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令和2年10月16日宣告
令和元年(わ)第524号傷害致死(変更後の訴因傷害致死,保護責任者遺棄致
死)被告事件
判決
主文
被告人を懲役13年に処する。
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第1札幌市a区bc条de丁目f番g号Ah号室(以下「本件居室」という。)に
おいて,B(当時2歳)に対し,令和元年5月15日頃から同年6月5日頃まで
の間,頭部を多数回手拳又は手で殴打する暴行を加え,よって,同児に頭部全体
にわたる皮下出血及び頭頂部の帽状腱膜下出血の傷害を負わせ,
第2本件居室においてB及びその実母であるCと同居し,同年5月15日頃から
同月31日頃までの間にCと共に同児に必要な食事を与えず,かつ,自己の前記
第1の暴行のうち同月31日までに加えた暴行により同児に頭部全体にわたる皮
下出血及び頭頂部の帽状腱膜下出血の傷害の一部を負わせたことにより,同月3
1日頃には,同児の生存に必要な保護を与えるべき責任があったものであるが,
Cと共謀の上,同月31日頃から同年6月4日午後5時頃までの間,本件居室に
おいて,同児に対し,必要な食事を与えず,かつ,前記暴行を受けて同児が頭部
に傷害を負い,また,同年5月31日頃までに同児が被告人以外の者の暴行を受
けて顔面皮下出血,顔面・胸部上方・左肩部の二度の熱傷の傷害を負っていたこ
とを知り,医師による治療等の医療措置を受けさせる必要があったにもかかわら
ず,これを受けさせずに放置して,もって同児の生存に必要な保護を与えず,同
児を多臓器不全を伴う低栄養状態に陥らせ,よって,同年6月5日午前5時40
分頃,同区ij条kl丁目m番n号D病院において,同児を衰弱により死亡させ
たものである。
(証拠の標目)
(略)
(補足説明)
本件では,①公訴事実において,被告人がBに暴行を加えて傷害を負わせた点に
ついて,「令和元年5月上旬頃から同年6月5日頃までの間,札幌市a区bc条de
丁目f番g号Ah号室被告人方において,B(当時2歳)に対し,頭部,顔面,胸
部,背部,左右足背部及び腹部を多数回手拳等で殴打し,足で踏み付け,左膝及び
腰部にたばこの火を押し付け,頭部に鈍体による強い打撃を加えるなどの暴行を加
え,頭部全体にわたる皮下出血,頭頂部の帽状腱膜下出血,左右後頭部硬膜下血腫,
顔面皮下出血,上口唇粘膜挫裂創,前胸部皮下出血,背部皮下出血,左右足背部皮
下出血,腹部下方の腸間膜出血,左膝部・腰部熱傷,左頭頂骨及び後頭骨線状骨折・
硬膜外血腫・右硬膜下血腫等の傷害を負わせ」たとされていたところ,Bに傷害を
負わせる暴行を加えた者が被告人と認められるか,②遅くとも令和元年5月31日
(以下,断らない限り,年は平成31年又は令和元年である。)頃までに,Bが,生
存のために必要な食事を与えられ,生存のために必要な医師による治療等の医療措
置を受ける,という特定の保護(以下「生存のために必要な特定の保護」ともいう。)
を必要とする状況(以下「要保護状況」という。)にあった(にもかかわらず,その
後これらの保護を受けられずに衰弱死した)と認められるか,③被告人において,
遅くとも5月31日頃までに,Bに,生存のために必要な特定の保護を与えるべき
立場にあり,Bがそれらの保護を必要とする状況にあったことを認識しながら,C
と一緒になってその保護を与えなかったと認められるか,が中心的に争われたので,
これらに即して,判示事実を認定した理由を補足して説明する。
1被告人の公判供述を含む関係証拠によれば,以下の事実を認定することがで
きる。
Cは,平成28年12月3日,Bを出産し,以後,Bを育てていたところ,
平成31年2月の頭頃,本件居室に転居し,同月14日から,自宅付近の24時間
制の保育園と月契約を結び,自身がニュークラブに出勤する際には,Bを保育園に
預けるようになった。
被告人は,2月20日頃にCとの交際を開始し,その頃から,CとBが同居
する本件居室に行くようになり,本件居室で寝泊りすることもあった。
被告人は,遅くとも4月中旬以降は,自ら借りていた別のアパートには寝泊
まりせず,本件居室に日常的に住むようになり,将来的にCと結婚してBを含む三
人で生活することを考えていて,5月12日頃までは,Bを施設に預けることも考
えていなかった。また,この間,被告人は,Cに頼まれた際には,Bの食事を用意
したり,食事を食べさせたりしたほか,入浴の手伝いや入浴後のおむつ交換をする
などし,また,CがBを保育園に預けずに本件居室に残して出勤する際には,Bの
世話をしていた。
⑷被告人は,5月15日以降6月5日までの間,引き続き本件居室で日常的に
寝泊りしてCと共に生活し,この間,Bを本件居室から外出させなかった。
⑸6月5日午前4時59分,Cが119番通報し,午前5時7分に救急隊が到
着した時点でBの呼吸等がないことが確認され,Bが救急車に収容された後,救急
医による気管挿管とともに救急隊員による心臓マッサージ及び人工呼吸が行われ,
さらに,D病院にBが搬送され,蘇生処置がされたものの蘇生困難と判断され,午
前5時40分頃にその死亡が確認された。
2Bに傷害を負わせる暴行を加えた者が被告人と認められるかについて
⑴Bの遺体に認められた外傷について,司法解剖を行ったE医師の意見は,次
のとおりである。
ア左頭頂骨及び後頭骨の線状骨折・硬膜外血腫・右硬膜下血腫(以下「後頭骨
等線状骨折等」という。)があり,これは死亡の2日程前から死亡の数時間前までの
間に生じた比較的新しい重傷である。局所的な硬い物体による強い打撃により生じ
たものであり,自己転倒でこれほど頭を激しくぶつけるということや拳で殴ってで
きたとは考え難いことなどから,他人に勢いよく殴られたり突き飛ばされたりして
生じたと考えられる。
イ頭部全体にわたり相当量の皮下出血があり,頭頂部の帽状腱膜下にも多量の
出血があり,皮下出血は死亡の2週間前にできたものから死亡の数時間前にできた
ものまで新旧の出血が混在した中等症であり,帽状腱膜下出血も中等症である。皮
下出血は,継続的に多数回,頭部のあらゆる個所に打撃又は圧迫を加えられたこと
によって生じたものであって,打撃又は圧迫を加えられた範囲の広さや期間の長さ
等から自過失ではなく,暴行によるものと判断され,帽状腱膜下出血も皮下出血同
様に暴行によるものと判断される。
ウ顔面全体に皮下出血があり,死亡の2週間前にできたものから死亡の数時間
前にできたものまで新旧の出血が混在した中等症であり,拳骨,平手等により殴打
されたと考えて矛盾しないと判断される。
エ顔面,胸部上方,左肩部に二度の熱傷があり,死亡の一,二週間前にできた
中等症であり,手や腕には熱傷がなく自過失によるとは考え難いため,他人が高温
の液体等を浴びせた他為的なものと判断される。
オ以上のほか,死亡から2週間前頃までの間に生じた,上口唇粘膜挫裂創,左
膝部及び腰部の円形熱傷,左右後頭部の少量の硬膜下血腫,左手背部及び右前腕か
ら手背部にかけて生じた皮下出血,左右足背部の皮下出血,腹部下方の腸間膜の出
血,背部及び前胸部の皮下出血と,死亡の三,四週間前頃に生じた,左右足底部の
熱傷があり,いずれについても,自過失で生じたものとは想定し難く,他人の暴行
によるものと判断される。
⑵後に述べるとおりE医師の法医学者としての専門的知識・経験に問題はなく,
本件の司法解剖を自ら担当していて意見形成の前提資料にも不足はないこと,前記
⑴アからオの外傷(以下「本件傷害」という。)に関する意見に異論を差し挟む他の
専門的知見も証拠上認められないことから,E医師の本件傷害に関する意見の信用
性は高く,本件傷害はいずれも他人の暴行によるものと認められる。
また,5月15日に本件居室を訪ねてC及びBと面談したF警察官は,Bの身体
を,着衣を脱がせたりまくらせたりした状態も交えて目で見て,誤ってやけどした
と説明された両足裏の絆創膏と遊具からの転落によると説明された左頬等の1セン
チメートルに満たない内出血のほかには外傷がなかったと確認しているから,本件
傷害のうち,左右足底部の熱傷は5月15日より前に受傷したものであり,その余
は5月15日以降に受傷したものと認められる。また,前記1の事実経過によれば,
被告人は,5月15日以降6月5日までの間,本件居室でCと共に生活し,この間,
Bを本件居室から外出させなかったのであるから,Bに対し,左右足底部の熱傷を
除く本件傷害を負わせる暴行を加えた者は,被告人とC以外に想定できないことが
認められる。
⑶そして,Cは,Bに本件傷害を負わせる暴行を自ら加えたことは一切なく,
4月上旬に被告人がBの頭を叩き腕をつかんで洗面所へ閉じ込めようとした場面,
6月2日に台所で洗い物中にBの痛いという声が聞こえて洋室を見ると自分で立っ
ていたBの肩を被告人が押さえて拳を振り上げて殴った場面,6月5日にBが呼ば
れて洋室からリビングのテーブルのそばに来て座った後,被告人がBの髪をいきな
りわしづかみにして引っ張って立たせた場面を見た旨を証言するから,その信用性
を検討する。ただし,Cは保護責任者遺棄致死罪により起訴されて裁判を待つ身で
あり,Bに本件傷害を負わせる暴行を加えたのが誰かについてする証言は,自己の
裁判における刑事責任の有無・範囲に関わり得る事柄であるため,虚偽証言の危険
があることは否めず,C証言の信用性は,他の証拠から認定できる事実関係との整
合性を中心として,慎重に吟味することとする。
ア関係証拠によれば,①5月30日午後10時7分頃にCが本件居室を出掛け
る段階でBの異変に気付くような事態はなかった上,その後から翌31日午前2時
30分頃まで,被告人とBのみが本件居室にいたところ,被告人は,この間にBの
頭部がブヨブヨした状態にあったことに気が付いてCに連絡したこと,②被告人は,
Cの帰宅後の同日午前3時10分頃,病院に電話をかけて,被告人から「2歳の子
供が頭をぶつけて,頭がブヨブヨになっている。どうしたらよいか。」などと対処
法を問い合わせ,当直医から受診を促されると電話を切り,Bを受診させなかった
ことが認められる。また,E医師の意見によれば,③5月31日の時点で「頭がブ
ヨブヨ」した状態と表現された症状は,本件傷害のうち頭部皮下出血と頭頂部の帽
状腱膜下出血(以下「頭部皮下出血等」という。)に該当すると認められる。そして,
前記①のとおり,Cが出掛ける段階ではBの異変に気付くような事態がなかったに
もかかわらず,被告人とBのみが本件居室にいる間に被告人がBの頭部がブヨブヨ
した状態に気が付いたということからすれば,被告人とBが二人きりの間に,Bが
受傷した考えるの合理的である。その上で,頭部皮下出血等は継続的に多数回他人
から打撃又は圧迫を加えられるという暴行により生じたものと認められることから
すれば,5月30日から同月31日にかけて被告人がBの頭部を手拳又は手で殴打
したと考えられる。さらに,被告人が自ら電話した病院の医師から受診を勧められ
ても受診させなかったことは,被告人自ら暴行を加えていながらその発覚を恐れた
と考えても矛盾しない。そうすると,前記①から③の事実関係は,C証言を考慮し
なくても,本件傷害のうち頭部皮下出血等の一部について,5月30日から31日
にかけて被告人がBの頭部を手拳又は手で殴打して生じさせたことを強く推認させ
るものといえる。
イまた,G証言によれば,Cは,被告人と共に住むようになった後,Gに対し,
被告人の愚痴を言う中で,被告人がBの頭を吹っ飛ぶぐらい強く殴るから怖い旨を
述べていたこと(以下「本件暴行告白」という。)が認められる。Cが被告人ととも
に住むようになった後にGに対し本件暴行告白をしたこと自体は,Cの証言とも符
合して相互に補強し合っており,G証言は信用できる。
そして,GがCの勤務先のほぼ同年代の先輩ホステスであり,被告人とCとの交
際が勤務先で隠されていた中でもそのことを知っており,被告人の愚痴を聞かされ
ていたという関係やこの話をする時も他にはCの交際相手が被告人であると知られ
ないようにしていたという状況からすれば,Cがあえて事実でないのに,交際相手
が自分の子供に暴力を加えるという話をGに愚痴として述べるとは考えられないか
ら,Cによる本件暴行告白は,被告人が本件居室に住むようになった後,Bに対し
頭部を殴ることがあったことを推認させる事情といえる。なお,H美容師の問いか
けに対し,被告人の暴力をCが否定したという事情もあるが,H美容師がCとは年
代が大きく異なる上,Gに比べてH美容師とCとの人間関係も希薄と考えられるの
であって,CがH美容師には被告人の暴行を隠そうとしたと考えても矛盾しないか
ら,この点は前記推認を妨げない。
ウさらに,I及びJの各証言によれば,Iは,Cが本件居室に転居する前の約
2年間,当初は同居し,その後も月に4回程度,C及びBと会い,時にBを預かる
ことがあり,Cが本件居室に転居した後も3月9日から11日までBを預かったが,
いずれにおいても,Bが虐待されていると感じるけがを見ることはなかったこと,
2月14日から4月24日までの間30回にわたり保育園にBが預けられたが,こ
の間もBの体にはJら保育士らにおいて暴行を疑うようなけががなかったことが認
められる。他方,IがCに「叩いたりしたらダメだよ」などと暴行を直接戒めるメ
ッセージを送った点については,Cによる暴行があったと考える余地を残すが,既
に指摘しているとおり,IやJらという複数の者がBの体に暴行を疑うけがを見て
いなかったことに加え,前記メッセージの内容やIが暴行を直接戒めるメッセージ
を送ったのは前記1回限りであることを踏まえると,Iが見た暴行があったとして
も傷害を負わせない程度の暴行にとどまると考えるのが自然である。そうすると,
①Bの出産後から4月24日までの2年以上にわたり,CがBに傷害を負わせる暴
行を加えたことはなかったことが推認できる。そして,②Bに本件傷害が生じた時
期は,被告人がCと共に住むようになった後であり,Bに本件傷害を負わせる暴行
を加えたのは被告人とCのいずれかしか考えられないという限られた前提の下で,
前記①の事情を考慮すれば,それまで傷害を負わせる暴行を加えていなかったCが
急にそのような暴行を加えるとは考えづらく,本件傷害を負わせる強度の暴行を加
えたのは被告人と考えるのが自然である。
エさらに,K証言によれば,本件居室の直上に居住しているKにおいて,2月
以降5月末までの間に,上下いずれからか特定できないものの男性の大声とドン,
ガンという物音と子供の泣き声を一緒に聞くことが複数回あったことが認められ,
本件居室で被告人がBに何らかの暴行を加えた際の音や声を聞いたものと考えても
矛盾はしない。
オこれまでの検討によれば,本件傷害のうち頭部皮下出血等の一部について,
5月30日から31日にかけて被告人がBの頭部を手拳又は手で殴打して生じさせ
たことを強く推認させる事実関係があり,これはCの自分は暴行を加えていないと
いう証言のうち,頭部皮下出血等の一部を生じさせる暴行をCが加えていないとい
う点を直接裏付ける。のみならず,頭部皮下出血等を負わせる暴行は継続的で多数
回に及ぶものであるところ,被告人が本件居室に住むようになった後にBの頭部を
殴ることがあったことを推認させる事実関係がある上,本件傷害を負わせる強度の
暴行を加えたのは被告人と考える方が自然といえる事情もあること,さらに,5月
末までに本件居室で被告人がBに何らかの暴行を加えた際の音や声と考えても矛盾
はしない事情もあることを併せ考慮すれば,被告人がBの頭部に暴行を加えたのが
5月30日から31日にかけての殴打にとどまらないといえるのであって,5月1
5日頃から6月5日までの間にBに頭部皮下出血等の全てを負わせる暴行,すなわ
ち,継続的に多数回にわたり頭部を手拳又は手で殴打する暴行を加えたのがCでな
く被告人であると推認できる。そうすると,前記推認に沿った限度では,自分はB
に暴行を加えていない旨のCの証言部分の信用性は高い。
カところで,本件傷害のうち後頭骨等線状骨折等は死亡の2日程前から死亡の
数時間前までの間に生じたものであって,6月上旬にこの傷害を負わせる暴行が加
えられたと考えられるところ,C証言の中には,6月2日に被告人がBの頭部を拳
骨で殴った場面など6月上旬に被告人がBの頭部に暴行を加えたのを見たという部
分がある。しかし,暴行を加えた者が被告人であるという点と直接符合する裏付け
証拠はない。その上,Cの前記証言部分には,暴行を受けた当時のBの様子につい
て,自分で立っていたなどと証言する部分があり,これらは,後記3で検討すると
おり,信用性を認めたE医師の意見によって,Bが,5月31日の時点で衰弱が進
んでかなり弱った状況になっており,死亡の数日前頃には意識障害も生じていたと
認められることに,明らかに反する。そうすると,6月上旬に被告人がBの頭部に
暴行を加えたのを見たという前記証言部分は,暴行の有無・態様に密接に関連する
当時のBの様子・行動について他の証拠と矛盾することとなる。さらに,後頭骨等
線状骨折等は勢いよく殴られるか突き飛ばされるなどして局所的に硬い物体による
強い打撃により受傷すると考えられているところ,Cの体格が華奢であることを踏
まえても,Cにできない暴行態様ともいえない。6月3日に被告人とCがけんかし
たことは双方が証言等しており,これが事実であるとすれば,腹いせに前記暴行を
加えるきっかけは被告人のみならずCにもあるといえる。したがって,6月上旬の
被告人の暴行を見たというCの前記証言部分の信用性は大きく下がるといわざるを
得ない。
そして,頭部皮下出血等以外の傷害については,頭部皮下出血等を負わせる暴行
とは受傷部位や想定される暴行態様が異なり,左右足底部の熱傷については受傷時
期が5月15日より前と考えられるため,これまでに指摘した諸事情が,暴行を加
えたのが自分ではないとするC証言の信用性を裏付けるとはいえない。
さらに,検察官は,C証言の裏付けとして,①Bの顔面皮下出血の中心点間の距
離と被告人らの基節関節の中心点間の距離の比較や被告人の右手人差し指第二関節
の陳旧性瘢痕の存在から被告人の手拳によると考えて矛盾しない,②日常たばこを
吸っていたのが被告人であり,Cはアイコスを吸っていたから,たばこの火による
熱傷は被告人によると考えるのが自然である,と指摘する。しかし,①については,
確立された捜査手法の実績があるとはいえず,また,実際に行われた皮下出血や被
告人らの基節関節間の各測定の正確性や測定結果の比較に伴う推察の合理性に疑問
がある。さらに,Cの手指の爪は全て長く伸ばされており拳を握り込んで殴れば爪
が割れることも考えられるところ,その左手親指の爪にはCがネイルサロンに行っ
て爪の手入れをしたという6月3日以降に割れが生じていたと認められ,Cにも同
人が暴行を加えたと考えて矛盾しない事情があるといえることから,被告人の前記
陳旧性瘢痕の存在がC証言を支えるとはいえない。②については,本件居室内にあ
った灰皿内のたばこの吸い殻のDNA鑑定の結果やCが過去にたばこを吸っていた
ことに照らすと,Cがたばこを吸わないとは断定できないから,前記熱傷が被告人
によると考えるには疑問がある。したがって,①②の指摘をC証言の裏付けと認め
ることには無理がある。
キ以上の検討から,C証言は,5月15日頃から6月5日までの間に,Bの頭
部に対し,頭部皮下出血等を負わせる暴行,すなわち,頭部を継続的に多数回手拳
又は手で殴る暴行を加えたのがCでなく被告人であるとの推認に沿った限度で信用
できる。
⑷弁護人の主張及び被告人供述の検討
ア弁護人は,C証言につき,6月の被告人の暴行を目撃したとする部分につき,
供述変遷があり,目撃した日の特定が不能であり,暴行を目撃したとすれば矛盾す
る行動をとっているとして,その信用性を論難する。しかし,前記⑶で証言の信用
性を認めたのは,証言に整合する事実関係に裏付けられているといえるからであっ
て,かつ,弁護人が指摘する被告人の暴行を目撃したとの証言部分の信用性を認め
たものでもないから,弁護人の論難は理由がない。
イ弁護人は,5月12日から15日にかけてBの左右足底部の熱傷を負わせた
のはCであり,6月上旬に後頭骨等線状骨折等を負わせたのもCであるとも主張す
るが,本件傷害のうち前記⑶の検討により認定した傷害部分以外の傷害に関する論
難であるから,弁護人の指摘を踏まえても前記⑶の検討は揺らがない。
ウ被告人は,本件傷害を負わせる暴行を一切加えておらず,4月にCがBの頭
を叩く場面を見たことがある,本件傷害の多くについて原因は分からず,5月30
日から31日にかけてBの頭がブヨブヨした状態に気付いた理由も,洋室からリビ
ングへBが来て頭を痛がっていたからである旨供述する。しかし,CがBの頭を叩
く場面を見たという点はC証言と異なり裏付けがない。被告人は,C及びBと共に
住んでおり,本件傷害が体の多数の部位にわたっていることからすれば,その原因
が分からないという内容自体が不自然である。また,被告人は,5月5日頃より後,
洋室とリビングとの間の出入りをできないようにしており,Bが洋室にいたとすれ
ば,被告人らがドアを開けない限り,Bが自分の意思でリビングへの行き来をでき
ない状況にあったとも供述しており,それにもかかわらず洋室からBが出てきたと
いうことは考えられないから,供述内容が不合理である。したがって,被告人の供
述は信用できない。
エその他弁護人の指摘を踏まえても,前記⑶の検討は揺らがない。
⑸以上の次第であって,C証言は,本件傷害のうち,頭部皮下出血等の全てを
負わせる暴行,すなわち,頭部を継続的に多数回手拳又は手で殴る暴行を加えたの
が自分ではなく被告人であるという限度で信用でき,前記⑵のとおり,左右足底部
の熱傷を除く本件傷害を負わせる暴行を加えた者が被告人とC以外に想定できない
ことを併せると,5月15日頃から6月5日までの間に,前記頭部皮下出血等の全
てを負わせる暴行を加えたのが被告人であることは,常識に照らして間違いないと
認定できるが,その余の傷害を負わせる暴行を加えたのが被告人であることは,常
識に照らして間違いないと認定できない。
3遅くとも5月31日頃までに,Bが要保護状況にあった(にもかかわらず,
その後これらの保護を受けられずに衰弱死した)と認められるかについて
Bの死因について
アE医師は,Bの死因について,低栄養による衰弱死であり,窒息死の可能性
は否定されると説明する。その意見の要点は,次のとおりである。
Bは,体重を維持するために必要な食事がほとんどできなかったことにより,
二,三週間程度で体重が急激に減少し,低栄養状態となって全身の様々な機能が低
下していた。5月31日頃には,体重が7キロ前後にまで落ち,一見して痩せてお
り,頭部等にも多数の外傷を負って皮下出血もある状態で,体力が落ち,元気に歩
き回ったり大声を上げることは困難な状態になっており,弱っていることが分かる
状態となっていた。Bは,死亡の数日前頃には,かなり弱り,意識障害を生じてし
っかりした意識があるような状態ではなかったと考えられ,さらに,死亡の数時間
前には,高度の意識障害が生じ,死亡直前の数時間で体温が低下した状態になって
いき,最終的に多臓器不全となって6月5日に衰弱死したと考えられる。
ところで,頭部等に後頭骨等線状骨折等という死亡の数時間前から2日以内に受
傷したものと推定される重傷があるが,頭部に著明な脳浮腫や脳ヘルニア・脳内出
血などが発生していないと認められるため直接の死因ではなく,脳機能や心機能を
低下させて衰弱の程度を強め,死期を一日か二日早めたと判断される。
「死亡までの二,三週間程度の間,体重を維持するために必要な食事がほと
んどできなかった」と判断する根拠は,①Bが,2月14日の計測時には,身長が
72センチメートル,体重は8500グラムであったところ,死亡時には,身長が
74センチメートルに伸びたのに対して体重が6740グラムと著しく少ない状態
であったこと,②通常であれば数センチメートルの厚さはある腹部の皮下脂肪が,
3ミリから5ミリ程度にまで減少するなど大幅に失われていたこと,③短期間で急
激に痩せた場合,皮下脂肪が失われる一方で皮膚自体がまだ残ってたるみが生じる
ところ,解剖時のBの臀部の皮膚はたるんで多数のしわが寄っていたから,Bは,
徐々に痩せたのではなく,短期間で急激に痩せたと考えられることである。
また,食事をほとんど与えられなかった期間については,Bが5月15日時点で
はさほど痩せていなかったことを警察官が確認していることのほか,幼児は一般に
全く食事をしない場合には1日で体重が1パーセント(Bの場合には1日約80グ
ラム)ほど減少するとされているところ,5月15日時点でBがさほど痩せていな
かったというのであれば,Bの死亡時の体重は,5月15日から死亡時まで約20
日間でBの体重が急激に減少した場合に想定されるBの体重と矛盾しないことから,
死亡までの約二,三週間程度の間と判断できる。
Bが吐物を誤嚥して窒息死した可能性を否定する根拠は,次のとおりである。
一般に生きた状態から誤嚥窒息により死亡した場合,食べ物が肺の奥まで入り込む
生活反応があるから,元気な状態のBが小さな米粒や胃液等を含む胃の内容物を誤
嚥したのであれば,これらが肺の奥まで入り込み,CT画像上は肺が白く映るのが
通常であるのに,死亡して間もない時期に撮影されたBの肺のCT画像上は肺がほ
ぼ黒く映っており,肺や細気管支に食物の誤嚥を疑う状況になかった。肉眼解剖所
見や肺の組織を一部採取した病理組織検査においても,肺や気管支に死因となるよ
うな異常は認められなかった。気道閉塞による窒息死の場合には肺の表面に溢血点
が生じることが多いところ,肉眼解剖所見では肺に溢血点は認められなかった。一
方,Bの喉の奥や気管支に泥状の吐物が貯留していたが,心肺停止後の心肺蘇生術
や体位変換によって胃の中の食べ物が口の方に上がることは,心肺蘇生術を受けた
人の司法解剖でよく経験しており,前記吐物は心肺停止後に逆流してきたものであ
って死因には関与していないと考えられる。
イE医師は,法医学を専門とし,その経験年数やこれまでの司法解剖実施経験
件数のほか,虐待が疑われる乳幼児の生体鑑定・写真鑑定の件数に照らしても,そ
の専門的な知見に基づく意見を述べる資質・能力に問題はなく,また,本件の司法
解剖を自ら担当していて意見形成の前提資料にも不足はない。
Bが低栄養状態に陥って衰弱死したとの見解は,死亡から約3週間前にF警察官
が確認した際にBが極端に痩せてなく,腕・足が少しぷくっとし腹も少しちょっと
出た感じがあったという状況と整合し,Bの体重の推移,腹部の皮下脂肪の厚みの
変化,臀部の皮膚がたるんで多数のしわが寄った状況等を総合的に考察したもので
あり,その判断根拠及び考察の過程はいずれも合理的である。また,後頭骨等線状
骨折等がBの衰弱の程度を強め,死期を早めたという点も,受傷時期の推定,受傷
部位や傷害の程度に基づく合理的な考察である。
E医師は,窒息死の可能性が否定される点についても,気道閉塞によって窒息死
したのであれば通常生じると考えられる生活反応・肺の溢血点等の所見がCT画像
の画像診断や肉眼解剖所見・病理組織所見において確認されなかったことなどを根
拠としており,その判断根拠及び考察の過程は合理的である。豊富な経験を有する
E医師が前記所見を全て見落としたとも考え難い。また,Bの喉の奥から気管支に
かけて貯留していた泥状の吐物が,心肺停止後の心肺蘇生術等によって胃から逆流
したものと考える点も,自身の司法解剖の経験に基づいた説明であって,疑念を入
れる理由はない。
以上に照らせば,E医師の意見の信用性は高いというべきである。
ウこれに対し,L医師は,低栄養による衰弱死との前記意見に疑念を示し,窒
息死と考えるのが自然という見解を示すので,これを踏まえてさらに検討する。
L医師は,①司法解剖の際の血液検査で検出された総たん白及びアルブミン
(以下「総たん白等」という。)の数値を一般健常者の基準値と比較すると,Bが重
度の低栄養状態に至ってなく,極度の衰弱状態であったとまではいえないこと,②
Bの胃等の内容物に少しは咀嚼したと考えられる跡のある物も含まれており,Bが
少しでも自分で食べたと考える方が自然であり,そうであれば,①の血液検査の数
値も反映して,残された皮下脂肪をエネルギーに変えることができたと考えられる
こと,③死亡時の身長・体重はそれだけで衰弱死に至るほどではないことを指摘す
る。その上で,Bが最後に食事をしてから数時間から約12時間後に低栄養により
衰弱死したとは考え難く,衰弱死と断定するには疑問が残るという。
しかし,L医師の見解は,前記①②のいずれも司法解剖の際の血液検査の数値を
根拠として大きく見たものであることはL医師も自認するところ,E医師は,総た
ん白等の値は,死後に血液内の細胞等が自己融解して血液中にたん白やアルブミン
の成分が溶け出すため死後に上昇することがあるから,死亡時の血液検査の総たん
白等の数値を解剖の際の数値だけで見るのは誤りである旨の見解を示している。E
医師は合理的な根拠をもってL医師の疑念に反論しており,そこに特段疑いを差し
挟むべき事情は認められない。L医師は,総たん白等の値の死後変化に関する知識
がなかったことを自認しており,その見解は死後変化を捨象したものといえ,また,
L医師は,死亡前のBの総たん白等の推計値について述べるも,結局,これを撤回
している。また,L医師の見解の③について,E医師の意見は,そもそも身長・体
重の変化のみに基づく判断ではなく,低栄養による衰弱死という見解を基本としつ
つ,衰弱の程度が頭部等の外傷により強められたというものであるから,L医師の
論難は当を得ない。以上の検討によれば,衰弱死であると断定するには疑問が残る
旨のL証言は信用できない。
なお,弁護人は,本件居室内にあった子供用のスプーンの柄や野菜ジュースのス
トローの吸い口からBのDNAが検出されたことを根拠に,Bが死亡前に自力で食
事をしていた可能性があるともいう。しかし,E医師の意見によれば,高度の意識
障害が生じたのは死亡の数時間前と推定され,死期を早めた後頭骨等線状骨折等の
受傷時期も死亡の数時間前から2日以内と推定される一方,最後の食事から死亡す
るまでの時間が数時間から12時間前後と幅をもって特定されていることからすれ
ば,後頭骨等骨折等を受傷する前で,かつ,高度意識障害に陥る前の段階で,Bが
口中の物を飲み込むことができる時機に被告人らがスプーンを持たせたり口内に飲
食物を入れたりしたなど,Bが自力で食事をしたこと以外にも種々の想定が可能で
あるから,弁護人の指摘がE医師の意見に疑念を差し挟むとはいえない。
L医師は,窒息死と考えるのが自然といえる根拠について,①Bの咽頭口か
ら気管支にかけて泥状の吐物が詰まっていることがCT画像上確認できること,②
死亡直後に撮影された肺のCT画像や司法解剖時に撮影された肺や気管支のCTの
画像上,肺や気管支に白い影を読み取ることができ,肺や気管支が部分的に閉塞し
たとみられること,③気管挿管の際,挿管チューブの高さ調節をした後に呼吸音が
確認されたことからすると,高さ調節前の挿管チューブの先端部分が位置していた
部分で気管が閉塞していたと考えられることなどを指摘する。
しかし,一般に心肺蘇生術によって胃の内容物が口中に逆流する可能性はL医師
も認めるところであるから,L医師が指摘する泥状の吐物が直ちに窒息死の疑いを
生じさせるとはいえない。また,CT画像上読み取り得る白い影が閉塞を示唆する
という点は,Bを実際に解剖したE医師による肉眼解剖所見や組織病理検査によっ
ても肺や細気管支に異物が確認されなかったことに反している。E医師は,心肺蘇
生術の過程で点滴等がされて肺から水分が染み出したり,死亡後に血が貯まって拡
張した肺の血管から水分が染み出すことにより,これらの水分がCT画像上白い影
として確認され得る旨納得できる根拠を持って説明しており,その可能性があるこ
と自体はL医師も否定していない。そうすると,L医師が指摘するCT画像上の白
い影が閉塞を示唆するものではないというE医師の見解が合理的である。さらに,
L医師による気管挿管時に呼吸音が確認された状況からの推測も,挿管チューブの
高さ調節の方法や高さ調節前に呼吸音が確認されなかった原因を仮定した上での見
解にとどまる。したがって,窒息死したと考えるのが自然であるというL証言は信
用できない。
エ以上の検討によれば,E医師の意見は,L医師の証言を踏まえても信用でき
るのであって,Bの死因は低栄養による衰弱死であり,窒息死の可能性はないと認
められる。
Bが,遅くとも5月31日頃には,要保護状況にあった(にもかかわらず,
その後保護を受けられずに衰弱死した)こと
ア前記⑴で検討したとおり信用できるE医師の意見によれば,5月31日頃の
Bは,一見して痩せており,頭部等にも多数の外傷を負って皮下出血もある状態で,
体力が落ち,元気に歩き回ったり大声を上げることは困難な弱った状態になってお
り,そのまま放置を続ければ確実に死亡する危険があった。この点は,前記2⑶ア
で検討したとおり,5月31日午前3時10分頃,それまでにBの頭部に継続的に
暴行を加えていた被告人が,自ら病院に電話をし,「子供が頭をぶつけてブヨブヨに
なっている」などと言って対処法を問い合わせており,この時点で,それだけ被告
人が不安に思うほどBが衰弱した状態であったと考えるのが自然といえるところ,
このような客観的事実とも整合する。加えて,前記Kは,2月頃から子供の泣き声
が昼夜を問わず聞こえていたが,6月1日以降はその泣き声が全然聞こえなくなっ
た旨も証言しているところ,同証言は,泣き声が聞こえなくなって数日してから,
「ここ数日泣き声がしない」ということを同居者と話し合っていた旨具体的な根拠
を備えているから,記憶違いをするとは考え難いのであって,E医師の前記意見は,
この点とも符合する。また,E医師の意見により,頭部皮下出血等,顔面皮下出血,
顔面,胸部上方,左肩部の二度の熱傷が5月31日頃にBが生存のために必要な保
護を要する状況にあったことを基礎付けることも認められ,その傷害の程度はその
頃のBが元気に歩き回ったり大声を上げることは困難な弱った状態にあったという
見解とも整合する。
したがって,5月31日頃のBは,元気に歩き回ったり大声を上げることは困難
な弱った状態にあり,そのまま放置を続ければ確実に死亡する危険があったといえ,
要保護状況にあったといえる。
イそして,E医師は,Bの救命可能性について,「5月31日の時点では,低栄
養状態及び外傷のいずれについても,点滴や輸血等の適切な医療措置を受けさせれ
ば救命できた可能性は高く,また,家庭内で必要な量の食事を与えながら慎重に養
育することによっても救命は可能であったと考えられる。死亡の半日前頃までには
救命が困難な状態に至っていたと考えられる。」と述べているから,この意見に沿っ
て,5月31日頃から6月4日午後5時頃までの間に必要な食事を与え,医療措置
を講じれば救命可能であったと認められる。
ウ以上の検討によれば,Bが,遅くとも5月31日頃から6月4日午後5時頃
までの間,要保護状況にあったにもかかわらず生存のために必要な特定の保護を受
けられずに衰弱死したことは常識に照らして間違いないと認められる。
⑶ところで,E医師の意見により,後頭骨等線状骨折等がBの衰弱を強めて死
期を早めたと認められるが,前記2で検討したとおり,被告人がBに加えた暴行は,
頭部皮下出血等を負わせる暴行にとどまり,後頭骨等線状骨折等を負わせる暴行を
加えたのが被告人であるとは認められないから,前記2で認定した被告人の暴行が
Bの死亡と因果関係を持つとは認められない。
しかし,E医師の意見により,後頭骨等線状骨折等は直接の死因でなく衰弱を強
めて死期を一日,二日早めたにとどまり,5月31日頃にBが要保護状況にあった
時点では,このまま栄養を与えなければ確実に死んでしまう状態であったと認めら
れることに照らせば,5月31日頃から6月4日午後5時頃までの間にBが生存の
ために必要な保護が受けられなかったことが衰弱死という結果に及ぼした影響が高
く,後頭骨等線状骨折等を負わせる暴行が衰弱死という結果に及ぼした影響は低い
といえるから,前記保護が受けられなかったことと衰弱死という結果との因果関係
は認められる。
4被告人において,遅くとも5月31日頃までに,Bに,生存のために必要な
特定の保護を与えるべき立場にあり,Bがそれらの保護を必要とする状況にあった
ことを認識しながら,Cと一緒になってその保護を与えなかったと認められるかに
ついて
⑴前記1の認定事実によれば,被告人は,Cとの交際を開始した後,遅くとも
4月中旬から,CとBが同居する本件居室に日常的に住み,この間,5月12日頃
までは,将来的にCと結婚してBを含む三人で生活することを考え,Cに頼まれた
際に,Bの食事を用意したり,食事を食べさせたりしたほか,入浴の手伝いや入浴
後のおむつ交換をするなどし,また,CがBを保育園に預けず出勤する際にも,B
の世話をしていたことが認められる。これらの事実関係によれば,被告人が5月1
2日頃までBと同居しその保護をCと共に担っていたことは明らかである。そして,
Bは2歳児であって,自ら必要な食事を用意して食事をとり,又は自ら医療措置を
受けることは困難であったから,前記のようにCと共に保護を継続していた者には,
他からの保護が期待されるような事情がないのであれば,引き続き保護を継続する
ことが刑法上期待されるというべきである。
その上で,前記1の認定事実によれば,被告人は,その後もB及びCとの同居を
6月5日まで続けており,その保護を継続することが容易にできる立場にあり,他
にBに保護を与えられる者がいなかったにもかかわらず,Bを本件居室から外出さ
せず,他者がBを保護する機会を奪っていた。加えて,前記2の検討によれば,被
告人は,Bに頭部皮下出血等という要保護状況を基礎付ける傷害の一部を負わせる
暴行を自ら加えていたのであり要保護状況の形成に関与していたことが認められる。
これらの事情も併せて考慮すれば,被告人とBが親子関係にないことを踏まえても,
被告人が,5月15日頃以降,Bに,生存のために必要な特定の保護を与えるべき
立場にあったと認められる。
なお,被告人は,5月15日以降のBへの関与をできるだけ避けていた旨供述す
るが,仮にそのような行動をとっていても,前記判断が揺らぐものではない。
⑵ア前記3で検討したとおり,E医師の意見により,Bは,死亡までの二,三
週間程度の間,体重を維持するために必要な食事がほとんどできなかったと認めら
れるから,司法解剖時の胃内容物の存在を踏まえても,Bと同居していた被告人と
Cのいずれも,Bに生存のために必要な食事を与えていなかったと認められる。ま
た,Bは,5月15日頃以降本件居室から外出していなかったのであるから,被告
人とCのいずれも,Bに生存のために必要な医療措置を受けさせなかったことも推
認できる。
イそして,①E医師の意見によれば,5月31日頃には,Bが一見して痩せ,
要保護状況を基礎付ける頭部等皮下出血,顔面皮下出血,顔面,胸部上方,左肩部
の二度の熱傷もあり,元気に歩き回ったり大声を挙げることは困難で,弱っている
ことが分かる状態であったことが認められる。また,被告人は,5月15日頃から
6月5日までの間,B及びCと本件居室に同居し,外出しても一日中本件居室を不
在にするということはなく,5月30日から翌31日にかけてはCが不在の間にB
と二人きりで過ごす時間もあった。そうすると,死亡までの二,三週間程度の間に
Bが前記の必要な食事がほとんどできず,5月31日頃にはBが前記のとおり弱っ
ていたことについて,被告人が認識していたと考えるのが自然である。また,②前
記頭部等皮下出血は被告人の暴行により生じたと認められ,前記顔面皮下出血,顔
面,胸部上方,左肩部の二度の熱傷は,被告人の暴行によるとは認められないが,
着衣でほとんど隠れない部位の受傷であること,被告人供述によっても本件居室内
でBが服を着ないおむつ姿で過ごしていたことがあると認められることからすれば,
いずれの要保護状況を基礎付ける傷害についても被告人が気付いていなかったとは
考えられない。加えて,③被告人は5月31日にBの頭部の異変に気付いてCに連
絡したり自ら病院に対処法を問い合わせたりしており,その機会にBの全身の様子
に注意を払っていたと考えるのが自然である。前記アのとおり,Cも被告人もBに
必要な食事を与えず,必要な医療措置を受けさせなかったことに加えて,このよう
な①から③の事情があることに照らせば,被告人が,5月31日の時点でBが要保
護状況にあることを認識していたにもかかわらず,Bの生存のために必要な保護を
しないことについてCと意思を通じ一緒になって,このような保護を与えなかった
と認められる。
⑶弁護人の主張及び被告人供述の検討
ア弁護人は,被告人が生来色弱であったから通常よりあざなどの受傷に気付き
にくい旨もいう。しかし,被告人が色弱であったとしても,自ら加えた暴行に係る
傷害の存在に気付かないとも,痩せ方などの見え方が色の見え方に影響されるとも
考えられない。被告人自身,あざをあざとして認識できたことは自認している。弁
護人の主張は理由がない。
イ被告人は,5月15日以降はBと関わらないようにしており,5月31日に
病院に問い合わせた際の「頭がブヨブヨした状態」以外には,熱傷,顔面皮下出血
を含めてBの受傷に気付いていなかった旨や,Bが6月5日まで歩き回るなどし,
同日午前2時頃の食事の際もBがリビングに来て自分で飲食していたが,被告人ら
が入浴して上がった後,Bが喉辺りを押さえて苦しそうな声を出していたことに気
付いた旨供述し,Cも一部これに沿うような証言をする部分がある。しかし,前記
被告人供述等は,E医師の意見により認められるBの受傷状況や衰弱死に至る経過
に明らかに反する。被告人供述は,Bがいる本件居室に一緒に住み,Cが不在の際
にBとともに本件居室に残ることもありながら,多くの受傷の原因が分からないと
いう不自然な内容である。前記被告人供述等は,信用できない。
⑷以上の検討によれば,被告人は,Bに生存のために必要な特定の保護を与え
るべき立場にあり,Bがそれらの保護を必要とする状況にあったことを認識しなが
ら,Cと一緒になってその保護を与えなかったことは,常識に照らして間違いない
と認められる。
5結論
以上の次第であって,判示の傷害,保護責任者遺棄致死の事実の限度で認定し,
公訴事実に沿った傷害致死の事実は認定できないと判断した。
(法令の適用)
罰条
判示第1の所為刑法204条
判示第2の所為刑法60条,219条(218条),10条(同法218
条所定の刑と同法205条所定の刑とを比較し,重い傷害
致死罪の刑により処断)
刑種の選択
判示第1の罪懲役刑を選択
併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の罪
の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1被告人は,(補足説明)の4項で説示したとおり,4月中旬頃から本件居室
で被害児と同居しその保護をCと共に担っていた上,同児を本件居室から外出さ
せずに他者が保護する機会を奪っていた。それにもかかわらず,被告人は,5月1
5日頃から同月31日頃までの間,被害児に対し,Cと共に同児に必要な食事を与
えず体重を急激に減少させて低栄養により衰弱させ,かつ,判示の暴行により同児
に頭部全体にわたる相当量の皮下出血及び帽状腱膜下出血の一部を負わせるとい
う一連の虐待によって,同児を要保護状況に陥らせることに大きく関与した。ま
た,当裁判所が認定した傷害罪について見ると,被告人は,2歳半と幼く言葉が十
分発達しておらず相手を宥めたり他に助けを求めたりできない同児に対し,約2
週間程の間に,継続的に多数回にわたりその頭部を手拳又は手で殴るという強度
の暴行を加えており,生じた頭部皮下出血等も中等症と認められるものであるか
ら,保護責任者遺棄致死罪の先行行為にとどまらない悪質さがある。
5月31日頃以降の不保護自体の態様等についてみると,5月31日未明に被
告人が被害児の頭部の外傷について病院に電話をした際に医師から受診を勧めら
れていた上,その頃の同児はすでに体重が急激に減少するなどして弱った状態で
あって,被告人において,同児が衰弱していることを十分認識できていた。また,
被告人が加えた暴行によるとは認めたものではないが,(補足説明)の4項で説示
したとおり,5月31日頃の時点で,要保護状況を形成する一因として生じていた
顔面・胸部上方・左肩部の二度の熱傷及び顔面皮下出血の存在に被告人が気付いて
いなかったとも考えられない。それにもかかわらず,被告人は,Cと共に被害児を
受診させず食事もほとんど与えず,本件居室内の一室に扉を閉めた状態で同児を
放置し,時に自らは同児を本件居室に残したまま外出もした。その理由は,前記虐
待の発覚を恐れた保身や遊興を優先することにあったとしか考えられない。この
ように不保護の態様等は,自己の保身等の身勝手極まりない動機に基づき,被害児
の生存の確保を蔑ろにするという誠にむごいものであって悪質である。なお,死亡
の数時間ないし12時間前後前に被告人らが被害児に一定量の食事を与えていた
としても,同児はその頃には通常の食事を与えられるだけでは救命が困難な状態
であって有意な保護とはおよそいえず,真に救命のために必要な医師による医療
措置を受けさせなかったのは前記のとおり保身のためとしか考えられないから,
不保護の悪質性の評価・非難の程度を低減させる事情とはいえない。
被害児が死亡したという本件結果は誠に重大である。被害児は,一連の虐待によ
ってかなり弱った状態となった後も,医療措置を受けることも必要な食事を与え
られることもなく死亡した。幼い被害児が被った身体的苦痛は察するに余りあり,
助けを求められないまま孤独の中で衰弱死した過程は憐れというほかない。
以上のとおり,本件各犯行に関する事情は極めて悪く,本件は同種事案((処断
罪)保護責任者遺棄致死,(動機)児童虐待)の動きつつある現在の量刑傾向の中
では,最も重い部類に位置付けるのが相当である。
2その上で,被告人は本件各犯行を否認して不合理な弁解に終始し,何らの反
省の態度もみられないこと,本件の性質・内容等に照らすと被告人に見るべき前科
がない点を有利に斟酌することはできないことなども踏まえて,主文の刑に処す
るのが相当であると判断した。
(検察官岡田和人,同北野達哉,同堀華子,国選弁護人磯部真士(主任),同鳥井
賢治各出席)
(求刑懲役18年)
令和2年10月16日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官石田寿一
裁判官古川善敬
裁判官宮原翔子

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今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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