弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分につき,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者双方の申立て
 1 控訴人ら
  (1) 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
 (2)ア(本案前の申立て)
   上記取消部分につき,被控訴人らの訴えをいずれも却下する。
  イ(本案の申立て)
   上記取消部分につき,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
 2 被控訴人ら
  (1) 本件控訴をいずれも棄却する。
  (2) 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
 1 本件は,沖縄県(以下「県」という。県名について記載しない場合,沖縄県
内の市町村を指す。)の住民である被控訴人らが,α地区団体営農地開発事業(以
下「本件事業」という。)及び事業の変更について県知事がした認可が,土地改良
法(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下,「土地改良法」という場
合,同改正前のものを指す。)等に違反して違法・無効であることを前提に,本件
事業に関する補助金の支出が違法であると主張して,①地方自治法(平成14年法
律第4号による改正前のもの。以下,「地方自治法」という場合,同改正前のもの
を指す。)242条の2第1項1号に基づき,控訴人沖縄県知事a(以下「控訴人
知事」という。なお,訴訟提起時の控訴人沖縄県知事はbであったが,訴訟係属中
にaが同控訴人の地位を承継した。)に対し,本件事業に関する公金支出等の差止
めを求め,②同条項4号に基づき,県に代位して,県が本件事業に関し,平成7年
8月25日から平成10年5月15日までの間に,合計金3525万8000円の
補助金を支出したことが違法な公金支出であり,県に同額の損害を与えたなどと主
張して,当時県知事として補助金支出の命令権限を有していた控訴人bに対し,本
件補助金支出相当額の損害賠償(これに対する各支出日以降の民法所定の年5分の
割合による遅延損害金を含む。)の支払を求め,③上記①差止請求の予備的請求と
して,同条項3号に基づき,控訴人知事に対し,県が控訴人bに対する上記②損害
賠償請求権を有しているにもかかわらず,その各行使を怠っていることが違法であ
ることを確認することを求めた事案である。
 2前提事実(争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実)
 (1) 当事者
   被控訴人らは,県の住民である。
   控訴人知事は,県の公金の支出,財産の管理若しくは処分,契約の締結若
しくは履行,債務その他の義務の負担,又は地方債起債手続などの行為をなすにつ
き最終権限を有する者である。
   控訴人bは,本件補助金支出当時,県知事の職にあり,本件事業の実施に
対する補助金の支出を命じる予算執行権限を有していた者である。
  (2) 本件事業の概要
    本件事業は,沖縄県国頭郡βに所在する勅令貸付国有林である県営林内に
おいて,国頭村が事業主体となって行う土地改良事業(農用地造成事業)である。
    本件事業の計画・実施に際して,環境影響事前評価(環境アセスメント)
は行われなかった。
ア 当初計画
     昭和60年10月17日,国頭村から県知事に対し,本件事業に関する
計画(以下「当初計画」という。)を示して土地改良事業の認可申請がなされ,昭
和61年2月7日,当時の県知事cがこれを認可した。
     当初計画の事業内容は,造成面積を32.3ヘクタール,受益戸数を1
3戸,基幹作物をサトウキビ・大根,造成工法を改良山成畑工とするもので,工期
は昭和60年度着工,平成9年度完了予定とされた。
     当初計画における本件事業の総事業費は7億円とされ,その負担割合
は,国が75パーセント,県が12.5パーセント,国頭村が6.25パーセン
ト,受益者が6.25パーセントとされた。
イ 第1回計画変更
本件事業に関して,昭和63年度及び平成4年度に,事業費の増加を伴
う事業計画変更の必要性が生じた。
この事業計画の変更について,平成9年9月16日,国頭村から県知事
に対し,計画変更の認可申請がなされ,同年12月2日,当時の県知事控訴人bが
これを認可した。
ウ 第2回計画変更
本件事業に関して,平成7年度に事業費の減少を伴う事業計画変更の必
要性が生じ,平成8年度に事業費の増加を伴う事業計画変更の必要性が生じた。
この事業計画の変更について,平成10年6月1日,国頭村から県知事
に対し,計画変更の認可申請がなされ,同年9月28日,当時の県知事控訴人bが
これを認可した。
  (3) 本件補助金支出
    控訴人bは,県知事として,本件事業に関し,国頭村に対し,下記のとお
り補助金交付決定(支出負担行為)をして支出命令を出し(以下,併せて「本件補
助金支出」という。),これに基づいて以下のとおり補助金合計3525万800
0円が支出された。
││支出負担行│支出命令│交付年月日│金額││
││為年月日│年月日││││
│平成7年度│H7.6.14│H7.8.2│H7.8.25│3,648,000│本件支出・│
││H8.3.14│H8.5.7│H8.5.27│9,001,000│本件支出②│
│平成8年度│H8.6.26│H8.9.13│H8.10.4│3,932,000│本件支出・│
││H9.4.1│H9.4.16│H9.5.26│6,462,000│本件支出・│
│││H10.3.31│H10.4.15│5,968,000│本件支出⑤│
│平成9年度│H9.5.30│10.4.28│H10.5.15│6,247,000│本件支出⑥│
     なお,本件補助金支出は,県内部においては,沖縄県事務決裁規定(乙
35)8条3(9)コ及びサに基づき農林総務課長の専決事項とされている(ただし,
本件補助金支出が補助職員〔農林総務課長〕の専決により処理れた旨の控訴人らの
主張が「自白の撤回」に当たるか否かについては,後記のとおり争いがある。)。
  (4) 監査請求
    被控訴人らは,平成8年9月26日,県の監査委員に対し,地方自治法2
42条1項に基づき,本件事業が土地改良法の必要性等の基本要件を欠き,自然環
境を破壊するため文化財保護法等にも反して違法であるなどと主張して,平成8年
度以後の工事差止め,同7年度支出相当額の返還,完成部分の原状回復等を知事に
勧告することを求める内容の「沖縄県職員措置請求書」を提出し,監査請求を行っ
た(甲2。以下「本件監査請求」という。)。
    これに対し,同監査委員は,平成8年10月29日付けで,被控訴人らの
監査請求は住民監査請求の制度に適合せず不適法な請求であるとして却下する旨通
知した(甲3)。
  (5) 本訴提起等
    被控訴人らは,平成8年11月25日,控訴人知事に対し,本件事業に関
する公金支出の差止めを,控訴人bに対し,県に代位して,平成7年度支出分(1
250万円)について,支出相当額の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払
を求める住民訴訟として本訴を提起した。
    被控訴人らは,平成10年5月27日の原審第8回口頭弁論において,同
日付け訴え変更申立書をもって,控訴人bに対し,本件支出③及び本件支出④につ
いて,支出相当額の損害賠償及びこれに対する各遅延損害金の支払を求める訴えを
追加する訴え変更の申立て(同変更申立書提出日は平成10年5月26日であ
る。)をした。
    被控訴人らは,平成14年12月13日の原審第19回口頭弁論におい
て,同年10月26日付け訴え変更申立書をもって,控訴人知事に対し,本件事業
に関する公金支出の差止請求の予備的請求として,控訴人bに対して,本件事業に
関する違法な本件補助金支出について,不法行為に基づく支出相当額(平成7年度
から平成10年5月15日までの各支出合計として3510万9000円)の損害
賠償請求権及びこれに対する各遅延損害金請求権を有しているにもかかわらず,そ
の各行使を怠っていることが違法であることの確認を求める訴えを,控訴人bに対
し,本件支出⑤及び本件支出⑥について,支出相当額の損害賠償及びこれに対する
各遅延損害金の支払を求める訴えを追加する訴え変更の申立て(同変更申立書提出
日は平成14年10月27日である。)をした。
    被控訴人らは,平成15年3月19日の原審第20回口頭弁論において,
同年3月3日付け訴状訂正申立書(訴えの変更)をもって,平成7年度分の支出額
を本件支出①及び本件支出②の合計額である1264万9000円に変更し,本件
補助金支出合計額を3525万8000円とする控訴人bに対する損害賠償代位請
求及び控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認を求める訴えに変更す
る申立て(同申立書提出日は平成15年3月3日である。)をした。
  (6) 本件事業の完了
    本件事業の施行に伴う工事は,平成10年3月27日に完了し,本件事業
に関する県の補助金支出は本件支出⑥により完了した。
第3 本案前の答弁に関する争点及び争点に対する当事者の主張
 1 訴えの利益(差止請求について)
(控訴人知事の主張)
   本件事業は既に完了しているから,差止請求は,差し止めを求める対象が存
在せず,訴えの利益を欠くため不適法であり,却下されるべきである。
(被控訴人らの主張)
   訴えの利益を欠くとの主張は争う。
 2 監査請求前置-監査請求期間徒過についての正当な理由(本件支出①に関す
る控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害
賠償代位請求について)
(控訴人らの主張)
本件支出①については,公金支出がなされた日から1年の監査請求期間を徒
過して監査請求がなされている。
本件補助金支出に関する公文書は,平成4年7月1日施行の沖縄県情報公開
条例の規定する開示対象文書であり,事柄の性質上何ら秘匿すべき事項でもないか
ら,県の担当部署に直接問い合わせることによっても知り得たものである。実際,
被控訴人らが本件監査請求時に提出した平成7年度支出額,支出年月日を記載した
文書(甲2の4)は,被控訴人らからの照会に対して,県が任意に回答した内容が
記載されている。
よって,被控訴人らが,本件支出①がなされたことにつき,それを知る方法
は,制度上保障されており,本件事業は平成7年度より以前から継続的に工事が行
われているのであるから,各年度において県の支出がなされていることは外形的に
も明らかであり,被控訴人らは,本件支出①のなされたころには,それを知り得た
というべきであって,監査請求期間を徒過したことについて,地方自治法242条
2項但書所定の正当な理由は認められず,監査請求前置の要件を欠き,不適法であ
る。
(被控訴人らの主張)
 被控訴人らが,本件支出①がなされたことにつき,監査請求期間を徒過した
ことには,地方自治法242条2項但書所定の正当な理由がある。
本件支出①は,土地改良法に定められた公告・縦覧の計画変更手続を経ずに
なされた違法なものであり,被控訴人らが,当初計画と異なる変更計画の工事内容
の必要費用を具体的に知り得る機会はなく,平成9年12月に認可された変更手続
において初めてその具体的内容を知り得たというべきである。それまで,被控訴人
らが,変更手続の欠落した「違法な」公金支出を疑うことは,相当な注意をもって
しても著しく困難であり,情報公開条例等によって調査を行うことは不可能であっ
たといえ,監査請求期間を徒過したことには正当な理由がある。
 3 監査請求前置-監査請求後の支出(本件支出③ないし⑥に関する控訴人知事
に対する損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求
について)
  (控訴人らの主張)
被控訴人らによる本件監査請求では,①平成8年度以後の工事差止め,②平
成7年度支出額の返還,③完成部分の原状回復が求められており,公金支出につい
ては平成7年度分しか監査請求の対象とされていない。よって,平成8年度及び平
成9年度の支出については,監査請求の対象とされていないから,本件支出③ない
し⑥に関する請求は,監査請求前置の要件を欠き,不適法である。
また,本件支出③については,本件訴訟提起(平成8年11月25日)前の
支出であって,訴訟係属中の支出ではなく,訴訟における差止請求の対象とされて
いないから,適法な監査請求を経ておらず,出訴期間も徒過している。
  (被控訴人らの主張)
住民訴訟の対象となる行為又は事実は,住民監査請求にかかわる行為若しく
は事実から派生し,又はこれを前提として後続することが必然的に予想されるすべ
ての行為若しくは事実に及ぶものであるところ,被控訴人らのなした本件監査請求
には,平成8年度以降の工事差止めの措置請求があり,これは,差止めに係る工事
に関連する費用,公金の支出の差止めを当然含んでいるものである。
このように,監査請求において,工事の差止めを請求していたところ,住民
訴訟の提起の前後に,監査請求における差止めに必然的に含まれる公金の支出が行
われてしまった場合には,当該支出を対象として新たに監査請求をする必要はな
く,当該支出を行った者を被告とする損害賠償代位請求を追加提起すればよいとさ
れている。
よって,本件監査請求後になされた支出に関する請求は,監査請求前置の要
件を満たしており,適法である。
 4 出訴期間(上記3と同じ各請求について)
(控訴人らの主張)
被控訴人ら主張のとおり,本件監査請求後の支出分について,訴えの追加的
変更によることが認められるとしても,訴えの変更は,新訴の提起に他ならないか
ら,出訴期間の定めのあるものは,その出訴期間内に変更の申立てがなされなけれ
ばならないのが原則であり,その場合の出訴期間は,当該公金支出を住民が知り得
た日から30日以内と解すべきである。そして,上記2指摘の事情によれば,被控
訴人らは,各支出のなされたころには,それを知り得たというべきである。
 被控訴人らは,本件において,本件支出③及び本件支出④に関する控訴人b
に対する損害賠償代位請求について平成10年5月26日,本件支出⑤及び本件支
出⑥に関する控訴人bに対する損害賠償代位請求と本件補助金支出に関する控訴人
知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認について平成14年10月27日
に,それぞれ訴えの変更申立書を提出しており,いずれも支出のなされた日から3
0日を経過した後で,出訴期間を経過した後になされたものであることは明らかで
ある。
 よって,訴え変更により追加された請求については,出訴期間を徒過したも
ので不適法であり,却下されるべきである。
(被控訴人らの主張)
 地方自治法242条の2第2項所定の出訴期間の定めは,住民訴訟の前置と
される監査請求がなされ,かつ,監査請求の結果通知があった場合,監査による措
置を講じる期間が指定された場合,監査委員が監査又は勧告を行わない場合等不変
期間である出訴期間を明確に知り得ることを前提としている。
 監査請求ないし住民訴訟提起後,当初の監査請求の対象事項に関連し,これ
と同一性を有する新たな行為が生じた場合,改めて監査請求をする必要はないこと
からすると,新たな行為については,住民訴訟の出訴期間の始期を確定する独立の
監査請求が存在しないのであるから,当初の監査請求を前置した住民訴訟が適法な
出訴期間内に提起されていれば,その後,訴えを追加的に変更した請求について
も,出訴期間を遵守したものとみなすべきである。
 本件において,当初提訴の請求は,適法な出訴期間内に提起されたものであ
るから,その後,訴え変更により追加した請求についても,適法というべきであ
る。
 5 住民訴訟の対象及び違法事由(控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の
違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求について)
  (控訴人らの主張) 
   地方自治法242条の2第1項の規定に基づく住民訴訟の対象事項となるの
は,公金支出等のいわゆる財務会計上の行為に限定される。また,地方自治法にお
ける住民訴訟制度は,普通地方公共団体の行政一般の適正を確保することを目的と
するのではなく,地方公共団体の財務会計の適正を担保することを目的とする制度
であるから,住民訴訟において問題とされる違法事由は専ら地方公共団体の財務会
計の適正を図る観点からの違法事由であり,裁判所が,住民訴訟においてそれ以外
の観点から違法事由の有無を審理・判断することを同法は予定していないというべ
きである。
   よって,本件訴訟において,本件事業及び知事の認可行為の違法を問題と
し,財務会計上の行為以外の原因行為の違法を主張している被控訴人らの本件訴え
は,住民訴訟として不適法であり,却下されるべきである。
  (被控訴人らの主張)
  被控訴人らは,本件訴訟において,公金支出等の財務会計上の行為を対象と
し,その違法性についても,本件事業及びこれに対する知事の認可が違法・無効で
あるため,これを前提とする本件補助金支出が違法であるとして,財務会計上の行
為自体の違法性を問題としているのであるから,住民訴訟として適法である。
第4 本案における争点及び争点に関する当事者の主張
 1 本件補助金支出が財務会計上違法な行為であるか,否か。
 (被控訴人らの主張)
  (1) 本件事業の実体的違法性
    以下に述べるとおり,本件事業は必要性,経済性に欠け,文化財保護法等
の法令に違反する違法な事業であるから,そもそも本件事業に補助金を支出するこ
とには「公益上の必要」がなく,本件補助金支出は地方自治法232条の2に違反
し,その支出の根拠を欠く違法な財務会計行為である。
   ア 本件事業の必要性の欠如
     国頭村においては,農家戸数が減少し,耕作放棄地が増加しており,本
件事業計画で作付け予定とされているサトウキビや国頭村の主要農産物であるパイ
ナップルの農業生産量は減少傾向にあるから,耕地面積拡大の必要性はなく,農家
1戸当たりの耕作面積を拡大する必要があるのであれば,耕作放棄地を活用すれば
足りるのであって,本件事業の必要性はない。
     また,本件事業の農耕者は,周辺に居住しておらず,耕作,農作物の搬
出のため,徒歩又は自動車交通を利用せざるを得ず,時間的にも経済的にも負担を
伴い,採算性にも影響する上,農作物の状況を継続的に管理することは困難であ
る。しかも,本件農用地には灌漑施設が設置されておらず,必要な灌漑用水は給水
車などで搬入しなければならず,時間的,経済的負担も大きく,酸性度の高い土壌
の改善維持のためには,多大の費用と労力を要する。
     これらの事情からすると,本件事業の必要性の検討において,本件事業
の対象地の水利その他の自然的環境,社会的環境,経済的環境からみて本当に必要
であるとは認められず,その必要性は合理的根拠を欠くものである。
   イ 本件事業の経済性の欠如
     土地改良法における経済効果算定においては,すべての効果とすべての
費用を算定して,比較しなければならないが,本件事業においては,以下のとお
り,適正な算定が行われておらず,費用対効果の観点から合理性が認められない。
    (ア) 経済効果算定項目の欠如
      本件事業計画の経済効果測定の内容を見ると,作物生産効果と維持管
理費節減効果の2項目しか挙げられていない。作物の播種直後の灌漑費用,農耕地
から流出する表土の流出防止,沈砂池等の土砂の除去,農地への復土,赤土流出防
止施設の補修や維持管理費用が計上されていない。
      また,本件造成農地は,営農農家から数キロメートル離れた山中に位
置しているため,農耕のための通作交通費用,農業輸送費用等が必要であるが,こ
れらも計上されておらず,本件事業計画の経済効果測定は極めて不完全である。
 (イ) 作物生産効果の不当な算定
  本件事業計画の作物生産効果は,単位面積当たりの収量,作付け面積
等の根拠がなく,過大に算定されている。
 (ウ) 維持管理費節減効果の不当な算定
  本件事業計画の維持管理費節減効果は,算定の根拠が示されておら
ず,計画の変更による維持管理費節減効果の変化の説明がなく,農道維持管理費が
計上されていないなど,過小に算定され,極めて恣意的になされている。
  また,「土地改良事業計画変更調査報告書」(甲35)は,赤土防止
対策の必要性及び沈砂池等防災施設の維持管理徹底の必要性を指摘しているが,こ
れらに伴う維持管理費用も算定されていない。
   ウ自然環境の破壊等
     本件事業は,その対象地及び周辺地域の自然環境が極めて貴重であり,
これに及ぼす影響は重大であると考えられるところ,自然環境に対する配慮を著し
く欠いており,以下の自然環境関連法令等に違反する。
   (ア) 文化財保護法違反
      天然記念物の保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁
長官の許可を受けなければならないところ(文化財保護法80条1項),本件事業
がやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすことは明らかであるのに,本件事業
について文化庁長官の許可を受けていない。
   (イ) 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(平成11
年法律第160号による改正前のもの。以下,「種の保存法」という場合,同改正
前のものを指す。)違反
    地方公共団体は,国内希少野生動植物種の生きている個体の捕獲等
(捕獲,採取,殺傷又は損傷)をしようとするときは,あらかじめ環境庁長官に協
議しその同意を得なければならないところ(種の保存法54条2項),本件事業に
ついて上記の協議がなされていない。
  (ウ) 人格権,環境権等侵害
    本件事業により,大量の赤土が流出し,珊瑚礁を中心とした海の生態
系を破壊し,沖縄の漁業・観光産業に多大な損害を及ぼしており,県は,今後,赤
土流出防止,沖縄の漁業・観光産業の被害回復のための支出を余儀なくされ,県財
政が圧迫されることになる。これは,被控訴人ら,県住民の人格権,財産権,環境
権,自然享有権に対する現実の差し迫った危険,侵害行為である。
(2) 本件事業における手続的違法性
   ア 本件事業の計画変更手続の違法
(ア) 事業主体である市町村が土地改良事業の計画を変更する場合には,
省令の定めるところにより,当該市町村の議会の議決を経て必要な事項を定め,都
道府県知事の認可を受けなければならない。にもかかわらず,本件事業において
は,適正な変更手続を欠いたまま,計画変更に係る工事等が実施されたものであっ
て,土地改良法に違反する違法な事業である。
(イ) 特定の事業の存在を前提とする補助金支出については,その交付の
対象となる事業が存在すること,その内容に公益性があることが当然の前提とされ
るが,その公益性の有無の判断に当たっては,当該事業に関連する法規が要求して
いる審査手続を実質的に充足していることが必要である。
      しかるに,本件補助金支出は,その目的たる事業変更計画手続が不存
在であるにもかかわらず支出されたという明白な手続違反がある。本件事業はその
計画変更手続に瑕疵があるため,土地改良法上施行を許されない事業であって,こ
れに対する補助金支出に「公益上の必要」があるといえないことは明らかである。
事業の必要性があれば「公益上の必要」があるというものではない。
(ウ) 公金の支出は,その公金支出手続自体が違法である場合のほか,当
該公金支出の目的ないし根拠となる支出の原因行為(先行行為)が不存在の場合,
又は違法・無効である場合にも違法となる。本件事業には,当初計画の内容と異な
る計画変更に係る事業を適正な変更手続を経ずに実施した重大かつ明白な違法があ
り,その瑕疵は財務会計行為の適正な執行確保という視点から看過することのでき
ない瑕疵であり,先行行為が後行行為の直接の原因といえるような密接かつ一体的
な関係がある場合に該当する(本件事業は,国,沖縄県からの補助金の支出が前提
となっており,事業の必要性の判定,補助金等の支出と事業効果の算定を実施すべ
きことが法定要件として定められている。したがって,先行行為に明白かつ重大な
違法事由がある場合,この先行行為を対象とする財務会計行為を行う当該職員は,
その前提となる原因行為が適法であるか否かを検討し,本件事業につき上記のよう
な違法がある場合には補助金を支出してはならないという財務会計法規上の義務を
負っていたものであるから,本件補助金支出は財務会計上違法である。また,本件
補助金の中には土地改良法126条が定める国の補助金も含まれていたから,補助
金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」という。)
の適用も受けると解すべきところ,同法3条は「法令の定め及び補助金等の交付の
目的又は間接補助金等の交付若しくは融通の目的に従って誠実に補助事業等又は間
接補助事業等を行う」ことを求めており,さらに,同法4条は「他の法律又はこれ
に基く命令若しくはこれを実施するための命令に特別の定め」があるときはこれを
も遵守すべきことを求めている。そして,本件補助金は土地改良法に基づく土地改
良事業に関する公金支出であるところ,同法は支出対象事業に対する公金支出を適
法ならしめる要件(事業計画・変更計画の策定手続等)を厳格に定めているから,
県が本件補助金支出に当たって,支出対象事業が土地改良法所定の変更計画手続を
適法・有効に履践しているかなどをチェックすべき法的義務があったことは明らか
である。
(エ) なお,この本件補助金支出の違法性は,事後的に変更手続を実施し
たとしても治癒されるべきものではない。すなわち,土地改良法が定める土地改良
事業の計画変更手続は,その適否の審査及び認可の後に変更工事を実施し,これに
必要な費用負担もなされることが当然の前提となっており,過去に実行した工事,
それに関する違法支出の事実を事後的に承認することを容認するものではない。
  仮に,事後的な承認により,瑕疵の治癒が可能であるとしても,瑕疵
が治癒されるには,変更工事を含む新たな計画変更手続が適法有効になされ,既に
された公金支出等の瑕疵を明示的に認めた上で,これを是正する新たな財務支出承
認行為がなされなければならない。しかし,本件における,計画変更の各手続は,
以下のとおり,著しい手続瑕疵があるため違法であり,過去の違法な公金支出を治
癒するに足りる手続がなされたとはいえない。
  A 第1回計画変更手続の瑕疵
  第1回計画変更手続は,本件訴訟提起後,被控訴人らが計画変更手
続の必要性を指摘した後に慌ててなされたものであり,計画変更手続の必要書類で
ある「団体営土地改良事業変更計画書」(甲36の4)には変更内容が記載された
図面の添付がなく,知事が詳細な審査を行う際の基礎資料となるべき専門技術者に
よる「土地改良事業計画変更調査報告書」(甲35)は,わずか1日で作成され,
変更の理由,必要性,費用対効果の算出根拠等の調査及び吟味がなされたとは到底
認められない杜撰なものである。
  よって,第1回計画変更手続は適正になされたとは認め難い重大な
瑕疵があり,それを看過してなされた知事による変更計画の認可は,不存在又は違
法というべきものである。
     B 第2回計画変更手続の瑕疵
  第2回計画変更手続は,第1回計画変更手続と同様,本件訴訟にお
いて,手続の必要性に気付き,事業完了間近になって慌てて開始されたものであ
り,公告された「土地改良事業計画変更概要書」(乙16の2)は,第1回計画変
更手続のものをほとんど引き写したものであり,専門技術者による調査において
も,現地を調査することなく,計画変更に係る必要性,費用対効果の算出根拠等の
吟味がなされたとは認め難く,誤記,記入漏れ等形式的不備もあるなど杜撰なもの
である。
  よって,第2回計画変更手続は,適正になされたとは認め難い重大
な瑕疵があり,それを看過してなされた知事による変更計画の認可は,不存在又は
無効というべきものである。
   イ 環境影響事前評価(環境アセスメント)の欠如による手続違反
    (ア) 土地改良法は,土地改良事業計画決定に際して,同法8条4項1号
の政令で定める必要性,技術的可能性,経済性の検討を要請しており,その趣旨と
して,これらの要件を検討するに当たり,当然に現地の実態把握等について事前の
調査,予測,評価を要求するものである。そして,同法では,基本的要件のうちで
も最も基本的な要件の1つである「必要性」の検討項目として,社会的経済的環境
とともに「自然的環境上」の検討を明確に掲げているが,これは土地改良事業計画
の基本的要件の検討において,自然的環境を対象とした環境アセスメントの実施を
当然に予定しているものと解すべきである。
      本件事業の対象地とその周辺地域の自然環境は,極めて貴重であり,
慎重に保全されるべきものであるところ,本件事業がこれに及ぼす影響は重大であ
ると考えられる。ところが,本件事業に関しては,当初計画においても,計画変更
手続に際しても,当該事業対象土地の自然生態系調査,天然記念物,国内希少野生
動植物に関する生息調査等はいずれも実施されず,合理的根拠のないまま必要性及
び相当性の判断が恣意的になされた。
    (イ) したがって,本件事業は土地改良法に違反した違法なものであり,
これに対する本件補助金支出は財務会計上違法である。
(控訴人らの主張)
(1) 本件事業の実体的違法性について
  以下に述べるとおり,本件事業は,必要性,経済性を有する公益的な事業
であって,文化財保護法等の法令に違反する内容のものではないから,本件事業に
対する補助金支出は「公益上の必要」がある。
   ア 本件事業の必要性について
     国頭村における本件事業計画作成当時(昭和55年当時),1戸当たり
平均経営耕地面積は0.84ヘクタールであり,耕地面積の狭隘さと零細な農業規
模が国頭村における農業の生産性の向上,農業総生産の増大を阻害し,農業構造の
改善を阻んでいた。
     よって,本件事業により農用地を造成し,耕地面積を集約的に拡大する
ことは,農業の生産性の向上,農業総生産の増大,農業生産の選択的拡大,農業構
造の改善に資するので,必要性の要件は十分満たす。
     耕作放棄地では,その耕作地自体が狭い土地であるし,しかも点在して
いることから,耕作放棄地の利用によって農用地造成の代替はできない。
  イ 本件事業の経済性について
   経済効果測定は,通達により具体的な測定項目,測定方法が定められて
おり,本件事業計画においても,これに従って適正に測定されており,その結果,
効果を費用で除した投資効率は1を超えている。
     農用地造成では,被控訴人ら指摘の点は測定を要しないことになってい
る。灌漑費用,土壌流出防止対策は通常のほ場管理としての性質を有するので,個
別的な効果算定の対象とはならない。沈砂池の土砂上げ等管理は,営農行為の一環
として位置付けられ,赤土流出防止のためのススキマルチ及び植生工の実施は,造
成が完成してから作付けするまでの間のものでほ場を耕作することで畑にすきこま
れるので,維持管理費の計上は要しない。
     作物生産効果は,適切に算定されている。単位面積当たり収量は,マン
ゴーを除いて,沖縄総合事務局農林水産部統計情報課編集の園芸・工芸農作物市町
村別統計書により算定されており,マンゴーは,沖縄県農林水産部作成の果樹栽培
要領の数値を参考に単収見込みとして算定されたものである。
     土地改良事業計画及び変更計画における営農計画(経済効果測定)につ
いては,国頭村策定の「国頭村農業振興地域整備計画書」,「国頭村農業生産総合
計画書」及び国頭村農業協同組合作成の「地域農業振興計画書」を基に地域農業振
興を図る観点から総合的に判断して計画されている。
   ウ 自然環境関連法令等について
    (ア) 文化財保護法違反
      本件事業について,文化財保護法80条1項の許可は受けていない
が,本件事業は,事業規模,事業面積等から,同条項但書に規定される「影響が軽
微である場合」に該当するから文化庁長官の許可を得る必要はなく,同法違反はな
い。
    (イ) 種の保存法について
    本件事業は農用地開発事業であり,「生きている個体の捕獲等をしよ
うとするとき」に該当しないから,本件事業に,種の保存法54条2項の適用はな
く,環境庁長官との協議等を経ていないことは違法ではない。
  (ウ) 人格権,環境権について
    被控訴人らの主張する環境権,自然享有権は現行法上法的権利として
承認されておらず,現実の差し迫った危険もない。また,被控訴人らは,本件事業
の実施地域であるβ以外の住人であり,被控訴人らの人格権,財産権侵害が問題に
なることはない。
  (2) 本件事業の手続的違法性について
   ア 本件事業の計画変更手続について
 (ア) 土地改良事業においては,計画と現実の施工との間に若干の異同を
生ずることは不可避であり,常に工事実施とその代金支払より事前に計画変更の認
可の変更手続を要求することは,事業の遂行に重大な支障を与えるもので,非現実
的である。
      土地改良法96条の3第1項は,常に計画変更についての法定手続を
事前に行うことを要求しているのではなく,計画変更の内容等に応じて,事後的に
変更手続を行うことをも許容していると解すべきである。
    (イ) たとえ,事前に変更手続が必要であるとしても,事後的に変更手続
を行った時点で手続的瑕疵は治癒され,適法となった。また,専門技術者による当
該報告書は,すべて適正に作成されたものであり,短期間に作成されたものではあ
るが,変更手続に先行して農用地開発事業実施要綱・要領に基づく審査を経ていた
もので,法律上の調査,検討事項についても十分な検討がなされていたことから,
その内容については何ら問題はない。2回の変更計画のいずれについても,土地改
良法の定める実体的要件(同法施行令2条1項)を充足していることは明らかであ
る。本件補助金交付時には,当初計画の認可又はその後の2回の変更計画の認可が
有効に存在していたのであるから,仮に計画変更に手続的瑕疵があったとしても,
本件補助金支出の「公益上の必要」を否定する理由とはならない。
 (ウ) 仮に,本件事業計画の変更につき事前に変更手続を経なかったとい
う違法があるとしても,それは,変更手続に瑕疵があったに過ぎず,それによって
本件事業が全体として違法になるわけではないし,当然に本件補助金支出が財務会
計上の義務に違反する違法なものになるということもできない。地方公共団体があ
る事業を遂行する際には極めて多岐にわたる法令が関係してくるが,その事業遂行
の過程のひとこまに何らかの法令違反の事由があったとしても,それがあるからと
いって,事業全体をとらえてそれが違法であるということにはならない。特に本件
においては,行政実務上,事後に変更手続を行うことも許容されていると解する見
解には充分な根拠があるのであるから,事前に計画変更の手続をとらなかったこと
が,少なくとも補助金交付を違法ならしめるような明白な瑕疵にあたるといえない
ことは明らかである。
 (エ) 地方公共団体による補助金の交付を規制する法律としては,地方自
治法232条の2のみであるから,同条にいう「公益上の必要性」があるか否かに
よって補助金交付の適否が決せられるべきものである。そして,本件事業は,当初
計画のみならず変更後の計画についても,公益上の必要性は十分に認められるもの
であって,仮に事業計画の変更に際して何らかの手続上の瑕疵があったとしても,
本件事業に補助金を支出するについての「公益上の必要性」が左右されるものでは
ない。
 (オ) 地方自治法上の住民訴訟制度は,地方自治体職員の違法な財務会計
行為を防止し,是正し,あるいはそれにより地方公共団体に生じた損失を補填させ
ることにより,地方財務行政の適正な運営に資することを目的とする制度であっ
て,地方行政一般の非違を対象とするものではない。たとえ財務会計上の行為に先
行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,財務会計上の行為を捉えて損
害賠償請求を問うことができるのは,その原因行為を前提としてなされた当該職員
の財務会計行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限
られる。先行行為の違法が後行の財務会計上の行為に影響を及ぼすのは,処分が著
しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕
疵が存する場合に限られる。本件では,本件事業の認可行為について,処分が著し
く合理性を欠き予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存しないことは
明らかである。
   イ 環境影響事前評価(環境アセスメント)について
   土地改良法は,環境アセスメントを義務付けたものではない。沖縄県で
は,平成4年9月18日,沖縄県環境影響評価規程(沖縄県告示763号)を決定
して告示しているが,この規程によれば,土地改良法に規定する土地改良事業とし
ての農用地の造成については,地区面積100ヘクタール以上のものに限って,環
境影響事前評価が要求されており,本件事業は,この規程によっても対象事業とな
らない小規模のものである。
     よって,環境影響事前評価を経ていないからといって違法の問題が生じ
る余地はない。
 2 控訴人bの責任について
(被控訴人らの主張)
(1) 控訴人bは,本件事業及びこれに対する知事の認可が違法であり,したが
って,本件事業に関する公金支出が違法であることを知り,又は過失により知らず
に本件補助金支出を行って県に同額の損害を与えたのであるから,県に対して損害
を賠償する責任がある。
  (2) 控訴人らは,当審において,本件補助金支出がいずれも農林総務課長の専
決によりされたとの主張をするけれども,控訴人らの同主張は,「自白の撤回」に
当たり許されない。すなわち,被控訴人らは,当初から,当時の県知事として控訴
人bが自ら本件補助金支出を行ったと主張していたのに対し,控訴人らは,「認め
る」と認否していたのであって,農林総務課長の専決により本件補助金支出がされ
たとの控訴人らの主張は,上記認否と両立し得ない主張であるから,自白の撤回に
当たるか,少なくとも,時機に後れた攻撃防御方法であって許されない。控訴人ら
は,被控訴人らが「専決でない」ことについて主張立証責任を負うと主張するが,
それは誤りであって,「専決であること」の主張立証責任は控訴人らの側にある。
    なお,仮に,本件補助金支出が農林総務課長の専決によりされたものであ
るとしても,控訴人bは,本件事業に実体的又は手続的違法が存在すること,した
がって,本件事業に補助金を支出することが財務会計上違法であることを当然認識
していたか,又は容易に認識できたはずであるから,専決権者が本件補助金支出を
行わないよう指揮監督し,もって専決権者による財務会計上の違法行為を阻止すべ
き指揮監督上の義務を負っていた。にもかかわらず,控訴人bは,専決権者による
違法な財務会計上の行為を阻止しなかったものであるから,少なくとも過失による
損害賠償責任を負う。
  (控訴人らの主張)
  (1) 控訴人b自身の本件補助金支出に関する故意過失の主張については否認な
いし争う。本件事業が認可されたのは,昭和61年2月7日であり,同事業を認可
したのは,控訴人bの前任の県知事であるcである。後任者である控訴人bは,既
に実行されている事業に対して補助金を支出するに当たり,適法なものとして支出
しているから当然故意はなく,前任者が行ったすべての事業を見直して再審査した
後でなければ公金を支出してはならないというのは現実離れした話であるから過失
もない。
  (2) 本件補助金支出(補助金交付決定及び支出命令)は,いずれも農林総務課
長の専決事項としてされたものである。また,本件事業の計画変更の認可も農林総
務課長の専決事項としてされたものである。したがって,控訴人bは,本件事業の
認可に関しても,本件補助金支出に関しても,具体的な処分をしたことはない。こ
のような場合には,地方公共団体の長等の賠償責任は,補助職員が財務会計上の違
法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し故意又は過失により当該補助職員が
財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限って認められるもので
あるところ,控訴人bには指揮監督上の義務違反はないし,故意過失もない。
 3 損害の有無及び額
  (被控訴人らの主張)
   本件では,本件事業に補助金を支出する行為そのものが違法である。本来支
出してはならない補助金を支出し,県の財産を流出させたのであるから,その支出
時点において,支出額相当の現実の損害が県に発生した。
  (控訴人らの主張)
   本件補助金支出により県に損害が生じたとの主張は否認ないし争う。
第5 本案前の争点に対する裁判所の判断
 1 差止請求について
   前記第2の2の前提事実(6)記載のとおり,本件事業は,平成10年3月27
日にすべて完了し,本件事業に関する県の国頭村に対する補助金支出も,同10年
5月15日に支出された624万7000円をもって完了したるものである(当事
者間に争いがない。)。
   よって,被控訴人らが,控訴人知事に対し,本件事業に関する公金支出等の
差止めを求める訴えは,訴えの利益を欠くことが明らかであり,不適法というべき
である。
 2 本件支出①に関する監査請求期間徒過について
前記第2の2の前提事実(3)及び(4)記載のとおり,被控訴人らは,本件支出
①がなされた日から1年の監査請求期間が経過後,本件監査請求をしているとこ
ろ,このような監査請求期間の徒過について,地方自治法242条2項但書所定の
正当な理由が認められるか否かが問題となる。
 地方自治法において,監査請求に期間制限が設けられた趣旨は,住民訴訟が
提訴者の個人的権利や利益と関係なく提起できる客観訴訟であり,普通地方公共団
体の執行機関,職員の財務会計上の行為が,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の
対象となり得るとすると,当該行為の法的安定性を損なうことにある。そして,同
法242条2項但書は,当該行為が秘密裡になされ,1年を経過してから初めて明
らかになったような場合等にまで上記の趣旨を貫くのは相当ではないことから定め
られたものであって,ここにいう正当な理由の有無は,普通地方公共団体の住民が
相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができた
か,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求
をしたかどうかによって判断すべきものである。そして,当該行為が秘密裡になさ
れた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くし
ても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知るこ
とができなかった場合も同様に,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民
が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当
該行為の存在又は内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請
求をした場合には,正当な理由があると解すべきである(以上につき,最高裁判所
昭和63年4月22日第2小法廷判決・裁判集民事154号57頁,同平成14年
9月12日第1小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。
そこで検討するに,本件事業は,昭和61年2月7日,県知事により認可さ
れ,その後,βにおいて事業施行に伴う工事がなされていたことは外形的に明らか
であり,県による補助事業として,県から国頭村に対する補助金が支出されること
も上記認可手続において縦覧に供された計画書等から明らかであったところ,被控
訴人らが本件監査請求時に提出した平成7年度支出額,支出年月日を記載した文書
(甲2の4)によれば,平成8年10月2日,県農林水産部農地建設課は,被控訴
人らによる問い合わせに対して,平成7年度の支出額が1264万9000円,支
出年月日は第1回が平成7年5月24日,第2回が同年8月25日であることを任
意に回答するなどの対応をとっていることが認められる。これよりすれば,県の住
民は,県情報公開条例によって本件補助金支出に関する公文書の開示を求めたり,
県に問い合わせることなどによって,本件支出①がなされた後,さほど間をおかず
して,本件補助金支出の概要を知り得たというべきである。そして,被控訴人ら
は,本件監査請求において,前記前提事実(4)記載のとおり,本件事業が土地改良法
の必要性等の基本要件を欠き,自然破壊のため文化財保護法等にも反するなどとし
て,その違法性を主張していることからすると,具体的公金支出行為が明らかにな
って初めてその違法性を認識し得たというわけではなく,具体的公金支出行為を特
定して監査請求をするにしても,当該公金支出後,さほど間をおかずして,客観的
にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることが可能と
なったというべきであり,被控訴人らが,本件支出①がなされて1年1か月を経過
した後に,本件監査請求をしたことについて,正当な理由があるとは認められな
い。
 この点,被控訴人らは,本件補助金支出が,土地改良法に定められた公告・
縦覧の計画変更手続を経ずになされており,被控訴人らが,当初計画と異なる工事
内容の必要費用を具体的に知り得たのは平成9年12月に認可された計画変更手続
においてであり,それまでは,変更手続の欠落した違法な公金支出がなされたこと
を知り得なかったと主張する。しかし,被控訴人らによる本件監査請求は,上記の
とおり,本件事業が必要性等土地改良法の基本要件を欠き,自然破壊のため文化財
保護法等にも反するなどと主張してなされたものであって,変更手続の欠落による
本件補助金支出の違法を主張していたわけではないから,計画変更の手続によって
工事内容の必要費用が具体的に明らかにされていなかったからといって,被控訴人
らが上記と同様の違法を主張して監査請求をすることが妨げられるものではなく,
監査請求期間を徒過したことに正当な理由があるということはできない。
 そうすると,被控訴人らが,控訴人知事が控訴人bに対する不法行為に基づ
く損害賠償請求権等の行使を怠っていることの違法確認を求める訴え及び控訴人b
に対してする損害賠償代位請求のうち,平成7年8月25日にした364万800
0円の支出に係る分については,監査請求期間の徒過について,地方自治法242
条2項但書所定の正当な理由が認められないから,適法な監査請求の前置を欠くこ
とになり,不適法というべきである。
 3 監査請求手続中及びその後になされた支出に関する監査請求前置の要件充足
について
   住民訴訟を提起するには,当該訴訟の請求と同一の事項について監査請求を
経ていることが必要であるが,その請求が同一であるとして住民訴訟の対象となる
範囲は,監査請求に係る行為若しくは事実から派生し,又はこれを前提として後続
することが必然的に予測されるすべての行為若しくは事実に及ぶと解すべきであ
る。
   本件において,前記前提事実(4)記載のとおり,被控訴人らは,本件事業が土
地改良法の必要性等の要件を欠くなどと主張して,平成8年度以後の工事差止め,
同7年度支出額の返還及び完成部分の原状回復等を知事に勧告することを求める本
件監査請求をしており,当該監査請求中及びその後の本件事業に関する補助金の支
出は,本件監査請求の対象となった本件事業に関する工事や支出等から派生し,又
はこれを前提として後続することが必然的に予測される行為といえるから,当該監
査請求をもって,監査請求手続中及びその後に支出された本件支出③ないし⑥に関
する損害賠償請求権不行使の違法確認及び損害賠償代位請求についても,監査請求
前置の要件を満たしていると認めるのが相当である。
 控訴人らは,平成8年度及び平成9年度の支出について,本件監査請求の対
象とされていないから,本件支出③ないし⑥に関する上記請求が監査請求前置の要
件を欠き不適法であると主張する。
 しかし,上記説示のとおり,監査請求の対象となった事業に関する工事や支
出等から派生し又はこれを前提として後続することが必然的に予測される行為に関
して,改めて監査請求前置を求める必要性が乏しいことは明らかであるから,控訴
人らの主張は採用できない。
 また,控訴人らは,本件支出③について,本件訴訟提起前の支出であって訴
訟係属中の支出ではなく,訴訟における差止請求の対象とされていないから,同支
出に関する訴えが適法な監査請求を経ていないと主張する。
 しかし,本件支出③は,平成8年度以後の工事差止め等を知事に勧告するこ
とを求める本件監査請求の手続中に支出されたものであり,これに関する損害賠償
請求権不行使の違法確認及び損害賠償代位請求が,本件監査請求に含まれるものと
解すべきことは明らかであり,この点に関する控訴人らの主張も採用できない。た
だし,本件支出③が,本件訴訟提起前の支出であって訴訟における差止請求の対象
とされていないことによる出訴期間の制限の問題については,後述するとおりであ
る。
 4 訴え変更により追加された各請求の出訴期間の要件充足について
前記第2の2の前提事実(5)記載のとおり,被控訴人らは,監査請求手続中及
びその後になされた県の補助金の支出に関し,訴えの追加的変更により,控訴人知
事の損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求を提
起している。
   訴えの追加的変更は,変更後の追加された新請求については,新たな訴えの
提起に他ならないから,その新請求について出訴期間が遵守されているか否かは,
原則として,訴えの変更時を基準とすべきものである。しかし,変更後の新請求と
変更前の旧請求との間に訴訟物の同一性が認められる場合,又は両者の関係からし
て,出訴期間の遵守の点において,変更後の新請求に係る訴えを旧請求の提訴の時
に提起したものと同視し得る特段の事情がある場合には,例外的に旧請求の訴えの
時に新請求の訴えの提起があったものとみなすことにより,出訴期間の遵守に欠け
る点がないと認めるのが相当である。
これを本件についてみると,本件事業に関する公金支出の差止め及び既にな
された平成7年度支出分に関する損害賠償代位請求と,本件訴訟提起後になされた
本件支出④ないし⑥に関する損害賠償代位請求及びその不行使の違法確認とは,同
じ違法主張を前提とするもので,その中心的な争点を共通とし,公金支出の事前差
止請求と公金支出後の損害賠償代位請求等は,密接不可分の関係にあり,差止めを
求められている公金が支出された場合,これに関して損害賠償代位請求等がなされ
るであろうことは当然に予測されるものといえる。また,被告についても,当初提
訴の時から,控訴人知事と控訴人bを相手方とするものであり,変更後の新請求に
おいても,両名を被告としており,差止請求を維持しつつ,当初から提訴されてい
た損害賠償代位請求(附帯請求を含む。)の金額が変更され,これに伴う不行使の
違法確認が追加されたにすぎない。
そうすると,本件においては,本件支出④ないし⑥に関する変更後の新請求
に係る訴えを旧請求の訴えの提起の時になされたものと同視し,出訴期間の遵守に
おいて欠けるところがないと解すべき特段の事情があるものというべきである。
ただし,本件支出③に関しては,前記前提事実(3)ないし(5)記載のとおり,
訴状においてこの支出に関する損害賠償代位請求が提起されておらず,また,本件
訴訟提起(平成8年11月25日)前に,本件監査請求手続中の平成8年10月4
日に既に支出されたものであるから,本件訴訟における差止請求の対象に含まれな
いことも客観的に明らかである。そうすると,本件支出③に関しては,本件監査請
求後,適法な出訴期間の範囲内に何らの訴訟も提起されていないのであるから,本
件支出④ないし⑥と同様に,変更後の新請求に係る訴えを旧訴の提起の時になされ
たものと同視することは困難であり,本件支出③に関する訴えは,出訴期間を遵守
しておらず,不適法といわなければならない。
被控訴人らは,当初の監査請求を前置した住民訴訟が適法な出訴期間内に提
起されていれば,その後,訴えを追加的に変更した請求についても,出訴期間を遵
守したものとみなすべきであると主張する。
 しかし,本件支出③に関しては,前記のとおり,訴状において損害賠償代位
請求が提起されておらず,また,差止請求の対象にも含まれないのであるから,適
法な出訴期間内に提起された訴訟がなく,上記主張自体失当といえる。仮に,被控
訴人らにおいて,平成8年度以後の工事差止請求に本件支出③に関する損害賠償代
位請求等を含める意思であったとしても,客観的にみて提訴が可能であった同請求
を(被控訴人らにおいて,本件補助金支出の内容を知り得たことは,前述したとお
りである。),訴状において提起していないことは明らかであるから,上記主観的
意思が前記判断に影響を及ぼすものではない。
 5 住民訴訟の対象及び違法事由について
   控訴人らは,住民訴訟において問題とされる違法は専ら地方公共団体の財務
会計の適正を図る観点からの違法に限られ,裁判所が,住民訴訟においてそれ以外
の観点から違法事由の有無を審理・判断することを地方自治法は予定していない旨
主張して,被控訴人らが本件事業及び知事の認可行為の違法を問題としていること
を,財務会計上の行為以外の原因行為の違法に該当するとして,住民訴訟として不
適法であると主張する。
   しかし,被控訴人らは,本件訴訟において,財務会計上の行為である本件補
助金支出が違法であると主張しているのであって,その前提として本件事業の違法
を主張しているに過ぎず,本件事業における違法(土地改良法等の関連法令違反)
それ自体が住民訴訟の対象となる違法行為に当たると主張しているわけではない。
裁判所における審理・判断の対象も,本件補助金支出が財務会計上違法な行為であ
るか否かであって,本件事業における違法行為の有無及び内容は,それを前提とし
て当該職員が財務会計法規上いかなる義務を負うかという観点から検討されるべき
事柄であるから,これについて審理・判断することを地方自治法が予定していない
ということはできず,控訴人らの上記主張は採用することができない。
第6 本案に関する争点に対する裁判所の判断
 1 証拠(甲1,甲2(枝番号を含む。以下同じ。)ないし7,甲9ないし1
7,甲19ないし44,甲56,甲57,甲59,甲61,乙1ないし11,乙1
3ないし21,乙23ないし27,乙30ないし34,被控訴人d,証人e,同
f,同g,平成12年9月29日実施の検証結果)及び弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
  (1) やんばる地域の自然環境
    βは,沖縄本島の最北端,北緯26度,東経128度付近に位置し,γ,
δと隣接しており,これら沖縄県北部地域の最北部三村,β,γ,δにまたがる山
岳地域を通称やんばる(山原)という。
    やんばるは,イタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹に覆われており,その
土壌は国頭マージと呼ばれる赤土である。
    やんばるには,沖縄本島最高峰の与那覇岳(498メートル),西銘岳
(420メートル),伊湯岳(446メートル)などの大小幾多の山々が中央部を
縦走して連なり,海岸近くまで丘陵地となっている。山々には無数の沢が流れ,大
小の多くの河川となって海に注いでいるが,河川勾配が急峻で,流路面積が短い河
川が多く,そのため渓流が複雑な地形を形作り,亜熱帯の渓流に特徴的な渓流植物
群落が発達している。これらの植物は各々渓流により隔離され,固有種の分化が多
い。
    やんばるの年間降雨量は,与那覇岳山頂付近では3000ミリメートルを
超えるなどの多雨地域であり,大量の雨水をスポンジのように吸収して貯えるイタ
ジイの自然林が,県民の水瓶,生活用水の供給源として極めて重要な機能を果たし
てきた。
    やんばるには,多くの固有種が分布生息しており,文化財保護法による天
然記念物,種の保存法・同法施行令17条所定の希少動植物種,環境庁編日本版レ
ッドデータブック「日本の絶滅のおそれのある野生生物」掲載の絶滅危惧種・危急
種・希少種が多数見られ,やんばるは,その種の多様性,希少性という点で国際的
に有名であり,「東洋のガラパゴス」ともいわれている。 やんばるにだけ生息す
る動植物は,現在判明しているものだけで192種に及び,これらの生物を育んで
きたのが,イタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹林である。イタジイの森は,そこ
に生息する生き物たちを台風や冬の北風,潮風から守り,夏の強い日差しを和ら
げ,これら希少動植物の生息に最適な温暖湿潤で安定した環境を保つ役割を果たし
てきた。
    やんばるの固有種の代表例といえるのは-①「ヤンバルクイナ」国指定天
然記念物,種の保存法希少野生動植物種に指定され,絶滅危惧種である。世界中で
やんばるのみに生息する。飛翔力のないこの鳥は,木立の密度が高く,樹冠が鬱閉
し,林床にも植物が密に生息する沢や谷沿いに生息し,明るいところには稀にしか
現れないといわれている。②「ノグチゲラ」国指定特別天然記念物,種の保存法の
希少野生動植物種に指定され,絶滅危惧種である。世界中でやんばるの原生的自然
林の中だけで生息する一属一種のキツツキで,営巣適木は樹齢50年以上のイタジ
イの大木や老木で,傾斜した部分(地表に対し60から75度)を巣として利用
し,同じ巣は再度使用しないなど多くの条件がある。生息数がわずか90羽前後
(1990年時点)と推定されており,個体群を維持できるかどうか危惧されてい
る。③「ヤンバルテナガコガネ」国指定天然記念物,種の保存法の希少野生動植物
種に指定され,絶滅危惧種である。日本最大の甲虫類で,やんばるの自然林だけに
生息し,学術上は「生きている化石」の一つとされている。幼虫は老木や古木のウ
ロ(樹洞)の中の腐食土を食べて成長する。やんばるの開発に伴い,ウロのある古
木が急速に失われている現在,絶滅が最も心配されている種である。④「オキナワ
トゲネズミ」やんばるのみに生息する固有亜種で,学術的に貴重な動物とされてい
る。国指定天然記念物,危急種。⑤「リュウキュウヤマガメ」やんばる,久米島,
渡嘉敷島だけに生息する固有亜種。国指定天然記念物,危急種。⑥「ホントウアカ
ヒゲ」沖縄本島と慶良間諸島に生息する固有亜種の留鳥。国指定天然記念物,種の
保存法希少野生動植物種,危急種-である。
  (2)団体営農地開発事業の実施の手続等
    団体営農地開発事業の実施に当たっては,まず,土地改良法3条に規定す
る資格を有する者からの農地開発事業実施の申請を受けて,市町村の長が開発予定
地域を定め,その地域に関する農地造成事業計画の概要,営農計画の概要,資金計
画の概要等を記載した農地開発基本計画の概要書に,開発予定の用地調達の可能性
等を明らかにした調書を添えて,都道府県知事に基本計画樹立の申請をし,都道府
県知事が基本計画樹立の可否を決定した後,当該事業の受益者の事業実施の同意等
を経て,都道府県知事が基本計画案を作成する。この基本計画案は,県の場合,沖
縄総合事務局長により,事業の技術的可能性,経済性,営農計画の合理性等に関す
る条件の充足の審査を受け,その承認を受けると,県知事より市町村の長に送付さ
れ,市町村の長は,事業の受益者と事業実施につき協議をし,実施することに意見
が一致したときには,その旨を県知事に報告し,事業主体を定めて,土地改良法上
の事業申請手続を行うこととなる。
  (3) 補助金交付に関する規定等
ア国による補助
 農用地開発事業実施要綱(乙11)において,国が農地開発事業に対す
る助成措置として,事業費の負担及び補助をすることが定められ,団体営農地開発
事業に関しては,農地造成事業等の工事等に要する経費及び事業に附帯する事務に
必要な経費につき,別に定めるところにより,都道府県に対し補助するとされてお
り,本件事業のように,事業主体が市町村の場合は,間接補助事業として,県を経
由して補助金が交付されることになる。
     そして,農地開発事業補助金交付要綱(乙31)において,事業に要す
る経費に対する補助率が定められており,補助金交付の申請の様式は,①事業の目
的,②経費の配分及び事業計画の概要,③事業の完了予定,④収支予算書等を示し
てなすこととされている。また,工事費と事務費との経費の配分を変更する場合
や,事業内容に一定の変更がある場合には,その変更の内容を示して,補助金変更
承認の申請を行うこととされている。補助金適正化法12条に基づく状況報告は,
各年度毎に事業遂行状況報告書として,事業遂行状況及び事業完了予定を示して行
い,農林畜水産業関係補助金等交付規則6条の実績報告書は,補助事業の成果,収
支精算を示して行う。間接補助事業の場合,これらの申請及び報告等は,都道府県
が行う。
   イ県による補助
 県による補助金の交付については,沖縄県補助金等の交付に関する規則
(乙32)により,さらに,農地開発事業については土地改良事業等補助金交付規
程(乙33)により,市町村等が行う土地改良事業に要する経費に補助金を交付す
る手続等が定められている。これらによれば,補助事業の主体となる団体等は,補
助事業の内容や経費の配分に一定の変更をしようとするときは,事業変更承認申請
書を知事に提出して,事前にその承認を受けることや,知事に対し,補助事業の各
年毎の事業遂行状況や,補助事業完了後の事業実績を報告することを義務付けられ
ている。
  (4)国頭村における農業・農村整備計画
    国頭村では,昭和50年ころから,地域振興の一環として,優良農用地の
確保,農業生産基盤整備等の農業・農村の整備計画の策定を始めた。
   国頭村における農業等の状況は,昭和61年5月作成の国頭農業振興地域
整備計画書(乙1)によれば,「山地地形からなる本村の自然特性を最大限に活用
して,各産業の振興を強力に推進するには,先ず,農業を中心的産業としての確立
を図りつつ,これと有機的連携のもとでの他産業との総合的,計画的な開発整備を
推進して地域の活性化を求めることが急務となっている。…優良農用地を確保し,
広範な山林原野の開発可能地については,自然の保護,林業の振興にも配意した調
和ある開発整備を推進する。…農業の生産拡大には,農家の生産意欲を高めるのが
肝要であり,…遊休地や農用地の有効利用を図るため農用地利用増進事業等を活用
して農用地の集積をはかり,経営規模の拡大と中核的農家の育成を促進する。」と
して農業中心の地域振興の方向性を示し,その地質について,「大部分を国頭れき
層が,占めており,別名赤色土ともいわれ,耕作は容易であるが,養分,保水力に
乏しく,雨水等により流出し易く,赤土汚濁の要因ともなっている。」と問題点を
指摘しつつも,「広範に存在する山林原野の開発可能地を自然環境との調和,林業
振興にも十分配慮し,開発整備することにより,優良農用地が形成され,農業生産
の向上,規模の拡大を図る。」とされている。
また,本件事業の対象地となったα地区を含む西岸地区については,「河
川流域の狭隘な平坦地で介在する農用地も少なく,山林原野が海岸線まで迫り出し
ており,そのために農用地は,大部分が山地に広がり,サトウキビを中心にみか
ん,パインが栽培されており,地形的な制約から全体的には,農業条件に恵まれて
いない地域であり,基盤整備も遅れている状況である。…農地の拡大集団化によ
り,農業生産性の向上を図るものとするが,その基本となるべき土地については,
広大な山林の開発可能地を農地として有効利用するため,ε地区の30ヘクタール
の農地造成事業,α地区の53ヘクタールの農地造成事業もすでに計画実施されて
おり,ほ場整備,農道,用排水等の農業基盤整備を積極的に推進し,生産性を高
め,有利的農業への転換を図る。」とし,国頭村全体の土地基盤について,「山岳
地形のために,平坦地の農用地は,一部の地域でしか見られず,ほとんどが狭小で
あり,又,集落背後の緩傾斜地や山間部を開発した農用地が,小規模で,広範囲に
散在しており,このような地形的条件により,土地基盤の整備,農道等の整備も遅
れている状況であり,近代的農業を推進するにあたり,有利な農業条件を備えてい
るとはいえない。」と指摘し,西岸地区についても,「平坦な農用地がほとんど狭
小で,起伏の激しい山林原野が多く,これまでほ場整備は実施されなかった…地形
的な条件から,農道等の未整備ヶ所も多く,全般的に土地基盤整備も遅れている状
況である。…過疎化による遊休農用地も多く,農業離れも目立ち,全般的に農業生
産性は低い。」などと問題点を指摘しつつ,今後の方向については,「さとうきび
を中心にしてパイン,みかん,野菜花き等や畜産の複合経営を推進し,広大な面積
を有している国有林野を農用地として造成開発して活用することをはじめとし,集
落に接する小規模なほ場や100ヘクタール以上もあるζ地区の大規模なほ場の整
備,農業生産性に重要な農道等を効率的,かつ早急に整備を推進して,農地の拡
大,集団化を図り,農業生産を向上させる。」とされている。
なお,同国頭農業振興地域整備計画書の基礎資料において,国頭村の地域
資源について,「広範な深緑の山林域には,熱帯樹林やヤンバルテナガコガネ,ヤ
ンバルクイナ,ノグチゲラ等貴重な動植物が生息し,自然観察の場を提供している
とともに林業振興にも一役担っている。…近年,自然保護に対する関心が高まりつ
つある中で,亜熱帯地域である特性から本村の森林域は,今もっとも注目を集めて
いるところである。林道網の整備も年々進み,木材,林産物等の生産が活発に行わ
れており,又,鳥獣,植物保護地区の設定もなされ,これらの保護等にも務めてい
るところであるが,森林のもつ経済的,公益的機能が発揮され,両立した有効利用
を図る必要がある。ダム建設により湛水面等の出現で山林の様相が大きく変容して
おり,その景観を観光的利用と豊富な水量を維持している河川水を農業用水として
の活用を図ることが必要となっているが,諸開発等により赤土汚濁も年々進行して
おりその防止対策も強力に推進しなければならない。」などと問題点が指摘されて
いる。
  (5)α地区農地開発事業基本計画
県が昭和60年度に作成した本件事業のα地区農地開発事業基本計画書
(乙25,以下「基本計画書」という。)の内容は大要以下のとおりである。
ア 目的
本地区の属する国頭村は,総面積19,450ヘクタールでその内山林
原野が95パーセントを占めており,耕地面積は僅か698ヘクタールの3.6パ
ーセントである。本地区周辺の農家が自立経営を目指すには経営耕地面積が小規模
なため困難な状態にある。本地域の勅令貸付国有林野を農地として活用し,経営耕
地面積を拡大することにより安定した農業経営が営めるようにするものである。
イ 対象地区の排水状況
本地区には河川整備された排水路はなく,地区北西から南東方向に向け
て走る尾根を分水界とし,地区北側の辺野喜川と地区南の佐手川にそれぞれ自然の
沢をつたって流下している。
ウ 対象地区の道路状況
  本地区のほぼ中央を国道η線(ε)とθ(県道ι線)を結ぶ県営林道κ
線が縦断しており,本線が本地区と国道及び県道を連絡する唯一の道路である。
又,本線は林道としては整備済であるが,幅員が4メートル(有効3.0メート
ル)と小さく,本地区の幹線農道として利用するには,改修の必要がある。λ地区
と国道η線(ε)の間の約2.2キロメートルについては団体営農道として,国頭
村の改修計画(昭和63年頃)がある。
エ 地域農業の動向
国頭村における農業人口は,昭和50年から55年にかけてわずかでは
あるが増加している。農業戸数の減少は兼業農家が中心で近年のほ場整備や農地開
発等の進展により専業農家は増え,農家の規模拡大のきざしは見えるが,それでも
戸当り平均面積0.8ヘクタールと小さい。
オ 受益農家の農業経営改善の構想
  本地区は,基盤整備の立ち遅れから経営規模が小さく農業経営不安定で
あり,労働生産が低く,農業所得が少ないという農業経営の問題点があり,本地区
の造成により農業経営の安定を計り,経営規模の拡大と労働生産性を高めるために
機械化体系に即したほ場を造成することにより経営改善を図る。
  現状の受益農家13戸は個別経営であり,うち2戸が専業農家で経営耕
地は1.5から2ヘクタール,うち1戸が第1種兼業農家で経営耕地が50アール
から1ヘクタール,うち10戸が第2種兼業農家で,経営耕地は,9戸が50アー
ル未満,1戸が50アールから1ヘクタールとなっている。
カ 作付計画
  サトウキビを主として,その更新時期に,大根,ピーマン,カボチャ,
菊などの野菜等を作付し,サトウキビと野菜の輪作体系とする。
キ 農地造成計画 
  本地区は山谷の発達した起伏の多い急傾斜地となっており,その複雑な
波状地形が造成上大きな制約要因となっている。本地区はサトウキビを対象作物と
するのでこれらの地形条件と営農条件(サトウキビの機械化作業体系に合致したほ
場面が必要である)から連続的に平滑なほ場面の確保が必要であり,土地利用率の
高い改良山成工を造成工法として採用するが,造成費の経済性も考慮して,一部テ
ラス工法も取り入れる。造成面勾配はサトウキビの営農体系及び農地保全上の配慮
から耕区の短辺方向5度未満,長辺方向3度未満とする。
ク 土壌改良計画
本地区の土壌はPH(H2O)4.9から5.1の強酸性土壌でサトウ
キビの適正限界下限がそれを下回っている。本地区ではサトウキビの適正PHを確
保するためPH6.5まで酸性矯正を行うものとする。一方開発当初のほ場は一般
的に地力が低く,リン酸分が不足するので熔リン有機肥料を施用することにより地
力の向上をはかる。
ケ 排水計画
排水計画は,土砂流出防止を考えた排水計画とし,ほ場承水路(草生水
路)の流出水を集水し,沈砂池,砂防ダムへの導水が速やかに行われるよう配置す
る。排水路の断面はそれぞれの水理計算により決定されるが構造は排水量を安全に
流下させ,流出水の侵食に耐え,かつ機械化作業の支障にならない構造とする。排
水経路において,土砂溜桝と沈砂池に流出した土砂はほ場に還元する。
コ 侵食(崩壊)防止工
ほ場侵食防止のため,ほ場承水路(1万2105メートル),地区外へ
の土砂流出防止及び侵食土砂のほ場への還元のため,土砂溜桝(190個)及び沈
砂池(18個),地区近傍の河川,海岸への土砂流出防止のため,砂防ダム(2
基),土砂フトン篭(4基)及び粗朶柵(225メートル)を設ける。
サ 事業費及び資金計画
事業費は,工事費6億4550万円,測量試験費2300万円,工事雑
費3150万円,地方事務費3150万円で,合計7億3150万円で,その資金
計画は,地方事務費を別とした7億円のうち,75パーセントの5億2500万円
を国が,12.5パーセントの8750万円を県が,6.25パーセントの各43
75万円をそれぞれ市町村及び受益者が負担する。
  (6)国頭村の本件事業の申請手続
    国頭村は,基本計画書に基づいて,土地改良事業計画概要書(甲25,以
下「事業計画概要書」という。)を作成し,昭和60年3月12日,議会の承認を
求める議案を国頭村議会に提出し,同月15日,同議会において,原案が可決され
(甲20),同年10月1日から同月5日まで,本件事業の施行認可申請のため公
告を行った(甲21)。 
    本件公告を受けて,参加申出をした土地改良法3条の資格者13名のうち
12名がαの住民であり,1名は名護市の住民であった(甲22,23)。
国頭村は,昭和60年10月17日,県に対して,本件事業計画について
申請した。
事業計画概要書の内容は,α地区の地形,土質及び土壌について「本地区
は,α部落の南東部約1.5キロメートル付近に位置し,北西から南東方向向けで
標高は,167メートルから232メートルの急峻な地形である。地区の中央を縦
走する林道を尾根とし,両側に傾斜をなしている。土壌統は,屋良統,土性はLi
c,PH(H2O)は,4.9から5.1の強酸性である。」と指摘するほか,目
的,排水状況(添付の「現況排水系統図」を含む。)及び道路状況等については,
基本計画書と同一であり,事業計画の要旨を「本事業により農用地造成32.3ヘ
クタール(道路工7080メートル(幹線1720メートル,支線5360メート
ル)排水工7145メートル,土壌改良工32.3ヘクタール,防災工一式)を施
行する。」とし,営農計画の概要,計画作付体系,農用地造成のための開墾,土壌
改良等の内容も基本計画書に沿ったものである。費用の概算については,地方事務
費を1050万円とするほかは,工事費,測量試験費,工事雑費の合計額及びその
内訳は基本計画書と同一である。効用については,作物生産効果(4406万30
00円)と維持管理費節減効果(-600万円)の増加見込純益(3806万30
00円)を基に算出した妥当投資額7億4697万6000円を総事業費7億31
50万円で除した投資効果を1.02としている。
事業費の細目及び資金計画書(甲24)では,事業費の細目は,工事費6
億4550万円,測量試験費2300万円,工事雑費3150万円,地方事務費1
050万円,合計7億1050万円とし,その資金計画は,国庫補助金5億302
5万円,県費補助金9012万5000円,地元分担金9012万5000円と
し,地元分担金の内訳は,国頭村負担金4506万3000円,受益者負担分45
06万2000円として,受益者負担分は水源基金を充てるものとした。
  (7) 県知事の認可手続
県は,昭和60年10月17日の国頭村からの本件事業の申請を受けて,
土地改良事業計画に係る調査結果報告書を作成することとなり,県農林水産部農林
建設課のe(昭和60年4月同課配属,自然的条件・事業の技術的意見・事業費部
分を分担)と,県農林水産部耕地課のhによって,調査及び報告書作成がなされ,
同年12月3日,県知事に対して同調査報告書が提出された。
土地改良事業計画調査報告書(甲26,以下「当初計画調査報告書」とい
う。)の内容は大要以下のとおりである。
 ア 事業施行の必要性
   必要な理由及びその程度の自然的条件については,本地区は,沖縄本島
の最北端α部落の南東部約1.5キロメートルに位置し,標高167メートルから
232メートルの傾斜地帯である,土壌は国頭マージで土壌統は屋良統である,未
利用山林原野が99パーセントを占めておりこれらの山林原野を農地造成すること
により,農業経営規模の拡大による中核農家の育成を図る。社会的経済的条件につ
いては,本地区は,βの西部,辺野喜川の南に位置する受益面積52.9ヘクター
ル地域である,本地区周辺農家の農業意欲は盛んであるが,経営耕地面積が小さく
自立経営に支障をきたしている,よって,本事業により農用地の造成をおこない経
営耕地面積を拡大し,農業経営の安定を図る必要がある。不必要な理由は自然的条
件にも社会経済的条件にもない。
 イ 事業施行の可能性
  可能なる理由の自然的条件については,計画内容は自然的条件にも適合し
ており事業施行は可能である。社会経済的条件については,本事業の施行について
は,受益者全員100パーセント(13人中13人)の同意があり,事業費の地元
負担分については,受益者が負担するので事業施行は可能である。不可能なる理由
は自然的条件にも社会経済的条件にもない。
 ウ 事業主体がこの事業を行うことに対する技術的意見
村の当事業に対する技術的対応は,十分と思慮するが土砂流出対策には
入念な施行計画等に留意する。
エ この事業によって生ずる経済効果
   効用及びその算出基礎は,作物生産効果,営農労力節減効果,維持管理
費節減効果とも事業計画概要書どおりの数値であり,事業費の積算においては,県
設定の歩掛表及び単価表を使用して算出してある。
   投資効率は1.02である。
 オ この事業施行によって生ずる施設がある場合,その管理方法に対する技
術的意見
 防災施設は,土砂桝等からの土砂排除を定期的に行う。道排水路施設
は,車両の通行,流出水等に支障をきたさないよう降雨前後の流石等の除去及び補
修を遅滞なく処理すること。
カ 事業計画書に記載された事項についての技術的意見
  記載されている事項については妥当である。
キ 結論及び勧告
  本事業については,自然的,社会的,経済的条件とも支障がなく,早急
に事業の施行が望まれる。
  作成者の1名であるeは,前記のとおり,主として自然的条件に関する分
野を担当していたが,当初計画調査報告書の作成に当たり,本件事業予定地を見分
するなどの現地の調査は行わず,基本計画書及び国頭村提出の書類である事業計画
概要書,同意書,権利関係調査簿等を資料として,国頭村の申請が基本計画書に基
づいてなされているかを書面上検討し,造成勾配等が土地改良の設計基準内にあっ
たことから自然的条件は適応であると判断したものである。また,維持管理費の算
出に当たっては,砂防ダムに関し,効用期間中に砂が堆積して除去作業が必要にな
り,別途維持管理費を要するという点や,赤土対策に関し,α地区の土質等の点を
特に考慮することなく,あくまでも全国基準に基づいて判断し,国の土地改良設計
基準の指針に従った。そして,走行経費や農産物搬出の経費は生産効果で算入した
が,本件事業により造成される農地には灌漑施設がなく,農業用水をどのように確
保するかという点については,検討がなされなかった。
県知事は,昭和60年12月14日,国頭村申請の本件事業につき,適当
であるとの決定を行い,昭和60年12月20日から昭和61年1月8日,国頭村
役場において縦覧手続が行われた。
   昭和61年2月7日,当時の県知事cが,本件事業につき,総事業費7億
円で,計画を認可した。なお,この手続は,農林水産部長の専決事項として処理さ
れた。
(8) 第1回計画変更
昭和63年5月,既設道を線形変更し,幹線農道として計画したことに伴
い,電柱22本の移設が必要となり,電力会社に対する電柱移設の補償費が必要に
なったことから,事業費が1200万円増額し,平成4年度,赤土流出防止対策と
して,作物の植付けまで裸地状態となる畑面への植生工の追加工事(27.1ヘク
タール)及び側溝周辺にススキを敷き詰め畑面から側溝への土砂流出を防止するス
スキマルチ工事(2.7ヘクタール)のために5246万4000円,沈砂池内に
仕切及び立樋を追加設置する沈殿池の強化工事のために2813万6000円の合
計8060万円事業費が増加し,物価上昇分の自然増と併せて総事業費が8億94
00万円に増額した。
この事業費の増額を伴う計画変更について,土地改良法所定の計画変更の
手続は事前になされないまま,変更された工事が平成元年度から平成7年度にかけ
て実施され,その工事代金は,平成元年から平成9年5月3日までの間支出され
た。
 ア 第1回計画変更の認可手続
第1回計画変更の土地改良法上の変更手続として,平成9年8月29日,国
頭村議会に,事業変更の議案が提出された。議会においては,手続がなされなかっ
た理由について質疑応答がなされ,担当者(建設課長)により,計画変更当時か
ら,手続が必要であることは理解していたが,事業の最終時点でまとめて計画変更
手続をとる考えであったと説明された。また,住民訴訟の裁判で県が敗訴した場合
の村への影響について,担当者(助役)が,補助金の返還の問題となって村にも相
当の影響があると述べるなどし(甲36の9),同日原案が可決された(甲36の
8)。
  平成9年9月1日から同月5日まで,国頭村役場掲示場において,α地区団
体営農地開発事業変更計画概要書(甲36の10)等が公告された(甲36の6,
7)。 
  本件公告を受けて参加申出した土地改良法3条の資格者は,αの住民が2
名,同μの住民が1名,同νの住民が1名,同ξの住民が1名,同εの住民が1
名,同πの住民が1名,同σの住民が1名,名護市の住民が1名の合計11名であ
り(甲36の5),うちαの住民であるi及びj,名護市の住民であるkの3名の
みが,当初計画より参加していた者であった。
  平成9年9月16日,国頭村から県知事に対する土地改良事業計画変更認可
申請書が提出され,同月17日,県北部農林土木事務所が申請書を収受し(甲36
の2),同月19日,県農林水産部が申請書を収受し(甲36の1),同部農地建
設課のf(平成8年4月同課配属,自然的条件・技術的意見・事業費部分分担)
と,農地水利課のl(社会的経済的条件部分分担)によって,同日付けで土地改良
事業計画変更調査報告書(甲35,以下「第1回計画変更調査報告書」という。)
が作成された。
 第1回計画変更調査報告書の内容は,大要以下のとおりである。
 (ア) 事業施行の必要性
   自然的条件は当初計画調査報告書と同一
   社会的経済的条件については,本地区のある国頭村の平成7年度国勢調
査における就業人口は2675人でうち第1次産業で738人,第2次産業512
人,第3次産業1422人である。本地区は,サトウキビをはじめサヤインゲン等
の野菜を作目としているが,耕地が小規模であるため農業経営に困難をきたしてい
る。本事業を行うことにより勅令貸付国有林を農地として活用し,経営耕地面積を
拡大することにより,安定した農業経営を営む。
 (イ) 事業施行の可能性
  可能なる理由の自然的条件については,計画変更内容は,赤土等流出防止
対策の強化が主であり,当初の計画内容より自然的条件により配慮されたものとな
っている。社会経済的条件については,本事業においては,受益者11名全員の同
意があり,事業の施行は十分可能である。不可能なる理由は自然的条件にも社会経
済的条件にもない。
 (ウ) 事業主体がこの事業を行うことに対する技術的意見
赤土流出防止対策の強化については,今後とも現場で可能な限り務めて
ほしい。
(エ) この事業によって生ずる経済効果
   効用及びその算出基礎につき,作物生産効果6060万2000円,維持
管理費節減効果-179万7000円,増加見込効果額5880万5000円,事
業費8億9400万円,事務費1341万円,総事業費9億741万円,妥当投資
額9億8500万8000円とし,事業費の積算においては,県農林水産部設定の
歩掛表及び単価表を使用して適正に算出してある。
   投資効率は1.05である。
 (オ) この事業施行によって生ずる施設がある場合,その管理方法に対する
技術的意見
 沈砂池等の防災施設については,定期的に巡回し,その機能が最大限発
揮出来るよう維持管理を徹底してほしい。
(カ) 事業計画書に記載された事項についての技術的意見
  記載されている事項については妥当である。
(キ) 結論及び勧告
  本事業については,自然的,社会的,経済的条件とも支障がなく,今後
とも円滑な事業の推進が望まれる。
 当時の県知事控訴人bは,第1回計画変更調査報告書に基づき審査を行
い,平成9年10月9日,適当との決定を行い(甲32ないし34),同年10月
20日から同年11月10日まで,土地改良事業変更計画書の写しが国頭村役場の
掲示場において縦覧され(甲31),その間,異議の申出はなかった(甲29,甲
30)。
  控訴人bは,平成9年12月2日,変更計画の認可をした(甲27)。
  (9) 第2回計画変更
平成7年度,「造成地区の一部が,αの簡易水道の流域内にあり赤土汚染の
おそれがあるためその区域を削除した。又,特に急峻できびしい地形のケ所を除外
した。」との理由により,農用地造成面積を減らしたため,事業費が3200万円
減額となり,平成8年度,調査測量費として事業費が690万円増額となり,物価
上昇分の自然増と併せて総事業費が9億350万円に増額した。この各計画変更に
関する工事等の調査・設計は平成8年度以降になされ,工事の実施及びその工事代
金の支払は,平成8年度から同9年度までになされたが,それに先だって,土地改
良法の計画変更手続はなされなかった。
 (10) 第2回計画変更の認可手続
第2回計画変更の土地改良法上の変更手続として,平成10年3月12日,
国頭村議会に,本件事業の受益面積増減が10パーセントを超えるため,その変更
認可申請を行うとして,事業変更の議案が提出され,同月23日,国頭村議会にお
いて可決された(乙16の1)。
  事業変更計画概要書等は,国頭村役場掲示場で平成10年3月24日から2
8日まで,公告された(乙16の2)。
  平成10年6月1日,国頭村から県知事に対する土地改良事業計画変更認可
申請書(乙16の4)が提出され,同月2日,収受され,県農林水産部農地建設課
のg(平成10年4月同課配属,自然的条件,技術的意見,経済的効果の部分担
当)と農地水利課のmによって,同月22日付け土地改良事業計画調査報告書(乙
16号証の5,以下「第2回計画変更調査報告書」という。)が作成された。
 第2回計画変更調査報告書の内容は,大要以下のとおりである。
 ア 事業施行の必要性
  第1回計画変更調査報告書と同一 
 イ 事業施行の可能性
第1回計画変更調査報告書と同一
 ウ 事業主体がこの事業を行うことに対する技術的意見
第1回計画変更調査報告書と同一
エ 事業によって生ずる経済効果
   効用及びその算出基礎につき,作物生産効果6056万9000円,維持
管理節減効果-182万9000円,事業費9億3104万8000円,事務費4
113万2000円,総事業費9億7218万円とし,費用及びその算出基礎は,
沖縄県の統一歩掛及び単価を使用しており事業費は妥当である。
  投資効率は1.01である。
 オ この事業施行によって生ずる施設がある場合,その管理方法に対する技
術的意見
第1回計画変更調査報告書と同一
カ 事業計画書に記載された事項についての技術的意見
第1回計画変更調査報告書と同一
キ 結論及び勧告
第1回計画変更調査報告書と同一
 当時の県知事控訴人bは,第2回計画変更調査報告書に基づき審査を行
い,平成10年7月9日,適当との決定を行い(乙16の6),7月21日から8
月10日まで土地改良事業変更計画書が国頭村役場において縦覧され,その間,異
議の申出はなかった(乙16の7)。
  控訴人bは,平成10年9月28日,変更計画の認可をした(乙16の
8)。
  (11) 平成12年9月29日(検証日)の状況
   平成12年9月29日の原審裁判所による検証実施時,本件事業により造
成された農用地において,耕作されずに草木が茂った状態にある箇所(検証調書写
真番号5ないし9,33,34,69,70),裸地の状態の箇所(同写真番号1
0ないし12,28ないし32)があり,観葉植物が作付けされている箇所(同写
真番号22,23),サトウキビが作付けされている箇所(同写真番号24,2
5,60ないし62),茶が作付けされている箇所(同写真番号41ないし4
4),ミカンの木が作付けされている箇所(同45ないし48)もあったが,その
多くは,周囲に草木が茂るなどの状況にあった。
 2 争点1(本件補助金支出が財務会計上違法な行為であるか,否か。)につい

  (1) 本件事業の内容に関連する違法の主張について
   ア 本件事業の必要性について
     国頭村において,地形的な制約から小規模な農用地が広範囲に散在して
おり,そのため土地基盤整備が遅れ,近代的農業の推進を阻んでいたため,広大な
面積を有している国有林野を農用地として造成開発し,農地の拡大,集団化を図
り,農業生産を向上させることなどを企図して本件事業が計画されたものであるこ
と,実際,当初計画において,土地改良法3条所定の資格者13名の参加申出があ
ったことはいずれも前記に認定したとおりであって,これら諸事実からすると,本
件事業はそれなりの合理性,必要性に基づくものであると認められる。なるほど,
原審裁判所による検証の時点において,本件事業により造成された農用地における
農業が必ずしも計画どおりには実施されておらず,耕作されずに草木が生い茂った
箇所も散見されるなどの状況があったことは先に認定したとおりであるが,当初計
画時における予想と現実の結果との間に異なる部分が生じているということから直
ちに,計画時における必要性の判断が不合理であったとか,本件事業の計画,実施
が違法であるとまでいうことはできない。また,被控訴人らが指摘する本件事業対
象地の地理的要因から生じる耕作や農作物の搬出のための時間的・経済的負担や,
灌漑施設が設置されていないこと,酸性度の高い土壌の改善維持のための費用と労
力などの点を考慮しても,本件事業の必要性が欠けているとまでは認められない。
   イ 本件事業の経済性(費用対効果)について
被控訴人らは,本件事業には土地改良法施行令2条3項に規定する「す
べての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」の要件が欠けているから違法であ
ると主張する。そこで検討するに,農林水産省構造改善局計画部監修「土地改良の
経済効果」(甲57,乙24)によれば,土地改良事業における経済効果の測定に
ついては,効果測定の基本事項,効果額の算定方法,効果算定に使用する係数等に
関する通達により規定されており,年総効果額を資本還元した妥当投資額を総事業
費で除した投資効率が1.0以上であれば,土地改良法施行令2条3項の「すべて
の効用がそのすべての費用をつぐなうこと」という経済性の要件が肯定できるとさ
れる。そして,効果と費用についてはでき得る限りすべて把握することとされ,農
地造成事業の場合に計測すべき効果項目について,作物生産効果,維持管理費節減
効果,走行経費節減効果,災害防止効果等が挙げられている。作物生産効果の算定
においては,計画作付面積の算定は,計画における自然立地・社会経済条件,営農
技術水準,受益農家の意向,農産物の需給動向,行政施策を踏まえて作成した土地
利用計画及び営農計画に基づいて算定すること,作物の単収は農林統計資料に基づ
くこととされている。
 このような手法により上記の土地改良法施行令2条3項所定の要件を判
断することには,合理性があるものと解されるから,以下ではこの観点から本件事
業の経済性を検討する。
 本件事業における計画概要書及び専門技術者による調査報告書のいずれ
も,費用対効果の検討において,作物生産効果と維持管理費節減効果の具体的数値
を記載し,具体的な妥当投資額及び総事業費から投資効率を算出して1.0以上で
あることを示しており,一応の検討及びその結果の記載がある。確かに,算定の根
拠とした資料,算定の過程が明示されていないことや,当初計画調査報告書を作成
した証人eの供述によれば,本件事業の対象地には灌漑設備がないという事情があ
るにもかかわらず水の確保の観点を十分に考慮していないことが認められるなど,
本件事業の費用対効果の検討に不十分な点が全くないとはいい難いが,これらの検
討は,事業計画策定時における合理的予測としてなされるものであって,その時点
において行政庁が把握している情報及び行政施策等に従って費用と効果を把握して
算出すべきものであるから,これに沿って作成された上記調査報告書等における費
用対効果の検討が明らかに不合理であるとか,本件事業の経済性が欠如していると
までいうことはできない。また,本件事業が当初計画時における予想と異なる部分
を生じているということから,直ちに,本件事業が経済性を欠いて土地改良法に違
反する違法な事業であるということはできない。
  ウ 自然環境関連法令違反の主張について
     前記認定のとおり,本件事業においては,基本計画書の段階から,河
川,海岸への土砂流出防止のため,砂防ダム等の設備を設けることとし,それに沿
った土砂流出防止の方策がとられたものであり,自然環境に対する配慮を著しく欠
いていたとは認められず,被控訴人らの各法令違反等の主張も,以下に述べるとお
り,採用することができない。
    (ア) 文化財保護法違反の主張について
      被控訴人らは,本件事業がやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼ
すとして,文化財保護法80条1項により,天然記念物の保存に影響を及ぼす行為
をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならないのに,その許可
を受けていないとして,本件事業の同法違反を主張するが,本件事業が,文化庁長
官の許可を得る必要のあるほどにやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすもの
と認めるに足りる証拠はなく,同条項但書においてその影響が軽微である場合には
許可を要しないとされていることからして,被控訴人らの主張は採用し得ない。
    (イ) 種の保存法違反の主張について
    被控訴人らは,本件事業が国内希少野生動植物種の生きている個体の
捕獲等(捕獲,採取,殺傷又は損傷)をしようとするときに該当するとして,種の
保存法54条2項により,環境庁長官に協議しその同意を得なければならないの
に,その同意を得ていないとして,本件事業の同法違反を主張するが,農地開発事
業である本件事業は,生きている個体の捕獲等をしようとするときに該当するとは
いえないことは明らかであるから,被控訴人らの主張は採用し得ない。
  (ウ) 人格権,環境権等の侵害の主張について
    被控訴人らが主張する環境権,自然享有権は,その内容,範囲,効果
などが明確なものではなく,本件事業を違法とするような個人の具体的権利として
実定法上確立したものとはいえず,また,本件事業によって,被控訴人らの人格
権,財産権等が現に侵害され,又は将来侵害されようとしていると認めるに足りる
証拠はないから,本件事業がこれら権利を侵害するもので違法であるとの主張は採
用し得ない。
   エ 以上のとおり,本件事業の内容が,土地改良法に規定する必要性等の要
件を欠き,又は,自然環境に影響を及ぼすことから自然環境保護関連法令に違反
し,被控訴人らの環境権等を侵害して違法であることを前提に,本件事業に対する
本件補助金支出が違法であるとの被控訴人らの主張は,そもそも,本件事業の内容
に被控訴人らの主張する違法事由があるとは認められないから,その前提を欠き,
理由がない。
  (2) 本件事業の手続的違法の主張について
   ア 本件事業の計画変更手続の違法について
    (ア) 本件事業において,昭和63年度に電柱移設の補償費が必要とな
り,平成4年度に赤土流出防止のための防災工を追加することとなり,平成7年度
に施行地域を縮小することとし,平成8年度に調査測量費が必要となるなど,それ
ぞれ当初計画の内容と異なる内容の工事等がなされたこと,その実施に先立って事
業計画の変更手続がされず,事前に県知事の認可を得ていなかったことの各事実
は,いずれも前記に認定したとおりである。
(イ) 土地改良法は,市町村は,土地改良事業を行う場合には,都道府県
知事の認可を受けなければならない(土地改良法96条の2)と規定し,認可され
た事業計画を変更し,又は当該土地改良事業を廃止しようとする場合は,省令の定
めるところにより,当該市町村の議会の議決を経て必要な事項を定め,都道府県知
事の認可を得なければならないと規定していた(同法96条の3。なお,法律第8
7号改正により,都道府県知事の認可に代えて,都道府県知事に協議し,その同意
を得ることを要するとされた。)。同法96条の3が,既に都道府県知事の認可を
得た土地改良事業について,その事業計画を変更しようとする場合にこれにつき都
道府県知事の認可を得なければならないと規定した趣旨は,当初計画に基づき基本
的要件適合性等を満たすものとして事業計画が認可された場合であっても,事後に
計画内容が変更された結果,当初予想された費用又は経済的効果自体が変動する結
果,投資効率が1.0を下回るなど基本的要件適合性その他の要件を満たさなくな
る場合もあり得るから,事業計画の変更に際して改めて都道府県知事による認可を
得させることが適当と考えられるからであると解される。
      上記の事業計画変更の際の都道府県知事の認可について,控訴人ら
は,土地改良法は必ずしも事前に認可を得ることを要求しているものではなく,事
後的に変更手続を行うことも許容していると解すべきであると主張する。しかし,
認可された事業計画を変更しようとする場合には都道府県知事の認可を得なければ
ならないとの土地改良法の規定文言からして,変更計画の実施に先立って変更手続
及び都道府県知事の認可を得ることが要求されているものと解するのが自然である
こと,災害のため急速に農用地又は土地改良施設の災害復旧を行う必要がある場合
についてさえ,事前に都道府県知事の認可を得ることが求められていること(同法
96条の4,49条),上記のとおり,事業計画の変更内容如何によっては,投資
効率が1.0を下回るなど基本的要件適合性を欠く事態に至ることもあり得るとこ
ろ,そのような場合には結局都道府県知事の認可を得ることができず,既に実施さ
れた変更後の計画に基づく工事の全部又は一部が無駄になってしまうということも
考えられるから,事前に都道府県知事の認可を得るべきものとすることに合理性が
あることなどからすると,土地改良法は,事業計画を変更しようとする場合には,
変更実施に先立って事前に都道府県知事の認可を得るべきことを要求しているもの
と解するのが相当である。控訴人らは,計画と施行との間に若干の異同を生ずるこ
とは不可避であり,常に工事実施とその代金支払より前に変更計画の認可の変更手
続を要求することは,事業の遂行に重大な支障を与えるもので非現実的であると主
張するけれども,本件においては,第1回計画変更の対象とされた事業費の増加は
合計8060万円であり,第2回計画変更の対象とされた事業費の増加は690万
円,農用地造成面積の減少等による事業費の減額が3200万円であって,そもそ
も本件における事業計画の変更が若干の異同に過ぎないとはいえないから,控訴人
らの上記主張を採用することはできない。
      したがって,2回にわたる本件事業計画の変更に際し,事前に変更手
続をとらず,都道府県知事による認可を得ることなく変更後の計画に基づいて工事
を実施したことは,土地改良法の規定に違反したものといわざるを得ない。
    (ウ) もっとも,事業計画の変更につき都道府県知事の認可を欠いたまま
変更後の計画に基づく事業が実施されたことが違法であるとしても,これは,土地
改良法の規定する手続を履践しなかったという手続的な瑕疵であって,同法が都道
府県知事による認可を必要とした趣旨に照らすと,その性質上瑕疵の治癒が許され
ないものではないと解される。したがって,当該事業計画の変更について事後的に
都道府県知事による認可がされた場合には,その認可が有効である限り,事前に認
可を得なかったことによる瑕疵は治癒されて当該事業計画の変更実施は適法となる
ものと解すべきである。この点につき,被控訴人らは,瑕疵が治癒されるには,変
更工事を含む新たな計画変更手続が適法有効になされ,既にされた公金支出等の瑕
疵を明示的に認めた上で,これを是正する新たな財務支出承認行為がなされなけれ
ばならないと主張する。被控訴人らの上記主張が,仮に,事業計画の変更について
事後的に県知事による認可がされ,かつ,当該認可が法的に有効と評価される場合
であっても,それだけでは事前の認可手続を欠いたという瑕疵は治癒されず,更
に,既にされた公金支出等の瑕疵を明示的に認めた上で新たな財務支出承認行為が
されるのでなければ瑕疵が治癒されないという趣旨であるとすれば,そのように解
すべき根拠はなく,採用することができない。
      そこで検討するに,第1回計画変更については,平成9年9月16
日,国頭村から県知事に対して計画変更の認可申請がされ,同年12月2日,当時
の県知事控訴人bがこれを認可したこと,第2回計画変更については,平成10年
6月1日,国頭村から県知事に対し,計画変更の認可申請がされ,同年9月28
日,当時の県知事控訴人bがこれを認可したことの各事実は,いずれも前記に認定
したとおりである。
      県知事による上記各認可の有効性に関し,被控訴人らは,上記各計画
変更手続は,いずれも,控訴人らが,本件訴訟提起後,被控訴人らから指摘されて
手続の必要性に気付き,事業完了間近になって慌てて行ったものであること,第1
回計画変更手続の必要書類である「団体営土地改良事業変更計画書」(甲36の
4)に変更内容が記載された図面の添付がないことや,知事が詳細な審査を行う際
の基礎資料となるべき専門技術者による「土地改良事業計画変更調査報告書」(甲
35)がわずか1日で作成されたものであること,第2回計画変更手続において公
告された「土地改良事業計画変更概要書」(乙16の2)は,第1回計画変更手続
のものをほとんど引き写したものであり,専門技術者による調査においても,現地
を調査することなく,変更の理由,必要性,費用対効果の算出根拠等の調査及び吟
味がなされたとはいえず,誤記,記入漏れ等形式的不備もある杜撰なものであるこ
とを理由に,県知事による計画変更の認可は不存在又は無効であると主張する。
      しかしながら,仮に,上記各計画変更の認可が,被控訴人らから指摘
を受けてされたものであったとしても,そのことによって県知事による認可が不存
在又は無効になると解すべき理由はない。また,専門技術者による報告書が1日で
作成されたとか,専門技術者が現地を調査しなかったことなどに関しては,仮に,
検討が不十分であった結果,変更後の事業計画が明らかに基本的要件適合性を満た
していないなど認可すべきでない事由の存在が明白であるのに県知事がこれを看過
して計画変更を認可したというのであれば,県知事による認可が無効と評価される
余地もあるけれども,単に,認可に至る検討期間が短か過ぎるとか,検討の仕方が
不十分ないし杜撰であったというのみでは,県知事による上記各認可につき客観的
に重大かつ明白な瑕疵があるとまでいうことはできないし,上記各認可が不存在で
あるということもできない。必要書類に誤記,記入漏れ等の形式的不備があったと
しても,このことから直ちに県知事による上記各認可が無効であるとか不存在であ
るということはできない。そして,他に,県知事による上記各認可について,変更
後の事業計画が基本的要件適合性を満たしていないのにこれを看過して認可したな
ど,客観的に重大かつ明白な瑕疵があることを認めるに足りる証拠はない。
     したがって,本件事業における2回の計画変更につき,事後的に県知
事がした各認可はいずれも有効というべきであるから,事前に県知事の認可を得る
ことなく変更後の計画に基づく事業を実施したことによる上記の手続的瑕疵は,こ
れによって治癒されたものというべきである。
    (エ) 上記(ア)ないし(ウ)の判断を前提に,本件補助金支出が財務会計上
違法であるか否かについて検討する。
     A 県が本件事業について補助金を支出することのできる法令上の根拠
は,普通地方公共団体は,その公益上の必要がある場合においては,寄附又は補助
をすることができるとする地方自治法232条の2の規定にあると解されるから,
本件補助金支出に公益上の必要が認められなければ,本件補助金支出はその法令上
の根拠を欠き,違法な財務会計行為となる。
       この点に関し,被控訴人らは,事前に県知事による認可を受けずに
変更後の計画に基づく事業を実施することが違法である以上,本件事業は全体とし
て違法なものになるから,本件事業に補助金を支出することに「公益上の必要」が
あるとはいえないと主張する。しかしながら,本件事業計画変更の内容は,いずれ
も,主として造成面積の増減や赤土流出防止対策に要する事業費の増加,物価上昇
による自然増等に伴うものにとどまり,事業内容自体に根本的な変更を加えるもの
ではないこと,本件においては,変更後の計画について県知事の認可を得るのに必
要な基本的要件適合性に欠けていたというような事情は見当たらず,本件事業にお
ける違法は,事前に行うべき変更手続及び県知事による認可を得ないまま変更後の
計画に基づく事業に着手したという専ら手続的な瑕疵に過ぎないこと,上記瑕疵
は,その性質上これを治癒することが可能なものであって,実際にも,事後的に変
更手続及び県知事の認可を得たことにより瑕疵は治癒されたと認められることなど
を勘案すれば,本件事業の実施に関して上記の手続的違法が存在したからといっ
て,そのことのみから直ちに,本件事業が全体として違法なものになるとか,本件
事業に補助金を支出することに「公益上の必要」がないということはできない。
       そして,本件補助金支出の対象である本件事業自体に公益性,必要
性があると認められることは先に認定判断したとおりであるから,本件事業に補助
金を支出することには「公益上の必要」があったものと認められ,他に,上記判断
を左右するに足りる証拠はない。
     B なお,被控訴人らは,本件事業の実施が土地改良法に違反する以
上,本件補助金支出は,補助金適正化法の規定(法令の定め及び補助金等の交付の
目的又は間接補助金等の交付の目的にしたがって誠実に補助事業等又は間接補助事
業等を行うことを規定した同法3条,他の法律又はこれに基づく命令も若しくはこ
れを実施するための命令に特別な定めがあるときはこれをも遵守すべきことを規定
した同法4条)に違反するから違法な財務会計行為であると主張する。しかしなが
ら,補助金適正化法は,国が国以外の者に対して交付する補助金について規制する
法律であるところ,本件で財務会計上の違法性が問題となっている本件補助金は,
県がその負担分として支出した補助金であるから,本件補助金支出に関する限り,
これが補助金適正化法の規定に違反するか否かを問題とする余地はない。
C 被控訴人らは,また,公金支出手続自体が違法である場合のほか,
当該公金支出の目的ないし根拠となる支出の原因行為(先行行為)が不存在又は違
法・無効である場合にも当該公金支出は違法となるところ,本件事業には,計画変
更に係る事業を適正な変更手続を経ずに実施した重大かつ明白な違法があり,その
瑕疵は財務会計行為の適正な執行確保という視点から看過することのできない瑕疵
であって,先行行為が後行行為の直接の原因といえるような密接かつ一体的な関係
がある場合に該当するから,本件補助金支出は財務会計上違法となると主張する。
       そこで検討するに,地方自治法242条の2に規定する住民訴訟制
度は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会
計上の行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の
利益を害するものであるところから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づ
く住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を
与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とした制度であっ
て,地方行政一般の非違を対象とするものではないから,同条に基づいて普通地方
公共団体の職員に損害賠償を請求することができるのは,当該職員の財務会計上の
行為が財務会計法規上の義務に違反する違法な行為である場合に限られるものであ
る。本件においては,違法性が問題とされている財務会計上の行為は本件補助金支
出であるから,同条に基づき損害賠償の対象となりうるためには,本件補助金支出
が財務会計法規上の義務に違反したものであることを要する。
       もっとも,財務会計行為それ自体が直接会計法規に違反するところ
がないとしても,その原因ないし目的となった行為の違法の内容,効果,程度及び
財務会計行為との関連性等に照らし,当該行為によって当該普通地方公共団体に財
産的な損失を与えることが予算の適正執行という見地からみて法的に許容されない
と評価しうる場合には,当該職員は,当該普通地方公共団体に対する関係で,その
ような財務会計上の行為をして普通地方公共団体に損失を与えてはならないという
財務会計法規上の義務を負担し,当該行為を行うことが財務会計法規上の義務に違
反して違法となるものと解される。
       本件についてこれをみるに,本件補助金支出の対象である本件事業
について,事業計画変更に際し,事前に必要な変更手続及び県知事による認可を得
なかったことが土地改良法に違反することは,先に認定判断したとおりである。し
かしながら,上記に述べたとおり,本件事業計画変更の内容は,いずれも,主とし
て造成面積の増減や赤土流出防止対策に要する事業費の増加,物価上昇による自然
増等を原因とするものにとどまるのであって,事業内容自体に根本的な変更を加え
るものではないこと,本件においては,計画変更後の事業計画について県知事の認
可を得るのに必要な基本的要件適合性その他の要件に欠けるところはなく,実際に
も,事後的に変更手続を行い有効に県知事の認可を得ていることからすれば,事前
に変更手続を履践してさえいれば県知事による認可を得られたであろうと認められ
るから,本件事業における上記の土地改良法上の違法は,事前に踏むべき手続を履
践せずに変更後の計画に基づく事業に着手したという専ら手続的な瑕疵に過ぎない
ということができる。このことに加えて,上記のとおり,本件補助金支出について
は「公益上の必要」があったと認められることをも併せ考慮すれば,本件補助金支
出の対象である本件事業を実施する過程で,事業計画変更に際して事前に県知事の
認可を得なかったという違法があったとしても,それはいまだ一般行政法上の手続
的違法にとどまり,このことから直ちに,本件事業が全体として違法性を帯びると
か,本件事業に補助金を支出することが県の予算の適正執行という見地からみて法
的に許容されないものと評価することはできない。したがって,本件補助金支出が
財務会計法規上の義務に違反する違法な行為であるということはできない。
   イ 環境アセスメントの欠如による手続違反の主張について
     被控訴人らは,土地改良法が環境アセスメントの実施を当然に予定して
いるものとして,本件事業計画及びその実施に当たって,その手続を経ていないこ
とが違法であると主張する。
    しかし,土地改良法が,土地改良事業の計画等に当たって,環境アセス
メントの手続を経ることを法的に義務付けたものとまでは解することはできず,県
の環境影響評価規程(甲12別表第1の12)においても,土地改良事業としての
農用地の造成については,地区面積100ヘクタール以上のものについて環境アセ
スメントを行うとしているものであり,本件事業において,環境アセスメントを法
的に義務付ける根拠はなく,この点をもって,違法であるということはできない。
   ウ 以上によれば,本件事業に手続的違法があることにより本件事業に対す
る本件補助金支出が違法であるとの被控訴人らの主張は,いずれも理由がない。
 3 争点2(控訴人bの責任)及び争点3(損害の有無及び額)については,い
ずれも判断する必要がない。
第7 結論
   以上の次第で,被控訴人らの本件訴えのうち,平成7年8月25日及び同8
年10月4日の各支出分に関する損害賠償代位請求及びその不行使の違法確認の訴
えは,不適法であるからこれをいずれも却下すべきであり,その余の請求は理由が
ないからこれをいずれも棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と一部結論を異に
する原判決はその限度で不当であるから,その限度でこれを取り消した上,上記取
消部分につき被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決
する。
    福岡高等裁判所那覇支部民事部
裁判長裁判官  窪 田 正 彦
裁判官  永 井 秀 明
裁判官  増 森 珠 美

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