弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の甲府地方裁判所昭和三〇年
(ワ)第一三八号約束手形金請求事件の判決の執行力ある正本に基づく強制執行
は、これを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判
決を求め、被控訴人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、被控訴人において、「本件債務
名義の内容たる請求権の消滅時効の起算日を、昭和二三年二月一〇日と訂正す
る。」と述べ、控訴代理人において右訂正に異議はないと述べたほかは、原判決の
事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
         理    由
 被控訴人が控訴人を相手方として甲府地方裁判所に対し、満期を昭和二八年一月
三〇日とする金額一一万円の約束手形に基づいて、右手形金の支払を求める訴を提
起し、右事件は同裁判所昭和三〇年(ワ)第一三八号約束手形金請求事件として係
属したところ、被控訴人勝訴の判決が言い渡され、右判決の正本は昭和三〇年一二
月二八日控訴人に送達されたこと、および右判決に対し控訴人から控訴の提起がな
されたため、右訴訟は控訴審に係属するに至つたが、昭和三二年二月九日休止満了
により終了したことは、いずれも当事者間に争がなく、被控訴人が右第一審判決当
時、控訴人と同じく甲府市内に住所を有していたことは、本件口頭弁論の全趣旨に
照し明らかであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、被控訴人
に対する前記第一審判決の正本の送達も、遅くとも控訴人がその送達を受けた前記
昭和三〇年一二月二八日までにはなされたものと認め得る。右の各事実によれば、
本件債務名義たる前記第一審判決は、昭和三〇年一二月二八日の翌日から起算し一
四日後である昭和三一年一月一一日の経過とともに、確定したこととなるというべ
きである。
 控訴人は、前記第一審判決によつて確定した被控訴人の手形金債権は、右判決の
確定した昭和三一年一月一二日から起算し満一〇年後である昭和四一年一月一一日
の経過とともに時効により消滅したものである旨主張するに対し、被控訴人は、右
債権の消滅時効は前記訴訟が休止満了によつて終了した日の翌日である昭和三二年
二月一〇日から進行を始めるものと解すべきで、右のように解するときは、まだ消
滅時効は完成していない旨抗争するので、この点について判断する。
 民法第一七四条の二第一項の規定の趣旨によれば、確定判決によつて確定された
権利の消滅時効の期間は、当該判決の確定したときからその進行を開始するものと
解すべきであるから、本件債務名義たる前記第一審判決によつて確定された被控訴
人の手形金債権の時効期間は、時効中断などの特段の事由がない限り、右第一審判
決が確定したとなすべき上記昭和三一年一月一二日からその進行を開始するものと
いわなければならない。
 ところで、本件のように、被控訴人が原告として手形金請求の訴訟を提起し、被
控訴人勝訴の第一審判決がなされ、これに対し被告であつた控訴人からの控訴の提
起により、右訴訟が控訴審に係属した後いわゆる休止満了により終了するに至つた
場合でも、右訴訟が控訴審に係属していた間、すなわち右訴訟が休止満了により終
了した上記昭和三二年二月九日までの間は、被控訴人の手形金債権についての裁判
上での権利主張が継統してなされていたものといい得るから、その間は、時効中断
の効力も存続していたものと解しなければならない。
 そこで、右控訴審係属中の被控訴人の権利主張が、右訴訟が休止満了によつて終
了した後も、なお裁判上の請求としての時効中断の効力を有するものであるか、そ
れともたんに催告としての時効中断の効力だけしか有しなくなつたものであるかど
うかについて考える。
 <要旨>裁判上の請求に最も強い時効中断の効力が認められている所以のものは、
裁判上の請求が、訴の提起または相手方の提起した訴に応訴して、権利の存
在を判決によつて終局的な確定を求めんとする権利主張であることによるものと解
せられる。しかるに、訴を提起した者が自らこれを取り下げ、または相手方の提起
した訴に応訴して自己の権利を主張していた者がその訴の取下に同意をなすこと
は、自己の権利について判決による終局的な確定を求める意思のないことを表明す
るものに外ならないから、かかる者のなした訴訟係属中の権利主張については、裁
判上の請求としての時効中断の効力を保有せしめないことにしても、少しも当事者
の利益を不当に害することにはならない。この理は、いわゆる休止満了により訴の
取下とみなすべき場合においても異なるところはない。けだし、訴訟が休止となつ
た場合でも、当事者は三ケ月以内に改めて期日指定の申立をなすことによつて、い
わゆる休止満了に至ることを防止し得るに拘わらず、あえて放置して満了に至らし
めることは、当事者において自己の権利について判決による終局的な確定を求めん
とする意思の欠如の現れであることにおいて、訴の取下の場合となんらの逕庭が存
しないからである。民法第一四九条が、裁判上の請求は訴の取下の場合には、時効
中断の効力が生じない旨規定している趣旨は、以上のような理由によるものと解す
るのが相当である。これに反し、控訴の取下またはいわゆる休止満了により控訴の
取下とみなすべき場合には、たんに控訴提起の効果が遡及的に消滅し、訴訟が始め
より控訴審に係属しなかつたことになるにすぎないのであつて、第一審判決を失効
せしめる効力はなく、却つて控訴の取下または休止満了により第一審判決は確定す
るに至るのであるから、訴の取下(取下とみなされる場合を含む)の場合とは、必
ずしも同一に論ずることはできない。
 ことに控訴の取下は、相手方の同意を要しないでなし得るところであるから、控
訴の取下の場合に、控訴審係属中になされた相手方の権利主張が裁判上の請求とし
ての時効中断の効力を失うに至るものと解するにおいては、相手方は、控訴の提起
をなした者の恣意によつて、不当に利益を蒙むることを余儀なくせしめられる結果
が生ずる。例えば、本件の如き事案において、もし控訴人が控訴提起期間の経過し
たときから一〇年を経過した後に、控訴の取下をなしたと仮定するに、この場合に
控訴の取下により、被控訴人の控訴審係属中における手形金債権についての主張
が、裁判上の請求としての効力を失い、たんに催告としての効力しかないと解する
ときは、第一審判決で確定された被控訴人の手形金債権は、訴訟係属中は、実体法
的には常に催告をなしていたと認めるを相当とするから、控訴の取下後六ケ月以内
に更に強制執行をなすのでなければ、時効中断の効力がないこととなる。右の如く
解することは、被控訴人に不当に不利益を甘受せしめるもので、時効中断を認めた
法律の趣旨を殆ど無意味なものにならしめるから、採ることはできないものと考え
る。また、第一審で勝訴の判決を受けた当事者は、休止満了により控訴の取下とみ
なされることによつて、自己の権利の存在を確定した第一審判決が終局的に確定す
るに至るという利益を有するものであるから、改めて期日指定の申立をしなかつた
からといつて、直ちに裁判上での権利の主張を放棄したものと認めるのは相当では
なく、むしろ期日指定の申立をしなかつたのは、第一審判決の確定を希求した意思
の現れであるとさえ認められないではない。なお、民法第一四九条には控訴の取下
または控訴の取下とみなすべき場合のことは、なにも明定していないし、また控訴
の取下(取下とみなされる場合を含む)によつて、控訴審係属中に生じた実体法上
の効果である裁判上の請求としての時効中断の効力が遡及して消滅すべきものと解
すべき法律上の根拠もないから、控訴の取下またはいわゆる休止満了により控訴の
取下とみなすべき場合には、控訴審に係属中になされた、すなわち、控訴の取下の
なされた日、またはいわゆる休止満了により控訴の取下とみなされた日までの権利
の主張は、控訴の取下(取下とみなされる場合を含む)に拘わらず、なお裁判上の
請求としての時効中断の効力を有するものと解するを相当とする。これを本件につ
いてみるに、被控訴人は控訴人を被告として甲府地方裁判所に対し、上記約束手形
に基づいて手形金一一万円の支払請求の訴を提起し、同裁判所は被控訴人の右請求
を容れ被控訴人勝訴の第一審判決を言い渡したところ、右第一審判決に対し控訴人
から控訴の提起をなし、右訴訟が控訴審に係属したが、昭和三二年二月九日いわゆ
る休止満了により終了するに至つたものであることは、上記認定のとおりであるか
ら、被控訴人は右第一審判決の確定することにつき利益を有していたことが明らか
である。したがつて、前記説示したところにより、右訴訟が控訴審に係属中、継続
してなされていたとみるべき被控訴人の右手形金債権についての主張は、右訴訟が
休止満了によつて終了したにしても、なお裁判上の請求として時効中断の効力を有
するものと認めるのを相当とする。
 そうだとすれば、本件債務名義たる上記第一審判決によつて確定された被控訴人
の手形金債権の消滅時効は、前記訴訟が休止満了により終了した昭和三二年二月九
日までは、中断していたものというべく、したがつて、右手形金債権の時効期間は
右中断事由の止んだ同年二月一〇日から更めてその進行を開始するものというべき
であるから、控訴人の主張する昭和四一年一月一一日には、まだ一〇年の時効期間
が経過していないことが明らかである。したがつて、右手形金債権が右日時の経過
とともに時効により消滅したという控訴人の主張は採用できない。
 次に、控訴人の権利濫用の主張について判断するに、被控訴人が本件債務名義に
基づいて、昭和四一年三月一九日に至り差押をなしたことは当事者間に争がないと
ころであるが、被控訴人が右日時に至つて始めて本件債務名義に基づいて強制執行
にでたからといつて、ただそのことだけで、被控訴人の前記差押を直ちに権利の濫
用であると認めることはできないから、右主張も採用できない。
 以上のとおり、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。
 右と同趣旨にでた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟
法第三八四条第一項に従い、これを棄却することとし、当審での訴訟費用の負担に
ついて同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 村松俊夫 判事 土井王明 判事 兼築義春)

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