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裁判例


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主文
 1 原判決中被控訴人国敗訴の部分を取り消す。
 2 上記取消しに係る部分の控訴人A及び同Bの被控訴人国に対する請求をいずれも棄却する。
 3 控訴人A及び同Bの本件控訴をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用は第1,2審を通じ控訴人A及び同Bの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
(控訴人A及び同B〔以下「控訴人ら」という。〕)
 1 控訴の趣旨
  (1) 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
  (2) 新潟県知事が,控訴人Aに対し平成10年11月30日に,控訴人Bに対し平成11年3月23日に,それぞ
れ行った障害基礎年金を支給しない旨の決定をいずれも取り消す。
  (3) 被控訴人国は,控訴人らそれぞれに対し,原判決認容額のほか1300万円を支払え。
  (4) 訴訟費用は第1,2審を通じ被控訴人らの負担とする。
  (5) (3)につき仮執行宣言
 2 被控訴人国の控訴の趣旨に対する答弁
  (1) 被控訴人国の控訴をいずれも棄却する。
  (2) 控訴費用は被控訴人国の負担とする。
(被控訴人長官)
 1 控訴人らの控訴の趣旨に対する答弁
  (1) 控訴人らの控訴をいずれも棄却する。
  (2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
(被控訴人国)
 1 控訴の趣旨
   主文第1,2及び4項同旨
 2 控訴人らの控訴の趣旨に対する答弁
  (1) 控訴人らの控訴をいずれも棄却する。
  (2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
 1 控訴人Aは,昭和62年6月25日に,控訴人Bは,昭和63年1月5日に,いずれも事故により障害を負った
者であるが,いずれも,当時,昭和60年法律第34号による改正後の国民年金法(以下「昭和60年法」という。)
7条1項1号イの規定により国民年金法の強制適用から除外されていた20歳以上の学生であり,また,国民年金への
任意加入をしていなかった。
   控訴人らは,新潟県知事に対し障害基礎年金の裁定請求を行ったが,支給要件を欠くことを理由に,控訴人Aに
対し平成10年11月30日,控訴人Bに対し平成11年3月23日,障害基礎年金を支給しない旨の処分(以下「本
件各処分」という。)がされたため,20歳以上の学生を国民年金法の強制適用から除外し,また,無拠出制の障害福
祉年金又は障害基礎年金を受給できる対象から除外していた各規定等が憲法14条,25条,13条,31条に違反し
無効であるなどと主張し,本件各処分についての権限を新潟県知事から委譲された被控訴人長官に対し本件各処分の取
消しを求めるとともに,被控訴人国に対し立法不作為等の違法があったとして,国家賠償として各2000万円の支払
を求めた事案である。
 2 第1審裁判所は,昭和60年法の下で,20歳以上の学生が国民年金法の強制適用から除外されていた規定によ
り,20歳以上の学生とそれ以外の20歳以上の国民との間で生じた区別は,合理的な理由のない差別であり,同規定
は憲法14条1項に違反するとしたうえで,憲法違反の効果として直ちに障害基礎年金の支給が認められるものと解す
ることはできず,昭和60年法所定の支給要件を満たさない以上,控訴人らに対し本件各処分がなされたのはやむを得
ず,その取消請求には理由がないが,上記区別が憲法14条1項に違反する著しく不合理な差別であることは明白であ
り,このような立法をなし,あるいはこれを正さなかった立法作為又は不作為については,国家賠償法上違法の評価を
免れ得ないものであり,過失も認められるとし,損害額として控訴人らそれぞれにつき700万円が相当であるとし
て,その限度で控訴人らの被控訴人国に対する請求を認め,その余の請求を棄却した。
 3 これに対し,控訴人らは,原判決が上記規定の違憲性を認定しながら,その効果として直ちに障害基礎年金の支
給が認められるものと解することはできないとして,本件各処分を取り消さなかったことには法令の解釈適用の誤りが
あり,また,国家賠償請求の認容額が低きに失し,相当でないとして,控訴人ら敗訴部分の取消しを求めて,控訴を申
し立てた。また,被控訴人国も上記規定が憲法に違反することはなく,昭和60年法に係る立法行為が国家賠償法上違
法とされる余地もないとして,同被控訴人敗訴部分の取消しを求めて,控訴を申し立てた。
 4 「前提となる事実」,「障害年金,障害福祉年金,障害基礎年金に関する国民年金法の規定」及び「本件の争点
と争点に関する当事者の主張」は,原判決36頁18行目の「学生納付特例制度が必ずしも」を「学生納付特例制度の
みが必ずしも」と改め,以下のとおり当審における主張を付加するほか,それぞれ,原判決の「事実及び理由」中の第
2の1「前提となる事実」,同第2の2「障害年金,障害福祉年金,障害基礎年金に関する国民年金法の規定」及び同
第3「本件の争点と争点に関する当事者の主張」(争点①昭和34年法及び昭和60年法が憲法14条,25条に違反
するか否か,争点②本件各処分が憲法13条,31条に違反するか否か,争点③本件適用外規定及び本件20歳前障害
規定を合憲解釈して,控訴人らに障害基礎年金の受給資格を認めることができるか否か,争点④被控訴人国が国家賠償
責任を負うか否か)に記載のとおりであるから,これを引用する。
  (1)ア はざま差別による違憲性に関する控訴人らの主張
     本件適用除外規定及び本件20歳前障害規定はいずれも不合理なものであり,憲法違反を免れ得ないが,い
ずれにしても,本件においては,規定の合理性,不合理性を個別的に判断することは適当ではない。制度全体として,
20歳以上の学生に対しては,国民年金への強制適用の措置を採るか,あるいは20歳未満の者同様に無拠出制年金と
しての受給を認めるか,いずれかの措置により障害基礎年金を受給できるようにすべきであったにもかかわらず,この
ような措置が採られることなく,20歳以上の学生が制度のはざまに置かれ,20歳以上の学生ではない者及び20歳
未満の者いずれと比べても不利な立場に追いやられたこと自体が憲法14条違反となるものである。
   イ 上記アに対する被控訴人国及び同長官(以下「被控訴人ら」という。)の反論
    そもそも,20歳前障害規定は,社会保険制度である国民年金の加入年齢に達せず,国民年金の被保険者と
はなり得ない者が障害を受けた場合に,無拠出の障害年金を受給させようとする社会福祉制度であり,社会保険制度と
は趣旨・目的を異にする別個の制度である。国民年金の加入年齢に達するも,強制適用の対象から除外され,加入が任
意とされていたため,これに加入せず,障害を受けても障害年金を受給できない20歳以上の学生等が結果的に存在し
たとしても,本件適用外規定及び20歳前障害規定のそれぞれに合理性がある以上,これを「はざま差別」であるなど
として違憲であるということはできない。
  (2) 学生等の保険料負担問題に関する被控訴人らの追加的主張
ページ(1)
    学生等の保険料負担問題については,平成元年改正により学生等が強制適用の対象とされた際に,なお検討を
要するとして附帯決議がされて以降,平成3年における「学生たる被保険者に係る保険料免除基準」(平成3年1月3
0日付け庁保発第2号)による免除制度の新設やその実施により具体化した問題点の検討を経て,平成12年法改正に
より学生納付特例制度が創設され,従来の免除制度から納付の猶予・追納制度に改められるに至ったものである。この
ように,平成元年改正以降の経緯を踏まえても,学生等の保険料負担問題に関する国の対応は,国民年金制度の趣旨,
国民年金法における体系的な整合性,国民生活の実態,社会通念等を考慮し,そのときどきの政策的判断を経てされて
きた性格を有するものであり,この道理は,平成元年改正以前も同様であって,かつ,そのそれぞれの判断には何ら不
合理な点はなく,国会の広範な裁量の範囲内にあることは明らかである。
  (3) 違憲の規定に基づく行政処分の効力に関する控訴人らの主張
    原判決は,本件適用外規定が憲法14条1項に違反するとしても,憲法違反の効果として直ちに障害基礎年金
の支給が認められるものと解することはできず,昭和60年法所定の支給要件を満たさない以上,控訴人らに対し本件
各処分がなされたのはやむを得ず,その取消請求には理由がないと判断したが,本来,裁判所は,被保険者要件がない
ことを理由としてなされた本件各処分が違法か否かを判断し,違法であればこれを取り消せば足りるのであり,被保険
者要件以外の要件を充たしているか否か,最終的に支給処分をなすべきか否かといった判断をする必要はない。したが
って,本件各処分に違法事由がある以上,端的に処分を取り消して,控訴人らに新たな裁定を受ける地位を回復させる
べきであり,これを怠った原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあり,取消しを免れない。
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所は,老齢者扶養対策としての老齢年金が制度の中心に据えられ,保険料納付の負担と稼得能力との調整
を必要とするという国民年金制度の特質に照らし,本件適用外規定及び本件20歳前障害規定は,いずれも一定の合理
的理由が認められないものではなく,これらの存在により控訴人らのような20歳以上の学生等が,他の国民と異な
り,任意加入しない限りは,障害基礎年金を一切受給できないという状況が生じたとしても,稼得能力という観点から
見て,これらの学生等を他の国民と類型的に区別して評価することが著しく不合理であるとは認められず,さらに,任
意加入制度が存在していたことをも勘案すれば,その立法当時の一般的な国民生活の状況や稼得能力及び保険料負担の
実態,世論等の社会情勢,国の財政事情等にかんがみそれなりの合理性があったものであるから,これをもって直ちに
憲法14条に違反する不合理な差別であると認めることはできないし,これらの立法が立法府の合理的な裁量判断の限
界を超えていると認めることもできないと判断する。
   また,本件適用外規定及び本件20歳前障害規定の存在により,控訴人らのような20歳以上の学生は,他の国
民と異なり,任意加入しない限りは,障害基礎年金を一切受給できなくなるのであるから,被控訴人らは,任意加入制
度につき十分な周知広報活動を行うことが望ましかったといえるものの,対象者が一般的に制度を認識し得る環境が存
在すれば足りるというべきであり,対象者に対する個別の通知等をすべき法律上の根拠もなく,不法行為法上の義務が
あると認めることは相当でない。本件においては,必ずしも周到な周知広報活動が尽くされたとはいい難い点があるも
のの,県や市の広報誌における広報等が存在した以上,少なくとも最低限の制度運用の合理性水準は満たしていると認
められ,これをもって,憲法14条1項違反を根拠付ける要因にもならないし,それ自体に違法性を認めることもでき
ない。
   その理由は,以下のとおりである。
 2 「国民年金法の制定及び改正の経緯」及び「控訴人らの生活状況及び任意加入しなかった経緯並びに県市等の広
報」について
原判決58頁26行目の「加入する者が非常に多い」を「加入する者が少なくない」に,同69頁18行目の「
平成元年改正の経緯(甲54,乙19,24の1,47)」を「平成元年改正及びそれ以降平成12年改正までの経緯
(甲54,乙19,24の1,47,53,56ないし63)」に,同73頁6行目の「合意を発表したが,現段階で
は同法案は成立していない。」を「合意を発表し,平成16年12月3日に『特定障害者に対する特別障害給付金の支
給に関する法律』が成立した。」にそれぞれ改め,同70頁26行目と同71頁1行目との間に以下のとおり加えるほ
か,原判決53頁1行目冒頭から78頁2行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。
  「エ 平成元年以降平成12年改正時までの保険料負担問題に係る立法経緯の詳細や国会における審議状況は以下
のとおりである。
    ① 平成元年法改正から平成3年4月施行までの間
 (ア)平成元年法により20歳以上の学生等についても,国民年金の強制適用の対象とされたが,その際にも
なお類型的に見て稼得活動に従事せず,所得のない者に保険料納付義務を負わせることの当否が問題とされ,強制適用
とした場合には親に保険料を負担させる結果となること,多くの未納者が生じるおそれもあること,強制適用の対象と
した上保険料を免除した場合,学生等と同世代で稼得活動に従事し保険料を負担している者との公平を欠くことなどの
問題点が指摘された。そして,学生等の保険料負担の問題については,なお十分な検討を要するとして,負担が過大な
ものとならないよう保険料の免除基準につき適切な配慮を行うべき旨の附帯決議がされた。
 (イ)その後,平成元年法の施行前に,学生等の保険料負担問題の解決策が議題とされ,そこでは,類型的に
稼得活動に従事していない学生等に保険料を負担させると,結局,親に保険料納付の負担を負わせる結果になることや
多くの未納者が生ずることなどが懸念されたが,他方,学生等に対し保険料納付を一律に免除することについては,経
済的に裕福な学生等も存し,国民年金制度の趣旨に反する旨の見解が示された。
       そこで,学生等については,一般の者に適用される免除基準(「保険料免除の取扱いについて」昭和3
5年6月13日年発第200号・都道府県知事あて厚生省年金局長通達)とは異なる『学生たる被保険者に係る保険料
免除基準』が新たに設けられた。これは,学生等が一般的に親元に扶養されていることから,学生等の保険料負担能力
を親元世帯の所得で判断することとし,さらに親が学費等で既に相当程度の経済的負担をしていることをも考慮して免
除の基準となる所得額を他と比べて高額とし,免除基準について,一般の者に適用されるものよりも緩和するものであ
った。
    (ウ)この『学生たる被保険者に係る保険料免除基準』に対しては,親が子の老齢年金の保険料を負担するこ
とを前提としている点について疑問も出された。その疑問に対しては,国民年金法においては,保険料の負担能力を世
帯単位でも判断し,世帯主がその世帯に属する被保険者の保険料を納付する義務を負っていること(現行法88条2項
参照),学生等は,一般に親に扶養されている場合が多く,保険料の負担能力については,同居別居を問わず,親の所
得をも考慮することが社会通念に合致することなどから,世帯単位でみて保険料の負担能力があれば,保険料を負担さ
せるのが適当であるとの意見が示された。
    ② 平成6年改正時
    (ア)平成6年改正時には,学生等の保険料を親が負担しているため家計を圧迫しているとして,負担軽減の
措置を講ずる必要が指摘され,これに対し,国会参議院厚生委員会において『学生たる被保険者に係る保険料免除基
準』は,一般の免除基準に比して相当免除基準が緩和されており,年金教育資金貸付制度の創設に当たって,学生等の
保険料をも融資対象にするなど,納付促進を図る旨の答弁がされた。
    (イ)また,学生等を強制適用の対象とした平成元年改正から5年経過し,平成3年4月の施行以降の運用状
況が議題とされた際,学生等の保険料納付が過大な負担となっており,これが多数の未納者を生ずる原因となっている
可能性があるとして,負担軽減のため,更に免除基準を緩和すべきであるとの意見が出された。これに対し,『学生た
ページ(2)
る被保険者に係る保険料免除基準』は,親元世帯の収入が,学生等を抱える世帯における全国の平均的な消費支出,学
費等の水準に達しない場合には保険料を免除することとしており,一般の免除基準より緩やかなものとなっていること
が指摘され,今後,実態に即して免除基準を改善していくこと,広報の強化,年金教育資金貸付制度による保険料の貸
付けなどにより加入・納付促進を図る旨の見解が示された。」
3 昭和34年法及び昭和60年法が憲法14条に違反するか否か(争点①)について
  (1) 控訴人らは,本件適用外規定が,20歳以上の学生等を国民年金の強制適用の対象から除外して保険料免除の
余地をなくしているという点で他の20歳以上の国民と差別し,かつ,本件20歳前障害規定が,20歳以上の学生等
を無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障害福祉年金)を受給できる対象から除外している点で20歳未満の
国民と差別し,その双方との差別の結果,類型的に稼得能力がないために保険料の納付が困難な学生等に対して,「2
0歳以上の学生等」でなければ受給できたはずの障害基礎年金を一切受給できないという著しく不合理な差別(年齢及
び社会的身分による差別)が生じているから,昭和34年法及び昭和60年法は憲法14条1項に違反すると主張す
る。
  (2) 憲法14条1項は法の下の平等の原則を定めているが,この規定は合理的理由のない差別を禁止するものであ
って,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けること
は,その区別が合理性を有する限り,何らこの規定に違反するものではない(最高裁判所大法廷昭和39年5月27日
判決民集18巻4号676頁)。法的取扱いに区別を設けた立法が憲法14条1項に違反するか否かについては,その
立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,立法府に与えられ
た合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1
項に反するものということはできないと解される(最高裁判所大法廷平成7年7月5日決定民集49巻7号1789
頁)。
    そして,本件適用外規定は,20歳以上の学生等を,20歳以上の学生等(なお,昭和34年法では被用者保
険被保険者の配偶者らも除外された。)を除く国民と区別し,本件20歳前障害規定は,20歳以上の学生等を20歳
未満の国民と区別しているのであり,また,これらの両規定が併存することにより,20歳以上の学生等のみが,20
歳未満の者が対象となる障害基礎年金を受給できないにとどまらず,20歳以上の者が対象となる障害基礎年金につい
ても,保険金免除の利益を受ける可能性を奪われ,任意加入しない限り受給できないという不利益を受けることにな
る。したがって,これらの立法が憲法14条1項に違反するか否かは,その立法理由に合理的な根拠があるか否か,総
合的観点に立って,その区別が立法理由との関連で著しく不合理であり立法府の合理的な裁量判断の限界を超えている
といえるか否かによって判断すべきである。そこで,引用に係る原判決の認定の「国民年金法の制定及び改正の経緯」
に照らして,これらの規定の立法理由及びその合理性について検討する。
  (3) 本件適用外規定の立法理由
   ア 立法理由
     前記のとおり,昭和34年法において,学生が国民年金法の強制適用の対象から除外されたのは,国民年金
制度が拠出制年金を基本とすることから,類型的に稼得活動に従事していないと考えられる者について,強制適用の対
象とし保険料納付義務を負わせることには問題があると考えられたこと,学校を卒業し社会に出た後は被用者年金制度
に加入する者が非常に多いと考えられたこと,仮に強制適用の対象とした場合,学生である間は保険料を納付させ,卒
業後,就職して被用者年金制度に加入した場合には国民年金の対象者からはずれることとなり,多くの場合に結果とし
て保険料が掛け捨てとなることも考慮されたことによる。
     さらに,昭和60年改正によっても,学生等が国民年金法の強制適用の対象とされなかったのは,類型的に
稼得活動に従事することなく所得のない者を強制適用の対象とすることの適否について議論の決着がついていなかった
こと,仮に強制適用の対象とした場合,学生等は一般に親により扶養されていることから,既に学費を始めとして相当
の負担をしている親の負担が更に増大すると考えられるが,これについて国民の合意が得られるのかという問題の整理
が必要であったこと,他方,学生等が全く年金制度から排斥されているわけではなく,任意加入をすることにより自ら
問題を回避することができることも考慮されたからである。
     すなわち,昭和34年法において本件適用外規定が定められ,昭和60年法においても同規定が削除されな
かった主な理由は,拠出制を基本とした国民年金制度を前提とすると,類型的に稼得活動に従事せず所得のない学生等
を強制適用の対象とした場合,その本質に反するのではないかという理論的な問題のほか,実質的な問題として,学生
等の親の負担が増大するという点が懸念されたことにある。これに加えて,昭和34年法制定時には,学生は卒業後被
用者年金制度に加入することが多いので,そのような場合には,国民年金法を強制適用させる必要性に乏しく,また,
保険料が掛け捨てになることが考慮されたものである。昭和60年法では,各種公的年金制度共通の基礎年金制度が導
入されたことにより,保険料の掛け捨て問題が完全に解消されたので,専ら前者の理由,すなわち拠出制の制度におけ
る学生等の保険料負担問題が考慮されたものである。
   イ 拠出制を基本としたことの合理性
    ① 前記のとおり,国民年金制度を創設するに当たり,拠出制と無拠出制のいずれを基本にするかについて
は,大きな問題として検討されたが,昭和34年法では,(ア)自ら保険料を納付し,その納付金額に応じて年金を受領
するという仕組みをとることによって,老齢のように予測できる事態に対しては,自らの力でできるだけの備えをする
という原則を堅持することが,制度の健全な発展にとって不可欠の前提と考えられたこと,(イ)無拠出制を基本とした
場合,我が国のように老齢人口の急激な増加が予想される社会においては,将来の国の財政負担が膨大なものとなり,
将来の国民に過度の負担を負わせることになりかねず,また,その時々の国の財政事情に給付が左右され,安定的な運
営ができないこと,(ウ)無拠出制を基本として上記(イ)の事態を避けようとすれば,年金額などの制度の内容は社会保
障の名に値しないほどに不十分なものにならざるを得ないことを大きな理由として,拠出制を基本とすることとなっ
た。ただし,制度発足時点において既に高齢や障害等の事故が発生している者,他制度から移行したこと等により加入
期間が短いため拠出制の年金の支給要件を満たすことのできない者,所得能力が低いため保険料を納めることのできな
い者に対して,全額租税財源による無拠出制の年金を支給するか否かについては,(ア)当時の社会状況,すなわち,戦
争によって財産を失い,扶養者を亡くした老齢者,障害者及び母子世帯が多数存在するという状況に照らし,生活の資
を得る術を失ったこれらの者に年金的保護を及ぼす必要性が高いとされたこと,(イ)年金額のうち3分の1は国庫負担
とされているところ,保険料の支払能力のない者は,その援助を受けられない結果となり,公平を失すること,(ウ)多
数を占めるこれらの者に年金を支給することによって,結果的に国民年金制度を広く普及させる効果が期待できるこ
と,(エ)公的扶助制度のみによると,扶助の水準は最低生活水準とされてしまうことなどを理由として,経過的,補完
的かつ限定的なものとして拠出制年金より低額の福祉年金を給付することとされたのである。
      このように,国民年金制度が拠出制を基本としたのは,将来にわたり制度を安定的に運営し,かつ,一定
程度の給付水準を維持するためには,将来予想される人口の老齢化を見据え,国の財政負担すなわち国民の税負担が過
度なものにならないよう別の財源を確保する必要があったからであると考えられるから,このような判断には合理性が
認められるというべきである。
      そして,被保険者を20歳以上60歳未満の国民としたのは,年金制度が労働能力を減損した場合の保障
を本質とし,被保険者はこれに備えるために保険料を拠出すべき義務を負うのであるから,被保険者は,労働能力を持
つ者,すなわち,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者であると考えられたからであり,その範囲を画するに当た
ページ(3)
り,雇用関係を前提としない稼得活動従事者を対象とする国民年金制度においては,一般に就労していると考えられる
年齢により一律に区分することとしたものであり,それ自体は,制度設計上の一つの選択として容認されるべきもので
ある。
    ② この点について,控訴人らは,昭和34年当時から,実際に就労していない自営業者の配偶者も強制適用
の対象とされているのに対し,20歳未満の自営業者は稼得活動に従事していても国民年金の対象とはされていないこ
と,失業者等の保険料納付が困難な者に対して保険料免除を認めていることからすると,国民年金法の基本構造は,現
実の就労の有無を問わず,20歳以上の者は稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者として強制適用の対象とし,
現実的に就労しておらず保険料を納付できない者に対しては保険料免除で対応することにしたものと認められ,また,
20歳未満の者も障害福祉年金の対象という形で国民年金制度に取り込まれていたことからすると,国民年金制度は,
現に稼得活動に従事する者のみに対する保障を本質とするものではないと主張している。
      確かに,前記のとおり,国民年金制度においては,雇用関係が前提とされていないため,被保険者資格を
雇用関係の有無によって決することができず,一般に就労していると考えられる年齢を20歳以上とし,これにより一
律に区分することとしたのであるから,現に稼得活動に従事する者のみを対象とした制度ではないという点について
は,そのとおりである。しかしながら,被保険者資格の設定は,技術的,政策的な側面を強く有するものであり,被保
険者資格を雇用関係の有無によって決するものとはされていないとしても,そのことをもって,国民年金制度が稼得活
動従事者に対する保障を本質とするものであることは前記①で述べたとおりである。なお,控訴人らは,20歳未満の
者が国民年金制度の対象となっていることをもその立論の根拠にしているが,国民年金法は,20歳の前と後で被保険
者資格を明確に区別し,20歳未満の者は被保険者にはなりえないため,あらかじめ障害といった事故に対する備えを
することが不可能であるから,福祉的施策として障害福祉年金を支給することとしたもので,20歳以上の者とは趣旨
の異なる制度の対象とされているのであって,このような20歳未満の者の取扱いは,国民年金制度が稼得活動従事者
に対する保障を本質にすることを否定する論拠にはなり得ない。
   ウ 学生等を強制適用の対象外としたことの合理性の欠如の有無
    ① 国民年金法が,学生を強制適用の対象から除外し,任意加入制度の対象にとどめたのは,国民年金は,本
来稼得活動に従事して一定の所得を上げ得る者を対象者として予定しており,被保険者は,保険料納付義務を負うこと
になるため,類型的にみて稼得活動に従事していない学生に保険料納付義務を負わせることには問題があると考えられ
たためであり,また,大学教育を受けた学生は,卒業後,被用者年金制度に加入する場合も少なくないと考えられたた
めであると認められる。すなわち,学生は類型的にみて稼得活動に従事しておらず,学生自身には保険料負担能力が乏
しいため,学生を強制適用の対象とすれば,その親が保険料を負担する結果となり,親にとっては学費の負担が家計を
大きく圧迫している上に,更なる保険料の負担が加わること等の問題があったものと認められる。
    ② 他方,学生等を強制適用とした場合,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を負わせることにな
り,稼得活動従事者に対する保障という国民年金法の本質に合致しないことになるかについても検討する。
      この国民年金法の本質については,前記のとおり年金制度が稼得能力の減損に対する保障を本質としてい
ることや,控訴人らの主張するとおり,現実に就労していない20歳以上の者でも国民年金法の強制適用の対象となっ
ていることからすると,現に稼得活動に従事している者に対してのみ保障を及ぼすという趣旨にとらえるべきではな
く,稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者に保障を及ぼす趣旨と考えるべきである。
      そうすると,学生等については,類型的に稼得活動に従事していない者と認められるが,稼得能力の減損
に対する保障という観点からすると,学生等であった期間に障害を負った場合は,将来にわたって稼得能力の減損が生
じるのであるから,障害年金に関しては,学生等に対しても稼得能力の減損に対する保障を及ぼすことは考えられない
わけではないし,学生等に保険料納付義務を負わせるとしても国民年金法の本質に反するとはいえないものである。
    ③ しかしながら,前記のように,国民年金制度の中心が老齢年金にあることや,学生等が類型的に稼得活動
に従事していない者と認められ,現実に稼得能力のない学生等に対して,保険料納付義務を負わせることには不都合が
あること等に照らせば,国民年金法の下の障害年金につき学生等に保険料納付義務を負わせることなく,任意加入に委
ねることとしても,これが著しく不合理であるということはできない。また,就業構造における被用者の割合をみる
と,昭和35年当時は43.5パーセント,昭和56年当時は72.3パーセントであったこと(甲49)からする
と,前記のとおり,学生等は,卒業後被用者年金制度に加入する場合が少なくないと推測できるし,学生等が20歳到
達以降,稼得活動に従事し年金制度の強制適用の対象となるまでの間は通常短期間であり,障害という保険事故発生頻
度も少ないこと(乙19)は当時の立法事実として認められるところである点も,障害年金につき学生等を国民年金の
強制適用の対象としないことが著しく不合理であるとはいえないことを裏付ける事情となり得る。強制適用の対象外で
ある学生であっても,年金による保障を厚くしたいと望む者に対しては,任意加入制度が用意されていたのであり,そ
の加入要件は厳しくなく,望めば容易に加入できたのであるから,この任意加入制度の存在は,本件適用外規定の存在
を支えるものとして,重要な意味合いを有するものといえる。
    ④ なお,控訴人らは,学生等に保険料納付義務を負わせるとしても,保険料の免除を認めることにより,不
当な結果を回避することができる旨主張する。しかしながら,20歳に達したにもかかわらず稼得活動に従事すること
なく,大学生であることを自ら選択した学生等に対し,保険料を免除した上,障害年金を給付することは,20歳に達
して稼得活動に従事し保険料を負担している国民と比べると,学生等のみを優遇するものとなりかねず,不公平を生
じ,不合理な結果となることは,十分認め得るところである。保険料負担問題に係る立法経緯の詳細等に関する前記認
定のとおり,学生等の保険料負担問題については,種々の見解が対立し,平成元年以降も様々な検討が重ねられた結
果,紆余曲折を経て,平成12年法改正により学生納付特例制度が創設されるに至ったものであり,このような複雑な
利害得失が絡み合う問題については,その時々の社会的条件,一般的な国民生活の状況や稼得能力及び保険料負担の実
態,世論等の社会情勢,国の財政事情等を総合考慮した高度の専門技術的考察に基づいた政策的判断を要するものとい
える。したがって,学生等に保険料納付義務を負わせたうえで,保険料の免除を認める制度や学生納付特例制度等が当
時採用されなかったことをもって,直ちに当時の制度が著しく不合理なものであったと認めることはできない。
    ⑤ 付け加えるに,学生が,卒業後被用者年金制度に加入した場合,学生時代に加入していた国民年金の保険
料が結果として掛け捨てになるとの点は,昭和34年当時には立法事実として存在しており,そうであるにもかかわら
ず,学生を強制適用の対象とすると,多数の学生については負担を強いることになるのであるから,このことを考慮し
たことには合理性が認められる。もっとも,昭和60年法制定当時はこの立法事実は完全に消滅していたものであり,
この点は,本件適用外規定等の合理性を裏付ける事情とはなり得ない。
   エ 障害年金(障害基礎年金)について強制適用としなかったことの合理性の欠如の有無
    前記のとおり,障害年金(障害基礎年金)について被保険者となる必要性は,学生等以外の者と変わりがな
いことから,あえてその必要性のみに着目して学生等を障害年金の強制適用の対象にするとの立法政策を採用すること
も考えられないわけではない。
    しかしながら,国民年金法における保険料の額は適切な額の老齢年金(老齢基礎年金)を支給できるように
設定され,保険料の大部分は老齢年金(老齢基礎年金)のためのものであり,障害年金(障害基礎年金)のためにのみ
必要な保険料はそのうちのごく一部にすぎず,しかも,学生等のうちに障害を受ける者の割合も相当低いこと(乙1
9)にかんがみれば,障害年金(障害基礎年金)の必要性のみに着目して学生等を強制適用の対象とする立法政策を採
用することは,立法上の必要性に見合う限度を超える負担を学生等全体に強いる結果を招くことになるというべきであ
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る。また,障害年金(障害基礎年金)と老齢年金(老齢基礎年金)を分離して,学生等に障害年金(障害基礎年金)の
ためのみの少額の保険料を負担させるという選択肢を採用することも全く考えられないわけではないが,国民年金制度
において,老齢年金(老齢基礎年金)を中心に制度設計をすること自体には立法政策上合理性が認められ,その制度維
持上の負担等を考慮した場合,老齢年金(老齢基礎年金)と切り離して,このような少額の保険料の障害年金(障害基
礎年金)の制度を別に創設しなければ著しく不合理であるとまで認めることはできない。
   オ 任意加入制度の合理性の欠如の有無
     控訴人らは,任意加入制度の下では,学生等が20歳に達した場合であっても,個別的な通知はされておら
ず,任意加入をするか否かの選択をする機会すら与えられていなかった旨主張する。確かに,平成元年までの任意加入
率が1・25パーセントであったことは事実であるが,これは,学生等にとって国民年金への自主的な加入には一定の
利害得失があり,加入をためらわせる要因,例えば,学生等にとって将来の事故に備えるとの発想はなじみがたいもの
であるなどの点にその主要な要因があるものと推認され,必ずしも周知広報活動が不十分であることに起因するものと
断定することはできない。
     また,前記のような,その結果の重大性に照らすと,被控訴人らにおいて,任意加入制度につき十分な周知
広報活動を行うことが望まれたことは事実であるが,一般的に法制度については,官報等により国民に公布することに
より効力を有するものとされており,本件においては,これに加えて,引用に係る前記認定事実(原判決76頁8行目
から同78頁2行目まで)記載のとおり,県や市は一定の周知広報活動を行っていることが認められ,こうした事情に
かんがみれば,対象者が一般的に制度を認識し得る環境は存在していたものというべきである。
     本件のように,任意加入をすることなく,障害基礎年金の支給を受けることができない結果となった学生等
が現に生じたという事実を厳粛に受け止めると,大学を中心とした,よりきめ細やかかつ個別性の高い周知広報活動が
行われることがなかったことは一応問題があるといわざるを得ないものではあるが,前記のような周知広報活動に基づ
く制度認識のための環境が存在した以上,少なくとも最低の制度運用の合理性水準は満たしていると認められる。した
がって,こうした周知広報活動の不十分さを理由に,本件適用除外規定の著しい不合理性を認めることはできない。
なお,国会議員の立法行為の違法を基礎に国家賠償責任等を論ずる場合には,法制度の周知広報活動の不十
分さといった制度の運用上の問題を考慮要素に入れることは,立法上の要因ではないものを考慮に入れるものであって
相当ではない。
  (4) 本件20歳前障害規定の立法理由
   ア 立法理由
     国民年金法が,20歳以上60歳未満の国民を被保険者としたのは,年金制度が労働能力を減損した場合の
保障を本質とし,被保険者はこれに備えるために保険料を拠出すべき義務を負うのであるから,被保険者は労働能力を
持つ者,すなわち,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者であると考えられたからである。そして,その範囲を画
するに当たり,雇用関係を前提としない稼得活動従事者を対象とする国民年金制度においては,一般に就労していると
考えられる年齢により一律に区分することとしたものである。検討過程において,社会保障制度審議会の答申では,被
保険者期間の開始を25歳からとする提案がなされたが,①他の公的年金制度との均衡,②開始年齢を早めることによ
り一人あたりの保険料を引き下げることができること,③しかし,あまりに開始年齢を早くすると,稼得活動に従事し
ていない被扶養者に保険料を負担させることになること,④当時は,大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得
活動に入っており,25歳からでは遅きに失するとされたことなどから,20歳をもって国民年金の被保険者期間の開
始時とされたのである。
   イ 昭和34年法の合理性の欠如の有無
     前記のとおり,国民年金法が拠出制を基本としたこと,及び稼得能力の減損に対する保障という観点から,
被保険者を稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者とし,その範囲については,雇用関係を前提としないことを考慮
して一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとした点には合理性が認められる。その年齢につ
いては,昭和34年当時,前記ア①ないし④の立法事実が存在したことが認められ,20歳をもって区分するとしたこ
とには合理性が認められる。
     そして,拠出制を基本とした制度設計がなされていることからすれば,無拠出制年金である本件20歳前障
害規定に基づく障害福祉年金は,国民年金法の被保険者となり得ない者に対する福祉的施策の一環として,経過的又は
補完的な制度として創設され,国民年金法に盛り込まれたものとみるべきであって,20歳以上の者が対象とされる制
度とは性質の異なる制度であると解するべきである。
     このように国民年金法においては,20歳前後で明確に区別がなされており,20歳以上の者と20歳未満
の者では全く別の制度設計がなされていることからすると,20歳以上の学生を本件20歳前障害規定の対象としなか
ったことが不合理であるとはいえない。また,実質的に見ても,20歳以上の学生についてのみ,国民年金に加入して
おらず,保険料を納付していなくても障害福祉年金を支給するとした場合には,保険料を納付していなかった20歳以
上の学生でないものとの間に不公平が生ずるおそれがあることも認められる。
     これに対し,控訴人らは,本件適用外規定の存在を理由に,国民年金法は,学生を20歳以上か否かという
形式的基準ではなく,類型的稼得能力の有無という実質的基準を重視して制度設計をしていると主張している。しかし
ながら,国民年金法の立法過程において,拠出制を基本とし,被保険者の範囲については,一般的に就労していると考
えられる年齢として20歳以上を基準とし,20歳で一律に区分してその前後で異なる制度設計をした経緯からする
と,本件適用外規定が存在するとしても,国民年金法が形式的基準よりも実質的基準を重視して制度設計をしているも
のとみることは困難である。本件適用外規定は,20歳以上の者が被保険者すなわち強制適用の対象となるとする前提
のもと,主に保険料の負担問題から類型的に稼得能力がないとされる学生について強制適用の対象から除外したもので
ある。それ故,この規定の存在が国民年金法において類型的稼得能力の有無という実質的基準を重視して制度設計され
たとの根拠にはなり得ない。
     以上によれば,昭和34年法の本件20歳前障害規定については,合理性が認められる。
   ウ 昭和60年法の合理性の欠如の有無
     昭和60年当時も前記ア①ないし③の立法事実が存在したことが認められる。前記ア④について,控訴人ら
は,大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動を開始していたという立法事実は消滅していると主張する
が,昭和60年当時の大学への進学率は,26.5パーセントであり,8.1パーセントにすぎなかった昭和34年当
時と比べると大幅に上昇しており(乙27),大部分の国民が高等学校卒業程度であるとまではいえないが,20歳を
超えてなお多くの者が稼得活動に従事しているということができる。また,昭和34年法制定当時に議論があった25
歳で区分するとした場合には,他の公的年金制度との関係で不均衡となったり,給付水準を維持すれば一人当たりの保
険料負担が重くなることが想定されるなどの不都合もあり,20歳をもって区分するとしたことに合理性がないとはい
えない。
     そして,本件20歳前障害規定に基づく障害基礎年金も,昭和60年改正前の障害福祉年金と同様,福祉的
な見地から,被保険者になり得ない20歳未満の者に年金による保護を及ぼす制度であるのに対し,20歳以上であれ
ば強制適用の対象となるか任意加入によって被保険者となり得ることからすると,昭和60年法においても,20歳の
前後で区別し,異なる制度設計をしている昭和34年法の方針が維持されていると考えるべきである。ただし,昭和6
0年法において,障害福祉年金は障害基礎年金に改められ,20歳未満で障害を負った者も,20歳以上の者と同額の
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給付が受けられるようになったことを考慮すると,障害基礎年金の給付の面では20歳前後で実質的な違いがなくなっ
たといえる。この点にかんがみれば,昭和34年法の当時と比べ,この区別にそれほど高い合理性があるとはいい難い
ものの,昭和34年法の場合と同様にそれなりの合理性が依然としてないとはいえないことに変わりはない。
  (5) 昭和34年法の憲法適合性
    昭和34年法の立法過程や当時の社会保障施策の状況等からすると,前記のとおり,国民年金法の制定の主眼
は,当時,人口の老齢化に伴い国家的な老齢者扶養対策の必要性が高いことが指摘され,既に存在した各種年金制度で
は,多数の国民がその対象になっていなかったことから,これらの国民にも年金による保障を及ぼすための老齢年金制
度の創設という点にあったといえる。このように創設当初は,もっぱら老齢年金を中心に考えられていたことに加え,
政府・国会においては年金制度の創設が急務とされており,昭和32年5月の内閣総理大臣の諮問後,昭和33年8月
には自由民主党国民年金実施対策特別委員会において,昭和34年度中に制度を発足させるとして昭和34年1月の国
会への法案提出を目指すと定められ,同年4月には国民年金法が成立するなど早急な法案作成,審議,立法が行われた
ことからすると,当時は年金による保障の及んでいなかった多数の国民に対する老齢年金制度の早期創設が重視された
ものと推認される。そして,当時の社会情勢等からすると,年金制度の創設そのものが極めて重要な政策課題であった
のであり,早期の年金制度創設を目指す中で,老齢年金を重視した制度とすることにも相当の合理性があったものと認
められる。
    なお,学生についても,障害に備えて被保険者とすべき必要性は学生以外の20歳以上の者と何ら変わるもの
ではない。しかしながら,学生を強制適用の対象とするか否かに関し,最も大きな問題となったのは保険料負担問題で
あるところ,保険料の免除等については前記のような問題もある以上,収入のない学生に保険料納付義務を負わせた場
合に過重な負担をかけることとなる。また,国民年金法においては,老齢年金が制度の中心に据えられており,保険料
の額は一定水準の老齢年金の支給ができるように設定されているから,保険料の大部分は老齢年金のためのものであっ
たのであり,学生が卒業後に別の公的年金制度に加入すると,学生であった期間に支払った保険料のほとんどが結果と
して掛け捨てになることも軽視できなかったといえる。学生やその親に大きな負担を強いることとなることを避けるべ
く,学生を強制適用の対象から除外するという選択をしたことが,著しく不合理であると認めることはできない。
    よって,昭和34年法は,立法府の合理的な裁量判断の限界を超えているとは到底いえず,憲法14条1項に
違反するとは認められない。
  (6) 昭和60年法の憲法適合性
   ア 無年金障害者問題の発生
     昭和34年法によって国民年金制度への任意加入が認められるにとどまった20歳以上の学生は,極めて少
数の者しか任意加入しなかったため,学生である間に障害を負っても障害年金の支給が受けられない無年金障害者が発
生するようになり,特に昭和50年代に入ってからは,障害者団体によって,無年金障害者に対する障害年金の給付を
求める運動が活発に行われた。その回数は,昭和50年代に行われた主な活動だけでも,厚生省との交渉11回,請願
活動4回,衆参社会労働委員会議員に対する陳情2回等であり,多数回に及んだ。これらの活動を通じて,学生無年金
障害者の存在やその問題性,救済の必要性等が大きく取り上げられ,この問題が国民年金法改正審議に関わる国会議員
らに広く知られるようになった。そして,昭和58年11月から昭和60年4月にかけて行われた昭和60年改正の審
議において,複数の国会議員らから,学生無年金障害者が非常に酷な状態に置かれていることの報告がなされたり,こ
の問題を解消するため,仮適用,保険料納付猶予,保険料低額負担,本件20歳前障害規定の適用等の具体的解決案が
提案されるなど,議論が長期間にわたって繰り返された。
     また,国際的には,昭和50年に国連障害者権利宣言が採択され,国内においても,昭和56年の国際障害
者年を契機に「ノーマライゼーション」の理念が普及するなど,障害者が健常者と同じように自立生活を営むことがで
きるような社会保障を考えるべきであるとする気運が高まっていた。
     このような状況からすると,昭和60年改正当時には,国民年金制度の制度設計を考えるに当たり,昭和3
4年当時とは異なり,老齢年金に主眼が置かれるにとどまるのではなく,障害年金に関しても,より多くの国民に障害
への備えをさせ,できる限り無年金者をなくすという方向での施策が期待される社会情勢に変化していたものと認めら
れる。実際にも,昭和60年法の大きな改正点として,女性の年金権の確立や在外邦人につき海外居住期間も資格期間
に算入して無年金者をなくすこと,障害年金の給付額の増額等大幅な改善があり,無年金者を解消すること及び障害者
への保障を厚くすることが,改正法に反映されている。
   イ 制度の合理性の欠如の有無
     しかしながら,国民年金法が,拠出制を基本とし,稼得活動従事者に対する保障を本質とする制度設計をし
たこと自体については依然としてその合理性を失うものではなく,また,国民年金法の下の障害年金につき学生等に保
険料納付義務を負わせることなく,任意加入に委ねることとしても,そのことをもって直ちに不合理であるということ
はできないことは前示のとおりである。
     確かに,任意加入制度においては保険料の免除規定が適用されないとされていたため,現実に保険料を納付
できる者しか加入することができなかったのであり,稼得能力がない多くの学生等にとっては,現実に保険料を納付す
ることが必ずしも容易ではなかったとも考えられること等にかんがみれば,例えば,学生等を強制適用の対象として保
険料納付義務を負わせた上で保険料を免除することができる制度とすることも選択肢の一つとしては,十分考えられる
ところではある。しかしながら,この場合に想定される問題点については前示のとおりであり,また,類型的に稼得能
力がないものとみなされる学生等につき保険料免除制度を導入した場合,多くの場合に免除の申請がなされ,制度の原
則と例外が逆転し,その維持に支障が生じかねないおそれがあることや,そもそも親の収入等で生活をしているこれら
の学生等につき適切な免除の基準を設定し,審査を行うことには,相当の困難性が想定されること等も推認される。こ
うした点を踏まえると,現に選択された制度につき著しく不合理であるといえない限りは,立法裁量の範囲内にあるも
のと認めるのが相当である。そして,本件においては,前記各事情を総合勘案すると,学生等に保険料納付義務を負わ
せることなく,任意加入に委ねることとしたことが著しく不合理であるとはいえない。
     なお,前記のとおり,確かに,昭和60年法では,これまで強制適用の対象外であった多くの者が国民年金
制度の強制適用の対象とされ,無年金者となりうる者の割合が大幅に減少したことや,従来の障害福祉年金が障害基礎
年金となり,給付額が大幅に増額されるなど,障害者に対する保障が拡充されたことが認められるが,これらの事実か
ら,当然に,本件のような20歳以上の学生等についても強制適用の対象としなければならない立法義務が生じたと認
めることはできない。前記の事情を総合すると,本件適用除外規定についても,なお著しく不合理であるとはいえない
以上,20歳以上の学生等を被保険者とすべきか否かは,依然として政策的な立法判断に委ねられた問題というべきで
ある。現に,改正法審議においても,20歳以上の学生等についても強制適用の対象とすることについては,その必要
性が高い旨の報告もされたものの,慎重な審議の結果,結局,見送られたものであるから,このような立法判断は,憲
法の下で容認された立法裁量として尊重されるべきである。
   ウ はざま差別の成否
     控訴人らは,本件適用除外規定と本件20歳前障害規定のはざまにあって,20歳以上の学生のみが,20
歳未満の者が対象となる無拠出制の障害基礎年金を受給できないにとどまらず,20歳以上の者が対象となる障害基礎
年金についても,保険金免除の利益を受ける可能性を奪われ,任意加入しない限り受給できないという不利益を受けて
いるのであり,いわゆるはざま差別が存在すると主張する。しかしながら,前記認定判断は,前記両規定の存在により
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結果的に生じる控訴人らの不利益を十分斟酌したとしてもなお,国民年金に加入し,これにより障害基礎年金を受ける
途が残されている以上は,制度設計の選択肢として,昭和60年法の下での法制度は容認され得るといわざるを得ない
とするものであるから,控訴人らのこの点に関する主張は,前記結論を左右するものにはなり得ない。
     20歳以上の学生については,成年に達した国民であり,本来,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者
ではあるが,自ら学業を選択し,類型的に稼得能力を有しない者とみなされることになった者といえ,そもそも一般に
就労している者と認められない20歳未満の者,あるいは現に稼得能力を有する学生以外の20歳以上の者と,稼得能
力という観点から見て,類型的に別異に評価することにもそれなりの合理性がある。もちろん,これによる区別から生
ずる結果が,このような類型的な差異を前提にしても,著しく不合理な場合には,区別の不合理性が問題になり得るで
あろうが,本件においては,前記のとおり,20歳以上の学生には,任意加入の途が残されていたことを勘案すれば,
制度全体として著しく不合理な区別とまではいいがたい。
     したがって,昭和60年法の下での本件適用外規定及び本件20歳前障害規定により,20歳以上の学生等
とそれ以外の国民との間に一定の区別が生じたとしても,それが著しく不合理であり,合理的な理由のない差別である
ということはできない。20歳以上の学生については,従来どおり,強制適用の対象ではなく,任意加入の対象とする
にとどめ,昭和60年改正法附則4条1項において,国民年金制度における学生の取扱いについては,学生の保険料負
担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする,と定めた立法政策上の判断は,著し
く不合理ということはできず,社会保障法制に関する立法府の裁量の範囲内にあるといわざるを得ず,憲法14条1項
に違反するものとは認められない。
   エ 専修学校生等を強制適用の対象から除外する立法をしたことの合憲性
     昭和60年改正により,それまで強制適用の対象とされていた20歳以上の専修学校等の生徒が,強制適用
から除外されて任意加入の対象とされた結果,20歳以上の学生と同じ状態におかれることとなった。控訴人Bは,障
害を負った当時21歳の専門学校生であり,この改正により国民年金法の強制適用の対象から除外された者にあたる。
     改正時の審議経過からしても,その立法理由は,必ずしも明らかでないが,稼得能力がない点で学生と同等
に扱うべきであるという考えに基づくのではないかと推認できる。そして,20歳以上の学生について,20歳未満の
者が対象となる障害基礎年金を受給できないにとどまらず,20歳以上の者が対象となる障害基礎年金についても,保
険金免除の利益を受ける可能性を奪われ,任意加入しない限り受給できないという不利益を受けるとしても,そのよう
な制度設計を採ることについては著しく不合理と認めることはできないことは,前記のとおりであるから,専門学校生
等について,これと同様の制度設計が採られることになったとしても,これをもって憲法14条1項に違反するものと
いうことはできない。
 4 昭和34年法及び昭和60年法が憲法25条に違反するか否か(争点①)について
   当裁判所は,20歳以上の学生等が国民年金の強制適用の対象から除外されたことによって,障害基礎年金の受
給ができなくなったとしても,直ちに「健康で文化的な最低限度の生活」を損ない生存権を侵害したものといえないと
判断する。その理由は,原判決96頁15行目冒頭から同98頁2行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引
用する。
 5 本件各処分が憲法13条,31条に違反するか否か(争点②)について
   控訴人らは,任意加入をするかしないか自己決定する際に,その判断をするための告知及び聴聞の機会が保障さ
れておらず,また,制度の周知徹底もされていないことを理由に本件各処分が憲法13条,31条に違反する旨を主張
する。
   しかしながら,国の法令は,公布によって国民に周知されたものとして,国民の権利義務を創設あるいは規制す
る効力を有するものであり,原則として周知徹底義務が要求されることはなく,任意加入制度に関しても,告知,聴聞
や周知徹底義務があると認めることはできない。また,任意加入制度について対象者が一般的に制度を認識し得る環境
が存在していたものというべきであることは,前記3(3)オ記載のとおりである。したがって,利益処分の享受という手
続過程において自己決定権の保障が実質的に認められるべきであるとしても,本件においては,これを侵害していると
認めることはできないから,いずれにしても本件各処分が憲法13条,31条に違反して無効であるとはいえない。
 6 以上によれば,本件適用外規定及び本件20歳前障害規定には憲法違反は存在せず,本件各処分に違法性を認め
ることはできないから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人らの請求はいずれも理由がない。
7 したがって,被控訴人国の控訴に基づき,原判決中同被控訴人敗訴部分を取り消し,控訴人らの同被控訴人に対
する請求をいずれも棄却することとし,控訴人らの本件控訴は理由がないから,いずれも棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第16民事部
           裁判長裁判官 鬼   頭   季   郎
       裁判官 畠   山       稔
              裁判官 菅   野   雅   之
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