弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人林百郎、同富森啓児の上告趣意第一の一について。
 所論は、本件公訴の提起は、公訴事実の特定を欠き無効であることを前提として
違憲をいうものである。
 ところで、本件起訴状記載の公訴事実は「被告人は、昭和二八年一月頃より昭和
三四年一二月初旬頃までの間、本邦内より有効な旅券に出国の証印を受けないで、
本邦外の地域である中華人民共和国におもむく意図をもつて出国したものである」
というのであつて、犯罪の日時を表示するのに六年余の期間内とし、場所を単に本
邦内よりとし、その方法につき具体的な表示をしていないことは、所論のとおりで
ある。しかし、刑訴二五六条三項は、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、
被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とする趣旨であり、犯罪の日時、場所及
び方法は、犯罪の種類、性質等の如何によりこれを詳らかにすることができない特
殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、
その一事のみをもつて罪となるべき事実を特定しない違法があるというべきでない
ことは、当裁判所昭和三四年(あ)第一六七八号、同三七年一一月二八日大法廷判
決の判示するところである。
 これを本件についてみると、検察官は、本件第一審公判において、証拠により証
明すべき事実として、(一)昭和三四年一二月一五日被告人はオランダ船A号で中
華人民共和国から本邦に帰国した、(二)同二八年一月頃まで被告人は本邦内に居
住していたが、その後所在が分らなくなつた、(三)被告人は出国に際し旅券を所
持せず、従つて旅券に所要の証印を受けていなかつた、との各事実を陳述し、これ
によれば、検察官は、被告人が昭和二八年一月頃まで、本邦に在住していたが、そ
の後所在不明となつてから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引
き続いて本邦外にあり、同三四年一二月一五日前記オランダ船で帰国したものであ
るとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべきである。そして、本件密出
国のように、本邦をひそかに出国してわが国といまだ国交を回復せず、外交関係を
維持していない国におもむいた場合は、その出国の具体的顛末についてこれを確認
することが極めて困難であつて、まさに上述の特殊事情のある場合に当るものとい
うべく、たとえその出国の日時、場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても、
起訴状及び検察官の右第一審公判における陳述によつて本件公訴が裁判所に対し審
判を求めようとする対象は、おのずから明らかであり、被告人の防禦の範囲もおの
ずから限定されているというべきであるから、被告人の防禦に実質的に障碍を与え
るおそれはない。それゆえ、本件公訴の提起が公訴事実の特定を欠き無効であると
の所論は、理由がなく、違憲の主張はその前提において採ることを得ない。
 同第一の二について。
 所論は、違憲をいうが、実質は単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理
由に当らない。
 なお、論旨は、原判決の刑訴二五五条一項の解釈を非難するけれども、同項前段
の「犯人が国外にいる場合」は、同項後段の「犯人が逃げ隠れている」場合と異な
り、公訴時効の進行停止につき、起訴状の謄本の送達もしくは略式命令の告知がで
きなかつたことを前提要件とするものでないことは該規定の明文上疑いを容れない
ところであり、また、犯人が国外にいる場合は、捜査官において犯罪の発生または
その犯人を知ると否とを問わず、犯人の国外にいる期間、公訴時効の進行を停止す
るものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和三五年(あ)
第七三五号、同三七年九月一八日第三小法廷判決参照)、これと同趣旨にいでた所
論原判示は相当である。
 同第二について。
 所論は、出入国管理令六〇条二項、七一条は、旅券法一三条一項五号、一四条、
一九条一項の規定と相まつて憲法二二条二項、三一条に違反すると主張する。
 しかし、所論旅券法の各規定が憲法二二条二項、三一条に違反しないことは、昭
和二九年(オ)第八九八号、同三三年九月一〇日大法廷判決(民集一二巻一三号一
九六九頁)の趣旨に徴して明らかであり、また出入国管理令六〇条二項、七一条が
右憲法の各規定に違反しないことは、前掲昭和三四年(あ)第一六七八号事件大法
廷判決の趣旨に照らして明らかなところであつて、所論は理由がない。
 被告人本人の上告趣意について。
 所論は、結局において、前記弁護人林百郎、同富森啓児の上告趣意第二と同趣旨
に帰し、その理由がないことは、同弁護人らの右論旨につき説示したとおりである
から、論旨は採るを得ない。
 よつて、刑訴四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
  昭和三八年一月一七日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    斎   藤   朔   郎

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