提となっているポリカーボネートのヤング率は,刊行物1
記載の発明において透明基体の材質として用いられるガラスの約1/33である。
 本願発明のコマ収差のW31式については,従来の技術のものも本願発明
も,透光性カバーの材質がポリカーボネートであることを前提としており,屈折率
Nが一定でスキューθも概ね一定であるから,審決が1/kとして置き換えたもの
が概ね一定となり,そのため,本願発明において,コマ収差のW31式の値を,NA
=0.5及びt=1.2mmの従来技術のものの場合と本願発明の場合とで比較す
る意味がある。
 しかし,刊行物1記載の発明を含む,一般的な光ディスクシステムにおい
ては,上記1/kを概ね定数であると想定することはできない。すなわち,刊行物
1においては,円板(1)の厚みが0.5mmを取り得るものとして開示されてい
るのはコーニングマイクロシート(ガラス)のみであり,ガラスを用いた場合には
スキューθの値がポリカーボネートを用いた場合に較べて大きく異なるのであるか
ら,刊行物1記載の発明におけるガラスの円板(1)の厚み0.5mmの条件で,
同発明におけるコマ収差W31の値を求めて,透光性カバーとしてポリカーボネート
を用いた本願発明の従来技術の構成における「NA=0.50及びt=1.2mm
の場合」のコマ収差W31の値とを比較することは,無意味である。
 なお,光ディスクシステムにおけるスキューθは,光ディスクの反りを要
因として決定されるだけでなく,光ディスクの記録あるいは再生装置側の要因(例
えば,光ピックアップの調整誤差や取付け誤差などによって生じる要因)によって
も影響される。換言すれば,光ディスクシステムにおけるスキューθは,光ディス
クとその記録あるいは再生装置との組み合わせによって初めて決定されるものであ
る。したがって,光ディスクとその記録あるいは再生装置について考慮することな
く,刊行物1記載の発明におけるコマ収差W31式の値が,本願発明のコマ収差W3
1式に,対物レンズのNA=0.50及び透光性基体(透光性カバー)の厚みt=
1.2mmの値を代入して得られる値よりも大きくならないと決定することはでき
ない。
3 取消事由3(手続違背)
 本願発明の「透光性カバー」は,少なくとも本件補正書により構成Cが請求
項1に追加補正された段階で,ポリカーボネートであることを当然の前提としてい
ると解すべきである。審判合議体は,仮に,この点について疑義があるようであれ
ば,十分な審理を行うために,「本願発明は,透光性カバーがポリカーボネートで
あることを前提としているにもかかわらず,この点が特許請求の範囲(請求項1)
に記載されていないから,本願明細書は,特許法(平成2年6月13日改正)36
条5項2号に規定する要件を満たしていない。」という趣旨の拒絶理由通知書を発
し,審判請求人に意見書又は手続補正書を提出する機会を与えるべきであったにも
かかわらず,この通知書を発せずに審理を終結したものである。審決は,特許法1
56条1項の規定に違反してなされたものである。
 本件については,平成15年3月11日付けで特許法29条1項3号違反の
理由とともに特許法36条違反を理由とする拒絶理由が通知(乙第3号証)されて
いるものの,刊行物1は,同拒絶理由通知によって初めて引用されたものであった
こと,本件出願の経過が多岐にわたったこと,本願の発明者及び特許業務担当者,
審判代理人などの手持ちの業務が多かったことなどの理由から,刊行物1に対応す
るために,本願明細書の特許請求の範囲の補正の機会が原告に対し十分に与えられ
ていたということはできない。
第4 被告の反論の骨子
 審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(一致点Aの認定判断の誤り)について
(1)原告は,本願発明の「透光性カバー」がポリカーボネートであると主張す
る。しかし,このことは,本願明細書の特許請求の範囲(請求項1)において特定
された構成ではない。原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものでは
ない。
 なお,本願明細書の実施例において引用された原告自身の先行技術(乙第
1号証,乙第2号証参照)には,本願発明の透光性カバーの材質として,ガラスが
好ましいとされ,樹脂でもよいとされている。
(2)刊行物1には,開口数NA=0.65のレンズと透明な円板(1)の厚み
t=0.5mmの組合わせが明示されており,透明な円板(1)の材質としてポリ
カーボネート等の樹脂とガラスのいずれも明示されており,いずれの材質の場合で
も発明として成立している。
(3)刊行物1の「例えば,集光レンズ(6)としてN.A.0.65の顕微鏡
用対物レンズを用いた場合には,円板(1)の厚みを0.5mmとしても何ら支障
はなかった。」(甲7号証2頁左下欄1~3行)との記載は,NA=0.65とt
=0.5mmとの組合せを具体的に示したものであることが明らかである。そし
て,その組合せが,本願発明の「上記透光性カバーの厚さが0.6~0.44mm
であり,上記対物レンズの開口数が0.55~0.70である」との構成に合致し
ていることも明白である。
 刊行物1に支障がないとして記載されている数値の組合せが本願明細書の
請求項1で特定する数値範囲の組合せに含まれる場合は,両者の構成は一致してい
ると解するのが相当である。
2 取消事由2(一致点Bの認定判断の誤り)について
(1)刊行物1においてコマ収差W31の式について言及されていないとしても,
本願発明においてはすべての場合にコマ収差W31の式が成立することを前提にして
いるのであり,また,図書1の周知例において,同式が特に材質に依存することは
前提とされていないことからすれば,刊行物1記載の発明においてもコマ収差W31
の式が成立していると解すべきであり,これが成立しないとする理由がない。
(2)本願発明の透光性カバーの材質は,ポリカーボネート等の樹脂に限定され
ておらず,刊行物1記載の発明における円板(1)の材質もガラスに限定されるも
のではなく,ポリカーボネートなどの樹脂の使用も開示されているのであるから,
原告の主張は,その前提において失当である。
(3)仮に,原告が主張するように,(a)本願発明におけるコマ収差の式W31
でNA=0.50でt=1.2mmの対比基準とする透光性カバーの材質がポリカ
ーボネート樹脂に限定され,(b)刊行物1記載の透明な円板(1)がガラスの材
質に限定されるとしても,刊行物1記載の発明において,t=1.2mm,NA=
0.50の場合のW31式の値に比べて,t=0.5mm,NA=0.65の場合の
W31式の値は大きくならない。
3 取消事由3(手続違背)について
 本件の審判手続において,平成15年3月11日付けで特許法29条1項3
号違反の理由とともに特許法36条違反を理由とする拒絶理由が通知(乙3号証)
されていたのであり,原告に対し手続補正の機会は与えられていたのであるから,
審判における審理が不十分であったとの原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点Aの認定判断の誤り)について
(1)本願発明の「透光性カバー」について
 原告は,本願発明の「透光性カバー」は,少なくとも本件補正書により請
求項1に構成Cが追加補正された段階では,ポリカーボネートであることを当然の
前提としている,と主張する。
 しかし,本願明細書の特許請求の範囲(請求項1)には,「透光性カバ
ー」について,「上記レーザビームが透過する透光性カバー」,「上記レーザビー
ムを上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対物レンズ」,「上記対物レ
ンズの開口数をNA,上記透光性カバーの厚さをt,上記透光性カバーの屈折率を
Nとしたときに,コマ収差W31が,W31=・・・を満足するとともに,上記式に
NA=0.50及びt=1.2mmを代入して得た値よりも大きくならないように
構成され」,「上記透光性カバーの厚さが0.6~0.44mmであり」と記載さ
れているにすぎず,本願発明の「透光性カバー」がポリカーボネートであるとする
記載は見当たらない。
 また,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても,本願発明の「透光
性カバー」の材質をポリカーボネートに限定することを示唆する記載すらもない。
 すなわち,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明の透光性カバー
(透明基体51)の材質について,〔従来の技術〕の欄に「上記片面光磁気記録媒
体50は,例えばポリカーボネート等の透光性のある透明基体51の一側面に誘電
体層52,例えば希土類-遷移金属合金非晶質薄膜等の磁気光学効果の大きな記録
磁性層53,誘電体層54,反射層55,保護カバー56を順に積層して成ってい
る。この場合,上記基体51の厚さt1は一定であり,従来までは1.2mmに設
定されている。」(甲2号証4頁2~9行)との記載はあるものの,この記載から
明らかなように,ポリカーボネートは,あくまでも従来技術における透光性カバー
(透明基体51)を形成する材料の一例として示されているにすぎないものであ
る。そして,本願明細書の発明の詳細な説明における他の箇所にも「コマ収差W31
が,従来のような対物レンズのNA=0.50及び透光性基体(透光性カバー)の
厚さt=1.2mmの場合に得られるコマ収差W31の値と等価になるNA及びt
を,4ケースについて求めた結果を下の第1表に示す。・・・この第1表に示され
るように,NAを0.55~0.70としても上記tを0.6~0.1mmとすれ
ば,コマ収差は従来と同じかそれ以下にできるから問題ないことがわかる。」(同
12頁6~末行)などの記載が存在するものの,本願発明の透光性カバーの材質を
ポリカーボネートに限定する記載は一切見当たらない。
 したがって,本願発明の要旨の認定において,「透光性カバー」の材質
を,請求項1に何ら記載のない「ポリカーボネート」に限定して解すべき理由は全
くない。
 原告は,本願明細書の発明の詳細な説明における上記の各記載を根拠とし
て,本願発明の「透光性カバー」は,ポリカーボネートであることを当然の前提と
している,と主張するものであり,原告の同主張が理由がないものであることは明
らかである。
(2)刊行物1記載の発明における円板(1)について
 刊行物1には,円板(1)に関して次の記載がある。
①「第1図は本発明を磁気光学記憶円板に実施した側面図であり,ソーダガ
ラス,コーニングマイクロシート等のガラス円板,或はアクリル,ポリカーボネー
ト等樹脂製の円板(1)の上面に,・・・アモルファスフェリ磁性体薄膜(2)及
び・・・誘電体薄膜(3)をこの順に形成し,・・・前記ガラス円板或は樹脂製の
円板(5)を固着して五層構造としている。」(甲7号証2頁左上欄15行~右上
欄7行),
②「第2図は,磁気光学記憶円板と記録ヘッドとの関係を示す側面略図であ
り,第1図の磁気光学記憶円板の円板(1)の上方に集光レンズ(6)及び記録,
消去用磁場発生用のコイル(7)を有する記録ヘッド(8)を図示しないフォーカ
スサーボと連動させ,記録,再生,消去を行なう場合にアモルファスフェリ磁性体
薄膜(2)との距離を一定に保持し得るようにしている。
  尚,集光レンズ(6)を選択することにより記録ヘッド(8)とアモル
ファスフェリ磁性体薄膜(2)との間隔を変化させることができる為,透明な円板
(1)の厚みを例えば0.1mm乃至1mmの範囲内で自由に選択できる。
  例えば,集光レンズ(6)としてN.A.0.65の顕微鏡用対物レン
ズを用いた場合には,円板(1)の厚みを0.5mmとしても何ら支障はなかっ
た。」(2頁右上欄8行~左下欄3行),
③「前記円板(1)(5)の厚み,材質等は,本発明の要旨を逸脱しない範
囲内で自由に選ぶことが可能であり,例えば円板(1)として0.3~0.5mm
のコーニングマイクロシートを使用した場合には,磁気光学記憶円板の強度を保つ
ため,円板(5)として1~3mmのアクリル板を使用すれば良い。」(2頁左下
欄4~9行)
刊行物1においては,上記①の記載から,円板(1)の材質として,ガラ
スとポリカーボネート等の樹脂の2種類のものとすることが開示されており,上記
②の記載から,集光レンズ(6)を選択することにより,円板(1)の厚みを,
0.1mmないし1mmの範囲内で自由に選択することができ,例えば,集光レン
ズ(6)としてN.A.0.65の顕微鏡用対物レンズを用いた場合には,円板
(1)の厚みを0.5mmとすることができることが開示されている,と認めら
れ,また,上記③の記載は,単に,円板(1)の材質としてコーニングマイクロシ
ート(ガラス)を選択した場合の円板(1)の厚み及びこの場合の円板(5)の厚
みを例示したものにすぎず,刊行物1記載の発明がこのような記載により,上記③
記載のもののみに限定されると解することはできない。
 上記各記載によれば,審決が,「刊行物1には・・・「ガラス円板,或は
アクリル,ポリカーボネート等樹脂製の透明な円板(1)の片面に,アモルファス
フェリ磁性体薄膜(2)を設け,更に誘電体薄膜(3),・・・,円板(5)を順
に形成した磁気光学記憶素子と,前記円板(1)の他面側上方に顕微鏡用対物レン
ズを用いた集光レンズ(6)及び記録,消去用磁場発生用のコイル(7)を有する
記録ヘッド(8)を配置し,フォーカスサーボと連動させ,記録,再生,消去を行
ない,集光レンズ(6)としてN.A.0.65のものを用いた場合に円板(1)
の厚みを0.5mmとしても何ら支障がない磁気光学記憶システム。」の発
明・・・が記載されているものと認められる。」(審決書3頁2段)と認定したこ
とに誤りはない。
 原告は,刊行物1記載の発明においては,円板(1)の材質は,第一義的
には,樹脂ではなくガラスを想定しており,上記「0.5mm」の厚みの円板
(1)の材質は,コーニングマイクロシートなどのガラスである,と主張する。し
かし,原告の同主張を採用し得ないことは,上述したところから明らかである。
(3)一致点Aの認定判断の誤りについて
 審決の「刊行物1記載の発明の「磁気光学記憶素子」,「磁気光学記憶シ
ステム」は,それぞれ本願発明の「光ディスク」,「光ディスクシステム」に相当
する」(審決書3頁3段)との認定判断については,原告も争っていない(準備書
面(原告1)12頁)。
 刊行物1記載の発明についての審決の認定に誤りがないことは前記のとお
りであり,この刊行物1記載の発明と本願発明とを対比すれば,審決が,「刊行物
1記載の発明において,「透明な円板(1)」の上方に配置される記録ヘッドの
「集光レンズ(6)」を通して集光されたレーザビームが,「透明な円板(1)」
を透過し,「アモルファスフェリ磁性体薄膜(2)」に照射され記録,再生,消去
を行うことが明らかであるから,刊行物1記載の発明の「ガラス円板,或はアクリ
ル,ポリカーボネート等樹脂製の透明な円板(1)」と「アモルファスフェリ磁性
体薄膜(2)」と「顕微鏡用対物レンズを用いた集光レンズ(6)」は,それぞれ
本願発明の「記録層を覆うように設けられているとともに上記レーザビームが透過
する透光性カバー」と「記録及び/再生のためのレーザビームが照射される記録
層」と「上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対物レンズ」に相当す
る。また,刊行物1記載の発明の「集光レンズ(6)としてN.A.0.65のも
のを用いた場合に円板(1)の厚みを0.5mmとして」は,本願発明の「透光性
カバーの厚さが0.6~0.44mmであり,上記対物レンズの開口数が0.55
~0.70であること」に対応し,「透光性カバーの厚さが0.5mmであり,上
記対物レンズの開口数が0.65である」点で一致している。」(審決書3頁3段
~4頁1段)と認定したことに誤りがないこと,及び,審決の一致点Aの認定にも
誤りがないことは明らかである。
 原告は,審決が,一致点Aの認定判断において,本願発明における「透光
性カバー」がポリカーボネートであることを当然の前提とすべきであり,また,刊
行物1記載の発明における厚み0.5mmの円板(1)をガラスに限定して解すべ
きであるにもかかわらず,これらの相違点を看過して一致点Aを認定したことは誤
りである,と主張する。
 しかし,本願発明における「透光性カバー」がポリカーボネートであるこ
とを当然の前提とすべきであると解することはできないこと,及び,刊行物1記載
の発明における厚み0.5mmの円板(1)をガラスに限定して解すべきではない
ことはいずれも上記認定のとおりであり,原告の主張はその前提において理由がな
い。
 原告は,本願発明は,対物レンズの開口数の好適範囲0.55~0.70
と組み合わせるのに好適な透光性カバーの厚み範囲0.6~0.44mmを見出し
たものであるから,本願発明のこれら二つの好適範囲の組み合わせは,刊行物1に
記載された二つの数値を含んでいるとしても,刊行物1に記載された二つの数値と
一致するものではない,と主張する。
 しかしながら,刊行物1には,上記(2)②のとおり「集光レンズ(6)を選
択することにより記録ヘッド(8)とアモルファスフェリ磁性体薄膜(2)との間
隔を変化させることができる為,透明な円板(1)の厚みを例えば0.1mm乃至
1mmの範囲内で自由に選択できる。例えば,集光レンズ(6)としてN.A.
0.65の顕微鏡用対物レンズを用いた場合には,円板(1)の厚みを0.5mm
としても何ら支障はなかった。」と記載されているのであり,透明な円板(1)の
厚みを0.5mm,対物レンズの開口数NAを0.65とした磁気光学記憶システ
ムが開示されていること,及び,この刊行物1記載の発明が本願発明の構成D
(「上記透光性カバーの厚さが0.6~0.44mmであり」)及び構成E(「上
記対物レンズの開口数が0.55~0.70である」に含まれるものであることは
明らかである。原告の上記主張も理由がない。
2 取消事由2(一致点Bの認定判断の誤り)について
(1)コマ収差W31の式の周知性について
(ア)原告は,図書1にコマ収差W31の式が記載されているとしても,このこ
とからにわかにコマ収差W31の式が光ディスクを用いる記録,再生システムにおい
て周知であると認定することはできない,と主張する。
 しかし,図書1の「6.2.1 光ディスクシステムに発生する典型的
な収差」の「(3)コマ収差」の項に,「平板の厚さをt,屈折率をN,収束光束
の開口数をsinαとする」(甲11号証437頁下から5行)ことを前提として,
「傾いた平行平板を収束光束が通過するときコマ収差が発生する。光束の光軸に対
して平板の法線がなす角をθとすると,コマの波面収差係数はW31=(t/
2)・[(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
]・sin3
α  (6.2.
4)で与えられる。」(同438頁19行~439頁2行。判決注・コマ収差W31
の式は,分数表示を含む式を1行で表記する際の計算順序に誤解を生じないよう
に,「t/2」に()を付し,「(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2

に[]を付した。以下,図書1における上記式を「式(6.2.4)」という。)
という記載がある。
 図書1における上記「平板」,「収束光束の開口数」,「光束の光軸に
対して平板の法線がなす角」が本願発明の「透光性カバー」,「対物レンズの開口
数」,「スキュー」に相当するから,図書1の式(6.2.4)は,本願発明のコ
マ収差W31の式と同じ技術事項を意味し,本願発明のコマ収差W31と同一の式で
あると認められる。
 そして,図書1は,本件出願の出願日より約9月前に刊行されたもので
はあるものの,「盛沢山の要素技術を限られた紙面に網羅し」(甲11号証419
頁12~13行)た「応用光エレクトロニクスハンドブック」(題号)であり,そ
の図書1において,式(6.2.4)は,「6.2.1項では,光ディスクの読取
り方式に由来する典型的な収差の発生機構と評価式を与え,これらの収差と光ディ
スクの諸元や光学定数との関係を整理する。」(同437頁12~13行,下線付
加)と記載された上で,「6.2.1 光ディスクシステムに発生する典型的な収
差」(同437頁,下線付加)の項で,コマ収差の式として紹介されているもので
あるから,本願発明のコマ収差W31の式は,光ディスクシステムの分野において本
件出願前に周知の技術事項であると認められる。
(イ)図書1の「6.2.1 光ディスクシステムに発生する典型的な収差」
(甲11号証437頁,下線付加)の「(3)コマ収差」の項では,コマ収差の発
生機構について,「傾いた平行平板を収束光束が通過するときコマ収差が発生す
る。」(同438頁19行)と記載されている。このことからすれば,光ディスク
システムにおいては,光ディスクが入射光束に対して傾いている場合,コマ収差W
31の式で規定されるコマ収差が発生するとの発生機構も,光ディスクシステムの分
野において本件出願前に周知の技術事項であると認められる。
 そして,刊行物1記載の発明は,磁気光学記憶システム(光ディスクシ
ステム)に関する発明であるから(甲7号証),刊行物1記載の発明(磁気光学記
憶システム)においても,本願発明と同様にコマ収差が発生し,本願発明のコマ収
差の式W31が成り立つことは明らかである。
 したがって,審決が,本願発明のコマ収差W31の式について,「本願発
明と同様に光ディスクの記録,再生システムに関する刊行物1記載の発明も,その
コマ収差の式を満足していることは当然である。」(審決書4頁3段)とした認定
判断に誤りはない。
原告は,刊行物1には,磁気光学記憶システムの円板の材質と厚みの条
件との関連性が不明瞭にしか記載されていないとか,刊行物1においては,コマ収
差W31については何も考慮されていないとか,刊行物1に記載されている数値を図
書1のコマ収差W31の式に代入してコマ収差W31を求めることには,技術的意味
は何ら存在しないとか主張する。
 しかしながら,コマ収差W31の式は,上記のとおり,光ディスクシステ
ムにおいて,光ディスクが入射光束に対して傾いている場合,同式で規定されるコ
マ収差が発生する,という物性を示す関係式であるから,原告が主張する上記の点
は,いずれも刊行物1記載の発明においてコマ収差W31が発生することを否定する
ものではないことは明らかである。
(2)刊行物1記載の発明におけるコマ収差の計算について
 原告は,透光性カバー(円板)として,ガラスを用いた場合にはスキュー
θの値がポリカーボネートを用いた場合に較べて大きく異なるのであるから,刊行
物1記載の発明におけるガラスの円板(1)の厚み0.5mmの条件で,同発明に
おけるコマ収差W31を求めて,透光性カバーとしてポリカーボネートを用いた本願
発明の従来技術の構成における「NA=0.50及びt=1.2mmの場合」と比
較することは,無意味である,と主張する。
 しかし,本願発明の透光性カバーがポリカーボネートを用いたものに限定
されるものではないこと,及び,刊行物1記載の発明における0.5mmの円板
(1)がガラスを用いたものに限定されるものではないことは,前記のとおりであ
り,原告の上記主張は,そもそもその前提において誤りであり,採用することがで
きない。
 また,刊行物1記載の発明におけるコマ収差W31の式の数値が,同式に,
「NA=0.50及びt=1.2mmを代入して得た値よりも大きくならないよう
に構成され」(請求項1)ていると認められる,とする審決の認定判断(審決書6
頁2段)に誤りがないことは,次のとおりである。
 すなわち,コマ収差の式「W31=(t/2)・[(N2
-1)N2
sinθ
cosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
]・sin3
α」は,式中で数値が特定されないNとθを含
む項「(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
」を1/k,sinα=NAと
して書き換えると,W31=(t/2)・(1/k)・NA3
,すなわち,2k・W3
1=t・NA3
 となる(審決書5頁15~19行参照。数式の単なる変換にすぎ
ず,この数式の変換自体に誤りがないことは当事者間に争いがない。)。さらに,
上記kは,原告が主張するように,透光性カバーの材質によって,スキューθも屈
折率Nも変ってくる可能性があるため,これを定数であるということはできないも
のの,透光性カバーの材質として同一のものを用いるとの前提で考えれば,スキュ
ーθも屈折率Nも一定の数値となることは明らかである。
 そして,本願発明の構成C(「上記対物レンズの開口数をNA,上記透光
性カバーの厚さをt,上記透光性カバーの屈折率をNとしたときに,コマ収差W31
が,
 W31=(t/2)・[(N2
-1)N2
sinθcosθ/(N2
-sin2
θ)5/2
]・sin3
α    (θ:スキュー,sinα=NA)
を満足するとともに,上記式にNA=0.50及びt=1.2mmを代入し
て得た値よりも大きくならないように構成され,」)におけるコマ収差の値の比較
は,同じ材質の透光性カバーのもの同士で,対物レンズの開口数NA及び透光性カ
バーの厚さtを上記W31の式に代入して得られる値と,「上記式にNA=0.50
及びt=1.2mmを代入して得た値」とを比較すべきものと解すべきことは当然
である。なぜならば,このように解さなければ,対物レンズの開口数NAや透光性
カバーの厚さtを,基準となる数値(従来技術における数値・NA=0.50及び
t=1.2mm)と比較する意味がなくなるからである。換言すれば,本願発明
は,「対物レンズのNAをより大きくし,光ディスクの透光性カバーをより薄くし
たから,より高密度な記録及び/又は再生が可能となって,大容量化を図ることが
できる。」(甲2号証25頁3~6行)との効果を奏するために,透光性カバーの
厚さと対物レンズの開口数の組合せが重要な構成となっており,このことが構成D
及びEにおいて規定されているだけでなく,構成Cにおいても,コマ収差W31の式
(t・NA3
が重要な意味を持つ数式に変換し得ることは上記のとおりである。)に
よって,従来技術における数値・NA=0.50及びt=1.2mmを同式に代入
して得た値よりも大きくならないように,対物レンズの開口数NAと透光性カバー
の厚さtが組み合わされるとの構成を規定しているものであるから,構成Cに関し
この比較を行う場合において,透光性カバーを同質のものとして(ガラスならガラ
ス,樹脂なら樹脂として),すなわち1/kを一定のものとして,その上で上記N
Aと上記tを代入して得られる数値を比較すべきであることは,本願発明の上記構
成Cからして当然のことである。
 以上からすれば,刊行物1記載の発明における対物レンズの開口数(N
A)0.65及び透光性カバーの厚み(t)0.5mmの数値を本願発明のコマ収
差の式W31に代入して得られる数値が,透光性カバーの厚み(t)を1.2mm,
対物レンズの開口数(NA)を0.50として同式に代入して得られる数値よりも
低いことは,t・NA3
が前者では0.5×0.653
=0.137,後者では1.
2×0.503
=0.15となることから明らかである。
 したがって,審決が「刊行物1記載の発明のコマ収差W31を算出すれば
「式にNA=0.50及びt=1.2mmを代入して得た値よりも大きくならない
ように構成され」ていると認められる。」(審決6頁2段)とした認定判断に誤り
はない。
 なお,審決が,「いずれの光ディスクシステムにおいても1/kは概ね定
数と想定できる(大きく変化しない)ものであるから,即ちスキュー(θ)も透光
性基体の屈折率(N)も大きく変化しないと理解するのが相当である」(審決書6
頁2段)と説示した部分は,この部分のみを採り上げれば誤りである。すなわち,
コマ収差W31の式におけるスキューθは,透光性カバーの材質がガラスかポリカー
ボネート等の樹脂かによってヤング率が異なり,これにより異なるものとなること
は,甲10号証から容易に推認することができるから,これらの数値によって構成
される1/kが,いずれの光ディスクにおいても概ね定数であると断定することは
できない。しかし,審決は,「なお,1/kが刊行物1記載の発明と本願発明とで
異なる場合であっても,少なくともそれぞれの発明の中で採用する1/kは同じで
あるのだから,このことでも,前記コマ収差W31に関する上記判断は左右されな
い。」(審決書6頁3段)とも説示しており,この趣旨は,それぞれの発明につい
て比較の対象とされる透光性カバーの材質は同じであるべきであるから,「それぞ
れの発明の中で採用する1/kは同じである」ことを説示しているものと解するこ
とができ,審決のこの説示については誤りはない。いずれにしても,刊行物1記載
の発明が本願発明の構成Cを備えている旨の審決の上記認定判断に誤りはない。
3 取消事由3(手続違背)について
 原告は,本願発明の「透光性カバー」は,少なくとも本件補正書により構成
Cが請求項1に追加補正された段階で,ポリカーボネートであることを当然の前提
としていると解すべきであり,審判合議体は,仮に,この点について疑義があるよ
うであれば,十分な審理を行うために,この点が特許請求の範囲(請求項1)に記
載されていないという趣旨の拒絶理由通知書を発すべきであった,と主張する。
 しかし,本願発明の「透光性カバー」をポリカーボネートに限定して解すべ
き根拠となる記載が本願明細書において見当たらないことは前記のとおりであるか
ら,原告の上記主張が全く理由がないものであることは明らかである。
 原告は,刊行物1が,平成15年3月11日付けの拒絶理由通知(乙第3号
証)によって初めて引用されたものであったこと,その他原告側の事情に照らし,
原告に対し本件補正書を提出する機会が十分与えられていたとはいえない旨主張す
る。
 しかしながら,原告の主張するいずれの点も,刊行物1に対応するための本
願明細書の補正の機会が原告に対し十分に与えられていないと認めるに足りる程の
ものとはいえないことは明らかである。
 原告の手続違背の主張も理由がない。
4 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由
がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行
政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
    東京高等裁判所知的財産第3部
         裁判長裁判官   佐  藤  久  夫
            裁判官  設  樂  隆  一
 
      裁判官  若  林  辰  繁
(別紙)
別紙図面A別紙図面B

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