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平成15年(行ケ)第20号 特許取消決定取消請求事件(平成16年10月13
日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   ライト工業株式会社
       訴訟代理人弁理士   永 井 義 久
       同          守 屋 昭 良
       被      告   特許庁長官  小川 洋
       指定代理人      鈴 木 公 子
       同          田 中 弘 満
       同          大 野 克 人
       同          立 川   功
       同          宮 川 久 成
       同          伊 藤 三 男
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2000-72666号事件について平成14年11月29日
にした決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「法枠構築工法」とする特許第3003751号発明(平成
5年8月6日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成4年8月11日
〔以下「本件優先日」という。〕にした特願平4-214339号に基づく優先権
主張,平成11年11月19日設定登録,以下,その特許を「本件特許」とい
う。)の特許権者である。
本件特許の請求項1,2及び4に係る特許について,特許異議の申立てがさ
れ,異議2000-72666号事件として特許庁に係属し,原告は,平成13年
8月6日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等につい
て訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求をした。
   特許庁は,同事件について審理した結果,平成14年11月29日,「特許
第3003751号の請求項1,2及び4に係る特許を取り消す。」との決定を
し,その謄本は,同年12月18日,原告に送達された。
 2 本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲記
載の発明の要旨(下線は訂正部分)
【請求項1】モルタルまたはコンクリートを主体とし,モルタルの場合セメン
ト:砂の重量比が,1:1~4未満であり,コンクリートの場合,セメント:砂:
粗骨材の重量比が,1:1~4未満:<2であり,水セメント比W/Cが40~6
5%であり,スランプ値が10~27cmであり,減水剤をセメントに対して3重
量%以下添加した湿式法枠構築材料を,ポンプにより管路を介して圧送し,その管
路の先端の吹付ノズルから,地山に固定され,鉄筋が配筋された隣接する側型枠内
に吹き付けて充填するとともに,前記ポンプと吹付ノズルとの間の管路の途中であ
り,かつ吹付ノズルから5~40m離間した位置において,2~10Nm3
/分の量
をもって空気を吹込み,前記湿式法枠構築材料を前記空気を連行した状態で前記吹
付ノズルから吹き付けることを特徴とする法枠構築工法。
【請求項2】前記吹付ノズルは作業員が保持しながら吹付を行う請求項1記載
の法枠構築工法。
【請求項3】側型枠がパンチングメタルであり,その開口率が25~60%で
ある請求項1記載の法枠構築工法。
【請求項4】吹付ノズルにおいて,法枠材料の流れの周囲部分から空気を環状
に前方に噴出させる請求項1記載の法枠構築工法。
(以下,上記【請求項3】の発明を「訂正発明3」という。)
3 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲記載の発明の要旨
【請求項1】モルタルまたはコンクリートを主体とし,セメント:砂の重量比
が,1:1~4未満であり,スランプ値が8~27cmの湿式法枠構築材料を,ポ
ンプにより管路を介して圧送し,その管路の先端の吹付ノズルから,地山に固定し
た型枠内に吹き付けるとともに,前記ポンプと吹付ノズルとの間の管路の途中であ
り,かつ吹付ノズルから5~40m離間した位置において,2~10Nm3
/分の量
をもって空気を吹込み,前記湿式法枠構築材料を前記空気を連行した状態で前記吹
付ノズルから吹き付けることを特徴とする法枠構築工法。
【請求項2】前記吹付ノズルは作業員が保持しながら吹付を行う請求項1記載
の法枠構築工法。
【請求項3】型枠がパンチングメタルであり,その開口率が25~60%であ
る請求項1記載の法枠構築工法。
【請求項4】吹付ノズルにおいて,法枠材料の流れの周囲部分から空気を環状
に前方に噴出させる請求項1記載の法枠構築工法。
(以下,上記【請求項1】~【請求項4】の発明を「本件発明1」~「本件発
明4」という。)
 4 決定の理由
   決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,訂正発明3は,本件特許出願前に
日本国内において頒布された刊行物である特開昭61-286456号公報(審判
甲3・本訴甲8,以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明」とい
う。)及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであ
り,特許出願の際独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)が
できるものではないから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116
号)附則6条1項の規定により,なお従前の例によるとされる,特許法120条の
4第3項において準用する上記特許法等の一部を改正する法律による改正前の特許
法126条3項の規定に適合しないから,本件訂正は認められないとした上,本件
発明1,2は,引用発明及び周知の技術事項に基づいて,本件発明4は,引用発
明,本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭56-14
1862号公報(審判甲6・本訴甲9,以下「引用例2」という。)記載の発明及
び周知の技術事項に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたも
のであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないもので
あり,本件発明1,2及び4に係る本件特許は,拒絶の査定をしなければならない
特許出願に対してされたものであるから,上記特許法等の一部を改正する法律附則
14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定
める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものと
した。
第3 原告主張の決定取消事由
 決定は,引用発明の認定を誤り(取消事由1),訂正発明3と引用発明との
相違点についての判断を誤り(取消事由2,3),訂正発明3の顕著な作用効果を
看過した(取消事由4)結果,訂正発明3が独立特許要件を欠くとの誤った判断を
したものであり,また,本件発明1,2及び4の進歩性の判断を誤ったものである
(取消事由5)から,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)
(1)決定は,引用発明として,「モルタルまたはコンクリートを主体とする湿
状資料を,ポンプにより管路を介して圧送し,その管路の先端の吹付ノズルから,
法面に吹き付けるとともに,前記ポンプと吹付ノズルとの間の管路の途中であり,
かつ吹付ノズルから約20mまでの位置において4.5~7Nm3
/分の量をもって
空気を吹込み,前記湿状資料を前記空気を連行した状態で前記吹付ノズルから吹き
付ける吹付法面ライニング工法」(決定謄本5頁第1段落)を認定したが,引用例
1(甲8)記載の技術事項は,ライニングのための「湿式吹付け工法」又は「吹付
けライニング工法」であるとしても,「吹付法面ライニング工法」であるとはいえ
ないものであるから,決定の上記認定は誤りである。
(2)「ライニング」とは,NATM工法に代表される「トンネルにおいて掘削
後の地山を被覆すること,またその被覆をもいう」ものであって,トンネルの覆工で
よく使用される用語であり,湿式材料をトンネル切羽などの吹付け面又は施工面に
吹き付ける吹付けライニング工法は,「吹付法面ライニング工法」とはいえない。
引用例1(甲8)には,「NATMを始めとして,空洞,法面などのライニング工
法」(1頁右下欄第2段落)とは記載されているものの,「NATM」工法への適
用例が記載されているだけであり,「法面」についての適用例の記載は一切なく,
その実施例及び比較例(4頁左下欄第2段落~5頁左上欄第2段落)においても,
「トンネル切羽」に対するコンクリート吹付けの例が唯一である。
 2 取消事由2(訂正発明3と引用発明との相違点1についての判断の誤り)
(1)決定は,訂正発明3と引用発明との相違点1として認定した,「訂正発明
3は,湿式法枠構築材料を,地山に固定され,鉄筋が配筋された隣接する側型枠内
に吹き付けて充填する法枠構築工法であって,側型枠がパンチングメタルであり,
その開口率が25~60%であるのに対し,引用例1記載の発明(注,引用発明)
は,湿式材料を法面に吹き付ける吹付法面ライニング工法である」(決定謄本5頁
「相違点1」)点について,「引用例1記載の発明に接した当業者であれば,引用
例1(注,甲8)記載の法面への吹き付け工法を,吹き付けによる法枠の構築工法
に適用しようとすることは,容易に着想することである」(同6頁「相違点1につ
いて」),「引用例1記載の法面への吹き付け工法を,吹き付けによる法枠の構築
工法に適用し,その際に,地山に固定され,鉄筋が配筋された隣接する,開口率が
25~60%のパンチングメタルの側型枠内に吹き付けて充填し,相違点1におけ
る訂正発明3の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たことといえ
る」(同)と判断したが,誤りである。
(2)引用例1(甲8)記載のものは,法面において「吹付け層」を形成する
「法面の被覆保護工法」を意味するとしても,面に材料を吹き付けて「吹付け層」
を形成する方法ないし法面に型枠を使用することなく広い面積に薄いコンクリート
などの層を施工する方法であって,訂正発明3の型枠及びその内部に鉄筋を配筋し
て構造体を構成する「構築」の意義とは別異のものであり,訂正発明3が対象とす
る法枠を「構築」するとの記載ないし示唆はない。訂正発明3は,型枠を使用する
ことを必須とし,隣接型枠間内の限定された面積内又は限定された体積内,例え
ば,法断面150mm×150mm~500mm×500mm(昭和59年2月1
日森北出版発行「土木特殊工法シリーズ7 斜面安定工法」204頁~205頁
〔甲23,以下「甲23文献」という。〕の204頁)に湿式法枠構築材料を充填
するものである。他方,面に材料を吹き付けて「吹付け層」を形成するもの,例え
ば,吹付けコンクリートは,「型枠を使用することなく,広い面積に比較的薄いコ
ンクリート層を施工する方法として,トンネルの一次覆工,法面の保護・補強など
に広く使用されている」(平成12年5月20日山海堂発行「図解コンクリート用
語事典」488頁〔甲19〕)ものであり,その設計厚の標準は,トンネルの覆工
で50mm~200mm(平成9年6月10日社団法人土木学会平成8年版第2刷
発行「トンネル標準示方書(山岳工法編)・同解説」76頁〔甲21〕),法面保
護で30mm~100mm(昭和51年11月1日共立出版発行「特殊コンクリー
トの施工」146頁~147頁〔甲22,以下「甲22文献」という。〕の147
頁)と薄いものである。そして,対象面に材料を吹き付けて「吹付け層」を形成す
るものと,型枠及びその内部に鉄筋を配筋して構造体を構成する法枠を「構築」す
るものとは,吹付けの分野において共通するものの,両者における具体的な課題
は,共通するものではない。すなわち,訂正発明3は,鉄筋が配筋された隣接する
型枠内に吹付け材料を吹き付けることに起因する「法枠構築工法」特有の課題,例
えば,「型枠内の全体に材料を行き渡らせるためには,あるいはその品質保持のた
めには,材料に対してバイブレーターにより振動を与える必要があり,その手段を
採るのが難しく,また作業性にも劣る」(訂正明細書〔甲11添付〕段落【000
8】),「法肩から打設した材料を型枠全体に行き渡らせることは,その材料の流
動性が乏しいために,至難の技であり,特に横法枠に充填することが困難である。
さらに,具体的には,横枠の法肩側上部に未充填空間部が生じてしまう」(同)こ
と,すなわち,鉄筋が多量に挿入されていることによる粗骨材の分離,鉄筋の下側
に空洞ができること,及びノズルマンがノズルを保持する作業性の問題等をも解決
課題としているものであるが,これら「法枠構築工法」特有の課題は,引用例1の
「吹付け層」を形成する「法面の被覆保護工法」には存在し得ないものである。
  そうすると,本件優先日前において,法枠を構築することが周知技術であ
り,「吹付け層」を形成する「法面の被覆保護工法」と吹付けによる法枠構築工法
が,吹付けの分野においては共通するとしても,それらの工法に具体的に要求され
る技術的課題が異なるから,引用発明を吹付けによる法枠の構築工法に適用しよう
とする契機があるということはできない。
3 取消事由3(訂正発明3と引用発明との相違点2~4についての判断の誤
り)
(1)決定は,訂正発明3と引用発明との,①相違点2として認定した,「訂正
発明3では,湿式法枠構築材料が,モルタルの場合セメント:砂の重量比が,1:
1~4未満であり,コンクリートの場合,セメント:砂:粗骨材の重量比が,1:
1~4未満:<2であり,水セメント比W/Cが40~65%であり,スランプ値が
10~27cmであり,減水剤をセメントに対して3重量%以下添加したものであ
るのに対し,引用例1記載の発明(注,引用発明)では,湿式材料のセメント:砂
の重量比,あるいはセメント:砂:粗骨材の重量比,水セメント比及びスランプ値
が不明であるとともに,減水剤を添加しているのか否か不明である」(決定謄本5
頁「相違点2」)点について,「湿式法枠構築材料のセメント:砂の重量比或いは
セメント:砂:砂利の重量比,水セメント比,及びスランプ値を訂正発明3のよう
にすることは,引用例1記載の発明における湿式材料を法枠構築工法に用いる際
に,当業者が必要に応じ適宜なし得た程度のことである」(同7頁第1段落)と判
断し,②相違点3として認定した,「空気を吹込む位置が,訂正発明3では,吹付
ノズルから5~40m離間した位置であるのに対し,引用例1記載の発明では,吹
付けノズルから約20mまでの位置である」(同5頁「相違点3」)点について,
「空気を吹き込む位置を訂正発明3のようにすることは,当業者が適宜なし得たこ
とである」(同7頁「相違点3について」)と判断し,③相違点4として認定し
た,「吹込む空気の量が,訂正発明3では,2~10Nm3
/分であるのに対し,引
用例1記載の発明では,4.5~7Nm3
/分である」(同5頁「相違点4」)につ
いて,「空気の吹き込み量を訂正発明3のようにすることは,当業者が適宜なし得
たことである」(同7頁「相違点4について」)と判断した。しかしながら,訂正
発明3は,急結剤を圧縮エアにより添加するものでないは点及び富配合(単位セメ
ント量の多い)材料である点において引用発明と相違し,これらの相違点を容易想
到とする理由は見いだせないから,上記①~③の各判断は,いずれも誤りである。
(2)引用発明の方法は,スランプ値が6cm~10cmのやや軟らかい材料を
ポンプ圧送して,吹付けノズルから約20mまでの位置において第1の空気吹込み
が行われ,かつ,第1の空気吹込み位置より先端側であって「吹付けノズル5また
はその近傍(通常の場合,最大で約4mの位置まで)」(引用例1〔甲8〕の3頁
右上欄第3段落)位置において,急結剤と共に第2の空気吹込みが行われるもので
ある。ポンプ圧送された材料に急結剤を空気吹込みで投入する形態を採ると,急結
剤と材料が直ちに反応を起こして,モルタルブロックの中にエアが閉じこめられ
(エア溜まりが発生),ポーラスな部分(巣)が生じることになる。このような材
料を法枠内に吹き付けて充填を図ると,エア溜まりがモルタル・コンクリート中に
包含され,このエア溜まりの影響で,付着性の低下,モルタル中の空隙の増加及び
リバウンドロスの増加が発生して,低品質のモルタル・コンクリートが形成され,
圧縮強度の変動も多くなる欠点が生じる。引用発明の方法に対し,周知の技術を組
み合わせることを仮定しても,このような急結剤を圧縮エアにより添加しない構成
とする着想は見いだせない。すなわち,空気吹込みで急結剤を投入する形態を採る
引用発明の方法に対し,急結剤を添加しない形態を採用する契機は何ら見いだせな
い。訂正発明3は,減水剤を加えて,スランプ値が10~27cmとした軟らかい
材料をポンプ圧送し,エアを途中から併用する,急結剤を使用しない,法枠内に打
設する湿式吹付け工法である。スランプ値が高いと,法枠への充填性が高まるもの
の,ダレが生じるが,訂正発明3においては,ポンプ圧送し,エアを途中から併用
するから,エア添加後の管路内において材料中の水分逸散が起こるため,急結剤を
使用しなくても,ダレが生じて法枠から流れてしまう現象を防止しつつ,確実に法
枠内にスランプ値が10~27cmとした軟らかい材料を充填することができる。
(3)事前に全練りした材料を搬送する一般的施工状況では,モルタルで,セメ
ント対砂(C:S)は,1:4が標準となっている。これは,より富配合にするほ
ど粘りが生じ,管路内面と材料の付着性の関係で搬送ができなくなるからである。
引用発明の方法に対し,富配合とする形態を採用する契機は何ら見いだせない。訂
正発明3では,事前に全練りした材料をポンプ圧送すると共に,減水剤の添加によ
り,スランプ値が高い材料としたものであるため,圧送性が向上するので,C:S
=1:4未満の富配合材料とすることができ,従来の法枠の設計基準強度は,15
N/mm2
が標準であったところ,訂正発明3では,24N/mm2
の設計が可能と
なったのである。
4 取消事由4(訂正発明3の顕著な作用効果の看過)
(1)決定は,「訂正発明3が奏する効果も,引用例1記載の発明(注,引用発
明)及び周知の技術事項から当業者が予測できる範囲のものである」(決定謄本7
頁下から第3段落)と判断したが,訂正発明3の顕著な作用効果を看過するもので
あり,誤りである。
(2)枠工法における従来の材料配合及びスランプ値の材料では,「強度が充分
でない」(訂正明細書〔甲11添付〕の段落【0007】),「エアと共に吹き付
けると,大量のリバンドロスが発生し,これを排除しないと,巣ができ,強度の低
下をもたらす」(同),「スランプ値が0の流動性のない材料を用いると,鉄筋の
裏側に回り込み難く,間隙または巣ができ,強度の低下を生じる」(同)という課
題があり,また,このような材料を用いてポンプ打設すると,「作業員が・・・打
設することは困難」(同段落【0008】),「品質保持のためには・・・その手
段を採るのが難しく,また作業性にも劣る」(同),「横枠の法肩側上部に未充填
空間部が生じてしまう」(同),「法枠の品質にばらつきがあり,富配合にしたに
も係わらず,強度が低い」(同)などの課題があるが,訂正発明3はこれらの課題
を解決する構成を提供するものである。これに対し,引用発明の場合,型枠及び鉄
筋を有しない対象面に材料を吹き付けて充填は行わない「吹付け層」を形成するも
のであるから,訂正発明3のように,「型枠内に配筋する鉄筋の裏に対しても充分
に回り込み,巣の生成による強度の低下がない」こと及び長距離搬送による「山間
部の施工」が要求されるものでもなく,単に「粉塵およびはね返り少なく,品質性
状の良好,安定した吹付層」(引用例1〔甲8〕2頁左上欄第3段落)を形成する
ことで足りるものである。したがって,訂正発明3は,引用発明と対比し,課題及
び作用効果の相違は極めて大きく,顕著な作用効果を奏するものである。
5 取消事由5(本件発明1,2及び4の進歩性の判断の誤り)
 決定は,本件発明1,2及び4について,訂正発明3と同様の理由により,
進歩性がないと判断した。しかしながら,訂正発明3の進歩性の判断が誤りである
ことは,上記1~4のとおりであるから,本件発明1,2及び4の進歩性の判断も
誤りである。
第4 被告の反論
   決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
 引用例1(甲8)は,「NATMを始めとして,空洞,法面などのライニン
グ工法」(1頁右下欄第2段落)とあるように,湿式の吹付け工法が,NATM以
外にも,空洞,法面などのライニング工法として広く利用されていることを開示し
ており,ここで,法面へ湿式でモルタルやコンクリートを吹き付ける工法は,本件
優先日前に周知の工法であり,このように法面へモルタルやコンクリートを吹き付
けることによって法面を覆う工法は,トンネル内面にモルタルやコンクリートを吹
き付けることによって内面を覆う工法と何ら異なることはない。したがって,引用
例1記載のような法面を覆う工法を,「吹付法面ライニング工法」とした決定の認
定に何ら誤りはない。
 2 取消事由2(訂正発明3と引用発明との相違点1についての判断の誤り)に
ついて
 湿式吹付けによる法面のライニング工法においても,必要によりあらかじめ
鉄筋や金網を設けておくことは,本件優先日前に周知の事項であり,引用発明にお
いて,必要により鉄筋や金網を用いる場合には,鉄筋が多量に挿入されていること
による粗骨材の分離,鉄筋の下側に空洞ができるとの課題は,当然に発生するもの
であるから,法枠構築工法と引用発明とは,技術的課題が共通する。また,コンク
リートやモルタルなどを吹き付ける工法において,はね返り(リバウンドロス)が
材料損失の要因となっていることは技術常識であり,はね返りを少なくすること
は,吹付けによる工法を用いる分野に共通の課題であり,引用発明も,施工面から
のはね返りを少なくすることを目的の一つとし,吹付けによる法枠構築工法と同様
の問題を解決するものである。したがって,引用発明に接した当業者は,引用発明
の法面への吹付け工法を,吹付けによる法枠の構築工法に適用しようとする契機が
あるということができる。そして,「地山に固定され,鉄筋が配筋された隣接す
る,開口率が25~60%のパンチングメタルの側型枠」は,本件優先日前におい
て周知であるから,「以上のことを考慮すると,引用例1(注,甲8)記載の法面
への吹き付け工法を,吹き付けによる法枠の構築工法に適用し,その際に,地山に
固定され,鉄筋が配筋された隣接する,開口率が25~60%のパンチングメタル
の側型枠内に吹き付けて充填し,相違点1における訂正発明3の構成とすること
は,当業者であれば容易に想到し得たことといえる」(決定謄本6頁「相違点1に
ついて」)とした決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(訂正発明3と引用発明との相違点2~4についての判断の誤
り)について
(1)原告は,訂正発明3は急結剤を添加しない発明である旨主張するが,訂正
発明3は急結剤について何ら言及しておらず,原告の主張は,特許請求の範囲の記
載に基づかない主張であって,前提において誤りである。仮に,訂正発明3が急結
剤を添加しないものに限定されると解される余地があるとしても,引用発明は急結
剤を添加しないものを包含するものであるから,引用発明が急結剤を添加するもの
であるとの前提に立った原告の主張は,前提において失当である。すなわち,引用
例1(甲8)の特許請求の範囲において,資料に急結剤を添加することは言及され
ていないのであるから,急結剤を添加しない場合も当然に含まれているということ
ができる。また,発明の詳細な説明に,「本実施例では,・・・圧縮エアにより混
和剤すなわち通常の場合急結剤を気送するようになつている」(3頁右上欄下から
第2段落)と記載されているように,実施例として,急結剤を気送する場合がある
ことを開示しているにすぎない。したがって,引用発明の湿式吹付け工法は,急結
剤を添加する必要がない場合には,急結剤を添加しないものであると理解される。
(2)また,引用例1(甲8)には,モルタル又はコンクリートの配合比が記載
されていない。モルタル又はコンクリートを主材とする湿式材料を吹き付ける工法
において,モルタルの場合,セメント:砂の重量比を,1:4,コンクリートの場
合,セメント:砂:砂利の重量比を,1:4:2,水・セメント比を55~60%
とすることは,本件優先日前に周知の技術事項である。そして,コンクリートやモ
ルタルは,単位セメント量が比較的多い富配合になると強度が増すことは技術常識
であり,減水剤は,コンクリートなどに普通に用いられる混和剤である。引用例1
には,トンネルに吹き付けるコンクリートの場合ではあるが,水・セメント比を5
3%とし,スランプ値を8±2cmとする例が示されており(4頁左下欄第3段
落),訂正発明3の水・セメント比及びスランプ値と重複する数値が開示されてい
る。また,スランプ値は,その値が高いほど流動性があって圧送性が向上し,型枠
内への充填性が良くなることは技術常識である。さらに,湿式の吹付け材料の配合
比,スランプ値,減水剤を添加するか否か及びその量は,吹付けにより構築される
ものに要求される強度,材料コスト,作業性等を考慮して適宜決定され
る設計事項である。そして,訂正発明3の配合比,スランプ値及び減水剤の添加量
としたことに格別の技術的意義は認められないから,引用発明における湿式材料
を,訂正発明3のようにすることは,当業者が容易にし得たことである。引用発明
は,湿式材料をポンプにより管路を介して圧送し,ポンプと吹付けノズルとの間の
管路の途中で空気を吸い込み,湿式材料を空気を連行した状態で吹付けノズルから
吹き付けるものであるので,引用発明の法面の吹付け工法を,吹付けによる法枠構
築工法に適用する際に,湿式材料のスランプ値を訂正発明と同一の10cmとした
場合には,訂正発明と同様に,ダレが生じて法枠から流れてしまう現象を防止しつ
つ,確実に法枠内に材料を充填することができるものと認められる。
4 取消事由4(訂正発明3の顕著な作用効果の看過)について
 コンクリートやモルタル等の湿式材料を富配合にすると強度が高くなること
及び湿式材料のスランプ値が高いと流動性があり型枠内への充填性が良いことは,
いずれも,当業者の技術常識であるから,訂正発明3の作用効果として記載されて
いる上記事項は,湿式材料を富配合とし,スランプ値を高くしたことによって当然
に生じる作用効果にすぎない。また,引用発明も,管路の先端の吹付けノズルか
ら,湿式材料を空気を連行した状態で吹き付ける工法であるから,訂正発明3の作
用効果として記載されている上記事項と同様の作用効果を奏するものと認められ
る。そうすると,訂正発明3の作用効果は,引用例1記載の法面への吹付け工法
を,吹付けによる法枠の構築工法に適用し,その際に,吹き付ける湿式材料の配合
比やスランプ値を適宜設計したことにより当然に奏される作用効果であって,格別
顕著なものとは認められない。
5 取消事由5(本件発明1,2及び4の進歩性の判断の誤り)について
 訂正発明3の進歩性についての決定の認定判断に誤りがないことは,上記1
~4のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由5の主張は,理由
がない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)原告は,引用発明について,「吹付法面ライニング工法」(決定謄本5頁
第1段落)であるとした決定の認定について,引用例1(甲8)記載のものは,ラ
イニングのための「湿式吹付け工法」又は「吹付けライニング工法」であり,NA
TM工法に代表される「トンネルにおいて掘削後の地山を被覆すること,また被覆
をもいう」ものであって,法面についての適用例の記載は一切ないから,「吹付法
面ライニング工法」であるとはいえず,誤りであると主張する。
(2)そこで,引用例1(甲8)について検討すると,引用例1には,「(産業
上の利用分野)本発明は主としてコンクリート類の湿式吹付け工法に関するもので
ある」(1頁左下欄最終段落~右下欄第1段落),「(従来の技術と問題点)コン
クリートやモルタルなどの水硬性資料の施工法として乾式および湿式の吹付け工法
があり,特に後者は・・・NATMを始めとして,空洞,法面などのライニング工
法として広く利用されている。この湿式吹付け工法は,セメントと骨材と水の混練
物をポンプから吹付けノズルまでホースにより濃密状態で圧送し,吹付けノズル付
近で圧縮エアを添加して噴射する方法など各種手法がある」(1頁右下欄第2段落
~第3段落)との記載がある。上記記載によれば,引用例1記載の技術は,コンク
リートやモルタルなどの水硬性資料の施工法のうちの一つである湿式の吹付け工
法,すなわち,湿式工法(「吹付ける全材料(セメント,骨材,水など)をミキサ
内蔵の吹付機にて混練りし,圧縮空気で所定の場所まで圧送し,ノズルから吹付け
る方法」(昭和60年10月31日森北出版第3刷発行「土木特殊工法シリーズ3
 のり面緑化工法-のり面の安定と緑化-」131頁~148頁〔甲3,以下「甲
3文献」という。〕の137頁第1段落)であり,吹き付ける材料を,水を含めて
ミキサで混練りし,所定の場所まで圧送し,ノズルから吹き付ける工法である〔昭
和55年8月15日技報堂出版発行「新体系土木工学30 特殊コンクリート」1
60頁〈甲24〉,160頁~167〈甲12添付〉,以下,両者を区別せずに
「甲24文献」という。〕。)に関するものであり,その吹付け対象を,空洞,法
面などとする工法について記載されているものと認められる。確かに,「ライニン
グ」の用語について,昭和53年7月30日技法堂出版・コロナ社第5刷発行「土
木用語辞典」221頁及び526頁(甲14)の「覆工」すなわち「トンネルにお
いて掘削後の地山を被覆すること,またその被覆をもいう」(221頁)との記載,
昭和34年1月20日社団法人日本セメント技術協会発行「コンクリート辞典」1
54頁及び168頁(甲16)の「巻立て」すなわち「コンクリート等でトンネル
の内張りをすること」(154頁),昭和34年5月20日共立出版発行「改訂土
木施工法」334頁~335頁(甲17)の「トンネルの巻立て(Lining)は覆工
ともいい,トンネル周壁の地盤を安全に支持するために施されるもの」(334
頁)との記載によれば,「ライニング」は,トンネル内周壁面を対象とし,それを
被覆し,内張りすることを意味する場合があると認められる。そして,引用例1の
実地に吹付けを行った例も,トンネル切羽へのコンクリート吹付けのみであって,
法面へ吹き付けた施工例についての記載はない。しかしながら,引用例1に記載さ
れた工法が,トンネル以外の法面などに適用することができないとする理由はな
く,引用例1においては,施工対象として,トンネル等の空洞と並列し,法面など
として,「ライニング工法」の用語が使用されているのであるから,引用例1の上
記記載における「ライニング工法」において,施工対象がトンネルに限定されると
いうことはできない。
  さらに,引用例1の「本発明により実地に吹付けを行つた結果を示す。直
径10mのトンネル切羽にコンクリート吹付けを行つた。配合はセメント・・・W
/c:53%,・・・Sl:8±2cm・・・とした。上記資料をダブルピストン
式ポンプにより吐出量8m3
/h,吐出圧60~80kg/cm2
で圧送し
た。・・・施工を行った結果,・・・強度ならびに付着性のよいライニング層が得
られた」(4頁左下欄第2段落~5頁左上欄第1段落)との記載によれば,引用例
1における「ライニング」は,湿式の吹付け材料の吹付け層を意味するものである
と認められる。したがって,引用例1記載の「ライニング工法」は,地盤を安全に
支持するために空洞,法面など地山表面に吹付け材料の吹付け層の被覆(ライニン
グ)を形成する工法を意味するものと理解することができ,湿式材料を法面に吹き
付けるライニング工法について記載されているものと認められる。
(3)以上によれば,引用発明について,「吹付法面ライニング工法」(決定謄
本5頁第1段落)であるとした決定の認定に誤りはなく,原告の取消事由1の主張
は理由がない。
 2 取消事由2(訂正発明3と引用発明との相違点1についての判断の誤り)に
ついて
(1)原告は,引用例1(甲8)記載のものは,法面において「吹付け層」を形
成する「法面の被覆保護工法」を意味するとしても,面に材料を吹き付けて「吹付
け層」を形成する方法ないし法面に型枠を使用することなく広い面積に薄いコンク
リートなどの層を施工する方法であって,訂正発明3の型枠及びその内部に鉄筋を
配筋して構造体を構成する「構築」の意義とは別異のものであり,訂正発明3が対
象とする法枠を「構築」するとの記載ないし示唆はないから,相違点1,すなわ
ち,「訂正発明3は,湿式法枠構築材料を,地山に固定され,鉄筋が配筋された隣
接する側型枠内に吹き付けて充填する法枠構築工法であって,側型枠がパンチング
メタルであり,その開口率が25~60%であるのに対し,引用例1記載の発明
(注,引用発明)は,湿式材料を法面に吹き付ける吹付法面ライニング工法であ
る」(決定謄本5頁「相違点1」)点について,「引用例1記載の発明に接した当
業者であれば,引用例1(注,甲8)記載の法面への吹き付け工法を,吹き付けに
よる法枠の構築工法に適用しようとすることは,容易に着想することである」(同
6頁「相違点1について」),「引用例1記載の法面への吹き付け工法を,吹き付
けによる法枠の構築工法に適用し,その際に,地山に固定され,鉄筋が配筋された
隣接する,開口率が25~60%のパンチングメタルの側型枠内に吹き付けて充填
し,相違点1における訂正発明3の構成とすることは,当業者であれば容易に想到
し得たことといえる」(同)とした決定の判断は誤りであると主張する。
(2)訂正発明3は,上記第2の2【請求項3】のとおり,コンクリートなどの
特定の湿式材料を,鉄筋が配筋された側型枠内に,吹き付けて,充填することによ
り法枠を構築する工法であり,引用発明は,上記1の(2)のとおり,コンクリートな
どの湿式材料を,法面に,吹き付けて,吹付け層を形成する工法を含むものであ
る。そして,甲24文献の「吹付けコンクリート工法の最大の欠点の一つであるは
ね返りは,材料の損失とともに,施工時間の増大,作業環境の悪化につながり,こ
れを少なくすることは,吹付け工法の活用にあたって重要な課題である」(167
頁第2段落)との記載,引用例2(甲9)のコンクリート,モルタル等の吹付けノ
ズルについての「目的物に到達してからはねかえって地上へ落下するとかして,無
駄となる量が非常に多く,歩留まりが低く,不経済であった」(1頁左下欄最終段
落~右下欄第1段落2行)との記載,甲22文献の「2.吹付けコンクリートの施
工」の「2.2.4 法面保護」の項における,「型わくを用いる場合には,必ず
はね返りが自由に,または容易に排除できるような構造としておかなければならな
い」(146頁同項の第4段落)との記載によれば,コンクリートなどの湿式材料
を地山や型枠内に吹き付ける工法において,材料の吹付けに起因するはね返りが発
生し,これが材料損失や硬化物の品質悪化等の原因となっていることは,本件優先
日前に周知であったと認められ,はね返りについて適切な対処をすべきことは,地
山を対象とする場合も,型枠内を対象とする場合も,当業者は,吹付けを行うに当
たっての共通の課題として認識していたものということができる。他方,はね返り
について,引用例1(甲8)には,「本発明・・・の目的とするところは,高度の
熟練や経験を要さずに常に最適な吹付け状態を保持することができ,粉塵およびは
ね返り少なく,品質性状の良好,安定した吹付層を形成することができる湿式吹付
工法を提供することにある」(2頁左上欄第3段落),「従来の・・・吹付けノズ
ル部位でエアを添加する方法は,前記した粉塵,はね返りの問題のほか,詰りの発
生,付着力の点などから好ましくなく,ポンプから一定の距離までパイプで濃密搬
送し,これの終端位置で圧縮エアを添加し,それ以降吹付ノズルまでホースで気流
搬送して噴射する工法が基本的に好適であることがわかった」(同最終段落~右上
欄第1段落)との記載があり,湿式材料を,「ポンプから一定の距離までパイプで
濃密搬送し,これの終端位置で圧縮エアを添加し,それ以降吹付ノズルまでホース
で気流搬送して噴射する」と,はね返りの問題の点から好適であることが開示され
ている。したがって,はね返りの課題を同様に有する吹付けを用いる法枠構築工法
に,引用例1に記載された,湿式材料を「ポンプから一定の距離までパイプで濃密
搬送し,これの終端位置で圧縮エアを添加し,それ以降吹付ノズルまでホースで気
流搬送して噴射する」工法を適用する契機があるということができる。そして,
「吹き付けによる法枠の構築工法において,地山に固定され,鉄筋が配筋された隣
接する側型枠内にモルタル又はコンクリートを吹き付けて充填し,法枠を構築する
こと」(決定謄本6頁「相違点1について」)及び「法枠の側型枠をパンチングメ
タルとすること」が,本件優先日前に周知であることは,原告の争わないところで
あるから,当業者は,法枠構築工法を実施しようとするに当たり,吹付けに起因す
るはね返りの課題があることを認識し,その課題ついて良好な結果が得られること
が開示されている引用例1記載の工法を,訂正発明3の法枠構築工法に適用するこ
とは,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
(3)原告は,訂正発明3は,鉄筋が配筋された隣接する型枠内に吹付け材料を
吹き付けることに起因する「法枠構築工法」特有の課題,例えば,「型枠内の全体
に材料を行き渡らせるためには,あるいはその品質保持のためには,材料に対して
バイブレーターにより振動を与える必要があり,その手段を採るのが難しく,また
作業性にも劣る」(訂正明細書〔甲11添付〕段落【0008】),法肩から打設
した材料を型枠全体に行き渡らせることは,その材料の流動性が乏しいために,至
難の技であり,特に横法枠に充填することが困難であること,具体的には,鉄筋が
多量に挿入されていることによる粗骨材の分離,鉄筋の下側に空洞ができること,
及びノズルマンがノズルを保持する作業性の問題等をも解決課題としているもので
あるが,これら「法枠構築工法」特有の課題は,引用例1の「吹付け層」を形成す
る「法面の被覆保護工法」には存在し得ないから,対象面に材料を吹き付けて「吹
付け層」を形成するものと,型枠及びその内部に鉄筋を配筋して構造体を構成する
法枠を「構築」するものとは,吹付けの分野において共通するものの,両者におけ
る具体的な課題は共通するものではないとも主張する。
  しかしながら,湿式材料を鉄筋が配筋された型枠の中に充填し,法枠を構
築するものであっても,湿式材料を対象面に吹き付けて吹付け層を形成するもので
あっても,吹付けを行う場合に,はね返りについて適切な対処をすべきことが,本
件優先日前に,当業者において共通の課題として認識していたものということがで
きることは上記(2)のとおりである。そして,湿式材料を対象面に吹き付けて吹付け
層を形成するに際し,対象面に,格子枠,アンカーボルト,金網,鉄筋などの構造
物を設ける場合があることは,甲22文献に「風化や破砕がはなはだしく,土砂化
している切取り法面や,盛土法面の保護に・・・格子わく,アンカーボルト,金網
などで補強する。鉄網や鉄筋を使用するときは」(146頁第5段落)と記載さ
れ,甲3文献の「8.13 モルタル,コンクリート吹付工(ショットクリー
ト)」の「8・13・2 全面吹付けの設計の考え方と基準」の項の「表8.9 
施工目的による目安」(138頁)の「のり面保護工」欄に,「金網または鉄筋,
金網併用」と記載されているとおりであるから,原告が「法枠構築工法」特有の課
題と主張するところのものは,対象面に材料を吹き付けて「吹付け層」を形成する
ものにも共通する課題というべきであり,原告の上記主張も採用することができな
い。
(4)以上検討したところによれば,相違点1についての決定の判断に原告主張
の誤りがあるということはできず,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(訂正発明3と引用発明との相違点2~4についての判断の誤
り)について
(1)原告は,①空気吹込みで急結剤を投入する形態を採る引用発明の方法に対
し,急結剤を添加しない形態を採用する契機は何ら見いだせないこと,②引用発明
の方法に対し,富配合とする形態を採用する契機は何ら見いだせないことを理由
に,相違点2~4についての決定の判断は誤りであると主張する。
(2)そこで,まず,上記①の点について検討する。原告の主張は,訂正発明3
の湿式材料には急結剤が添加されないものであり,引用発明の湿式材料には急結剤
が添加されるものであることを前提とするものである。しかしながら,訂正発明3
は,その特許請求の範囲において,急結剤について何ら規定するところはなく,訂
正明細書(甲11添付)の発明の詳細な説明にも,急結剤について何ら記載はない
から,訂正発明3の湿式材料は,急結剤が添加されないものに限定されると解すべ
き理由はない。他方,引用例1(甲8)には,実施例について,「本実施例で
は,・・・圧縮エアにより混和剤すなわち通常の場合急結剤を気送するようになつ
ている」(3頁右上欄第3段落)と記載され,その実施例の実地に吹付けを行った
結果として,「セメント360kg/m3
,S/a:60%,W/c:53%,A
d:0.9%,Sl:8±2cm,最大骨材15m/m,FM:2.85」の材料
が使用されたことが記載され,「Ad」は混和剤のことであるが,その混和剤につ
いては,「混和剤添加ノズルを接続し」(4頁右下欄第1段落),「急結剤側の流
量定値制御弁」(同第3段落)と記載され,「急結剤」を意味するものと認められ
るから,引用例1の具体例には,急結剤を添加する吹付け材料が記載されていると
いうことはできるものの,吹付け材料について引用例1のそのほかの部分には,
「資料」(1頁左下欄の特許請求の範囲の請求項1),「コンクリートやモルタル
などの水硬性資料」(同右下欄第2段落),「セメントと骨材と水の混練物」(同
第3段落)と記載され,資料に急結剤を添加することは言及されていないのである
から,資料に急結剤を添加しない場合も当然に含まれているというべきであり,引
用発明の湿式材料は,急結剤が添加されるものに限定されると解することはできな
い。
  したがって,原告の上記主張は,その前提において誤りというほかなく,
失当である。
  また,原告は,訂正発明3は,減水剤を加えて,スランプ値が10~27
cmとした軟らかい材料をポンプ圧送し,エアを途中から併用する,急結剤を使用
しない,法枠内に打設する湿式吹付け工法であり,スランプ値が高いと,法枠への
充填性が高まるものの,ダレが生じるが,訂正発明3においては,ポンプ圧送し,
エアを途中から併用するから,エア添加後の管路内において材料中の水分逸散が起
こるため,急結剤を使用しなくても,ダレが生じて法枠から流れてしまう現象を防
止しつつ,確実に法枠内にスランプ値が10~27cmとした軟らかい材料を充填
することができるとも主張する。確かに,甲23文献の「表4.29 湿式吹付け
モルタル標準配合」(205頁)には,「フロー値120程度」(社団法人土木学
会発行の「土木学会平成12年度全国大会 第55回年次学術講演会講演概要集」
〔甲12添付〕により,スランプ0~2cm程度と認められる。)と記載され,本
件優先日当時の法枠構築工法の湿式材料のスランプ値は,0~2cm程度の低い値
であったことが認められる。しかしながら,上記配合は,「吹付ける全材料(セメ
ント,骨材,水など)をミキサ内蔵の吹付機にて混練りし,圧縮空気で所定の場所
まで圧送し,ノズルから吹付ける方法」(甲3文献の137頁第1段落)におけ
る,圧縮空気で所定の場所まで圧送する湿式材料の配合であり,引用例1の,「ポ
ンプから一定の距離までパイプで濃密搬送し,これの終端位置で圧縮エアを添加
し,それ以降吹付ノズルまでホースで気流搬送して噴射する」湿式材料の配合では
ない。そして,引用例1には,その搬送方法のための湿式材料について,具体的施
工例に,「Sl(注,スランプ値):8±2cm」(4頁左下欄第3段落)と記載
され,6~10cmのスランプ値のものを用いることが開示されている。したがっ
て,引用例1の工法に使用する湿式材料は,6~10cmを包含するものである。
そして,湿式材料のスランプ値が大きいほど,流動性が高くポンパビリチー(ポン
プ輸送性)が向上すること,鉄筋等の周囲に充分に行き渡るように吹き付けること
ができることは自明のことであるから,ポンプで濃密搬送する引用例1の工法にお
いてポンプ輸送性の向上のために,よりスランプ値が大きい湿式材料とする契機が
あるといえ,さらに,「スランプ値が0の流動性のない材料を用いると,鉄筋の裏
側に回り込み難く,間隙または巣ができ,強度の低下を生じる」(訂正明細書〔甲
11添付〕の段落【0007】)という課題があるのであるから,引用例1の工法
において,湿式材料のスランプ値を6~10cmないしそれ以上の値とすること
は,当業者にとって適宜し得ることであり,引用例1の工法においても,訂正発明
3と同様のスランプ値10cmを包含するものである以上,訂正発明3と同様,ダ
レが生じて法枠から流れてしまう現象を防止しつつ,確実に法枠内に材料を充填す
ることができるものと認められる。
(3)次に,上記②の点について検討すると,引用例1(甲8)の湿式材料につ
いて,セメント:砂あるいはセメント:砂:粗骨材の重量比,さらに,水・セメン
ト比,スランプ値の例が記載されているが,それらの数値範囲については記載され
ていない。
  昭和58年8月15日社団法人日本コンクリート工学協会発行「コンクリ
ート用語辞典」2頁(甲12添付)には,「富配合コンクリート」について,「単
位セメント量の多いコンクリートのことで,・・・一般に,富配合コンクリート
は,プラスチシチーやポンパビリチーが向上するほか,硬化後のコンクリートにお
いても水密性が向上し,中性化の進行も緩和されるなどの効果がある」(2頁左欄
下から第2段落)と,「貧配合コンクリート」について,「プラスチシチーに乏し
く,ポンプ圧送用コンクリートとしては不向きである。また,硬化したコンクリー
トにおいても,透・吸水性が大きく,打上がり面の状態も粗状になりやすい」(同
最終段落)と記載され,これらの記載によれば,富配合コンクリート,すなわち,
単位セメント量の多いコンクリートにすれば,ポンパビリチー,すなわちポンプ輸
送性が向上するほか,硬化後のコンクリートにおいて水密性が向上し,中性化の進
行も緩和される効果が得られると認められるから,ポンプ輸送をする引用例1の工
法において,ポンプ輸送性の向上のほか,硬化後のコンクリートにおいて水密性が
向上し,中性化の進行も緩和される効果を得るため,富配合コンクリート,すなわ
ち,単位セメント量の多いコンクリートを使用する契機があるというべきである。
  したがって,引用発明の方法に対し,富配合とする形態を採用する契機は
何ら見いだせないとの原告の主張は,誤りというほかなく,他に,引用例1の湿式
材料を富配合に調整することを阻害する要因は認められない。
(4)以上検討したところによれば,相違点2~4についての決定の判断に原告
主張の誤りがあるということはできず,原告の取消事由3の主張も理由がない。
4 取消事由4(訂正発明3の顕著な作用効果の看過)について
(1)原告は,訂正発明3は,引用発明と対比し,課題及び作用効果の相違は極
めて大きく,顕著な作用効果を奏するものであると主張し,訂正明細書(甲11添
付)には,【発明の効果】欄に,「本発明によれば,前掲の作用の欄に記載の作用
効果を奏するが,これを要すれば,強度に優れ,かつ品質的にばらつきの少ない法
枠を構築できる。また,ノズルマンが保持できるなどの作業性に優れたものとなる
などの利点がもたらされる」(段落【0042】)と記載されている。
(2)しかしながら,コンクリートやモルタル等の湿式材料を富配合にすると強
度が高くなること及び湿式材料のスランプ値が高いと流動性があり型枠内への充填
性が良いことは,いずれも,本件優先日前に当業者の技術常識であるから,訂正明
細書の【発明の効果】欄に記載されている上記事項は,湿式材料を富配合とし,ス
ランプ値を高くしたことによって当然に生じる作用効果にすぎない。また,引用発
明も,管路の先端の吹付けノズルから,湿式材料を空気を連行した状態で吹き付け
る工法であるから,訂正発明3の作用効果として記載されている上記事項と同様の
作用効果を奏するものと認められる。そうすると,訂正発明3の作用効果は,引用
例1記載の法面への吹付け工法を,吹付けによる法枠の構築工法に適用し,その際
に,吹き付ける湿式材料の配合比やスランプ値を適宜設計したことにより当然に奏
される作用効果であって,格別顕著なものとは認められない。
 したがって,「訂正発明3が奏する効果も,引用例1記載の発明及び周知
の技術事項から当業者が予測できる範囲のものである」(決定謄本7頁下から第3
段落)とした決定の判断に原告主張の誤りはなく,原告主張の取消事由4も理由が
ない。
5 取消事由5(本件発明1,2及び4の進歩性の判断の誤り)について
 訂正発明3の進歩性についての決定の認定判断に誤りがないことは,上記1
~4のとおりである。したがって,その誤りを前提とする原告の取消事由5の主張
も理由がないことは明らかである。
6 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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