弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役4年6月に処する。
未決勾留日数中750日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は,指定暴力団五代目A組B組組長であるが,東証1部上場企業であるV
株式会社の子会社で,東京都中央区Ca丁目b番c号(当時)に本店を置き機械製
品等に関する輸出入及び売買等を目的とするV商事株式会社(以下「V商事」とい
う。)の当時の取締役営業統括部部長であったDが,株式会社Eの代表取締役F及
びG企画代表者ことGらと共同して産業廃棄物事業を計画し実行するに当たり,産
業廃棄物処分場の買収資金等を捻出するため,V商事の了解を得ないまま,Fが入
手した多数の約束手形に「V商事株式会社取締役営業統括部長D」と裏書するなど
していたところ,その割引が得られないまま,同約束手形がいわゆる金融ブローカ
ー等に交付されるなどしたため,G,D及びFから,その返還交渉を依頼され,同
約束手形の一部(額面金額合計3億8000万円)を入手したことなどを奇貨とし
て,Dの上記手形行為にかこつけて,V商事から金員を喝取しようと企て,平成9
年7月13日ころから同月19日ころまでの間,数回にわたり,神戸市中央区H通
d丁目e番f号にあるIホテル等にGを呼び出し,同人に対し,「Jはどない言う
とるのや。Jに1回会わせ。わしがJとこへ出向こうか。」,「この
場でおまえが段取りができないんだったら,わしが行くぜ。」,「この手形は,わ
しが持っとる分でも非常に値打ちがあるのや。このままVが横向いてるのであれ
ば,わしはわしなりの手ぇ打つぞ。」,「わしらの連れにも,悪の弁護士がおっ
て,相談したらこれは金になる言うとるぞ。」,「新聞社待たしとる。新聞社に話
聞かそうか。」,「右翼を雇うて拡声器で,事務所の前でもの言うぞ。チラシをま
くぞ。」,「若いもんがV商事の事務所へ直接行くぞ。若い衆が押し掛けたら仕事
はできなくなる。」,「天井と床が逆になるぞ。」,「手形のサルベージは非常に
高うつくぞ。金もかかる。わしも,いつまでもボランティアをやってるわけにはい
かん。」,「おまえ,それぐらいのこともよう決めんのか,よう言わんのか。はっ
きりと言わんかい。その場でおまえがよう決めないんだったら,わしが言って話を
決めようか。」,「土日にJさんは関西に出向くことが多い。宝塚に娘さんが住ん
どる。お孫さんがいる。」,「Jはどう思うとんや。どう考えとるんや。Jに出会
わせ。Jが実際どう思うとんのか確認をする。」,「宝塚のうちに分からんように
弾打ち込んで脅かす。」などと申し向け,Gをして,その都度,当時のV
商事代表取締役社長であったJ(当時61歳)にその旨伝えさせて脅迫するととも
に,金員を要求し,次いで,同月24日ころ,V商事本店にいたDに電話をかけ,
同人に対し,「わしのところにあるこの回収した手形について,Jさんに会いた
い。あんたも一緒に会ってくれ。そっちに行って説明する。」などと申し向け,そ
のころ,Dをして,Jにその旨伝えさせ,同人に被告人との面談を余儀なくさせ,
同日,東京都中央区Kg丁目h番i号にある日本料理店「L」日本橋店内におい
て,Jに対し,「G,Mはうそつきや。わしらの業界もなめられたもんやな。」,
「子供さんはどこにおられるか。」,「ボランティアをやっとるんやない。」,
「Jさん,誠意を見せなさい。」などと申し向けて暗に金員を要求し,さらに,同
年8月4日ころ,V商事本店にいたDに電話をかけ,同人に対し,「Dさん,明日
の支払,大丈夫か。」,「今更何を言うとるのか。何度確認させるんか。今までお
まえはおれの部屋に来てたわけだけれども,何のために来てたんだ。よく分かって
るのか。自分の腹に替えても,この払いについては実行さすと言うたやないか。今
更できませんじゃあ,ただじゃあすまんぞ。Jにもよく言っとけ。」などと
申し向け,同日,Dをして,Jにその旨伝えさせ,その金員要求に応じないときに
は,V商事及び親会社であるV株式会社(Vグループ)の信用及び業務のみなら
ず,J及びその家族の生命,身体等にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示
して,Jを畏怖させ,よって,同月5日,東京都港区Nj丁目k番l号Oホテルに
おいて,Jから,G及び株式会社P代表取締役であるMを介し,現金5000万円
及びQ銀行R支店支店長Sが振り出した小切手(額面金額5000万円)1枚の各
交付を受け,もって,人を恐喝して財物を交付させた。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1 弁護人の主張
弁護人は,被告人が,V商事代表取締役社長Jから1億円を受領したことは認
めながら,要するに,①被告人は,Jとの直接のやりとりで害悪を告知したことが
ないことはもとより,G及びDを介しても,Jに対して脅迫文言を伝えたことはな
く,脅迫行為は一切しておらず,②被告人は,Vグループの依頼により手形の回収
をしたりその流通を阻止したことから,Vグループからの報酬ないし謝礼として1
億円を受領したものであって,被告人は,無罪であると主張し,被告人もこれに沿
う供述をするので,以下検討する。
2 前提となる事実関係
関係各証拠によれば,本件の経緯等として以下の事実が認められ,これらの事
実については,被告人も,おおむね争わない。
すなわち,Gは,平成7年春ころ以降,阪神大震災に関連した産業廃棄物運搬
等の事業に携わるようになり,大分県中津市にある管理型最終処分場株式会社T
(以下「T」という。)の買収にも関与したものの,買収は失敗に終わった結果,
多額の債務を負うこととなり,厳しい取立てを受けた際,知り合いの暴力団組長か
ら被告人を紹介され,その助力を受けるなどして,被告人との関係を深めた。
一方,V商事では,平成7年7月ころから,Dが取締役営業統括部部長に就任
し,産廃事業への参入準備をしていたところ,平成8年夏ころ,株式会社E代表取
締役Fがその計画に参画することとなり,そのころ,産廃事業計画を通じて,G,
D,Fらが知り合い,同年11月18日,3者の間で業務委託契約書が作成される
に至った。他方,被告人は,GとTの問題にかかわったことを契機として,Tへの
関与を強め,Gの紹介を受けたD,Fと被告人との間で,Tの売買交渉が進んだ。
平成9年2月24日ころ,Fは,Tとの間で,代金5億円でTの営業権を譲り
受ける旨の覚書を作成したものの,資金調達に困難を来し,手形を割り引いて資金
を調達するため,Dが手形行為に関する権限を有していないことを知りながら,D
に対し,約束手形にV商事取締役であるDの裏書や手形の表面にDの肩書を付した
券面保証といった無権限の手形行為をするよう依頼したところ,これに先立ってF
の借金の保証をしていた関係で金に困っていたDはこれに応じ,同年4月ころ,自
ら又はFらに依頼して,数回に分けて,Fが入手してきた約束手形に無権限で裏書
や手形保証などの手形行為をした(以下,Dが無権限の手形行為をした約束手形を
便宜上「D手形」という。)。これらのD手形のうち5億7000万円分は鳥取県
のUに,2億9000万円分は京都市のWに渡り,3億8000万円分は,同年6
月6日ころ,FがXからいわゆる手形の「パクリ」(他人に手形を預けたが,預か
り証をもらうことができなかったという意味)にあい,その手に渡った。
ところで,被告人は,T売買の経過に関与していた関係で,G及びFらから上
記D手形問題を聞き知っていたところ,このころ,G,D及びFは,Fが上記「パ
クリ」にあったことなどから,D手形の問題がV商事の手形スキャンダルとして顕
在化することを何としても阻止したいと考えて,被告人にD手形の回収方を依頼し
た。
そこで,被告人は,この依頼を引き受け,自らあるいは配下のYに指示するな
どして活動を開始し,Xに渡った3億8000万円分は,直ちに取り戻して被告人
の手元に置き,U,Wに渡った合計8億6000万円分については,とりあえずそ
の流通を止めることに成功した。
Jは,同年7月9日ころ,Uや銀行からの問い合わせをきっかけとしてD手形
の問題を知り,Dを問いつめたところ,Dは,当初,その関与を否定していたが,
その後の同月半ばころ,これを認めるに至った。他方,同月13日ころ,被告人
は,JR神戸駅付近にあるIホテルのレストランでGと会い,Gは,翌日ころ,大
阪市北区中之島にあるZホテル地下1階日本料理「α」でJと会い,さらに,被告
人は,同月18日ころ,滞在していた東京都港区βにあるOホテルの自室でGと会
い,数日後,Gは,東京都港区γにあるδホテルの喫茶店でJと会った。また,被
告人は,Dとも面前で又は電話で連絡を取り,Dはその都度Jに報告をした。
同月24日,Jと被告人は,V商事本社裏にある日本料理店「L」で初めて顔
を合わせ,D,G及びPのMとともに会食した。
Jは,同月25日ころ,被告人に1億円を渡すことを決め,内容虚偽の稟議書
を作成させた上,役員会を経て1億円を捻出し,同年8月5日,G及びMを介して
被告人に1億円を渡した。
3 関係各供述の信用性について
(1) 証人Jの公判供述(以下「J証言」という。)
ア 脅迫行為の相手方であり,本件当時,V商事代表取締役社長であったJ
は,公判廷で,以下のとおり供述する。
平成9年7月14日ころ,Zホテルのロビー及び料理店「α」で,Gか
ら,「手形の一部がよからぬところへ行っている。」と聞き,被告人の言葉とし
て,「V商事の対応によっては,手形のスキャンダルをマスコミにばらす。若い衆
を本社にやって取り立てて,業務を妨害する。街宣車を出して,マイクで通行人に
叫ぶ。手形スキャンダルを暴く。一回Jと話したい。」と言っていると聞いた。次
に,同月17日ころ,GがMとともにV商事本社に来て,J以外に,常務2名がい
る場で,被告人の言葉として,「手形のスキャンダルをマスコミにばらす。会社に
取り立てに来る。若い者をよこす。本社の前で街宣車でスキャンダルを叫び,ビラ
をまく。Jに会いたい。」などと聞かされた。更に,同月22日ころ,δホテルの
喫茶店で,G及びMと会い,同様の内容を伝え聞かされた上,「とにかく即,金を
出さんと,大変なことになります。社長自身の身辺にも危険が及びますよ。家族に
も及びますよ。」などと言われた。そして,同月24日夕方,外出先から帰ったと
ころ,G,M及びDから,被告人がすぐ近くまで来ていて,会わざるを得ないと言
われ,やむを得ず,Jと上記3名が被告人と日本料理店「L」で会食する
こととなった。その際,被告人から,「G,Mはうそつきや。わしらの業界もなめ
られたもんやな。わしらボランティアをやっとるんやない。Jさん,誠意を見せな
さい。」などという発言があり,娘や孫の住まいの話も出て,余りいい気持ちがし
なかったが,最後は,よろしくお願いしますと言って別れた。この会談の後,会社
の信用を守るためには,被告人に金を渡して解決するしかないと考えるようにな
り,同月25日,G,M及びDと話し合い,1億円を出すこととしたが,同年8月
2日,更に,Dから,電話で,金を出さないと大変なことになると言ってきた。そ
こで,Dに,役員会で説明できる稟議を作るよう指示し,その結果,同月4日,P
に手付金として1億円を支払う旨の内容虚偽の稟議書を作成し,稟議を経て,同月
5日,Pの銀行口座を経由して被告人に1億円を支払った。
要するに,Jは,平成9年7月14日ころ,同月17日ころ及び同月22
日ころの3回にわたり,Gを介して被告人から脅迫され,同月24日,被告人と直
接面談し,暗に脅迫を受け,その結果として被告人に1億円を支払った旨,ほぼ公
訴事実に沿う供述をしている。
イ このようなJ証言の信用性についてみると,その証言内容は具体的かつ詳
細であり,GやDから被告人の言葉を伝え聞いたときの心情や,被告人の言葉を伝
えるときのGやDの緊張した表情等をありのまま供述したかなり迫真性に富んだ自
然なものである。そして,Jは,被害者の立場とはいえ,暴力団組長である被告人
に,会社が1億円を渡さざるを得なくなった経緯について,社会に知られないまま
2年間も経過し,自己も既に円満退職した時点において,あえて被告人に不利益な
虚偽供述を作出する動機も乏しいことに加え,弁護人らの詳細な反対尋問に全く崩
れていないことなどから,その証言は高い信用性を有するというべきである。
(2) 証人Gの公判供述(以下「G証言」という。)
ア G企画代表者であるGは,公判廷で,Dの不正な手形行為に関与するに至
った経緯等のほか,被告人から,V商事の手形スキャンダルをマスコミにばらすな
どという脅迫文言を同社のJ社長に伝えたこと,被告人に渡す1億円を捻出するた
め,J,D及びMらと相談し,取引があったような架空の伝票作成等を手伝った
旨,Jの供述を裏付ける証言をする。
イ Gの供述は,被告人の脅迫文言をJに伝えるものとして極めて重要な意味
を有するところ,Gは,自分自身の負債処理の問題や,T売却に絡んで被告人に迷
惑を掛けており,被告人から厳しく叱責される立場にあったことなどから,V商事
から被告人に金を出させることによって,自らの窮地を脱したいという動機のあっ
たことは否定できず,その信用性を特に慎重に吟味すべきことは,弁護人が指摘す
るとおりである。
そこで検討すると,Gの供述は,日常業務に関して日々の行動内容等を子
細に記入していた業務日誌(Gの平成9年の日記帳,平成12年押第203号の
1)に忠実に裏付けられたものであって,日時,場所,関係者等の正確性は十分に
担保されているとみることができ,その内容も,Dによる権限なき手形行為という
一連の不正活動の経緯に深く関与したという自己に不利益な事情について認めた上
で,本件に至る経緯,被告人との交渉状況,被告人の言動,関係者の対応等を述べ
たものであり,Gらが依頼したD手形の回収に尽力してくれたことなど,被告人に
有利な事情をも含め,極めて詳細で具体的なものであって,主尋問,反対尋問を通
じて一貫しており,格別不自然なところもない。そして,被告人が,D手形が市中
に流れたり,マスコミに漏れたりすれば大変なことになるなどと言いつつJに面談
を強く求めていた状況等については,証人M及び同Dも,公判廷において,これと
符合する供述をしている。Mは,7月18日のOホテルでのGと被告人の会談に一
部同席し,その後も,被告人と喫茶店で会談した状況について述べているものであ
り,Dは,同月19日,Oホテルに呼びつけられた際の状況について述
べているものであるが,Mは,少なくとも,この時点における被告人の言動等につ
き,殊更虚偽の供述をするおそれがあるとまでは認められず,Dの供述も,おおむ
ね信用できることは後記のとおりであり,Gも,M,Dも,それぞれある意味で
は,被告人に負い目を感ずる事情がないとはいえないものの,被告人との関係やV
商事における立場等が全く異なる上記3名が,同時にあるいは近接した時点におい
て,それぞれ直接体験したこととして上記のような供述をしていることに照らせ
ば,これらの証言は,十分信用することができる。また,これら関係証拠によれ
ば,本件当時,被告人は,経済的に相当ひっぱくした状況にあったことがうかがわ
れるところ,被告人は,前記のとおりGやDらが,被告人にD手形の回収を依頼
し,被告人がそれなりの成果を収めた結果,VあるいはV商事に恩を売ったにもか
かわらず,V商事等から何の見返りもないことに強いいら立ちを覚えていたことは
明らかであって,上記各供述は,これらの事情とも十分整合性を持つものといえ
る。
したがって,弁護人が指摘するその他の諸事情を含めて検討しても,Gの
公判供述は,その信用性に疑いを生じさせる事情があるということはできない。
(3) 証人Dの公判供述(以下「D証言」という。)
ア 当時のV商事取締役営業統括部部長であったDは,平成9年3月ころ,F
から手形保証の要請を受け,同年4月14日ころ,自己が支払保証をした債務の返
済に汲々としていたこともあって,これを了承し,次々と自己の記名印等を用いて
無権限の手形行為を行ったこと,同年6月6日ころ,Fが手形を「パクられた」の
で,被告人に手形を回収してもらいたいと考えて,Gに連絡を取ったこと,前項に
記載した事項を含め同年7月下旬ころ,幾度か被告人からJに会わせろと要求さ
れ,その要求をJに伝えたこと,同月24日の会談後の同月26日ころにも,「J
渋っとんか。まだ分かってないのかな。もう一回,自分が行って説明したろか。」
などと言われ,更に,同年8月4日にも,電話で,「今更できませんじゃ,ただじ
ゃすまんぞ。Jにもよく言っとけ。」などと大声で怒鳴られ,すぐにJに伝達した
ことなどを公判廷で証言する。
イ D証言の内容は,相当程度に具体的かつ詳細であり,被告人から厳達を受
けたときの心情等について,実際に体験したものでなければ供述することができな
いような迫真性,体験性に富んだものである。加えて,自らがFの依頼により無権
限の手形行為に及んだ事実及びその経緯等,犯罪行為とも評価されかねない自己に
不利益な事実や,被告人がDらの依頼にこたえてD手形の一部を回収してくれた状
況といった被告人にとって有利な事情を含め,整合性のある供述をしており,反対
尋問にも揺らいでいないこと,被告人からの電話による脅迫文言をJに伝えた状況
等について,前記のとおり信用できるJ及びGの各証言等の関係証拠とよく符合し
ていることなどの事情を総合すると,少なくとも関係各証拠と符合する範囲におい
て,D証言は十分信用することができる。
4 検討
(1) 恐喝の実行行為及び被告人の故意について(弁護人の主張①)
ア 前記2で認定した事実関係に加え,前記3で検討したとおり信用すること
ができる関係各供述を総合すると,被告人はG及びDを介して,判示のとおりの文
言を告知しているところ,Jは,被告人が日本最大の暴力団組織である五代目A組
の直参組長であることを知っていたのであり,そのような被告人から,判示のとお
り会社のスキャンダルを暴露する,J自身のみならずその親族の生命,身体に危害
を加えかねないなどという内容の文言を告知されたのであるから,Jが,自己又は
親族の生命,身体の安全を憂慮することはもちろん,V商事代表取締役社長とし
て,会社のスキャンダルが露見することにより同社の信用が低下することを危惧
し,何としてでもそれを回避するための行動を起こそうとすることは当然であっ
て,被告人の告知した文言は,社会通念上,相手方を畏怖させるに足りる程度の害
悪の告知であることは明らかである。
そして,被告人が「Jさん,誠意を見せなさい。」などと申し向けて,暗
に金員を要求し,その後被告人がV商事から1億円を受領したことに照らすと,上
記の脅迫が金員の喝取に向けられたものであることもまた明らかであるから,その
行為は恐喝罪に該当し,また,被告人は自己の行為を具体的に認識していたと認め
られる以上,被告人に恐喝罪の故意があったことも優に認めることができる。
イ 弁護人は,被告人は一切脅迫文言を告知しておらず,恐喝の故意もないと
主張し,被告人もこれに沿う供述をするのであるが,被告人の弁解供述は,先に検
討したとおり信用することができるJ,G及びDの各証言と,被告人が判示のとお
りの脅迫文言を告知したという本件罪体の核心部分において全く異なっており,
J,G及びDの各証言と対比して信用することができず,この被告人の弁解供述を
前提とする弁護人の主張も採用することができない。
(2) 権利行使の主張について(弁護人の主張②)
ア 次に,弁護人は,被告人は,G及びDらから依頼されたD手形の回収等の
活動を実際に行い,D手形問題を無難に処理したのであって,D自身,D手形のサ
ルベージには当然高額の謝礼をする必要があると認識していたことからも,被告人
にV商事に対する報酬ないし謝礼の請求権があることは当然であって,その額も1
億円を下らないなどと主張し,被告人もこれに沿う趣旨の供述をする。
イ そこで検討すると,なるほどDが平成9年6月20日ころ作成した「私の
お願い事項」と題する手書きの書面(平成12年押第203号の符号13「透明フ
ァイル1冊」に在中。)には,「締括り」として「B会長への感謝の表示→別途協
議」の記載があり,また,D自身,公判廷において同趣旨の証言をしていることか
ら,Dが被告人に対してなにがしかの金銭的謝礼を支払う意思があったことがうか
がわれる。
しかしながら,①上記の「私のお願い事項」と題する書面には,V商事を
退職するとか,Fの債務の支払保証をした金を被告人において立て替えて支払って
ほしいなどといったDの個人的な意見ないし要望等が記載されているにすぎず,こ
の記載をもって,被告人のV商事に対する報酬請求権が基礎づけられるものではな
いこと,②被告人にD手形の回収を依頼したのは,G及びDらであって,当時Dは
V商事取締役ではあったが,Dに代表権がなかった以上,被告人がDらからの依頼
を引き受けたからといって,被告人とV商事との間には何らの委託関係やそれに基
づく債権債務関係が発生するわけではないこと,③Dらが,D手形問題,すなわち
一連の無権限の手形行為という不正行為を行ったことに対する事後処理として本件
手形回収等を被告人に依頼したという経緯及び金融ブローカー等に転々流通を始め
たD手形を内密に,かつ,正当な法的手段によらずして回収してほしいという依頼
の趣旨は,いずれも本来的に脱法的色彩が強いことに加え,④被告人は,本質的に
反社会的犯罪集団である暴力団五代目A組直参組長という自己の地位,権勢を利用
して,本件手形回収等の活動を行ったもので,被告人の手形回収等の
活動自体,反社会的な要素が強く,社会通念上正当なものとは言い難いことなど,
関係証拠により認められる事情を総合して考慮すると,被告人が依頼者であるG及
びDらから,自発的に供与された道義的な意味での報酬ないし謝礼を受領すること
はともかく,被告人が民事法上の請求権として,本件手形回収等の委託関係におい
ては第三者に当たるV商事に謝礼等の支払を求め得るものではなく,結局,被告人
が,Jに対してはもとより,V商事ひいてはVグループに対して,社会通念上正当
な権利を有しているとは到底認めることができない。
なお,Jは,平成9年7月半ばころ,DからD手形問題への関与を告白さ
れた際,Dに手形回収を指示しているが,この事実をもってしてもV商事から被告
人に手形回収等を依頼したとは認められず,上記認定を何ら左右しない。
そして,仮に被告人がそのような正当な権利を有していると考えていたと
しても,被告人が本件に関与するに至った経緯及び被告人の現実の活動内容等に照
らして,被告人が,正当な権利を有すると確信するための前提となる事実関係に何
らの錯誤も認められない上,被告人自身,前記のような言辞を用いたとすれば,恐
喝に当たり違法であると当公判廷で供述していたのであって,正当な権利行使とし
て違法性が阻却されるとは到底認めることができない。
ウ 小括
したがって,本件において弁護人が主張するような報酬ないし謝礼請求権
は認められず,本件恐喝罪の違法性が阻却される余地はない。
5 結論
以上のとおりであって,判示の恐喝の犯罪事実はこれを優に認定することがで
きる。
(法令の適用)
被告人の判示行為は刑法249条1項に該当するところ,その所定刑期の範囲内
で被告人を懲役4年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中750日を
その刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文によりこれを
被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,暴力団五代目A組の直参組長である被告人が,被害者であるV商事株
式会社の当時の一取締役が無権限で裏書,券面保証の手形行為をした約束手形の回
収等の活動を行ったことを契機として,同社代表取締役社長を脅迫し,その結果,
同社から現金5000万円及び小切手1枚(額面金額5000万円)の合計1億円
を喝取したという巨額企業恐喝の事案である。
2 量刑上考慮した事情
(1) 不利な事情
被告人は,暴力団五代目A組の現役の直参組長であり,本件はその地位,権
勢を最大限に利用して,金融ブローカー等の手に渡った手形の回収等の活動を行
い,うち一部の手形を手にしたことなどを奇貨として,東証1部上場企業の子会社
である被害企業から,合計1億円もの巨額の金員を喝取したもので,その犯行態様
は悪質であって,結果も極めて重大である。
そして,被告人は,V商事から喝取した1億円を,ギャンブルによる借金の
返済等に全額費消したというのであり,現時点においても,被害者に対して何ら被
害弁償がなされていない。
また,被告人は,捜査段階から公判段階に至るまで,暴力団組長である自分
が手形回収等の活動をした以上,当然高額の報酬ないし謝礼を請求する権利がある
などと,暴力団構成員特有の理屈に基づく身勝手な弁解に終始しており,反省の情
はうかがうことができない。
加えて,被告人は,昭和35年から平成6年までの間に,窃盗,恐喝,犯人
蔵匿,賭博開帳図利,賭博,貸金業法違反,出資法違反による前科合計8犯を有
し,これまでに3回服役したにもかかわらず,本件犯行に及んだものであり,何よ
りも被告人が長年反社会的犯罪集団である暴力団の組長としての活動を続け,現
在,暴力団五代目A組の直参幹部であることからすると,被告人の犯罪性向は極め
て強固であると認められる。
このような事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
(2) 有利な事情
しかしながら,他方,被告人は,前判示のとおりの本件犯行に至る経緯にお
いて,G,D及びFらの依頼を受け,Dによる無権限の手形行為の事後処理とし
て,D手形の回収等の活動を行った結果,現実に手形の流通を阻止して相応の成果
を上げ,結局手形スキャンダルは露見しなくて済んだのであり,本件犯行に至る経
緯における被告人の活動は,結果的に被害者であるV商事ひいてはVグループ全体
に対して,手形スキャンダルによる信用低下を回避させ,相当の利益をもたらした
もので,被告人にD手形回収等を依頼したGらの期待にこたえるものであったこと
のほか,V商事社長のJをはじめとする被害者であるV商事側の思わくと必ずしも
矛盾するものではなかったとうかがえることなど,被告人にとって有利な事情も認
められる。
3 結論
以上諸般の事情を総合して考慮し,被告人に対して,主文の刑を科することと
した。
(求刑・懲役8年)
平成15年6月19日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官   笹野明義
裁判官   浦島高広
裁判官   谷口吉伸

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また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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