弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人弁護士高芝利徳の上告理由について。
 しかし、手形は、いわゆる有価証券であつて、これが権利の行使については、手
形の占有を伴うことを要し、また、手形義務者が権利者の催告に応じこれが支払を
なすときは、手形に受取を証する記載をなしてこれを交付することを請求しうるも
のであるから、民法一五三条の催告をなす場合にも手形の呈示を必要とするものと
解するを相当とする(大審院大正一三年(オ)第四一号、同一三年三月一七日判決、
民集三巻一七三頁参照)。されば、原判決は正当であつて、所論はその理由がない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官高木常七の反対意見あるほか全員一致の意見によるものであ
る。
 裁判官高木常七の反対意見は次のとおりである。
 手形は流通証券であつて、手形債務者は現在の手形債務者が誰であるかを知り得
ないのを常とするから、手形債権者は、手形債務者に遅滞の責を負わしめんがため
には、手形を呈示して自己が手形債権者であることを明らかにすることを要求され
るが、手形債務者の責任に影響がなく、単に手形債権の時効中断の効力を生ぜしめ
るだけの催告には、必ずしも手形の呈示を必要としないと解するのが相当である。
 けだし、時効(消滅時効)の制度は、もともと権利の上に眠る者を保護しないと
する制度に外ならないのであるから、時効の中断は、権利の上に眠つていないとす
る行為、換言すれば、権利行使の意思が客観的に明確であればそれで足れりとすべ
きだからである。
 これを商法ないし手形法についてみても、手形債務者を遅滞に付し、もしくは償
還請求の権利を発生させるがためには手形の呈示を要する旨の規定があるが、時効
中断のための催告には、なんら特別の規定を存しない。されば、時効の中断に関し
ては、専ら民法の規定に則つてこれを考えるべきであり、そして民法の規定によれ
ば、結局右の如くに解するよりほかないのである。
 この場合、手形債務者は、催告をした者が果して真の手形債務者であるかどうか
知り得ないわけではあるが、それは手形債務者の遅滞の責任にはなんらの関係もな
いことであるし、また、催告による時効の中断は、六か月以内に裁判上の請求等民
法一五三条所定の手続をとらなければ効力を生じないのであつて、催告は、いわば
それらの手続をとるまでの一時的権利保全の手段でしかないのであるから、手形を
呈示せず、従つて手形債務者をして直ちに履行をなさしめる状態に置かなくても、
その行為が権利の上に眠つていないことを客観的に明らかにするものであるかぎり、
それに時効中断の効力を付与しても、手形債務者には格別の不利はない筈である。
 これを一般取引界の実情に徴しても、時効中断のための催告は、多く内容証明郵
便をもつて行われるのを常とするから、これに対して手形の呈示を必須の要件とし
て強要するが如きは、取引の実情にそぐわないばかりでなく、むしろ難きを強うる
ものといわざるを得ない。
 況んや、手形の呈示のない催告であつても、債務者がこれに応じて現実に債務の
履行をなすことも期待し得る以上(手形は現実に支払いがあつた際に引換えればよ
い)、呈示のない催告を原判決の如くかたくなに解しなくてもよいと考えられる。
 以上の見解は、もとより大審院従来の判例傾向と相容れないものではあるが、右
の大審院判例は、むしろこの際変更さるべきではなかろうかと思料される。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    高   木   常   七

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