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令和2年11月20日宣告裁判所書記官
令和元年(わ)第525号保護責任者遺棄致死被告事件
判決
主文
被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,札幌市a区bc条de丁目f番g号Ah号室(以下「本件居室」とい
う。)において,長女であるBを養育していたものであるが,令和元年5月15日頃
(以下の月日は特に記載のない限り平成31年又は令和元年のものである。)から
同月31日頃までの間に,同居していたCと共に,4月下旬頃から体重が減り始め
ていた同児(当時2歳)にその体重を維持するのに必要な食事を与えず同児の栄養
状態を悪化させ,かつ,5月15日頃から同月31日頃までの間に,BがCから暴
行を受けてその頭部等に傷害を負うなどしていたのであって,5月31日頃には,
被告人及びCにおいて,同児の生存に必要な食事を与え,その生存に必要な医師に
よる治療等の医療措置を受けさせるという保護を与えることが求められる状況にあ
った。それにもかかわらず,被告人は,Cと共謀の上,5月31日頃から6月4日
午後5時頃までの間,本件居室において,Bに対し,その生存に必要な食事を与え
ず,かつ,その生存に必要な医師による治療等の医療措置を受けさせずに放置し,
もって同児の生存に必要な保護を与えず,同児を多臓器不全(全身の様々な諸臓器
の生命維持に必要な機能の低下した状態)を伴う低栄養により衰弱した状態に陥ら
せ,よって,同月5日午前5時40分頃,同区ij条kl丁目m番n号D病院におい
て,同児を衰弱により死亡させたものである。
(補足説明)
第1本件の争点等
1証拠によれば,①被告人は,平成28年12月3日,Bを出産し,以後,B
を育てていたところ,平成31年2月の頭頃,本件居室に転居し,同月14日から,
24時間制の保育園と月契約を結び,自身が出勤する際には,Bを保育園に預ける
ようになったこと,②被告人は,遅くとも4月からCが本件居室に同居し始めたと
ころ,Cに頼んでBの食事等の世話も一部してもらっていたこと,4月23日から
翌24日までBを保育園に預けたのを最後に,Bを保育園に預けることはなくなり,
5月15日から6月5日までの間は,自らは出勤したり,Cと共に外出したりする
一方,Bを本件居室から外に連れ出さなかったこと,③6月5日午前4時59分頃,
被告人が119番通報をし,同日午前5時7分頃に救急隊が本件居室に臨場した時
点では,Bの呼吸等が確認できない状態にあり,その後,気管挿管や心臓マッサー
ジ等の蘇生措置が施されたものの,同日午前5時40分に搬送先のD病院でBの死
亡が確認されたことが,優に認められる。
2本件では,①遅くとも5月31日頃までに,Bが,生存のために必要な食事
を与えられ,生存のために必要な医師による治療等の医療措置を受ける,という特
定の保護を必要とする状況(以下「要保護状況」という。)にあったにもかかわらず,
その後これらの保護を受けられずに衰弱死したと認められるか,②被告人において,
遅くとも5月31日頃までに,Bが要保護状況にあったことを認識しながら,Cと
一緒になってその保護を与えなかったと認められるか,が中心的に争われたので,
これらに即して,判示事実を認定した理由を補足して説明する。
第2遅くとも5月31日頃までに,Bが要保護状況にあったにもかかわらず,
その後これらの保護を受けられずに衰弱死したと認められるかについて
1Bの死因及び死に至る経過について
⑴Bの死因等に関するE医師の見解
E医師は,Bの死因について,頭部や脳にそれ自体で致命傷となるような出血や
病変はなく,死亡の直接の原因となるような特定の臓器の病変等も見当たらなかっ
たとした上で,体重が減少して低栄養状態になり,循環器系,中枢神経系,消化器
系の機能が低下するとともに,体内で熱を十分に産生することができずに低体温症
となるなど,全身の様々な諸臓器の生命維持に必要な機能が低下した状態(E医師
はこれを「多臓器不全」と呼ぶ。)を伴った衰弱状態に陥り,最終的には心停止によ
り死亡したのであり,かつ,窒息死の可能性を始めとする他の死因は否定されるの
であって,死因は低栄養による衰弱死であると結論付けている。
そして,E医師は,死因の判断に当たり,①㋐司法解剖時のBの身長,体重,腹
囲,腕の細さ等から,同人は死亡した時点で元々あった体重が著しく減少した低栄
養状態にあったと認められること,㋑Bの体重減少は,死亡前の二,三週間という
短期間で急激に生じていたと推定されること,②Bの身体には,死亡する2週間か
ら3週間以内に形成されたと見られる頭部全体にわたる相当量の出血を伴う新旧
様々な皮下出血や顔面全体の皮下出血のほか,顔面,左肩部,胸部上方に2度熱傷
が認められ,これらはいずれも直接の死因になるものではないものの,生命維持に
必要な機能に相応な負荷をかけるものといえるほか,死亡するまでの2日以内に形
成されたと見られる左頭頂骨・後頭骨線状骨折及び右硬膜下血腫等(以下「後頭骨
等線状骨折等」という。)が認められ,やはり直接死因となるものではないが,脳・
心機能を低下させて死期を一,二日程早めたといえること,③前記①及び②による
負荷を受けていたBは,そもそも2歳児で体格的には1歳児並みと評し得るほどの
幼児であって通常の大きな体の人より低栄養で亡くなりやすいことを総合的に考慮
したとする。加えて,E医師は,④Bが前記低体温症になっていたことを,衰弱に
より死亡したと考える重要な要素として位置付けている。
⑵E医師の見解の合理性について
E医師は,法医学を専門としており,その経験年数やこれまでの司法解剖実施件
数のほか,虐待が疑われる乳幼児の生体鑑定・写真鑑定の実施件数に照らし,専門
的な知見に基づき,死因やその機序等に関する意見を述べる資質や能力を十分備え
ている。また,E医師は,Bの司法解剖を自ら担当している上,弁護人からの指摘
も踏まえつつ必要な資料を改めて作成してこれを精査するなど,意見形成の前提と
なる資料の収集や分析を十分行っている。
もっとも,本件において,E医師の見解の合理性の検討に当たっては,これに疑
問を呈する弁護人が依拠したF医師及びG医師の指摘も踏まえつつ,E医師が判断
の根拠として掲げる事実の有無やその評価に飛躍がないかどうかという観点から吟
味する必要があるので,以下ではその点を更に検討する。
アBが低栄養状態にあったという点(前記①㋐)を見るに,Bの2月14日の
身長が72㎝であるのに対して体重が8500gであり,カウプ指数16.4(満
2歳では同指数が15ないし17の場合に「正常」と評価される。)であったにもか
かわらず,6月5日の司法解剖時の身長が74㎝であるのに対して体重が6740
gであり,カウプ指数が12.3(満2歳では同指数が13.5以下の場合に「や
せすぎ」と評価される。)であったこと,同人の腹囲が35㎝で腹部の皮下脂肪が3
㎜から5㎜という水準にまで減っていたこと,同人の腕囲が虐待のガイドラインで
目安とされる数値を下回るものであったこと等からすれば,Bが体重が著しく減少
した低栄養状態にあったことに疑いを容れる余地はない。
イそして,Bの身体に,死亡する2週間から3週間以内に形成されたと見られ
る頭部全体にわたる相当量の出血を伴う新旧様々な皮下出血や顔面全体の皮下出血
のほか,顔面,左肩部,胸部上方の2度熱傷があったこと(前記②),死亡時のBの
体格が1歳児並みと評されるほどのものであったこと(前記③)は,証拠上いずれ
も優に認められる。
なお,後頭骨等線状骨折等が死亡の数時間前から2日以内に形成されたという点
は,E医師において,受傷部位に炎症細胞が集結する機序や期間等についての専門
的な知見に基づき,炎症細胞の存在だけではなくその量も踏まえて考察した結果と
して説明しており,単に炎症細胞の有無に着目してその形成時期に関する所見を述
べるF医師の見解があるからといって,E医師の前記説明に疑義は生じない。
E医師は,Bが低体温症を発症していた(前記④)とする根拠について,
㋐直腸温の測定結果(6月5日午前7時27分頃に29度,同日午後3時45分頃
に23.3度であったと認められる。)と死後の体温低下についての通説的見解(死
後1時間当たり0.5度から1度ずつ低下していくというもの。)からすれば,6月
5日の死亡前のBの直腸温は,正常値の約37度を下回る32度前後であったと推
定されること,㋑通常であれば死後一,二時間で死後硬直が生じ,死後半日が経過
した時点では全身に硬直が強く現れる状態になることが多いのに対し,低体温の状
態で死亡した場合には,筋肉の蛋白質の変成が遅くなるため,死後硬直の発現が遅
れるところ,Bは,死亡確認の約2時間後に行われた検視時には死後硬直が認めら
れず,その約8時間後に行われた司法解剖時においても一部に軽度から中程度の硬
直が認められるにとどまったことを説明する。その説明は,Bの遺体に関する客観
的な所見に基づくものである上,その評価に用いた医学的見解に疑義を差し挟むよ
うな具体的な指摘はされておらず,推論の過程に論理の飛躍等は見当たらない。
そうすると,直腸温の変化や死後硬直の出現形態からBが死亡時に低体温症を発
症していたというE医師の医学的な考察は,十分信用することができ,Bが衰弱に
より死亡したことを積極的に示す事情として重要な意味を持つものといえる。
弁護人は,6月5日午前4時30分頃にBの容態が急変して以降,おむつ1
枚しか身に付けていないBを冷たい床の上に寝かせて救護活動を行っていた旨の被
告人らの供述を前提とした上で,低体温症を発症していた可能性を否定するF医師
やG医師の見解を根拠にE医師の考察に疑問を呈している。
しかしながら,F医師は,E医師のみならずG医師も前提としていると見られる
死後の体温変化に係る一般的な知見を否定しており,その根拠として,人体の構造
的な特徴等を十分に考慮することなく,ほぼ均質な物体の冷却速度に関する物理法
則を用いて,6月5日午前4時30分頃の直腸温が36.4度から37.4度にな
るとの推定の正当性が,茄子を用いた予備実験で検証されていることを挙げている
が,その客観性や正当性には大いに疑問がある。また,F医師は,弁護人がいうB
の着衣や寝かされていた様子を踏まえつつ,検視時までの約3時間でBの直腸温が
七,八度も低下したと推定しているが,このような推定は,検視後,Bの遺体が裸
でビニール製の納体袋に入れられ,金属製という冷たい台の上に保管されていたに
もかかわらず,司法解剖時までの8時間18分間でその直腸温が5.7度しか低下
していないことと整合的でない。そして,G医師は,被告人らの供述からは,Bに
はシバリング(体温が35度を下回るぐらいの初期の段階で,生命維持のための反
応として,体の筋肉ががくがく震えるような動作をすることをいう。)等の症状が見
られなかったことを根拠に,Bが低体温症を発症していた可能性を否定しているが,
被告人らにおいて,Bがシバリング等の症状を呈していることを認識していなかっ
た可能性等も十分考えられる。この点について,E医師からは,低栄養状態で筋肉
が弱っていたため,シバリング等の症状が顕著に観察できる状態には至らなかった
可能性も指摘されており,その説明に特段不自然な点は見当たらないことも踏まえ
ると,G医師の前記見解も当を得たものではない。以上によれば,F医師及びG医
師の見解を根拠とする弁護人の前記主張は理由がなく,Bが低体温症を発症してい
たとの前記認定は揺らがない。
エさらに,窒息死の可能性を始めとして衰弱以外の因子がBの死亡を引き起こ
した可能性について,E医師の見解をみる。
E医師は,窒息死の可能性が否定される根拠として,気道閉塞によって窒息
死したのであれば通常生じると考えられる生活反応や肺の溢血点等の所見がCT画
像の画像診断,肉眼解剖所見,病理組織所見で確認されなかったと述べている。ま
た,仮にBの胃の内容物が逆流した後に窒息した経過があるとすれば,E医師の指
摘するとおり,Bが吐物をはき出そうとしたり,呼吸しようとしたりする過程で,
吐物を細気管支等の深部にまで吸い込んでしまうことや,胸腔内の圧力が高まり,
肺の表面の血管が破綻して溢血点が生じることが想定される。死因の鑑定等の豊富
な経験を有するE医師が,弁護人から窒息死の可能性等を指摘され,改めて資料を
検討し,再度死因を考察しているにもかかわらず,前記の所見を全て見落とすとは
考えられず,Bには生活反応や溢血点が観察されなかったと認められる。このこと
は,窒息の可能性を否定する重要な根拠になる。以上に加え,Bの喉の奥や気管か
ら気管支に枝分れする部分の一部に吐物の存在が確認されている点について,E医
師は,体位変換や心肺蘇生術等によって逆流した胃内容物が流入したものであり,
生活反応を示すものではないと述べており,その説明の合理性に疑問を生じさせる
具体的な事情は見当たらないところ,Bが存命中に胃から逆流した吐物を上気道に
詰まらせたことを示す所見はないといえる。
これに対し,F医師やG医師は,生活反応が見られない理由について,胃から逆
流した吐物は粘稠性が高いため,細気管支等の肺の深部に吸い込まれなかった可能
性がある旨指摘する。しかし,司法解剖時に確認された胃の内容物約90mlに相
応の水分が含まれている性状を踏まえると,いくら粘稠性があるとはいえ,胃から
逆流した吐物に,消化中の米飯等のうち比較的小さなものや,胃液や水分等が含ま
れて相応の流動性があったと考えられるから,生活反応の見られないことはやはり
窒息死の可能性を否定する旨をいうE医師の反論は合理的である。そうすると,胃
から逆流した吐物が,固形物と同様に,上気道に詰まったと想定するF医師らの仮
定には無理があるといわざるを得ない。
弁護人は,被告人らの供述を前提とするF医師やG医師の医学的考察を根拠に,
元気にしていたBが何かの拍子で胃の内容物を逆流させて上気道内に詰まらせ,不
完全窒息の状態に陥り,被告人らが適切な救護活動を行えなかったために完全窒息
に移行し,Bが窒息死した疑いがある旨もいう。しかし,Bが窒息死した可能性の
根拠としてF医師及びG医師が指摘する事情のうち,Bが死亡する数時間前から同
人に異変が生じるまでの様子は,客観的な証拠に基づきその信用性が吟味されるべ
き被告人やCの供述を前提とするものである上,仮にBが喉に手を当てて苦しそう
にしていた事実があったとしても,衰弱が進み,呼吸機能が低下したためにそのよ
うな動作をしていたとも考えられ,こうした多義的な解釈が可能な事情をもって窒
息したことの根拠と見ることはできない。
以上によれば,E医師の述べるとおり,Bが存命中に胃から逆流した吐物を上気
道に詰まらせて窒息した可能性はないものといえる。
次に,窒息死以外の可能性についてみるに,Bの身体,諸器官の様子を観察
し,採取した各種組織の検査を行うなどしたE医師は,Bについて,特定の臓器に
死因となるような病変や機能喪失は認められず,外傷についても,それ自体が致命
傷になるようなものは見当たらなかったとする。F医師やG医師も前記の所見を否
定していないことからすれば,衰弱とは無関係に,Bを死に至らせるような臓器の
異変や外傷が生じていた可能性は否定することができる。
以上のとおり,窒息死の可能性を始めとして衰弱以外の因子がBの死亡を引
き起こした可能性は否定できるのであって,このことは,Bが衰弱により死亡した
ことを積極的に示す事情と相まって,Bの死因に関するE医師の医学的考察の合理
性を支えるものといえる。
オ他方,Bの体重減少が死亡前の二,三週間という短期間で急激に生じたと推
定している点(前記①㋑)は,体重減少はもっと前から徐々に始まっていた旨をい
うF医師及びG医師の見解を踏まえると,E医師の見解をそのまま採用することは
できない。その理由は次のとおりである。
E医師は,5月15日にH警察官がBに接触して栄養状態に問題がないと確
認したことを前提に,その頃のBが,2月14日の計測時と同じ体重8500gで
あったと仮定して,前記推定の根拠とする。しかし,H警察官は,Bの身長や体重
を計測したわけではなく,また,2歳児の平均的な身長や体重に関する知識がなく,
Bとの面会もこの1回限りであって継続的な観察をしていたものではない中で,腕
や足がふっくらとして腹も少しポッコリと出た中肉であり,幼児特有のムチムチ感
があったという印象を述べるにとどまるのであって,その知覚の的確さやそこから
何が推定できるかについては,F医師らの見解を踏まえると慎重に検討する必要が
ある。また,Bが最後に保育園に通園した4月24日以降,Bがどのような食事を
与えられていたのかは証拠上明らかでない。そうすると,5月15日のBの体型の
印象がH警察官が供述するとおりであったとしても,これが直ちにF医師及びG医
師の指摘する体重減少の経過をたどった可能性を排斥し,E医師の前記仮定の下で
5月15日以降に体重が急減したと認める根拠になるとはいえない。
また,E医師は,二,三週間での体重の急減を示す根拠として臀部等の皮膚
のしわ・たるみを指摘するところ,前記のたるみ等と体重が減少した期間の関係に
ついては,G医師が,数週間とか数か月の違いを見た目で判断するのは困難である
旨指摘する。これに対し,E医師は,乳幼児は基本的に皮膚の張りもしっかりあり,
ある程度皮膚が伸び縮みしやすいので,これほどのしわが寄ることはなかなかない
と反論するが,他方で,E医師自身,1か月ぐらいの範囲で生じるしわ・たるみで
ある可能性を残す説明もしたことからすれば,4月下旬頃から皮下脂肪等が減少し
て前記の皮膚のたるみ等が形成される可能性を排斥できるほどの合理的な反論とは
いえない。
E医師の見解のうち,Bの体重減少が死の二,
三週間前から急激に生じたとする点をそのまま採用することは困難である。
ただし,Bは,2月14日時点で身長が72.0㎝,体重が8.5㎏と計測され
ている上,同人が保育園に在園していた3月中旬頃には身長が72.3㎝,体重が
8.5㎏(ただし,着衣により約0.3㎏の誤差がある。)と計測されている。また,
Bが保育園に断続的に通園していた4月24日までは,保育士がその健康状態を職
業上注意深く継続的に観察していたと見られるところ,Bは保育園で提供される食
事をきちんと食べていた旨や,Bの体型に顕著な変化はなかった旨のI証言は信用
することができ,同証言によれば,その頃までは,Bの栄養状態に大きな問題は生
じていなかったと認められるのであって,体重が明らかに減少の一途をたどるよう
な状態にはなかったものと推認できる。
以上の検討によれば,Bの体重減少が5月15日以降の二,三週間で急激に
生じたと推定することはできないのであって,この点に関するE医師の見解は採用
できない。もっとも,生前の最後に計測された3月中旬頃には8.2㎏前後はあっ
たBの体重が4月下旬頃から約6週間で約1.5㎏減少したと推定することはでき
るから,このことも踏まえて,Bの衰弱の程度及び死亡との関係に関するE医師の
見解の合理性をさらに総合的に評価する。
カ前記アからオまでの検討結果を前提とすると,Bは,本来であれば身長も伸
び,体重も増加していく時期であるにもかかわらず,これらの成長が見られないば
かりか,4月下旬頃から死亡するまでの約6週間に体重の約18%が失われるほど
の低栄養状態に置かれていたと認められる。体重減少の期間について,E医師が前
提とする二,三週間であったとの仮定は置けないが,約6週間で体重の約18%が
失われることは,成人であっても病変等が疑われる状況であり,ましてや,本来で
あれば身長が伸び,体重が増加していく時期にある幼児にそのような出来事が生じ
ることは,明らかに特異なことといえる。このような特異な体重減少を引き起こす
ほどの継続的な低栄養状態は,2歳児で体格的には1歳児並みと評されるBの生命
維持に必要な機能に相当強い負荷をかけるものであったと考えるのが自然である。
しかも,Bには,頭部全体にわたる相当量の出血を伴う皮下出血及び顔面の広範囲
にわたる皮下出血,顔面,左肩部,胸部上方の2度熱傷のほか,死亡の数時間前か
ら2日前までの間に生じた後頭骨等線状骨折等の外傷も認められたのであるから,
これらの外傷による生命維持に必要な機能への負荷も相応なものであったと推認さ
れる。そして,Bが死亡時に低体温症を発症していたことは,Bが衰弱により死亡
したことを積極的に示す事情として重要な意味を持つといえ,このことと相まって,
Bが存命中に胃から逆流した吐物を上気道に詰まらせて窒息死した可能性はなく,
衰弱以外の因子がBの死亡を引き起こした可能性もないことは,Bの死因に関する
E医師の医学的考察の合理性を支えるものといえる。こうした事情がある中で,循
環器系,中枢神経系,消化器系の機能が低下し,体内で熱を十分に産生することが
できなくなるなど,全身の様々な生命維持に必要な諸臓器の機能が低下し,最終的
に心停止で死に至るという経過は自然といえる。したがって,Bが低栄養による衰
弱が原因で死亡したものであり,当時のBの年齢や外傷が衰弱の程度を強めていた
というE医師の医学的考察は十分な合理性を備えたものと認められる。
⑶Bの死因に関するその余の弁護人の主張について
ア弁護人は,F医師やG医師が,Bの司法解剖時の脂肪の残存状況や,同人の
血液検査の結果に見られる総ケトン体(栄養を摂取できない場合に脂肪を分解する
ことで生成される物質で,空腹状態の指標となるもの。),蛋白の一種であるアルブ
ミン(栄養状態の指標になるもの。)の数値等を根拠に,Bは,衰弱死するほどの飢
餓状態には陥っていなかったと述べていることを指摘して,Bの死因についてのE
医師の考察には誤りがあると主張している。
しかしながら,E医師は,Bが衰弱していた主たる要因として,同人が体重が著
しく減少した低栄養状態にあったことを指摘しているのであって,衰弱の原因を低
栄養だけに求めているわけではなく,Bの皮下脂肪や筋肉が完全に枯渇していると
か,飢餓死するほどの栄養の絶対的な欠乏状態にあったなどと評価しているわけで
もない。飽くまで,E医師は,衰弱の原因について,Bが前述したような特異な体
重減少を来す低栄養状態にあったことに加え,Bが頭部全体及び顔面全体にわたる
皮下出血,顔面,左肩部,胸部上方の2度熱傷,後頭骨等線状骨折等の傷害を負っ
ていたことや,これらの負荷が2歳児で体格が1歳児並みとも評される幼児に蓄積
されていったことを総合的に考慮しているのであるから,F医師やG医師が指摘す
るような飢餓状態には至っていなかったとする弁護人の主張は,E医師のいう衰弱
死の機序を正しく理解した上で提起された反論とはいえない。
また,F医師やG医師が指摘する血液検査の結果についてみても,Bの総ケトン
体の数値は419μmol/Lであり,正常値(100ないし120μmol/L)を超えて
いる。アルブミンの数値についても,筋肉等の内部栄養により補給されていた結果
と見られる状況にあり,また,同数値は半減期や死後変化の影響を受けていて,心
肺停止時のBの血中の栄養状態を必ずしも正確に示すとはいえない。そうすると,
前記血液検査の結果は,Bが体重が著しく減少した低栄養状態にあったことと矛盾
はしないから,E医師の見解に誤りがあることを示唆するものとはいえない。
なお,弁護人は,E医師が「多臓器不全」という表現を用いている点は,医学的
に誤りであるとも主張している。しかしながら,E医師は,「全身の様々な生命維持
に必要な諸臓器の機能が低下した状態」を描写する趣旨で「多臓器不全」という表
現を用いているのであって,結局,「多臓器」や「不全」という言葉の用法に関する
見解の相違に過ぎないから,弁護人の指摘は,E医師の医学的考察の合理性を揺る
がすとはいえない。
イ弁護人は,E医師がBの衰弱の程度を強めたものとして指摘する頭部皮下出
血や後頭骨等線状骨折等は,いずれも軽症であって,脳・心機能を低下させるよう
なものではなく,衰弱状態の形成に寄与するものではないなどという。
確かに,Bの低栄養状態がない中で個々の外傷が別個独立に単独で存在したと仮
定すれば,それらの外傷が直ちに脳・心機能に影響を及ぼすものではないと見る余
地があるが,本件はそうではない。Bの頭部及び顔面に認められる皮下出血は広範
囲にわたる相当量の出血を伴うものであり,死亡前の二,三週間以内の間に繰り返
し打撃が加わったことで形成されたものであること,後頭骨等線状骨折等は,脳を
圧迫するなどの深刻なものではないとはいえ,Bが低栄養状態に陥っていた2歳児
であり,かつ,既に他の部位も負傷している状況で形成されたものであることを考
慮すると,これらの外傷も脳・心機能を低下させたというE医師の見解は,十分な
合理性を備えたものといえる。こうした基礎事情を捨象して,個々の外傷の重傷度
のみから,生命維持に必要な機能に対する影響を評価するのは相当ではなく,弁護
人の指摘は,Bの衰弱の原因や程度に関するE医師の医学的考察に疑義を生じさせ
るものではない。
ウその他弁護人の主張を検討しても,前記⑵の検討は揺らがない。
⑷以上の検討によれば,Bは,低栄養に起因する衰弱により,全身の様々な生
命維持に必要な諸臓器の機能が低下し,年齢や外傷もこの衰弱の程度を強め,最終
的に心停止して死亡したのであって,その死因は,E医師の用語法による多臓器不
全を伴う低栄養による衰弱死であったと認められる。
2Bが遅くとも5月31日頃には要保護状況にあったことについて
先に検討したとおり,Bは,死亡時には低体温症を発症しており,体内
で熱を十分に産生することもできなくなるなど,全身の様々な生命維持に必要な諸
臓器の機能が低下した状態にあったと認められ,死亡の数時間前には高度の意識障
害が生じていたものと推認することができる。
そして,Bの司法解剖時の体重は6.74㎏であるところ,Bが保育園に通園し
なくなった4月下旬頃から体重が減少し始めていたとの前提に立ったとしても,6
月5日の5日前である5月31日頃には,Bの体重は,司法解剖時の体重に近い7
㎏程度にまで減少していたものと考えて不自然ではない。そうすると,5月31日
頃には,Bが既にカウプ指数上も死亡時と同様に「やせすぎ」の領域にあり,2歳
児にしては,一見して極端に痩せ,低栄養状態がかなり進んでいたと推認すること
ができる。加えて,5月31日頃までに,Bは,E医師が衰弱の程度を高めていた
とする外傷のうち,死亡の数時間以内から2日以内に形成された後頭骨等線状骨折
等を除く,頭部全体にわたる相当量の皮下出血や顔面全体の皮下出血のほか,顔面,
左肩部,胸部上方の2度熱傷を負っていたと認められる。
さらに,Bの頭部等に継続的に暴行を加えていたCが,5月31日にBの頭
部の怪我につき被告人に説明するなどした上,自ら病院に電話をし,「子供が頭をぶ
つけてブヨブヨになっている」などと言って対処法を問い合わせているところ,こ
のことは,前記問合せの時点で,Cが不安に思うほどBが衰弱した状態であったと
考えても矛盾しない事情ともいえる。
このように,Bは,5月31日頃までには低栄養状態がかなり進んでいた上,
衰弱の程度を高めたと見られる傷害の多くを負っていたと認められることなどから
すると,遅くとも同日頃には,衰弱が進んだ状態にあったと推認することができる。
したがって,同日頃には,Bに栄養状態を改善するに足る十分な食事,すなわち,
その生存に必要な食事を与えたり,医師による医療措置を受けさせたりしなければ,
Bが更に衰弱して死に至る実質的な危険が生じていたといえ,Bは要保護状況にあ
ったと認められる。
イそして,E医師は,Bの救命可能性について,5月31日時点では,点滴や
輸血等の適切な医療措置を受けさせたり,家庭内でBの栄養状態を改善するに足る
十分な食事を与えたりすれば,救命可能であったといえるが,その後衰弱が更に進
んで6月3日頃になると,医療措置を受けさせなければ救命が難しい状態になり,
死亡の半日前頃には救命が困難な状態に至っていたと考えられると述べている。E
医師の前記見解は,5月31日時点でのBの衰弱の程度やその後も衰弱が進んでい
ったという経緯に照らして自然かつ合理的なものといえ,これによれば,5月31
日頃から6月4日午後5時頃までの間に,前記の生存に必要な食事を与え,医師に
よる治療等の医療措置を受けさせれば,衰弱の原因となる低栄養や外傷が改善され,
衰弱死に至ることは回避できたと認められる。
ウなお,後頭骨等線状骨折等がBの衰弱を強めて死期を一,二日程早めたにと
どまり直接の死因ではなく,5月31日頃にBが要保護状況にあった時点では,こ
のまま栄養を与えなければ更に衰弱して死に至る実質的な危険が生じていたと認め
られることに照らせば,5月31日頃から6月4日午後5時頃までの間にBが生存
のために必要な保護が受けられなかったことが衰弱死という結果に及ぼした影響が
大きく,後頭骨等線状骨折等を負わせる暴行は衰弱を促進して死の結果発生を若干
早めたにとどまるから,前記保護が受けられなかったことと衰弱死という結果との
因果関係は認められる。
⑵要保護状況にあったことに関する弁護人の主張について
ア弁護人は,Bが死亡する数時間前に高度の意識障害が生じていた事実や死の
数日前に意識障害が生じていた事実もなければ,5月31日頃にBの体力が落ち,
歩き回ったり大声をあげたりできない状態であった事実もないとして,Bが保護を
要する衰弱した状況にあったことを争う。そして,その根拠として,司法解剖時の
Bの胃の中に消化の進んでいない米飯等が残っていたこと,本件居室に残されたス
プーンの柄や先端及び野菜ジュースのストローの飲み口から,Bのものと認められ
るDNA型が検出されたこと,大腸内の便の分布の仕方等を指摘する。
しかし,Bの衰弱が進んで死亡するまでの過程で高度の意識障害が生じた
と考えられるのは,死亡の数時間前である。
また,E医師によれば,Bが最後に食事をしてから死亡するまでには,数時間か
ら約12時間が経過しているといえる。この点,弁護人は,F医師及びG医師の見
解に基づき,Bが最後に食事をしてから死亡するまでに経過した時間は1時間から
3時間と考えられる旨もいうが,E医師は,F医師らの考えが衰弱していない場合
の想定であって,Bの十二指腸内には本来は胃で消化されているべきであるにもか
かわらず元の形状を残してほとんど消化されていない米飯の粒が残されていること
を指摘して,衰弱が進んで消化器の機能が弱っていたため消化に要する時間も衰弱
していない場合と同じには考えられない旨を説明しており,その内容は合理的であ
るから,最後に食事をしてから死亡するまでの時間の推定は,E医師の見解を支持
できるといえる。
さらに,E医師は,死の数日前から生じていたとされる意識障害が,少しぼうっ
としているような状態を含むかなり幅のあるものであって,高度の意識障害が生じ
るよりも前の時期であれば口中に入った食事を飲み込むことはできた旨説明してい
る。
そうすると,胃の内容物やスプーン等のDNA型の検出に関する弁護人の前記主
張は,Bが高度の意識障害を生じる前の口中の食事を飲み込むことができる時期に,
自力で食事を口に入れようとしたり,或いは口内に飲食物を入れてもらうなどの被
告人らの介助を受けたりしながら,口中に入った食事を飲み込んだとか様々な可能
性を考えることもできるものであって,Bが死亡する数時間前に高度の意識障害が
生じ,死の数日前に意識障害が生じていた事実のほか,5月31日頃からBが保護
を要する衰弱した状態にあった事実を否定する事情にはならないというべきである。
また,司法解剖時のBの大腸内の便の分布の仕方については,継続的に食事
をある程度は与えられていたと推定する旨のG医師の見解がある。しかし,E医師
の見解は,Bが不十分な食事を断続的には与えられていた可能性を残しながら,十
分な食事をほとんど与えられていなかったと推測するものである上,不十分な食事
を断続的に与えられていた可能性がある場合でも,Bの大腸内にあったような便の
分布の仕方はあり得るとするものであるから,G医師が指摘した大腸内の便の分布
の仕方がE医師の見解と矛盾するともいえない。
そうするとG医師の見解を根拠とした点も弁護人がいうような,5月31日頃か
らBが保護を要する衰弱した状態にあった事実等を否定する事情にはならない。
その他弁護人の主張を検討しても,前記⑴の検討は揺らがない。
⑶以上の検討によれば,5月31日頃には,Bが要保護状況にあり,その頃か
ら6月4日午後5時頃までの間は,生存に必要な食事を与えたり,医師による治療
等の医療措置を受けさせたりしていれば,救命が可能であったと認められる。
第3被告人において,遅くとも5月31日頃までに,Bが要保護状況にあった
ことを認識しながら,Cと一緒になってその保護を与えなかったと認められるかに
ついて
1不保護の内容について
これまでに見てきたとおり,Bは,最後に保育園に通園した4月下旬頃から死亡
するまでの間,体重を維持するのに必要な栄養を摂取することができておらず,か
つ,被告人とC以外にBの世話をしていた者もいなかったと認められるから,被告
人及びCが,Bに対し,その体重を維持するのに必要な食事を与えていなかったこ
とは認められる。また,Bは,5月15日頃以降,本件居室から外出していなかっ
たのであるから,その頃から死亡するまでの間,被告人及びCが,Bに対し,医師
による治療等の医療措置を受けさせていなかったことも認められる。
2被告人の認識について
⑴Bが低栄養状態にあったことを基礎付ける事実の認識について
ア被告人は,主として自身がBの食事等の世話をしていたのであるから,Bに
与えていた食事等の内容や頻度の認識に欠けるところはないといえる上,Bを入浴
させる等,同人の身の回りの世話をする中で,同人の体格やその変化を認識してい
たものと推認することができる。そうすると,被告人において,Bが徐々に痩せて
いっていることや,自らが提供している食事等の内容や頻度が,Bの体重を維持す
るのに必要な水準に達していないことを理解していたものと考えるのが合理的であ
って,Bの衰弱状態を形成する主たる要因である低栄養状態に陥っていることを基
礎付ける事実の認識を備えていたと認められる。
イこの点について,被告人は,Bがいわゆるイヤイヤ期にあったため,Bの食
事の内容が偏ったり,食事の間隔が空いたりしたことはあるが,必要な食事は与え
ていたと思う,仕事等で自分がBに食事を与えることができない場合には,Cが必
要な食事を与えていると思っていた,6月2日頃にBが少し痩せたような印象を受
けたが,それまでは痩せていることに気付かなかったなどと述べる。
しかしながら,被告人は,Bを養育する中で,同人が順調に発育していた期間も
含めて食事等の世話をしており,自らBに提供している食事の内容や頻度に照らせ
ば,Bの体重を維持するのに足るものかどうかを認識できなかったというのは不自
然である。また,Bの死亡時の体格からすれば,5月31日頃の時点においても一
見して著しく痩せた状態にあることが明らかであったと考えられるから,Bと同居
して身の回りの世話をしてきた被告人において,Bの体重が減少していることに6
月2日頃までおよそ気付かなかったというのは不合理である。
また,被告人とCとの間で,Bに与える食事の内容や頻度について十分に話し合
う等していたような事情も見当たらないところ,被告人の供述によれば,Cは,B
を一人で本件居室に放置したまま被告人と共に長時間外出することもいとわなかっ
たり,些細な理由でBに暴力を振るったりするなど,その養育態度に疑問を抱かせ
る契機が多々あったと認められるのであって,そのようなCがBの食事の世話を適
切にしているものと信ずるに足る相当な理由もない。そうすると,CがBに必要な
食事を与えていると思っていた旨をいう点でも被告人の前記供述は不自然である。
したがって,前記被告人供述は信用できない。
⑵Bが衰弱の程度を強める外傷を負っていることの認識について
アBの衰弱の程度を強めた傷害のうち,5月31日頃までに生じていたと考え
られるものは,頭部全体にわたる相当量の皮下出血,顔面全体にわたる皮下出血や
顔面,左肩部,胸部上方にかけての2度熱傷である。このうち,顔面の皮下出血の
存在は一見して明らかなものである。しかも,被告人は,5月31日にBの頭部の
異変に気付いたCから,Bの頭部の骨折を疑わせる状況にある旨の連絡を受けてい
る上,被告人の帰宅後に,Cが病院に電話をし,2歳の子どもが頭をぶつけてブヨ
ブヨになっているがどうしたらいいかなどと問合せをするに至っているのであるか
ら,その機会に改めて被告人もBの外傷の内容や程度等について,認識を深めたと
考えるのが自然である。また,前記熱傷について見ても,受傷部位は広範囲で着衣
により隠れないところもある上,E医師によれば,真皮にも達するもので,広範囲
に赤くなったり,水疱が形成されたりし,表皮が取れるという症状があるというの
であるから,被告人は,着替えや入浴等のBの身の回りの世話をする中で,その存
在を認識していたものと強く推認される。
イこれに対し,被告人は,Bの頭部や顔面の皮下出血についてもほとんど認識
しておらず,前記熱傷については,小さな水疱が部分的に存在するだけで,それが
やけどであるとは認識していなかったなどと述べる。しかしながら,その供述は,
前述した外傷の内容や部位,頭部の異変についてのCの言動等に照らし,明らかに
不自然・不合理であるから,前記被告人供述は信用できない。
ウ以上によれば,被告人は,5月31日頃までに形成されていたBの衰弱の程
度を強める外傷の存在を認識していたものと認められる。
3Cの認識について
Cは,遅くとも4月頃から被告人及びBと本件居室で同居していたのであるから,
Bが痩せていく様子を目の当たりにしていたものと推認される。そして,Cは,5
月15日以降,Bと二人で本件居室にいてBに食事を与えることがあったり,Bを
本件居室に置いたまま被告人と二人で長時間の外出をしたりしていたのであるから,
Bに与えていた食事の内容や頻度を,被告人が与えていた分を含めておおよそ認識
していたものと推認することができる。
また,被告人の供述によれば,CがBの頭部等に暴行を加えていたと認められる
上,Bの身体には,広範囲にわたり,様々な外傷が存在していたこと,5月31日
には,Bの頭部の異変について,Cが被告人と相談した上で自ら病院に問合せをし
ていること,前記のとおり,熱傷や顔面の皮下出血は一見して明らかな外傷である
ことを踏まえると,Cにおいて,Bの衰弱の原因となる外傷の存在を認識したもの
と推認することができる。
4小括
以上の検討によれば,被告人とCは,いずれもBの衰弱の原因となる低栄養状態
と外傷の存在を認識した上で,前記のとおり,5月31日以降もBの生存に必要な
食事を与えたり,医師による治療等の医療措置を受けさせたりしなかったのである
から,Bが生存のために必要な特定の保護を必要とする状況にあったことを認識し
ながら,一緒になってその保護を与えなかったものと認められる。
第4結論
以上の次第であって,被告人には保護責任者遺棄致死罪が成立すると判断した。
(法令の適用)
罰条刑法60条,219条(218条),10条(同法218
条所定の刑と同法205条所定の刑とを比較し,重い傷
害致死罪の刑により処断)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1被告人は,5月15日頃から同月31日頃までの間,Cと共に被害児に必要
な食事を与えず,同児の体重を著しく減少させて衰弱させ,同児を要保護状況に陥
らせている。被害児の食事の世話は主に被告人がしていたのであるから,要保護状
況の形成に対する被告人の関与は大きい。被害児の安否を気遣う被告人の母親や
一時期利用していた保育園等,育児の支援を受けられる機会があったにもかかわ
らず,これらの支援を受けようともせず,時には被害児を本件居室に一人残してC
と長時間にわたり外出するなど,被害児の健康状態を顧みないまま,Cとの関係や
遊興を優先していた点は,余りに無責任というほかない。5月31日頃以降の不保
護の態様を見ても,被告人は,被害児が一見して痩せ細っている様子や,頭部全体
にわたる皮下出血,広範囲にわたる熱傷等,短期間のうちに不自然なほどに多数の
外傷を負った状態にあることを認識しながら,被害児の生存に必要な食事を与え
るという最も基本的な責務を果たさなかったほか,同児に医師の診察を受けさせ
るという容易に履行可能な措置を講じなかったものである。このように,本件不保
護の態様は,被害児の生存の確保を蔑ろにする誠に悪質なものである。また,被害
児が死亡したという本件結果は誠に重大である。幼い被害児が被った身体的苦痛
は察するに余りあり,助けを求められないまま孤独の中で衰弱死した過程は憐れ
というほかない。
以上のとおり,本件の犯情は相当に悪く,同種事案((処断罪)保護責任者遺棄
致死,(動機)児童虐待)の近時,動きつつある量刑の傾向の中でも,本件はかな
り重い部類に位置付けられる。ただし,最も重い部類に属するものは,不保護に加
えて,傷害や逮捕監禁等の虐待に関連する別の犯罪事実等が認定されている事案
であるから,飽くまで不保護についての刑事責任が問われている本件について,最
も重い部類や過去の上限より一段重い部類に位置付けるのが相当であるとか,被
害児の傷害の一部につき刑事責任を問われたCより被告人の責任が重いとする検
察官の意見に与することはできない。
2こうした本件の位置付けを前提に,犯罪事実以外の事情,すなわち,被告人
が不合理な弁解に終始しており,自らの過ちを真摯に振り返る姿勢がうかがわれ
ない点は,相応に非難されるべきであるが,当時若年である被告人の未熟さや想像
力の乏しさが本件の不保護の態様や被告人の現在の態度にも影響していると見ら
れる面があることも踏まえ,主文のとおり刑を量定した。
(検察官岡田和人,国選弁護人磯田丈弘(主任),同吉田康紀各出席)
(求刑懲役14年)
令和2年11月20日
札幌地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官石田寿一
裁判官牛島武人
裁判官古川善敬

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