弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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             主      文
   被告人を懲役5年及び罰金70万円に処する。
   未決勾留日数中150日をその懲役刑に算入する。
   その罰金を完納できないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人
を労役場に留置する。
   押収してあるプラスチック袋入り覚せい剤結晶12袋(平成14年押第37
号の4ないし15)を没収する。
   被告人から金857万円を追徴する。
             理      由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 営利の目的で,みだりに,
 1(1)A及びBと共謀の上,平成13年9月22日及び同月24日の2回にわた
り,広島県〇郡〇町〇△丁目△番△号所在の株式会社ab給油所裏駐車場におい
て,Cに対し,それぞれ,覚せい剤を譲渡する意思をもって,覚せい剤様の結晶各
約0.1グラムを代金各1万円で譲り渡したほか,同月22日ころから同年10月
1日までの間,多数回にわたり,広島市内及びその周辺において,氏名不詳の多数
の者に対し,覚せい剤を譲渡する意思をもって,覚せい剤様の結晶を有償で譲り渡
し,
  (2)前記Aと共謀の上,同月10日,前記駐車場において,前記Cに対し,フ
ェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する覚せい剤結晶粉末約0.1グラムを
代金1万円で譲り渡し,同年12月12日,広島県〇市〇△丁目c公園入口付近に
おいて,Dに対し,平成14年1月19日,広島市〇区〇△丁目△番△号所在のd
e店駐車場において,Eに対し,いずれも,覚せい剤を譲渡する意思をもって,覚
せい剤様の結晶各約0.15グラムを代金各1万円で譲り渡したほか,平成13年
10月2日から平成14年1月20日までの間,多数回にわたり,広島市内及びそ
の周辺において,氏名不詳の多数の者に対し,覚せい剤を譲渡する意思をもって,
覚せい剤様の結晶粉末を譲り渡し,
  もって,覚せい剤を譲り渡すこと及び覚せい剤を譲渡する意思をもって覚せい
剤様の結晶を譲り渡すことを併せて業とした
 2 前記A及びFと共謀の上,同年1月21日午後7時13分ころ,広島市〇区
〇町△番△号f駅ビル駐車場3階において,フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩
を含有する覚せい剤結晶約492.353グラム(平成14年押第37号の1はそ
の鑑定残量である。)を所持した
 3 前記Aと共謀の上,前記2記載の日時ころ,前記2記載の駐車場3階に駐車
中の普通乗用自動車内において,フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する
覚せい剤結晶約42.342グラム(同号の4ないし15はその鑑定残量であ
る。)を所持した
第2 法定の除外事由がないのに,平成14年1月20日午後7時ころ,広島県〇
市〇△丁目△番△-△号の被告人方において,フェニルメチルアミノプロパンの塩
類を含有する覚せい剤結晶粉末約0.03グラムを水に溶かして自己の左上腕部に
注射し,もって覚せい剤を使用した
ものである。
(事実認定の補足説明)
 被告人は,判示第1の各行為につき,Aに対する恐怖心により,いやいやながら
Aの覚せい剤密売を手伝わされていたものであるとして,Aとの共謀を否認すると
ともに,実質的に営利目的を否認するので検討する。
 まず,Aとの共謀の有無について検討するに,被告人は,Aの覚せい剤の密売に
関与していた理由について,捜査段階当初から,被告人自身がかつて暴力団g組に
所属していたことがあり,また,被告人の実弟もg組に所属していることに加え
て,Aから,g組の組長が体調が悪くて手を離せないのでAの密売を手伝ってくれ
と言われたので,Aの依頼を断ることができないまま,覚せい剤の密売に関与する
ようになり,その後,Aから密売用に預かった覚せい剤を使い込んでしまったこと
などから,手持ちの覚せい剤をAに返して密売を止めることもできなくなったた
め,密売の手伝いを続けていた旨供述して,Aの依頼により覚せい剤密売に関与し
ていたことを認めており,判示第1の1及び3については実行行為を自ら直接に行
い,また,判示第1の2
についても,被告人自身が,妻を伴って覚せい剤を仕入れた帰途,その仕入れた覚
せい剤をたまたま妻に持たせていたにすぎないものであって,これらの各犯行につ
き,被告人が,自ら実行行為を行う者であるとの認識を有していたことは明らかで
あって,被告人の正犯意思に欠けるところはない。
 そして,Aからその手下を介して暴力を振るわれて恐怖心を抱いていたためAか
らの依頼を断ることができなかったとの弁解は,判示第1の2及び3の事実につい
て起訴された後になって初めて現れたものであって,このような被告人の供述経過
に照らせば,Aからの暴力を避けるためにAの依頼による覚せい剤密売を続けたと
いう理由は,被告人の自由意思を制約するものではなかったことが明らかであるば
かりでなく,覚せい剤の密売に関与していた理由の主たるものではなかったと言う
べきである。
 よって,判示の各事実につき,いずれもAとの共謀が認められる。
 次いで,営利目的の有無について検討するに,被告人は,本件密売の報酬とし
て,1日1万円の現金と,密売価格1万円相当の覚せい剤とを与えられていたとこ
ろ,被告人は,妻と共に,被告人が報酬として受け取って覚せい剤だけでは足りな
いほどの覚せい剤を使用していた一方で,被告人の収入は,妻の分を含めて毎月3
0万円弱の生活保護費だけであり,本件密売の報酬がなければ自身らの覚せい剤使
用もままならない状態にあったものであるから,被告人の営利の目的に欠けるとこ
ろはないと認められる。
(法令の適用)
 (省略)
(量刑の理由)
 本件は,暴力団幹部であるAの指揮の下に行われていた覚せい剤の密売に,売り
子や運び屋として関与していた被告人が,密売客多数に覚せい剤等を譲渡するとと
もに,Aの指示で仕入れてきた覚せい剤や,密売客に密売するために常時準備して
いた覚せい剤を所持した事案及び被告人自身が覚せい剤を使用した事案である。
 まず,判示第1の罪についてみるに,被告人が関与していた覚せい剤の密売は,
Aの指揮の下,主にAの配下の暴力団組員が密売を担当する組織的な犯行であり,
これによって少なくとも1日当たり7万円の売上げをあげるという大規模なもので
あるところ,被告人は,約4か月の間,注文の受付や覚せい剤の配達など密売の実
行行為を担当し,その報酬として1日1万円と覚せい剤1袋を得て,密売の利益の
分配にあずかっていたものであって,その不正な利益を得るために覚せい剤の害悪
を社会に広く蔓延させた行為は極めて悪質であり,強い非難に値する。
 さらに,被告人は,上記密売に関連して,Aから密売用に預かっていた40グラ
ムを超える覚せい剤を携帯するとともに,Aの指示により仕入れてきた約500グ
ラムもの覚せい剤を所持していたものであるが,その覚せい剤の量は,この種犯罪
の中でもまれに見る多量なものであり,しかも,程なくして被告人らの手で密売さ
れることが予定されていたもので社会に多大な薬物の害悪をまき散らすとともに,
暴力団の大きな資金源ともなるものであって,一連の本件犯行は社会に対する重大
な挑戦と言うべきである。
 そして,被告人は,昭和47年ころに覚せい剤の使用を開始し,その後,覚せい
剤事犯だけでも6回服役する前科を有しながら,なおも覚せい剤の使用を継続し,
本件当時は覚せい剤の密売が生活の手段となり,覚せい剤の使用が日常生活の一部
と化していたことを併せ考えると,覚せい剤に対する常習性,親和性は非常に顕著
であり,覚せい剤事犯に対する規範意識の欠如は甚だしく,再犯のおそれも非常に
強い。
 これらの事情によれば,被告人の刑事責任は重大であると言わざるを得ない。
 一方,一連の覚せい剤密売は,Aの指揮の下に行われていたものであって,被告
人は積極的に密売に関与していたわけではない上,従属的な役割を果たしたに過ぎ
ず,密売の利益の大部分はAが得ていたこと,被告人は,前刑終了後,暴力団組織
を離脱し,現在ではAの所属する暴力団の構成員ではないこと,覚せい剤を絶って
いた時期もあり,今後は覚せい剤仲間の多い現在の住居地を離れてやり直したいと
述べていること,当初から事実を素直に認め,暴力団からの報復の危険もあるな
か,Aらとの関係についてまで積極的に供述しているなど,反省の情が認められる
ことなど被告人に有利な事情も認められ,これらの事情を総合考慮すれば,被告人
については,主文程度の刑をもって臨むのが相当である。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑-懲役6年及び罰金100万円,追徴金857万円,覚せい剤没収)
  平成14年9月20日
    広島地方裁判所刑事第一部
        裁判長裁判官  山 森 茂 生
           裁判官髙 原   章
           裁判官寺 元 義 人

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