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平成21年8月31日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(ワ)第19402号特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日平成21年6月5日
判決
東京都千代田区〈以下略〉
原告アース製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士吉原省三
同小松勉
同三輪拓也
同上田敏成
東京都千代田区〈以下略〉
被告フマキラー株式会社
同訴訟代理人弁護士高橋元弘
同末吉亙
同訴訟代理人弁理士前直美
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載の各製品を製造し,販売してはならない。
2被告は,前項の製品を廃棄せよ。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「携帯用害虫防除装置」とする特許権を有する原告が,
被告に対し,被告が製造,販売する別紙物件目録記載の各製品(以下「被告製
品」と総称し,また,同目録1記載の製品を「被告製品1」,同目録2記載の
製品を「被告製品2」という。)が前記特許権に係る発明の技術的範囲に属し,
前記特許権を侵害するとして,特許法100条1項に基づく被告製品の製造,
販売の差止め及び同条2項に基づく被告製品の廃棄を求めた事案である。
1争いのない事実
()原告の特許権1
原告は,次の特許(以下「本件特許」といい,本件特許の請求項1に係る
発明を「本件発明」といい,本件特許に係る明細書を「本件明細書」とい
う。)に係る特許権を有している。
特許番号第4083781号
発明の名称携帯用害虫防除装置
出願番号特願2006−315702
出願年月日平成18年11月22日
分割の表示特願2000−7985の分割
登録年月日平成20年2月22日
特許請求の範囲請求項1
「害虫防除成分を保持し気流が当てられると前記害虫防除成分が揮散
される薬剤保持体と,前記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャ
ンバ内に収納され,前記チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り
入れる吸気口と,前記害虫防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出
する排気口と,使用者が身に付けるための保持手段と,が設けられた
携帯用害虫防除装置であって,前記薬剤保持体は前記チャンバ内に挿
着され,そして前記使用者が前記保持手段を用いて装置本体を身に付
けて起立した状態で,前記装置本体の上部及び下部に前記排気口が設
けられることにより,前記使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿
って前記害虫防除成分を含んだ気流が放出されることを特徴とする害
虫防除装置。」
()構成要件の分説2
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
A害虫防除成分を保持し気流が当てられると前記害虫防除成分が揮散さ
れる薬剤保持体と,前記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャンバ
内に収納され,
B前記チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り入れる吸気口と,前
記害虫防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口と,使用者
が身に付けるための保持手段と,が設けられた携帯用害虫防除装置であ
って,
C前記薬剤保持体は前記チャンバ内に挿着され,そして
D前記使用者が前記保持手段を用いて装置本体を身に付けて起立した状
態で,前記装置本体の上部及び下部に前記排気口が設けられることによ
り,
E前記使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分
を含んだ気流が放出される
Fことを特徴とする害虫防除装置。
()被告の行為3
被告は,業として,被告製品を製造し,販売している。
()被告製品の構成4
被告製品1の構成は,別紙被告製品1の説明記載のとおりであり,被告製
品2の構成は,別紙被告製品2の説明記載のとおりである。
2争点
()被告製品が本件発明の構成要件を充足するか。1
()本件特許は,次の理由により,特許無効審判により無効にされるべきも2
のか。
本件発明が,特表平9−512443号公報(乙13。以下「乙13公
報」という。)に記載の発明及び国際公開公報WO90/13359(乙1
4。以下「乙14公報」という。)に記載の発明又は周知技術に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものといえるか。
第3争点に対する当事者の主張
1被告製品が本件発明の構成要件を充足するか。
(原告)
()被告製品1は,次のとおり構成要件AないしFを充足し,本件発明の技1
術的範囲に属する。
ア被告製品1の本体1の内部には,揮散性害虫防除成分であるメトフルト
リンを保持した薬剤板2と,この薬剤板2に気流を当てるファン3が収容
されており,本件発明の構成要件Aを充足する。
イ被告製品1は携帯蚊取りであって,その本体1には,本体1内に外気を
取り入れる吸気口8と,揮散したメトフルトリンを含んだ空気を本体1の
外に放出する吹き出し口9と,使用者が身体に装着するためのベルト等取
付部11とが設けられており,本件発明の構成要件Bを充足する。
ウ被告製品1において,薬剤板2は,本体1の中央部に設けられた凹部に
はめ込まれ,ファン3の回転部に対向して取り付けられており,本件発明
の構成要件Cを充足する。
エ被告製品1において,使用説明書(甲3)の「使い方いろいろ」の欄の
中央の図に示されている使用状態が「前記使用者が前記保持手段を用いて
装置本体を身に付けて起立した状態」に相当するところ,吹き出し口9は,
本体1の上下の中央から端によった位置及び左右の中央に設けられており,
本体1の上部及び下部に吹き出し口9が位置することになるから,本件発
明の構成要件Dを充足する。
オ被告製品1は,上下の吹き出し口9の内部と左右の吹き出し口9の内部
にはブレード12が設けられており,胴体表面に装着した場合,吹き出し
口9からの薬効成分を含んだ空気は,胴体表面の上方向及び下方向,少な
くとも斜め上方向及び下方向に放出されるようになっているから,本件発
明の構成要件Eを充足する。
カ被告製品1は,携帯蚊取りであり,本件発明の構成要件Fを充足する。
()被告製品2は,次のとおり構成要件AないしFを充足し,本件発明の技2
術的範囲に属する。
ア被告製品2の本体1の内部には,揮散性害虫防除成分であるメトフルト
リンを保持した薬剤板2と,この薬剤板2に気流を当てるファン3が収容
されており,本件発明の構成要件Aを充足する。
イ被告製品2は携帯虫よけであって,その本体1には,本体1内に外気を
取り入れる吸気口8と揮散したメトフルトリンを含んだ空気を本体1の外
に放出する吹き出し口9と使用者が身体に装着するための吊下げ具等取付
部11とが設けられており,本件発明の構成要件Bを充足する。
ウ被告製品2において,薬剤板2は,本体1の中央部に設けられた凹部に
はめ込まれ,ファン3と吸気口の間に取り付けられており,本件発明の構
成要件Cを充足する。
エ被告製品2において,使用説明書(甲4)の「使い方いろいろ」の欄の
中央図に示されている使用状態が,「前記使用者が前記保持手段を用いて
装置本体を身に付けて起立した状態」に相当するところ,吹き出し口9は,
ファン3の周囲の対応する上下左右の部分4か所,別紙被告製品2の説明
の第4図に示されるように設けられ,図面左側の上方の吹き出し口9は上
部に,図面右側の吹き出し口9は上部と下部に位置することになる。また,
吊下げ具等取付部11に附属フックを取り付けて吊下すると,電池部分の
重量のため第4図に示されているように約10度傾斜するが,このように
傾斜しても,吹き出し口9は,ほぼ上部と下部に位置しており,本件発明
の構成要件Dを充足する。
オ被告製品2は,上下の吹き出し口9の内部と左右の吹き出し口9の内部
にはブレード12が設けられており,胴体表面に装着した場合,吹き出し
口9からの薬効成分を含んだ空気は,胴体表面の上方向及び下方向,少な
くとも斜め上方向及び下方向に放出されるようになっているから,本件発
明の構成要件Eを充足する。
カ被告製品2は,携帯虫よけであり,本件発明の構成要件Fを充足する。
()被告の主張について3
ア被告は,本件発明の構成要件Dは,上下方向のみに吹き出し口が設けら
れるものに限り,本件発明の構成要件Eは,上下方向にのみ気流が放出さ
れるものに限ると解すべきである旨主張する。
しかしながら,本件特許の特許請求の範囲の請求項1(本件発明)が,
「上部及び下部に前記排気口が設けられる」,気流が「上方向及び下方向
に沿って」放出されると記載され,「のみに」とは記載されていないのに
対し,本件特許の特許請求の範囲の請求項2は,「同体表面の上方向及び
下方向のみに・・・気流が放出されるように,前記排気口が配置されてい
ることを特徴とする請求項1に記載の害虫防除装置」と記載されているこ
とに照らして,本件発明は,上下方向のみに気流が放出されることを要件
とはしていない。
また,本件特許の出願経過からしても,出願当初の特許請求の範囲の記
載は,害虫防除装置の設置面に沿って気流が流れるように排気口を設置す
ることを第1項と,上下方向のみに気流が放出されるように排気口を設置
することを第2項と,保持手段を備えることを第3項としていたのを,補
正により,第1項に第3項を吸収させ,かつ,上下方向に気流が流れるよ
うに排気口を配置することとし,第2項で上下方向のみに気流が流れるよ
うに排気口を設けることとしたものであって,また,本件特許の願書に添
付された図3(B)では,放射状に気流を放出するように排気口が設けら
れている場合も示されていることから,本件発明が,上下方向以外に気流
が流れるように排気口を設置している場合を含んでいることは明らかであ
る。
イまた,被告は,本件発明においては,気流が垂直に放出される必要があ
ると主張する。
しかしながら,本件明細書の段落【0009】の記載から明らかなよう
に,正確に垂直・平行である必要はなく,薬効成分を含む気流によって,
人一人分の蚊除け空間を作ることができるようになっていればよい。
ウさらに,被告は,30分以内にKT50(供試動物の50%が落下仰転
するまでの時間)を達成することが要件であると主張するが,本件発明で
は,30分以内ということを要件とはしていない。本件明細書の段落【0
026】には,30分という記載があるが,これは実験に使用したファン
の性能に合わせただけであり,本件発明がこの実験に用いられた装置に限
られるものではない。
(被告)
()原告の主張()及び()の各ア,イ,ウは認める。112
被告製品は,()に記載するとおり,構成要件D及びEを充足しないので,2
同エ,オはいずれも否認し,構成要件D及びEを含むことを特徴とする害虫
防除装置とはいえないので,同カも否認する。
()構成要件D,Eの充足性について2
ア本件発明の構成要件E中の「前記装置本体の上部及び下部に前記排気口
が設けられることにより」との構成は,平成19年11月16日付手続補
正書(乙8)により,本件特許の願書に添付された図2の実施例を説明す
る本件明細書【0020】の記載に基づき追加されたものであるところ,
当該図2は,装置本体の上部及び下部のみに排気口が設けられているもの
である。また,本件発明の構成要件F中の「使用者の同体表面の上方向及
び下方向」との構成は,平成19年7月20日付手続補正書(乙4)によ
り,本件明細書【0023】の記載に基づき追加されたものであるところ,
本件明細書【0023】には,「害虫防除成分を含んだ気流Aが・・・使
用者の胴体表面に沿った上方向及び下方向のみに放出される」と記載され
ている。
このような本件発明の出願経過,特に補正の経緯に照らして,本件発明
の構成要件D,Eは,「D前記使用者が前記保持手段を用いて装置本体
を身に付けて起立した状態で,前記装置本体の上部及び下部のみに前記排
気口が設けられることにより」,「E前記使用者の胴体表面の上方向及
び下方向のみに前記害虫防除成分を含んだ気流が放出される」と解釈せざ
るを得ない。そして,このように解釈しなければ,補正における新規事項
の追加となってしまう。
また,本件明細書の図2(A)の記載及び本件発明の作用効果(使用者
の胴体表面に沿って頭部及び足元に及ぶように害虫防除成分を含む気流が
放出されることにより害虫を防除すること)に照らして,頭部及び足元方
向に気流が垂直に放出される必要があり,そうでなければ「上方向」及び
「下方向」とは言えないことは明らかである。
これに対して,被告製品は,装置本体の上部及び下部のみに排気口が設
けられているものでもなく,また,使用者の胴体表面の上方向及び下方向
のみに前記害虫防除成分を含んだ気流が放出されるものでもない。また,
被告製品に備えられたファンによって発生した気流は,斜め方向に生じて
いる。
したがって,被告製品は,構成要件D及びEを充足しない。
イまた,本件特許の出願過程における手続補正書(方式)(乙9)の記載
(3頁ないし4頁)からすれば,本件発明は,構成要件D及びEを充足す
ることにより,害虫防除成分を含んだ気流が使用者の頭部から足下まで及
び,これにより使用者の頭部から足下までに渡るよう害虫防除効果を発揮
させるものである。このような本件発明の作用効果から,本件発明の構成
要件D,Eは,「D使用者の胴体表面に沿って頭部及び足下に及ぶよう
害虫防除成分を含む気流が放出されるように,前記使用者が前記保持手段
を用いて装置本体を身に付けて起立した状態で,前記装置本体の上部及び
下部に前記排気口が設けられるとともに必要十分な気流の速度を達成させ
るファン等の構成を採用することにより」,「E前記使用者の頭部及び
足下に至るまで前記害虫防除成分を含んだ気流が放出される」と解釈する
こととなる。さらに,使用者の頭部から足下に至るまでの範囲において,
どんなに長くとも30分以内にKT50を達成する程度に,かつ,大気中
の気流に影響を受けない程度に,必要十分な気流の速度を達成させるファ
ン等の構成を採用しなければならない。
これに対し,被告製品は,使用者の頭部及び足下に及ぶよう害虫防除成
分を含む気流が放出されるように,被告製品の上部及び下部に排気口が設
けられたものでもなく,また,使用者の頭部及び足下に及ぶよう害虫防除
成分を含む気流が放出されるようにファン等の構成がされているものでも
なく,そして結果として,使用者の頭部及び足下に至るまで前記害虫防除
成分を含んだ気流が放出されるものでもなく,使用者の身体の動作により
発生する自然気流によって人一人分の蚊除け空間を形成するにすぎない。
しかも,使用者の頭部から足下に至るまで,30分以内にKT50を達成
していない。
したがって,被告製品は,構成要件D及びEを充足しない。
2本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
本件発明が,乙13公報に記載の発明及び乙14公報に記載の発明(以下
「乙14発明」という。)又は周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をす
ることができたものといえるか。
(被告)
本件発明は,乙13公報に記載の発明及び乙14発明又は周知技術に基づい
て,当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許は,特許無効
審判により無効にされるべきものである。
()乙13公報の記載1
乙13公報には,第1の実施例(ディフューザ1。以下「引用例1」とい
う。)と第2の実施例(ディフューザ22。以下「引用例2」という。)の
2つの発明(以下,総称して「乙13発明」といい,前者を「乙13第1発
明」,後者を「乙13第2発明」という。)が開示されており,それぞれ,
以下のとおりの記載がある。
ア引用例1及び2に共通する記載
「本発明は香料デフューザ,或いは更に一般的には大気中に自然に拡散
する物質,例えば脱臭剤,殺虫剤,殺菌剤等のデフューザに関し,さらに
詳しくは,例えば,物質の自然な拡散と周囲大気中への発散を助長するた
めの空気流発生装置を有するデイフューザに関する。」(4頁3行ないし
6行)
「有利なことには,本発明のデフューザは,前記デフューザを構成する
要素セット,即ち,リング状容器,羽車を有する円板,および前記円板を
回転する装置用の外囲器として作用する外部本体を有し,加えてこの外部
本体は2組の孔が設けられ,その第1組は円板の回転軸の近くに位置し羽
車に面し,また第2セットは前記円板に対して半径方向に離れて位置して
いる。このようにして第1セットの開孔を経由して外部本体内にはいり,
第2セットを経由して本体から離れる空気流が生じる。この空気流は必然
的に,円板の周辺に位置する容器を閉じる円形の薄膜の表面上を通過す
る。」(6頁14行ないし21行)
「本発明の装置の目的は,香料,脱臭剤,殺虫剤,または室内の空気中
に散布する事を希望するその他各種の物質を拡散することである。さらに
詳しくは,本装置は,自然の拡散が空気流と組み合わされると言う意味で
ダイナミックな拡散を使用することである。」(7頁27行ないし8頁2
行)
イ引用例1に関する記載
「図1に示す例においては,装置は液体状態にある香料用のダイナミッ
クデフューザ1である。デフューザ1は外囲器2とこれを閉じるカバー3
とから構成されており,外囲器2は空気流を発生させる要素とさらに液状
香料の拡散を可能とさせる要素とを含んでいる。空気流発生要素はその本
体が外囲器2の中央部分に横向きに固定され,その回転シャフト5がカバ
ー3の内部に軸受けされるモータ4と,後述する取り外し自在のカートリ
ッジ7の一部を構成する羽車6で構成されている。」(8頁3行ないし1
0行)
「外囲器2は閉鎖板10で閉鎖されるが,これは外囲2に取り付け自在
で回転シャフト5が通過する中央孔11を有している。シャフト5によっ
て回転されるように設計されているカートリッジ7は使用後,すなわち,
液体状態にあるすべての香料12が拡散された後に,廃棄可能とするため
に,取り外し可能になっている。カートリッジ7はその上に液体状態の香
料12を含む容器と羽車6の両者を乗せている円板13を含んでいる。」
(8頁15行ないし21行)
「外囲器2およびそのカバー3は好ましくはその形状がほぼ円筒形で,
カバー3はその環状周辺部の回り全体に空気流通溝20を有している。」
(9頁8行ないし9行)
「カートリッジが回転すると,容器14内に含まれる液状の香料12は
薄膜16と常に接触を保つ。この薄膜16は液体に不透過性でガスに透過
性であり,外囲14の側壁の一つを形成している。この恒常的接触によっ
て,香料は薄膜16を通して自然に拡散することができる。」(9頁25
行ないし28行)
「さらに,カートリッジ7の回転中,羽車6は空気を軸Dから円板13
の周辺に向けて流れるようにする。羽車6が2つの同心円間に伸びている
という配列により,羽車の周辺全体に亘る空気の一様で連続的な運動を達
成することが可能となる。そしてこれによって薄膜16の外面に面して位
置する周辺領域,即ち,容器14からの香料が自然に拡散する領域をカバ
ーする空気流を発生することができる。この領域を通過する空気流はカバ
ー3の周辺に位置する溝20を介して排出さ,香気を与えるべき領域にダ
イナミックに加えられる。」(10頁1行ないし7行)
「上述したようなデイフューザ1は電池,例えば1.5ボルト電池また
は9ボルト電池によって付勢する事ができるが,しかしこれを太陽電池に
よって付勢することができ,これによって公共の場所での電池の使用に伴
う欠陥を回避することができる。太陽電池でモータが付勢されると,モー
タの回転数は太陽電池を大なり小なり遮蔽することによって連続的に調節
することが可能である。」(10頁22行ないし26行)
ウ引用例2に関する記載
「デフューザ22の第2の実施例が図2と3に示されている。デイフュ
ーザ22は主として,そのカバー23の構造とその羽車24の構造によっ
て第1の実施例と相違している。図3に示されるように,カバー23は2
組の開孔25,26を有している。第1セットの開孔25はカートリッジ
28の回転軸D上に事実上位置する領域27内のカバー23を通して開孔
されている。第2セットの開孔26は前記カバー23の全体に延びる領域
内に位置し,これはカートリッジ28の円板29に対して放射状に位置し
ている。カバー23は又内部ショルダ30を有するがこれは形状がリング
状で軸Dに関して対称的で,羽車が軸Dを中心として回転するとき羽車2
4の上面24aと同一面上にある。このようにして,カートリッジ28が
軸Dを中心として回転すると,空気流がカバー23中で作られるが,その
空気入り口は第1セットの開孔であり,また,空気出口は第2セットの開
孔26である。この空気流は図2中に矢印Fで示され羽車24のブレード
が動くスペースを通過するように強制される。このスペースは円板29と
リング状のショルダ30との間で区切られる。この空気流は香料を収納す
るリング状容器31を覆う薄膜(図示せず)の上を必然的に通過している。
真直ぐなブレードを有する羽車24によって,空気力学的な効率に関して
優秀な結果が得られた。第2実施例においては,デフューザ22の形状は
円形ではなく,若干卵形であり,モータを付勢する電池は外囲器32の頂
上部分に格納されている。これは,図3に示されるように,非常に小型で
外観の美しいデフューザを得ることができる。一様な分布の空気流を得る
ために外囲器頂部中の開孔26に占められる領域は同一ハウジングの底部
部分に位置する開孔26により占められる領域と同一でなければならない
ことは重要である。」(10頁27行ないし11頁23行)
()乙13第1発明と本件発明との対比2
ア引用例1の内容
引用例1は,「本発明は香料デフューザ,或いは更に一般的には大気中
に自然に拡散する物質,例えば脱臭剤,殺虫剤,殺菌剤等のデフューザに
関し,さらに詳しくは,例えば,物質の自然な拡散と周囲大気中への発散
を助長するための空気流発生装置を有するデイフューザに関する。」との
記載から,害虫防除装置を含む発明に関するものであることは明らかであ
る。
また,「物質の自然な拡散と周囲大気中への発散を助長するための空気
流発生装置を有するデイフューザに関する。」との記載及び「容器14内
に含まれる液状の香料」は「薄膜16を通して自然に拡散することができ
る」とされる「液体状態の香料12を含む容器」が開示されており,この
香料は殺虫剤とすることができることから,当該液体状態の香料12を含
む容器14は,「害虫防除成分を保持し気流が当てられると前記害虫防除
成分が揮散される薬剤保持体」に相当するものである。
「カートリッジ7の回転中,羽車6は空気を軸Dから円板13の周辺に
向けて流れるようにする。」との記載及び「容器14からの香料が自然に
拡散する領域をカバーする空気流を発生することができる。」との記載か
ら明らかなとおり,引用例1の「羽車6」は,空気流を発生させ,その空
気流は容器14(=「薬剤保持体」)を覆う薄膜の上に気流を当てるもの
であるから,「前記薬剤保持体に気流を当てるファン」に相当する。
そして,外囲器2及びカバー3は,本件発明の「チャンバ」に該当する
ところ,容器14(=「薬剤保持体」)及び羽車6(=「前記薬剤保持体
に気流を当てるファン」)は,この外囲器2及びカバー3からなる空間内
(=「チャンバ」)に収納されている。また,容器14を含むカートリッ
ジ7は,取り外し可能であるから,容器14(=「薬剤保持体」)は,こ
の外囲器2及びカバー3からなる空間(=「チャンバ」)内に挿着される
ものである。
また,「本発明のデフューザは,前記デフューザを構成する要素セット,
即ち,リング状容器,羽車を有する円板,および前記円板を回転する装置
用の外囲器として作用する外部本体を有し,加えてこの外部本体は2組の
孔が設けられ,その第1組は円板の回転軸の近くに位置し羽車に面し,ま
た第2セットは前記円板に対して半径方向に離れて位置している。このよ
うにして第1セットの開孔を経由して外部本体内にはいり,第2セットを
経由して本体から離れる空気流が生じる。この空気流は必然的に,円板の
周辺に位置する容器を閉じる円形の薄膜の表面上を通過する。」との記載,
「カバー3はその環状周辺部の回り全体に空気流通溝20を有してい
る。」との記載,「この領域を通過する空気流はカバー3の周辺に位置す
る溝20を介して排出さ,香気を与えるべき領域にダイナミックに加えら
れる。」との記載等から明らかなとおり,引用例1は,第1セットの開孔
を有しており,これが,「チャンバ内に外気を取り入れる吸気口」に相当
し,第2セットの開孔たる空気流通溝20は,「害虫防除成分を含んだ気
流をチャンバ外に放出する排気口」に相当することは明らかである。
図1,「カバー3はその環状周辺部の回り全体に空気流通溝20を有し
ている。」との記載,「この領域を通過する空気流はカバー3の周辺に位
置する溝20を介して排出さ,香気を与えるべき領域にダイナミックに加
えられる。」との記載等から,装置本体の上部及び下部を含む全周に空気
流通溝20(=「排気口」)が設けられており,引用例1には,上方向及
び下方向に向かって害虫防除成分を含んだ気流が放出される構成が開示さ
れている。
以上のとおり,乙13公報には,乙13第1発明として,次の発明が記
載されている。
(ア)害虫防除成分を保持し前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体と,
前記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャンバ内に収納され,前記
チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り入れる吸気口と,前記害虫
防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口と,が設けられた
携帯用害虫防除装置であって,
(イ)前記薬剤保持体は前記チャンバ内に挿着され,そして
(ウ)前記装置本体の上部及び下部に前記排気口が設けられることにより,
(エ)上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ気流が放出さ
れる
(オ)ことを特徴とする害虫防除装置。
イ本件発明と乙13第1発明との相違点
本件発明と乙13第1発明とは,次の2点で相違する。
(ア)相違点1
本件発明では,害虫防除装置を「使用者が身に付けるための保持手
段」が備わっているのに対して,乙13第1発明では,そのような構成
が開示されていない点
(イ)相違点2
本件発明では,使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って害虫防
除成分を含んだ気流が放出されるのに対して,乙13第1発明では,上
方向及び下方向に向かって害虫防除成分を含んだ気流が放出される構成
が開示されているものの,これが使用者の胴体表面の上方向及び下方向
とはされていない点
()乙13第2発明と本件発明との対比3
ア引用例2の内容
引用例2は,「本発明は香料デフューザ,或いは更に一般的には大気中
に自然に拡散する物質,例えば脱臭剤,殺虫剤,殺菌剤等のデフューザに
関し,さらに詳しくは,例えば,物質の自然な拡散と周囲大気中への発散
を助長するための空気流発生装置を有するデイフューザに関する。」との
記載から,害虫防除装置を含む発明に関するものであることは明らかであ
る。
また,「物質の自然な拡散と周囲大気中への発散を助長するための空気
流発生装置を有するデイフューザに関する。」との記載及び「香料を収納
するリング状容器31」が開示されており,この香料は殺虫剤とすること
ができることから,当該容器31は,「害虫防除成分を保持し気流が当て
られると前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体」に相当するものであ
る。
「カバー23は又内部ショルダ30を有するがこれは形状がリング状で
軸Dに関して対称的で,羽車が軸Dを中心として回転するとき羽車24の
上面24aと同一面上にある。このようにして,カートリッジ28が軸D
を中心として回転すると,空気流がカバー23中で作られるが,その空気
入り口は第1セットの開孔であり,また,空気出口は第2セットの開孔2
6である。この空気流は図2中に矢印Fで示され羽車24のブレードが動
くスペースを通過するように強制される。このスペースは円板29とリン
グ状のショルダ30との間で区切られる。この空気流は香料を収納するリ
ング状容器31を覆う薄膜(図示せず)の上を必然的に通過している。」
との記載から明らかなとおり,引用例2の「羽車24」は,空気流を発生
させ,その空気流は容器31(=「薬剤保持体」)を覆う薄膜の上を必然
的に通過するのであるから,「前記薬剤保持体に気流を当てるファン」に
相当する。
そして,外囲器32及びカバー23は,本件発明の「チャンバ」に該当
するところ,容器31及び羽車24は,この外囲器32及びカバー23か
らなる空間内に収納されている。また,容器31を含むカートリッジ28
は,取り外し可能であるから,容器31(=「薬剤保持体」)は,この外
囲器32及びカバー23からなる空間(=「チャンバ」)内に挿着される
ものである。
また,第1セットの開孔25は,空気入口であり,「チャンバ内に外気
を取り入れる吸気口」に相当し,第2セットの開孔26は,空気出口であ
るから,「害虫防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口」に
相当する。
図2及び図3並びに「一様な分布の空気流を得るために外囲器頂部中の
開孔26に占められる領域は同一ハウジングの底部部分に位置する開孔2
6により占められる領域と同一でなければならないことは重要である。」
との記載から,装置本体の上部及び下部に開孔26(=「排気口」)が設
けられており,引用例2には,上方向及び下方向に向かって害虫防除成分
を含んだ気流が放出される構成が開示されている。
以上のとおり,乙13公報には,乙13第2発明として,次の発明が記
載されている。
(ア)害虫防除成分を保持し前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体と,
前記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャンバ内に収納され,前記
チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り入れる吸気口と,前記害虫
防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口と,が設けられた
携帯用害虫防除装置であって,
(イ)前記薬剤保持体は前記チャンバ内に挿着され,そして
(ウ)前記装置本体の上部及び下部に前記排気口が設けられることにより,
(エ)上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ気流が放出さ
れる
(オ)ことを特徴とする害虫防除装置。
イ本件発明と乙13第2発明との相違点
本件発明と乙13第2発明とは,次の2点で相違する。
(ア)相違点1
本件発明では,害虫防除装置を「使用者が身に付けるための保持手
段」が備わっているのに対して,乙13第2発明では,そのような構成
が開示されていない点
(イ)本件発明では,使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って害虫
防除成分を含んだ気流が放出されるのに対して,乙13第2発明では,
上方向及び下方向に向かって害虫防除成分を含んだ気流が放出される構
成が開示されているものの,これが使用者の胴体表面の上方向及び下方
向とはされていない点
()相違点についての検討4
以下に述べるとおり,害虫防除装置を使用者が身に付けるようにすること,
携帯用害虫防除装置において,使用者が身に付けるための保持手段を有する
ことは周知慣用されていること等から,本件発明と乙13第1発明及び乙1
3第2発明との前記の各相違点につき,当業者が本件発明の構成に容易に想
到することができたことは明らかである。
ア相違点1について
(ア)乙14公報には,以下のとおりの記載がある。
「技術分野本発明は,概括的に,揮発性液体を格納し且つ蒸発させ
るように具体的にデザインされた装置に向けられている。本発明は,特
に携帯式の蒸気拡散装置に向けられている。そのような携帯式蒸気拡散
装置は,蒸発性の液体殺虫剤又は蒸発性の防虫剤のような揮発性液体の
少なくとも一部の有効量を蒸発させるのに使用される。さらに,本発明
の携帯式装置は,装置使用者のまわりに蒸発液体蒸気のおおいをもたら
すようにデザインされている。従って,本発明の携帯式装置は,例えば,
駆虫又は防虫目的のために使用者のまわりに殺虫剤蒸気のおおい又は防
虫剤蒸気のおおいのいずれかをもたらすことができる。」(乙14公報
訳文1頁3行ないし13行)
「産業上の利用可能性上記概要で,使用者に装着されるように特別
にデザインされた,本発明の特定の実施例について簡単に議論したが,
本発明がテーブル頂面,カウンター頂面,机,寝室用ランプ及びそれと
同様な場所に置かれるようにデザインされた蒸発機のような他の形式の
移動可能な蒸発装置にも組み込むことが容易にできることが当業者によ
く理解される。(中略)本発明の1つの目的は,使用者に装着すること
ができる,又は使用者の必要に関連して移動させることができる携帯式
の蒸気拡散装置を提供することである。本装置は,蒸発性の液体殺虫剤
又は蒸発性の液体防虫剤のような生物学的有効揮発性液体を蒸発させる
ために具体的にデザインされている。そのような揮発性の液体の少なく
とも一部の蒸発により,生物学的有効蒸気が本携帯式装置から解放され
る。本装置からそのような生物学的有効蒸気の解放は,虫を駆除及び/
又は忌避する目的のために,使用者のまわりに有効成分含有蒸気のおお
いをもたらすような方式で行われる。」(乙14公報訳文5頁6行ない
し27行)
「図1Aに示された実施例のハウジング110は,ベルトに装着でき
る(中略)装置100,好ましくはハウジング110の後部140には,
装置100を使用者の衣服に直接装着することを可能にするクリップ1
60(図1B及び2)が取り付けられている。(中略)例えば,装置1
00は図6に示されているように使用者のベルト170に直接取り付け
ることができる(後略)」(乙14公報訳文8頁18行ないし9頁1
行)
(イ)以上のとおり,乙14公報には,害虫防除装置を使用者が身に付け
て屋外等で使用した場合においても殺虫及び防虫効果が得られることを
目的としていることが記載されており,かつ,使用者の周りに有効成分
含有蒸気の覆いをもたらすような方式で害虫防除装置を使用者が身に付
けるための保持手段が開示されている。
また,乙14公報には,移動可能な「蒸発装置」(=「害虫防除装
置」)を一般に使用者に装着できるようにすることが可能であることが
示唆されている。
これらのこと等から,乙13第1発明又は乙13第2発明と乙14発
明を組み合わせることは,当業者にとって容易であり,その結果,前記
相違点1の構成に想到することも容易である。
さらに,以下の各公知文献の記載から,害虫防除装置を「使用者が身
に付けるための保持手段」との構成が周知であることは,明らかである。
すなわち,実開平1−74778号公報(乙15)には,「携帯容体
と,この携帯容体内に設け且つ外部電源より電源を蓄積する充電機構と,
加熱により防虫臭気を発する薬含マットと,携帯容体内に備え且つ薬含
マットを支持しこれに熱を加える前記充電機構に接続した加熱体とより
構成することを特徴とした携帯用防虫器。」,当該防虫機に「使用者の
バンド等を引っ掛ける係止鈎片2」が備えられていることが記載されて
いる。
また,実開平7−81号公報(乙16)には,「蚊取り用薬剤マット
1を加熱する為に使い捨ての化学発熱体2を取り付けこれを,押さえ具
6により密着させ,気化した薬効成分を,拡散用窓3より放出し,吊り
下げ用紐5により容器を服地などに止めて使用する,使い捨て携帯蚊取
り器」が記載されている。
実開平3−56379号公報(乙17)には,「通気性を有する材料
で袋体を形成し該袋体の内部に揉み動作に伴い酸素との反応で発熱する
粉体及び殺虫効果のある粉体を共に混入して封止したことを特徴とする
携帯用蚊取り具。」,当該携帯用蚊取り具の「上端部には紐等を挿b
通して吊り下げて使用できるよう系止部21を形成してある。」との記
載がある。
実開昭63−151776号公報(乙18)には,「吸水性を有する
シート状体に,加熱されることにより殺虫成分を蒸散気化させる薬液を
含浸させた蚊取シート(12)と,通気性を有する袋体(22)に粉末
状金属粉が充填され,該金属粉の酸化反応により発熱する熱源体(2
0)とからなり,前記熱源体(20)に蚊取シート(12)を配置し,
当該熱源体(20)の発熱によって,蚊取シート(12)に含浸させた
薬液から殺虫成分を蒸散気化させるよう構成したことを特徴とする蚊取
器。」,「蚊取器10を携帯して使用するときは,前述の通孔25に紐
体を挿通させ,この紐体を衣服のベルト等に結び付けることにより吊下
使用する。」ことが記載されている。
実開平2−34178号公報(乙19)には,「蚊取線香使用の,バ
ンド及び安全ピン付,小型携帯蚊除器」,当該小型携帯蚊除器が「夏場
のキャンプ,旅行時に大人小人を問わず利用出来る」こと,「着衣に付
ける時は安全ピン13で止め」ることが記載されている。
実開昭62−90369号公報(乙20)には,「使用に際しては,
携帯する者のベルト等に懸吊具を掛止することにより本考案に係る15
蚊取線香容器を携帯することができる。」ことが記載されている。この
他にも,蚊取り線香を携帯するに当たって使用者が身に付けるための保
持手段が開示されているものとして,実開昭60−81785号公報
(乙21),実開平3−85880号公報(乙22)などが多数存在す
る。
これらの公知文献の各記載によれば,害虫防除装置を「使用者が身に
付けるための保持手段」との構成は周知であり,このことは,本件特許
に係る拒絶査定不服審判における前置審査(乙10,前置報告書)及び
本件発明の親出願である特願2000−7985号の出願過程(乙23,
拒絶理由通知書)において,審査官も指摘している。
(ウ)乙14公報や前記各公知文献は,いずれも害虫防除装置に関するも
のであって,引用例1及び引用例2と技術分野が同一である。
そして,引用例1は,「電池,例えば1.5ボルト電池または9ボル
ト電池によって付勢する事ができる」(乙13公報10頁22ないし2
3行)との記載及び「太陽電池によって付勢することができ」る(乙1
3公報10頁23ないし24行)との記載からも明らかなとおり,小型
であり,使用者が身に付けるための保持手段を備えることに何らの阻害
要因はないばかりか,屋外での使用に関しても示唆があり,当業者が引
用例1と乙14公報を組み合わせることに何らの支障もない。
また,引用例2は,「モータを付勢する電池は外囲器32の頂上部分
に格納され」,また,「非常に小型」であり(乙13公報11頁19な
いし20行),使用者が身に付けるための保持手段を備えることに何ら
の阻害要因はない。
したがって,乙13第1発明及び乙13第2発明に,この周知の構成
を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。
イ相違点2について
乙13第1発明及び乙13第2発明は,いずれも上方向及び下方向に沿
って害虫防除成分を含んだ気流が放出されることを特徴とする害虫防除装
置であるために,この乙13第1発明又は乙13第2発明に,乙14発明
又は前記周知技術を組み合わせることにより,使用者の胴体表面の上方向
及び下方向に沿って害虫防除成分を含んだ気流が放出されることとなるこ
とは自明である。なお付言すれば,屋外において顔,首筋,腕,足などの
露出面から害虫を忌避する必要性は,文献等を示すまでもなく当業者にと
って周知の課題であり(例えば,「害虫忌避剤と誘引殺虫剤」(乙24),
「家庭用殺虫剤の種類と使い方」(乙25),特開平3−113002号
公報(乙26)),この課題を解決するために,上方向及び下方向に沿っ
て害虫防除成分を含んだ気流が放出される害虫防除装置である乙13第1
発明又は乙13第2発明を,使用者が身に付けることにより,身体の上下
に沿って害虫防除成分を含んだ気流を放出させるようにすることは,当業
者が容易に想到し得るものである。
また,装置を使用者の身体に保持した上で使用される各種装置において,
使用者が身に付けて起立した状態で装置の上部及び下部に空気排出口を設
けることにより,使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って気流を放
出させることは,周知技術である。例えば,実開昭63−83559号公
報(乙27)には,(空気が)「ベルト部の上端面及び下端面に設けた多
数の空気吐出孔から吐出され,人体の上半身及び下半身の体表面に沿って
流れる」(3頁3行ないし5行)と記載されており,また,特開平11−
182487号公報(乙28)にも,「外部の空気が吸い込まれ,上記斜
流ファン2を介して外周部四方の空気吹出口1b,1b・・・からユーザ
ーの人体の胸部面Maに沿って吹き出されて行く。」(段落番号【0M
026】6行ないし9行)並びに図1,4及び5に記載されている。
したがって,当業者にとって,使用者が身に付けて起立した状態におけ
る装置の上部及び下部に空気排出口を設けることにより,使用者の胴体表
面の上方向及び下方向に沿って害虫防除成分を含んだ気流を放出させるよ
うにすることが容易であることは,このことからも明らかである。
したがって,相違点2に係る構成は,乙14発明又は周知技術に基づい
て,当業者が容易に想到し得たものである。
()原告の主張に対する反論5
ア乙13第1発明と本件発明との相違点について
(ア)乙13第1発明には「吸気口」が存在すること。
原告は,乙13公報の「第1セットの開口を経由して外部本体内には
いり,第2セットを経由して本体から離れる空気流が生じる」との記載
(6頁11行ないし21行)は乙13第2発明についての説明であると
して,乙13第1発明には「吸気口」がないと主張する。しかし,乙1
3号公報の当該記載は,その記載から乙13第2発明に限定していない。
加えて,乙13第1発明に関する記述である「カバー3はその環状周
辺部の回り全体に空気流通溝20を有している。」(乙13公報9頁)
との記載及び「この領域を通過する空気流はカバー3の周辺に位置する
溝20を介して排出さ,香気を与えるべき領域にダイナミックに加えら
れる。」(乙13公報10頁)との記載からしても,乙13第1発明の
「空気流通溝20」が「排気口」に当たることは明らかであるから,当
該空気流通溝20(=排気口)から排出する空気を吸気する部分が乙1
3第1発明に存在することは,当業者であれば当然に理解できる。
したがって,乙13第1発明において「吸気口」が存在することは明
らかである。
(イ)本件発明が薬剤保持体から薬剤が自然蒸発するものを含んでいるこ
と。
原告は,乙13第1発明の薬剤が自然蒸発するものであることをとら
えて,本件発明と乙13第1発明の相違点として,以下の2点を挙げる。
①本件発明では,薬剤保持体に気流を当てるようになっているのに対
し,乙13第1発明では液状の香料を吸着した薄膜には気流が当たら
ず,自然揮発に任せている。
②乙13第1発明では,フイルム21をはがして薄膜16を露出させ
ると香料の揮発が始まるのであり,空気流発生装置の作動を止めても,
揮発を止めることはできない。
しかしながら,本件発明における薬剤保持体は,薬剤が自然揮発又は
蒸発するものを除外しておらず,むしろこのような薬剤を含んだもので
あって,そもそも原告の主張は失当である。
まず,本件発明の構成要件の文言上も,また,本件明細書においても,
害虫防除成分(薬剤)が,どのような薬剤を用いるかについては限定さ
れておらず,気流が当てられないと「揮散」しないものに限る旨の記載
もない。むしろ,本件明細書の実施例において害虫防除成分として用い
られているトランスフルスリン(段落【0026】)は,「自然蒸散が
可能な化合物」(特開平2006−325585号公報(乙34の1)
の4頁),「常温揮散性」(特開平11−139903号公報(乙34
の2)の2頁ないし3頁)であって,本件発明における薬剤保持体は,
薬剤が自然揮発又は蒸発するものを含んでいることは明らかである。
さらに,本件発明の構成要件Aの「害虫防除成分を保持し気流が当て
られると前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体」は,乙9号証の手
続補正書(方式)2頁に記載のとおり,本件明細書の段落【0023】
を根拠に補正されている。
しかも,本件明細書の段落【0023】には,「気流は薬剤保持体2
0のネット状部材26を通過する。そのとき,気流に害虫防除成分が含
まれる。そして,害虫防除成分を含んだ気流Aが,設置面である使用者
の胴体表面に沿った方向に放出される。」との記載があるのみであり,
気流を押し当てると初めて薬剤が揮発する構成は何ら開示されていない。
すなわち,本件発明の構成要件Aの「害虫防除成分を保持し気流が当て
られると前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体」との構成は,単に,
気流が薬剤保持体を通過することにより気流に害虫防除成分が含まれる
ことを示しているにすぎないのである。
以上のとおり,本件発明は,薬剤保持体から薬剤が自然揮発又は蒸発
するものを除外しているものではなく,むしろこれを包含しており,原
告の主張する前記2点の相違点は,本件発明と乙13第1発明との相違
点たり得ない。
(ウ)気流が押し当てられることにより(自然揮発又は蒸発ではなく)薬
剤が揮発又は蒸発する薬剤保持体は周知技術であること。
そもそも,本件発明において,薬剤保持体に気流が押し当てられるこ
とにより(自然揮発又は蒸発ではなく)薬剤が揮発又は蒸発するもので
あるか,それとも乙13第1発明のように自然蒸発する薬剤かによって,
何らの作用効果上の差異はない。そして,気流が押し当てられることに
より薬剤が揮発又は蒸発する薬剤保持体は,本件発明の出願時には既に
周知であり,乙13第1発明において,そのような薬剤保持体を採用す
ることは,当業者が適宜選択できる事項にすぎないのである。
気流が押し当てられることにより薬剤が揮発又は蒸発する薬剤保持体
が周知技術であることを示す文献は多数存在し,原告及び被告の出願に
係る公開特許公報(特開平11−169051号公報(乙35の1)
「【従来技術】従来より強制的に薬剤を揮散させる手段として,送風に
より薬剤を揮散させる方法が知られている。」,特開平10−1918
62号公報(乙35の2)「【従来技術】揮散性の薬剤をファンの風力
で空気中に揮散・放出するようにした薬剤揮散方法としては,薬剤を保
持し,かつ適度な通気性を有する含浸体にファンからの風をあてるよう
にしたものが実開昭61−182273号公報にて,またファンの風力
と通気度の関係を定義したものが特開平7−11850号公報として知
られている。」)においても,周知技術であると明記されている(その
ほかに,乙35の3ないし10の各公報がある。)。
したがって,本件発明が,気流が押し当てられることにより薬剤が揮
発又は蒸発する薬剤保持体に限定されていたとしても,前記の周知技術
をも組み合わせることにより,本件発明は容易に発明し得るものなので
ある。
(エ)乙13第1発明は上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含
んだ気流を放出するものを含むものであること。
原告は,本件発明と乙13第1発明との相違点として,「乙13第1
発明は,室内の限られた空間内に香料を揮散させるための装置であり,
特定の方向に向けて気流を放出するようになっていない」を挙げている。
その趣旨は必ずしも明確ではないが,乙13第1発明は,上方向及び下
方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ気流を放出するものであること
が明らかである。すなわち,乙13公報の図1,「カバー3はその環状
周辺部の回り全体に空気流通溝20を有している。」との記載,「この
領域を通過する空気流はカバー3の周辺に位置する溝20を介して排出
さ,香気を与えるべき領域にダイナミックに加えられる。」との記載等
から,引用例1の装置本体の上部及び下部を含む全周に空気流通溝20
(=「排気口」)が設けられており,乙13第1発明には,上方向及び
下方向に向かって害虫防除成分を含んだ気流が放出される構成が開示さ
れている。
特に,原告は,「ファンの全周に排気口を設ける場合」を本件発F
明が含んでいるとしており,そうだとすれば,まさに,本件発明と乙1
3第1発明は,「上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ
気流が放出されることを特徴とする害虫防除装置。」という点において
一致することとなる。
(オ)乙13第1発明は害虫防除装置であること。
原告は,乙13第1発明は害虫防除装置ではないと主張するが,乙1
3公報における「本発明は香料デフューザ,或いは更に一般的には大気
中に自然に拡散する物質,例えば脱臭剤,殺虫剤,殺菌剤等のデフュー
ザに関し,さらに詳しくは,例えば,物質の自然な拡散と周囲大気中へ
の発散を助長するための空気流発生装置を有するデイフューザに関す
る。」との記載から,乙13第1発明が害虫防除装置を含む発明である
ことは明らかである。
(カ)乙13第1発明は,図1の下側面を底部とする装置であること。
原告は,乙13第1発明が図1の右側面を下にして使用するものであ
るとするが,失当である。このことは,乙13公報の図1等から明らか
である。まず,乙13公報9頁には,「カートリッジ7は水平軸Dを中
心として回転する。」との記載があり,図1のDで示されている軸が,
水平であることが明確に記載されている。加えて,乙13第1発明は,
乙13公報5頁や9頁に記載のとおり,容器が回転することにより,容
器中の液体物質が薄膜によって構成された垂直な側壁の少なくとも一部
と常に接触状態にあり,結果,容器中の液の量が長期間の使用によって
減少した後においても,薄膜を常に湿らせることを可能とするものであ
る。そのため,乙13公報の図1においても,液体12が容器14の下
部にのみ存在しながら,薄膜16と接触しているのである。逆に,原告
の主張のように,引用例1が図1の右側面を下にして使用するものであ
るとすれば,液体12が薄膜16と接触しないことになるのであり,乙
13公報の記載と真っ向から反する。
以上のとおり,乙13第1発明は,図1の下側面を底部とする装置で
あって,原告の主張は失当である。
(キ)以上のとおり,本件発明と乙13第1発明との相違点に関する原告
の主張は,いずれも失当であって,乙13第1発明は,「装置本体の上
部及び下部に前記排気口が設けられることにより,上方向及び下方向に
沿って前記害虫防除成分を含んだ気流が放出されることを特徴とする害
虫防除装置」であって,本件発明との相違点は,前記()イの2点のみ2
である。
イ乙13第2発明と本件発明との相違点について
原告は,本件発明と乙13第2発明との相違点について,まず,乙13
第1発明と同様に,下記3点の相違点を掲げるが,いずれも,前記ア(イ)
ないし(エ)と同様の理由により失当である。
①本件発明では,薬剤保持体に気流を当てるようになっているのに対し,
乙13第2発明では液状の香料を吸着した薄膜には気流が当たらず,自
然揮発に任せている。
②乙13第2発明では,フイルム21をはがして薄膜16を露出させる
と香料の揮発が始まるのであり,空気流発生装置の作動を止めても,揮
発を止めることはできない。
③乙13第2発明は,室内の限られた空間内に香料を揮散させるための
装置であり,特定の方向に向けて気流を放出するようになっていない。
また,原告は,乙13第2発明が害虫防除装置ではないとするが,これ
も,前記ア(オ)と同様の理由により失当である。
さらに,原告は,乙13第2発明に関する乙13公報の図3についての
「第2の引用例を上部から見た平面図である。」との記載を根拠に,「乙
13第2発明は,図3のように平らにおいて使用するものであり,香水等
の蒸気を含んだ気流は,水平方向に放出されている」と主張し,これを根
拠に,①薬剤が液体であり担体に含浸されていない点,②下部に排気口が
設けられていない点,③胴体表面の上方向及び下方向に沿って気流を放
出するようになっていない点を,本件発明と乙13第2発明の相違点とし
て掲げるが,これも,次のとおり失当である。
すなわち,乙13第1発明について述べたとおり,原告の主張のように
図3の装置を平らにおいて使用するとすれば,容器中の液体が薄膜と接触
しないことになる。そうだとすると,乙13公報5頁等に記載のように,
容器が回転することにより容器中の液体物質が,薄膜によって構成された
垂直な側壁の少なくとも一部と常に接触状態にあり,結果,容器中の液の
量が長期間の使用によって減少した後においても,薄膜を常に湿らせるこ
とができなくなってしまう。
したがって,乙13公報の図2は,その下側を底部とする装置であると
当然に理解され,図3についても図2を左側から見た図であると理解する
ことになるのである。
以上のとおり,本件発明と乙13第2発明との相違点に関する原告の主
張はいずれも失当であり,乙13第2発明は,「装置本体の上部及び下部
に前記排気口が設けられることにより,上方向及び下方向に沿って前記害
虫防除成分を含んだ気流が放出されることを特徴とする害虫防除装置」で
あって,本件発明との相違点は,前記()イの2点のみである。3
ウ乙13第1発明又は乙13第2発明と乙14発明又は周知技術との組合
せが容易であること。
(ア)乙14発明との組合せの容易性について
原告は,本件発明と乙14発明との相違点を挙げるとともに,乙14
発明が「液体の薬剤を使用しているために,『我々の装置の独創的なデ
ザイン及び構造により液流出が防止される』ので携帯が可能となったの
であって,移動可能な『蒸発装置』(=『害虫防除装置』)を一般に使
用者に装着できるようにすることが可能であることが示唆されているわ
けではない」として,乙13第1発明又は乙13第2発明と乙14発明
の組み合わせが容易ではないと主張する。
しかし,乙13第1発明及び乙13第2発明と乙14発明とは,害虫
防除装置であって,その技術分野が同一であるばかりか,薬剤防除成分
を一定領域に拡散させる点で同一の技術的課題を有している。そして,
屋外において顔,首筋,腕,足などの露出面から害虫を忌避する必要性
・課題は,文献等を示すまでもなく当業者にとって周知の課題であって,
これについては原告も認めるところである。
このような課題を解決するために,乙13第1発明又は乙13第2発
明において,乙14発明の害虫防除装置を使用者が身に付けるための保
持手段を適用することは,当業者ならば容易に想到し得たことである。
さらに,乙14公報では,移動可能な「蒸発装置」(=「害虫防除装
置」)を一般に使用者に装着できるようにすることが可能であることが
明確に示唆されており,このことからも,乙13第1発明又は乙13第
2発明と乙14発明を組み合わせることが,当業者であれば容易に想到
できるものであることを裏付けている。
そして,乙27号証,乙28号証及び乙33号証においてそれぞれ開
示されている装置は,害虫防除成分を気流に含ませることには言及され
ていないが,いずれも屋外作業などの際に作業者の周囲のみに快適な環
境を創出するために身体に装着して使用されるものであり,人体,特に
その胴体などの中間部位に装着した際に全身に作用が及ぶように気流を
行き渡らせることを要するものである点で,本件発明の害虫防除装置と
共通する課題を有する。その課題を解決するために,これらの装置にお
いては,人体表面に沿って装置の上下方向に気流を放出する構成が採用
されている。したがって,このことからも明らかなように,当業者にと
って,使用者が身に付けて起立した状態における装置の上部及び下部に
空気排出口を設けることにより,使用者の胴体表面の上方向及び下方向
に沿って害虫防除成分を含んだ気流を放出させるようにすることは,容
易に想到し得るものであり,また,技術的にも何ら困難性があるもので
はないから,容易に達成可能である。
さらに,本件発明において,使用者が身に付けて起立した状態におけ
る装置の上部及び下部に空気排出口を設けることにより,使用者の胴体
表面の上方向及び下方向に沿って害虫防除成分を含んだ気流を放出させ
るようにすることによる効果も,それによって害虫防除成分が全身に行
き渡りやすいという程度のものであり,これら周知技術から容易に予測
可能なものにすぎない。
以上のとおり,乙13第1発明又は乙13第2発明と乙14発明を組
み合わせることは,当業者が容易に想到し得たものであることは明らか
である。
(イ)周知技術との組合せの容易性について
原告は,乙15号証ないし乙23号証について,携帯式害虫防除装置
において使用者が身に付けるための保持手段を設けることが知られてい
ることを認めながら,「『装置本体の上部及び下部に排気口を設け,使
用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って害虫防除成分を含んだ気流
を放出』するという構造を備え」ていないとの反論をしているが,何ら
反論になっていない。ここでの問題は,乙13第1発明又は乙13第2
発明と周知技術を組み合わせることが当業者にとって容易に想到できる
か否かである。
この点,前記(ア)のとおり,技術分野・課題の共通性や,周知な課題
の存在,さらに,技術的な困難性といった阻害要因が全く存在しないこ
とを加味すれば,乙13第1発明又は乙13第2発明に乙15号証ない
し乙23号証等により裏付けられる周知技術を組み合わせることは,当
業者において容易に想到できるものであることは明らかである。
(ウ)以上のとおり,本件発明は,乙13第1発明又は乙13第2発明と
乙14発明又は周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることが
できたものであって,原告の主張はいずれも失当である。
(原告)
被告は,乙13第1発明又は乙13第2発明に乙14発明又は周知技術を考
慮すれば,本件発明は当業者が容易に発明することができたものであると主張
する。
しかしながら,本件発明は,取付位置よりも下方には防虫効果が及ばないと
いう従来の携帯用害虫防除装置の欠点を克服するものであって,携帯用害虫防
除装置であることを前提としたものであり,室内で載置して用いる害虫防除装
置に,人体への取付手段を設けたというものではない。これに対して,乙13
第1発明及び乙13第2発明には,携帯用という技術思想が全く見られないし,
また,この装置は香料のような自然蒸発液状物質用のデフューザ(乙13公報
の5頁14行)であって,自然に蒸発しない薬剤には適用することのできない
技術である。そして,乙14発明は,携帯用ではあるが,取付位置の下方とな
る部分を害虫から防除するという思想が全くなく,そのための構成も備えてい
ないし,また,液体殺虫液等を加熱して蒸発させる装置である。
したがって,乙13第1発明及び乙13第2発明並びに乙14発明は,本件
発明の無効理由となるものではなく,技術的思想も,その構成も異なるもので
ある。
()乙13第1発明について1
ア乙13第1発明に吸気口があるとする被告の主張は誤りであること。
乙13第1発明は,「液体状態にある香料用のダイナミックデフュー
ザ」(乙13公報8頁3行)であって,液体状態の香料12は,リング状
の容器14に納められ,ガス透過性で液体不透過性の薄膜16で封止され
ている(乙13公報の8頁2行ないし10頁26行)。そして,この薄膜
16を通して揮発した香料成分を,空気流発生装置によって発生した空気
流によって,拡散するようになっている。この空気流発生装置は,(おそ
らくリング状の容器14の)中央開口部に配置される。
したがって,乙13第1発明には吸気口と排気口の区別がなく,符号2
0で示される孔は「空気流通溝」となっている。なお,「第1セットの開
口を経由して外部本体内にはいり,第2セットを経由して本体から離れる
空気流が生じる」との記載(乙13公報の6頁11行ないし21行)は,
「本発明の好ましい実施例においては」とあるとおり,実施例2(引用例
2)についての説明であり,実施例1(引用例1)についての説明ではな
い。すなわち,薄膜16を通して揮発してくる香料成分を含んだ空気を,
空気流発生装置に取り付けた羽車6によって,円板13の周辺に向けて流
れるようにしているのであり,カバー3は,文字どおりそのカバーにすぎ
ない。
そして,乙13公報の9頁8行ないし9行に「カバー3はその環状周辺
部の回り全体に空気流通溝20を有している」と記載されているとおり,
空気流通溝は「周辺部」にしかなく,カバーの正面に「空気流通溝」はな
い。そして,「羽車6は空気を軸Dから円板13の周辺に向けて流れるよ
うに」(乙13公報10頁1行)してあるので,羽車によってカバー内に
生じた空気流が空気流通溝から排出される。つまり,空気流通溝20は吸
気口と排気口を兼用しており,そのために環状周辺部の回りに設けられて
いるのである。そして,それ以外に開孔はない。また,引用例2の説明に
は,「デフューザ22は主として,そのカバーの構造とその羽車24の構
造によって第1の実施例と相違する。図3に示されるようにカバー23は
2組の開孔25,26を有している。」(乙13公報10頁最終行ないし
11頁2行)と述べられている。つまり,乙13第1発明と乙13第2発
明とはカバーの構造が異なるのであり,このことからしても,乙13第1
発明に2組の開孔はないのである。
以上のとおり,乙13第1発明には,吸気口がない。
イその他の相違点について
アの点のほか,本件発明は,次の点で乙13第1発明と異なる。
①本件発明では,薬剤保持体に気流を当てて揮散するようになっている
のに対し,乙13第1発明では,液状の香料を吸着した薄膜には気流が
当たらず,自然揮発に任せている点
②乙13第1発明では,フィルム21をはがして薄膜16を露出させる
と香料の揮発が始まるのであり,空気流発生装置の作動を止めても,揮
発を止めることはできない点
③乙13第1発明は,室内の限られた空間内に香料を揮散させるための
装置であり,特定の方向に向けて気流を放出するようになっていない点
以上の理由により,被告が乙13第1発明として乙13公報に記載され
ているという発明のうち,次の下線部分は誤りである。
(ア)’害虫防除成分を保持し前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体と,
前記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャンバ内に収納され,前記
チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り入れる吸気口と,前記害虫
防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口と,が設けられた
携帯用害虫防除装置であって,
(イ)’前記薬剤保持体は前記チャンバ内に挿着され,そして
(ウ)’前記装置本体の上部及び下部に前記排気口が設けられることにより,
(エ)’上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ気流が放出さ
れる
(オ)’ことを特徴とする害虫防除装置。
なお,乙13公報には,殺虫剤の記載はあるが,「自然に蒸発する物
質」の1例として記載されているにすぎず,本件明細書の実施例に記載さ
れたトランスフルトリンのような蒸気圧が低く自然に蒸発しない殺虫剤を
も含めた意味で記載されているわけではない。そして,乙13第1発明は,
「液体状態にある香料用のダイナミックデフューザ」である。
この点,本件発明は,本件明細書の段落【0006】の冒頭に記載され
ているとおり,「気流が当てられると害虫防除成分が揮散される」もので
あるのに対し,乙13第1発明は,「容器14からの香料が自然に拡散す
る領域」(乙13公報10頁5行)をカバーする空気流を発生させるもの
であり,有効成分の揮散の違いは明らかである。本件発明では,自然揮散
だけでは害虫防除効果を有するほどの有効量の揮散はしないのであり,気
流を当てて初めて有効量が揮散する。これに対して,乙13第1発明(乙
13第2発明も同様である。)は容器14から自然揮散したものを羽車に
よって拡散させるのであり,有効量を自然揮散する必要がある。
また,「気流が当てられると害虫防除成分が揮散される」ことと「自然
に拡散する」ことの作用効果の差異は,スイッチのオン,スイッチのオフ
の作用に現れる。すなわち,本件特許の実施例にはスイッチがあるが,乙
13公報の引用例1にはスイッチがあり,引用例2にはスイッチがない。
つまり,乙13公報の発明は,「スイッチによるオン,オフ」が必須では
ないが,本件特許の実施例では,「気流を当てること」による揮散と「気
流を当てないこと」による非揮散の切替えが可能となっているのである。
したがって,害虫防除用の装置ではないという点を含め,乙13第1発
明には,前記下線部分の構成が開示されていない。
ウ乙13第1発明は図1の右側面を底部とするものであること
乙13公報の図1によると,下面に凸部があり,図1の状態で使用する
ことは不安定で困難である。さらに,引用例1が被告の主張するような円
筒形であるとすれば,図1の下側部を底部として載置した場合,転がって
しまう。しかも,周辺の一部にはスイッチ9があるので,図1の右側面を
底部にして載置しないと使用することができないはずである。この点,乙
13公報の引用例1についての説明には,図1の状態を「垂直とする」と
解される説明があることはそのとおりである。しかし,乙13公報の出願
に対する拒絶理由通知(甲11)の理由2に指摘されているとおり,「垂
直側壁」とは何に対して垂直なのか,「中央開口部」とはいかなる箇所を
いうのか,「半径方向」とはいかなる方向なのかなどの点が不明瞭であり,
そのため装置全体の位置関係が不明瞭である。そして,この拒絶理由通知
に対し,出願人は意見書を提出することなく,乙13公報の出願は拒絶さ
れている。
これに対して,図1の右側面を下にして使用すると解すれば,装置とし
ては一応理解することができるのであるが,そうすると,側面に空気流通
溝を設けた公知例にすぎないことになる。
エ以上のとおり,乙13第1発明は,本件発明と基本的な技術思想及び多
くの点において異なるばかりでなく,その構成においても不明瞭な点があ
る。したがって,被告の引用する乙14公報以下の公知技術を考慮しても,
本件発明は,乙13第1発明から当業者が容易に発明し得るものではない。
()乙13第2発明について2
ア乙13公報においては,引用例2は,「主として,そのカバー23の構
造とその羽車24の構造によって」引用例1と相違している,と説明され
ている(乙13公報10頁末行ないし11頁1行)。
したがって,乙13第2発明も,乙13第1発明で述べたところと同様,
「液体状態にある香料用のダイナミックデフューザ」であって,液体状態
にある香料が薄膜を通して自然に揮発されたものが,ブレードによって拡
散され空気流として放出される装置であり,本件発明と乙13第2発明が
異なる点として,乙13第1発明について述べた,()イの①ないし③が1
そのまま当てはまる。
イところで,乙13公報では,引用例2を示す図3は「第2の引用例を上
部から見た平面図である。」(7頁下から3行)と説明されており,図2
は,図3のⅡ−Ⅱ線における断面図ということになる。すなわち,乙13
第2発明は,当該図3のように平らにおいて使用するものであり,香水等
の蒸気を含んだ気流は,水平方向に放出されているのである。
なお,これを平らに置いたとしても,香料を含む液体が回転による遠心
力によってリング状容器31の内面の外方側に張り付いて,薄膜と接触し
て薄膜を通して揮散することになるから,乙13第2発明を平らに置いて
使用することについて何ら支障はない。
したがって,被告の主張は,引用例2の理解において根本的に間違って
おり,乙13第2発明の構造は,本件特許の審査過程において引用された
実開平6−75179公報(甲5)に記載された発明と原理的に同じであ
る。
ウそれゆえに,乙13第2発明が自然に蒸発する殺虫剤の拡散のために用
いることができるとしても,
①薬剤が液体であり担体に含浸されていない点
②下部に排気口が設けられていない点
③胴体表面の上方向及び下方向に沿って気流を放出するようになってい
ない点
において,本件発明と異なるものであり,乙13第2発明に基づいて本件
発明を当業者が容易に発明することができたとはいえないものである。
以上の理由からして,被告が乙13第2発明として乙13公報に記載さ
れているという発明のうち,次の下線部分は誤りである。
(ア)’害虫防除成分を保持し前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体と,
前記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャンバ内に収納され,前記
チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り入れる吸気口と,前記害虫
防除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口と,が設けられた
携帯用害虫防除装置であって,
(イ)’前記薬剤保持体は前記チャンバ内に挿着され,そして
(ウ)’前記装置本体の上部及び下部に前記排気口が設けられることにより,
(エ)’上方向及び下方向に沿って前記害虫防除成分を含んだ気流が放出さ
れる
(オ)’ことを特徴とする害虫防除装置。
なお,乙13公報に,この発明が自然に蒸発する殺虫剤の拡散にも用い
ることができると記載されていることは認めるが,乙13第2発明も「液
体状態にある香料用のダイナミックデフユーザ」である(乙13公報の1
0頁末行ないし11頁1行参照)。したがって,害虫防除用装置ではない
という点を含め,引用例2には,前記下線部分の構成が記載されていない。
()乙14発明を組み合わせることが容易でないこと。3
乙14公報に携帯用の防虫剤拡散装置が示されていることは,被告の主張
するとおりである。
しかし,その説明をみると,同装置は,液体の害虫駆除薬剤を加熱して蒸
発させ,上方に拡散させる構造のものである。
すなわち,乙14公報の図6は,「使用者の身体のまわりに生物学的有効
蒸気のおおいをもたらす方式で使用される本発明を示す」(乙14の訳文7
頁15行ないし16行)という使用状態を示すものであるが,使用者の上半
身にのみ「生物学的有効蒸気のおおい」が形成されている。そして,この図
6で示されている範囲は,本件明細書の図4(B)とほぼ同じである。この図
4(B)は,比較例として,蚊取線香を用い,上方向にのみ気流が放出される
場合を示したものであるが(甲2の5頁22行ないし23行),乙14公報
は,これと変わらないものである。
したがって,乙14発明は,
①薬剤が液体であり,担体に含浸されておらず,加熱蒸散するようになっ
ている点
②下部に排気口が設けられていない点
③胴体表面の下方向に沿って気流を放出するようになっていない点
において,本件発明とは異なるものである。
そして,液体の薬剤を使用しているために,「我々の装置の独創的なデザ
イン及び構造により液流出が防止される」(乙14の訳文3頁15行ないし
16行)ので携帯が可能となったのであって,移動可能な「蒸発装置」(=
「害虫防除装置」)を一般に使用者に装着できるようにすることが可能であ
ることが示唆されているわけではない。
また,乙13第1発明及び乙13第2発明は香料のデフューザであるのに
対して,乙14発明は害虫防除装置であり,その技術分野は同一でなく,し
かも,乙13発明は室内用であるのに対して,乙14発明は屋外用であり,
技術的課題においても異なる。
したがって,乙13第1発明又は乙13第2発明と乙14公報を組み合わ
せることは,当業者にとって容易ではなく,携帯用とするという構成につい
て,容易であるとはいえない。
()乙15号証ないし乙23号証について4
乙15号証ないし乙23号証の立証趣旨は,「害虫防除装置を「使用者が
身に付けるための保持手段」との構成は周知であること等。」というもので
あり,乙15号証ないし乙18号証は,殺虫成分を含む薬剤マット又はシー
トを用いるものであり,乙19号証ないし乙22号証は,蚊取線香を用いる
ものである。
原告としても,周知かどうかはともかくとして,携帯式害虫防除装置につ
いていろいろな発明・考案がなされていること,使用者が身に付けるための
保持手段を設けることが知られていたことを否定するものではない。
しかしながら,乙15号証ないし乙22号証の各公報をみても,蚊取線香
を用いるものにおいては,煙が上方に拡散するという性質からしてもちろん,
薬剤マット又はシートを用いるものであっても,「装置本体の上部及び下部
に排気口を設け,使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って害虫防除成
分を含んだ気流を放出」するという構造を備えたものは存在しないし,これ
を示唆するものも存在しない。このことは,本件発明の構成要件D及びEが,
いかに独創的なものであるかを示しているということができる。また,本件
特許の親出願に対する拒絶理由通知(乙23)において,審査官が「携帯用
害虫防除装置において,使用者が身に付けるための保持手段を有することは
周知慣用されている」と指摘していることも,携帯用害虫防除装置である以
上,いわば当然のことである。そして,本件発明は,携帯用害虫防除装置の
携帯手段の発明ではないのであるから,この指摘は,本件発明については問
題とならず,本件発明の進歩性の有無に何らの影響を与えるものではない。
()乙24号証ないし乙26号証について5
乙24号証ないし乙26号証の立証趣旨は,「屋外において顔,首筋,腕,
足などの露出面から害虫を忌避する必要性は,当業者にとって周知の課題で
あること等。」というものである。
たしかに,屋外において身体の露出面を蚊などの害虫に刺されないように
することは,その機会のある人にとっての願望であったといえる。ところが,
そのための対策が必要とされながらも,本件発明の構成を有する携帯用害虫
防除装置は,その類似の構成のものも含め,従来存在しなかった。すなわち,
このことは,発明の一般的な課題としては存在していたといえるとしても,
その具体的解決手段として,本件発明の構成の携帯用害虫防除装置は存在し
なかったのである。
したがって,乙24号証ないし乙26号証に記載された発明も,本件発明
の進歩性を否定する理由とはならず,かえって,従来これらに記載されてい
ることしか行われていなかったという意味において,本件発明の進歩性を示
すものといえる。
()乙27号証及び乙28号証について6
乙27号証及び乙28号証の立証趣旨は,「装置を使用者の身体に保持し
た上で使用される各種装置において,使用者が身に付けて起立した状態で装
置の上部及び下部に空気排出口を設けることにより使用者の胴体表面の上方
向及び下方向に沿って気流を放出させることは,周知技術であること等。」
というものである。
このうち,実開昭63−83559号公報(乙27)は携帯用送風装置に
関するものであり,特開平11−182487号公報(乙28)は携帯型人
体熱交換装置に関するものであるが,これはいずれも人体に直接又は衣類を
介して風を吹き付け,冷房又は暖房をするための装置である。したがって,
乙27号証及び乙28号証に記載された装置は,本件発明とは目的と用途が
異なっており,薬剤を用いることも予定していない。そして,装置としての
構造も異なっており,本件発明に適切な先行技術とは言えないものである。
()以上のとおり,本件発明は,引用例1,引用例2,乙14公報を基とし7
て,乙15号証ないし乙28号証の公知技術があることを考慮しても,当業
者にとって容易に発明できたものであるとは言えず,進歩性を有する。
第4当裁判所の判断
本件事案の性質にかんがみ,まず,争点2(本件特許は特許無効審判により
無効にされるべきものか)について判断する。
被告は,本件発明は,乙13発明に,乙14発明又は周知技術を適用するこ
とにより,当業者が容易に想到することができたものであり,本件特許は,特
許法29条2項に違反する無効理由があると主張する。
そこで,前記の主張について検討する。
1乙13発明の内容
()乙13公報には,次の記載がある(乙13)。1
ア「本発明は香料デフューザ,或いは更に一般的には大気中に自然に拡散
する物質,例えば脱臭剤,殺虫剤,殺菌剤等のデフューザに関し,さらに
詳しくは,例えば,物質の自然な拡散と周囲大気中への発散を助長するた
めの空気流発生装置を有するデイフューザに関する。」(4頁3行ないし
6行)
「有利なことには,本発明のデフューザは,前記デフューザを構成する
要素セット,即ち,リング状容器,羽車を有する円板,および前記円板を
回転する装置用の外囲器として作用する外部本体を有し,加えてこの外部
本体は2組の孔が設けられ,その第1組は円板の回転軸の近くに位置し羽
車に面し,また第2セットは前記円板に対して半径方向に離れて位置して
いる。このようにして第1セットの開孔を経由して外部本体内にはいり,
第2セットを経由して本体から離れる空気流が生じる。この空気流は必然
的に,円板の周辺に位置する容器を閉じる円形の薄膜の表面上を通過す
る。」(6頁14行ないし21行)
「本発明の装置の目的は,香料,脱臭剤,殺虫剤,または室内の空気中
に散布する事を希望するその他各種の物質を拡散することである。さらに
詳しくは,本装置は,自然の拡散が空気流と組み合わされると言う意味で
ダイナミックな拡散を使用することである。」(7頁27行ないし8頁2
行)
イ第1実施例(引用例1)について,以下の記載がある。
「図1に示す例においては,装置は液体状態にある香料用のダイナミッ
クデフューザ1である。
デフューザ1は外囲器2とこれを閉じるカバー3とから構成されており,
外囲器2は空気流を発生させる要素とさらに液状香料の拡散を可能とさせ
る要素とを含んでいる。
空気流発生要素はその本体が外囲器2の中央部分に横向きに固定され,
その回転シャフト5がカバー3の内部に軸受けされるモータ4と,後述す
る取り外し自在のカートリッジ7の一部を構成する羽車6で構成されてい
る。」(8頁3行ないし10行)
「外囲器2は閉鎖板10で閉鎖されるが,これは外囲2に取り付け自在
で回転シャフト5が通過する中央孔11を有している。
シャフト5によって回転されるように設計されているカートリッジ7は
使用後,すなわち,液体状態にあるすべての香料12が拡散された後に,
廃棄可能とするために,取り外し可能になっている。
カートリッジ7はその上に液体状態の香料12を含む容器と羽車6の両
者を乗せている円板13を含んでいる。」(8頁15行ないし21行)
「図1に示されるように,容器14はカートリッジ7の回転軸を中心と
して同軸的で,また羽車6の外側に位置している。
カートリッジ7は円板13の軸方向肉厚部19内に形成されたソケット
18内に端部5aが受け入れられた回転シャフト5上に固定される。
外囲器2およびそのカバー3は好ましくはその形状がほぼ円筒形で,カ
バー3はその環状周辺部の回り全体に空気流通溝20を有している。」
(9頁4行ないし9行)
「デイフューザは次のように動作する。使用者は薄膜16から封止フィ
ルム21を外すことによってカートリッジ7を解放することにより使用を
始める。その後,カバー3が開いている間,使用者はカートリッジ7を回
転シャフト5上に固定し,自由端5aを,シャフト5の前記端部5aを受
け入れるように適当に形成されているソケット18内に係合する。
カートリッジ7はこれで使用可能になり使用者はカバー3を閉めること
ができる。スイッチ9の使用によって使用者はモータ4を回転し,これに
よってシャフト5を回転させる。したがってカートリッジ7は水平軸Dを
中心として回転する。
カートリッジが回転すると,容器14内に含まれる液状の香料12は薄
膜16と常に接触を保つ。この薄膜16は液体に不透過性でガスに透過性
であり,外囲14の側壁の一つを形成している。この恒常的接触によって,
香料は薄膜16を通して自然に拡散することができる。」(9頁16行な
いし28行)
「さらに,カートリッジ7の回転中,羽車6は空気を軸Dから円板13
の周辺に向けて流れるようにする。羽車6が2つの同心円間に伸びている
という配列により,羽車の周辺全体に亘る空気の一様で連続的な運動を達
成することが可能となる。そしてこれによって薄膜16の外面に面して位
置する周辺領域,即ち,容器14からの香料が自然に拡散する領域をカバ
ーする空気流を発生することができる。この領域を通過する空気流はカバ
ー3の周辺に位置する溝20を介して排出さ,香気を与えるべき領域にダ
イナミックに加えられる。」(10頁1行ないし7行)
「上述したようなデイフューザ1は電池,例えば1.5ボルト電池また
は9ボルト電池によって付勢する事ができるが,しかしこれを太陽電池に
よって付勢することができ,これによって公共の場所での電池の使用に伴
う欠陥を回避することができる。太陽電池でモータが付勢されると,モー
タの回転数は太陽電池を大なり小なり遮蔽することによって連続的に調節
することが可能である。」(10頁22行ないし26行)
ウ第2実施例(引用例2)について,以下の記載がある。
「デフューザ22の第2の実施例が図2と3に示されている。
デイフューザ22は主として,そのカバー23の構造とその羽車24の
構造によって第1の実施例と相違している。
図3に示されるように,カバー23は2組の開孔25,26を有してい
る。第1セットの開孔25はカートリッジ28の回転軸D上に事実上位置
する領域27内のカバー23を通して開孔されている。
第2セットの開孔26は前記カバー23の全体に延びる領域内に位置し,
これはカートリッジ28の円板29に対して放射状に位置している。
カバー23は又内部ショルダ30を有するがこれは形状がリング状で軸
Dに関して対称的で,羽車が軸Dを中心として回転するとき羽車24の上
面24aと同一面上にある。
このようにして,カートリッジ28が軸Dを中心として回転すると,空
気流がカバー23中で作られるが,その空気入り口は第1セットの開孔で
あり,また,空気出口は第2セットの開孔26である。この空気流は図2
中に矢印Fで示され羽車24のブレードが動くスペースを通過するように
強制される。このスペースは円板29とリング状のショルダ30との間で
区切られる。この空気流は香料を収納するリング状容器31を覆う薄膜
(図示せず)の上を必然的に通過している。真直ぐなブレードを有する羽
車24によって,空気力学的な効率に関して優秀な結果が得られた。
第2実施例においては,デフューザ22の形状は円形ではなく,若干卵
形であり,モータを付勢する電池は外囲器32の頂上部分に格納されてい
る。これは,図3に示されるように,非常に小型で外観の美しいデフュー
ザを得ることができる。一様な分布の空気流を得るために外囲器頂部中の
開孔26に占められる領域は同一ハウジングの底部部分に位置する開孔2
6により占められる領域と同一でなければならないことは重要である。」
(10頁27行ないし11頁23行)
エ図2及び図3について
図2は,第2実施例(引用例2)を示す断面図であり,香料を収納する
リング状容器31と羽車24を有する円板29が外囲器32とカバー23
により囲まれた領域内に位置し,カバー23には2組の開孔(25,2
6)が設けられ,その第1セットは,円板29の回転軸(D)の近傍の領
域に位置して羽車24に面し,また,第2セットは,前記円板29に対し
て放射状の領域に位置していることが示されている。
図3は,図2を左側から見た平面図であり,第2実施例(引用例2)の
カバー23を正面方向から見た平面図である。図3には,カバー23が2
組の開孔25,26を有し,開孔25がカバー23の中央部に位置する領
域27内のカバー23を通して開孔され,開孔26がカバー23の上部及
び下部を含む全体に延びる領域内に位置していることが示されている。
オ第1実施例(引用例1)は図1の下側面を,第2実施例(引用例2)は
図2及び図3の下側面を,それぞれ底部とする装置であること。
原告は,乙13公報の第1実施例(引用例1)について,下面に凸部が
あり,図1の状態で使用することは不安定で困難であり,また,乙13公
報の第2実施例(引用例2)について,図3が第2実施例(引用例2)を
上部から見た平面図であると説明されていることなどから,第1実施例
(引用例1)は図1の右側面を下にして,第2実施例(引用例2)は図3
のように平らにおいて使用するものである旨主張する。
しかしながら,乙13公報の「特徴的なことは,容器は液体には不透過
性でガスに対しては透過性の薄膜によって閉じられ,前記薄膜の少なくと
も一部は容器の垂直な側壁を形成し,加えて,デイフューザは水平軸を中
心として容器を回転させるように容器を変位させる装置を有し,これによ
って液体物質を少なくとも間欠的に前記垂直な側壁を形成する薄膜に接触
させるようになっていることである。容器が回転すると,これに含まれる
液体は,その時まだ容器中に発見される液体物質の量に無関係に,薄膜に
よって構成された垂直な側壁の少なくとも一部と常に接触状態にある。し
たがって,容器の運動は,容器中の液の量が長期間の使用によって減少し
た後においても,薄膜を常に湿らせることを可能とする。」(5頁16行
ないし24行)との記載及び,「カートリッジ7は水平軸Dを中心として
回転する。」(9頁23行)との記載からすれば,図1及び図2の回転軸
Dは,水平方向であり,また,容器中の液の量が長期間の使用によって減
少した後においても,薄膜を常に湿らせることができるようにするために
は,第1実施例(引用例1)は,図1の下側面を,第2実施例(引用例
2)は,図2及び図3の下側面を,それぞれ底部として使用しなければな
らないから,第1実施例(引用例1)は,図1の下側面を底部として,第
2実施例(引用例2)は,図2及び図3の下側面を底部として,それぞれ
使用する装置であると認められる(第2実施例(引用例2)については,
「外囲器頂部中の開孔26」,「底部部分に位置する開孔26」(11頁
21行,22行)との記載からも,図2及び図3の下側面を底部とする装
置であることが理解できる。)。
仮に,原告が主張するように図1及び図2の右側面を下にするとすれば,
回転軸Dが鉛直方向となってしまい,回転軸Dが水平方向である旨の前記
記載と矛盾することとなり,また,液体物質が減少した際に薄膜との接触
状態を保つことはできなくなってしまい,液体物質の量に無関係に薄膜と
常に接触状態にある旨の前記記載とも矛盾する。さらに,図1の状態で使
用することについての不安定さに関する原告の前記指摘は,図1の装置を
何らかの物の上に載置して使用する態様を前提とする主張と解されるが,
当業者には,図1の右側部を壁面等に固着させたり,あるいは,吊り下げ
たりして使用する態様が,容易に想到可能であり,その場合に原告の指摘
する不安定さは生じないから,原告の前記指摘は,図1ないし図3に関す
る前記認定を左右するものではない。
したがって,原告の前記主張は,いずれも採用することができない。
()第2実施例(引用例2)の内容2
ア第2実施例(引用例2)は害虫防除装置を含む発明であること。
乙13公報には,「本発明は香料デフューザ,或いは更に一般的には大
気中に自然に拡散する物質,例えば脱臭剤,殺虫剤,殺菌剤等のデフュー
ザに関し,さらに詳しくは,例えば,物質の自然な拡散と周囲大気中への
発散を助長するための空気流発生装置を有するための空気流発生装置を有
するデイフューザに関する。」(4頁3行ないし6行)とあることから,
第1実施例(引用例1)及び第2実施例(引用例2)は,「香料のような
液体物質」として「殺虫剤」を使用することにより,「殺虫剤の自然な拡
散と周囲大気中への発散を助長するための空気流発生装置を有するデイフ
ューザ」に関する発明であると理解することができ,殺虫剤を周囲大気中
へ発散することにより害虫防除効果が得られることは当業者に自明である
から,これが害虫防除装置を含む発明であることは明らかである。
イ乙13公報6頁14行ないし21行の記載部分は,第2実施例に関する
記載であること。
乙13公報中の「有利なことには,本発明のデフューザは,前記デフュ
ーザを構成する要素セット,即ち,リング状容器,羽車を有する円板,お
よび前記円板を回転する装置用の外囲器として作用する外部本体を有し,
加えてこの外部本体は2組の孔が設けられ,その第1組は円板の回転軸の
近くに位置し羽車に面し,また第2セットは前記円板に対して半径方向に
離れて位置している。このようにして第1セットの開孔を経由して外部本
体内にはいり,第2セットを経由して本体から離れる空気流が生じる。こ
の空気流は必然的に,円板の周辺に位置する容器を閉じる円形の薄膜の表
面上を通過する。」(乙13公報6頁14行ないし21行)との記載部分
が,第2実施例(引用例2)に関するものであることは,当事者間に争い
がない。
ウ第2実施例は第1実施例と共通する構造を有していること。
「デイフューザ22は主として,そのカバー23の構造とその羽車24
の構造によって第1の実施例と相違している。」(乙13公報10頁最終
行ないし11頁1行)と記載されていることからすれば,図2及び3で示
される第2実施例(引用例2)は,図1で示される第1実施例(引用例
1)とカバー23の構造と羽車24の構造において相違するが,少なくと
も次の点については,第1実施例(引用例1)と第2実施例(引用例2)
の構造は共通すると認められる。
(ア)乙13公報には,第1実施例(引用例1)の構造について,「デフ
ューザ1は外囲器2とこれを閉じるカバー3とから構成されており,外
囲器2は空気流を発生させる要素とさらに液状香料の拡散を可能とさせ
る要素とを含んでいる。」(8頁5行ないし7行)と記載されているが,
この点を第2実施例(引用例2)の構造について説明すれば,「デフュ
ーザ22は,外囲器32とこれを閉じるカバー23とから構成されてお
り,外囲器32は空気流を発生させる要素とさらに液状香料の拡散を可
能とさせる要素とを含んでいる。」となる。
(イ)乙13公報には,第1実施例(引用例1)の構造について,「シャ
フト5によって回転されるように設計されているカートリッジ7は使用
後,すなわち,液体状態にあるすべての香料12が拡散された後に,廃
棄可能とするために,取り外し可能になっている。」(8頁17行ない
し19行),「使用者はカートリッジ7を回転シャフト5上に固定し,
自由端5aを,シャフト5の前記端部5aを受け入れるように適当に形
成されているソケット18内に係合する。」(9頁18行ないし20
行)と記載されているが,この点を第2実施例(引用例2)の構造につ
いて説明すれば,それぞれ,「回転軸Dを中心に回転されるように設計
されているカートリッジ28は使用後,すなわち,液体状態にあるすべ
ての香料が拡散された後に,廃棄可能とするために,取り外し可能にな
っている。」,「使用者はカートリッジ28を回転シャフト上に固定し,
シャフトの自由端を受け入れるように適当に形成されているソケット内
に係合する。」となる。
(ウ)乙13公報には,第1実施例(引用例1)の構造について,「カー
トリッジ7はその上に液体状態の香料12を含む容器と羽車6の両者を
乗せている円板13を含んでいる。」(8頁20行ないし21行)と記
載されているが,この点を第2実施例(引用例2)の構造について説明
すれば,「カートリッジ28は,その上に液体状の香料を含む容器31
と羽車24の両者を乗せている円板29を含んでいる」となる。
(エ)乙13公報には,第1実施例(引用例1)の構造について,「カー
トリッジが回転すると,容器14内に含まれる液状の香料12は薄膜1
6と常に接触を保つ。この薄膜16は液体に不透過性でガスに透過性で
あり,外囲14の側壁の一つを形成している。この恒常的接触によって,
香料は薄膜16を通して自然に拡散することができる。」(9頁25行
ないし28行)と記載されているが,この点を第2実施例(引用例2)
の構造について説明すれば,「カートリッジ28が回転すると容器31
に含まれる液状の香料は薄膜と常に接触を保つ。この薄膜は液体に不透
過性でガスに透過性であり,外囲の側壁の一つを形成している。この恒
常的接触によって,香料は薄膜を通して自然に拡散することができ
る。」となる。
(オ)乙13公報には,第1実施例(引用例1)の構造について,「上述
したようなデイフューザ1は電池,例えば1.5ボルト電池または9ボ
ルト電池によって付勢する事ができるが,しかしこれを太陽電池によっ
て付勢することができ,これによって公共の場所での電池の使用に伴う
欠陥を回避することができる。太陽電池でモータが付勢されると,モー
タの回転数は太陽電池を大なり小なり遮蔽することによって連続的に調
節することが可能である。」(10頁22行ないし26行)と記載され
ているが,この点を第2実施例(引用例2)の構造について説明すれば,
「デイフューザ22は電池,例えば1.5ボルト電池または9ボルト電
池によって付勢する事ができるが,しかしこれを太陽電池によって付勢
することができ,これによって公共の場所での電池の使用に伴う欠陥を
回避することができる。太陽電池でモータが付勢されると,モータの回
転数は太陽電池を大なり小なり遮蔽することによって連続的に調節する
ことが可能である。」となる。
エ前記アないしウで認定したところからすると,乙13公報に第2実施例
として記載された乙13第2発明は,以下のとおりのものと認められる。
「殺虫剤を含み,薄膜外面の周辺領域を通過する空気流により殺虫剤が拡
散されるリング状容器31と,リング状容器31の薄膜外面の周辺領域に
空気流を通過させる羽車24とがカバー23中に収納され,カバー23
中には,カバー23中に空気を取り入れる第1セットの開孔25と,殺虫
剤を含んだ空気流をカバー23外に排出する第2セットの開孔26と,
が設けられた殺虫剤デフューザであって,リング状容器31はカバー23
中に,取り外し可能なカートリッジの一部として,回転軸シャフトの自由
端がカートリッジのソケット内に係合されて固定され,そして,使用者が
殺虫剤デフューザを使用した状態で,殺虫剤デフューザの上部及び下部に
第2セットの開孔26が設けられることにより,殺虫剤デフューザの上方
向及び下方向に殺虫剤を含んだ空気流が排出されることを特徴とする殺虫
剤デフューザ」
2本件発明と乙13第2発明との対比
本件発明は,前記第2の1争いのない事実で判示したとおりであり,これと
乙13第2発明とを,以下,対比する。
()本件発明と乙13第2発明との対比1
ア(ア)乙13第2発明において,第1セットの開孔25から取り入れられ
た空気は,リング状容器31の薄膜外面の周辺領域を通過する際に,少
なくともその一部が,リング状容器31の薄膜外面にも当たっているこ
と,空気が当たることにより,薄膜からの殺虫剤の揮発が促進されるこ
と,殺虫剤は,周辺大気中に発散されることにより害虫防除効果が得ら
れる害虫防除成分としての効能を有することは,いずれも当業者にとっ
て自明である。
したがって,乙13第2発明の「殺虫剤を含み,薄膜外面の周辺領域
を通過する空気流により殺虫剤が拡散されるリング状容器31」は,本
件発明の「害虫防除成分を保持し気流が当てられると前記害虫防除成分
が揮散される薬剤保持体」に相当すると認められる。
(イ)この点について,原告は,乙13第2発明の殺虫剤(香料)が自然
蒸発するものであることを前提として,①本件発明では,薬剤保持体に
気流を当てて揮散するようになっているのに対し,乙13第2発明では,
液状の香料を吸着した薄膜には気流が当てられず,自然揮発に任せてい
る点,②乙13第2発明では,フィルムをはがして薄膜を露出させると
香料の揮発が始まるのであり,空気流発生装置の作動を止めても,揮発
を止めることはできない点の2点を指摘し,これが,本件発明と乙13
第2発明との相違点であると主張する。
しかしながら,本件発明の構成要件を見ても,また,本件明細書の記
載を見ても,害虫防除成分である薬剤にどのような薬剤を用いるかにつ
いては何ら限定がなく,気流が当てられないと揮散しないものに限る旨
の記載もない。さらに,本件明細書の実施例において害虫防除成分とし
て用いられているトランスフルスリン(本件明細書の段落【002
6】)は,「自然蒸散が可能な化合物」(乙34の1の段落【001
1】),「常温揮散性」(乙34の2の段落【0007】)とされてい
るから,本件発明の薬剤保持体は,薬剤が自然揮発又は蒸発するものを
除外しておらず,むしろこのような薬剤を含んだものと解するのが相当
である。
したがって,本件発明の薬剤保持体は,薬剤が自然揮発又は蒸発する
ものを除外しておらず,また,本件発明は,薬剤保持体に気流を当てて
薬剤を揮発又は蒸発させるものだけでなく,薬剤保持体から自然揮発又
は蒸発された薬剤に気流を当てるものも含んでいると解されるから,原
告の指摘する前記2点が,本件発明と乙13第2発明との相違点という
ことはできない。
イ乙13第2発明の「リング状容器31」,「空気流」,「羽車24」は,
本件発明の「薬剤保持体」,「気流」,「ファン」に,それぞれ相当する
から,乙13第2発明の「リング状容器31の薄膜外面の周辺領域に空気
流を通過させる羽車24」は,本件発明の「薬剤保持体に気流を当てるフ
ァン」に相当する。
また,乙13第2発明の「カバー23中」,「第1セットの開口25」,
「殺虫剤」,「空気流」,「カバー23外」は,本件発明の「チャンバ
内」,「吸気口」,「害虫防除成分」,「気流」,「チャンバ外」に,そ
れぞれ相当するから,乙13第2発明の「カバー23中に空気を取り入れ
る第1セットの開孔25」は,本件発明の「チャンバ内に外気を取り入れ
る吸気口」に相当し,乙13第2発明の「殺虫剤を含んだ空気流をカバー
23外に排出する第2セットの開孔26」は,本件発明の「害虫防除成分
を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口」に相当する。
さらに,前記のとおり,乙13第2発明の「リング状容器31」,「カ
バー23中」は,本件発明の「薬剤保持体」,「チャンバ内」に,それぞ
れ相当し,乙13第2発明の「リング状容器31」は,「取り外し可能な
カートリッジの一部」であり,「回転軸シャフトの自由端がカートリッジ
のソケット内に係合されて固定され」て,「カバー23中に」存在してい
るから,本件発明と同様,「薬剤保持体」が「チャンバ内に挿着され」て
いる。
そして,乙13第2発明の殺虫剤デフューザは,殺虫剤を周辺大気に拡
散しているため,害虫防除効果が得られているから,害虫防除装置である
といえ,乙13第2発明の害虫防除装置は,「使用者が身に付けるための
保持手段」を有しておらず,保持手段を用いて装置本体を身に付けて使用
するものではない点で本件発明と相違するものの,「使用者が殺虫剤デフ
ューザを使用した状態で,殺虫剤デフューザの上部及び下部に第2セット
の開孔26が設けられることにより,害虫防除装置の上方向及び下方向に
殺虫剤を含んだ空気流が排出される」ことから,本件発明と同様に,「使
用者が害虫防除装置を使用した状態で,害虫防除本体の上部及び下部に排
気口が設けられることにより,上方向及び下方向に害虫防除成分を含んだ
気流が放出され」ているといえる。
()本件発明と乙13第2発明の共通点及び相違点2
アしたがって,本件発明と乙13第2発明とは,「A害虫防除成分を保
持し気流が当てられると前記害虫防除成分が揮散される薬剤保持体と,前
記薬剤保持体に気流を当てるファンとがチャンバ内に収納され,B前記
チャンバには,前記チャンバ内に外気を取り入れる吸気口と,前記害虫防
除成分を含んだ気流をチャンバ外に放出する排気口と,が設けられた害虫
防除装置であって,C前記薬剤保持体は前記チャンバ内に装着され,そ
して,D使用者が害虫防除装置を使用した状態で,前記装置本体の上部
及び下部に前記排気口が設けられることにより,E上方向及び下方向に
向かって前記害虫防除成分を含んだ気流が放出される,Fことを特徴と
する害虫防除装置」である点で共通し,以下の点で相違する。
(ア)相違点1
本件発明には,害虫防除装置を「使用者が身に付けるための保持手
段」が設けられているのに対し,乙13第2発明には,そのような構成
が示されていない点
(イ)相違点2
本件発明には,使用者が保持手段を用いて装置本体を身に付けて起立
した状態で,使用者の胴体表面の上方向及び下方向に沿って害虫防除成
分を含んだ気流が放出されるのに対し,乙13第2発明には,使用者が
害虫防除装置を使用した状態で,装置本体の上部及び下部に排気口が設
けられることにより,上方向及び下方向に向かって害虫防除成分を含ん
だ気流が放出されることが開示されているものの,これが保持手段を用
いて装着本体を身に付けて起立した使用者の胴体表面の上方向及び下方
向に沿うものであることが示されていない点
(ウ)相違点3
本件発明が,携帯用害虫防除装置であるのに対し,乙13第2発明に
は,携帯用であることが開示されていない点
イ原告は,前記相違点以外に,乙13第2発明は,薬剤が液体であり,担
体に含浸されていない点において,本件発明と相違すると主張する。
しかしながら,本件発明の構成要件を見ても,また,本件明細書の記載
を見ても,害虫防除成分である薬剤にどのような薬剤を用いるかについて
は何ら限定はなく,また,薬剤が,担体に含浸されるものに限定される旨
の記載もない。
したがって,本件発明において,用いられる薬剤は,液体に限られるも
のではなく,また,薬剤が担体に含浸されるものに限られるものでもない
と認められることから,前記の相違点に係る原告の主張は,採用すること
ができない。
3相違点の検討
()乙14公報の記載(乙14)1
「技術分野本発明は,概括的に,揮発性液体を格納し且つ蒸発させるよ
うに具体的にデザインされた装置に向けられている。本発明は,特に携帯式
の蒸気拡散装置に向けられている。そのような携帯式蒸気拡散装置は,蒸発
性の液体殺虫剤又は蒸発性の防虫剤のような揮発性液体の少なくとも一部の
有効量を蒸発させるのに使用される。さらに,本発明の携帯式装置は,装置
使用者のまわりに蒸発液体蒸気のおおいをもたらすようにデザインされてい
る。従って,本発明の携帯式装置は,例えば,駆虫又は防虫目的のために使
用者のまわりに殺虫剤蒸気のおおい又は防虫剤蒸気のおおいのいずれかをも
たらすことができる。」(乙14公報訳文1頁3行ないし13行)
「産業上の利用可能性上記概要で,使用者に装着されるように特別にデ
ザインされた,本発明の特定の実施例について簡単に議論したが,本発明が
テーブル頂面,カウンター頂面,机,寝室用ランプ及びそれと同様な場所に
置かれるようにデザインされた蒸発機のような他の形式の移動可能な蒸発装
置にも組み込むことが容易にできることが当業者によく理解される。(中
略)本発明の1つの目的は,使用者に装着することができる,又は使用者の
必要に関連して移動させることができる携帯式の蒸気拡散装置を提供するこ
とである。本装置は,蒸発性の液体殺虫剤又は蒸発性の液体防虫剤のような
生物学的有効揮発性液体を蒸発させるために具体的にデザインされている。
そのような揮発性の液体の少なくとも一部の蒸発により,生物学的有効蒸気
が本携帯式装置から解放される。本装置からそのような生物学的有効蒸気の
解放は,虫を駆除及び/又は忌避する目的のために,使用者のまわりに有効
成分含有蒸気のおおいをもたらすような方式で行われる。」(乙14公報訳
文5頁6行ないし27行)
「図1Aに示された実施例のハウジング110は,ベルトに装着できる
(中略)装置100,好ましくはハウジング110の後部140には,装置
100を使用者の衣服に直接装着することを可能にするクリップ160(図
1B及び2)が取り付けられている。(中略)例えば,装置100は図6に
示されているように使用者のベルト17に直接取り付けることができる(後
略)」(乙14公報訳文8頁18行ないし9頁1行)
()相違点1及び相違点3について2
ア乙14発明には,害虫防除装置を使用者が身に付けるための保持手段が
開示されていること。
乙14公報には,①乙14公報に記載された乙14発明が携帯式の蒸気
拡散装置の発明であり,同装置は,蒸発性の液体殺虫剤又は蒸発性の液体
防虫剤のような生物学的有機揮発性液体を蒸発させるのに使用されること,
②その携帯式装置は,虫を駆除又は忌避する目的のために,装置使用者の
周りに有効成分含有蒸気の覆いをもたらすようにデザインされていること
が記載され,その実施例の一つとして,使用者のベルトに直接装着するこ
とが示されている。
したがって,乙14公報には,携帯式害虫防除装置であって,虫を駆除
又は忌避する目的のために,使用者の周りに有効成分含有蒸気の覆いをも
たらすような方式で行われる害虫防除装置を使用者が身に付けるための保
持手段が設けられているものが開示されているということができる。
イ乙13第2発明に乙14発明の技術を組み合わせることは容易であるこ
と。
(ア)乙13第2発明は,殺虫剤や香料を含む液体物質のディフューザに
関する発明であり,乙14発明は,殺虫剤を含む揮発性液体の携帯式蒸
気拡散装置に関する発明であり,いずれも,殺虫剤を含む液体を,気化
して一定領域に拡散させて虫を駆除又は忌避するという共通の技術的課
題を有するものであって,また,殺虫剤を含む液体を気化して拡散させ
る装置に関する発明という点で技術分野が共通している。さらに,乙1
3第2発明は,「モータを付勢する電池は外囲器32の頂上部分に格納
され」(乙13公報11頁19行)るものであり,「非常に小型」(同
頁20行)であり,また,「電池,例えば1.5ボルト電池または9ボ
ルト電池によって付勢する事ができる」ことが示されているところ,乙
14公報には,「他の形式の移動可能な蒸発装置にも組み込むこと」
(乙14公報訳文5頁10行)が示されている。
(イ)また,屋外において顔,首筋,腕,足などの露出面から害虫を忌避
する必要性は,周知の課題であったと認められ(乙24ないし26),
実開平1−74778号公報(乙15),実開平7−81号公報(乙1
6),実開平3−56379号公報(乙17),実開昭63−1517
76号公報(乙18),実開平2−34178号公報(乙19),実開
昭62−90369号公報(乙20),実開昭60−81785号公報
(乙21)及び実開平3−85880号公報(乙22)によれば,この
周知の課題を解決するために,害虫防除装置を身に付けて携帯すること
は当業者に周知の技術であったということができるから,当業者には,
乙13第2発明に乙14発明の「使用者が身に付けるための保持手段」
という構成を組み合わせて,携帯用害虫防除装置とする動機付けもある
と認められる。
(ウ)そして,乙13第2発明に,乙14発明に開示された害虫防除装置
を「使用者が身に付けるための保持手段」を組み合わせて,携帯用害
虫防除装置とすることに特段の阻害要因も見当たらない。
(エ)これらによれば,乙13第2発明について,乙14発明に開示され
た害虫防除装置を「使用者が身に付けるための保持手段」を組み合わせ
て,「使用者が身に付けるための保持手段」を設け,これを携帯用害虫
防除装置とすることは,当業者にとって容易であったと認めることがで
きる。
ウ以上によれば,相違点1及び相違点3に係る本件発明の構成は,当業者
が容易に想到し得たものである。
()相違点2について3
ア乙13第2発明に乙14発明の技術を組み合わせることにより容易に想
到し得ること。
乙13第2発明は,使用者が害虫防除装置を使用した状態で,装置本体
の上部及び下部に排気口が設けることにより,上方向及び下方向に向かっ
て害虫防除成分を含んだ気流が放出されることを特徴とする害虫防除装置
であるから,これに,前記()アのとおり,乙14発明に開示された害虫2
防除装置を使用者が身に付けるための保持手段という構成,特に,使用者
のベルトに直接装着する実施例記載の構成を組み合わせることにより,
「使用者が身に付ける保持手段」を設けた害虫防除装置を使用者のベルト
に直接装着して起立した場合,使用者の胴体中央部に位置するベルトに直
接装着された害虫防除装置から胴体表面の上方向及び下方向に沿って害虫
防除成分を含んだ気流が放出される構成になるものと認められる。そして,
このような構成を採用した場合に,害虫防除成分が使用者の全身に行き渡
りやすくなり,使用者が身に付けて屋外や広い室内で使用した際にも,有
効な害虫防除効果が得られるという本件発明と同様な効果を得られること
も,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
イ以上によれば,相違点2に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到
し得たものである。
4以上によれば,本件発明は,乙13第2発明と乙14発明に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものであって,特許無効審判により無効に
されるべきものと認められる。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は,いず
れも理由がない。
第5結論
以上の次第で,原告の請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却する
こととし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官坂本三郎
裁判官岩崎慎
物件目録
1.被告の「どこでもベープ1NEO」と称する製品No
2.被告の「どこでもベープ1」と称する製品No

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