弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、被告人作成名義および弁護人阿久津英三作成名義の各控訴趣
意書、被告人および弁護人共同作成名義の控訴趣意書補足事項と題する書面にそれ
ぞれ記載されているとおりであるから、これらをここに引用する。
 弁護人および被告人の各控訴趣意中事実誤認の論旨について。
 所論は要するに、被告人は、非常勤の事務員として各勤務先の経理事務を担当
し、その事務の一端として確定申告書等の数字を記入していたにすぎず、何ら税理
士業務を行つていないし、かつ、自己の行為が税理士法に違反するものであるとの
認識がないのにかかわらず、原判決が原判示の事実を認定し、被告人を有罪とした
のは事案誤認であり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というの
である。
 所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌のうえ、
検討するに、原判示事実は原判決挙示の各証拠によつて優に認めることができる。
 すなわち、原判決挙示の各証拠によると
 (1)、 被告人は、昭和三九年始めころ税理士A事務所の事務員として三年間
税理士業務の補助をなし、昭和四二年一月右事務所を退職するに至つたが、その際
被告人が同事務所に勤務中に関与していた七件位の顧客から退職後も引続き税務書
類の作成等をしてもらいたい旨の依頼を受け、被告人もこれに応じ右七件の事業所
に随時出向いて帳簿類の整理、税務書類に必要事項を記載する等の事務に関与し、
次いで、右各事業所からの紹介などで、昭和四六年当時法人一五件、個人一三件位
に関与し同様の事務をするようになつたこと、
 (2)、 (イ)、株式会社B商店においては、被告人は非常勤の社員というこ
とで月に一、二回、決算期には月に五乃至一〇同位出社し、給料ということで月額
一万円、決算期には別個に一万円位の支給を受け、毎月元帳と補助簿の照合をし、
期末利益の有無などについて相談を受け、法人税確定申告書の必要事項を記入した
りし、昭和四四年九月ごろ国税局の税務調査があつた際に被告人がこれに立ち合つ
たことがあり、更に、会社役員個人の所得税確定申告書類の作成をしたことがある
こと、昭和四六年ごろ会社がC税理士に税務書類の作成等を依頼するようになつた
ので、会社は被告人との関係を解消したこと、(ロ)、有限会社D業務店において
は、被告人は、月に一、二回出社し、帳簿関係の仕事をし、法人税の申告期には確
定申告書の必要事項を記入していたこと、会社は被告人に対し月額二、〇〇〇円宛
支払つていたこと、(ハ)、E株式会社においては、被告人は、毎月一、二回出社
し、帳簿関係の整理をし、決算期には決算書類の作成、法人税申告期には確定申告
書の必要事項を記入し、税務署の調査の際は被告人がこれに立ち合つたことがある
こと、報酬は初期には月額四、〇〇〇円乃至五、〇〇〇円、昭和四六年現在は八、
〇〇〇円、決算期の八月にはボーナス形式で二万円乃至三万円であること、
(二)、Fは個人企業として鉄工業を営んでいるが、被告人は、月一、二回出向
き、元帳の整理をし、所得税の申告期には、Fが出す資料にもとづいて被告人が確
定申告書に必要事項を記入していたこと、Fは被告人に毎月五、〇〇〇円位支払
い、年二回ボーナス形式で二万円程度支払つていること、(ホ)、Gは個人企業と
して菓子卸業を営んでいるが、被告人は月一、二回出向き、金銭出納、売上、仕入
等の帳簿を整理し、所得税の申告期には確定申告書に必要事項を記入していたこ
と、Gは被告人に対し毎月六、〇〇〇円宛給料形式で支払い、ボーナス期には二万
円位支払つていたこと、(ヘ)、Hは個人企業として布はく製造卸業を営んでいる
が、被告人は月に一、二回出向き、帳簿の整理をし、所得税申告期には確定申告書
に必要事項を記入し、税務署の調査の際に立ち合つたことがあること、Hは被告人
に対し毎月三、〇〇〇円乃至六、〇〇〇円、年末には賞与として昭和四二年当時に
は五、〇〇〇円乃至六、〇〇〇円、昭和四六年現在では二万円を支払つているこ
と、(ト)、Iは個人企業として運送業を営んでいるが、被告人は月一、二回乃至
四、五回出向き、帳簿類の整理をし、所得税の申告期には確定申告書等に必要事項
を記入していたこと、Iは被告人に対し毎月三、〇〇〇円宛、毎年一二月には二万
円程度支払つていたこと、(チ)Jは個人企業として自動車鈑金塗装業を営んでい
るが、被告人は毎月二、三回出向き帳簿類記帳の指導、月末の収支計算、元帳の記
載をし、所得税申告期には確定申告書に必要事項を記入していたこと、Jは被告人
に対し毎月五、〇〇〇円宛(昭和四六年現在は七、〇〇〇円)、毎年一二月には賞
与という形式で三万円位支払つていたこと、(リ)Kは個人企業として理髪業を営
んでいるが、月に一、二回Lアパートの被告人の居室((5)参照)へ現金出納帳
などを持参して被告人より指導を受け、所得税申告期には確定申告書類に必要事項
を記入してもらつていたこと、被告人に対し昭和四四年一〇月まで毎月二、〇〇〇
円、それ以後は三、〇〇〇円宛支払つていたこと、被告人から、自分は税理士の資
格は無いから他人には税理士に仕事を頼んでいると言つてくれては困るといわれた
ことがあること、以上いずれの場合にも、確定申告書には会社代表者あるいは企業
主が作成者として署名捺印のうえ所轄税務署に提出していたものであること、
 (3)、 被告人は、昭和四二年一月ころから合資会社Mに正式社員として勤務
している形式をとつたが、これは社会保険等の関係で必要のためそうしたまでで、
勤務は非常勤であること、
 (4)、 被告人は前記(2)の(イ)乃至(チ)において、伝票、帳簿等の作
成、記帳など本来それぞれの企業の事務員がなすべきことを非常勤の事務員という
ことで処理していたが、これは税務書類の作成の基礎となるものであるからであ
り、税金の申告期には前記のように税務書類に必要事項の記載をしてきたが、それ
らの記載は各企業主の指示により機械的に記載したものでなく、被告人が各資料に
もとづいて自ら判断して必要事項を記載していたものであること、右のような事務
は主として各企業の事務所あるいは企業主の居宅で行つていたが、多忙の際には後
記(5)の被告人の居室であるLアパートの一室で右のような事務の処理をしたこ
とがあること、各企業先の事務所等での勤務時間には定めはなく、被告人の気の向
いた時、あるいは、被告人が必要と感じた時に出向いていたこと、
 (5)、 被告人がLアパートの一室を借りたのは、住居が手狭になり、やむな
く夫婦の寝室用として借りたものであること、 が認められる。
 右認定の各事実にもとづいて考察を進める。被告人が非税理士であり、もちろん
税理士会に属していないものであることは明らかである。関与先各企業の法人税あ
るいは所得税の確定申告書類に必要事項を記載するに当つては、被告人が各企業主
のため所定の要件に適合するかどうか自ら判断して記載し、それに、各企業の代表
者あるいは企業主が署名押印して右書類を完成させていたものであることが認めら
れるから、被告人が作成名義人として明記していなくても、被告人の所為が税理士
法二条二号の税務書類の作成に該当するものであることはいうまでもない(最高裁
判所昭和四一年三月三一日第一小法廷決定参照)。被告人は右税務書類を法人税あ
るいは所得税の申告期に原判示のように反覆継続して作成していたのであるから、
これを業として行なつ<要旨>たものと認められることはもちろんである。進んで、
被告人が税理士法二条にいう他人の求に応じ右税務書類の作成をしたことに
該当するか否かを検討する。関係各証人は、原審公判廷において、いずれも被告人
を各企業体外の第三者としてではなく、各企業体内部の非常勤の事務員として雇傭
していたものである旨供述し、被告人も非常勤かつパートタイム的勤務の事務員で
あつたのであるから、各企業主と被告人との間には右税理士法二条にいう「他人の
求に応じ」という法律関係は生じない旨弁解しているが、前認定のように起訴に係
る分においても被告人が関係した企業体は法人三件、個人六件の多数に上り勤務時
間は全く不規則であり、また、被告人が勤務時間に拘束されることはなく、給料の
名目で支払われる金額は勤務時間に比例するものでないのであるから、いわゆるパ
ートタイマーの場合とは本質的に異つていること、各企業主は、被告人が確定申告
書等の税務書類作成の知識経験を有していたので、それを利用するため被告人に依
頼したもので、毎月の帳簿類も右税務書類作成に必要な限度で被告人に目を通して
もらつたり、指導を受けたり、あるいは、整理をしてもらつていたものであること
が容易に推認できる。従つて、各企業主が被告人を非常勤の事務員という形式で依
頼したのは、被告人に税務書類を作成してもらうという単にそれだけの目的であつ
たと認められること、また、被告人も単にそれだけの目的のためにこれらの事務を
それぞれ行なつていたものであることが推認できる。それらを綜合すると、各企業
主と被告人との関係を、所論のように雇傭関係とみるのは相当でなく、税務書類の
作成を主たる目的とする事務処理に関する有償の委任契約関係と解するのが相当で
あるから、前示各企業体と被告人との間に、右税理士法二条の「他人の求に応じ」
という法律関係が生ずることは明らかであるというべきである。各企業主より被告
人に対し毎月給料という名目で支給されている金員につき、被告人においてこれを
給与所得として申告し所得税を納付していた事実があつたとしても右の判断を左右
するものではない。また、法人の経理担当の従業員は、非税理士であつても、雇傭
主のために税務書類の作成を業とすることが許容されていると一般に理解されてい
ることは所論のとおりであるが、これは右従業員が雇傭関係に基づき雇傭主たる法
人のためにその本来の業務としてなす関係にあるので、あたかも法人自ら税務書類
の作成をするのと同一視しうるからであつて、本件の被告人の立場を所論のような
法人の経理担当の従業員と同一視することはできない。されば、原判決には、所論
のごとき判決に影響を及ぼすべき事実誤認は存しないというべきである。
 もつとも、原判決がLアパートの一室を事務所であると認定したことは、前認定
の事実よりして誤りであるが、税理士法五二条違反の罪が成立するには事務所の有
無は関係がない(税理士が事務所の設置を義務付けられていることとは別個の問題
である)のであるから、原判決の右事実の誤認は判決に影響を及ぼすものではな
い。論旨は理由がない。
 弁護人の控訴趣意中法令解釈の誤りの論旨について。
 所論は要するに、被告人は、非常勤かつパートタイム的ではあるが、勤務先にお
ける経理事務の補助者として経理事務に関与し、勤務内容の一部として税務書類の
記載をしたにすぎないのに、原判決は税理士法五二条の解釈を誤り、被告人の所為
を同条違反に問擬したのは違法である、というのである。
 しかしながら、各企業主と被告人との間には、前説示のように、雇傭関係は存せ
ず、税務書類作成を主たる目的とする事務処理についての有償の委任関係が存する
と解せられるのであるから、所論のような形態をとつたにせよ税理士法二条の他人
の求めにより税務書類の作成を業とすることに該るのであつて、被告人の所為が同
法五二条、五九条の構成要件を充足することは明らかであつて、原判決には所論の
ごとき法令解釈の誤りは存しない。論旨は理由がない。
 被告人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の論旨について。
 所論は要するに、検察官側の各証人の供述は、国税局職員が作成した聴取書にも
とづいてなされているものであるが、右各聴取書は供述者の意思にもとづかず任意
性のないものであるから、これにもとづいてなされた各証人の供述には証拠能力が
なく、また、名古屋国税局大蔵事務官作成の被告人に対する質問てん末書、被告人
の検察官に対する供述調書はいずれも証拠能力がないのに、原判決がこれらを証拠
として事実認定をしたのは違法である、というのである。
 しかしながら、原審第一回公判調書の記載によれば、検察官申請のN、O、P、
F、Q、R、I、S、Kに対する名古屋国税局大蔵事務官作成の各聴取書は被告人
側の刑事訴訟法三二六条の同意が得られず、検察官において右各聴取書の取調請求
を撤回し、これに代る証拠として前記九名を証人として取調を請求し、いずれも採
用決定のあつたことが明らかであり、原審第二回公判期日以降右各証人の尋問がな
され、各証人はいずれも公判廷において任意に供述し、弁護人の十分な反対尋問に
さらされていることが明認できるから、右各証人の供述がいずれも証拠能力を有す
るものであることは論をまたない。また、名古屋国税局大蔵事務官作成の被告人に
対する質問てん末書、および、被告人の検察官に対する供述調書の各記載内容を仔
細に検討するも任意性を疑わせる部分はなく、その他右てん末書、供述調書作成の
過程に任意性を疑わせるような事実が存したことを認めるに足る資料はこれを見い
出すことができない。従つて右各書証に証拠能力のあることもまた明らかである。
されば、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がな
い。
 弁護人および被告人の控訴趣意中国税局職員の捜査行為に非合法性があるとの論
旨について。
 しかしながら、本件記録を仔細に検討するも、所論のような違法の点を認めるに
足る資料を見い出しえない。所論は、ひつきよう独自の見解にもとづき捜査機関の
捜査を非難するものに過ぎず、そのとるをえないことは明らかである。論旨は理由
がない。
 よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件控訴を棄却し、主文のとおり判決す
る。
 (裁判長裁判官 野村忠治 裁判官 小沢博 裁判官 横山義夫)

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