弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決および第一審判決を破棄する。
     被告人を罰金三万円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算
した期間被告人を労役場に留置する。
     本件公訴事実中、麻薬取締法二二条違反の点について被告人は無罪。
         理    由
 弁護人松村仲之助の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑
訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決が是認した第
一審判決が認定判示した被告人の犯罪事実のうち、第二は、麻薬施用者の免許を受
けた医師である被告人が、その業務所ではないA病院において、自己所有の麻薬燐
酸コデイン末五〇グラムに澱粉、食紅を加えて一〇倍散にしたというものである。
そして、原判決は、本件のような麻薬は、一回毎の施用量が極めて微量のため、患
者一人毎に正確に秤量することが困難であり、しかも施用量をあやまると危険な結
果を招来するので、秤量上の誤差をなくすため調剤の準備行為として、その一〇倍
散の相当量をあらかじめ調製しておくことが「予製」と称して慣例的に行なわれて
いるが、調剤は、いかなる場合においても、特定人の特定の疾病の存在を前提とし
てなされるものであるから、この条件を満たさない「予製」は調剤ではなく、製剤
と解すべきである。しかし、「予製」が法の規制する麻薬施用者の免許を受けた業
務所でなされる場合には、正当行為として違法性を阻却するが、本件は、被告人の
業務所外でなされたから、右行為は製剤として麻薬取締法二二条に違反するとして
いる。
 ところで、同法二条一一号にいう「調剤」とは、一定の処方に従い、特定人の特
定の疾病に対する薬剤を調製することをいうものと解すべきであるとした原判断は
相当であり、従つて、麻薬施用者である医師が特定の患者の特定の疾病の治療を目
的とせずに、麻薬に澱粉等の賦形薬を加えて一〇倍散にする行為は、これを直ちに
調剤行為そのものであるとはいい難い。しかしながら、原判決も認定するように、
麻薬を薬剤として使用する場合の特殊性からいつて、調剤技術上いわゆる「予製」
を認めざるを得ないのであり、本件のように麻薬施用者の資格を有する医師が、自
己の将来の患者の治療にあてるため、自己所有の燐酸コデインの一〇倍散の相当量
をあらかじめ調製するがごとき行為は、調剤の予備行為であり、調剤の範疇に属す
るものと解するのが相当である。そうすると、同法二条一一号前段括弧内担書によ
り、麻薬の製剤にはあたらず、従つて被告人の前記行為は同法二二条に違反しない
ものといわなければならない(なお、右事実について、共同正犯とされたBは、一、
二審判決の認定するところによれば、被告人自ら行なつた本件調剤行為に必要な助
言と協力を与えたにすぎないと解されるから、資格のない同人が加功していること
により、直ちに被告人の右行為が違法になるわけではないし、また右行為が調剤に
あたると解する以上、業務所外で行われたという一事により、これが違法行為とな
るわけでもない)。
 しかるに、被告人の右行為について同法二二条の罪の成立を認めた第一審判決お
よびこれを維持した原判決は、法律の解釈適用をあやまり、罪とならない事実につ
いて被告人を有罪としたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明ら
かであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 よつて、刑訴法四一一条一号により、原判決および第一審判決を破棄し、同法四
一三条但書により、被告事件について、さらに判決をすることとする。
 第一審判決が確定した判示第一の事実に法律を適用すると、被告人の所為は、麻
薬取締法三四条一項、七〇条八号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その
金額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、その完納不能の場合の換刑処分につき
刑法一八条を適用する。なお、被告人に対する麻薬取締法二二条違反の事実は、前
述のとおり、罪とならないので、刑訴法四一四条、四〇四条、三三六条により無罪
の言渡をすることとし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 検察官羽山忠弘 公判出席
  昭和四五年四月一六日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
 裁判官 長部謹吾は海外出張中につき署名押印することができない
         裁判長裁判官    岩   田       誠

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