弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
 1 被告A1及び同B1は,連帯して,原告兼原告亡C1訴訟承継人C2に対し,8453万0446円,原告亡C
1訴訟承継人C3に対し,2817万6815円,及びこれらに対する平成11年12月2日から各支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
 2 被告Dは,原告兼原告亡C1訴訟承継人C2に対し,7224万8926円,原告亡C1訴訟承継人C3に対
し,2408万2975円,及びこれらに対する平成11年12月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
 3 原告兼原告亡C1訴訟承継人C2及び原告亡C1訴訟承継人C3の被告A2及び同A3に対する請求並びに被告
A1,同B1及び同Dに対するその余の請求をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用については,原告兼原告亡C1訴訟承継人C2及び原告亡C1訴訟承継人C3に生じた分はこれを20
分し,その3を同原告らの,その余を被告A1,同B1及び同Dの負担とし,被告A1及び同B1に生じた分は,それ
ぞれこれを4分し,その1を原告兼原告亡C1訴訟承継人C2及び原告亡C1訴訟承継人C3の,その余を同被告らの
各自負担とし,被告Dに生じた分はこれを6分し,その1を原告兼原告亡C1訴訟承継人C2及び原告亡C1訴訟承継
人C3の,その余を同被告の負担とし,被告A2及び同A3に生じた分は原告兼原告亡C1訴訟承継人C2及び原告亡
C1訴訟承継人C3の負担とする。
 5 この判決の第1項及び第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1(1) 被告A1,同A2,同A3及び同B1は,原告兼原告亡C1訴訟承継人C2に対し,連帯して,1億1514
万8190円及びこれに対する平成11年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 被告Dは,原告兼原告亡C1訴訟承継人C2に対し,8513万8518円及びこれに対する平成11年12
月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2(1) 被告A1,同A2,同A3及び同B1は,原告亡C1訴訟承継人C3に対し,連帯して,3838万2730
円及びこれに対する平成11年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 被告Dは,原告亡C1訴訟承継人C3に対し,2837万9506円及びこれに対する平成11年12月2日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,被告A1(以下「被告A1」という。),被告B1(以下「被告B1」という。)及び分離前相被告E
1(以下「E1」といい,これらの3名を「加害者ら」という。)により,約2か月にわたり監禁され,金員強取,傷
害等の行為を加えられた上,平成11年12月2日に殺害されるに至った亡F(以下「F」という。)の遺族である原
告兼原告亡C1訴訟承継人C2(以下「原告C2」という。)及び原告亡C1訴訟承継人C3(以下「原告C3」とい
う。)が,被告A1及び被告B1については,上記の一連の不法行為に基づいてFを死亡させ,さらにその金員を奪う
などしたとして,被告A1の両親である被告A2(以下「被告A2」という。)及び被告A3(以下「被告A3」とい
う。)については,被告A1に対する適切な監督を怠った過失があり,その結果Fを死亡させたとして,被告A1,被
告B1,被告A2及び被告A3に対して,連帯して,強取金,休業損害,生前の傷害行為等についての慰謝料及びF死
亡による逸失利益,慰謝料等の損害賠償金並びにこれに対するFが死亡した日から支払済みまで民法所定の遅延損害金
の支払を,被告Dについては,加害者らによってFの生命等が危険にさらされていることをD県警察官が十分認識し,
又は認識し得たにもかかわらず,捜査権限を適切に行使せずに,Fを死亡に至らせたとして,国家賠償法1条1項に基
づき,上記被告A1,被告B1,被告A2及び被告A3と連帯して,F死亡による逸失利益,慰謝料等の損害賠償金及
びこれに対するFが死亡した日から支払済みまでの民法所定の遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
 1 前提事実(特に,証拠を掲記しない限り,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により容易に認められる。)
  (1) 当事者等
ア Fは,原告C2と亡C1(以下「亡C1」といい,原告C2と亡C1とを合わせて「F両親」という。)の
長男として,D県那須郡a町(現D県大田原市)で昭和55年5月6日に出生し,高校卒業後,学校の推薦で平成11
年4月にG1株式会社(以下「G1」という。)に入社し,D県河内郡b町にある同社c工場にて稼働していた。F
は,おとなしく,人に気を遣う優しい性格で,G1に入社後,加害者らに連れ回されることとなる同年9月30日まで
は,真面目に働き,毎月2万円宛社内貯金をしていた(甲33,78)。Fと同じ高校から毎年3人がG1に推薦され
て入社していたが,Fと同時期に推薦された者として,G2(以下「G2」という。)とG3(以下「G3」という。
)がおり,3人は同じ高校の出身者として,G1の寮の内外にて親しく交友していた(甲55,78)。
イ 被告A1は,被告A2と被告A3の二男として,昭和55年6月5日に出生し,成績が悪かったため高校受
験に失敗し,平成8年4月に専門学校に入学したものの4,5日しか通学せず,同年8月には専門学校を自主退学した
(甲27,30)。その後,通信制の高校に入ったものの,「H1」(H1)という名称の暴走族のグループに属した
りして,他人に迷惑をかける行為を繰り返し,焼鳥屋や土木関係の仕事先であるI1株式会社(以下「I1」という。
)にてアルバイト程度の仕事をしたものの長続きせず,E1や被告B1及び女友達らと遊び回る日々を過ごしていた(
甲27,30)。被告A2は,平成11年当時,D県警察官としてj署に勤務する警部補であった(甲30)。
ウ 被告B1は,分離前相被告B2(以下「B2」という。)と同人が平成10年5月に離婚した夫B3との間
の長男として,昭和55年7月28日に出生し,両親の離婚後は,親権者である母B2と妹2人と共に生活し,高校2
年生の終わり頃,「H2」(H2)という名称の地元の暴走族のグループに入り,リーダーをしていたが,無事,高校
を卒業し,平成11年4月に学校の推薦でG1に入社し,同社c工場にて稼働していた(甲27,82,83)。
エ E1は,分離前相被告E2(以下「E2」という。)と同E3(以下「E3」という。)の長男として,昭
和55年10月29日に出生し,私立高校入学後,水泳部に所属していたが,2年生の10月頃に水泳を続けていく自
信を失い,水泳部を辞め,その頃から髪の毛を金髪に染めたり,被告B1とともに「H2」という暴走族のグループに
入ったりしたところ,3年生の9月に暴走族に関与していたことを理由に学校から自主退学を求められ,同月23日に
高校を自主退学した(甲27,80)。その後,E1は,警備保障会社でガードマンのアルバイトをしたものの,間も
なくこれを辞め,被告A1と同じ通信制の高校に入り,被告A1に誘われて平成11年6月頃から被告A1と一緒にI
1でアルバイトをするなどし,被告A1との付き合いを深めていった(甲27,80)。
オ 被告A1とE1は,小学校,中学校とも同じ学校であり,被告B1は,中学校で被告A1及びE1と同じ中
学校に通うこととなり,3人は少年時代から互いに面識を有していた。被告B1は,G1に入った際に同期入社である
Fを知った(甲27)。
カ 原告C3は,原告C2と亡C1との間の長女であり,Fの姉である。原告C2及び亡C1は,Fの死亡によ
り,各々2分の1の割合でFの権利を相続により承継した。亡C1は,平成14年9月11日に死亡し,原告C2及び
原告C3が,相続により,各々2分の1の割合で亡C1の地位を承継した。
(2) Fの死亡に至る経緯(なお,日時については,特に明示しない限り,平成11年を指し,以下同様とする。)
ア 被告A1は,9月下旬から被告B1,E1と一緒に行動し,二人に消費者金融会社から借金をさせ,自己の
生活費や三人の遊興費として使っていたが,被告A1は,被告B1とE1に,借金をさせられる知り合いを捜すように
いい,同月29日,被告B1は,勤務先の同僚であり,性格のおとなしいFを呼び出した(甲6,10,13,18,
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27)。加害者らは,Fに対し,暴力団員から金員を要求されているなどと嘘を言い,同日,Fに自身の銀行口座から
金員を払い戻させ,また翌30日には,Fに消費者金融会社から借金をさせた上,これらを取り上げた(甲10,1
1,13)。その際,加害者らは,怯えて抵抗できないFに対し,同人の頭髪をカミソリ等で剃り上げるなどした(甲
11,13)。
イ その後,加害者らは,Fに虚偽の口実を言わせて会社を休ませ,約2か月にわたって連れ回し,ホテルなど
に泊まらせて,因縁をつけては脅迫や暴行を加えるなどして事実上監禁状態に置き,Fに複数の同僚や友人から金員を
借りさせ,またはF両親から金員を送金させたうえ,合計約600万円以上に及ぶ金員を取り上げ,自分達の遊興費や
ホテル代,旅行代等に費消していた(甲7,22,48)。
ウ 加害者らは,Fを監禁し続ける中で,被告A1が中心となって,Fに対して,Fの頭髪や眉毛をそり落とし
たほか,リンチというべき激しい暴行を継続的に加えていた。その暴行行為の内容は,陰毛をむりやり剃ったり,裸に
させて顔や体に高温のシャワーを浴びせたり,ポットで沸かした熱湯を掛けたり,火傷した箇所を靴べらで叩き続けた
り,噴霧した殺虫剤にライターで点火して生じさせた火炎を放射したりするなどという凄惨なものであり,Fは,加害
者らによるこれらのリンチの結果,全身にわたる熱傷や,打撲傷,圧迫傷群,左手掌刺創等の傷害を負った(甲2,
3,13ないし16,21,51)。
エ 加害者らは,11月30日に原告C2の携帯電話にかけた電話に警察官が出たことから,上記のようにFに
暴行を加えたうえ,友人等から金員を借りさせてこれを強取したことやFに対するリンチ行為等の犯行が捜査機関に発
覚することをおそれ,Fを殺害してその死体を遺棄しようと企て,12月2日午後2時45分ころ,栃木県芳賀郡d町
の山林で,共謀の上,Fを全裸にさせてうずくまらせた上,その頚部に巻き付けたネクタイを,被告B1及びE1がそ
の両端を力を込めて引き,頚部を締め付けるという方法で殺害した(以下,Fに対する加害者らの一連の行為を「本件
事件」という。なお,Fに対する殺害行為のみを「本件殺害行為」と,Fに対する生前の継続的なリンチを「本件リン
チ行為」と,9月29日から12月2日までを「本件犯行期間」と,それぞれいうことがある。)。
(3) 加害者らは,本件犯行期間において,FにG1の同僚や友人から金員を借入させ,また自己の預金を払い戻さ
せ,さらにF両親から送金させるなどして,以下のア及びイのとおり,総額で603万3000円の金員を強取した(
甲6,11,18,24,25,35,55,57,72,73,78,91,92)。
ア Fに友人・知人から借入させた金員
(ア) G2         20万円(甲73,78)
(イ) G3         30万円(甲55,72,73)
(ウ) J1(以下「J1」という。)
             31万円(甲72,73)
(エ) J2         25万円(甲18,弁論の全趣旨)
(オ) J3         20万円(甲57,73)
(カ) J4         20万円(甲72,73)
(キ) J5         10万円(甲72,73)
(ク) J6        171万円(甲57,73等)
(ケ) G4(以下「G4」という。)
            100万円(甲35,72,73)
(コ) J7         65万円(甲72,73)
          合計492万円
イ Fに銀行口座から払い戻させ,または消費者金融会社から借入させた金員
 (ア) 平成11年9月29日  7万円(甲13)
 (イ)      同月30日 30万円(甲10,消費者金融会社2社)
 (ウ)     11月22日 30万円(甲92,原告C2の送金分)
 (エ)      同月24日 20万円(同上)
 (オ)      同月25日 14万5000円(甲91,92)
 (カ)     12月 2日  9万8000円(甲11)
          合計111万3000円
     ア及びイの総額603万3000円
(4) 加害者らと11月20日に東京の渋谷で知り合って以降一緒に行動していた少年が,12月4日,警視庁e警
察署に自首し(甲4),同月5日,Fの遺体が発見されたことにより,加害者らは逮捕され,いずれもFに対する殺人
及び死体遺棄により起訴された。この結果,被告A1は,平成12年6月1日,宇都宮地方裁判所において無期懲役に
処せられ,これを不服として控訴したが,平成13年1月29日,東京高等裁判所で控訴棄却の判決がされて同判決は
確定した。被告B1及びE1は,平成12年7月18日,宇都宮地方裁判所において判決を受け,被告B1は無期懲
役,E1は懲役5年以上10年以下の不定期刑にそれぞれ処せられ,同判決は確定した。
(5) 被告Dは,普通地方公共団体であり,本件事件当時,D県警察f警察署生活安全課において,同課課長K1(
以下「K1」という。),同課係長K2(以下「K2」という。),同課主任K3(以下「K3」という。),同課主
任K4(以下「K4」という。)を同警察署警察官として任用していた。
 2 争点
 本件の主たる争点は,被告A2及び被告A3に被告A1に対する監督義務違反による不法行為責任が認められる
か(争点1)と,被告Dの警察官の対応に国家賠償法1条1項の違法性が認められるか(争点2)と,原告らの損害額
(争点3)であり,これらの争点についての当事者の主張は,以下のとおりである。
(1) 争点1について(被告A2及び被告A3に被告A1に対する監督義務違反による不法行為責任が認められる
か。)
(原告らの主張)
ア 責任能力ある未成年者が不法行為を犯した場合に,親権者ら監督義務者に監督義務違反があり,それが未成
年者の不法行為と因果関係が認められる場合には監督義務者も責任を負うというべきである。そして,その監督義務違
反の有無に当たっては,未成年者と監督義務者との共同生活の事実の存在や経済的依存度等を考慮するべきであり,未
成年者の悪性癖が当該不法行為の内容と比べて一見軽微であったとしても,当該不法行為が監督義務者の甘やかしや放
任などの幼少時からの生育,家庭環境等の監督状況の問題性から生じ,監督義務者が問題や原因を十分把握し,改善に
向けた努力もしなかったために非行が進行した延長線上にある場合には,当該不法行為を全く予見できなかったとはい
えず,監督義務の懈怠と未成年者の不法行為との間には相当因果関係が認められるべきである。
イ 被告A2及び被告A3は,被告A1と同居し,被告A1の行状を把握していたにもかかわらず,その非行を
改めさせる手立てを何ら講じず,収入の定まらない被告A1に対し,5月27日には被告A2の名義で約282万円余
のローンを組んで乗用車(総額261万円)を購入することを許すなどの経済的援助も与えた上,被告A1が自動車を
購入した途端,仕事を辞めて遊び歩くようになり,9月30日ころには被告A1が同自動車により物損事故を起こした
のに,何らその状況を把握せず,事故についても叱ったのみで,車を取り上げるなどの措置をとらなかった。これに加
えて,この物損事故以降は,被告A1が家に寄りつかなくなったにもかかわらず,生活指導を怠り,被告A1を含む加
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害者らによるFのら致後も,10月15日から同月18日までの間北海道に行くなど遊興を続けていたのに,帰宅した
際に旅行費用の入手先等について何ら問いたださないなど,被告A1が,従前の行状にかんがみれば他人に危害を加え
る可能性のあることを十分認識し得たにもかかわらず,適切な指導監督をすることもなく,漫然と放任した。その結
果,本件事件の惹起に至ったものである。
よって,被告A2及び被告A3は被告A1に対する監督義務を懈怠した過失があり,この過失と被告A1の
Fに対する不法行為及びFの死の結果については相当因果関係が認められるから,被告A2及び被告A3においても,
被告A1のFに対する不法行為に基づく損害について連帯して責任を負うというべきである。
(被告A2及び被告A3の主張)
ア 本件事件当時,被告A1は既に就職をして独立して生計を営む19歳6か月の,限りなく成人に近い少年だ
ったのであり,未成年者のうち,比較的若年で,親子関係の密着度や子の親に対する依存度,親に要求される監護教育
の程度,監護教育の実効性等からして,子の行う犯罪に関する予見可能性や回避可能性がある場合とは事案を異にす
る。
イ 実際,被告A2は,もともと被告A1に対しては厳しく接しており,被告A1が非行を働いたときには,率
先して謝罪させ,場合によっては警察に通報して逮捕させるなど,外の親と比較しても極めて厳しい監督を行ってい
る。被告A3においても,できうる限り,被告A1の所在を確認しようと携帯電話に頻回に電話するなどしており,1
9歳6か月の子に対する監督としては,十分な監督を行っているのであり,過失はない。
また,被告A1は金銭がらみの非行事件を起こしたことはあっても,重大な傷害事件を起こしたことはなか
ったこと,17歳の時に保護観察に付されて以降は,被告A1の素行は極めて良好であって,本件事件当時は,既に就
職し,女性と同棲するなど,ほぼ独立した生計を立てており,親が始終監督すべき生活実態にもなかったこと,被告A
1は,外出の際にも仕事に行くように装うなどしていたこと,本件事件については警察や被害者らから何らの連絡がな
く,殺害に至るまで犯行が発覚せず,何らの端緒もなかったこと等の状況からして,被告A2及び被告A3において,
被告A1が極めて凄惨な殺害行為に関与することまでは予見しようがなく,本件事件に対する予見可能性がない上,い
かなる監督行為をすれば本件事件の発生を回避できたのかも不明であり,結果回避可能性も認められない。
したがって,仮に被告A2及び被告A3に何らかの過失があるとしても,本件事件との間に相当因果関係が
認められない。
原告らは,被告A2及び被告A3が,被告A1に対していつの時点で,いかなる監督をすべき義務があった
のかを具体的に特定しておらず,抽象的な子育ての失敗を指摘するのみであって,生育過程での問題点のみで監督義務
者の不法行為が認められるのであれば,理論上は成人を含めたあらゆる犯罪者の親に不法行為責任が成立する余地があ
ることになり,不当である。
(2) 争点2について(被告Dの警察官の対応に国家賠償法1条1項の違法性が認められるか。)
(原告らの主張)
ア 警察の捜査権限不行使の違法性一般
警察法2条1項は,警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者
の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とすると定めており,警察官職務執
行法(以下「警職法」という。)5条により,警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防
のため関係者に必要な警告を発し,また,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な
損害を受けるおそれがあって,急を要する場合においては,その行為を制止することができるとされている。これは,
警察が上記の責務を達成するために警察官に与えられた権限であると解されるが,同時に,犯罪が行われ,あるいは行
われようとしていて,人の身体等に危険が及び,あるいはそれを放置するときは人の生命等の安全が確保されない蓋然
性があると予測され得る状況の下において,かかる状況を警察官が容易に知り得る場合には,警察官において上記権限
を適切に行使し,積極的に捜査・制止行為等の措置を講じ,もって犯罪による人の生命等への危険を未然に防止し,あ
るいはそれ以上の侵害を防止することはその職務上の義務であると解すべきである。
したがって,人の生命等に対し人の行為により危険が及び,あるいは及ぶ蓋然性があり,警察官がそれを容
易に知り得たにもかかわらず,適切な捜査権限・制止権限を行使しなかった場合には,職務上の義務に違背し,国家賠
償法上違法であるというべきである。
イ 本件におけるf警察署警察官の認識可能性
(ア) 前提事実(2)記載のとおり,本件事件当時,Fの生命,身体に対する侵害が現存していたことは言うまで
もないばかりか,被告A1ら加害者らの無軌道ぶりや加害者ら間の力関係を考慮すれば,感情の抑制が利かずに暴発し
たり,本件事件の発覚を恐れて短絡的にFの殺害に及ぶ具体的危険性が存在していたことは明らかである。
そして,亡C1が,Fの上司とともに10月18日にf警察署に赴いて事情を説明した上で家出人捜索願
を提出したのを始まりに,原告C2が,同月19日及び同月22日にf警察署を訪れてFが何らかの犯罪に巻き込まれ
た可能性を訴え,これに応じて,f警察署警察官においても,同月19日にはG4の事情聴取を行って,Fの失踪に恐
喝罪で逮捕歴がある被告A1が関与していることを突き止め,同人の写真を入手して面割りを行うなどしていたこと,
11月1日には,自分たちが加害者らから恐喝されたとして被害届を提出するためにf警察署を訪れたG3やG2の事
情聴取により,f警察署警察官は,G3及びG2が加害者らから恐喝を受けたことのみならず,Fが暴行を受けてけが
をしたことも把握していたこと,同月3日には,原告C2からの電話により,Fが加害者らと行動を共にしており,右
肘に火傷を負い,殴られたような傷もある旨申告を受けていたこと等,本件事件が進行する経過における事情を総合す
ると,同月3日の時点では,f警察署警察官において,Fの身体に対する侵害が進行中で,そのままでは生命に対する
侵害もあり得るという具体的危険性についても予見可能であったことが明らかである。
仮に,同月3日の時点において,Fの生命に対する侵害の予見可能性が認められないとしても,同月9
日,原告C2がf警察署を訪れて,「Fの動き」と題する書面(丙8の1)等を提出したこと,同月25日,亡C1
が,f警察署に電話を掛けて,警察官に対し,「FがI2銀行g支店に送金した金銭の引き出しに来たが,顔には明ら
かに分かるほどの火傷をしており,その後ろには4人の男達がついている。そして,これらの様子は銀行の防犯カメラ
に写っている。」旨訴えていること等にかんがみれば,遅くとも同月25日の時点では,f警察署警察官において,F
の生命に対する侵害の具体的危険性が予見可能であったというべきである。
(イ) 被告Dは,F両親において,不良仲間から息子を引き離したいと苦慮していた様子はうかがえるもの
の,Fが犯罪の被害に遭っているのではないかというような危機意識をうかがうことはできず,Fを救出してほしいと
いった趣旨の要請が警察に対してなかったし,F両親から,同月25日に上記のような事実を聞き及んだこともなく,
G2及びG3の相談内容も,Fが会社の同僚らから借りている金員の返還如何という問題であり,Fが脅されていたと
か,負傷していたという話しはなかった,などと主張する。
しかし,10月18日の亡C1からの最初の事情聴取の時点でも,f警察署刑事課のK5は,亡C1から
の聴取内容として,Fが暴力団から金を要求されている旨告げて両親に借金を申し込んでいるとし,事案の発展によっ
ては恐喝事案とも認められるなどと暴力相談受理簿(丙1)に記載しているのであり,亡C1らが当初からFが犯罪被
害に遭っているのではないかとの懸念を抱いていたことが分かるし,f警察署生活安全課のK3においても,G4から
の事情聴取により,G4が被害にあった藤原を名乗っていた被告A1の前歴照会まで行って,非行歴が2回あり,逮捕
歴まであることを把握していたことからすれば,Fと同行している者らがFに対して犯行を行っている可能性があるこ
ページ(3)
とは十分認識していたというべきである。また,F両親において,同月19日,同月22日,11月9日,同月30日
にはf警察署やh警察署を訪れるなどしている上,同月3日,同月25日には原告C2がf警察署に電話するなどして
再三にわたってf警察署をはじめとするD県警察に対して行った要請の内容にかんがみれば,原告C2や亡C1が,F
が恐喝等犯罪被害に遭っているのではないかとの懸念を抱いていたことは明らかである。
また,Fの同僚であるG2及びG3が,11月1日,警察官OBでG1に勤めているG5氏らに伴われて
f警察署を訪れ,生活安全課のK3が事情聴取を行っており,その際Fがけがをしていることや恐喝の被害にあったこ
とを話しているのであって,これに反するK3の証言は信用できない。そもそもG3らはFにお金を貸したのは加害者
らから脅されたためとG1の上司に伝えたところ被害届を出しに行くことになったのであり,G3らが原告C2らから
金銭を返却してもらいたいがためにf警察署に出かけたものではない。
ウ 権限行使の容易性及び結果回避可能性
そして,以上のとおり,f警察署警察官は,原告らの訴えによって,Fの生命に危険が及んでいることを知
り得ていた以上,11月3日あるいは遅くとも同月25日の時点では,Fの身柄を確保するために必要な権限を行使す
べき作為義務が発生していたというべきである。
具体的には,聞き込みや車両照会,防犯ビデオの内容確認を行った上,必要であれば,G2やG3からの恐
喝罪での被害届の受理,場合によっては,G4らからのFを被疑者とする寸借詐欺での被害届を受理するなどして,刑
事事件として立件した上で捜索等を行ってFの居所を突き止めることである。f警察署警察官にとってこのような警察
権限を行使してFの身柄確保のための措置を取ることに支障はなく,容易であったことは明らかである。
そして,f警察署警察官は,上記のように,Fをら致しているのが加害者らであることも認識していたので
あるから,そのような身柄確保のための措置を取れば,Fの身柄を確保することは容易であり,したがって,Fの死亡
という結果を回避することができたこともまた明らかであった。D県警察本部自身も,その報告書において,Fの家出
人捜索願受理の時点での先入観が尾を引いて,組織として十分な対応しなかったことが事件を未然に防止することがで
きなかった原因と考えているなどと本件事件に対する対応のまずさを認めている(甲69,42頁)。
また,同月3日あるいは遅くとも25日の時点で警察権限を発動していれば,Fの身体に対する侵害もそこ
までは進行しておらず,加害者らが犯行隠滅のためにFを殺害するという事態を招来することはなかったと考えられる
とともに,加害者らの親たちにも,Fの身柄確保の必要性を認識させて捜査に協力させ,早期救出の実現を容易にでき
たものというべきである。
エ 期待権侵害(予備的主張)
一般に,市民は,現に犯罪の被害を受け,又は被害を受ける恐れがあるなど切迫した状況に置かれた場合
に,警察に対してその保護等を求めたときは,警察において捜査を開始するなどしてその市民の受けた被害の回復ない
し今後受ける恐れのある犯罪被害の防止を図るであろうことについて期待及び信頼を有しているのであって,警察がこ
のような期待及び信頼に誠実に応えるべきことは,警察法2条1項及び警職法1条1項の定めからも明らかなように警
察の責務であり,上記のような状況における市民の期待及び信頼は法律上の保護に値する利益というべきである。
そして,原告C2及び亡C1は,Fの身体に危害が加えられていることを知り,その無事な救出を求めて,
f警察署に対して幾度となく事情を訴え,防犯カメラで事実が確認できる旨の申告までしているのであり,遅くとも同
月25日の時点においては,原告と亡C1に上記の法律上の保護に値する市民の期待及び信頼という利益が存在してい
たと認められるのである。
しかるに,f警察署警察官は,上記のように漫然と警察権限を行使せず,原告C2及び亡C1の上記利益を
侵害したのであり,国家賠償法1条1項に基づき,損害を賠償する責を負うというべきである。
そして,本件では恐喝及び傷害の被害が訴えられていたこと等原告C2及び亡C1の期待と信頼は切実かつ
甚大なもので,本件被害も残忍な虐待を受けた後の犯行隠ぺいのための殺害であったことにかんがみれば,賠償額も上
記アないしウの場合と異ならないというべきである。
(被告Dの主張)
ア 警察の捜査権限不行使の違法性一般
具体的事実関係の下において,諸般の事情を総合的に見た場合に,捜査機関による捜査権限の不行使を違法
と評価する余地があることは認める。
イ 本件におけるf警察署警察官の認識可能性
しかしながら,本件事件において,加害者らによるFに対する生命の危険が現在することを容易に認識し得
たということはできず,電話で警察官であることを名乗った点を含め,国家賠償法1条1項の適用上違法と評価される
ような職務違背はなかったというべきである。
すなわち,本件事件当時,F両親にも事件性の認識はなかったのであり,11月30日のf警察署への相
談,さらには12月4日のa警察署への相談の際も同様であった。F両親としては,期間が経過するにつれ,金銭上の
トラブルよりもFの身を案ずる気持ちが強くなってきたのであろうが,F両親の警察官らに対する相談は,飽くまで所
在を探して連れ戻すという限度にとどまっており,犯罪被害からの救出の要請等ではないという点は,一貫していた。
このような原告C2らの認識に基づいた相談から,D県警察官が認識し得た事実も,素行のよくない仲間と行動を共に
している息子の金銭上のトラブルに困惑するなどした親が,警察の手を借りてでもそうした仲間から息子を引き離した
いと苦慮していた様子がうかがえたにすぎず,Fが犯罪の被害に遭っているのではないかというようなせっぱ詰まった
危機意識を看取することはできなかったものである。
また,被告A1は,同月30日に原告C2が警察に行っていることを知り,12月1日及び同月2日にかけ
て初めてFを殺害しようと考えるに至ったのであるから,11月3日あるいは同月25日の時点で,f警察署警察官
が,Fの生命に対する侵害の危険性を事前に予見することは被告A1ら犯人以外の何人にとっても全く不可能であった
というべきである。
ウ 権限行使の容易性及び結果回避可能性
f警察署警察官には,上記イのとおり,Fが傷害,監禁,恐喝等の被害を受けているといった危険の切迫状
況について認識する可能性がなかったのであるから,捜査権限を行使すべき作為義務を負わないし,f警察署警察官の
行為によってFの死亡結果につながったとも言えない。
エ 期待権侵害(予備的主張)
f警察署警察官には,Fが傷害,監禁,恐喝等の被害を受けているといった危険の切迫状況について認識可
能性がなかったのであるから,捜査権限を行使しなかったことによる違法は認められず,犯罪事実の申告もなかった本
件では,F両親に警察に対する期待や信頼といった利益があるとはいえないから,Fの生命侵害についてF両親の固有
の慰謝料は認められない。
(3) 争点3について(原告らの損害額)
(原告らの主張)
ア F生前の損害
(ア) 強取金額         603万3000円
Fは,加害者らから,前提事実(3)記載のとおり,本件犯行期間中に,合計金603万3000円を強取さ
れた。
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(イ) 逸失利益         34万2360円
Fは,加害者らに,本件犯行期間の間,ら致監禁され,一時的に出勤したり,有給休暇扱いとされた日を
除く40日について,稼働先に出勤することができなかった。
Fのら致直前までの給与は月25万6781円(甲48)であり,一日当たりの給与額は8559円であ
るので,これに40日を乗じた34万2360円が逸失利益となる。
(ウ) 慰謝料          3000万円
Fは,本件犯行期間の間,加害者らから,前提事実(2)記載のような極悪非道なリンチを受け続け,殺害直
前には全身に熱傷や打撲傷ないし圧迫群傷,刺創といった傷害を負わされるなど,生き地獄のような日々を過ごしたの
であり,これによる肉体的・精神的苦痛を金銭に換算すると,その慰謝料は3000万円を下らない。
イ F死亡による損害
(ア) 逸失利益5083万1901円
Fは,本件事件当時,上記のとおり,月25万6781円の給与を得ていたが,同人が死亡した年の4月
に就職したばかりの未成年であったことにかんがみると,将来にわたって男性労働者の平均程度の賃金は確実に得られ
たというべきである。平成11年の賃金センサスの産業計,男性労働者計,学歴計による年収額は562万3900円
であって,これを基に,生活費控除率を50パーセントとして,死亡(19歳)の時から就労可能な67歳まで48年
間稼働が可能であったとして年収額に乗じると,Fの逸失利益は5083万1901円となる。
(イ) 慰謝料5000万円
Fは,犯行の発覚をおそれた加害者らによって,全裸にされ,二人がかりでネクタイで首を締め付けら
れ,窒息死により殺害されたのであり,このような凄惨な殺害方法によって受けた肉体的精神的苦痛を金銭に換算する
と,その慰謝料は5000万円を下らない。
ウ 相続
前提事実(1)ア及びカ記載のとおり,原告C2はFの父であり,原告C3はFの姉であるから,Fの死亡とそ
の後の亡C1の死亡により,原告C2は4分の3の割合で,原告C3は4分の1の割合で,それぞれFの上記損害賠償
請求権を相続した。
エ 葬儀費用等         236万6303円
原告C2及び亡C1は,本件事件により,Fの葬儀費用などとして236万6303円の出損をし,それぞ
れ2分の1の割合で負担した。
亡C1の死亡により,原告C2及び原告C3は,亡C1が負担した118万3152円について,それぞれ
2分の1ずつ相続した。
オ 弁護士費用
原告C2及び原告C3は,原告ら訴訟代理人に対し,被告A1,被告B1,被告A2及び被告A3らに対す
る本件訴訟の遂行を委任したが,本件事件と相当因果関係のある弁護士費用は上記の損害額の10パーセントというべ
きであり,原告C2が1046万8017円,原告C3が348万9339円である。
また,上記のとおり,被告Dの警察官らが,職務権限を適正に行使していたならば,Fの死を防ぎ得たか
ら,F死亡による上記イ及びエの損害については責任があるというべきところ,被告Dに対する訴訟遂行に関し,本件
事件と因果関係が認められる弁護士費用は,原告C2が773万9865円,原告C3が257万9955円である。
カ 結論
以上のとおり,被告A1及び被告B1は,Fを死亡させ,あるいはFに生前与えた損害につき責任を負うか
ら,原告C2に対して1億1514万8190円,原告C3に対して3838万2730円及びこれらに対するFの死
亡の日(12月2日)から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各損害賠償金を支払う義務がある。また,被告
A2及び被告A3は,被告A1に対する監督義務違反により,上記損害を生じさせたものであるから,上記の各損害賠
償金等について,被告A1と連帯して支払う義務がある。
また,上記のとおり,被告DもF死亡による損害については責任を負うから,原告C2に対して8513万
8518円,原告C3に対して2837万9506円,及びこれらに対するFの死亡の日(12月2日)から民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の限度で被告A1,被告B1,被告A2及び被告A3と連帯して損害賠償金等を支払
う義務がある。
(被告らの主張)
 損害額については不知ないし争う。
第3 当裁判所の判断
 1 事実経過
 上記の前提事実のほか,争いのない事実に証拠(甲2,3,6ないし13,18,22,24ないし26,33
ないし35,38,39,41,42,44,46,48,49,51,54ないし71,76,77,78,84,
86ないし93,丙1ないし18,証人K3,同K1,同G2,同G3,分離前の相被告B2本人及び原告C2本人。
書証中,枝番のあるものはそのすべてを含む。)及び弁論の全趣旨により認められる本件の事実経過は,以下のとおり
である。
(1) 9月29日ころから11月1日ころまでの加害者ら及びFの行動等
ア 被告A1とE1は,小中学校が同じ学校であり,また被告B1は中学校から被告A1及びE1と同じ中学に
通っていたが,本件事件以前は,被告B1とE1とが高校生のころに同じ暴走族グループに属し,行動をともにしてい
たものの,被告A1との付き合いは殆どなかった。E1は,暴走族に関与したことから高校を自主退学し,被告A1と
同じ通信制の高校に入ったことから被告A1との付き合いが始まり,被告A1に誘われて一緒にI1でアルバイトをす
るなどし,E1と付き合いのあった被告B1を含め,三人で遊ぶようになり,9月ころからは,三人で一緒に行動して
いた(前提事実(1)イないしオ,甲41)。
イ 被告A1は,被告B1及びE1に消費者金融会社から借金をさせて,自己の生活費や三人の遊興費として使
っていたが,さらに,金を引き出す相手として被告B1の勤務先の同僚であるFに目を付けた。加害者らは,9月29
日,Fを電話で呼び出し,暴力団員の車と交通事故を起こし,暴力団員から金員を要求されているなどと嘘を言い,F
の預金7万円を払い戻させて,これを巻き上げ,その際,加害者らは,怯えて抵抗できないFに対し,同人の頭髪をカ
ミソリ等で剃り上げ,無理矢理スキンヘッドにするなどし,そのままFを帰さず,車中に泊まらせたうえ,翌30日に
は,Fに消費者金融会社2社から15万円宛合計30万円の借金をさせたうえ,これを取り上げた(前提事実(2)ア,
(3)イ)。Fは,以後殺害されるまでの間,10月5日から8日まで4日間は会社に出社できたものの,その後は加害者
らから出社を止められ,約2か月間にわたり,加害者らに監禁状態にて連れ回された。
ウ 9月30日,加害者らは,Fに,携帯電話でG2を宇都宮市内の書店まで呼び出させた上,被告A1の乗用
車に乗せ,ヤクザの車と物損事故を起こしたので,今日中に100万円支払わないといけないなどと告げさせて,金を
無心させるとともに,Fに金を貸すよう言い添えるなどして,G2から金員を巻き上げようとした。
  G2は,Fが告げた内容が虚偽であり,E1がFに暴行している様子などから,加害者らがFのした話を種
に自分から金を巻き上げようとしているのだと思いながらも,被告A1の脅迫的な言辞や,被告A1が車両をロックし
てG2が逃げられないようにしたことなどから,暴力をふるわれるかもしれないと恐怖を感じ,金員を渡すことに同意
ページ(5)
した。しかし,G2が手持ちの金がないと答えると,加害者らは,G2を消費者金融会社に連れて行き,被告A1がG
2名義にて借入申込書を書き込み,被告B1が機械を操作するなどして,G2に無人契約機を通じて20万円の借入れ
を申し込ませ,契約機から出てきた金員をG2に触らせることもなく取り上げた。
  その際,G2は,Fが,加害者らによって頭髪をスキンヘッドにされるとともに,まゆも剃られた状態であ
り,またこれまでに見たことのないようなどんよりとした生気のない暗い表情をしていたのに気が付いた(甲78)。
エ 10月2日,加害者らは,Fに,携帯電話でG1の先輩であるG6(以下「G6」という。)に対し,友達
が運転していた車がいかがわしい者と物損事故を起こして金が必要となった等と告げさせて,G6を栃木県下都賀郡i
町の病院の駐車場に呼び出し,同人から金員を巻き上げようとした。G6は,Fと親しく,9月30日ころからFがG
1を欠勤していることも知っていたが,Fとの電話のやりとりから,Fが話す内容をいちいち誰かに聞きながら話して
いるような不自然な印象を受けたため,Fの後ろにだれかいて,話す内容を指示しているのだと判断した。そして,し
ばらくして電話にG6の高校の後輩であるE1がいきなりFからの電話に出てきて名乗るなどしたため,E1に良い印
象を抱いておらず,暴走族に所属していたことも知っていたG6は,Fが金を貸してほしいと言っているのはE1から
むりやり言わされているのではないか,車の事故というのはうそで,E1がFから金をせびろうとしているのではない
か,Fが欠勤しているのも,E1がFを連れ回しているためではないか等と直感した。
  G6が待ち合わせ場所に着くと,加害者らとFがおり,Fの様子がスキンヘッドになって眉毛が全部剃られ
ていたことから,Fの長髪にしたいという希望を知っていたG6は,F本人がやったのではなく,加害者らにむりやり
やられたものだと考えた。そして,E1が「俺は見知らぬこいつのために10万円貸したんですよ。俺も貸したんだか
ら,先輩も貸してやってくださいよ。」などとFに金を貸すよう言い,被告A1も似たようなことを言ったところ,G
6は,事故の話自体うそだと思っていたが,金を貸すのを断ると,Fが困り,E1や被告A1に暴力をふるわれるかも
しれないとの懸念から,Fに2万円を手渡した。すると,E1がわざとらしくFに向かって「先輩が貸してくれたんだ
から,ちゃんとお礼を言えよ。」などと言い,更にE1が「先輩,時間ありますか。審査だけ受けてくれませんか。」
などと言って消費者金融会社から金を借りることを要求するなどしてきたため,G6は怒ってこれを拒否した。G6は
Fとの別れ際,Fと被告B1を呼び,上司が心配しているので会社に出ろと言うとともに,被告B1がE1と共犯であ
ることを知らなかったため,「E1が主犯か。」等と尋ねたが,Fはぼそぼそと否定の言葉を口にした。
オ 同月5日,FがG1に出勤した際,G6は,Fの顔に殴られたような傷跡があり,腕にもけがをしているこ
とを見たため,FがE1らから連れ回された上暴力をふるわれているのではないかと心配になり,Fに対し,金を借り
た本当の理由を言うよう問い詰めた。これに対し,Fは「E1の車の中でたばこを吸っていたら灰を落としてシートを
焦がしてしまい,E1から『弁償しろ』と言われた。」などと言ったので,G6は,金をせびっているのはE1なんだ
なと確認したが,Fは暗い表情で押し黙ってしまった。G6はFから話してくれるまで待つしかないと思い,様子を見
たが,同月8日までFはG1に出勤したものの,その後Fは再び会社を欠勤するようになり,G6からFの携帯電話に
電話しても連絡が取れない状況になった(甲54)。
カ 同月6日,加害者らは,Fに,携帯電話でG3をG1社c工場近くのコンビニエンスストアに呼び出させた
上,E1の乗用車に乗せ,G2と同じく,ヤクザの車と物損事故を起こしたので,500万円要求され,坊主にしたら
100万円で許してやるなどと言われたが,いろんなところからお金を借りたが足りないので20万円貸してもらえな
いかなどと告げさせて,金を無心させるとともに,被告A1において「俺も貸している,貸してやれよ」などと言い添
えて,G3から金を巻き上げようとした。
  G3は,加害者らの風体や,スキンヘッドにしていたFの様子に違和感を感じながらも,それ以前にG2か
ら同じように20万円を貸したという話を聞いていたこともあって,本当にFがヤクザから金員を要求されて困ってい
るかもしれないと思い,E1の運転する車両で真岡市内の消費者金融会社の無人契約機まで赴いて20万円を借りた
が,被告B1に契約機から出てきた金員を直接取り上げられた(甲55)。
キ 同月上旬ころ,G2は,G3に,Fが加害者らと一緒に行動していて,加害者らから20万円を巻き上げら
れた際の話をすると,G3も全く同じ手口で加害者らから金を持って行かれたと答え,G2は,G3との間で,Fは裏
で加害者らに操られているであろうから,Fが心配であり,今度加害者らが自分たちに何か言ってきたら,Fの両親や
警察に話しをしようなどと話し合った。
ク 同月10日ころ,G2は,加害者らに命じられて15万円を貸してくれるよう無心するFからの電話を受け
たが,Fの様子を心配しながらも,続けて大金を貸していては生活していけないことから,貸す気はない旨告げて断っ
た(甲78)。
ケ 同月14日,加害者らは,Fに,携帯電話でFのG1の先輩であるG4を宇都宮市内の書店まで呼び出させ
た上,G4の自動車の中で,横山と名乗ったE1が同席した状態で,友人であるヤクザの息子から借りた車を運転中,
電柱と民家の塀にぶつかって物損事故を起こし,友達は親に言うこともできず,自分で修理代を出したので金がかか
り,その友達は明日から旅行に行くので,今日中に金を支払わないといけないなどとうそを告げさせて,金を無心させ
てG4から金員を巻き上げようとした。
  G4は,Fが告げた内容を信じ,会社の仲間だからと近くの消費者金融会社の無人契約機から30万円を借
り出し,Fに交付した。
  G4らが店外に出ると,被告A1が待っており,G4に対し,「藤原勝」と偽名を名乗るなどしたが,G4
には被告A1の様子がいかにもチンピラ風に見えた。被告A1が,Fに対し,「車を民家の塀にぶつけて壊した分の修
理代80万円を立て替えておいたから俺に払えよな。俺は明日から旅行に行くので今日中にな。」などと言ったため,
G4はチンピラが脅しをかけているような内容だと感じた。被告A1の言葉を受けて,FはE1と折半した50万円と
被告A1に要求された合計額を貸してほしいなどとG4に対してさらに金を無心すると,被告A1も「おまえのせいで
金なしで旅行に行ってもつまらない。」「金がねえなら借りるようにG4さんに頼めよ。」などとFに対して怒鳴るな
どしたため,Fは「お願いします。」などと言ってG4に再度懇願した。G4がこれを断ると,Fはその場に土下座し
たため,G4は一人で責められるFを哀れに感じて更に金を貸すことにし,新たな消費者金融会社に赴いて50万円を
借りて被告A1に直接手渡した。その後も更に芝居を続けさせられたFから追加で20万円貸してくれるよう無心され
たG4は,ここまで来たらという思いで承諾して別のカード会社などから20万円を借りてE1に手渡した。
  この際も,Fの顔には殴られた後があり,顔全体が腫れ上がっており,スキンヘッドでまゆもそり上げられ
た状態のままであった(甲35)。G4が,顔のことを尋ねると,Fは「飲みに行った帰りに酔っぱらいとけんかし
た。」などと答えた。
  被告A1は,G4から大金をせしめたことに味をしめ,同月15日にもG4に電話をかけ,「Fが確実に金
を返させるように手形を作らせたい。手形は大阪で作るのでその手間賃がかかるがそれはだれが払うのか。」などと言
って更に金を巻き上げようとしたが,G4は「そんなことは知らない。」等と応じ,同日までにG1の上司にFに計1
00万円を貸すに至った経緯を報告した(甲33)。被告A1は,同月17日にも十数回にわたりG4の携帯電話に電
話をかけたが,上司からの指示等もあって,G4は電話に出なかった。
コ その後,同月25日,G2に対して,再度Fから電話があり,金を返したいから,再度宇都宮市内の書店ま
で来てほしいなどと告げられたが,G2は,Fと行動を共にしているであろう加害者らのことを想起して,免停中で車
に乗れないから行けないなどと申出を断ると,電話の相手がE1に変わり,「うそをつくなよ,こっちはちゃんと金返
すって言ってんだから来てもいいだろう。」などと脅すような口調で言われるなどしたため,G3と二人で行く旨答え
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て電話を切り,金目のものは置いていき,何かあったら逃げようなどとG3と相談した上で,二人で待ち合わせ場所の
書店に向かった。
  G2とG3が待ち合わせ場所に着くと,Fと加害者らが現れるや,加害者らの意を受けたFは,G3に対し
て10万円を貸してくれるよう頼み,G3が断るや,G2に対しても,涙ぐみながら同じく金銭を無心したが,G2も
これを断った。しかし,G3が自動車を降りてF及び被告B1と話しをしだすや,被告A1やE1らが乗っていた自動
車から降りて,加害者らがG3を取り囲む形になり,Fは,B1に「おまえがきちんと頼まないので貸してくれないん
だ。」などと文句を言われて頭を平手で叩かれたことから,土下座するなどしてG3に対して引き続き金員を無心し,
加害者らはこれに便乗して「貸してやれよ。」などと言って周囲から脅すなどした。この際,Fは,つばのない帽子を
深めにかぶっていたが,顔全体が腫れ上がっており,寒くもないのに右手には軍手のような白い手袋をはめており,目
はどろんとして生気のない状態であった。G3は,Fのけがの状態から,Fが加害者らに暴行を受けたことを察知し,
自分も暴力をふるわれかねないとのおそれから,あきらめて金を貸すことに同意し,当時のI3百貨店の現金自動預払
機から10万円の自己の預金を下ろしてB1に渡すなどした。G2及びG3は,Fが加害者らから暴力をふるわれてお
り,加害者らに言われてけがを隠そうとしていると感じた。
(2)10月から11月1日までのF両親とG1関係者の行動等
ア F両親は,10月4日,FのG1における直接の上司であるG7(以下「G7」という。)から,Fがうそ
をついて会社を休んでいる旨の連絡を受け,初めて本件事件にかかわる事実を認識した。
  Fは,同月5日,G1に出勤した際には,頭はスキンヘッドになっており,まゆも剃られていて,顔にはい
わゆるアオタンができ,血が何か所か付いていてけがをした状態であった。G7からけが及び欠勤の理由や両親に5万
円送金するよう頼んだ理由などを尋ねられると,Fは,B1と一緒にいたことについては明らかにしたが,その他のこ
とについてはうそを述べた。
  同月12日以降は,出社する旨の一方的な連絡はあるものの,Fの欠勤が続いた上,同月15日ころには,
Fが会社の同僚や先輩ら多数の者に金を貸してほしいと申し入れ,実際にG4が100万円を消費者金融会社から借り
て貸したことなどが判明したことなどから,G7は,同日,亡C1に電話で連絡した上,同月18日ころ,亡C1を会
社に呼び出して,Fが事件に巻き込まれているように感じるので捜索願を出した方が良いなどと助言した。
  亡C1は,G7とG1の部付で警察官のOBであるG5(以下「G5」という。)に伴われて,同日,捜索
願いを提出するためにf警察署を訪れた。亡C1から聴取した刑事課のK5は,暴力相談受理簿(丙1)に,「Fは『
ヤクザのような人の車を借りて壊してしまい金を要求されている。相手はヤクザで150万円で勘弁してくれると言っ
ている。その金を貸してほしい。』と借金の申込みをしている。Fは,会社に連絡はしてくるものの,9月下旬ころか
ら寮に戻っておらず,車を借りた事実や車を損傷した事実,金銭の要求事実とその相手方を確認できない状況にある。
事案の進展によっては恐喝事件とも認められるが現時点で本人の所在が判明せず家出人捜索願の届出をさせた。」など
と相談内容について記載した。
イ f警察署生活安全課のK1から家出人捜索願の受理担当を命ぜられたK3は,相談の内容から,「藤原」な
る人物がG4に対しさらに金を借りようと考えて電話をかけている節があり,G4が金を貸すのを渋った場合,恐喝等
の犯罪に及ぶ可能性も考慮し,同月19日,G4から金を巻き上げられた際の状況について事情聴取を行い,Fと一緒
にいた「藤原」なる人物が,ヤクザっぽい口調で話す怖い男で,G4が金を貸した後もG4の携帯電話に何度か電話を
してきていることや,G4の携帯電話の着信履歴から「藤原」が使用していた携帯電話番号を聞き知った。K3は,電
話会社に対する携帯電話の所有者に関する調査によって,「藤原」使用の携帯電話の契約者が被告A3であって,電話
料金の請求書が被告A1あてに送付されていることなどを知り(丙5),更に調査を行い,被告A1が警察官である被
告A2の次男であり,恐喝罪による逮捕歴を含む非行歴を有していること等を突き止めた。そこで,県警本部を通じて
非行時の被告A1の写真を入手してG4に対していわゆる面割り捜査を行ったところ,G4は示された10人の写真の
中から,被告A1の写真を選んで「藤原」に似ている旨指摘した。K3は,G4に対して「藤原」と名乗る被告A1と
会わない方が良いなどと助言し(丙17),翌20日,調査の結果をK1に報告した(甲66,6頁ないし8頁,甲6
8,8頁9頁)。
ウ 原告C2は,同月19日,f警察署を訪れて,応対したK3に対し,Fが何らかの犯罪に巻き込まれている
のではないかなどと訴え,「Fが帰ってこないうちは,Fから警察に電話があっても,家出人捜索願を取り下げないで
ほしい。」旨依頼した(丙17等。なお,K3は,10月19日,F自身が「俺は家出人じゃねえ。捜索願を取り下げ
ろ。今晩は夜勤だから会社に行く。」などと大きな声で怒った口調で電話をかけてきたという事実があったと供述(丙
17,K3証人)するが,このことはf警察署警察官の捜査権限不行使が問題とされて以降の資料にしか記載がないこ
と(甲45等参照),加害者らが原告C2の捜索願を知ったのは後記のとおり,同年10月末ころで,Fに捜索願の取
下げを強制することはできない上,Fがこれを知り,かつ自発的にこのようなことを行うとは考えられないことからす
れば,K3の供述は信用できず,この事実は認定できない。)。
エ 同月22日,F両親はf警察署を訪れ,原告C2が,K3に対して,「先日電話でFと話ができたが,電話
の周りから変な笑い声が聞こえた。監禁か軟禁状態にあるのでは。」などと述べて,Fが犯罪に巻き込まれているとの
懸念を訴えると,これに対し,K3は,原告C2の懸念は憶測にすぎないなどと述べ,原告C2に対し,Fが薬物を使
用しているのではないかといった趣旨の発言を行った(甲84,90,丙17)。
オ 原告C2は,同月27日,Fの同級生ら数人に電話してFが借金を申し込んでいないかを尋ね,Fが金を借
りようとしても貸さずに親に相談するように依頼するなどしたところ,そのうち,Fの中学校の同級生で親友でもあっ
たJ1から同日会う約束であるとの話を聞いたため,J1の父親とともにJ1のアパートに行って事情を聞いたとこ
ろ,J1が絶対に親に口外しないようにと口止めされて合計で31万円を貸したことや同日Fがその返却にくる予定で
あることが分かり,Fが来るのを待つこととした。しかし,J1が,Fの外に加害者らがいたことから,「逆恨みが怖
い」と言って原告C2らが立ち会うことを承諾しなかったため,離れた場所で待つこととなり,同日午後9時ころに加
害者らに伴われてFが待ち合わせ場所に来た際に乗っていた車両のナンバーの一部(しかし,正確ではなかった。)を
確認したが,Fに直接応対することはできず,J1から,Fが被告B1と一緒に来たこと,3万円だけ返却されたこ
と,Fは右腕に包帯を巻いておりけがをしている様子であったこと等を聞くにとどまった(丙8の1,原告C2本人)

  原告C2は,翌28日,被告B1の母親であるB2にFの居所を被告B1が知っているはずであるので本人
に確認してほしい旨依頼するとともに,G1の人事課にも電話し,Fが被告B1と一緒にいることを伝え,被告B1が
無関係であると回答した社内調査をやり直してほしいと伝えるなどした。
カ 10月28日,G1の人事課は,G2及びG3と面談し,被告B1がFと一緒に行動していることや,同人
らがFに金員を貸していることを聴取した。これにより,G2やG3においても,Fが自分たち以外の同僚や友人らか
ら金を借りていることや会社をずっと欠勤していることを知った(甲77の4,甲78)。原告C2は,同日,G1か
ら電話を受け,社内で再調査をしたところ,被告B1がうそをついていることが分かり,FがG4以外にも社内の同僚
2名(G2及びG3)から借金をしていたことも分かった旨の回答を受けた。
  翌29日,G1人事課は,被告B1及びB2と面談を行い,Fのことについて被告B1に問いただすなどし
たが,被告B1は「F君のことは知らない。」などとうそを突き通し,Fの所在については判明しなかった。G1とし
ては,この日被告B1から事情を聴取したことで加害者らが何らかの行動を起こすおそれがあると考え,警察に対し被
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害届を提出することにした。また,このころ,G2及びG3は,加害者らが会社の寮まで押しかけて金を巻き上げよう
としたりする事態をおそれて,G1の社員の勧めで,会社の寮の部屋から引っ越しをし,外出の際などには二人一緒で
行動するよう心がけるなどするとともに,Fの身を案じ,「ひょっとしたら,Fはこのまま戻ってこないかもしれな
い。」などと最悪の事態になることを心配していた。
キ 11月1日,G2及びG3は,G1の上司や同社の警察官OBのG5など4名に伴われて,10月25日に
上記のように加害者らに金を巻き上げられたことについて恐喝等による被害届の提出などを念頭に置いてf警察署を訪
れた(甲77の7)。
  G2とG3は,f警察署警察官のK3により事情を聴取されたが,K3に対して,上記のような金を巻き上
げられた事件のあらまし,すなわち,G2については,9月30日に,G3については,10月6日と同月25日に,
それぞれ加害者らに脅されるような形で金を貸すことになったこと,犯人は加害者らであり,Fの借金の申出は加害者
らにやらされているであろうこと,その際,Fが上記のようなけがをしていたことを訴えたが,K3は,G2が頭髪を
染めていることをとがめるなどし,真摯かつ詳細に事件内容を聴取せず,途中から同席したK1が指示したこともあっ
て10分程度で事情聴取を打ち切り,G2やG3らに対して「それでは事件性がない。」などと述べて被害届も受理し
なかった。
(3) 11月2日ころからF殺害まで
ア 加害者らは,Fを解放すれば,Fに対する凄惨なリンチや,Fに借金させた上での強盗行為などが露見する
ことを恐れて,Fを監禁状態において連れ回していたが,10月の終わりころ,原告C2がFの携帯電話に電話をかけ
た際,捜索願を出している旨告げたため,そのことを知った。またそのころ,被告B1が上記(2)カのとおり,G1から
呼び出されて,人事課長らからFの居場所を尋ねられるなどしたため,加害者らはG1も被告B1などを疑っているこ
とを知った。また,11月初めにFを連れ回して北海道を旅行していた際,Fが原告C2と電話したときに,原告C2
が,Fに対し,「E1と一緒にいるだろう。」と言って問い詰めるとともに,E1使用車両のナンバーを告げるなどし
たことから,加害者らはこれについても知ることとなった(甲11,18)。
イ 11月2日,J1の父親が原告C2を訪ね,原告C2に対し,J1が同日,金を貸してほしいと無心に来た
Fの依頼を断ったことや,FがE1と同行していたこと,乗ってきた車両のナンバー,Fのほおにまだ新しい傷があっ
たことなどを伝えた(丙8の1)。
  これらの出来事を受けて,原告C2は,11月3日,f警察署に電話をかけ,応対に出たK4に対し,Fが
乗っていた車両の持ち主の調査を依頼するとともに,Fが中学の同級生のところに金を借りに来た際,E1と行動を共
にしており,同級生の話だと,右腕の肘から先に包帯が巻かれており,右ほおには殴られたようなアザがあったこと等
を伝えた。K4は,車両の所有者がE1であることを調べて,その住所とともに原告C2に伝えたが,Fが一人になっ
た際に逃げないのは,Fも悪いのではないかなどと述べた(丙8の1)。K4は,同日の夜原告C2からの聴取内容を
記載したメモ(丙7)をK1やK2に報告した(甲66,69,丙18)。
ウ F両親は,11月9日,f警察署を訪れて,「Fの動き」及び「Fの借金」と題する,それまでの本件事件
にまつわる経過などを記載した書面(丙8の1及び2)を,Fの捜索の参考にしてほしい旨述べて,同署少年補導嘱託
員に手渡して提出した(甲66,69)。
  しかし,外出から帰宅して上記書面を見たK1は,内容について精査せず,記載内容について十分な確認を
しないまま,同嘱託員にFの家出人捜索願とともに綴らせた(甲69)。
  なお,E1の父親であるE3は,同月15日ころ,h警察署を訪れて,E1が家に戻らない等の相談をした
が,1週間に一度帰宅しているのであれば家出人ではないのではないかと言われて相談を終了した(丙9)。
エ 同月22日,Fは,加害者らに伴われて東京都千代田区所在の株式会社I2銀行g支店を訪れ,自己名義の
預金30万円を払い戻させられた。また,同月24日,Fは,被告B1に伴われて再び同支店を訪れ,店頭窓口で20
万円の預金を払い戻させられたが,その際,応対した同支店行員が確認したところによれば,Fはフード付きジャンパ
ーを着ており,店内でもフードをかぶっていたが,顔全体がはれ上がり,顔の右側や右手の小指側がひどく赤く皮膚が
むけており,やけどの跡であると容易に確認できる状態であった。F及び被告B1は,翌25日にも同支店に訪れ,F
は自己の預金14万5000円を払い戻させられた(甲91,92)。
  同支店の次長は,加害者らの風体が悪く,通帳の盗難等も疑われたことなどから調査を行った結果,払い戻
された預金がいずれも払戻日当日に原告C2から振り込まれたものであることや,同月24日に窓口の行員が応対した
相手がF本人であること,その際当該行員が上記のようなFのけがの様子を確認していたこと等を把握したため,Fの
身の危険を感じ,入金者について更に調べてもらうために入金先である同銀行a支店に対して連絡を取ったところ,同
支店には原告C2から入金したFがどこで払戻しを行っているか調べてほしい旨の相談があったことなどを聞き及び,
原告C2に連絡を取ってもらうよう同支店に連絡するなどした(甲92)。なお,同月24日に来店したF及び被告B
1の様子は上記g支店の防犯ビデオに撮影されていた(甲93の1ないし4)。
  原告C2は,同月25日,同銀行a支店支店長から連絡を受け,同銀行g支店でFが預金を引き下ろした際
3人の男たちがいたこと,Fが顔に明らかな火傷をしていたこと等の様子やそれらが支店の防犯ビデオに撮影されてい
たことを聞いた。そこで,亡C1は,f警察署に電話をかけ,原告C2が聞いた内容をそのまま伝えて,防犯カメラの
映像の取り寄せとFのけがの状況の確認をしてくれるよう依頼したが,電話を受けたK4は,直後に別件で令状請求の
ためI4裁判所に行かなければならなかったことなどから,繁忙にかまけて電話があったこと自体を失念し,上司や外
の警察官に報告しなかった(甲66,69)。
オ 原告C2は,同月30日,あらかじめB2やE1の両親に相談したいことがある旨の電話をかけて呼び出し
た上,F両親とE1の両親,B2と被告B1の伯父が出席して宇都宮市内のファミリーレストランで話合いを持ち,「
Fの動き」及び「Fの借金」と題する書面(丙8の1及び2)を示しながら,Fが消費者金融会社や友人らから多額の
金員を借りていること,金を借りた際,Fの背後には被告B1とE1の姿が必ずあること,どちらの息子さんでもよい
から本人から事情を聞いてもらいたいこと,Fがけがをしている様子であること等を訴えた(甲38)。
  この話合いの後,F両親は,E3やB2を伴ってh警察署を訪れ,同署の生活安全課署員に対して「Fが他
人の名前を使って銀行等から金を引き出している。引き出した際銀行の防犯カメラにFの顔が写っていて顔にけが等を
しているので,影に暴力団がいるかもしれない。」等と申告したところ,同署員は,E1やB1は週に一度帰宅してい
るのであれば暴力団とのつながりについてはその際に確認すればよく,銀行の防犯カメラの映像も家出人捜索願を提出
してあるf署から銀行に対して文書で提出すれば閲覧が可能であるなどと回答した(甲69,丙9)。
  そこで,原告C2らは,そのままf警察署に赴き,同署の廊下で応対したK3に対し,FがI2銀行g支店
で預金を引き下ろした際,顔に火傷をしている様子が防犯カメラに写っていたことを説明し,警察なら証拠に出せると
聞いたので取り寄せて調べてほしいなどと依頼するとともにE1運転車両の捜索手配についても依頼した。
  F両親らがK3と応対している際,Fから原告C2の携帯電話に電話がかかってきたため,原告C2は,電
話を取り,加害者らに命じられて「あさって帰るから電車賃だけでも振り込んでくれ。電車賃ないと帰れないじゃん。
」などと言って金を無心するFに対し,そんな金はない旨答えるとともに,そばにいる亡C1とともに帰ってくるよう
説得したが,Fは,被告A1に「泣け。」などと命じられたこともあって涙ながらに「俺だって帰りたいんだよ。電車
賃ないと帰れないじゃん。」等と答えるのみであったことから,「ちょっと友達に代わるから。」などと言ってK3に
電話を代わった。
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  見知らぬ相手が電話に出たため,Fが「あんた誰だよ。」等と尋ねたところ,K3は,「警察だ。」と答
え,それに対してFは「ケイサツー。親父に代わって。」などと言うなどしていたが,Fの携帯電話の裏側に耳を当て
て聞いた内容を被告A1に伝えていた被告B1は,「Fの親父が警察行きやがったっぽいぞ。」などと言い,これを聞
いた被告A1は電話を切るよう命令し,Fは電話を切ってしまった(甲3,32,分離前の相被告B2本人)。
カ 加害者らは,11月に入って以降,ほぼ毎日のようにFに命じて金を無心する電話をかけさせていたが,同
月30日ころ,上記のとおり,Fに原告C2に対してかけさせた電話でK3が「警察だ。」と名乗ったことから,原告
C2が警察に届け出ている事実を知った。これにより,被告A1はにわかに焦りだし,髪の毛を染めて人相を変えるな
どした上,居所を変えて逃走しようとした(甲3,11,32等)。
  E1は,12月1日午後6時36分ころ,Fを同乗させてその使用車両を運転していたところ,宇都宮市内
の路上で,右折しようとした際に直進してきた原動機付自転車と衝突するとの交通事故を起こした。E1はその際,被
害者に対し,自己の住所や携帯電話番号などを教えるなどしたが,同日8時ころに被害者がk警察署に通報したため,
同署に交通事故として受理された(甲44,丙10)。
  また,同日夜ころ,E1は,自宅に電話した際にFを連れてお金を借りて回っている件で母親が自分を探し
ていることを弟から聞いた(甲43)。
  E1と合流して,E1からその使用車両で交通事故を起こしたことや原告C2に自分たちがFを連れ回して
いることが露見していることを聞いた被告A1は,交通事故を起こしたのなら警察は絶対にE1の使用車両を探すか
ら,Fを乗せていることが見つかってしまいかねず,Fが警察に見つかれば自分たちがFにした犯罪の数々が明らかに
なって捕まり,刑務所に入れられてしまうと考え,Fを殺害することを決意し,Fの殺害を被告B1やE1に持ちか
け,Fを殺害する謀議を遂げ,前提事実(2)のとおり,Fを殺害した(甲11)。
  なお,E1運転車両の手配については,12月1日にf警察署少年補導嘱託員がD県警本部に電話で登録を
依頼し,同月2日に県警本部での電算登録が完了し,車両のナンバーを照会した際には家出人の使用車両であることが
即時に判明する状態となった(甲69,34頁)が,E1が起こした交通事故の際には間に合わなかった。
キ E2は,12月1日,h警察署生活安全課に対して,原告C2から,E1がFから金を取ったから返済して
くれ等と言われており,子供に確かめないと払うことはできないなどと答えているが,子供と連絡が取れず困ってい
る,被告A1がE1の行方を知っていると思うが,本当のことを言わないので,警察から被告A1に電話をかけて聞い
てほしい,などの相談を行った。相談を受理した警察官が被告A1の携帯電話に連絡を取ってE1の連絡先を尋ねたと
ころ,被告A1は,E2と直接応対した上で,E1とは自分からは連絡が取れないが,E1から連絡が来たら家に連絡
をするよう話しておく,などと虚偽を述べた(甲46,丙11)。
  原告C2は,12月2日,k警察署を訪れ,同署警察官K6に対し,Fが10月18日から所在不明となっ
ていること,加害者らと行動を共にしており友人等から多額の金員を借りていること,その中には,友人等と一緒に消
費者金融会社に行って金を借りさせ,その金をFが借りていることもある様子であり,加害者らにその金を取られてし
まっているのではないかなどと相談した。
  K6は,金を借りた者から直接事情聴取して,恐喝になるかどうか,犯罪地はどこかなどを検討する方針を
立て,同月3日,G2及びG3から事情聴取するなどした(丙12)。
  原告C2は,同月3日,被告A2宅を訪問し,被告A2及び被告A3にFが加害者らと行動していることや
消費者金融会社から多額の借金をしていることなどを話した。
  被告A1から母E2が自分を探していることを聞いたE1は,Fを殺害した後の12月3日にE2に電話し
た際,E2から,原告C2がFを加害者らが連れ回していると疑っていることや,I2銀行g支店での預金払戻しの際
の防犯ビデオにE1が映っていると原告C2が述べていたこと等を聞き及んだ(甲43)。
  原告C2は,同月4日,a警察署生活安全課を訪れて,Fの行方が分からない等の事実を訴えたが,同署で
は,事件性については原告C2の話からは判然としなかったとし,関係者を含め継続調査する等の方針を立てた(丙1
4)。
(4) 加害者ら間の関係及び本件犯行期間における加害者らの帰宅状況
ア 加害者らの中では,被告A1が,被告B1及びE1に指示して借金させ,またFから強取した金員を管理し
ていたほか,被告B1及びE1に,Fに対するリンチをするようにし向けたりするなど,加害者らの行動を決定し,F
殺害に関しても,これを提案して被告B1及びE1を説得した上で殺害方法について謀議をとりまとめていた(甲7
0,71)。
イ 被告A1は,10月1日,使用していた自動車で事故を起こしたことで被告A2からしっ責された後,同月
10日及び同月20日に少しの間立ち寄った以外には,余り自宅に戻らなくなっていたが,同月21日及び22日には
自宅に泊つた。その後,被告A1は,10月31日と11月2日に自動車の月賦ローンの支払代金を被告A3に渡した
際のほか,12月1日に再度自動車のローンの代金を被告A3に支払に来て同日宿泊するまでは自宅に戻らなかった。
なお,本件殺害行為の犯行日である12月2日は午前6時30分ころ自宅を出て,犯行に赴いており,犯行後の同月3
日も早朝自宅に立ち寄るなどした(甲37)。
  被告B1は,9月下旬ころからほとんど自宅に戻らない状態が続き,本件犯行期間のうち,10月中旬の早
朝ころにFを伴っていったん家に立ち寄り,また11月末に被告B1のいとこの結婚式があった際に自宅に戻ったのみ
であった(甲38,分離前の相被告B1B2)。
  E1は,9月28日ころから自宅に帰らず,被告A1に誘われて勤めていたI1にも出勤しなくなったが,
10月1日ころにはF及び被告A1,被告B1とともに自宅に戻った。また,同月19日か20日にわずかな時間帰宅
し,11月18日から同月19日まで自宅に戻ったが,同日,北海道で働くなどと言って,再び家を出ると,同月28
日に被告A1とともに一旦帰宅したのを除いて,自宅に帰らないまま,本件事件により逮捕された(甲40)。
  なお,加害者らは,本件犯行期間のうち,10月15日から同月18日まで,11月5日から同月6日ま
で,同月10日から同月13日まで,同月15日から同月16日まで(なおこの回はE1のみ同月17日に帰京)の少
なくとも4回,Fから強取した金員を使って,Fを伴い,いずれも北海道に航空機を使って旅行していた(甲7,2
6)。
 2 争点1について(被告A2及び被告A3に被告A1に対する監督義務違反による不法行為責任が認められるか。

  (1) 前提事実のほか,争いのない事実に証拠(甲6,9,29ないし31,37,38,47,58,79,証人
A3)及び弁論の全趣旨を加えると,以下の各事実が認められる。
ア 被告A1は,幼少から活発な性格であったが,小学校時代から勉強は全くせず,成績は芳しいものではなか
ったため,被告A2は被告A1に対して兄と比較し,「兄さんを見習って勉強しろ」等としっ咤激励していた。
被告A1が7歳ころから3年間,被告A2は仕事のため単身赴任をしていたこともあり,被告A1に対して
よく面倒を見られない状態であった。この前後から,被告A1は勉強には無頓着になる一方,いたずらなど人の気を引
くことで自分の存在感をアピールする面が見られるようになった。そして,小学校の高学年になったころには,体も大
きくなってけんかも強くなり,勉強をしないグループの中心的な立場に立つようになり,このころから,外の児童を殴
ったり,外の児童から金を借りたのに返さない等の問題行動が見られるようになった。被告A2は,これに対してこと
あるごとに注意したのに対し,被告A1は,「今後はこのようなことはしない」などと謝罪するものの,口先だけその
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場しのぎのことを言って逃れ,しばらく経つとまた上記のような問題行動を繰り返す傾向が見られた。このような被告
A1の態度に,被告A2は不安を抱いたことが度々あった。
イ 被告A1は,中学校に入学後間もなく,上級生から殴られて金を巻き上げられたことなどから,やられたら
同じことをやり返すといった行動に出るようになり,他人から金を脅し取る,いわゆる喝上げを繰り返すようになっ
た。被告A2及び被告A3は,被告A1が喝上げしたり,暴力をふるうようなことがあると,その都度被害者らに謝罪
に行き喝取金を弁償するなどした上,被告A1に対し,警察沙汰になるような事件を起こしたら家族一同の生活が崩壊
するという危惧から,「お父さんが警察官をやっているんだから,捕まるようなことは絶対するな。何回もそういうこ
とを繰り返すと,施設に入れるぞ。」などと言って注意していた。被告A1は,それに対して「もうやんないから。ご
めんなさい。」等と神妙そうな態度で謝罪していたが,そのたびごとに被告A2らはこのようなことは二度とやらない
だろうと望みをかけては裏切られていた。
被告A1によるこのような外の生徒らに対する暴行や恐喝は中学時代を通じて十数回あった。
ウ その後,被告A1は,高校を受験したが不合格となったため,宇都宮市内にある専門学校に入学したもの
の,4,5日しか通学せずに退学し,焼鳥店の経営者の息子に対する暴行事件を起こしたことをきっかけに同経営者が
経営する福島県郡山市にある焼鳥店に勤め出した。ところが,同店の従業員の中で素行の悪い者がいたため,この者と
共同で,商店のレジから現金10万円を盗むなどの事件を起こした。被告A2が被害弁償に尽力するなどしたため,被
害者から被害届は出されず,被告A1は処罰を受けなかった。このころも,被告A1は,焼鳥店の仕事も仕事がつらい
と言っては何度も自宅に逃げ帰るような状態であった。
また,このころ,被告A1は,いわゆるテキ屋から金を借りて返さなかったことなどからトラブルとなり,
被告A2らの住む自宅が襲われ,玄関のガラス戸を割られるなどした。被告A2は,k署に被害届を出すなどして犯行
を行った4人を逮捕してもらった。
その後,被告A1は,平成8年6月ころ,株式会社I5という会社に勤めだしたが,一か月も勤務せずに辞
め,このころから4,5日自宅に戻らないことも多くなり,同年夏ころには友人らを誘って集団で一人の被害者を殴っ
て傷害を負わせたという事件を起こした。被告A2は,このように被告A1が事件が起こすたびに被害者に謝罪に行っ
たり,弁償して示談するなどしていた。
この間,被告A1は,暴走族に加入し,暴力団構成員とも交際するようになった(甲9)。
エ 被告A2は,被告A1の悪行が一向に修まらないことから,立ち直りのために厳しく裁きを受けさせるべき
かとの考えから,平成9年8月か9月ころ,被告A1が現金十数万円を恐喝する事件を起こし,また,無免許で物損事
故を起こした際,事故の報告に行くなどと言って被告A1を警察署に出頭させ,出頭させた警察署に恐喝事件の担当の
警察官も待機させて,被告A1を逮捕させた。被告A1は,これらの事件で家庭裁判所の審判を受け,少年鑑別所に入
所したが,被告A2が面会に行くと,被告A1は,「親父にはめられた。こうなったのは親父のせいだ。」などと全く
無反省なことを言ったため,被告A2はがく然とした。
平成9年10月に家庭裁判所から保護観察処分を受けて少年鑑別所を出所後,被告A1は,2か月ほどは建
築関係や土木関係の仕事先に行っていたが,次第に帰りが遅くなり,外泊などするようになっていた。
なお,被告A1は,平成10年2月ころから交際していた女性がいたが,その交際女性と言い争いになった
際にも,自分が不利な立場になると殴る蹴るなどの暴行を加えていた(甲29)。
オ 平成11年の春ころに被告A1が「今度こそ一生懸命仕事をやるから車をローンで買いたい。」旨申し出た
際にも,被告A2はきちんと働いていることが分からないと駄目だなどと言って反対した。被告A1はこの後,いった
んは宇都宮市内にあるI1という鳶の足場を組む会社に勤めて一応働くなどしたため,5月末ころ,被告A2は,被告
A3名義の車両を約31万円で下取りに出し,さらに頭金20万円を支払うなどした上,自己名義でローンを組んで被
告A1に総額282万4480円の自動車(ホンダオデッセイ)を購入することを許した(甲47)。
しかし,自動車を購入するや,被告A1は仕事に行かずに自動車で遊び回るようになり,勤めていたI1も
休みがちになり,平成11年7月分の給料をもらった後は同社に出社せず,退社となった(甲6)。その後は,祖母か
ら小遣いをもらってはパチンコなどをして遊んでいた。
カ 9月30日ころには,被告A1が購入した自動車で物損事故を起こしていることが分かったことなどから,
10月1日,被告A2は被告A1をしっ責したため,以後,被告A1は自宅に寄り付かなくなった。本件犯行期間のう
ち,被告A1が,自宅に戻った状況は,上記1(4)イのとおり,同月10日と20日の短時間,同月21日,22日の2
日間,10月31日と11月2日の短時間,12月1日だけであった。なお,本件殺害事件の犯行日である12月2日
は午前6時30分ころ自宅を出,犯行に赴いており,犯行後の同月3日も早朝自宅に立ち寄るなどした(甲37)。
キ 12月3日,被告B1の母B2から自宅にいた被告A3に対して,被告A1が宇都宮駅の駅東の区域に借り
ているアパートの場所について問い合わせがあったが,被告A3は,被告A1からアパートの話などは全く聞いていな
かったため,帰宅していた被告A1に電話を替わったが,B2が被告B1の行方を尋ねたのに対し,被告A1は「知り
ません。俺ずっと会ってません。」などと虚偽の返答をした。
その後,原告C2から被告A2宅を訪問するという連絡があり,B2は,原告C2とともに被告A2宅を訪
問したが,被告A1は交際していた女性と自宅を出た後であった。この際,原告C2は,応対に出た被告A2及び被告
A3に対し,Fの行方を尋ねるとともに,Fが加害者らとともに行動しており,消費者金融会社から多額の金員を借り
ていることなどを話した(甲37,38)。被告A2は,原告C2に対し,「うちの子は,親の口から言っても本当に
悪い野郎だよ。C2さんの息子さんに本当に関わっているのかね。去年のころは,自分でせがれの首を絞めたくなるよ
うなこともあった。」などと言った(甲58)。
(2) 以上を前提に,被告A2及び被告A3の被告A1に対する監督責任につき検討するに,未成年者が責任能力を
有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認
め得るときは,監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立すると解するのが相当である(最高裁昭和49
年3月22日第二小法廷判決・民集28巻2号347頁参照)。
ア 上記(1)の認定事実アないしエのとおり,被告A1は,小学校高学年ころから外の者に対する暴力や金銭に関
するだらしなさといった性癖が発露しており,その後これが修正されることなく悪化の一途をたどり,中学生ころには
外の生徒に対する暴行や喝上げが常習化し,高校に進学せず職に就くなどしてからは窃盗事件や集団での暴行事件,金
銭トラブル,さらには恐喝等の犯罪に手を染めているのであり,被告A1のこの種の悪性癖は誠に著しいものというほ
かなく,被告A2及び被告A3において,このような被告A1の悪性癖を認識していたことも上記認定事実から明らか
である。被告A3は認定事実の一部を否定する供述をするが,信用できない。
そして,本件事件は,前提事実(2)及び上記1(1)ないし(4)に認定したとおりのものであって,本件リンチ行
為は,被告A1が多数による少数者への暴行や弱者に対する暴行といった従前繰り返してきた暴行行為の発露と見るこ
とができるし,Fからの金員強取は,より巧妙化しているものの,同じく多数回行ってきた恐喝がより悪性の高いもの
に発展したものと評せざるを得ない。本件殺害行為についても,結局は本件リンチ行為及びFからの金員強取の延長線
上にあるのであって,被告A1の弱者に対する容赦のない攻撃性と思い通りにならない事象が生じた場合の他罰的傾向
が,Fに対して最悪の形で結実したものということができる。そうすると,被告A2及び被告A3においても,本件事
件について,本件殺害行為自体を具体的に予見していなかったとしても,被告A1が本件事件当時一般的な暴行・傷害
等の行為及び恐喝・強取等に及ぶ可能性は十分に予見できたといえ,一般的な予見可能性はあったと考えるのが相当で
ページ(10)
ある。
イ そこで,被告A2及び被告A3らの監督義務違反の有無を検討すると,上記認定事実(1)オのとおり,被告A
1に対して自動車を買い与えた結果,その素行は悪化し,被告A1は本件事件当時,Fに対する犯行を行う手段として
当該自動車を使用していることもあるのであって,この点につき被告A2らに一定の落ち度があることは否めない。ま
た,被告A1の生育過程において,例えば中学生時代等問題行動が発現した初期の段階で,被告A2が自己の職業から
来る社会的立場も考えて事案の解決と被害者に対する謝罪や弁償を優先したがため,本来であれば公的機関の手続によ
って処理されるべき被告A1の非行が潜在化した側面があり,これが被告A1の規範意識の薄弱化や他罰的傾向を修正
できなかった一因となっている可能性は否定できず,また,被告A3の本人尋問の結果等からは被告A1に対して全般
的に甘い監督態度で対処してきたことがうかがえる。
しかし,被告A2は,被告A1の問題行動が発現した際には,それが万全のものであったかどうかはともか
く,その都度注意や指導を行ってきたこともまた認められるところであり,これが被告A1に対して結局実効を上げな
かったにせよ,その原因が専ら被告A2の注意や指導のまずさにのみあったと見ることは困難で,むしろ被告A1の生
来の性格に由来している部分が多大にあったと考えざるを得ないのであり,被告A2及び被告A3が,被告A1の生育
過程において,一般的監督義務を全く尽くしておらず,被告A1を放任していたとまではいえない。また,本件事件当
時の状況を見ても,上記1(4)イ及び(1)カに認定したとおり,被告A1は,本件犯行期間においては,Fの殺害まで
5,6日しか自宅に戻っていないのであり,そもそも注意や指導の機会自体限られている上,被告A2及び被告A3に
おいて,自宅に寄り付かなくなった被告A1についてメモ等を作成してその行方や行動を案じ,抽象的な心配をするこ
とは可能であったものの(甲37),両名ともにFのことは知らず,Fが殺害された後である12月3日に至ってよう
やく被告A1の具体的な非行の可能性を認識するに至っている(上記(1)キ)のであり,被告A1が恐喝等に関与してい
る可能性を認識し得たK3(上記1(2)イ)が被告A2に知らせてくるなどすれば別論,本件事件の進行中にこれを認識
した上で被告A1の非行を防止できたと認めるに足る資料はないといわざるを得ず,本件事件に関する被告A1に対す
る具体的な監督義務の基礎となるべき認識を欠いていたと認められる。
原告らは,被告A1が遊び歩いていたことを認識していればそのための金の出所が不明であることも分かっ
ていたはずであり,恐喝によって遊興費を得ていたことも当然予測されたから,事故を起こして修理に出した自動車を
返さない等の対策をとり,き然とした態度で問いかけを行っていれば,Fの殺害という結果は防ぎ得たと主張するが,
被告A1は,既に成人まで6か月余りと迫っている上,本件事件の犯行方法等からして,被告A1は,狡知に長けてお
り,保身のためには虚言を弄するに何らのためらいもない性格であることをうかがうことができ,代わりの自己の足と
なる自動車を借用その他何らかの手段で調達するのは容易と考えられることから,明示的な証拠を突きつけるなどせず
に単に問いかけと注意だけでその非行をやめさせ,本件事件を防止できたといえないことは明白であって,この点の原
告の主張には同調できない。
ウ これらの諸事情を勘案すれば,本件事件当時,被告A2及び被告A3において,被告A1に対して自動車を
買い与えたこと等非難されるべき一定の落ち度は認められるものの,本件事件に関する具体的認識を欠いていた以上,
既に19歳となっていた被告A1の行動を効果的に統制したり,監督したりすることは現実的には著しく困難であった
というべきであり,道義的非難を超えて,監督義務違反を認めることはできない。
したがって,被告A2及び被告A3に,本件事件,すなわち,被告A1を含む加害者らによるFの殺害等に
ついて,被告A1に対する監督義務違反を認めることはできず,被告A1との共同不法行為責任を肯認することはでき
ない。
3 争点2について(被告Dの警察官の対応に国家賠償法1条1項の違法性が認められるか。)
(1) 警察法2条1項は,「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者
の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とする。」と定めているところ,警
職法5条により,「警察官は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のため関係者に必要な警告
を発し,又,もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受けるおそれがあっ
て,急を要する場合においては,その行為を制止することができる。」ものとされている。これは,警察の上記責務を
達成するために警察官に与えられた権限であると解され,上記法令の文言や警察権の行使という事柄の性質上,この権
限を発動するかどうか,また,どのような内容の警察権を発動するかについては,警察官に一定の範囲で裁量が与えら
れているものと解される。しかしながら,犯罪の予防,鎮圧及び捜索等の公共の安全と秩序の維持に当たることが警察
の責務であることからすると,①犯罪等の加害行為,特に国民の生命,身体,名誉等に対する加害行為がまさに行わ
れ,又は,行われる具体的な危険が切迫しており,②警察官においてそのような状況であることを知り,又は,容易に
知ることができ,③警察官が上記危険除去のための警察権を行使することによって加害行為の結果を回避することが可
能であり,④かつ,その行使が容易であるような場合においては,上記警察権の発動についての裁量の範囲を超えて,
警察官が上記危険除去のための警察権を行使することにつき職務上の義務が生じることもあり得るものと解すべきであ
る。そして,警察官が上記職務上の作為義務に違背して警察権を行使しなかったことにより,犯罪行為等の招来を防止
できず,国民の生命,身体,名誉等に被害を生じさせたような場合には,上記警察権の不行使が国家賠償法1条1項と
の関係で違法な公権力の行使に該当し,損害賠償責任を負う場合もあり得るものというべきである。
(2) 以下,本件につき,上記①ないし④の各要件についての該当の有無を検討する。
ア Fに対する危険の切迫状況
Fが加害者らに本件犯行期間の間リンチや金員強取を受け続けたことは前提事実(2)及び上記1認定事実(1)
ないし(3)のとおりであり,この間,Fに常にその身体,生命及び財産等に対する重大な危害が加えられるおそれが存在
し続けていたと認められる。
イ 危険切迫に対する警察官の認識及び認識可能性
(ア) そこで,F両親から捜索願等を提出されて以後,f警察署警察官において,そのような状況について認
識していたか,又は,認識する可能性があったかについて検討するに,前提事実及び上記1(1)ないし(3)の各認定事実
によれば,10月18日に亡C1から家出人捜索願を受理した刑事課のK5は,その聴取内容から,Fに対してヤクザ
が金員を要求している点で,Fを被害者,氏名不詳のヤクザを加害者とする恐喝に該当する可能性もあると判断してい
たこと(上記1認定事実(2)ア),そのようなK5の判断は,暴力相談受理簿に記載されており,家出人捜索願の受理担
当を命ぜられたK3においても承知していたか,引継ぎにより認識しておくべき事項であったこと(K3は暴力団関係
はないと引継ぎを受けたと言うが,上記暴力相談受理簿の記載からして信用できない。),K3は,10月19日の時
点において,G4に対する事情聴取にとどまらず,携帯電話の所有者の調査や携帯電話使用者の人定及び前歴捜査,さ
らにはG4に対して写真を示しての面割り等所要の捜査を遂げており,その結果被告A1が恐喝の非行歴を有している
こと等を把握していたこと,これらの捜査の結果G4に被告A1に近づかないように助言していること,K3の供述(
丙17,証人K3)からしても,K3は,G4から,G4の本件事件後の供述内容(甲35,上記1認定事実(1)ケ)と
ほぼ同様の内容を聞き取ったと推認されること等の事情からして,G4が消費者金融会社から借金して金を貸したこと
について,単なるFとG4の間の金員の貸借ではなく,「藤原」と名乗っていた被告A1によるFからの恐喝か,ある
いは被告A1及びFらの共謀によるG4からの詐欺等の犯罪ではないか等との疑いを抱いていたと濃厚に推測されるの
に加えて,K3は,11月1日には,G1の社員ら6名の訪問を受け,G2及びG3から,加害者らに脅されるような
形で金を貸すことになったことや,犯人は加害者らであり,Fの借金の申出は加害者らにやらされているであろうこ
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と,その際,Fが顔全体が腫れ上がってけがをしていたこと等について事情聴取の結果聞き及んでいたことが認められ
る。
本件事件における加害者らのFからの金員強取の手口は,上記1認定事実(1)イないしコのとおり,相当巧
妙で,金員を交付した第三者らにおいても事案の真相に気付きにくい構造となっており,恐喝等による事件の立件につ
いても問題をはらんでいるにせよ,犯人が,被害者の弱みにつけ込んだり,暴行脅迫を加えるなどして被害者を従属的
に取り込み,そのような被害者にいわば犯罪の片棒を担がせるような形で犯行に関与させて新たな被害者に対して恐喝
や強取等を行うといった犯罪類型が,殊に暴力団関係者等奸智に長けた者によって敢行されることがままあることは周
知の事実であり,珍しいとまではいえない犯罪類型であって,いやしくも犯罪捜査に携わる者であればこのような事柄
は当然わきまえておくべきものといえる。これを前提とすると,K3が,G4からの聴取内容とG2及びG3からの聴
取内容の類似性に気付かないはずはなく,また,G2及びG3が話した,Fと一緒にいた被告B1及びE1以外の氏名
不詳者について,G4の件を想起して被告A1である疑いに思い至っていること(丙6,K3証人第2回の312項)
,G2及びG3は,自分達を被害者,加害者らを加害者とする恐喝の被害届を提出しに来たこと自体は明らかであっ
て,その供述の内容(甲34,55,78等)を見ても,Fのけがや借金の申入れの際にも加害者らに暴行を加えられ
ていたことなど,Fによる借金の申入れが加害者らによって強要されていることを指し示すに十分な内容となっている
こと等を勘案すれば,K3らf警察署警察官において,Fが,同行している加害者らから暴行を受けて借金の申入れを
させられ,加害者らが利得している可能性を想起することが自然であって,遅くとも11月1日には,Fに対する身体
や生命等に対する危険が切迫していることを認識していたか,仮にしていなくとも十分認識できたと認めるのが相当で
ある。
なお,生命に対する侵害は,身体に対する侵害の結果として生じるものであるから,両者を区別する必要
はなく,また,身体に対する加害の危険性が認められれば,警察官の権限行使を期待すべき状況にあるといえるから,
警察官の権限不行使の合理性を判断する認識可能性に関する判断に当たって,生命に対する危険が切迫していることま
で要求されるものではない。
(イ) この点,K3やK1は,11月1日のG2及びG3からの事情聴取においては,両名よりFからお金を
返してほしい旨の相談を受けたに過ぎず,恐喝等に当たり得る被害を訴えられたことはなかったとし,Fがけがをして
いた様子も話していなかった(丙17,18。ただし,K3はけがをしているようだという話は聞いたかもしれません
などと証言している。)などと供述しており,被告Dも,K3らの供述が信用できるとの前提の下,G2及びG3がf
警察署を訪れた理由は貸した金を返してもらうためであって,Fの身を案じて警察に来たわけではなかったし,Fがお
かしな連中に操られているという認識を警察に述べていなかった旨主張する。
しかしながら,当時Fの失踪及び長期の無断欠勤や同僚らからの多額の借金の調査に当たっていたG1人
事課作成の警察訪問時の経緯に関するメモ(甲77の7)には,同日,G2及びG3がG1の警察官OBであるG5に
まで伴われてf警察署を来訪した理由は「被害届に行く」ためとの趣旨の記載があること,G2及びG3の証言に照ら
せば,この被害届の提出については,G2及びG3の自発的意思というよりはG1人事課の主導で行われたと見るべき
であるが(証人G2236項,237項等),そうであれば,民事不介入の原則といった点は元警察官であったG5を
はじめG1の上司らが検討したはずであり,また,上記メモには,「今日B1に対応したことで4人組が何らかの行動
を起す恐れがある」といった記載があること,G2及びG3らは,11月初めころ,G1の者の勧めに従って,加害者
らが会社の寮まで押しかけてくることを警戒して寮の部屋から引っ越したり,部屋を移動したりしていること(甲78
等)などを考慮に入れれば,Fの失踪に対応していたG1人事課において,G2及びG3を被害者,加害者らを加害者
(場合によってはFを含む。)とする被害届を提出するとの認識であったことは明らかというべきである。
また,G2及びG3は,本件事件当時,特に10月25日の出来事に関しては,明らかに金員を巻き上げ
られ,脅し取られたとの認識であったこと,両名ともにFがけがをしていた様子を子細に観察した上で詳細な供述を行
っていること等が本件事件後の捜査官に対する供述調書(G2及びG3の検察官調書である甲55,78等)から認め
られるのであり,Fから金銭を返してほしいだけであれば原告C2に直接訴えれば済むことからしても,G2及びG3
がわざわざG1の者に伴われて相談に行ったのが,Fから金員を返してほしいなどと警察に訴えようというつもりであ
ったとは到底考えられないのであって,G2及びG3としても,自分たちを被害者,加害者らを犯人とする恐喝事案を
想定して被害申告に行ったことは疑問の余地がないと言わざるを得ない。
被告Dは,G2の検察官調書(甲78)において,「もしも私が9月30日にF君とA1達が借金を頼ん
できた時点で,会社の上司や,F君のご両親や,警察などに『F君がおかしな連中に操られている』ということを訴え
ていれば,最悪の結果は避けられたのではないかと考えてしまい,今でもこのことが悔やまれます。」などと供述して
いることを捉えて,上記検察官調書は12月6日に作成されているから,9月30日の時点はもちろん10月25日の
Fとの接触の後の自分の態度につき述べており,警察に上記のような認識を伝えていなかったのは明らかだなどとする
が,この供述調書の記載を素直に読めば,9月30日の時点で上記のような訴えをしておけばというG2の後悔が示さ
れていると見ざるを得ない。同調書で述べられたG2の被害当時の状況は具体的かつ詳細であってその信用性は相当に
高いと認められるところ,12月6日にG2が被害状況についてこれらの認識を示しているのであれば,11月1日の
時点でも,同様の認識であったと考えるのが合理的である。このようなことからして,被告Dの主張は明らかに失当で
ある。このほか,被告Dは,G2及びG3の証言の一部を引用して,同人らが同被告の主張に沿う内容の供述を行って
いるとするが,同人らの供述を全体としてみれば上記1認定事実(2)キ記載のとおり認められるのであって,この点に関
する被告Dの主張は失当である。
(ウ) 確かに,G2及びG3に対するK3及びK1による事情聴取は,10分程度しか行われておらず,さら
にG2はK3に身なりを注意されたことなどから事情聴取に支障が生じている(証人G2,258項等)こともうかが
われ,K3らはG2及びG3の本件事件以後録取された調書に示されているような供述内容をすべて聞き取っていなか
った可能性はある。しかしながら,時日の経過により一定程度記憶が減退したことがうかがえる公判廷での証言におい
ても,G3は10月6日と同月25日のことを一通り全部話した旨明言しており(証人G3第2回),両名共に上記1
認定事実(2)キのとおり供述したと述べ,K3のメモ(丙6)からも一応の聴取が行われたことが看取される。また,G
2及びG3の本件事件後の供述調書に記載された9月30日,あるいは10月6日及び同月25日の加害者らから金を
巻き上げられた出来事に関する供述部分に,本件事件が発覚したことによってその供述内容が影響を受ける部分は特に
見当たらず,G2及びG3は被害申告に来ているのであって警察官に対しては積極的に供述すると考えられることに徴
せば,必要な時間を掛ければ,K3が11月1日の事情聴取の時点でこれらの供述調書に記載された内容を聞き取るこ
とは十分可能であったと認められる。そうだとすれば,G2及びG3からの聴取が短時間にとどまっていることは,F
への危険切迫に対するK3らにおける認識について何ら影響を及ぼさないばかりか,かえって,G2及びG3から真摯
な態度で事情聴取を行っていさえすれば,10月18日の亡C1による家出人捜索願受理以降,K3らが抱いていたと
主張する,Fの遊び癖や借金苦による家出であるなどといった不当な先入観も,仮に抱いていたとしても改めることが
できたといえ,認識可能性はより高まったと認めるのが相当である。
(エ) 被告Dは,K3やK1らの供述,原告C2の陳述書(甲84,90)と証言の相違点,10月27日に
FがJ1宅を訪れた際に,原告C2が警察に救助を求めなかったこと,F両親が,11月22日以降Fの銀行口座に送
金した際,かわいそうだから送ってあげるというような心情であったこと,度重なるFからの金員の無心に耐えかね
て,Fからの電話連絡を絶ちきるために電話線を抜くなどの行為を取っていること等を根拠に,F両親は,Fが殺害さ
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れたことを知るまでは,Fが事件の被害に遭っていたとの認識はなかったのであり,実態としては,素行の良くない仲
間と行動を共にしているFの金銭上のトラブルに困惑し,そうした仲間から息子を引き離したいと苦慮していたもの
で,捜索願等も本人の所在確認を目的としており,Fを何らかの犯罪被害から救出しようという意図はなかったとみる
ほかなく,原告C2から,f警察署等の警察官に対して犯罪者の手から救出してほしいというような趣旨の要請がされ
たことは一度もないから,原告C2の相談を受けていたf警察署等,被告Dの警察官において,Fの危険切迫を認識す
る可能性はなかった旨の主張をする。
(あ) そこでまずK3やK1の供述を検討するに,K3や,K1は,10月19日にFからf警察署に対し
て電話があり,「俺は家出じゃねえ,捜索願を取り下げろ。」などと乱暴な口調で連絡があったことや,G4からの聴
取でもG4が善意で金を貸したと判断したこと,Fの素行に関する上司や亡C1に対する聞き取りなどから,Fの借金
苦と遊び癖による失踪との印象を抱いて事件性はないと判断していたことなどを強調した供述をする。
  しかし,上記のとおり,K3は,当時G2やG3が,Fと一緒にいた被告B1及びE1以外の氏名不詳
者としか説明していなかった人物について,G4の件を想起して被告A1である疑いに思い至っていた旨述べているこ
と(丙6,証人K3第2回312項),K3及びK1は,それ以前に被告A1には恐喝罪による非行歴があることを把
握していたこと(上記1認定事実(2)イ),G4による被告A1の人定についても,確実に間違いないと断定できないと
の判断を共有していた旨述べるが,携帯電話の使用者が被告A1と特定された上でG4が10枚の写真の中から被告A
1の写真を選んでいることからすれば,その人定はほぼ確実であって(なお,G4は,本件事件後の警察官調書におい
て,被告A1の人相を覚えているとし,差し出された被告A1の写真について「藤原」である旨断言している(甲35
参照)),K3らがそう判断したとの供述は信用性に乏しいこと,K3は,11月30日にFの電話を受けた際のやり
とりについても,亡C1が「このデレスケ野郎」などとFを電話口でののしっている際に電話が切れた等と述べる(丙
17,証人K3)など,加害者らに同行していた少年の極めて信用性の高い供述(甲32)や,B2本人供述から認め
られる事実と明らかに反する供述に終始していること(なお,K2も亡C1の上記発言の際電話が切れたなどと述べて
いた旨のK3の供述は,亡C1の発言の内容も含めて全く信用できない。)等の事情が認められるのであって,これら
に上記(イ)の検討を併せ考えると,K3及びK1らのG2及びG3からの事情聴取に関する証言は到底信用できない。
  また,原告C2が,Fが殺害されたことを知ったのは12月5日であるが,被告D自身が提出した,丙
12号証によれば,原告C2は,Fが殺害された事実を未だ知らない同月2日の時点でk警察署警察官K6に対し,F
が加害者らに金を盗られてしまっているのではないか旨相談しており,K6においても,G2及びG3からの恐喝の成
否を検討するため同人らから事情聴取を行っているのであり,Fがけがをしていることについても度々f警察署警察官
に訴えていること(上記1認定事実(3)イないしオ)にかんがみれば,原告C2が,Fが殺害されたことを知る以前は,
Fを何らかの犯罪被害から救出しようという意図がなく,警察に対して犯罪者の手から救出してほしいというような趣
旨の要請がされたことがなかったなどとはおよそいえないことは明らかというほかない。このような判断は,被告Dの
主張からは脱落しているところの11月30日に原告C2がh警察署に行った際のやりとり(上記1認定事実(3)オ,丙
9)からも,強く裏付けられる。
(い) そもそも,原告C2や原告代理人らの本件事件後の調査要請に対するD県公安委員会の回答(甲6
4)においても,調査の結果の回答として,F両親が10月19日の時点でFが事件に巻き込まれているのではないか
との相談をしたことや同月22日にFの背後にだれかいるようだと相談したこと自体は認めているのであり,F両親が
当初からFが事件の被害に遭っていたとの認識を有していたことをD県警察においても肯定していたといえる上,同月
22日の原告C2とK3のやりとりも,D県警察本部長の回答書(甲65)の検討に照らせば,上記1認定事実(2)エの
とおり認められるのであって,原告C2が飽くまで疑いとしてFに対する監禁や軟禁の可能性を口にしたことはあった
と認められる。
  もちろん,原告C2において本件事件の事案の真相を確かにつかむことなどできようはずはないから,
原告C2の認識が疑いにとどまっていたこともまた明らかであって,この点から見れば,同月27日にJ1の件(上記
1認定事実(2)オ)に関し,J1に強く拒否されたことから,現場に行かず,また証拠さえつかめば警察が動いてくれる
という意識から,直ちに警察官に連絡して臨場を要請しなかったとしても,取り立てて不自然とまではいえない(むし
ろ,K3らのそれまでの対応からしてこの時点で原告C2からその旨要請を受けたとしてもこれに応じたか極めて疑問
である。)。
  また,同様に,11月半ばころから,加害者らの金員強取の手段がFの友人らからの借金からF両親に
対する金の無心に変化し,連日のように加害者らに指示されたFが電話をかけてくるに至って,それまでの本件事件に
対する対応に奔走してFの行方を追い,警察等に頻繁に足を運び,かつ,Fが加害者らにさせられることとなった借金
の処理等にも追われるという状況の中で,F両親のFに対する信用が一時的にであれ揺らぎ,あるいは,疲労困憊した
状況の中休息が必須であったために,Fからの電話が来ないように電話線を抜いたとしても説明の付く自然な行動とい
えるのであって,これらの行動をもって,F両親の認識が被告Dの主張するようなものであることを証する行動である
とは到底いえない。
  かえって,F両親は,上記のとおり,再三にわたってf警察署警察官などにFの傷害について訴え,殊
に11月25日には顔の火傷という自傷等によっては負い難い傷害について言及している上,10月28日には,G1
に対して被告B1の関与が疑われる旨告げたり(上記1認定事実(2)オ),11月30日には,E1の両親やB2に対し
て上記1認定事実(3)オのとおり述べており,原告C2の話を聞いたE2において,上記1認定事実(3)キのとおり警察
に相談したりしていること,原告C2が12月3日に被告A2宅を訪問した際のやりとりも上記1認定事実(3)キ及び上
記2認定事実(1)キのとおりであったと認められること,上記の原告C2が12月2日にK6に行った相談内容等に照ら
せば,Fの失踪の裏に加害者らがおり,Fが傷害をも負わされている可能性があるとの原告C2の認識が強くうかがえ
るというべきであって,この点に関する被告Dの主張は,失当である。
ウ 権限行使の容易性
f警察署警察官が,G2及びG3からの事情聴取等に基づいて,Fが,同行している加害者らから暴行ある
いは脅迫を受けて借金の申入れをさせられ,加害者らが利得している可能性を想起し,Fに対する身体や生命等に対す
る危険が切迫していることを認識できていたとすれば,G2及びG3の被害届は当然受理されていたと認められるか
ら,生活安全課から刑事課等へ事件の引継ぎはあるにせよ,加害者らによるFに対する暴行や傷害をも視野に入れた形
で,恐喝事案として捜査を開始することに何らの支障は認められない。
そして,行うべき捜査としては,立件された金員喝取の実態を把握するため,Fから借金を申し込まれたG
1の同僚らやFの友人らからの事情聴取,既に関与が濃厚に疑われている被告B1やE1,さらには被告A1の所在捜
査とそれに伴うFの身柄の確保等が考えられるところである。前者については,G1側は既に被害申告に訪れるなど捜
査協力の姿勢は明らかであるから,その実行は極めて容易であり,これを実行すれば,例えばG6(上記1認定事実(1)
エ,甲54)など,Fの借金の申込みの実態が加害者らによる強制であるとの疑いを当初より抱き,Fに対して真相に
ついて問いただしてそれをほぼ把握していた者等の供述を得ることができるとともに,10月末の段階で,Fが友人や
知人らに対して借財するよう強制された金員だけでも総額が400万円以上に達しており(甲25),借金苦や遊び癖
といった理由で片付けられない状態であったことも判明したものと考えられるのであって,より正確に事案の実態を把
握することが可能であったと推認される。また,後者については,11月1日の時点で,上記のとおり,G2及びG3
から子細に事情聴取し,甲55や甲78の供述調書に記載されているような内容を聞き取れていれば,加害者らに対す
ページ(13)
る嫌疑は,起訴等はともかく,逮捕状を請求することができる「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」(刑事訴訟法
199条1項)には達していたものと認められ,必要な裏付け調査を行えば,f警察署警察官において逮捕状請求を行
うについて支障はなく,仮に,f警察署において強制処分に慎重を期すことを考慮したとしても,加害者らに対して重
要参考人として事情聴取を行うことは必須であったこと,その時点で,被告A1及び被告B1については,人定が取れ
ており,住所等も判明していたこと,そして,E1についても,E1の高校の先輩であった上記G6から事情聴取すれ
ば人定は取れたといえるし,10月27日のJ1のところにFと加害者らが訪れた際の張込み(上記1認定事実(2)オ)
や11月2日のJ1の父親からの情報提供(同(3)イ)によって,E1使用車両のナンバーも早晩判明することになった
であろうことに照らせば,加害者らの自宅への張込みをはじめとする所在捜査や,E1使用車両に対していわゆるNシ
ステム(全国の道路網に設置された走行車のナンバーの記録装置)による探索等を行うことは可能であり,かつ,容易
であったと推認される。
エ 結果回避可能性
Fは,12月2日,11月30日の原告C2への電話の際,K3が警察であると名乗ったことが引き金とな
って,加害者らによって殺害されているところ(甲70,71,前提事実(2)),仮に,11月1日の時点で加害者らに
よるFに対する暴行や傷害をも視野に入れた形での恐喝事件として取り扱って捜査を開始したとすれば,このような偶
発的な事情による加害者らの認識の変化とそれに伴う加害者らの証拠隠滅の一環としてのFの殺害はなかったと考えら
れるが,警察官作成の死因等意見聴取結果報告書(甲51)によれば,Fは仮に加害者らによって絞殺されておらず,
そのまま放置されていた場合であっても,全身に受傷していた火傷の状態がひどく,少なくとも数時間から1日くらい
で死亡していたというのであり,Fに死の結果が生じていたであろう時点としては,おおむね12月2日ないし3日を
前提とするのが妥当である。
そこで,その時点までにFの身柄を確保できたかを検討するに,加害者によるFに同僚や友人らに借金させ
た上での金員強取の犯行は,11月に入ってからはそれほどされておらず,これ以降はむしろFにF両親からの金銭の
無心や懇願をさせているものと認められるが(甲84,丙13の1,丙15の2,原告C2),J6に借金をさせた金
を強取した犯行は,11月2日及び同月4日にもされていたことが認められる(甲24,25,73等)。これを前提
にすると,上記のFの同僚や友人らに対する事情聴取等の捜査を行っていれば,既に犯行に遭った者らに対して,再び
Fから呼び出された際には事前に警察に連絡するよう警告を行うなどすることもできたのであるから,特にJ6を標的
にした犯行に関しては,11月2日には間に合わないとしても同月4日の犯行に当たっては犯行の現場に直接張り込ん
だ上で加害者らやFの身柄を確保できた可能性があるというべきである。
また,11月以降にFにF両親に対して金を無心させて強取する犯行に関しては,上記認定事実(3)エのとお
り,原告C2が銀行口座を通した振込みとFによるI2銀行g支店での預金払戻しによる金銭授受が3回にわたってさ
れているところ,11月1日に捜査が開始されていれば,原告C2からの申告により,捜査機関において,Fあるいは
加害者らが原告C2が送金した金員を払戻しに来ることを事前に把握することができたといえるから,同銀行に対して
捜査照会を行って払戻しが行われている支店を把握し,送金日時を原告C2と調整した上でFに対してその旨連絡させ
るなどの段取りを整えてその支店に張り込んだり,また,送金された銀行口座について支店窓口から払戻しをしようと
する者が現われたら,直ちに警察に連絡するとともに窓口の係員に金員の払戻しを引き延ばすよう同銀行に協力を依頼
すると共に,連絡を受けた際には最寄りの警察署の警察官が急行するよう手配するなどしておけば,Fが2度目に上記
g支店を被告B1等と共に訪れた11月24日あるいは3度目の同月25日にはほぼ確実にFの身柄を確保できたと認
めるのが相当である。
加えて,Fが加害者らに連れられて北海道に旅行に行っていたこと自体は原告C2及びE2においても認識
している(上記1認定事実(3)ア,(4)イ,甲39,84)から,このことを聴取した上で航空会社に照会をかけ,F及
び加害者らが北海道に到着する際や帰京する際の航空機を調査し,空港で張り込んで身柄を確保することは,11月1
日以降少なくとも3回に渡って北海道旅行がされていること(上記1認定事実(4)イ)からすれば,極めて容易と考えら
れ,この方法によっても,F及び加害者らの身柄確保の可能性は相当に高いというべきである。
さらに,上記1の認定事実(4)イのとおり,被告A1は11月1日以降,同月2日と12月1日には実家に帰
宅していたこと(甲37),E1も,11月18日及び同月19日,さらには同月28日には自宅に帰宅していたこ
と,同月3日において原告C2からの情報提供により,E1の使用車両のナンバーやE1の実家の住所が判明していた
こと(上記1の認定事実(3)イ),被告A1の使用車両についても被告A2及び被告A3に尋ねるなどして調査を行えば
容易に判明したこと等にかんがみると,E1が同月18日に帰宅した際に逮捕あるいは任意で事情聴取するなどして,
上記の加害者らに対する所在捜査が同月のうちに奏功し,Fの身柄確保に至った可能性は同様に高いと認められる。
以上の検討を総合すると,f警察署警察官において,Fが死亡するに至るまでに加害者らを身柄拘束するな
どして,Fの身柄を確保することができ,Fの生命を救い得たことを是認し得る高度の蓋然性が認められると認めると
いうべきである。よって,f警察署警察官が上記のように警察権を行使することによって加害行為の結果を回避するこ
とが可能であったと考えるのが相当である。
(3) 結論
したがって,f警察署警察官が職務上の作為義務に違背して警察権を行使しなかったことにより,加害者らに
よるFの殺害行為の招来を防止できず,Fが死亡するに至ったといえ,このようなf警察署警察官の警察権の不行使は
国家賠償法1条1項にいう故意又は過失による違法な公権力の行使に該当するから,被告Dは,Fの死亡について損害
賠償責任を負うというべきである。
 4 争点3について(原告らの損害額)
被告A1及び被告B1が,Fに対して,人間性を欠いた犯罪行為を加え続け,殺害するに至ったことは前提事実
(2)記載のとおりであって,同被告らにおいて特に争わず,また,Fの生命が奪われたことについて,Fの死に至るまで
必要な捜査権限を何ら行使せず,結果発生防止の機会をみすみす逃した被告DもFの死亡による損害についてはその責
任の一端を負うというべきであり,Fの死亡による損害については加害者らと被告Dは連帯責任を負うと解するのが相
当であるところ(もっともこれらの内部関係においては被告Dの負担部分はもとより存在しない。),同被告らの不法
行為による損害額が問題となる。なお,被告B1は,受刑中であって本件訴訟について訴訟代理人も選任しておらず,
一度も出廷していないが,弁論の全趣旨により損害については争う趣旨と解する。
(1) F生前の損害
ア 強取による損害
Fは,加害者らから,前提事実(2)記載のとおり,本件犯行期間の間,合計603万3000円を強取され
た。
なお,Fの損害には消費者金融会社からの借入れによるものも含まれ,これには当然利息等が生じていると
ころ,実際に原告C2はこれについても後日弁済を行っているが,原告らの訴状によれば,これらについては請求しな
いものと考えられるので,上記金額を損害額と認める。
イ 生前の休業損害
Fは,本件犯行期間の間,加害者らにら致監禁され,G1に出勤することができなかった。Fは,11月3
0日にG1に退職届を提出しており,G1においても同月24日付でFを諭旨退職処分としているが,その後,G1に
おいて,平成13年4月19日付けで同処分を取り消し,Fは死亡による退職と取り扱われている(甲75)から,死
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亡の時点まで在職していたと認められる。そうすると,Fがその死亡の日までG1に勤務していた前提を採るべきであ
るから,本件犯行期間におけるG1の勤務日のうち,一時的に出勤できた日を除き,欠勤扱いとなった日と有給休暇を
取得した日(Fは加害者らにら致監禁されたためにやむを得ず有給休暇を取得せざるを得なかったであるから,有給休
暇についてもいわゆる休業損害と認めるのが妥当である。)を合計した日数は41日と認める(甲48)。
Fのら致直前までの3か月の平均給与(平成11年8月分ないし10月分)は月22万8521円(月平均
実働日は20日。甲48)であり,一日当たりの給与額は1万1426円であるので,これに41日を乗じた46万8
466円がFの休業損害となるが,上記第2の2(3)ア(イ)のとおり,原告らが請求しているのはこのうち34万236
0円であるから,同額を認める。
ウ 慰謝料
Fは,何らの落ち度もないのに,2か月もの間熱湯を浴びせかけられたり,口淫や飲尿等の強要,スプレー
に付けた火炎を浴びせる等の常軌を逸した通常人の感性による理解を超える残忍極まりないリンチを加えられ続け,全
身の皮膚の80パーセントに及ぶ熱傷を始め数々の傷害を負わされるなどしているのであり,加害者らにら致され,連
れ回されていたときの辛さ,不安,絶望感は余りに痛ましいものである上,借財等を強制され続け,F両親に対しても
自らが金をせびっているかのごとく装わされ,真実が伝えられない中で親子の関係が壊されていくことに懊悩しつつ
も,自らが逃走した場合にF両親に加えられかねない危害等を考慮して加害者らの下から逃走しなかったFの心痛は余
人の安易な想像を許さないものであること(甲49)等本件訴訟に現れた資料を総合すると,生前加害者らから加えら
れた不法行為による慰謝料は,1000万円をもって相当と認める。
エ アないしウ合計 1637万5360円
(2) F死亡による損害
ア 死亡による逸失利益
Fは,本件事件当時,G1に勤務し,平成11年10月支給分で25万6781円の月給(甲48)を得る
などしていた(なお,上記のとおり,Fはその死亡の時点までG1に勤務していたと認められる。)が,Fは高校卒業
後平成11年4月に同社に入社したばかりの若年労働者であり,勤務していたG1も有数の大企業であることにかんが
みれば,Fの基礎収入は,死亡の時点である平成11年度の産業計,男性労働者計,学歴計による賃金センサスの年収
額(562万3900円)を用いるのが妥当である。同額から生活費50パーセントを控除した額に死亡時の年齢19
歳から稼働可能期間である67歳までの48年間に対応するライプニッツ係数18.0771を乗じると,次の計算式
により5083万1901円となり,Fの逸失利益は5083万1901円であると認める。
5,623,900×(1-0.5)×18.0771
            =50,831,901(1円未満切り捨て)
イ 慰謝料
Fは,何らの落ち度もないのに,上記のように2か月にもわたって残忍極まりないリンチを加えられ続け,
全身の皮膚の80パーセントに及ぶ熱傷を始め数々の傷害を負わされるなどした挙げ句,眼前で自らの死体が埋められ
る穴を掘る様子を見せられた上で執拗に首を絞め続けられて殺害され,その死体を穴に埋めて遺棄されているのであ
り,その死による苦痛は甚大なものであるばかりか,穴を掘る様子を眼にした際の恐怖は筆舌に尽くしがたいものであ
ること(甲71),F両親に対して自ら真実を語れず,失踪以来直接見えることもないまま亡くなったFの無念さは察
するに余りあること等本件訴訟に現れた諸事情を総合すると,Fの死亡による慰謝料は3500万円をもって相当と認
める。
ウ ア及びイ合計 8583万1901円
(3) 相続
以上によれば,Fは,被告A1及び被告B1に対して上記(1)アないしウ,(2)ア,イの損害合計1億0220
万7261円を請求する権利がある。
原告C2及び原告C3は,Fの上記損害賠償請求権について,前提事実(1)カ記載のとおり,原告C2において
4分の3の割合である7665万5446円を,原告C3において4分の1の割合である2555万1815円を相続
により取得した。
(4) 原告C2及び亡C1の損害
F両親は,本件事件により,Fの葬儀費用や遺体搬送料,宿泊費等を支出しているが(甲96ないし100)
,これらの費用のうち150万円を本件事件と相当因果関係を有する損害と認める。
これら葬儀費用等に関する損害賠償請求権は,亡C1の死亡による相続のため,原告C2において4分の3の
割合である112万5000円を,原告C3において4分の1の割合である37万5000円を取得している。
(5) 弁護士費用
本件事案の内容等を考慮すると,本件事件と相当因果関係のある弁護士費用の損害額は,被告A1及び被告B
1並びに被告Dに対するものをすべて含めて,原告C2について675万円,原告C3について225万円と認めるの
が相当である。
(6) まとめ
したがって,原告C2は8453万0446円,原告C3は2817万6815円の損害賠償請求権を被告A
1及び被告B1に対して有しており,このうち,Fの死亡に伴う損害(上記(2),(4)及び(5))に関する,原告C2につ
いて7224万8926円,原告C3について2408万2975円の部分については,被告Dも連帯して責任を負う
と認められる。
5 結語
以上の次第で,原告らの各請求のうち,被告A1及び被告B1に対し,原告C2について8453万0446
円,原告C3について2817万6815円及びこれらに対する平成11年12月2日から各支払済みまで民法所定年
5分の割合による遅延損害金の支払を,被告Dに対し,被告A1及び被告B1と連帯して,原告C2について7224
万8926円,原告C3について2408万2975円及びこれらに対する平成11年12月2日から各支払済みまで
民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める限度で理由があるからこれらを認容し,その余の各
請求は理由がないからこれらを棄却することとし,被告Dの仮執行免脱宣言の申立てについては相当でないから却下す
ることとして,主文のとおり判決する。
 宇都宮地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 柴田 秀
裁判官 今井 攻
ページ(15)
裁判官 馬場嘉郎
ページ(16)

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